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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
9章 元自衛官、夢を見る
142/182

142話

 アーニャとカティアと共に、幾らか痛みながらも杖が不要になった足で歩く。

 買い物や下見となると、自分以上に嗅覚が鋭いのは彼女たちだった。

 

 金額、素材、流行、感触。

 着心地、動きやすさ、見栄え、部位毎の判定……。


 まるで戦いに際して彼我の関係から選ぶ拠点地域、歩行や車両、輸送含めた効率の割合の観点、天候や自然環境により得られるメリットと受け得るデメリットの配分、地空含めた敵からの視認性の観点だのだのだのだの。

 自分が重視してない事に関しては「これで良いんじゃない?」と言えてしまうのに、重視していると「いや、まって。もうちょっと考慮したい」となるのは男女関係が無い。

 にも拘らず、服……それも、本人じゃなくて他人のものにそこまで固執できるのは何故なのだろうか?


「ご主人様にはこの色合いと動きやすさが良いと思うけど……」

「いえいえ、ここはもうちょっと着飾りながらも質素さを演じたほうが良いかも知れません。それに、どうせ今回着たら虫さんの餌ですよ?」

「あ~……それは、在るかも」

「ですが、その考えは失念していました! なので、カティアちゃんの言う服も見ておきたいですね」


 その言葉、何度目だろう?

 ため息を吐きながら「来た来た……」と一人呟く。

 そして彼女達はこちらを向いて良い笑顔で言うのだ。


「「こっちに」」


 まるで処刑台だ。

 十分近く二人でワイキャイしながら相談し、その結論に近づくたびに着せ替え人形にさせられる。

 店の質は中くらいから上流に至るまでで、数度呼び止められたが金の入った袋を叩きつければ誰もが黙っていらっしゃいませぇ~と受け入れてくれた。

 資本主義万歳だ。


「お似合いですよ」


 店員の言葉がなんと虚しい事か。

 もう何店舗梯子したと思ってる?

 三十回くらい二人に呼びつけられて着せ替え人形にさせられて、そうやって購入したのは二桁にも届かないのだ。

 

 もう二人には服装の基本構想は伝えてあるので、その上で幾らかこの世界のもので装飾に使えそうなものを頼んでいた。

 戦斗服ではなく、制服に半長靴。

 上半身に騎士になった時に貰ったマントを着けて、アピールをそれぞれに含ませるつもりだ。

 トウカ経由でマネキンを学園長に貸し出ししてもらった。

 理由? 手前が呼びつけたんだからそれに必要な身格好を確認したいから寄越せと言ってやった。

 片腕が満足に動かないんだ、マネキン相手に着せ替えして試行錯誤するしかないのだ。


「あ、あの……。少し休みません?」

「え? このペースだと北部の店舗を回りきれませんよ?」

「ご主人様、片腕が動かなくて時間がかかるんだから急がなきゃ」

「別に今日一日で決めなくても良いですよね!? 明日とか明後日とかありますし!」


 必死な訴えは、何故か白けた表情で見返される。


「これだから無頓着な方は困りますねぇ……」

「ご主人様。戻ったらアレは良かったかも、これもあった方が良いかもしれないとか色々考えるかも知れないでしょ? まあ、考えないだろうけど」

「失敬な! 自分だって、似たような事を考える事はあります!」

「「例えば?」」

「教育内容、訓練内容、訓練方針、勉強内容と勉強方針」


 俺の回答は、二人のあからさまなため息でかき消された。

 

「ご主人様の望む人生って何?」

「ノンビリ、ゲームと漫画とアニメとちょっとばかしの欲発散で生きること」

「ノンビリしたい人の考える事が、自他の訓練内容や勉強内容っておかしいと思わない?」

「甘いな、カティア。楽をするために苦労する、それが俺のモットーだ! 普段30Km行軍しかしない連中が40Km行軍をすれば負担は大きいが。普段から50だの60だのをやっている連中からしてみれば40Km行軍なんて楽になる! 背嚢が重くて疲れる? ならもっと重い背嚢で普段から訓練すれば良い! 100を求められた時の為に、普段から100以上の行動をしていれば楽ができるのだ! つまり、これは保険、先行投資と思えば楽してノンビリする為の確実で堅実な一歩なのである!」


 そもそも楽をしたがりというのと、ノンビリしたいと言うのを一緒にしちゃいけない。

 楽をしたい奴がディスガイアのようなパラメーターの変動を楽しめるような、無間地獄の中に楽しみを見出すだろうか?

 しかし、二人の冷たい眼差しが苦しいので、喩えを変える事にした俺はチキンだった。


「つまり、保険は毎月積み立てるけど何かあった時に負担を小さくしてくれるよねってお話。何も無い時から支払っておく事に意味が在るよね~って」

「あぁ、良かった。ご主人様の頭の中が理解不能なつながり方をしてるのかと……」

「というか貴方様、同じ服しか着てない気がするのですが……」

「アニエスさん? 貴女に似た服を何着も貰ってるんですけどね? 毎日、或いは汚れたり汗をかいたりしたら毎度着替えてますよ? 悲しいけど……気を使わないと怒られますし」

「そりゃそうでしょう……。ご主人様は若い女性の方だと聞いてますし、身分や地位を含めても気を使って欲しいと思いますし」

「気を……」


 カティアと自分は何とも言えなくなる。

 ミラノは最近余計にだらしが無くなった。

 対外的な所では今の所以前とは変わらないが、対内的……自室の中が散らかっている事が多くなった。

 時々部屋に行くと着替えもせずにベッドに突っ伏して眠ってる事もあるし、書物や書きなぐった紙片等が床にまで散乱している事も在る。

 しかも横着癖がついた。

 インクが顔についたりしても、以前までならウンザリしながらふき取っていた。

 しかし、最近じゃ魔法を俺から脅し奪って寝落ちしても大丈夫な方向に長けてきた。

 駄目な方向性である。


「あれ? 私、なにか変な事を仰ったでしょうか?」

「ああ、う~ん……」

「そう、かしら。そうかも?」

「……もしかして、私の思い描く主人像と違うのでしょうか」

「勤勉で、少しばかり……真面目すぎるだけだよ。そのせいで手が回らなかったり疎かになる所が目立つようになっただけで……変な人じゃない」


 うん、ミラノは……むしろ、たぶん……泣きたくなる位”いい人”だと思う。

 俺は偏見ではあったが、アルバートの初対面の言動を踏まえた上で貴族が嫌いだ。

 アルバートは己の利益や、認めた相手だからと態度を改めたが、ヴィスコンティの連中は似たり寄ったりだった。

 残念ながら、マルコも似たようなものだから……否定してやれないのだ。


「……最近は、色々と気にかけてくれてる。それに、主人なのに……主人なのにだぞ? 負担を少しでも軽くしようとしてくれてる。部隊じゃないのに、まだ14なのにだぞ? 聡い、良い子だ……。まだまだ荒削りだけど、産まれや育ちはあっても柔軟な思考が出来る。……自分の話に幾らか想像だけでもついて来たりもするんだ。カティアも、幾らか俺の知識や情報がコピーされてるとは言え、体験と経験が足りない。なのに……それでも、学べば学ぶほど理解してくれる。良い子しか居ないよ。自分には過ぎたモノだ」

「……多分、相手も同じ事を幾らか思ってるかもしれませんよ?」

「え?」

「貴方様も変に相手を疲弊させない為に好悪を度外視して色々と説明したり、話をしたりしますよね? 確かに中身はそれなりですが、それでも……考えすぎなくらいに周囲に配慮をしてらっしゃいます。多分、理由は何であっても、同じように相手にされていたのではないのでしょうか?」

「いや、まさか。そんな──」

「貴方様はお嘆きになられました、この世界そのものが貴方様の意志や意図とは関係無しに同じ結末になったのではないかと。しかし、そうではありませんよ。与えない物を与えられたりはしません、水を与えない人に華は咲き誇ってはくれませんから。善意が善意だと気付いてもらえれば、相手も悪い気はしませんし、悪いようにはしません。貴方様のご主人様が天才だとしても、貴方様は努力の天才と言う事で良い釣り合いになってるでしょうしね」

「努力の、天才か……」

「真面目さん同士で、多分お互いに居心地の悪さを感じてるのですよ。貴方様も主人の方も頑張りすぎなければ……多分、良い方向に転がるかも知れませんよ?」


 アーニャの言葉を少しばかり噛み締めてみた。

 真面目同士かどうかはさて置いても、お互いに譲れないものが在るのは事実だろう。

 俺は俺の意志で銃を手にしていて、子供に銃を握らせるような非道に堕ちたつもりは無い。

 しかし、そうやって戦いから彼女たちを遠ざけようとすればするだけ負担が大きくなっていって、結果的にそうならざるを得なくなるという悪循環だ。

 いつかは、或いは避けられずに戦いを選ぶ事もあるだろう。

 ただ……自ら少年・少女兵になりに行く奴が在るか。


「……理想と現実、すり合わせた結果何処まで妥協するか……か」

「──ですね~」

「子供だから、若いから戦うなってのはエゴ……かなぁ」

「──世界変われば、常識も違いますから」

「ままならないなぁ」

「ままならないですよ、そりゃ」


 結局は、自分のエゴなのだ。

 子供だから戦わなくて良い、まだ早いと願ったとしても……彼ら・彼女等には魔物を含めた脅威は現実的なものだ。

 ただ、中で大分葛藤する。

 カティアでさえ出来れば前線に来て欲しくない、命のやり取りをして欲しくないのだ。

 自分が何度も死んで、確信した。

 自分が死ぬ事よりも、同じように近しい誰かが死ぬ事の方が恐ろしいと。

 貫かれるのも、撃たれるのも、焦げるのも、切り裂かれるのも、血を失うのも、寒さに震えるのも──。

 誰にも、体験して欲しくはなかった。


「休もう。なんか、疲れた」

「はは、そうで御座いますね。少しばかり休みましょうか」

「あ。それだったら私、良い場所を知ってるわ」

「んし。じゃあカティア、先導宜しく」

「ええ、任された」


 カティアに案内されて、飲食しながらも少しばかり腰を落ち着ける事が出来る場所を見つけた。

 軽い食べ物や飲み物を購入して戻るが……アーニャのシスター服は目立つ。

 ヘラもシスター服ではあるが、あちらは良い素材で幾らか目立つ素材だ。

 対するアーニャは質素で目立たないものの、着ている本人の素材の良さがそれを感じさせない。

 女神として神々しい羽を見せ付けている時も、そうでない質素なシスターな彼女も……どちらも良い。


「どうしたんですか? 貴方様」

「周囲を気にしちゃって、思春期?」

「灰色の思春期でも良いのなら有ったけどね? というか、そうじゃなくて……。自分が、変じゃないかどうか気になってさ」

「「今まで変じゃないとでも?」」

「ハモんな! いや、そうじゃなくて……」

「貴方様がイマイチ何を仰られたいのか、分かりかねますね」

「あ~、大丈夫大丈夫。ご主人様、浮いてないから安心して」

「……どういうことでしょう?」

「戦ったり、命のやり取りした後だから自分が馴染めてないんじゃないかって気にしてるのよ」


 カティアの言うとおりであった。

 最大限死者を出さない作戦を立てた、その結果俺が沢山死んだ。

 だが、疲れたり酷い眠気に襲われたり注意力が散漫になってくると狙撃ですら命取りになる。

 肩や足を狙った弾丸が胸や腹部に当たれば出血多量で殺してしまいかねない。

 そして、銃弾を浴びた指揮官クラスが銃弾を受けて倒れていく光景。

 虐殺や処刑とは違う、賊を始末した時とは違う引き金の重さがあった。

 自分が過ちを犯す可能性、相手が過ちを犯す可能性、自分が成功する可能性、相手が成功する可能性。

 全てがミキサーにかけられて、信じる事が出来なくなった中で長時間行動していると何を信じて良いか分からなくなる。

 そうやって何も信じられなくなってくると、今度は自分が信じた行いを『理解されてないのではないか』とすら思えてくる。

 そして、自分の被った苦労や被害を知らない”市民”が憎くすら思えてくる。

 

 ── 英雄と、そう呼ぶことで全てを理解したつもりになっている連中が ──


「魔物の時はまだ良かった、相手が見た目で分かるから。けど、今回の相手は人間だった。だから見ただけじゃ相手が敵なのかすら判別できない。もしかしたら今回の件で害しようと潜入している連中が居るかも知れない、唆されてナニカしようとする人が居るかも知れない、あるいはこちらを監視して隙を窺ってるかも知れない。そんな事を考えている自分が異常者で、周囲に馴染めてないかも知れない……ってね」

「そんな大げさな──」

「大げさ? だってさ、面子も体裁も潰された連中を今回は作り上げた訳なんだから、トップが納得してても報復や復讐位はしておきたい連中だって居るかも知れないじゃん。功名目当ての先走り部隊を全部ぶっ叩いてる訳だし。そうじゃなくとも、国のためとか誰かの為にならないと言って排除したがる奴だって居るかも知れないんだからさ」

「心配のしすぎ……って、訳じゃないと思う。学園でも、そろそろ生徒の中から生意気だ~とか、そういう嫉みの声も聞くし、ありえない話じゃないのかも……。子供ですらそうなんだもの、大人の場合だと私の考え付かないような理由、手段、状況を作り出せるかもしれないし」

「そんな……」


 アーニャが何故か驚く。

 ただ、俺にとってはカティアが俺を支持してくれただけでも驚きだった。

 ほんの些細な事でも人は苛立ちを見せる、そして恨む。

 たとえ正当でも、たとえ間違いではなくても。


 ── お前、仮想敵だからって突入部隊全部撃退してんじゃねぇよ。訓練にならねぇだろ ──

 ── お前さ、先輩に花を持たせようとか思わないわけ? ──

 ── お前のは真面目っていわねぇし、空気が読めねぇっていうんだよ ──


 そう、逆恨みだ。

 面目を潰された、恥をかかされた、下っ端の癖に自分より出来るのが気に入らない。

 相手にとっては何でも良いのだ。

 たとえ周囲がそれを支持せずとも、本人には届かない。

 そういう奴が地位を、権力を持てば脅威になる。

 動かせる手勢が、切れる手札が、持たされた権限の数が違うのだから。


「……まあ、いざとなったら遠くに逃げるよ。プリドゥエンに調べさせたけど、日本の有った場所でも今は新しい文明が築かれてるみたいだし。別にここだけが居場所ってわけじゃないさ。そうなったら名残惜しいけど、まだ見ぬジャパンを見に行くとしますかねぇ」

「そういえばアーニャ様は、今の日本がどうなってるか~とかご存じないのです?」

「あ~、っとですね? まだこの近辺の調査を進めてる段階で。地球の裏側まではとても……」

「文字通り『神の目は太陽とともに』って感じだな……」

「それ、不敬ですよ?」


 まあ、神様は見ておられるという言葉の皮肉だ。

 敬虔な信徒であっても悲惨な末路になり得るし、そう言ったときに「ちょうど昼寝してたんだろ」とかそういう意味で使う。

 神様とて二十四時間三百六十五日見ているわけじゃないのだから、地球の裏側なんて尚更だと。

 ……最も、その神様が目の前に居るのだけど。


「というか、貴方様は悲観的で諦観気味ですね。そんなんじゃ、上手くいくはずの物事も上手くいかなくなっちゃいますよ?」

「逆に、否定的で懐疑的だから色々と地雷踏む前に判明してよかったねって所だと思うけどね。ただ、良くないのは自認してる。だから──カティアが居るとも言えるけど」

「あ、え。私?」

「もう自分の目と頭は濁りきって、素直な思考が難しいし、穿って見ないと言う事も難しい。濁った目じゃ拾えない色彩が在るし、自分が最初から捨ててた可能性を改めて提示してくれる。……カティアは、忘れそうになる良心を思い出させてくれるんだよ」

「……そう、なのですか」

「自分は既に一度挫けて、心が折れた人だ。そういう人は、二度目三度目はより容易に挫ける事も在る。当然、乗り越えると言う意味で補強が出来てる人も居るだろうけど──それは、まだ無理だよ」

「──まだって事は、いつかは出来るかもしれないという事でも有りますよね?」

「そう、かな」

「それなら、良いと私は思います。出来ないとか無理って断じるのであれば、神の雷を落とすつもりでした」

「街中に!?」

「え? カミナリオヤジって日本では言いませんか?」

「身内の雷だろ!」


 なんだか……これはこれで良いかなと思える。

 そう、日常ってのはつまりは愚かさの集まりだともいえるんだ。

 無駄の集まりで、無意味の集まりで、けれどもそれらが大事だと思える記憶に、結晶になっていく。

 だからこそ、綺麗で純粋で大事なんだ。

 非日常になれば等しく価値が無い、価値が無いけれども積み重ねたからこそ重く圧し掛かる。

 自分が今まで何処に居たのか? その計量の先に日常がどちらかを導き出す。


「……アーニャって、修道院で何してるの?」

「あ、え……急になんですか?」

「いや、別に。特に意味は無いけど、意味が無いからこそ聞いておきたいみたいな……」

「なんですかそれ」


 苦笑された。

 けれども、多分理解されているような笑いだった。

 本気で失礼だと怒られても仕方が無かったが、先ほどの話題の後だと意味が変わってくる。

 日常の脆さと、非日常の中での無意味さを……理解されている。


「んとですね、まだそこまで多くの仕事を任されたりはしてないですよ? むしろ下っ端なので、巡礼だの礼拝だので皆さんが空ける時のお留守番をしている事が多いですし、基本的には私達の教会って廃れてるので、何かあった時に負傷者の受け入れや炊き出し、それと……幾らかの孤児を引き受けているくらいでしょうか」

「……この前、沢山の魔物がいきなり沸いたんだけど。あれで負傷者ってでてないんだ」

「魔物? 魔物なんて沸いたんですか?」

「……倒したら、溶けて消えちゃったんだよねぇ。ってか、なんだ。あんなに沢山沸いて出たのに、狙われたのはユニオン国の兵士と学園だけ?」

「というか、そんな事が有ったんですか」


 どうやら、ユニオン国の兵士が門を開けていきなり学園を攻撃した所までは知っていても、魔物が沸いた事までは知らないようだ。

 あるいは、まだ外部公表するまでに整ってないから黙ってるだけかも知れないが……。


「孤児ってのは? そういや、大分前に……孤児が幾らか出たと思うけど」

「あの子達は一時的に引き受けてましたが、孤児院やもっと大きな教会が引き受けてくださいました。中には大分北方から仕事を探しに来た方が居まして、仕事は無かったけれども知り合いが孤児院をやってるからと数名ほど連れて。よよよ……良い人ってのは居るものですねぇ」

「北、北か……」

「何か考え事でも?」

「いや、何処で聞いたんだったか忘れたけど……北、ヘルマン国では奴隷制が在るって聞いて。まさかソッチじゃないよねって、少し疑って──」

「更にその北らしいですよ。ノルウェーとか、そこらへんみたいです。ゴッドアイでちゃぁんと見てきましたとも! 孤児院があって、ちゃんと運営されてましたよ?」

「……そっか、ならいっか」

「なにか孤児に気がかりでも?」

「いや。学生で海外にいた頃に孤児院に何度も行ってたから、少しばかり気になってさ」

「悪い事ばかりじゃないですよ。少しは世界の善性を信じてみてください。貴方様が思うよりも、悪い人は少なくて良い人は少しばかり多いかもしれませんですし」


 そう言って、彼女は微笑んでくれる。

 ……そう、どうせ余り長くは覚えてられないけれども、この笑顔だけでも俺には宝のように感じる。

 彼女の言うような”善性”を感じられるのが、こういったものだろう。


 ── じえーたいさん、ありがと~! ──

 ── お兄さん、有難う ──

 ── 兄ちゃん、ありがと ──


 様々な想い出が蘇って、ふと力が抜けた。

 そして、自分ひとりだけ”空回ってる”のがバカらしくなる。


「アーニャってさ、良い人だな」

「今更ですか~? 女神は、良い人じゃないとなれないんですよ~だ」

「はは、確かに……そうだった──」


 そう言ってから、自分の手元には既に食べ物も飲み物も無い事に気がついた。

 二人は話にあわせて、少しずつ食べたりしていたと言うのに、自分だけ気遣いを無視していた。


「なんか、落ち着いたら何か欲しくなっちゃった。また買ってくるけど、二人は何か無い?」

「私は飲み物が欲しいですね~」

「私は食べ物!」

「了解。それじゃあ、ちょっと行ってくるから待っててよ」


 生理現象に対しての”義務”での食事。

 義務ではなく、己の思うように食べたり飲んだりしようと思ったらもう少し良いかと思えてきた。

 ……幸いの事に、この前の行動で脂肪が削りきれてしまった。

 生命の危機にすら幾らか及んでいるので、これくらい良いだろうと甘やかす。

 それに……誰かと一緒に何かを食べるくらいは良いだろうと、それが贅沢だとしても甘受しても良いだろうと、そう思えた。


「そういえば、ご主人様のピコピコって貰い物だったのよね」

「お前は昭和の人間か……。まあ、貰い物だけど」

「あれって私にも遊べるの?」

「……遊ぼうと思う人間には遊べる代物だけど、遊ぶ物だと思う人間には遊べない物だよ」

「また難しい事言って……。簡単に言えないの?」

「ゲームソフトによるけど、遊び方なんて人それぞれだからねえ。狩猟をするゲームで能力値に走るのも、ファッションに走るのも、自分の遊びたいように装具を整えるのも自由じゃん? けど、遊ぶ物だと思って入ると、どう遊べば良いのか判らなくて飽きる人もいるから、何とも……」

「ゲーム道とはオタク道で御座いますから。与えられるのではなく、勝手に見出すものだと私は思っております」

「……うわ、二人ともかぁ」


 カティアがうげぇといった顔をする。

 ここには二名オタクが居る。

 アーニャと自分だ。

 幅広く遊ぶわけではないが、ゲームでの腕にはそこそこ自身が在る。


「まあまあ、ゲーム初心者はスペランカーから始められると良いですよ? 最近はマルチプレイも出来ますし」

「お前……ワリとえげつないコースから攻めるのな」

「では、貴方様は何かお考えが?」

「メタルギア・ソリッド。もしくはポケモン。ゼルダの夢見る島、なんならドラクエモンスターズ」

「貴方様も存外苦行を押し付けますね……」

「あぁ、もういい。ゲームは諦めるから、本とか……」

「「オススメがあるけど」」

「もういい!!!」


 カティア、仲間入りを拒む。

 おかしいな、オススメがあるとしかいってないんだけどな……。

 仕方が無いなと、ため息を吐く。


「そういや、あのゲームどうなってる?」

「今じゃ最大120名前後しか遊んで無いらしくて、毎週のアップデートももう滞りがちですね……」

「そっか。やっぱり監督が抜けた後のゲームと、あの充実感の不足じゃきっついか……」

「新しい外伝としては面白かったんですけどねぇ、ただ新しい事に挑戦してみたは良いもののストーリーの充足が足らず、ベースを拡張してサヴァイヴ! ってのも、自由度をあげるための今までのマザーベースシステムとは違って、武器や装備の品薄から足枷になってましたかねぇ……。あ、でもでも、料理だとか飲食ゲージだとかそういうのは面白かったかなと」

「てーざートレイラーが最近上がったけど、ソッチも興味が在るんだよね」

「ふふふ、お任せください。私たちはウェイストランドワンダラーじゃありませんか。既に予約済みです……」

「でかした!」

「あの~、私が話についていけないんだけど~」

「「おっと」」


 こう、アニメ・漫画・ゲームの話題になるとアーニャとの繋がりはかなり強くなる。

 これに関しては誰にも入り込めないくらいで、暇さえあればトレイラーすら見返してしまうくらいだ。

 今のやり取りの中でアーニャの方から「あちらの客に」と言った感じで、様々なゲームのデータが渡される。

 新作のゲームや、開発、E3だのなんだのと日本内外問わずに公表されたゲームばかりだ。

 なおちょっと別枠でSteamゲームまである。

 ついぞ最近ようやく製品版になった森のゲームがあるとかで、地味に興味があったり無かったり。


「私はこっちの世界の本屋で見つけた本がまだ良い……」

「そっかぁ、残念だなぁ」

「何かあればいつでも仰って下さいね? 仲間が増えるのは嬉しい事ですから」

「てかさ、二人とも。濃密過ぎるから友達が出来ないともいえるんじゃない?」

「「う゛」」

「ご主人様は求めすぎるから、アーニャ様も同じだとして……相手が最初からそんなに全部受け入れられる訳無いじゃない。お腹がすいた相手に濃厚な食べ物を与えたら受け付けないのと同じよ」

「いつの間にそんな知識を……」

「ご主人様が部屋で倒れてる間に、ヘラ様のお手伝いで負傷者の面倒を見てたのよ。重傷で意識が無かった人が目覚めていきなり強い刺激物を口にすると負担が大きいからって教わったの」

「なんと言う……」


 カティアが色々学べているようで良かったと涙したくなる。

 これ、丸投げしたままでもそれぞれのエキスパートが全部教えてくれるんじゃないだろうか?

 それこそ、自分が居なくても──。


「カティア、立派になって……」

「あの、ご主人様。友達が出来ない理由から目をそらされても──」

「いやぁ、与えた使い魔をここまで導けるとは、貴方様もやりますねぇ!」

「……アーニャ様?」

「いやいや、アーニャもこんな立派な子を贈ってくれるとは思って無かったって!」

「それほどでも!」

「二人とも?」


 言うな触れるな、何故友が出来ないのか。

 自覚が在るのか無いのかは別にしても、地雷なんだから踏み込むなと言うことでも在る。

 二人して必死に高笑いしてカティアに追及されまいとするが──。

 あれ、アーニャさん? アナタ友達居なかったの?


 というかアーニャさん? 自分のことを「え、友達いないの?」って顔で見ないでくれます?


「友達の話は良そう!」

「そうですね! そのほうが宜しいかと!!!」

「まあ、その反応で追求しない方が良いってのは判ったけど。それはそれで、なんだか私だけ仲間外れみたいで嫌なんだけど」

「「じゃあ何から始めます?」」

「ハモんな!」


 カティアに怒られてしまい、とりあえずオタク話はやめた。

 じゃあどうしようかという話になるのだが、どうにもオタク話以外の話題が見当たらない。


 言葉を探っていると、アーニャが何かを思い出したようだ。


「そういえば貴方様、中々にセカンドライフを充実させていらっしゃるみたいですね」

「へ? い、いきなり何?」

「すこぉし履歴を見たんですけどぉ……、おやまあ随分と侍らせ王になりつつありますねぇ……」

「侍らせ……はっ!?」


 一瞬本気で「何言ってんの?」という顔をしてしまった。

 しかし、思い返せばここ数日で色々とそれっぽいイベントが発生していたのを思い出してしまう。

 いや……否定して、沈められないと”認めてしまった記憶たち”が存在した。


「それ踏まえて自分は質問したと思ったんですけどね!? 都合が良すぎやしないか、これって何かが裏で起きてないかって! もしかしたら、自分の意志や願望とは別にそうなったんじゃないかって……少し思ったから」

「まあ、だとしても酷い状態ですねえ。ひ~、ふ~、み~、よ~……。貴方様はこのままハレムでも作るおつもりですか?」

「ぜん、っぜんそんなつもり無かったし!? そりゃ、確かに一人や二人くらいに好かれて、きゃっきゃうふふしたいな~みたいな願望はあったけど、というか……今言っただけで四つはフラグありませんこと?」

「さぁ、どうでしょうねえ」


 アーニャにはぐらかされ、カティアからスネを蹴り飛ばされる。

 四つ、てことは……四人? 

 マーガレットは確定してるとして、ヘラの言葉が狂言使いじゃなけりゃ……ヘラとマリー?

 そっから先、そっから先は……ちと、想像がつかない。


「私は、こんな欲に塗れた未来を与える為に導いてきたわけじゃないですけどねぇ~? ふふ、ふ……」

「あ、アーニャ……さん? 女神様がして良い笑い方じゃないですよ、ね?」

「あぁ、いえ。別に気に入らないとかそういう訳ではないですとも、ええ。最大の功労者であっても影が薄いと、評価されにくい物だなぁとか、思ってませんよ?」

「いや! アーニャさんのおかげで何度も何度も本当なら死んで終了の所何とかなってるのでマジ感謝してますけどね!?」

「そのワリには、放置が多くないですか? 会いに来る回数もそう多くないですし……」

「どうしろと……」

「もっと、会いに、きてください! そもそも、一緒に遊ぼうとか提案したのに、最近めっきり頻度が下がってるじゃないですか~! BethesdaゲーにMOD入れても、そろそろ暇つぶしにならなくなってきてるくらい限界です!」

「そりゃ、大分だな……」

「漫画もアニメも、一緒に語らないとただ消化して噛み締めておしまいなんですよ!? そんなの、損した気分になるじゃないですかぁ!!!」

「だぁ、うっせぇ! こっちが必死こいて二十四時間というクソほど短い時間の中やりくりしてんのに、追加で四十八時間も使えるソッチと一緒にすんじゃねぇ!!!」


 アーニャ、俺たちが二十四時間を過ごしたとしても神の世界に戻ると時間の流れから隔絶した状態に戻ることも出来る。

 つまりやろうと思えば引き篭もりやニート垂涎の「俺がアニメや漫画、ゲームを消化するまで一日も経過させない」という荒業もできるのだ。

 ただ、アーニャは「一日働いて、一日女神業して、丸一日休んでると徐々に仕事がしたくなくなりますよねぇ」と駄女神発言をしていた。

 一度日数を更に増やしてみたらしいが、そうなると逆に「何で生きてるんだろう?」ってなるらしい。

 ……引き篭もり五年の自分が異常者みたいに言われた気がしたけど、それは無視した。


「こっちだってアニメも漫画もゲームも基本的に隔絶されてるってのに、そっちだけ散々楽しみやがって! 自分にも二十四時間に追加で何時間か欲しいくらいだわ!」

「ははん、羨ましかったらもっと遊びに来るべきですね! 最近話題のVRも入手したんですよ! これで私もVtuberになる権利が与えられたってわけです!」

「Vtu……なにそれ?」

「知らないんですか? おじさんが女の子になるんです!」


 おじさんが、女の子に?

 なにその高校生以降の男性の「女の子になりたい」という願いを叶えるようなもの。


「え、てか、なに? 死んでから数ヶ月でそんな技術が確立したの?」

「あ、いえ。2DLiveだとか3Dの人物データと装着者を同期する事で、擬似的に誰でも女の子になれるという事です。手の動き、口の動き、瞬きに至るまでトレースしてくれるんですよ?」

「はえぇ……」


 なんか、それはそれでオタクにとって楽しめる代物でありながら、同時に毒なのでは?

 それでボイスチェンジャーまで出来て、完全にデジタル女の子化が進んでしまった場合……悲惨な結末と言う奴も起こり得るのでは?

 いやな展開だ。

 「男でも良い!」だなんてのはゲームだけにしてくれ。


「……どうです、日常に幾らか戻ってこられましたか?」


 そして、不意にそんな事を言われた。

 呆気に取られ、言葉を失う。

 それらすら”日常である”と認識させられて、笑みを浮かべるしかない。


「戻ってこられたような気はするよ」

「それじゃあ、休憩を終えたらもう一分張りと行きましょうか」

「了解」


 日常とは戻ろうとするものじゃなく、自然と戻るものなのかもしれない。

 だがアメリカ軍のベトナム戦争後の帰還兵問題でも言われている。

 受容……肯定、それらの与えられなかった兵士は日常に戻れないと。

 その代表的な台詞も、光景も……見てきたし、知っている。


 ── 戦場では何百万もの兵器を任せてくれた ──

 ── だがここじゃ、駐車係の仕事すら与えてもらえない ──


 恵まれている、恵まれすぎている。

 それを自覚しながら、善意には応えなきゃならない。

 その責任が、自分には在る。





 ~ ☆ ~



 夕方くらいになって幾らか草臥れながら部屋に戻る。

 寒くないようにと着込んだはずが、足を引きずっての行動だと汗をかきすぎる。

 アーニャいわく、死に戻り過多による”毒”だとか。

 間隔をあければ戻るらしいけれども、それまでは暫くデメリットを背負わなきゃいけない。

 少なくとも膝が変な方向に捻じ曲がった時期を越えたあたりまでは……治ったと見るべきだろうけど。


『お帰りなさいませ、お二方。外は寒かったですか?』

「ええ、プリドゥ。ご主人様が大分汗をかいたからタオルをお願いできる? それから一杯だけお茶を」

『承知いたしました』


 そう言ってカティアは、俺が机の上に出した今回の戦果品をベッドの上に並べたり、ハンガーにかけて熟考しやすいようにしてくれる。

 いつの間にか運び込まれたのだろう、マネキンには既に制服が着込まされていた。


『ご主人様。トウカ様が要望の品をお運び下さいました。それと、既に下地の準備も出来ております』

「有難う、プリドゥエン」

『マントをお預かりします。それと、タオルをどうぞ』

「ん」


 汗を蒸発させ、アーニャに学んだように着たまま服を浄化してみせる。

 ザラザラとした塩も発生せず、臭いも変化したりはしない。

 ただ、衣類と皮膚を同列には出来ないのでどちらにせよ汗は拭かなきゃいけないが。


『大分お買いになられましたね』

「まあ、それなりにね。プリドゥも意見を出してくれる? ご主人様の言う組み合わせに何が良いか」

『ええ、畏まりました』


 カティアとプリドゥエンの仲は、悪くは無い。

 当初でこそカティアが「ご主人様呼びは私の!」って感じで反発していたが、プリドゥエンが大人な事で何とかなった。

 プリドゥエンはでしゃばりすぎず、かといって間違いを見過ごしたりもしない。

 ただ助言や忠言といった形でカティアに”覚えさせる”といったことをしてくれる。

 カティアが居る時は彼女を立ててくれて、波風立てないようにしてくれているので助かる。

 

 まあ、裏で俺の所有する衣類のアップグレードだの、情報処理だのを行っているから手間が減るだけ有り難いのだろうが。


『ご主人様。前回の事柄から、靴や半長靴に衝撃吸収ジェルを最優先で取り入れるべきだと思い、今日はそちらの改造を済ませておきました。エッフェル塔や航空機から落下しても足の裏から落下すれば衝撃を皆無で着地できます。ご主人様の大好きなロッククライミングや軍事的行動にも障害が無いようにして有りますので、壁をよじ登ったり崖にしがみ付いて道なきアンチャーテッドを行くのも問題ありません』

「ありがとう、プリドゥエン。これで足の裏が疲れるって事からも解放されそうだ……」

『ご主人様の足裏の筋肉、大分切れておりましたからね。無茶をするなと言うのも難しいでしょうし、ならどうすれば楽になるかを考えての事でございます』

「助かるよ」


 試しに靴を手にはめ込んで片手で殴りつけてみるが、靴越しに手への衝撃は無かった。

 ただ手で押してやると圧力は感じるので、浮いているようでちゃんと足で立っているような感じになるのかも知れない。

 これで一世代昔のゲームで当然だった「どんな高所から落下しても膝すら曲げないで着地する主人公」というのが出来るわけだ。

 まあ、ヒゲの配管工さんも同じ事をするわけだが。


「……なあ、カティア」

「ん~、な~に~?」

「楽しかった、か?」

「何よいきなり」

「いや。義務や仕事ばかりで、こうやってカティアと……なんでもない時間を過ごした事が、そういや無かったなって思って。いつもは……ほら、ミラノとかに丸投げしてる状態だし」

「あら、気にもしてないと思った」

「気にしてないわけじゃない。ただ、意識しないようにしていただけだよ。……アーニャとの話で分かったと思うけど、俺は義務と責任以外の接し方が分からない。その上……言い方が悪いけど、子育てをした経験もないんだ」

「子供じゃないッ!!!」

「いや、必要な物は子育て……自分の後をついてくる子を育てると言う意味では、言葉の選択は間違えてない。それで……自分は、後輩を育てた事はあっても自分の部下──子供を育てた事がないんだ。義務や責任は叩き込めても、カティアが何を好んで、何を嫌って、何をしたくて、何をしたくないのか……そういうのをまったく知らないんだ。まあ、そもそも家族じゃない女性と関わった事が無いからってのも在るんだけどさ」

「はぁ、まったく……」


 甲斐甲斐しく買った物を並べ終えたカティアは、一息吐きながら腰に手を当てる。

 まるでその姿は母親のようでもあった。

 

「ご主人様が私の事を大事に思ってて、思いすぎて誰かに任せてるって事も、その癖に教える時は丁寧に色々と親切に教えてくれるのも分かった。ご心配なく、ご主人様。ご主人様が思うよりも私は楽しめたから」

「なら良いんだけど──」

「悩む、考える、新しい事との出会い……。ご主人様は色々言ったじゃない? 自分の知らない事に出会うと、それが面白そうに見えるって。私、今日はそれを一杯体験できた。もっと色んな所に行って、もっと色んな物が見たいって思えたの。これが楽しくなかったって言ったら嘘じゃない?」

「……そうか?」

「ええ。余り頻繁に外には出られないし、自由に行動できないのは立場上仕方が無いけど。それでも外に出て、こうやって見て回れるだけでも有りがたいもの」

「──そっか」


 少しばかり顔を覆って、それから笑みを浮かべた。

 杞憂と言う言い方も良くないが、少なくとも悪手を打っている訳ではないのだなと安心する事はできた。


「もうちょっと……本とか、欲しい物があったら言っても良いんだぞ? カティアは、よくやってくれてるし。むしろ──もう少し、お小遣いとかそういうのと自由もあげられると良いんだけど」

「心配ご無用よ、ご主人様。ご主人様だって言ってるじゃない。満足してしまうよりは、少し物足りないくらいがちょうど良いって。本とか色々買ってもらったけど、それでも買いすぎるよりはまた外に出かけて有るか無いかを心配したり悩んだり、悔しい思いをしたりようやく手に入ったと喜ぶような経験を……思い出も大事だと思うの。ご主人様はいつも失敗しないようにしてくれるけど、そう言ったささやかな失敗とかも含めて”生きてる”って事じゃないかしら」


 カティアの言葉は、自分にとって不意打ちのような物だった。

 それは「失敗して欲しくない」と言う願望が、自己満足であり彼女の人生を蔑ろにする行為だとは思っていなかったからだ。

 そして、失敗と悩み、葛藤を含めたモノが日常であり、成功のみを”与えられても”それはいつしか色褪せてしまう。

 

「ふ、はは……」

「ご主人様?」

「いやいや……、教えられるとは──学ぶとは思ってなかったなぁ。──カティア、それじゃあ新しい取り決めだ。自分は毎月カティアにお小遣いをあげるし、状況が許す限りは外出も自由にしたいと思う。勿論、一人で出かけろとかそういう話じゃなくて、一人でも出かけて良いという”だけ”の許可。これがどういうことか分かるかな?」

「──お小遣いの使い方を、自分で考えて悩めって事?」

「その通り。毎月与えられる金額は一定、交渉可能。臨時的な貸し出しや必要に応じての負担とかも全部あり。ただし、説得できる材料を並べて、考えて話す事。本を買う、服や装飾を見ても良いし、食べ物とかを買ってみても良い。気になるのならちょっとした金額を教会にお布施として捧げてお祈りをしてきても良いし、自由を与えたいと思う」


 自由にさせるというのと、自由を与えるというのはまた違う。

 既に定められた範囲の中で好きにさせるのと、新たに囲いを定めて行動の自由度を広げてやる事。

 口にしないことで「これくらいで良いだろう」という彼女なりの思考も有っただろうけれども、改めて口にする事でその遠慮や配慮を拡大してやる。

 自由の拡張……それを素晴らしいと思うか、恐ろしいと思うかは人次第だ。

 自分は自由の拡張を恐ろしいと思うほうだが。


「自分で考えろ、って事かしら」

「そゆ事。日常における自由、それは自分の足で世界を見に行ける事。時には手痛い失敗をする事も在るだろうし、もしくは素晴らしい成功を収める場合も在る。んでさ、一つ覚えておいて欲しいのは、一人で行動できる事は孤独の中で考えなければならないと言うことではない事。ミラノ達が居て、自分も居て、相談も出来る。他人の価値観に触れ合いながら、時には揺さぶられながら自分を確立していけば良いよ」

「む、難しそうだけど……頑張る!」

「まあ、幸いミラノやマーガレットとかが居るから選択肢は幅広いだろうし、市販の香草の種類とか知識に役立つ書物とか色々聞いて、その足で調べに行けるだけ幸いだろうし」

「……そういえば、ご主人様のオタクってのもそういうところから始まったの?」

「自分は……そうだなあ。高校生になるまで海外暮らしだったから、テレビでドラゴンボールだとか流浪人剣心とか見てたし、ビデオでドラえもんだとか色々見てたから憧れもあったんだよ。父さんの生まれた国、漫画やアニメで有名な国……。日本に行くまで、色々な純日本人の人たちから日本の事を聞いて、漫画や小説も借りて、ゲームも借りたりしたかな。それで日本に行って……時代は大分変わってた」

「変わってた?」

「まあ、ドキドキとワクワクで目が輝いてたからかな。帰国子女校の図書館にラノベも置かれててさ、地元の図書館にもあったから毎週図書室と図書館通いだった……。それで、現実で在るかのように描かれた作品を読んで、夜にその事を考えながら眠りについてた。自分もそう言った──主人公ヒーローになりたいって思いながら眠りについて、どうすれば出来るだけ彼らのようになれるかで日中を過ごす。面白かった、楽しかった。まるでいった事のない国を旅行しているかのような錯覚すらあった。色々な考え、色々な知識、色々な発想が本にはあった。そうやって毎日、人からも借りたり紹介されたりして、そうしてるとどうやってネットとかで知っていけば良いかも判って──この通り」


 オタクになった事は良い事だったと思う。

 昨今では何でもかんでもオタク化がなされ、かつての事件の影響による準犯罪者扱いも大分無くなった。

 ただ、こんどは門戸が広く開かれたせいでライトオタクとヘビーオタクの軋轢が出来つつある。

 自分はヘビーでは無いので、ディープな人からは嫌われるだろう人物だ。


 ただ、オタクになった事で晩年で言えば反省すべき点も在る。

 それは溢れたコンテンツにより、労せず享受出来てしまう事で新鮮味が無くなった。

 自ら餌を求めずとも飽食した物に、新しきを求める為ではなく現実逃避へと繋がる。

 それがあの五年を産んだのだろうと思っている。


「まあ、好きに色々な事を試していけば良いよ。お金の使い方、物の価値を知るのに良い勉強になるし」

「ご主人様って、そこらへん立派なのかしら」

「……グッズで五万円とか一日で普通に溶かすので、真似しちゃダメですよ?」

「はぁい」


 とりあえず話はこれくらいで良いかなと考えながら、カティアが並べてくれた衣類たちを手にしてマネキンで着せ替えを始める。

 組み合わせ等を確認しながら、過剰装飾をしない程度に着飾るようにする。

 

「……ねえ、ご主人様。お小遣いって、溜めても良いのよね?」

「そりゃ勿論、ダメだとか言わないよ。使い道を考えて、その結果溜めた方が良いとか思うのならそうした方が良いし、それも自由」

「使い道も自由なのよね?」

「うん、誰かと一緒に外に遊びに行ったときにも使えるしね」

「──ん、分かった」


 ……これで少しでもカティアの人生に幅が出来てくれれば良いのだけれど。

 そう考えながら色々やっていると、カティアが呼ぶ声がした。


「ねえ、ご主人様」

「ん~?」

「幾ら溜めたらご主人様を買える?」

「肩叩き券と一緒に遊ぼう券をまず発行しようか? そもそも非売品だし、奴隷じゃないんだぞ?」

「あら、ご主人様。奴隷で無くても人は買える筈よ?」

「それはサラリーマンという、毎月定額支払えば好きなだけこき使えるってお話?」

「ご主人様、闇深すぎ……」

「悪いがウチは春を買うのも売るのも禁止だ」

「買ったことあるの?」

「無い! けど……体裁と風聞的に宜しくないのでヤです。気が狂わない限りはその方針で行くので、変な意味で人を簡単に買うとか言わないように」

「独占権は?」

「自分の意志何処に行くの? ミラノと自分の間に第二ご主人としてカティアが入るの?」

「……なんかややこしくなりそう」

「忙しくて構ってやれないのは申し訳なく思うけど、まずは話し合いで相手の都合とか聞こうね? 金で頬を引っ叩いて良いのは商売が絡む時だけです」

「良いんだ……」


 カティアとの付き合い方も、改めて考えなきゃいけないよな……。

 逃げてばかりじゃダメだ、もう逃げられなくなっているんだから。

 

「……要望とか、あったら言って良いんだからな? 自分の待遇だとか、扱い方とかに不満があれば主張するのも権利なんだから」

「もっとご主人様と居たい!」

「その要望は尤も過ぎて困るんだよなぁ……」


 ただの上下関係だけじゃなく、ヤクモを名乗る自分と、カティアという少女の付き合い方を覚えなきゃいけない。

 ……対人関係、それは苦手教科だった。

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