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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
10章 元自衛官、獣人の国でやり直す
155/182

155話

 冷たい雪へと押し倒され、数名が取り囲んでくる。

 一人が自分の顔を覗き込んで確認すると、無言で顎でしゃくる。

 すると無理やり引き起こされ、壁に押し付けられる。

 三方から三名によって武器を突きつけられ、自分には命運を握られた状態に成り下がった事が良く分かる。


「お前がダイチだな」


 確信めいた物言いには、否定も軽口も許さない態度があった。

 ならず者というよりかは、何らかの意志や目的のある集団だろう事は分かる。

 

「そう、だけど?」

「紅蓮団という傭兵の一団を知っているな」

「いや、悪いが記憶に──」


 無い。

 そう言い掛けて、顔面に痛みが走る。

 頬を思い切り殴られたのだと、血の味が口内に広がってから理解した。


「知らないはずが無い」

「悪いけど、他人がどんな名称で組を作ってるかなんて興味が無いんでね。それに……流浪してる身だから」

「──お前が以前居た町に居た集団だ。紅蓮団という組を作っていて、良くも悪くも目立つ連中だった。ただ、ここ暫く消息をたったままだ。そして、最後に連中はお前の行き先を探っていた。それも大っぴらにな」

「あぁ、あいつらか……」


 下らない連中だったなと思っていると、再び殴られる。

 もう、こういった物ですら自分の罪に対する罰なのだと受け入れられてきたところだ。

 Mになった訳ではない、諦めて肯定してしまっただけである。


「口を慎め。あいつ等は確かに行き過ぎた連中ではあったが、お前らは黙っているべきだった」

「嫌がらせをされて? それで受け入れろと? ウチの一人はな、連中に女として好き勝手されたんだぞ」

「だからどうした? その女は弱かった、だからそうなっただけの話だ」

「なら、紅蓮団の連中はさらに弱かっただけの話だろ。連中は死んだよ、今や土の下だ。殺しに来たんだ、殺されもするさ」


 また殴られるだろうかと思ったが、今度は殴られなかった。

 暫くの間が開き、相手は詰め寄るようににらんできた。


「お前、後悔するぞ。奴等はこの国の主たる部族の子息と杯を交わしていた。嘘だろうと事実だろうと、子息はお前を許さないだろう。誇りを穢したか、杯を交わした相手を殺した咎でな」


 その言葉を聞きながら、周囲の連中が幾らか殺気立つのを感じる。

 それぞれに獲物に手をかけ、あるいは拳を鳴らしている。

 どうやらリンチにでもして、早速後悔して貰おうという算段らしい。


「銀狼族は絶対だ。その子息と縁のある者を……しかも人間に傷つけられるなど、あってはならない」

「なら、その子息に伝えといてくれるか? 次からはちゃんと教育して首輪をつけておくんだなって。それと……自分の手を汚さない奴なんか怖くないってな」

「ふざけた事を──」

「いやいや、マジで。そっちが銀狼なら、こっちは……狼部隊ウルフカンパニーだ。お前らなんか、怖くない」


 そう言ってから、笑みを浮かべる。

 相手には理解できないだろう、自分にも理解できない。

 ただ、勝ち誇っている相手を引きずり落とすというのは……どこまでも心地よい。


 数発の撃発音が響き、周囲の数名の影が倒れていくのを見た。

 その先には、先ほど俺が召喚した同期たちが居る。


「なっ!? 匂いも、存在も無かったぞ!!!」

「悪いな、そのまま……負傷者を連れて飼い主の所に帰ってくれ。さっき言った事も付け加えてな。コソコソしてないで、何時でも会いに来いって。それと……そいつらは、お前らより強い。確実に」


 同期が、負ける訳が無いんだ。

 そんな願望とも言える言葉をぐっと飲み込む。

 九つの銃口が交差するように全員を抑えており、その距離も詰められない程度にはなれていた。

 

 二人ほど抵抗するように飛び掛ったが、直ぐに射撃が得意な二人によって足や肩を撃たれて飛びつく間も無く地面に落ちる。

 武器の性能を知らなかったのだろう、その速度や威力を前に残った面子は大人しく従った。


「はい、どうも……。それと、こちらにも言い分は有るけどやった事に関してそちらにも言い分はあると思う。だからさ、こういうやり方じゃなくて……最初は、何らかの場が設けられたらなと思うよ」


 開放された自分は、撃ち落された二人に回復魔法をかけてやる。

 手当てを施された連中を合流させると「頼んでないからな」と言って、闇夜に溶けて行った。

 暫くは召喚された同期のゴーストを展開したまま警戒していたが、暫く経っても再度来る様子が無いのでゆっくりと後退する。

 同期たちの警戒を解かせたのは、出入り口とテレジアが見えたあたりだった。


「有難う、お疲れ。それと……またな」


 それぞれに反応を示す中、彼らは魔力の粒子と消して散っていった。

 テレジアがこちらに向かってくるのと彼らが霧散しきるのはほぼ同時であった。


「ちょっと、どうしたの!? 発砲音が聞こえたけど!」

「いや、ちょっと……さっきの連中といざこざがあってさ。それで、相手は……自分を狙ってるみたいだった。誘き出されて、色々言われたよ」


 これに関してはテレジアに隠す必要は無いと判断した。

 むしろ積極的に情報を出す事で味方につけようとさえ思えた。


「自分らを追いかけてきて返り討ちにした連中が、どうやらヘルマン国を束ねる銀狼族の子息と杯を交わしてたみたいで。それで……自分を狙ってきたみたいなんだ」

「それって、ヤバくないかしら?」

「たぶん、だいぶマズいんじゃないかな……。一応こっちは穏便に済ませたいけど、土に還った連中を生き返らせるなんて出来ないしなあ……」

「組合としてはそもそも素行が悪かったのと、仕返しで命を狙ったあたりでなんとも言えないんだけど。それとは別だし……」


 困ったなあとテレジアは考え込んでしまった。

 そして、これに関しては自分も同じで困ってしまう。

 自分のせいで周囲を巻き添えにしてしまう。

 またプリドゥエンやトウカ、そしてマスクウェルにまで……。


「テレジア、一つ……お願いがあるんだけど、良いかな?」

「なぁに?」

「ちょっと……時間が無いんだけど、許可して欲しい事があるんだ」


 そして、自分は再び選ぶ。

 逃げる事を、去っていく道を。


 夜警を終わらせた自分は、様々な置き土産や置手紙をしてその場を去った。

 監視されているのは自分だけだし、相手が狙っているのも自分だけだと言う事から選んだ事だった。

 全てをしたため、いつかはツアル皇国で会えたら良いねと言う希望を最後に沿えて。

 それが叶うかどうかは分からないけれども……今の自分は、テレジアと二人きりになってしまった。




 移動してからも同じように仕事は幾らか請けてきた。

 それは路銀を稼ぐと同時に、前回の襲撃者に対するアピールでもあった。

 覆面をした獣人という情報以外には何も得られていない現状、こちらから接触できる可能性は限りなく低かった。


「ねえ、再度確認するけど。本当に良かったの?」

「まあ、仕方が無いさ。自分のしでかした事なんだから、三人は関係ないし。とは言え、無断で抜け出せば監視を振り切ってしまうからテレジアだけはどうしようもなかった……」

「それに関しては私は文句を言わないわ。監視は仕方が無いとしても、私には組合員を出来る限り保護し守る義務があるもの。たとえ原因が小さな諍いから起こった事だとしても、キミを理不尽な不利益から守るのも仕事だから」

「──有難う」

「ただ、組合もそこまで強いわけじゃない事は覚えておいて。国の意向には逆らえないから」


 国の意向には逆らえないという事は、逆説的に国以下の相手なら組合に逆らえないって事ですよねと言いたくなった。

 まあ、人手不足や人材不足、戦力不足を金で補えるのだから国未満の勢力が簡単に潰したり無視できるわけじゃないか……。


 ただ、三人を置いて飛び出したは良いものの、今度は別の意味での問題が発生する。

 それは、男女二人きりになってしまうという事だった。

 自衛官状態には戻れない、かといって諦めきった個人の状態でもない今だと中途半端な欲が残ってしまう。

 ごたごたとトウカの事で埒外にしていたけれども、トウカ達が居なくなると……逆に彼女を意識してしまう。

 劣情、中途半端な性欲、自侭な本能。


「あの、テレジアさん。二人きりなんで、個室を二つでも良いと思うんですけど」

「それだとキミの監視にならないでしょ? それとも、一緒だと不都合でも?」

「いえ、特には……無い、と……思うんですけど」

「なら問題は無いじゃない」


 いや、有るんだよなぁ……。

 ミラノやアリアを思い出してしまうが、あちらは純粋さと垢抜けない感じで良かった。

 だがテレジアは逆に泥や穢れの中でも凛として存在する蓮の花のようだ。

 頼られたり求められるのも嫌いではないが、頼ったり求めたくなると言うのも持っている。

 つまり、ストライクゾーンに入ってしまっているのだ。


 自分がややロリコン気味なのは自覚していたが、自衛官状態に入って長すぎたために性欲が若干抑えられずに居た。


「──もう数週間経つけど、まだ監視って続くのかな」

「数週間程度なら、人は耐えたり隠す事も出来るもの。長い間付き添う事で見えてくるものも有るし、その上で有害無害を判断できる。キミは8等級で、個人指名されるくらいなんだから、任せていいのか安全なのかを判断しなきゃいけないし、そこで慎重になるのは当たり前でしょ」

「まあ、そう……だな」

「ただ、キミの良い所は察しが良い所。嫌疑や疑惑が晴れていないと言われたら大体の人は荒れたり荒げたりするけど、それを受け入れてくれると言う点は前向きに評価できる。事実がどうであれ、キミ個人は自分の非を認めているか、あるいはやりすぎだったとしても間違った事をしたと思ってないかのどちらかだけど。それよりも、聞いても良いかしら?」

「ん? なにを」

「召喚……魔法? 術? あれについてちょっと聞いておきたくて」

「……手の内を晒すのってありなのかな」

「嫌疑をかけられてるんだから言いなさいよ。別に見たり聞いたりした事全てを報告してるわけじゃないんだから、報告する必要があると思った情報しか提出してないの」


 悩み、考え、判断する。

 しかし、ここで沈黙しても事実として残っているものを誤魔化せはしないだろう。

 降参して全てを吐き出すことに決めた。


「英霊のマリーって言う人が居るんだけど、本来はその土地や場所に眠る過去の英雄を呼び覚まして味方にする術法。魔法の一種らしいんだ。それを自分の記憶や思い出に使ったのがアレ」

「出血したりするような危険な術なのかしら」

「いや。言ってしまえば、魔力の出入りを同時に行なってるからその衝突の余波で肉体が傷つく……んだったかな」

「よくそんなものを使おうと思ったわね」

「──……、」


 自信が無いから、他人に頼った──とは言い辛かった。

 たとえ自分が傷つくとしても、引き金を誰かに引いて貰いたかったのだ。

 

「──仕方が無かったんだ。人手も戦力も足りないのならどっからか引っ張ってこなきゃいけないし、意表を突くにはこれが丁度良かった。ただ、二度と同じ手は使えないけど」

「キミは……そういうの、今まで誰にも止められたりしなかったの?」

「いや、どう……かな。たぶん、何度も何度も止められたりはしてきたような気はするけど──覚えてない」


 意識的ななまりが発生していて、記憶が再び鈍磨化している。

 覚えてない、分からない、思い出せない。

 まるで痴呆したかのように気にしていない事を覚えられていなかった。

 あるいは……思い出したくないので蓋をして深く深くと沈めてしまったか。


「たぶんいろいろな人は──止めてくれてたと思う。ただ……性分かな。変えられなかった」

「だってキミ、魔法でケガして、助けを呼べばいいのに黙って終わらせてから帰ってきて……。こんなの、当たり前にしてたら心配するよ。それとも、私が組合の人だから頼りたくなかったのかしら」

「それは……ない、かな。別に、誰であっても同じだったと思うし。今更そんな事で悩むほどご立派じゃない」

「──……、」


 テレジアが黙り、再び静かな雪の時間が始まる。

 今回の仕事とは無関係だろうと、出来る限り先ほどの負傷などは無かった事にしようとした。

 ウルフに腕を噛まれたのが幸いし、血の匂いは簡単に誤魔化す事ができたのは良かった。

 そうして戻ってきた連中とともに夜明けを向かえ、任務完了とともに宿でベッドに寝転がった。

 ……スプリングの無い硬い寝床だけれども、それでも身を横たえて暖かくして眠れるだけホテルと同じだ。

 

「無警戒すぎじゃない?」

「大丈夫だって……」

「だと良いけど」


 大丈夫と言うよりは、無策で投げやりと言う方が似合っていた。

 自分を餌にしたままただただ待ち受けると言う方法でしかない。

 それは……最悪死んだとしてもアーニャの加護があるし、そう簡単に死ねないように果実によって変異してしまっているのもあった。

 もう人間じゃないよなと、強化人類計画等と言ったもので改造された事も思い出す。

 色々と……どうでもよくなってきていた。


 ただ、こういう時に限って何も起こらない。

 テレジアも不思議そうにしていたけれども、自分にとっても不思議だった。

 しかし、不思議がっていても仕方が無い。

 長居しているとトウカ達が探しに来てしまうかも知れない。

 

 相手の出方を伺うにしても、変に長居する事も出来ない歯がゆさがあった。

 ただ、トウカの匂いと言うか……同族の残り香と言うものがあるのだろう。

 暫くはそれによって自分は守られていた。

 たとえ一緒でなくとも、衣服などに残るくらい一緒だった事が一つの保障になった。

 それに……幾らか、一緒に行動していた事はギルドで確認されているのだから。


 二度、三度と仕事をしながら首都へと向かい、そこから急反転して仕事もせずに遠ざかる。

 痕跡をあえて残しながら足跡を半ば同じように踏んで別方向へと消えていく。

 なんだったか……相手をかく乱するためにやるとか、そんな事を聞いた気がする。


 ツアル皇国との狭間付近まで来ながら、自分は再び反転するつもりで居た。


「ねえ、意味があるの?」

「相手はたぶん理解しているはず。自分が離脱したのは逃げたか巻き込まないためだって。けど、首都に向かいながら反転した所まで捕捉出来ているのなら、意図も読めると思う。そもそも、自分が奴らにやられた事と同じ事をやってるだけなんだからさ」

「待ち伏せ?」

「待ち伏せと言うよりは、待っているアピ……主張をしてる。ただのこけおどしだったなら終わりだけど、態々手勢を送ってくるんだからそんな筈が無い……と、思う。自分としてはどう転ぶにせよ、破綻するのか落ち着くのか……どちらかの結果は見ないと収まらないし」


 襲撃があるのならあるで良いし、無いのなら無いで構わない。

 ただ、合流するかどうかは別にしても自分に付きまとう危険性だけは排除しなければならない。

 だから、餌なんだ。


 ただ、大分遠くまで来てしまった。

 一度バイクに乗って町村を遠回りして避けて来たのだから、もはや土地勘もクソもない。

 前まで町だの市街だのと賑わった場所に向かっていたのに、今はまた閑散とした村である。

 また自分の存在をアピールするために、遠いこの地で仕事をしなければならなかった。


「すみません、ダイチって言うんですけど……」


 ヘルマン国の組合員は獣人で、自分が人間だと知っている組員は自分を値踏みするように見た。

 だが、傍にテレジアの姿を認めると、直ぐに敵対的な雰囲気を解いた。


「あんたかい? 最近流れの何でも屋をやってるって噂の」

「あ~、はは……。なんだか、そういう風に言われてますね──」

「それで、あなたがテレジアという監視者ね。連絡は受けてる。好きなだけ雑務とかさせて、あら捜ししておやり」

「コホン。別に粗を探しているつもりは無いわ。ただ、必要なら今までのこの子を観察しての評価を見せるから、その色眼鏡は止めた方が良いわね」

「なるほど。うまくやってるみたいだ。ただ、テレジア。噂は噂で、監視者は監視者でしかないよ。この村でこいつを見定めるのは私さ。そこに口出しはさせない」

「ええ、構わないわ。それと、カレの仕事の傾向とその成果、動向とかを幾らか纏めたのがここにあるから、それを判断材料に好きに使って頂戴」


 そういってテレジアは荷物の中から数本の羊皮紙と、その中でも一際大きい羊皮紙を取り出した。

 長旅で耐久度を求められた為だろうが、重かったに違いない。

 それを「拝見するからね」とギルドの職員は封を解いた。


「……噂どおり雑用ばっかりだねえ。ただ、金じゃなくて仕事のために仕事をしてる感じだ」

「仕事のために仕事?」

「金のために仕事をしてないって事だよ。傭兵の中には金の為にだけ仕事をする連中が少なくないからねえ。仕事さえこなせば良いというのが少なくないのさ。その中であんたはまだこの仕事を始めて間もないのに早い段階で8等級になってる。情報は共有していても裏の事は分からないし、直接見聞きした訳じゃない。だが、この監視者の報告が嘘じゃないのなら噂と照らし合わせれば……全うに仕事してきたみたいだね」

「全うじゃない、って事もあるんですか」

「不正……と言っていいか分からないけど、抜け道はある。例えば成果を金で買って自分の手柄にする、金で人を集めて他人にやらせる、申告には無い助力を得るとか色々あるさね。人間たちのし始めた事で、最近じゃここいらでも真似されてる。ただ……そういう誤魔化しが利くような仕事をそもそもしてないからねえ」

「まあ、そう……っすね」


 外に出かけて魔物の討伐や採集などと言ったものであれば、今しがた述べた不正は可能だっただろう。

 しかし、自分が今までしてきた事は内部での仕事ばかりで、しかも大体が衛兵や町の人、商人などといった部外者に見られている中での仕事ばかりだ。

 不正のしようが無いというか、不正をする意味も余地もない。

 つまり、全く考慮してない方角から自分の保障がされている……成果が出ていた瞬間であった。


「よっし、それじゃあそこの監視者の報告もあったことだし、あんたに任せられるような雑務が山ほどある。木炭や薪を今の時期になって備蓄がないという馬鹿どもに送る仕事から、暇で暇で仕方が無いガキどもの相手。色々な言い訳を作ってサボる自警団の穴埋め、夜になっても店先で酔い潰れてる酔っ払い連中の尻を叩いたり喧嘩の仲裁する巡廻とかね。まさか、イヤとは言わないだろうね?」

「いえ、仕事が出来るのなら喜んでやりますよ」

「それじゃあ、張り出されてるものと……あまりにも相手にされてないから裏に引っ込めた塩漬けの依頼を好きに見ていきな」


 ギルドに入った当初の警戒されるような雰囲気はまるで消えうせていた。

 今ではオカンみたいな快活さで自分を見ていて、それはそれで心地よい。

 どんな仕事があるかなと掲示板を先ず見に行ったが、確かに塩漬けのような放置依頼が多かった。




 ── ☆ ──


 ダイチが掲示板を見に行った中で、ギルドの組員はその様子を見て逆に張り合いを無くしていた。

 8等級に素早くなったにしては覇気も無ければ思い上がりの片鱗も見せない。

 ヴィスコンティ方面からユニオン共和国と流れて来たにしては獣人に対して偏見も見せなかった。


「アレが要監視処分を受けた子とは思えないねえ……。馬鹿がちょっかいかけて返り討ちにしたにしては、随分弱々しいじゃないか」

「その中で、大事な仲間を二人酷い目に合わされたの。その一人が女の子で、助けに行ったときには──」

「──そうかい」


 テレジアの話と紙面の情報からなんとなく予測がついた組員。

 一緒じゃない理由もそれなのだろうと僅かに誤解をしながらも、弱々しい理由はそれが原因かとアタリをつけた。

 様々な悲劇なども見てきた受付係としては、慣れはしてもそれを受け入れるほどではなかった。

 僅かな同情を見せるけれども、それを逐一全員にやるにはギルドと言うのは大きすぎた。


「それで、暫くここで面倒を見れば良いのかい?」

「ええ、そうなるかしら。私も同行して、仕事が一つ終わる度に本人の報告とは別に報告をするから、二度手間になるけど、そちらでも確認して貰えるかしら?」

「構わないよ。仕事の為に仕事をしている、そういう奴が増えるのは大歓迎さ。それに、他人がやりたがらない仕事をやってくれるのは大助かりだからね」

「ただ、巡察や警邏等は出来るけど、魔物の討伐や戦闘系は……出来ないみたい。射撃系の武器や剣を使うんだけど、自信が無くて使えないんだって」

「それじゃあ今まで荒事のときはどうしてたんだい?」

「これ」


 テレジアはそういって拳を握る。

 素手、徒手格闘。

 組員は呆れるような顔をしたけれども、それでも8等級だからと納得して見せた。


「それじゃあ、宜しくね」

「ああ、任せな。お互いに良い関係でやっていこうじゃないか」

「ええ、そうね」


 テレジアと組員は、三枚ほど剥がしてなお睨めっこしている男を見た。

 噂や実績等とは大分食い違う現状。

 それでも……ダイチを名乗る彼は、自分の事を解決できないままに仕事だけはこなしていった。



 ── ☆ ──


 誠実であれ、仕事とはどういうものか、触れ幅は多少認めて付随する事柄も把握・対処せよ。

 父親の教えや自衛隊に居たときの教えだけが自分の背中を押していた。

 自分には他者に教えられ、導かれ、諭されたものしかない。

 それでも、子供を相手にするときは出来るだけ同じ目線になってあげて馬鹿になって楽しめ。

 荷物を運搬するときは、出す時や数を数えるとき等を考えて全体を把握して管理しろ。

 巡廻や警邏をするときは自分の職務だけを優先するのではなく、事態の把握や目や耳の範囲での見聞きした物事も報告しておくと助かる等々。

 

 負担は当然増えるけれども、それはそれで職務の……仕事の範疇だとして当然のようにやっていた。

 一日、二日、三日と経過すると受付の人も幾らか態度を和らげてくれる。

 ギルドの建物の中で待機していたり待ち合わせしている人にはなかなか伝わらないけれども、それでも村の人からの態度も軟化してくれるのは嬉しい。

 当然、8等級と言う”一人で討伐などをしても良いと認められた人”というレッテルが貼られている以上、嘲られたりはする。

 それでも、彼らは……仲間ではあっても味方ではないので響かない。


「塩漬けの依頼も幾らかやってくれて助かったよ! 柵の修理、溝の回復、倉庫の整理、巡廻や夜警のついでに気づいた事を報告までしてくれちゃって。おかげで仕事も幾らか増えたけど、確実に村の為になってる」

「まあ、それで喜んでくれるのなら安いものですよ」

「けど、参ったねえ……。あんたが色々と雑用をしてくれるのは良いんだけど、あらかた片付いちまったんだよねえ」

「そう、ですね……」


 数日前までは幾らか掲示板を埋めていた仕事も、自分が浚えるものは殆ど片付けてしまった。

 雪が積もっている中だと緊急性の高い雑務は少なく、街から遠ざかれば人も少ないので指名も少ない。

 子供は雪を投げて遊ぶし、自分の出番はそうそう無かった。


「あとは……外の仕事しかないけど」

「外、ですか……」

「ただ、一緒に居た監視員の報告を受けてるから無理強いはしないよ。不安で自信が無い状態の子を放り出しても碌な事にはならないからね」

「──有難う御座います」

「よしてくれよ。こういう仕事をしている以上当たり前な事を言っただけだよ。小銭稼ぎがしたい連中もいる中で、あまり周囲には認識され辛い仕事をしてくれる。そんな子を使い潰すだなんてありえない事だよ。それに……最悪な場合は死ぬかもしれない仕事に送り込む事だってあるんだからね」


 等級が高くなると緊急クエスト的なものに召集される義務が課せられる。

 緊急度や危険度に応じて召集のかかる人数や等級が定められ、当然ながら8等級はその中に含められている。

 村にいる以上、その滞在先から緊急クエストを出された場合は出なきゃいけない可能性があるという事だ。

 そういう話は昇進したときに聞いているし、全て記録して復習できるように残してある。


「無理をさせる時は今じゃないよ。それに、毎日いくつ仕事を片付けてるんだい?」

「あ~、二~三個……ですかね」

「休みな! 一人で仕事をして、倒れたときに誰も面倒見ちゃくれないよ?」

「……分かりました」


 仕事が無い奴は価値無し。

 そんな感じでトボトボと帰るしかない。

 宿に戻ると眼鏡をかけて衣服の修繕をしているテレジアがいた。


「お帰りなさい。その様子だと仕事が無かったんでしょ」

「それが分かっててついて来なかったんだろ」

「そうね。キミには教えられないけど、私は組合の一員だもの。色々知らされたり知っていたりするのは当たり前じゃないかしら?」

「無駄足踏んだなあ……」

「キミは働きすぎだと思うよ? 軽いお仕事を二つ三つなら分かるけど、そうじゃないでしょ。組合の一員として言わせてもらうけど、働きすぎ。ちゃんと寝なさい」

「──あまり眠れないって、知ってるだろ」

「強迫観念って知ってる? 失敗を覆い隠したいとか、逃げたいからそうするっていう衝動の事。キミはたぶんそういうものになってるんだよ。失敗から逃れたいから成功で覆い隠したいとか……そういうもの」

「自覚はしてるし、分かってるよ。だとしても、だとしてもさ……」


 何もしないと言う選択肢が自分の中には無かった。

 何もしなければしなかった分だけ、自宅で費やした五年と同じになってしまう。

 何もしないままに後悔と記憶と思い出に押しつぶされ、沈んでいき、身動きできないままにどこまでもどこまでも墜ちていく。

 

 そうしろよと言う自分もいる、テレジアの言う事に甘えておけば良いじゃんという甘美な囁きすら聞こえてくる。

 だとしても……、それは真綿で四肢と首を吊るす為の罠だと理解して立ち止まれない。

 両親の事は間接的なものだけれども、トウカに関しては直接的な被害者だから。

 立ち止まり、休み、諦めると言うのは犠牲者を切り捨てる事だと……米国の将軍が言っていた事がある。

 戦争とは、争いとは、生きる事とは……そういった”支出や犠牲を無駄に出来ないから”だと。

 だから、自分は今生きているし、生きようとしているし、戦っている事にもなる。

 そして……借り物だけれども、こんな名言がある。

 ”何かをする事は、何もしなかった事を説明するよりもずっと簡単だ”と。


「はぁ……」


 テレジアのため息が静かに響いた。

 それでも、やる事が無いので義務的に身体を横たえる。

 休むのも仕事のうちだと言いながら、眠りにつけなかった。


 そして、休む事と言えば食事をする事と精神的衛生を保つ事もある。

 精神的に不健康かもしれないけれども、だからと言って望んで不健康になりたいわけじゃない。

 美味しいものを食べましょう、身奇麗にしましょう、休みましょう。

 時間が経過するという事は、そういったものを必要とすることでもあった。


「ね~、そろそろお腹が空いてきたのだけど。キミは何か食べないの?」

「もうそんな時間?」

「キミが天井を見つめてもう何時間経過したと思ってるの?」


 朝食を食べてからギルドに向かい、宿に戻ってから昼までずっと天井……ではなく、網膜に映りこんでいるデータを見ている最中であった。

 終末世界ではVR訓練と言うものがあったらしく、それを自分も見ている所だったのだ。

 ただ、とあるゲームでは「VR兵士や電脳兵士がなんの役に立つ」と一蹴されていたが。


「そうだな、何か食べないと……」

「それじゃあ、私は先に席を取ってるわ」


 テレジアが我先にと部屋を出て行き、自分もゆっくりと身体を起こした。

 しかし、食事と言えば……驚きだ。

 テレジアは毎日毎日仕事が無ければお酒を飲む。

 嗜むとかそういうレベルじゃない、飲む、飲みまくる。

 度数が高いものを飲むあたり、酒を楽しむと言うよりかは……。


「テレジア、最近……酒、増えてきてない?」

「……私にだって、色々あるのよ」

「それは、自分のせい?」

「一つである事に代わりは無いけど、大部分ではないかしらね。目の前の出来事を片付けたと思ったら、以前片付けた筈の場所がまた散らかってきたり、そこが炎上しだしたりって感じ」

「──……、」

「あれ、聞いたりしないんだ。そこで優しくしておけばポイント高いと思うけど」

「そんな難しい事を言うなよ……。監視されてる立場ってのもあるし、女性関係でやらかして精神的に落ち込んでる状態でどうしたら良いのかも分からないのに。そもそも、組合の事で聞いていいのか、踏み込んでいいのか分からないじゃないか」

「ま~、状況によるわよねえ~……」


 机に突っ伏した彼女はまるで呪いのようにブツブツと何かを呟いている。

 それを聞き取ろうとしたが、まるで数式や聞き覚えの無い何かの名称のようで全く頭に入ってこなかった。

 

 食事をしながら酒を飲むが、テレジアは酒のついでに食事をしているような有様だ。

 それは匂いをかいでいるこちらも良いそうなもので、小さな彼女を心配するしかない。

 そして案の定と言うか、彼女は食事を終えた後になると酔い潰れてしまう。

 立てない、動けない、意識も若干曖昧。

 仕方が無いとため息を吐き、半ば詫びながら彼女を抱き上げた。


 ……様々な影響のせいで、思ったよりも彼女の重さを感じなかった。

 それを喜ぶべきなのか、それとも自分が人間離れした事を嘆けばいいのか分からない。

 部屋に戻ると、彼女をゆっくりとベッドに寝かせる。

 お世辞にも良いベッドとはいえないが、それでも机に突っ伏して眠るよりはマシだろう。


「ねえ、脱がせて……」

「ば、馬鹿を言うな。酒が入って暑いだけだから、抜ければ直ぐに寒くなる」

「そうじゃなくて、寝巻き……この服で寝るのはちょっと窮屈」

「だからって女性を脱がせる馬鹿が居るか」


 身内や同性相手じゃないんだぞと、酒で幾らか緩くなった頭で考える。

 だが、自分が何もしないと理解すると、彼女は自ら脱ぎだしてしまった。


「きっ、着替えはどこ!?」

「んと、鞄の中の右──」

「右、右……これかな?」


 手を突っ込み、展開もせずに引っ張り出したそれは綺麗な下着だった。

 

「──には下着が入ってるから、その奥」

「先にそっちを言おうね!?」


 あせあせと下着を突っ込み直し、今度こそ寝巻きを取り出した。

 引きずられてなんか色々出てきてしまったけれども、だからと言って他人かつ女性の荷物を再パックするつもりはサラサラ無かった。


 寝巻きを渡そうと振り返ると、ほぼほぼ裸体な彼女の姿が横たわっていた。

 下着姿で、貧胸ゆえに不要としたのか上には何もつけていない。

 髪を解いたらしく、そのおかげで危うく御用になる事は避けられそうであった。


「ほら、これ! それと……脱いだのはどうするんだ?」

「匂いでもかいどく?」

「俺はどんな変質者だ!」

「じょ~だんだよ~……。畳んで鞄に乗っけといてくれるかしら」

「へ~い」


 裏の方から袖を内側に畳み、三つ折で閑静だ。

 数秒で終わり、自分も横になろうとする。

 しかしだ、振り返るとものぐさそうに寝転がったままに着替えているので精神衛生上あまりよろしくなかった。

 うつ伏せでお尻を突き上げるように浮かせ、寝巻きのパンプキン系のものを履いている。

 酔っている事も踏まえ、吐息がエロさを醸し出していた。

 先ほどは髪の毛で隠れていたものや、寝ている姿勢だったからこそ際立たずに済んだものが色々と見えてしまい、呆れた方がいいのか慌てた方がいいのかもはや分からなくなってしまった。


「監視者が酒でこんなとか、少し思いやられるなあ」

「別に、良いでしょ。んしょ……どうせ、キミにはそんな度胸も無ければ、思惑も無いんだろうし」

「豹変や変化をしないとは言い切れないけどな。それに──お互いの関係を考えるのなら、隙は見せない方が良いと思うのは変な事だろうか」

「それを態々口にするあたりが信用出来ちゃうのよ。それに、私は確かに見とれちゃうくらいの美少女かもしれないけど、美少女である以前に一人の──」

「一人の?」

「あぁ、うん。なんでもな~い」

「そもそも美少女なら酒を飲むな」

「成人してるから良いの!」


 成人してたら美少女じゃなくなるんじゃ?

 まあ、見た目ロリなら美少女は美少女か。

 そもそも観念的、概念的なものであるからこそ実年齢問わずに名乗れるものだろうし、それが行き過ぎればロリババになる。


 着替えを終えた彼女は酔いと安堵の深い息を漏らした。

 自分も昼間ではあるが、ノー労働デーが確定したので寝てしまうのも良いかなと思えてきた。


「けど、キミの抱っこはあれだね。あれ無意識?」

「え、なにが?」

「落とさないようにってしてくれるのはいいけど、胸を掴んでるからさ」

「ぶふっ……」

「や~、ワザとだったら『気づいてないと思ったの?』って言おうと思ったけど、そうじゃなさそうだからねえ」

「こ、こっちも酔ってるから……いや、ごめんなさい」

「ゆる~す」


 ふはぁと、意識が遠のいてきた。

 このままなら酒の力で夢を見ないで眠れるだろうか?

 そう思っていたけれども、眠るよりも先に意識を引きずり出すように彼女がなにかを口にする。


「私のね、後輩の事でちょっと悩んでて。それで、うまくいかないな~って」

「後輩?」

「そう、つい半年前に教育を終えて離れていったんだけど。その子が今……大変でさ~。症状が分からないんだけど倒れちゃってね、その事でちょっと頭がいっぱいで」

「そう……なんだ」

「意識が無いままだったんだけど、今度は身重でさ。どうにかならないかな~、大丈夫かな~って先輩としては心配なわけ。私の初めての後輩だし、良い子だったから尚更ね」


 そう言われて、向こうでのテレジアに似ているテレサと言う女神とアーニャの関係を思い出す。

 夢……の事だったのだけれども、どこまで現実と一緒なのかも分からないので黙っている。

 テレサとアーニャの関係は良好だったし、見ていて羨ましくなる位には仲が良かった。

 とはいえ、先ほども述べたように夢の中での話なのだが……。


「その子は、今は何を?」

「休んでる。意識も回復したし、自分で少しは動けるようになったみたい。けど、先輩としては心配なのよ」

「……自分の後輩は可愛いからなあ。気になるのは分かるかな」

「で、原因が最近分かったつもりだったんだけど、それも全く違ってさ、あったまきちゃったの。だから自棄酒」

「まあ、程々にな? さっきも言ったけど、自分だっていつどうなるかは分からないし、酒を飲んでると余計に分からなくなるから」

「私は安くないわよ。まあ、だからと言って運命的な出会いだとか、純潔だとか、そういった乙女のような考え方はしてないけど」

「はは、じゃあお眼鏡にかなえば一晩くらいは共にしてくれるんだ」

「お眼鏡に叶えばね」

「そいつは……厳しいねえ」


 軽口を叩いて、まあそんな事は無いだろうと今度こそ眠りにつく。

 ただ──安くないって話はどこへ行ったのかと言いたくなったのが、昼寝から目覚めてからだった。

 寒くないようにと掛け物を深く被って寝ていた筈なのに、妙に暑苦しい。

 

 なんでだろう、襲撃だろうか?

 そう思って隣のベッドを見るとテレジアが居ない。

 誘拐と宿ごと焼いてる? そこまでしているのだろうか?

 危機感が高まりはしたが、身体を起こそうとすると何かしらが障害になっているのに気がついた。

 同時に「んにゃ~……」という寝言が聞こえ、それがテレジアのものだと理解するとため息しか出ない。

 

 掛け物の中をのぞくと、彼女がそこに居た。

 自分が言ったとおり、アルコールが抜けてから一気に寒くなったのだろう。

 寝巻きの方が薄手だったせいで一気に寒くなり、何らかの理由でこちらに潜り込んだと。


「いやいや、分析してる場合じゃないって、これ……」


 人を温まりポイントにしてるんじゃないと言いたくはなったが、だからと言って……起こす?

 起こさずに現実逃避を決め込んで寝込むか、後は野となれ山となれと起こすか。

 あるいは、若干疲弊してでもベッドに戻して寝かしつけるしかない。

 あ、いや、しかし……なんだろうこの子。

 服飾にも使ってるけど、白百合の香りがやわらかく漂ってきて、これ……アカンやつ。

 普段意識しないからこそ「女性って、やわらかいんだな~」とか考えてしまう。


「ダメだ。いかん、いかんぞぉ~……」


 ミラノやアリアは年齢的にアウト、マーガレットも少し足りない。

 カティアなんて即犯罪者確定である。

 それに、トウカの件があるのに酒で酔いましたとかいって寝込み襲うとか……。


「や、無いな」


 性欲は性欲としても否定は出来ないが、だからと言って”偉い人の息子”として性欲以上に付き合ってきた思考や理性に叶うはずがない。

 ため息一つで宥め、テレジアを彼女のベッドに戻そうと……努力はした。


「いぃっ!?」


 しかし、自分がどう考えようが、何を望もうが神様なんてお構い無しなのだ。

 横着して彼女をそのまま抱き上げたせいで気づかなかったが──テレジア、下を脱いでいた。

 カボチャパンツのような寝巻きを踏んづけ、それでも彼女を落とすわけには行くまいと転びながらも何とか堪えようとする。

 その結果、彼女の胸に顔をうずめるような形でベッドに倒れこんでしまった。

 当然、その衝撃で彼女は起きる。

 今となっては、頭を打ってないかどうかも心配であったが……。


 数秒の間と、現在の状態を確認するように眼が動く。

 それから呆れたような半眼がこちらを見て、哀れまれているような気さえ覚えた。


「あのさあ、安くないって言ったけど、だからってこんな事しなくても良いじゃない。それとも我慢できなかったの?」

「ち、ちがっ……」

「あ~あ、下まで脱がせちゃって。男は皆狼よ~って母さんの教えは本当だったんだ。ちょっとガッカリ。仕事ぶりとか見て、大分印象は良かったのに」

「ごめんなさいお願いしますせつめいと言い訳だけさせてください、そのあとで詰るのも幻滅するのも好きにしてくれて構わないので、というか言い分だけでも聞いてくださいお願いします」



 彼女から離れて土下座のポーズ。

 深く深く土下座をしながらも、拒絶はしなかったのは何でだろうなと思いはしたが……。

 そういう、乙女らしさは気にしていない子なのかもしれない。


 ただ、必死に土下座までして弁明したのに「いや、分かってるよ」と言われたのは癪でならない。

 最終的にカラカラと笑われて「二枚ある掛け物、キミの寝床の傍にある私の寝巻きの下、私が目覚めた時に両腕が体の下にあったから、事情は分かってるよ」と、ホームズにからかわれるワトスンのような気持ちにさせられた。


 不貞腐れて二度寝しようとすると「そんなに怒らないでよ~」と言って頭に抱きついてくる。

 ……頬越しに僅かな胸の感触を堪能してしまい、許さざるを得なくなった自分の弱さをどうにかしたい。

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