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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
9章 元自衛官、夢を見る
143/182

143話

 足の痛みも引いてきて、歪ながらも自力で歩けるようになった。

 先日までは誰かが同伴して居ないと変な所で立ち止まったり、人ごみのど真ん中で動けなくなる恐れがあった。

 しかし、痛みさえ──脳を焼くような”情報”さえ無視すれば、自力で動ける状態だ。


「入るわ」

「あぁ、ミラノ。授業は終わったの?」

「先生が怒って授業が中止になっちゃったの。うちの生徒が余りにもやる気が無いからって」

「うわぁお……。お疲れ様? それとも、大変だねって言った方が良い?」

「どっちの言葉も有り難く貰っておく」


 そう言って彼女は暫く部屋の中を眺めていた。

 その彼女の目線を追って、自分の部屋の状態を把握する。

 ……戦闘服と半長靴が壁際に在り、そばにミラノたちから貰ったマントとマーガレットのマフラーも在る。

 ベッドの傍の机には戦記と考察本、馬の飼育に関しての本が置かれている。

 暖炉前の机にはメモ帳やノートが幾つか置かれたままで、ユリアに頼んで貰った物価に関する情報や流通、産出に関してもある。


「……散らかりすぎでゴメンね。ちょっと、ほら。退屈だったし、色々とまた状況が変わったからさ」

「カティにお小遣いあげるって話なら聞いた。何を買ったら良いか~とか、色々聞いてたし」

「ご迷惑をおかけします」

「別に。迷惑だなんて思ってないし。アナタは面倒見てるつもりだったかも知れないけどあの子はあの子でアナタに遠慮してたし、いつかは言わなきゃ~って思ってたけど。ちゃんとご主人様もできるんだ」

「……出来てたら、良いなぁとは思ってるけどね。ただ、何かをやろうと思ったら、何かをしたら一つの物事とは別に十個や二十個のやるべき事が舞い込んでくる。下っ端は慣れっこだけど、人の上に立つのは……勉強してないから」

「──昔の私だったら、今の言葉が否定できたんだろうけど。残念な事に、私も少しは色々と理解出来て来た。一つの事をやる為には沢山の練習と準備という前段階、体験と経験と修正と言う実行段階、それらを反省して気になったところを学ぶ為の実行後とか有るものね」

「まあ、そんな感じかな」

「それに、アナタは今の言葉の通り舞台に上がる準備もしてるみたいだし」


 隅っこに飾られたマネキンが在る。

 幾らかの組み合わせと試行錯誤を繰り返しながら、落ち着きを見せて”サンプル”に到達した状態で置かれている。

 自衛官としての制服、騎士としてのマント、ちょっとだけ”着飾り”を見せるための装飾。

 どうせ片腕が動かないから、演出の意味も含めている。


「……必要だと思ったら直ぐに行動できるアナタって色々凄いわね」

「別に。速さは有れば有るだけ武器になるし、時間という敵と戦うにはそうするしかないから」

「──そのおかげで、私達は助けられてるもんね。……ありがとね」

「──……、」

「それと、父さんが少し頑張ってくれたみたい。アナタ、次の月には勲功爵だから」

「く、”くんこーしゃく”って……なに?」

「それは知らないんだ」

「騎士の次って準男爵じゃないの?」

「それはもう一個上。なに、準男爵になりたかったの?」

「……”くんこーしゃく”って、騎士の幾つ上なのさ」

「二つ。間に勲爵士が入ってるから、異例の速度での昇進ね」

「上がりたくないよぉ! このままじゃ頑張ったら頑張った分だけ勝手にスピード昇進しちゃうよぉ!? 勉強増えちゃうよ、時間がおっつかないよ、何もしたくないよぉ!!! バカじゃないの!? バカじゃねぇの!? バカ、ぶぁぁああああかッ!!!!!」


 俺、死んでないのに二階級特進である。

 いや、死んだっちゃ死んだけど。むしろ初心者スペランカーレベルで死んだけどさ。

 あと公爵? 何俺の拘束レベル上げようとしてんの?


「何でそんなに嫌がるの……」

「虐められるし、仕事わかんないし、けど他人からしてみればそんなの関係ないから。つまり、面倒くさいから!」

「それ、逆を言えば仕事が分かって責任を負えるようになったら良いって事でしょ?」

「ま、まあ……。階級──じゃなかった、身分が上がるのは悪い事じゃないですし? 少しは上がるのは良いけど……」

「なら、受け取っておきなさい。今は未熟でも、何にも分からなくても表立って攻撃できる奴は減るだけマシでしょ? それに、能力が見合ってから偉くならなくても、偉くなってから能力を見合わせるってやり方だってあるでしょ。自分でそれを証明したんだから、今までのように生きれば良い」

「──……、」

「返事は?」


 俺がミラノの言葉に対して言葉を失っていると、手を伸ばして額をデコピンで弾いてきた。

 直ぐに「はい」と答えると、彼女は満足そうに頷いた。


 そうして、暫くは無言が続いていたのだが。

 ……落ち着かない。

 彼女はこっちを見つめているし、自分は何を切り出して良いかも判らない。

 ただ、沈黙の時間が長くなると怪訝そうな表情が痛くなる。

 

「──ホント、気付かないんだ」

「な、なにが? あの、もしかして楽しい話題を振って盛り上げて欲しかったとか、そう言った普通の従者的なものが今求められてたり……しましたかね」

「いいえ、別のこと。……こっちの話」

「……服装、でもないし。装飾、でもない。髪を整えたとかでもないし、少しばかり化粧をしたとか……そういうのでも、無さそうだし──」

「──そういうの、気にするんだ」

「父親の教えで、失礼のないようにするには多少は変化に気付けるようになれって言うのがあったから。けど、別に……そう言ったのじゃ、無さそうだし──」


 本気で分からなかった。

 気付かない、と言う単語から求められるのは気づく事だという憶測くらい出来る。

 となると、大まかに言えば存在するのは”変化”だろう。

 彼女が来た事と気付くというのを繋げるのなら、その対象は彼女に連なるものだろうと考えられる。

 けれども、本当に分からなかった。


「……一つ、謝らなきゃいけない事があるの」

「あ、謝る事? 不満が在ると足蹴にする事? 顔面ぶん殴ってきた事? スネを蹴ってきて青タンが出来た事? この前会話中にいきなり噴出して書類全部駄目にしたこと?」

「──はぁ、何してるんだろ……あの子」

「あの子って、君ですけど」

「そう言うと思った。──今から話す事は他言無用に出来る?」

「ん? えっと……それは墓までもっていけば良い奴? それとも死罪や断首すらありえる話?」

「あのさ……。私ってそこまで横暴だと思われてるの?」

「人の気分なんていつ変わるか分からないし。その時は良くても後になって問題になるから~とかもありうるし」

「他言無用ってだけ。それに、ただの私との間での取り決めでしかないから──。まあ、打たれたり食事を抜かれたりとかは在るかもだけど」

「それで、何?」

「……ふぅ」


 彼女は何かを決断するような息を吐く。

 そして、ポケットから見覚えの在るリボンを取り出すと、後ろ髪を束ね出す。

 後ろ髪を束ねられると、それはミラノではなくなってしまう。

 俺には、そうとしか認識できない。

 注視している中で、彼女は表情を緩めた。

 もう……ミラノとして認識できなくなった。


「あぁ、えっと……」

「……ゴメンね、ヤクモさん」

「あ、う──」

「私は、一つ謝らなきゃいけない事があるから。前にお屋敷に戻る少し前《19話》から、私達は入れ替わってたの。それで……ヤクモさんが部屋で、母さんの事で膝を抱えていた時に一緒だったのは、私だったんだ……。姉さんじゃなくて、私だった」


 怒ってる訳でもなく、別に許せないとか思っているわけでもない。

 ただ、下唇をかむ事しか出来なかった。

 裏切られた……訳じゃない。

 けれども、ミラノにしたはずの会話が全てアリアに行っていて、アリアにしたと思っていた会話がミラノに行っていた……と。

 何を喋ったか思い出せない、けれども……本来であればミラノに関しての事柄を裏でアリアにしたつもりで彼女に言ってしまった事でもある。


 バグ、エラー、スクリプトの不備、プログラムの指定文の指示ミス。

 そんな感じで、自分が主人として仰いでいた人物から垂れていた蜘蛛の糸が、スッパリと切れたかのように落ち込んでしまった。


「そっ、その! ごめんなさい!」


 ミラノだった人物が……ミラノを演じていたアリアが頭を下げて謝罪する。

 それを見た瞬間に、クソッタレな頭を右手が思い切り横から殴りつけてくれた。

 スイッチを無理やり切り替えて、個人から公人へと意識を変革した。


「い、いや。驚きはしたけど、別にそこまで謝らなくても良いよ。けど、そっか。二人が入れ替わってたとか気付かなかったな……。俺の観察力も随分ザルだなあ」


 ”自分”から”俺”へとかえる。

 一般人から自衛官へと切り替える。

 個人的な都合を、組織としての不要なものとして切り捨てた。


「……けど。そっか、そっか──」

「だっ、だから。その──姉さんは、あの時の事を知らないから。ゴメンなさい……」

「あぁ、いや……良いよ。入れ替わってるのも、なんとなく事情も都合も理解できるし。それですれ違ったのも理解は出来たから」


 屋敷に帰った時に魔法の練習をした際、妙に咳き込んでたなとは思ったけど……そっか。

 入れ替わってたんだなぁ。

 

「──けど、何でその事を態々? 別に黙ってても問題は無かっただろうに」

「いえ。ヤクモさんが……あの時の事を、姉さんと私と勘違いしたままだったら……それは、なんだか可哀想だなって思って」

「か、可哀想って……。流石にそんな評価は受け入れがたいというか」

「けど、今回の件で『守ってくれると約束したから』って言って、もし姉さんが『そんな約束してない』って言っていたら、どうでしたか? 姉さんは何とか誤魔化したみたいですけど」

「いや、そりゃぁ……」


 ミラノとしたと思っていた「帰る場所になってくれるのなら、守る」と言う約束が違えられていたら?

 しかも、まだ休み出したばかりで疲れも眠さも痛みも死も抜けていない時だったらどうなっていたか?

 ……許せない、とまでは行かない。

 けど──。


「寂しい、かな。頑張ったのに、その理由を相手が覚えてないどころか、そもそも認識されて無いって思ったら。じゃあ、頑張っても最終的には収まれる場所が在ると思っていたこと事態全てが無かった事にされたら……。辛いかなぁ」

「……辛い、だけじゃないですよね。疲れ切ってて、眠くて、沢山痛い思いをしても、その頑張りの理由を否定されたら……多分、裏切られたってなるんじゃないですか……? 帰る場所が在るから頑張れる、帰る場所が大事だから守ろうとしたのに、相手に否定されて帰る場所まで失ったと知ったら……多分、怒るんじゃないかなと思って……」

「怒る……怒れるかなあ」


 自分が怒る姿を想像してみる。

 しかし、怒るというよりも感情的になっているだけであって、論理的なものを想像出来得なかった。


「多分、諦めるだろうなって思う。裏切られたって事は、自分をそうしても良いと思われたって事なんだから。じゃあ、説得や改善を促すために怒るって事は適切じゃないだろうし。無駄だなって……諦める」

「諦めて、その先は?」

「もう、居られないかな。保障もないし、裏切る人とは一緒に居られないし。誰かに齎される安定が危険だと思えたら、多少危険でも自律的に安定を模索できる方が良いし」


 少なくとも、自分は……俺は──文字通り命を懸けた。

 その見返りが見返りの無い奉公ならまだしも、裏切りだったら尽くす意味は無い。

 使い捨てられる事、尽くす事を裏切られる事。

 それらはどうしたって耐えられない。

 

「……ゴメンなさい。ヤクモさんの主人じゃなくて、私との約束で……」

「いや、大丈夫。まあ、誤解や勘違いはあったけど、了解。アリアが……あの時──俺を慰めてくれたって事で、認識しなおせば良いって事なんだよね?」

「──……です」

「別に主人じゃないからって落胆したりしないからさ、アリアは元気だしなよ。別に、主人だからとかそういう打算的な物じゃないんだ。ただ形が変わるだけで、相手が変わるだけであって意味が変わるわけじゃない……。お腹が空いてるからって、料理にけちをつけて引っくり返したりしないだろ? それと同じだよ」


 自分の言葉が届いてくれるだろうかと、何とか投げかけてみる。

 元気になれ、なってくれ。

 俺の事なんか気にしなくて良いから、俺は大丈夫だから……。


「私でも大丈夫、ですか?」

「勿論。考えようによってはさ、ミラノが厳しくしながらアリアが優しくしてくれるという立場と役割の違いだって認識も出来るし。それに、一つ勘違いしてるだろうから訂正するけど」

「なん、でしょうか」

「ミラノはミラノ、アリアはアリア。自分は言ってくれた事が嬉しいだけであって、誰が言ったから嬉しいってわけじゃ……無いんだよ。どうであっても、ただいまと言ってくれるって、それだけであり難いんだからさ」


 多分、この言葉が彼女にとって納得の行く言葉だったのだろう。

 先ほどまでミラノを演じていたはずの彼女はすっかりアリアである。

 ゆっくりと席に着くと、少し頭を垂れてはいたが先ほどよりは落ち着いているように見えた。


「てか、そっか。俺のことをアンタとアナタで、な~んか呼び方がチグハグしてるなって思ったけど、入れ替わってたんだ」

「あれ、違い……ましたか?」

「思い返せば、そういや色々違うなあ。姉さんと姉さま、父さんと父さま、兄さんと兄さまで違った……ような、気がする」

「アハ、は……。ちょっと、そこは詰めが甘かったかも知れませんね。勉強になります」

「まあ、気分でも良いのかな~悪いのかな~って流してたけどね。てか、カティアも気付かないものなんだなぁ……」

「カティアちゃんは気付いてましたよ? ただ、お願いして黙ってて貰ってたんです。カティアちゃんは鼻が利きますから、直ぐにバレちゃいましたし……。それに、あの時はまだ私達の秘密は内緒でしたから」

「そっか」


 そんな事を言っていると、扉がノックされた。

 誰だろうと思っていると、やってきたのは”アリア”だった。

 アリアとアリアでアリアがダブってしまった……なんて、言ってる場合ではない。

 慌てて”アリア”を部屋に引き込むと、彼女は部屋の中にいるアリアに驚いているようだった。


「あ、あれ?」

「あ、ゴメン。先に全部言っちゃった」

「あ、そ……そうなんだ──」

「……もしかして、二人でネタバラシをする予定だったとか?」


 二人とも同時に、同じように頷いた。

 その動作も、頷く癖に関しても二人とも同じで見分けがつかない。

 顔を頑張って直視してみるが、頭の側面が激しく拒絶反応を起こして認識を難しくするだけだった。


「……見分けつかないなぁ」


 頭の痛みの先に搾り出せたのはそんな言葉だけだった。

 実際、ミラノとアリアの差なんて表情と髪型くらいでしか認識してない。

 アリアがミラノのように猛々しく喋り、ミラノがアリアのように丁寧に喋ったら気付けない自信が在る。

 後からやって来たミラノは”アリア”を演じてるし、先ほどまで”ミラノ”を演じていた彼女はアリアに戻っている。

 見つめられると少し戸惑って「な、なに?」と言うのも、反応の仕方も同じなのだから。


「はぁ……これ、使い魔だったらどっちが主人か~って直ぐに分かったんだろうなぁ。ぜんっぜん分からない」

「「ですよね」」

「身長も一緒、身なりも一緒、声も一緒、髪型も髪の色も一緒、仕草とか喋りも同じだから判別つかぬわぁ……。というか、ミラノが居ないとなんか調子狂うから、当人が戻ってくれる?」

「だってさ。髪の結う位置直すね?」

「うん、ありがとう」


 ”アリア”がアリアに髪を束ねる位置を直してもらっていた。

 そして”アリア”だった人物は一度だけ深呼吸をすると、表情を真面目なものへと変える。

 あぁ、ミラノだとようやく認識できた。

 両腕を組んだり、少し他者を威圧するような顔つきが尚更彼女だと認識させてくれた。


「……話はもう聞いたって事でいいのね?」

「あぁ。アリアからもう聞いたよ。だからゴメン、あの時頓珍漢な事を言って悪かった」

「なんでアンタが謝るし」


 ミラノの言葉遣いを聞いて、アリアが「あぁ、ほんとだ……」とか一人納得している。

 ミラノは俺の事をアナタなんて丁寧に言ったりしない、アンタと掃き捨てるのだ。

 自分もさっき言われてから気付き、余計にシックリ来ている。


「こ、こんな事を聞くのは変かもだけど。怒って、無いの?」

「アリアにも言ったけど、怒ってないよ。別に言った言葉の相手が変わっただけで……。というか、入れ替わってる時に好き勝手言ったような記憶しかなくて、そっちの方が怖いんだけど」

「……なんか、変な事を言ってたかどうかも今となっては遠い昔ね」

「色々有り過ぎましたからねえ……」


 二人とも気にした様子はないし、俺も自身で思い返そうとして思い出せなかった。

 思い出そうとしても、インパクトの強すぎるイベントばかりがでてきてしまうのだ。

 そうなると、日常的なやり取りなんて霞んでしまう。


「……何書いてるの」

「え? ミラノが俺を呼ぶ時はアンタで、アリアのときだとアナタになるとか。そういう細かい情報?」

「カティくらいかぁ、分かるの」

「クラインも分からないのか」

「というか、父さまと母さまくらい? あとザカリアス」

「ふぅん……。何が違うんだろう。匂い?」

「……嗅いだらコロス」


 ミラノに拒絶されたのでやめておく。

 まあ、両親やザカリアスが匂いを嗅いで二人を判別するとか、そういうのをやってるとは思いたくない。

 なら、他の何かだ。

 

「……ちなみに、カティアは何で分かったの?」

「血の匂いだって。地面が揺れた時、アンタ私を庇ったでしょ? その時にアンタの血が私についたから、それで分かったんだって」

「え。何日も経過してるのに?」

「良く分からないけど……。カティがそうだっていうのなら、そうなんじゃない?」

「そんなものかぁ……」


 自分も血の匂いは大分嗅ぎなれてるとは思うけど、流石に犬猫の嗅覚には勝てやしない。

 洗い流され、数日経過し、上書きされてしまえば半日ともたない。


「ホントに、怒ってないのね」

「だって、そっちの都合や事情を在る程度理解してるんだから、知らなかったからズレちゃっただけで、悪意は無かったんだろ? 悪意の無い事柄、言い出せなかった事で怒っても仕方が無いし」

「悪意があったら?」

「内容による。ほんの些細な悪戯心が悪意と捉えられる事もあるし、実際に悪意にさらされないと何とも言えないかな」


 アリアに言われた時はショックが大きかったけれども、こうやって意識を切り替えるとスンナリと受け止められる。

 あとはそれを消化して飲み込むだけなのだが、悪意は無いし……相手が違うだけで別に裏切るつもりでも何でも無かった訳だ。


「二人とも大変だな」

「何よ突然」

「あれだろ? お屋敷に帰った時は、まだ寝込んでた母親や父親の為に昔のように振舞ってあげたかったんだろ? 休みの時くらいしか帰れない訳だし」

「──……、」

「そう、ですね」


 沈黙を保っていたアリアが、ミラノにも着席を促す。

 ミラノが座ったのを見てから、彼女は少しずつ語る。


 まあ、大よそ想像通りだった。

 アリアが実子である以上、母親と接して一番ストレスが少ない状態なのはアリアである事をやめて”ミラノ”に戻る事だったのだから。

 そして俺の主人であるミラノは実子ではない上にクライン不在の原因とも言える。

 なら”アリア”になって大人しくしている方が、家庭的な問題は少ないと言えたのだから。


「……さて、守らなきゃいけない秘密が増えたわけだ。胃に穴が開きそう……」

「はえ!? 胃に穴が開くって、もっと大変な事を今までしてきましたよね!?」

「これは対人関係に含まれるし、どっちかと言うと仕事の範疇だから。他人様の秘密を預かるってのは初めてだから、お腹痛い……」

「誰かと戦ったり、死ぬかもしれない方がマシなんだ……」

「だって、敵は敵であって排除すりゃおしまいだけど、これに関しては仲間や味方、同派閥だとかの相手との繋がり上のものだから。親しくなったり頼れるようになった相手を敵にしないって言うのが、大分お腹痛くならない……?」


 既にお腹が痛くなりつつある。

 しかし、そんな俺に対してミラノはデコピンをする。

 さきほど、ミラノを演じていたアリアと同じ行動であった。


「責任なんて感じんな。そもそもこんな事になったのは私達の勝手な都合で、アンタはそれに振り回されただけ。それと、あんたの言葉を借りるのなら、私達は『誠実であろうとした』ってだけの話なんだから。アンタはアンタで自分の事を語ってくれた、だからこれはそのお返しでもあると思えば良いの」

「……何か言ったっけ、俺」

「アンタが……遠い過去の人だってこと。あの鳥──」

「姉さん?」

「んんっ!!! 天上人が言ってたのを明かしてくれたし。プリドゥもそうだけど、まったく違う文化や世界の中に来たのに出来るだけ馴染もうとしてくれたしね」


 ……別に、意図しての事じゃない。

 大した事じゃないよと言おうとしたけれども、そうすると彼女等は納得しないだろう。

 ただ、痛くなりかけていたお腹が治まっていき、少しばかり笑みを浮かべられた。


「別に、大した事じゃないよ。まあ、色々不便では有るけどね」

「──その上でちょっと聞きたいんだけど、良い?」

「ん? なに?」

「あんたの居た世界って、どんな感じだったの?」

「あ。私も気になります!」

「そうだなぁ……。プリドゥエンよりも過去の人だから何とも言えないけど──こんな感じでさ、世界が存在してた。公爵……ミラノ達の父さんが見せてくれた地図だと、俺たちが居るのはこの一部みたいだけど」


 メモ帳を出して、世界地図をざっくばらんに描いていく。

 日本の都道府県はまったく言えないけれども、世界地図と国くらいなら大まかには把握している。

 世界の遺跡と並んで、世界地図を子供の頃から変に眺めて来たから空で全部書ける。


「自分の生まれは、ここ。元はアルゼンチンって言う国があったんだ。そこから父さんの仕事で転々として、この島国……日本まで渡った。そこで生きてたんだ」

「……アンタの一家って、大分行動力あるのね」

「あぁ、いや。プリドゥエン見てると分かるけど浮いてるだろ? あんな感じで、人を何百人と運搬できる乗り物が有ったんだよ。長けりゃ一日ちょっとかかるけど、それくらいで世界の半分を渡る事ができたんだ。科学って言って、オルバの今やっている研究のずっとずっと先なんだけど、それが出来る技術があったんだよ。それに、馬や馬車よりも速く快適に移動出来る陸上での乗り物も有ったし……日常においても、もっと身近な存在だった」

「それほどですか」

「この……普段から首に下げてる、音楽を聴く機械もそうだし、他にも色々有ってね。うまく……伝えられないんだけど」


 ヘッドセットを首から外して、久々に眺めた。

 若干日の光を浴びたり、汗を吸ったり、指で擦ったりしたせいかロゴなどが剥がれている。

 それでもまだ綺麗さを保っており、外部の音を遮断する機能等も生きている。


「冬でも部屋や家を暖かく保って、夏でも涼しく快適にしてくれる。井戸に行ったりしなくても綺麗な水が出てくるし、料理も薪を用意しないで行えるんだ。で、遠い相手と会話をする事も出来るし、機械経由で簡易的な文通を即座に行える。道はもっと舗装されてて、夜でも昼くらいには照らしてくれる道具が有った。夏でも冷たい水を浴びれて、冬でもお湯で暖まれる。食べ物を長期的に保管できる道具も有って、料理を知らなくても調べる事が誰にでも出来るような感じだった。本はもっと安くて、様々な種類の物があった。沢山の知識や情報が……簡単に手に入ったかな」


 そう言ってから、そういや車両整備してなかったなと思い出した。

 三トン半もバイクも使ったし、長持ちさせるには整備してやらなきゃいけない。


「そういえば、アリアは乗ったんだっけ……。どんな乗り物?」

「えっと、ちょっと待って……これなんだけどね」


 部屋が広くて助かる。

 バイク一台くらいなら出せるので、部屋を汚さないように気をつけながら出して見せた。


「凄く早かったんだよ? 馬の何倍も速くて、凄かった」

「そんなに?」

「ただ、落ちた時や事故った時のダメ……被害も大きくなるんだけどね。馬車と似たような……ここじゃ狭いから出せないけど、トラックって言うのも在る。これも車輪……というかタイヤって言うんだけど、こんな感じの大きな車両でさ。沢山の荷物を運搬できるんだ。んで、こういう小型の高機動車とかもあって、こっちは少人数での行動とかに使われるかな。あと、偉い人が乗る用だったかのもあって。他にも戦闘用車両とか、意図や目的別で幾つか在るけど」


 サラサラと適当に書き殴る。

 こっちに関しては見慣れてはいるが世界地図ほど上手く書ける気はしない。

 それでも二人はマジマジと見てくれている。


「色々、有るんですね」

「信じるほうが難しいけど……プリドゥエンが居るしねえ。というか、魔物の一種で敵だと思ってたのが遠い過去の遺物だとは思わなかったし」

「俺は自分の未来では超絶な技術が出来てて、その更に未来では魔法だなんて有り得ない物が誕生するだなんて思っても居なかったんですけどね?」

「けどアンタ、使えるじゃない」

「それは……あれじゃないかな! 使い魔として召喚された際に、備わったんじゃないかな!」

「その割には大分色々と使い慣れてる感じだけど」

「創作では魔法なんて大分使いまわされたものでさ、使える人なんて居なかったけど沢山の人が『こういうものなんだな~』って知ってたよ。魔法と言う存在に、科学の知識を持ち込んでる。自分はそれで魔法を使ってるから……まあ、マリーにも怒られるよね」


 魔法を科学的に、生物学的に、良く分からない理系な物で想像して、発揮する。

 言葉で態々イメージを作り上げて、方向性すら作り出してから発動するのとじゃ訳が違う。


「魔法が無いけど、生活が楽だった……かぁ。どんな家に住んでたのよ」

「きっと、凄い家ですよ」

「ま、まあ……。都心だから凄い高い家ではあったな。しかも、俺の家じゃねぇし……」

「え?」

「いや、なんにも!? えっと、間取りはこんな感じで、二階建てで、寝室がこうで、調理場がこうで、ここで食事して……。ここが弟と生活してた部屋で、本棚がこうこうで大体2百冊くらいの雑多な本があって……」


 カリカリと家を描く。

 これに関しては庭の手入れとか、外壁塗装だの防水だので大分立ち会ってきたので良く覚えている。

 ただ、描けば描くほどに二人の顔は困惑に染まる。


「……え。使用人の家かなにか?」

「父が外交官だったんですよね……?」

「日本は狭いから、都心だとこれでも広いほうなの! 五十畳くらい有れば十分なの! そもそも家は家でも公爵の家みたいに仕事や付き合いとして泊めたりしないし、そもそもお手伝いさんとか執事とか居ませんからぁ!」

「料理は?」

「自分でやりましょう」

「掃除は?」

「自分でやりましょう」

「家の管理は?」

「自分でやりましょう」

「洗濯も?」

「自分でやるものです」


 あからさまな変な顔をされる。

 それから暫くして、二人が手を叩いて納得したような顔を見せた。


「「だから休みのとき、何でも一人でやろうとしたんだ」」

「はい、正解ぃ! というかですね? 着替えるのを手伝わせるってのも無かったし、食べ物は勝手に出来て運ばれるって程の家でもないからね?」

「ふ~ん、そっか……。けど、その癖して育ちは地味に良さそうよね、アンタ」

「さあ、どうかな。親の躾や教育が良かったからじゃないかな。それに、学校は義務で行くものだからある程度は学べるものだし、それで考えると教育自体が一部の人しか受けられないってのも逆に違和感在るけどさ」


 とは言え、最終学歴は高卒である。

 大学生ほどに賢くもないし、専門的な知識も無い。

 あるのは傍にある銃という道具と、それらに連なる知識などだけだ。

 つまり、生意気な餓鬼のままに歳を食っただけでしかない。


「暖炉が無いし、調理場もこんなに狭くて大丈夫なものなのね……何人で生活してたの?」

「五人家族で生活してたかな。両親と、弟と、妹が居て……。最期は、俺一人かな」

「寂しくはなかったの?」

「俺の持ってる……携帯電話って言うんだけどさ。これがあれば声も聞けるし、こうやって一瞬の光景も残して置けるんだよ。近くに居ないってだけで声が聞けないわけでも、姿が見ることが出来ない訳でもなかったし。それに──」

「それに?」

「部隊にいた時は、兵舎……隊舎で生活してたからなあ。同じ部隊の先輩や後輩と一緒に生活してたし、寂しさを感じた事はなかったよ」


 口を滑らせてしまいそうになった。

 『同期が定期的に来てくれたから、寂しくなかったよ』と言ってしまうと、除隊してからの事を語らなければならなくなる。

 そうすると、自分が年齢を偽っている事にまで到達してしまいかねない。

 

「隊舎は七階だか八階で、こんな感じで二段重ねの寝床で一部屋五名での生活だったかな。それがこんな感じで、一・二・三・四……これくらいあって、部屋ごとに編成が作られてる。朝の軍事時間0600に起きて、0800に集まって仕事開始。1200に昼食で、仕事が終わるのは1700.2300に明かりが消されて眠るんだけど……そう言った時間を六年位過ごしてたんだ」

「あの壁の奴がそうなんだ」

「皆あの装備をしてたけど、一つ勘違いされちゃ困るのは武器も弾も普段は倉庫で保管されてるから、俺みたいに皆が持ってるって事はない。まあ、そこらへんを語り出すと歴史にも踏み込むから省略するけど」


 一つずつ、自分の居た世界……というよりも、時代を説明していく。

 ただ、そう言った会話をしているとチクリと気になってしまう事柄が在る。

 天上人程じゃないにしても、彼女たちは旧人類である俺に好意的になってしまう補正が在ることを。

 結局、勇気が出ないので黙っておく事にした。

 調子に乗らなければ大丈夫だろうと、自分に蓋をする方向で解決を試みたのだ。


 二人とも、自分が居た場所の話をよく聞いてくれる。

 建物が何で出来てるのかを聞かれたが、コンクリートだの基礎だの、耐震工事だのと色々言っては見たが、自分も専門知識が無いので土台無理な話だった。


「なんか、アンタの居た時代ってまるで魔法みたいなものが沢山在るのね」

「と、魔法使いに言われてもなあ……」

「先ほど見せてもらった”でんきゅ~”というもので明かりが得られるとか、多分殆どの人が信じないと思います」

「流石にここで発電機ふかす訳にも行かないしなあ。その電気って言うのが明かりだけじゃなくて、様々な生活を支える道具を動かすのに必要なものなんだよ。形は違うけど二輪自動車……バイクって略すけど、車両も電気を使うし。人の命を左右するんだよ」

「へぇ~……」

「人の命を、左右する?」

「まあ、病院……とかね。医学とかも発達してて、程度問題にはなるけど心臓が止まった人を生き返らせることが出来る場合も在るし、負傷者や入院した人が出来るだけ安静に過ごせるように色々な機械もあるんだ。うん──」


 ── 大地、退け! きゅうきゅう……救急車!!! ──

 ── 来てくれて有難う。妹を見に来てくれたの? ──


 幼稚園の時に、風呂場で転んで大量出血をした弟は病院送りとなった。

 それだけじゃなく、妹が産まれた翌日にも訪れた事が在る。

 病院は、助けられもしたし俺という人間を語るには切り離せない存在でもある。


 明かりや機械が乏しければ、出血多量で弟は早くして居なくなっていただろう。

 現代ですら出産後に母体が持たないという事象が在る中、母親を生きて返してくれたという見方も出来る。

 ……そして、両親の死を見せ付けられたのも病院だったのだから。


「そうだなぁ。どれだけ便利か見せようか? 寮をでて適当な場所でちょっと試してみるけど」

「それは嬉しいけど……大丈夫なの?」

「ヤクモさん、まだ片腕が使えないのでは──」

「カティアにも手伝ってもらうし、プリドゥエンがいれば大丈夫でしょ。あいつ、中身は軍役経験者で執事だったらしいし」


 そう言って、俺は夕食後にちょろっと色々やってみることにした。

 学園長の外出禁止命令? 知ったこっちゃねぇやぁ!!!!!

 俺は学生じゃねぇぞタコ! 物申したければミラノ経由で何か言うんだなぁ!!!


「という訳で、完成したのがこちらになります」

「はぁ……疲れた」

『お疲れ様です、カティア様。冷や水でもどうぞ』

「有難う」


 天幕設営して、発電機も設置して、延長ケーブルを配置して、天幕内部に明かりも設置して。

 消火器は風上において、天幕内に石油ストーブも置いて、イメージしやすいように簡易ベッドも設置した。

 そうやってるとなんだか興が乗ってきて。

 背嚢も適当に日用品を突っ込んで置いてみたり。

 空気マットと寝袋を置いてみたりして……。

 雰囲気だけ、完全に野営気分となった。


 でだ、そういう事をやってると人目に付く。

 仕方が無いので六人用天幕だけでなく、指揮天も展開して見せちゃったりして。

 ちょっとばかしはしゃぎ過ぎかなとか、思わないでもない。


「何をしているのだ、貴様は……」

「──お~、あったかい」


 アルバートやグリム、マーガレットなどもやって来ていてストーブで暖められた天幕内部に人が集まる。

 パイプ椅子も出して、楽が出来るようにしてみた。


「これがアンタの言ってた電気と、それの明かりって奴?」

「お外なのに暖かいですね……」


 ミラノやアリアも、電球で幾らか明るくなっている天幕の中で寛いでいる。

 外ではドドドドと発電機の稼動する音が響き、既に日は早々に沈んでいた。

 その中でも、寮の中よりも明らかに明るい天幕内は幾らか賑やかなくらいだった。


「あぁ、あんまりストーブには近づいたり触れないでくれ。原理自体は暖炉と同じで、ただ使ってるものや仕組みが違うだけで熱いし焼けるから」

「お、おう。だが……不思議なものだな」

「──魔法がないから、こうなる?」

「まあ、皆からしてみれば別の意味で”魔法”かも知れないけど。こんな技術の中で生活してましたよ~ってのが分かって貰えればいいかなぁと思って」

「この隣に在るちっさいのは何だったんだ?」

「あれ六人用天幕って言って……。実際には四人くらいで寝泊りするんだけど、野外における兵士用の奴。こっちは隊長格の偉い人用。他にも武器や物資を置く為のもあるけど、さすがにカティアが可哀想だし、本来はこっちは展開する予定は無かったからゴメンね?」


 アルバートやグリムは電球を始めとして、石油ストーブも物珍しく見ている。

 自分はそんな彼らを見ながら目を閉じて、野営中の事を思い出した。


 ── ○○くん。食事をしたらやる事も無いので、次の結節まで個人の時間でいいから ──


 中隊長の声が、そんな言葉が思い出せる。


 ── ○○。この地区の地図はちゃんと持ってきてるな? 迷わず運転できるな? ──

 

 そんな先任の言葉も思い出せた。


 ── 1615に武器出し、1700に行軍が開始できるが如く準備するように ──


 何もかもが懐かしい。

 ……マリーの召喚術で、自分の記憶から引きずり出した仲間を見て懐古してしまう。

 そして、自分がどうしようもないくらいにあの時間とあの場所とあの部隊が好きだったのだなと思い知らされる。


 ── おまっ、おまえ! スーパーサイヤ人になるなよ! ──


 行軍後に上衣を脱いだ同期が、寒さと相まって上半身から蒸気を放出して皆が笑ってたっけな。

 同部隊にきた、鶴巻……。


 皆が物珍しそうに色々なものを見て、出入りしている中で俺は一人鉄パイプに座って目蓋を閉じる。

 目を閉じれば、今でもみんなの声が聞こえる。

 今回の一件、皆にはどう思われるだろうか?

 ……バカだなって言われて、それから怒られて、最後には良くやったと言ってくれるかもしれない。

 副班長が頭に手を置いてワシワシと撫でるだろう。

 班長は「気が気じゃねぇよぅ」と案じてくれるだろう。

 後輩二人は、それぞれに「凄いですね!」とか「聞かせて下さいよぅ!」と言うだろう。

 少なくとも、恥ずべき事はしなかった筈だ。


 そして……多分だけれど、家族も幾らか頷いてくれるかも知れない。

 聞いてくれよ。俺、頑張ったんだ、上手くやれたんだ。

 優しいだけじゃないんだ、俺にも出来る事があったんだって言えると思う。

 弟は素直じゃないけど「忠を尽くしたな」って言ってくれるだろう。

 妹も「すごいじゃん!」と言ってくれるのも分かっている。

 父さんはどうかな、誇りだとか流石俺の息子だって言ってくれるかな。

 母さんはどうかな、誇らしいとか言ってくれるけど泣いてしまうんだろうな。

 誇らしいけど、危険な事はしないでって泣くんだろう。


「貴様……泣いているのか?」


 アルバートから、そんな言葉がかけられる。

 そして俺は恥ずかしい、恥ずべき行いだと思いながらもそれでも良いと思えた。

 涙を拭いて、鼻を啜りながら言う。


「部隊の皆を、家族を思い出して少しだけ。頑張ったから、褒めてくれるかなって……そんな事を考えただけで──それだけだから」

「──褒めるだろうさ。貴様がそんな人間に育った、育ててくれた親であれば立派な親であろう。なら、貴様の頑張りを聞いて褒めぬ訳が無い。たった一人で舞台からアリアを救って学園まで無事に連れ戻し、軍隊を相手に孤独な戦争をして生きて帰る。無謀で馬鹿だと謗られるのは仕方が無いとしても、貴様は守りたい者も場所も人も守れたのだ。その負傷は悲しまれるやも知れぬ、貴様がそうであるようにな。だが、貴様がそうであるように貴様を褒めるだろう。でなくば……親と言えるかどうかは、我には分からぬ」

「……そっか」

「ああ、そうだとも」


 アルバートが傍にいて、慰めとも何とも言えない言葉をかけてくれる。

 それだけでも俺は、コイツは本当に良い奴なんだろうなと思えてきた。

 グリムはハンカチを差し出してきて「だいじょ~ぶ?」と言ってくれる。

 心配してくれる、それだけでも幸せ者だ。


「何か変なモンがあると思ったら、坊のか」

「やっはろ~」

「また何か面白そうな事してる!!!」


 アイアスがきた、ロビンがきた、マリーが来た。

 彼らに続いてタケルやヘラ、ファムも来て英霊連中も揃う。

 指揮天の中が騒がしくなってきて、なんだか楽しくなってきた。


「まあ、あれだ。褒めてくれる親は居ないだろうが、貴様の行いで集ってくれる連中がこれだけ居る。身分や立場を問わずにここまでそうしてくれるのは、他の誰でもない貴様の齎した結果だろう。本来であれば英霊とは尊い存在で、それは公爵家の者とは言え恐れ多い相手だ。だが、何も持たずにやって来た貴様がその間に居る……それだけでも、何かを成したとは言えるのではないか」


 そう言ってから、アルバートは数度背中を叩くと外へと出て行く。

 発電機でも見に行ったのだろう。

 あそこにはプリドゥエンが居て、安全管理や解説をしてくれる事になっている。


「え゛。これって雷系等、電気属性で動いてんの?」

「アイツがそう説明してくれたの。外にある道具に燃料を入れて、稼動させる事で電撃を発生させて、それを供給する事で明かりにしてるんだとか」

「はぁ!? 電撃は電撃で、それ以外の何かになるって何それぇ!!!」


 ミラノの説明を聞いて、マリーがまた悲鳴を上げている。


「はぁ~、持ち運びできる暖炉のようなものか……。これがあれば冬場でも温かいし、魔法じゃないから魔石も魔力も心配しねぇですむし、薪よりも長持ちするとか便利だよなぁ……」

「あの時にあれば、寒さで凍えたりしないで済んだかもね。この上でお湯も沸かせるし、道具と材料さえあればそれぞれが簡単な料理くらいできるだろうし」


 アイアスとタケルが石油ストーブを前に、有ったら助かったのになと色々言っている。


「この天幕、丈夫で水を通さないとか良い物にゃ~。雪の重さにも負けないし、便利だにゃ~」

「天幕とこの温かさが有れば、何処でも便利そうですねファム様」

「寒くないし、眠るのにもちょうど良いにゃ~」


 マーガレットとファムが、便利さと温かさに楽しそうにしている。

 今は姿が見えないが、アルバートとグリム、ロビンは発電機の説明をプリドゥエンから聞いているのだろう。


「この広さとこの強度があれば、怪我人を沢山並べて面倒が見られるかもですね~」

「”かんいべっど”というのが有れば、床に寝かさずに済みますしね」

「地面に寝かさないで済むと言うだけで、負傷者にかかる負担が違いますからね~。傷口に虫が集る心配を低減出来るというだけでも治癒する方も負担が減りますよ」


 ヘラとアリアは、衛生や治療的な話をしていた。

 そんな光景を見ている俺は、平和だなと思う。

 俺が守りたかったのは、こういう”日常”だった。

 俺自身が輪の中心になる事でも、輪に加わることでもない。

 その輪が保たれて、楽しそうにしているのを見て楽しむと言う事がしたかったんだ。


 ……色々な事に決着がついて、ホッとしたら眠くなってきた。

 まだ眠るには早いのに、目がシパシパしてくる。

 欠伸をもらすと、本格的に眠くなってきた。


「ご主人様、眠いの?」

「ん~。眠い、かなぁ」

「無理しなくて大丈夫だからね? どうせこんな広い敷地内だもの、すみっこにこんなの置いといたって誰も問題にしないし。簡単な片付けだけして、明日にでも全部撤収すれば良いんだし」

「ん……そう、かな」

「そうそう」

「……まあ、念の為に六人用天幕のほうでちょっと横になるよ。遅かったら撤収は明日にしよう。簡単な説明はカティアに任せても大丈夫かな?」

「ん、大丈夫。ご主人様に教わった事、ちゃあんと覚えてるんだから」

「そっか」


 カティアに支えられて立ち上がると、六人用天幕へと入って、簡易ベッドに横になる。

 眠気が酷くなってくると寝袋にも入ってしまい、そのまま皆の声を子守唄にして意識を飛ばす。

 日常って、こういうのを……言うんだよな──。

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