149話
二日の準備期間を経て、一日目を迎える。
普段なら単独なので深夜は歩き通して待機列で眠ると言う事もできるが、今回はツレが二人も居るのでそれが出来ない。
いつもならキャリーケースに否定的な自分も、コスプレ衣装が以外と嵩張る事を知ると反対できなかった。
「ね~、これで十一時まで待つの~?」
「だから会場後に合流しても良いようにって、沢山プランニングしたじゃないっすか……」
「始発って、なんだかわくわくしました……」
待機列に飽きて不満を漏らすブラボーラ。
始発にあわせた暗い内からの起床と、始発に乗る事に興奮しているアーニャ。
そして現在進行形で資料や情報を見直し、二千円のカタログも捲くって見ている。
かつて縁のあった人物のスペースなども一応押さえてあり、その上で……成人向けをどう回避するかを悩んでいる。
「無理ゲーすぎ……」
「何がですか?」
「……成人向けコーナーを、どう避けようかで迷ってて。全然そこらへんの知識が無いから、どうしようかと」
「? 聖人向けコーナーがあるのなら、それは避ける必要が無いと思いますが」
そして、俺はこの純真無垢な女神さんにどう説明すべきかで迷っている。
その聖人じゃなくて、エロティックな意味での成人だと。
「アーニャちゃん、”せいじんむけ”って、敬虔な方向けって意味じゃないのよ?」
「はえ? そうなんですか?」
「えっとね~」
ごにょごにょと、ブラボーラがアーニャに耳打ちする。
そして最初こそ頷いていた彼女だったが、途中からその顔を赤らめていって自分が盛大な勘違いをしていたのだと理解する。
「そそそ、それは不潔です不浄です!!!」
「あの、アーニャさん。俺は事前に一応伝えてたんですがね? それで、自前で調べたりしてるのかな~とかも、一応思ったんですけどね? まあ、誤解させたまんまだったのは謝るけど、なんで調べてないんですかね」
「そそ、それは……貴方様がエスコートして下さると言うので、全部……丸投げを」
「──……、」
これから戦いに行くというのに、自分が何をしに行くのか下調べもしてないとか……。
もし俺が悪い男で、その純真無垢さを利用して「大丈夫だから」って行って、AV撮影会だのなんだのをしたらどうするつもりだったのだろうか?
……いや、そもそもそんな奴が死後第二の生を預かれるかどうかは不明だから、自動的に可能性として除外できる?
いやいや、心変わりしたりした場合はどうするつもりなんだ──。
あぁ、その為に監視出来る様にも出来ているのか。
「許してあげてよ。キミをそれだけ信じてるって事でもあるんだから」
「そういう言い方をされると言い返せなくなるから卑怯だなぁ……。世の中もうちょい卑怯で姑息な人が居るってこと教えておいてあげといて下さいよ」
「え~? キミがやってくれると楽なんだけどな~」
「自分はソッチの都合を知らないんで……」
「すみません、すみません」
「や、別に致命的なものじゃないんだけど……。どうしよう、止めとく?」
「い、いえ。せっかく来たのですし、別に買うわけじゃないですから」
「自分も今までお散歩気分だったからなあ、セーフゾーンがあるかどうかまでは曖昧なんだよねえ。エロのコーナーもあれば、一般向けもあったかな~って感じで。企業ブースあたりは大体安全地帯だったかなぁ……。あぁ、あと西かな。二次創作じゃなくてオリジナルとかも展開してるし、中には料理本だとか風景画の写真集とかもあったりして面白いけど」
自分は基本的に深い拘りは持たない放浪タイプである。
縦に横に一列ずつ見て行き、その途中で知り合いのスペースに寄って挨拶して買っていく。
そのまま開場から閉会までに全てをブラリと見て周り、そのまま帰る。
だから長蛇の列に並ぶ事もあれば、人が通り過ぎるような場所で立ち読みして買う時だってある。
完全に自分が気の向くままに放浪しているのだ。
「う~ん……」
「じゃ、じゃあ。西から徐々に行きませんか? それまでには……覚悟を決めますから」
「え、そんなに? 別に途中で引き上げて適当にコスプレ大会やって帰ってもいいけど」
「い、いえいえ! せっかく来たのに、そんなもったいない事出来ません!!!」
「……無理は、しなくて良いんですけどね?」
「無理など、してません!」
なら良いんだけどねと、カタログを見ながらアダルトスペースに蛍光ペンでマーキングをしていく。
「ただ、人の海だからハマった場合抜け出せない事もあるから、エロ空間で気分悪くなった場合も踏まえて考えてくれると助かるかなあ」
「き、気分が悪くなる事なんて──」
「……ン万人の人間が蠢く会場の中は外よりも温かいし、下手すりゃ暑さすら感じる。不慣れな場所で行動すると疲れるもんだし、エロ空間でピリピリして鼻血とか出したら困るし」
「興奮して鼻血が出るとかあるんです?」
「俺がそうだった。当時の俺はまだ成人したてで若かったので……ダメでしたねぇ……」
遠い目をして、エロに耐性が無かった自分を思い返した。
えろい話を聞いていただけで鼻血を出してしまったし、鼻血は出なくてものぼせた事すらある。
今は大分スレて平気になったけど、アーニャがそうじゃ無いと言う可能性は無い。
「あぁ、それと……。はぐれた場合の合流地点も決めておこう。東西問わず、はぐれたらエリアを跨がない事。西の場合は1・2と3・4の接続点、昇降箇所があるから階層は変えずにそこで。東の場合は4~6の場合は5の通路側、1~3の時は2の通路側で。今回はコスプレで登録してあるから、入場したら二人は着替えておいで、ついでに……用も済ませておいたほうが一番困らない」
必要な事項を伝達して、ついでにメモ帳にも書き記した今の事柄を二人にも渡しておく。
一度だけ同期がコミケに行きたいと言って一緒に来た事があり、その時のバックフィードからの発想である。
「それじゃあ、開場までの三時間は寝てても良いし、好きにしよう。俺は……ちょっと寝る」
「え、寝るんですか? 座ったまま!?」
「立ったままでも、片目だけ閉じても眠れるぞ~? それに、夏に比べれば寒いだけだから、対策してあるし……その為に簡易チェア持って来たんだし」
冬は直に座ると尻が冷えて眠れない。
けれども、簡易椅子が有るので直に座らずに済むし、着込んだりカイロを内側に仕込んでいるので温かくして眠れる。
「今日の天気はあいにくの曇りだけど、雲がある分気温は安定するし風が無いに等しいから凍える可能性も低い。それと……休めるうちに休んでおかないと、身体の機能が狂ってキツくなるから」
「と、言われましても……」
「じゃあ、私はちょっと食べ物でも買ってこようかしら。アーニャちゃんも一緒にどう?」
「え、けど──」
「開場まで時間が有るから、場所を覚えてれば列を離れても大丈夫」
「貴方様はどうしますか?」
「俺? 俺は……コイツがある」
凍結乾燥梅肉粒と幾つかのヴィダーゼリー、そして水分である。
「それ、食べ物ですらないんじゃ……」
「人ごみの中だと接触過多で気分が悪くなるから、俺はこれで良いんだよ。十五時には閉会で、そこから片道一時間程度で帰れるから空腹の時間も短いし」
「けど、朝は珈琲とパンで御座いましたよね? それじゃあ、身体が──」
「アーニャちゃん。カレも経験と体験でそれが一番良いって学んだ事でしょ? じゃあさ、変に色々言わなくても分かってると思うよ」
「でしょうか……」
「ん、そう。うんうん、テレサ、マトモな事言った!」
一人でもテンション高いな、ブラボーラ……。
アーニャはそんな先輩に説得され、一度はこちらを見たけれども直ぐに列を離れて行った。
見送ってから、着込んできたジャケットを引っ張って顔も温かい服の内部へと幾らか引きずり込んだ。
フードを被り、空間接触率を減らしているとヌクヌクと温かい。
しかし、眠ったか眠らないか分からない内にゴチャゴチャとしたいい匂いが漂ってくる。
「貴方様貴方様、色々な食べ物が有りましたよ!」
「割高だと思うけど、ケバブまであるのね」
「お前等……」
二人はそれなりに沢山食べ物を買ってきたようである。
自分がどうなるかなんて分かっていたとしても、腹が減っているという現実的な事実の前には鳴らざるを得ない。
「ちょ、ちょ……。俺も列出るから、ちょっと待って」
「はえ?」
「何で出る必要があるのかしら?」
「迷惑になるから。──それに、出たゴミは直ぐに捨てられるようにゴミ捨て場が設置されてるし、態々匂いを散らしてテロかまさなくてもいいだろうに」
「テロ……あぁ、そっか。なるほど」
ブラボーラは察してくれたようだが、アーニャは理解出来ていないらしい。
腹が鳴っては仕方が無いと、俺も何か買う事にした。
ヤキソバは夏の風物詩だよな……。
「同じように食べてない人や空腹の人が居ると、匂いでイライラするんだよ。それに、食べカスを地面に溢すのも良くない。発つ鳥跡を濁さずじゃないけど、自分等以外にも色々と使われる場所をオタクが汚したって言われるのも癪だし、それで締め付けが厳しくなるとコミケが無くなりかねないし……おっ、美味い」
「色々有るのですねえ……」
理解を示してくれたらしく、アーニャも納得してくれた。
三人で段差に腰をかけて食べるが、中々に美味しい。
食べたら食べたで今度は半端なのでもっと食べたくなる。
そして、腹が満たされると眠くなってくる。
「けどさ、始発以降じゃなきゃ並べないのに開場十時ってさ、長いと四時間は並ぶんでしょ? 理解できない」
「理解されなくて良いんだよ。宗教とか、趣味思考と同じで有り難がってる連中が、それだけの価値を見出してここに並んでるんだ」
「キミは何を感じてここに来てる訳?」
「自分の人生を富ませるため……かな」
「ただの同人創作だよね?」
「同人創作とは言え、解剖すれば色々な思考や思想はあるし、俺にとって色使いが良いとか、魅せ方が上手いとか、話が良いとか……何でも良いんだよ。一番悪いのは何にも触れず、感情を左右するような事柄も無い人生を過ごしてしまう事だと思う。他人を説得する材料じゃなくて、自己満足の世界だろうけど──もともと、そういうものでありそういう場所でもあるんだからさ」
「テレサ、わかんな~い」
「まあ、分かんなくても良いと思うし。そんなものクリスマスや正月も同じだろ」
歴史的・宗教的行事をコミケと一緒くたにする。
聞く人が聞けば怒るだろうが、もはや大多数の人にとってイベント以上のモノではないだろう。
クリスマスでキリスト教に配慮する人が先ず居るだろうか?
同じように正月に仏教を意識する節操無しも居ないだろう。
「まあ、ミス・アインシュタインには理解してもらえなくてもいいけどさ」
「皮肉を言ったな?」
「あ、良かった。アッチじゃ通じないもんだから伝わらないと思ってた」
「アインシュタインじゃなくてブラボーラさんですよ?」
「「──……、」」
アーニャの一言は、速攻で軽口ですら無意味にさせた。
俺は飲み物を口にして逃避し、ブラボーラはアーニャを「よしよし」と撫でていいこいいこしている。
ため息をついていたら、そういえばと防災公園の事を思い出した。
あそこには自衛隊車両も参加してた筈だよなと思い出す。
「……ちょっと防災公園見てこようかな」
「あれ、え……列はどうするんですか?」
「特に貴重品は突っ込んでないし、列が移動する三十分前には戻れば大丈夫だから。というか、時間が有りすぎるし、直ぐ戻るよ」
ポイとゴミを捨て、買った飲料も叩き捨てた。
そして二人から離れ、防災公園のほうまで歩いていく。
朝早くから到着して展開していたのだろう、消防や自衛隊車両が見えるのを確認した。
ただ、始まるのは十二時からなんですよと謝られてしまい、仕方が無く列にまで戻る。
……なんとも締まらない始まりだったが、こんなものかと納得した。
だが、開場にもなれば幾らか気分は切り替わってくる。
開場しても三十分は会場に到達すら出来ない、整列した人々が一列縦隊になって進むのだから無理もない。
遠目に見えていた会場が近づくにつれ、徐々に”戦場”が近づいてくるのを感じた。
そして入場を果たすが──いつもとは違いすぎる行動をしなければならない。
二人をコスプレさせに行かなければならないし、その為に人ごみを掻き分けねばならない。
そして登録証だのなんだのと、まるで書類作業だ。
送り込んだからと待つのだが、中は中で大変なのだろう。
コスプレした女性が出てくる傍らで、まるで張り込みして接触しようとしているかのように見られる。
まるで汚物だ。
ランジェリーに居るかのような異物感を与え、そそくさと足はやに立ち去られる。
その中で二度ほど「すみません」と声をかけられる。
不審者じゃないです、ごめんなさい。
異世界では英雄だとか、或いは騎士だの微妙な扱いだのと色々有るが、ここではただの一般人に過ぎないのだ。
「おっ、お待たせしました!」
「待った~?」
コスプレしに行ってから三十分前後経過して、ようやく二人が戻ってきた。
そして……二人の着こなしを見て、そのコスプレの元ネタも思い出して笑みしか浮かばなかった。
「二人とも……ゴブリンでもスレイしにいくの? てか、ブラボーラは昨日言ってたのと違うの着てるし」
「だって、会場内少し温かいんだもん。それに”私達は寒くならない”からね~」
「なにそれ、ズルくない?」
「ブラボーラさん、ダメですよ? そうやってズルばかりしてると、身体の機能が弱まると聞きました。夏は暑さに苦しんで、冬は寒さに凍えるのが人の生に触れる大事な行為です」
「え~……」
そういや、カティアも同じような事をしてたっけな。
自分の肌に触れるか触れないかの空間の温度を調整して、適温を保ったり汗を乾きやすくするとか。
空調要らないじゃんと思ったけど、それを常時やるとなると疲れるらしい。
二人はその上位互換なのか、魔法を使わずともそう在れると言う事か。
なんて裏山。
この前のユニオン国との戦いの前に知っておきたかった。
シートを敷いて、その上から雪の上に腹ばいになって何時間も過ごすとか、あんな地獄を体験せずに済んだってのに。
「けど、アーニャは神官か……今までとあんまり大きく変わらないんじゃないか?」
「ちっちっち~、キミの目は節穴だな~? 冒険時じゃなくて街中でのノーマル状態、少しばかり見える太もも、そして見えそうで見えない秘境とその前で餌のように揺れる前掛け……。ゴスロリになりそうで、ちゃんと神聖さをかもし出す事でエロティカを全て誤魔化して、露出が低いはずなのに高く見えるけど、がっちりガードしてるようでちょっと危うい……。素晴らしいと思わない?」
そう言って彼女はまるでスカート捲りをするかの様な仕草を前垂れの前で行う。
ひらり、ひらりと見えそうで見えないというのが繰り返される。
自然と、ゴクリと唾を飲んでしまったのは悲しい性であった。
「Yes, ma'am.素晴らしいと思います。自分にはどう言えばその素晴らしさが表現できるか困苦してた所ですが、シックリ来る表現が着て腑に落ちたところで御座います」
「ふっふ~ん、そうでしょそうでしょ! ちなみに、私のは少なくコンパクトにって感じだし。キャラクター? と近い体型がだったし、それで居て好い加減に露出も出来てるから良いと思うでしょ!」
「あ~、素晴らしいのはいいとして。露出を喜ぶって、それはそれでどうなんだ?」
「べっつに脱いだり下着になってるわけじゃないし。自分を安売りするのと、自分を更に魅力的に魅せるのは別物なのよ~」
「なろほど……」
「けどさ、キミの採寸も出来てれば何かしら用意できたんだけどな~。流石に装備をオーダーメイドさせても通らなさそうだけど」
「コミケで初陣を飾るとか嫌なんだよなぁ……」
「あとはさ、ほら。”お兄様”なコート着るとか」
「ぜっっってぇ、着ねえ」
そんな事を言い合いながら、アーニャが幾つか持ってきてくれた行きたいサークルスペースを参考にする。
当初は彼女の要求に従いながら優先してスペースに寄り、それらを過ぎれば十二時を越すだろうとの見通しだ。
「わぁ~……。貴方様貴方様、綺麗なガラス細工が御座います!」
「あれはキャラクターが刻まれたコップだね、隣のスペースを見ると鏡も有るよ」
「よくもまあこんなものを作るものね。絶対安くないでしょうに」
「まあ、コミケなんて回収できるのがザラだって言ってたし、むしろ赤字なのが当然なんじゃない? というか、俺の時もそうだったし」
「へぇ~、自分で出してたの?」
「いや……小説を、寄稿してただけ。それとちょっとお金を出してただけで、スペースには居なかったかな」
なお、自分が自衛隊に入隊したと同時に全員が社会人になったり大学生になったりしたので自然消滅した。
本は四冊くらいしか出せなかったが、あれはあれで良い体験になったと思っている。
「しかし、オタクらが可愛いからさっきから視線貰いまくりだねえ。盗撮されないように気をつけなよ?」
「守ってくれないんだ」
「鞄の中にカメラ仕込んでたら気付けないっての……」
「大丈夫ですよ。ブラボーラさんがちゃんと管理してる世界ですから」
この純粋無垢な子は、前世はハムスターか何かだったのかな?
少しばかり呆然としてから頭をかいた。
「キミは心配しなくて大丈夫だから。私がちゃ~んとアーニャちゃんの事は守ってあげるからね」
「わわ、有難う御座います!」
美しきかな上下関係。
先輩であるブラボーラがアーニャを守ってくれるのなら俺が心配する事もないだろう。
そんな事を考えながら、途中のスペースで「既刊と新刊、それとグッズを全部一つずつ下さい」と言った。
俺は鞄を背負っていて、三人で買った物を突っ込んでいく。
しかし、鞄にしまうというのは実はフェイクで、ストレージに移す事で重量物も嵩張りも誤魔化していた。
「……同人、ゲーム? それに、音楽まで──」
「そういうのもあるよ。これも中には委託やダウンロードサイトで入手できるのも有るけど、基本的に一期一会だと思っておいた方が良い。サークルは必ず毎回参加出来るとは限らないし、次回も同じジャンルをやるとは限らないから」
「……それじゃあ、少し待っててくれますか?」
「待つよ。幾らでも」
アーニャは「すみません、視聴しても良いですか?」と断ってヘッドセットを手に取る。
両の手で押さえながら、まるで今のこの瞬間が本当に一度きりのように音楽を聴いている。
それを見ていると、なんとも言えない気持ちにさせられる。
「惚れちゃった?」
「俺が? まさか、そんな。ただ──よく、分からなくなったというか」
「分からないって、なにが?」
「ブラボーラを含めて二人目だけど、何が理由や原因で選ばれるんだ? それに、俺の事も……」
「さあ。私は”可哀想な子”じゃ無いかな~って思ってる。余りにも不遇な人生で、それを仕方が無いと言うには良い子過ぎた~とかね」
「なんか……ブラボーラを見てると、それが自惚れに聞こえるのは何でだろう」
「私は自惚れじゃ無くて憶測と希望的観測を述べてるだけ。けどね、可哀想な子が大役を任された所で可哀想な子で有るには変わりはないと思う。運であれ事故であれ、人生の敗北者が管理人になって成功するって誰が思うの? 小娘なのに」
「──……、」
「もし本当に恵まれず、不運にも人生を終えた人物から選ばれてるとしたら……それって、煉獄や地獄のようなものだと思わない? キミはそう考えるとかなり特殊なケースで、孤独なはずの私たちと素性を知りつつ付き合えてるもんね」
「荷が重いなあ」
「重くないよ、何も考えなけりゃいいから。私達の交流だって、私と彼女が殆ど同じ時代の人間だったから出来たからで、それ以外の世界なんて良く分からないし。ただ重い責任を背負って、その為に権限や能力を与えられた哀れな子が二人居るだけって思えば。少しはやりやすいんじゃないかな」
「それは──」
「なんて、こんな言い方をしたらキミの経歴や育ちからしたら気負っちゃうか。だからさ、キミは居るだけで良いんだよワトスンくん。昨日キミが見た私達の在り方は、何か特別だった?」
「……いんや」
「お酒を飲めば酔っ払うし、お腹が空けば何かは食べたくなる。暑さでウンザリもすれば、寒さで震える事だってあるんだよ。そして、万能じゃない。酔いつぶれればキミが悪い事をしようと思えば幾らでも陵辱できるし、落ち込んでいる時に優しい言葉をかければコロリと騙される事だってあるんだから」
ブラボーラがそんな話をし始めたせいで、日本にいるという認識が薄れていく。
通路に居ると邪魔なので、近くの柱にまで移動した。
「私達は、人間だ。キミがそうであるように、望んだか望んでないかは関係なくこうなっただけのね。だから、正直──二つの意味でホッとしたかな」
「なぜ?」
「アーニャちゃんが気兼ねなく触れ合える人が出来たから、孤独じゃなくなった。それと同じように、理由はキミかも知れないけど私も孤独じゃ無くなった。……自分がさ、こうやって生きているとしても世間では死んだ人間なんだよ。目の前に家があっても、目の前に家族が居てもそれを明かす事も出来ない。戸籍を誤魔化しても、無限の富を手に入れても、存在していないと思えば生きていないのと同じになるからね。自分を痛めつけるのもイヤだし、そうなると……欲に溺れるしかなくなる。前任者がそうだったように、私もお酒に溺れてたんだけど」
たははと、彼女は笑った。
まるで自分が物凄い失態を犯していた場面を見られたかのように、そして俺の反応を見るように。
「ま、キミが良かったら私の相手も時々してよ。なんなら、遊びに行っても良いかもね」
「管理はどうするんだよ」
「世界は回り、そして廻る。私のする事なんて殆どないし、既にスクリプトを組んで殆どの情報は勝手に演算されるように出来てる。雨が少なければ雨を、気圧がぶつかり合って台風が発生するのならそれはそれで仕方が無いしね。世界ってのは、何でもかんでも介入すればいいと思ってるかもしれないけど、自然に任せられるものは自然に任せないと世界そのものが歪んでいつかは大きな歪みに振り回されるんだから。それとも、キミは世界中を見て台風や津波、地震やそれらに連なる土砂災害、飢饉まで全部管理すべきって思考かな?」
その言葉は俺を試しているのだろうと思った。
理想主義者な自分はそれを”そうだ”と言っている。
けれども、現実主義者な俺は”いや”と答えた。
「俺はそこまで分からないから、なんとも。けど凄いな。アーニャは世界に下りて実際に見たり聞いたりして手探りで少しずつやってるのに、世界中の把握をスクリプト化できるんだ」
「その為に私は六年の勉強と、十八年の実験と、八年目の実践を重ねてるし。途中で何もかもがいやになって三年位何もしない期間もあったけど、やろうと思えば出来るよ」
「……おかしいな、同い年って聞いたけど完全に年上になってる」
頭の中で計算してみるが、死んだのが十二歳だとしても最低でも四十四歳になってる事になる。
数秒して、直ぐに思考を放棄した。
「ま、いっか。見た目が可愛けりゃ実年齢なんてどうでも良い」
「可愛いなんて、照れちゃうな~。テレサ可愛いから、仕方が無いか~」
「可愛いは正義教なんで、ブラボーラちゃんは可愛いので正義です」
「撫でて撫でて~」
「コイツぅ~!!!」
周囲の視線が当然だが痛い。
それでも辛うじて無視できるのは、コミケというイベントが魔境だからだろう。
……あ、あの人ツイッターでよく見る石油王じゃん。
そんなのが通れば、俺たちなんてただのバカですよね~。
「なに、してるんです? 公共の場所で」
「あ、アーニャちゃんおっかえり~!」
ジャレていたら、冷え込んだ空気が流れ込んできた。
スルリと、ブラボーラは俺の手から逃れてアーニャへと近づいた。
「ね~、聞いてよ~。カレね、私の事を誘惑するの~」
「なっ!? 違うぞ!!! 俺は──むしろふざけ合ってただけなんですがッ!!!」
コミケ会場で痴情のもつれのような騒ぎはゴメンだ。
変に騒いで2chやツイッターに晒されたらどうする。
次回があったとしても来られなくなるだろ!
アーニャがなんていって来るか、それに備えて即座に三つの論理武装を行った。
だが──。
「あ~、そうなんですか。ブラボーラさん、昨日は大変大はしゃぎしてましたもんね」
と、アーニャは直ぐに元通りになってしまった。
俺もブラボーラも拍子抜けである。
「あれ、え? アーニャちゃん、怒んないの?」
「だって、彼様は人を口説いたりしないですよ? 人を口説けないのに、どうして誘惑が出来るんです?」
なにその逆信頼。
童貞君が口説くとか無理でしょみたいに言われた気がして、それはそれで傷つくんですが。
「ブラボーラ様と貴方様が良好な関係を築けるのなら、それを喜ばない訳がありません。それでブラボーラ様の酒が減って、だらしない私生活が幾らか改善されるのでしたら嬉しいですし」
「……ゴメンね?」
「あ~……」
ブラボーラが俺に謝罪してきて、俺もそれを受け入れざるを得ない。
彼女としては俺をからかって、アーニャがちょっとプッツンして、俺がアタフタするのを見たかったのだろう。
だが、それが失敗したどころか受け入れられてしまい、更には夜の出来事を暴露されてしまった。
このままではブラボーラが可哀想なので、話を変える事に。
「それで、どうだった?」
「すっ……ごく良い曲でした! なので、三枚買って来ました!」
「使用、保存、布教用か……」
「で、一枚は貴方様に進呈します」
「あ~……アーニャ? 俺、パソコンもCDプレイヤーも無いんだけど。そもそも、電気無いし……」
「じゃあ、ノートパソコンも一緒に渡したほうがいいでしょうか」
「……止めよう? 自分で買うから、そこまでヒモになり下がりたくない」
何でもかんでもプレゼントされるとか、そんなの情けなさ過ぎる。
男が女性にプレゼントするのとはワケが違う、面子も甲斐性もズタボロだ。
都合よく利用されるのはイヤだけど、せめて誰かと一緒の場合は奢る立場で居たい。
「帰り道、秋葉寄ってくかぁ……」
「そんなことをしなくても──」
「まあまあ、何でもやってあげてたら人は成長しないよ? アーニャちゃん。時に崖や谷底に落っこちようとも、それを見守るのもまたお仕事だよ」
「そういうこと。さて、それじゃあ鞄に入れてくれるかな? そしたら次の場所に行こう」
「はい!」
三人で移動するのは中々に疲れる。
ブラボーラは小さすぎるし、アーニャは人ごみに流されやすい。
「あれ、アーニャ?」
アーニャとはぐれる事二回。
「ブラボーラ……あれぇ?」
ブラボーラが人ごみに埋もれて見つからなくなる事三回。
「二人とも何処行った!?」
そして二人が居なくなる事一回。
しかも二人は断固として俺がはぐれたと言って憚らない。
なんて奴等だ……。
「はわわわわ……」
「アーニャちゃん、しっかり~!」
エロ同人に囲まれた中、特大ポスターや色とりどり所か色が溢れすぎている物を見すぎてアーニャが数度パンクする。
それでも何とか彼女の求めるものを抑えると、休憩の為に中央路で休憩しにいった。
「はえ~……」
「無理しなくていいぞ? こういう場所って、一人じゃ無理な場合は代理購入とかファンネルっていって、誰かに買ってもらって後で交換するってのもありだし。何だかんだ半分以上は回れたんだから、のぼせないように」
「貴方様は平気なのですか?」
「まあ、足を引きずらない分マシだし、こういう所は満員のホームをスルスルと移動するのと、流れに逆らって行動しないってのを理解出来てれば樂かな」
人ごみに揉まれるのは仕方が無いけれども、どうしたら疲れないかというのはコツがある。
右と左での人の流れ、場合によっては通路一つで一本通行だったりもする。
人の波に入る時はその狭間に出来るだけ入らないように、紛れ込むなど色々ある。
前に人が居るのなら肉盾にすりゃ良いじゃんという戦術的な考えで衝突を避けるというのもある。
流れに逆らえば時間も労力もかかるし、たいてい隣の通路に行けば逆の流れが出来ている事も多いので思い切って少し迂回した方が樂な事も多い。
「まだ一日目だし、適当で良いんだよ。それに、失敗してもいいと思うけどな」
「そう、でしょうか?」
「手に入らないってのもザラだし、それこそ大手とかになると並んだのに目の前で売り切れとかもままある話だからねえ。最初から何でも上手くいくよりは、失敗しても上手く次から取り返せるように学んで、変化して、成長すりゃいいしね」
「長年の猛者は言う事が違うね」
「いや……本当の猛者はもっとおっとろしいモノだから」
そうぼやきながらツイッターアカウントでFavしたツイートを見ると、八万也三万也五万也、一日目で計十六万吹っ飛ばしたという人も居る。
それで三日間持つのかと疑問に思うが、持つのである。
「……貴方様は、大丈夫なのですか?」
「ん? まあ、興味が無い訳じゃないからねえ」
「不潔です!」
「不潔か……」
「そうです! こんな──絵じゃないですか!」
「まあ、そうだな? 確かに、絵だ。けどなアーニャさんよ。俺たちが好むアニメやゲーム、ラノベやコミックも……ただの創作だぞ?」
「それとこれとは──」
「違わないのだ。自分たちが当たり前のように享受してるものも、興味が無い人からしてみれば──なんの価値も無い。ただの絵だ、ただの色だ、ただの文字だ、ただの表現の羅列だ。宗教も創作だし、歴史なんて過去の残滓と残骸とも言える。価値を見出すからそれらは素晴らしくなるし、他人がなんて言おうとも独自の価値観で大事に出来る。……違うかなあ」
「──そうですか」
彼女が幾らか黙ったのを見て、やらかしたかなと頭をかく。
だが、彼女は立ち上がった。
「……これも、貴方様を理解する為です。我慢します」
「いやいや、何言ってんの!? 我慢するものじゃないんですけど!!! 趣味嗜好、好悪って合わせる合わせない以前に個人の傾向ですからね!?」
「い、いえ! そうではなく──いっ、一々すべてに反応するから良くないのです! つまり、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に──」
「それ、死亡フラグだから止めよう?」
「行きましょう!!!」
彼女は勢いよく立ち上がり、俺を招くように手を伸ばす。
だが、タラリと流れた鼻血が彼女の限界を示していた。
「あ~、私がアーニャチャンを見てるからさ、任せてもいい?」
「ん、傷病者をよろしく」
「ふぉ、ふぉんはぁ……」
ブラボーラによって鼻にティッシュをつめられるアーニャだったが、無理をされても困るのだ。
二人には頃合を見て外で合流しようと告げた。
コスプレをしたのなら、他者のも見ておいたら良いんじゃないかなというお話だ。
ブラボーラの作成スキルの凄さは俺には”スゲー”以上の感想が分からない。
これからどうするかは別にしても、刺激はあったほうが良いという考えだ。
ただ……面白い偶然というものもあるものだ。
「アルベルト、アンタが来たいって言ったんでしょ! 何で配置図が読めないわけぇ!?」
「ぬ、ぬぅ……済まない。だ、だがマリア? お前も『あれ凄い! これ何!?』と逐一止まるし、逸れるから現在地が分からなく──」
「男が泣き言いうな!」
アーニャは、この世界と殆ど一緒だといっていた。
どこかには同じ人物が居るだろうと、そんな事を仄めかしていた。
だが、俺は聞きなれたはずの声に驚いてそちらを見る。
そして、見慣れたはずの三人を見つけてしまう。
ミラノ、アリア、アルバート……。
まったく変わらずに、ただ現代に溶け込むために着替えただけにしか見えない。
「アンナ、大丈夫? 疲れてない?」
「大丈夫だよ、マリア。アルベルトくんも、ごめんね?」
「い、いや。俺が来たいと言ったんだ。それに、二人とも興味があったのだから、ついでだ……ついで」
「……でさ、思ったんだけど買ったものが多くなってきたけど、どうしよう? アルベルト、なんか良い考えある?」
「タクシーで帰れば良いだろう?」
「マジかよ……」
コミケでタクシー捕まえるとか、どれだけ楽天家なのかと頭を抱えたくなった。
一日で十八万人とかやってくるのに、タクシーなんか電話であっても掴まえられる訳が無い。
「あ~、失礼? タクシーは捕まらないから、閉会までに東館の……この位置に十四時くらいから配送業者が受付するから、そこで頼めば大丈夫ですよ」
「ぬ? 誰だ」
「通りすがりの人っすよ」
アルベルト……アルバートに似た男は俺を見て若干ではあるがいぶかしんでいた。
だが、配置図を出しながら説明をしていた事に気がつくと、俺の手にしていた配置図を覗き込む。
「すまぬが、書き写しても良いだろうか? 実は、コミックマーケットにはまだ不慣れでな。親切な日本人が居て助かる」
「こういう時はお互い様って奴ですよ。旅行で日本に?」
「いや、俺は日本に憧れて来たのだ。この二人は親のツテで休みだからと家に遊びに来た……親戚だ。──ドイツ語を綺麗に話すのだな」
あれ、俺って今ドイツ語話してるの?
日本語にすべて聞こえていたから日本語だと思っていた。
これはアーニャのくれた翻訳や変換の能力のおかげだろう。
俺には『sieg heil』と『sanitater』位しか言えないし意味も分からない。
「マリア、そんなに見てたら失礼だよ」
「だって、兄さんにすんごい似てるんだもん。もしかして黙って日本に来たの?」
このやり取りも、なんだか新鮮で楽しい。
適当にやり取りをしながら、俺はコミケに不慣れな三人に親切心ならぬ老婆心からいろいろと伝える。
「それじゃあ、三人のイベントが幸在らん事を」
「あんがとね、通りすがりの人」
「ありがとう御座いました」
「縁があればまた会おう」
三人と別れ、本来の目的であるアーニャの行きたがっていたスペースをめぐっていく。
アーニャやブラボーラが居るときよりも手早く移動も購入も出来たが、今度は「目移りして他のも買ってなかっただろうか?」とか考えてしまう。
スペースを覗く時、またスペースに覗かれているのだ。
まあ、両替で金を沢山渡されたから良いだろうと全部一つずつ買ってから、アーニャは三点買ってたので失敗したなと頭を抱える。
そして、外で合流しようとしたらそれはそれで問題を抱える羽目になる。
「いや、一枚! 一枚だけで良いので写真撮らせてくれませんか?」
「えっと、どうしよっかな~」
「あの、その、えっと……」
カメコかな?
一時間程度傍を離れているうちに、だいぶ厄介そうな状態になっていた。
数名のカメラを持った人が二人に話しかけていて、どうやら撮影したようである。
どうするのだろう、俺の管轄じゃないよなと事の成り行きを見守るしかない。
撮影に同意するもしないも彼女たちの意志次第なのだから。
さすがにローアングラーなら割って入るくらいはするが、流石に「Nonononono!《ダメダメダメダメ!》」と介入するのは意識過剰だ。
ブラボーラと目線があったが、どうぞというジェスチャーをする。
お好きにどうぞという事で、別に見捨てるわけではないのだ。
『これ、いいのかしら?』
突然、頭の中に声が響く。
それが彼女の飛ばしてきた声だと気づいて、長らく使って無かったなと思い出す。
『マズけりゃ止めるから、撮影くらい良いんじゃないかな』
『じゃあ、受けてみようかな。何かあったらちゃんと止めてね?』
『ういうい、了解』
ブラボーラがアーニャを説得し、数名のカメラマンを連れて移動する。
撮影の出来る場所にまで移動し、周囲の邪魔にならないかも徹底してからの行動だった。
ただ、人というのは流されやすいものだ。
二人が撮影オッケーで要求に乗って、様々なポーズを取っているのを見た他カメラマンが徐々に増えてくる。
いつしか、二人の周囲にはそれこそ野次馬レベルで人が集まっていった。
当然、そうなってくると無法者もの現れる。
人が増えたからと輪を徐々に狭めていき、立ち位置を変えて”ローアングラー”から”盗撮野郎”へと成り下がる。
それはまずいだろうと思って立ち上がったが、アーニャの隠された裾の中へとレンズが突っ込まれ、悲鳴があがりかけると同時にその男の手からカメラが奪われていた。
「Saleté《クソ野郎!》! 今私見たんだからね!」
「あぁ、何するんだ!?」
「アンタこそ何してんの。スカートの中に突っ込んで、犯罪よ犯罪!」
ミラ……マリアがなぜかそこに居た。
俺が駆けつけるよりも先に、なぜかそこに居た彼女がアーニャを救う。
しばらく彼女はカメラ小僧と言い争っていたが、アルベルトが「こっちだ」といってスタッフを引き連れていた。
俺はそそくさと二人の傍に近寄り、スタッフとカメラ小僧の話にこっそりと「見てましたけど、そのカメラマンスカートの中にレンズ突っ込んでました」と言うと連れて行かれた。
負け犬の遠吠えらしく「この程度でスタッフ呼ぶのならコスプレしてんじゃねぇよ!」との声が響く。
マリアが手を叩いて周囲から人を散らすと、立ち去らない俺を見て言う。
「で、アンタはまた会ったけど……何してんの?」
「いや。二人の……同行者で──助かった、ありがとう」
「Je vous en prie」
「はぁ、ふぅ……。俺の行動は意味があったか?」
「Probable」
「マリア……急に走り出さないでよぉ~」
正義を成したと言わんばかりにキマっているミラ……マリア。
ただ、置いて行かれたらしいアンナとスタッフを呼びにいっていたアルベルトはクタクタなようだ。
少しばかり考えこんで「休む?」とマリアに尋ねた。
クタクタな二人を見て、彼女は同意した。
……縁、というものなのかもしれない。
まさか似た相手に遭遇するとは思ってはいなかったが、それだけではなく連絡先なども交換する事になった。
アーニャやブラボーラは歓迎しないだろうなと思ったが、意外と二人とも交友を持つことには歓迎してくれた。
どうやら救ってくれたことでアーニャは感謝しているらしく、ブラボーラもその行動に好意的な用である。
一日目、二日目、三日目と三人と何度か会う事になり、俺も幾らか楽しむ幅が増えた。
金持ちなのかなと思ったら、三人とも金持ちな上にその年でン万も毎月もらってるのかよと血涙を流しかけた。
どうやらこちらの世界では勝ち組……というかブルジョワな家庭らしい。
今この瞬間だけプロレタリアートとしてハンマーと鎌を信仰してもいいとさえ思えた。
「見てよ見てよ。中世魔術をこんなにも解説してる同人誌が有ったんだから!」
「マリア……。貴様、天才科学者の名が泣くぞ。現代のエジソンの名が泣くぞ」
「良いじゃん。どうせ遊びで色々やってたら勝手に周囲が騒いでるだけだし、義務や責任、目的をもってやる研究なんて面白くないもの」
それと、人物像はおおむね同じなようである。
姉妹揃って飛び級してる二人と、すでに追い越されてグヌヌなアルベルト。
大学もアホくさいとかいって中途退学したマリアと、そんなマリアにくっついて止めたアンナ。
ただ、天才科学者なクセに魔術にはまってるあたりベースは変わらないのだろう。
「アンタは何してるの?」
「俺は……何でも屋、みたいな?」
「フリーランス……いや、無職? ニート?」
「しゅ、収入はちゃんとありますし?」
「へ~……」
おかしいな。
異世界では英雄だの何だのと言われてるのに、世界一つ跨いだ瞬間に冷たい世間に晒されている。
楽しいはずのコミケが、アフターで精神力をガリガリ削られる事になってしまった。
ただ、その裏腹にかつて様々な創作をした相手が現在進行形でがんばっているのを見て、少しだけ心温かかった。




