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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
9章 元自衛官、夢を見る
140/182

140話

「アンタ、何考えてんの!」

「ふぁい……」

「また安請け合いして……。自分が今どんな状態か分かってる? 片腕と片足がまともに動かないのに、今度は天界の人に話しかけられたからって助ける約束なんてしちゃって……」


 セツがどんな話をしたのか分からないが、俺が助けを求められ再びどこかに行こうとしている。

 たぶん、そのように受け取ったのだろう。


「片腕と片足じゃ止める理由にはならないって訳? ふぅん……。アンタもしかして、首だけになっても前に突き進むとか、そういう感じ?」

「流石に手足も背中も無けりゃ動けねーです……」

「動かなくても無理やり動くな!」

「無茶苦茶な……」

「あの、ミラノ殿? ヤクモ殿はその為に一存じゃ決められないと、許可を取った上に快復されてからと説明されてますゆえ……」

「セツ様、これに関しては天界の方でも口出し無用をお願いします。このバカは召喚されてから三月で余りにも馬鹿げた事を沢山やって来てるのです。立ち止まらないと、本当に壊れてしまいます」

「あぁ、うむ。許可さえもらえれば、一年でも十年でも待てるので別に急ぎではないのだ……。ただ、話だけは事前にしておかねば、後で聞いてないと言うことも無いだろうと……思ってだな」

「一年後も十年後も知るかぁぁぁあああああッ!!!!!」


 ミラノ、壊れる。

 借金でもないのに「ちわ~、取立てに来ました~」って感じで来られても困るだろう。

 一年後の話でも大綱でもない限り微妙なのに、十年後とか余計に遠すぎて気軽に約束できない。

 てか、”遅くても来年”じゃ無くて”早くても十年”とかだと気が長い所の騒ぎじゃない。

 二百年前の話を当事者のようにしていたから、こりゃ本当に長寿説に信憑性が出てくる。


「てか、コイツが? 私達の知る歴史よりも? 遥か昔に存在した人類の生き残り? それで? コイツじゃないと? そもそも手助けにならないとか何の冗談?」

「し、しかし、だな……。ではミラノ殿は”しすてむ”だとか”こまんど”だとか、そう言った物を理解できる人に心当たりはあるのだろうか?」

「う……」

「それに、万人に声をかけようともそもそも機械側が認証して操作できる訳ではないのだ。人類として別存在なのだから、それが英霊殿であろうがミラノ殿であろうが関係ないのだ」

「ぐ、ぬぬ……」

「そこの魔機那、どういう存在か分からぬであろう?」

「き、機械生命体」

「ヤクモ殿」

「AI搭載型ロボット、人格搭載がされていて自律行動可能。流石に細かくは分からないけど、反重力フィールドによる飛行と、無線だと思うけどネットワークに常時接続されているタイプで命令を受け付けると同時に紐付けされている自分の与えられた人格非搭載ロボットへの指揮も任されてる。装備は不明だけど、転送システムを搭載している事で簡単な定点型輸送や物質の存在に介入した改造とかも出来る。燃料は不明だけど、定期的に修理・修復用ポッドで検査を受ける必要があって……見た感じだと、人力による分解も可能かなと」

「”え、えーあい”……? ”はんじゅーりょく?”」


 プリドゥエンから聞かされた単語を思い出しながら全てを羅列する。

 人の顔は見てないと忘れるくせに、こういったことは一回聞けば覚えてられる分脳の構造が狂ってると思わないでもない。

 

「アンタ、分かるの?」

「まあ、隠してた訳じゃないけど。俺の知ってる世界の知識や情報と合致する場所が多いし、こういった物を趣味で弄くるのが好きだったんだ。車両とか、機械とか……武器もそうだけど、個人的な簡易整備や修理が出来るくらいには、色々やってたし」

『もし私を整備する場合、マニュアルをおいておきますのでどうか……どうか、内臓部分だけはご勘弁を。目と胃袋を繋ぐとか、思考メモリと人格メモリを逆に差し替えてしまうとか……。それだけで私は”死ぬほど苦しむ”ので、ご容赦ください……』


 プリドゥエンが「出来れば憶測で分解しないでくれ」と懇願してきた。

 俺だって無許可医師に切開手術や薬剤投与なんてされたくないので至極当然の言葉であった。

 ミラノがまるで理解できないといった様子で俺を見るのに対し、セツは俺を「おぉ……!」とリスペクトしている様相だ。

 アカン、天上人に対して好感度ブースト掛かってるぞ。


「いや、お見事! 幾つか聞き覚えが御座ったが、そこまで理路整然とした様子で語られるのは懐かしい……」

「え゛、お前等分かんないの?」

「我等機械系等を操作する権限が無いゆえ。学んだ訳でも無し、無聊を慰めんが為に我等が父が語ってくれたのを聞きかじった程度で御座る。あぁ、聞きかじった程度です」

「口調に関しては気にしないから好きにしてくれ。はぁ、マジか……。プリドゥエン、未知の機械にアクセスして色々調べる事は出来そうか?」

『勿論、可能ですとも。ネットワークから独立している物だと直接私が赴かないと難しいですが、有り難いことに敵地ではなく協力的な相手のようで。ご主人様に「プリドゥエンに敵を近づけさせるな!」と言う状況にはならなさそうですね、ハハハ!!!』


 何てこったと頭を抱えたくなったが、プリドゥエンが居るだけでかなり心持が違う。

 ハッキングツール無しにゲームデータを自力展開して一つずつファイルやフォルダを開いて調べるのと、ツールを利用して自分が弄りたい箇所を即座に見つけて安易に改造&保存できるのとではかなり違う。

 ……チートと改造はオンライン上では皆さんやら無いようにしましょうね?

 刑罰で破産確定しますんで。


「私を仲間はずれにすんな!」

「いや、だって……。話、分かる?」

「分かるようにしなさい!」

「……CPU、HDD、マザーボード、メモリ、グラボ、モニター、カメラ、レンズ、フレーム、FPS、垂直同期、モーションブラー、ファン……。俺、これ全部を判るように置き換えるとしたら『人間だよ』って言うしかないんだよね」

『ミラノ様。人間と同じ機能を機械化して、新たに人間には無いものをいくらか付け足したり、細分化したりとか……複雑なのです』

「……なんか釈然としない」

「だって、この世界じゃ滅びた技術だもん。プリドゥエンも、俺の持つ武器もそう言った”失われた知識と技術”に連なってるし、無いものを理解させるのは……難しいんだ」

「──……、」

「ミラノ達の魔法を理解できなかったように、自分には……まあ、魔法の概念が存在しなかったからね。ただ、さっき言ったように今はない知識や技術を応用したらたまたま魔法でうまくいったってだけで、失敗したり通用しなくてもおかしくは無かった。運が、良かったんだよ」


 応用できたから運が良かった、運が良かったから魔法が直ぐに扱えるようになった。

 魔法が直ぐに扱えるようになったから、銃火器と知識と技術だけに頼らずに済んだ。

 自分自身の可能性と価値観を向上させた事で、生き延びる事ができた。

 待遇の向上も、戦闘においても。


「まあ、良いわ。その話はまた今度。だとしても、私はまたアンタが……そんな、誰かの為に何かをするのを、許可できない。ソレがたとえ天界の方々の頼みだとしても、一つ月が経過しても納得できないと思う。だって、アンタは常に……そう、私の時だって『自分にしか出来なかったから』って言ったじゃない。それを何回重ねれば、他の誰かにでも出来る事になるの?」

「他の誰かに出来る事は、他のどこかに居る人が既にやってる。俺は俺の居る身近な事で出来る事をやってるだけで……蓋を開けてみたら、誰にでも出来た事かも知れない事だってある。けど、時間が、条件が、可能性がソレを許さない事だってある。自分以外に……俺以外に、目標や目的の為に自律的な行動が取れて、長時間の過負荷の下でも行動し続けて、相手の作戦目的を挫く為に何が適切か考えて、そのために何が必要でソレを満たす為に活動し続ける事ができて、睡眠不足や疲労での影響を少しでも小さく収められて。”必ず帰る”と言う事を諦めない人材が居たら、是が非にでも紹介して貰いたい。喜んで手伝ってもらっただろうし、多分そんなヤツが近くにいたら……言われる間も無く行動してたと思うけどね」


 部隊規律が違うのでそもそもこの世界の兵士には期待できない。

 そもそも学生だからグリムだのアルバートにそんな真似させられない。

 五年間も寝ていたクラインにソレをさせるには汚い事を考える能力が足りない。

 教職員は学園所属だから頼る事が間違っている。

 そうやって色々考えていくと、最終的に「俺がやるしかないか」となる。

 肯定的ではない、否定的な動機だった。


 しかし、ミラノは首を横に降る。


「違う……。違う、違う! アンタ、今はそれで英雄だとか何とか言われるかも知れない。けどね! その内、誰かが言い出すわ。化物だ、って」

「……別に、言いたい奴には言わせておけば良いよ。”誰かが正しい事をしている時、ソレは誰かにとって悪を成している”という言い回しがあるように。俺が英雄としてバカみたいなことを沢山すればするほど、そう言った陰口はされるのも承知してる。けどさ、ミラノは言ってくれただろ?」

「──なにを?」

「俺を守ってくれるって。帰る場所も無い、元居た場所から切り離された俺が寂しさや悲しみに押し潰されないようにしてくれるって。そう言ってくれたから俺は頑張れるんだ。だから、自分の勝手な行いに対して分不相応な望みに対する対価が支払われたって訳だ。腕が千切れた訳でも、足が無くなった訳じゃない。安い買い物だよ」

「私、そんな──”そこまで言った”っけ?」

「言ったよ。休みの時に、俺が……親を思い出して泣きそうだった時にね。部屋に逃げ込んで、膝を抱えて想い出に沈み込んでた時に……そう言ってくれたんだ」


 ミラノは幾らか釈然としない様子ではあったが「あ、あ~……あの時の」と言ってくれた。

 良かった、俺の一方通行じゃなかったわけだ。

 ただ、ミラノの方は静かに、ジンワリと……俺の言葉が毒の様に浸透したように見えた。


「たった、それだけの為に?」

「たった、それだけの為にだよ。学園が奪われたら、少なくとも今までの日常は失われる。それでも、ミラノ達を逃がせればまた新しい日常は作り直せると思ったからねぇ……」

「……そっか、そっか」


 ミラノはため息を深く、ふか~く吐いた。

 そのため息はきっと諦めだったのだろう。


「……アンタは、天界の人を助ける事で何か得るものがあるの?」

「恩が売りつけられる。ソレによって、魔物との戦いに対しての手助けや、英霊の言う人類滅亡の危機の再来の時に助力してもらえる。その橋渡しや切っ掛けを作れるとしたら、安いかな?」

「アンタ自身は、何か得られるの?」

「ん~。空飛ぶ連中が味方についてくれたら、俺が駆けずり回ったりする必要が減るんだよね。それに……彼女は今回の件で付き人になる事を……己を差し出すとも言ってるし、それは繋がりを明確に得ている事を見せ付けられる。プリドゥエンに次いで飛行系の味方が出来る事は大助かりだし、戦闘も出来るみたいだからミラノの言っている”負担”も軽くなる」

「へ!? じ、自分を差し出す!!!?」

「はっ! 拙者は今回独断で接触しておりますゆえ。後に話し合って正式な見返りを約束したい所ではありますが、まずはその手付金として差し出せるものをと思いまして。とは言え、浅学非才、寡聞小見ではありますが、戦いにおいては困知勉行が如く励みます!」


 そう言って、いつの戦国時代だよと言いたくなるように彼女は膝間突いた。

 ミラノは俺という立場的に下の相手に、天界と言う上の存在が腰も頭も低くしているのを見て戸惑う。

 ギリと、歯軋りするような音が彼女から聞こえた。


「……私も、行く」

「へ?」

「私も行く! いい? 一人で、或いはプリドゥエンやカティだけをつれて行かない事!」

「えぇ~……」

「私も、外の世界が見たいのよ! アンタは力があるし、頭が回るから大丈夫かもしれない。けど、私だって! 私、だって……」


 ……ミラノは、なんでそんなことに拘るんだ?

 主人は主人であり、俺の死にはそう関与する事じゃない。

 国だって兵士や士官が一人亡くなっても国葬をぶち上げて終了で、弔辞を述べられれば御の字だ。

 そもそも、俺がどれだけ傷つこうが、果てには死のうが彼女が一々ここまで肩入れする必要は無いのだ。

 歯車の狂った機械があれば歯車を変えるか、最悪使い潰すだけで良い。

 なのに、なんで……。


「私だって、守られるだけとか……イヤだし──」


 たぶん、この一言が全てだったのだろう。

 言ってから彼女はローブを引っ張って顔を隠した。

 何言ってるんだろう、バカじゃないの? とローブの向こうから聞こえてくる。

 少しだけ思考に空白が生まれて、それから俺は問いかける。


「ミラノ。自分が……自分が何言ってるかわかってます?」

「だって、仕方が無いでしょ! 羨ましいし、仕方ないし! アンタは自分の意志で何処にでも行ける位強くて、何処でも順応できる知恵を持ってる! けど、私はお屋敷と学園しか知らなくて、毎回毎回……アンタに守られてばっかり。分かってる、学園で首席でも何の意味も無いんだって事も! けど、けど……」

「ヤクモ殿。ミラノ殿は”姫”で居たくないのであろう。常に救われてばかりで、自分には何も出来ないのが歯痒いのだろう。貴殿がいつも出て行って、ソレを見送る事しかできないのも、どんなに傷ついても迎え入れる事しか出来ないのも嫌なのであろう」

「──……、」


 自分の主人が、護られる気が更々ないとか……。

 そんなのアリか?

 

「い、いや。ミラノ? 危ないって分かってます?」

「そんなの分かってる!」

「今の俺の腕と足を見て、これが”幸運な方”ってのも……分かってる? 実際にはこんな綺麗な終わり方は無いってのも、分かっていただけますかね?」

「街で、散々見てきた。ソレが他人事じゃなくて、自らその危険に突っ込む事で降りかかる現実になるってのも、理解してる。けど……そう。私は、護られて、待ってるだけなんてのは嫌なの! アンタも、兄さまも私は理解したくない! 危険な事も危ない事も自分が引き受けるから黙って護られとけって、何様のつもり? ふざけんなぁぁぁあああああ!!!!!」

「お、おう……」

「英霊が何だ、元兵士が何だ。私は私だ! 待つのも、何も出来ないのも許せるかぁぁぁあああああ!!!!!」


 ミラノ、ブチぎれる。

 しかし、彼女の言い分や怒りには共感できる部分が俺には有る。

 何も出来ない自分、ただ時に流されていく自分に嫌気がさす。

 一つ何か出来たと思っても、その分野では上を見上げればキリが無い。

 だからと言って諦めれば、時間を無為に流すだけで死が近づいていく。

 そしてこれは致命的な点だが……、彼女は”祝福されて生を受けた訳ではない”という負い目が有る。

 オリジナルミラノのクローンが彼女で、オリジナルミラノはアリアを名乗って妹として陰に隠れた。

 義務や責任感から色々としてきたが、兄が復帰した事で意味も価値も喪失してしまった。

 つまり、彼女には鬱屈とした義務と責任ではなく、新しいスタートが必要だった。


「……ミラノ、落ち着け。お前は矛盾してる事を言ってるって気づいてるか? 俺の仕事はミラノ達を守る事で、喜んで戦いや危険に身を投じさせると思うか? 第二に、魔法の技術や知識を増やすのは良いけど戦闘面での立ち回りや技術、そもそもの体力や判断力はどうしてるよ? それ以前に、君は十四歳ですよ?」

「年齢は──」

「関係在るんだなぁ、それが。一緒に冒険をするとか、旅をするとか。そう言ったことで一緒に行動したいとかの主張は肯定してあげられるけど、困難や危機に対して積極的に立ち向かいたいとなるとまた話は別になるし。グリムのように多少の体力と立ち回りを知ってるのならまだ分かるけど、ミラノには……僅かにでもどれかがあるかって言われると、肯定してやれない」


 悪意も否定もない、ただの事実の指摘だった。

 自衛隊の候補生時代もそうだが、命が掛かる上に連帯する以上は甘い考えを言ってはやれなかった。

 それに、俺は今の所無限蘇生でごり押ししている所があるが、それを秘密にしている以上彼女達は「アイツが危ない!」って意味の無い行動を起こしかねない。

 俺たちが幾らかシリアスな事をやってるのだと察知したセツは、さっさと「あ、それでは拙者は此れにて候……」と逃げていった。

 

「ミラノ。俺は自分の判断で幾らか戦える。だからこそ、嘘や誤魔化しで大丈夫だなんて軽率な事は言ってやれない。……外は、多分ミラノの知らないくらい悪意が多い世界だ。騙す騙されるならまだマシな方で、傷つく傷つけられるくらいで済めば良い。けど……こういう言い方はしたくないけど、”女”である事で一番辛い目に遭いかねないんだ。肉体的な事柄なら俺が何とか出来るけど、精神的な物は……俺は専門外だから」


 救えない、助けられない。

 そしてそれについては俺自身の無能も宣言するしかない。

 絶対大丈夫だともいえないし、絶対に救うとも言ってやれない。

 だからこその危機から遠ざけるという手段であり、それによって可能な限り安全な状態を維持するという考えでもあった。


「……ゴメン、私も少し感情的になりすぎた。アンタの言ってる事は、多分正しいんだと思う。けど、聞いて欲しいの。アンタも知ってるだろうけど”私には”何も無いの。だから、せめて……って、そう思った。けど、私は諦めない、諦めたくない。アンタが駆けて行く所も、アンタが気だるげに歩くような所も、アンタが……学園以外で見せるような顔も態度も、私はまだ見た事が無い。だから、だから……なんか、悔しくて」

「悔しい?」

「アリアも、マーガレットも、外でのアンタを知ってる。なのに、私だけ……知らない。私はもう繰り返したくない、一緒に歩いて行きたいの。こっ……上手く、言葉に出来ない。あぁ、もう。人付き合いしなかったから、こんな……」

「分かるよ、分かる。俺も……もっと、人と接して来てたらもっと上手い物言いが出来たんだろうけど」

「……そうよね、ごめん。アンタの邪魔にしかならないし、私……考えが甘かったかも。忘れてちょうだい」

「──別に、今すぐって話じゃないんだろ? アルバートもそうだけど、今はダメかも知れない。けどさ……徐々に、少しずつ学べば良いじゃんか。何年掛かるか分からないけど、魔法についてはもう既に幾らか成長してる訳だし。あとは思考……戦闘教義を理解して、状況と自分の立場と状態とか。複合した情報から何を導き出すかを学べば……それから始めれば良いんじゃないかな。それに、自分は別に旅だとか同行とかそういうのは否定してないから、それでも良いのなら……どうぞって感じで」


 それが妥協案だった。

 自衛官としても、人としてもダメだと思う。

 守るべき相手を、相手の要望に折れて危険に連れ出すなんて──。

 幾らか気落ちしてしまったが、何とか持ち直させる。


「ミラノは……どうしたいんだ?」

「アンタがまた何かあった時に、私でもなにか出来るようにはなりたい。部屋に閉じこもって、アンタが帰ってくるのを待つだけなんてのはもう嫌だから」

「……ただ、戦いに関しては主人だからとかそういうのは……前に出る以上は従えない。指揮権はあっても、俺はミラノの指示が正しいと判断できる材料を持てない。……ちょっと待っててくれ」

「え? うん……」


 俺は立ち上がると、メモ帳を取り出して考えを書き起こそうとする。

 しかし、俺が書き込む前に開かれたページには何故かこんな事が書かれている。


 ── カティアの事、よろしく頼む。マントと掛かったお金も返す ──


 ……なんでこんな事が書かれているんだ?

 ミラノとアリアに貰ったマントはちゃんと壁にかけられているし、別にカティアを……誰かに任せるつもりは今の所無い。

 頁を捲り変えて、サラサラと要綱を書き始める。

 主従関係の更新時というヤツかも知れない。


「主従関係と、雇用関係を現状のままに維持しつつそう言った戦闘や非常事態時に同すべきかはじぶ……俺もミラノも把握しておく必要がある。一切の妥協はなく、ただ事実として」

「具体的には?」

「普段の主従関係に関しては、特にこっちから物申したり意見具申するような変更は無いから……。逆に、非常事態時の主従関係に関して先に締結しておかないといけない。いざという時に主人だからとか、戦闘の先輩だからとかで意見が割れて互いにくたばるのは一番情けない話だ。だから非常時には”優先的指揮権”の付与と、主従関係を無視した”絶対任務優先”。あとは”自由権の行使”を俺に与えてくれれば」

「……絶対任務優先と、自由権の行使ってのは?」

「絶対任務優先ってのは、主人だから下僕だからっての関係無しに定められた目標の為に、喩え互いに逸れても”最善を尽くす”ということ。それはミラノの場合は絶対生存で、俺の場合は危機的状況の破壊になる。自由権の行使は……此れは俺が認めてもらいたい権利と主張になる。もうセツとの話やさっきのやり取りで色々剥がれたけど……俺にとってはここは大分未来という事になるらしい。そうなると無理解や不理解、相互理解において多大な悪影響をもたらしかねない。だから、非常時における表現の自由……身分や立場をある程度無視して発言や主張できる権利。信仰の自由……これに関しては俺の行動理念を保障してくれる事と侵害しない事。欠乏からの自由……此れは非常時における態度や行動を理由に不当な待遇をしないと言う確約。四つ目、恐怖からの自由……此れは危機を回避及び打破する為に行動を起こす権利。最期に……第五の自由、目標や目的の為であれば”その場に限りどのような事もして良い”という自由。ただし、これらについてはヴィスコンティや公爵家の法に従って、過剰であれば罰せられる責務を担う」


 ガリガリと、全てを書き認めて千切りとるとミラノに手渡す。

 ミラノは一目見て「きったない字」と苦笑した。

 し、仕方ないだろ。そもそも英語の筆記体のクセが抜けきらないんだ……。

 だが彼女はメモ帳を見ながら、少しずつ理解を進める。


「……アンタ、考えたわね。シレッと何かあった時に私の権限を抑え込むとか」

「じゃあ、ミラノに敵の種類に応じた適切な対処方法と、その場合における俺にとっての最優先保護対象である自分がどのように行動すべきで、どうしたら俺の阻害をしないで支援が──」

「分かった分かった。どうせ今の私は魔法でちょっと役に立てるかも程度になれただけのお子様ですよ~だ。けど、見てなさい。今の私には何も出来なくても、直ぐに後ろに居ても大丈夫なくらいには成長してみせる。そしたら、アンタの傍にずっと居られるでしょ」

「ぶっ……」


 何だ? 俺に何かしらのインフレでも発生しているのか?

 ちょっと……ちょっと待つんだ!

 いや、待て。落ち着け……。

 肯定的に考えるな、否定的に考えろ。

 ミラノ自身は何気なく言っただけであって、俺が拡大解釈して大騒ぎしているだけかも知れない。

 その証拠に彼女は恥じたりする様子はないし、俺の勘繰り過ぎだったようである。


 ── アンタに、傍にいて欲しい。それ以上でも、以下でもなくて…… ──


 ……俺の脳は、どうやら本格的にトチ狂ってきたようだ。

 思い返せば、何でこの紅い目は俺の”可能性”を見せてくれるんだ?

 それも、俺が失敗する未来だ。

 俺が「それも良いかもしれない」と選ぼうとしたものは、先回りして『お前がそうするとこんな結末になる』と叩きつけてくる。

 じゃあ、今の妄想も何かの……そんな結末なのだろう。

 失敗した俺の、惨めな結末。

 ただ、その相手がミラノなのか……それとも、マリーなのかは分からない。

 ノイズの走ったその幻聴は、俺にその判別すら許してくれなかった。


「まあ、前向きに頼れる人になろうとしてくれるのは助かるよ。今のままじゃ、いつどうなる事やら……」

「もう諦めるしかないのかもね。アンタはもう成果を出してしまった、出した成果は偽れない。誰かが……周囲が、或いは状況がもうアンタを逃さないのかも。なら、私に出来る事は此れくらいかな」

「強制じゃなくて自主的なだけでもありがたいよ。それと……そのメモ書き、アリアやクライン、公爵にも出来れば見せてあげて欲しい。行動理念をここまで明確にしておけば、否定されても『こうだろう』って憶測は立てられるだろうから」

「はいはい。分かった分かった……」


 ミラノが部屋を出て行く。

 扉を半ばほど開いたあたりで、彼女はこちらを向く事無く肩越しに声を投げてきた。


「……ねえ、そういえばアンタ。今度一言いう事になってるけど、その後って……何か予定入れてたりする?」

「え? あ、あぁ……学園長のヤツか。なんだっけ、舞踏会? 俺はただのお飾りで、手短に何か言ったらさっさと部屋戻って酒飲んでるよ。プリドゥエンが新しく色々武器や装備を発掘してきたみたいだし、それの取り扱いを学ぼうかなって。それまでには……腕は分からないけど、足は動くだろうし、片手で何が出来るか少しずつ探ってみるよ」

「それで、良かったら……なんだけど。少し、踊ってみない? 嫌なら良いけど」

「……ミラノらしくないな。面貸せ、ちょっと踊りに付き合えって言えば良いのに」

「アンタの! ……アンタの意志がどうなのかって聞いてんの。──私と踊りたくないのなら、それでも良い」

「──……、」


 舞踏会は、何か……アルバートが言っていたような気がする。

 ただ、その時の俺の回答が「学生じゃないから」だとか「主役じゃない」とか「出しゃばらない」と言った物だったから、『貴様には縁の無いものかも知れぬが』って言われたのかも知れない。


「……俺、こっちでの踊りは良く知らないぞ?」

「知らないって事は、まったく出来ないって事じゃないのね」

「まあ、父親の仕事上付き合わされることが幾らかあったからなあ……。音楽を聴いて、表ノリ、裏ノリ、調子や拍子に合わせて動くくらいは出来るけどさ──」

「──ん、上出来。後は……アンタがさ、自分が思う最高の衣装を着てきなさい。私は助言はするけど、方向性は与えない。良い? アンタが思う、アンタが考える……私と、一緒に踊る服を着てきなさい」

「……了解」


 何かあるのだろう。

 俺には理解できない、或いは……俺がそうする事で得られる何かが。

 この物言いと言う事は彼女は問われるのを求めてない。

 つまり、俺が答えを自分で導き出す事こそ期待しているに違いない。

 自衛隊でも「アドバイスはするけど、答えは自分で見つけろ」ってのは候補生時代から良くあった言葉だ。

 今となってはそれが正解だった事は多いが、それを再び思い出させることになるとは……。


「あ~、っと。じゃあさ、外出許可を改めてもらっても良い? 服飾だとか、そう言ったのも幾らか見繕った方が良いだろうし。流石に元居た場所の制服も私服も偏ると拙いだろうし。多少は……頑張らないと」

「ふふ、楽しみにしてる。それじゃ!」


 ついぞ、彼女はこちらを見る事無く去ってしまった。

 さて、新しい任務か何かだろうか?

 それか、俺が従順な犬をしていると喧伝する事で無害性や安心を買おうとしているのだろうか。

 必要なのはなんだ? 

 英雄としての強さか、騎士としての清廉さか、それとも俺がそもそも別存在であるという異端性か。

 無害性を訴える為に貰ったマントは付けた方が良いかもしれない。

 すっ呆けた馬鹿さを売る為にマフラーで寒がって鼻をすすっても良いかもしれない。

 さて、何が生徒たちには受け入れられる?

 どれがミラノにとっての正解だ?

 

 ストレージから私服から自衛隊の制服に至るまで、所有しているものをとりあえず展開する。

 そうすると、短靴のつま先がまだ光らせられるかなと気になってしまい、方向性が若干定まる。


『若いですねえ……』


 そして、プリドゥエンの声だけが静かに部屋の中に響いて消えた。




 ~ ☆ ~


 ミラノはヤクモの部屋から逃れるようにアリアの部屋へと急いだ。

 最初は自然を振舞っていた歩速も、徐々に加速して早足から走りへと変化していく。

 優等生の模範であった筈の彼女が廊下を駆けて行く様子を、幾人もの女子生徒たちがいぶかしんだ。

 幾らか息急きながらアリアの部屋に入ると、その部屋の主はノックも無しに入ってきた自分の片割れに驚く。


「ね、姉さん……。びっくりした、驚かさないでよ──」


 アリアは抗議するが、ミラノは後ろ手で扉を閉ざしたままに呼吸を整えている。

 半ば崩れ落ちそうなその姿を見て、アリアは違和感を覚えた。

 そしてミラノはミラノで、自分が今どんな状態なのかすら理解出来ていなかった。

 彼女の中では様々な事柄が渦巻いていて、その線引きがまだ出来ていない状態だったからだ。


「姉さん?」


 心配になったアリアが彼女へと近寄る。

 乱れる呼吸、変に流れ出る汗、赤らんでいる顔。

 なにかあったのだろうかと心配したが、彼女に向けてミラノは片手を突き出しただけだった。

 その手にはヤクモが認めたメモ帳が有るのだが、何も知らないアリアからしてみれば意味の分からない事である。


「いっ、言いたい事と聞きたい事と怒りたい事と嬉しい事と知らせなきゃいけない事が──」

「落ち着いて姉さん。……何か飲む?」

「ん!」


 自分からコピーされて誕生しただけだというのに、何でこうも違うのだろうとアリアは苦笑した。

 趣味嗜好に至るまで殆どが同じな彼女たちであったが、行動的なミラノと受動的なアリアとで明確に違いが出来ていた。

 アリアはお茶を出すべきだろうかと迷い、その前にまず水を飲ませるべきだろうと判断した。


「えっと、まず何があったのか教えてよ。じゃないと良く分からないよ」

「えっと、えっと……」

「水を飲んで、一息ついて?」

「んぐっ、んっ……ふぅ……」

「で、何処で何があったの?」

「アイツの、ヤクモの部屋に行って来たの。それで、色々お話してきた。でねでね、あの鳥人間──」

「天界人」

「うん、天界人との話とかも色々あったんだけど……アイツ、またいろいろ隠してて!」

「ふんふん?」


 アリアは少しずつ、絡まった糸を解き解すように質問をすることで話をしていく。

 

「でね、アイツ。私たちが遺跡だとか機械人形……魔物だと思ってたアレと一緒だった頃の、ふっるい時代の人間なんだって! 私たちが遺跡で、何もないと思ってる場所の多くは失われた技術で操作しなきゃいけないとかで、あの天界人は何かを直して貰いたいんだって」

「……あの”じゅう”って呼ばれる物が、ユニオン国のと似てて違うのってそういう訳だったのかもね。けど、姉さん凄いね。時間とか時代を無視して人を呼んじゃうなんて」

「──先生とかに言っておいたほうが良いのかしら。時間も時代も無視して召喚する可能性があるって」

「まだ一件だけだし、それは早計だと思うなあ。けど、あの機械人形だとか魔物だと思ってたカラクリのお人形さんが一緒だった時代の人かぁ……」


 アリアはプリドゥエンのような存在が、人類の相棒として存在していたという未知の時代に思いを馳せた。

 見た事も無く、どんな世界でどんな時代だったのかも分からない。

 けれども、人のように喋りながらも疲れも空腹も知らない彼らが傍に仕えてくれるのはなんだか凄いなあという、取りとめの無い結論に落ち着いた。


「でね、アイツの世界の人間があの天界人を作ったんだって。んで、アイツはその生き残りだとか、なんとか」

「え……。ちょ、ちょっと待って? 私たちも人類だよ?」

「んとね。昔の人は魔法が使えなかったんだって。それで……昔の人類は地上で生活できないから地下で生活してて、地上に再び適応しようとして色々した結果生まれたのが……なんかの力を持った人で、私達はその遠い子孫……って事、みたい?」

「……それって、なんか寂しいね。ヤクモさん、つまりは旧い世界のモノに触れて寂しさを感じるけど、滅んじゃった……って事でしょ? 国も、文化も、文明も、何もかも無くなっちゃったって事なんだし」


 暫く、二人は沈黙した。

 それは、多くを語らずに酒ばかりを飲んでいるという男の背景を、なんとなく理解出来てきた気がしたからだ。

 自分の慣れ親しんだ価値観や常識も無く、当たり前とされたものを全て失った。

 その中で、かつては彼が忠義を尽くした国も、家族の墓も無くなってしまったのだから。


「……此れはまた今度にしよ。それで、怒りたい事って?」

「アリア、隠し事したでしょ? 私に、言い忘れた事があるでしょ」

「何を、いきなり……」

「アイツが兄さまを演じてる時に、部屋に閉じこもったのは知ってる。けど……アイツ! 部屋に乗り込んで来た時に、話をして──その時に約束したって言ってた。だからこの前のバカみたいな事が出来たって言ってた!」

「やくそ……く。──あ」


 言われて、アリアはミラノに共有していなかった物があるのを思い出した。

 彼女自身、何気ないやり取りのつもりだったのだ。

 だからこそ、あの後彼が立ち直ったのが何故だか理解していなかった。


「……元居た場所から呼び出しちゃった事を謝って、馴染むのが難しいかも知れないけど……辛い事や苦しい事から守ってあげるって。そんな、お話したっけ……」

「それ。アイツ、英雄を通り越していつか化物扱いされても知らないって言ったけど、それでも……それでも、”ミラノと約束したから大丈夫”って言い切ったの。このままだとアイツ、私達の周りを守るだけに何でもやるバカになっちゃう」

「私は、そんなつもりじゃ……」

「帰る場所も、慣れ親しんだ世界も無いから『ここがアンタの場所』って言われたら、守りたくなるでしょ……。だって、私たちが居なくなればどうせ帰る場所が無くなる、どっちにしろ死ぬかもしれないのなら立ち向かって守るほうを選ぶでしょ」


 アリアは、自分の言葉が安易に相手の深い所に突き刺さっていた事を認識した。

 自分がせめてもの居場所になると、帰ってくる場所になってあげると宣言したに近かったのだ。

 全てを失い、理解者もいない。

 そんな中で……家族を思い出し、かつての生活を思い出しただろう彼に”辛くても、悲しくても良い”と声をかけたのは、ミラノを演じていたアリアだったのだから。


「……どうしよう」

「それについてはね、私が一つ考えてある。アイツがそうやって頑張るしかないのなら、私も……出来ることをしなきゃって。まだ何も出来ないけど、カティみたいに……いえ、何があっても傍に居られるならなきゃって。じゃないと、また同じ事を繰り返しちゃいそうだし」


 ミラノの懸念は、かつての出来事を繰り返してしまうのではないかと言うものであった。

 複製された存在だと知りながら、兄であるクラインは助けに来て目の前で刺された。

 つい最近まで死んだものだと思っていたからこそ、あの時と同じような出来事を繰り返したくないと言う願いが強く刻まれていた。


 しかし、聞いていたアリアはドキリとした。

 何があっても傍に居られるようになりたい、それは遠まわしな告白と同じなのではないかと。

 幾らかドキドキしたアリアであったが、目の前の自分の複製にはそんな考えは微塵にも無いようである。

 その理由として、ミラノを演じ矢面に立つ事を選んだ彼女と違い、体が弱り病弱だった五年間を本と共に過ごしたアリアとでは”妄想力”が違うのだ。

 ミラノは白馬の王子様を必要としない、なぜなら兄が居ないものとして自分が全てを担うつもりで戦ってきた。

 アリアは白馬の王子様を待っていた、なぜなら自分の与り知らぬ誰かの都合で兄を失い、そんなものは現実ではないと否定してきた。


 ミラノは過去に怯えながら、戦い続けてきた故に恋も知らずに育った。

 アリアは過去を否定しながら、受容してしまったから恋がなんなのかを知っている。

 その差であった。


「コホン! それで、言わなきゃいけないことと、嬉しい事って?」

「あ、そうそう。それでね、もし一緒に何かをするとしてもこのままじゃ二人とも危ないから非常時はこういう風に行動するから、私達に容認して欲しいんだって。五つの自由権と、優先的指揮権、それと絶対任務優先だって。それが、さっきの……あれ?」

「私に見せようとしたこれがそうなんだ」

「うん、そう。普段は私を主人として従う事や不満はないけど、何かあった時の言動や権限を認めて欲しい~って奴」

「まあ、それについては……異論はないかな。身分だとか体裁だとか、そう言ったものを大事にしてても現実的な問題じゃ簡単に負けちゃうし。そういう時にどっちの判断が確実か~って言われると……ね」


 アリアはその問題に関して、ミラノと同じように異論はなかった。

 そもそも彼女はヤクモと共に攫われ、その上数日とは言え学園までの逃避行を共にしてきた。

 学園のみでの生活では考えられないような事や、適切な判断など彼女はまったく出来なかったのだから妥当だろうと考えたのだ。


「──自由の行使権を掲げてるけど、最終的には法に従って処罰されるって自分から言ってるのもヤクモさんらしいね」

「じゃないと周囲が安心できないからだって。まあ、考えてみれば当然だけど。非常時には己の判断で最適と思われる事はするけど、それが後で問題になったら素直に従うって……バカじゃないの?」

「バカだよ。正直とか、素直とか……色々言い方は有るだろうけど。後で兄さんにも見せないとね。それで……嬉しい事って?」

「アイツを舞踏会に誘った!」


 ミラノのはっきりとした喜色に対して、アリアが示せたのは寒色であった。

 それは硬直、それはフリーズ、それは血の気が幾らか引くような感覚。


「さ、誘ったって……踊りに?」

「え? うん、そうだけど。アイツも、少しは学園に溶け込ませないとこれから苦労するでしょ? アイツ、今回学園長の指示で皆の前に出るわけだし、少しはどんな奴かってのを理解させた方が後々の為になると思わない?」


 そう言っているミラノだが、アリアは幾らか早口になっている彼女を見て余計に気が滅入ってしまった。

 ミラノが自分自身の言葉を信じ切れておらず、それゆえに言葉が軽く滑っているのだ。

 説得や納得の為の言葉ではなく、まるで咄嗟に思いついたような言葉。


「──やっぱ、納得してくれないよね」

「うん、そだね……」

「……多分ね、私もアイツのバカが感染したのかも。ただね、生徒じゃないにしてもアイツは頑張ってくれた訳じゃない。なのに、学園長に利用されてるだけだと分かってるのにそれに応じて、多分……上手くやるんだと思う。それでやる事が終わったらまた部屋に戻ってさ、誰かを刺激しないように”部外者”になる。アイツの世界は、私たちがいないと学園の中を歩く事も出来ない。部屋に閉じこもってさ、皆が授業を受けてて誰とも出くわさない間しか外に出られない。それってさ……寂しいでしょ」


 アリアは、ミラノの言い分の根底に在るのが”好意”だと直ぐに気付いた。

 他者に対して余り関心を示さなかった彼女が、誰かの為に何かをしようとしている。

 そしてその理由も幾らか理解できている。

 無自覚な好意が、そうしたいと彼女の背中を押したのだろうと言う事も。


 ただ、アリアとしては胸の内が焦げるような錯覚を覚えた。

 自分と殆ど同じ相手が、自分と殆ど同じ感情を違う形ながらも抱いていて、自分と似たような想いを抱きながら……目の前の自分じゃない人物が先を歩いている。

 アリアは喉の渇きを覚え、自身も水を飲んで喉を潤した。


 ミラノの言い分は正しいと、自分自身を無理にでも納得させようとした。

 だが、それが難しい事も理解していた。

 病弱での五年間は、彼女に渇望を植えつけた。

 生きながらにして死んでいるように、周囲の皆が出来る事が自分には出来無いと言う飢餓感を与えた。

 学園から外にクラスごと引率で出かけるのも、彼女は参加できなかった。

 学園を出た場合どのような道が在るのかを知る機会も、彼女は体調ゆえに参加できなかった。

 出来た筈の事が、何かのせいで出来ない。

 それが彼女に”羨望と嫉妬”の念を、人一倍強く抱かせるまでに育てさせた。

 自分自身が本当はミラノであると言う”何も無ければそう在れただろう自分”を見ていると、尚更である。


 そして、舞踏会には言い伝えがあったのだ。

 共に踊った相手と結ばれるというような、何処にでもありそうなお話だ。

 良いな良いなと、年相応なときめきが彼女を幾らか夢見させた。

 時折入れ替わっても問題が発生しないように、勉学や魔法に関しては同等のものを兼ね備えているアリア。

 そんな彼女ですら、言い伝えや噂と言うものを否定するにはまだまだ幼かった。


「私が……最初にヤクモさんと踊っても良い? ほら、多分踊り方とか知らないだろうし」


 そして、アリアは自分が指摘できるようなミスを犯す。

 スラスラと、若干早口で滑るような言葉を吐き出してしまったのだ。

 だからこそ、ミラノにそれを気付かれる。


「……アイツは、父の仕事の付き合いで踊り自体は幾らかしたことが在るっていってたから。大丈夫だって。うん、大丈夫」


 そしてミラノも、まるで人形を奪い合うかのようにそれをはねつけてしまう。

 まるで子供のようなやり取りであった。

 ただ、ミラノも自分が何故ここで言い返してしまったのかを理解していなかった。

 こうなると、奪おうとするものと奪われまいとするものの争いになる。


「けど、ほら。私が事前に一緒に居てから姉さんが踊れば……うん、それっぽい演出になると思わない?」

「ううん。別に、私が周囲に喧伝をするのなら逆でも大丈夫でしょ?」

「姉さんは主人として忙しいだろうし、その間にお披露目しておくと言う意味も在るし」

「最初にかまして置けば大丈夫でしょ。別に、もう取り入ろうとする連中も兄さまが居れば居ないだろうし、今まで見たいに男子生徒の相手しなくても良いし」

「えっと……そ、それに! 優等生の”ミラノ”が部外者と踊ると、周囲の風当たりも悪くなると思うし!」

「その風当たりを和らげる為に引っ張り出すって言ってるんだけど……」


 言い合いが交差して居るにも拘らず、意見は平行線なままである。

 ミラノは言い合っている相手ゆえに徐々に焦燥感で炙られる。

 アリアは嫉妬と羨望ゆえに益々燃え盛る。

 そしてアリアは、こうすれば良いじゃないかと思い至ってしまう。

 ミラノに……”在るべき姿”《本当の私》に戻りたいと言えば良いと。

 だから口にしそうになった、言いかけてしまった。

 

 ── 嫉妬や羨望の気持ちは、良く分かりますからね~ ──

 ── けど、嫉妬や羨望で自分を美味しく焼くのと、誰かを焦がすのは別ですよ? ──

 ── 私はそのせいでヤクモ様含めて、大迷惑かけちゃいましたから ──

 ── アリアさんは、そうならないようにして下さいね~ ──


 しかし、彼女の嫉妬と羨望でミラノを炙りかけた焔は、世話になっているヘラの言葉によって沈んでいった。

 ヤクモに与えられた薬の副作用で力が変に増してしまった彼女は、日常的にヘラに支えられているような状態であった。

 そんな中、ヤクモと関わる事が多いミラノの事を羨み、溢した事があった。

 その時に、そう言われたのだ。

 

「すぅぅぅうううう~……、はぁぁぁあああああ……」

「アリア?」


 彼女は息を深く吸って熱を冷まそうとした、深く息を吐き出す事で燻る邪気を叩き出そうとした。

 先人の言葉と言う意味もあるが、その言葉の意味をアリアは間違えなかった。

 自分で自分を焼く事は、自分を高める事になるから大事にしなさいと否定されなかった。

 しかし、それらの感情で誰かを害するのは止めなさいと窘められただけなのだ。

 そして──彼女はミラノだけではなく、その先に居る相手のことを考えた。

 事実を知れば、きっと彼は喜ばないだろうと。

 今回の一件でも自分たちがそう思わなかったけれども、ヤクモ自身が深く受け止めているという事を知ったのだ。

 だから余計に、慎重にならなきゃと彼女は思考を巡らせた。


「……よく考えてみたら、ヤクモさんがそんな事を気にするわけないか」


 そして、否定した。

 そもそもの話、学園でのその噂が成立した理由を彼女は考える。

 結果として『生徒同士であること』や『噂を信じている人』だからこそ残った話なのだろうと結論付ける。


「なにが?」

「んとね、一緒に踊った男女が結ばれる~って話。聞いた事ない?」

「聞いた事はあるけど──」

「けどさ、ヤクモさんはその噂を知らない訳だし、多分聞いたとしても”噂は噂、事実は事実”って言いそうだよね~って思ったらさ、なんか気にするだけ無駄だったかも~って」

「あぁ、それは……」


 ミラノもそれを聞いて、呆れるような顔を見せた。

 実際、魔法とは言葉であり歴史であるという教えをぶち壊してしまったのだ。

 事実、ヤクモがその噂を聞いたとしても「つり橋効果って知ってますかね?」と、語った事だろう。

 その光景を想像した二人は、言い争っていた事を忘れて笑みを浮かべた。

 

「姉さん、ヤクモさんを宜しくね? けど、用事が済んだら私にも躍らせて欲しいなって。姉さんだけじゃなくて、私も……ヤクモさんを部外者だとか、そんな事を思ってないって見てもらいたいから」

「うん、有難うアリア」

「ど~いたしまして、だよ」


 時代が違えば考え方もちがくて、常識も違うのなら噂に対して肯定的で在るとも限らない。

 そう思ったアリアは、噂に頼る必要なんて無いかなと自分の中の炎を消したのであった。

 ただ、一歩ずつ……。

 ミラノがもう功績と行動ゆえにこれからの道を引き返せないのなら寄り添えば良いという結論を出したように。

 アリアも、自分がどう在るべきかを考え出す良い切っ掛けになった。

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