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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
9章 元自衛官、夢を見る
145/182

145話

   == 懐古 ==


 マリーに言われて、俺は遠い昔を思い出した。

 彼女が昼食前に去っていった仲、自分が何故正しくあろうとするのかを。

 昼食を食べながら、そして食べてからも思い出す……両親がまだ、自分を見てくれていた頃の事。


 ── 誰に虐められたの!? ──

     ── え? 遊んでもらってたんだよ? ──


 アレがイジメだったのかは、今でも分からない。

 ただ、園児だった頃から国を転々としていて友達が居なかった事だけは鮮明に覚えている。

 父親は外交官としての仕事だけでなく、アパルトヘイト問題だのカンデラリア教会虐殺事件だの、阪神・淡路大震災だのと一緒に居る事はなかった。

 母子家庭に半ば近い中で育ち、それでからかわれる事も多かった。


 ── も~、あそんでやんね~ぞ~? ──

    ── な、なんでもするからあそぼうよ! ──


 友達って、あの頃からなんなのか分かってなかった。

 ただ、先生はみんな仲良く友達になりましょうとしか言わなかった。

 他国に行っている父親と、一人手で育てる母親、そして自分よりも幼い弟に負担をかけたくなかった。


 ── おとうさん、いいこにしててっていったもん ──

    ── ともだちといっしょにあそぶのはいいこだってせんせ~いってた ──

          ── ぼく、いいこにしてたよ? ──


 母親が泣きながら抱きしめてくれた事を覚えている。

 良い子にしてたから、きっと誇らしかったのかも知れない。

 もういい歳なので、良い子と言うのは難しいから、今度は良い人に成りたいと思った。

 家族に迷惑も負担もかけない、良い人に……。


 ── どうして遠くまで泳いだの!? ──

     ──だって、リクが……リカルドが、とおくまでおよげたら、すごいっていったから ──


 海で沖合いまで泳いだ事もあったっけ?

 溺れて先生に救出されて、病院から家に帰った時の事だ。

 あの後、どうなったんだっけ。

 アルコールに埋もれた記憶は、今でも中々思い出せずにいた。


「失礼します。オルバですが」


 千客万来だな……。

 憧憬にふけっていると、オルバがやってきた。

 そういえば、辺境伯と一緒にオルバと姫さんも来てたんだっけな、忘れてた。


 入室を許可すると、オルバが姫さんを連れてやってきていた。

 そして彼は、俺が片腕を吊るしているのを見て眉を顰めた。


「悪いな、こんな姿で出迎えて」

「あ、いえ……」

「直ぐに退かすから、姫さんも座ってくれ」

「うむ」


 机の上の挨拶の文面を片付け、プリドゥエンがお茶を出せるようにする。

 クラインから話は聞いてるのだろうが、二人が直接プリドゥエンと会うのは初めての筈だ。


「お主、また偉くなるそうだな」

「姫さん耳早くない?」

「クラインやミラノから聞いたのでな。公爵が強く働きかけてくれたようだ。お主はもう暫くしたら勲功爵じゃ。こんなに短時間で昇進するとか、そうそう無いぞ。騎士になった若者が老いて去っていく時くらいなものじゃからな」

「そ、そんなになんだ……」

「ええ、そうです。貴方は短期間でそこまで上り詰めたという事です。今も大変でしょうが、此れからがもっと大変でしょう」

「根回し……して無いもんなあ。それに、自分が評価されて偉くなったといっても学園内部での話しだから、ヴィスコンティに行ったら『どこの田舎モンだ』ってなるのは目に見えてるし」

「おや、そこまで理解できていましたか」

「本来なら志願して、認められて、部隊配属になって、認識されて、認められて~っていう過程が必要なんだけど、それが俺の場合全部抜けてるんだよ。だから偉くなればなるほど孤立するし軋轢が生まれるんだよなぁ……」


 能力ではなく、対人関係において致命的な失態を犯している中での昇進だ。

 裸の王様の如く、周囲に嘲られる事間違いないだろう。

 そう考えれば、他人からしてみれば「なんだコイツ」と毛嫌いされるのは目に見えている。

 公爵も……大分リスクを背負ったことだろう。

 俺は周囲に証明しなきゃいけないわけだ、公爵が”気を違えた”と思われないように実力を見せ付けなければならない。

 じゃ無ければ、好意に泥を浴びせかけられ立場も危うくなりかねないのだから。


「いっそ要らないんだけどなあ……顰蹙を買うくらいなら、代わりに土地や家でもくれって感じ。前提がマズ間違ってるんだよ。家も無いのに偉くなったって仕方が無いだろ──」

「要らないだなんて……。そんなことを言うのは、貴方が初めてでしょうね。偉くなればそれだけで相手は何も言えなくなる事が多いというのに」

「それで? 市民や農民相手に威張り散らして、好き勝手してそっぽ向かれろと? 俺はそんなモンゴメン被るね。良好な関係、健全な上下関係、お互いに身分と立場を理解し己の役割をそれぞれ果たす……。それが円滑に行えてお互いの為になるのなら、威張る事も身分をひけらかすのも邪魔でしかないね」


 もしかしたら「偉くなったらそれなりの威厳を持ち、軽佻浮薄な様は見せるな」と言うのも有ったのかも知れない。

 しかし残念ながら営門三曹如きの自分にはそんなものは無いので、自分の思う効率的な手段しか選べないのだ。


「というか、俺は前から言ってるけど身軽なのが良いんだって。注目されず、変に役割や身分、地位を持たず。着の身着のまま直ぐに行動できるのが望ましい。じゃないと、一々誰かに断ったり、或いは下に誰かがいたら全部指示を出したりしないと動けないだろ? 偉くなりたい訳じゃないんだよ、俺は」

「貴方と言う人は……ッ」

「カカ、偉くなりたいわけじゃないとは、でかく出たな? しかし、それは無理な相談じゃろうなあ……。偉く成りたくないのであれば、目立つべきではなかった。しかしお主は突発的に行動し、その結果どうしようもないくらいに目立ってしまっておる。では、そんな”何処にも属さぬ人物”を、好ましく思う連中は居るのじゃろうか?」

「分かってるよ。結局、放って置いて欲しいと言いながら目立つ真似をしてる自分の失敗だって。けどさ、俺を放って置いてくれないってのも周囲の勝手な理由からだろ? なんか、こう……上手く相殺しあって”無”になってくんないかな、なんて」

「なる訳が無かろう。誰もが欲を持ち、自分が一歩先を行く為なら何でもするじゃろうな。それこそ、色仕掛けだの待遇の保障とか」

「あ~……」

「──その反応、あったのか!?」

「まあ、両方断ってズタズタにした後ですけどね? だはぁ……そっか、そっか──」


 最近色々な情報が開示されて、それらを紐付ける作業がかなり多い。

 旧人類としてのブーストでチヤホヤされたのかな? と思ったが、それだけじゃないらしい。

 爵位によるヴィスコンティへの紐付け、休暇中に押し寄せてきたお見合いと言う名の篭絡。

 神聖フランツでの褒め殺しや待遇や処遇を保障するような話。

 ユニオン国における身分や役割を持ちかけた話。

 ……まあ、どれもそうだよな。

 少しばかり安心したのは、旧人類だから全員が好意的な訳では無いらしい。

 ちゃんと……我欲を優先してくれる連中も居るようで、それは落ち着かせてくれる情報だった。


「なんか、もう……。マリーの助手でノンビリやりたくなって来た」

「なんじゃ。お主、英霊にまで色々言われておるのか。懇意だとは聞いてはいたが、そこまでとは……」

「姫様。聞いた話では闘技訓練や魔法の実施練習等で、英霊との組み稽古をしているようです。それで……その、”だいぶよくやっている”だとか聞いてます」

「お前のその情報収集能力はなんなんだ……」

「クラインさんの傍に怪しい奴が居るのです、姫様も学園に滞在したいと言っているのですから、警戒して当たり前では?」

「まあ、それは正論だなぁ」


 そんなことをぼやいていると、プリドゥエンがお茶を出してくれる。

 そこで警戒して距離を置くのがオルバであり、好奇心で距離を詰めるのが姫さんだった。


「おぉ、こやつが話に聞く機械人形と言う奴か。魔物ではなく、一種の生命体じゃと聞いておるぞ」

『お初にお目にかかります、お嬢様。私はご主人様に仕えるプリドゥエンと申します。身の回りのお世話から戦闘、給仕から寝床を整え、お茶を出す事も出来ます。以後お見知りおきを』

「おぉぉぉおおおおぉぉ!? オルバ! こやつ、礼儀正しいぞ!?」

「いえお、姫様。そのまえに……何処が口なのでしょうか? 光と共に声を出したようにしか見えませんでしたが……」


 二人が楽しそうで何よりである。

 オルバはなにやらメモ帳のようなものを出して、ペラペラと捲りながら眼鏡の位置を調整している。


「動物もそうですが、喉を振動させ口を動かし、舌を使う事で発声する……筈、なのですが」

「振動させるのは喉じゃなくて音だぞ? 喉が振動するから声が出るんじゃなくて、喉を振動させた結果声が出るってだけで、手段の一つでしかないんだけど」

「はっ、何を馬鹿な……」

「有声音、無声音。清音、半濁音、濁音。有気音、無気音、破裂音や摩擦音とか沢山あるし……。そもそも、魔法と同じで最初から音を登録しておけば後はそれを繋げれば言葉になるだろ」


 何故こうも見落としが多いのだろうか?

 それは俺が既に色々と解明された上にネットに常時繋がれたからだろうが、流石に進歩が無さ過ぎるのでは……。

 下手すると人体解剖は生命の冒涜だとかありえそうだし、医学も薬草を貼ったりお茶を飲んだりと民間療法に近い。


「音を……登録してあるから、それを繋げる事で言葉にしていると?」

『概ねその通りで御座います。私には音を作る能力は御座いません。その代わりに既存の音を組み合わせる事でそれらを補えると言うだけの話です』

「……マリー様やミラノさんのいう、魔法の省略や短縮みたいなものですね。少し、気になるので中を見てみたいのですが」

『それは無理な相談です。ご主人様ならいざ知らず、私がなんなのか、機械とは何なのかを理解していない方に生きたまま解体されるのは御免被りたい所ですね』


 オルバ、プリドゥエンによって撃退さる。

 そもそも俺ですら通電状態で解体したいとは思わないので、実質的に緊急事態でもなければそんな機会は無いだろう。

 オルバが色々言い募っていたが『では、アナタ様が自分の首を今ここで切り開けるのであれば、同じようにそうしましょう』という一言で終わりである。


「カカカ、お主の負けじゃオルバ。そもそも生きている相手に中身を見せてくれなど、そんなの飲む奴が居るわけないじゃろ?」

「くぅ……。しかし、バラバラにしてでも理解したかったのですが……」

「お前、姫の教育係だかなんだか知らんけど。それをマジでやろうとしたら殺人だし、俺は絶対にさせないからな」

「しかし、機械では?」

「お前の知らんような……そう、お前には分からない技術で出来てるけど、こいつの根っこは俺たちと同じ人間だぞ。ただ違うものに乗せ変えただけであって、お前のその言葉は酷い侮辱だ」


 ……オルバに、弟にそんな事を言うハメになるとは思わなかった。

 弟は俺と違って理系の大学に行き、情報処理を専門として卒業している。

 当然、パソコンを自由に組み立てたり出来る弟であれば”こんなこと”は、言うまでも無く伝わる話だった。

 ただ、ユリアと違ってオルバにはそう言った情報も記憶も無いからどうしようもないのだが。


「人……?」

「中身が人間じゃと?」

「失われた技術らしいけど、当時は出来たらしいぞ。俺にも理解の無い話だけど、生きた人間の情報を写し取るんだとさ。当然本人は遠い昔に亡くなってるけど、その写しであるコイツが人間じゃないってどうして言えるんだ?」

「そんなの馬鹿げている! 人を、人を複製するだなんて!!!」

「落ち着け、オルバ。人を複製したわけじゃない、人の情報を複製しただけだ。で、それが出来る人材ってのは厳選されてたらしいぞ」

『複製とは言え、自分が人間の姿では無い事を受け入れ、機械人形である事を受け入れられる人しか、こういった事は出来ませんでした。遠い昔、技術が確立される前は死刑囚や罪人、或いは人として扱われなかった人々が使われましたが、それが”多大の問題”を生み出し、不要な労力を大きく割く事を人は理解しました。技術が確立されてくると、安全性と安定性が求められ、善意の方々の協力を得て私達が出来たのです』

「善意……」

『当然、それでも反発は小さくは有りませんでした。当たり前です。かつては人間スキャン……いえ、皮肉でもなんでもなく”人という情報を焼き付ける”と言う事で、対象は灰と化していたのですから、それに比べれば大分進歩したものですよ』


 ……なにその人間を文字通り”分解処理”したかのような惨状。

 そりゃ死刑囚とかしか使えねえわ……。

 オルバも姫さんも黙っちゃったし、この空気をどうしろと?

 

「まあ、そういう時代もあったということで。人に見えないだろうけど中身は人間だから、人としてちゃんと扱ってくれって話」

「……ふむ、少々お待ちください。今の話を聞いていると、まるで貴方は彼の仕組みだとかそう言った物を理解できているようにも聞こえましたが」

「──時代は大分違うけど、プリドゥエンよりも大分技術力の低い世界だったのは確かだ。自由意志のない、それこそホンモノの入力したことしか出来ないカラクリ人形が出来始めたくらいだったかな」


 嘘は言って無いぞ?

 そもそも人間の記憶や思考、人格に至るまで完璧にコピーする技術って謎過ぎて理解できない。

 有名なゲームですら「記憶を過去に飛ばす事で簡易的なタイムマシンを作れる」って話で、無制限と言うものではなかった。

 そもそも反重力で浮くとか何? ナノマシンとか伝説の傭兵以外じゃ初めて聞いたぞ?

 

「まあ、簡単に説明するぞ? 俺はこの中では一番旧い人間で、プリドゥエンは俺からしてみれば未来の人間。んで、途中で世界が崩壊して、崩壊した中で改めて文明が確立されて、この──どっかで英霊たちの神話時代があって、その未来が今この時間ってわけで。時間帯で行くと俺たちはかなり旧い人間だけど、技術力で行くと数百から下手すりゃ千年規模で未来の人間って訳。理解できる?」

「──な、るほ……ど。しかし、そうだとしてもそこの……プリ、ドゥエンさんが貴方に従う理由は無いのでは?」

「そういう風に設定されてるんだよ。魔石と同じで、人間と同じ思考や同じ人格とかを持ってるけど、結局は生身の人間に仕えるように最初から作られてる。それで俺が主無きプリドゥエンに上書きして主人になっちゃってるから、時代とか技術力とか関係無しにご主人な訳」

「ほほう。ということは、妾が主人として登録されれば、こ奴は妾に仕えるという事か?」

「あ~……それなんだけど、残念な事に文明が崩壊した後の人間を対象に出来ないようになってるみたいでさ。俺は地続きの中だから出来たけど、姫さんやオルバとか、ミラノやマリーは登録できないみたいなんだわ」

「なんじゃ、面白くない……。じゃが、人格や意志があるということは主従関係無しにこうやって会話が出来るという事じゃろ? なら、それはそれで良いな。少なくとも色々と面白そうな話は聞けそうじゃ」

『おや。何処までご期待に沿えるかは分かりませんが、それでも宜しいのであればなんなりと』


 そう言って姫さんはプリドゥエンとの話に花を咲かせ始めた。

 かつてどんな世界だったのか、その中でどのように生きてきたのか。

 元はどんな人物だったのかなどと色々聞いている。

 プリドゥエンも良く応対しているようで、ヒヤリとする事は無かった。


「これでノンビリ出来そうだ……」

「と、思いましたか? 僕の相手が有るでしょう?」

「そうでした……。てか、お前が俺に用事があるとは思えないし、茶でも呑んで姫さんのやり取りでも聞いてろよ」

「……少し、屋上に行きませんか? ここでは出来ない話があるので」

「──そうか」


 まあ、姫さんが居ると出来ない話はゴマンとあるだろう。

 オルバについて行き、初めて屋上へと踏み込む。

 雪の降り積もった屋上は反省で腕立て伏せをさせられるにはちょうど良いくらいに冷えている。

 学園が良く見通せる場所で、そこは少しばかり気分が良い。


「んで、話って──」


 初めて見た景色に、手すりに手をついて眺めていた。

 しかし、一向に始まらない話に疑問を抱いて振り返ると、そこには銃を抜いたオルバが居る。

 魔力ではなく、この世界では珍しい科学で作られた火薬と質量兵器である銃だ。


「──なにしてんだ」

「姫様の前で、貴方を尋問する訳には行かないでしょう? だから……こうするしかなかった」

「だから、なにしてんだって聞いてんだろ」

「貴方の目的を問い質す為の処置です。流石に貴方が召喚された事実は良しとしても、流石に色々と”貴方にとって都合が良すぎる”と思いませんか?」


 数秒だけ考えて、直ぐに理解する。

 つまり、召喚されたことは否定できないが、それ以後……何かしらの目的や思惑が有るのでは無いかという事だ。

 クラインを蘇生させた事で幾らか気を許したと思ったが、それ以上に”なりあがり過ぎた”と言う事なのかも知れない。


「勲功爵……大分偉くなったものですね」

「それは、お褒めに預かり光栄ですと言えば良いかな?」

「ゆくゆくは国に食い込むつもりでしょうか?」

「バカ言え。俺は一度も爵位をくれと言った覚えも無ければ、偉くなって何かしらの権利や立場を得たいと言った事も無い」

「言っていないとはいえ、思っても願っても望んでも居ないという理由にはならないでしょう?」

「そりゃ勘繰り過ぎだ」

「いいえ、これくらいがちょうど良いのです。クラインさんやミラノさんだけではなく、公爵までもが貴方に対して好意的過ぎる。それを危惧し、警戒し、疑る人が一人でも居ないといけないとは思いませんか?」

「──それで、お前がって事か」

「ええ、その通りです。貴方はご自分がどう評されているか理解していますか?」

「他人がどう俺を言おうが……それこそ、どれだけ偉かろうと交友も関係も持たない相手がどう囀ろうが興味は無いね。俺が気にするのは、身近な相手だけだ」

「貴方はもう、ご自身の意見や考えで自由に行動できなくなりつつあります。僕の調べでは、様々な国の方と繋がりを持っていて、かつての英雄である英霊の方々とも親しくしているそうですね。だからこそ……何処にも帰属する様子を見せない貴方を、疑る声も生じつつあります。それに……先の出来事を詳細に知る人物が、何処まで口封じ出来ていつまで持つかは考えませんでしたか?」


 つまり、ユニオン国が本気で侵攻して来ていて、表向きには魔物の撃退に来ていたとされる彼らの行動を疑う人がこれから増えるだろうと。

 そうなると俺が何を考えて行動したのかを疑う人物も現れる。

 ユニオン国の内通者だとか、あるいは……彼らの知らない誰かの指示や目的で動いてるだとか。

 それが何処なのか、誰なのか分からないからこそ抱き込もうとするか、排除しようとする思惑が吹き出るのは当然なのだ。


「僕は姫様の教育係であり、国王の信を得て任されています。つまり、姫様と国王の両者を危険に晒しかねない貴方を、放置するわけには行かない」

「……で、お前の目には俺がどう見える? ヴィスコンティに仇成す輩か、そうじゃないか」

「それが分かっていれば、こうする必要も無かったとは思いませんか? 貴方の行動は、不審な点が多すぎる……」

「例えば?」

「余りにも行き過ぎているからです。身分問わず、国を問わずに同じ事をしている。相手が魔物であろうと、英霊であろうと、賊であろうと立ちはだかれる。その意味も理由も理解できないのですよ。何処にも属さず、何の見返りも無い事に命すら張れるのか……と」

「──……、」

「貴方にとっては縁も所縁も無い土地で、関係の薄い相手にどうしてそこまで出来るのか……それが晴れないと、疑問はただただ深まるばかりです。僕には、貴方がただの狂人にしか思えない」

「はは、ははははははは」


 オルバの言葉を聞いて、俺は可笑しくて笑う。

 笑い、哂い、嗤う。

 そして、改めてオルバへと対峙した。


「オルバ。俺は……忠義を尽くしているだけだ、或いは……使命とも言える」

「国も持たず、主君も居ないのにですか?」

「主君は常に同じとは限らない。死ねば誰かが後を継ぐし、同じように国や主人が敵と見做す相手も変わっていく。昨日までの同盟相手が今日は敵になるかもしれない、今日まで殺しあっていた相手が、明日には肩を並べて同じ敵と立ち向かう同盟者に成る事だってある。俺が従うのは”崇高な目的”とやらで、その結果ミラノやクラインを救い、マリーの為に英霊と対峙しただけに過ぎない」

「では、その崇高な目的とは?」

「使命の自覚、個人の充実、責任の遂行、規律の厳守……だ。侵略や暴力に立ち向かって平和を守り、体力と知性を充実させて個人を育み、勇気の忍耐を以って己の責任……任務を遂行し、法令と命令及び規律への誠実で厳粛な態度を──服従をする。確かに俺にはもう国は無い。そして主君も持たない只の男だ。だが、俺が兵士であり、兵士たらんとする為に叩き込まれた”任務”まで放棄したわけじゃない。任務を優先し、今は存在しない国や部隊に貢献する。それが俺の歴史であり、俺の人生であり、俺の感情を否定させない行為に繋がる。国や部隊が是とした事を行った、ただそれだけの事だ」

「任……務」

「”己に忠を尽くせ”。絶対敵が居らず、時代によって変化し続ける相対敵ばかりなら、主人も国も絶対とは言い切れない。ならば、自分が信じ、そうあろうとしたものの為に戦う。それが俺の忠節であり、尽くす国であり、俺を従える主人だ」


 喋っていて、心臓が震えた。

 何てことは無い、自分が口にしてご高説を垂れながらも「そう有りたいのだ」と自信が無いのだ。

 そして、己に忠を尽くせ……国に忠を尽くせと言ったのは弟からのメッセージだ。

 とあるゲームで語られたもののようで、俺がまだ候補生として前期教育を受けている最中に送られたものである。

 辛くても、苦しくても信じられるものを見出せ。

 その見出したものを大事にしろと、そういうことらしい。


「お前の知らない国、お前の知らない場所、お前の知らない部隊で叩き込まれたものを忠実に守っているだけだ。たとえもう滅んでいようと、自分の中に当時の国が、仲間が、信念が無くならない以上滅びはしない。たとえ爵位を渡されようと、色目を使われようと俺が属していた国を裏切るわけが無い。俺はヴィスコンティの人間でもなければ、ツアル皇国、ユニオン国、フランツ帝国の人間でも無い。南米に生まれ、日ノ本に生き、そこに尽くすことを選んだ人間だ。手前等の価値観も、思惑もクソ食らえってんだよ」

「──……、」


 忠義と言うよりは、只の怒りだった。

 正しい事をしても、それを認めない人からは侮蔑や罵倒など幾らでも飛んで来る。

 違憲軍だから、軍隊だから、国に属していないから、理解できないから。

 そんな理由で、誰かの為に身体を張っても攻撃や悪意に晒されるのだ。

 

「オルバ、くだらねぇ事やってんなよ。俺が何をどうしようと、裏で俺のことをどうこう言ってる連中よりは実際に己を差し出して、誰かを実際に救ってきた。行動もせず、何かをした訳でもない連中が好き勝手言おうが意味なんか有るか。一度はくたばって、一度は死にかけて、今はこうして片腕片足を犠牲にして何度も誰かの為に戦ってきた。何処の偉い奴かはしらねえけどな、何もして無い奴がほざいてんじゃねぇって伝えとけ。敵意には敵意を、好意には好意を持って応じる。相手が姫や公爵の子供だから尾っぽ振ってるわけじゃねえ。相手の身分、地位、思想問わず救えって教わってるから救っただけだ。何処かの誰かに属して無いと信じられないとか、世迷言にも程がある」


 数秒、オルバの目が震えていた。

 だが彼は、重いため息を吐き出すと腕をダラリと下げる。

 それは降参の意に受け止められた。


「……ええ、分かってます。貴方を疑うことに、そのなりを見て尚言えるほど僕も愚かしい真似は出来ません。ですが、個人的な事情よりも公としての都合が優先される事だってあるのですよ。それだけご理解ください」

「──だろうな。お前は……難しい立場に居るもんな」

「そう言ってもらえると助かります。ちなみに、今のやり取りはそのまま報告されますので、ご理解を」

「好きにしろよ。誰かに聞かれて困るような事を言った記憶は無いし、俺がそれに従って行動するという事実は変わらないからな」

「……貴方は下手な騎士よりも騎士らしいですよ。あるいは、そうあるべきであるとされた理想の騎士に近いと思います。ただ、対象が遠い何処かである事だけが残念では有りますが」


 オルバは後ろ頭を搔きながら、拳銃をそっとしまいこんだ。

 また幾らかバージョンアップしたのだろう、前装式で嵩張った以前の奴から進化している。

 そのうちもっと進歩するのだろう、楽しみでは有るが怖くもある。


「ただ、僕の言った事は忘れないで下さい。僕が納得しても、国内の連中が納得するかはまた別問題です。ただ、国王の耳に入るわけですから表だって下の連中が行動できる訳じゃないですが」

「お前だって今は爵位なしだろうが」

「僕はいつか汚名を拭い家名を取り戻すので関係在りません。それに、僕自身は今言ったとおりとりあえずは貴方に関しては納得しているつもりですから」

「なるほどね」

「ただ、いつかは選択する事になるでしょう。排除されるか、それとも納得されるか……釈明するのか。誰もが貴方を放置してくれる訳ではありません。利と有らば取り込もうとする連中も現れるでしょう。姫様と親しげにしているという既成事実で何処まで押さえ込めるかは僕にも分かりませんから」

「……もしかして、幾らかは俺の味方してくれてる?」

「貴方のというよりは、クラインさんやミラノさんに対してです。クラインさんを助けてくれた事は感謝してますが、だからと言って諸手を挙げて歓迎するのは少しばかり都合が良すぎると思いませんか?」

「全く以ってその通りで」

「それに、短期間で爵位が上がる事を愉快に思わない連中が遠巻きに居ると思わないことです」

「お前もかよ!?」

「僕は国王に赦されるまでは仮公爵家跡取りでありながら爵位なしですから。貴方に頭上をヒョイヒョイと駆け上られるのは面白くありませんしね」

「お前は敵対的なのか友好的なのか分かり辛いな……」

「警戒すべき相手ではありますが、利を考えれば敵対すべきでは無いと言うのが僕の考えです。当然、貴方の現状を考えるのなら率先して敵対しておく事で余計な余波を起こさずに、事を最小限に収めるのも吝かではありません。これが僕の果たすべき役割と言う奴です」


 オルバは幾らか誇らしげにそう語った。

 それに関して俺は挟む口を持たないので「了解」と言って肩を竦めるに留める。


「そろそろ戻ろうぜ? 流石に膝が痛んできた……」

「あぁ、最後に一つだけ聞いても良いでしょうか?」

「なに?」

「貴方がもし絶対的に敵対するとしたら、それはどういうときでしょうか? 敵対するにしても、敵対しない道を選ぶにしても……知っておきたい事柄です」

「……そうだなあ。裏切られるのが一番許せないかな。最初から敵対したり、中立ならまだしもね。友好的なフリをして、味方や仲間……理解者であるフリをして利用し、使い捨て、裏切るのは……我慢ならないかな」

「……なるほど」


 理解してくれたのか、それとも彼なりに納得が出来たのかはわからない。

 頷いたオルバは「それでは戻りましょうか」と先を歩いていく。

 本当に、寒さで膝関節が痛む……。

 これ、もうちょいどうにかなんねぇかなぁ……。


「すみません姫様、ただいま戻りました」

「おぉ、戻ったか。男二人で何をしておったのじゃ?」

「ええ、まあ。真面目なお話という奴です」

「──オルバ。浮いた話を聞かぬと思ったが、お主男が趣味じゃたのか?」

「え」

「口を開けばクラインの話ばかりしておったからのう。だが、ダメじゃぞ? 妾はそう言った事で冷遇はせぬが、まさかヤクモに転じるとは……」

「「ないない」」


 兄弟シンクロと言わんばかりに、否定のテンションも同じだった。

 余りにもありえなさ過ぎて、騒いで否定する所では無かった。


「姫様……勉強が足りずに脳にウジでもわきましたか?」

「それは酷くないか!?」

「いや、姫さん。俺にも言わせてくれ。脳みそ、お母さんのおなかの中に置いてきたの?」

「ひっど!? 貴様等、妾をなんだと思って居るのじゃ!!!」

「「姫で御座います」」

「そういう時だけ同句同音で同時に喋るでない!!!」

「人を男色趣味と勝手に早合点したのですから、これくらいは可愛い仕返しかと」

「人をその相手に指名したんだから、これくらいの仕返しは妥当かと」


 部屋に戻っていきなり男色趣味とその相手扱いされれば不愉快にもなるわ。

 なのでこの仕返しは妥当であると互いに言う、異論は無い。


「そうじゃなくて、叙任に際しての話だよ。顰蹙を買うだろうな~とか、心構え~とか」

「なに、ドーンと構えておれば良いのじゃ。国にはお主が世話になっている公爵から、下には騎士も居る。悪いようにはされぬじゃろ、心配無用じゃ」

「──そう、ですね」


 姫さんの回答に、オルバは幾らか沈んだ表情を見せた。

 ……これが、鳥かごの中の鳥……か。

 彼女は悪意を知らない、彼女は欲を知らない、彼女は善を信じている。

 だからだろう、オルバが俺に銃を向けたことも、その背景には自国で蠢くさまざまな思惑があることなど知りもしないのだろう。

 そして、彼女はきっと俺をも疑った事が無いのだろう。

 本当に……本当に、善意で誰かの為に行動したような義士のように思っているのかもしれない。

 そう考えると、オルバが銃を向けた事すら受け入れられてしまう。

 彼女は……余りにも無防備すぎた。


「……オルバは必要な事をしただけだって。そう言った事を知らない俺が、無様を晒さないようにっていう気遣いをしてくれたんだ。けど、姫さんはプリドゥエンと楽しそうに話をしてただろ? 公私をキッチリと分けて、姫さんの時間を邪魔し無いようにも配慮してくれたんだ」

「う、うむ。そうであったか……。すまぬ、オルバ。妾とした事が、そのような気遣いを気付けぬとは……許せ」

「い、いえ。姫様。自分こそ勝手に場を離れてしまい、申し訳ありませんでした」


 オルバは姫の謝罪と俺の庇うような嘘に戸惑っているようであった。

 本来で有らばあんな敵対的行為を事情を説明されたからと言って、許すほうが可笑しいのかも知れない。

 しかし、俺としても納得と理解をした事で態々意趣返しをして亀裂を入れる必要など無いのだ。

 それに、逆の立場だったとしても俺は同じ事をしただろうし。


「オルバ、こやつの事を頼むぞ? 能力や才能はあるやも知れぬが、記憶ごと常識と言うやつが欠如していると聞いて居るのでな。最年少最優秀で卒業したお主の指導があれば問題など無いじゃろ。いつかは国を支える一人になるやも知れぬからな」


 そして、その純粋さは俺も貫いた。

 彼女は俺がヴィスコンティに行くと信じて疑っていないらしい。

 卒業して用無しになるかもしれないのに、彼女と共に居ると……。

 オルバが俺の顔を見ている、見られてるのを察知して直ぐに頭を振って表情を隠した。


「そう、なれたらいいなあ」

「なれるじゃろ。お主は良い奴じゃ。お主のように身分をも気にせず民も救う奴を重用せぬのなら、それは父の目が曇っているだけの事じゃ。だが安心せい、父がそうせぬのであれば妾がそうする。約束じゃ」

「──りょ~かい」


 約束、そう言われてしまうと……この純粋無垢な相手にそう言われてしまうと裏切れない。

 彼女は約束した事を覚えているだろう、そして果たされる事すら信じているだろう。

 たとえ何年、十年かかろうとも「待っておったぞ!」と腕を組んで、嬉しそうに迎え入れてくれるに違いない。

 どんなに無能でも、どんなに悩んでも……。


「……オルバ、悪いんだけどさ」

「分かってます。色々……教えますよ。それと、少し──時間をくれれば。貴方に味方してくれそうな方くらいは、紹介できるかと」

「──助かる」

「いえ……」


 姫さんの純粋な物言いに、お互い毒っ気を抜かれた。

 それこそ、さっき俺が言ったような「身分や地位、立場も関係の無い」という事を相手にされたからだ。

 自分は任務……それこそ義務として、訳隔てなく救えるのなら救わなければならない。

 けれども、姫さんはそうではないのだ。

 なのに彼女は、背景も不透明で訳も分からない男を重用するという。

 それを否定するには、俺には無理だった。


「オルバ、お前も大変だな」

「……理解してくれたようで何よりです」

「なんじゃ? 何の話をしておるのじゃ?」

「ああ、いえ。なんでもないですよ? はい」

「姫様が人の上に立つに値する、立派な方だと彼もご理解していただけたようです」

「おぉ? そうかそうか……。くひひ、なんか嬉しいのじゃ。理解者が増えると言うのは、嬉しいものじゃな」

「ええ、そうですね」

「──ところで、姫さん。プリドゥエンとは何の話を? 席を外してたから内容が気になるんだけど」

「うむ。昔、プリドゥエンが人であった頃の生活をな。色々な建物が有る中、様々な便利な物に囲まれて生活していたと聞いたぞ。夏や冬でも快適にすごせる”くぅらぁ”だとか、薪や井戸が無くとも水や火を使える”きっちん”だとかな」


 話題転換を試みるが、上手くいったようだ。

 素直すぎて不安になるけれども、それは王族だから仕方が無い……と言う事で、飲み込むしか無いだろう。


「お主も似たような生活をしておったのか?」

「プリドゥエンの時代よりは大分劣るだろうけど、似たような感じだったよ。ガスって言う可燃物があって、それを燃やす事で薪の代わりにしてたんだ」

「誰にでも使えたそうじゃな。市井も、薪を得る労力を割かずに済んで生活も楽であったろう」

「まあ、楽っちゃ楽だったけど……」

「なんじゃ? 煮えきらぬ返答じゃな」

「生活が楽になるってのは国民にとっては良い事だろうけど、それは全ての国でもそうだから。言ってしまえば、国民生産能力の競争になってしまうわけで。それで劣る国は物の売買でも、それこそ戦いでも負けるって訳なんだ。現に、俺の居た国は半世紀……って伝わらないか。七十年ほど昔に国家総力戦で負けて、一時的に支配された歴史もある。まあ、俺が居なくなるまでは準支配国のままだったけどさ」

「準、支配?」

「歴史があるって事は、国民の特性とかも有るわけだろ? ツアル皇国、ヴィスコンティ、ユニオン、フランツでそれぞれの国家運営と歴史がある訳だ。それを負けたからって『お前はこれからこういった政治の下で国を運営しろ』って押し付けられて、それをそのまま七十年も受け入れ続けたら、それは無意識の従属とも言えるだろ?」


 まあ、言ってしまえば憲法だのなんだのなのだが。

 世界を取り巻く環境が変化していく中、まるでカルタゴのように「平和万歳! 戦争法案反対!」等とやっていれば、閉鎖国のつもりなのかな? となってしまう。

 カルタゴは分かりやすい歴史の話で、平和を有り難がり過ぎてローマに攻め滅ぼされた国だ。

 国を持たぬが故に圧力に弱く、圧力に弱いが故に不利益を被る要求を突っぱねられなかった。

 備えよ常にとは俺の好きな言葉で、様々な圧力に対抗するには平和の為に軍事力や防衛力を高めなければならないのだ。


「へっ、馬鹿げた話だよ。平和の為に自国を売り渡す学者が居るかってんだ……。軍事研究に反対しますとか言って、緩やかな衰退と滅亡を受け入れる馬鹿まで居る始末でさ。どんなに国に尽くしても、どんなに国の為に働いても売国奴のような連中がゴマンといる……。あぁ、失礼。とにかく、だ。便利なのは良いけど、便利な分一日の回転速度も高まるわけで、人間には二十四時間しか一日割り振られない。沢山の人間がその二十四時間という歯車の回転にしがみ付いて、壊れたり故障したりして外れていく。そんな世界が果たして恵まれているかと言われたら、俺は少しだけ首を傾げるよ」


 ……そういや、未来の日本はどうなったのだろうか?

 この前プリドゥエンに「未来ってどうなってる?」って聞いたら、『2018年のワールドカップでは、南米諸国はフランスの優勝を阻めませんでしたね』とか言われた。

 マジふざけてやがる……アルゼンチンとブラジルが負けるわけ無いだろ?


「ただ、技術の発展は間違いなく人口や死亡率に関しては寄与してるよ。寒さで凍え死んだり、暑さで倒れる心配は少なくなった。出産や病気、負傷で死ぬ可能性もかつてよりは大分減ってる。そういう意味では間違いなく、良い時代だったと言える」

「ふむ……、そんな時代が有ったのじゃな。しかし、何故そこまで発展しながら滅んだのかが理解できぬ。その名残が見つからぬ理由も分からぬのじゃが」

「あぁ、えっと……。地上の大部分が人の住める状態じゃなくなって、地下に逃げ込んだらしいよ? それで、長い時間が経過して地上のものは朽ち果てたりしてあんまり残って無いんじゃないかな~って思ったり? ただ、中には残ってるものがあったのは確認したかな」

「ほむ、どういうものじゃ?」

「大昔の水道橋とお城の残骸かな。両方とも神聖フランツ帝国で見たんだ、だから探してみたら見つかる可能性は無いとは言えないだろうけど」

「となると、妾やオルバなどと言った今の人間では弄くれない、あるいは見つけることが出来ない物がまだあるという訳じゃな? むふふ……少し、よい事を思いついたのじゃ」

「あぁ……姫様。つかぬ事をお聞きしますが、何をお企みでしょうか?」

「なに、こやつとプリドゥエンにしか反応しないのであれば、妾が調査を命じて色々な所に派遣してやれば何か見つかるやもしれぬじゃろ? それで何か見つかればそれを持ち帰って来れば良し、無ければ無いでこやつも諦めがつくじゃろ」

「なんの諦めだ、なんの……」


 なんか、姫さんが色々と企み始めて嫌な予感がしてきた。

 けれども、それはそれで良いかなと思える。

 少なくとも彼女なりに俺の活用法を見出してくれていて、それは”俺に価値がある”と言う事に他ならない。

 俺にしか出来ない、俺に任せられる事。

 それは嬉しい事だ、とても。


「それに、お主らの知識が有ればオルバの研究の助けになるやも知れぬからな」

「姫様、それだけはご勘弁を」

「なんじゃ、信用しておらぬのか?」

「いえ。自分は自分の力で発見し、たどり着きたいのです。その為に助言や発想を貰う事は良くても、正解や回答を求めている訳じゃないのです。彼らの居た頃の知恵や情報があれば……確かに自分の研究は捗るでしょう。けど、それは赤子が揺り篭に居るかのような、脆く曖昧なままに達成した成功でしかありません。自分たちは雛鳥ではなく、自ら餌を求めて歩むのを良しとします。九十九度失敗しても、百回目には成功して見せます。九百九十九回失敗しようとも、壱千回目で成功を。英霊たちがそうであったように、僕もそう在りたいと願っているからです」

「……ヒュウ」


 オルバの回答に、少しばかり泣きたくなってしまった。

 それは、弟の言葉だった。


 ── 九十九回失敗しても、百回目でやり遂げてみせる ──

 ── 九百九十九回失敗しようとも、千回目でやり遂げる ──

 ── 心は…… ──


「心はまだ、折れてない」


 そう、そう……だったな。

 弟は負けん気の強い奴だった、それは妹も同じだ。

 長男の癖に、両親のその心を受け継げなかった俺には無いもの。

 直ぐに他者を、誰かを、何かを引用し、模倣し、それで自分を補強する俺にはない物。

 だから俺は、弟と妹が羨ましかった。

 諦めを優しさで誤魔化した俺と、失敗を諦めない心で上塗りした弟と妹。

 目蓋を閉ざして、懐かしさを噛み締めた。


「姫さん、オルバの言葉は正しい。俺やプリドゥエンがどれだけ色々言おうとも、結局自らの足で歩む事を止めてしまえばもはや研究者や学者としてはおしまいだ。だから、応援はするけど手伝わない」

「……ええ、そうしてくれると助かります。僕の研究は、この世界における研究だ。旧世界の貴方方の力は必要ない」

「と言う事で、納得してくれないかな?」

「う~む……。そこまで言うのであれば仕方が無い。頑固じゃなあ」

「頑固と言うより、信念の問題です。僕……失礼。自分たちの研究は、自分たちの手で成し遂げなければなりません。魔法と言う便利なモノで失われた歩みが、これから少しでも進む為には自分たちで見つけなければならない……。誰かの力で得た勝利は、その一瞬で見れば自分たちの勝利かも知れませんが、長期的に見れば勝利じゃないのと同じですから」

「自分の喧嘩に誰かを引っ張ってきて勝っても、それは自分の力じゃないって事だよ」

「で、あるか。オルバはともかく、お主までそんな賢そうな事を言うとは思わなかったぞ」

「あれ、馬鹿にされてる……?」

「いえ、妥当な判断じゃないですか? 常識が無いと言うことで、無教養な民と思われてた訳でしょうし」

「俺は馬鹿じゃねえ! 俺は馬鹿じゃねえ!?」

「どこぞの親善大使みたいな事を言わないで下さい」


 チクショウ! 無教養はそのまま馬鹿だと思われる!?

 常識が無いと言うだけでここまで馬鹿に思われるだなんて──。


「ちくせう……」

「まあ、幸いな事に貴方は恵まれていますよ? なんてったって、学園に居ながらかつての最年少首席が近くに居るのですから。必要とあらば文字通り”全て”を叩き込んであげますが」

「それって、どれくらい時間がかかるゥ……?」

「さて。貴方は現在療養と自室謹慎で時間が有り余っていると聞いています。であれば、一刻ほど時間をいただければ基礎教養程度の書物を見繕ってきましょう。そして、それらを読み終えたなら授業と洒落込みましょうか? 幸い、自分は姫様の教育係ですから、そう言った事も教えられるくらいには自信があります。本来なら貴方に割く時間はありませんが、仕方が無く、どうしてもと言われているので、特別に、時間を割いてあげましょう」

「だぁぁ! 嫌味ったらしいな!? しかもいい事を言ったつもりだろうけど、全然笑えないからな!?」


 オルバは、僅かに微笑んでいた。

 しかもやり取りがまるで弟のようで、余計に懐かしく感じてしまう。


 ── 何で俺が兄貴の為にパソコンを…… ──

 ── まあ? 俺も? パソコン組みたいし? 兄貴の金で? 遠慮なく? 練習させてもらいますけど? ──

 ── 良かったなあ、そばに情報学科の弟が居て。二十万出して買うよりは良いパソコンが組めたぞ ──

 ── せっかく組んだんだ、大事にしろよ。帰省したら無料で見てやるから感謝しろ ──


 弟にゃ、大分救われてきたよなぁ……。

 パソコンのアップグレードに、マザーボードを交換しないとCPUとの互換性無しとか考えた事もなかった……。

 デジタルな世界で、ネットもパソコンも無いとか引き篭もれない。

 ……逆に考えれば、弟のおかげで引き篭もれたという見方も出来るわけだが。


「仕方ないからお世話になってやるよ」

「おや、素直じゃありませんね。惨めったらしく教えてくださいと頭を垂れても良いのですよ?」

「クラインにオルバが虐めるって言いつけてやろうっと。オルバの野郎、自分に出来る事なら何でもするって言いながらあんな事いってましたよ! って」

「それは汚くありませんか!? さっき自分で『誰かの力で~』とか言ってた癖に!!!」

「へへ~ん、勝つ為の引き合いじゃなくて交渉の為の材料として引っ張り出したんですぅ~」

「お主等……」


 学園最年少首席卒業者と、学園滞在の最下層の英雄。

 そんな二人が揃いも揃ってバカみたいに騒いでいる。

 ただ、それが心地よいのは……これが、俺の求めていたものだからだろう。


「おい、ミスター・アインシュタイン。そこまで豪語するからにゃあ、後から出来ませんとか抜かすんじゃねえぞ?」

「ふんっ、僕を誰だと思っているんですか? 姫様という野生児をここまで文化人にしたのですよ? なら、でき無い事は無いといっても差し支えありませんね!」

「オルバぁ!!! 貴様、シレッと妾を馬鹿にしたな!? 不敬じゃ! ふけ~!!!!!」


 さて、楽しそうにしているが困ったぞ?

 俺の時間、またドンドン無くなってる気がする……。

 おかしいなあ、ノンビリしたいだけなのにノンビリする為の知恵や技術を身に付けようとすると時間が無くなってくぞ?

 

「プリドゥエン。俺の自由時間って、どれくらい残ってる?」

『今の状態では、負傷してるのに事務作業に回されているのと大して変わりませんね』


 人生とはクソである。

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