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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
9章 元自衛官、夢を見る
148/182

148話

 ~ ☆ ~


 舞踏会から数日、腕もほぼ回復した俺は学園の門でミラノやアリア等に見送られる。


「無茶だけはし無い事、ちゃんと無事に帰ってくること。それと、ちゃんと休んでくる事」

「変な事はしちゃダメですよ?」

「今回は大丈夫。別に戦闘の予定じゃないし、ちょっとした恩返しをするためだけに一緒に行動するだけだから」


 ミラノとアリアには別の事情を話しているが、内容はあんまり変わらない。

 アニエス……アーニャに世話になったので、そのお礼もかねて一週間近くの休みを取るのだ。

 実際にはコミケに行くのだが、少しばかり遠出をするという事にしている。

 

「カティアの事、よろしく頼むよ」

「本当なら私も行きたいのにな~……」

「悪い。けど、お土産は買ってくるから楽しみにしてて欲しいかな」


 そう言って、カティアも預けての帰省である。

 とは言え、望まれた帰省ではないのだが。

 カティアには一応都合や事情を話しており、回避してはいけない事柄だと述べている。

 少なくとも俺が今こうして生きているのは彼女のおかげであり、先の作戦が成功したのも彼女のお膳立てや協力があったからだと。

 不承不承ながら、彼女は認めてくれた。


「それじゃ、行ってきます」


 そう言って、衛兵に長期外出の許可証を示して出て行く。

 若干アルバートとの飲酒の影響、二日酔いが抜けてない気もするが仕方の無い話だ。

 そして教会の近くまで出向くと、私服姿のアーニャが壁にもたれかかりながら待っている。


「ごめん、待った?」

「いえ、今来た所です! ──って、あれ? これは、本来言うのが逆では?」

「し、仕方ないじゃん。自由外出出来ないんだし……。これでも三日、申請してからかかってますし」


 主人であるミラノ、教頭、そして学園長に至るまで印を捺した許可証がある。

 最後に一つ、誰のだか分からないけれども一つ捺印があるが……嫌がらせかも知れない。


「時間はかかるし、外出可能時間も定められてるし、碌な事は無い」

「いきなりのコマンドーですか」

「あと、俺が『遅れてゴメン!』って言うとしたらそれはそれで問題な気が……」

「どう問題なんですか?」

「誰かが俺の車を爆破しやがったんだ! って、流れで言っちゃいそうで」


 なお、その元ネタは日本でも何故発売できたのか分からない、海外のゲームである。

 牛乳を買ってくる、本を図書館に返すなどと子供のお使いのように見えるが、大分ブラックなゲームであった。

 待ち合わせに遅れた男はガチで車を爆破されて遅れてくるし、その後の言葉が「よし、本燃やそうぜ」という自然保護団体による反伐採運動である。

 何の皮肉かな?

 なお他にも「脳が溶けるぞ、ゲーム反対」と言ってる連中が「銃が俺たちを守ってくれるぜ!」とゲーム会社に討ち入りしたりもする。

 なんにせよ、凄いゲームだった。

 

「それでは、行きましょうか」

「任せる。ただ、円とか寝泊りする場所とかって大丈夫なの?」

「ええ、お任せください! マンションの一部屋を間借りする事になってます。というか、私たちが泊まるんですけどね」

「それって、例の?」

「ええ、貴方様の居た世界を管理していた女神の方の部屋です。ただ、泊めてもらう代わりに大分条件を付けられましたが……」

「ど、どんな?」

「部屋の掃除と、炊事洗濯洗い物……。家事全般です。ゴミ屋敷と言うほどじゃ有りませんが、三人で生活するには大分よろしくない状態なので。くれぐれも……くれっ、ぐれ~も! 洗濯はしないでください」

「あぁ、なんとなく……理解は出来た」


 つまり、俺が家でニートをしていた時と同じ惨状が広がってる可能性が高いと。

 食事を忘れて二十七時間ゲームでイベントラン、発売されたばかりのゲームを全力で遊び倒す、買い物に行かなきゃいけないけど数日入浴してない場合などになる。

 後で洗濯と乾すのが面倒になるものの、やってしまうことはままある。

 今は……自室で洗濯できるから良いけど。


「それで、どう行くのかな?」

「あぁ、それは人気の無い所で、見られないようにする必要がありますので」

「で、路地裏?」

「路地裏は一番安定しやすい場所ですから。それじゃ、っと」


 そう言ってアーニャはゆっくりと手を差し出す。

 袋小路の路地裏では、これ以上何処にも行けはしない。

 だが、彼女ののばした手は途中でその指先を何処かへ消していた。

 何かを掴んだようで、もう片手も同じように差し出すと空間を”こじ開け”る。


「……あぁ、そっか。いつもは精神だけ移動してるけど、今回は肉体ごとだからか」

「そうなります。それに、こういう演出ってすると盛り上がりませんか?」

「演出を省いた場合は?」

「ドアを開けるような感じで、こう」


 ドアノブがあるかのように空中で手を動かすと、SAN値が下がりそうな光景と共に空間が”開かれる”。

 たぶん、過去の人物がタイムトラベルして未来に送り込まれたら似たような感じになるのだろう。

 空間が切れる、裂ける、折れ曲がるとか物質とかどうなってるんですかね……。


「ささ、入ってください」

「一々勇気が要るな、これ。通ったらサイコロステーキにされてましたとか、マジ勘弁なんですが」

「バイオハザードもResident evilもないですから。というか、維持で疲れるので、早く」

「ういあ~」


 もうちょっと夢溢れる、恐怖を感じさせない光景なら良かったのにと思いながら空間の裂け目を通った。

 そして……ゲートを通り抜けると、空気が違うのを感じ取る。

 携帯電話が突如として騒ぎ始め、電波が通った事を知った。


「……ここは?」

「東京のマンションですね。少し都心から出ては居ますが、最上階の二階建ての部分だそうです。靴を脱がなくても大丈夫な大理石の磨き上げられた床、エレベーターが開けば玄関口を挟んでそこが家です」

「セレブだな……」


 一瞬だけ「あれ、俺は今海外に居るんだっけ?」と思ってしまった。

 しかし、直ぐにスカイツリーが何段層にも張られている広間から見る事が出来た。

 練馬駐屯地でイヤと言うほど見てきた見てきたのだ、間違うわけが無い。


「……部屋の主は?」

「テレビの音がしますし、そこでは?」

「おじゃましま~す……」


 一応そう言いはしたものの、まるで返事が返ってこない。

 あれかな、独り身が寂しすぎて無音じゃ眠れなくなったとか。

 それに関しては責められないし、自分も死ぬ前は動画とか音楽を再生しながらじゃないと安眠出来なかったから同情すらする。


 靴を脱ぎ、ゆっくりと歩いていく。

 そして家の中が結構散らかっているのを見て、家事を条件にしたのも頷けるくらいであった。

 壁に貼り付けられた4Kテレビと大きなソファー。

 そこに近づくと、アルコールの匂いが強く充満してくる。

 窓の外を見て、結露している窓を見てしまうが換気するしかなかった。


「あぁ、またお酒をのんだまま寝てます……。ブラボーラさん、起きてください! アーニャです、今つきましたよぉ~!」

「ん~……。オヤジさ~ん、はんぺん」


 どうやら大分酔っているようで、アーニャが起こそうとするが中々に目覚めそうな様子が見られない。

 仕方が無いなと、荷物を置いて先に出来る範囲で掃除を始める事にした。

 出前を頼みまくったらしく、その空き箱などが大分積み重ねられている。

 空き瓶や空き缶が床に沢山置かれている。

 使った食器なども行動範囲の外になる場所へと置かれまくっていた。


「やれやれ。俺も他人から見たらかんな感じの生活をしてたんだなぁ……」


 他人のフリ見て我がフリ直せとは言うが、追求すると自分にダメージが来るので出来なかった。

 そして、俺は自分に関連する事はズボラだが、自分の事じゃなければ俄然やる気が出るアホである。

 そういう意味では、自衛隊という組織に居た期間が輝かしく見えるのも納得である。

 自分の為じゃなく、国のためだと常に認識できたのだから。


「貴方様、すみません。水をお願いしても良いですか? 冷蔵庫に氷も有ると思いますので、冷や水を」

「ん、分かった」


 アーニャに言われて用意すると、慌てる彼女の声が聞こえる。


「って、ブラボーラさん!? なんで裸なんですか!!!」

「ぶっ……」

「ややや、ヤクモさん! 来ちゃ──見ちゃダメです!!!」


 そんなことは言われるまでもなかった。

 直ぐに回れ右して遠ざかり、脱ぎ散らかした衣類を身に付けるのを待ってから改めて向かう。

 ……しかし、俺が目にしたのは意外な人物像であった。


「ん~、ゴメンね? アーニャちゃん。ちょ~っと飲みすぎちゃった……。いまなんじ~?」

「えっと、十時になるくらいです」

「ってことは、六時間はちゃんと寝たんだ……。けど、寝たりないな~」

「せめて挨拶を済ませてから部屋でちゃんと寝てください。今換気も始めて部屋も冷えますから、暖房の利いた場所で」

「ん、そだね。それと……初めましてだよね? キミ」

「あぁ、えっと。初めまして。アーニャの下で世話になってる、ヤクモを名乗ってる人物です。彼女には……色々と世話になっていて、今回の件でお邪魔およびお世話になります。よろしくお願いします」

「ん、私はブラボーラだよ。宜しくね」


 そう言って、彼女は軽い敬礼をして見せた。

 軟派な態度では有ったが……それが似合ってしまう風貌をしている。

 カティア以上ミラノ以下……140代の背丈だ。

 ツルーンでペターンな体つきをしていて、とてもじゃないが酒を飲んでズボラな生活をしているようには見えなかった。

 顔色、髪質、肌荒れ、眼孔……どれも健康的である、神だからか?


「あ、あと。その堅苦しい敬語や丁寧口調は無しで良いよ~? どうせそういうの気にならなくなるだろうし」

「……それって、外見を含めた自嘲?」

「生活習慣を踏まえた自虐だよ。けど……ふ~ん、そっか」

「な、なん……ですかね?」

「ううん、別に? 仕事上色々資料とか渡したり目を通したりしてるんだけど、今はそんな感じなんだ。家に居た五年に比べれば……大分、回復したみたいだね」

「まあ、回復したというか、忙しすぎて鬱屈してる暇が無かったというか……」

「けど、まだ病気は治ってないんだね。私の顔、見えてる?」


 そう言って、彼女は自身の頬を指し示す。

 俺はそれを認識しようとしたが、その瞬間に笑われる。


「ダメだね~。あの日から、顔を覚えられないってのは変わってないみたい」

「あの、ブラボーラさん。それは、一体──」

「心的外傷、トラウマってやつだよ。ご両親の顔、潰れてたもんね? そのせいで他人の顔が認識できないんだって。他の人と距離を作ったままなのは、そのせい?」

「べ、つに。それは、今関係ないんじゃないですかね? それか、あんたが……初対面の相手を面罵して、その態度をテストしてるとか」

「ううん? 色々文句の一つや二つは言いたいんじゃないかと思って。世界中に……沢山溢れてるのを見てきたはずだよ? 神様、何で~ってね。ほら、私が君の両親と君自身の最後に関わってるんだから、何も感じないし思わないってのは無いんじゃないかと思って」

「──嘘、ッスね。アーニャが言ってたんだ、管理してるとは言え世界の裏までは見通せないって。それに、俺は一々自分の不幸で神を恨むような……教えは受けてない。そっちにはそっちの事情や都合があっただろうし、そもそも……膨大すぎる人々の中から自分だけ救えってのは傲慢が過ぎるだろ」

「……そっか」


 今俺は試されたのかも知れない。

 あるいは……アーニャと出会わずに居たなら、今ので取り乱していただろう。

 しかし、アーニャは色々と頑張っている、その姿を俺は見てきている。

 もし……アーニャがただの事務職のように居座るだけであれば、あるいは教会で仕事をしているのを見ていなければ……今のような対応は出来なかっただろう。


「──はい、保険証。医者に見てもらって、幾らか処方してもらってきて。その薬が分かれば、今度は私が用意するから」

「ありがとう、ございます?」

「あはは、良いってば。会って直ぐに不快にさせたお詫びと思ってくれれば。あ、そうだ。医者で思い出したけど、料理が得意なんだよね? 料理とか任せても良い?」

「え……。あの、俺。近場の店知らないんですけど」

「大丈夫大丈夫、キミの家まで乗り換え一階で帰れるし。なんなら地元まで行って買ってきても良いよ? 魔法、使えるんでしょ?」


 言われてから、俺は魔法が使えないと思い込んでいたのを思い出す。

 世界を跨げば常識が変わるように、魔法が使えたとしても別世界でも通用するとは思わなかったからだ。

 システム画面、ストレージ、ステータス、パーティー編成も確認できた。

 指を鳴らして指先から火を出す事も、水球を出す事も可能だった。


「あ~……なにか、注文ってあります?」

「お肉! ただ、お味薄めでお酒に合いそうなの!」

「まだ飲むんですか……?」

「お酒は人類の霊薬! 或いは堕落へ突き落とすキリスト教で言う悪薬?」

「……冷蔵庫見て、それでお昼を考えます。それから、買出しして夕食と明日以降の分も幾らか」

「それじゃ、これも持っていってよ。お金の心配しないで買い物したいでしょ?」


 そう言って彼女はゴミのように投げ捨てたそれはブラックカード。

 限度額が……確か無制限で、それこそ金を湯水のように使える──幻のカード。


「あの、ブラボーラさん? このカードがどういうものか知ってます?」

「働いてなくてもお金なんて自由に出来るんだし、無制限に手に入る物の価値なんて暴落するよね?」

「はは……はぁ──」


 サイフを取り出してカードをねじ込む。

 これをスーパーで提示なんかされたら、一部のレジを受け持ってるパートさんやアルバイトさんは目を回すんじゃないか?

 嫌な汗が出てきた、どうしよう。

 逃げるように家事に戻ると、大金どころか予想もつかない金額に心臓が破裂しそうだ。


「あ、アーニャ。洗剤とか確認しておいてよ、食材もそうだけど日用品や洗濯用品とかも徹底しておこう。机の上に……メモ帳を置いておくから、出来れば明日にまで回したくない」

「分かりました」

「宜しく~」

「「部屋で寝て」」


 再びソファーにパタリと倒れこんで惰眠を貪ろうとした第二女神に容赦なく突っ込む。

 彼女は面倒くさそうにしていたが、解放された窓から十二月の寒さが部屋を侵食されるのに身震いすると階段を登って二階の部屋へと向かっていった。

 ……てか、冬なのに暖房利かせまくってホットパンツに肩出しシャツとか冒険しすぎでは?

 冷蔵庫を見たらアイスがぎっしりと冷凍庫を埋め尽くしているし、スプライトが何本も貯蔵されていて食べ物が一切無いでやんの。


「アーニャ? 冷蔵庫見たら食べ物が一切無かったから、ちょっと調べながら出てくる」

「あ、じゃあその間に洗濯物を纏めておきますね」

「ん、有難う」

「あ、ヤクモさんが言っていたバッグは用意してありますのでストレージから出してお好きに使ってください」

「了解」


 久々の地球……というよりも、久々の日本の初日は家事で大分使いそうだ。

 エレベーターで現在の階層が十二階と言うのも知った。

 そして先ほど渡された保険証に『玄関の自動ドアのパスワードだよ!』という、イラスト付きのメモが貼り付けられていた。

 自動ドアとか懐かしい限りである。

 少なくとも、海外に居た時は常であり、日本に来てからは縁遠いものでもあった。


「……ここ、代々木なのか」


 本当に地元に近く、一時間あれば戻って折り返す事も出来そうだ。

 少しばかり悩み、直ぐに駅へと向かう。

 調べるのは列車の中で良いが、その為に時間を浪費したくない。

 今回は地元へ向かおう、そして明日以降……機会があればこれからは近場で買えば良い。

 PASMOの残高を確認し、アーニャに貰った円でチャージをしてからホームに入る。

 ……それらの光景が当たり前なのに、そうだった筈なのに場違いに感じる。

 ホームにはスーツ姿の社会人や定年後と思しき人物、旅行できただろう外国人も見かける。

 彼らは携帯電話を弄り、イヤホンを耳に差し込んで音楽を聴き、周囲に意識なんて割いていない。

 そんな人物を見てから、俺もヘッドホンを耳に宛がい携帯電話を弄り出す。

 多分、弟は携帯電話の解約にまで気が回らなかったのだろう。

 あるいは、ブラボーラが契約名義を移してくれたのかもしれない。

 山手線から乗り換え、更に三十分ほど揺られ続けると地元の最寄り駅にまで到着した。

 ホームなのにアウェイに感じるのは、何かしらの皮肉なのかも知れない。


「……三ヶ月前、だもんな」


 自分がこの世界を去ってから、まだそれしか経過していないのだ。

 防音対策をしたパチンコだの、商店街だのは未だにやっているようであった。

 そこから暫く歩いてスーパーを目指すが、その途中に新しく保育園が出来ていた。

 元々はクリニックだったのだが、立ち行かなくなったのだろう。

 三ヶ月だか、それでも三ヶ月か……。

 色々違いは有るが、決定的な違いが有るとすれば若返った上に足を引きずっていない。

 周囲の変化ではなく、俺の変化である。


 スーパーでカゴを手に取り、電車の中で書いたメモ帳を片手に買い物を始める。

 最初は手持ちで十分かなと思ったが、三人分となると直ぐにカートともう一つのカゴが必要となった。

 そして三十分程かけて不足無いようにと頑張ってからレジへと向かうが、並んだレジが悪かった。


「香山ちゃん!?」

「ぁ──」


 レジのおばちゃん……、自分が日本に来てからずっとこのスーパーでパートをしている人物に当たってしまった。

 当然ながら高校生からの付き合いになるので、既に十年以上の時が流れたことになる。

 だが、おばちゃんは直ぐに口を抑えて笑って誤魔化す。


「ああ、やだ。ごめんなさい。私の知ってる子に似てたもんだから、つい」

「いえ、大丈夫ですよ。このカードって、使えますかね?」

「ええっと……おやまあ、凄いカードを持ってるねえ」

「面倒見られないから、これでどうにかしてくれって渡されたんですよ。で、どうですか?」

「大丈夫だよ。自動レジになったから、九番のレジに行って頂戴ね」

「有難う御座います」

「いいえ、どういたしまして」


 ……三ヶ月ぶりなのに、自分を自分と認識してくれて、覚えてくれている人が居た。

 それだけでも嬉しかった。

 鞄の中に幾らか買ったものを詰め込み、あまりをレジ袋に突っ込んで店を出る。

 そしてその足で──俺は自宅へと向かった。

 途中で周囲を確認して、買った物をストレージにしまいこんで。


 尻ポケットには死んだ時、当時のままに家の鍵が差し込まれている。

 それを持って、ドキドキと早鐘を打つ心臓を押さえきれないままに家へ。

 久々に見た自宅は……いつも通りだった。

 ビラ・チラシ厳禁にも拘らず幾らかねじ込まれる政党のチラシ。

 既に鬼籍に入ったにも拘らず選挙の投票に関するものまで入っている。

 杜撰だなと思いながら、鍵を差込み……開ける。


 当然だが、人の気配は無かった。

 弟は就職したままだし、妹も結婚して海外にいる。

 つまり、管理者である俺が居なくなれば──誰もいなくなって当然なのだ。


「あれ、電気が通ってる。水道──ガスもだ」


 もしかして、止め方が分からなかったのだろうか?

 そう思いながら踏み込んだ我が家は、本当に”我が家”だった。

 靴を脱ぎ、リビングに入り込むと膝から崩れ落ちた。

 そして呼吸が荒くなり、涙が溢れる。


「ただいま、ただいま──」


 お帰りと誰も言ってくれない家だが、俺の”心の在り処”に帰ってくることが出来た。

 今まで張っていた虚勢も、立派な自衛官の物まねも全て剥がれる。

 そして、俺がそうしたように弟か妹が同じことをしたのを──。

 ”俺の映っている写真が、全て伏せられている”のを、見てしまった。

 更には、俺の生活していた痕を……誰も片付けられなかった。

 

 床に直置きしたマットと、毛布と布団がそのままに置かれている。

 弟が組んでくれたパソコンは、デスクトップに遺書を残しているにも拘らず譲られたり処分もされたりしていない。

 ただあの日、俺が出かけて行った時のままにこの家の時は止まってしまったようであった。

 起動されたままのパソコンは、俺が書いた遺書を誰かが開いたままにスリープ状態にされている。

 違いが有るとすれば、だれかが……俺の良く使っていたコップは綺麗にしてから同じ場所に戻してくれている。

 埃に塗れたパソコンはキーボードの奥に至るまで綺麗にされていて、それが”俺の墓標”のようにされている。

 あるいは、生前俺が好きだったからという理由で状態を保存した。


「バッカで……。黒歴史、処分されてね~でやんの」


 何度か妄想や想像を小説にして、大賞やネットに投稿していたものすら残ったままだ。

 一度も受賞せず、それどころか掠りもしない駄文だ。

 ただ、そのどれもが「作者死亡に付き終了」というものを、作者サイドから新たに投稿している。

 これは弟だろう、ツイッターも……同じようにされていた。


 これらをみて、俺の死は決定的な物になった。

 存在していながら、世界に否定される側になったのだ。

 これは、かなり精神的にクる。

 ミラノは、これで……今まで生きてきたのか。


「──ナイス、また後で来るよ」


 パソコンの前には、同期がラクガキしまくった部隊帽が置かれている。

 それと、鶴巻が俺の家に来る度に買ってきていた酒まで置かれていた。

 アイツ、態々来てくれたのかと思って居たが、傍にあるレジ袋にも気付いて開いてみると、他の同期が同じように買ってきてくれた酒も置かれていた。

 しかも、誰一人として俺の好きな酒を買っておらず、自分が好きな酒を持ってきているあたり”らしいな”と思わされた。

 それらをストレージにしまいこむと、俺は家を出た。

 そして──ゆっくりと帰路に着く。

 涙は溢れはしたが、今は大丈夫。

 結局往復含めて四時間はかかってしまい、寝癖ボサボサなブラボーラが玄関先にいる。


「ご飯まだぁ……」

「あ、あぁ……悪い。今日は地元まで行って買ってきたから遅れちゃって……。それと、これレシート。大分沢山買ったから、時間食っちゃって……」

「んぃ。お腹空いた……」

「直ぐに取り掛かるから、ソファーで転がってくれれば」

「んぃ……」


 ブラボーラはユラユラと歩き、ソファーにポフリと倒れこんだ。

 換気が済んだからか既に窓は閉ざされており、室内は暖かくなっている。

 脱ぎ散らかされた衣類や、まだ片付いていなかった洗い物も既に終わっている。


「あ、お帰りなさいませ貴方様。食器や調理に使うものは片付けておきましたし、キッチンや水周りとかも綺麗にしておきました!」

「有難う。ちょっと今回は冷凍も幾らか混ぜるから、何段階かに分けて出すんで。直ぐに席につける作業にしてくれると有り難いかな」

「分かりました!」


 さて、簡単なメニューだ。

 冷凍餃子を水油で炒めてやり、ホイコーローとチャーハン、更にはコーンスープという組み合わせで良いだろうと早速台所を支配する。

 同時進行? そんなもの炊事班でイヤと言うほどやってきた。

 料理をしながら携行食も用意し、その上で調理と米とぎだの何だのも朝飯前だ。

 一人で三人分の作業をこなす炊事人とは俺の事だ、出来ない訳が無い。


「んぁ~……いいにほひ。良いな~、美味しそうだな~」

「スープを先に出すから、あと……二十分くらいしたら席についてくれると有り難いかな」

「お代わりある?」

「一回分なら。即席だから分量は少なめだけど、それは夕食に期待してくれると嬉しいかな」

「やたっ!」

「ブラボーラさん、雑巾ってありますか? 掃除機まではかけましたけど、拭き掃除が未だなんですが」

「クイックルワイパーじゃダメ?」

「それは床掃除で、最後の仕上げで使うものです。雑巾は机や高い所を掃除するのに使うんですよ? それに、風呂場の水垢とかも落とさなきゃいけませんですし」

「洗面台の下を開けたら有る……気がする」

「……未使用の雑巾パックなら台所にあるんですが、これはなんだ? 証拠物件として押収してもよさげですかねえ……? 自分の家の事の把握がガバガバじゃねぇか」

「まあ、そもそもこの家に休みに来てるわけだもの。把握しきれてなくても可愛いと思わない?」

「可愛くても許されないと思うんだ」

「世界一可愛ければ許される!」

「それは否定できない」


 カティアが小悪魔系ロリだとしたら、こっちは……なんだ?

 

「今失礼なこと考えなかったかな? キミ」

「料理してるのにそんな暇無いですけど!」

「とか言いながら、もう一人で始めてるじゃない。私にもお酒の~ま~せ~ろ~」

「はぁ……」


 自分用にと買ってきたのどごしSTRONG、その一缶を冷蔵庫から取り出すと彼女に私にいく。

 

「ありがと。素直な子は好きだよ? 好き」

「そりゃどうも」

「それで、あと何分?」

「あと十五分」

「は~や~くぅ~」

「おねだりされても、一番美味しい時期を逃した料理なんてただの空腹を満たす為の行為に成り下がるのでダメです。料理をするのなら美味しい物を、また食べたいな作りたいなと思えるものを作るのがモットーです。というか、肉を使ってるから火を通させてくれないと怖いんですが」


 調理の合間合間に酒を飲みながら、久々の酒に酔いしれる。

 その途中で携帯電話で動画を流したりしながら、大分充実している。

 だが、そんな中彼女はゆっくりとこちらに歩いてくる。


「お代わり?」

「ううん、まだあるよ? というか、乾杯してなかったね」

「あぁ、まあ……します?」

「うん、いらっしゃいもかねて乾杯!」


 彼女と缶を重ね、ゴクゴクとお互いに酒を飲んだ。

 そして缶を置いて一息をつくと、彼女は更に近寄った。


「で、久しぶりに戻ってみてどうだった?」

「どうって?」

「自分の家、入ったよね? 私、知ってるんだ~。というか、いけない子だね? アーニャが自分の家とかには寄るな~って言ったと思うけど」

「……冗談キツイな。そもそも遠まわしに”行っておいで”って言ったように聞こえたんですがね? じゃ無けりゃ釘を刺すか、地元のスーパーを提示して行く様に仕向けるとは思わない」

「私は言ってないけど。そっか~、そう受け取っちゃったか~。じゃあ、事故だよね? 事故。テレサ悪くない」

「テレサ・ブラボーラって言うんですねえ……。んま、事故は事故です。一度目は見逃されるべきでしょう。それこそ、お互いの勘違いや誤解での出来事ですから」

「で、どうだった?」

「別に、何にも。ただ、自分が死んだんだなあって事が事実として刻まれていて、それでまた世界は歯車を一つ欠いても回り続けている。家族の誰かが自分の生活そのものを墓標にしているのを見て、同期が弔いに来てくれてた。それだけで十分かなあって」

「それで泣いちゃったんだ」

「泣いてません」

「安心したよね、自分のシェルター《居場所》に戻れたんだもんね。えっと、キミの聞きなれた言葉で言うのなら”帰省”って奴だよ。ジエータイでもあったでしょ? そういうの」

「まあ、有るには有りましたけどね」

「それに、アーニャちゃんが特別扱いしてる子だから、ちょっと気になったし」

「特別扱い、ですか」

「だってさ、女神になってから私の所に来てキミの事を教えてくれ~ってしょっちゅう来てたもん。それで、死んだら直ぐに引き取るからって大分無茶したし、先輩としては気になるよね」

「──は?」


 意味が分からない、理由が納得できない。

 情報が欠落していて、何故彼女が生前の自分まで気にかけるのかが判断に困る。

 

「そういや、転生前に色々説明されましたっけね。俺だけ……なんだか、転生者として受けられるボーナスが多いとか。そこらへんの兼ね合いもあったんじゃないですか?」

「ん~、違うよ? というか、キミは覚えてないかな?」

「何がです?」

「彼女の事、見ていて何か思い出したりしないかな~なんて」

「転生した時が初対面の筈ですけどね。それ以降は大分付き合いもありますけど、その理由も危なっかしい人間性をしていたからだと判断してるかな」

「──ウソ、じゃないみたいだね」

「こんな事で嘘ついても仕方が無いでしょうに」

「ん~、そっか。それじゃあ、私がする話じゃないかな」


 そう言って、彼女はグビリと酒を一気に飲み干した。

 そして冷蔵庫から新しく一缶出すと、カシュリとタブを開いて美味しそうに一口目を飲む。


「そうだ、学生の頃のお話聞かせてよ。高校生、日本に来てから」

「そこらへんも、資料にあるのでは?」

「敬語禁止。それと、資料はあくまで資料であって、主観的情報は含まれないんだよ? 事実と、その結果から下される第三者や世間の評価だけで済むのならさ、世界大戦は連合国こそが悪であり引き金を引いたという事実も隠せるよね?」


 その言い分に納得してしまい、誤魔化すようにビールを飲む。


「テレサ、賢い」

「それ、あざとい」

「しょうがないでしょ? 私達の仕事ってのは孤独がつき物なんだし、自分で自分を褒めなきゃ誰も褒めてくれないよ」

「……そう、だったな」

「まあ、お酒とか飲んじゃうよね~。ピザとか頼んじゃうよね~、けど飽きちゃうよね~。そうなってくるとね、何で女神なんてやらされてるんだろうな~って。神様ってのも、案外バカなのかも」

「──そっか。俺たちにとっては神ってのは形の無い、個々人々や国や歴史が勝手に作り上げたものだけど、ブラボーラやアーニャにとっては実際に関わった相手なんだよな」

「関わったというよりは、触れた……かな? 私にもまだ良く理解できてないけど、いつかは解明してみせる。テレサ、天才だから」


 ……これ、もしかして自分で自分を褒めているというよりは、破綻しかけた人格を無理矢理自分を鼓舞する事で立て直してるって見たほうが良いんじゃないか?

 そうじゃなければ、変人奇人の類にしか思えないが。


「そういや、先輩って……どれくらい先輩なんだ?」

「私が死んだのは9.11だよ。飛行機が乗っ取られて、ツインタワーに突っ込んでね。アーニャちゃんはそれよりも後だよ」

「きゅ……」

「だからね? この若さは自前だからおばさんとか言ったらぶっ飛ばすし、子供っていうのも禁止。生きてたら同い年だもん。じゃなくてさ、学生時代の話を聞かせてよ~。友達とか居なかったの?」

「友達……かどうかは分からないけど、仲間なら居たよ。今は全員海外に行っちゃったけど、オタク仲間でさ。日本に来てまだオタクとか良く知らなかった俺にも色々布教してくれたし、日本語も曖昧だったのに良く付き合ってくれてたよ」

「仲は良いの?」

「まあ、俺は好きだよ。いや、今となっちゃ好きだった、になるのか。三年間楽しかったのは皆が居たからだし、そのおかげで今の俺が居るといっても過言じゃないからなあ」

「けど、その割には女子生徒との関わりも幾らかあったんじゃない?」

「それは有ったかも知れないけど……今じゃ名前も曖昧だし、殆ど覚えてないよ。別に友達だったわけでもないし、何か有った時にしか繋がりが無いのならそれは親しい訳じゃないし」

「ふ~ん? けど、ちょくちょく同じ生徒と接触してるよね? 教科書を貸したり、家庭科の授業の時に絆創膏貰ったり」

「──よく、覚えてない。有ったかも知れないけど、意識して行った事じゃないからなあ。それに──」

「それに、ご両親から大分色々言われてた頃だもんね? 弟や妹と比べられて、その上バイトも面接落ちばっかりで。バイトに採用されたのは三年生になってからで、それも無人のATM設置場だし」

「……これは、しなきゃいけない話か?親しくしてた連中との事は良く覚えてるけど、それ以外のことは本当に覚えてないんだ。いや、どうでも良かったんだ。あの頃は一番生き急いでて、価値を見出せないものを一々記憶しておく事すらもったいなかった。そうやってムダを削って、思考リソースを配分していって、日本語の勉強だけじゃなくて……二人に負けない何かを手に入れたかった」


 溢しながら、出来上がった料理は完成したと判断したと同時に盛り付けていく。

 コーンスープにはバジルとパセリも盛り付けて視覚的な変化をつけた。

 ホイコーローも野菜の色合いと肉の盛り付け方に気を使い、変に空間を作ってしまわないようにした。

 チャーハンも態々ベニショウガを刻んで細かくして、パラパラと振りかけて味覚的な変化を作る。

 餃子も焦がすギリギリを攻めて、褐色の衣を作る。


「国に忠を尽くせ、己に忠を尽くせとは言っても……それは俺の言葉じゃない。俺には気がつけば作品や創作の言葉が溢れていて、自分自身を失っていった。今でも……二人に勝てる気はしない、ホントだ」

「そっか~」

「けど……そうだな。教室に、自分に似たような子が居たのは覚えているかな。友達が出来なかった自分、日本語を覚える事ができなかった自分とでも言えるような……そんな子が。教科書を貸したのは覚えてるし、教室で本を読んでいたりゲームをしていたのは記憶してる」

「お? 聞かせてよ」

「言ったけど、覚えてないんだ。ただ……酷く大人しい子だったかなって記憶しかない。友達は居ないみたいで、どこにいても一人ぼっちだった。教室でも、図書室でも、授業でも。それで……なんだっけ。一度──日本語を間違えて……日本人どもが哂ったのを、凄く腹立たしく思ったのを覚えてる。英語の授業中は嵐が過ぎるように静まり返ってる連中が、日本語を用いる科目になると増大するのかって。それで、それで──転んだ」

「消しゴムを落として、立ち上がる時に足を引っ掛けてだっけ? その時こめかみを切って大量出血、人生初めての保健室の利用だったのよね」

「消しゴムを落としたわけじゃないぞ? 消しゴムを使いすぎて、新品だったのにブリン! って欠けてさ。それを追いかけようとしたら倒れただけで、ウソじゃない」

「その子、何か言った?」

「勝手に転んだバカに言う言葉なんて有るんですかねぇ……。そもそも冷静になってれば消しゴムは欠けなかったし、立ち上がる必要も転ぶ原因も無かったと思うんですけどね。お皿って上?」

「箸とかスプーンは隅よ」

「並べるの手伝って?」

「は~い」


 彼女の手伝いを得て、すぐさま食事の準備は済む。

 ビール缶を片手に机に向かうと、二度目の乾杯の為に彼女が缶を差し出していた。


「──アーニャちゃんはね、私の可愛い後輩なの。だからね、出来るだけ私は可愛い後輩の為に色々してあげたいって訳なのよ」

「そっか」

「でね、私はキミをどう判断して良いか判らない。アーニャちゃんが特別扱いしてるから下手に扱えないし、だからと言って問題視するほど特別じゃない。キミは、何処にでも居る人の要素を組み合わせただけの、ただの人間だもん。完璧主義者で、潔癖症で、正義に篤くて、承認欲求が満たされなかったから餓えてるだけのね。それで、何処にでも居る悲しいお話が有っただけの、ただの人」

「そんなの、重ねて言われなくても分かってる。自分よりも不幸な奴は沢山居るし、不幸の理由なんて人それぞれだ」

「だから、キミが彼女を大事にしてくれるのなら……私からもご褒美をあげる。だから、悲しませたりしないでよね」

「それは……難しいな。そもそも、一般人と女神とで、世界レベルでの隔絶があるのに」

「ま、今回のコミケだっけ? それでちょっとお互いに知っていけば良いでしょ。あ、そうだ! コミケ! コスプレ! 私も行った事ないけど、着せ替えできるんでしょ?」

「その認識はどうなんだ……。俺はコスプレの規約は知らないぞ? そもそも、イベントだって一般参加だったし──」

「スペースを常に同じサークルのメンバーに、日本語が不自由だからという理由で預けて遊び歩いた男の何処が一般?」

「チケット入場はした事ないわぁ!!! それで、何が目的で?」

「アーニャちゃんのね、お着替え写真が欲しいの!」

「もしもし、ポリスメン?」


 ピ・ピ・ポと110番が押される。

 しかし、それが発信される前に彼女の手が携帯電話を抑えた。


「生着替えじゃなくて、コスプレ衣装の写真。だいたい、生着替えなら家に居るんだから幾らでも撮れるし」

「おい、盗撮を自白したぞこの駄女神」

「私はアーニャちゃんラヴだからね。あの子の愛に絆されれば、仕方の無い事なのよ!」

「──よし、盗撮に関しては聞かなかった事にする。コスプレの写真が手に入るのならそれは俺も大歓迎だ。けど、それには説得しなきゃいけない。何か有るのか?」

「私も同じように着替えればあの子も従わざるを得ないでしょ。その為に徹夜で何日も何日もよなべしたんだから」

「もうちょっと利口な徹夜理由を作ろうぜ……。ちなみに何のコスプレ?」

「どれが良い?」


 ブラボーラが指を鳴らすと、その場に沢山のコスプレ衣装が現れた。

 十や二十では利かないコスプレ衣装の数々、その中にはマネキンに着せられたものまである。


「……あの、もしかして貴方様が身に付けるお召し物って、あれでごぜえますか?」

「かっわいいでしょ?」

「あの十字架は多分銃刀法とかコスプレのルールに引っかかるのでムリですねえ……」

「そんな!? アレを着て『TeriTeri、増々かわいい~!』って言いたかったのに!」

「名前が同じだからってそっちぶっこむか。それだったらジム・ブラボーラのコスプレでも良いだろ」

「おっさんのコスプレなんてヤ! というか、チャプター1で死ぬ主人公の同僚だし!」

「……そろそろしまおう、それと乾杯。アーニャを食事に呼びたいから場を整えてくれ」

「アイアイサ~」


 ……警戒すべきなのか、それとも頼もしい人物として歓迎すべきなのかは分からない。

 ただ、女神というよりかは……彼女もまた普通の人のようで安心した。

 

「や~、良い匂いがしますぅ~……」

「アーニャちゃん、はやく~! もう盛り付けちゃったわ」

「わわっ、それは大変お待たせしてしまいました!? 直ぐに行きます!!!」


 階段を下りて来た彼女は直ぐに席に着く。

 だが、そのまま両手を組み始めた。


「あ、お祈りだけさせてください」

「私は大丈夫だけど、キミは?」

「俺も大丈夫。無理解な訳じゃないしね」

「それじゃあ、失礼して……」


 天に召します神様よ、と。

 彼女は様々な事を感謝し始める。

 それは聞いていて澄んだ物で、こちらまで何かしらの不思議な気持ちにさせるものであった。


「ね、この子の凄いとこは、こ~いう所。純粋で、守ってあげたくなるような気がするでしょ?」

「まあ、確かに」

「それに、この状態になると周りが見えてない。一種のトランス状態になってるの。こんな子に、朝の教会や夜の蝋燭の灯を前に祈ってるのって……イイと思わないかしら」

「個人的嗜好?」

「いいえ、神を信じられなくなった私が、信じている彼女を信じられる理由かしらね。神が居ても居なくても、彼女のこの純粋さは守ってあげたいから」


 それが本心、なのかも知れない。

 変態染みた事を言い出したからどうしたものかと思ったが、些細なものでも”信仰”足りえるのだろう。

 女神が女神の中に神性を見出すとか、何かの皮肉かといいたくはなるのだが。

 そしてトランス状態というのは事実のようで、彼女には今のやり取りは聞こえていないようであった。


「お待たせしました。それじゃあ、頂きますですね」

「はいはい、頂きます」

「どうぞ召し上がれ。口に合えば良いけど」

「とか言って、自信ありそうだけど?」

「料理の質には自信があるさ。けど、味付け含めてそれが合うかどうかは別問題だからね」

「あぁ、だから昼食の調味料の配分を計算してたのね。塩分も味も薄めで本当に間に合わせ……。ということは、夕食はリッチ?」

「期待は裏切らない方向で頑張りたいかな。その前に、寝泊りする場所の選別くらいはしておきたいけど」

「一つ下のフロアも借り切ってるから、そっちでも良いのよ?」

「わ~、お金持ちさんですねえ……。ブラボーラさん、凄いです!」

「あ、うん。そ、そりゃ先輩だもの! これくらいっ、大した事ないかしら」


 あぁ、うん。何でアーニャを大事に思っているのか理解できた気がする。

 金なんて幾らでも出せば言いとブラックカードを投げ捨てた人に、そんな大金どうやって稼いだんですかという尊敬の眼差しを向けられている。

 何でも手に入れられて、何でも改変できて、何でも出来る筈なのにだ。

 これが天然じゃないとしたらなんなのだ?

 

「貴方様の料理は美味しいですねえ……」

「わっ、ホントに美味しい。チクショ~、五割増で言ってると思ったのにな~」

「向こうでも何度か料理をしてたらしいですけど、食べた人からは良い評価を受けてますよ?」

「ピザも飽きたし、こういうのも良いかも」

「ブラボーラさんは料理をなさらないんですか?」

「ん~、化学式だとか数式だとか統計だとか、そういうのは良いんだけどね。料理って作用だとか反作用とか関係ないし、そもそも1に1を足して2になるという数学的なものも、3にも4にもするという科学的なものも、10にも100にもするという経済学的なものも当てはまらない料理には向いてないのよ。分かる?」

「む、難しい話は……」

「お、俺も高卒だし……」

「まあ、私は天才だから。学校というニューロトレイナーの下位互換のようなシステムに頼らなくても、十冊百冊千冊と学術書を取り寄せて、言語問わずに読み漁れば大学に行かなくても勉強は出来るし。幸い、みんなにとって24時間で頭打ちだった一日という区切りを大幅に超えた時間を使う事も出来たしね」

「流石です……」


 アーニャが素直に感心しているが、それを「出来るようになるまでトライしたら、そりゃエラーしなくもなるだろ」と思うのは捻くれているからだろうか?

 いや、或いは人生というレースの中で一人だけ何倍速で駆け巡るブーツを履いてるとか、そういうレベルの話なのかもしれないが。


「それじゃ、夕食も期待して良い?」

「注文は? 米も冷凍のものじゃない奴が炊ければ使えるし、肉と野菜も買ってきたから多少は──」

「クラムチャウダーとバッファローリング、ピラフにデザートをアップルパイで」

「作れねぇぇええええええッ!?」

「大丈夫、ネット使って調べながらね?」

「今14時って分かってます? 3~4時間で調べて、試行錯誤して全部やれとか無理じゃないですかね!?」

「あ~、なんかお酒で色々喋りたくなってきたな~」

「分かった、やりますよちくしょぉぉぉおおおおおッ!!!!!」


 事情を理解していないアーニャだけが、俺が無理難題を振られたと理解していない。

 どれも聞き覚えはあるし、食べた事すらある。

 しかし、食べた事が有ると言うのと”味を再現できるか”というのには絶望的な開きがある。

 手順を逆にしたり、加える具材や材料によっては加えるのを忘れるだけで致命的になる。

 カレーで言うとろみが出ないとか、ジャガイモが良い具合に溶けてくれないとかが分かり易い話だろう。


 食べ物は美味しく食べたいし、作ってやりたい。

 それくらいしか、幸福を感じられる瞬間は無いだろ?

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