151話
── ??? ──
幸せ、でいいのだろうか。
そんな疑念が、徐々に深く広がっていく。
麻薬のように俺を支配していた”幸福”は、有り得たかも知れないお話を見せれば見せるほどに現実と乖離しだす。
そうあって欲しかったという願望が、嫌でも目の前の光景を否定するのだ。
恵まれれば恵まれるほどに、満たされれば満たされるほどに飢餓していく。
手に入れた実感が無いのに手に入れたところで、そんなものは認識できない。
満たされた実感が無いのに満たされたところで、空いている穴から全てが毀れだす。
……怒りだけが、俺の原動力だった。
こうならなかった事への怒り、こうできなかった事への怒り。
周囲への期待と失望、己への自殺したいほどの絶望と唾棄。
それでも諦められないから前へ進んだ、それでも諦めるにはこの怒りという感情だけが渦巻きすぎていた。
正しさが踏み躙られる事への怒り、間違いが正されない事への怒り、自分にとって都合のいい真実を作り出して現実を直視しない事への怒り、変化を素晴らしい事だと言いながら逃避する事への怒り。
周囲に向けていたものが、その実全て俺自身に向けられた憤怒でしかない。
家を出れば違うのに、仕事を探せば違うのに、誰かと関われば違うのに、停滞から抜け出せば違うのに……それを一切しなかった自分へ。
順応するように幸せな夢と混ざり合っていた意識が、それを受け入れられないという個人的な感情のみによって剥離し、分離し、乖離し、意識を取り戻しつつあった。
幸せな夢のみで満たされていた思考が、否定で一気に砕けつつあった。
── 夢 ──
冬休みに入り、ミラノたちもまた帰省する事になった。
公爵に率いられて戻った屋敷は、冬化粧で大分違うものに見える。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「ただいま、ザカリアス。留守中に特に問題は無かったかな?」
「辺境伯からの手紙が一枚届いた以外は、なんらお変わりありません。組合からの魔物の活動状況の報告や、狩人から動物の、その他年を終える前の報告が来ているくらいで御座います」
「そうか。また一月程度だが、忙しくなるぞ」
「心得ておりますとも」
前回の来訪時はクラインを演じていた偽りの到達であった。
しかし、今回はヤクモとしての来訪であり、プリドゥエンやカティアを引きつれなんら偽ることなくやって来ている。
クラインが馬車から降りて「ん~、やっと着いた!」と伸びをしている。
その脇をミラノとアリアが通り抜けるが、二人は同じような事はしない。
……これが意識の差なのかもしれないが、俺も体が凝ったのを解そうとしたので人のことをいえなかった。
メイド等が荷物を運び出す中、ザカリアスが尋ねてくる。
「あぁ、ヤクモ様。お荷物は……どちらでしょう? まさか、身に着けているものが全てですか?」
「いや……荷物は潰して持ってきてるから、これだけ」
そういって俺は背負ったバッグを叩く。
実際にはバッグの中には幾らかの私服と本しか入っておらず、メインはストレージである。
ただ、何も持っていないとそれはそれでミラノに恥をかかせかねないので、厚遇されているかのように振舞わねばならない。
「では、お預かりいたします」
「あぁ、大丈夫。この中に装備やその整備道具も一緒に入ってるんだ。重くないし、部屋まで案内してくれればそれで良いから」
「畏まりました」
案内される部屋は、以前とほぼほぼ変わらない。
学園の居住室も大分生徒にはあるまじき豪華さではあったが、やはり本場の貴族の家にかかれば足元にも及ばないようだ。
部屋は倍以上広いし、歴史を感じさせる石材や木材の床ではなく、大理石のようなものを研磨したものだ。
ザカリアスに感謝しながら退室したのを見送ると、机の上にバッグを置いてからそれらしく荷物をストレージからも展開する。
それから、ユニオン国との戦闘でくすねたまま返していない銃架を置くと、八十九小銃や六四小銃を置いて金棒と錠前で盗難防止もしておく。
最低二名、最大四名必要な銃架なら丸ごと窃盗される可能性は低い。
傍に整備道具なども置いてみて、余裕があればまた射撃訓練をしたいと思っていた。
「ぬわぁぁぁあああああん、疲れたむぉぉおおおおん……。馬車でも数日かかるとか、絶対バイク走らせた方が楽だったよチクショー……」
馬車に乗っていると、やる事といえば歓談するか景色を眺めるか眠るしかやる事が無い。
護衛が着いている事もあって余計に速度は出せず、その上雪が積もっていると足も遅いのだ。
貴族が良い馬車を使ってるなと思ったのは、その馬車には魔石を利用した暖房が内部には備わっている事。
おかげで足元から温められ、寒さとは無縁でむしろ眠る事さえ出来た。
ただ、安らぐ事が出来たかといえばそうでもない。
ロビンとマリー、ヘラも同乗していたのだから大変だ。
俺は迷うことなく公爵との馬車に同乗し、ミラノやマリーとは別になる事を選んだ。
後を考えれば命知らずな選択ではあったが、カティアを愛でながら涎をたらして寝むる道中は全てを忘れるには丁度良かった。
今回は客として来ているので、前回のように身内としての部屋ではない。
隣にはカティアも部屋を態々一室与えて貰い、俺としては頭の下がる思いだ。
「プリドゥエン、日用品を出すから使いやすい位置を指示してくれ」
『では、まずはお茶やコーヒーを飲むための機材をお出ししますか?』
「そう、だな……」
環境の構築をすれば後は自由なのだ。
ある程度好きに部屋の中に私物をばら撒くと……今度は、自分が生きているような実感がようやく得られた。
居場所を作る事に忙しかったが、ふと肩の力を抜いてみればなんて事はない。
何も無かった、居場所じゃないと肩肘を張っていたのは自分の方で、与えられた場所はそもそも近くにあったのだ。
寒々しかった部屋が、今では幾らか暖かく感じる。
それは別に雑多に散らかっているというわけではなく、生活しているという帰属意識が幾らか芽生えたからでしかない。
『しかし、先ほどの……ザカリアス、でしたか。彼の方は、なかなか──』
「何か思うところでも?」
『生前の私に良く似ているなと思っただけで御座います。しかし、私とて元執事としての意地はありますので、負けてなどいられません』
「ファイト」
『ええ』
コートハンガー等に衣類を引っ掛け、持ってきた書物を机に積み重ねる。
今回帰省した際に心理学や対人関係の本だのも買ってある。
戦闘以外の勉強も進めなければならないと考え、そのためにはまず知識の前提となる情報が必要だと判断した。
情報と情報を組み合わせていくと知識になる、知識だけを得ようとした所でそれは直ぐに忘れてしまうしぼろが出る。
ただし、これに関しては以前医者から「勉強をしすぎると、それによって思い込みが発生する可能性があるのでほどほどに」といわれた記憶がある。
中にはそういう人もいるらしく、欝も発症していた俺にはありえた懸念であった。
「屋敷の皆に挨拶するまでは悪いけど部屋の中で我慢して欲しい。理解を得られたら屋敷の近くまでは行動できるようになると思うし、メイドや執事も驚いたりしないだろ」
『そうであって欲しいですね。そういえば、婦人にご挨拶されるのでしたっけ? であれば、準備をして幾らか身だしなみを整えた方が宜しいかと』
「いいアドバイスだ、助かる。それに関してはさっきのザカリアスが声をかけてくれるから、準備をして部屋で待機してよう」
『では、お部屋を整えておきます』
まあ、着替えるといってもストレージから装備欄をドラッグして被せればアイザック・クラークも驚きなお着替えが完了である。
一昔前で言えば放課後かすたむたいむ的に、装飾品なども好きに付け替えできるあたり利便性は高い。
「さぁ、って……と。一眠りしようかな」
『挨拶されるのでは?』
「Very good Mr.Watson《良い着眼だ、ワトスン》。ただ、必要な時に求められた状態になっていれば良いのだから、必要な準備と事前に必要とされる最小限の準備の両方をこなせれば、眠ろうがハイになろうが良いんだと思うのだよ」
『一週間休まれてから、ずいぶんと陽気になられましたね。まさかドラッグでも?』
「俺には何が麻薬でどれがドラッグなのか分からないけど、盛られない限りは自ら摂取しないっての」
『それだと、薬草だと思って煎じて貼り付けたものが実は麻薬だったとしても気づけないのでは?』
「……あとで薬草や医学書が無いか聞いてこよう」
『その方が宜しいかと。しかし、私が居る限りはそのような事は万が一つにも起き得ませんが』
「なんでよ」
『カンニングしてますので』
一瞬ほうけてしまったが、それがジョークだと気づくには数秒かかってしまった。
「”カミング・アウト”されても困るわ」
『あぁ、良かった。頭に血は巡っているようですね。それはそうと、もし射撃訓練等を行なうのでしたら、せっかく持ち出した武器等も試されてはいかがでしょう? ご主人様の身体能力でしたら、若干苦労はしますが.50cal拳銃や14.5mmアサルトライフルなどもありますし。サイレントジャマーやテルミット等もありますから』
「Russian OVERKILLやってるんじゃないんだぞ? まあ、学園と違って少し離れれば気兼ねなく撃てるのがこの世界の良い所だ」
『空に向けて撃つ事は無いように願います。空に向けて撃った銃弾が数キロ先で落下して人死にを出した事件は少なくありませんから』
「ういうい」
装備の拡張と更新が出来るのだが、そちらもまた知識と認識、技術が足りない。
ドローンが単機かと思ったが、バグドローンとか言う群体の小型ドローンをエリア指定で半自動的に展開できるとかもう工兵の仕事じゃないかと思う。
それでもやるしかないのだが……。
ベッドに倒れ、眠りに着く。
何度か声がかけられるが、変な病気みたいなのを起こしているからだ。
死んでいるというか、心臓が止まっている時が多々あるらしい。
最近になって、余計にその頻度が高くなったらしいが。
ただ、プリドゥエンの使おうとする薬は依存度や副作用が無いとは言えない代物がある。
効果の望める劇薬は、それに見合う毒性も齎す者だとして拒絶した。
今の所寝ているときに仮死状態になってるだけであり、呼ばれたりすれば目覚めるのだからそれで良いだろうという楽観視でもある。
暫くしてお呼びがかかり、カティアとプリドゥエンを引き連れて公爵夫人の部屋にまで訪れた。
そこには、ユリアやオルバのように身内……しかも、母親に似ている公爵夫人が居た。
違いがあるとすれば、以前よりも元気になった事だろう。
前は細くて折れそうだった手首や腕も今では幾らか太くなり、やつれていた形跡を残しつつも健康さが回復している。
「御機嫌よう、公爵夫人。今回は正面からの来訪と、快く迎え入れてくれた事を心から感謝しております。以前に比べ顔色が良くなられたご様子で、その事を嬉しく思います」
「御機嫌よう、小さな騎士さま。色々とまたあったようで、貴方の献身と助力には心から感謝してるのよ? 二人だけじゃなく、帰ってきたばかりのあの子まで巻き込まれてしまって、気が気じゃなかったの。何かあったらと思うと、貴方がしてくれた事には言葉では言い尽くせないほどなの。本当に有難う」
「お顔をおあげください、公爵夫人。私は自分に出来る事を成しただけです。それに、英霊の方々が助力頂いたからこそ掴めた勝利であり、自分如きがたとえ四肢捥がれ首のみで最後に敵の首筋へ噛み付こうとも彼の方々のお力が無ければ成し得なかったでしょう。そのお言葉だけでも救われた思いがします。これからも思い上がる事無く、よりいっそうの鍛錬と忠勤をしたいと思っております」
よくもまあベラベラとここまで軽々しい言葉が吐けるものだなと思ったが、必要な社交儀礼だ。
礼節や弁えというものは処世術の一つであり、味方を作り敵を作らないためのものである。
タダでさえ成り上がり過ぎているのだから、そろそろ公爵家内部からも不穏分子が現れると思われる。
アークリアというメイド長が公爵夫人の近くに控えている事が多いので、少しの誤魔化しも利かない。
「それで、改めてご挨拶させたいというのがそちらのお二人かしら?」
「はい、その通りです。以前は偽ったままで御座いましたが、改めて私の使い魔をしているカティアと、神聖フランツ帝国を来訪した際に遺跡の一つで新たに傍仕えする事になったプリドゥエンと言います。かつての旧世界の忘れられた存在であり、見た目こそは魔物の機械人形と相違無いかも知れませんが中身はれっきとした人間です」
「改めまして、よろしくお願いいたしますわオリヴィア様」
カティアがミラノやアリアに教わったであろう礼儀作法を踏まえてしっかりと挨拶をしてくれる。
そして、彼女と同じように後ろに控えていたプリドゥエンも半歩踏み出すように前へ出る。
『お初にお目にかかります、オリヴィア様。ご紹介に預かりましたプリドゥエンと申します。この様相では傅く事も頭を垂れる事も叶いませんが、言葉によって貴方様へのご挨拶とさせてください』
「あらあら、珍しいお友達ね。足も手も無い方にそのような事は言いませんよ。貴方もまた客人として歓迎します。丁寧な挨拶をどうもありがとう」
『いえいえ、こちらこそ歓迎して頂き有難う御座います。あまり誤解や不幸な事故が無いように致しますので、滞在中は宜しくお願いいたします』
「ええ、こちらこそ」
プリドゥエンの挨拶も終わり、二人を下がらせる。
カティアはミラノやアリアの手伝いをしに行き、プリドゥエンは部屋で荷解きという名の待機を行なう事に。
恭しく礼をした二人が退出したのを見てから、彼女が「近くに」と言った。
一瞬アークリアを見てしまったが、彼女は俺を直視したりせずに目を幾らか伏せて置物のようになっていた。
「……重ねて言わせて頂戴、有難う」
「いえ、自分に出来る事をしただけです」
「その為に片腕と片足を負傷したと聞きました。その歩き方と腕の動かし方、まだ痛むのでしょう?」
「──参りましたね。公爵夫人にはお見通しなようで。しかし、これはマリー様を庇った際に受けた傷が元です。英霊の方々や兵士の方々、ましてや学園に居る生徒に被害が生じなかったのですから、名誉の負傷というものです」
「名誉の負傷と言うのは、詭弁ですよ。帰りを待つ婦人からしてみれば、愛した良人が立派な大大義の為とはいえ負傷したら心を痛めるものです。ましてや、貴方はクラインに似た……一時とはいえ、息子だったのですから。たとえ血を別けず、腹を痛めずとも心苦しいものですよ」
「──……、」
「けど、その事で貴方を責めるつもりはありません。ただ、貴方が自分を何かに投じる前に少しでも良いから私の事を思い出して頂戴。貴方が傷つき、倒れ、苦しんでいると知ったら悲しんでくれる人のことを。私は貴方の事を多くは知らないけれども、息子と同じように扱って大事にしてあげたいと思う位には信じているの。本当よ? それで、少しでも貴方が救われるのなら良いのだけれど」
「……公爵夫人。そこまで想って頂き、恐悦至極に存じます。そこまで言って頂けるのであれば、この無知蒙昧で若輩の行なった事にも意味があると言うものです」
「本当よ? 本当……」
公爵夫人の手が、俺の頬に触れる。
そしてワナワナと震える唇と、何とか気丈に振舞おうとしながらも泣きそうになっている顔を見てしまう。
その仕草と行いが、母親を連想させた。
「どうしたら貴方に届くのか分からないけれども……」
「いえ、有難う御座います公爵夫人。ただ、難しい問題なのです。それでも最近は、自分の身体や自分の命ですら惜しんで嘆いてくれる人が増えてきて、まだ……受け入れられてないだけなのです」
「そう?」
「はい。公爵並びご子息やご息女等も、私の行いではなく負傷や無謀な行いを窘めてくれます。ヴァレリオ家の三男も同じように言って頂けたので……その、戸惑ってばかりです。それに──勘違いしていたので恥ずかしいのですが、主人である彼女に纏わる話でも……まだ、困惑しています」
「その話は聞いてます。あの子は……貴方と同じように自分の存在が不確かな中、よくやってくれました。アリアを名乗っているあの子も回復しました、もうあの子に重荷を背負わせる必要は無いの」
「だからって、同じように背景が無い男にお与えになられますか? もう少し、将来性や安定した生活を与えてくれそうな方が居るのでは?」
「あの子が望んだ事です」
「……自分を選んだと?」
「少なくとも、学園に居るような方々や、私や良人の知る中に……彼女の事を理解して、それでも変わらずに接してくれる人は居ないでしょう。愛無き誕生、神に祝福された出生、両親の血を別けられた訳ではない実情。両親、教義、事実に見放されたあの子を何の偏見もなく大事にしてあげられるのも、秘密にしてくれるのも貴方だけでしょう」
……なる、ほど。
そうか、秘密ってそんなに重かったのか。
現代人である俺からしてみれば、祝福を受けようが関係ないし、相互に良い関係を築けているのであれば血の繋がりが無くとも良いとは思っていたが──。
神に祝福された英雄の血を継いでいるという観点からも、男女の育みの結果生まれるという事実も……”当たり前”なのだ。
そういう意味では、公爵が継承問題で戦争をしたのも一種の幸いだったのだろう。
荒廃や混乱からの復活、人手不足の最中での誕生。
アリアが身体を弱めていた事実が、病弱ゆえに表に出せないという事に出来たのも都合が良かったのだろう。
「その事で話はしたの?」
「ええ。お互いに、歩むようにゆっくりと。恋も何も分からないけれど、答えがお互いに見つかるまではあまり考えなくても良いんじゃないかと言われてしまいました。それと、自分が性急に答えを出そうとしすぎている事も窘められてしまって」
「あらあら」
「ただ、お恥ずかしい話ですが自分も……男女の関係に関してはまったく疎いのです。それどころか、職務や責務、仕事上以外での対人関係というのも自信が無い有様で。もし許されるのなら、問題を先送りにするか逃げ出したいくらいには弱ってます」
「まぁっ!」
ついにはアークリアが憤慨したかのように声を上げる。
しかし、公爵夫人がクスリと笑うと彼女は咳払いをして「失礼しました」と再び黙り込む。
「良人も貴方と同じでしたよ」
「公爵が?」
「世の殿方は結論を急ぎますが、私はそうじゃなくても良いと思います。歩むようにゆっくりと、お互いを確かめ合いながら結論を出しても良いと思うのです。勿論、貴方はもててるみたいだから焦る気持ちも分かりますが。あぁ、我が子も貴方みたいになれたらいいのに」
「ご冗談を、公爵夫人。私の勇敢さは向こう見ずな無謀から来るものです。五年も意識を失っていた彼がなぜそうなったかを知っていれば、将来この家を継ぐ事も踏まえると私のような命を安売りする男の真似だけは避けねばなりません」
「ええ、分かっていますとも。ただ、娘たちだけじゃなく息子とも仲良くしてあげて頂戴ね? あの子は貴方を気に入ってるし、貴方のした事やその為に行なった事なども高く評価しているの。幼い頃は……色々あったけど、もしよければ色々教えてあげてね?」
「勿論です、公爵夫人。……それでは色々とお話をされたいかも知れませんが、ご容赦を。話しすぎてしまうよりは少し物足りないくらいが丁度良いうという考えに基づいて、そろそろお暇させて頂いても宜しいでしょうか? 前回は色々ありましたが、今回はゆっくり出来ますから。今度は一緒にご子息やご息女、お茶などを交えてお話をしたいと思います」
そういって、俺は母親に似ている公爵夫人の部屋から退出した。
後を追うようにマーガレットがやってきたので、頭を下げてお辞儀をする。
「すみません、マーガレットさん。一つ……つかぬ事をお聞きしても宜しいでしょうか」
「ええ、なんなりと」
「公爵夫人は……以前より、体調は良くなられてますか? その、あまり部外者である自分が問うべき事ではないのかもしれませんが、無理を成されたり……あるいは、病気だとか、食事などは大丈夫でしょうか?」
「ご無礼ながら、その懸念の通り失礼であるかと思われます。しかし、貴方様のご心配を晴らすとしたら『大丈夫です』とお答えしましょう。貴方様が色々と尽力してくれてから、部屋をお出になられるくらいには回復しましたし、今では裁縫や奥様の大事になされている花のお世話も出来るようになりましたから」
「──有難う御座います。それと、お忙しいところ引き止めてしまい、失礼しました」
「いえ、お役に立てたのなら光栄です」
彼女もまた一礼すると、静々と去っていく。
慌しさは見せず、優雅さを見せているとも思えた。
部屋に戻ろうとすると公爵がいて、丁度部屋に入ろうとしている所であった。
「あぁ、妻に挨拶をしていたのか。危うく入れ違うところだったね」
「失礼、公爵。公爵夫人への挨拶から戻った所です。何か御用でしょうか?」
「部屋に入って間もないだろうが、入用なものが無いかどうかを聞いておこうと思ってね」
「……それが、用件ですか?」
「なにか問題でも?」
「いえ、その……。態々公爵殿が来るほどの事では無いでしょう? ザカリアスや女中から伝えて頂ければ済む話ですし。少し……その、不自然かなと」
「いや、間に誰かを挟むよりは直接こういった話はしておいた方がお互い気楽だろう? 少なくとも私は君に沢山の無理や責任を与えてきた、その分言いやすさはある筈だ。違うかな?」
「まあ、そう……ですね」
「それに、誰に聞かれてるか分からない状態ではその口も堅く重くなるだろうし、それなら個人的に話をした方が早いと思ってね。それに……君を呼び出すよりは、君の所に行った方が早い」
そういって公爵は室内を指差して顎をしゃくる。
ここら辺のフランクさがクラインと似ているなと思わされながらも、俺は室内へと入る。
『お帰りなさいませ、ご主人様。っと、失礼しました、公爵様。少しばかり”お掃除中”でして、散らかっているのをご容赦ください』
「いやいや、構わないさ。まだ君達は部屋に到着して間もないし、押しかけたのは私の方だからね」
『お茶でも?』
「いや、直ぐに出るからそこまでしなくて良い。言ってしまえば、息子や娘たちの所に顔を出すついでさ」
『左様で御座いますか』
プリドゥエンは荷解きという名の設置作業に戻り、公爵と二人で席に着く。
彼は少しばかり顎をなでた。
「以前に比べると……部屋が、賑やかになったね」
「それは散らかってるという意味でしょうか? それとも、そのまま受け止めれば?」
「あぁ、そのまま受け止めて貰って構わないよ。誰も居ない、あるいは誰も住んでいないような部屋のような認識が前にはあったからね。それに比べたら、君は……幾らか落ち着いてきたんじゃないかと考えてもおかしくは無い」
「確かに、そう……ですね」
「無秩序と生活感は別だよ。人は好むと好まざると生きていれば痕跡を生み出す。積もった痕跡の中から吐き出して、整理して、定着していったものが君の生活しているという雰囲気を齎すんだ。それらを感じさせないというのは、つまるところ信を置いて貰えていないという見方も出来る。それは寂しいと思わないかい?」
否定しようとして、直ぐにカティアのことを思い出した。
彼女はお小遣いを得たが為に私物を幾らか持ちつつある。
本や服飾だけではなく、ちょっとした室内でのプランターも所有しだしたとか。
ミラノはそれに関して多くは言わず、それどころかハーブによって幾らか部屋が彩られ、その香りも楽しんでいるという。
それを知っていると、否定するという事はミラノやカティアも否定しかねなかった。
「……そう、ですね。それは、失礼しました」
「いや、誤る必要は無いよ。君は立場的に曖昧で、どのような処遇になるか分からない所があったのだから、余計な物を沢山抱え込みたくないと思うのは、間違った考えではない。当初君は、かなり……”不思議な人物”だったみたいだからね。追い出されるかもしれないと危惧するのはおかしくない」
「はは、は……」
正解だったとはいえ、上を無視して独断専行や単独行動など当たり前。
役割に必要だからと訓練や勉強で独自に時間確保も当然のようにやってのける。
以前はほぼほぼ一緒だったが、今では授業がある時くらいしか一緒に居ない。
たとえ命を救ったとしても、面子や体裁というものもあるし、そもそも指揮下から勝手に逸脱しているのだからクビにされてもおかしくないのだ。
「だから、正直言って君が”五つの自由”を伝えてくれたときは幾らかほっとしたものさ。有益であっても御しきれないのは不穏分子でしかないし、行き過ぎた善意も時にはありもしない幻を君の背後に見出させてしまう」
「悪い、でしょうか?」
「いや、君の申し出たものはどれも筋が通っているし、君の武器や行動を考えるに下手な指揮をするくらいなら君に認可を与えて行動して貰った方が互いの労力は少なくて済む。息子はまだ五年前から前に進みだしたばかりで、娘たちも色々と魔法を覚えてくれてはいるようだが正直言って戦うには素直が過ぎる。ならいっその事、息子や娘たちよりも利があると思うのなら君の主張を取る方が安全だろうし、その為に三人に指図してくれた方がまだ安心できる。事実、君は娘たちとヴァレリオ家三男とヴォルフェンシュタイン家三女を兵士と同一に見て動かしたそうだし」
「はは、懐かしい……」
「もっとも、最近では若干色々ときな臭いのだけどね」
「おっと?」
「神聖フランツ帝国、それとユニオン共和国の主たる部、ユニオン国とも個人的な交流が最近見かけられる。それはちょっと、私としては遠慮して欲しいのだけどね」
「神聖フランツ帝国は懇意にしているというか、むしろヘラの関係で殺されたりしないか冷や冷やしてるんですけどね……」
ちなみにヘラは今回の休みの途中で一旦戻る予定になっている。
ガス抜きでもあり、辺に暴走されたり誤解の無いようにする為でもある。
舞踏会の時にそのように枢機卿と触れ込んでいるので、出来るだけ早いうちに叶えておきたい。
「ユニオン国に関しては、自分が色々と物資を強奪したり焼いたり、負傷させまくったり嫌がらせしまくったせいで内部がガタガタになったみたいで……。物資の返還や口利きをして幾らか教会や魔法使い含む治療関係も行なったみたいですけど、自分が実際に行くわけにはいかないですしねぇ……。その埋め合わせの一つとして、今回の件で何がまずかったかなど、論評みたいなのを少し手伝ったりしてるだけですよ」
嘘は言ってない。
半分嘘、半分本当の事柄なので追及はし辛いはずだ。
「君がそう言うのなら、信じよう。しかし、相手に痛手を負わせたとして、何をしたのかまだ聞いてなかったかな。そう言えば」
「集積した物資の焼却を一度、強奪を二度ですかね。それと、相手の進行を制限するように魔法で地形をグズグズにして歩兵の苛立ちを煽った上で、野営地にも細工をしたり、火を付けにいったり……。それと、進行途中の経路には罠と襲撃を複数回、数度は正面切って司令官叩き落しに行って、負傷者多数で不衛生な上に休めず食うものも無く、装備の量も限定させたりと色々」
「あぁ……」
「マリーに召喚魔法ではなく召喚術というのを教えて貰って、そのおかげで補足されても抜け駆けした部隊程度なら撃退できましたが……やりすぎたみたいで、上層部への不信が兵士の間で広まってしまったそうで。だから支援や物資援助等といった空手形を実際の物にするのに大分苦労しました、はは……」
強奪した物資は返せばいいが、焼いたものは返ってこない。
負傷者も学園に収容した分に関してはヘラや俺などが面倒を見たが、途中で落伍したり後送された兵士は餓えと戦いながら留まったりするしかなかった。
しかも中には傷口からの感染症や病気などを発症させてしまった者までいて、恨みまで買ってしまった。
ヘラとの個人的な交友があってよかったと思うのは、そこらへんの都合を彼女の権威で動かす事が出来たからだ。
じゃ無けりゃ裸足で逃げ出すしかない。
「そういう面では、大分ご迷惑をかけました」
「いや、彼らの軍事力を金や物で買えると言うのならそれもまた国同士の取引として有用だからね。それに、そこまで叩きのめしているのに、後から来た私が全てを掻っ攫ったり等したら彼らは恨み骨髄、君も面白くは無いだろう」
「まあ、そうですね」
「──話が長くなってしまったが、今の所必要なものは無いかな? 都合できるものなら何でも、この間話をしていた自前の家が欲しいという話で、領内の外れであれば土地が、領内であれば既存の家になるがそのまま入れるが」
「っと、忘れてました。両方今回の休みで見てもいいですか? それと、適当にお酒が飲めるのなら何でも。それと、適度に外出をさせて欲しいです。今まで部屋に篭り切りだったので、幾らか外出をして気晴らしをしないといけないですし」
「ん、認めよう。ただし、ロビンを連れて行ってくれ。万が一の事があっても、彼女なら即座に対応が出来る」
「了解」
公爵は言いたい事や確認したい事をあらかた片付けたのか、ゆっくりと立ち上がる。
確かに長い滞在ではなかったが、プリドゥエンがコーヒーマシンや湯沸かし器などを設置しているのを見てと微笑んだ。
「今回の滞在は、良き休暇になる事を祈るよ」
「有難う御座います」
公爵が去り、数秒ほど足音が遠ざかるのを確認する。
そして静寂が訪れると、即座にベッドへと大分してバウンドしながらもその柔らかさに身体を休ませる。
『また休まれるのですか?』
「何度でも休むさ。Life is Strange《人生は奇怪也》、少ししたらクラインやミラノ、マリーやヘラも飛び込んでくるに違いない。なら、今の間に出来るだけ休んでおきたいんだ」
『若人がそのような事でどうするのです? と、言いたい所ではありますが。ご主人様のお体はいまだ本調子ではないご様子。たあんと、お休みください』
「うん、そうさせて貰うよ。──けど、なんか……安心してきたんだ」
『安心、と申しますと?』
「たぶん、これが生き甲斐だとか活力って言うのかもしれないけどさ。俺は今、何が食べられるのかなって期待してる、何が出来るのかなって楽しみにしてる。何を目にするのか、何を学べるのかワクワクしてる。俺は、生きてても良いんだよな? 人生、やり直しても良いんだよな?」
『仰る事が理解できかねますが、人生とは大失敗をしない限りは幾らでもチャンスはあるものですよ。殺人、ドラッグ、犯罪、入退職の短期間での連発など。まあ、今では履歴書なんて無いようなものですがね。それに、何かしら技能があれば、ネットの無いこの”広い世界”でなら、他の土地に行けばいいのですよ』
「そっか」
『えぇ。人生は、やり直せるのですよ』
人生は、やり直せる。
その言葉を聴いて、俺は安らかに眠りに着いた。
そして目を覚ますときには誰かにたたき起こされるのだろう。
ミラノか、カティアか、マリーかは知らないが。
そしてまた喧騒に塗れた日々に埋もれて、それでも毎日が楽しいと思えるに違いない。
そう、だから……
それは、長らく続いていくんだと思う。
だから俺は幸せな夢を見る、それは遠い遠い未来の光景だ。
「まったく、信じらんない! 今日が何の日かアイツ忘れてるんじゃない!?」
夢の中で俺は扉の前に居る。
それはかつて教会で見たような、少し重そうな扉だ。
扉には『新婦控え室』と書かれている。
それはどう見ても日本語で、建物の作りも現代のものだ。
扉をノックして、遅れた事を素直に謝罪した。
扉を開けると、真っ先に飛んできたのは祝詞……と言うべきかは分からないが、誓いの言葉を上げてから彼女の指に初めて着ける筈だった指輪の入った箱だった。
脳天に直撃した箱にたたらを踏んで尻餅をつくと、その先にはミラノが居る。
「あのね、英雄さん? アンタが世界を救うのに忙しかったり、東西南北のどこかで人類の為に頑張ってきたかにケチをつけるつもりは無いの。けどね、大分前から今日だって決めたのはアンタだし、使い慣れない”ケータイデンワ”って奴で毎日連絡したのに遅れるってどういうこと!?」
滑り落ちたスマホの画面には、AIのプリドゥエンが存在し続けている。
そしてメールやLINEを含めた、”ありとあらゆる連絡手段”の中に、彼女の名がずらりと連ねられているのが分かる。
「それで、今度はどこで活躍してきたわけ? ”グンソーどの”」
アンドロイドを拾い上げ、迷彩柄の服装に滑り込ませた。
どうやら俺は、若返った事を利用して自衛隊に復帰したらしい。
年齢が三十二歳に引き上げられた事もあって、再入隊したのだろう。
言葉も無く、あるいは言葉を成さないくらいに言い訳をしたのだろう。
だが、先に折れたのは彼女だった。
「ま、仕方ないか。そんなアンタと一緒に居たいと決めたのは私だもん。それに、”ウデドケー”を見るに遅れたって言っても、十分くらいだし。その上アンタは”一時間半早めに着く”って言ったもんね」
そうなのか? そうなのだろう。
俺は……いつも”手遅れ”になる事を恐れる。
五分前の五分前行動、十分前の十分前行動。
一時間前の一時間前行動とかが当たり前で、そこに自分の損失は含まれない。
十分の遅刻か、良かったと胸を撫で下ろしていたら今度は靴が飛んできた。
メイクを手伝っていたであろう人々が、ミラノを取り押さえる。
「今が式十分前だバカ!」
嘘だろ?
そう思っていると、俺は誰かに腕を引っ張られた。
「さあさ、ヤクモさん。お色直しですよ? お色直し!」
「せっかくの式なんだから、ちゃんとしないと許さないんだからね」
そこにはアリアとカティアが居て、俺を新婦の部屋に押し込む。
そして取り立てて記憶には残らない、けれども重要には過ぎる雑談を交わした。
汗を拭き、油をぬぐう。
そして変にテカらないようにメイクされ、自衛官として過剰な飾り立てはしないように送り出される。
「”ふぁいと”、ですよ!」
「気絶したりしないでよね!」
分かってるよと、俺は二人に見送られた。
残念な話ではあるが、俺には両親が既に居ない。
だが、今日この日はその代理が居る。
「貴方たちの幸せを、私は祈ってます。何時でも、いつまでも頼って頂戴ね」
「大丈夫よ、お母さま。どうなるかだけは分からないけど、幸せになるという確信だけはあるから」
公爵夫人に祝われ、それが俺には母親に言われたかのように感じる。
今、この瞬間にでも泣いてしまいそうだった。
だが、泣かない。
まだ始まったばかりなのだ、終わりなんかじゃない。
公爵とミラノがバージンロードを歩く、俺は式場をこっそりと盗み見た。
枢機卿が取り仕切ってくれている婚姻は、まるで父親に祝福されているようでもあった。
「病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
俺は、誓いますと堅苦しく答えた。
その瞬間、プスーっと誰かが噴出すのを聞く。
あぁ、同期だ。
どうやら、全員が来てくれたらしい。
時期を誤って禿げ坊主にしてしまった鶴巻が、背丈に対してサイズの合っていないスーツを着ていてそれが笑える。
同じ問いがミラノに対しても行なわれる。
誰かの泣く声が聞こえて、それが俺の世話になっていた班長だと気づくと笑みを漏らすしかない。
かつての中隊長、定年退官した区隊長、先輩や後輩も来てくれている。
ユリアやオルバ、スグに敦なども居て……俺の大事な人が全員居る。
「誓います」
周囲を眺める事に忙しくしていた俺は、ミラノが宣言したのを聞いて意識を引き戻される。
最後にする事など決まっていて、俺は彼女に誓いのキスをするのだ。
皆の前で、誓いが偽りではないという事を証明するために。
こうして、物語の一節はハッピーエンドを迎える。
生きる目的も持たなかった俺が、誰かとともに人生を歩めるとか信じられるか?
無職だったのに、様々な幸運が絡んで今では偽りではない軍曹……二曹になれたのだ。
しかも、また現代にも戻る事も出来て、不承不承ながらもミラノも移住を受け入れてくれて。
これ以上の幸せがあるか?
俺には想像がつかない。
「これからは私と……半年後には生まれるもう一人の為に頑張ってよね。英雄さん」
そう、英雄なんだ。
何でも出来るようになったんだ、だから失敗なんかしないんだ。
失敗、なんか──。
── ホントウニ? ──
そんな声が、俺の頭に響いた。
空間に亀裂が入ると同時に、幸せの象徴だったはずのミラノや、皆が……薄れて、ノイズのように消えていく。
迷彩服は剥がれ、みすぼらしい薄汚れた私服に戻っていた。
先ほどまで幸せに溢れていた教会は、撃ち板や剥がれ掛けた塗装、破れた壁紙に落書きに塗れていた。
ただ、ミラノの居た場所に俺が嵌めた結婚指輪が虚しく転がっているだけだった。
それをゆっくりと拾い上げると、指輪の向こう側から充血した目が俺を覗き込んでいるのが見えた。
「オマエさ、本当に……自分が幸せになれると、そう信じているのか?」
な、なにを……。
「分かってるだろ? 生きたいから生きるんじゃない、幸せになりたいから幸せになるんじゃない。生きたくなくても生きるんだ、幸せになりたくても不幸になるんだ。出来たと思った矢先に失敗する、安定してきたと思ったら不安定になる。望んだ事と逆になり続けるのが”オレタチ”だろ?」
その言葉が、世界から色を奪った。
かつてマリーを救ったときのように、色が何も見えなくなる。
現実感の薄れた世界の中、ただ明暗のみで全てが彩られる。
今が、昼夜の何れかすら分からない。
「親に見て貰いたいと望んだから親に見て貰えなくなった、だろ? キョーダイ。そもそも……”親に見て貰いたいと思わなければ”両親が死ぬ事も無かったんだ。だから、分かるだろ? この夢はオマエの現実逃避だ、現実から逃れるための甘い夢なんだと分かるはずだ」
── なんで産まれてきたの? ──
── お前に何が出来るんだ? ──
かつて、一度だけ言われた両親の言葉が聞こえてくる。
分かっている、疲れていたのだろう。
出張ばかりで家に居ない父親と、不慣れな日本に来て精神的疲労がたまった母親。
その二人が家にいる中での言葉だった。
あの頃は、家は病んでいた。
だから仕方がない、両親に罪はない……。
それでも、生きているだけでいいだなんて幻想はその時点で壊れた。
生きて、努力して、誰かが求める何かになれないのであれば価値がないのだと理解できた。
そして、俺は好奇心と興味のみを優先させすぎた長男であった。
「そう、全ては自分の不出来さから始まった。あまりにも出来損ないだから親にもそんな事を言われたんだ。そんな事を言われなければ”望んだ事と裏腹の結末になる”という運命から逃れられたんだ。だから……」
だから、俺は悪い奴だ。
幸せになれない──なっちゃいけない人間だったのだ。




