144話
朝六時を知らせる腕時計のアラームに起こされ、天幕の天井を先に認識した俺は慌てて身を起こした。
半長靴何処? 無え。
上衣は? 無え。
そもそもジャージじゃねぇ。
朝の点呼に間に合わない、どうしようと思いながら天幕を出たが、そこは富士ではなかった。
雪の降りしきる敷地、遠くに荒くも石材を積み重ねた校舎が見える。
それらを見てから、自分が富士野営に居るわけではないと理解できた。
── はい、五班~! ──
── 健康状態! ──
随分と、寂しいものだ。
天幕を出れば眠そうな懐かしい顔ぶれがある訳ではない。
気だるげに「異常な~し」と言って点呼を受ける訳でもない。
同期が「今日もがんばるべや」と背中を叩いてくれるわけでもない。
今度片付けようと、天幕自体をそのままストレージにしまいこんだ。
発電機だのケーブルだのも状態を確認してからストレージにしまいこむと、物の数分で天幕二つと設置していたものは消えうせた。
朝帰りみたいだし、こんな起床時間に部屋へと素直に向かえば女子生徒とすれ違ってしまう。
そうなると生徒たちを刺激しないで欲しいという学園長の意向を無視する事になる。
壁をよじ登るか、或いは女子生徒が居なくなるまで待つしかない。
待つのは得意だけれども、だからと言って身を隠す場所が無いのでは意味が無い。
仕方が無い、壁をよじ登ろう。
そう決断しかけた所で、自室の窓が開かれてプリドゥエンがフヨフヨと出てきた。
『お早う御座います、ご主人様。先日はよくお眠りになられたようですね』
「おはよう、プリドゥエン。いや、ゴメン。昨日はちょっと休むだけのつもりが、そのまま寝ちゃって……。というか、文句とか問題は無かった?」
『いいえ、特別お耳に入れるような事は有りませんでしたとも。騒がしくなりすぎたのでしょうね、教師が一度やって来たくらいで、それも英雄の方々が居た事で無難に終わりましたよ』
「……そっか」
『今ならまだ十分ほどの余裕が在るので、正面からお部屋に戻れますよ。起きるのも着替えるのもゆっくりとしてますから』
「そ、そうだっけ?」
『ミラノ様達が、とりたてて早いだけですよ。平均すると、二十分になるまで殆どの生徒は部屋をお出になりませんし』
それは見落としが有った。
プリドゥエンに感謝すると、出来る限り早目に自室へと戻る。
こういう時にエレベーターが欲しくなるよな……。
最下級生は最上階とか、若干同情したくなる。
ミラノは四年生なので三階だから、数階分得しているが。
『しかし、ご主人様も転送機能をお持ちとは思いませんでした』
「ん、転送機能?」
『私、見ておりましたよ? テントをどこかに消してしまわれたでしょう? 確立された技術の一つで、実体の有る物をデータ化して保存するという技術が有るのですよ。そのせいで、終末では電子戦争やネット戦争が盛んでしたがね』
「……それって、材質や量とかって関係なかったり?」
『ええ。まるでATMに金を出し入れするかのように、武器弾薬糧食装備医療に至るまで地球の裏まで数秒で移送できてしまう時代でしたからね。民間と国、軍事でそれぞれ独立したネットワークを運用していて、それによって余計に国は身動きの取れない時代でしたから』
「そりゃそうだろう……」
そんな技術、悪用すれば核の材料をネット経由で好きなだけ転送し放題だ。
利便性の裏では安全の為に莫大な労力が割かれていた事だろう。
誰だって、スパイや工作員で自国が核の炎に沈むのは避けたいだろうから。
しかし、転生措置で貰ったチート技術が実はこの世界では割と到達していたという事実が多くて困る。
好感度の件でついでに聞いてみたのだが、どうやら新人類は旧人類に比べると身体能力が高いらしいのだ。
つまり、俺が「身体能力強化チートだ、やったぜ」って思ってたら、「え、旧人類ってチートして同じくらいなの?」と言う状態である。
そしてステータス画面やストレージ等に至っては「そんな技術有りましたねえ」とプリドゥエンに懐かしがられる始末。
あれ、何にもチートじゃなくね?
こうなると「敵を倒したり、訓練や苦労でステータスが伸びる」と言うのも新人類に備わってないかどうかが気になってしまう。
アーニャに「至急返信くれや」と言った感じで、半ば涙目な文面を送るハメになった。
『デポも無しに出来るとは、なにか特別な物をお持ちなのですか?』
「あぁ、うん。まあ……そんなトコ?」
『いやはや。最先端を自負しておりましたが、井の中の蛙だったという事でしょうね。……さて、お喋りはこれくらいにしましょう。ご主人様、本当にお眠りになられましたか?』
「寝てたけど……なんで?」
『……顔色がよろしくないように見えるからです。まるで、過労で倒れそうなご様子。あぁ、私が医療用アンドロイドじゃないのが恨めしいですね』
「医療用も有るんだ」
『勿論ですとも。私はただの遺跡の管理・維持を任されたアンドロイドでしかありません。医療用のデータはインストールされてませんから、普通の人と何ら変わらない知識しか有しておりません。それに比べると医療用のアンドロイドは精巧です。どこぞの黄色いサル……失礼、変なプログラムが走ってしまいました。とにかく、日本の”二十四時間働けますか”を形にしたような存在が彼ら・彼女等なのです。執刀や手術すら任されていて、患者の精神を落ち着かせるために人と同じ形状をしております』
「あぁ、人間の見た目をしたアンドロイドも居るんだ」
『ええ。私は自由に飛び回り、様々な機能を有している事を誇らしく思っておりますが、それでも私の人間だった部分は、人間ではない姿をしている事に拒絶反応を示しております。スタンバイ状態から戻る時に、度々自分に骨も筋肉も脂肪も皮膚もない事を突きつけられるのは辛いものです』
「……それって、どうにかならないのか?」
『ならない、とは断じきる事は出来ませんね。何せ、クローニング設備が生きて残っていたのですから、どこかには私が人の姿を取り戻す為の設備が生きている筈です』
「──ならさ、それをプリドゥエンの目標にしてみたら良いんじゃないかな。俺もそこらへん覚えとくし、配慮するよ。その為に時間が必要だっていうのなら遠慮なく言ってくれて良いし、暫く暇を貰いたいって言うのなら全然別行動してくれて構わないから」
俺がそう言うと、プリドゥエンが熟考しているようであった。
あるいは思考停止とも言えるかも知れず、アクセスランプの明滅はかなり鈍かった。
『……宜しいのですか?』
「宜しくない訳が有るか。確かに歪な関係だという事も、俺に不満が有る事も承知してる。けど、俺は別に奴隷が欲しいわけでも無いし、個人的な事情や都合を押し殺してまで傍に居て欲しいとは思ってないし……」
『──……、』
「それに、まあ……なんだ。軍役経験が在ると言う事で仲間意識も幾らか在るし、俺のほうが劣ってるとは言っても滅ぶ前の世界の話ができる相手が居るって言うのは有り難いからさ……。それに、プリドゥエンの事は前にも言ったけど、人だと思ってるから──自分ってのを、持ってても変だとは思ってないし」
数秒の沈黙、それからプリドゥエンが『なるほど』と言ってくれたおかげで、何とか場が持った。
『ご主人様は、どうやら大分”馬鹿”なのですね』
「ひでぇなおい!?」
『あぁ、いえ。悪く言ったつもりはありませんが──少しばかり、評価しなおしただけで御座います。そうですね、ではお願いしても宜しいでしょうか? 何かそれらしい機械や設備を見かけたら携帯電話でAIに言っていただければ、GPS経由で場所を把握しますので。それで人の姿に戻れるのなら、その時に改めてお時間を頂くという事で宜しいでしょうか』
「ん、了解。差し迫った状況じゃない場合に限り、全面的にいいよって言うから」
『流石に以前ご主人様が見かけたというクローン設備だけでは、DNAを有さないこの身体では無理ですから』
「確かに」
そう言ってから、プリドゥエンが指摘したとおりに大分体調でも悪いのかも知れない。
『お辛いですか?』
「いや、眠気以外は何も感じてないんだ。本当に……」
『まるで、先ほどまで死体だったみたいですね。もしかしたら本当に就寝中、生命活動が停止していたのでは』
「や、止めてくれよ」
身体が死んだ時の状態に戻されるという事は、片足を故障していたというだけの話ではない。
もしかすると、文字通り『死んだ時』にまで戻されてるのではないかとさえ思えた。
つまり、知らないうちに何度か心肺停止しているという事すらありうる。
なぜなら、自分は既に死人なのだから。
「も、もう少し休もうかな……」
『では、ミラノ様たちにはそのようにお伝えしておきます。食事が来ましたら声をかけさせていただきます』
「あぁ、頼む」
ベッドに潜り込むと、即死したかのように全てが無くなった。
そしてフィルムを繋ぎ合わせたかのようにプリドゥエンに起こされる。
「俺、死んでた?」
『ええ。心臓も脈も呼吸も停止しておりました。しかし、食事が来る時間になったら息を吹き返したのです。何か、持病をお持ちですか?』
「いや、無いはずだけど……」
『……幾らか私が受け持っていた観光場所の医療品を取り寄せます。次に同じ事が発生した場合、私の知識と与えられた権限を持って薬品投与なども行わせていただきます』
「と、投薬?」
『軍事的な興奮剤……、覚醒剤とも言われる薬ですね。勿論投与しすぎれば中毒も有り得ますが、生命の維持の為であれば戸惑ってなど居られません』
「や、やだなぁ……。覚醒剤って犯罪なんですけど、知ってます?」
『ですので、軍人としての判断です。民間や一般人、平時であれば咎められるものも緊急措置として投与するしかありません。ご主人様も軍属であれば理解が在るはずでは?』
「そう、だけど……」
引っかかるので普段は触らせません、というものが在るとは聞いている。
たしか痛み止め……モルヒネだったかなんだったかすら、自衛隊は制約に引っかかって持たせてもらえないとか。
自分らは取り扱えないが、時代も国も違うプリドゥエンなら取り扱えるのだろう。
「こ、後遺症や副作用は?」
『残念ながら、無いとは言い切れません。ただ、安定化した時にはそう言った効果を落ち着かせる為の薬もありますので、そう深刻にならずとも良いでしょう』
「そ、そう? なら……良いけど」
『いま向こうでパッキングさせております。あと数分ほどでこちらに転送出来ますので、ご安心を』
安心も何も、軍のオクスリで安心できる要素なんて何処にもない。
モルヒネを打ちすぎて死ぬとか、怖いからと覚醒剤を打ちすぎて幻覚や幻聴に悩まされるとか分かりやすい話は幾らでも在る。
俺は大丈夫だ! と思えるほど、前向きでもなければ万能感や選ばれた人間だとも思っていない。
むしろ廃人になって「今は痩せこけ、脳みそが萎縮して喋る事が出来ない彼も、かつては英雄といわれていたが、今となってはベッドの上で窓の外を眺めるだけだ」というエピローグすらつきそうだ。
『AEDも必要ですね……』
「まさか自分が心肺蘇生をかけられる側になるとは思って無かったなぁ」
『笑い事ではないのですが』
「俺もふざけてねぇっての……」
話を打ち切るために運び込まれたばかりの食事に向かう。
味が分からないとか、匂いが分からないとかそう言ったことは無い。
飽きてはいるが飯に変わりは無い。
生徒連中はこれを特別な食事だと有り難がっているけれども、味は薄いし量も微妙だ。
もしかしたら新人類は燃費が良いのかも知れない。
そう思いながら食事を済ませ、改めて横になる。
横になると、気分が悪くなる。
寝てしまいたいのに、休みたいのに……まるでそれらが紐付いているかのようだ。
寝てしまうと死んでしまうような、そんな気さえした。
あるいは、心の弱さのような誘いすら感じる。
眠れ、休めと言っているようだ。
ただ、それに従うと本当に死んでしまいそうなのだ。
そう……ユニオン国との戦いが終わったあの日から。
張り詰めているとか、そういうレベルでの問題ではない。
少し消耗しすぎなのだ。
それこそ、プリドゥエンの持病を疑う気持ちが分かるくらいには。
精神に肉体が引きずられているのか、それとも事実《死》に肉体が引きずられているのかは分からない。
ただ眠りたいという気持ちが強い。
眠れば楽になる、眠ればまた幸せな夢を見られる……と。
それが死にかけた状態であれば理解できるが、一応元気なのだから理解できないのだ。
── 元気? 今死にかけてるのは俺だ ──
頭が痛み、目蓋を閉じる。
満腹感も手伝って、尚更眠れそうではあった。
だが、目を閉ざすと別の光景が見える。
『トウカ様、そのまま胸を圧迫し続けて下さい! これ以上は、余り宜しくないですが──』
『ダイちゃん、ダイちゃん!!!』
何故かトウカが俺を心臓マッサージしていて、プリドゥエンが薬の調整をしている光景。
見たことの無い場所で、電気の通っている場所で俺は蘇生を受けている。
しかし、目蓋を開けば学園に居る。
一瞬この紅い目の影響下と思ったが、見えたのは未来じゃない。
この紅い目を通して見えるのは破滅の未来だ、アレは結末ではない。
不愉快で不可思議では在るが、この目には随分救われてきた。
一度……生きる事を諦めたあの時から。
ユニオン国に関しては、片手では数え切れないほど光景を見せつけられた。
その結果、相手には生殺しのような苦痛を味わうハメになったが……未来だけは確保できたのだ。
ユニオン国の兵士を殺しすぎたが為に、汚染地域の魔物にヴィスコンティが滅ぶ未来。
幅広く戦線を保持しなかったが為に、抜け出し部隊に学園を制圧されてしまう未来。
ユニオン国の兵士に恐怖を刻み込まなかったが為に、交渉が決裂してヴィスコンティも巻き添えにした戦争になってしまった未来。
アリアと共に脱出しなかったが為に、その遠い未来で人類が丸ごと滅ぼされる未来。
そのどれもが、ミラノやアリアといった近しい人物が誰か知ら死ぬのだ。
そして……マーガレットは、どの時系列でも死んでいた。
未来と、知り合いと、マーガレットを救うには……理解も納得もされない戦争と負担を担うしかなかったという訳だ。
分の悪すぎる賭けだった、そもそも1%にも満たないようなオッズの中での戦いだったのだ。
そして疲弊は思考を麻痺させてくれたが、当時ですら百回以上は諦めの言葉を自分自身で生み出していた。
もう良いだろうと、何で俺がと、俺が頑張らなくても良いだろと、よくやっただろと。
それでもここまでやれてしまったので、あえて重ねて言える。
この眠さは、俺の諦めの声とは何か違う理由ではないのかと。
「……暇だなぁ」
闘技場で武技の訓練を見たい、授業に自ら行きたいと思うとは大分焼きが回っている。
というか、既に時間をもてあましているのだ。
学舎に行けないので図書館にも寄れない。
まるで自衛隊の『内禁』である。
外出禁止は外禁として恐れられているが、外出しなさ過ぎて駐屯地引き篭もりになると「お前、中での生活禁止」として強制的に外に出されてしまうのだ。
理由? 社会勉強だとか、自衛隊と言う非常識に染まりすぎて社会復帰出来なくなるのを阻止するとからしいが。
自分も一度内禁を食らいかけたけれども、当時は曹候補生の試験だの選抜だので有耶無耶になった記憶が在る。
副班長や部屋に当時は居た先輩から「風俗とか興味無えの?」と言われたが、父親の仕事柄避けてると伝えたら黙った。
「強化外骨格とパワーアーマーもなんとなく使えちゃうしなぁ……。あれ一つで今の時代だったら無敵じゃないかねぇ」
『戦車も航空機も、衛生爆撃もありませんからねえ。銃もコケオドシ銃、弓や槍等では傷一つ尽きませんとも』
「まあ、出来れば使うような自体が無けりゃ良いけど」
『なぜ今回お使いになられなかったのです?』
「試運転すらしてないものを実戦投入できるか……。データも大事だけど、実際に運用してみてその感触から実際の運用方法とかを導かなきゃいけないだろ? ぶっつけで失敗したらどうリカバリーしたら良いかもわからない場面でやる事じゃない」
戦いにおいて冒険と挑戦は個人のみで収めておきたい。
そもそもあんな綱渡りしておいて冒険と挑戦しかないだろと思うだろうが、その割合を縮小して事態の触れ幅の安定化を図りたいと思うのは合理的な判断だと思う。
ペーペーの下っ端なので、映画など見たいに「コイツを試してみよう」だなんて事は恐ろしくて出来る訳が無かった。
しかし。眠い、眠い……。
寝落ち仕掛けて、プリドゥエンの声が投げかけられる。
手とは言えないけれども、器用に頬を叩き網膜を確認してくる。
『次にその生気の抜けた顔で心肺停止しかけたら、覚醒剤を投与します』
「分かった、分かった──」
おちおち寝てられないなと、気付けのように珈琲を出してもらう。
小さなカップで出されるそれは、不満といえば不満である。
「プリドゥエン? この前俺が買ってきたジョッキは? アレで珈琲を飲みたいんだけど……」
『まさか、ご冗談でしょう? 嗜好品を態々泥水に変えて飲むと? そう仰られるのですか!?』
「泥水て……」
『決められた淹れ方、満足いただける分量、味わいを最大限楽しめる量というのが定められているのです! だというのに、それを台無しにするだなんて……』
よよよ……と、プリドゥエンが落ち込んでいく。
こいつ、どんだけ珈琲に思い入れがあるんだよ。
しかし、俺とてカフェイン中毒者で自衛官だ。
マント羽織って横になれりゃ地面でもベッドに出来るし、水と冷めたご飯でも口に出来るだけ幸福とか言えてしまう程に慣らされている。
「ジョッキだ」
『いいえ、カップです』
「何度もお代わり頼むのが面倒なんだよ」
『それゆえのアンドロイドでは?』
「熱々の珈琲から温いの、冷めた珈琲までワンカップで楽しめるんだぞ」
『それは時間の経過を知るための砂時計では有りません!』
「一回で全て済ませれば、声をかけるという手間も相手を配慮するという精神的磨耗からも逃れられるんだ」
『流石に精神的引き篭もりがいきすぎでは?』
平行線だった。
横着と楽をしたがる俺と、物事を出来る限り正確に行いたがるプリドゥエン。
数秒、互いに沈黙が続いた。
『曹長である私の意見が優先されるべきかと』
「プログラム上は俺が主人だと思ったけど?」
『ご冗談を。過ちを犯すと分かっていて従う兵がいますか? 却下です』
「常にそんな悠長な事が出来ると思うか? 時にはそう言った”最低な中での生活”ってのを体験しておく事で、より長期的な活動が出来ると思うけどね」
『ご自分でブーメランをされてますよ? 今がその悠長な時間を過ごすべき場面です。訓練でもなく、むしろ休養が必要な場面で患者を甚振る事に利を感じ得ません』
ぐぬぬと、お互いに言い合う。
しかしふと力が抜けた。
こんな早朝に言い合っている場面ではないのだ。
朝から全力でギアを入れてぶっ倒れるとか、新兵じゃないんだからやりたくないことだ。
「カップ」
『おや、素直になられましたか』
「ただし、冷やしたのが欲しい。熱いのはちょっと……気分的に今はいいや」
『左様ですか。しかし、そこらへんも抜かりないですよ。しっかりとお湯から淹れても数分でアイスティーに出来ますからね』
「そりゃ……ありがたい」
『ところで、何故心変わりを?』
「いや、そういやスピーチの内容を見返せば幾らか眠気も紛れるかなと思って」
学園長に突っ込まれた舞踏会前のスピーチ。
晒し者以外の何者でもないと思いながらも、一応真面目にジョブスのスピーチを思い返しながら幾つかの点に絞って語ろうとしてはいた。
まだミラノにも見せてはいないが、せこせこと暇を見ては書き綴っていたのだ。
自己紹介と、念のために謙って舞台に上がる事に感謝する所などから始める。
短く済ませる予定では有ったけれども、幾つも案を出してはこれじゃないとしまってしまう。
「人前に立てる気がしないなぁ……」
『銃口を向けられているほうが気楽、ですか』
「テキトーにやれば良いんだろうけど、それはそれで難しいからなあ。敵を増やすか、味方を増やすか、何か働きかけるか~とか、そういうのを考えなきゃいけないんだよ」
『だからボードに各国の生徒の傾向なんて纏め出しているのですね……』
一括りにすると何処で地雷を踏むか分からない。
だからといって各国の生徒それぞれに言葉を送っていては時間を食う。
気にしなきゃいけないのは主人であるミラノの体裁と、彼女の想いだ。
俺が受け入れられるようにと願った場で「モブキャラのみなさん、こんにちわ」だなんてやれるわけが無い。
日本人らしい演説《事なかれ主義》で何とかしようと思いながらも、そうしたら短くなる気もした。
「で出しと導入までは良いんだけど、その後がどうも続かないんだよなぁ……」
「え~と、なになに……。『学園長の要請により、僭越ながらもこの場に招かせていただきました──』って、なにこれ」
「マ゛リ゛ィ゛……」
背後から圧し掛かられ、書きかけの文面を奪われた。
彼女にとっては本気で下らないみたいで、声色だけで「うわぁ……」という表情をしてるのが分かる。
無理やり起き上がり彼女を振り払うが、想像通り彼女の表情は嫌そうだった。
「え、本気で呼び出されてんの?」
「この前の騒ぎの件で少しは学生に自分を発信しろってさ。人と成りを少しでも知らない生徒からしたら、怖いんだってさ」
「ダッサ。別に取って食おうとしてる訳じゃないのに、怖いとか何言ってんの?」
「まあ、背景も血筋も素性も明らかじゃない奴が活躍したら疑りたくなる奴も居るだろ。それに、何か身分が上がるみたいだけど、それはそれとして平民風情が~って不愉快に思う連中も居るだろうし」
「面倒くさいわね……」
「だから人間って言うんだろ? たぶん英霊に関しても不愉快に思ってる奴は必ず居るだろうし、他人事じゃないと思うけどね」
「自分にとって都合が良ければ歓迎するし、都合が悪ければ英雄でも邪魔者扱いかぁ……」
「人間はそんなもんだろ」
自分も含めてだ。
バカだらけの中で、一握りの良い奴が居るだけなのだから。
「なんで道化師になる事を引き受けたのよ」
「それで少しでも良い結果に繋がると思ったからだ。それに……ミラノに言われたからな」
「あのちんちくりんに?」
「俺の世界は、この学園じゃミラノ達を通じなきゃ得られないものが多すぎる。それなのに、理解も無いままにこの部屋だけを自分の世界にするのはおかしいってさ」
「……本当にそんな事いったの?」
「まあ、幾らか拡大解釈と歪曲と誇張と過大表現が含まれているけど、そんな感じの事言ってた」
「元の言葉から乖離しすぎじゃない?」
「良いんだよ。他人の言葉は善意であれば勝手に拡大解釈して勝手に思い切り満たされてれば。学園に居場所を少しでも作ってくれようとしてるんだから、そこに間違いは無いさ」
「居場所……か」
マリーは暫く考え込んで、思考の海に沈んでいるようであった。
「……私に、従者が居たのは話したっけ」
「あぁ、聞いた……気がする。いや、見たんだったか──」
「見た?」
「いや……なんか、この目の悪影響のせいか、それかあの英霊殺しの血が混ざったせいか分からないけど、昔の光景が見える時があるんだ。その時に……その人物の視点で物事を見た」
「はぁ……デタラメだと思ってたけど、大分ね。それで……何を見たの?」
「いや、マリーがまだ幼かった頃だと思うけど……。空っぽの部屋に入って、その部屋を見回したと言う記憶。それで……マリーが言うんだ。『何にも無いのね』見たいな事を。それくらいかなぁ」
たしか、そんな感じだった気がする。
英霊連中の記憶を見る時は、誰かの視点でその記憶を追体験するようになっている。
マリーの記憶ならマリー視点で物事を見る。
タケルならタケル、ヘラならヘラだ。
「その光景の通り。私は……自分に仕えてくれている相手にすら愛想を尽かされた。だからちょっと気になって」
「気になるって……何を?」
「誰かに、居場所を与えるって事。そもそも与えるという考え自体が傲慢なのかも知れないけど──知っておきたいじゃない」
そう言って彼女は見つめてくる。
たぶん、余程気になるのだろう。
何だかんだ反目している相手に一歩先を行かれると負けたくないと考えるのも人らしい感情だと思う。
足を引っ張るのではなく、自分なりに計算式と回答を得たがっているのだ。
「アンタは……居場所ってどういうものだと思ってる?」
「帰る場所、何があっても戻れる場所、自分を保てる場所……とか」
「自分を、保つって?」
「居場所って言うのは静的な物と動的な物が有って。公爵に頼んでるんだけど、自分の家って言うのは静的な居場所になる。逆に人間関係とかが絡むものは動的な居場所って言えるかな。自分を保つってのは、静的な空間に属するんだけどね。学園で嫌な事があっても、誰かがいるいないに関わらず家に帰れば切り離せるでしょ? それが出来る場所や空間が自分を保てる空間」
自分が自分で居られる場所とも、他人を気にせずにいられる空間とも言える。
あるいは……世間や社会から引き篭もっていられるとも言えるのかも知れないが。
「俺にはまだ静的な自分の場所は無くて、動的な自分の居場所を確立してる最中とも言えるかな。まだまだ馴染めなくて、この部屋でさえミラノを経由している以上は自分が自分で居られる場所とは言えない。壁一枚隣に他者が居るのなら尚更だ」
「──そっか。借り物の場所とも言えるわけか……」
「自分が契約して住んでる訳じゃない以上、自分の裁量で片付かない事が沢山あるしなあ。何だかんだ毎日清掃されたりと他人の手が入るし、その相手も自分に属してる訳じゃなくて学園所属だから尚更」
「……そう考えると、あのチンチクリンとの関係が悪化したら居場所が無くなる訳か」
「まあ、学生じゃない以上自分……失礼、俺がここに居る正統性は無いからなあ。土地や家を買ったり、契約して自分の居場所を確保するのはそれ以上とない正統性に保障されてる訳だし。自分の家が有れば好きに散らかして、好きに喚き散らして、好きに汚して、好きに寛げるからねえ」
「これでも十分ささやかだものね。というか、すぐに片付けられる上に退去できる状態とも言えるけど」
「そもそも学びの園で私生活展開するほど馬鹿じゃないんですけどね?」
そう言いながらも、壁際には強化外骨格だのパワーアーマーだのが自立状態で放置されている。
あとは戦闘服と半長靴が出ていたり、ボードを引っ掛けてそこに色々と自分なりの情報を陳列しているくらいだ。
本は図書館に返して、衣類と装備をストレージに突っ込むだけで部屋はチェックアウト可能だ。
クローゼットだの衣装棚などは開ければ、蜘蛛の巣が張っていてもおかしくないくらい使われてない。
「まあ、家が無くても土地を見繕ってくれればそこに家を建てたいかなぁ、なんて」
「家を建てると時間がかかるじゃない……」
「材料さえあれば魔法……で、出来るぞ? 授業で錬金術の科目があったけど、あれと同じで」
等価交換、質量保存の法則などをやってたっけ?
……今思えば、俺の扱う”クラフト”と同じシステムが錬金術としてこの世界にもあったわけだ。
もしかすると、かつては科学的に、或いは何らかの技術として存在していたものが形を変えたり幾らか劣化して残ってると考えるのが正しいのかも知れない。
ストレージも確立されてたとプリドゥエンにも聞いたし、多分彼女たちも知識さえあれば同じ事が出来るのだろう。
あれ、益々チートじゃなくなってきてないか?
「錬金術……? あれって薬草をその場で使えるものにしたり、土の山の中から鉱石とかを取り出したり、ちょっと傷ついた装備を素材と掛け合わせて修理・修復する技術じゃないの?」
「……お前等の仲間に錬金術に長けた奴は居なかったの?」
「居たには居たけど、英雄だとか英霊になる前に死んじゃった」
「……そっか」
「というか、錬金術でそれが出来るって本当なの?」
「やってる事の仕組みは同じはずだけど? 例えばの話、右手のほうに土の山があったとして、それをそっくり左手のほうに錬金術……の仕組みを使って移動させる。それと同じで土の山を移動させる時に形状指定したり、木材とかと組み合わせて木材から容器を作成して、その容器の中に土を収める~とか……行程が煩雑になるけど、どう違う?」
少しばかり考えてから、クラフトじゃなくてストレージでも同じ事が出来る。
右手で触れて机を収納して、左手から出した場合でも似たような結果は出来る。
収納と展開、分解と再構築と言う違いはあれども似ていると言えば似ている。
「錬金術の仕組みは質量保存の法則と等価交換から逃れられない事。それさえ守れば形状を変えたり加工したりしても問題は発生しない。じゃあ、規模を変えれば家だって建てられるじゃん」
「信っじ……られない。魔法で家を作るとか、そんなのって……」
「誰も思わないだろ? けど、出来る物は出来るんだから、それはマリーたちからしてみれば専門家の欠落ってだけで不幸な話だったってわけでしかない」
「で、またアンタのお得意の『出来そうだからやったら出来た』って訳? クソ……クソクソクソ、こんな馬鹿な話──」
「言葉遣い」
「舐めんなぁぁぁあああああ!!!!! そんな話で納得できるかぁぁぁあああああぁぁ!!!!!」
伝説の英霊、パンピーを前にして咆哮する。
まあ、魔法を魔法としか認識してない連中と、魔法を科学と絡ませて既存知識を応用できるだけで思考の幅が違いすぎるわけで。
ただ、その叫びを聞いているとミラノを思い出す。
彼女もこの前部屋で叫び倒したばかりで、まだ記憶に新しいのだ。
やっぱ、先祖と子孫なんじゃねえかなあと思いながら、二人を似たもの同士に思う。
「言われてから気付いた! 確かにそのとおり! だけど、そんな使い方思いつくかぁぁぁあああああ!!!!!」
「あ、あの……マリーさん、落ち着いて?」
「全部説明しろ!」
「し、しましゅ……」
マリーさん、魔法に関係する事では鬼のように怖いれふ……。
プリドゥエンは最近「触らぬ神に祟り無し」を覚えたのか、お茶汲み機械と化して自分のタスクを消化することに勤めている。
助けを求めても休止状態のフリをして知らん振りをし、俺の窮地を助けてはくれないのだ。
「そもそも、錬金術って大雑把に言ってるけど、その行使過程を分解すると色々なものに絡むだろ? 魔力を使って分解や加工、変換や補填が行える。例えば……茶葉と水と容器が有れば、成分を抽出して水と掛け合わせる事で補填……合成と言う事が出来る。それで容器に収められればはい、お茶の完成」
「当たり前のようにやんな!!!」
「きびしくないですかね!?」
「成分を抽出……? それ、何処から──って、分解!?」
「まあ、その通りなんだけどさ……。やってる事は蒸留とか濾過とかとあんまり変わらないぞ? それを魔法を経由させる事で短縮できるだけで、錬金術って別に岩から鉱石だけ取り出したり、薬草を使えるように加工するだけの技術じゃないと思うんですが……」
「……なんか、アンタの言い方気に入らない」
「だってさ、魔法って”魔力と等価交換、質量保存の法則”に則って炎だの雷撃だの水だのを出す訳じゃん。土の魔法だって既に存在する土を変換して行使してるのに、なんでそこ気付かなかったんだ? 水だって空気の状態で出力が変わるし、炎も同じだってのに」
湿度が高ければ水系統の魔法は行使しやすく、炎は弱まる。
逆に湿度が低くなると水は使いにくくなり、炎が使いやすくなる。
風魔法は空気が希薄になれば使いづらくなるのだろう、土魔法をミラノが使った時は例外無しに地形を応用したものとなっていた。
「多分、適性だとかそういうのってさ、単純にその人物の想像力の方向性なんだと思うぞ? 俺は色々知ってるから何でも出来るように見えるだけで、マリーだって俺の考えを聞いて魔法を模倣できたんだからさ」
「……アンタの頭の中が開きたい。開いて全部見てみたい」
「やめてね? 頭の中開いても物理的に内容物が見えるだけで、記憶だの知識だのが見えるわけじゃないからね? というか、魔石で爆発物をどうやって作ったんだってほうが気になるんですが」
「は? 魔石なんだから加工して命令と効果を刻み込んでやって条件付けをすれば爆発物になるし」
「プログラマーみたいな事言ってんじゃねぇ!!!」
俺は原理や理屈を全部解明した上で魔法を行使しているわけじゃない。
殆どがシステムアシストで簡略化されていて、意志と目的さえハッキリしていればある程度の補正は受けられる。
しかし、マリーがしている事は”解析と分析”であり、そこからの積み重ねだ。
結果から過程が導き出される俺と、一歩ずつ過程を踏み出していって結果を導き出す彼女とはかなり違う。
正確な見出し、正確な片付け、正確な覗き込み、正確な引き金の引き方……。
そう言った事を教わっても「それはそれとして」と、完全に自己流にしてしまっている。
だから、俺の考えは参考にならない。
引き金を引いたら当たる、その理由はなにか? と言う逆算。
正解を出してからその理由と原因を出して、それを補強して応用していく。
市街地における射撃の精度に関して「銃身は真っ直ぐなんだから、握把と銃口の関係を徹底して叩き込めば一々覗き込まなくても弾の飛ぶ場所は殆ど出てるようなものだ」と言ってるような”キチ”っぷりは理解している。
「大体、前にヘラが公爵家の壁を破壊した時に問題にならなかったのは俺が直したからなんだぞ……? そこで何にも思わなかったのか」
「英霊だから文句を飲み込んだのかと思った……」
「……なるほど」
立場的に公爵が言葉を飲み込んだと、そう判断したわけだ。
まあ、英霊の機嫌を損ねるよりは些細な不利益くらいは飲み込んだ方が良い関係を保てるだろうしなぁ……。
「まあ、材料さえあれば魔法……錬金術で何とかなるってのはそういうこと。まあ、魔法使いが家を施工するってのは無かっただろうし、悪く言えば下々の仕事だって事で考えもしなかったんだろうけどさ」
「魔法で家を作るとか、アンタまともじゃないわ……」
「魔法で簡易的な避難場所を洞窟として作ったり、材料だけ持っていって直ぐに拠点構築とか出来るから、割と軍事的な発想から来てるんだけどなぁ……」
「くぅっ……」
マリーは心底悔しそうだった。
……彼女たちの傍にはマトモな軍人は居なかったのだろうか?
いや、そう言えば責任の押し付け合いだとか政争だとかに明け暮れていたとか言っていたっけな。
そう言った知識や情報を持った連中が共倒れして、最終的に彼女たちしか残らなかったという事か……。
そう考えると、英霊とはいっても超人の集団じゃなくて……”主人公だったというだけの連中”ナのかも知れない。
戦争の体験談でもそうだが、砲撃が発生して地面に伏せていたら両隣の味方が死んでいたとかもある話だ。
そして、錬金術が得意だった人や、戦略家も居たらしいが死んでいる。
つまり……実力もある程度ありながらも”生き延びた筆頭者でしかない”と言うことだ。
だから──魔法に長けているからと魔法のスペシャリストで有るという訳ではない。
「はは……」
「何がおかしいのよ」
「いや……、なんかさ。英雄だ~、英霊だ~って勝手に俺が凄い連中なんだと思ってたけど、それが思い込みだったんだな~って思ってさ」
「馬鹿にしてる?」
「いや、違うんだ。勝手に……全員が何かの天才で、俺なんかが何か言うのも馬鹿げてるくらいに色々知ってる人ばっかりだと……そう思ってたんだ」
それは劣等感の告白でもあった。
どうせ自分なんか、どうせ無駄なんだ。
みんな凄いんだ、だから自分が一々何かを言う必要なんか無いんだと……そう思っていた。
いや、今のこの考えも実は勘違いで、実際彼女は自分が居なくてもそこにたどり着いていたかもしれないが。
俺の言葉に、マリーは少しばかりの不快そうな表情を和らげた。
それから、彼女は信じられないという表情で俺を見る。
「アンタ……まさか、自分が大した事のない存在だとでも思ってるの?」
「マリー、まさか俺が凄い人だとでも思ってるの?」
「そんな──自分が何をしてきたか理解してる?」
「それでも、俺に自信を与える材料にはなってないんだよ」
「だからあの演説? 色々やってきたのに、負け犬みたいな事を言うの!?」
「負け犬も何も……マリー、大多数の生徒にとっては過ぎてしまえば只の出来事の一つでしかない。兵士になるだとか、そういう連中でもない限りは喉元過ぎればなんとやらだ。マリーが……ミラノ達が、少しでもそう言ってくれるだけでも嬉しいよ」
「でも──」
「マリー。俺は……戦いを”疎まれた国”で生きてきたんだ。個人的に誇らしいと思うことと、それを他人に誇れるかってのはまた別問題なんだ」
軍人……有事の際に犠牲となる事を受け入れ、己の都合ではなく誰かの都合を優先した人は誰にとっても誇りであり、受け入れられる存在だ。
……ただし、それは日本”外”においての話だ。
日本内ではあまりそうではない。
悪の枢軸、軍事国家、侵略戦争……。
数世代も交代したのに、未だに政治家やメディアが率先してそれらを用いて負債として国の足を引っ張る。
災害派遣でも軍事行動だ何だと輸送機や艦船の寄港に文句を言う。
そんな国で、誇らしく思うことは出来ても他者に誇ることは育たない。
たとえ直接数名、部隊で数十名救おうとも、発生してない銃撃戦での被害者を語られ蔑まれる。
実際の助けた数など、”かもしれない”という存在しない被害者で消されてしまうのだ。
「そんな事って──」
「だからさ、受け入れられるようになるか……それか、他人に誇れる何かが欲しいんだよ。自信も自身も無い俺には、尽くすか逃げる場所かのどちらかは必要なんだ」
「そう……」
数秒の沈黙が、少しばかり痛かった。
しかし、彼女は”未来の俺”を受け取ってくれたのを忘れていない。
「──アンタが覚えていてくれればだけど」
「ん、なに?」
「もし居場所が無くなったとしても、私と一緒に魔法の研究でもしない? 優秀な助手がちょうど必要だったの」
「へえ……それは、大分自信の無い元兵士や騎士でも成り立ちそうかい?」
「口だけの奴よりはずっと信じられそうだと思うけど、どう? 助手なら給金も出るし、直ぐに役立たなくても魔法の歴史と技術に爪痕位は残せそうだとは思わない?」
「はは、そりゃ……面白そうだ。特に爪痕を歴史に残せるって部分が特に気に入った。三食つき、午前午後にそれぞれ一回の休憩、仕事は定刻始まり定刻上がりで、振り替え休日あり、職場まで一時間以内なら考えないでもない」
「残念ね。ただ、その内容だったら交渉できそうだから、もしその気があるんだったらそのバカにいつでもどうぞって言っておいて」
「次の就職のアテが見つかったって喜ぶよ。なにせ、天下無敵の無職野郎だからな」
少しばかり淀んだ空気が直ぐにジョークで払拭される。
あるいは、そうできるくらいには互いの距離が縮まったのかも知れない。
ミラノや……以前までであれば、深刻な話題は大体俺が悪いかのように打ち切られて終了だった。
だが、こんな軽い切り返しと朗らかな空気は初めてかもしれない。
「アンタは……困ったら私の傍にいれば良いのよ。誰にも文句は言わせない、誰もアンタの代わりも真似も出来ない。身分も地位も知るもんか」
「頼もしい言葉だな……ただ、俺にも専門性なんて無いぞ? 思いつきでやってる事が結果的に上手くいってるだけで、手順や過程に関しては大まかな概要や要綱は言えても、細目や詳細はあやふやなんだからさ」
「ねえ、知ってる? 道ってどうして出来るのか。世の中には山であれ崖であれ最初にそれらは道と認識される事はないの。ただ、誰かが最初にそこを通過する事で初めて道が粗雑ながら出来上がるってだけの話。もちろん、その粗雑な道が出来上がるまでに沢山の犠牲や時間と消費が待ってるんだけどね」
「……まさか、俺が魔法における開拓者だとか言いたいのか?」
「違うの? 今の私たちには無い発想で新しい魔法の理念や技術を確立する。私たちからしてみれば道なき道を、未知を行く感じにしか見えないけど」
「なるほど……」
「──けど、今まで渋ってたりノラリクラリと回避してきたのに、今更になってなんでこの話は肯定的に受け止めたの? 自信も自身もないとか言っちゃってくれてたのに」
「道なき道を、未知を行くってさ……開拓者な訳じゃん。別に歴史に名が残るとかはどうでも良くて、前人未到の領域に踏み込むってのが好きでさ」
「そう言われると、確かにアンタは前人未到の祭り会場かもね」
「酷くない?」
「貴族を相手に指揮して学園まで逃げるという前代未聞、英霊を相手に英霊を庇って英霊と肩を並べるという前人未到、英霊を相手に自ら正面から立ち向かっていくという前人未到の行い、単独で軍隊に喧嘩を売るという……馬鹿な真似選手権と並ぶくらい色々やってるし。バカと偉人は紙一重、皮一枚隔てて同一って知ってる?」
「バカであれ、貪欲であれって偉人が言ったんだよ……。故人だけど。賢しらなフリをしたら可能性は狭まるし、満足してたらそもそも何も考えられない。満足な豚よりも、不満足な人間であれという言葉もあるし、その結果バカだって言うのなら──そのバカのおかげで誰かが助かってるんだ、なら自分の選択も行動も間違いじゃなかったって言えるだろ」
「アンタは……」
はぁと、かのじょはため息を吐いた。
それは本当に本当に深くて、今までよりは不快なため息ではなかった。
「……責められない、か。馬鹿なおかげで助かってるもんね」
「責めないでくれると助かるかな? ただ、そのバカさってのは時に致命的な失敗を招く事もある。そう言った時に歯止めをかけてくれる人は絶対必要だし、一人だと……どうしたって煮詰まるからさ」
「んじゃ、私がアンタを止める役って訳ね。けど困ったわね。アンタはいつもつっこんでっちゃうから、私は魔法を使う役割柄届かないし間に合わない」
「まあ、そこらへんは……うまくやるしかないさ」
「というか、アンタは迷いや逡巡が無さ過ぎ。何か起きました、行動開始! って、野生児か」
「攻撃を受けました、行動開始! の方がシックリ来るんですけどね?」
「アンタは戦う機械か」
「優れた兵士って感想はないのね……」
「私はアンタほどに採算を度外視して目的や勝利を掴みに行く奴は知らないもの。幾ら正しくても、幾ら間違っていても同じ事が出来る人はそう居ないか……全く居ないはず」
マリーにそう言われて、幼少期の事を思い返す。
少しばかり呼吸を整えて、当たり前のように返した。
「間違った事はしてない、ならそれは正しい筈なんだ。比率は別としてもね。ただ少しばかり他人よりもそれに重きを置いていて、ただ少しばかり他人よりもそれに飛びつく速度が速いだけなんだと思う」
「……そう。それで今は納得してあげる。けど忘れない事。アンタは……私に幾らか記憶を読まれてるって事を。何処まで遡れば良いのかは分からなくても、アンタの記憶と出来事の何処かに必ず答えがあるって分かってるんだから」
マリーには大分自分の口にしていない物を知られている。
だからと言って嫌悪もしないし邪険にも出来ないのは、彼女がその事を忘れたかのように触れないからだ。
憐憫も同情も無く、ただただ何でも無いかのように接してくれる。
それが一番良い。
「……役に立つかは分からないけど、錬金術の知識のアイ……なんだ、知見? 位は披露するよ。それをマリーが活かせるかどうかは分からないけど……」
「上等……ッ! 首席だった私への挑戦と見た」
マリーは大分やる気を見せて、さっさと教えろと机を指で叩く。
俺は仕方が無いなと彼女のやる気を見て嬉しくなりながら、出来る限りのことはしようとする。
……自信も自身も無いのは、何も変な事じゃない。
勝利も成功も知らず、ただ宙ぶらりんで自分の成果の程も分からないまま生きる。
行き先も自分の立ち居地も、標高も知らないままに歩む様はまさにどん詰まりという奴だ。
そして死んだ、無意味に無価値なままに死んだ。
一度も、他人に認められず。誰にも、愛されないままに。
妥協も出来ず、堕落も出来なかった。
より良い明日を求めながら、昨日の方が良かったと嘆く。
身と心を勝手にすり切らし、そして自滅していく。
いつか……彼女が助手にしても良いと言ってくれる位の──。
”その言葉に見合える人物になれれば良いな”と、そう願わずにはいられなかった。




