159話
命令による休養明け、自分は丸腰ではなく剣だけは帯びるようにして仕事に出る。
テレサも仕事についてくるのは承知の上だったけれども、今回は更なる珍しい面子になっている事は間違いなかった。
「ワンちゃん。危ない事しちゃダメですからね?」
「グルゥ……」
「あ~……。ダイチ、どんな新顔だ?」
「話せば長くなるけど……まあ、傭兵を始める前の知り合い。態々追ってきたんだと」
「はぁ~ん、隅に置けネェなあ。だが、その虎はなんだ?」
「子供の頃から一緒だったんだと。ここまで来るのに大分護衛をしてくれたみたいなんだ」
「……なるほど。なら、その出会いには感謝しとくべきだな」
「うん?」
「動物が魔物化するのもあるが、逆に神聖化するという噂の域を出ないような話もある。オレたちの昔話で、屈強な戦士が虎と共に強大な軍隊と戦ったと言う話がある。虎を従えた戦士たちは百倍以上もの戦力差の中で戦場に居た敵国王をその牙で屠り、その功績を死後神によって認められ神獣になったと言うな。伝承では真っ白な虎だったと思うが、色くらい違ったって良いワナ」
「なんでそんな事が分かるんだ?」
「獣人は強者の匂いを嗅ぎ取れるのさ。多少の力量差じゃなくて、圧倒的な差って奴を。とは言え、最近じゃ生ッチョロイ奴らばっかだかんな。それが出来るヤツはそう多くは無いんだが」
「芳しい英雄の香り、っと」
とあるゲームでの台詞を思い出してしまった。
ただ、獣人がそういう能力があると言うのならそうなのだろう。
人間である自分には良く分からない話だ。
「まあ、生ッチョロイやつは絶望的な程の差がないと気づけないが、オレくらいになりゃ多少の力量差でも嗅ぎ分けられるぜ? それと、対峙している相手と戦う中で”負け犬の匂い”とかを嗅ぎ分けたりな」
「ほぉ~ん、凄いんだなあ……」
「お嬢ちゃんが何であれ、この国の中でこんなヤツ相手に喧嘩を売ったり騙したりするヤツぁイネェだろ。相当な馬鹿か、あるいは物知らずじゃなきゃな」
「ワンちゃん、凄かったんですね」
「ガウ」
「わ、ワンちゃん?」
「はい! この子、ワンちゃんって言うんです。昔、小さかった頃は犬みたいで、この国に来る時に虎だって初めて知りました」
ゾルが崩れ落ちそうになる。
自分だって、そんな神獣に”ワンちゃん”だなんて名前をつけられたらガックシくる。
存在や概念に対して名前が負けすぎているのだ。
というか、聞いたら誰だって良くてシェパード犬くらいしか想像しないっての!!!
しかし、当の本人はグルグルと撫でられてご満悦そうである。
ゾルも自分もなんだかなあと首を傾げるしかない。
「ま、まあ。そこらへんは任せるぜ、キョーダイ。んで休みが明けての初仕事はなんになるんだ?」
「それについて、私が説明するわ。彼はとりあえず罰則として奉仕者に任命されてるの。それと、仕事のとり方が偏りすぎてるから、私や組合の方で何をやらせるか選んであるから。先ずは今までどおりの巡廻や夜間警邏をして貰うけど、徐々に外でのお仕事もして貰うわ。それについては当人も了承してくれてる。だから、ゾルくんには悪いんだけど大分窮屈になるかも」
「オレぁ構いやしネェよ。それに、あとで討伐だの退治だのもやるんだろ? その時にまた来るわ」
「悪いわね」
「良いって事よ。それじゃあな、キョーダイ。一緒にまた戦えるの、期待してるぜ?」
テレサの説明にゾルは理解を示すと、とりあえず仕方が無いと肩をすくめた。
そして彼は暫くは単独で仕事をするのだろう、あばよと去っていった。
「獣人さんって、噂や人伝でしか聞いた事が無かったですけど、実際に会って見ると人と変わらないんですね。ただちょっと違うだけで、同じようにお腹を空かせて、同じように感情があって、同じように眠ったりして……。学園に居たら、知ることが出来ませんでした」
「ガウ」
「自分も偏見が抜けるまで幾らかかかったけど、考え方が違うだけで……人間と同じだよ。さて、テレサ。仕事の内容について話そう。それとマーガレットは、どうしてもついてきたいの?」
「はい。ヤクモ様がどのように仕事をしているのか見て見たいですから」
「大して特別でもないんだけどなぁ……」
~ 警邏 ~
「ダイチ、喧嘩だ。一人逃げた、追ってくれ!」
「あいよ!」
昼間の酒場で事件発生。
酒に酔って、仕事が無い事も踏まえて鬱憤がたまり、腕相撲で賭け試合をしていたそうな。
しかし、挑戦者が財布をすっからかんにしてしまい逆切れ、殴って逃走という話である。
「だぁ、くっそ。雪道で早すぎる……」
しかし、追い物捕り物は地理や配置図を頭に叩き込んでいても地形補正はどうにもならない。
雪中での行動は学んでないし、そもそも走るのに適していない。
直ぐに背中が見えなくなり、逃がしたかと諦めかけていた。
だが──
「ワンちゃん、お願い」
「ガルァ!!!」
マーガレットがそう言うと、ワンちゃんは彼女を乗せたまま雪の中駆け抜けていく。
曲がり角を曲がって犯人の背中を再び捕捉した時には、既に回り込んで前方に立ちはだかっている状態だった。
このままではマーガレットを狙われるのではないかと危惧したが、それよりも先につんざくような雄たけびが響いた。
離れていても耳を押さえてしまうほどにはおどろおどろしく、重厚なその声を前に自分も足をすくませてしまった。
だが、その雄たけびを前に犯人は尻尾をピーンと伸ばし、走っている姿勢のままに石化したかのように固まってしまった。
そして数回そのまま雪の中に倒れ、動かなくなる。
ワンちゃんは犯人の襟首をまるで狩った獲物のように加えると、こちらに向けて走ってくる。
「ガウ」
そして目の前でポイと、まるで「手間がかかるな、アンちゃん」と言わんばかりに見下しながら犯人を放った。
呆けていると、顔を大きな舌で舐めてくる。
ジャリジャリと幾らかの痛みを覚えながら、犯人の心配をする羽目に。
「あ~、悪いんだけどさ。暴行罪の現行犯で連れて行く。事情聴取とかあると思うけど、抵抗しない方が身のためだぞ」
「ヒィ!? 助けてくれ!!!」
「いや、その反応はおかしくね?」
「なんなんだ!? あんなのが居るなんて、聞いてない!!! 牢屋でも独房でも何でもいい、早くここから連れ出してくれ!」
まさか加害者に連行してくれと嘆願されるとは思わなかった。
しかもワンちゃんには見下されてるし、マーガレットは「いい子ですね~」と撫でて褒めている。
マーガレットとワンちゃんのおかげで、事件は数分で見事解決に至った。
~ 夜警 ~
「な、なあ。ダイチ? そのおっかないの、なんでこんな所に居るんだ?」
「自分のツレの子で……」
夜の警衛。
村に来る魔物や動物、不審者などを警戒するのが仕事である。
基本的には何事も無く、定期的に外柵沿いに巡廻して以上の有無や痕跡の有無を確認するのだが、夜目の利く目を持ってしても今日は動物の接近すらない。
それどころか、鳥の鳴き声すら失せていて、安全と言うよりも自分たちの傍に居るワンちゃんが危険そのものと成り果てていた。
「お体のほうは冷えてませんか? 温かい飲み物と、飲むと温まるお茶も用意してきました。それと眠気覚まし草を練り込んだ乾し肉もあるので、欲しい方はどうぞ」
「ありがてぇやマーガレットちゃん」
「こっちにも貰えるか?」
「はい!」
マーガレットはワンちゃんから下りて、特技である香草や薬草の知識と家庭的な面で兵士の皆を鼓舞していた。
自分も一つ貰ったが、乾し肉を齧っていると小腹の足しにはなるし、練り込んだ構想のおかげでミントのようにスースーして眠気覚ましにもなる。
さらには身体が温まるお茶等も用意していて、誰もが彼女に感謝していた。
そしてワンちゃんも活躍する。
「グルル……」
何かが接近するととりあえず低く唸る。
姿勢を低く身構え、対象を自分らが見定めるよりも先に飛び出していく。
まるで自動迎撃システムだ。
そしてそれが魔物だったり動物だったりと様々だが、基本的におおよそ”襲ってきたら害になる相手”は絶命して目の前に放り捨てる。
巨躯がお座りして見下してくると”ほら、やってやったぞ?”と言っているように見える。
とても威圧的な上に、マーガレットのおかげで仕事の手伝いはしてくれる。
けれども、自分の仕事が達成できているかと言われると微妙である。
このワンちゃんの帰属先や所属がマーガレットである以上、職務上で言えば”無関係な人物が問題を解決した”という扱いになってしまう。
それは”治安維持という目的は達成してるからいいでしょ?”と言うのは難しい。
通りすがりの民間人が解決してしまったのだから「あれ、お前なにもしてなくね?」となってしまうのだ。
「いや、ありがてえ。世話になったお礼をしたいんだが、仕事が終わったら予定とか空いてる?」
「私は大丈夫ですけが、ヤクモ様が良いと言ってくれれば大丈夫ですよ」
「は?」
まあ、そうなりますよね。
自分は係わり合いになりたくないと「さ~て、死体片付けてくるかな~」と引きずって遠ざかる。
そんな背後でやり取りが聞こえてくる。
「やめとけ。その子はどうやらホの字で、遠くからダイチの所にまで追っかけて来たらしいからな」
「クソ、マジか……。どっからあんなお嬢様引っ掛けてきたんだ」
「さあな……。だが、監視者ってそういう……」
いや、別に女性関連で問題起こして監視されてるわけじゃないですからね?
むしろ女性関係で問題起こせるような性格していたら、もうちょい人生ハッピーだったと思うんですが。
ただ、ワンちゃんには敵味方関係無しにビビらせまくっていたが、マーガレットのしてくれた事は全員が好意的に受け入れてくれた。
それは自分が辛うじて作り上げた信用や信頼が有ったからかも知れないが、彼女自身が何をしたら相手が喜ぶだろうと考えて行動してくれたからだ。
「……これ、マーガレットやワンちゃんのした事って仕事的にどうなるの?」
「まあ、キミに協力してくれてるワケだからキミの成果になるかしら。彼女やあの子は傭兵とその使役されてる動物ってワケじゃないから二人にはなにも利益は無いけど。そもそも隠れて協力者に仕事をやらせるのが問題なだけだから、今回の件は別に条約には引っかからないし」
「あぁ、そっか。だから事前申請と事後申請が出来るんだ」
「そうよ。申請さえしてくれればこちらはそれで処理できるけど、申請しなかった場合は等級をあげて非常事態の時に”実は~”なんて事も起きないでしょ? 十分な能力、十分な功績と貢献、十分な評価、十分な活動の下で昇級させるんだし、実力に見合った仕事しか割り振らないようにしてるんだから、そこも厳格にしてるわ」
「……一つ気になったんだけど。何時から組合に?」
「キミで言えば一月くらい前、そこから存在しない時間を十分に使って馴染んでいったのよ」
あぁ、なるほど。
アーニャがそうしていたように、自分たちとは別の時間を使ったわけか。
自分らが二十四時間を必死に生きている傍らで「それじゃ、四十八時間を別に使うから」とか出来ちゃう連中なのだ。
ドラゴンボールの精神と時の部屋を好きな時に行使できるのだ、うらやましい。
「そう言えば、強さって自前?」
「そんなわけ無いじゃない。多少の訓練とお勉強、後は補正よ」
「そうなんだ……」
「あら、強い女の子の方が好きかしら?」
「そこらへんを意識した事はないなあ……。守りたい時もあるし、共に肩を並べたり背中を預けあったりもしたいし、時には守られたい時もあるし?」
「優柔不断ねえ……」
「そもそも、自分の好みなんて的確なものじゃなくて範囲でしか考えられないと思うぞ。そんなこと言い出したら○○歳じゃなきゃ無理! とかいう酷い様相を見せ始めるし」
「年収1000万じゃなきゃ無理」
「それは止めろ、世の中のいろんな人にダメージが行く……」
~ 荷物運搬 ~
「あ~……」
「ガウ」
石炭や薪等と言った物を運ぶお仕事ではワンちゃんの出番はないだろうと思っていた。
しかし、それは誤りで、マーガレットの荷物を身体にくっつけていたように、サドル・バッグを応用する事で荷物の運搬も出来るのだった。
「いや、これは……魔法で出来ますから。ワンちゃん先輩は今回はですね?」
「グルル……」
ストレージに突っ込めば疲れないですよ、わざわざ持ってもらわないでも何とかなりますよと言おうとした。
しかし、いいですよ、自分がやりますんでと言えば言うほどにズズイと顔を寄せてくる。
獣臭さや生臭さを感じられる程の距離にまで顔を寄せて睨み付けられてしまい”おう、わざわざ呼んどいてそれかワレ”と言われているように思えた。
「ヤクモ様。ワンちゃんはお手伝いしたいみたいです」
「え、嘘。そう解釈する?」
「ワンちゃんがこんなに他人に懐くなんて初めて見ました。この子にもヤクモ様の良さが分かるんですね」
いや、どう見ても”おう、おんしがどげなヤツか見極めたるけえのう”って感じなんですが。
下手の所を見せたら”お嬢に見合わん男じゃ”と序列下位にされた上で酷い目に合わされるに違いない。
だが、手伝いたいとマーガレットが言うのならそうなのだろうと、慎重にしゃがみこんだワンちゃんへと荷物を括りつける。
左右で一袋ずつ。
「──……、」
「分かりました! もっと欲しいんですね! ありがたくて涙が出ます! 感謝感激雨あられだあ!!!」
二袋ずつ。
「グルル……」
「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。これ以上お手を煩わせるわけにも……分かった、分かりましたよ!!!」
三袋ずつ。
「ガウ」
「いいよ、分かったよ。五袋だ」
左右に語袋ずつ括りつける。
重いだろうなと思ったが、重さを感じてないかのように立ち上がる。
あ、流石っスねワンちゃん先輩……。
おかげで仕事が無くなっちゃいました。
「ワンちゃんは力持ちなんですよ~?」
「ガルゥ」
「ヤクモ様のお手伝いをして偉いですね~」
「ガウ」
主人に褒められて嬉しそうだが、横目でこちらを見てくる。
こいつの知性、大分高いのではないだろうか?
事あるごとにこちらを見て何か言いたげにしているし、こちらの言動を理解しているように思える。
しかし、しかしだ……ヒエラルキー意識が大分強いようだ。
マーガレット→テレサなどの他人→ワンちゃん→→→→最果て→自分
みたいな感じで、完全に”おう、なんや。虫けらかと思って踏み潰してしまったわい”と言うレベルの扱いだ。
存在するだけで獣人たちをビビらせまくるワンちゃんと、これからどうなるのだろうと言う結構切実な問題を抱えている自分。
荷物運びも大分楽に終わったが、確認に来た依頼者が硬直してしまったので硬直を解く所から始めなければならなかった。
~ 修繕作業 ~
流石にコレはどうしようもないだろうと高を括っていたが、知性レベルはどうやら高いらしい。
作業内容に応じて何が必要かを判断する思考能力と、何が適切なのかを理解する知性がワンちゃんにはあった。
「えっと、なになに。飼っている鳥がつがいを見つけたので新しい鳥小屋を作って欲しい、と」
「グルル……」
「……あ、あぁ。ハンマーと釘をどうも。けど、先ずは木材を──」
「グル」
「あぁ、うん。有難うね? けど、このまま使うわけにもいかないから、測量と適切なサイズを計測して──」
「ガウ」
「……モノサシをどうも。こいつ、本当は中身人間だったりしないか?」
「どうかしましたか? ヤクモ様」
同じ部屋の中で、製作作業をしている自分の傍らで彼女は裁縫をしてくれていた。
現代の服装からこちらの世界の服装を着るようにしたのだが、エンチャントをしていないせいでほつれたり破けたりしても自己修復してくれない。
自前でも修繕作業くらいはできるのだが、どうしても”最低限のレベル”を出ないままだった。
見かねたマーガレットがやり直してくれると言ったので、申し訳なさとありがたさをかみ締めながら彼女に服を預けた。
暖炉があるとは言っても現代のように保温性が高いわけじゃない。
肌寒さを感じながらも作業をしているのだが、ワンちゃんが一手先を前取りして用意した道具や資材を咥えて寄越してくれた。
「いや、コイツ……。何をしようとしてるか分かってるんだな~って思って。鳥小屋を作るとしか言ってないのに、何が必要なのかを理解してくれてるからさ、賢いな~って」
「ワンちゃんは凄いんですよ? 読んでいる途中の本を探していたら見つけて持ってきてくれますし、くしゃみをしたら羽織るものを持って来てくれたりもするんです」
「へ、へえ……」
「それに、簡単な算術とかも分かるんですよ」
「え、なにそれ」
ペットに芸を仕込むなどはどこでも聞いた事のある話だが、猿に知識を仕込むのと同じことをやってのけたと?
「2たす3」
ペタシと、大きな手の平を押し付けられる。
え、なに。指の本数?
「林檎が4つ載ったお皿がフタ皿だと林檎はいくつになるか」
また手の平を押し付けられたが、今度は尻尾でタシタシタシと三度床を叩いた。
あ、算盤と同じ理屈で足を使ってます? これ。
「床を三回叩く動作を二回と六回床を叩く動作を一回、全部足すと何回床をたたいてる?」
両足を押し付けてきて、二回床を叩いた。
これ、もう……。
「すげぇ、コイツ算術が出来る!? しかも掛け足しにも対応しやがった!!!」
すげぇすげぇとはしゃいでいると、冷たい眼差しを向けられた。
なにこの”え、こんなのも分からないとでも思ってたの?”と言いたげな目線、やめろや。
「はぁ~。まあ、ここまで賢かったらマーガレットも随分一緒に居て楽しかっただろうな~」
「はい、それはもう。ただ、学園にはどうやっても連れて行けなかったので、大分寂しい思いをさせたと思います。だから、こうやって一緒に居られると私も嬉しいんです」
「グル……」
「いいえ、ワンちゃん。家族なんですから、当たり前なんですよ。だから別に謙遜しなくて良いんです」
意思疎通しているみたいだけれども、自分には傍から聞いていても全く分からない。
表情? 目の動き? 声色?
動物相手の顔の読み合いなんてやった事なんて無いぞ……。
やっぱり縁が長いとそういったことも分かるようになるんだな~。
カティアが人型になれなかったらどうなっていただろうか?
完全に酒を飲んで愚痴ってるだけの一方通行になってそうである。
意思疎通をする気が無ければ意味が無いんだろうな。
そんな事を考えながら依頼主の持っている鳥小屋を参考に同じようなものを作ろうとする。
ペンを掴めばモノサシを、モノサシを掴めばペンを大きな手で差し出してくれる。
ただ、ノコギリを使わずに魔法で楽できないかなと慎重に作業していたが、木屑でくしゃみをしていた。
土魔法で刃を生成し、風魔法で固定と回転させて丸ノコのようにやるのだが……。
まあ、大人しくのこぎりを使った方が早かったと思う。
魔法の制御練習をしていたと言えば聞こえは良いが、単にビビって慎重になりすぎただけだったり。
さて、資材を切れば後は組み立てるだけである。
残念ながらボルトもネジもないので釘うちをするしかない。
塩水に幾らか付けておいた釘を取り出すと打ち付け、完成にまでこぎつけた。
「よ~し、でっきた~……」
「へ~、意外と器用にこなすのね」
「除隊前は木工所勤務で色々やってたんだ。職人さんにゃ劣るけど、一通り色々出来るようにはしてあるよ」
テレサが完成品を見てマジマジと見ている。
マーガレットもマーガレットで気になったのか見ていて、少しばかり恥ずかしくなる。
塗装はしてないし、触れて棘が刺さらないように表面を紙やすりで研磨したくらいだ。
むしろ素人仕事でそこまで言われると恥ずかしい。
テレサがひとしきり眺め終えて作品を置くと、今度はワンちゃんが突いたりして興味津々である。
匂いを嗅ぐ、手で突く、鼻の頭で押したりしてみる。
まるで玩具のように弄んでから「にゃん」と鳴くのは完全に猫科である。
「出来れば防腐・防虫もしときたいけど……それは流石に持ってないなぁ。まあ、仕方が無いか。何か良い考え有りますかね? 監視者さん」
「そうねえ……。何の植物だったか忘れたけど、それで炙っておくと虫が嫌って寄り付かないとか、そのついでで除湿したり、少し炙ったりしておくと良かった……ような気がするわ」
「……炙る、か。そこらへん木こりを生業にしてる人にきいときゃ良かったなあ」
「ちなみに、何があればよかったの?」
「キシラデコール。水性だしサッと塗れて便利なんだよ。油性だとシンナーとか使わなきゃいけないし、アレは臭いを吸ってると頭が痛くなってバカになる……」
「お二人が何を言ってるか、分からないのが悔しいです……」
「あ~、まあ。建築に携わる人が使う仕上げの物としてなら知ってるけど、先人の知恵としての防腐・防虫処理は知らないからなあって愚痴みたいなの。あると楽なんだけどなあ」
ただし、油性タイプと水性タイプ。表面塗膜と浸透タイプとで色々違った気がするけど、そこまでは知らない。
浅く広くでしか物事を知らない自分には、結構致命的なものではある。
「ワンちゃん。頼むから激しく取り扱わないでくれよ? 素人が少し齧った程度の知識と技術で作った物だから、見た目は立派でも性能と耐用年数がダンチなんだ。残念だけど、専門家にお願いしてちゃんとしたの作って貰おう」
「じゃあ、それはキミからの組合への依頼ってことで処理しても良い? 幾らか報酬は削るけど」
「うん、それで頼むよ。流石に近隣の市町村にどんな人が居るのかまでは知らないし、下手な仕事で迷惑をかけるのも嫌だからね」
「分かったわ」
テレサが「それじゃあ、依頼と完了の事前報告してくるわね」と出て行く。
自分は見た目だけはしっかりしている鳥小屋を抱える。
さて依頼主のところに行きますかという段階でマーガレットが修繕してくれていた服を手渡してくれた。
「はい、お召し物をどうぞ。うまく縫えているといいのですが……」
「有難うマーガレット。縫い目が見えないし、凄くありがたいよ」
「家から持ってきた布で当て布をしただけです。ただ、場所が良かったので助かりました」
「それじゃあ、行ってくるよ」
「はい。風邪を引かないように気をつけてくださいね。足を滑らせて転んだりするかもしれませんし、足元も十分に注意するんですよ?」
「分かってる、有難う」
さて、出発しますか。
そう思ったのもつかの間、フードを引っ張られてばたりと後ろに倒れこむ。
そして見上げるとそこにはワンちゃんが居て”なんやワレ”と見下ろしている。
しかもそのままフードを加えて足が付かないくらいに持ち上げるし……。
「え~っと……」
「乗ってけ、だそうですよ?」
「マジで?」
「グルルルル……」
「雪の中歩くと時間がかかるし、これから吹雪いて来るみたいなのでその前に戻ってこられるように~だそうです」
「天気まで分かるのか……」
「ガウ」
「止めて、窓からこの状態で出ようとしないで!? 外! 外で合流しません!?」
嘆願は聞き入れられ、ワンちゃんのみ窓から出て行く。
仕方が無いなと諦めて外へ出ると既に伏せて待っている。
「乗らなきゃダメ?」
「──……、」
「いや~、乗馬の経験や訓練はしてますけどね? 騎獣の経験も訓練も無いんですがね?」
「……──」
「あぁ、分かりましたよ。乗ればいいんでしょう? 乗れば」
「グル……」
ゆっくりと馬のように跨るが、当然鐙も鞍も手綱もない。
立ち上がったさいの筋骨の動きで落ちかけて毛並みを掴みかけるが、それは可哀想だろうと無理やり手を止めた。
しがみ付くような形になり、「にゃん……」という鳴き声。
どうしろと?
しかし、止ってくれればこちらの物で何とか身体を起こす。
「どうどうどう……。っと、ごめん、有難う。ゆっくりで頼めるかな? 流石に落っこちて負傷だけは笑えないからさ」
言葉が通じたのかどうか「ガウ」という返事だけはもらえた。
そして、巨躯のおかげで自分が歩くよりも速いペースで雪の中を歩いてくれる。
マーガレットが言ったとおり、早く到着して折り返す事ができた上に吹雪いて来たあたりで戻る事ができた。
ただ、ワンちゃん的にはもっと早く行って早く帰れるはずだったのだろう。
吹雪くまでに返れなかったせいでか幾らか不機嫌そうに見えた。
「ぶへぇ……」
しかし、降り方を考えていなかった。
勝手の違う背中に目測を誤り、尻から地面へと落下する。
雪というクッションなんて何の意味も持たず、しかも湿ると言うおまけつき。
全く持ってついていない。
「あぁ、どうも……」
しかし、情けない自分のフードを加えてワンちゃんは持ち上げて立たせてくれた。
……その鋭い目線は”情けないやっちゃなぁ”と言ったものだろうか。
宿に戻ると、マーガレットがお茶の用意をしてくれていた。
見たことの無い色の葉を煎じてくれている、きっとそれも香草なのだろう。
「それって、この前皆に配ってたものとは違うように見えるけど」
「はい、そうなんです。同じように身体が温まる効果はあるのですが、こちらは滋養強壮と緊張を解すための物で、冬の睡眠導入に使われたりするんです。あの時お出ししたのは若干の興奮作用からくる覚醒を促す物で、眠気を覚ます時にも使われます」
「へぇ~……。マーガレットは薬草や香草では右に出る物は居ないなあ」
「そんな、褒めすぎですよ。私はただ、お屋敷に居た皆さんから色々教わっただけですから」
「けど、それを……しっかりと学んで、しっかりと身に着けたんだから、それはマーガレットの努力の賜物だよ。身分や地位も関係無しに学ぶ姿勢ってのは大事だと思うからさ」
「……有難う御座います」
マーガレット、家庭的な面を除けば平凡な子だ。
自分が死ぬ未来だけが見えると言う能力をさて置いても、ミラノやアリア、アルバートやグリムと並べれば能力的にも成績的にも身分的にも隠れてしまう。
アリアは前に出ないと言うだけで主張はするので、あまり主張はしたがらないマーガレットはさらに隠れる。
母親を自分の出生時に喪っていた事や、色盲を抱えていた事もあって大分抱え込んでいた所があった。
しかし、母親はクローンとは言え蘇ったし、色盲も治してあげたので”自分が家族のお荷物になってるのではないか”と言うのも解決した。
そして今は、学園や貴族としては求められていない能力を褒められ、泣きそうな表情に顔を歪めて喜んでいる。
難しい、問題だと思う……。
「色々な事は出来るようには努力してるけど、マーガレットみたいに一定の水準以上の事は出来ないからさ。裁縫然り、薬草や香草の知識と扱い方然り、気配りや必要とされる物を用意する能力然り。学園じゃ評価されないことだろうけど、自分は──俺は、マーガレットを凄いと思うよ」
「ヤクモ様はお優しいですね。学園じゃ、誰もそういう風には言ってくれませんでしたから」
「そりゃ、学園じゃ仕方の無い事だよ。けど、逆の場合もある。学園では優秀で褒めそやされても、学園を出たら評価されなくなったりね。マーガレットは良くも悪くも市井の人に受け入れられやすい知識や技術を持ってるんだと思う。なら、今度はその知識や技術を人々に教え、伝えると言うのも良いと思う。魔法が使えない皆には有り難い知識だし、そのおかげで助かったり救われる人も居ると思うからね」
そう、俺は……自分は、マーガレットの評価されなかった部分を羨ましいと思っている。
自分には出来ない、自分には考えられない事が出来るという事なのだから。
しかも自分だけではなく、他人の役に立てる。
それはとても素晴らしい事だと思う。
「……っと、邪魔してごめん。暖炉の周りで色々展開してるみたいだけど、大丈夫かな?」
「あ、はい。乾燥させたお薬とか、粉末状にした物とかも色々ありますけど、その数を確認していたんです。それと、瓶に入っている物は良いですけど、そうじゃない物は湿気てしまうと効能が変わっちゃいますから」
「結構使ってたみたいだけど、大丈夫?」
「ん~、明日はワンちゃんと外に出て近くにどんな薬草や香草が有るのか探してみたいと思ってます。皆さんが雑草だと思っている物も、磨り潰したり汁を出したりすると使える物も有りますから」
「見て分かるの?」
「見ると言うよりも、大部分は匂いですね。色が分からなかったので、少し鼻が利くんですよ?」
得意げに言うけれども、確か五感の中で何かが劣る場合、それを補うように他の感覚が常人に比べて優れるケースがあるという話を聞いたことがある。
マーガレットの場合は幼少から色の識別が出来なかったものだから、嗅覚が人一倍優れているのかもしれない。
自分は訓練や危機感で幾らか嗅覚は鍛えられたと思うけれども、火薬や汗、血の匂いと言ったものにしか反応しないからなあ……。
「ついて行った方が良いかな?」
「いいえ、ヤクモ様の邪魔をしてはいけませんから。私はお仕事でお役には立てませんが、こういう事で役に立ちたいんです」
「……いや、ついていきたいんだ。マーガレットがそう思ってくれているようにさ、じ……俺も、マーガレットの助けになりたいんだ」
ドクンドクンと、臆病な心がやかましく脈を打つ。
ここで「そっか」と言って送り出せば”そもそも失敗しない”と言うのに、それを……是と出来ない。
ヘルマン国へ、人間に偏見を持つ国へ、一匹のお供のみを付き従えてやってきた。
そんな子をどうして放り出せる?
踏み止まれ、歯を食いしばれ、前に出ろ。
男だろ……ホレられてるんだろ?
なら、少しは見栄でもいいから男を見せろ!
「宜しいのでしょうか?」
「宜しくない理由は無いよ」
「……それじゃあ、明日は宜しくお願いします」
「ん、こっちこそ」
明日はマーガレットと薬草探し、と。
そういえば、仕事の関係上近場で色々な材料最終をしてたっけ。
その事を教えたほうが良いなとメモ帳を取り出すと、ワンちゃんもメモの内容を覗きだす。
「……お前、理解できないだろ」
「にゃう……」
当たり前だ。
日本語と英語が入り混じった”自分だけが読めれば良いメモ帳”なのだから。
ワンちゃんは諦めて尻尾をうな垂れさせると、メモ帳を読むことを諦めて傍でくつろぎ始める。
普段の威圧感とワケの分からない素直さが微妙にかみ合わなくて、どう扱えばよいかも困ってしまう。
「近場で自分が仕事の関係で見たのは……コレと、コレだったかな」
「ヤクモ様、わざわざ標本にしてるんですか? しかもこれ……なんでしょうか。透明で綺麗ですね」
「ラミネート加工って言って……。まあ、紙とかを濡れないようにして掲示したりするのに使うんだ。こうしておくと中を真空に出来るから見本として保存できるし、嵩張らないから仕事中も困ったら取り出して見て見れば分かりやすいし」
なお、標準装備ではないものの機材は自衛隊でも良く使った。
主に地図を防水処置するのに使い、柔らかい……シーリングだったかな?
とにかく、ラミネートだと硬すぎるので折りたためる素材で地図を防水と同時に防音処置をする。
汗をひたすらかく職種だった事もあるし、加工しておくと紙のカサカサ音も防げるので便利だった。
「……ヤクモ様、一つお願いがあるのですが」
「ん? なにかな?」
「もし同じように出来るのなら、私にも似たような物を作ってくれませんか? 本の栞にしたいんです」
「あぁ、それくらいお安い御用だよ。けど、宿じゃ出来ないから……明日外に行った時にやろうか。電気を必要とするんだけど、発電機がうるさいからさ」
「”デンキ”? 電撃、じゃなくてですか?」
「電撃は攻撃だから……」
魔法でもうまく調整すれば電気を作れるんじゃないかと考えたが、アンペア、ボルト、ワットの調整の仕方など知らない。
日本で買った家電を海外で繋いだら電圧が違うから吹っ飛んだとか、炎上しだしたというのもあって怖くて出来ない。
大人しく発電機を使って電気を作り出して、そこからラミネートする方が非効率的だが確実だ。
「それじゃあ、明日の為に色々準備しないといけませんね」
「準備?」
「ヤクモ様と二人で外に出るのは初めてですし、色々とやってみたいんです。楽しいひと時にするにはどうしたらいいかな~とか」
「あ~……そんなに、難しく考えなくて良いからな?」
「いえ、やらせてください。何を持っていけば楽しいでしょうか? 途中で一緒に食事が出来たら楽しいですね」
等と、にこやかに言われてしまうとどうしても何も言えなくなる。
戸惑っていると、袖を引っ張られる。
ワンちゃんが何か言いたげにこちらを見上げているが、ごくりと唾を飲んでしまう。
これは”おう、ワシがおるけえのう。デートだとか勘違いスンナや”と言いたいのだろう。
そもそも、明日は二人で出かけはするが一匹がついてこないとは言っていないのだ。
「ふふ、ワンちゃんも楽しみだそうです」
「ガウ」
「え、ホントに? どう見ても……」
「どう見ても、何ですか?」
「い、いや……。何でも無いです……」
どう見ても「お前に娘はやらん」的な感じだと思うんだよなぁ……。
けれども「何でこんなヤツが良いんだか」と渋々ながら主人であるマーガレットの顔を立ててくれているような感じでもある。
敵意や害意は無いが、気に入られていないとでも言えばいいのだろうか……。
マーガレットの機嫌を損ねたが最後、鋭い牙で首筋に噛み付かれて「狩ってやった」といわんばかりにぶら下げられている自分が想像出来る。
「けど、良かった。実は少し心配してたんです」
「なにを?」
「ワンちゃんがヤクモ様に懐いてくれないんじゃないかって。お屋敷でも私以外には父様や子供の頃からお屋敷に居た方にしか懐いてくれませんでしたから。もしかしたら、ヤクモ様がお気に召さないという事も有りますし」
お気に召す召さない以前にもう萎縮した上で開き直ってるだけですが。
それに、今までのやり取りの中で懐いていると思える要素がどこにあっただろうか?
唯一吹雪く前に乗せてくれた時だと思う、その片鱗が見えたのは。
「ワンちゃんもヤクモ様の事を気に入ってくれたみたいで良かったです」
「グル……」
「そ、そう? な、ら……良かった、かな?」
しどろもどろに喜んでおいたが、それが良くなかったようだ。
シラーッとしたワンちゃんの目線が”おう、お嬢がこう言ってるんじゃけ同調せんかい”と言っているようだ。
咳払いをして、それから疑問を浮かべる。
「……そういや、マーガレットがワンちゃんに乗ってるときって魔物が出たらどうしてるんだ? まさか、跨ったままとか言わないよな?」
「え? ワンちゃんは私が落ちないように気を使って動いてくれてるので大丈夫です。私が乗っていても魔物くらいケチョンケチョンにしてくれます」
「ケチョンケチョンね……」
マーガレットの可愛い物言いとは裏腹に、夜警で首に大きな牙の痕跡を作って血を流したままの猪だとか、顔の半分が吹き飛んだゴブリンとかも居たんですが。
もしかしてマーガレットが見てる前ではエグく殺してない?
じつは追っ払ってるだけとか……。
「ヤクモ様のお手伝いくらいは出来るかもしれません」
「え? いやいやいや、良いって。何かあったらマーガレットは乗って離れて、その間に頑張るからさ」
「でも……」
「ガウッ」
「いたたたた!? 甘噛みですよね? そうだと言ってくれませんかね!? 強いのは分かるけど、それでマーガレットに何かあったら意味無いだろ?!」
「ウガッ!!!」
「そんな真似はしない~だそうです」
「それを信じろって? イダダダダ!!!?」
「グルルルル……」
「信じないのか、だそうです」
「信じる、信じます! だから腕を丸々齧らないで下さいお願いします!!!」
なし崩し的にワンちゃんとマーガレットのペアによる、何かあった時でも戦闘参加が決められてしまった。
困った事になったが、守ると宣言できるほど今の自分に自信は無い。
できる限り配慮しながら、最悪盾になって庇ったり囮になるくらいはしよう。
そんな事を考えていると、テレサが戻ってきた。
「あ、やっべ」
奉仕者である罰則対象の自分と、監視者という彼女の存在を忘れていた。
勝手に明日の予定を突っ込んでしまって、こりゃまずいぞ?
まずい所じゃなく、思いっきり叱られました。




