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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
10章 元自衛官、獣人の国でやり直す
157/182

157話

 ゾルと飲み食いした翌日は酷く二日酔いになった。

 ただ一人、テレジアだけが「また沢山飲んだりしたいわね」とか言っていて、完全にお客様である。

 ゾルはゾルで一度吐いたにもかかわらず翌日にはケロリとしていて、なんだか不公平だなと思った。


「よし、今日の仕事は石炭運びだ。雪が深く積もると家で孤立するヤツが出る。その中でも女子供や老人は死にかねない。そこで、集会場を念の為に避難所として使えるように物の準備だけしておく事になった。村の為だ、嫌じゃないだろ?」

「気が楽で良いね」

「だが、オメエにはちと酷かも知れネェな。幾ら鍛えてるとは言っても、獣人族の用意する石炭の袋は一袋が人間のより重いからな」

「や、大丈夫。依頼を見直して、運搬する数を覚えれば直ぐに終わるし」

「はん?」

「まあ、見てなって」


 立会いの下、いくつ運ぶのかを確認してから自分は石炭の入った袋を一つずつストレージにしまっていった。

 当然目の前でモノが消えれば誰もが驚く。

 そんな魔法も技術も、今となっては存在しないからだ。

 

「お、おい!?」

「それじゃあ、集会場の集積場所に行きますかね。先ほど確認した袋の数を現場で確認してくれればそれで仕事は終了だし」


 商人の商品の荷おろし等の場合は自分の理解できない指摘を受けかねないし、そんなので時間も精神的なロスもしたくない。

 けれども、こういった”モノの運搬作業”の場合は楽だ。

 ストレージに叩き込んで、移動先で全部展開すればおしまいだ。


 そして、そのようにするとゾルは驚いている。


「おいおいおいおい、何だよそれ!?」

「魔法でさ、モノをしまったり出したり出来るんだよ。商人とかが相手だと価値だとか何だとかで面倒くさいからやらないけど、普段はこれで色々やってるかな」

「うっわぁ……何だかんだ一時間から二時間は見積もってたのに、三十分も経ってねえ!」

「けど、達成は達成……だろ? 袋に穴を開けたり、途中で落として雪で湿らせたりもしてない。それどころか、出し入れしやすいように倉庫管理の状態で整頓して置いてる。これで文句を言われたら流石に逆切れしてもいいと思う」

「……なるほど。オマエさんが雑用とかでも評価が高いのは、こういった所で失点しないからなんだな。だが、これから使う予定だったオレの筋肉はどうすればいい? 途中でオマエがヘバって、仕方がネェなって全部運んで、少しはヘトヘトになるつもりだったんだぞ?」

「そんな予定を立てられてもな……。それに、このくらいの袋なら両手で持ち運べるし」


 そういって、買い物袋を持つかのように片手につき二袋、両手で四袋を持ち上げる。

 マスクウェルめ……どんな改造をしたんだ?

 内臓まで全部交換して、身体能力が更に上がってしまった。

 これが必要とされる終末戦争ってのも大分末期な気がするけど、その恩恵を受けていると思えば文句は言いづらい。


「ウソだろ? オマエ、本当に人間か? 実は身体能力上げる魔法使ってんだろ?」

「あ、そういやそんなのも出来るんだっけ……。使った事がないから忘れてた」


 学園ではアルバートがそういったのを得意としていたけれども、実際の戦闘経験や訓練からいなしやすかった。

 そのせいで技術と経験と知識の差でそこを埋められたので、すっかりと認識の外に追いやっていたのだ。

 

「使ってないのか!? なんつーバケモンだオマエ……」

「お褒めに預かり有難う」

「って事は、オマエ……実は逃げてきたとかだな? それで迷惑かけるかもしれないとか、そんな事をいってたんだろ?」

「──あたらずとも遠からず、かな」


 ただし、事情を二つ混ぜればの話だけど。

 逃げてきたのは学園やミラノたちから、迷惑をかけるかもしれないというのは追っ手や襲撃者の関係からだ。

 故に半分ウソで半分本当という事で、当たらずとも遠からずと答えた。


「なぁんだ、だったら等級が上がるのが早いのも、身分保障で組合で傭兵しながらも等級に興味が無いのも頷けるわ。てか、常識が無いもんな」

「あはは……」

「まあ、ユニオンもそうだが、ヴィスコンティも大分キナクセェからなぁ……。生き物を作ろうとしたりしたり、色々とぶっとんだ事してるって聞いてるからな。オマエもそこらへんの繋がりだろ?」

「まあ、ヴィスコンティと縁があったのは確かかな。それに……追っ手が掛かってるかは分からないけど、あそこの国には行きたくない」

「非道な事しやがる……」


 話が滅茶苦茶捩れたが、どうやらヴィスコンティが作り上げたキメラという事になったようだ。

 全くそんな事は無いと言いたかったが、既に親に貰った身体ですらないからキメラといえばキメラなのだ。

 逆に、どこがまだ親から貰った部位なのかを聞いた方が早いという。


「で、ゾルはどうする? 暇が出来ちゃったけど」

「そうだなぁ……手合わせってのはどうだ? オマエさんの実力を知りたくなってきた」

「いやいや……」

「血沸き肉踊る楽しい楽しい戦いだ! オマエさんも男なら分かるはずだ」

「近いし目を血走らせんな!」


 どれだけ戦いが好きなのだと言いたくなったが、獣人族は大体こんな感じらしい。

 だからギルドでの仕事で討伐だの防衛だの捜索だのと、戦闘が絡みそうなものは速攻で無くなる。

 逆に細かい事が嫌いなので事務作業や雑務といった仕事が多く残されているのだが。


「そもそも、自信が無いときにそういう事をするってのはさ。相手にも自分にも事故を起こす可能性がある状態なんだ。相手を傷つけるのも、自分が傷つくのも……どっちも互いを不幸にしかしないだろ?」

「オレがケガすると?」

「いや、俺を怪我させても面白くないだろ」


 自分が怪我をしても、本人が許したところで相手が気にしていたら意味は無い。

 そして相手が気にしているという事を自分も気にしてしまう、ドツボにはまるパターンである。


 ゾルも無理強いはしなかったし、むしろ引いてくれた。

 

「なら、いつかやりあおうぜ。ツアル皇国の連中と一緒に肩ァ並べた事はあったが、強いかどうかは別としても、面白ぇヤツは初めてだ。人間の中にも……まだまだ捨てたもんじゃないヤツも居たもんだなぁ」

「それって褒めてる?」

「褒めてるっての。色々分からん事だらけだが、オレはオマエの事が気に入ってるんだぜ? 人間は獣人相手だと怯えるか、見下すか……どちらにせよまともに扱ってくる連中の方が少ネェ。だが、オマエさんは握手をして、こうやって対等の態度で接してくれて、その上同じ飯と酒まで飲んだ。それが出来るヤツってのはそうそう居ないんだぜ?」

「そう、なのか?」

「あぁ。だから思うのさ、オマエさんは本当にオレたちを変に見てないんだなってな」

「考える余裕がなかっただけかも……しれないだろ?」

「それだったら飯は一緒出来ても酒は一緒には飲まネェだろ。本当に相手を嫌がってたら隙を見せる事を嫌う筈だ」


 相手の懸念を潰すように幾らか口にしてみるが、それを相手のほうから否定される。

 それは……嬉しかった。

 つまり相手は既に相手の中で自分がそうじゃないと言う逆説的な確信を得ているのだ。

 逆論破される事で、自分は否定する事をやめた。


「……有難う」

「おいおい。感謝されるような事はしてネェだろ? オレはテメェの中でそうだと思った事を言ってるだけだぜ?」

「いや、そうやってさ……口にして言われるのは──大丈夫だって、信じられるって口にされたのは……たぶん、初めてだからさ。嬉しくて」

「──そういう事言うなや。とりあえず昼に集まってそれから後の仕事まで自由にすっか。オレは自己鍛錬でもしてくるわ」


 そう言うと、ゾルは「またな」と去っていく。

 その背中を見送っていると、小さな咳払いが聞こえた。


「ちょっと、宜しいかしら?」

「あ。あぁ……そうだ、居たんだ。いつも誰かが一緒になると居るのか居ないのか分からなくなるから困るなあ」

「そうでないと監視の意味も無いし、気取られるような三下になったつもりもないもの」

「それで……どうしたんだ?」

「そろそろ一度区切っておきたいのよ。キミの事、ある程度は纏めた情報に出来そうだから。その為に質疑応答をして、とりあえず処分の程度を定めておきたいのよ」

「処分……」

「あぁ、処分といっても重くはならないと思うから。とはいっても、奉仕程度の処分は下すけど」

「奉仕?」

「とりあえず、宿に戻らない? それとも寒い中でお喋りを大衆の中でしたい?」


 そう言われて、ゾルがいなくなった事を思い出す。

 獣人が親しげに傍に居ない今、そういった後ろめたいお話を聞かれるのは宜しくない。

 移動に同意すると、彼女はトテトテと先を歩いていった。


「さて、と。先ず私の方から今までの同行中し確認したり感じたりした人物評価を述べるわね。それがどんなものであっても、後の質疑応答では左右しないから悪いな~って思ったら改善するようにがんばる事」

「うい」

「仕事に対しては熱心とは言わないけど真面目で、その仕事内容を逸脱しない範囲で他の気付いた事とかも組合に報告してくれる。仕事もとりあえず終わらせるとかじゃなくて、終わらせた後の事も考えてるからめっちゃ宜しい」

「あざます」

「けど、等級の割りにやってる事が事務や雑務が多いし、ヘルマン国ではそういった仕事が敬遠されがちだから良いけど、他の国だったら後輩や若輩のお仕事を奪う事になっちゃうよね? しかも別に下の子達と組む訳じゃないから結果として仕事を奪ってるだけになっちゃってる。それは良くないかな~って」

「ふんふん……」

「それと、せっかく等級が上がったのに仕事中毒みたいになってる事で組合の方から心配されてきてるのも良くないわね。組合からしてみれば組員はお得意さまでも有るけど、それと同時に大事な子でもあるの。寿命を削るような仕事っぷりは減点、しかも仲間に事後報告で離脱したのもまた減点、監視者だから遠慮したのか分からないけど相手が複数だって分かってたのに単独で向かっていって負傷して帰ってきたのも減点。キミさ、周囲に心配かけるのが楽しいヒト?」

「そ、そんなつもりは……ないんだけどな」

「けど、実際問題そういう風に周囲に見られてきてる訳。仕事が出来ても、仕事を達成するけど死ぬかどうか分からない人と、仕事を失敗はしても確実に次に繋げてくれる人。どっちが良いと思ってるの?」

「そりゃ、まあ。仕事を失敗って言っても色々あるし、状況に左右される事も多いから必ず生きて帰って状況の変化を報告してくれる人の方が安心するよなあ……」


 正しくないと分かっているけど、それを受け入れられない人だっている。

 自分も、テレジアの言い分が正しいと認める事は出来るけど、受け入れる事は出来ずに居た。


「自棄? それとも……バカ?」

「馬鹿なんだと思う。賢ければもっとやり方も変えられるし、今の話でも変化できると思う。けど、理解は出来ても……それを急に変えられるほど出来たヒトじゃないんだ」

「ふぅん……」


 彼女は質問をしながら、反応や顔色を見て何かを書き込んでいく。

 勿論それは見えないし、見ようとも思わない。

 変わらないし……変えられないのだ。

 むしろ今更足掻いた所で悪化するだけでしかない。

 

「それと、これは個人として聞いておきたいけど……キミはどうしたいの?」

「どうしたいって?」

「前の名前としてきた事。勿論捨てなきゃいけなかったのは理解してるけど、これからもずっと傭兵として仕事をしていくの?」

「……さあ、どうかな。目標も目的も無いけど、生きるには……何かをし続けなきゃいけない。もう飼い犬じゃいられないし、最悪何が理由で追っ手が掛かるかも分からない。なら身軽で移動し続けられるという意味では傭兵は気楽で良いかな……」

「その為に多くのものを裏切っても?」

「──裏切られたのは、自分の方だ。それに、やった事は英霊の求めた事に近いし、一戦も交えていない公爵が自分の所に一度も来ずに自国の利益を求めたのが……とてもじゃないけど、腹立たしい」


 当事者がそこにいたのに、それを抜きにして国家解体を行なおうとした。

 隷属化、植民地化のような事をしようとしたのをどうして許せる?

 事情が何であれ、先に見捨ててきたのは自分たちだというのにだ。

 自分は……自分の起こした事柄の補填までしろとは思ってもいなかった。

 ただ、相手の事情を理解した上で叩きのめして、妥協案というか……折衝案と納得をして貰いたかったのだ。

 

「だから、もう戻れないし……戻らない。流浪人、放浪者として……これからを考えていくしかないんだ」

「──そっか。分かった」

「それで、処分ってのは?」

「奉仕ってさっきも言ったけど、早い話が組合が半ば強制的にお仕事させたりできるようになるというか。キミは組合からの個人指名をされるようになるの。で、仕方が無い場合を除いて強制参加。勿論仕事の仕方や報酬が格安だとか無給になるって事はないけど」

「つまり、組合が呼び出すようになるからそこで誠意を示せって事か……」

「で、これは同行者がつくんだけどね。それに関しては私が今までのように居るってだけだと思って。ただし、今までどおり行動や態度を含めて評価や観察されるからそれは覚悟する事」

「……まあ、それで許されるのなら仕方が無いし、受け入れるよ。元はと言えばそんな事になる真似をした自分が悪いんだからさ」

「それで、先ず私がキミに宛がう最初の仕事を用意してあるの」

「早いな……」

「キミは先ず今日の仕事が終わったら、二日ほど宿で待機してもらうから。勿論その間私は傍に居るけど。その二日が経過した後に改めて仕事を割り振ります。どう、分かった?」


 二日ほど待機して、それから仕事……ふんふん?


「それって、ただのお休みじゃないか?」

「早速逆らうの? 報告に記載しとかなきゃ……」

「いやいやいやいや、そういうのじゃないけど!? けど……」

「けど?」

「なんか、休んじゃって良いのかなって」

「等級が高かろうと低かろうと、組合の方で強制できる事だもの。処分が何ら下されてなかったとしても、受付や仕事の状況を見て強制的に最大半年まで仕事をさせないという事も出来るんだから」

「半年……」

「組合に仕事を持ち込まれた以上、お金も預かってるから早く確実に終わらせて依頼者を安心させたり、安全や滞りの解消をしたいってのは勿論有るわ。けど、だからといって傭兵をしてくれている人を危険に追いやったり、死なせる事は本意じゃないもの。負傷させてしまったり、あるいは仲間を喪ってしまったり……時には予想していなかった事態に追い込まれて消耗するという事もあるの。だから、休むのは甘えや優しさじゃなくて義務。だって、使える人間を喪うのって損失じゃない?」


 ハッキリとそう言われて苦笑してしまう。

 けれども、優しさだとか何とかじゃなくて義務だと言われ、更には相互利益の意味も含めて当然とまで言い切った。

 その裏表も無さそうな物言いは……好きだ。

 むしろ勘繰ったりしないで済むし、その言葉をそのまま受け止められるので良い。


「……了解しましたよ、監視者殿。今日の仕事が終わったら、みっちり二日休ませてもらいます。その後、言い渡された仕事に従事します」

「ん、宜しい。それじゃあ、まずはここで待機。報告だけしてくるから、少しだけ外すわ」


 テレジアはそう言って、荷物の中から持ち出すものを纏めると立ち上がる。

 出来る女の人……のように見えるが、どう見てもロリでしかない。


「それと、いい忘れてたけど。ゾルって人と一緒に仕事したでしょ?」

「うん? うん」

「昇級に不足していた”連携”という場所が評価されたから、そう遠くないうちに7等級になれると思うわ」

「そういえば、連携だとかそういうのも評価基準だったっけ……」

「仕事っぷりだけを見れば十分大丈夫だし、読み書きも出来て書類の整理も出来る人材ってのは地味に評価しやすいのよ。だけど、等級をあげるとなると一人だけじゃなくて誰かと一緒に仕事をするという面も見なきゃいけなかったのよね。だから、気を抜いたりしないでこれからも頑張りなさい。それと、今私が言ったという事は忘れる事」


 そういうとテレジアは出て行く。

 部屋に一人残された自分は頬を書いて、網膜に映る時間を見て大分時間が有るなあとベッドに寝転がる。

 ただ、言い訳が欲しかったのかもしれない。

 休んでいいと、仕方が無いんだと……自分に言い聞かせる何かが。

 午後の仕事は村を囲う柵の点検とその修繕だったが、ここでもまた直ぐに修理を済ませてしまってゾルが筋肉の事で嘆いていた。

 ただ、破損した箇所に充て木をして直した所で脆い事実は変わらない。

 古い服に新しい布と糸で当て布をしても直ぐに破けてしまうように、それだったら根本的に直してしまう方が良いだろうと説得した。


 クラフト能力は便利だ。

 破損や損耗に見合った素材や材料さえ容易出来れば、新品のように戻せてしまう。

 それがたとえ折れた剣であろうと、凹んだ甲冑であろうと直せる。

 建造物であっても同じなので、破損範囲に見合う素材を持っていけば大丈夫なのだ。


「クッソぉぉぉおおおおお! オレの筋肉日和がぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 そんなゾルの慟哭をよそに、仕事が終わってしまった。

 そう……終わってしまったのである。


 ~ ☆ ~


「ね~、暇~」


 休暇なのに、自分はこのロリ監視者に付きまとわれている。

 ベッドで横になって本を読んでいたら、ドスンと容赦なく腹に乗っかってくる。


「あの、テレジアさん? 一応貴方女性ですよね? 二人部屋でそういう事をするのは良くないと思うんですが?」

「誘ってる?」

「それを聞きたいのは俺のほうじゃあ!!!」


 叫び倒すと、壁を殴りつける音が響く。

 そして「うるせえぞ!!!」という声も聞こえてきて、ビクリと硬直してしまう。

 コテリと、テレジアもバランスを崩したまま固まり自分の上やベッドからも落っこちた。


「怒られただろ……」

「い、今のはキミが悪いと私は思うけど」

「え~……」

「あ~あ、ちょっとお出かけしてこようっと」


 そう言って彼女は幾らか欠伸をかみ殺しながら出て行く。

 それを見送ろうかと思ったけれども、退屈なのはこちらも同じなのだ。

 組合に行くのではなく、お出かけ? どこにだ?

 言っちゃ悪いけれども、娯楽になりそうなものなんて無い。

 商隊も来てないのに、どこへ行くのだろう?


 気になったので後をつけてみる。

 彼女は幾らか警戒しているようで、何度も振り返ったりしながら村を出て行く。


「おっ、ダイチ。どうした? 非番だって聞いたが」

「テレジアがどこに行こうとしてるのか気になってな」

「……あ~、聞かなかった事にする。何かあってもオレを巻き込むなよ」

「分かってるって」


 出入り口を警戒してる相手に挨拶をして、テレジアが徐々に人気の無い場所へと向かっていくのを見た。

 雪だらけの世界の中、迷う事無く彼女は森林へと入っていく。

 狩猟の許可を持っているわけじゃないだろうし、モンスターを狩って憂さ晴らしをするには時期も適さない。

 何をするつもりなのだろうか?


 そう思っていると、彼女は「ここでいいかしら」といって立ち止まった。

 木々に身を隠して何をするのだろうかと見ていると──。

 彼女は、空間に手をねじ込んでいた。

 

「!?」


 それはかつてアーニャがやっていたもので、魔法ではない能力の一つだ。

 空間と空間を繋ぐドア、その中に彼女は入っていく。




 ── 一瞬、夢の中の事を思い出してしまった ──


 幸せだったかもしれない日々、ありえたかも知れない日常。

 当て所ない日常に溺死しかけていた自分は、酸素を求めるかのようにその空間へと飛び込んでいた。


「きゃっ!?」

「つぁ~……」


 飛び込んだ先、頭から飛び込むようにして入ったものだから後先は考えていない。

 背中を床で、尻を壁で落ち着けたままに幾らか目を回す。

 頭を打ったのかもしれないと、チカチカする視界に驚いていたが……。

 頭を打ったわけではなかった。


「あ~……」


 ぼんやりと見上げた場所、そこには丸い”電球”があった。

 白磁の光が部屋を照らしていて、その大部分に……服を脱ぎ捨て下着姿になっているテレジアの姿が逆さに映っていた。


「つけられてた!? 気づかなかった……」

「──……、」

「あ~、どうしよう。困ったな……。こういう時どうすれば良いかなんてマニュアルに無かったし……というか、大丈夫? 反応無いけど」


 テレジアがそんな事を言いながらしゃがみこみ、鼻をつまんでくる。

 当然、彼女は下着姿だしブラなんてものはしていない。

 色々なものが見えていたが、自分は……焦げそうなくらいに毎日磨き続けていた思い出という宝石を引っ張り出す。


「……アーニャの、先輩の……テレサ・ブラボーラ」

「何で知ってるの!?」

「夢で……見たんだ。アーニャと、一緒に……コミケに、行く夢を──」


 ゆっくりと起き上がり、近くにあった窓に向かう。

 するとそこでも雪は降っているが……外の世界が違う。

 コンクリートジャングル、少し遠くには代々木公園まで見える。

 それこそ、夢の中でも……現実でも見た事のある鳥居まで見えた。


「日本に……戻ったんだ」

「──……、」

「ははは、はぁ……」


 ヘタリと、崩れ落ちる。

 だからなんだと。

 日本に戻って来られた所で、無かった事に出来る訳じゃない。

 アーニャとの約束が、今更果たせる訳でもないのだから。


「……そっか、だから時々翻訳されないはずの単語が翻訳されてたのか」

「え、なにそれ」

「あっちの世界じゃ、アーニャに貰った翻訳の能力が不完全で、殆ど日本語に起き直されてるんだよ。ベッドは寝床、コートは外套とか。それに……初対面で、人を殺してる相手に対して距離が近すぎるとも思ったんだよなぁ……」


 いや、そもそも仕方が無いと理解されている上に現代ほど法整備されている訳でもない。

 事情さえ理解して貰えればあの接し方でも問題が無かったと言えるのかも知れないが……。


「……この家、臭くない?」

「あ~、レディの家に勝手に上がりこんだ上に臭いとか。これは極刑しかないわね」

「あのさ、もし間違ってたら謝るけど……。家、結構酒の空き瓶や空き缶とデリバリーの空き箱だらけだったりします?」

「──する」

「で、暖房ガンガン利かせてるから酒の臭いは充満するし、空き箱に染み付いた臭いとか混ざってるとか」

「当たってる」

「はぁ~……」


 頭をかき、ため息しか出ない。

 周囲を見て、自分が立ち入った事がない部屋だと考えればアーニャの居た空き部屋か、テレサの部屋しかありえない。


「……オーケー、とりあえず休戦しよう。テレサは先ず服を着ること」

「キミは何をするつもり?」

「掃除をして……ちょっとお茶でも入れる。てか、暖房が効いてるから防寒着だと暑くて敵わない」


 そういって降参しておく。

 彼女は自分の格好を見てから少しばかり考えるように頬をかく。

 数秒後、自分のした提案は妥結された。


 三十分ほどの簡単な清掃と同時にお茶を沸かす。

 彼女はシャワーを浴びると、ホカホカで健康そうに見えるスパッツとタンクトップ姿で現れた。


「それで、キミがなんで私の事を名前と姿を一致させられたか……その事を聞かせて頂戴」

「言って、信じてもらえるかどうかは分からないけど──」

「それを判断するのは私。そもそもキミは、目の色が違ったはずだけど?」

「それ含めて、分からない事が多すぎてさ……」


 簡単にかいつまんで、本当の事を白状することにした。

 洞窟の奥に旧世界の施設があり、その中で化け物と遭遇して意識不明の重態に陥っていた事。

 その間、”ありえたかも知れない未来”を見ていて、アーニャと一緒にこの世界に来てコミケに三人で行った夢の事も話した。

 そして……この家の惨状の事も、夢の通りだったと伝えたのだ。


 半信半疑のように聞いていた彼女も、最終的には諦めるように受け入れた。


「な~るほどね~……。ワケの分からない事ってまだまだ沢山あるのね」

「信じるんだ」

「そもそも、キミがもう言ったけど私だって本来なら死んだ身よ? それがなぜかこうして、世界を管理しろとか言われてここに居るんだもの。なら、魔法が発達した世界というのも含めて、納得するしかないじゃない」

「そっか……」

「──監視なんてのも半分嘘っぱちだし、アーニャちゃんに何かしたんじゃないかって見張ってたけど……そっか、キミじゃ無さそうだね」

「自分が?」

「アーニャちゃんに変な取引持ちかけて、そのせいで倒れたのかと踏んだのよね。あるいは、何かしたんじゃないかって。けど、キミを見ている感じだとそういう人には思えなかったもの。勿論、人としての善し悪しは幾らかあるけどね。死ぬ前と同じで……正しくあろうとして、自分に出来なかった事を出来たかもしれないって悩んで、迷って、苦しんでる。一つ違いがあるとしたら、それで心が折れきってないことくらいかしら」

「……心が折れて色々諦めるには、色々な人との良い思い出が有りすぎたんだ。だから、まだ……諦め切れなかった」

「──そっか」


 彼女はまだ乾ききらない髪の毛を結わえ、首筋を涼しくしようとしていた。

 そして、遠慮なく冷蔵庫に有った酒を飲みだす。


「キミも一杯飲む?」

「いや、止めとくよ」

「……まあ、色々あったけどさ、まさかここに乗り込まれるだなんて思ってなかったのよね。だからさ、どう対処しようか迷ってるところなの。記憶を消すにしても変な悪影響が出ちゃったらまずいし。今のキミは、大分精神的にグラついてるから下手な事をして絶望に染まるのも嫌なのよね。だからさ、こうしない? 手打ち、ネゴシエーション、交渉って奴」

「自分には差し出せるものなんて何も無いぞ」

「ううん、一つだけある。キミは私の正体を知っても、自分の居た世界に戻ってきても暴れたり喚いたりしなかった。それに……私はキミに対して強く出られない理由もあるし」

「──もしかして、両親が死んだ事で遠慮してるとか? それだったら……夢の中でも許せたんだから、現実でも許せなきゃ……ヘンだ」

「そう言ってくれると有り難いわ。けど、それだけじゃないの」

「?」

「女神ってね、孤独なのよ。何でも出来るし、世界を乱さない範囲でなら何にでもなれる。この高層マンションのフロアを二つ借り切ったり、お金に糸目をつけないとかね。けど、結局そんな事をしても生きてるってワケにはなれないの。隠したまま生きる、理解されないまま生きる、そうやって十年、二十年と過ぎると……心が死んでくるのよ。だからね、これは私の我侭。事情を知った上で、ヘンな事をしないのなら……今のまま私と同じように接してくれるかしら。友達や理解者が居ないのは、もう嫌だから」

「それも、夢で言われた。それで、自分は……同じように言うよ。自分でよければ、何の役に立つかは分からないけど、宜しくお願いしますって」


 そういうと、彼女は泣きそうな顔をして微笑を浮かべた。

 いや、実際には泣いていた。

 目の端から涙の珠を浮かべて、ただ零れ落ちないように強がって見せただけだったのだ。


「あ、けど。お互いの事情が分かったからって、あっちで優遇したりはしないからね? 私の世界じゃないんだもの、他人が管理してる世界で好き勝手したらどうなるか分からないし」

「それは良いよ。自分の人生なんだから、自分で何とかするし。利用するのと頼るのは違うってのは、散々学んだからさ」

「……あ~あ、こうなるって分かってたらもっと早く打ち明けてれば良かったわね。欲を言うのなら、アーニャちゃんと一緒に来て、コミケという奴に三人で行くのも面白かったかもしれないし。コスプレ用の衣装、いくつか作ってたんだけど無駄になっちゃったな……」

「──夏が。夏があるよ。それまでにさ、アーニャが回復して、また約束しなおしたり誤ったりしたらさ、二人で来たいな。そしたら、遅くなっちゃうけど同じ事だし」

「……キミがそれでいいなら、私は大歓迎だよ。──あ、そうだ。これももしかしたら夢であったかしら? こちらの世界で滞在する時は、空き部屋が二つあるから好きな部屋を自分の部屋にして良いから」

「それも、実は聞いた」

「あ~ん……なんだろな~、この──先回りされてる感じ」


 夢とほぼほぼ同じ提案をされ、同じように受け入れていく。

 ただ、思ったよりも酷い状況にならなかったのは嬉しい話だ。

 勝手に元の世界に戻ってきてしまったのだから、最悪酷い目に合わされると思っていた。


「……てかさ、二日の休みが有るんだし。こっちで休んでく?」

「え、いいの?」

「外出は私が同行する事になるけど、それでも久々の”故郷”なんだし、それくらいのサービスをしても良くないかしら?」

「わあ、有難う。そんな……散歩できるだけでも嬉しい話だ」

「ただし、お掃除とか家事はやってくれる? 私、それだけは苦手なのよね……」

「勿論。それでいいのなら、幾らでも」

「下着は盗んじゃダメだからね? あ、でも、一枚くらいなら無くなっても気づかないかも」

「盗まないから安心してね!?」


 夢と同じように部屋を貰い、同じように日本と行き来できるようになった。

 早速自分がした事と言えば、井戸水だの沸かしたお湯だのではないシャワーでの入浴。

 それからは……ただブラリと、久々の日本を堪能しているだけであった。


「あ~、やっぱりジャンクフードは最高だな……」

「そうかしら? 私はおて手が油で汚れるから好きじゃないわ」

「ピザは食べまくってたのに? あとケンタッキー」

「あれらはソウルフードだからいいの」


 期間限定月見バーガー。

 特にこだわりは無いけれども、照り焼きとビッグマック以外を注文した記憶が乏しすぎる。

 ナゲットにソースをつけ、マスタードの辛味を懐かしんでいた。

 

「……マクドナルドとか、あの世界でも堪能できないかな」

「人口密度と交通の利便性から無理よ。そもそも材料の仕入先とか、安定した供給と需要も必要だし。そもそもノウハウを知ってる?」

「知らにゃい……」

「諦めて、暇な時に少し摘むくらいにしておきなさい。行ったっきり食べられないのが当たり前で、こんなの特別優待も良いトコなんだから」


 そういってテレジア……あらため、テレサは鼻の頭を指ではじいてきた。

 若干の痛みを感じるが、それでも今はこの至福の味わいのほうが大事だ。


「そういえば、お薬って渡しておいたほうが良いわよね」

「有り難い……。いつ切らすか冷や冷やしてて、症状が重くなったときに服用するようにしてたんだ」

「通院歴と症状も把握してるから、まだ治ってなかっただろうし。ほら、アーニャちゃんはそこらへんのケアはしてなかったでしょ?」

「けど、良いのかな。普通、通院して貰うべきものじゃ」

「今度から通院して貰えば良いだけの話よ。はい、保険証」

「あぁ、これも貰えるんだ……」

「って事は、貰ってたんだ」

「それどころか、死ななかった事にまでして貰ったかな」

「大分大奮発したんだ」

「まあ、夢だからね」


 揚げたてのポテト、サクサクのナゲットはおいしい。

 ボトルのコーラとはまた違う味わいのコーラも美味しいし、ハンバーガーも言わずもがなだ。


「ねえ、アーニャちゃんとの仲は良かったの?」

「さあ、どうかな。しょっちゅう一緒にゲームをしたり、漫画やアニメ、ゲームの話をしてたくらいかな。それで、気がつけば新しく仕入れたものを見せびらかしてきて来る事を催促してくるんだ」

「へ~」

「まあ、その代わりゲームを楽しめるし漫画やラノベも読めるし、アニメまで見せてくれる。その上ネットまで触らせてくれるから助かるんだけどね……」

「良い子でしょ? 優しいし、色々な事に手を出してからじゃないと判断できないから~って世界に下りて仕事してるみたいだし」

「本来なら投げ出して終わりなところ、ずっと面倒見てもらってるからねえ……。そこらへん、感謝で言葉も無いよ」

「……だったら、その感謝の言葉は本人に今度伝えてあげなきゃね」

「だな」

「それはそうと、こっちに来たらやりたい事とかあるんじゃないの? ほら、家とか」

「それも……夢の中で済ませて来ちゃったしなあ。家の中に同期からの酒がパソコン周りに置かれてるんだろ?」

「ねえ、キミが見たのって……本当に夢なの?」

「さあ、どうでも良い。そもそも夢にそこまで期待するのは……馬鹿げてる。けど、……この目の事もあって、もう何が現実で何がそうじゃないのか分からなくなってきた」

「あぁ、よしよし。思い出さなくていいから。そもそも魔法なんてものがあるんだから、SAN値が減るような現象が起きても不思議じゃないし」

「目の前で空間をこじ開けられたりもすれば、誰でも発狂するよ……」


 と、適度に外食も楽しんだ。

 しかし、久しぶりに鼻腔を突く香りはどうにも食欲を刺激する。

 アレが食べたい、コレが食べたいと色々な事を考えてしまうのだ。

 

「さて、と。お昼ごはんも食べたし、これからどうしようか」

「ん~、そうね。ちょっとモールに寄ってかない? 少し足を伸ばす事になるけど」

「自分は構わないけど」


 なにをするのだろうと聞いては見たが、彼女は「ちょっとね~」と言うだけだった。

 無理に聞き出す事も無いだろうと諦め、彼女と一緒に歩いていくのだが──。

 途中で、彼女は腕に抱きついてきたのだ。

 それは漫画やテレビなどで見るようなもので、断じて腕ひしぎや関節技といったものではない。


「あの、なにをしてるんでせう?」

「ん~とね、前から一度やってみたかったのよね。というか、体験してみたかった?」

「だから、何をですかね?」

「恋人ごっこ」

「ぶふっ……」

「い~じゃん! 良いじゃない! どうせもうまともにはそういった事が出来ないって諦めてるんだから! それくらいアーニャちゃんのよしみでやってくれたっていいでしょ~!?」

「分かった。分かったから……騒ぐな」


 テレサが騒いでいて、人目を引いてしまう。

 その人目のいくらかが好意的に見えなくて、逃げるように歩いていたらWelcome ポリスメン。


「君。ちょっといいかな?」

「お話がしたいんだけど。あ、これは任意だから。決して、強制とかじゃないから」

「……何でも聞いてくださいよ、もう」


 テレサとの恋人ごっこ、数分でいきなり警察沙汰である。

 その後繰り広げられたのは、未成年略取じゃないのか、誘拐じゃないのか、知り合いなのか、そもそも何の仕事してるの? と言った常套句である。

 最終的に痺れを切らしたテレサが運転免許証と保険証を出して「私はね、この子の保護者なの」と言ってくれた。

 警官たちはそれで引き下がってくれたが、最後に向けられた目線は絶対に良いものじゃないぞ……。

 むしろ、未成年略取で自分を助けてくれませんか?

 あ、ダメ? ですよねぇ……。

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