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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
9章 元自衛官、夢を見る
150/182

150話

「C’est magnifiqueいいわね。日本ってヘンなニュースばっかりやってたけど、アルベルトに言われて来て良かったかも」


 ミラノに良く似た人物、マリア達にどうやら気に入られたらしい。

 俺が三人にアドバイスをしたこと、俺がツレであるアーニャとブラボーラを助けてもらった事。

 そこに”運命”という奴をマリアは見出したようだ。

 科学者なのに運命論とアルベルトも疑問視したが、一握りの運も時には重要なのだとか。


「来年からは日本で活動してみようかしら」

「そこまで気に入ってくれたのなら幸いかな」

「それじゃあ、また会いましょう」


 三日目、色々な名残惜しさを感じながらも俺たちは分かれた。

 マリアの奴、カラオケにドはまりしているようで、歌うというよりは叫んでいる事の方が多かった。

 お互いに連絡先を交換してしまい、俺はどうしたものかと悩んだ。


「いや、ごめん二人とも。なんだか巻き込んだ形になっちゃって……」

「アフターって言うんだっけ? これはこれで面白いものね。同士や好事家で集まって、その日や今回の事を話し合ったり交流したりするんでしょ?」

「まあ、そうだね。俺は……残念ながらアフターって奴は今回が初参加なので、役立たずで申し訳ない」


 そもそもソロプレイヤー《ぼっち》だったので、交流のあった絵師やイラストレイターが居てもアフターに突入した事は皆無である。

 サークル活動時代は自分を除いて成人が一人しか居なかった事もあり、共通の見解として『学生は大人しく帰れ』という事で何も無かった。


「カラオケってああいうものなんだなぁ……」

「ピカピカしてて、派手でしたね。貴方様は初体験でしたか?」

「カラオケ自体は何度か経験があるけど、カラオケ屋は初めてかな」

「お父さんの仕事の関係でカラオケはやってたんだよね~」

「まあ、そうだね」


 外務省や外交官の繋がりとして自宅に沢山の同僚や先輩後輩が来たり、そもそもそういった場所が設けられていたりした。

 金を払って歌うというのがそもそも理解できなかった部類の人間である。


「アーニャはどうだった? 三日間、通しで来てみて」

「体力を……幾らかつけようかなと」

「次は夏だしなあ……。体力というよりも必要なのは対処法かな」

「対処法?」

「熱中症、熱射病、脱水症と冬よりもやばい奴らのオンパレードだからなあ。水分の過剰摂取、電解質の不足、塩分とスポーツドリンクによる高血圧……さらに色々あるし」


 電車に乗って幾らかの同じコミケ帰りを見ながら一駅ずつ家へと近づいていく。

 代々木で降り、ブラボーラの借りているマンションにまで向かった。


「さぁ、ってと……戦利品を展開しておくから、二人の物はそれぞれ回収してよ。俺はあとで取るから」

「じゃあ、今日もよろしくお願いしますね」

「おいしいご飯待ってるよ~」


 来たときはどうしたものかと思ったが、アーニャと二人で掃除をしてみれば当たり前のように綺麗になった。

 ごみ屋敷というよりは単純に片付けるのが面倒くさいがゆえにああなったと言うだけだろう。

 これなら敷金礼金も返ってくる、それくらいには頑張った筈だ。


 台所に貼り付けた一日目からの献立を書き記したメモ帳を見る。

 油が過剰だとか、野菜や魚介類が足りないとか、カルシウムやビタミンなども出来る限り配慮する。

 女神連中が太るかどうかは分からないが、それでも体力をつけるとか言っていたのでその支えになれば良い。


「ねえ、キミ~。お酒取ってくれる~?」

「あ~い」


 俺も酒を飲もうと缶を取り出す。

 一人酒ではなくブラボーラを加えての酒である。

 持って行くと彼女もプルタブを開き「かんぱ~い」と言って缶を重ねてくれる。

 乾杯をすると、俺も大きく一口を飲んだ。


「あぁ、お疲れ! お疲れ……」

「ブラボーラさん、パソコン持ってきてもいいですか?」

「いいよ~」


 ブラボーラの許可を得ると、アーニャはパソコンを文字通り持ってくる。

 ただし、それは異世界からの召喚だとか、別次元から引っ張ってくると言う表現の方が近いだろう。

 俺たちがあの女神の間、精神世界に居る時に見た彼女のパソコンが現れた。

 以前までは安物のスピーカーを使っていたが、今では彼女も7.1chサラウンドの虜である。


「ちょっと、買ったものを楽しみたいので」

「やるなら部屋でやって。ここは共同空間だからさ」

「分かりました」


 アーニャは自分の戦利品を抱えたりストレージに幾らか収納すると、パソコンもしまって二階へと向かっていった。

 ……なあ、知ってるか?

 このスイートルームのような部屋、二階に行けば五部屋もある上にどれもがキングサイズベッドを配置された贅沢な”個人部屋”ばかりなのである。

 部屋ごとにトイレとシャワールームつき、壁には防音対策用の緩衝材がはさまれているようで『ナニをしても大丈夫』との事。

 俺も部屋を貸し与えられ、自分の好きなように幾らかセットできた。

 今回アーニャとコミケに来て良かった点と言えば、その部屋を半永久的かつ恒久的に使って良いとされた事だ。

 それは遠まわしに「また来ることもあるでしょ」と言う事であり、それを許可されたのは素直にうれしい。

 

「アーニャちゃんの写真を沢山撮りたかっただけだけど、楽しかった~。なんか色々買っちゃった」

「楽しんでもらえたようなら何よりかな。あそこには現役も普通に混じってるし、そういう人たちも本とは違うことをやったりしてて楽しいもんだよ。作家軽飯とか、なんじゃそりゃって買っちゃったし」


 なお、中の人は現役プロの作家である。

 こういうものがあるから楽しいのだ。


「相手が何であれ、良いと思ったら金を落とす。そうすることで相手の自信にも繋がるし、そもそも活動を続ける原動力になるからね。霞を食んでそれを動力源として延々と創作をし続けられる人は少ないしね」

「だからキミは全部一つずつ買うの?」

「一期一会の精神で、次があるとは思わずにその場で入手しておけば後悔もしないし相手も悪い気はしないだろう。こっちは娯楽と教育と引き換えに相手は自信と金を得る。良い取引さ」

「ふ~ん? けど、キミの趣味って──」

「ストップ、シーッ。成人向け同人に関しては申し開きはしないけど、それを公開も押し付けもしてないんだから言及するのはマナー違反だ」

「そういうもんなの?」

「テレビでよくやってるだろ? 断捨利とか、旦那の持ち物を売るとか。あれと同じで、相手を尊重出来ないのであれば友人であれ恋人であれ付き合うのは宜しくない。それが、たとえ俺の性的好奇心であってもだ」

「まあ、見てて面白いものじゃないのは同意する」


 同意してくれて良かったが、俺の内心ではだいぶドキドキしている。

 これで「ペドフィリア!」とか言い出された日には今の関係も維持出来なかった事だろう。

 まあ、そう言い出されたら「お前はペドフィリアとエフェボフィリア、ロリコンの区別がついてないな?」と言えたのだが。

 ちなみに、ペドではなくエフェボフィリアである。

 興味がないことに関してはもっとも相手を攻撃しやすい、悪いイメージを含ませやすい単語を使うのはポリコレや政治的なやり取りでも散見される手段である。

 相手を悪く言えれば、それが正しくなくても賛同者が得られるのならどうでもいい連中は少なくない。


「何で自分が理解できない物や、自分が個人的に好まない物事になると他者を攻撃するんだろうねえ? 趣味嗜好含めて、個人的な好悪はひけらかしたりせずに秘めてる場合だって有るのに、それを無視して踏み込むとか理解できないわ」

「それが『人間』って奴だからじゃない? 人が賢者だけになるというのはありえないし、たとえ知的水準や教育水準が高まったとしても『それが当たり前になる世界はありえない』って言えるけど」

「なんで?」

「ローマが滅んだから」


 どういう理屈だと思ったが、それを突いてみたら彼女は十分近くも喋り倒す。

 その知識量と知識力には太刀打ちできず、俺は途中で降参した。


「Yaya,I got it Ms.Jeffrey《はいはい、降参だよジェフリー先生》。俺の周囲は天才だらけで生き難い世界だ」

「そう卑下するほどでもないよ。キミの一つだけ優れてる点があるとすれば、遮らず、理解が出来なければ置き換えて投げかけてくれる。理解出来ていないと言う事を理解して、その上で自分の理解を形にして提示する事で齟齬を起き難くさせてくれる。それに、ネット慣れしてるから分かると思うけど、君は発信者じゃない事を大事に思いなさい。理解出来ない事を理解しようとする、その途中で理解の為に”必要なブレーキ”をかけてくれるし、私はそのために必要な情報を頭の中から探す事が出来る。そうやって、キミは知らない事を新しく知る事が出来るし、私は他者に知識を広めると言う居事がどれだけ難しいか再認識できるから」

「人の話は最後まで聞きましょうって教わって育っただけだよ。それに──それよりも難しいことを家族はみんなしてきた」

「その、キミのいう簡単な事が出来ない人だって居るんだけどね」


 そう言いながら、彼女は携帯電話を手にして「これだよ」と見せびらかす。

 それを見て俺は自分のスマホを手にして、バックにしまっていたウィンドウを展開する。

 今日もまた、暇人たちが何の利にもならない言い争いをしていた。

 政権批判の為の発言と行動、擁護に必死になって指摘が出来ない連中。

 表現の自由の為に緩やかな自殺を推し進める連中と、手綱を握る事が出来ない表現の自由派。

 他人や他国の悲報を喜ぶ連中も居るし、いつまでも歴史問題を引きずる連中も居る。

 宗教問題や国境問題、平和を説きに行ってテロリストに殺される連中のニュースまで出ている。


「ちがう、出来ないんじゃない。世界が……狭くなって、今まで衝突しないで済んでいたくらいに開けていた他者との距離が一気に狭くなったからぶつかり合ってるんだよ」

「インターネットだね」

「まあ、いまさらネットを取り上げろといっても難しい話だし、それに目を瞑れば沢山の考えに触れることは出来る。ただし、嘘を嘘と見抜く能力と回転力がないのなら、ネットという世界は社会よりも生き難いけど」


 スマホで動画を再生すると、料理に戻る。

 ビールを飲みながらだと味覚に影響はありそうだが、影響させるほど繊細でプロの料理をしているわけじゃない。

 作るのは『美味しい料理』であって『宮廷料理人や専属料理人としての料理』ではないのだから。


「それにしても、良い嘘だったね」

「ん? なにが」

「何でも屋って咄嗟に嘘ついてたけど、それくらい曖昧でふわふわしてる方が追求しにくいもんね。そう、たとえばしょっちゅう家を空けていても、無駄に限定的で目を疑うような代物があってもね」

「──仕方ないだろ。戸籍で二十一歳に設定したのはそっちなんだから。じゃなきゃ無職か引きこもりにならなざるを得ない」

「ヒモでいいよ? どうせおおっぴらには行動も活動も出来ないんだし、事実は事実だからね」

「ん゛ん゛っ゛!!! 人には……見聞きした事が信用や信頼に繋がるというファーストコンタクトがあります。そこで失敗したら、ここぞという時に信じてもらえなくて失敗するのです。You got it?《おわかりかな?》」

「この世界でキミは剣を振り回せばキチガイ、銃を抜けば銃刀法違反だし所有を認められた職務にもついてないからお縄になっておしまいだけどね」


 至極もっともなお話であった。

 良く言えば”英雄とは神話である”と言える位の時代になった中、個人の努力で戦争や事件など解決しようがない。

 銃なら誰にでも撃てるし、俺にいたっては「少し上手いだけ」でしかない。

 身体能力もこの時代の人に比べたら優れてるかもしれないが、技術と知識が足りないので兵卒以上の事が出来ない。

 つまり、ただの一般人なのだ。

 だが──。


「……けど、まあ。それで良いと俺は思う。今回の帰省は、俺がただの人だと思い出させてくれるだけでも十分価値はあったと思うよ」

「そう?」

「結局、自分もネットで見かけるただの『怒れる終わった男』だったと言うだけで。なんら特別でも何でもない。今の日本での自分を……忘れずに居られれば、良いなと」

「──キミは、面白いね。アーニャちゃんから色々聞いてるよ? 何を願ったか、何を望んだか。その大半はそこらへんに転がってるくらいありきたりで、むしろ当たり前な要求だったけどね」

「──……、」

「けど、望んだくせに使いたがらない。両親の死と他者への不信で……今も、私の顔すら認識できてないのに、他者への奉仕や救護を当たり前のようにこなす。哲学者や精神科の人が見たら面白いと評するくらいの自己言及のパラドクスの塊だよ。私は人間である、人間だから欲深い、欲深いから罪を犯す、罪を犯せるのだから律さなければならないとしながらラッセルのパラドクスを用いることで、自己批判や他者批判をしながら、自己擁護も他者擁護もしている。あるいは……どこかに居るかもしれない”可能性”の為にね」

「それは買いかぶりすぎだ。何事も二面性があって、自分が優れている場面もあれば、自分が劣っている場面もある。自分の属していたモノによっては自分が向いている場合もあれば、自分が向いていない場合もある。TRPGでいうキャラクターシートのように細かく分類された事柄で、ペテン師のようにうま~く使い分けるのさ。状況に応じて自分が強く出られるのならそういった繊細さと強かさは大事だって──様々なゲームや作品で教わったからね」


 自衛隊時代の自分は愚直すぎた、辞めてからの自分は臆病すぎた。

 ならそのどちらも使い分けられれば?

 正しいと、適切だと思えば突き進めればいい。

 けれども走り出す前の猶予期間と、普段は臆病な位がちょうどいい。

 じゃなけりゃ見失うものがもっと多かったはずだ。

 臆病なだけでは何も出来ない。

 愚直なだけでは他人に気をかけてやれない。

 

「さて、やばいな。話をしてたら酒が進むな。二缶目もいっとくか」

「飲んでいきなよ。あっちじゃ飲めないだろうし。逆にどんなもの飲んでるの?」

「お高く留まった果実酒か、度の高い蒸留酒か……。科学が発展してなくてさ~、酒の種類もぜんぜんねぇでやんの」

「度数高いの平気?」

「それが、笑える話だけど度が高いのは無理。短時間で一気に飲んで吐いて倒れるには良いけど、それを日常にしたくない。酔ってる時が一番良いと思わない?」

「はいはい、Mr.ホームズ。麻薬もコークも使えないから合法的にお酒で楽しんでるってワケだ」

「や、やめろ。俺は麻薬には手を出したことないぞ? 酒だって記憶を無くしたり事件や事故を起こした事はないから、言いがかりだ」

「お酒も今は合法だけど、宗教的にはどうなのかな~?」

「今はカソリックでも合法だ!」

「なら問題なし! かんぱ~い!」


 二缶目を口にしてから、少しばかり考え込む。

 

「これって、特例扱いになるのかな」

「お、なになに?」

「今回はアーニャの付き添いで来ただけだけど、また──自由に行き来できないかなって。いや、メインがあっちだと言うのは理解しておくけどさ、酒もそうだけど……ほら。切り離せないものもあるじゃん?」

「まあねえ。キミの場合、精神的な疾患だとかも含めると、切り離しすぎると良くないだろうしねえ……」


 数秒、彼女は考え込んでいた。

 だが諦めたように頭をかく。


「んじゃ、こうしよう。キミは死ななかったという事にしちゃおうか」

「死ななかったって、俺は現に死んでますけど」

「察しが悪いなあ。FBIが時たまやるじゃん『He's ghost now《彼はお化けになった》』って奴だよ。あるいは──Stein's gate的に説明したら分かる? キミが死んだのは事実だけど、その遺体を回収して死後のキミが登場していたら──世界的にはどうなるかな?」

「そりゃ、俺が死んだのは事実で確かだけど……世界的には、死を認識したわけじゃないから、生きていることに……なる?」

「そうしたら行動の制限はなくなるよね。向こうで生活して、息抜きをしに帰ってくれば良い。もちろん生活の場所はここからは外せないよ? 監視しなきゃいけないもん。となると……面倒だなあ」

「いやいやいやいや、葬式まで身内あげちゃいましたけど!?」

「大地クン、いや……八雲クン。キミには想像力が足りないみたいだね。もし致命的なバグが発生したらバックアップポイントにまで巻き戻せる上に、世界にキミをねじ込んでも社会は何の異常もなく回ってた。という事はだよ? 偶々死亡認定をしたけど、偶々似ている遺体をご家族に提供しちゃって、偶々それで身内もそのまま式をやっちゃったけど、偶々キミは保管先で遺体ケースの中で息を吹き返して、面子と経歴を大事にしていた病院がそれを隠してたというストーリーを作って……。けど隠し切れないから、今の今まで鬼籍に入ったのを取り下げるように働きかけていたという事にしたら、どうなるかな? いやいや、悩むところじゃないよ? 存在しないどこかの病院の院長と担当医の首が飛んで、役所がテンヤワンヤ忙しくなった上にちょっとお巡りさんが忙しくする位だって」

「ナニ言ってるか、まるで頭に入ってこないんですが」


 酒のせい? それともサウスパークのストーリー概要でも聞かされてる?

 胃腸の振動を高め、屁の粘度と共振力を高め、握り締めて放つことで遠隔起爆が出来るとか、それくらい意味の分からない事を聴かされているような気さえする。

 それとも、俺の頭が悪いの?


「もしかして、イエス・キリストがM16を手にして『神は我等に鉛玉を与えたもうた』とかそういうお話?」

「ふざけるのならやめるけど」

「ふざけてません! 至極まともに……」

「キミ、忘れてるかもしれないけど私たちは世界を管理するために様々な権限を与えられた”女神”なんだよ? そりゃ、家事をやりたくないし、出来れば毎週料理とお掃除しに二人が来てくれればいいな~とか思ってるけど」

「楽したいだけじゃねぇか!!!」

「けどさ、今言った無茶苦茶を”成立させられる”というのが私達なの」


 そういって、彼女はソファーから身を起こして台所前のカウンターにまでやってくる。

 椅子に座──ろうとして背丈が足りず、少しばかり苦労していたが。

 座った彼女は両手をパンと叩き合わせると、まるで聖書や参考書を開くように両手を離す。

 すると、そこにはホログラムのようなキーボードが存在していた。

 それと、画面も表示されている。 


「さて、と。これは大作業になるかな」

「はいおわり」

「いや、エンターキー押しただけですやん」

「じゃあ、二十七時間の濃密な作業を見てたかった?」

「……さっきまで、何もなかったと思うけど」

「人と言うパズルを全部組み合わせなおして、事実と言う命令文を見直して歪め直して、それでリブートして世界が齟齬なく回転するまでトライ&エラー、トライ&エラー、トライ&エラー、トライ&エラー……」


 二十七時間が嘘ではないと思いたかったが、さっきまでなかったはずの酒瓶や空き缶が彼女の傍に積み重なっている。

 そして、彼女だけ『一日を積み重ねた匂い』がした。

 

「七回失敗しちゃったかな。それでも……八雲って名前、洒落か願掛けかな? 八回、八回目で成功した」

「失敗って、どう?」

「キミがゴーストをやるにあたって、死者を生者に見せ直すには死体を発見した人から、救急車、搬送に関わった人、死因を検証するために解剖した人、死亡を宣言した人、式まで保管に携わった人、式から火葬に埋葬まで全てをリストアップして、その人たちの相互の関係を見つめ直して、どの角度からでも解けない嘘を作らなきゃいけない。確認を取られて崩壊するものもあれば、確認出来なさ過ぎてそもそも成立しない嘘もある。科学と魔法のお話と一緒だよ」

「え、いや。内容……」

「戸籍を得られなくて、結局話が成立しないのが三回、その内話が変な方に捩れ曲がって奇跡の復活者になったのが一回。後三回は──聞かないほうがいいよ?」

「じ、じゃあやめとく……」

「スマホ、動画止めた方が良いよ?」


 実況動画が気に入らなかったのだろうか?

 そう思って動画を止めると、見知った番号から通話がかかってくる。

 俺は慌てて通話ボタンを押し、耳にあてがう。


『兄貴!』

「あ、敦?」

『何だよ、生きてるのに病院に言われて隠れてたって……。しかも手違いで焼いたのが他人って何だよ! そもそもキモいナルシストな遺書残して紛らわしく倒れてんじゃね~よ!』

「あれ、おかしくね? 三ヶ月ぶりだよな!? 死んでた筈の身内が生き返ったら普通うれしくね!?」

『女々しく泣くのは兄貴だけだっての! いきなり警察が来るし、役所に行かなきゃいけなかったし、良い迷惑だ!』


 スマホから耳を離し、スピーカーにしてブラボーラに弟の威勢のよさを披露した。

 彼女は目をさまよわせ、関わらない事を宣言した。


『今どこに居る』

「いや、その……。家に帰れなくて、それで──同人活動してた時の知り合いの家に今到着したとこ。北欧に……じゃない、東北に居たんだ。それで、夜行列車とか……金が無かったから徒歩とかで何とか東京に」

『どこに、居るんだって言ってるんだ。簡潔に言え』

「代々木のマンションに転がり込んでます」


 電話越しでも聞こえるあからさまなため息。


「いいか? 迷惑かけたとしても、そんなの俺の本意じゃない」

『だったら運動しろ。運動不足だから心臓が弱るんだ。あと酒も禁止だ、アルコールの過剰摂取は体に良くない。コーヒーも飲むな、カフェインが心臓に悪影響を及ぼすからな。それと……まあ、面倒なのはスグに任せる』

「あ~、現在進行形で面倒を食らってるよ。兄貴想いな二人を持つと大変だよ。まったく……」


 言葉も無く、何かを探るように時間が少しばかり経過した。


『兄貴』

「ん?」

『家に帰れ。二人に命ぜられたんだろ? なら、それは任務だ。メタルギアでも──』

「その話は分かってる、痛いほどにな。けど生活習慣が変だったから大分体系も戻ったぞ」

『写真送れ。それじゃ』


 言いたいことを言って、一方的に通話をきられてしまった。

 通知を見ればLINEで妹からもバンバンメッセージが来ているし、適当に返事と写真をはっつけて放り投げた。


「泣けるね」

「良い家族じゃない」

「それはそ──それはそうだろうけどさ」

「なんで言葉を切ったんです?」

「弟の奴、もう休暇とって家に帰るから家片付けとけとかメール寄越しやがった。却下だ却下。そんな好きな時に来られる訳じゃないんだぞ」

「何で? そもそも世界と世界を跨いでるって事は”ファストトラベルポイント”は出来てるはずでしょ? あのゲーム大好きな子が、”システム”をあげるって事は、自由に行き来出来るようになったとも言えると思うんだけど」

「いや、無いぞ? ファストトラベル」

「え、マジ?」

「マジ」


 彼女はゴミを全部折れに押し付けると、酔った足取りで二階へと消えていった。

 しばらくするとアーニャとなにやら騒いでいるような声が聞こえ、何をやっているのかと呆れていると視界に”トラベル機能が解放されました”と表示された。


「あぁ~、ブラボーラさん酷いです~!!!」

「キミ~、解放されたか確認して~」

「解放も何も、表示は……されたけど」

「じゃあ、試してみて~」

「は? え? 料理中ですけど? 今? この状況で?」


 料理中は不必要に離れたくない。

 火事とかもそうだが、焦げや風味が吹き飛ぶ沸騰状態にまでなってほしくない。

 自由移動じゃなくて定点移動なのかと、そこらへんは文字通りトラベル何だなとかみ締める。

 火を弱めてからビールを片手に、移動先を選ぶ。

 ……リストには、確かに女子寮の自室という異世界のポイントまで含まれていた。


     ── 転送 ──


 たぶん、機能的にはプリドゥエンの行っていたものと仕組みが似ているのだろう。

 足から別の場所に移動させられるのだが、分断や分解をされているような感覚は無い。

 空間が捻じ曲げられ、通り抜けフープ理論でワッカを足から通って場所を移動しているのだと思う。

 宛がわれた部屋に移動した俺は、手に持っていたビールや服装などを全て確認する。

 何も……異常はないようであった。


「──そういや、こういうのも未来じゃ当たり前な技術なんだよなぁ」


 部屋を出て一階へと戻ろうとすると、アーニャの部屋のほうからわいきゃいと楽しそうな声が聞こえる。


「私だって楽しむ権利あるじゃん! と言うか、事情を知ってる相手が居るだけで気楽なのに、頻繁に関われるとかず~る~い~!」

「ずるくありません! 私は責任と義務の下にちゃんと管理監督をしているだけです!」

「ふ~ん? 我欲が無いって言い切れる?」

「いっ、言えますとも!」

「今回、滅茶苦茶楽しんでたのに?」

「そっ、それとこれとは別問題です! 彼は自ら今回の県を──」

「誘導したりしてなぁい?」

「してません!!!」


 あぁ、楽しそうだ。

 そんな感想を抱きながら、料理の続きを行う。

 その途中でLINEを見ると、弟から「瘦せ過ぎワロ」と書かれ、妹からは「若返って見えるし、いいじゃん」と返事が来ていた。

 ……逆を言えば、ハーフらしく老いが見え辛いという事なのだろうが、それで良いのだろうか?

 まあ、三ヶ月もあれば瘦せようと思えば十Kg前後は瘦せられるし、それが柔らかい脂肪ならなおさらだ。

 そこらへんはラテン人の遺伝に感謝するしかないだろう。

 外人らしい妹と日本人らしい弟、その中間の俺と言ったところか……。


 しばらくしても喧しいので「誰か手伝ってくれぇ!」と声を張り上げたところ、アーニャが降りてきてくれた。

 どうやらブラボーラはご飯まで仮眠を取るとか。

 10分も無いぞ……。

 

「何を出しますか?」

「今回はアッサリとした物で。焼き魚とご飯と味噌汁、ちょっとした野菜炒めと茄子炒め」

「この時期にナスは季節はずれじゃないですか?」

「高くついたけど……まあ、個人的に醤油と生姜で食べたかったから買ってきたってのもあるかな。アフターでは軽く飲み食いしたけど、どうせ小腹も空くだろうし、けど量は入らないしでこれくらいで良いかなと思って」

「それじゃあ、お箸と小皿と受け取り皿ですね」

「茶碗とお椀はこっちで入れるから」

「分かりました」


 アーニャが食卓の準備を整え、俺が盛り付けを行っていく。

 焼き魚や野菜炒め、茄子炒めと運ばれていく。

 それらを見送ってからご飯と味噌汁をそれぞれに用意していった。


「それじゃあ、ブラボーラさんを起こしてきて貰っても良いですか?」

「いいの?」

「駄目な理由がありますか? 少なくとも、暖房が効き過ぎてる訳でも、寝付いて長い訳でもないので、脱いでいる可能性は低いと思いますが……。ただ、脱いでた場合は呼んでいただければ」

「んい、了解」


 缶を空にすると、ゆっくりとブラボーラを呼びにいく。

 どうやらアーニャの部屋で力尽きていたようで、ベッドの上で猫のように少しばかり丸まって寝ていた。

 アーニャがかけただろう上着越しに彼女に触れる。


「ブラボーラ? お~い」

「にゃ~……。もうごはん~?」

「食べたら幾らでも寝ていいから。夜に空腹で目覚めることがどれだけ不幸か分かるだろ?」

「ん……。だっこ」

「分かった分かった……」


 彼女を抱えて一階まで降りていく。

 席に座らせるが、彼女はまだショボショボと眠そうだ。

 そんな彼女を置いて俺もアーニャも食事を始めない。

 いただきますと言わなければ、食事が始まらないと思っているからでもである。


「また」

「はい?」

「また、二人とも来てくれる?」

「私は何時でも来ますよ」

「カレは難しいかな……」

「俺は……あっちでの都合もあるから毎日とは言わないけど。けど、最近──本当に最近、少しずつ多くの事がうまくいくようになったんだ。すぐにとは言わないけど、週に一度とかくらいなら、可能かな……」


 無職非公務員だってのに拘束率の高い境遇である。

 そもそもまだ療養中という事でもあるし、完治したとは言いがたい状態でもある。

 回復するまでは外出も難しいだろうし、回復したら今度はまた英霊たちとのやり取りを踏まえて技術と知識の更新も必要になる。

 それに、色々と厄介になった現状から逃げられない。

 ミラノのこと、アリアのこと、マーガレットのこと、これからの事……。


「神に誓う。また来るって」

「まあ、来なくても私の方から行っても良いんだけどね」

「管理放棄!?」

「やだなぁ。管理者のお仕事は自分じゃなきゃ対処できないことに対処する事であって、常に自分が何かしらやらなきゃいけないってことじゃないんだよ?」

「なんか、そういうのは聞きたくなかった……」

「じゃあ、アーニャちゃん。私ももしかしたら遊びに行くかもだけど、そのときはよろしく~」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 絶対だよ?

 そういったブラボーラは、出会った当初の陰惨さは感じさせなかった。

 本当に楽しそうで、あるいは楽しみにしているように見えた。

 そしてそれは別れの時まで続いて、俺たちは惜しみながらも久しぶりの日本を離れていった。


「それで、どうするのですか?」

「外の宿で一泊でもして、また気持ちを切り替えるよ。明日朝早くにおきて『やっべ、AP回復しきってる!?』って寝言でも言いたくない……」

「ゲーム漬けでしたからねぇ。色々な新作とかあって楽しかったです」


 そんな事を言っていると、携帯電話が震えた。

 どうやらこちらに戻ってきた事でプリドゥエン本体と携帯電話が接続されたらしい。

 何か言いたそうにしているのを画面上のガジェットから確認するが、後でと遮った。


「……楽しんで、もらえたかな」

「ええ、とってもです! 少し想像していたものとは違いましたが、楽しい場所だった事に違いはありませんでした!」

「──そっか」


 その言葉が事実であって欲しいと願った。

 だが、彼女は先日も夜遅くまで戦利品で楽しんでいた。

 同人ゲーム、同人音楽、企業ブースのグッズに至るまで沢山のモノを入手していたからだ。

 彼女もまた、疲れている事だろう。


「──あのさ」

「はい、なんでしょう?」

「勝手に、帰ったりしないからさ。声をかけてから行くようにはするから」

「あぁ、あの事ですか。声をかけてくれると見失わないので助かります。世界を跨いでしまうと、ロスとしてしまいますので」

「駄目って言わないんだ」

「ブラボーラさんが言ってました。私が……あちらの世界との行き来できる可能性を提示してしまった事が、貴方様の心を苦しめる事になってしまったと。それなら、諦めるのを待つよりは適応して今の状態に慣れるまでは管理下で好きにさせた方が良いのではないかと。──ダメですね、そんな事にも気づけなかったなんて。これじゃ、女神失格ですね」

「いや、そんな事無いよ。人は──誰だって失敗するんだからさ。むしろ、俺やブラボーラが酒に浸っていたように、人間だからこそ……そういうことをしてしまうんだって思えば、むしろ喜ぶべき事じゃないかな」

「喜ぶ……ですか?」

「女神と言う肩書きが全てを超越した万能者と思われたら、負担は大きいんじゃないか? それくらいだったら、人間味のある相手だと思われれば失敗もするし見逃しもするって許せるだろ? 神頼みの原理と同じだよ」


 俺がそうしたように、万能だと思うから逆恨みをする。

 神を信じていなくても、運命を、社会を、誰かを、何かを恨む。

 ブラボーラと会ったとき……アーニャと接していなければそうしたように。


「……それとも、そう考えるのは思い上がりだろうか。侮辱しているだろうか」

「い、いえ! そんな事ありませんとも! むしろ、失敗とかを考慮していただけるだけでも、恐縮と言うか……」

「──まあ、俺が居る事で生きている実感が得られるのなら、アーニャやブラボーラと居るのも悪くはないからさ。それに……これくらいしか、俺には出来ないしさ」


 ブラボーラの孤独を、俺はなんとなく理解できる。

 けれども、自らの意志で引きこもった俺と状況ゆえにそれが許されなかった彼女とではかなり違う。

 結果のみは共有できるが、その道のりに関しては理解してやれない。


「貴方様は、それでいいのですか?」

「良いも悪いもないさ。それに……一人で日本に行っても、結局は同じ事を繰り返しそうだしさ。それくらいなら、お互いに何もかも忘れられていいと言うのならそれも良いだろうと思って」

「じゃあ、私の方から誘っちゃったりなんかしても……宜しいでしょうか?」

「俺はそれでも良いよ。というか、そっちの都合はよく分からないからさ」

「それじゃあ……、今度とかどうです? とりあえず行き来してもいいと言う許可は貰ったのですから、早いうちに一度顔を出しておいて安心させると良いと思いますし」

「──ん、了解。教会に顔を出すのは別に変じゃないだろうし、今度はカティアもつれてきて大丈夫かな?」

「ええ、勿論ですよ!」


 彼女は上機嫌そうに笑みを浮かべた。

 それだけで、辛うじて自分の発言が間違いじゃなかったのだなと思える。

 直ぐに頭を振って、顔のみを認識している状況を外した。


「それじゃあ、また次回」

「あ、言い忘れてました! 私、年が明けたら学園内の教会でお仕事が出来るかもしれません!」

「それは、良い話? それとも──」

「勿論、良い話です! ヘラ様や貴方様との関係がある事で、推薦までして頂いたんですよ?」

「それじゃあ、おめでとうだね」

「有難うございます」


 アーニャも女神なのに、胡坐をかかずに努力している。

 俺だけ、都合よく他人の顔を見ず、都合よく他人の顔色を見ている。

 少しばかり悩み、考え、彼女に言う。


「アーニャ、お願いがあるんだ」





 ~ ☆ ~


 俺が帰ったのは、学園に戻る時間ギリギリだった。

 翌日の1500だが、学生よりも二時間も門限が早い。


「やっぱ、慣れないなあ……」


 そう言いながら、俺は久しぶりにかけたメガネを中指で押し上げる。

 まさか視力を回復して貰いながら、まったく別の事情でメガネをかける羽目になるとは思わなかった。

 自室に向かってゆっくりと歩いていくが、舞踏会後の冬休みで既に帰省している生徒が居るらしい。

 ミラノたちは父親と一緒に帰るという事で、まだ暫く滞在する予定のようだ。


「ただいま」

『おや、お帰りなさいませご主人様。ここ数日通信が途切れておりましたが、どちらに居たのでしょうか?』

「ちょっと電波の届かない場所だよ」

『左様ですか。おや? 眼鏡をかけておられますが、どうかなさいましたか』

「ちょっと問題があってね。今まで皆の……顔が見えてなかったんだ。だからちょっと視力を回復して貰ったんだけど、今度は見えすぎて……抑えるために、ね」


 アーニャに頼んで、俺は精神的な問題がどうであれ皆の顔が見えるようにと願った。

 そうしたら、今まで切り捨ててきた情報と臆病さが絡んで支障が出てしまい、魔眼封じのように眼鏡をして”徐々に抑える力が弱まる”という方向で整えて貰った。

 アーニャによって戴冠式のように眼鏡をかけてもらい、ようやく全てが一枚になった。

 負の感情以外の顔色が見えて、他人が背景やマネキン、人形のように見えなくなり……いくらか世界が変わった。


『眼が悪かったのですか?』

「いや、精神的な問題だよ。まだ折り合いはついてないけど”光あれ”って、魔法で無理やり見えるようにしたんだよ」

『……そのような事が』

「流石に冷えるから、何か温かい物を頼んでも良いかな? 帰った事を報告したいんだけど、皆部屋に居るかな」

『休みに入られて、お二人とも本や研究に傾倒しております、ご主人様。カティア様もヘラ様やマリー様を通じて新しく様々な魔法を試しておられます。アルバート様やグリム様と簡単な手合わせをしたりと、最近では色々と頑張っておられるようです。もしお探しになるのでしたら、ミラノ様とアリア様のお部屋のどちらかが早いですよ』

「了解」


 一週間近くの個人帰省だったが、それでもこの部屋ですら今では第二の家のように思えている。

 まさか死んだ事を無かった事に出来てしまうとは思っていなかったが、これからが整合性の面で大変だ。

 まあ、それに関しては追々考えるとしよう。

 あれ、おかしいな。

 休みに行ったはずなのに、また忙しくなってる……。


 首をかしげながら、それが宿命なのかもしれないと諦めた。

 ミラノの部屋に向かうと、ドアをノックする。

 数秒の間があって、それからアリアの声が聞こえる。


「は~い」

「あ~、アリア? 戻ったからその報告をしに来たんだけど、ミラノは不在?」

「寝……寝ふぇないけど」


 誰も寝てないかどうかは聞いてない。

 しかし、まだ三時なのに眠そうな声が聞こえるとはどういうことだろうか?

 待っていたが、アリアが「どうぞ」と言ったのでゆっくりと入っていく。

 するとまあ、何という事でしょう。

 綺麗だった筈の部屋は、紙吹雪でも舞わせたのかというくらいに散らかっているじゃありませんか。

 メイドさんが毎日清掃している筈だが、それでもこの惨状とはどういうことか。


「あ~……これはいったい?」

「あのですね、カティアちゃんがマリー様やヘラ様に教わって色々な魔法や技術を編み出してるのにムキになって、昨日からさっきまでずっと起きてたみたいで」

「起きてないわよ……。ただ、寝るのを忘れただけだもの……。というか、アンタどうしたの? 眼鏡にゃんかしちゃって」


 机に突っ伏していたのか、頬とおでこにインクのうつったミラノがあくびをかみ殺しながら体を起こす。

 そんなミラノに濡れたハンカチを差し出すアリアだが、ミラノの指摘を受けて彼女も俺を見た。

 そして俺は……そんな二人の顔を、全体を通してぼんやりと見ている。

 なんでもない表情が、彼女たちの顔が集中したり他の情報を切り捨てずにも見えていた。


「ちょっと、目に異常があったから……買ったんだよ。今までは皆の顔がよく見えてなかったから」

「遠くが見えなかったの? 近くだと見えづらかったの?」

「近く、かな?」

「大丈夫なんですか?」

「治療を施してくれた人は、徐々に治るって言ってた。ただ、見えすぎると負担が大きいから、眼鏡は以前のままに見えるように近づけてくれてくれてるんだ。ただ、徐々に慣らしていくように弱まっていって、最終的には要らなくなるけど」

「ふぅん……」


 欠伸をかみ殺したミラノがこちらに来る。

 彼女は俺のかけている眼鏡を覗き込み、その距離が近くてどきりとしてしまう。

 今までは表情が、顔が認識できなかったからこそ意識せずに済んだが、これは……無視できない。


「それで、よく休めた?」

「そうだね、気晴らしついでに色々してきたよ。趣味の料理だとかもやってきたし、ちょっとした慈善活動もしてきたかな」

「ちょっと、休みに行ったんじゃなかったの?」

「孤児院……でちょっとお手伝いしてきただけだよ。ちょっとお掃除して、ちょっとお料理して、一日の大半は外を散策してた感じで……。あぁ、そうだ。色々買ってきたんだよ」


 ミラノから離れ、逃れるように俺はお土産を出す。

 それらは当然コミケで買ってきたオタクグッズ……ではない。

 ガスも電気も無い世界だが、電化製品は俺が加工すれば魔力で動かせるように変換できる。

 卓上ランプやケトル等と言った日用品で、夜遅くまで色々やっている二人が乏しい明かりの下で作業をせずに済むのだ。


「これなに?」

「机の上に置ける家具で、魔力……魔石を使用して灯りを作ってくれるんだ。ミラノは夜遅くまで色々やってるだろ? 眼が悪くなったら嫌だろうなと思って」

「これは?」

「こっちは水を入れておくと、自動的に一定の温度にまで水を温めてくれるモノ。お湯が出来上がると……カチリと音がして出来上がったのが分かるから、魔法で常に火を出し続けたり見てなきゃいけないっていう手間を省ける」


 数秒、ミラノとアリアはそれらを珍しそうに見ていた。

 だが、アリアが直ぐに鋭く踏み込んできた。


「けど、これって……ヤクモさんの居た場所のモノですよね?」

「たしかに……。この押し込み口とか、明かりとか、素材とかが”ケータイデンワ”って奴に似てる」


 目ざといな……。

 苦笑しながら、それに関しては直ぐに白状する。


「掘り出し物だったんだ。それを俺が修理して、加工して使えるようにしたってだけ。あとは……二人が使うような装飾具とか」

「これもアンタの居た場所のじゃない? なんだか高価そうに見えるんだけど」

「絹……みたいな肌触りがしますし、それにこれ──”カンジ”って奴じゃないですか?」

「え、嘘!?」


 成分表というか、衣類についているタグの事を忘れていた。

 そこには普通に素材の比率やMade in等も表記されてしまっている。

 二人に見つめられ、俺は数秒黙る。


「実は──」

「実は船で遠出してきたとか、自分が居た場所に行ってきたってのも無理だからね。そもそもそんな船旅を数日で出来ると思う?」

「むぐっ!?」

「それと、偶々流れて来たってのも無しですね。少なくとも貴族間でこんな品物は見た事無いですし、持っていたら誰かしら自慢したり見せびらかすでしょうから」

「ん、ぐ……」

「「どこ行ってたの?」」


 二人に問い詰められて、俺は何も言い返せなかった。

 それからカティアが部屋にやってくるまで俺は言い逃れを繰り返し、何とか助かった。

 だが、納得したかどうかは別としても二人に買ってきたリボンや髪飾りは、どうにか気に入って貰えたようだ。

 その後、夕食が運ばれてくるまで色々な話をして、俺はその間ひっきりなしに相手の反応を見ている。

 何気ない顔の動き、表情の変化、反応が全て分かる。

 騙し合いの為に読み取ろうとして救い上げる情報としてではなく、不必要で何気ないものの連続として。

 

 向き合えるかどうかじゃない、向き合わなきゃいけないのだ。

 現実とではない、彼女たちと──。

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