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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
9章 元自衛官、夢を見る
152/182

152話

「げほ! カハッ!!!」


 むせ返り、喉から先に詰まる全てを吐き出す。

 苦しみ、辛さに打ち据えられ、涙に塗れた視界が薄暗い事を認識した。

 そこは……薄暗い、どこかだった。

 いや、違う。

 ここは……地下施設だ。


「あ~、眼が覚めたね。82時間の昏睡、計3時間17分の心停止をしたけど。ふ、ふふ……。なるほど、救うに値するってのは本当だったんだ。きみ、ボクの言ってる事が分かる? ゾンビ化してない?」

「ん、ぬぐっ……」

「あ~、ごめんごめん。吸入器を喉奥まで突っ込んだままだったね。けど、拘束を解いたりしてから噛まれても困るからこうしよう。”イエス”の場合は目を閉じて”ノー”の場合は目を開いたままで──二進数で二は?」


 言われて一瞬戸惑ったが、片目を閉じて片目を開いたままにすればいいだけだと悟る。

 そうしていると「あ、大丈夫だ」とかいって無遠慮に吸入器を引っ張り出され、喉の壁を擦りながらチューブが引きずり出された。

 無論、嘔吐沙汰である。


「うわっ、きったな……。さあ、聞いてよヒーローさん。ボクの事は覚えてるでしょ? 部屋に閉じ込められてるのを見たはずだし。君の連れ二人が、今頑張って襲撃者を食い止めてくれてるけど、それは長く持ちそうに無いんだ。だからさ、チャッチャと復活して退治してきてよ。ほら、お薬」


 拘束具を解く前に、相手は俺の首筋に何かを叩きつける。

 それが注射器だと理解したのは、叩きつけられてから遅れて針が飛び出して冷たい液体が身体の中に流れ込んでくるのを理解したからだ。

 脳がボンヤリする、ただ頭の中には幸せだったはずの光景がいまだにこびりついている。


 拘束具を外されてから、起きようとするが思考に対して身体がまったく動かない。

 台から落下すると、自分が全裸だという事も理解する。


「服を着て、装備を手にして行って来てよ。僕は無力なんだ。そういう取引だったんだから、君も履行してくれないと困る」


 意味は理解できても、身体が動かない。

 仕方がないと、俺は拳銃を出すと頭をぶち抜いた。

 兆弾する音が聞こえ、意識が遠のく。

 遠くで『英雄なんだから』というミラノの声が聞こえて、そちらに行ってしまいたくなる。

 だが、頭を振ると直ぐに身体が動くまでに”蘇生”したのを理解する。

 服を着て、装備も全て身につける。


「え~っと、説明するよ? 君は禁断の果実の影響で、不死に近い存在になりかけた。その副作用として君の理性はぜ~んぶ溶かされて、幸せな夢を見てありもしない現実を見たままにただ誰かに殺されるまで永遠を生き続ける事になる所だったんだ。まだ影響は幾らか残ってるだろうけど、峠は越えてる。ただ、あのヤブ医者が君に薬を投与しすぎたせいで身体の方が付き合いきれなくなって、死ぬところだったんだ。そこを強化人類計画って言う、つまりは骨や皮膚、内臓や筋肉の強化および交換を施して何とかここまで持ちこたえた。ただ、君に執刀をするのに邪魔が入って、その相手をするために二人は上に上がってる」

「──どこだ?」

「さあ、僕に分かる訳無いじゃないか。けど、相手は新人類創造計画の超能力を持ってる相手が混ざってるし、君たち認証が必要だった場所閉めてこなかったでしょ? 数十人が押しかけてきて、もう凄い言い争いだよ」

「どこだと聞いてるんだよぉ!!!」

「上! 上ぇ……」


 胸倉を締め上げ、インテリぶった相手から必要な情報を吐き出させる。

 現実感はかなり薄い、気を抜けばまた眠ってしまいそうなくらいに……眠い。

 部屋から出ると、そこが居住空間に存在する医務室だと理解した。

 何度か吐き、何度か崩れ落ちそうになりながらも歩き続けるうちに後ろから声が響く。


「強壮剤は数分したら効き目が出るから、それまで寝たり倒れないように頑張って!!!」


 何をふざけた事を言うんだと、吐き捨てたい気持ちでいっぱいだった。

 あり得たかも知れない展開、つかめたかもしれない未来……。

 それらを見せ付けられて、諦めろ?

 諦めなんか──付くわけが無いだろ。


 暫く”上”を目指していると、騒がしい音が聞こえてくる。

 その途中で……俺は見覚えのある老紳士を発見した。

 ズタズタになったスーツを着ながら、満身創痍の様相で壁に背を預けて座り込んでいた。

 矢や折れた剣等が刺さっており、出血が激しく見えた。


「ザカリアス……?」

「ああ、ご主人様──。良い……良いタイミングで」


 ザカリアスだと思った相手が、俺をご主人様と呼んだ。

 俺を見た瞬間、その顔面の半分が剥がれていてロボットのような皮膚と眼球を見せている。

 後ずさりたかったが、それほどまでに身体は自由ではなかった。


「プリ、ドゥエン?」

「ええ、そうで御座います。この施設の中に、私をロボットからアンドロイドに転換できる設備があったので、身体を変えたのです」

「一体全体、なんで……」

「その話は今度。トウカ様が危険です。ここで二人で踏み止まっていましたが、私が動けなくなると同時にトウカ様が拘束されました。多勢に無勢で……殺傷の許可がありませんでしたので、何とか……数日は持ちこたえたのですが」

「トウカ? トウカは……あいつはどこに?」

「上に……」

「……後で必ず迎えに来る。それと、お前を傷つけた連中がまた来た場合、お前の自由意志に基いて殺傷を許可する。武器と弾薬はここだ、安全装置はかかってるから使うときは解除を忘れるなよ」

「ええ、心得ております……どうか、どうかお気をつけて」


 なぜか人型になっているプリドゥエンに最低限の抵抗が出来るように装備を渡し、俺はさらに上層を目指した。

 その途中で話し声が聞こえ、俺は息を潜めて何とか何を話しているかを聞き取ろうとする。


「なあ、何で見張りなんか必要なんだよ。後は小僧一人だろ? 俺も上で楽しみたいぜ……」

「仕方が無いだろ、どこに潜んでるかわからねえって言うんだからさ。けど、依頼で何度も来てるけど、こんな場所があるなんて知らなかったな」

「ああ、俺もだよ。灯りはついてるし、誰かがここで暮らしてたのか飯もある上に暖かい。女にはありつけないが、交代したら行ってみようぜ」

「そうだな。ところで、傍にあった寝床がすんごい良いモンでさ、横になってると凄い気持ちよくて眠くなるんだ。どうせ長い事ここで見張るんだ、一人居て叫び声上げりゃいいだろ」

「んじゃ、俺が先に寝させて貰うぜ」

「おいおい、そりゃないだろ」

「この間お前が娼館で金が足りない所を助けたのは誰だ? それと、昨日の飯代を肩代わりしたのも誰だったか忘れてないよな?」

「あ~、はいはい。分かったよ。その代わり、貸しはチャラにしてくれるんだろうな?」

「お前がその口を早く閉ざせばそうなるかもな」


 二人居た見張りのうち、一人が傍の部屋に入っていくのを見る。

 見届けて数秒して、脳内で人が寝転がる動作に入った瞬間から咄嗟に起き上がるまでの時間を考慮して、拳銃に消音器を取り付ける。

 話の内容が本当だとすれば、急がねばならない。

 それに、二人も要らない。


 カシュカシュカシュと三回の発砲音。

 倒れこむ身体の音を聞いて、部屋の中からもう一人の声が聞こえる。

 俺はそいつが手にしていた武器を手に取ると、部屋にゆっくりと入った。


「お前──」


 認識されてから、俺は即座に飛びかかって相手を殴りつけた。

 ベッドに寝転がっていた相手を殴り、叩き、血だらけにする。

 死体と化した相棒のベルトで後ろ手に拘束すると、俺は膨れ上がった面の相手を座らせた。

 ……相手は、獣人族だった。


「俺の連れだった女はどこか分かるか?」

「オンナぁ? そんなのしらねえよ」

「そうか……」


 ナイフを抜き、座った事で浮いている膝の皿と足の間にナイフをねじ込んだ。

 ザクリと、頭の中から自衛官に復帰できた自分と、自衛官だった自分という誇りが抜け落ちた。

 相手の悲鳴は閉ざした扉を叩きはしたが、それが室外にもれる事は無かった。


「わ、分かった! ツレのオンナは、今頃可愛がられてるところだ」

「なぜだ? 何のために?」

「へっ、お前がそれだけ憎いんだろ。お前はうちのリーダーを傷つけた上に、面子を潰した。だから、犯してお前にそれを知らせるんだろうよ」

「はっ、そうかよ」


 ナイフをねじり、膝の皿が外れて床を叩いた。

 血が溢れ俺を濡らすが、そんな事は気にならなかった。


「あああぁぁぁあああああああっ!!!!!?」

「うるせぇ」


 頭をつかみ、背後の壁へと何度も何度も何度も何度も叩き付けた。

 一度叩き付けるたびに、学園での親しい面々の顔が頭の中から消えていった。

 

 動かなくなったのを確認すると、部屋を出てエントランスへと向かう。

 死体を積み重ね、英雄という事場が徐々に砕かれていく。


 エントランスに向かうと、そこに連中は屯している。

 どうやら新しく開けたこの場所は明るいし、居心地が良いという事だろう。

 そして──トウカも見つける事が出来た。

 ただし、それは俺にとってまったく喜ばしい事ではなかった。

 彼女が着ていた服は既に襤褸と化していて、暴力や虐待を受けた後が見て取れる。

 拘束され、男どもに群がられ……言いようにされている。


「っと、ようやく登場か」


 群れの中から、リーダーが現れる。

 そいつは、俺が以前酒場でわき腹を撃った相手だった。

 ゆっくりと歩いてきて──そいつが俺の目の前に立った瞬間、そいつは俺になっていた。


「な、言ったとおりだったろ? 良かれと思ってやった事が、全て裏目に出る」

「──……、」

「格好つけたかったんだろ? 相手もこれでもう二度と絡んでこないと”楽観視”したんだろ? だが、それは間違いだった。見ろよ、お前の”偽善”のせいで、彼女は自身に無縁な暴行を受けた。それは誰のせいだ? そう、お前のせいだ」

「……──」

「都合よく弱者を演じて相手が意図を汲んでくれる事を期待して、都合よく強者を演じて自分の行いが善意から行なわれたものだと理解して貰う事を期待している。公爵の時だって、お前はもっと主張するべきだった、理解して貰うべきだった。だが、お前は自分の立場が弱い事を言い訳に、相手が察してくれるように願い何もしなかった。その結果、公爵はお前の努力を無視して都合よく利用した」

「黙れ──」

「いいや、黙らないね。お前は自分が善人であるふりを続けていれば、いつかは皆がそう認識してくれるだろうという”努力の放棄”をし続けた。その結果どうだ? はん? ミラノには理解されずに化け物扱いされた、公爵には都合よく利用された。そして今……お前はトウカを傷つけた」

「……黙れよ」

「悔しいか? 悔しいよな? 『良い奴だからって、良い結果になるとは限らない』ってのは綺麗な言葉だが、それは『良い結果にしようともがき続けた奴』だけのものだ。お前は結局、ここでも逃避し続けたんだよ」


 その言葉を最後に、光景が全て切り替わっていた。

 時間がとんだとも、フィルムを切り貼りしたとも言えるような空白。

 気がつけば、俺とトウカを除いた全ての生者は居なくなっていた。

 理解は出来ないし、納得も出来ない。

 だが、その”生きていた筈だった物体”がそこかしこに散っているのを、自分のせいだと認識するのはそう難しい事ではなかった。


 全身に血が塗れていた、手足に肉片がくっついていた。

 拳銃の銃口から煙が立ち上がっていた、心臓の早鐘がとてつもなくけたたましかった。

 トウカの傍に近寄ると、男連中の発した独特な臭さが鼻についた。

 夢の中で聞いた身を綺麗にする魔法を思い出して口にしようとしたが、うまく舌が回らない。

 二度、三度と噛んでからようやく唱えた魔法が彼女を身奇麗にした。






 そして、俺は理解する。

 チートを得ても、結局は人の欲に叶う事は無いのだと。

 目の無い場所に、遠く離れた場所での出来事には無力なのだと。

 それはつまり、目立てば目立つほどに、チートを発揮すればするほどに周囲を危険にさらす毒なのだと理解した。

 だから、英雄なんて……元自衛官になんて、こだわる必要は無かったのだ。


 俺は何も喋らないトウカを抱き上げると、ゆっくりとプリドゥエンたちの居た地下へと潜って行く。

 俺も……彼女も、時間が必要だった。

 喧しい開閉のサイレンを背景に、閉ざされていくシェルターの扉を見てから、ゆっくりと戻っていった。

 幸い、ここには飲食物も生活環境も全て整っている。

 人型アンドロイドになり、中破しているプリドゥエンや封印されていたはずの人の欲が生み出した知能の化け物も回収して……。




 俺たちは、暫くそこに留まり続けた。















 ── ☆ ──


「へっくし!」


 あれから一月が経過していた。

 俺たちは地下施設から出ると、ギルドで報告を済ませたらそのまま近くの国へと逃げるように移動した。

 ヘルマン国、周囲の三カ国からは国として認可されていない地域。

 そこで日がな安い仕事をしては、しょっちゅう失敗して怒られている。

 今もまた、くしゃみをしたせいでイノシシ系の魔物であるボアを取り逃してしまったところだった。


「あ~、逃げられた~」

「あ~、悪い……」

「だから宿で休んでてって言ったのに。私とプリドゥエンでやるからもう良いよ」

「……そっか」


 トウカは、俺が思うよりは強い子だった。

 というより、彼女自身は戦闘奴隷だった頃にもっと酷いダメージを負ったりしたので、単純に疲弊しきって衰弱していただけだったらしい。

 二日から三日は部屋で寝込んでいたが、俺よりも先に部屋を出てきて料理だの俺への声がけだのをしてくれた。

 それに対して俺は……副作用や後遺症に苦しんでいた。

 ダウン症状、鬱病の再発、悪夢に……禁断の果実による後遺症。

 全てが精神面に絡んで重くのしかかり、生死の狭間で見ていた幸福になれたはずという光景が余計に俺を苦しめた。


「──ま、楽が出来るのならそれが一番だな。うん、勤労な諸君に感謝するよ」


 そういっては見たが、余計に気分が落ち込んでしまった。

 プリドゥエンが「これを吸ってからお帰りください」と言って薬を投げ渡してくる。

 薬による悪影響を抑えるための薬と言う矛盾。

 しかし、それを使わなければいけないくらいに……召喚された当時くらいには、最悪な状態になっていた。


 雪を踏みしめる音を聞きながら、ゆっくりと宿へと戻っていく。

 足取りは決して軽くはない。

 だが、宿に戻ったのなら、それはそれで問題を抱えている。


「あれ、もう戻ったんだ。仕事は?」


 宿泊している部屋に戻るとやってきたのは少年とも少女とも言えるような人物だった。

 丈の合っていない白衣に、首から提げたゴーグル、何度も引っ張りまくってゴムが切れたらしいダルダルの靴下などとだらしなさが窺い知れる。


「仕事はエキスパートに任せてきた。俺はお払い箱ってところだよ」

「えっと? これで通算18回目のお役御免だけど、それで良く仕事になるね?」

「だからパーティーでやってるんだろ? あぁ~……」

「何してるの?」

「寝る。今日はもう仕事や~めた。プリドゥエンもいるし、トウカもいれば何とかなるさ」


 そういって、俺は酒を飲みだす。

 一気に飲むと、薬と絡んで一気に酔いが回ってくる。


「駄目なおっさん……」

「うるさい、ほっとけ。それなら一緒に来なけりゃ良かっただろ」

「や~だよ。もう何世紀あそこに居たと思ってんのさ。それに、地表がこんな面白い事になってるのに引きこもる理由なんてある?」

「ま、無いか」

「それは良いとしてさ~。お腹空いたんだよね。もうお酒飲み出してるんだし、下で食べながら飲もうよ」

「……仕方ない」


 酒を片手に食堂にまで降りていく。

 まだ早いが、夕暮れ前の掻き込み時に近いのでまだ良い方だ。


「酒、それと……適当につまめるものを」

「んと、僕は肉がいいなあ」

「お前は肉しか食べないな……財布に結構響くんだが」

「仕方ないじゃん。そもそも肉食と言うか……だし」


 脳を喰らい、智を啜る化け物。

 それが目の前のこの人物だった。

 人と同じ成りをしてはいるが、れっきとした”人外”である。

 寿命は無く、そもそも成長もしなければ老いもしない。

 概念や観念的なものを無理やり具現化したようなもので、今ここにある肉体ですらただの外面でしかないらしい。

 そして、人を喰らい続けているうちに知性と理性と学習を重ね、あの施設が崩壊した後になって辛うじて安全なまでに自制心や人格を得たと言う皮肉な話だ。


「と言うわけで、食費がかかるのは我慢してよ。それとも命の恩人をほっぽり出すつもり?」

「こんなに恩着せがましいと知ったら、誰もお前の同行を快く受け入れなかったさ」

「も~、お前って呼ぶのはいい加減やめてくれないかな。マ~ちゃんとか、マ~くんって呼んでっていったでしょ?」

「マクスウェル、ね」

「まあ、頭良さそうな名前なら何でも良かったんだけどね。あぁ、僕が最後に食べた人がそんな名前だったんだ。イギリスの地下シェルターから呼び寄せた人材らしいけど、キ印に近い人だったみたい」

「それにしても、よく喋るな……」

「しょうがないじゃん、発声器だとか聴覚だとかの不慣れもあるし。そもそも数式や計算式、術式を書くのは得意でもこうやって誰かと”会話をする”と言うのがそもそも僕にとっては初めてさ! それに、部屋の中じゃ沢山の論理や発想をする暇は合っても何も無いから実験も研究も出来やしない。僕が人間だったら発狂してるか、今頃自殺してるんじゃないかな?」

「数世紀だもんなあ……」


 同じ状況になっていたらどうしただろうと考えて、意思疎通の出来ないゾンビだらけのあの世界じゃ直ぐに自殺していたかもしれない。

 そもそも食べ物も出てこないし、飲み水も無いので餓えるか乾くかしかないのだけれど。

 

「けど、外に出てこられたんだからこれからはこの世界で言う……魔法、だっけ? あれの研究もしてみたいかな~」

「超能力だとか、そういうものなんだっけ?」

「んと、そもそもおじさん見たいなふっるい人間にはそもそも使えないはずなんだけどね? ナノマシンが血中で勝手に自己増殖と分裂をして一定の数になるように設定されてるんだけど、それで男女のつがいで子供が出来たら血を分けるわけだから、必然的に子もナノマシンが血中に導入された子供になるわけさ。そのナノマシンが、胎児の時から脳にある改造を施す。それが赤ん坊や子供、思春期から社会人になるまでずっと続いてくんだ。そうすると、脳に特殊な能力が備わるようになる。言ってしまえば願望を具現化する能力を個人に与えてるようなもので、それが連中の言う”魔法”って奴なんだと思うんだけどね。けど、あの時代はもっと好きな事が出来てたはずなのに、指導者がいなくなって散り散りになったと思ったら、適正だとか魔法使いとしてのランクだとか、結局人は人なんだな~って思っちゃうよね」


 ペラペラと喋りながらも、よくもまあ食べる事が出来るものだ。

 井の中の蛙だとか、図書館の大賢者と言った所だろう。

 知識はあるけど経験が無い、知ってはいるけど体験した事が無い。

 ……しかも、その大半が他者の記憶というか脳みそから来てるものだし。


「でさでさ、仕事どうするの? 僕はもうヤだよ? 簿記だとか倉庫の員数点検とかそういったお仕事は。そもそも教育が行き届いてない連中が買い物に来ると値切ろうとしてくるし、見下してくるしでもうヤなんですけど」

「けど、頭が良いから肉体労働はしないで良いと言う未来が開けたわけだ。良かったな」

「え~? 働かないで生きていけたらそれが一番だし、最悪飲み食いしないでも生きていけるんだから別に良いのに」

「馬鹿。世の中金、物々交換をしないと何も手に入らないんだぞ? お前はどこから無限の資財を持ってくるつもりだ? 研究とやらも元手が無けりゃ出来ないだろ。王城にでも潜り込めるようになりゃ金は使いたい放題だろ。そこで研究すりゃ良いさ」

「ま、そうだね。あ~、それにしても料理ってのは美味しいねえ。調理や料理と言うのは化学式と同じで、加えたり変化させたりするだけの認識だったけど。本当に素晴らしいね、マジで。酸味と酸は違うんだねえ……」

「酸を口にしたら大半の生き物は死んでるっての」


 マクスウェルの食事は早い上に短い。

 さっき来たはずの食事は即座に腹の中に消えうせ、美味しかったと満足げである。


「それじゃ、僕は部屋にいるよ。それと、新しいノート頂戴」

「今朝あげたばかりだろ?」

「そうだけどさ。魔石とか魔物とか見た事も無いものが沢山あるんだもん。分析したりしてたら直ぐに一冊なんて使い切っちゃうよ。それと、後でまた採血させてよ。この世界の人々の血と何がどう違うのか調べたいからさ」

「アルコールたっぷりでもいいのなら」

「んじゃ、待ってるよ!」


 マスクウェルは部屋に戻っていき、後に残される俺は一人になる。

 酒を飲んで一人に戻ると、恐怖が世界を侵食する。

 歓談や雑談が全て俺への誹謗中傷に聞こえてきて、こちらを見てもいない連中がこちらを見ているように見えてくる。

 室内なのにずっと耳鳴りがして、風が吹きすさんでいるような錯覚すらしている。

 酒を見ていると、徐々に酒以外の周囲から光が消えいていってスポットライトに照らされているような気さえした。


 けど、仕方の無い事だ。

 この前やってきた連中を俺は縊殺してしまい、その事でも三度に渡って話をする羽目になった。

 語りたくも無い事を語らされ、正当防衛が認められはしたもののあそこにはいられなくなった。

 トウカはどこかよそよそしい、プリドゥエンは以前のように話しかけてくれやしない。

 マスクウェルは喧しいし、徹底して居場所が無かった。


 ただ、酒を飲んでいると良い事もある。

 果実の毒が抜けても、あの時に見ていた幸せな夢を思い出せるからだ。

 酒に酔って瞼を閉じているときだけ、周囲の幻聴が攻撃的なものではなく友好的なものに聞こえるから。

 

 ── ハッハッハ! 良い飲みっぷりだ。グリム、もっと注いでやれ! ──

 ── ん。わかった ──


 アルバートと、グリムだな? この声は。

 お前らとの飲み会は楽しかったよな。

 ミラノに良い顔はされなかったけど、男同士の無遠慮な時間と酒の場は俺に取っちゃありがたかった。

 グリムも酌をしてくれるのは良いんだけど、徐々に匂いで酔っていって最後には酔い潰れちゃうんだよな。

 感情も表情も良く分からない子だけど、寝ていると普通に女の子っぽく見えるからそれでアルバートにもからかわれたよな。


 ── あ~、また飲んで~! 大丈夫なの? ベッドまで歩ける? ──

 ── あまり無理をしないでくださいね? 楽しいのは分かりますが、程々が一番です ──


 これは……カティアとアリアか。

 酒を飲んで帰ると、しょっちゅう遭遇するのはこの二人だったっけ?

 カティアは支えてくれて、大丈夫だって言っても聞いちゃくれない。

 それでも水をくれるだけでも嬉しかったよな……。

 アリアも強くは言わないけど余り酒を飲み過ぎないでって言ってたっけ。

 アルバートが酔って来ると騒ぎ出すからその懸念は正解だと思う。

 ただ、俺はそこまで弱くないのだけど、心配して貰えるだけでも気分が良い。


 ── ヤクモ様。そのように寝てはお身体を冷やしてしまいます。さあ、ちゃんと寝床に入ってください ──


 これはマーガレット。

 俺に惚れたという、可哀想な子だ。

 貴族らしからぬ知識と技術に長けていて、薬草や裁縫等と言った家庭的な面で優れている。

 顔色や状況に応じたハーブティーを出してくれて、二日酔いから胃の不具合にまで良くしてくれた。

 ただ……今やもう関係ない。


 ── アンタ、また飲んで……仕方ないなあ ──


 そして、ミラノ……。

 妄想の世界では俺を好いてくれた、実際にはそんな事は無い元主人。

 ありえない妄想だった、酷い……毒だった。

 けれども、そう思いたいくらい彼女は何度か友好的であってくれた。

 今となっては、あのまま果実の毒で幸せな夢に飲まれた方が良かったのではと思いたくなるくらいに……生きているのが辛い。


 目を閉じれば皆がいるのに、目を開けばそんな事は無い。

 けれども、夢におぼれるには耽美過ぎた。

 自殺するには希望を感じさせ過ぎた。

 だから……生きたくなくても、生きている。

 

「コホンコホン! あ~、あ~! 聞こえますか~!!!」


 目を開くと、目の前で何度も指を鳴らされていた。

 何だろうとその手を辿ると、夢で見た少女がそこにいる。

 夢の中ではテレサ・ブラボーラを名乗った……他世界の女神だ。

 ただ、身なりは大分違う。

 

「誰だ?」

「組合から来たの。選別者をやってて、キミを監視しに来たの」

「監視、監視ね……」

「組合はキミの言い分を信じたけど、信用や信頼を損ねてるの。ならず者に仕事を任せる訳には行かないし、それらを含めて全部調査士に来たって訳」

「調べても……たぶん多くは理解できないと思うぞ。今日だって──ヒック──仕事の邪魔だから帰れって言われた所さ」

「そのようね。……隣、座っても?」

「どうぞご自由に。とはいっても、酒を飲むだけで……大して面白くないだろうがね」


 彼女は椅子に座ろうとして、尻の高さよりも高い椅子に苦労している。

 ようやく座った彼女は、輝くカードを見せる。


「紹介が遅れたわね。私はテレジア。テレジア・ブラボウル。それと、こちらが指令書ね。テレジア・ブラボウル選定官は、ダイチとその一行に同行して素行や相手の人間性、人格等を調べて報告する任に当たること。これを拒否及び抵抗した場合、最低半年の組合員としての活動資格の凍結と、これまでの活動を全てを白紙にされ等級を最低一つ、最大三つまで落とす事とする」

「俺は……拒否も抵抗もしないさ。好きなだけ調べ上げて、好きに報告してくれ。俺は事実しか話してないし、それで組合が何かしら思う所があっても仕方がないと思ってる」

「それと……キミには詐称の嫌疑もある」

「詐称? なんの」

「学園都市、って言えばわかる?」


 数秒、言葉を呑んだ。

 だが、学園から勝手に逃亡したのは俺だ。

 それに、あんな事件を起こした後で情報が方々へ散ったのなら、あそこらへんで「あれ、こいつ……?」と反応される可能性もあったわけだ。

 

「それに関しては、謝罪する。けど……名前を偽ってるんじゃない、全て捨ててきた。だから名前も無くなって……新たに、自分でつけた」

「仮申請時とあわないようだけど」

「あの時……事情があって、誘拐されてた子を連れて逃げるには身分を偽らなきゃいけなかったんだ。冒険者を偽って包囲網を抜け出した時に作ったものだから、幾らか前後してるけど。まあ、結局その時につけた名前を……今は、名乗ってる」


 相手が俺を探るように見ている感覚だけが張り付いた。

 粘つくその視線はとても不快だが、そうされても仕方が無い。

 無意識下で、俺は襲撃者を全て殺してしまった。

 しかも一週間以上遅れて戻ったので、実は何かしたのではないだろうかと疑われても仕方が無い。

 それに、プリドゥエンが姿を変えて傍にいる事や、マスクウェルがいる事も踏まえて怪しまれる要素しかない。

 

 それでも何とかなったのは、相手の方が信用されていなかったというだけに過ぎなかった。

 新人イビリや圧力、意図的なバッティングと仕事の掠め取りなどと色々と余罪があったらしい。

 気に入らない相手への暴力や、婦女子への暴行もあったというので救われない。


「ちなみに、同行するって……けっこう荒事だとか、野営だの登攀だのと色々あるけど。事務作業のお方に勤まります? 後で振り返ったら魔物に殺されてたとか、崖から滑り落ちてたとか、それでこちらに落ち度があるとか言われるのはやだぞ?」

「ご心配なく。私はこれでも多少の荒事には慣れてるの。選定官ってのは、事務作業よりもこうやって出張する事の方が多いお仕事だから。……それで、部屋はどこ?」

「まさか、今この瞬間から同行するつもり?」

「そうだけど、何か不都合でも?」

「いや~、その服を見て宿で寝泊りするのを賢い選択だとは思えないよな……」


 アーニャのような修道女の服装ではないが、戦闘用宗教服といった感じがする。

 それが荒事に向けた服装なのだろうと理解は出来るが、見栄えが良すぎるのが問題だ。

 

「何か問題でも?」

「俺は……話を聞いてるだろ? トウカの事。俺に新しいトラウマを刻み込む気か? 宿の鍵って、あるようで無いもんだぞ? 刃物を扉の隙間に差し込んで少し弄るだけで空いてしまうくらいガバガバなセキュリティーをしてる。守ってやれる自信が無い」

「大丈夫よ。私、こう見えても魔法の技術もあるんだから。相手が英雄であっても扉を封印して見せるわ」

「──わかった。ただし、今回は自分で宿の主人と話をしてきてくれ。それと、可能な限り融通や配慮はするが、出来る限りの自己防護はして欲しい」

「やった! 話が早くて助かるわ。ゴネられるかと思って、ずいぶん冷や冷やした」

「そういう場合も多いと?」

「逆切れされる、暴力に訴え出す、逃げ出す。ただ暴れるだけなら良いけど、キミの場合魔法も使えるでしょ? なら、警戒はしてもし過ぎるって事はないし、魔法が使えるって事は建物ごと吹き飛ばして逃げるって可能性もあったからね」


 そういうものかと納得していると、彼女は「それじゃ、かいさ~ん!」と叫び声をあげる。

 すると、周囲で席についていた客の半数以上が立ち上がると、宿を出て行った。


「用意周到っすね……」

「そう? けど、聞いてる話だともっと居ても良かったと思ってるけど」

「もっと、ね」

「そうでしょう? 英雄さん」

「今のは聞かなかった事にする。仕方がないと言い訳をしても、一方的に殺戮を繰り広げて、守るべき相手も守れなくて、ただ道化師を演じて馬鹿を晒していただけだ。俺の目論見とはまったく違う方向に着地して、いいように利用されて……。そんな奴を英雄だとは、到底言えないだろ」


 何も出来なかったし、何も残せなかった。

 結局、自分勝手な理由で多くの事柄に首を突っ込んでは、道理の通らない主張で他者をぶん殴ってきただけだった。


「……俺はまだ飲んでるけど、荷物は?」

「ここにあるけど?」

「──気付かなかったな」

「良い女の条件はね、何事も直ぐに済ませられる人のことを言うのよ。仕事もね。それじゃあ、行って来るわ」


 ボウラ……。

 言い辛いな、テレサでいいか。

 テレサが宿の主人の所に向かっていき、やり取りをしている。

 そして金を出すと話が通ったのか、喜色を見せていた。

 二階へと上がって行き部屋に入っていく。

 暫くは出てこないだろう、マスクウェルとのやり取りもある。


「悪い、お代わり」


 酒のお代わりを頼み、また時間を潰す。

 素っ頓狂な声が聞こえてきて、俺もどうしようかなと頭を悩ませる。

 あの地下施設に関しては再び封鎖したので無かった事になっているし、だからといってあいつの存在をどう説明したものか本当に困る。

 だが、面倒なのはもうはやいつもの事だ。

 また俺は家に引きこもっていた五年間のように、酒に沈んでいる。

 

「ちょちょちょっと、おっさん!」

「おっさんいうな……」

「監視がつくとか聞いてないんだけど!」

「俺も今知った。断ったら仕事無しだ、人生が詰む。お前は飲まず食わずは平気だろうけど、俺とトウカは間違いなく死ぬ」

「──亜空収容があるじゃん!」

「それでも、仕事はしなきゃいけないんだよ。何かしら……。金は沢山あっても無尽蔵じゃない。それに、普段どれくらいの金額を使うかも把握しなきゃいけない。それに……」

「それに?」

「せせこましく生きているふりをしないと、金持ちだと思った連中に目をつけられる。お前が思うより、世界は裕福じゃない」


 学園を出てから、それが余計に身にしみる。

 特別階級だらけの学園と、その生徒のこぼす金に幾らか依存して集まった連中で作られた都市。

 しかし、学園を出てユニオン国経由で北上をしてきたが、その差が大きいとは思っていなかった。

 五十歳であっても人々は仕事をしなきゃいけない、それがたとえ情婦であろうともそうだ。

 農家は一生モノだと分かってはいても、六十を超えた爺さんでも屈強な肉体で農作業をする。

 組合……ギルドなどはさらに酷い。

 下からは十代が金に困って飛び込んできて、六十を超えても装備に身を包んだ戦士として働いている。

 敵は魔物だけじゃない、人間もだった。


「魔物の被害で孤児院が多いし、治安が低い離れでは食い詰めた連中が賊をやってたりもする。ギルドじゃ学識の低い奴も仕事をするから依頼とはまったく違う事をする奴も珍しくはないし、ランク制だから一生働かなきゃやっていけない奴もいる。何の後ろ盾もない今は、それらしく生活しなきゃダメだ。俺は……またあんな出来事は御免だ」

「分かったよ……。けど、ベッドが足りないんだよね。僕は床で寝たくないよ?」

「どうせ眠れないんだ。俺が椅子で良い」


 そう答えると、マスクウェルは「そう? ならいっか!」といって二階に戻っていった。

 暫く酒に溺れていると、トウカとプリドゥエンが戻ってくる。

 どうやら冬だからと森から出てこようとしていたボアとその巣は破壊できたようだ。


「お帰り~。先にはじめてるぞ~」

「うわっ、くっさ! ダイちゃん飲み過ぎじゃないかな~?」

「ご主人様、飲みすぎです」


 二人に怒られてしまう。

 だが、今となってはこれが気持ち良い。

 マゾというわけじゃなく、駄目な自分がダメである事を自覚させられるから良いのだ。

 そう……失敗に失敗を重ねて、本来の自分に戻っていくこの行為が。


「そうだ、お客さんが来てる」

「お客?」

「組合からの監視役だと。これから暫く同行して素行調査だとかをするらしい。問題を起こしたし、拒否や抵抗をしたら向こう半年は仕事も貰えなくなる」

「うわ、厄介だね……」

「その方は、今どちらに?」

「部屋でマスクウェルと一緒だよ。たぶん……色々聞き取り調査でもしてるんじゃないかな。やましい事はないし……トウカも、何も隠さないで良いからな?」

「──なにも、隠す事なんかないよ。そもそもあんな離れた場所に誘わなければダイちゃんだっておかしくならずに済んだし、そもそも追いかけられたりもしなかったもん」


 トウカは、優し過ぎる。

 もっと辛い目にあった事があるからと、自分から誘った事だからと俺を責めたりはしない。

 そのせいでお互いの関係が上手くいっていない。

 責めてくれた方が良い、責めてくれた方が気楽なのに……仕事を失敗しても、何も言わないんだ。

 優しさが、辛かった。




 ~ ☆ ~


「で、こういう仕事ばっかりしてるんだ」

「まあな」


 トウカとプリドゥエンが仕事をするのはもっぱら日中だった。

 そして、俺はというと夕方からの仕事が多い。

 内容は警邏である。

 松明を掲げながら、まだ幾らかアルコールの残った頭で村を散策する。

 冬に魔物の活動は落ち着くとはいっても、冬だからこそ活発になる魔物だっている。

 さらには、動物や人為的なものもあり、こういった治安活動は安い上にあぶれはしない。


「で、なにやってるの?」

「地図を見ながら柵の耐久度とか、傷がつけられてないか、足跡とかないか確認してるの。皆が日中頑張ってるのに、一番安らいでる睡眠中に不埒な真似をされたら可哀想だろ? それが心無い人間か、魔物なのか動物なのかは別にしても。おっと、足跡と柵の破損を確認っと。これは……兎かな? 簡単に修理だけしておくか」


 ミニドリルと板、ドリルネジで進入経路を塞いで置く。

 ついでに畑の持ち主のところに寄って畑の状態を確認して貰い、何があったのか報告もしておく。


「お~い、おっちゃん? こんなとこで寝てると風邪引くぞ~?」

「ん~? なんだ、お前……」

「組合で警邏してる者だけど。ここで寝てたら寒いだろ。家は? 歩ける?」

「……歩けねえ」

「遠いのか?」

「いや。二件先だ」

「んじゃ、肩貸してやるから家に戻って、体冷やさないようにして寝とけよ~」


 酔っ払いも居るには居る。

 今回はどうやら帰る前に酒で温まって眠くなってしまったようだ。

 肩を貸して家まで送ると、奥さんが怒っていて、俺は感謝された。


「へい、ちょい待ち。明かりを持たずにこの時間帯に行動するのは禁止されてるぞ」

「いいい、いや。その……」

「まあ落ち着けって。事情があるのなら先に言ってくれ。衛兵のように逮捕権はないし、忘れたのなら家まで送ってくぞ」

「狩りをしてたんだ。その途中で松明を落っことしてしまって……。肉屋に獲物を渡したんだけど、遅くなってしまったんだ」

「そういう時もあるさ。ついてなかったな。家まで送ってくけど、次に外で見かけたら庇えないからな? 衛兵も寒さでぴりぴりしてるし、中には交代で酒を入れてるから話が通じない場合もある」

「あぁ、ありがたい……」


 狩りから帰ったとされる青年を家にまで送り届ける。

 そんな事をやっていると時間は徐々に過ぎていく。


「てか、お子様は寝る時間だろ。眠たくないのか?」

「私は子供じゃないけど? ちゃんと成人してるし、睡眠時間が短いからって倒れるほどヤワじゃないの」

「ふ~ん……」

「あ、信じてないな? 組員に対する無礼で減点してやろ」

「それは横暴だろ!?」

「二度と子ども扱いしないのなら、取り下げても良いけど」

「しないよ、しません」

「宜しい」


 そう言いながらも、彼女は色々と個人的に書き連ねているようであった。


「キミの今回の依頼の内容は巡回、見回りだけの筈だけど。何で余計な事してるの? それも報酬には絡まないような事」

「仕事のついでで出来る事をしたって別にバチはあたらないだろ? 畑が守られて、風邪を引かずに済んで、衛兵にしょっ引かれずに済んで損をする奴は誰も居ない。仕事に支障は出ないし、新しい情報のおかげで組合も市民も助かる。それに、こういうことで見過ごしたら気分が悪いだろ?」

「ふ~ん……」

「なあに、仕事なんて見合った事をしてれば良いんだよ。たとえ時間が少しかかっても、質の高い仕事をした方がお互いの為になる。時間も信用も信頼も金じゃ買えないからな」


 地図への記入と事柄を記載していく。

 自分なりに村のポイントを抑えて、死角になり易かったり人目が及ばない場所も記載。

 犯罪抑止だけじゃなく、それが魔物などの侵入時に被害を最小限に抑える為に役立つ。


「けど、キミの明日の仕事って……」

「水路の点検と木炭運びだな」

「やっすい仕事……」

「誰かがやる必要があるんだ、仕方ないだろ? それに、木炭は宿に運び込むから酒が出る。酒を飲んでから寝ると良い気分だしな」

「だめだこりゃ」


 そう言いながらも、彼女は翌日の作業完了の報告時に悪い事は言わなかった。

 ただ、それで何かが変わるわけじゃない。

 木炭で真っ黒になろうが、冬の冷たい水や泥に塗れることに変化もない。

 それでもだ……。

 次の路銀を稼ぐまでの滞在で、そこでの評判だけは少しずつ変わっていくのは感じた。

 人の嫌がることを進んでやりましょうとはよく言ったものだ。

 だが……惜しまれた所で、罪の意識が晴れるような事はなかった。

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