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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
9章 元自衛官、夢を見る
141/182

141話

「あっ、お兄……ってなんだ、別人か」

「──……、」


 クラインは、ユリアと言う少女の扱いを決めかねていた。

 理由としては単純で、ほんの数日前までヤクモ経由では在るが妹たちを危機に陥れようとした。

 それだけではなく、実際に学園まで到達して互いに死傷者まで出している。

 にも拘らず、理解不能なほどまでに、自分たちを痛めつけたはずの張本人であるヤクモに好意的なのだ。

 

 クラインは、以前入れ替わり遊びで貰った私服を着ている最中だったのだが、振り向かれただけで別人だと言い切られてしまった。

 それに対する不服も幾らかあった。

 

「……君は、失礼な人だね。仮にも人の妹を、家族を攫ったにしては悪びれてないし。そのくせ自分たちを叩きのめした彼には随分好意的だ」

「あぁ、公爵家の長男サマだっけ? まあ、良い身分だとはおもうけど、随分と”下らない事”を引きずるんだね」

「下らない……?」

「だって、別に公爵家の子息だから狙ったわけじゃないし? そもそもお兄が厄介だから人質で黙らせとけって指示だったから、その主人の妹を狙っただけだし? 更に言えば”部外者”に何で謝るの?」


 ユリアは、ヤクモに見せるものとはまったく違う態度を見せていた。

 それは甘えられる上に何だかんだ助けてくれる兄に対するものではなく、それ以外の部外者。

 強いて言えば”どーでもいい相手”にする言動そのものであった。


「部外者なものか!」

「ううん、部外者ですよ? こっちは戦争をしに来た、戦う姿勢も気概も見せない相手に何で詫びるの? というか、そんなに大事なら戦えよ、今も話に応じないで殴りかかりなよ。中途半端で吐き気がすんだよね」

「……表向き、戦いは終わった。そこで僕が君を殴れば問題になりかねない。それは……出来ない」

「玉無しみたいな奴だね。外交問題になりかねないし、そもそも処刑されてもおかしくない事をやってのけた奴が居るんだけど? 自分を守る言い訳だね、それは。誰かを守る為の言い訳じゃない」


 クラインは、ユリアとの関係は非常にギクシャクしていた。

 それはクラインが自分の身分を重視し、行動が後に問題を起こさないかと言う事を気にかけているからであった。

 対するどこかの誰かさんは最悪公爵家に泥を塗り、迷惑をかけるというだけであって自分が処罰されて終わる所が多いからだ。

 公爵も都合が悪ければ斬り捨てるだろう、そういう”人は信じられないという事を信じている”事により、今回の一件に身を投じる覚悟が決まっていたのだから。


 だが、ユリアからしてみれば既に終わった上に彼の父親も一応は納得して支援まで約束している。

 つまり清濁合わせて、言いたい事は沢山在るだろうが飲み込んだという事だ。

 勿論ユニオン国とて無傷で支援を手に入れたわけではない。

 これからの彼らは軍事力供出国家として功績を積み上げ、いつかは不毛の地から脱するまでは傭兵の真似事と慈悲に縋って生きるしかないのだから。

 それらを踏まえ、最初から最後まで己の信念の下で後先考えずに突っ走ったバカの方が彼女にとっては好ましかった。


「私は謝らない、それと同時に公私を混同してソッチが殴りかかってきても、お互いの間だけでの話で片付ける位の度量はある。自分の家族が、兄妹が、親友が、同胞が餓えて死ぬかもしれないそんな中で、私は正当化もして見せるし、間違ってるとも言える。けど、ソッチの言い分は自分の不足を棚上げして相手を責める様な言葉ばかり。それくらいなら、市民にだって出来るし」

「──……、」

「相手が覚悟を持って行った事を、何の覚悟も責任も負わない奴が非難すんな。子供じゃないんだから、それくらいの分別くらいつけて物言いをして」


 ユリアに一方的に言いくるめられるクライン。

 彼女の発言を全て突っぱねるにはクラインは余りにも無力すぎた。

 五年の空白が知識的にも、対人的にも、清濁に翻弄されるにしても経験不足を露呈させる。

 そして、自分が誰と対比されているのかも理解していた。

 同い年に見える青年、しかし身分や地位以外には逆に知識も経験も実績を持つ人物。

 

「……それに、お兄──。あの人は兵士として、戦士として最後まで出来る事をした。だから敵でも最大限の敬意を払っているだけ」

「敵、だったのに?」

「何かを守りたいという一年だけで、下手すれば今まで築き上げてきたモノ全てを手放しかねない戦いに自分から身を投じた。確かにしてやられた事は憎むべき事だけど、それ以上に彼は成すべきを成し、信念に順じた。たとえ自殺行為だとしても、その献身と行動を私達は敬意を払う」

「理解できない……」

「理解されなくて良い。そちらでは死んだ馬だけが良い馬だったというだけの話でしょう? 喩え利害の関係でぶつかり合ったとしても、彼の言葉には聞く所がある。少なくとも爵位や身分、地位だけの学生たちには何も出来なかった。そして私達は生き残る為に戦いを更に学ばなければならない……だから、こうなる」


 そう言って、彼女は今の自分が何故友好的な関係を築けているのか。

 逆に何故相手に対して何の悪びれもせず、逆にクラインを責めているかを示した。


「私は確かにまだ幼いかもだけど、だからと言って子供のつもりは無い。自分の役割、価値、影響力、能力……人の命を預かってるんだ、若いという言い訳をしない」

「……正直、僕は君のその物言いすら気に入らない。気に入らない、けど……意味が無いし響かないから、やめる」

「そう? 私も時間の無駄だし、甚振るにしては相手が弱すぎたら興醒めだし、終わりだというのならそれで良いけど」

「君はっ……なんでそう上から目線かなぁ」

「相手に話題でリード……あぁ、伝わらないんだっけ? 主導権を与えない為に、感情を揺さぶる目的が在るわけだし? ソッチは怒りと不満を感じている、私はそれを擽ってやれば相手を良いように操れる……。って、それはお兄に聞いてないんだ?」

「……聞いた事は、無いかな」

「まあ、これからどうしたいのかは知らないけど、いい人なだけじゃいつかは食い物にされるよ。子悪党程度ならいいけど、本当に悪い人はその人が気に入るような綺麗な言葉や耳障りの良い言葉で誘惑してくる。正義、善行、正しい行いと言った自己正当化、相手の悪辣さ、でっち上げた悪行や濡れ衣を被せる行い、相手をまるで人ではなく悪の権化であるかのように語る事で自分にとって扱いやすい味方にしてしまうように。貴方は善人、良い人かもしれないけど……私相手に簡単にコロコロと良いようにされてちゃ、将来不安だね」


 一瞬クラインは不思議な感覚に襲われる。

 怒るべきだ、怒れ。

 まるでそれが”義務”であるかのように感じたのだが、それも直ぐに消沈してしまったのだ。

 そして逆に、頬をかいて自分の言動や思考を省みた。


「……君の言う通りかも知れない。僕は感情的に過ぎるみたいだし、残念だけど未熟が過ぎるのは事実だ……」

「──は? きっしょ!!!」

「ひっど!?」

「あのさ、私も含めての話! 私が貴方を騙してないって訳じゃないし、ここで頷かれても私が悪い人だったら『シメシメ、これで公爵家の息子が盆暗道に片足を突っ込んだぞ!』って喜ぶかも知れないじゃん!」

「や~、そう……なんだけど、さ」

「だけど、何さ」

「なんか、君の喋り方やクセがなんだかヤクモを思い出してさ。何で兄と呼んでるのかは分からないけど、連想出来て少し落ち着けるくらいには影響が良く見えたから」

「はぁ!?」


 クラインに、遠まわしに「悪い人じゃないよね」と指摘されたユリアは面食らう。

 そしてなんて言い返そうか戸惑い、その上で脳裏に浮かぶのが何故か兄としての男の姿だった。


「何でそう思うしっ!」

「え? いや、だって。態々忠告してくれてるし、なんか……ヤクモみたいでさ」

「え!? や、待った待った待った待った待った!!! 違うし! 別に? 私は誰かの為に忠告するような時間の無駄遣いなんかしないし!」

「またまた。そうやって必死に否定するあたりもなんだか似てるなあ。ヤクモも認めたがらないんだけどね?」

「違うしっ!」


 ユリアは『誰かの為』と言われるのを苦手とした。

 それは弱肉強食な自国にて『善人』や『良い人』というのは『餌』でしかない。

 それでも兵を預かる以上はそれらを出来る限り覆い隠しながら、どうすれば彼らが楽を出来て、どうすればより負担もリスクも小さく行動させられるかを考えていた。

 それゆえ皮肉や軽口、神経を逆なでするようなやり方に……それこそ、ヤクモと似たようなやり方になってしまう。

 ただ、方向性は違うのだが。


「……ごめん」

「謝んな! 謝られたら……やり辛いだろ!」


 そして、クラインは彼女を一気に身近に感じた。

 だからと言って妹を攫った事を許せる訳ではないが、彼女が無法者ではない事……尽くす物が違うだけでその信ずる在り方は信じても良いのではないかと思えたのだ。


「……君は学園にまだ居るけど、良いの?」

「何が言いたいのさ」

「ほら。支援が決まって、第一波がそろそろ行くんじゃないかなって。君も良い身分だって聞いたから、忙しくなるのにここに居たら拙いんじゃないかって思って」

「心配御無用。そもそもその物資の確認と護衛の為にここに居る訳であって、ついでなの、ついで。それに、私の周りに居る子は良い子ばかりだから、私は既に命令を下しているから後で報告を受けて次の指示をするだけ。次級者に全部委ねてるし、信じられる相手だからやらせてる」

「丸投げとか」

「あのね? 自分が上に立つからには、いつかは誰かが同じ場所に立つ事も分かりきってる事でしょ。貴族や爵位じゃ難しいだろうけど、こっちは軍事的に全ての地位と身分が定められてる。つまり、去年までの新兵が今年は五人の部下を持つ事もある。去年自分の部下だった人が、偉くなって同じ立場になって肩を並べることも在る。私には指揮を採る権利と、教育を施して育てる義務が在る。私が倒れたら次の人が指揮を受け継ぐ。そいつも倒れたらその次の奴が。そういう連鎖で、最後まで諦めずに行動し続けるのが私達の在り方だ。仕事は出来るようにする、そうやって私が居なくても多少は回せるようにするために任せる。偉そうにしてるのがお仕事じゃないの、お分かり?」

「あぁ、えっと……はい」


 どこかで聞いたような内容を再び聞かされたクラインは、やはりヤクモを思い浮かべた。

 つい最近行った集団戦における教育の心構えや、カティアに対する接し方等で聞いたのだ。

 クラインは頬を搔いて、参ったなと降参しかける。


「……本当に、兄妹みたいな感じだね。彼には妹は居なかったと思うけど」

「まあ、多分ご先祖様か何かが妹だったんじゃない? 私だって困惑してるけど、別に良いかなって思ってる」

「自分に自分じゃないものが混ざって、嫌じゃないの?」

「私はそもそも最初っから混ざり物なんだ。なら、別に誰かの記憶が混ざりこもうと、それで自他に悪影響を与えないならそれで良い。それに……私は私で、記憶は記憶。半分だった私に、更に何かが混じった所で三分の一にしかならない。それを哀れみだというのなら、大きな間違いだし」

「間違い、か……」

「血の繋がりは無い、けどアッチが妹と重ねて見てしまう位似ていて、私も兄だと思える記憶を持っているのならそれは擬似的な兄妹と変わらない。なんだっけ、桃園の誓いだとか義兄弟の契りだとかも有るんだし、別に不健全でもなければ破綻したものじゃないんだから、ほっといて欲しいな」


 ユリアは、母親が父親の好みゆえに引き取られた、何の強さも持たない市民の母だと知っている。

 父親の血を継いではいるが市民と言う、ハーフと同じ扱いを受けてきた。

 そんななかで、喩え自分の物ではない記憶が混ざりこもうとも不快感は少なかった。

 むしろ、ユリア的には今よりも人としての濃密な”家族としての記憶”が有る事を、その対象が存在していて相互のものである事が幸せであった。


 クラインは、彼が受け入れたのであれば……不可思議では在るが……本当に彼の妹の記憶が有るのだろうと認めた。

 そもそも彼には自分の妹が複製されるという有り得ない出来事を目の当たりにしている。

 そうなると、もうはや記憶が発現した程度では揺らがなかった。


「……一つ、聞いても良いかな」

「なにさ」

「彼は……元居た場所では幸せだったのかな? その、ここに呼び出されて……良かったのかな?」

「それを私に聞くって、相当卑怯だと思わない? 本人じゃなくて、他人から見たお兄の事になるし、そもそも私が口を滑らせたとしてそれが気に入らなかったら不愉快だと思うよ?」

「いや、まあ……そうなんだけど、さ。けど、僕は聞いておきたいし、知っておきたい。父さんがそうしようとしてくれているように、僕もそうしたいと思うように。妹が彼をここに呼んだんだ、なら……その生き死にに纏わる全てで出来る限りの事をしなきゃいけないと思ったから……それだけなんだ」

「ふ~ん……」


 ユリアは暫く目の前の、ヤクモに似ている男を見た。

 そして……目の前の人物に対して自分が何故苛立つのかも理解する。

 目の前の男は自衛隊に入る前のヤクモなのだ。

 正しさや正義や、人の善性を疑っていなかった頃の兄なのだと。


 未熟だから嫌なのではない、浅慮だから苛立つのではない。

 むしろ”何故このままで居られなかったのか”という想いから目の前の男を否定したかったのだ。

 自衛隊に入った兄が立派になっていくのを、両親経由でしか中身である妹は聞いていない。

 だから彼女にとっての兄とは、自衛隊に入る前の輝いていた愚直な姿と、両親を失ってからの正義も善性も見失い濁っていった二つしかないのだ。


 今のユリアがユニオン国で兄たちに冷遇されているように、ヤクモの妹であるスグがイジメによって海外に出て行かざるを得なかったのが被る。

 ただ、不幸なすれ違いが”救えなかった”と言う結末を招いただけであった。

 虐められている自分を責めるが余り家を飛び出した妹は救われることを拒絶した。

 虐められている妹を救得なかったが為に、兄は家族に負い目を負った。


 互いに互いを縛っていった結果、妹は海外で幸せな生活を手に入れ、兄は堕ちて行った。

 こうあって欲しかった、バカで真っ直ぐなままでいて欲しかった。

 そんな感情が混ざっていた。


「……寂しい最後だったよ。誰にも看取られる事なく、寒い秋空の下で心臓が止まって死んだんだ。死んだ後も、もう一人の兄に連絡が行くまで身元が分からないまま腐敗していくだけだった。そんな最期、誰が幸せだと思うのさ」

「え、え!? いや。待ってよ! 生きてる……ヤクモは生きてるじゃないか!」

「さあ? それこそ”神の思し召し”ってのが有ったんじゃないかな? なんでこんな遠い時代になってまた生き返ったのかは分からないけど……。私は彼の軍事的な能力故に大事にしたい、妹の記憶はその結末を知っているから守ってあげたい……。それだけなんだよ」


 寂しそうに、諦めるように物を言う様まで同じだった。

 諦め、達観し、誰にも理解される事を望んでいない。

 理解者も求めず、自分はこう有りたいというだけの”事実”。

 肯定も否定も意味は無く、ただそうだと言うだけの存在。


 そしてクラインは、想像する事しかできなかった。

 自分も毒に犯されるような、チリチリと死が近づいていく五年を体験していた。

 それでも幸いだったのは、薄っすらとした意識の中でザカリアスによって看護されている事で外部との接触があったからだ。

 死が近くても、父親が時折様子を見に来て語りかけてくれる。

 そうしている内に、自分はだめかも知れ無いと言う諦めが出来たのだ。


 だが、その対称がヤクモだった。

 両親を看取る事もできずに喪い、家族は遠国へ離散していた。

 そして自身も孤独の中で倒れ、文字通りの”名無しの権兵衛”として死んだのだから。

 

「おかっ……おかしいだろ! おかしいだろ……。親を亡くして、自分も誰にも救われずに死んだ男が、神様のおかげで生き返ってもまだ誰かの為に生き続けるなんて!」

「……呪いなんだよ。家族を大事に想っていたけど、その想いとは裏腹の結果にしかならなかったお兄の。この世界では、似てはいるけど家族は居ない。けど、お兄はバカだから似てるというだけで私を守ってくれると思う。んで、更にお兄はバカだから、自分に良くしてくれる人や一緒に何かをした人を”家族だ”って守ろうとする。家族が大事だけど、家族に置き去りにされて、部隊で教わった”仲間は家族だ”って言う言葉をバカみたいに大事にしてる。……だからさ、余計な事すんな。私としては国の為に、記憶に従うのなら……お兄の為に──これ以上不幸にさせたくないんだ」


 分かるよと言う言葉が、クラインは吐き出せなかった。

 不幸にしたくない、そうさせたく無いと言う思いは”そう有ってほしい”という個人的な感情だからだ。

 だが、ユリアの言葉が真だとして考えれば、よりヤクモを想っているのはユリアのほうだったから。

 部外者としての想いではなく、身内としての想いが有るのであればどうしてそれに対抗できるだろうか?

 だから、クラインは押し黙るしか選択肢は無かった。


「とはいっても、本当の妹じゃないし、私も別の人生を持ってる訳だから何処までやってあげられるか分かんないけどね~。けど、その為に私は出来る事をした。後はそれを積み重ねていくだけなんだ……」

「出来る事?」

「まあ、色々と。だからさ、お兄との関係の邪魔だけはしないでよ」


 そう言って、彼女は寂しそうな、或いは真面目そうな顔をしてその場を去っていった。

 クラインはどうしたものかと数秒ほど考え、自分が今紛らわしい格好をしている事を思い出す。

 ……服を貰ったんだという名目で、自分とヤクモの判別をつかなくしてしまおうと言う遠まわしな善意だったが、今のやり取りのせいでそれすら迷惑なのではないかと思えてしまったのだ。


「……かつての兄妹としての記憶、か」


 そう呟いて、ミラノを演じている妹の事を考えた。

 アリアと同じ記憶を持ちながらも別人のようになりつつ有る彼女は、はたして何処までが”ミラノ”なのだろうか、と。

 もしかしたら凄い見落としをしているのではないかと、着替えながらクラインは考えた。



 ~ ☆ ~


 カティアを引き連れて、翌日には街へと少しばかり繰り出してみた。

 ミラノに言われた舞踏会で、幾らか踊りに適した服装をしなければならなくなったからだ。

 一応どういった要素を含ませていくかを考えてはいるが、その為にも今の内に手に入るものを見ておきたかった。

 店の品揃えの状況も大分前のものだし、情報を更新しておきたいのも有った。

 ただ、それだけではないが……。


「この世界における自分の影響力が気になった、ですか?」

「天上人、空の上に住まう人と会ったんだ。そしたら、どうやら彼女たちには俺の言葉は……絶対的なものになるらしい。それで、この世界の住人には何処まで影響が在るのか……気になってさ」


 気になったのだ、バックドアやセーフティをかつての科学者や技術者が用意しないわけがないと。

 天界人が顕著と言うだけで、ミラノを含めた新人類にも在るだろうと考えないのは理屈が通らない。

 元がなんだったかは分からないが、魔法という異能を使える新人類が牙を剥くかも知れないと、安全を確保しないほうがおかしいのだ。


 先日俺は散々負担をかけた事を誤る意味もこめて、アーニャの居る教会まで来た。

 どうやら支援に関してこの教会も携わっているらしく、久々にアーニャ以外の修道女を見た気がする。


「……それよりも貴方様は、まず私に言うべき言葉が在るのではないのですか?」

「助けられたよ、有難う。それとゴメン。ただ、ユニオン国が一方的な悪にならずに、しかも支援まで決まったから理想とした方向に話が転がってくれた。アーニャの支援があったからだよ、有難う」

「──……、」

「あの、感謝したんだから驚かないでもらえます?」

「い、いえ。貴方様の事ですので『けど、そのおかげで悪い結果にはならなかっただろ?』と居直るのばかり……」

「それは自分のみで話が済めばそうできるだろうけど、そもそも……今回何度死んだか覚えてないくらいだし、前提条件として蘇生出来る事があったからなぁ。つまり、アーニャに頼りすぎた作戦で、そうしなきゃいけなかったのは自分の不徳故だ。だから感謝もするし謝罪もする。次に同じ事があったとしても、もっと上手くやれるようにするよ」

「そも! 同じ事があって溜まるものですか! もう少し身体を労わって下さい? 蘇生すると言っても、本来の年齢から若返らせたり能力を追加したりした状態で蘇生するのって結構負担が大きいのですよ?」

「あぁ、そうなんだ……」

「……短時間で死に過ぎると、私も万能ではないので負荷がかかりすぎてしまいます。そうすると、蘇生優先措置を取らざるを得なくなるので、能力が欠落していったりかつての年齢にまで肉体が戻されたりとかします。魂までは、私には改竄できないので」

「……じゃあ、後半に足が痛んだりやけに疲れたりしたのって、三十代の肉体に戻ってたから? そういや、システム画面もノイズが走ってたな……」

「それに、死から蘇るというのは私が毒を吸い出してるのと同じなんです。管轄が私とは言え、魂自体の所有は神の物になりますから、死ぬ度に私は地獄の怨嗟を振り切りながら貴方様の魂を引っ張り出さないといけません。分かりやすい喩えをするなら、MMOで協力レイドクエストをクリアした後の報酬に群がるプレイヤーみたいなモノです」

「あぁ……そりゃ──」


 一瞬で『防衛戦』でクエストクリア後に群がるプレイヤーを想像できた。

 ロボットに乗れたりして楽しかったな……シュンカシュンランが好きだったっけ。


「想い出に浸らない! とにかく、今回はお付き合いしましたが、二度はゴメンです!」


 そう言ってアーニャは本当に怒っているようだった。

 それを見て俺の心が痛んだが、その理由を「一般人だなぁ」と思うだけで済ませた。


「……それで、何か分かるかな」

「はぁ、少々お待ちください。書類とかが無いですし、私はアルバイトもした事が無いんですよ? 既に存在するものからアタリをつけて逆算していくのと、まず何処から手をつけて良いのか分からない中で調べるのでは骨が折れるんです。なので……貴方様とこの前お会いした老軍人の方でパパッと調べてみます。サンプルとしては良い筈ですし、後は施行数を増やす為に対象を変えていけば掴まるかなと」

「それで分かるものなんだ」

「分かりますよ? というか、分かりました。え~っと、なになにですね……。貴方様の言うとおりですね。かつての人類に対して、今の人類の方々は余り逆らえないように出来ているようです。つまり、ゲームで言うとデフォルトで友情と好感度、恋愛度に+補正、交渉時に自分の意見が通りやすい補正、相対時に威圧を感じたり勝てる気が起きなくなったり。あとは言葉に幾らか力が乗りやすいので、結果としてプラスにもマイナスにも作用しやすいって感じでしょうかね」

「……そっか、そっか──」


 理解していた、可能性は考慮していた。

 けれども、これは……度し難い──。

 

「……ちょ、ちょ!? なんでなきそうになってるんですか!!!」

「いや、俺……対人関係ってこんなものなのかな~、上手くやれてんのかな~って不安ながらも、少しずつ『上手くやれてるかも』って思えてきてたんだよね。なのにさ、違う……こんな、個人チートじゃなくて対人チートとか、マジありえねぇ……。上手くやれてるのは俺の努力とか関係ないじゃん、俺が頑張った事すら否定じゃん。そんなの、ありえなくね……?」


 失敗ではない、それは俺のせいじゃない。

 裏切りじゃない、それは誰かにそうされた訳でもない。

 ただ、踏みにじられた気がした。

 自分は本当に……本当に、友人だとか居場所を己で作れている気がしていた、そんな思い込みすらあった。

 だが、実際には先人たちの作ったお人形で、そうとは知らずに人形遊びをしていただけに過ぎなかったのだ。

 

 戦いに関してもそうだけれども、他人を踏みにじるのはどうしても勇気が要る。

 だからチート能力も、魔法でさえも余り振りかざせずに「此れくらいで良いかな」とやってしまう。

 けれども、それで良いのだと自分に言い聞かせてきた。

 賊や犯罪者じゃ在るまいに、彼らには彼らなりの苦労や努力を積み重ねてきたのに諦める口実を与えるわけには行かないのだ。

 だのに、そうやって繊細に雑草抜きや剪定をしながら育て、整えてきた庭が実は誰かによって作られたものでしかなくて、俺の意志や努力とは無関係だなんて分かったらどうなる?


 心が、折れるだろ……。


「……俺じゃなくても出来た事じゃん、他人でもそうなったって事はさ──”結局”、俺には、何も無いじゃん……」

「──そうでしょうか」

「そうだろ? だって、そんな補正が在るのなら他の誰かが別のアプローチの仕方をしても同じ結果になれたって事だろ? 初めてだったんだ、自分から何とか友人みたいなのを作れたのも。初めてだったんだ、自分の居場所を作れてきてるのかもと思えたのも。なのに……なのに、俺の行いが全否定されるなんて──」


 惨めにも程が在る、ピエロにも程が在る。

 こんなんで「俺も、少しは出来るのかな?」とか思い始めていた事じたいが恥ずかしい。


「惨め過ぎる……」

「ひとつ、勘違いしてませんか? 確かに補正が有ったとしてもですよ? それでは貴方様が命を落とした今回の一件は偽りになるのですか? 貴方様が初めて魔物の渦中から御学友を引き連れて逃げ延びたのも嘘になるのですか? そこは、補正とは切り離された世界ですよね?」

「……どうかな。途中で行った説得すら、本当は失敗していた可能性すら有って、補正のおかげで何とかなったって言う見方も出来るだろ。説得に失敗してたらもっと難儀していた可能性や、そもそも別行動で死なせてた可能性すらある。そこから目は背けられない」

「貴方様Falloutシリーズはやったことがありますか?」

「な、なんだよいきなり。1と2は途中までだけど……3、NV、4もやったけど」

「能力値で説得の成功率が変わる、そもそも能力値が最低基準さえ超えていれば成功が確定するというシステムでしたよね。ではでは、問題ですよ? 補正が有ったとしても、そもそも無かった場合に失敗していたかと言う風に考えるのも……補正が無ければ今の生活すら手に入らなかったというのも暴論ではないでしょうか?」

「あ、いや……けど──」

「確かに、幾らか”都合が良すぎる展開”だったかも知れません。ですが、そんなものは経験値二倍だとか、成果○倍で掴み取っただけで、いつかはたどり着けた境地だったと考えれば良いんです。都合が良すぎて嫌だと言うのなら、ブレーキをかけていけば宜しいかと存じ上げます」

「──……、」

「そもそも、補正が掛かってたからって最初から失敗するものは失敗するんです。貴方様は失敗しないように、失敗したとしても被害を小さくするように、出来れば成功するように、成功に出来るだけ近づけるようにしてきたじゃないですか。それが……自分の命を無限に差し出して行った前回の戦いじゃないですか。それを、自分で否定しちゃダメですよ」

「……──、」


 アーニャに説得されている俺は、多分更に惨めな奴だろう。

 自分で失望して、自分で勝手に泣きそうになった。

 だが、それを他人に慰められる事ほど余計に惨めな事はない。

 それでも、一つだけ理解できただけまだマシだ。


 ……俺だから上手くいった、俺だから出来たという訳じゃない……

 ……俺は特別ではないという事を改めて認識できただけでもマシだ……


「落ち着きましたか?」

「……ゴメン、情けない所を見せた」

「いえいえ。これで懺悔室の役割とシスターとしての役割を果たせただけ良かったというものですよ。それに、こんな悩み事や告白だって私以外には出来ないじゃありませんか。それはそれで、役得だなぁって」


 そう言ってアーニャは微笑んでくれた。

 そう言ってもらえるだけありがたい……の、だが──。


「そういや、コミケに行きたいって言ってたけど。宿泊場所ってどうなってるの? こっちは一応ミラノに頼み込んで都合だけは聞いてもらったけど」

「あぁ、そうでした。宿泊場所等の確保は出来てますよ? お金もボッタクリレートでは御座いますが、幾らか。それと、貴方様の身分を証明するものも作っておきましたので確認して下さい」

「……身分証の作成って、偽造──」

「あ~、あ~!!! き~こ~え~ま~せ~ん~!!! というか、偽造と言うのは存在しない人物や存在しない証明書を作成する事であって”存在する人物の証明書を作成する事”は該当しません!」

「……どゆこと?」

「つまり、貴方様が向こうにいる間は”実存する人物”になるわけです。誰かに背乗りした訳でもなくて、そういう風に世界が認識するという事ですよ。これ、結構高くついたんですからね?」

「お、Oh...」


 忘れては居ないが、目の前の彼女とて世界を預かる女神である。

 その知り合いも同じように神……女神だっけ?……であれば、そんな事も容易いか。


「冬のコミケは夏より楽だから気楽に構えときゃ良いよ。夏は気候で大分変わるから……」

「そうなのですか?」

「待機時間がさ、なっがいんだよ。俺は始発組で待機列に四時間近く並んで待つんだけど、冬は着込めば良いけど夏は全裸になるわけには行かないじゃん? ヤだよ? 知り合いがストリッパー開始したら、その時点で他人だからね?」

「しません! 女神はいつでも快適に過ごし、常に優雅で在らん為に自分の体温調整くらいできるんです~」

「え、なにそれズッコくない?」

「私の知恵と努力の賜物です! 他には、服を脱いだりしないでも身体を綺麗にするとか、服の汚れを分解して清潔に保つとか、汗とかで臭くなっても匂いの元になるものを排除するとか」

「あ、うん。そっか……」


 魔法なのかどうかを聞きかけて、羅列される”身嗜み管理術”に聞く気が失せてしまった。

 曹候補で臭いに関しても色々と教官・指導側から雑談交じりに聞かされたが、流石にそこまで徹底してない。

 汚すなと言うよりも、汚れたのなら更に汚して周囲の臭いに溶け込めという教えだったので、逆に気が引けてしまった。

 

「興味ないですか?」

「あ、いや。その……自分にかけるよりも他人に施す為に知っては置きたいかなって」

「何故御自分に使わないのですか?」

「よ、汚れるのが好きだから?」


 我ながらこんな下手糞な返しが在るかと言いたくなる。

 しゃーないやん! 泥ン中匍匐で突っ込んだり、草むらの中でドウラン塗って草で誤魔化したりとかするんだもの!

 それに、何だかんだ言って幹部でも何でもないから汚れた所で重役と会うわけでもなし。

 汚れていた所で目くじら立てるような大隊長や師団長も居なかったわけで……。

 むしろ、汚れていると「ん、宜しい!」と満足してくれる。

 

 ……掃除や後片付けが出来ない言い訳じゃないですよ?


「いや、やっぱり教えてよ。もしかしたら患部の除染、清潔な状態への回復だとかこれから在るかもしれないし。知っておく事で誰かが救われるのなら知っておきたい」

「またそうやって……。けど、そうやって興味を持ってくれるだけありがたいかもしれませんね」

「ん?」

「目的が在る、学ぼうとする、変化し続けようとする……。少なくとも、その意識が在る間は”生きようとしている”って事ですから」

「まあ、生きる気がないのに学習意欲も目的も無いかなぁって……」


 妹と……ユリアと会って、話をして──少しだけそれは思い出せた。

 オルバとかは分からないけれども、ユリアは今の所俺の妹のようなものだ。

 悲しい思いをさせた、敵対して損をさせた。

 その埋め合わせだけでもしないと気がすまない。


「あと、ユリアっていう子についても聞きたい」

「……女性ですか?」

「なんか、妹に似てる上に妹の記憶を持ってるんだ。それで、それに関しても何か分からないかなって」

「──少々お待ちを。まったく、前任者はメンドウな事をしてくれましたね」


 数秒そうやって俺には見えないものを見始めるアーニャ。

 その視線が右から左へ、時折何かをタップしたりスライドするように手が動かされる。


「DNAを弄ったから、その影響じゃないでしょうか? 私も科学を学ぶ以前に、なんのこっちゃと言う情報だらけで良く分かりませんが……。あれですよ。元々新人類は使い捨てだったので、一々赤子から育ててたらキリが無いから、死んだ個体の記憶を引き継いで新しい人として生まれるという特性が出たんじゃないでしょうか?」

「使い、捨て……」

「貴方様がやった事を、科学的な意味での転生でやろうとしたんでしょうね。それで、本来なら同一人物と会う事は無いのに、貴方様と会った事で……何らかの刺激となったのでしょう。そのせいで器が同じだから呼び覚まされている……と言うことでしょうか」

「う、器?」

「魂とは入れ物であり器です。コップの中身がを捨てて洗えば別の飲み物を淹れられますよね? けど、長らく使ったコップには蓄積するものが在るのと同じです。魂を使いまわしてるとは言え、偶然にも……かつて妹だった人物の魂と遭遇したと、そう言う事なんじゃないかと」

「それだと、半分以上俺の妹って事になりそうだな……」

「いいえ、そうはならないでしょう。血の繋がりは無いですし、そもそも別の親から生まれているだけの人物に記憶が挿入されているだけですから。とはいえ、じゃあ脳を別の身体に移し変えたら別人なのか~ってのも、少し違う話でしょうしね」


 アーニャの言葉を受け止めてから、暫く考えに考えた。

 その上で、俺はこう結論付ける。


「……そうだな。妹はずっと昔に死んだんだ。あいつにとっては自分が亡霊で、自分が居なきゃそもそもそんな記憶が目覚める必要も無かったんだ」


 そう、何かの間違いで発生した”嬉しいエラー”と言う奴だ。

 ただそれが喜ばしいものかどうかは分からないが、此れもまた考えなきゃいけない事だ。


「──有難う、アーニャ。また、少しは前に進めたのかもしれない」

「ふふ、そう言える内はまだまだですね。前に進んでるかどうかなんて、停滞しているようでも実は起き得ている事です。貴方様が焦燥と失意で過ごした後に、ふと気付いたら遅々たる速度でも前進していて結果が出ているものなんだなと理解するのが人生と言う奴です。何事も、貴方様は急きすぎなのですよ」

「そっかな? そうかも知れない」

「……結果が出ないと焦るのに、結果が速く出すぎると不満を抱くとか、管理の面倒な人ですねぇ……」

「いや、他人の感情だとか思惑に関与してズルをするのはなんかさ、違うんじゃないかって思ったんだよ。それだけ!」


 ゲームで個人的に遊ぶ分には幾らでもチートは使えば良い。

 けれども、オンラインやマルチでそれをやるのは間違っているし、現実とはそれこそマルチプレイなのだから宜しくない。

 戒めなければ、それこそ嫌っている貴族だとかの連中と何ら変わらなくなる。

 

「どうしました? 呆けたりして」

「いや、その……なんか、ちゃんと女神してるんだなあって」

「しっつれいな!?」

「ああ、そうじゃなくてさ。周囲を落ち着いて眺めて判断する、日常に溶け込んだ思考をするってのをしてこなかったから、今思えばアーニャも随分女神として色々悩みを聞いてくれたなあって。今更なんですよ」

「……もしかして、義務だけでやってると思ってたんですか!?」

「あ~、まあ……。それも有るかな。というか、対人関係を構築してこなかったから他人が何を思ってそんな事をするのかってのを、悪意以外で経験したことが無くてさ。仲間だから、動機だから、家族だから~ってのを除くと、分からなくてさ」

「馴染んできたと思ったら、今度はそれですか……」

「じゃあ、アーニャは相手が良い事をしたとしても、それが下心があってのことか、それとも悪意ゆえに行ったのか、何気なく行った一時的なものか、善人だからそうしたとか分かるの?」

「メンドクセーですね貴方様は!?」

「いや、だって。ハニートラップとかも気を付けろってのもあったし、よけいにさ……」

「私が義務だけで悩みを聞くと? であれば貴方様の前回の蛮行こそ義務として強制的に止めていたのでは!?」

「あ、そっか」

「貴方様は猜疑心が強すぎます!」

「いや、本当に申し訳ない……」

「ぷんぷんです!」


 参ったな。

 謝りに来たのに、怒らせてしまうとは……。

 とは言え、ここでこのまま別れるのは嫌だし。

 何か出来ないものか……。


「──そういやさ、今度学園で舞踏会が在るんだけど。俺じゃファッションセンスは微妙だし、カティアだけじゃちょっと頼りないなぁとおもって……ですね? できれば、助けて欲しいなぁ~なんて……」


 いや、違うだろ。

 なんで機嫌を直すのに助けてもらおうとしてるんだよ!

 考えろ……考えろ!

 メリットの提示、相手への利益の提示、自分の提案で被る損失、それらを踏まえた上での天秤の傾き具合……。

 さっきの話題の後で直ぐこれってのもアレだけど、ゴメン!


「それに、普段世話になってるのにお互いの事良く理解してないし、御礼も幾らか出来たらな~なんて……思ってたんですけど──。あ、だめですよね、分かってました。こんな苦し紛れかつ自分の利益に絡めた提案なんてハナから乗る人なんていませんよね自分の考えが甘かったですごめんなさい」


 そして臆病から来る先手謝罪。

 もはや何がしたいのかすら分からなくなり、逃げ出したいけどアーニャの期限を放置できないから、この苦しみが終わるのなら何でも良いという願いすら出てきた。

 だが、自分の”碌でもない考え”とやらは、たまには役立ってくれるようだ。

 できれば、”良い考え”が浮かぶような脳になって欲しいけど……。


「……外出ですか? 私の助けを借りたいという事ですか?」

「うん! マジもマジマジ! アーニャさんの視点とかアイディアとか借りられるのなら助かります!」

「ですが、私は今仕事中でして」


 うぉぉぉおおおおお!?

 考えろ!

 ギャルゲとかならどっちが正解だ!?

 押し過ぎて嫌われる事も在る、それも人。

 だが押さない事で”その程度なんだ”と嫌われる事も在る、それも人!

 Think about it, Think about it Think about it, Think about it...《考えろ。考える考えろ考えろ……》


「居ないと困るんですぅぅぅううううう! そもそも着飾るってのは、効果的に他人を自分をアピールする事ですよね!? そんなの気にしたことなかったし、そもそも学生生活から職務についた時でさえずっと定められた服以外着たこと無いから分からないのでお願いです手伝っていただけると助かるんですがぁッ!!!!!」

「しょぉぉぉおおおおおがないですねぇぇぇえええええぇ!!!!! そんなに! ど~~~してもって言うのなら、吝かじゃないですし!」

「あざまっす!!!!!」


 あ、もうベッドで寝たい……。

 七十二時間くらい寝て、365日くらいゲームと漫画とアニメとエロゲの日常で腐りたい……。

 言い包めと罵倒なら大得意だけど、相手に気に入られるのって疲弊しすぎる……。


「それじゃ! 直ぐに用意してきます!」

「あ~、お願いしまふ……」


 現実に戻り、懺悔室から出る。

 懺悔室に入ると神の世界に行けるってのも中々に便利だけど、入ってる間は時間から切り離されるから気をつけないと「あいつ等、入って秒ででてきやがった!?」となりかねない。

 小走りで去っていくアーニャとは対照的に、俺は既にフラフラだ。


「ただいま……」

「おか……え、なに? なんでフラフラなの?」

「なれない事をして、精神的に疲れた……」


 控え室で待機してくれていたカティアと合流する。

 彼女はどうやら聖書の読み聞かせをして貰っていたようで、俺は頭を下げるしかない。

 そう言った無償の奉仕も行っているあたり、善意や宗教で最低限の教育が行われてるんだなぁと感じる。


「カティア、ゴメン。アー……アニエスもちょっとついて来て貰うことになった」

「え゛。私とのデートじゃなかったの!?」

「デー……。ああ、そうだよ。デートは残念だけど中止、借金の利息で首が回らなくなってきてるから精算しないと、もっと怖い目にあう」

「あぁ……」


 カティアが演技めいた動作でよろよろと崩れ落ちる。

 そういや若干演技めいた言い回しや動作をするんだったっけなと、自分がどれだけ非日常にどっぷりと浸かっていたかを考えさせられる。

 

「……まあ、二人きりの時間が終わったのはゴメン、自分が不甲斐無いからだ。もっと……もっと、上手く、誰かを頼らずにやっていればこんな事にはならなかったんだ」

「──ぜ~んぶうまくいっていたら、二人の時間は守れたというのは正しいかもだけど、その思考そのものは間違ってますわ、ご主人様」

「うん、分かってるさ。分かってる。けど……俺は少しでも欲張りたい、上手くやりたい。何かを得る為じゃなくて、何かを失わない為に少しでも凄くなりたい」

「けど、それだけじゃ無理だったから今回沢山死んだでしょ? ご主人様は努力で数キロ先に同時に存在できるの? 努力すればその場に分裂して相手を足止めできるの? 無理じゃない」

「……なんか、そこらへんもアイディアは在るんだよ。けど、実際には視界が通ってないと出来ないし、だからって常に走ってたら持たない……。ゲームで無限ダッシュとか、あれ化け物だよな」

「茶化すな」


 ペシリと、弱いチョップが顔に当たった。

 なぜ顔なのか? 身長差のせいである。

 

「ただ、今回の一件で身に染みた……。俺一人じゃ無理だ」

「遅かったわね、気付くのが」

「俺一人が頑張っても、結局”その場に居合わせること”が達成できなけりゃどこかで崩れる。戦うにしても、意思を表明するにしても、交渉するにしても……。公爵の到着、思ったよりも早くて驚いた。あれ、俺が居なかったら誤魔化せなかったぞ──」

「私も見張りをしてたし、もうちょっと共通の認識や意識、目的を持って行動できる人を増やしたほうが良くない? というか、私をもうちょっと有効活用すれば良いのに」

「……それに関しては大いに反省してる。だから銃も少し触れさせたし、これからはもうちょい頼ろうかなって思ってる。結局……怖かったんだよ、上手くやれないことが」

「じゃあ、これからはどう使ってくれるの?」

「まあ、流石に常時傍にいて欲しいって程じゃないけど、もうちょっと何かを任せて何かさせられるようにはしてあげたいかな……。今のままじゃ、厄介事のレベルだけがドンドン高くなるのに、こっちは一人で24時間の中でスキルも能力も詰め込んで自己強化って……流石に非現実的すぎる」


 というか、カティアを遠ざけるのが難しくなってきたと言う考え方も出来る。

 自分が何かをすればするほど、それで上手くやっても敵を作る。

 自分自身に矛先が向けられるのは良いけれども、カティアに向けられないとは限らないのだ。

 となると、手数を増やしつつカティアを育てなければならない。

 悪いけど、マルコがそうだったようにヴィスコンティの生徒がいよいよもって信じられなくなってきた。


「……カティアには道具の取り扱いとか、設置系とかを新しく覚えてもらおうかな」

「え~……。また前線じゃないの~?」

「天幕設営、発電機や石油ストーブの設置、そこから始める炊事とかって結構前線なんですけどね? 嫌か」

「嫌じゃない!」

「んじゃあ、また……何を教えるかで時間がかかるよなぁ」


 教育隊の班長だとか区隊付もこんな感じで苦労してきたのだろう。

 一度は経験しておけばここまで悩まなかっただろうに、今更そこらへんを嘆いても仕方が無い。

 

「あと、応急手当も覚えて欲しいかな」

「回復魔法が在るのに?」

「なんか、自分が使う回復魔法ってこっちの世界の人のと違うらしくてさ。こっちの人たちのだと表面上の傷を再生させるだけなんだけど、自分のだと神経だとか骨折だとか”医学的、生物学的”な回復になっちゃうんだよね。カティアは、流石に骨折を回復魔法で回復は──」

「できない、かも」

「うん、素直で良いね。出来ない。となると、包帯やマーガレットの香草……つまりは薬草やハーブと言った処置や対処法を覚えて欲しいんだ。意識の無い人が例えばアルコールの過剰摂取や過労、睡眠不足なのか熱中症なのかも判断できるだけでも助けられる命も在るし、慌てずに済む。とはいっても、文字通り簡易・応急処置しか出来ないのが難点だけど……」

「ご主人様にも出来ないのね」

「悪いけど、医学的な専門知識や理系になった記憶は無いからね。それに、自分が所有している薬ってのも他人に本当は処方しちゃいけないし、そもそも薬学の知識も無いし」


 出来ない事はできない、良くないことは良くないと教える。

 自分はその上で『良くないと理解しながら、そうしている』と言う事を理解してもらおうとする。

 彼女には幾らか知識があっても圧倒的に経験も体験も不足している。

 経験も体験も『追い詰められた時に、何処まで踏ん張れて何処まで発揮できるか』に掛かるから……そのバランスが難しい。


「お待たせしました、貴方様! カティアちゃん!」

「許可出たんだ?」

「ええ、もちのろんで御座います! さあさ、時間はそう在りませんよ? 急ぎましょう!」

「……凄い張り切ってるわね」


 アーニャの張り切り具合に呆れるカティア。

 けれども、これでいいんじゃないかなと自分は思う。

 日常って、多分こんな感じなんだよな……?

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