153話
「しっかし、ヘルマン国は沢山の耳と尻尾が有って良いねえ……」
ヘルマン国に入ってから、人間種は目に見えて少なくなった。
代わりに視界に入るのは沢山の獣属性を有した人々だ。
子牛寅卯と十二支の全てをコンプリートするのに一日かからなかったくらいだ。
「ここなら落ち着いて何とかやっていけそうだ……」
年も暮れようとしている。
仕事の数も徐々に減って行き、ギルドでのお仕事も仕事納めとなった。
テレジアという名の監視役が同行している以外は特に目立った変化はない。
年を終える事を感謝する祭りと、新年を祈る祭りが連続して続くので協会と広場周辺では地味に準備が進んでいる。
そちらの手伝いが仕事として貰えるだろうかと思ったが、人間種である上に新参でやってきた余所者である俺たちは条件に該当しなかった。
大分人間は毛嫌いされている気はしたが、それもやむなしと受け入れている。
「ダイちゃん。大丈夫? まだ飲み始めてそんなに時間が経ってないけど」
俺たちは、一年を無事に過ごせたことを祝うように宿で飲んでいた。
テレジアを除けば、全員が人生に大きな節目を迎えたばかりである。
俺とトウカは学園追放、プリドゥエンは人型アンドロイドへ転換。
マスクウェルは滅んだ旧世界の殻の中から出たという事で、それぞれに大変な時期でもある。
「俺は……ちょっと飲みすぎてるみたいだ。部屋で休んでるから、後は皆で宜しくやっといてくれ」
四杯ほど急ピッチで飲み干した俺は、それなりに酔っていた。
若干思考と呂律が怪しくなってはいたが、それを言い訳に皆から離れる事にした。
色々な言葉が飛んできた気がするが、都合よくそれも無視する。
部屋に戻った俺はベッドに転がると、眠いのに眠れないままに時間をすごす。
しかし、それが無為な訳ではない。
目を閉じている間だけは幸福に浸れて、こうしていられる間は皆から離れていられる。
酷い現実逃避だと分かっていても、俺にはこうする事しか出来ない。
その内、夜逃げでもしてしまおうかと考える。
だが、それをするには冬の寒さと雪という痕跡の残りやすい季節、ヘルマン国という警戒心の強い国を動くのには不適である。
「あ~、あ~……」
プリドゥエンが打った薬の副作用がきつい。
興奮剤だの何だのと色々うったせいでダウン症状である。
何個の要素が絡んでるのか分からない。
生きているだけで辛いし、空元気で一気にエネルギーを消費していくのを感じる。
俺の収入はたいした事ないし、ほとんどプリドゥエンやトウカ、それにマスクウェルの頭脳労働で得た賃金だというのがさらに辛い。
だが……果実の効果で、余計に死ねなくなった。
今まではアーニャが蘇生をしてくれないと屍のままだったが、今の俺は自ら蘇生するようになった。
条件は分からないが『コンティニューを選ばなければそこで人生を終われる』という状態なのだろう。
いまや目的も未来もなく、やる事がただ生きる為に働く事。
向上心も見出せず、稼ぐ事に意味を見出せない。
出なければ杭は打たれず、一般人に溶け込む事ができる。
Don't be a Heroという単語が、今は丁度良い。
悪夢というのも、快復期だからこその辛さがある。
夢の中で迷子になるのも当たり前だと思えば辛くない。
夢の中で見知った顔の連中がゾンビモードのように殺しに来ても、返り討ちにしたところで心も痛まない。
そして……化け物だらけの見知った街を徘徊するのも、サバイブするのも自虐と自罰的で丁度良い。
時々目を覚ますと、現実と幻の区別がつかないときもある。
目を覚ますと誰もが居なくなっていて、宿をふらりと出てしまう。
周囲の時が止まったかのように動作が停止していて、時間停止の能力でも発動させたかのようであった。
ただ、吹き荒ぶ風と降り積もる雪だけがその影響を受けない。
数秒逡巡したが、酒を片手に俺は深夜だというのに出かけた。
強酸の雪に溶かされて死んでいく幻想もあった。
村や町の人々に罪を暴露されて咎人として取り囲まれて断罪される夢もあった。
妄想とはいえ、自分を罰してくれるとそれだけで「救われた気持ち」になる。
自警団などの傍を通り抜けても、明かりを持たない事で咎められない。
ゆっくりと絞首台まで行くと、晒される者の居ない台に腰をかけた。
そして、酒を飲んでいるだけのつもりだった。
だが、時が加速して空模様の変化が何倍にも何十倍にも流れていく。
気がつけば空が白んでいて、酒瓶一つでどれだけ時間を潰すのかと馬鹿馬鹿しくなった。
「上との意見不一致?」
「まあ、そもそも下っ端の考えを公爵が配慮するだなんてのがばかげた考えだったんだよ。だからそれが嫌になって、逃げ出した。主人にも拒絶されて未来がなかった……」
そして、空いた時間があれば追求される。
俺は隠す事無く、今まで特に語りもしなかった事を全てぶちまける。
使命も任務もない、責務を負わないで済むからこその吐露だった。
「公爵はユニオン国の事を解体しようとしていて、植民地化しようとしてた。俺は……そんなの望んじゃいない。そもそもユニオン国が他国を侵略する事で延命しようとしていたのは共和国化する前から分かりきってた。なのに他の国々は餓えに、病に、痛みに苦しみ痩せ細るのを無視した。だから痛みわけにしたかったが……それが叶わなかった。だから、脅した」
「他に道はなかったの?」
「さあ、どうかな。俺が公爵家の娘であり主人を攫われたから救いに行って、その時の疲労や負傷で寝込んでる間に話を勝手に進められた。だから、思うんだ。誘拐されてなければ、そもそも寝込んだりしなければ、口裏あわせが間に合っていれば避けられたんじゃないかって。まあ、今となっちゃ貴族に刃を向けた反逆者だ」
「……組合にそういった話は来てないわ。たぶん、犯罪者として公布はしなかったんでしょ」
「だとしても、上下関係が破綻したのを理解して居座る事は出来なかったさ。それに、今となっては溝さらいをしてる方が気楽で良いもんさ。頭を使わなくていいし、肉体労働だ。それに、流れが塞き止められてしまったのを崩して流れ出すのを見てる方が楽しい。──手伝ってはくれないのか?」
「冗談でしょ? 私の服が臭くなっちゃう」
「ま、でしょうね」
雪や凍結からこういった作業には事欠かない。
新年が明けてもドブにはまり続けてるとは良い皮肉だ。
「というかさ、何でやりたがらない仕事ばっかりやってるの? キミ、確かランク低くはなかったよね?」
「作業系のほうが、落ち着くんだよ」
「魔物を討伐したりした方が稼げるんじゃない?」
「自信が揺らいでるときに、命を預ける作業はやりたくない。それに、自分の命だけが危険に晒されるのなら良いけど、俺の周囲にゃ……良い人ばかりが居る。そういった連中をまた危険に晒したくない」
「……キミはあそこで意識が無かったといってたけど、何があったの? 魔物は居なかったって聞いてる。転んで頭でもぶつけた?」
「頭を……ぶん殴られたような衝撃が走った。それで数日意識が無くて、眼が覚めたら……何もかも終わってたんだ。自分も、死ぬかもしれなかった。けど、二人は……もっと酷い目にあったんだ。時間を巻き戻せるのなら、あの時まで戻ってやり直したい」
「──二人が気を使って気丈に振舞ってるのに、キミがそんなんじゃダメだと思うけど」
「よしてくれ。自分がもっとしっかりしていれば、済んだ話なんだ。だから、これは自分の失敗なんだ」
「ずいぶん重く考えるのね」
「そりゃそうだろ。プリドゥエンはまだ良い、男だから戦いで傷ついても元々軍人だったんだ。そこで一々負傷程度で騒がない。けど……トウカは、違う」
現代でも問題になっている話であり、それは深く俺をえぐっている。
性的暴行を見逃した、許容させてしまった、仕方がないとさせてしまった。
一生モノの傷跡を受ける事態を、彼女に認めさせてしまった。
「というか、色々と喋って貰ってるけど良いの? 明け透けというか、軽率すぎじゃないかしら」
「もう既に相手は全員死体だ。事実以上の物言いをしても相手は申し開きが出来ない以上ただの卑怯でしかない」
「そうじゃなくて、会って間もない相手に。しかも、自分の将来を左右する相手に色々言い過ぎって事。ただの馬鹿か、そうじゃなきゃ……」
「……夢で、テレジアに似た子を見たんだよ」
「え、口説いてる?」
「──自分とその子の間には一人の女の子が居て、テレジアと自分の間でずっとニコニコしてた。三人での時間があって、それが楽しかった……。本当ならその女の子と一緒に出かける予定があったんだけど……急いでたし、連絡つかなくなっちゃったし、先の一件で余計に迷ってるけど」
アーニャに散々助けられながら、学園を飛び出してからというものの連絡がつかなくなってしまった。
結果としてコミケにいく約束は果たされず、さらには都合よく利用したというクソ野郎にまで成り下がった。
「……その子が気になるのなら、会いに行けば良かったのに」
「そうしたら彼女に迷惑がかかる。公爵に刃突きつけて脅して、しかもユニオン国との争いの直後で……どちらからも関係者だと知れたらこれから彼女は自由に行動できなくなる。拷問されて行き先を吐かせようとするか、誘き出すための餌として誘拐するか。──世の異世界チート系の主人公はなんでこれが回避できるんだ? 訳が分からない……」
喚いても嘆いても仕方が無い。
彼らはよほど上手くやれたか、運が良かったかだ。
そして自分は上手くやれなくて、運も悪かった。
「……嘆いても仕方が無い。いつか、許して貰えるように頑張るしかない。もっと、もっと強く……立派にならないと」
「──……、」
溝さらいをしている自分には似つかわしくない言葉だった。
── ☆ ──
夢には、まだもう少しだけ続きがある。
それは”その未来を歩んだ場合、どうなるか”という狂った目からのお告げであった。
もし全てが上手く行っていたら、もし彼女たちと上手くいっていたならというIFストーリー。
そのどの世界でも……未来も希望も無かったと言ったなら、あの夢はとても悪質だ。
俺が見た夢ではミラノだったが、未来ではアリアやトウカ、グリム等といった人物とすら可能性があった。
幸せな結婚式、完全にこちらに身をおくのか、逆に誰かを連れて向こうに戻るのか、半々なのかはそれぞれ違う。
けれども、誰かと結ばれるという可能性を夢は提示してくれた。
仕事は疎らで、自衛官として復帰した未来もあれば、こちらで兵士や衛兵、冒険者になる未来もあった。
そして、両方の世界で”何でも屋”をする事で二股をかける展開もある。
子供が出来る位の時間が経過した未来もあれば、そこまで経過していない未来もあり、逆に四十代になるまで経過した展開もあった。
……そのどれでも、俺は世界の崩壊を目の当たりにするのであった。
かつてヘラによって見せられた人類が滅びかけた世界のように、再び世界は肌を焼く雪を当然とした世界になっていたのだ。
── ヤクモ、大丈夫か? ──
そして、その世界では弱者は生き残る事が出来ない。
幸福から最悪へと叩き落された自分の傍には、英霊などしか残っていない。
日常は、どこかで死んでしまったのだ。
心の砕けた自分だけが、非日常に舞い戻り戦い続ける。
だから、自分が倒れてから夢を見る間に導いてくれた誰かの言葉を思い出す。
あれは自分が生きるための夢でありながら、諦めなければいけない幸福だと。
幸福を追うと、一時の為に全てを失うというものだ。
絶対に破滅する幸福と、世界が破滅しないというだけで幸福どころか不幸のどん底に居る今。
幸せを追ったら全てを失うから、幸せを諦めて失う事を防げ。
その後は幸せになるかは知らん、勝手にしろと言われているような物だ。
壱を零にする未来か、負を零にする未来か。
自分の幸せと言うのは、借金取りも真っ青な高利なものらしい。
誰かと結婚したいです、子供が欲しいです。
そう願い、叶えられたが最後自分の周囲の全てを持っていく差し押さえ。
最初から、幸福等と言う物とは縁のない”運命”だったのだろう。
欲しいと願うものや、傍に居たい相手から遠ざけられる。
……両親のように、妹や弟のように。
ミラノやアリアたちと一緒に居られないとは、思いもしなかった。
あるいは、自分自身が災厄か何かなのかかもしれない。
大事にすればするほどに、想えば想うほどに相手を不幸に叩き込む。
それこそ、命を失ってしまう結末に落ち込むまで。
自分だけがその難を逃れてしまうという、最悪な物語。
つまり、だ……。
このクソッタレな目は、どうやら自分に世界をどうにかして欲しいようだけど。
自分が学園を出ない事と、出る事で大きな変化があるとでも?
そんなもの、見込み違いだ……。
「今日は……吹雪いてるなあ」
十二月も終え、一月だ。
仕事納めからまだ日が浅く、なかなかに仕事が無い。
移動するにしても馬車も回数を減らしているし、プリドゥエンが居るとはいっても現在の市町村の位置を知っているわけではない。
GPSと世界地図を持っていたとしても、図面が間違っていればどこにもたどり着けない。
冬季レンジャーMOSを持っているわけでもない自分には、スノーモビルがあろうとバイクが有ろうとも使う事が出来ないのであった。
「でさでさ、僕はついに理論上では時空を超えるんじゃなくて時間を越える理論をくみ上げたのさ! けどそれを実践して試す機会だけが無かったんだよね。アメリカの方で衝撃吸収ジェルだの、空間接続ポータルだの出来てるのにさ、何で”そういった技術を組み合わせる”というのが出来なかったんだろうねって疑問を抱くよ」
マスクウェルは相変わらず学者のような事を言っている。
かつて吸いまくった知識を組み合わせまくって、どうやら時空を超える手段の”論理”を見つけていたようだ。
いつかタイムマシンを作ってくれるかもしれない、そうなったら真っ先に使わせて欲しい。
「マスクウェル様。そういったお話は、この場では相応しくないかと」
「え~? なんでさ!」
「ここは、魔法が主流の世界であり、科学や技術が主流ではないからです。悪魔の言葉を吐いているとして縛り首や引き回しの刑にされたいのですか?」
「うっ……」
「死なない身体、死ぬ事が出来ない存在でそれらは厳しいでしょうね。少しご自省をお願いします」
酒も、飽きた。
切るかな、切るかなと思っていた髪も切らずじまいだ。
仕方が無いので後ろで結んでおいて前髪だけ調整する。
すっかりと、長さで垂れて丸い頭の完成だ。
「魔法に関してはあまり考えたりはなさらないので?」
「だって、あんなの想像力と知識力で何でも出来るってだけで、その仕組みも体内のナノマシンがほとんど担ってる……あ~、なんだっけ。あれだよあれ、テレビゲームで使いたい魔法を選択したら仕組みとか知らなくてもキャラクターは魔法を使ってくれるでしょ? あれと同じだもん。というか、ヤクモはナノマシン無いのにどうやってるの? それこそ”魔法”なんだけど」
ナノマシンがあれば便利だけどなと思いながら、腕に装備するデバイスを弄くる。
かつての人類は空間も弄っていた。
そのおかげで別次元にものを収容していたりしていたが、その管理などで別の技術を用いたりしていた。
……チートとはいえ、魔法で行使できた物の殆どが過去に存在していた技術だというのも面白い。
どちらも前提条件が満たされていなければ使えないという意味では、技術であろうと魔法であろうと変わらない。
そういう意味では、自分とカティアだけが例外という事になるのかもしれない。
「あ~ん、もう退屈~……」
「組合に戻ればいいのに。日程を提出しておいて、それを反故ににしたり、変更があった時にやむをえない場合を除き未申告だった場合に罰則とかを設けて、動きがある時だけ一緒に居れば良いじゃないか」
「あら、そういう事務的な知識もお持ちなのですね~。というか、それだと一度逃げられた場合の再補足が面倒だし、事実確認の為に時間が必要だからって誤魔化されたりとか面倒なのよ。キミのいった事が良いと思ったとしても、何か失敗をして拘束と組合の身分を凍結されるのも嫌でしょ?」
「あぁ、そっか……」
「それに、活動時のみならず非活動時の行動も評価に含まれるの。仕事をちゃんとする人でも、仕事が無いときに問題を起こしていた場合は信用や信頼に関わるじゃない? キミの場合は逆に問題だけど」
「酒を飲んで、誰にも迷惑をかけないようにしてるだけなんだがなぁ……」
それでも、酒の量は一時期よりは減りつつある。
トウカの一件が尾を引いてないと言えば嘘になるが、だからといってそのまま腐っても居られない。
「というか、何でヘルマン国に行くの? 人への偏見が大きいし、唯一上手くやれてるのはツアル皇国の人たちだけなのに」
「まあ、逃げた方角が方角だったから、そのまま近い国といったら南下してヴィスコンティに向かうか、北上してヘルマン国に向かうしか無かっただけなんだ。態々網にかかってやる必要はないし、ツアル皇国やヘルマン国ってのも一度は見て起きたかったんだ」
そう言ってから、ベッドから立ち上がる。
腕時計を見て、メモ帳を見つめた。
「さて、ちょっと警邏の仕事してくる」
「吹雪いてるのに?」
「吹雪いてても、仕事でそれをやっている人も居る。自分らはその予備とはいえ募集がかけられてるんだ、やらない手は無い」
そういって、プリドゥエンやトウカには手を振るのみで挨拶とした。
宿を出れば流石に寒いが、富士よりも寒いかもしれない。
「ぇえっきし!!! あぁ、流石に冷えるな……」
カティア等は自分の皮膚に触れるか触れないかの位置で温度調整をしていて、夏は涼しく冬は暖かく出来るらしい。
自分もそれを教わってくれば良かったといまさら後悔する。
だが、文字通りの後悔でしかないので諦めて出入り口付近へと向かっていく。
その手には宿で親父さんに頼んでおいた温かい飲み物を、魔法瓶に入れてある。
「お疲れっす。交代に来ました、ダイチです。これ宿で貰ってきたんで、二人とも飲んでくださいな」
「あぁ、お前か。流石にこの寒さは堪えるが……お前は大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないんで、幾らか着込んできましたよ」
「うわぁ……温けぇ飲み物だ。済まねえ、助かる! 長時間警戒してると、間接も凍りつきそうだ」
どうやら温かい飲み物は喜んで貰えたようだ。
これが自衛隊ならタコツボを掘ってポンチョを着て、その余分な面積でタコツボを覆い、中で火をつけられるんだけど……。
「それじゃあ、俺たちは一時間ごとに交代するけど、お前は二時間ぶっ通しで大丈夫か? こういう地味なのは誰も取ってくれないからな……。正直有りがたいが、それで倒れられても困る」
「大丈夫っすよ。似たような仕事は幾らかしてきたんで。それに、外部から来た人間にはあんまり良い仕事が無いスからねえ」
そう言いながら、俺は魔法で炎を出すと両手で温まるようにして集中する。
自分や衣類を焦がさないように設定しているとはいっても、火中に手を突っ込めば火傷をしてしまう。
「けど、お前らが来た時はどうかと思ったけど。名前もそうだし、ツアル皇国の人間みたいなヤツだな、お前は」
「そんなに態度とか違うものなんスか?」
「ツアル皇国の連中は大丈夫だが、それ以外の国の奴等は俺たちを人だと思っちゃ居ない。尻尾や耳が違うし、身体能力や獣になれるからってだけでな。それに、獣人は魔法の適正が低いから尚更見下されるのさ。だから俺たちの国では『人間が来て子供や人が居なくなったら奴らだと思え』って言葉がある。同胞が許可も無く奴隷にされて他国に流れたりしたら、そりゃ嫌になるだろうさ」
「ふぅ~ん……。けど、お前らも自分らの同胞を奴隷にしてるって聞いたけど?」
「なにも分かってないな。事情や理由が何であれ、生きていく事が出来なくなった連中が文字通り”生き延びる”には力を示すしかないのさ。闘技場で力を示して生きるに値する事を示して金を観客から毟り取る。そうやって”死ぬ定め”から逃れたヤツは身分を回復する。それは誇りの為でもあるからな」
「そりゃ、悪かった。何も知らずに、御宅らの重要な事を軽んじたような事を言って」
「いや、良い。無知を叱るな、既知に怒れと言われてる。何も知らないヤツに怒ったって仕方が無いだろ? 知らないんだから。だが、知っていて尾を踏むのであれば容赦してはいけないという事だ。それに、お前は自ら先に謝罪した。なら、それを怒るのは無駄だ」
獣人というのはどうやら深い物事以外にはカラリとした連中な用だ。
面子や体裁に拘り過ぎず、言い訳をしないまっすぐな面々といえる。
そういう意味では、ヒュウガやミナセのような連中とはさぞかし気が合うことだろう。
「ツアル皇国の連中はいいが、他の国の連中はダメだ。ユニオン国は俺達から少しでも何かを掠め取ろうとするし、いざこざが絶えない。ヴィスコンティの連中は俺達を汚物のように見下してきて気に入らない。フランツ帝国も悪魔や魔物と同類に見やがる。そういう意味では……お前らは良いやつだ」
「さあ、どうだろうな」
「まあ、どこの出身でも構わないさ。それに、お前らの中に仲間が居るしな。悪いヤツだとはおもわねえって」
「……仲間?」
「──っと、まじい。いや、なんでもない。勘違いかもな」
そう言って、出入り口を見張る兵士は笑っていたが……逆算して、直ぐに心当たりが見つかる。
プリドゥエンがアンドロイドであり、マスクウェルが科学的な産物であれば……俺の仲間はあと一人しか居ない。
テレジア……テレサは組合から来た人物であり、事情を知っている連中からしてみれば『仲間』という単語は絶対に出てくるはずが無いのだ。
それに、そもそも戦うにあたって「素手でも大丈夫」という言葉が出てくるのがおかしいのだ。
つまり、それは単純に「戦い慣れしている」と言う訳じゃなく「人間とは違う」と言う意味合いのほうが強かったのかもしれない。
「……知らなかったなあ。けど、それだとしたら──何が良くて何が良くないかを考えないといけないのか」
「ん? まあ、踏んだり踏み込んだりした失敗をしないのなら、別に普通でいいんじゃねえかなぁ。普段見てると、別に……人間だから大事にしてるって訳じゃなさそうだし。別に力の関係って訳でもなさそうだしな」
「力の関係?」
「獣人にとって力ってのは一番重要なものだからな。身分や地位、爵位に近いものがある。多くのヤツを従えて、多くの女にモテて、戦いになったらそれらを示せるヤツが敬意を払われる。ツアル皇国のヤツラは俺達にそこらへん似てる」
「……つまり、何かしらの方法で力を──どちらが上かかを示して、それで出来上がった関係が力の関係?」
「求婚する時に強い魔物を一人で倒すとか、沢山の動物や強い動物を狩ってくるとかな。そうじゃなくても、色々な”厄介な時”に勝負をする事もある。勝てば正しい、負ければ間違っている。そんな国だ。だが……お前が一緒に居る嬢ちゃんとお前がそんな力での上下をつけてるようには見えないしな。それに、魔法があると言っても獣人と人類は相性が悪い」
「ふぅ~ん……」
「あ、信じてないな? 獣人ってのは魔法に幾らか耐性があるし、多少人間が群れててもどうにかできるほどの身体能力がある。それに、獣化すればさらに強くなる上に、月が出てる時はさらに強くなれる」
「そんなに強いのに、何で人類とどっこいどっこいなんだ?」
「人間は群れるからな。それが気がつけば厄介な事を色々しやがる。頭で勝てないんだよ」
「難しいもんだなぁ」
「そういうもんだ」
何もおこらない見張り、ただ時間ばかりが過ぎていく警衛。
ただ、トウカが獣人なのかもしれないと言うほぼほぼ確信めいた疑念は心に残り続ける。
それを確かめるためにどうする?
組合のカードに人種などは記されているので、それを盗み見る事も出来る。
態々彼女と対面しなくても個人的に確認が取れるだけで、一番損耗しないで済む。
けれども……自分には──。
「話って何かな?」
泥とくすんだ胸の奥底で、未だに捨てられない自分の根幹がうごめいていた。
仕事を終えて間もないのに、部屋で裁縫をしていたトウカを呼び出した。
彼女はかつて学園でメイドをしていた事もあって、家事的な事柄ではかなりの能力を持っていた。
マスクウェルの服の寸法を見て、ダボダボな服を調整しようとしていたようだ。
「い、いい……いや。その──上手く、言えないんだけどさ……」
知らない、自分には分からない。
自衛官として傷病人と化した仲間にかける言葉やすべき事は分かっているつもりだった。
けれども、義務の下で守れなかった相手になんて言えば良いかは自衛隊では教えてくれなかった。
自分たちが対応するな、陸曹を呼んで対応して貰えと言われてきたが……陸曹は、居ない。
「ダイちゃん、落ち着いて? ほら、しんこきゅ~、しんこきゅ~」
「──……、」
「おかしいよね。本当なら辛い目にあってるはずなのは私かもしれないのに、ダイちゃんの方がすっごく苦しんでる。仕方が無い事だったんだよ。私のほうが弱かった、だから守れなかった……」
「仕方が無いとか、そういう問題じゃない! ……だろ」
「ううん、仕方の無い事だよ。冒険者ってさ、そういう生活の連続だっておやっさんに教わったもん。相手が誰であっても、負ければ死ぬ事だってあるし、勝っても傷で死ぬ事があるんだからさ」
「だとしても──」
「ダイちゃんは、変だね。学園の生徒さん達よりも一番色々分かってるはずなのに、細かい所で同じ感じがする。死んだらおしまいだって、分かってると思ったけどな」
「──……、」
何か、彼女を失望させたようであった。
ここでも、たぶん……価値観の違いと言うものが大きく足を引っ張ったのだろう。
平和な日本での価値観が、生きているのだからそんな事をなぜ引きずるのかと……彼女に言われたのだ。
「何でも得られないし、何でもは守れないよ。大怪我したり死んだりしたから……分かってると思ったけどな」
「……ごめん」
「だから、いいってば。それで、どうしたのかな? 呼び出したりして。疲れてるでしょ? 休まないの?」
「その……こういったことは、先延ばしにすると大きな問題になると思ったから……片付けておきたくて」
「大きな問題?」
「自分は──トウカが、獣人でも大丈夫だよって……それを、伝えたかったんだ」
労わるような表情をしていたトウカだったが、それが硬直していく。
まるで知られたくない事を知られたかのような怯えを見せていた。
「……誰から聞いたのかな」
「今日の仕事で一緒だった人に。ヘルマン国や獣人に関して聞いてる中で、トウカが仲間だって言ったんだ。それで……少しだけ思い出したんだ。英霊のファムが、耳や尻尾も隠せるって事を。だから、別に変じゃないかなって」
「あ~……はは。匂いは誤魔化せないか~……。けど、どうしてそれを直接?」
「隠したいのなら、その方が良いかなと思って。けど……それで──失敗したんだ。だから、知ったという事を、少しでも早く伝えたくて」
もし自分が、マリーに知られた時のようにミラノにも蘇るという事を伝えられていたのなら……何か違ったのだろうか。
あの時ミラノに助けに来たと差し伸べた手を打ち払われたのが、今でも心の襞に突き刺さっている。
「その……ファムとも話をしたんだ。それで、別に──獣人だってことで遠慮したり、それで悩んだり……しないでくれればなと思って。うまく、言えないんだけどさ……」
「──大丈夫だよ。ダイちゃんが知ったってのは驚いたけど、そういう事で変な事をする感じの人じゃないってのは、分かってたからさ」
「それだけ、だから」
言いたい事を、伝えたい事を伝えた。
だから胃のひっくり返りそうな緊張から逃れたいが為に立ち去ろうとしたけれども、呼び止められる。
「私がね、学園に居られなくなった理由も、聞いて貰っていいかな?」
「え? 良いけど……」
「おやっさんと一緒に行動してた~って話はしたっけ? それでね、ようやく料理人としての夢が叶う事になったんだ。けどさ、獣人の扱いって、ツアル皇国以外じゃ良くないから、おやっさんは最初断るつもりだった。けどね、私のせいで前に居た奥さんとの夢を捨てるなんてもったいないからさ。だから、隠してたんだ。まあ、それも……この前の事件でバレちゃったんだけど」
「バレた? ……なんで」
「生徒を守ろうとしたんだけどさ、その時に……やりすぎちゃった。でさ、おやっさんと一緒に学園に来たからさ、追い出されたら悪いでしょ? それで学園を出たら、ダイちゃんと会ったんだ。これからどうしよっか、お金も忘れちゃったな~って」
そういうトウカは、まったく深刻そうには見えなかった。
けれども、自分の中では言い得ない物が渦巻く。
それは何度か身体の中で外へと飛び出そうとして、巣食った糸に絡め取られて沈んでいった。
「だからさ、ありがとね? それとさ、できれば早く元気になってくれると嬉しいかな。色々あったけど、それでも私はまだ生きてるし、一人じゃないもん。今はプリちゃんが居て、マーちゃんがいて、ダイちゃんが居る。一人じゃない。それだけでもさ、あの時声をかけて貰っただけで、ずいぶん助けられてるもん。今は、私の番じゃないかな~って思ってる。ダイちゃんが今苦しいと思うから、それを元気付けられたらな~って。お金も出来たし、何か美味しいものを食べたら元気になるんじゃないかな~って」
トウカはそんな事を言って元気付けようとしてくれている。
直ぐには無理だろうけれども、回復しないと彼女に申し訳ない。
「それじゃ、ちゃんと寝るんだよ? それと、寒いからってお酒の飲みすぎは良くないよ~?」
「……あぁ、そうだな」
トウカが先に自室に戻り、自分もゆっくりと間を置いてから部屋に戻る。
徹夜明けの身体を引きずって、寝床に入るとものすごく眠い。
そうやって、吹雪が収まるまでの時間を一箇所ですごした。
それはノンビリというには程遠い、失われた自尊心の在り処をどう埋めるかに奔走する旅であり、自分の招いた失態への向き合い方を考えるために針の筵に座禅を組むような物だった。
ヘルマン国へ向かうという方針も、このまま皆で行動するという事も変更は無い。
「今のダイちゃんさ、一人にしちゃいけないと思う」
「私のご主人様は貴方しか有り得ません」
「いや~、ボクも放り出されたら生きていけないからね? 一蓮托生、運命共同体ってヤツだよ」
そう言って貰えた時の自分がどんな顔をしていたかは分からない。
けれども、有難うという事は出来た。
辛うじてだけれども。
それと、自分がトウカと一緒にいることで守られている事を知るのは、ヘルマン国の首都に近づけば近づくほどに理解する。
人類への偏見や悪意、差別が──彼女のおかげでかなり和らいでいたからだ。
上下関係を持たない間柄、対等であろうとする関係が……周囲には良く映ってくれた。
それと……一度挫けた事で仕事に関して高望みせずに、自分は人々の役に立つ事を受け持つ。
誰もがやらないような、あるいは放置されるような仕事。
それらを通じて町の人と交流をしていくといった手段が、どうやら好意的に見られたようだ。
その代わり、マスクウェルは頭がいいという事で頭脳労働に引っ張りだこだったが。
「ダイチさん、今日のお仕事はどうしますか?」
「誰か困ってる人が居たらそれ最優先で。修繕、溝さらい、夜警、巡察、魔物の調査、荷馬車の荷卸し、なんでも」
「またですか?」
「頼むよ」
何でもやる事から、何でも屋の異名がつき始めたけど、それは別に構わない。
プリドゥエンとトウカに戦闘や討伐関係を任せ、自分は街で雑務に励んでいた。
マクスウェルはあまりにも頭脳労働をしすぎて、獣人の知性の低さに辟易したらしい。
この前「お酒って嫌な事を忘れられるんだよね?」とかいって無理やり飲み、マーライオンと化した事を忘れていない。
「ダイチさん、下水道のネズミ退治の依頼とか……お願いできますか?」
「ん? 良いよ」
自衛官としても存在出来なくなった自分には、新しい自分の存在価値を見出す必要があった。
それが何かは分からないし、迷走していると言う指摘も受けた。
けれども、必要な事だった。
ヤクモではなく、ダイチとして生きる為に新しい自分を構築しなおさなければいけなかったのだから。
もう、何でもいいやと伸びた髪を切る事すらしなかった。
後ろで少しだけ結んで邪魔にならないようにしただけで、鏡を見たらいい具合にやる気のなさそうな雰囲気に。
まあ、どうでもいい話だ。
そして、学園を出てから二月が経過して知った事。
学園は今までの事件から安全性に疑問を抱かれ、それを解決するために期限を定めない休校に突入したという事だった。
今まで何度事件があったかを考えれば、その危険度と自衛力が見合ってないので仕方が無いとは言え、可哀想な話だ。
全てが、変わりつつあった。
学園は封鎖され、ミラノたちはきっと家に帰っただろう。
人類の未来の為にという建前を持ちながらも四カ国から子供たちを集め、仮初とはいえ結束の役にも立っていた。
それが切れた今、国は単一の物になった。
全員が我が子を緩衝地帯に差し出していたとも言える状態が無くなった今、どうなるのかは分からない。
けれども、それで良かったのかも知れない。
何が悪いのか、何が原因なのか分からないまま生徒たちに学園に居られるよりは、ミラノたちが実家に帰ってくれた方が……まだ、安全だと思う。
しかし、自分の最大の失態は「何でもやる」という事で、免罪符を得ようとした事だと思う。
自分を許すために行なっていた仕事が、地味に指名付きで増えてしまっていた。
ダイチ、アイツの奥さんが出産するから代理で夜警についてくれって。
ダイチ、どこかの悪餓鬼が溝に嵌った時に壊してくれたみたいで、その修復に人手が必要だ。
馬車が足を滑らせて大通りを塞いじまったから、手伝いに来て欲しい。
子供の遊び相手が必要なんで、色々な話を聞かせてやったりしちゃくれないか?
「なあ、労働基準って知ってるか? 人は最低八時間は眠んなきゃいけないんだ、つまり飲食休憩余暇で八時間、労働はさらに八時間未満で収めなきゃいけないって理屈だ。なんで……お前ら仕事詰め込んでくるんだよぉ!!!」
「良いだろ? お前はずっと中に居て外にでねえし、トウカちゃんはもう一人の男と外でお仕事してるんだからこれくらいはやれって」
「さっき夜警終わって、その足で引っ張ってこられたんだけど……。眠くて、もう死にそう──」
人類であっても、無害だと知れれば連中は”人類よりも”気さくで良い人ばかりだ。
ただ、的確に仕事をこなすと言うのが”力の一つ”として認識されているのかもしれない。
仕事を誠実に行なうと、その度に仕事が増えていった。
ただし、雑務ばかりだが……。
「もう、限界だ。寝る……寝るぞぉ!」
「もう、無理。こんな疲労、初めて……」
ほぼ同時期に戻ってきたマスクウェルと倒れこむ事も少なくは無い。
頭脳労働とは言え、沢山の情報と糸が絡んでいく事で短時間での疲労は自分の比じゃない。
命の危険に身を晒しているとは言え、トウカとプリドゥエンの方が楽といえば楽だったかもしれない。
ただ、今の自分には剣も銃も扱える自信が無い。
自信が無い武器を振り回す事もできず、荒事も出来ない。
なら、こうやって生きるのが性に合っているのだろう。
「……これでいいのかねえ」
魅せられた夢と、見せられた悪夢。
それらをたたきつけてきた上で、この紅い目は何を自分に求めているのだろうか?
分からないけれども、第二の……いや。
第三の人生を始めなきゃいけなくて、それに馴染む事ができるのか自分には分からない。
それとも……従っていれば別の形で幸福を目指せるのだろうか?
「昼間っから寝てるんじゃないよ! 部屋の掃除が済んでないから出ていきな!」
「そりゃねぇよおばちゃあん……。今仕事から戻ってきたばっかりなんだけど!」
「そうだよそうだよ!」
「それをいったら私の仕事はこれからで、その仕事はここなんだよ。さあ、下に行って少しでも良いから腹に何か入れてから戻りな! 空腹で眠ると元気でないよ!」
「マスクウェル、行くぞ~。なにか……食べておこう」
「僕たち、昼夜逆転してるね……」
「いつか直せば良いさ。まあ、辛いけど」
「うわぁ~……」
少なくとも、生きる事を仕方が無くとも選んだ。
生きるには金が要るし、飯も食べなきゃいけない。
生きた屍ではなく、目的の無いだけのうだつの上がらないヒトにはなれているあたり前進しているのかもしれない。
その前進が正しいものなのか間違ったものなのかは……自分には分からない。




