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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
10章 元自衛官、獣人の国でやり直す
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158話

 テレサとともに、久々の日本でした事と言えばブティックを含め、様々な店舗巡りをした事だ。

 その中で少しばかり印象的だったのは、調理器具や家具まで彼女は見たがった事。

 その意味や理由は”恋人ごっこ”からかけ離れすぎていて、自分には想像もつかない。


「ねえねえ、フライパンを選ぶときってどういう基準で選べばいいのかしら?」

「材質と形状」

「どれも同じに見えるけど」

「いや、料理を何度も繰り返して、焦げやこびりついたものを剥がす時に金属ブラシ……の、ようなものを使ってると、色々剥がれて来るんだ。それが剥がれた場合に性能を維持できるのか、悪影響は無いかどうか。それと、自分の場合はチャーハンや焼きそばが好きだから、思いっきり振ったときに具材が飛び出さないような、少しばかり深い奴がいいかな」

「へぇ~。んじゃ包丁は?」

「魚、肉、野菜……これもそれぞれ使い分けないといけないかな。長さや厚みも違うし、それぞれ切れ方も違うから”事故”る。切れすぎても切れなさ過ぎても、体調や具合まで一定とは限らないし。力をこめすぎたり、思ったよりも切れすぎたら良くない」

「へ~、切れないよりは切れたほうがいいと思ったけど、一概にはそうとは言えないんだね。なるほど……」


 何でこんな事をしなきゃいけないのだろうと思いながら、家具も見る。


「ねえねえ。ベッドはどういうのが良いのかしら?」

「自分は……特に、拘りは。あ、けど。使いすぎて沈むような反発の弱いマットは良くない。結局凹凸が出来て寝心地が良くなる。何だかんだなれないと辛いかもしれないけど、自衛隊でも採用されてるフランスベッドのスプリング入りの奴はとても寝心地が良いかな」

「掛け物は?」

「断然羽毛。個人的好みでしかないけど、これも自衛隊でよく使ってた。冬は抜け出せないし、夏でも扇風機と組み合わせれば余裕で使っていける。けど、最強なのは冷房を利かせて夏でも使うのに限る。睡眠は最高品質でが信条」

「枕とか」

「枕は……特には。頭が少し高い位置に来て、休まるのなら何でも。個人的には大きくて柔らかいのが良いかなぁ……」

「なんで?」

「大きくて柔らかいと位置調整と頭の高さの調整が自在だから」

「そういえば、本棚とか食器棚って何か特別なのってあるのかしら」

「さあ、どうだろう……。昔なら嫁入り道具だかなんだかが有ったらしいけど、最近は……そこまで拘らなくていいんじゃないかな。ただ、安物買いは銭失いって言うらしいから、そういったものは多少値が張ってもしっかりしたのを買いましょうって教えがあったっけ……」

「へ~……」


 そんな事をしながら幾らか見回ってから、彼女が家を飾るようなデコレーションを見回ってる中で、おずおずと尋ねる。


「あの、恋人ごっこって……こういうのだっけ?」

「さあ、分からないわ」

「おい……」

「けど、こういうこともするものじゃないかしら? どういう家具や食器が有ればいいか~とか、どういう寝具がいいか~とか。子供の頃、パパとママがそういう事してたのを覚えてるもの」

「それは結婚が確定した男女のお話でしょうよ……」

「けどさ、こういう”無駄な事”も人生だとは思わない? 寄り道して、無駄な事で色々考えたり言い合ったりして、時間や情報を沢山使って一日一日を過ごしてくの。私は……今だから言えるけど、とても大事だと思うな」

「──それは否定しないよ。下らない日常、振り返るのが困難なくらいにありふれる毎日、それが続く事は……決して無駄なんかじゃない」

「キミは、そういうのは分からないと思ってた」

「分かるようになっただけだよ。自衛隊に入って、頑張って”意味のある日常を繰り返す事に意味がある”と思ってた。けど、そうじゃなかった。何気ない日々が土台に有るって事を知らなかったんだ」

「それが分かっただけ良かったわね。まあ、そういうわけでさ。嘘をつきながら人と付き合うって、最初から自分でも相手を騙して、偽ってるのを理解したまま溶け込むってのは辛いのよ。その点、キミは私たちと同類だし、騙す必要も無いから気楽よね」

「そう……だな」


 片や死人で、片や世界を管理する女神とか誰が信じる?

 信じても信じなくても、良好な関係を結べるとは到底思えない。

 そういう意味では、自分と言う存在は彼女達にとっての救いなのかもしれない。


「それとも、こういうのは嫌い?」

「──嫌いじゃ、ない……かな。自分も、子供の頃しょっちゅう両親が同じように色々なモノを見てるのを、傍で見てたっけ。ただ、ごっことは言え自分も同じ事をする日が来るとは思ってなかったけどさ」

「じゃあ、初めて同士だ」

「……それで、次はどうする?」

「まだまだ、いろいろなところを見て回ろうよ。本屋、DVD、衣類とかさ。それにキミ、ずっと同じ服を着てるし」


 そう言われて、今自分が来ている服を見下ろした。

 ミラノに召喚される前、死ぬ前とほぼほぼ変わらない服装をしているのだ。

 三ヶ月の間、似た洋服を着まわしていただけで本質的には何も代わっていない。

 靴も磨り減る先から自動修復で新品同様に靴底が回復してくれる。

 結果として、ファッションセンス皆無なのがバレバレである。


「私なら、幾らかキミを新しく着飾らせてあげる事ができるよ?」

「……けど」

「無駄だと思うことも、積み重ねれば意味がある。だからさ、行こう?」

「そうしてもらう理由が、価値が……有るかな。自分に」

「少なくとも、私はキミという存在に価値を見出してるよ。アーニャちゃん抜きに、ヘンに誤魔化したりしないで事情も都合も理解して話し合えるって言うだけでも大きいもの」

「話し……」

「悩んでいても居なくても、話しをするって大事じゃない?」


 確かにと、駐屯地内で結構貼られている「悩んでいませんか?」等といったカウンセリングのビラを思い出す。

 場所によってはトイレの個室の内ドアに一枚ずつ貼られており、そこいらのストレスは決して小さくないんだなと思う。

 

「ホラ。早く行こうよ」

「待って……引っ張らないでくれよ!」

「時間は有限なのよ? それに、今日逃した何かで明日後悔したくないじゃない」

「言いたい事は分かるけどさぁ!?」


 テレサに引っ張られ、途中で諦めて彼女に腕を掴まれながら先導される。

 諦めて歩調を合わせると、ドラマで見るような二人組みになる。

 コレが周囲から見たら彼氏彼女のように見えるのだろうかと思ったけれども、テレサの指摘どおり……服装が幾らか草臥れた軍人の好みそうなジャケットなのがミスマッチ過ぎた。

 これでキャメルバッグとニット帽を被ればもはや”まんま”である。


 そしてテレサに引っ張られて適当なお店に入ったが、そこで彼女はゴソゴソとポケットをあさる。


「いらっしゃいませお客様。どのようなものをお求めですか?」

「これで買えるやつをこの子に買いたいんだけど」


 光り輝くブラックカード。

 金持ちの中の金持ちしか所有できないという、限度額無制限のクレジットカードである。

 テレサの出したものを店員は数秒ほど呆けて見ていた。

 それをみてテレサは幾らかカチンと来たのか、押し付ける。


「あぁ、もう。照合してよね! 見た目で子供だと思われるのはもういいから!!!」

「は、はぁ……」


 店員さんがブラックカードを持って奥に引っ込んでいく。

 テレサが「まったく、やになっちゃう」と愚痴っていたが、仕方の無い話しだろう。

 しかし、幾らかシパシパする目で値札を見て、自分が思ったよりも桁が平気で一つ多いのを見て値札からも手を離した。

 普段から数千円程度のジーンズに、三千円程度のスニーカー、同じく数千円のシャツしか着ていない。

 唯一高いのが古参兵のような草臥れたジャケットで、七千円程度だという。

 デフォルトで一万円以上とか、もはや自分にとっては理解の及ばない世界だった。


「す、済みませんでしたお客様! 確認が済みましたので、こちらはお返しします」

「分かればいいのよ、分かれば」

「そ……それで。どのようなものをお求めなのでしょうか?」

「ん~、何か注文ある?」

「上着ならあまり着膨れしないやつで、シャツとかは薄い生地の。ズボンやジーンズならそのままでも走ったり出来るような耐久性と柔軟性のあるやつ。靴はクッション性が高くて、走るときは足の裏に負担が掛かりにくいの」

「──って、コラ! それ、今の服装準拠じゃない! しかも何サラっと服に万能性を求めてるのよ!」

「し、仕方が無いじゃん。普段着のまま色々してたし……」


 今の今まで、私服のまま戦いに巻き込まれたり臨んだりしている事が多かった。

 組織に所属していないので召集をかけられてから着替えるという猶予は無く、何かあればそのまま準備期間も無しに活動する事が多かった。


「それに、南米出身者で母親の血が濃いから日本の夏だと汗が乾きづらくて……。冬でもヘタに着込みすぎると自分の汗で暑くなりすぎるって事もあるからさ」

「あぁ、そっか……。ハーフだとそういうのもあるんだ。んじゃ、悪いんだけど暫く私たちだけで色々見てみるわ。その後でアドバイスが必要になったら声をかけるから、有難う」

「いえ。それでは、ごゆっくりどうぞ」


 店員さんを追い払い、テレサと二人で服を見て回る。

 ただ、そこであまりにもファッションに疎すぎる自分を前にテレサは質問攻めをするしかなかった。


「好きな色ってある?」

「濃すぎない色で、水色とか青色。あとは白やねずみ色かなあ」

「服のこだわりは?」

「上着はフロントポケットがあって両手を突っ込めるようになってるとか。フードは絶対ついてて欲しいなと思う」

「それってさ、下に着てるシャツについてて、上着にはついてないというチョイスは選択肢に入る?」

「いや~……上着を脱いだらもう夏でも良いかなって……」

「上着一枚で冬になれるとか極端すぎない!?」

「夏は半そでのTシャツとYシャツにしてるけど、冬はTシャツだけ長袖にするとか変更はしてるけどね」

「変更少なっ!?」


 それでも、彼女は注文の多いファッションセンス零な男から色々と聞き出して似合いそうなものを探す。

 ブラックカードを見せ付けられ、しかも子ども扱いした事もあるのだろう。

 女性店員は幾らか真剣にテレサの相談に乗りながら服を選定していく。


 これが、楽しいのだろうか?

 これが、やりたかったのだろうか?

 そんな事がグルグルと頭の中を渦巻き、途中でその思考は放棄された。

 そうしたいからそうしているのだと、彼女の言った言葉を飲み込むことにしたのだ。


「ジャジャーン! どうです? 着心地の方は!」

「あの……なんでベスト? しかもジーンズもこれ高そうだし……」

「え? トータルで十万行かないよ?」

「五万オーバーしたら高い買い物過ぎる!」


 悲鳴のようにそういうと、店員さんの顔が少しばかり歪む。

 そう、ファッションに理解が無い奴として面倒くさそうにしたのだろう。

 ジーンズ、スニーカー、シャツ二枚、ベスト、上着に至るまで全部一新してくれた。

 ただ、試着でここまでしてどうするよと思ったが、着心地だけじゃなく動きやすさまで大丈夫であった。

 高級品は脆くて壊れやすいイメージがあったが、それが否定された瞬間でもある。


「大丈夫そう? なら、コレそのまま着ていこっか」

「え? お、おい……」

「そう言うと思って、既に会計は進めてありますお客様」

「そう? じゃあ、カードで」

「かしこまりました」


 スススと、女性店員は退路を塞ぐようにさっさとレジへと向かってしまった。

 自分が先ほどまで身に着けていた服は別で紙袋に畳んで詰め込まれる。

 もう逃げられないと、カードが女性店員と一緒に戻ってきたのをみて諦めるしかなかった。


「さ~てと。それじゃあさ、今度は私に似合いそうな服を選んでくれるかしら? 私はキミと違って変な注文はつけないわ」

「お支払いの方は……」

「私のカードで」


 テレサがそういった瞬間の店員の顔……。

 止めろ、そんな目で見ないでくれ──。

 完全に”ヒモ”じゃないかと、そんな事は自分が良く分かっている。

 女性店員に「自分で考えるので、後で助けてください」と白旗の準備がしてあることを告げた。

 

「なあ、テレサ」

「なに?」

「これ……お前にとって意味はあるのか? もうちょっと、他にもやれる事は……あったと思うけど」

「色々な事を体験してる人はいう事が違うわね~。そんな生き方って息苦しそう」

「そう、かな」

「そうよ。それにね、こういったこともいつかはキミや私の背中を押してくれる。それは心が折れそうになった時、挫けそうになった時、あと一歩踏み込みたいのにたたらを踏んでしまった時。生きるって事は時間の連続で、その中では停滞する時や挫折を味わう時が有るっていう事は……キミも良く判ってると思うし。その時立ち上がれるだけでもキミは勝ったと言えるし、ゆっくりでも……歩くような速さでも良い。前に進み続けられるのならそれでいいじゃない?」

「歩くような速さで、か……」


 どこかで聞いたような台詞だ。

 けれども、聞いた事はある筈だけれども自分にとってなじみの無い言葉だった。

 それでも……良い言葉だなと、自分は思った。


「歩くだけでも、良いのかな?」

「走らなきゃいけないって誰が決めたの?」

「追いつけなくても、間に合わなくなりそうで……怖いなあ」

「全部は救えないし、掬えないよ。両手で水に両手を思い切り沈めて、どんなに頑張っても──水は毀れちゃうんだからさ。というか、まだ? 私、もう脱いで待ってるんだけど」

「準備が出来てから脱いでくれませんかね!? というか、カーテンで身体を隠しても隠しきれてないから!!!」


 カーテンで身体を隠してるつもりかもしれないが、背丈の問題と前のめりなせいで隙間から背中のラインや肌色が見えてしまっている。

 寒くないのだろうかと思ったけれども、そういえば夢の中では自分の体感温度を調整できるとか聞いたし、それが出来るのだろう。

 ただ、女性免疫が結局つく事の無かった自分には毒過ぎる。

 それがたとえ合法ロリであってもだ。

 

「少しだけ待ってくれ」

「どうぞ~」


 品揃えの確認、脳内でそれらを着せ替え人形のようにして組み替えまくる。

 そして漫画やアニメ、ドラマやテレビで見るようなファッションを思い出して”最低でもヘンじゃない格好”を下敷きにする。

 冬である事を踏まえて、多少着飾る位でも良いかも知れないが。

 ……顔、顔を思い出せ。

 髪の毛や体系、体格だけじゃなくて、表情や感情も併せた衣類選びを……!


「ホットハーフパンツとスカート、ニーソにロングブーツ、肩出しシャツにサンタコスっぽく首周りをフードで重ね着して貰って……」

「──それでしたら、色は私が決めても宜しいでしょうか? 色も重要ですし、あの綺麗な髪や可愛らしい姿に似合うようにお選びしますが」

「お、お願いします!」

「任されました!」


 女性店員、全力のやる気を見せる。

 自分は何が良いかを考え、提案し、女性店員のアドバイスを下に軌道を修正していく。

 ものの数分で終了した自分の時とは違い、テレサを着せ替え人形にした時間は十分を余裕で超えた。

 ……やっぱり、素材がいいとあれも良いこれも良いと時間が掛かるものだな。

 何だかんだ、ある程度注文と方向性が決まってると楽なもんだ。

 ビバ、ミリタリー。


「じゃじゃ~ん。ねえ、どうかしら? 私は可愛いと思うけど」

「お似合いですよ!」


 女性店員、全力のべた褒め。

 売り上げか、あるいは満足度か……。

 どちらにせよ業績に関わるのだから必死になるだろうし、その上で他人にアドバイスという名の着せ替えと言う趣味が合わされば最強に見える。

 ただ、やはりこういうものは店員さんに任せるに限る。

 ズキリと頭が痛んだが、出てきたテレサのことを少しでも視界と記憶にとどめておく。


 そして数秒、自分が黙っているのを女性店員は今にも舌打ちをして見せそうなくらいに貼り付けた営業スマイルでこちらを見ている。

 さらに……自分は、それで察する事ができなかった。


「ほら、彼氏さんも何かいう事があるんじゃないですか?」

「あ、う……」


 選べ、適切な……適当な言葉を選べ。

 何が求められ、何が必要とされ、何が妥当で、何が喜ばしいのかを。

 

「……可愛い、よ?」

「なんで疑問系なのかしら。けど、キミにしては頑張った方かも。それじゃ、これもカードで」

「かしこまりました!!!」


 なんだか、下手な拷問よりも磨耗する買い物だった。

 しかし、全額彼女に出させてしまって凄く情けないと思う。

 戸籍も無ければ就労も出来ない上に、今や異世界での生活が基盤になっているので日本円なんて入手経路が無いのだが。


「キミは普段どういうところに行くの?」

「それ、無職に聞きます?」

「──ツテで知るのと、本人の感情を踏まえたものは違うもの。行きたい、行きたかった、行ければいいなってのも含まれるんだけど」

「昔はゲームセンターにもよく行ってたかな、最近はさっぱりだけど」

「あら、なんで?」

「ガンシューティングが好きだったんだ。HOTハウスオブザデッドとか、TCタイムクライシスとか……知らないかな?」

「うん、わかんないかな。けど、どういうゲームか聞いてもいい?」

「……どっちも、現れる敵を打つんだ。画面に表示される敵に最近流行のWiiリモコンのように狙いを定めて引き金を引く。違いが有るのは、ペダルを踏んで身を隠すシステムか、それか基本的に攻撃を迎撃しないと絶対必中でダメージを食らうゾンビゲームか。日本に旅行で来ていた時は、弟と二人でしょっちゅう見に来てたんだ。海外じゃそういうところは見かけなかったし……父親の仕事が仕事だから、外出なんてした事が無かった」

「じゃあ、日本に来てから色々と自分の足で出かけられたんだ」

「日本に来てその日のうちに捜索願を出された馬鹿は自分くらいだと思う。朝一番に出かけて、どこまで……どこまで遠くまで行けるか、子供の足で都会という迷路を歩きまくってたんだ。結局、昼くらいになってからお腹が空いて迷子になってるのに気がついて、交番から交番を渡り歩いて帰った時には日が沈みかけてた。警察車両が止ってるのを見てなんだろうって思いながら帰ると、事情聴取されてやんの。あの時は本当に門限と隣駅までしか行っちゃいけないって怒られたよ」

「どうだった?」

「……楽しかったよ。自分の足で歩いた事が無かったからさ。いつも学校と家しか知らなくて、どこかに行く時は必ず親の車かタクシーしか知らなかったから。自分の足でどこまでも行ける……身代金目的の誘拐だとか、父親を目的とした人質にされる心配も無い。本屋にも自分の意志で行けるし、お金さえあれば新宿や池袋にだって行けた。勿論、じ……俺にはファッションセンスなんて無いから、都会に行く理由も目的も無かったけどさ」


 日本に来て、平和と安全と自由を手に入れて……。

 本当にどこまでも行けそうな気がした、何でも出来そうな気がした。

 それは偽らざる本当の記憶だ。

 しかし……自由になるという事は様々な物事に触れ合う事と同じで、自由を得れば得るほどに”欠落”を自覚せざるを得なかった。

 箱の中で育った自分は、箱から出てみれば”箱の形に沿って完成していた”と言うだけの存在でしかない。

 言われるがまま、求められるがままにそのようにしてきた自分には、それ以外は何もして来なかったのだから。

 自衛隊と言う組織に居心地の良さを見つけたのも、同じ理由だ。

 自衛隊と言う組織に沿って前後で六ヶ月間カタに嵌められる。

 逸脱する事無く、求められるがままにそのようにし続ける自分には丁度良かったとも言える。


「自由が、こんなに生き辛いものだとは思わなかったなあ」

「けど、良かったんじゃない? 箱の中のお坊ちゃんが箱の中を全てと思って死んでいくよりはさ、箱の外ってこんな風になってるんだ~って知れただけでも」

「ま、それは確かに」

「近くにゲームセンターってあるかしら?」

「行くんか~い」

「私には縁が無かった場所だもの、行って見たいと思うじゃない? ほら、お金は私が持つからさ」

「え~……」


 ちなみに、行ってもからが地獄でした。

 ブラックカードに頼り切っていたテレサは”両替”を知らなかったようで。

 ゲームセンターを見つけるまでは良かったものの、お札を持っていなかったが為に小銭を得る事ができなかったのだ。

 仕方が無く、自分の財布を頼る事に。

 死ぬ直前まで持っていた財布がこんな所で役に立つとは思っておらず、千円を両替して少しゲームセンターを巡ってみた。

 タバコの臭いに二人で辟易しながらも、探しに探して見つけたTCⅤ。

 自分が知ってるのでもⅢまでだったので、大分変化と進化を目の当たりにする。


「ちょっと、少しくらい敵を譲ってくれても良いじゃない!」

「あ~、悪い」

「きゃ~っ!? 守って! 守ってよ!!!」

「へいへ~い」


 的が出てから一発目を撃つまでの時間がもっとも短い男でもある。

 なお「お前、映画でやってるみたいに人質の的が出てきても人質を撃ち殺しそうだな」との評価もある。

 認識→反応ではなく反応→認識と言う風にしているので、あながち間違いじゃないと思った。


「他にはどういった場所に行くの?」

「あとは、本屋とか……ゲームショップとか、あとはマーケットとか」

「いかがわしい本屋と、エロゲーっと……」

「それは流石に偏向報道過ぎやしませんかね!?」

「そうじゃない根拠も無いでしょ?」

「普通に漫画やラノベ、家庭用ゲームの販売店だよ。新しい機種やゲームが出る度に子供連れで家族が来るような場所」


 携帯電話を思い出して店名を打ち込む。

 住所バレしてしまうが仕方が無い、そもそもプライバシーなんてものは彼女には通用しない。


「どういう本を読んでたの?」

「別に、どこにでもいる中高生やオタクが好んで読みそうな本ばかりだよ。特別でもなんでもない主人公が物語を通じて特別になっていったり、あるいは主人公らしくなっていったり……。その途中で色々な子と出会って、好意を寄せられたりする……ありふれたテンプレートなもの」

「ゲームは?」

「洋物は輸入するし、ローカライズされるのならそれも買うけど。FPSやTPS、アクションゲームとかが好きかな。あとは、個人的にチマチマやるのならオープンワールドサバイバル系とか、クラフト系とか」

「RPGはやらないの?」

「……昔はやってたけど、最近はやらなくなったなあ」


 テイルズとか大好きだったけど、いつしかやらなくなったっけ。

 レディアントマイソロジーとかも大分やりこんでたけど、アビスまでは全部プレイしてる。

 Fallout、アンチャーテッド、Gears of War、トムクランシーシリーズ、Far cryシリーズ、メタルギア……。

 色々やったけど、代表的で挙げやすいのはそれらだろう。


「……見事に銃や射撃武器が出てくるゲームしかしてないな」

「銃オタクみたいなんだ」

「否定できないな……」

「けどさ、聞いてもいい? どうしてそういう作品が好きなの?」

「現実じゃ出来ない事も有るし、有り得ない事や起き得ない事を体験する事が出来るからかな。不甲斐無い自分でも、ゲームや作品の中では追体験として英雄にも救世主にも悲劇のヒーローにも……何にでもなれる。存在しない遺跡を探索する事も、宇宙旅行が当たり前な世界で個人旅行をしながら生存を目指すことだって、それこそ終末後の世界で生存者を集めて拠点を強化しながら物資を調達しつつストーリーを追う事だって。まあ、終末はあっちじゃとうに過ぎてたけどさ」

「追体験、か。それって、少女コミックや恋愛小説を読むのに似てるのかしら」

「さあ、どうかな。方向性が違うだけで、根本は同じだと思う。憧れて、あるいは無いものを求めて、焦がれるのは同じだよ。それが現実的な恋愛と言うものに根付いてるか、有り得ない事なのかは別にしてもね」


 久しぶりの日本来訪は、このような感じで終わった。

 ただ、良かったと思っている。

 懐かしい空気に触れる事ができて、懐かしいものに触れる事ができて。


 休暇らしい休暇だったかは分からないけれども、少なくとも充実していた事は間違いない。

 またな、と。言えたら良かったのに、言えないままに戻ってきてしまった。

 あるいはそれで良かったのかも知れないのだが。

 テレサは少しばかり休んでからこちらの世界に戻ってくるとか言っていた。

 最後に”カシュッ”という音が聞こえたので、きっと酒だろう。


「ちょっと、アンタ。二日もどこに行ってたんだい?」

「あ~……」


 日本から戻ってきた自分を歓迎してくれたのは、無断外泊した事を叱る宿のおばちゃんだった。


「出るのなら出るって言ってくれないと困るよ! まあ、前金で貰ってるから損はしないけどね」

「に、荷物とかは……」

「アンタは荷物らしい荷物はそんな無かったでしょうよ。それより、お客さんが来てるよ」

「きゃ、客? それって、男の人? 怖そうな人……?」

「なに怯えてるんだい。女の子だよ。それも、結構可愛い子だね」


 自分に客で可愛い子と言ったら誰だろうと考えて、ユリアかなと断定した。

 その他の面々とは縁が切れていて、ここでトウカがやってくると言う”ハプニング”もありえないと踏んだからだ。

 女の子一人、ヘルマン国にまで来られる人物、意図や目的を有する人物と言ったら彼女くらいだ。

 この前の準自衛隊チックな組織案で、新たに何かあったのだろうか?

 そう思いながら女将さんの案内でそちらへ行くと──。





      ── いたのは、マーガレットだった ──


 脳の処理が追いつかず、理解を拒むかのように目の前の女性を受け入れられない。

 顔も認識させる、頭痛が酷くした。

 ”ありえちゃいけないこと”が”現実に起こっている”のだから。


「ヤクモ様! あぁ、ようやく……」


 彼女が抱きついてきても、それを受け入れられずにいた。

 まるで”充電”をするかのように抱きついていた彼女を引き剥がしたのは、それから数秒経ってからだ。


「何で……どうして!?」

「この子の持ってた外套の臭いさ。ツレが臭いでアンタの事を追ってきたんだと。ワケが有るとしても聞かないけど、名前を誤魔化してるからアタシも大変だったんだよ?」

「あ、や、その……。彼女の為にしてくれた事や、何か……彼女の為の支出をさせてください」

「そういう時は『お願いします』で良いんだよ」


 女将さんはそう言うと「あ~、やれやれ」とワザとらしく言いながら去っていく。

 途中で隣部屋の男などが見てるのを察すると「見せもんじゃないよ!」と言ってくれた。

 扉を閉ざしてから少しばかり考え、かつて公爵がそうしたように音の遮断魔法を部屋に張り巡らせた。

 聞き耳を立てられちゃ叶わない。


「学……は、そっか。臨時休校だったか──」

「はい。いつ開校するか未定なまま、私たちは全員出て行くことになりました。ヤクモ様が帰らないまま、皆さん散り散りになってしまったんです」

「そのまま、辺境伯の所に居れば良かったのに。ここがどこだか分かってるか?」

「聞き及んだ程度ではありますが」

「人間に迫害され、偏見を持たれ、蔑まれ、搾取され、ツアル皇国の人間じゃなきゃ犯罪者のように見られる国だぞ? よく無事だったもんだ……」

「ワンちゃんのおかげですね。獣人の皆さんはどうやら動物の皆さんとお話が出来るみたいです。それで大分親切にして貰いました!」

「親切、ね……」


 学園にいた頃とは違い、飛び出した身なりの良いお嬢様のような格好。

 それでも彼女なりにお屋敷の人から助言なりを聞いたりしてきたのだろう。

 隠せはしないが、幾らか誤魔化せる程度には”旅の人”のように見えた。


「それに、母様が言ってくれたんです。心配なら、そんなに想ってるのなら行ってらっしゃいって。父様は最後まで渋ってましたが、それでも”その方が面白い”として認めてくださいました」

「認めてって……自分が──”俺が”何をしたのか聞いてないのか? 公爵を脅して、あの一件での手打ちの内容を都合よく捻じ曲げた。ヴィスコンティからして見れて裏切り者や回し者でしかないような事をした。そんな奴の所に、本当に行かせたのか? 行きたいと……思ったのか?」


 ヴィスコンティにとっての裏切り者、公爵を脅した卑怯者。

 それが……決定的な破綻の原因であり、シコリであった。

 ミラノなんて、決して許してはくれないだろう。


 しかし、マーガレットは穏やかな笑みを浮かべてくれる。

 そんな事は全て知っていますよと言わんばかりに。

 そして、彼女はゆっくりと立ち上がると慈しむ様に頭を抱きしめてきた。

 柔らかく、暖かい。


「ええ、知ってます。ヤクモ様が何でそんな事をしたのか、何がしたかったのかも英霊の方々から聞きました。それと、謝らなきゃいけませんね」

「謝る……?」

「一番辛い時に、傍にいてあげられなくて御免なさい……。ミラノ様に拒絶された事、公爵様と対立した事、もう居られないと思い込むまで追い詰められた事……。私は助けられてばかりで、それなのに少しもヤクモ様にお返し出来てないのが歯痒いです……」

「──……、」

「私が、全てを知っていた筈なのに。ヤクモ様が、遠い場所から来た事や、今までの生活から切り離されてここに居る事も知っていたのに、支えてあげられなくて、御免なさい」


 ドクドクと、心臓が早鐘を打っている。

 ただ、その理由を理解出来ていない。

 けれども、一つだけいえるとしたら……この三ヶ月自分がしてきた事は、あの件で全て無かった事になってはいなかったのだ。

 

「全部、失ったと思ってた。もう、あんな日常には戻れなくて、皆には……嫌われたのかと」

「私はそもそもちゃんと生きていけるかどうか怪しかったですから。それが、ヤクモ様と出会ってようやく……未来が見えてきたんです。そんな人をどうして嫌いにならなきゃいけないんですか」

「……そっか」


 大罪の中に残っていた僅かな善行。

 それが確認できただけでも、随分ほっとした。


「けど、どうして”ダイチ”と名乗ってるんですか? 私の読みが間違いでなければ、それって……」「昔の、ヤクモって名乗る前の……本当の名前だよ。あんな事したんだし、今は傭兵をやってるから……全てを、切り替えるつもりでいたんだ」

「そうだったんですね……」

「まあ、他にも……大きな失敗しちゃってさ。だから、ヤクモだなんて名乗りたくなくて……」

「聞いても、いいですか?」


 静かにうなずくと、自分はどんな失敗と罪を重ねたのかをマーガレットに懺悔するように包み隠さず吐き出した。

 トウカやプリドゥエンと一緒に傭兵として仕事をしていた事。

 傭兵としては駆け出しだったので、ヘンに反感を買わないように出来るだけ色々と配慮しながら勉強してきた事。

 ヘルマン国に来て、8等級になった事で絡まれたことと、トウカに手を出されて痛めつけてしまった事。

 それが原因で自分が太古の遺跡のような場所に行った際に意趣返しをされた事。

 トウカが……女性としていいようにされてしまった事。

 そして──感情的になり、一方的に全員を殺めておきながらその責任から逃れるように記憶にすら残っていないという事。

 両親の教えや、元居た部隊の理念にすら背いてしまい、どうしていいか分からない事。

 今では……殺してしまった連中の親のような奴に狙われている事。


 全部を聞いて欲しかった、全部を吐き出したかった。

 マーガレットは、自分の狂った瞳と同じように”自身の未来”を夢で見る事ができる。

 その関係で彼女には最初から異世界から来た事などを含めてバレており、特には……隠し立てをする必要性を感じなかった。

 彼女も、最初から最後まで静かに聞いてくれた。


「……そんな事があったんですね」

「学園に居た頃が、上手く行き過ぎてたんだと思う。それでも……なんとか、生きようとはしてるよ」

「──……、」

「それで、マーガレットがきてくれたのは嬉しいんだけどさ。こんな状態だから。帰りのお金が無いのならあげるけど」

「あ、それなら心配はいりません。私、帰りませんから」

「……はい?」

「元々そのつもりで家を出て来ましたし、護衛……ボディーガードって言うんでしたっけ? その為にワンちゃんを連れてきたんです」

「ワンちゃん連れてこられてもな……。っていうか? 本気というか正気?」

「荷物だって持って来たんです。私は、もう学園には戻りませんから」

「いやいやいやいや、ちょっと待て!」

「はい、なんでしょうか?」

「……学園は、通った方が良い。自分は、魔法使い連中の交流だとか、そういうのは一切分からない。それに、学園の教育が無駄だとは思わない。マリーだって頑張ってくれてるし、学習の機会を丸々捨てるのは勿体無い」

「ですが、私にとって学園とはヤクモ様がいてこそなんです。戻られないのであれば、居る意味がありませんから」


 その発言に額を叩き、考え込み、どう説得すればよいかを考える。

 体験や経験を背景とした重みのある説得か。

 それとも感情や理性、将来性に訴えかける説得か。

 色々考えた、そしてマーガレットの顔を見る。

 それは憂いでもあり、迷いでもある。

 ただ、それは自分の人生をどうしたらよいかというものではない、自分がどうなるか分からないという心配の類である。

 今を逃せば、またどこかへと旅立ってしまうだろう。

 相棒のワンちゃんとやらの鼻を持ってしても、いつどこでフツリと足取りが途絶えるかも分かったものじゃない。


「学園には……いずれ戻る。どんな形かは分からないけど、少なくともあの都市には行く」

「それって、何時ですか? 必ずですか?」

「う……」

「約束できないのなら、このまま一緒についていきます。大丈夫です! 香草や薬草でお支え出来ますから。ちゃんと一式、色々と持ってきたんです」


 そういっていた彼女だが、荷物が少ない。


「もって来たにしては、荷物が少なくないかな?」

「ワンちゃんに預けたままでした」

「ワンちゃん可哀想……」

「大丈夫です。大きくて逞しいんですから!」


 そういって彼女は窓を開くと「ワンちゃ~ん」と呼ぶ。

 てか、本当に名前ソレ?

 しかも、聞こえてくるのはどう考えても”ワンちゃん”とは思えない声である。

 低く重い唸り声、聞いていて武器を取り出そうとしてしまうが丸腰である。

 何が窓の外にいるのだろうかと除いてみると、巨大な影が現れて自分を床へと押し倒した。


「G'damn G'damn G'damn G'damn《あぁ、クッソォ!!!!!》」

「こらワンちゃん! ヤクモ様の上に乗っちゃダメじゃないですか!」

「グルル……」


 こらじゃなくてトラじゃね?

 というか、巨大虎じゃね!?

 押し倒された時に右肩がパキョとかいって外れたが、そんなものは意に介さない。

 眼前で「おう、何やワレ。姉さんになにしとったんじゃ」と言わんばかりにガンつけられている。

 鼻と鼻がふれあい、その鼻腔が俺の臭いを覚えようとしている。

 マーガレットが必死に虎を押し退けようとしているが、体重差からしても無理だと思う。


「あ~、えっと。コレがワンちゃん?」

「はい! 子供の頃に父様が私の為に買って下さったんです。あの時は白色に見えてたのですが、今は黄色く見えるんです」

「そりゃ色盲が治れば色の見え方も変わりますよね!? てか、退いて。重い……」


 ギブギブと虎をタップする。

 当然ながら意思疎通は出来ないのだが「なんじゃ、この根性無しが……」と言わんばかりにのっそりと立ち退いた。

 身体を起こし、むりくり肩を嵌め直して立ち上がる。

 立ち上がって見ても、全長四メートル超えてそうな巨躯だ。

 そりゃ……こんなのがボディーガードについてたら誰も手を出さないし、ヘルマン国でも上手くいくわ……。


「……名前、ワンちゃんでいいの? マジで? ホントに?」

「ガウッ」

「あぁ、いや。別に文句を言ってるわけじゃないんだ。ただ、なんと言うか……」

「昔は子犬みたいだったので、そのまま犬だと思ってたんです。けど、大きくなったら、こう……なんか違うな~って」

「小さい時期から大分違いますよね!?」

「はい、ヘルマン国に入る時に『お嬢ちゃん、凄い立派な虎に乗ってるね』って言われて『虎なんですか?』って言っちゃいました……」


 あ、あぁ……虎ってヨーロッパじゃ見ないのか。

 現代っ子は何でもかんでも「ネットがあるだろ」と思ってしまうからいかん。

 この時代じゃソレすら難しいのだ。


「あ~、えっと。この子大丈夫? マーガレットが居なかったら噛み付いたりしてこない?」

「ワンちゃん? この人は私の旦那様になる人ですよ? 噛み付いたり、さっきみたいに飛び掛ったりしたらダメですよ?」

「クゥ~ン……」

「……分かってくれてるのかな」

「ワンちゃんはいい子なので分かってますから。は~い、荷物を降ろしますよ~。御免ね、ワンちゃん。重かったよね」

「グル……」

「そんな事なかった? 優しいね~」


 そう言っているマーガレットをわきに、流し目でこっちを見てくるワンちゃん。

 まるで「どうだ、お前に真似はできまい」と言っているように見えて、とても悔しい。

 しかし、自分なんか夢で絡む事がなければマーガレットとの縁もなかったわけだ。

 ソレに比べれば幼少から傍に居たこの虎とはどうあがいても勝ち目が無い。


「あ~、えっと。ちょっと……考えを纏めさせて欲しい。マーガレットはその子と一緒に、これから一緒に来るって事……だよね?」

「はい、そうしたいと考えてます」

「お……自分は、傭兵のお仕事で昼夜逆転したり、昼間に寝たりと大分不規則なんだけど」

「私は身辺のお世話をしたいだけですから。ですが、ここでは……お茶の準備や、部屋を整えたり、お裁縫くらいしか出来なさそうですね」

「いや、そこまでして貰う必要は……」

「いえ、させてください。ヤクモ様は、何でもかんでもご自分でやろうとしすぎです。カティアちゃんやプリドゥエンさんとも離れた今、少しくらい……その代わりをしたっていいじゃないですか」


 迷うが、仕方が無い。

 彼女を単独で送り返すにはトウカの件を引きずりすぎている。

 かといって彼女を連れて行くには公爵の件があった。

 少しばかり震える右手を左手で握り締めると、何時もなら酒瓶を握り締めている手で別のものを握り締める事を決める。


「先に言っておく、御免。出来る事なら危険には晒したくないけど、たぶん……それは出来ないと思う」

「お互い様ですよ。私も……何もしてきませんでしたし、これからも足を引っ張るでしょうから」


 静かな時間が訪れ、思い出したかのようにマーガレットがワンちゃんに「さ、厩で大人しくしてて下さいね」と言うと、素直にしたがって窓から飛び出して言った。

 ……というか、あれって絶対に食費が馬鹿にならないと思うんだけど、そもそも何を食べるんだろう……。

 遮音の魔法を解除するとほぼ同時に、ガチャリと扉が開かれる。

 女将さんかなと思っていたら、全く別人がやって来た。

 テレサである。

 若干頬が赤いし、コレは寒さじゃなくて絶対に酒が残ってる。


「この方は……」

「あぁ、えっと……。マーガレット、子の人が監視者のテレサ……テレジア。テレジア、こっちは学園の生徒のマーガレット。学園が休みになって……こっちに来たらしい」

「ふ~ん……」

「へ~……」

「──あの、おふたがた?」


 マーガレットとテレサ、二人とも自分の知ってる温度の声じゃない……。

 

「あ~、そういえば学園では色んな子を引っ掛けてたんだっけ~。忘れてた~」

「人聞きが悪くありませんかね!? 引っ掛けてませんって! 自分はただ──」

「ヤクモ様? 外に出て、随分と奔放になられたみたいですね」

「違いますからね!? 監視者! 傭兵としての信用や信頼が有るかどうか見張る人だから!」

「女誑しと淫行未遂っと……」

「どっちもデマじゃねぇか!」

「これはミラノ様に報告しないと……」

「もう勘弁しろ!!!」


 マーガレットの来訪は予想外の物ではあったけれども、彼女が来てくれた事や語ってくれた事は落ち目だった自分に幾らか”失わずに済んだもの”を教えてくれた。

 少しだけ……学園での自分を懐かしめて、あの夢で見たものが”全部夢でした”と言うわけじゃないと思わせてくれた。

 その一点では、テレサにも感謝している。

 銃は使えるかは分からないけれども、少なくとも剣は握らなきゃいけない。

 現実に向き合うためには一握りの薬と一瓶の酒、一晩の思考が必要になった。


 それでも、翌日からは剣を帯びる事が出来たのはマーガレットのおかげである。

 銃が再び手に取れるまで、自衛官に戻れるまでは……コレで生きるしかない。

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