154話
自衛隊では、こんな話を聞かされる。
任務の為に真っ先に死ぬのがお仕事と言いながら、犬死にするなと。
それは矛盾するんじゃないだろうかと自分は考えたけれども、今では矛盾しないと思える。
普通科の任務や役割は突撃や最前線の維持、構築になる。
機甲化部隊や航空、砲迫等の支援を受けながら突き進み、あるいは突き進まれる。
死ぬ可能性が高いような命令でも黙って聞き入れなきゃいけない、それが任務だからだ。
けれども、任務を達成するにあたって損害の方が大きい場合は無駄に死ぬ必要は無いという事でもある。
分かりやすくいえば、物資を輸送したり交付する任務を帯びた部隊が、そのままでは任務を達成できないと判断した場合、個人の任務ではなく更に上位の班の任務や部隊の任務に立ち返って判断しろという事だ。
個人に付与された任務に固持して損失を生むよりも、部隊の任務を考えなさいという話である。
まあ、今となってはその話は……ただの思い出話でしかないけれど。
自分はダイチ。
異世界に来た、しがない一般人という奴だ。
記憶喪失を装ってヤクモと名付けられてヒーローの真似事をしたり、騎士になったりと色々あったが……それも過去の話だ。
自分の主人だったミラノという少女の父親、公爵に剣を突きつけて脅したので逃げた。
その逃亡生活にトウカという学園でメイドをしていた少女や、旧世界の産物である”智を吸うモノ”であるマスクウェル、そして組合からの監視員を含めたテレジアを連れての旅の最中である。
ただ、その途中で変な果実食ったり、肉体改造されたり、延命措置で投与された薬の副作用で悩まされたりと大分大変だけれども……。
自分は、まだ生きていた。
「おら、兄ちゃん! 荷物はまだ山ほど残ってるぞ!」
「やめっ……、助けてっ──」
生きていたというよりも、生きながらなぶり殺しにされているような感じでもある。
ヘルマン国に渡り、そこからツアル皇国へと渡ろうと思っていたのだけれど、獣人の国であるヘルマン国では人類に対しての風当たりが強かった。
しかし、トウカとの関係が上下ではなく対等であることや、彼女が獣人でありながら一緒に居る事が助けになっていた。
それと……自信を喪失した自分が新しい生き方を模索する最中で様々な雑務を受け持った結果、良くも悪くも馴染めて来た。
そのせいで今は個人指名の仕事で荷物運搬や荷卸し、夜警や巡廻等も突っ込まれている。
夜間の警備や巡廻の仕事を終えたと思ったら引っ張り出されて、そのまま子供の相手をするなどと二十四時間警衛ですら真っ青なスケジュールすら何度かあった。
忙しい分儲けているのではないかと言われるかもしれないが、全く以ってそんな事はない。
そもそも難易度の高い仕事ほど、負担の大きい仕事ほどに収入は大きくなる。
トウカとプリドゥエンは二人組みで魔物の討伐などをしているので、野営分含めて収入は大きい。
それに比べて自分は、子供の相手や巡廻等と回転率は高くても基本的に無難なお仕事なのでその日の宿代や食事代を得るのがやっとである。
マスクウェルの方が頭脳労働な分収入は数倍良い、それでも宿に戻れば死んでいる事が多いが。
なんだかんだ、徐々にギルドでの個人指名付きでの仕事と生活に慣れてきていた。
「プリドゥエン、身体の調子はどうだ?」
「そうですね。まだ違和感がありますが、それでも”人としての記憶”と相違なく動かせるのは、こう……”昂ぶります”ね。スピーカーではなく、口を動かし喉を振動させて声を発するというのが、これほど感動するとは……」
「ほぼ人間と変わりないのか」
「ええ。ですが、人造の皮膚や筋肉、内臓などを有しては居ますが、かつてのように幾らかの機械的な物も内蔵しております。それに、かつての私だった抜け殻も有効活用できますので、実質一人で二人分の働きが出来るというわけですよ」
プリドゥエンはあの旧世界の施設で、自分自身を人の肉体に戻す事を選択した。
アンドロイド、人造人間のような状態になった彼の見た目は人間と相違ない。
飲食可能で、口にした物を分解してエネルギーに変換出来るのだとか。
たしか英霊たちも同じように飲食で魔力に変換していたけれども、それと同じなのだろう。
そして、かつて彼だったロボットは使い魔のように従事する存在として今でも傍に居る。
違いがあるとすれば、軽口や独立した思考能力などは持たず、人格を移植した結果命令に従うだけの存在になっている。
当然、人の姿を取るからにはギルドカードを作って人間らしく溶け込まないといけないが……。
彼が人の姿に戻る事を選んだ理由が、これから先もずっと魔物扱いされるリスクを背負いたくないというのが大きかった。
「もう少し時間をいただければ、様々な小細工を仕込めましたが、それは諦めましょう。かつて自分が入っていた籠を自由に使役できるというだけでもかなり違いますから」
「頼もしいよ、プリドゥエン。ただ、無理はするなよ?」
「ええ、心得ております。ですが、ご主人様も最近は過労気味なようで。幾ら馴染む為とは言え、程々に。まだ覚醒剤の副作用等も抜けてないでしょうに」
「だとしても、個人指名で飛び込んだ仕事を絞らないと暫くは無休だよ。有り難いのかどうかは難しいけど……。それはそれとして、魔物……モンスターと相対してみてどうだった?」
「なんら変わりはありません。動物との違いがあるとすれば、人に対しておおよそ敵対的であるという事でしょうか。明確な隔絶を感じます、相容れない存在として認識されているようです。それがウルフだのゴブリンだのといったD&D《ダンジョン&ドラゴンズ》のような存在であってもです。攻撃ないし警戒されて当然で、そうでなくとも逃げる事を選びます。それは動物とは全く違いますね」
自由さを得たプリドゥエンは、元傭兵だったトウカの付き添いで外の世界を生身で味わってきて貰っている。
それで良いのだろうかと悩んだけれども、プリドゥエンから「体験し、経験しなければ想像も出来ず、判断の材料の不足を招きます」と言われてしまった。
彼も元軍属だったので、その言葉を自分も納得して受け入れた。
情報量は多ければ多いほど良いし、判断材料になる元手が多いほど有利になる。
「今日も外回り?」
「ええ、そうですね。私にはメンタルヘルスの知識は御座いません。下級兵に叱咤激励する知識はありますが、それはご主人様の件とは違うので使えませんしね」
「……悪かったな、精神的に参っちゃって」
「いえ、むしろ今の状態が正常なのかと。そうでなければ私は異常者に仕えている事になりますから。裏切られ、踏み躙られ、全てを失った人間が正常な方がおかしいのです。大変かもしれませんが、その為に私がおります」
「──それほど、か」
「それに、ご主人様は何でもかんでも自分で背負ってしまいがちで御座いますから。この老骨も若い苗木くらいは支えてやりませんと」
そういってプリドゥエンは己の胸を叩いた。
胸を貸すという意味なのかもしれないが、今はその軽口ですら頼もしく思える。
「ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして。それでは、そろそろ行きませんと。ご主人様のためにと思っておりましたが、かつての武器を再び使えるというのは中々に良い気分ですね」
プリドゥエンは旧世界の遺産と化した武器を使っている。
プリンターで弾丸を時間をかけながら無制限に生産し、それを使って射撃をする……。
時間はかかるが、3Dプリンターのようなもので火薬から弾頭、薬莢に至るまで全てをコピーして玉を生産できる技術とは中々に狂っている。
それとは別に、フェンシングが好きだったという事から細剣を使っている。
実際にそれを使っている所を見た事がないけれども、トウカが言うにはかなりの熟練者らしい。
あとは、人造ゆえに色々仕込んでいるらしいが、それは秘密との事だ。
「というか、武器で騒がれたりしない? 火薬の匂いだとか、色々あると思うけど」
「意地が有るんじゃないでしょうか。両極端なんですよ、彼らは。毛を逆立てて怯える人も居れば、無理にでも虚勢をはるかの二択ですから」
「あんまり事を構えないようにして行こう。面倒ごとはもう真っ平だ」
「ええ、同感で御座います」
老執事のような……というか、公爵家に居た執事とほぼほぼ似通った外見になったプリドゥエン。
違いが有るとすれば皮の防具を身につけていて、冒険者らしくなっているくらいだろうか。
動物から剥ぎ取った皮から加工された品だと魔物に近寄りやすいからだとか。
それ以外にも、中身は幾らか機械である以上様々な匂いが洩れるらしいのでそれを防ぎたいのもあるとか。
トウカも以前までは普段着だったが、最近では同じように皮装備を手に入れている。
こちらに関しては獣臭さを消す為らしく、警戒心の強い相手だと匂いで逃げられるのだとか。
それと、今までは武器で色々悩んでいたみたいだけれども、偶然通りがかった鍛冶屋が破損した武器を溶かして再鋳造する為に用いようとしていた所を見ていたらしい。
そこで事故が発生して斧槍……ハルバードを溶かしていた中に金属の棍棒だの剣等も入ってしまい取り出せなくなったところ、更に大きな金属の塊と化してしまった。
打撃以外にはなんら使い道の無い代物に「壊れなさそう」という理由だけでトウカは購入してしまった。
彼女の背丈に見合うでかい棍棒は重量物で、チート能力持ちの自分でも両手じゃなけりゃ制御できない。
無策な攻撃程度なら片手でも良いけれども、そういうのは好みじゃなかった。
「マスクウェル、今日の予定は?」
「ギルドの仕事の仕分けと、完了報告済みの奴や撤去した奴の分配。ギルドシステムが人類に比べて未熟だからそこらへんの作業が大分ヘタクソでさ~。とりあえず表から下げたまま一緒くたにしてるとか、も~信じらんない!!! 今日も夜まで掛かるよ~、も~やだ~!!!」
「お、お疲れ」
「おっさんは?」
「少し休んで、入出管理簿の整理。それがたぶん夕方までで、夜には夜警。トウカたちが足跡を見つけたらしくて、それが近くにまで来てたんだってさ。二人はその足跡を辿ってねぐらを探すお仕事、自分はその間の補充要員」
「……いつまで?」
「あ、朝まで」
「馬鹿じゃないの?」
「しっ、仕方が無いだろ? 個人指名って塞き止めたり絞ったりしないとこうなるって知らなかったんだからさ……」
もはや何でも屋というよりも便利屋扱いだった。
馬車の車輪が外れて道を塞き止めてるぞ? ダイチを呼べ。
柵や壁が壊れかけてるけど男手が無い? ダイチを呼んできなさい。
そうやって引っ張りだこになっていて、収入よりも労力の方が支出として大きいくらいだった。
「マスクウェルはプリドゥエンに頼んで色々作って貰ってるみたいだけど、どう?」
「だ~め、ぜんぜん足りない。得た収入を全部素材購入に当てて、それを変換にかけても機械の一つも出来やしないよ。ね~、今度暇を作ってまたVaultに行こうよ~? あそこの機材や物資とか異次元倉庫に格納しちゃってさ。そうじゃなきゃあそこを洗浄して占有して拠点にしても良いじゃん」
「ん~……考えさせて欲しいかなぁ」
「その返答、何度目? 日本人らしい煮え切らない返答だなあ……」
マスクウェルは自分が居た地下施設に行きたがり、出来ればそこを所有したいといっていた。
しかし、それに対して自分は否定も肯定もしてやれなかった。
封鎖されている秘匿領域には狂気の世界と世界を破壊しかねない品々が眠っていて、その上に乗っかっている部分は自動整備や生産設備で医薬品や飲食物等が綺麗に保管されている。
発電設備も生きていて、引きこもったり安全を考えれば賢いのかもしれないのだけど……。
秘匿領域で、生にしがみ付いて死んでいった人々や、理性を失いゾンビと化した連中を見てしまっている。
今の自分には彼らと向き合うような度胸が無かった。
「じゃあ、休みに一度だけ行こう。それで我慢して欲しい」
「ん~、分かった。魔法だっけ? あれが使えたら色々楽出来そうだし、プリドゥエンが居なくても変換とか出来るだけ有り難いもん」
「……え、そういう機能もあるの?」
「むしろ、多機能だったはずだけど? 最初から役割を与えられた資源再生用のものはどうしようもないけど、人体に入れる方のナノマシンは制限さえ解除すれば色々出来るよ」
「知らなかったなぁ……」
「おっさんは血中に流れてないから関係ない話でしょ。まあ、それはそれで何で魔法が使えるのか不思議だから、腕だけでも良いから食べさせてくれるとお詫びになるかな」
「食べないで」
そんな事を言い合っていると、トウカが準備を終えたのかゆっくりと立ち上がる。
プリドゥエンも同じように出立の準備を済ませて彼女に付き従う。
「それじゃ、行ってくるよダイちゃん。ご飯はちゃんと食べる事、お酒は程々に。今日は午後から冷え込むと思うから用意するか予め着込んでおくんだよ?」
「あ、うん。……行ってらっしゃい」
「ん、行ってくるよ!」
トウカとの関係は……一方的ではあるけれども、改善されていない。
申し訳なさ、情けなさ、自分を許せない気持ちと彼女に与えられた仕打ちを考えてしまうと声をかけられない。
彼女は獣人らしく「弱肉強食だから」と言ったけれども、それでも自分の中では受け入れられないで居る。
自衛官としての誇りも、目覚めて彼女を助けに行った時に失われてしまった。
誇りによって裏打ちされていた言動や思考は、今やどこかに消えうせている。
自信が、無くなってしまった。
「そうだ、腕のマイクロコンピューター貸してよ。それがあれば一々計算するのに紙を無駄にしないで済むんだよ!」
「あ~、うん。良いよ」
ピップボーイ的なものをマスクウェルに貸すと、彼……彼女? はそれを喜んで装着する。
あれがあると便利だけれども、自分には網膜越しに色々な情報が見えたりするので若干無用の長物と貸していた。
体調や病気等と言った体調管理だけでなく、情報管理やデータのやり取り、物品の取り扱いなども出来る。
あれがあれば自分がアーニャに与えられたシステム的な機能を使えるようになるのだ。
「やった、助かるよ! 物の運搬とかも面倒だったし、作業を止められなくて冷たいご飯を食べるのはもう嫌だったんだぁ……。それじゃ、僕もそろそろ行って来るよ」
「ああ、行ってらっしゃい」
「うん、行ってくる!」
マスクウェルも見送り、後に残されたのは自分……と、ギルドの監視員であるテレジアという少女だけであった。
自分らが気に入らないからと後をつけ、プリドゥエンを中破させトウカに暴力を働いた連中が居た。
自分は……その時の事を良く覚えていないのだけれども、全員殺した……のだと思う。
その件で長い事情聴取を受けたりもしたが、監視がつく事になってしまった。
その主対象は自分で、仕事中は大体監視されている。
「二人きりになっちゃったね?」
「時と場合とお互いの関係を無視すれば良い言葉に聞こえないでもないんだけどなぁ」
誰だって良い気分はしないだろう。
とは言え、あんな……あれが他人事なら自分も呆然としかねない一方的な虐殺。
相手がどんな能書きを垂れて、何を言ったのかすら覚えていない。
最後の瞬間まで自分の事しか考えておらず、片手間に消えていったのだから。
現代であれば絞首刑や電気椅子がお似合いだけれども、救われたのは情状酌量の余地が有っただけでしかない。
「聞いたと思うけど、午後から冷え込むらしいけど。それでも同行する?」
「当然よ。じゃないとキミを見定められないでしょ」
「出来る限りの配慮はするけど、自分を守るための判断は自分でしてくれよ?」
「仕事が出来るレディってのはね、そういったことで変に他者を煩わせたりしないものなの」
そういってテレジアは用意は出来ていると言わんばかりに荷物を見せた。
彼女は多くの荷物を持っては居ないが、それでも状況に即した用意は直ぐにしてくれる。
「キミの魔法瓶使わせて貰ったけど、暖かい飲み物は出るときに受け取る予定。乾し肉はすでに持ってるし、寒さ対策で幾らか着込んであるもの。それに、この服自体が学園の生徒に負けず劣らずの性能だから心配ご無用」
「いや、そっちもだけど。襲撃とかあった場合に自分の身は守れます?」
「キミの言いたい事も分かるけど、私もそれなりの実力はあるんだから。言ったでしょ? 監視者だって。監視者はね、荒事にも多少の不慣れな環境でも大丈夫な人しかなれないの。言ってしまえば兵隊さんと同じ」
「じゃあ、自衛程度の戦闘もできると思っていいんだな?」
「自衛? 私の出来る事は制圧、鎮圧、確保よ」
その言葉がどこまで本当かは分からない。
けれども、トウカがやられた件もあり、そこに関しては判断しかねていた。
相性があるのかもしれないけれども、何らかの不安要素があるのは確かだ。
しかし……以前なら言えた言葉が、今は口に出来ない。
自信を失った今では「じゃあ、何かあった時に従ってくれ」とは……言えないんだ。
「何かあったら、逃げていいから。自分は、何とかなるからさ」
「そんな事は絶対にしない。私は相手が容疑者であっても見捨てたりしないから。必ず守ってみせる、約束するわ」
「……そりゃありがたい」
それがどこまで事実なのかは分からないけれども、テレジアを名乗る彼女は気高そうにそう言い切る。
彼女は……良い意味で中立であり、公平な存在であった。
監視するとは言ったが仕事や作業の邪魔をしたりはしない。
気がつけば存在を忘れている位には沈黙した存在で、時折話しかけて質問を投げかけてくるくらいだ。
今まで数週間一緒に居たけれども、こうやって喋ると存在は確かに感じられるのに、黙っていると徐々に忘れてしまう不思議な子でもある。
一緒に仕事に出かけて、場合によってはちょっとした手助けもしてくれて、そして仕事が終わって宿に戻ると暫く出かけていく。
そういう人物だった。
だから今日の仕事、出入り管理やその精査等ではかなり助けられた。
自分は警衛と同じように振り分けをしてそこから見直すというやり方をするのだが、まず書類の見方が統一されてないのが大問題だった。
それを彼女はどこを見るべきか指示してくれたので夕方前に終わった。
「おっ、来たな。よし、ダイチこっちに来てくれ。今日は警戒度を少し高めるからその説明をするぞ。魔物か動物の足跡が近場を徘徊してた、その脅威度が分からないから今までのような気楽な仕事にはならない。ダイチ、お前の実力は分からないけど荒事は覚悟しとけよ? 逃げたら報告するからな」
「逃げなくても報告されるんですけどね。けど、魔法は使っても大丈夫かな?」
「あぁ。けど、相手が何者か判明するまでは殺すなよ。出来る限り相手を理解できるまで引き付けて、色々分かったら追い払う。テレジアさん、今回の状況によっては力を借りたいんだが、どうだろうか?」
「私は構わないわ。仕事として斡旋されてる訳じゃないけれど、必要に応じて守る使命があるもの」
「有りがたい」
「えっと、それで……自分はどうしたら?」
「場合によっては追跡に入る、そのときダイチは出入り口で待機してくれ。空ける訳にもいかないし、その代わり人が居れば伝令を、居ない場合は火矢を空に放つなり鐘を鳴らし続けるなりしてくれ。任せたぜ? 8等級さん」
8等級、個人指名がされるようになった駆け出しの事。
先輩や上級者と一緒じゃなくても活動が許される等級の事だ。
12等級から9等級までは必ず誰かに付き添われなければならず、危険度も抑えられている。
それが、自分の判断で全てを行なえるようになるのが8等級……。
テレジアやギルドに言わせれば、独り立ちさせても良いと認められた人の事でもあるとのこと。
「──どこまでやれるかは分からないけど、期待に沿えるようにはするよ」
「まあ、だからって無茶だけはするなよ? 戻ってきたら包帯だらけのダイチとか見たくないからな。そこらへんは臨機応変に、依頼された事を自分の達成できる範囲で満たしてくれればそれでいいから」
ギルドに出された依頼は、多少のズレがあっても許容される場合がある。
採取クエストでそもそも時期や動物、魔物の活動で採取できない場合。
討伐クエストで、手違いや移動、バッティングで討伐されていたり居なくなっていた場合。
警戒や巡察といった保安クエストで、相手の方が多勢だったり明らかに強かったりした場合。
依頼は依頼だけれども、明らかに達成できない場合はその報告を含めて許される。
今回の話で言えば、追跡で衛兵などが去った場合に手薄になった状態で孤軍奮闘する必要はないという事だ。
ギルドとしても、不測の事態に対して死亡者を出す事を避けたがっているという事でもある。
とは言え、依頼人の中には融通が利かない連中も居たりするのだが。
一時間経過した。
一月の寒い中、粉雪が降りしきる中で何度か足踏みをする。
足が悴んだり凍えたりするのはマズいのだけれども、コンバットブーツ越しでも庇えないものはある。
警戒レベルを上げると言った中で温まるために火を出すわけにも行かない。
そこらへんは……自衛隊で教わった。
「今頃あの二人が一緒に頑張ってるんだろうなあ」
「え?」
「ダイチの仲間だよ。トウカちゃんとプリドゥエンさんだ。あの二人はお前に似て大分忠実に仕事をしてくれるから来てくれて助かってるよ。組合に所属する連中、ましてや人類って言うのはあまり信じてなかったからさ。だから仕事に対してまじめにやってくれてるってのは有りがたい話なんだ」
「──……、」
「まあ、中でもお前は一番不思議だけどな。魔法が使える以外見所がどこにあるのか分からないけど、連中の中心に居る。年上ならプリドェンさんで、強さで言えばトウカちゃんだ。賢さならあの小さい子で、なんでお前が頭をやってるのか皆で話題にしてたりするんだぜ?」
「まあ、自分でもちょっと分かんないですかね……」
今でも……なぜ自分が皆の中心なのかは理解できない。
あんな事があったのに、自分は未だに引き摺り下ろされずに皆の指針を示す立場にいる。
プリドゥエンは心配したりするけれども、方針に従ってくれている。
トウカも自分に出来る事は新人になったプリドゥエンと一緒に行動する事と把握してくれている。
マスクウェルも文句は言うけれども、反抗や反対はせずに受け入れてくれた。
自分は……迷いながら、ずっと中に留まっている。
「だが、お前の良い所はそうやって考えてる所だと俺は思うぜ? 少なくとも俺達と何の偏見も無しに関わってるし、お高く止まったりもしない。むしろ人の嫌がることや頼まれた事を嫌がらずにするってのは信用に値する。見返りとか関係なく呼ばれりゃ手助けしてくれるし、子供の相手までしてくれる。気前がいいと言うよりは、気分の良い奴だよ」
「そう言ってくれると有りがたいかな。自分じゃ、周囲にどう思われてるかなんて分からないからさ。立ち入って聞くのも失礼だろうし、その──人間が良く思われてないってのもあるから」
「そうだなあ。お前個人がどうこうって話じゃないからなあ。けど、そんなのは考えないで自分の出来る事ややれる事で周囲に認めてもらう、それでいいだろ」
「そんなんでいいのかねえ」
「良いんだよ、何言ってるんだ? じゃあダイチ、お前は皆の中に飛び込んでいって『私は悪い人じゃありません』なんて言ってみるか? 少なくとも、今よりも信用されないと思うぜ」
「そりゃそうだ」
「だから、良いんだよ」
そこまで話をしていると、相手の耳がピクリと反応して揺れるのが分かる。
先ほどまで雑談を楽しんで動いていた尾っぽも静止し、微細な音ですら逃すまいと集中しているのが分かった。
「……お出ましかな?」
「みたいだな。姿勢を低く保て、自分のすべき事は分かってるな?」
「まだ大丈夫。……相手は、ウルフか」
「おい、見えるのか?」
「まあ、そんなところだ。えっと……一、二、三、四──」
全部で六体。
相手の接近にあわせて声を殺し、指の本数で数を知らせる。
相手も自ら確認して自分の知らせた数と同じ分だけ揃っているのを確認した。
どうするのか?
それを問うように見つめていると、五本指を立てて横に手の平を振った。
五匹間引け、つまりは一匹は逃せという指示だった。
指示が下ればやる事は単純で、事前に示したように魔法を使う。
ただし、それは攻撃ではなく支援や補助的なものである。
相手の頭上高くに小さな太陽な物が出現し、真上から彼らを照らした。
簡易的なフレアと同じで、相手の居場所をこちらのみが把握しやすいようにした照明弾である。
「よし、行け!」
「う、うし……!」
照明弾を合図に、控えていた他の数名も飛び出した。
凄い速さで、アイアス等といった英霊に匹敵するんじゃないかと思えるくらいに素早く飛び込んでゆく。
自分もと思ったが、抜いた剣先が震えてるのが無性に気になってしまった。
震えるな、震えるんじゃない。
そんな願いとも祈りとも言えるような”場違いな行い”を、敵は見逃さなかった。
一体のウルフが自分へと飛び掛り、もう一体がテレジアの方へと向かってしまった。
焦り、震え、怯える。
頭の中ではやるべき事がわかっているのに、体と心が従ってくれないのだ。
「くっ、そぉぉぉおおお!!!!!」
腕に食いつかれ、牙が骨にまで到達するのを振動で感じた。
剣を握った腕を噛まれてしまい、しかも剣を手放せない。
押し倒され、冷たさや暑さや混乱の中でも「倒さなきゃ」という思いが徐々に高まっていく。
そして噛まれた腕をそのままに、頭を掴むとゴキリと首を捻った。
遠い昔、海兵の父親を持つ友人から教わった犬への対処法だった。
ウルフは素早く、その速度は壁や天井に張り付いたり蹴ったり出来るほどだけれども、止まってしまえばおおむね狼を幾らか強化しただけに過ぎない事は分かっていた。
「テレジア!!!」
「あぁ、もう。血がついちゃった」
ウルフを脇へと倒し、テレジアの安否を確認すると彼女は無事だった。
彼女の獲物であるショートソード。
それをどう扱ったのか、ウルフが”両断”されているのを見てしまった。
「けっ、怪我は?」
「私は大丈夫だけど……キミの方が大分ヤバくない?」
「あぁ、自分は……良いんだ。魔法使えるし──」
死なないし。
そう言いかけて、ぎりぎりで飲み込んだ。
振り返ると、衛兵の連中が一頭を残して倒しきった後だった。
「ダイチ、それじゃあ任せたぞ!」
そして、一頭を追いかけて闇の中に消えていく。
後にはテレジアと自分だけが残された。
「腕、大丈夫? 大分出血してるけど……」
「治れ治れって祈っておけば──少しずつだけど、治るから」
「魔法って凄いわね」
「テレジアは魔法が使えないのか?」
「使えないわけじゃ、無いけど……。色々あるのよ、女の子には」
「そっか……」
「けど、驚いた。キミ、私のこと心配してくれたんだ。それとも、信じてなかった?」
「……両方、かな。実際に戦ってるところを見たことが無いし、それに──」
「──それに、襲われた時の事を思い出すから?」
自分はそれに頷くしかなかった。
そして、彼女はそれだけで理解してくれる。
ただ、彼女は面倒くさそうに頭を掻いてため息を吐く。
「あのね? キミのそれって思い上がりか、ビョーキじゃない?」
「ビョーキって……」
「だって、そうじゃない。自分の身近な相手なら誰でも守りたい、守れるって言う傲慢さか思い込みがないとそこまではなれないでしょ。たとえ優秀でも、どんなに身近に居る相手でも取りこぼす事だってある。人生ってのは、そういうものじゃないかしら」
「あぁ、分かってるよ。けど、身近な相手だからこそ精神的に参ってるって言う考え方もして欲しいな。身近だから、大事だからこそ落ち込む……そういう人間らしさも傲慢の一言で片付けられるのはちょっと……」
ただ、そこらへんの棲み分けが出来ていないのは確かだ。
守れなかったからショックなのか、身近な相手だからショックなのか。
「──その話は後にしよう。今はまだ仕事中だし、手薄になったからより警戒しないといけない」
「ん、そだね。私も手伝うけどいいかしら?」
「有りがたいよ」
テレジアが参加し、二人での見張りになった。
一時間、二時間と経過していく。
疲労はそこそこ、眠気は結構大きい。
けれども、寒さと足の冷たさが眠さを上回って職務に専念させてくれた。
ただ、新たに問題がやってくるとは思わなかった。
闇夜に紛れて明かりも持たずに蠢く集団が居る。
片目は……かつて魔物に抉られてしまったはずの目は闇夜でも昼間のように見通してくれる。
ウルフではなく、獣人だった。
「あ~、そこの連中に告ぐ。夜間に明かりを持たずに行動するのは禁止されてる。これは警告で、従わなかった場合は捕縛する」
「何やってるのかしら?」
「さあ、けど……夜に明かりも無しに集団で動くとは考えにくいけどな。再度警告する! 明かりを灯して行動しろ! じゃないと捕縛するぞ!!!」
相手は従う事無く、外部沿いにそのまま姿を眩ませようとした。
考え込み、ため息を吐いて動く事にする。
「御免、テレジア。ここを任せても良いかな?」
「私は構わないけれど。まさか、一人で行くつもり?」
「仕方ないだろ、出入り口を完全に明ける訳には行かないし。組合の人間がここに立っていれば相手もそれを無視して突破は出来ないだろうからさ」
ギルドはそれぞれの市町村に存在していて、様々な仕事を取り扱う関係から様々な権限を持つ。
長等との関係を持つギルドの職員に暴行などをすれば傭兵なら一発で終わりである。
そうでなくとも、仕事を依頼出来なくなったりとギルドメンバーでなくともペナルティーは受けるし、インフラに打撃を与えたとして獄中に叩き込まれる事もある。
「一人で大丈夫なの?」
「一人じゃないよ。仲間を……連れて行く」
「仲間?」
「仲間ってか、相棒……達だけど」
集中して記憶を引っ張り出す。
召喚魔法ではなく召喚術として”存在していた人物”を呼び出す魔法。
負担はでかく、脳や眼球周りへのダメージが特に大きい。
パタリと、右目から血が流れ脳が締め付けられるのを感じた。
「これが……相棒たちだ」
それは、自衛隊の同期だ。
後期教育をともに乗り越え、後に同じ駐屯地で各部隊に散って行った仲間達。
自分は私服姿だけれども、彼らはかつて得意としていた装備を迷彩服の中で身に着けている。
自分を除き九名揃い、完全武装で立っている。
「なに、これ……」
「召喚、したんだ。記憶の中から、仲間達を。こいつらが居れば、大丈夫……」
「キミは……大丈夫そうに見えないけど」
「それでも、見逃すよりはマシだよ」
そう言ってから、自分は亡霊のように幾らか透けている同期に「行こう」と声をかける。
彼らはそれぞれに表情を見せてくれて、それだけでもありがたいし嬉しい。
不敵な笑み、小馬鹿にしたような笑み、心配するような表情、頼もしい笑み、すっ呆けた顔。
聞いてなかったと言わんばかりに左右を見る奴、やってやろうぜと武器を揺らす奴、装備の確認をして頷く奴。
そして……俺に手を伸ばす、同じ中隊に配属鶴巻。
彼らを見れば、不思議と安心する。
「何かあったらもう一度空に光を焚くから、それで判断して鐘を鳴らして欲しいかな」
「ええっと、何度だっけ?」
「八往復。それで詰め所から飛んでくるはずだから」
そういって、自分は仲間たちと歩いて後を追った。
足跡が続いている方向へと仲間を伏せて、ゆっくりと追っていく。
しかし、追っても追っても姿は見えない。
傍にある森林が不穏さを招いていた。
「……お~い、出てきたほうがいいぞ~。まだ、今なら注意だけで済ませてやる。どうだ~?」
自分で言っていながら、そんな言葉に従う訳が無いと思っていた。
そもそも、従うような相手なら集団で徒党を組んで統治者の定めたルールを破る訳が無いのだ。
暫く足跡を追っていると、森林の方から風を切る音が聞こえた。
「え?」
そちらを見るとほぼ同時に何かが飛んでくるのを見て、腕をかすめ肩に当たるのを衝撃で感じる。
少しばかりもんどりうつと、森林の方から覆面をした人物が数名出てくる。
そのとき自分は、肩に生えるように刺さっていた物を無理やり抜き、仮初の治療を済ませる。
「くそ、なんだ!」
飛び掛ってきた相手はナイフを逆手に持っていた。
ただ、その素早さは雪という足場を物ともしない。
木々に登っていたのだろう彼らは、こちらを不利にするという明確な意図を持っていた。
相手がスローモに見えて、そのナイフを掴んでいる手へと自分の手を伸ばす。
手首と顔面を捉えた両手が行動の確定を意味した瞬間、時間の流れが元に戻る。
「せぇっ!!!」
武器を抑え、顔面で相手を押さえ込む。
若干体当たり気味では有ったけれども相手を受け止めると、そのまま軸足をメインに反転して村を囲う壁へと投げつけた。
相手の数が分からないのに抗戦する、それがいかに馬鹿げてるか分かってる。
深入りせず、二発目の攻撃を受けたあたりで退却を選んだ。
相手は叩きつけられた人物を含め、大分練度が高いと思う。
うめき声以外には何も聞かず、まさに”狩りの獲物”の気分にさせられた。
「あぁ、クソ。厄介ごとから縁を切りたいのになぁ!!!」
そうは願っても、聞いてはくれないのが神様である。
退却を選んだ時点でもはや脅威と見做されなくなったらしく、一方的に追い立てられるだけであった。
そして背後から雪へと押し倒され、その首筋に刃物が押し当てられる。
髪をつかまれて頭を引き上げられ、人類のものとは違う網膜が俺の事を間近で見つめていた。




