147話
── ☆ ──
ミラノに連れられ、舞踏会の会場にまで向かう。
さて、俺の演じるべき役割と伝えるべき”印象”は既に決まっていた。
自分がミラノに従っていて、多少の越権行為はしても彼女の下から出るようなマネはしないということ。
常識を知らずに多数の生徒にとって家柄や身分、地位を軽んじられたかのように受け取られたかも知れないが、自分なりに敬意は払っているし、それを証明するように”積極的に交友のある相手以外には接近しなかった”ということ。
英霊等と親しくさせて貰っているが、それに見合おうと努力はしているのでその関係を嫉むのはお門違いだと。
そして……自分が負傷をしながらもここまで来られたのは”変化のおかげだ”ということも述べた。
これに関しては裏返せば「お前等、何度か危機に晒されたのに変化を拒むってバカじゃねぇの?」という本音である。
英霊という戦いの専門家と実体験者、その一人による魔法技術の刷新。
他の場所では得られない、或いはこここそがどれだけ恵まれた環境なのかを述べた。
自分が生き延びる事が出来たのは彼らの教えと知恵があったからで、それらを分け隔てなく吸収すれば誰にでも同じような事が出来ると。
まあ、これに関してはクラインだのユリアだのミラノだのマリーだのが、あからさまに笑ったり顔を歪めたり頭を抱えたりしていたりしていたのだが。
最後に、自分がここいら周辺の人物では無いと暴露する情報を選んで自ら述べた。
遠い場所で兵士をしていた事や、自分が幾らか戦い慣れしているのはそこらでの訓練による下地があったからだと。
そして、己なりに信念や目的、理想や行動規範を叩き込まれており、それに従って今まで行動してきたとも告げた。
傍らに居るプリドゥエンは自分の居た場所では当然とされた存在であり、中身は人間である事。
カティアは俺の使い魔ではあるが、同じようにヒトであることを。
二人の所属は自分……ひいてはミラノや公爵家にあり、相手が何者であれ敵意や害意、意趣返しなどを含めた”攻撃”に対しては、頻度や程度などに応じて”身分や地位を問わず対処させてもらう”と言った。
短くしようと思ったが、これでも十分は喋ってしまった。
学園長は穏やかでそれと無いものを望んでいたのだろうが、収拾するのに一苦労していた。
いい気味だと思う。
どうでも良い事を長々と思い出すつもりは無いが、これから先弁舌スキルも咄嗟に何を口にするかも求められてくると思う。
システムというチートのおかげで録画も録音も自在なので、後でスピーチとしての評価もしなきゃいけないだろう。
……ま~た休みがなくなるなあ。
「第一に、服従を伝える。第二に、自分が遠い地から来た事を伝える。第三に、兵士をしていた事で行動規範があることを伝える。第四に、自分が今まで幾らか成功できたのは英霊たちの教えがあったからだと伝える。第五に、服従はしているが無抵抗ではないと伝える。……うん、大丈夫な──ハズ」
「それを今見直すな」
「ヤクモさん、お疲れ様でした」
学園長が必死こいてまとめにかかろうとしている中、俺は自分のスピーチを見返していた。
だが、それを指折り条件を満たしているかを確認しているとミラノに小突かれる。
本来であればさっさと喉を潤わせたいのに、乾杯の音頭がかからないのだ。
自分のせいである、ちくしょうめ。
「喉が……喉が痛い」
「我慢できそう?」
「壇上に水用意されてたのにな……、バカみてぇ」
そう言いながら幾らか服を緩め、水球を指先に出す。
それを口の中に放り込んで水分補充をするが、大分喉がいかれていた。
「それにしても、大分良かったんじゃない? 煽ったりするんじゃないかってヒヤヒヤしたけど」
「事前に幾つか状況に応じて使い分けるって言っただろ? 壇上にあがった時の反応と一つ目の話題での反応をそれぞれ組み合わせて、その反応を見てどれにするかを選んだだけだよ」
「ちなみに、何通り有ったの?」
「知りたい? 実際、煽るような文面も用意して有るけど」
「あぁ……聞きたくない」
「多分そのほうが利口だ」
今回は煽る文面は採用しなかったというだけで、実際に用意はしてあった。
終始煽り続ける文面も合ったが……それはいつか使う為にしまっておいた。
英霊の教えを受け、新しい技術を取り入れることで成長するか。
それとも脱却する事を馬鹿馬鹿しいとして、他者を嘲笑し足を引っ張ることに終始するか。
ヴィスコンティの生徒連中も、これで幾らか落ち着いてくれれば良いんだが。
「踊りまでは幾らか時間が有るんだっけ?」
「最初は時間が有るのよ。乾杯して、好きに並んでる食べ物を取って、歓談を楽しむのが前座。暫くは音楽を聴きながら場をゆっくりと作るの」
「ふぅん……」
「そういう知識は無いのね?」
「俺にとっては父親を通さないと体験する事も無かった世界だからなあ……。けど、ピアノ……じゃないな。なんだっけ? 鍵盤楽器? アレとかなら見た事はある」
「残念。鍵盤楽器は今回来て無いの。弦楽器よりも奏者が少ないし、そういう人って大体何処かのお抱えだから」
「……あぁ、そっか。楽器の運搬が出来ないもんな」
手持ち運搬が可能な楽器に比べるとレア度が高いだろう。
高くつくだろうし、そもそもピアノ自体の普及率の問題も有ると思われる。
「音楽はやったことあるの?」
「鍵盤楽器を触って、諦めた。使う事は出来るけど、使いこなすことは出来ない。……楽譜をマズ解読しなきゃいけないから、そこで大分躓いてる」
「アンタってさ、結構色々やってるのね」
「やってるけど身について無いモノの方が多いけどな。広く浅く、その中で一部のモノが使い物になってるくらいで、基本的には銃の扱い以外はあんまり」
「けど、前に自分の服を自分で修繕したりしてたし、出来ないのと出来るのは大分違うものよ」
「まあ、裁縫くらいは……ね?」
「それに、料理も出来るし」
「前線部隊の支援もお仕事ですし」
「この学園に居る生徒に比べたら沢山の事が出来るんだから、それは誇っても良いでしょ」
誇る、か……。
確かに出来ないよりは出来た方が良いし、それで比べれば生徒に比べりゃ色々と出来る方だろう。
しかし、ゼロとイチで比べても仕方が無いのである。
スキルゼロからスキル一になった瞬間、上を見上げれば自分が百点中の一になっただけに過ぎないと分かるのだ。
それ以前に……そもそも俺は中身は彼女たちよりも歳を食っているし、その分の人生経験だってある。
「誇るかどうかは別としても、やってきた事が活かす事が出来た。その結果防げた事や、手段を多めに選択出来たというだけでも意味はあるかな」
「偉そうな事を言うのね、騎士の癖に」
「騎士だからこそ、じゃない? 働きによっては何の背景も無い人物でもなれる身分だからこそ、そこは否定しちゃいけないかなと。そういう教えとかあるんじゃない?」
「有るんじゃ……無いかしら。ゴメン、そう言ったのは知らないから」
「国に、王に忠を尽くせ~とか、その為に心身を鍛え善く尽くすを誇りとす……とか」
「そういうの、アンタnもあるの?」
「私は、我が国の平和と独立を守る自……部隊の使命を自覚し~ってね」
一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託に応えることを誓います。
……遠い日の宣誓だ、俺からしてみればもう十一年も昔に読み上げた文言でしかない。
その全てを守れている訳ではないが、だからと言ってどれも守れてないわけじゃない。
強い責任感をもって専心職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務める……。
それが出来ていれば良いのだけれど。
「……部隊の皆にも、見て貰いたかったかな」
「部隊の皆に?」
「第二の家族というか……、俺が部隊に入った頃家族は全員散り散りだったからさ、中隊長の『部隊の仲間は家族だから』という言葉が、俺にとっては本当にそうであるかのように思えたんだよ。それに、同期が幾らか居たし」
「何人くらい?」
「俺を除けば九人、同じ部隊に配属されたのは一人。同じ駐屯地内には居たけど、中々会えなくてねえ……。半年もの間一緒に苦楽を共にしてきたんだ、あいつ等も……家族さ」
家族家族って言ってると、「お前も家族だ」って言いながらパンチしてくるオッサンを想像してしまう。
それに関しては「お前なんか家族じゃねぇ《Farewell from the family》」と言うしかないのだが。
「少なくとも、喜んではくれるでしょ。逆に、自分の同期が同じように活躍してたらどう思う?」
「褒めるし、酒飲ますし、騒ぐし、そのまま九人全員で酔い潰れる。あいつら……マッジ酷いからな。俺が一人暮らしだと知って、全員で酒とか具材とか持ち寄って年明けを寝正月とかやるからな」
「──仲が良かったのね」
「まあなあ。俺達の指導教官が全員レン……特殊部隊の人でさ、マッジきつかった。訓練兵に40Kgの背嚢背負わせて、それで腕立て伏せとか走り込みとか頭沸いてるんじゃないかって位きつかったし、訓練の最後の山篭りでは食事抜いたり途中で行動開始とかで心へし折りに来てたからな……」
思い出せば出すほど笑えてきた。
東が「ほえぇえ~」と、温まったばかりのおかずをご飯に乗っけて良い匂いを周囲に漂わせ始めた時の仕打ちだったしな……。
俺と同じくハーフだったデズモンドも「マ~ジで?」と落ち込んでたし、鶴巻も「いやぁ~……」と坊主頭を撫でていた。
十人しか居なかった後期教育は一個区隊のみでの編成で、二段ベッド五つが部屋の全てだった。
ベッドバディの富岳なんかも割り箸へし折ってたし、あれは今思い出していても酷いとしか言いようが無い。
それでも皆で歩ききり、突撃までして無事行軍を負え、駐屯地に戻って仲良く反省を食らった事も覚えている。
なお反省の内容は「てめぇら二時間も前倒しで行軍終わらせてんじゃねぇよ」という、班付の文字通り理不尽なお言葉からだった。
班長も「お、そういやそうだ。時間を守らなきゃだめだぞ」と笑っていたのを覚えている。
ここまでなら良いエピソードなのに、二時間120分という事で120回腕立てである。
そして「シャワー使って良いからさっさと寝てろ」と早期消灯のお言葉により、二時間早い全滅となった。
「……良い奴等だったよ、本当に」
その言葉に、ミラノの言葉はなかった。
そして学園長がようやくまとめ終えたのか、乾杯の音頭が切られようとする。
シャンパンで満たされたグラスを持ち、ミラノとアリアに「高らかに掲げる」と言う事を教わる。
……賓客の席ではなく、ミラノとアリアに挟まれながらも生徒の中に居る。
その事実が、なんだか不思議であった。
「──祝して、乾杯!」
「「「乾杯!!!」」」
「か、乾杯」
戸惑いながら、声の洪水に飲み込まれかけた。
怒号とも、或いは喧騒ともいえるような物が一斉に押し寄せてきて、戸惑いは中々に抜け落ちない。
目蓋を閉じれば見えるのはユニオン国の兵士の怒号や罵声、悲鳴の声になる。
しかし、目を開けば生徒たちなのだから中々に歪んでいる。
あるいは、人間不信と誇大妄想、被害妄想のオンパレードなのかもしれない。
……曖昧で居られるより、敵意を向けられた方が気楽だなんて。
「それじゃ、時間が来たら落ち合いましょう。あ~、やだやだ。またおべっかの相手をしなきゃいけないんだもの」
「学年首席は大変だな」
「その学年首席様の自尊心をズタズタにしてるのはアンタだけどね。それと、父さまが話したいから来てくれって言ってたから」
「どこか……落ち合う場所を決めておこう」
「それなら二階の露台で」
「露台?」
「……二階から外に出られるでしょ? 景観の良い、手すりのある場所」
「あ、あぁ……」
バルコニーの事か。
しっかし、アーニャのこの変換もアップデートされないものかな……。
匙だのスプーンだのナイフだのは変換されるのに、なんでバルコニーが露台なんだ。
「──体調は大丈夫なの?」
「必要なら腕も使えるぞ~? アリアは止めろって言ったけど」
「そりゃそうですよ! それで無理をしたら結局回復が遠のくじゃないですか」
「同意。立派であろうとするのも、私たちを気遣ってくれるのも良いけど、足が動くようになっただけでも十分だから」
「……りょ~かい」
アリアとミラノが離れて行き、二人が十分に遠ざかるとアリアも離れた。
……あれか、双子だけれども最近までアリアは不出来な人物扱いされてたからな。
回復したとは言ってもその実力を見せる期間は短すぎた。
ミラノがまるで客寄せパンダのように男子生徒に幾らか言い寄られていき、アリアは女子生徒と話をし始めた。
……あれ、情報収集とかなんだろうなと考えると、入れ替わることも出来ることも踏まえれば敵なしなんじゃないですかね。
「カティアとプリドゥエンは二人でバディ行動、俺は自由にするから二人揃って適当にやっといて」
「ん、分かった」
『カティア様、よろしくお願いします』
「はぐれないでね、プリドゥ」
カティアとプリドゥエンを送り出し、幾らか距離を離して見晴らしの良い所へ。
彼女はマーガレットの所へ行ったようで、暫く見ていたがへんなチョッカイを出すような連中は居なかった。
ただ、時折物珍しそうに近くでチラチラと目線をくれてやったり、少しずつ距離を詰めて眺めている生徒は居る。
不思議な生命体というか……珍しいのだろう。
科学が発展しなかった世界で、科学が発展しまくった世界の残滓を眺める。
まるで子供が初めて何かに触れる時のようだ。
……そういえば妹の子は、ダンボールを初めて見たとき大分大騒ぎしてたっけな。
ダンボールハウスを作ったら帰国するまでそこを寝床としていたが。
まあ、さっきの俺の発言を気にかけている連中も居たみたいだ。
プリドゥエンやカティアに近づきながら、その後で俺の存在を探して警戒している。
何人かは見つけてくれたので、手くらいは振り返してやった。
自分の行動に……意味があれば良いけれども。
「お疲れさま。あそこまで喋る事が出来るとは思ってなかったね」
「どうも、公爵。……失礼、自分がそちらに向かうべき所を」
「いや、君は──君に属する二人を見守っていたのだろう? アリアの使い魔だと偽っていたということも聞いた。君は色々な事をした、し過ぎた……だからこそ様々な思惑に二人が晒されないかを心配するのは当然だとも」
公爵がゆっくりと、グラスを片手にこちらへとやってきた。
枢機卿はどうやらヘラと一緒に自国の生徒に捕まっているようで、一緒には居なかった。
ヘラの立場とか、それらに関しての疑問を生徒達は聞いているのだろう。
俺が嘘をついて無いか、ヘラを無理矢理支配下に置いて無いかとか……。
公爵がグラスを俺の方へと傾ける、ソレが乾杯を意図している事はなんとなく分かった。
「……それで、改めて何の用でしょうか? 枢機卿が居ると出来ない話だったとか」
「まあ、それも有るけどね。ただ……謝らなきゃいけない事と、伝えなきゃいけない事があってね」
「──そうですか」
その言い回し、ミラノもしていたなと笑いそうになる。
良いニュースと悪いニュースみたいなノリで二つ並べるのは良くやるのだろうか?
嫌いじゃないけどさ。
「謝らなきゃいけない事というのは?」
「私は……君を、国や私に仕えていると錯覚していた事だ。あるいは、私の願望を君に押し付けていた。ミラノに……娘と話をして気がついたんだ。それとオルバくんともね」
「なんて?」
「君はミラノに仕えている以上の事をしていない。悪く言えば義理立てしてくれているだけで、良く言えば……以前話をしたように恩返しをしている。それ以上でも、以下でも無い。だから……正直、ユニオン国の指導者と話をしたとき、君の主張には裏切られた気さえしていた。だが、そもそもそう考える事自体が間違っていたんだね」
「──そう言ってくれるだけ、自分は嬉しいですかね。裏切り者だとか、或いは憤怒を以って接される可能性すら有り得ましたし」
「それをするには、君は色々と酬いてくれすぎた。ソレを無視すれば……私は何もかもを失うだろうね。君は君の理由で行動していて、その結果私達に利益が多かったと言うだけの話だ。それだけで……君を自分に近しい存在だと思って、勝手に裏切り者扱いをすれば、それこそ思い上がりに他ならない。私はね、それだけはイヤなんだ。貴族だから、公爵だから偉いんじゃない。私達は祖先から代々と受け継がれる誇りの結果偉いだけなんだと……弁えなければならないのだから」
少しばかり、俺は公爵の認識を改めた。
俺は……貴族だとか、上の人間が好きじゃない。
それは様々な不信から来るものだが、立場や身分、地位を用いて意味の無い強要や理不尽を強いる人々を見てきたからでもある。
日本で言うのなら政治不信が分かり易いだろうが……彼が、そこから外れた。
「……失礼を承知で言うなら、怒るかと思いました。公爵家であり、その娘に仕えているのだから実質的に公爵家に、ひいては国に仕えていると……そう過大解釈されるかと。それが当然だと……思ってるかと」
「そう……なりかけていたんだよ。だから、私はその事を謝りたかった、そして……君は今まで善意のみでここまでしてくれたのかと考えると、改めて感謝したくなったんだ。善意だけで息子を蘇生させ、娘たちを地獄から救い出してくれた。そして善意のみで英霊との間に割って入って一人を救い、今回は相手の意図を挫いてくれたわけだ。」
「結果的にそうなっただけで……。重ねて言うのなら、別に公爵家だとかヴィスコンティを意識したつもりは無いです。だから、過剰に感謝するのも……自分を、身内だと考えるのは止めておいた方が良いですよ」
「あぁ、少しは改める事にする。ただ、最後に感謝だけは改めて言わせて欲しい。有難う」
「いえ、どういたしまして」
お互いに不思議な沈黙が場を支配する。
ゆったりとした音楽が舞台上で演奏されており、ソレをバックグラウンドミュージックとして生徒達はそれぞれに時間を過ごしている。
手にしていた酒を飲み干すと、まるでそのタイミングを知っていたかのように給仕が来る。
……ソレがトウカだと、見てから気がついた。
「失礼します。お代わりはいかがでしょうか?」
「ああ、貰おうか。きみはどうする?」
「じゃあ、自分も」
「少々お待ちを」
トウカは手馴れた動作でお代わりを注いでくれる。
音楽にあっているかのように緩やかでいながら素早くそれらは行われる。
一礼すると彼女は俺達から静かに離れていった。
「それで、しなければならない話というのは」
「それは……以前の話を覚えているかな? 君を、家に迎え入れたいと」
「養子縁組の話でしたっけ。今となっては、それにリス……えっと、デメリットじゃなくて……なんだ。懸念や不安材料、抱え込む事で生じる負担の方が大きいでしょうが」
「それに関してなんだが……あぁ、君と私の間で──重大な誤解と齟齬が生じている事が分かったんだ。それで、改めてそこを突き詰めておきたい」
「──養子縁組じゃないんですか? あるいは、養子じゃなくて……執事として一員に迎え入れるとか、お屋敷の警護として迎え入れたいとか? だとしたら……失礼しました、思い上がってました」
「いや、そうじゃ……無いんだ。どう──伝えたものかな」
「?」
公爵は歯切れが悪いままに、顎を撫でていた。
迷い、悩み、困っている仕草はクラインの父親なのだなと血を感じさせる。
クラインも同じように迷ったり困ったりすると顎だの頭だのに触れる癖があるから。
「君は、ミラノのことをどう思っているのかな?」
「なんですか? 急に」
「真面目な事なんだ」
「まあ、そうですね……。十四歳だけど、十四歳だとは思えないし、十四歳なんだなあと思う時がある……ですかね」
「ふむ?」
「あぁ、まあ……。幼さと賢さを同居させたような感じで──それが羨ましくもあり、感謝する時もあれば振り回される時も有りと言った感じですかね。──危うい感じでしたが、彼女は彼女なりに主人であろうとしてくれてます。ただ、時折主人である事を忘れてしまう時もあるので戸惑うんですけどね」
「はは、血は争えないな……。主人なのに、君という頼もしい人物が居るのに前に出たがる……だろう? 守られているのはイヤだと、剣を手に立ち上がるような感じだろう」
「ええ、そうですね」
「それに関しては迷惑もかけているだろうね。私も──不出来だというのに剣を手に、馬を駆り、魔法を操り前線に立とうとした。まあ、その結果……何度も危うい目に会って来たが、それを間違いだったとは思いたくない。公爵家とて、己の都合で人を死なせるんだからね。なら最大の敬意は……彼らと共に在らんとす事。君は遠ざけようとするのが正しいのかも知れないが、私達にとっては……そうじゃ、ないんだ」
理屈としては、理解できる。
前線を兵士に任せたままではよく無いと言う考えも、身命を賭して戦う兵士たちの傍に極力居てやりたいということも。
……あぁ、クソ。
ミラノやアリアが、何故俺が一人で戦うのを良しとしないのかが分かる気がする。
クラインの齎した結末だけじゃなく、親の影響か……。
「──そのお気持ちや心がけは立派だとは思います。けど、ミラノは……彼女達は、手を汚す必要も無ければ、汚い現実に……大人の醜い欲望に今から触れる必要は無いと思います。彼女たちには魔物を斃す以上の”自己防衛”は無いでしょうし、身分や地位を剥ぎ取られて蹂躙される恐怖を知る必要も……今は無いかと」
「……君は、色々見て来たんだろうね」
「まあ、そうですね」
南米出身、発展途上国というだけで日本では見ないような事柄が沢山ある。
子供が赤信号の合間に車の窓を磨いて僅かな金を手に入れる。
同じように路上で腹をすかせた兄妹と思しき子供たちが食べ物を恵んでもらおうとする。
ドラッグの問題もあるし、それ以前に職だけじゃなく様々な貧富の差が如実に見えてしまう。
高層ビルなどが立ち並び、経済を担う地域が聳え立っている。
しかし、そこから見下ろせばバラック小屋のような”恵まれない人々や治外法権のような場所”が見えている。
高級な車は目を離せば窓を破られ、車ごと盗まれたりもする。
そうでなくとも不用意に人目の少ない場所へと向かえば銃やナイフで脅される。
……殺される方がマシな場合だってある。
それこそ、女であるというだけで価値はあるのだ。
野郎……男共にとって。
一掃された連中のアジトからほぼほぼ全裸の女性が保護されるという事だってある。
そういう……人の欲に絡むものは、幾らでもある。
「一番の対策は近寄らせない事、関わらせない事ですかね。ただ、対策も講じておく事。彼女達は新しい魔法の技術によって、杖を持たず口を封じられても魔法を行使できるような知識を得ようとしています。それでも……彼女たちが子供で居られなくなった時、或いは大人になる時が来たら自分の役割が果たされる時が来るかも知れません。とは言っても、卒業後はどうしようか……全く考えて無いんですけどね」
「──そうか。一つ君に言うとしたら、アリアは卒業したらミラノに戻らせる予定だ。息子が戻ってきた以上、ミラノが頑張る必要は無くなったからね」
「……それじゃあミラノはどうなるんです?」
「ミラノは……アリアとして、きみが貰ってやってくれ」
「は──」
「きみと私の間に生じていた誤解、それは養子ではなく……ミラノを君に嫁がせようという話だったんだよ。君は養子として、善意で私が身請けするかのように思っていたようだけれども、そういう話じゃないんだ」
「ちょちょ、ちょっと待ってくださいよ。それ、ミラノの──」
「既に、家族全員の承知している話だ。息子も、娘たちも……当然だが、あの子も承知している。きみだけが勘違いしたままだったという訳だ」
「いや、その、え……は?」
待て。待て待て待て待て待て待て待て。
思考が停止しそうになる、思考停止という名の現実逃避が行われかけている。
受け入れなければ認識した事にならない、認識しなければ知らなかった事にできる。
知らんフリが出来るが……直接、突きつけられたモノには対処しきれない。
「ミラノが、同意を……?」
「家の為に行われるはずだった婚姻だったが、その必要が無くなったからね。それに……彼女は未だに自分の存在を受け入れられずに居る。誰かの模倣品、本来存在しない誰かの複製、望まれた出生ではないという事実……。当て擦りだが、君になら任せられるという考えもあったんだよ。存在しないはずだった命と、存在しないはずだった人物。ミラノを演じる必要も無くなり、彼女は自由になる。そうなったら──自由にしたら良い。二人で旅をしようと、何処かに居を構えようと歓迎する。ただし、傷つけず、悲しませず、不当に扱わないのが条件だが」
「……その条件は、自分には飲めません」
「ほう」
「生きると言う事は、それだけで誰かを傷つけ、悲しませ、お互いの望まない事柄や結果を招くという事態の連続です。たとえ自分が良かれと思ったとしても、その過程や結果で彼女は傷つき、悲しみ、不当な扱いをされていると思うことも有るでしょうから。そして、絶対にそうしないと断言出来るほど、自分にも未来にも楽観的では有りませんから」
沢山の作品を見てきた、沢山のドラマを見てきた、沢山のリアルにも触れてきた。
幸せにしたいという願望に偽りは無いだろうが、必ず幸せにして見せると言い切れる人々を理解できない。
「いえ、その……。すみません。ミラノと公爵が……それだけじゃなく、公爵夫人までそのように考えてくれた事は嬉しいです。ですが、やはり自分には彼女をどう幸せにして良いのかすら分からないんです。それに、彼女の生活を保障できるほどの何かが有る訳でも無い。主人と付き人以上の何かが有る訳じゃない今、その話を受ける事は出来ません」
「──それで良いんだよ、それで。迷いも、戸惑いも、悩みもあって当然だ。そもそもきみ達はまだ数ヶ月の付き合いでしか無い上に、今言ったとおり君は娘を主人としか見ていなかった。それを直ぐにどうこうという話はしていない。だから、これはお互いの認識の是正というやつだ」
「は、は……」
胃が痛いし、吐き気どころか眩暈までしてきた。
二杯目の酒を一気に呷ると、酒をいい訳に吐き出すことにする。
「一つ、自分からも報告があるんですよ」
「ふむ、なにかね?」
「数刻ほど前、アリアに……好意を伝えられました。それで今は、ミラノが自分と人生を共にしても構わないくらいには認めてくれていると伝えられて……。自分は──俺はどうしたら良いんですか? マーガレットの件だってまだ解決して無いのに、その上……その上──」
「──そうか、アリアもか。元が同じだから、同じ結果になったということなのかも知れないな」
そう言って公爵も酒を飲んだ。
数秒の沈黙、俺は……まるで両親の亡骸を目の前にした時のように混乱している。
「私としては、困った話だ。そうか、あの子もか」
「俺は……怖いんですよ。というか理解できない。自分はただ武器を手に、何かある度にただ誰にも望まれない状況と環境に突撃していっただけの……生きた屍でしかないんですよ? それどころか、ミラノが使い魔として俺を従えた時──俺はどうすれば綺麗に死ねるかしか考えてなかった。何か良い事をして、何か両親に誇れそうな事実を抱いて死ねればそれで良かったんです」
「死にたかった……きみが?」
「自分で死ぬ勇気が無かった、けど現状に不満を抱いていただけの……何処にでも居る”終わった男”だったんです。そんな男に、何故こんなに誰もかも寄って来るんですかね? 望んでいなかった結果が来るだけじゃなく、望んでいない出来事までやって来て……。つれぇです」
「──私は、きみがそんな事を考えていたとは思わなかった。だが、君はまだ若いのだから……やり直したり、或いは新しい始まりを切るには遅すぎないと思うがね」
「まあ、そうでしょうが……」
「それはきみだけじゃない。あの子にとっても同じだ。誰かの影、誰かの為、自分というものを持たずに……ここまでやってくれた。あの子にとっても新しい人生の幕開けになってくれればと……等思ってるんだ」
「そう、ですか……」
「ただ、二人か。二人ともかぁ……。それは、参った。ミラノがアリアとしてきみの所に行くのは考えていたけど、アリアがミラノに戻った場合は考えてなかった」
「いや、そもそも選ばなきゃいけないんですよ? それを考えるだけでもかなり胃痛が……」
「ん? あぁ……。原則一人というだけであって、一夫多妻は否定されて無いから気にする必要は無い。むしろ、私等は清廉であろうとして妻以外には居ないが、歴史を紐解けば滅びかけた人類は複数の妻や妾、側室などを取ってここまで復興したという事実がある。ただ、基本的には魔力を有する者のみと限定されているがね。そう考えると君は魔力もある訳だし、今度からは勲功爵になるわけだから身分が低い事を除けば問題は無い」
「あ、さいで……」
ただ、今度はその中でバランスゲームを出来るかと言えば、出来ない。
一瞬『奴隷の首輪自慢』という話説を以って何とか出来るんじゃないかと考えてしまったが、それはそれで下種い上に心理戦やシーソーゲームやら色々やらなきゃいけない。
マーガレットの好意、アリアの感情、ミラノの信頼……。
その三つを背負った今、出来れば国外逃亡をかましたいくらいに決断できない。
欲、恐怖、迷い。
俺だって男だし、出来るのなら独占できるものは独占してしまいたい。
ミラノやアリアが嫁いだりする、その可能性を永遠に排除できる。
日常を不変的な物に出来る上に、その下敷きは好意で出来ている。
それを拒絶し、否定し、排除できる男が果たしてどれくらい居る?
……そう、親しくなったと思う女性が、何処かの誰かに抱かれるという可能性すら排除できるのだから。
「……大丈夫かい? 凄い汗のようだが」
「いえ、決断を出せないのに考えすぎて、葛藤のせいで消耗しただけです」
「──長い事引き止めて悪かったね。ただ、どのような結果になるかは別としても……二人を頼む。勿論、きみが受けてくれると有り難い話だが……無理強いはしない」
「選択肢の無いものは、お願いとは言わないんですよ」
「じゃあ?」
「……どんな結果になるかは分からないですよ? ただ、時間を下さいとだけ。ミラノにしてもアリアにしても……踏み込まないと、何もいえません」
「……そうか」
そう言うと公爵は肩を叩き、去っていった。
彼は問題だけを俺に沢山押し付け、自分だけが肩の荷は下りたと清々しそうだ。
冗談じゃない、ふざけている。
どうせなら幾らか荷物を幾らか分担して持って帰ってくれても良かったのに。
酒のお代わりを貰うと、ゆっくりと集合場所へと向かう。
開かれた扉からバルコニーに出ると、建築設計の技術というのは匠だなと思い知らされる。
広いホール、離れた場所にあるバルコニー。
それで居ながら音楽がかすんで聞こえなくなるという事はまるで無かった。
一人で浸るにはちょうど良い程の音楽を聴きながら、酒を飲む。
幾らか生徒たちも同じようにバルコニーに居るが、ロマンスの場とでも思っているのかもしれない。
……いや、ロマンスの場か。俺が場違いなだけだった。
To be, or not to be.《すべきかせざるか》
0か1しか回答が無いのに、だからこそ悩んでいる。
0点から100点なら、赤点じゃない範囲で妥協案を出せるのに……。
「アルバート。悪いけど、今回はアイツが居るから」
「な、なに!?」
あぁ、どうやらミラノが来たようだ。
アルバートもどうやらミラノにダンスを申し込んでいたようだが、俺が理由で断られているようだった。
「私が一緒に踊ってやって、アイツを認めてるって周囲に示さないと居場所が作れないでしょ? アリアも踊るし……別に特別変な事をしてる訳じゃないんだから」
「む、ぐ……ぐ。ならば、その後でなら良いのだな!?」
「まあ、疲れてなければね。というか、アルバートは踊れるの?」
「ふふん、馬鹿にするでない。グリムにしっかりと教わって来ているわ!」
「あ、そ……そうなんだ」
アルバート、問題が無いと言いたかったのだろうが、グリムに教わっている事実を自らばらしている。
ミラノもそれに関してどう触れれば良いのか困惑し、ただ事実の容認しか出来なかったようである。
そしてアルバートは俺に気がつくと、ノシノシと不機嫌さを隠さずにこちらへとやってくる。
そりゃそうだよな……。
アルバート、ミラノが好きだから手伝えとか言ってたもんな。
……クソ、敵じゃなくて厄介ごとだらけだ。なんなんだ、俺の人生。
まだユニオン国連中と殺し合いしてるほうが気楽だ。
「ヤクモ、今回は……貴様に譲る」
「──悪い。ホントに、悪い」
「謝るな! ……我の個人的な私情で、貴様の場を奪うわけには行かぬ。だが、だからといって納得もしてはやらん。埋め合わせはしろ」
「どう……埋め合わせろと」
「ミラノに恥をかかせるな、部屋ではなくせめて学園にまで居場所を拡大しろ。そして貴様が犬ではなく狼である事を寝ぼけた連中に示せ。先ほどの弁舌は見事だった、だからこそ──それを見せつけよと言っているのだ」
「は──」
「実力を見せ付けた、能力も見せ付けた、実績も積み重ねた。後はそれでも貴様に何かを言おうとする馬鹿を、現実で殴ってやれと言っているのだ。実家が何であれ、家が何であれ……貴様のした事に敵う奴は居るまい。そして今日の語らいで貴様は庇護される犬ではなく、意志ある狼として自ら表明をした。であれば、直ぐにすべきは誰にも手出しできぬ人物だと……その地位を確立するのが喫緊の課題だ。我を失望させるな、それと……もう少しだけ、貴様に期待させたままで居させろ」
「悪……」
謝ろうとした、そうしたら顔面に拳が叩きつけられた。
決して弱くは無く、酒の影響があっても幾らか鈍磨な痛みが伝わってくる。
「謝るな。それと……今日の夜は飲むぞ」
「……あぁ」
そしてアルバートも去っていく。
誰もかもが……去っていくかのように感じられた。
だが、彼が去った後に残っているのはミラノだ。
今出来ればあまり会いたくない相手でもある。
「アルバートの奴……」
「あぁ、良いんだ。俺が約束を破ったから」
「そうなの? だとしても、今じゃなくたって良いでしょうに……」
「それを許せる場なんだよ。だから侘びとして後で飲もうって、流そうって話もしてくれたんだし」
「男子って変なの……」
呆れながらミラノが寄って来て、ハンカチを即席の魔法で湿らせると顔を拭う。
……感覚が、鈍っていたのだろう。
頬を切ったのか、幾らか血が流れていた。
「全く。アンタって怪我してばっかりね」
「あぁ、うん。まあ……悪い」
「それに、アンタ貴賓の酒飲んでるでしょ。そんなんで大丈夫なの?」
「いや、まあ……大丈夫。少しだけだし、こんな小さな入れ物三杯なら、挨拶のようなものだから」
そう言って、俺はグラスを置いた。
350ml缶以下の飲酒で酔い潰れるとか、そうそう無いだろう。
彼女から幾らか身を離すと、軽く治癒を施した。
「ミラノ、一つ……しなきゃいけない話がある」
「なに? 改まって」
「お前……良いのか?」
「良いって、何が」
「公爵から全部聞いたんだ。お前、ミラノをやめるんだって? それで、俺と一緒に生きるとか……そんな道を、選んだらしいけど」
静かに音楽がたゆたい、ミラノと俺は見詰め合った。
僅かな動作からでも真偽を読み取ろうとするコールドリーディングをする俺。
真摯に対応しようと俺の感情と表情を読み取ろうとするミラノ。
クズは……どっちだ。
片や自分の為、片や相手の為である。
「正味、気は確かか? としかいえない。あのさ……俺の話は大分分かってきただろ? その上でそろそろ疑っても良いだろ? 記憶が無いのに過去は大分覚えてるとか、そんな都合の良い話が有るかとかさ。召喚されたという絶対的上下も……今は無い。それなのに、なんで?」
「ん~、別に? というか──今なら言えるけど、当たり前じゃない。自分を守る為に嘘をつくことって、そんなに変?」
「けど──」
「私は──私達は、自分たちを守る為にアンタに嘘をついたし、その嘘を利用して色々やってた。それで考えれば、家の都合でそうしてきた私と、家とかが無いから自分自身を守るしかなかったアンタと……どう違うの?」
ミラノの言葉に、俺は心臓に楔が打ち込まれたかのような……そんな気がした。
強固な言い訳、堅牢な嘘、曖昧な誤魔化し、不確かな所在が全て露にされていく。
それは望んでいながら望んでいない展開だった。
「それに、今までのような生活をさせてやれないし、今の俺には……未来が無い」
「べっつにさ、今すぐどうこうしろって話じゃ無いじゃん? それに、私の場合は家を頼る事だって出来るし、なんならアンタが居ないのなら家に居れば良いし」
「けど、それって……男として情けなくない?」
「男として情け無いとしても、人として情け無い訳じゃないんだから気にしないの。それに……アンタは私の身の上を知った上でも接し方を変えたりしなかったし、今までのように態度を変えないで居てくれた。男としてどうこうじゃなくて、人として信じられるから~って理由で、とりあえず一緒に居ても良いかなって思っただけ。それに、アンタ一つ忘れてない?」
「なにを?」
「人付き合いを碌に知らない私が、そんな世間様に居るような仲睦まじい関係を作れる訳無いじゃん。恋愛だとか、愛だとか……私には良くわかんないし」
そう言って、ミラノは隠したりもせずに苦笑して見せた。
自分の恥部とも欠点とも言える箇所を、隠したり装飾したりもせずに。
「だから、多分ね? 父さまにも兄さまにも言われたけど、二人の思っているような関係と私が思っている関係は一致しないと思う。だからさ、別に意識しすぎたり考えすぎたりしなくても良いと思う。そもそも正解なんて有るのか分からないんだし、一緒に居てそれが当たり前だとか居心地が良いとか……そういうもん──なんじゃない?」
「──なの、かな」
「アリアが言うにはね、誰にも渡したくないな~とか、出来るだけ一緒に居て色々な所を見たり、新しい発見をしたり、一緒に新しい物を見に行きたいものなんだって。マーガレットにも聞いたけど、傍にいて、その人が笑顔で健康で楽しそうで……それで、自分がしたちょっとした気遣いに感謝してくれたり、褒めてくれるだけでも良いんだって。良く分かんないけど、そういうのじゃ……ないし」
目の前でミラノは悩むし唸る。
俺と一緒に居たい……というか、公爵的には「貰ってやってくれ」という意味のモノだった筈なのに、それを承諾した本人がゴールを見据えられていない。
俺としては苦笑するしかないけれども、それはそれで良いのかもしれないとおもう。
まだ十四だ、分からない事だって沢山あるだろうし。
俺にも未体験で、未経験で、未開拓の領域の事柄だ。
悩むなとも、正解は何ともいえないのだ。
「アルバートとかも、居るじゃん?」
そっとアルバートを推して見る。
義理立てするわけじゃないけれども、アルバートに脈が有るのかどうかは知っておきたいものだったからだ。
しかし──。
「アルバートは、なんか……結婚とかそういう意味じゃなくて、友達? みたいな感じ。アルバートも悪く無いかもしれないけど、意気地なしだし」
「お、おぅ……そっか」
アルバート、すまん。
どうやらミラノにとってお前は少しばかり軟弱すぎるようだ。
だからと言って俺が勇敢かといえばそうでもなく、ただ彼女の琴線にかろうじて触れたというだけなのだろう。
「たださ、結婚するってのは契約みたいなものなんでしょ? 使い魔とかじゃ無くて、お互いの好意と善意を以って果たされるもの。約束とかじゃなくて、取引でもなくて。盟約のように死が二人を別つまで……自分の半分を相手に与え、相手の半分を受け入れて生きていく。それってさ、なんだか良いなって思わない?」
きっと、彼女にとっては純粋な考えなのだろう。
そして、俺にとっては不純な妄想が先走っていた。
俺は本当に……この天才児につり合えるのだろうか?
無理だ、出来やしない、出来っこない、不可能だ……。
そんな否定が、目の前で破壊されるのを見た。
「それに、直ぐに答えを出さなくても良いんだから、時間をかけてやっていきましょう。周囲がなんて言っても、私達の答えを見つけ出せば良いじゃない。結婚にも、夫婦間関係も、決まってるのは男女の関係ってだけじゃない」
「あぁ、うん」
「なら、この話はおしまい。いつの話かも、どうなるかも分からない事を考えるよりも、今は目の前の一日を過ごしましょう。そう言ったものを一日、一周、一月、一季、一年と積み重ねていけば、答えなんてコロリと出てくるでしょ」
「ふっ、はは……」
そんな恋愛や結婚観念があってたまるか。
だが、最初から結論ありきで考えていた俺にとっては無理だとか不可能だとかを犬のように蹴り飛ばされた想いだった。
直ぐに解決し、答えを出さなければならないと考えていた俺に対して、時間かけても良いじゃんとのミラノ。
しかもミラノ自身……信用だとか信頼だとかで俺を選んでるのだから、好意や愛情に比べて余計に否定がし辛い。
「お前、それで『やっぱダメかも、ムリ』ってなったらどうすんだよ」
「その時はその時。てか、それすらいつになるか分からないのに未来の話ばかりしてるし」
「性分だからなあ」
そんな事を言い合っていたら、遠くから学園長の声が聞こえてくる。
どうやら舞踏会が始まるらしく、ホールには男女のペアが幾らか見えている。
ミラノは少しばかり自分の身なりを見直すと、俺に向けて背を差し出す。
「それじゃ、踊ってくれる?」
「……是非」
「是非?」
「喜んで!」
「ん、宜しい」
俺、多分ミラノと結婚したとしてもカカア天下になると思う。
むしろコイツ、俺が何も言わなければ「それじゃ、踊りましょう」とか、強引な言葉で誘っていただろう。
それも血筋か?
まあ、何でも良いか。
音楽に合わせて、ゆっくりとステップを重ねる。
片腕では有るが、彼女を上手く誘導しつつ回る。
輪舞とでも言うのかも知れないが、俺には良く分からん。
「ん、上手じゃない。お手本を言って、見せただけなのに」
「まあ、似たような事をやってたもんで」
「中に居る連中にも見せてやりたいわね」
「はは……」
ミラノの言うとおり、ホール内部は惨事もそれなりに発生している。
足を踏む、ぶつかる、転ぶ……。
そもそもタッパがあってないとか、裾の長さを誤ってるとか色々あるのだが。
それらを含めて微笑ましいと思える。
「けど、何でそんなにアンタは答えを急ぐの? マーガレットにしたって二年後じゃない」
「いや~……。実は、アリアにもちょっと……言われてさ」
「──何を」
「一緒に居られたら、人生を一緒に出来たらな~的なのを、ちょっと」
「ふんっ!」
「おごえっ!?」
股に入りかけた蹴りを辛うじて足で防ぐが、それが奇しくも負傷していた足で膝を再び痛める。
唇を噛み締めて僅かに滲んだ涙で視界を滲ませる。
それでも倒れこまず、悲鳴も低く静かに済ませられたのは一種の予感だったに違いない。
「妹に手ぇ出すなって、大分前に言わなかったっけ?」
「俺は何もして無いですけどね!? 言われただけで、だから散々悩んでるんですけどね!!!」
「ぐっ……。それは──」
「大体、公爵も公爵だ。俺がその事相談したら『魔法が使えるし、勲功爵とは言え貴族だから一夫多妻で良いだろう』的な返事をするしさ。俺は……今のような時間が続けば良いのに、俺の望みとは願望とは裏腹に周囲がドンドン変化して言って、正直ついてけないなあと」
「──だからさ、別に良いって言ってるじゃん。直ぐに答えを出さなくても。アリアの事は……良く分からないけど、時間をかけてアンタも適切な答えを見つければ良いわけだし。そしたら、スンナリとした答えが導き出せるんじゃない?」
「蹴ってから言いますかね……それ」
「しっ、仕方ないでしょ? なんか……イラっとしたんだし」
理不尽が過ぎる。
けれども、彼女がそういうのなら……そうなのだろう。
或いは、俺の中で幾らか偏見があるのかもしれない。
会ってその日に告白合体、一週間後には即破局とか訳の分からないカップリングが学生間に流行ったとか聞いたし……。
男女関係についても、両親にきけりゃあ良かったなあ。
「なんだっけ? アンタの好きな言葉にもあるじゃん、何事も小さな一歩からって。それと同じでさ、一歩ずつ……歩いていけばいいじゃない」
「歩くような速さで、か」
「歩くような速さで、時には立ち止まりながら」
……あぁ、これで良いんだ。
どんな答えがお互いに出るかは分からない、けれども彼女は時間を提示してくれた。
常に焦り、戸惑い、早急にどうにかしたがる俺を落ち着かせてくれた。
再び踊りをしながら、自分よりも頭一つ分は小さい子なのに……出来すぎた子である。
彼女の誕生が欲に塗れたものであっても、それこそ親から産まれた訳でなくても……それでも良い。
「姉さん、そろそろ──」
「ご主人様、私も私も!!!」
「お前等な……」
暫く踊っていたら、アリアやカティアがやってくる。
そして、二人の登場を契機としたかのようにクラインやグリム、マーガレットやアルバートがやってくる。
そうだ、賑やかなほうが良いんだ。
自分がその賑やかそうな人の輪に加われているかは分からない。
けれども、そのうちの一人が……あるいは何人かが手を差し出して、加われるようにしてくれている。
そして、ミラノは執着せずにそっと俺から離れていく。
先ほどまでの時間も、余韻も残さぬまま。
「ほら、いって来なさい。皆、アンタを待ってる」
彼女はそう言って、俺の背中を押してくれた。
幾らか彼女を見てから、言われたとおりにする。
「ちゃんと戻ってきなさいよ」
その言葉が、俺の中で木霊した。
~ ??? ~
対象、ヤクモ。
医療システムによる自動診断による検査、終了。
果実による不死の切り離し、不可。
人類強化計画による生存能力の補強が適切と判断。
術後、生存確立……58%。
生存後、果実の汚染を乗り切る可能性──32%。
覚醒剤による副作用発生中。
……地下退避施設に複数の生命体が接近中。
非友好的であり、その対象は三名の可能性・大。
毒物の除去及び薬物の除去の手順を省略、施設内の医療品及び設備を使用して可能な限り早い段階での蘇生を目標とする。
……ね~、こんなのムダだって。
やらなきゃダメ? ホントに?
それよりもボク、このおに~さんの脳味噌食べたいんだけど……ダメ?
あ~、ハイハイ。
出してもらったのは感謝してるよ?
わかったわかった、おに~さんが起きたら交渉してみるよ。
だからさ、邪魔が入らないようにちゃ~んと守ってよね?
じゃないとさ、キメラになっちゃうから。
腕が六本、足が四つ、頭が三つとかになって欲しくないならちゃんとしてよね~。
人使いが荒いなあ……。
いや、アーティファクトかな? アブノーマリー?
どっちでも良いか。




