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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
10章 元自衛官、獣人の国でやり直す
156/182

156話

 仕事の無い日々が数日経過してから、再びギルドに顔を出した。

 その日はテレジアも一緒で、無駄足じゃないのかもしれないと幾らか期待させてくれた。


「今日は何かあるかな~……」


 テレジアは受付の組員と話をしている。

 内容が気にはなるけれども、それよりも何かしていないと落ち着かない。

 しかし、雑務が存在しない。

 これは、参った……。


「ん~、どうすっかなぁ~……」


 腕を組み、考え込む。

 仕事が無いのなら無いで構わないけれども、だからと言って浪費生活を周囲に見られるのもあまりよくない。

 どこにそんな金があるんだと狙われる原因にもなりかねないし、働かないで酒と飯をかっくらっていると要らぬ敵意を向けられかねない。

 酒と飯に不自由しない、その上働いていないと言うだけでも睨まれる原因になりえるのだ。

 

「お悩みか? キョーダイ」


 悩んでいると、背後からそんな声がかけられた。

 見ると自分よりも背丈の高い、ヒョロリとした男だった。

 犬歯をむき出しにして、ゴーグルのようなサングラスのようなものをかけていた。

 自分がそちらを見ると、ゆっくりとサングラスを外す。

 そして首からそれを提げたさいにチャリと、ギルドの個人認識票の音が聞こえた。


「えっと……」

「あぁ、気にするな。ちょっとした仕事帰りだ。そうしたら……珍しい人間族を見かけたんでね」

「もしかして、村の専属……ですか?」

「オレが? いやいや、流れだ。明日は北へ、明後日は南へ。気が向けば西へ、思いつきで東へ行くような風来坊って奴よ。どうだ、イカしてるだろ?」

「自由気ままで、何にも縛られないと言う意味では……格好いいですね」


 無難な回答を選ぶ。

 物言いから察するに、あまり人間に対して好意的じゃなさそうな気がしたのだ。

 しかし、自分の返事がクリティカルだったのか、相手は口笛を「ヒュウ!」と吹かす。

 ついでに綺麗な毛並みに見える鼠色の尻尾も楽しげに揺れた。


「そうそう、そうなんだよキョーダイ! 自由! 奔放! 素晴らしい響きじゃねぇか! だが、多くの奴はそれを”無頼”と呼ぶ。カーッ! 分かってねぇなあ! ってなるのよ」

「自由である事は好き勝手を意味しない、ですからね。それに、流れ者だからと無法者のような偏見は……イヤですね」

「そういうことだ。お、なんだ。大分話の出来る奴じゃねぇか。しっかし、仕事は多くないにしても無い訳じゃない。お前さん、等級は?」

「8、ですね」

「ならこの時期なら外部警戒とか、討伐とか、巣の捜索とかあるだろ。悩む必要はネーって」

「あぁ、その……。ちょっと、今は自信が無くて、武器を使えない状態なので。だから、内部での雑用とか、雑務とか無いかなって……」


 言いながら、首から提げていたギルドのタグを引っ張られる。

 そして相手は少しばかり眉をしかめた。


「せっかくの8等級だってのに、そんな仕事をするのか? 小さい、ちいせーなぁ! しゃあねえ、何ならオレサマが一緒に仕事してやるよ」

「え、いや……」

「それとも、獣人相手じゃイヤか?」


 その言葉だけ、重みが違った。

 少しばかりゾクリときたけれども、理由がそもそも違うので怯える必要が無かった。


「や、そんな事ないですけど……。ただ、さっきも言ったんですけど、今自信が無くて……お荷物になっちゃうんじゃないかって」

「まーまー、硬い事気にすんなって! オレも最近まで一人が多かったし、たまには誰かと仕事をしたいと思ってたトコだ! それに、オレは5等級だ。ヘンな心配してんじゃねーよ」


 そういって相手もタグを出す。

 色が違い、シルバー色のものだった。

 1~3等級が金、4~6等級が銀、それ以下が全て銅で出来ている。

 それだけでも上級のギルドメンバーなのだと理解できた。


「オレぁゾルって言うんだ。どうだ?」

「──迷惑をかけると思いますが、それでも良いと言うのなら」

「なら決まりだ。宜しくな、ダイチ」


 そういってゾルは手を伸ばす。

 自分は少しばかりその手を握るべきか迷ったけれども、これはこれで気分転換になるかもしれない。

 そう思い握り締めると、嬉しそうに笑みを浮かべた。


「それじゃあ、冬と言えばウルフやボア、ベアとかの魔物は活動する事がある。本来なら冬眠するが、変異種がいるってヤツよ。ソイツらが近くに居ないか確認するんだが、それぞれに特徴が違って同時に探すのはメンドーなんだ。ただ、固体としては似てるから特徴も似てる。ソイツを探す仕事ならどうだ? いけそーだろ」

「そう、ですね」

「あぁ、じれってえな。ですますはヌキにしよーぜ? オレが友好的に話しかけてもやり辛いたらありゃしねえ。フツーに話せ、フツーに」

「わっ、わかっ……た」

「そう、それで良いんだ」


 再びニカリと犬歯をむき出しにした笑みを浮かべると、ゾルは依頼書を引っぺがして受付まで持っていった。

 まあ、一人じゃなくなるわけだし……5等級なら大分強いのだろう。

 なら問題は無いかなと、諦めて受け入れた。

 暫くするとテレジアが入れ替わりでやってくる。

 ゾルは受付でなんやかんや楽しそうに話をしている所であった。


「ねえ、あの5等級の人と仕事を請けるって聞いたけど、本当なの?」

「押し切られた……。けど、獣人だから無理か~とか言われたら、否定するためには受けるしかないだろ。それに、まあ……何もしないよりは良いかなって」

「そもそも、監視下にあるって分かってる? 相手主流とは言え、無断でこんな事して……」

「それはマジ申し訳ない……」


 監視下にある自分は移動も行動も見られている。

 直ぐ傍に居るとはいえ、未申告で急に他人との行動をネジ込んでしまったのだ。

 悪く言えば、何かをしようとして接触したのではないかと疑われるわけだ。

 まるで自衛隊のときのMP《警務隊》のようだ、嫌疑をかけられたら取調べと監視でかなり拘束されるのを覚えている。


「今回は相手が悪かったとして許します。けど、次からはせめて事情を説明する事」

「はい」

「それと、私は同行する事も変わりが無いから」

「それは、もう」


 若干、テレジアが仲間などではない事に感謝しつつあった。

 監視員が居るという事を逆利用するかのように自己防護を図っている。

 それに、ウルフに襲われても一刀両断してしまえる程度には力量もあるしで不安材料じゃないのだ。

 守る必要性が無い、むしろ守られているのが自分なのだから。


「ようし、戻ったぜダイチ。ちょっとばかし想定外だったが、そっちのカワイコちゃんも一緒に行動するって事で承知してある。直ぐに動けるか?」

「自分は大丈夫だけど──」

「私も問題は無いわ」

「よっしゃ。それじゃ、さっさと言って夕方までには戻ろうぜ。そしたら酒を飲んで寝よう!」


 ゾルという獣人はハイテンションな人物なみたいだ。

 テレジアもそうだけど、獣人は体温が高めなのか薄着である。

 自分は寒さ対策で幾らか着込んでしまい、二人に比べれば厚着である。

 服装も……学園をでて、トウカの一件を経てからは現地民のものと変えている。

 若干ダボつくが、それでも動けないことはない。


 そして、ゾルという5等級の新しい顔を加えての仕事が始まった。

 学園などを含めると、こういった荒事系統では自分が誰かを引っ張る事が多かった。

 だから、逆に誰かに引っ張られるというのが新鮮だし何も考えないで楽だと言うのも良かった。


「──でよ、湖に化け物が出た~って言うから行って見たら、湖にネッシーが居たんだよ」

「ねね……ネッシー?」

「知らねえの? 珍しい動物なんだぜ? ただ、あまりにも珍しすぎるから魔物と間違われるし、数が少ないから組合に居ても知ってるヤツはそう居ねえがな」

「……テレジア、知ってる?」

「私も初めて聞いたかしら。ちなみに、そのネッシーはどうしたの?」

「魔物じゃないからな、それに危害を加えるどころか逃げるようなチッセエヤツだから話を聞いて、説明してシマイよ」

「どういう生き物なんだ?」

「まあ、胴が太いが手足は短くて平ったい。そのくせ首と尻尾はなげえヤツだ」


 それって、伝説といわれた”ネッシー”とどう違うんですかね……。

 そんな疑問が浮かびはしたが、それは黙っておく事にした。

 しかし、ゾルの歩みは熟練者らしく迷いが無い。

 時折心配にはなるが、テレジアもちゃんとついていている。

 ゾルの歩幅が大きいのもあるが、それ以上にテレジアとの歩幅も大きく違うのだ。

 置き去りにしていたり負担をかけてないか気になったけれども、大丈夫なようだ。


「しっかし、雑用ばっかりやってると聞いたけど、中々8等級としては悪くないんじゃな~い?」

「そうか?」

「今も間隔、それぞれの歩き方の違いを気にしてただろ? 確かにオレとオマエとじゃ歩幅が違うが、それ以上にカワイコちゃんとの間隔は大きく違うからな。ただ~し、オレも気にかけてるんだぜ? けど、そうやって周囲や仲間を気にかける姿勢、キライじゃないぜ!」

「そ、そういって貰えると嬉しいかな」

「しっかし、何で内側で腐ってたんだ?」

「それは……」

「ゾルさん。相手の個人的な話を聞くのはダメよ。親しくなって自然と聞いちゃうのは良いけど、内容が内容だから」

「ふ~ん、そっか。まあ、何だって良いさ。生きていりゃそれだけで勝ちだ。その中で武器が手に取れ無くなる事もありゃ、挫ける事も珍しかネェからなあ」


 そう言ってゾルはすぐに興味を失ってくれた。

 ただ、このままでは良くない……そんな気がして、触りだけでも言う事にした。


「ちょっと、色々あって。因縁をつけてきた相手が来て、そのとき……自分は意識が無かったんだ。それで、目を覚ましたら仲間がやられてて……その時、どうして倒れてたんだって、それを悔いてる」

「なるほど、悔しかったんだな。仲間がやられて、そこに居合わせたのに何も出来なかったのが。その気持ち、分かるぜ」

「……そっか」

「あぁ。仲間を殺されたり、傷つけられたと聞いて冷静で居られるかよ。こういう仕事をしていると、そこで極端になるヤツに別れてくるからな。で、オマエさんはオレの好みなヤツだ。仲間や味方の為にアツくなれるヤツは好きだぜ?」

「そりゃどうも」

「いや、本当だって」


 ……緊張を解そうとしているのか、あるいはこれが素なのか。

 ゾルはお喋りというよりは、何を言ったり聞いたりすれば良いかを分かっているかのように思える。

 雪中を歩きながらの雑談にしても警戒していないわけじゃなく、探りを入れてくるわけでもない。

 相手を理解しようとしながらも、自分を理解させるかのように情報を出してくれる。

 個人的には安心しやすい相手だった。


「そういえば、ゾル……はさ」

「んぁ?」

「得物は、何を使うの?」

「オレの獲物はこの身体とちょっとした刃物よ。殴って、蹴って、捌く……。どうだ、漢らしいだろ?」

「己の肉体を大事にしてるって事?」

「そうよ。武器だの何だのってのは、結局使う本人を鍛えなきゃ意味がネェ。昔はそうでもなかったが、獣人の連中も最近じゃテメェを鍛えネェで何を使うかばかり気にしやがる。チゲェだろ、そうじゃねぇダロって話よ」

「分かるよ、分かる。何があっても、たとえ武器が無くても最終的にも、最初から最後まで使い倒すのは自分の身体だから。喩えどんなに立派な武器を持っていても、それを持つ本人がナマクラだと武器も可哀想だし」

「そういうこった……。さて、お喋りは少し止めてお仕事の話だ。ここから見える範囲でもし野営をするとしたら、オマエさんならどこを選ぶ?」


 いきなり仕事の話を振られて戸惑ってしまう。

 しかし、直ぐに周囲を眺めて地形や自然環境を確認すると判断する。


「近くには森林、今は平地だけどなだらかな起伏が周囲にある、それと……少し離れた場所には河川か」

「そうだな」

「今の人数だったら、平地は選ばないかな。森林は……時間的にも人材的にも大丈夫だけど、選びたい場所でもあるかな。けど河川は──選びたいけど、難しいかなぁ」

「なんでだ?」

「自分は魔法が使えるから後は多少の時間を使って確認をすれば森林は安全な野営地に出来るけど、平地は人数的には包囲や襲撃を避けたいから選びたくないかな。河川は便利かもしれないけど、上流を知らないし落下した場合の事を考えれば平地以上に選びたくないかなぁ……。なだらかな起伏が多いってのも、こっちは周囲を察知し辛いってのがあるしね。それに、水はけの問題で快適な野営が出来ない上に体調に関わる可能性があると思う。野営の準備やその為に場所を整えるにしても痕跡が出来るし、それを隠しやすいのは森林かな」


 まあ、軍人じゃないから起伏は利用しないんだけどさ。

 軍人なら起伏でも横穴が掘れるのなら、寝転がれる位の穴を作って本当に休むだけの場所を作るというのも有りだ。

 これに関してはレンジャー上がりの人や自分の班長から聞いたし、小数で行動する場合はそういうのも有りなんだと言う。

 とは言え、別に軍事的な行動や工作活動、隠密をメインとしているわけじゃないから不要なんだけど……。


「へえ、中々こなれた意見じゃねえの。8等級になって間もないと聞いたが、受け売りって訳じゃなさそうだしな。そうだ、オレたちの敵は魔物だけじゃネェ。中には悪いヤツラってのが居るし、俺たち傭兵の幾らかは流れだから金銭を持っている事は多い。等級が高けりゃ手形で組み合い預かりという形にも出来るが、下っ端はそんな余裕はネェからな。合格だ、ダイチ」

「喜んでいいのかな」

「おう、喜んどけ。少なくとも卑怯なマネをした訳じゃ無さそうだと、今の所オレを納得させたんだからよ!」


 ワシワシと頭を乱雑になでられる。

 男として嬉しくないのではないのだろうかと思ったが、頭を撫でられると言う行為は良い記憶しかなく、落ち着かせてくれる。

 相手が野郎であっても、遠い昔母親の膝の上で寝転んで頭を撫でられた記憶が蘇るからだ。


「でだ、ある程度なれた連中はそうやって野営地を選ぶと、そこに色々なモノを捨ててく事がある。それを目当てにした魔物や動物ってのが一定数居るから、野営地に選びそうな場所とその近くに痕跡が無いかを探れば見つけるのは楽ってワケよ」

「痕跡ってのは……例えば、どんな?」

「ひり出した糞や垂れ流す臭い精のだとかな。人間にゃ分かり辛い匂いを遠くからでも嗅ぎ付けりゃシマイってワケよ」

「あぁ、匂いに関しては自分には分からないからなあ……。それに関しては頼るしかないかぁ」

「もしかして痕跡捜索は初めてか? なら丁度いい。オレが懇切丁寧に教えてやんよ。これも何かの縁だ。嫌な感じじゃない人間ってのも珍しいからな。出来りゃ、これからも幾らか縁が続いてくれりゃあいいんだがねぇ」

「やっぱり、ツアル皇国の人以外は良くない感じなんだ」

「あぁ。俺たちの中ではあそこの国の連中くらいしか対等だと思ってる相手は居ないんじゃネェか? 武……つまりは力を大切としながらも、相手が誰であれ力を持つ相手には敬意を払うヤツラばっかりだ。奴隷だとか、魔物だとか、利用する相手として見ている訳じゃない」

「……今までも、似たような話を聞いてきたけどね。けど、そっか。人間ってそこまで嫌われてるんだなぁ」

「おいおい、自分も人間だろキョーダイ。まあ、名前から分かるとおりツアル皇国の人間っポイけどな」


 いや、どうなんだろうな……?

 獣人を偏見や差別では見ていないし、それどころか普段の状態だと人間に獣属性をくっつけたような感じで個人的に好みではある。

 それに、耳や尻尾で喜怒哀楽が分かりやすいし、なんなら人間よりも好きである。

 あまり悩まないで済むし、裏を考えないでいい……。

 

「自分が居た場所では獣人ってのは……大分、ありふれた存在だったんだ。ツアル皇国じゃないけど、人間と一緒に暮らしているような……そんな場所だった」

「へ~、そんな場所があるのか。聞いたことネェな」

「召喚魔法で呼び出されたんだ。だからさ、それがどこなのか今は見当もつかない。ただ、実際にそういう場所があったんだ。同じように生きて、同じように考えて、同じように喜んだり悲しんだりして、同じように拘りがある……。ただ、少し違うだけでさ。獣人も人間も、ヒト……じゃないかなって。そう思うんだ」

「──ツアル皇国の人間みたいだけど、違うんだな。けど、そういう土地が有るのなら、オマエみたいな人間も育つんだろうなあ」


 まあ、身近に居たとはいってもアニメや漫画、創作の中でだ。

 実際に生きた存在として獣人が傍に居たわけではないけれども、今の所差別や偏見を抱くような材料が無い。

 むしろ愛でたい、モフりたい。

 尻尾だとか耳だとか、その毛並みを思う存分堪能してみたい。

 馬に騎乗したり、人間に慣れている狼に触れたりした事はある。

 けれども、獣人なんて実際に見るのも触れるのもここが初めてなのだ。

 ゾルもそうだけど、野生味というか……とにかく格好良く見える。

 女性の場合は可愛さが増すしで、自分にとってはもはやパラダイスである。

 鳥系だと背中に羽とかあるし、犬や虎などでも特徴的な尻尾がある。

 馬の場合だとピロリと生えた耳とか可愛いし、尻尾も良いけど蹴り飛ばされそうで怖い。

 だが、それがいい。


「そもそも、獣人だからって迫害したり好き勝手にするって言うのが理解できないね。自分にとっては一種の神聖さというか、この……動物とは違うスゴさってのがあるんだよ。ただ、それは奴隷のように隷属させるものじゃなくて、ただそう有るだけで尊くてもうしんどい。様々な欲があるのは認めるし、それは否定できないし否定させないけど……。悪魔だとか、軍事兵器のように扱うとか、奴隷ってのは違うよなって思うんだよね」

「お、おう……。オマエ、なんか……キモいな」

「キモくない!」

「いや、そんな学者のような事を言われてもワケわかんねーし、崇拝されるのもメンドクセーんだわ。だから、今みたいに気の置けない仲ってのがオレには丁度良いね」

「それは……そうだね」

「まあ、騒いでる内にまた勉強の時間だ。流石にこれくらい近づけば人間でも気づくだろ」

「え? なに──うぇっ」


 森林を掻き分けて突き進んでいると、途中であまりの匂いに吐きそうになった。

 存在を薄めていたテレジアも、その匂いには堪りかねたのか鼻をつまんで「なにこのにおい!」といっている。

 そしてゾルは……吐いていた。

 まあ、臭いを人間以上に察知するだろうしね、仕方が無いね。


「ぅぷ。風下でもこの臭いを辿って行けば、少なくとも何かしらの生き物は居る。メスとヤりたくてヤりたくて色々なモノを溢れ出してるヤツが──う゛ぉ゛え゛ッ゛──わりぃ。この先に居るってワケだからな」

「む、無理しなくて良いからな?」

「ま、まあ待て。もう少しパイセン面させろって。……よし、これで良い」


 ゾルは顔を半ば隠すように覆面をつける。

 鼻から下が全て覆われ、それで幾らか臭いを遮っている……つもりなのだろう。

 しかし、大して効果が無いのか「おぇッ……」と吐き気を催しているようであったが。


「あ~、本来なら……泥だの糞だのを塗って体臭を消すんだが」

「え、糞を塗るの……?」

「と、カワイコちゃんが嫌がるだろうから今回は無しだ。だが、人間が思うよりも相手は臭いに対して敏感だから覚えとけよ。特に臆病なヤツと狩りの得意なヤツは直ぐに逃げちまうからな」


 そう言ってゾルは地面に若干生乾きの”ソレ”を指し示した。

 見ていて気持ちの良いものじゃないが、記憶しておく事に越した事はない。

 ただし、呼吸をしたら朝食が臭いで汚染された気さえした。


「あ~、ヤダヤダ。人間のそういったことに鈍感な所はこういう時だけは羨ましいぜ」

「好きで鈍感なんじゃないっての……」

「さて、それじゃあ次は風の流れだ。オレたちは風上に立っちゃいけないと思うが、ソレはなぜだか分かるよな?」

「風に流されて臭いが相手に届くから。相手を風上に置いて追いかけるようにする方が有利になるから」

「またまた正解だ。よし、それじゃあ移動だ。こんな所に長居したくない、今日のメシの時にも臭いを思い出して吐いちまいそうだ……」

「それは同感」


 ゾルは、今日会ったばかりだと言うのに大分親切に色々と教授してくれる。

 風上や風下、痕跡や適正などといった知識は自衛隊で教わるので多少は理解してはいる。

 しかし狩りの知識やそれらに付随する思考というのは無縁なものだったからありがたい。

 魔物や動物と言うのは遭遇したから倒すという事が大半で、探索や捜索と言った事はした事が無かった。


「ゾルはどういった仕事を?」

「そりゃもう、戦いが基本よ。狩るか狩られるか、どちらが強くて生き残るのかを常に追いかけてきた。何度か集団でもやっては見たが、やっぱり少人数でやってる方が性に合う」

「へぇ~……」

「オマエは? キョーダイ」

「自分は……8等級になるまでは同じように戦闘系ばかりやってたかな。魔物の討伐だとか、既に確認が取れているものを散らすだけのお仕事。途中からは……街や村でのお仕事かな。魔物を討伐するよりも凄くはないけど、住民には感謝される。あの時はまだ雪が積もりきる前だったから魔物を片付けるという意味で仕事は多かったけど、今はそんなに無いしね」

「……オマエのその格好を見ていると、本当に戦闘系をやってたのか気になるが……。まあ、本当なんだろうな」

「え?」

「血の臭いだよ、洗っても洗っても拭えない位の血の臭いだ。殺して、殺して、沢山の返り血や自分の血で塗れたヤツの臭いがするのさ。それに、手は硬く筋張ってるし、手首から先も鍛えられてる。首から肩にかけても組合の認識票を引っ張るときに見ちまったが、鍛えたやつのモノだ。それに、考え事をする時には別人になってるゼ? オマエ」


 まるで問い詰めるというよりかは、得た情報を組み立てたかのように自分が晒されている。

 それを少しばかりイヤだなと思ったけれども、肉体的なものはどうしようもない。

 それに、別に詮索しているというよりは自分の発言と齟齬が無いなと言われているだけに過ぎない。

 それを嫌がる理由は無い。


「そりゃ、仕事だし。仕事は真面目にやらなきゃいけないんだから色々考えたりもするよ」

「なるほどねえ……。っと、お喋りはここまでだ。どうやらアタリみたいだぞ」


 長身を器用に小さく丸めたゾルは、ゆっくりと歩いていく。

 自分も同じように慎重に行動を始め、テレジアの事を気にかけながら歩く。


「……今、私はしゃがまなくてもいいとか思わなかった?」

「それは流石に言いがかりじゃないですかねえ……」

「後で覚えてなさいよ」


 完全に言いがかりである。

 不幸だ~とか、泣けるぜ~とか。

 様々な言葉がため息と共に消えていった。


「……二頭、三頭……。数は少ないみてぇだな」

「あれは?」

「ヒポグリフってやつだ。人間が飼い馴らしてる筈なんだが、上位種のグリフィンってのが産み落とした下位互換で産まれる事もある。空を飛んでるとよっぽどの事がなけりゃ大鷲と見間違うし、山にや人の気配の無い森の奥深くで洞窟をねぐらにしてるんだが……」

「──ヤバ目かな」

「馬や猪、ヒトとかを襲って食うからどちらにせよ潰しとかネェとなあ……。山や森深くに居る分には動物だけ食ってくれるから良いが、ここじゃ同胞が襲われるだけじゃなくて狩りの獲物まで居なくなっちまう」

「なるほど……」

「グリフィンと違ってあれに捕まったら悲惨だぜ? 高く高く連れてかれて、即死するかしないかの高さから落とされるんだ。全身はぐちゃぐちゃ、けど辛うじて生きてる状態で生きたまま食われる。特に目玉とかを引きずり出されて──」

「おほんおほん! それで、ゾルさん? 危険なのは分かったけど、私も介入した方が良いかしら? そこまで危険なら手を貸すけど」

「いんや、必要ないね。オレが回り込んで仕掛けるから、ダイチは追い込まれて逃げたのを叩け。質問は?」

「あ……いや──」

「惑ってんなよ。受けた時点で想定できた事だろうが。今ここに居る連中でどうにかしなきゃいけないんだから、オマエも当然勘定に入ってんだよ。それとも、そっちのカワイコちゃんに代わってもらうか?」


 そういってゾルは容赦無くテレジアを代理人として立てようとした。

 しかし、直ぐに首を振って震える手を握り締める。


「いや……久しぶりの戦闘だからさ。それに、魔法でなら……どうにかできると思う」

「そうか。なら、その言葉を信じるぜ? キョーダイ。おっぱじめる前に質問は?」

「相手の行動や、ゾルの行動。それと、相手が空中に対比するのかどうかってのが気になる」

「心配するな。何なら射線は空けて置くから巻き添えにしない程度に好きにやってくれ。だがな、魔法を詠唱している暇なんてあるのか? それに、杖が見当たらないようだが」

「無詠唱、略式発動、簡易系が売りなんだよ」


 そういって指を鳴らす。

 すると意識したとおりに、思い描いたとおりに火が出る。

 身体が動かないのなら、その分頭で働くしかない。

 傷病者になったように、自慢としていたはずの射撃が出来ない負傷をしたかのように。


 ゾルは口笛を空吹きする。

 どうやらこういう魔法使いには遭遇した事がないらしい。


「なるほど、なら戦力に数えるだけじゃなくて便りにもして良い訳だ。だが、過信はするなよ? 空に逃げられないとはいっても地上での走りもそれなりに早い。体当たりを食らえばそれだけでも並みの人間なら落とされるのと同じで骨がぐちゃぐちゃになる」

「了解」

「──良い顔だ」


 数度うなずくと、ゾルはナックルと逆刃ナイフが一緒になったような装備を手につける。

 そしてゆっくりと狩人のように、獲物を狩る獣のように慎重に遠ざかる。

 自分の背後ではテレジアがショートソードを抜いていた。


「何かあったら手助けはするから」

「ちなみに自信の程は?」

「生きているのなら、触れる事が出来るのなら魔王だろうと神様だろうと殺してみせるわ」

「そりゃ頼もしい事で……」


 そう言ってから、モンスターを睨みながら何が適しているかを考えまくる。

 魔法を主体にした戦闘なんてした事がないけれども、使えない手段で失敗するよりも今は安心できる。

 まさか精神的に銃が使えなくなるとは思いもしなかった。

 

「グワララララララララララララララ!!!!!!!!」


 暫くすると、そんな叫び声が聞こえ、ゾルが突撃していくのを見た。

 そしてモンスターの反応を見て、配置図を脳裏に描いてどのように魔法を発動させればよいかを考える。

 見る、理解する、判断する、行動する。

 ソレは射撃訓練と同じで、習性として染み付いたものだ。

 

「痺れて落ちとけ!」


 詠唱でもなんでもない、ただの命令であった。

 何かを投げつけるかのようになぎ払うと、想像したように魔法が発動される。

 数体いたうちの一体に雷撃が直撃すると、痺れているのか痙攣してその場に倒れてしまう。

 さて、攻撃をすれば当然ながら警戒されるが、だからといってゾルが止まるわけでもない。

 鋭い鷹のような爪を振り上げてゾルを狙うが──


「おせぇっての」


 飛び出した時よりも、更に速度を増して大きく踏み込んだ。

 目測を誤った攻撃は振り下ろすよりも先にゾルの殴りが胴体へとめり込む。

 そして、そのまま捻り込むようにしてから付属しているナイフで深く傷を抉りつけた。


 だが、そんな刃物では当然ながら長さが足りない。

 それでも負傷をすれば下がるのだが……ゾルは、更に加速して傷口に手刀をねじ込む。

 そして……まるで扉をこじ開けるかのように、繊維と神経と筋肉が悲鳴を上げるような声を錯覚で聞いた気がした。

 傷口が両手で開かれ、千切られ、露出させられていく。

 やっている事は粗雑な刃物で切りつけるよりも性質が悪いが、ソレを素手で行なえてしまうという獣人の凄さに唖然とするしかない。


「貰った」


 そして、ゾルはその奥底にあったものを引きずり出す。

 脈打ち、いくつかの重要すぎる”命の通り道”が接続しているソレを──完全に抜き出してしまった。

 モンスターも哀れだ。

 体の構造上近すぎる相手に攻撃できない上に、捕まれてしまったのだから離れる事もできない。

 哀れなその一体は、心臓を引きちぎられて空気を飲み込んだかのようによろめく。

 そして倒れこみ、ソレが絶命したらしいのを呆然と見てしまう。


 ……一瞬のフラッシュバック。

 記憶に無い光景が蘇り、自分が素手で獣人を殴り倒している光景が見えた。

 既に痙攣し、腫れ切った顔面からはもはや何も分からない。

 飽きたらしい自分が、顔面を掴んで一度だけ相手の頭部を床から浮かせると、全体重と共に頭を地面にたたき付ける。

 何かの砕け、潰れ、拉げる音。

 ……ソレを、自分はきっとよく知っている。


「ダイチぃ! 呆けてないで次ぃやれぁ!!!!!」


 フラッシュバックが、やかましい叫び声でかき消される。

 直ぐに”仕事”を思い出し、魔法を続けて発動しようとする。

 ゾルがお楽しみの最中に前後を挟んだ二匹、その一匹の頭部に水球を固定し……圧力を加えていく。

 突如として”地上に居ながら溺れる”という状況に理解が出来なかっただろう。

 しかし、ゾルはそれを”無力化した”と見てもう一体に集中した。


 そしてこちらも、魔法は一度発動してしまえば後は気絶するか魔力が尽きるか等が無ければ溺死するので放置する。

 残る一体、どうしようかと思ったが……この中で弱者そうなこちらを突破口として選んだらしい。

 その判断と突撃までがあまりにも早すぎる。

 

 咄嗟に出るのは自己防衛の本能。

 何が何でも生き延びる、その為には何をしても構わないという暴力性。

 しかし……その為に森林を焼け野原にしたり、大火災を起こしてはいけないのだ。


 飛び掛ってくるヒポグリフだったが、その身体は自分の……俺の眼前で止まる。

 空中に浮いたかのように静止していたが、それはヤツの意志じゃない。


「マリー、御免……」


 魔法を魔力で制御して、相手の魔法を止めたり跳ね返したりする技術。

 大分前のように感じるが、確かに教わったものだ。

 しかし、それだけじゃ相手を押さえ込める訳が無いが──。

 そんなもの”空気を魔力で固定してしまえばいい”というだけの話だ。

 目に見えない空間に囚われた相手は動けない、そして後はどうすれば良いか……。


「あ~、どうしよう。まあ、これでいいか」


 相手を止め、周囲に被害をもたらさない方法が分からない中での行動だった。

 相手を止める事には成功し、周囲に被害を出さない方法としても成功だった。

 しかし……止めた事では別に”倒した”という事にはならない。

 じゃあどうするかと言えば、空間を固定できるのならそのまま好きに相手を動かせるわけだ。

 動かない相手を前に自信が無いとか、誰かを守れないとかそんな事はない。

 剣を抜くと近寄って「よいしょ」と首を狙えばいいだけだった。

 結果として、血の噴水を出しながら死体が一つ出来上がるだけだ。

 拘束を解くと地面に倒れ付し、脱力していくのを見届けた。


「お~、おうおうおうおう。スゲェじゃネェか!」

「あれ、痺れてたのは?」

「サクッと首筋切ってきた。後で肉屋に卸せる位には血抜きもできんだろ」

「あ~、念の為に止めを刺してくる。これに関してはやってもやり過ぎるって事はないからな」


 頭に水球を貼り付けて溺れた相手にもトドメをさしておく。

 これで四頭を始末した事になる。

 討伐の証拠として何があればよいかを考え、嘴を持っていくことにした。

 ツテやコネがあれば羽とかも持ち帰った方が良いのかも知れないけれども、自分には利用法が思い浮かばない。


「いや、魔法で戦うとか言って、ナメてたわ。良くて一匹しか倒せね~んじゃネェかなと思ったが──想像以上だった」

「まあ、魔法だからなあ。身体能力じゃ俺──自分は、ゾルに叶わないし。なら魔法で上回るしかないかな~って」

「いやいや、三匹も持ってかれるとは思ってなかった。魔法を使う速さもそうだが、なんだあの魔法? 水を固定するとか、相手を空中で縛り上げるとか初めて見たぞ! それに、あの水魔法……維持しないでも続いてたし、別の魔法まで途中で使って──」

「特別……凄い事をしたつもりは無いんだけどな」

「いやいやいやいや、マジスゲーって! 魔法使いって言ったら、武器か杖を使うのが基本だろ? それも、凄い集中して一度使ったら連続して使えなかったり、時間が掛かるモンだろ!」


 言われてから、学園でやってきていた事が全て外では非常識だという事を知る。

 そっか……マリーやミラノも頑張ってたけど、結局は学園の中でのお話だもんなあ。

 自分が魔法の事を知らずに科学的に全部ぶち壊して、その断片をマリーやミラノが再構築していた。

 二人とも魔法に対する知識は凄いので、逆にマッシュアップされて凄い事になっていたが。


「いや~、スゲェモン見せて貰った……。それに、自信が無いとか言ってたけど、剣の使い方もウメーじゃん。どこに迷いがあったんだよ」

「……咄嗟だったんだよ。それに、動かない相手だから、何の心配も要らないし」


 それに、背後には一応テレジアが居たのだから。

 自分が何とかしなければ彼女も巻き添えになっていた……。

 たとえ彼女が大丈夫だとしても、そんな情けない事だけは出来ない。

 最低の意地だった。


「けど、ゾルも凄かったなあ。素手で相手の傷口をこじ開けるとか。見てて味方で良かったって思ってるよ」

「はん? こんなの獣人なら当たり前だ。オレたちゃ生粋の戦士ばかりだからな。女だろうが強くなきゃやってけねぇ。そういう意味では、ツアル皇国もユニオンの連中も変わりゃしネェよ」

「ユニオンが?」

「東の方の汚染地域だ。あっちから強ぇ魔物が時折来やがるから、弱ぇヤツは生き延びる事が出来ネェ。生粋の戦闘民族なんだよ」

「そういや、獣人? ヘルマン国? 昔は魔王とかの味方だったけど、離反して人類についた~って聞いてるけど。そこら変って何か知ってる?」

「さあ、もう何代も昔の話だからな。人間と違って一々記したりしネェし、言い伝えでしか聞かネェからなぁ。魔族だとか、そういうので括られるのが嫌になったんだろ。ゴブリンだのオークの生活を見て、あれと肩を並べてるのが嫌になったとかな」

「……有りそうだから困る理由だなぁ」

「というか、そういう歴史の話ってのは誰でも知ってるような話だろ? なんで今更聞くんだ」

「そりゃ、まあ……。人間の都合のいい解釈で綴られたものと、当事者故に違って記されてる可能性ってのもあるかもしれないだろ? それに、今はオタクら獣人たちの国に居るんだから、ヘマこいて睨まれるのは嫌じゃないか」

「違いネェ……」


 そういうと、そろそろ後始末も終えたと、テレジアを交えて村まで戻る。

 ゾルが一部始終全てを報告し、自分がくり抜いてきた嘴を討伐の証として提示すると驚かれる。

 強さもそうだけれども、凶暴な上に冬だから餓えて気が立っている相手によくも二人で勝てたなと言われてしまった。

 しかもゾルは背中を叩いて自分が三頭仕留めた事や、魔法の技量が見たことも無いくらいに凄いと褒めちぎる。

 そのせいかどうかは分からないが、ギルドに居た他の面々の態度が余計に和らいだ。

 一緒に仕事をした初対面の獣人がここまで評価しているからかもしれない。

 あるいは、5等級の人物にここまで言われている8等級だからとか……そんなのだろう。


「よっし、今回の仕事の成功を祝って乾杯だ!!!」

「い、いえ~い」

「ノリが悪いぜ? カワイコちゃんも一緒に居るのに。もう一度だ、乾杯!!!」

「いえ~っ!!!!!」


 なんだこれ?

 そう言いたくなるが、相手持ちで祝宴が始まってしまった。

 テレジアも一応居るのだけれども、常に存在感が薄くなる。

 なにかそういった技能とか有るのかもしれない。

 監視者は荒事に特化していると言っていたが、そういうスキルも必須なのだろう。

 ただ自分が二人きりのときに意識しすぎなのか、あるいは逆に誰かが居るときは意識したくないのか……。

 

 ただ、彼女は彼女で乾杯に乗っかる。

 当然ながらその手にあるのは酒で、大分……匂う。

 しかし、相手が楽しそうにしているので態々盛り下げるようなマネはできない。

 やけくそだった。


「いや、しっかし。オマエもちゃんとやってりゃ直ぐに7等級……いや、6等級も夢じゃないだろ。勿論、単独でなら時間は掛かるだろうがな」

「別に等級を上げたいわけじゃなくて……正直、身分を保証してくれるし、困ったら仕事で収入が得られるからやってるだけだからさ。そりゃあ高いに越した事はないだろうけど、義務と責任を負うとなるとそれはそれで嫌だなあって」

「何が嫌なんだ? そりゃ面倒クセエが、等級が高い事は信用や信頼もあるって事になる。それに、面倒も避けられる」

「避けられる?」

「等級が高くなると荒事の方が多くなる。つまり、その分多くの戦いを乗り越えてきた事を意味するからな。魔物だけじゃなく、時には身を落とした連中や犯罪者の相手だってする。そんなヤツに喧嘩を売るか? 売るヤツは相当賢いか、そうじゃなきゃバカだ」

「……そういう考え方もあるかぁ」

「けど、オマエの戦い方はアレだ。自信が無い今でも魔法だけでアレなんだろ? 見てみたいねえ……武器と魔法を両方使いこなしてる所を」

「期待には応えられないかもしれないけど……」

「この仕事をしてりゃ、その内どこかでまた会えるだろ? それに、オレはオマエさんに興味がわいた。暫くは一緒に色々やってみようぜ」

「──出来ればそうしたいんだけどさ。ちょっと問題を抱えててさ……。狙われてる、んだよね」

「何をやったんだ?」

「色々あったんだよ……。それで、一緒だとゾルにも迷惑が掛かるかもしれない。今回は──楽しかったよ。だからこそ、迷惑をかけるわけにはいかない」

「ふぅん……」


 ゾルは暫くジロジロと見つめていたが、直ぐに酒の入った杯を押し付けてくる。


「メンドーなこと言ってんなよ。傭兵なんて、何やっても恨まれ妬まれ、狙われるのが当たり前だ。なら、ますます一緒に居た方が安全だ。この国じゃオレの事をシラネーヤツはイネー程だ。それでも襲ってくるってんなら、ぶちのめすまでだ」

「けど──」

「まあ聞け。オレはな、一人で龍を倒した事がある。それを知ってりゃ手を出すバカはイネー。それに、手を出せば更にヤベー事になるってのを大半のヤツが知ってる。だから、守ってやるから一緒に少しは暴れてみようぜ? 未知数の8等級……面白えジャネーの。他の国に行くまでは仲良くやろうぜ」


 そういって、ゾルはウィンクして見せた。

 不敵そうな笑みは幾らか頼もしく見えて、そして……自信過剰なのではなく、事実なのだろう。

 盲目的な突進者ではなく、自信に裏打ちされた行動をすると今回の仕事で理解できた。

 悩み、迷い、後悔する。

 いつでも、この決断が正しいのか分からないままに。


「──良いと言うのなら」


 そう言いながら、今朝とは逆に自ら手を差し出す。

 その手を見て、ゾルはニヤリと笑って手を握ってくる。

 交渉成立だなと、実に嬉しそうに笑っていた。


「さて、今回はオレの奢りだとふかしたが、このままじゃそこのカワイコちゃんに酒で負けちまう。飲むぞ? 朝までだ!」

「分かった」


 テレジアは、こっちで結構重要な話をしていたはずなのに酒のお代わりまでしていた。

 しかもテーブルに並んでいたはずの料理も容赦なく食っているし、ゾルが些か慌てて追加オーダーをする。

 


 ── やっべ、弦巻のやつ意外に食うのはええぞ!? ──

 ── アイザック! 酒を持って来い、ダイチは同じ中隊の同期だろ!? ペースを遅らせろぉ!!! ──


 中隊配属後の同期飲みのときを思い出した。

 たしか、あの時もかんな感じで……大分楽しかったな。

 皆で飲んで、食って、騒いで──。

 吐いて、絡んで、笑った。


 懐かしいなと思いながら、それくらいの幸せは叶っても良いだろ?

 そう思いながら、酒と料理を飲み食いしまくった。

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