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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
9章 元自衛官、夢を見る
139/182

139話

 ~ ☆ ~


「済みませぬ。ヤクモ殿の部屋は……ここで宜しいでしょうか?」


 その日、俺の部屋に闖入者がやって来た。

 前に見かけた時は、空から降りてきた存在だった。

 背中に白い羽を生やし、生真面目そうな女性だった。


「まさか女性寮に居られるとは……」

「失礼。いや、色々事情があって。主人が隣の部屋で、しかも……時期的に自主退学した生徒の部屋を宛がわれたから、そのままで」

「左様ですか……。部屋に、入っても?」

「あぁ、勿論。失礼。ここんところ療養で自堕落な生活を送ってばかりで、身体もまだ満足に動かないもんで」


 彼女を部屋に入れるが、畳まれた白い翼が綺麗だ。

 直ぐに思い浮かぶのが宗教なあたり、強制的な脱オタ化が進んでいるに違いない。


「これは……」

「あ、いや。これは……俺のツレです」

「おぉぉおおおぉぉ!? 古代の魔機那ではございませんか! こっ、こんなに綺麗で狂ってないのが存在したとは!」

『あぁ、ご主人様?』


 プリドゥエンの困惑する声が漏れる。

 俺も目を輝かせながらプリドゥエンを見ている天界の兵士に何も言えなくなるが、仕方が無いので俺が片腕でお茶を用意する事に。

 お茶が出来る事になって、相手はようやく落ち着いたようであった。


「こ、コホン! 失礼した。大いなる祖父らの忘れ形見がこのような形で残ってるとは思わず、つい興奮してしまった」

「大いなる祖父?」

「あぁ。この世界を支配していた、そして我々の創造主である神々の事だ。その件で話をしに参った」

「あ~……お茶は出した方が良い? それとも場所を変える?」


 なんだか厄介そうな話だ。

 大いなる祖父? この世界を支配していた、創造主である神々?

 いや、プリドゥエンは人類の作った物だが……


「いえ、こちらで大丈夫です。その……外に出ると物珍しく見られるので」

「そりゃそうだ。羽が生えている上に天界だか天国だかから来たってだけで、大半の人は珍しく見つめるだろうし」

「貴殿はそうなさらぬのですね」

「まあ、沢山見てきたし」

「なんと!?」

「現実じゃなくて、二次元的な話で」


 宗教的に言えばキリスト教だが、オタク的に言えば日本文化である。

 日本の奴は……信じられるか?……過去の偉人、しかも英雄や神々ですら女体化してしまう。

 死神も女の子、神様も女の子、獣人も、シスターも、ドクターも、バトラーも、ファイターも、マジシャンも、ダイバーも、ソルジャーも、アニマルも、何でもかんでも可愛い女の子にしやがる。

 参ったもんだ。

 そんなに女キャラクターを作りまくって、しかも同人活動でエロ一般問わずに創作する。

 そら人口減少に歯止めが掛かりませんわ。

 リアルの女の子に態々玉砕しにいく必要も無く、一冊ン百円で薄い本として手元に置いておける。

 高級だけど気安い女の子ばかりである、アメイジングジャパンだ。


「”にじげん”とはなんに御座いましょう?」

「こっちの話。……で、天界の人が何用で?」

「あぁ、その前に。貴殿の行いに関して、感謝をしたいと思いまして」

「何かしたっけな……」

「ご冗談を。異形の者が出現した際に人々を束ねて戦ってくれたでは有りませんか。その行い、決して容易く出来る事ではありませぬ故」

「Do or...じゃない、やらなきゃやられるからな。倒れる時は前のめりで、事切れる瞬間まで相手の足を離すなって教わってるから。そのせいで片腕と片足をやられてるわけだけど」

「名誉の負傷でござる……いえ、ございますな」


 ……ござる?

 なんだか良く分かんないけど、天界ってそんな感じなのだろうか?

 内心引きながらも、話を進めるとこういう事だった。

 

 天界の人々はかつての人類……まあ、俺とかの旧人類が生み出した存在。

 彼女たちは俺たちに親しみや尊敬を持つように出来ていて、それはどうにもならない。

 人類を頼んだだとかそういうのではなく、地上をまた見たかったという最期の願いを元に種が生きている。

 俺を見て本能的に察知し、その上で頼みごとをしに来た。

 天界に存在する種の存続に関わる……システム的なものが故障したので、それを直して欲しいとか。

 大いなる祖父、我等が父という名称で神の一員扱いとかこそばゆいんだけど……。


「お頼みします! 貴殿にはいきなりな話やも知れませぬが、このままでは滅んでしまいます!」

「とは言ってもなぁ……。悪いけど、俺は専門的な知識は無いただの……学生だぞ? 助けになるどころか、今の状況をより……複雑にするかも知れない」

「しかし、我々には弄る事が出来ぬのです! こう、”えらー”だとか”けんげんがありません”などと、チンプンカンプンで血も涙も無いままに跳ね除けるのです!」

「あぁ……」


 プリドゥエンの時もそうだったが、俺のような旧人類じゃないと機械系統が認識してくれないのだ。

 マリー等がタッチパネルに触れても動かないし、それどころかヒト扱いすらされない。

 つまり、そもそも俺じゃないと誰もが触れないと言うことなのだろうが。


「……また怒られるな」

「では!?」

「俺の主人、ミラノって言うんだけど……。事情を説明して、許可が出たら身体が満足に動くようになってから行くよ。いや、たぶん選択肢の無い話は卑怯って怒られるんだろうけどさ……」

「かたじけない! 二百年近く困っていたんだ! これで姉上も喜ぶぞ……」


 このヒト、感情が昂ぶると侍みたいになるのかしら。

 それとも、天上人って全員こんなん?

 

 しかし、喜んでいる最中に彼女は何かに気づいたようにはっとなる。

 緩々と席に戻ると、上目遣いでこちらを見る。


「そ、それで……何で報いれば宜しいだろうか? その……私は、貴殿を見かけて相談もせずに来てしまったのだ。それで、その……見返りとか、そういうのは用意しておらず……」

「あ、あぁ……。まあ、後腐れなくしたいのなら必要な儀式だよな。ソッチは払った、こっちは受け取ったという事で天秤を釣り合わせないと、後で問題になるだろうし」

「済まない! こういった場合、何で御支払いすれば良いかも分からないんだ……。それで、その……私、と言う事で手を打てないだろうか?」

「ぶふっ……」

「その……済まない。武働き以上に出来る事が無いのだッ! 或いは、女性として奉仕する以外に、思いつかない」


 そう言って彼女は、恥らうが……。

 冗談じゃない、これ以上厄介事を増やされてたまるか!

 ヘラの好意を誤魔化せなかった、マリーも同じだろうと通告されてしまった。

 その上マーガレットが居るだろ? そして俺の扱いは……デリケートになりつつある。

 ヴィスコンティの騎士でありながら、神聖フランツ国の英霊の主人でもある。

 名前からツアル皇国も下手すりゃ絡みかねないし、ユニオン国を退却に追い込んだことも記憶に新しい。

 よくもまあ三ヶ月でここまで無茶苦茶やれたなと、自分でも呆れてしまうくらいなのだ。

 その上? かつての旧人類の? 遺産である彼女を? 傍に侍らせる?

 冗談じゃない、どう考えても周囲の反感と顰蹙を買うわ!


「て、てか! 二百年近くも転生出来ないでよくやって来れたな」

「寿命自体はほぼ不老長寿に近いのでな。ある一定の年齢まではヒトと同じように、けれども緩やかに育つ。だが、大体大人になるかならないかの年齢になったら外見上の成長は止まるんだ。そう、それがたとえ老け顔や背丈の小さい幼子に見えたとしても……止まってしまうのだ」

「それは……心中お察しするよ。ただ、何で以前の魔物の襲撃の時は来ないで、今回は?」

「地上を見たかったという遺志の下我々は生きているが、その為に人類の母親になるつもりが無いからだ。彼らの生き死には出来る限り彼らに委ねる。ただ今回は、貴殿の事を知らされた。だから大事無いようにと動いたのだ」

「知らされた? 誰に……って、あ~──」


 そういえば、ミナセの周りに二人ほど居たな……。

 一人が魔界から来てて、一人が天界だったか。

 きっとその繋がりなのだろう。


「俺が居なかったら、見捨ててたか?」

「まあ、言い方は悪いが……そうなったかも知れない。だが、そうならなかったかも知れない」

「曖昧だな……」

「すまない。死者は出せないが、あれは……あれだけは世界に出しちゃいけないんだ。しかし、我等の父の遺志を実現する為にその目的を達成できなくなるまでに被害を出せる状況にも無かったし、貴殿が実際に神々の一員かどうか会うまで分からなかったんだ」

「会えば分かるものなのか?」

「言葉を、声を聞いていると……どうしようもないくらいに逆らえなくなる。そういう風に出来ているからな」

「筆談の方が良いのかもしれないな……」

「だから、こう……。言いたくは無いが、指示系の言葉は口に出さないでもらえると助かる。意志に関係なく、そのようにしてしまうから」

「はぁ……」


 少しばかり考え込み、それが事実なのかどうかという興味がわく。

 

「胸甲冑を外せ……」


 だから、ポソリと小さく呟いた。

 それだけのつもりで、まったくそれがどれくらいの影響力を持つかなんて考えもしなかった。

 

「え? え?」


 俺が何を言ったのか、戸惑う彼女。

 そんな俺の目の前で彼女は、カチャカチャと甲冑を外し始めたのだから驚きだ。

 誤魔化すように「今のなし」と言いながらメモ帳を取り出して、考え事を始める。

 意識を思考で沈める、それくらいでしか気をそらせない自分が悲しかった。

 ……というか、天界人の連中絹のような服を着てるんじゃねぇよ!

 無自覚露出になるじゃねぇか!!!


「ん゛ん゛ッ! てか、そんな軽装でよく戦いに参加しようと思ったな」

「あぁ、身体が丈夫なんですよ。地上の民に比べれば頑丈だし、飛行能力にも限界は有ります故」

「身軽じゃないとダメなんだ……」

「地上から天界に戻る時に疲れますので」


 どうやら天上人には天上人なりの苦労があるらしい。

 幸福なヒトはどれも似たものだが、不幸なヒトはそれぞれに不幸であるという名言を思い出さずには居られない。


「……じゃあ、その服もその苦労の代償なんだな」

「え? いえ。確かにその一面もありますが、この生地は与えられたものでして。全員がこの世に創造されてから常にこれを着ています」

「……俺、男のその姿は見たくないんだけど」

「なら安心ですね。女性しか居ませんから」

「そっか。なら、安心だな! 安心……かな? 安心、だよな……?」

『こちらを見られても困ります』


 おう、いつも置物になって嵐をやり過ごそうとすんじゃねえ。

 矢面に立たなきゃいけないとは分かっていても、厄介事以外がやって来た験しの方が少ない。


「……そういや、名前を聞いてなかった。これから何をするにしても、個人名を知ってるのと知らないのでは色々勝手が違うし。是非とも聞いておきたいんだけど」

「いや、そんな! 私の名など、お耳汚しにしかなりませんって!」

「じゃあアレとかソレとか、コレって呼ぶしかないんだけど」

「それは、いい……あ、いや。良くない!」

「やめろ! そんな、モノ扱いされて喜ぶとか、変態かよ!?」

「は、はひぃ! 変態ですみません! う、へへ……」


 ……俺、真剣に自殺を考えた方が良いのかもしれない。

 こんな世界で生きていける希望がまったくしなくて、FrostPunkで町が壊滅していて絶望に沈んだ民衆レベルで希望が持てない。

 しかも何が救えないって? 俺自身が対処してもらう側ではなく、対処する側だと言う事実だ。

 

「名前を、言え!」

「セツです!」

「よし、セツ! お前はミラノに許可を取って、その返事を俺に聞かせて、ソレが否定なら時期を改めるか諦めろ。許可が出たなら俺の回復を待て、以上! 質問は?」

「有りませぬ!」

「んじゃ、さっさと掛かれ!」

「承知!」


 セツと名乗った天上人は命令に従ってドアを破壊して出て行った。

 どうやら強制力には判断能力や意志を介在させてはくれないらしい。

 拉げた蝶番や凹んだり砕けたドアをため息と共に修理しながら部屋に戻った。


『難しい事になってますね、ご主人様』

「まったく、なんで俺ばっかりがこんな事に……」

『しかし、お断りしなかったのは何故?』

「どうせ付き纏われるだろうし、諦めさせる材料が俺にはない。それに、恩を売りつけておけば人類に対して幾らか積極的に助けてくれるかもだし、発言に気をつけないと命令と解釈して強制的に従う女性を傍に置いておくのは心臓に良くない……」


 普通の修理は諦め、クラフトで素材を補填して結果のみを引っ張り出す。

 本来なら薪などに使うはずだった枝や薪を消費したが、仕方の無い事だ。


「もう、何も起きないでくれることを願うしかない」

「おおにい? なにしてんのさ」

「God damnnnnnn!!!!!《クソがぁぁああああッ!!!!!》」

「なになに!? なんなのさ!!!」


 扉の修理をして一息ついたと思えば、新たな来訪者。

 あれ、確か公爵家でもこんな感じじゃなかったか?

 来訪者はユリアで、なぜか俺をおおにいと呼ぶ。

 ……兄貴ともお兄とも呼ばれるから、コレを妹として考えりゃ高校時代くらいか?

 中学時代は兄貴呼ばわりだったし、海外に行ってからは兄さんだった。


「なんだ、何の用だ!? 今は片腕片足動かないし、イジメだからな! それと、俺はお前の兄じゃねぇ!」

「何いってんの? てかてか、そんだけ叫べるのなら元気だって。うん、いけるいける!」

「いけねぇ! というか……というか、何ソレ?」


 ユリアはなにやら脇に抱えていた。

 それが書類系だと分かると、彼女はソレをヒラヒラと躍らせる。


「あ~……。これ? オットーとか、ヴァイス様が今回の件でお兄宛てに書いた奴。興味ある?」

「ない」

「またまたぁ。そんな事いっちゃって、本当は興味有るくせに」

「ない!」

「嘘だね。見る事が出来るのに見ないで置いた方が気になるでしょ? 漫画もラノベも、アニメもそうだったじゃん」

「──っ」


 ラノベや漫画、アニメと言う単語が出てきて動揺してしまう。

 そんな俺を他所に、彼女は「お邪魔しま~っ」とか言いながら部屋に入り、書類を机に置いた。


「お前……何なんだ?」

「ん~とね、わかんにゃい。てか、お兄も言ってたじゃん? 自分が何者なのかを理解しているものは一握りで、大半は自分が何かであるという事に固執するか、そもそも考えずに消えていくって。私はユリアだけど、なんか……妹みたいな、そんな感じ」

「良く、わかんない」

「まあ、私も深く考えないようにしてる。本当の兄妹じゃないんだけど、兄妹としての記憶が何故かあるんだよね。んで、私はその内容を見て兄扱いしておけば私は損しないし、下手に考え込んで私がどうにかならないようにしてるってだけ、オッケー?」

「……お前は、割り切りの良い奴だったな」


 妹じゃないけど、何故か妹の記憶が混ざってる。

 良く分からない状態だが、アニメだとかラノベとか言われたらどうしようもない。

 口にしてないし、そもそも存在しない単語だ。

 幾らか無視できないモノであった。


「……で、内容は?」

「んとね。ヴァイス様の武器と、お兄の思考を組み合わせてもっと強い部隊を作れないか~ってお話。父さんを説得するのは大分苦労したけど、支援が得られるようになったし、お兄がオットーにした武力の提供による相互支援も悪くないんじゃないかって話になってね。で、その為にどれくらいの事が出来るかを纏めたりしてきたんだけど、見てくれる?」

「ん、どれどれ……」


 ユリアの持ってきたものは、それなりに詰められたものだった。

 とは言え、俺は曹になり損なった身でしかないので細かい事や多くの事は分からない。

 ただ、場所や多少の資金、人員の融通をしてくれる事なども踏まえられている。


「んとね。父さんの直轄部隊として新設されるから、身分とか階級に関係無しに原隊の偉い人とかの影響は無視できるよ。それと、装備に関しては優先度を高くしてもらえるし、私とオットーが間に入ってるからまったくの無防備って訳でもないから」

「ヴィクトルを長として、ユリアが新設部隊の監督でオットーが補佐。俺が実質の長、ね」

「どう?」

「……一日くれれば精査して、その上で俺の考えを熨斗つけて返せるけど。これをそのまま受けるとは言えないかな。やるとしても、悪いけど手探りで全てを構築しなきゃいけない。何かをし始めてからアレが足りないコレが足りないって言うよりも、出来る限り事前にそちらに通達して、その上で承諾してもらうか交渉がしたい。ヴィクトルに最終的な権限があるとしても、指揮系統も含めて……考えておきたい」

「ふ~ん。まあ、好きにしてよ。それじゃあ、明日取りに来れば良い?」

「昼までには片付けておく」

「夏休みの宿題を前倒しで片付けるのと同じ用に仕事もするんだねえ。そういや、お兄が仕事してるの見るの初めて?」

「初めて……じゃないかな。俺が自衛隊に入ったときお前らは全員家を出て行ったし、ずっと駐屯地暮らしだったし」

「そう考えると新鮮だねえ。色々複雑だけど」

「そう、だな……」


 自衛隊に入ったとき、家族は日本を離れた。

 弟は就職して他県に去り、実家に居ながら俺は一人だった。

 毎週実家に帰ってはいたが、誰も居ないのに実家とはどういう事だろうかと考えないでもなかった。

 

「……ね。自衛隊でも、あんな感じだったの?」

「あんな感じって?」

「自分を捨ててさ、何かの為に働くの。だって、ふつ~じゃ無いじゃん。一人で戦うとか、頭おかしいよ」

「……さあ。そもそも、俺が頭がおかしくない証左なんてどこにもないだろ」

「まあ、そだね。お兄が変なのは昔っからだもんね~」

「こいつ……」

「けどさ、お父さんとお母さんが喧嘩した時も。私や敦……」

「お前にとっての兄を呼び捨てかよ。まあ、良いけどさ」

「良いの! 私達や、お父さんとお母さんの間に入ってくれたのもお兄だった。頭がおかしいんじゃなくて、おかしいのは世の中の方じゃない? だって、だって……」


 ユリアが、ブツブツと何かを呟き始める。

 書類から目を離すと、彼女の顔から生気が落ちていた。

 大丈夫だろうかと思ったが、彼女はただ震えていた。


「正しい事をしてる人が、惨めに死ぬなんて……変だよ」

「……お前、もしかして」

「うん、読んだ。お兄って、結構色々考えてたんだね。パソコンに遺書なんか残しててさ──」

「正しい事を目指してる奴が、良い奴だとは限らないんだよ。俺は……家から逃げ出した男だ。連絡も寄越さない、何をしてるかも言わない。心配ばかりかけて、両親を死なせたんだ。俺がしっかりしていれば両親は死ななかった、お前の子が……幼稚園や小学校に入る所も見られたんだ」

「──不公平だね。良い人になろうとしてる人は割りを食ってさ、助けられた私は……お兄になんにもお返しが出来なかった」

「……別に、俺はお前らに何かをして欲しくてやったんじゃない。長男だからな。弟と妹の面倒を見て、両親に何か有ればソレを支えるのが……義務なんだ。それに……ユリアに言うのも変だけど、お前の中に居る妹に言うとしたら、赤ん坊を……抱かせてくれた。俺は結婚できなかったし、父さんと母さんの血を残せなかった。だから、感謝してるんだ。しかも……信じられるか? プリドゥエンと会えたのは、お前の子孫が俺を救ってくれたからなんだ。そいつのおかげでプリドゥエンとの繋がりができて……救われた。ったく、お前らには救われてばかりだよ」


 妹じゃない、けれども妹のように話をするユリアに口が滑りまくる。

 オルバに会って、俺は兄貴である事を思い出せた。

 母さんに会って、両親を死なせたことを思い出してしまった。

 父さんに会って、俺には立たなきゃいけない理由を思い出させてくれた。

 ユリアに会って、俺は家族に生かされて来た事を思い出せた。

 だから、だから──。


「……お前は、俺の妹じゃない。というか、何で妹の記憶が?」

「え? ん~、なんでだろうね?」

「子供の頃どっかに行ったとか、何か変なもの拾ったりしたとか」

「お兄じゃないんだから、拾い食いみたいな真似はし~ま~せ~ん~。あ、けど──」

「何か有るんだな?」

「なんかね、お兄と会ってから徐々~に沸いてきたんだよね。でさ、最初は洗脳か何かかな~って思ったんだけど、ソレにしては嫌悪感が無かったんだよね」

「やめよう? 洗脳には良い想い出が無い……。実害があるんだ、余りそういうのは好きじゃない」

「そういや、成人向け同人誌はまだ書類フォルダに混ぜてるの?」

「ん゛ん゛!!!」


 懐かしい気持ちになっていたら、恥ずかしい事に持っていかれてしまった。

 咳払いをして、話を打ち切ることにした。


「てか、遺書見たならパソコンの中身は全部消したんだろうな?」

「あ~、それは敦がやったんじゃないかな。私は初期化されたパソコンを貰ったけど」

「そっか」

「大丈夫大丈夫。スキャンして保存した同人誌とか見てないから」

「みてんじゃねぇかぁ!」

「いや~、お兄ってストライクゾーンが微妙だね? 少し年上から少し年下とか」

「やめようね? てか、ストップ。お前、あんまりソッチの記憶に引きずられるなよ? お前はユリアだ、俺の……あぁ……誰も知らないはずの事を知ってるから妹の記憶が有るのは確かだろうけど、あまり”同化”しすぎるなよ」


 何故か持っている妹としての記憶、声も外見も全てに通っているがユリアである。

 このまま変に妹の記憶を根拠に話しをしすぎると、いつかユリアが消えてしまうのではないかと考えたのだ。

 

「何を思ってその記憶を利用してるのかわからないけど──」

「いや~、私ってばさ。沢山の兄さんたちが居るんだよね。んでさ、末子というかなんだけど。お兄みたいな人が居なくてさ」

「……末子、ね。その兄たちをあんまり悪く言うもんじゃないよ。彼らにだって都合や事情があるんだろうし」

「階級と身分、地位を盾に好き勝手するのが? 父さんが長である事を笠に着て誤魔化すのが? お兄に比べたらふざけた奴ばっか……。お兄みたいに一人でも頑張るとか、自分が教わった事を活かして何とかしようって人はいないよ。むしろ、私が異常みたいに言われてるもん」

「……家族なのに?」

「私はあれだよ。何人か居る奥さんの中で、妾さんの娘だし。お母さんも、私を産んで亡くなっちゃったから父さんが引き取ってくれてオットーがお母さん代わりだったんだ。で、ヴァイス様が来てからはヴァイス様が面倒見てくれてた。銃の取り扱いを習得するのが早かったからってのも有るんだけど、すんごい気にかけてくれてたんだ」

「妾、か……」

「あ、別に父さんは……こっちの父さんも変なヒトじゃないよ? まあ、あっちの父さんも立派だったけど。ただ、身内で考えるとお兄とどうしても比べちゃうよ。こうやって話をした事も無いもん」

「──……、」

「妾にも序列があってさ? 私の母さんは一番低かったんだ。だからね、成績優秀で佐官になっても、兵の支持があっても妾の子としか見られないんだ。一度……毒が混ぜられたこともあったし」

「──ッ!」


 毒殺されかけたと聞いて、妹……に、良く似た奴が死ぬと考えただけで頭に血が上った。

 痺れていた腕に力が巡り、腑抜けて動きもしなかった腕に芯が通る。


「誰だ?」

「……ありがと、お兄。以前の話だし、いまは父さんとオットーに守って貰ってるから」

「バカだな。お前を殺した所で、自分の価値が上がる訳じゃねぇってのに。相手を害して踏み潰したとしても、何かを学んだり得て勝ち上がったわけじゃないってのにな」

「うん、私もそう思う。あ~、やだやだ。嫉妬で虐められた事はあっても、命を狙われるなんてさ」

「時代が……違うんだよ。あるいは、日本が平和だったからアレで済んだんだろうな……」


 勝ちすぎても負けすぎても罰ゲーム。

 相手に手番を回す事も出来ず、勝ちに行こうとしても嘲られる。

 上に行き過ぎても、下過ぎても阻害される。

 弟は優秀すぎて、妹は日本に居るには可愛すぎた。

 俺は……理由は覚えていない。

 妹の事は救えず、海外に行ってそこで通学するハメになった。

 俺は、妹を助けられなかったのだ。兄失格だ。


「……ユ」

「あ~、何言うか分かってる。困ったら言え、助けが必要なら頼れ、出来る事はする~でしょ? ありがとね」


 そう言って、ユリアは先回りして俺の言葉を奪った上で感謝した。

 感謝されることに意味が分からない。

 当たり前なんだから、当然の事で感謝されるいわれは無い。


「……そういや、あの子。ユキトだっけ。あの子はどう育ったんだ?」

「ん? あ~、っと……。そこら変は、上手く思い出せないや。けど大丈夫、立派になったって感じ? 私みたいに登校拒否も家出もしなかったよ」

「元気に育ったんだな?」

「ん、そだね。って、まだ結婚もしてない私がこんな話をするってのも変な感じ」

「確かに」


 一息ついて、俺は書類に再び目を落とした。

 静かな時間、ただ俺が書類を捲くる音だけが響く。


「ね、お兄」

「ん?」

「辛かった? 苦しく……無かった?」

「……仕方が無いんだ。自衛隊に入った瞬間から、どう死ぬかなんてのは諦めてた。ただ、除隊してからあんな死に方をするとは思ってなかったけどさ」

「そっか」


 そのまま、今日の授業が終わりである鐘が鳴るまで妹のようなユリアとの時間を楽しむ。

 時には突っ込まれ、時には笑いながら書類を捲っていった。

 夜まで掛かるだろうと思った書類作業も、気がつけば片付いてしまったのは、楽しかったからかも知れない。


「んじゃ、お兄。ちゃんと元気になる事、怪我も治すこと。それまでぜ~ったいに、無茶しない事」

「お前も。何か有れば……」

「はいはい、分かってますって! それじゃね!」


 ユリアが去り、幾らかの侘しさが胸を占める。

 窓の外でセツが降り立って色んな生徒に声をかけている所が見えた。

 ……まさか、ミラノが誰なのか見当もつかずに声を掛け捲ってるという訳でもないよな?

 ため息を吐いて、俺はカーテンを閉ざして知らん振りをした。



 ~ ☆ ~


 後でミラノが来るだろうなと震えながらベッドにもぐりこんでいたら、アルバートとグリムがやって来た。

 見舞いのつもりらしいが、その手には酒がある。

 プリドゥエンの手伝いをグリムがしながら、幾らか早いが乾杯となった。


「アルバート、飲まないのか?」

「我は……。あぁ、これだけで良い」


 しかし、アルバートはそこまで飲むつもりは無いらしい。

 乾杯の一杯を半ばほど飲んだだけだが、それで場を持たせるつもりらしい。


「……二人が来てくれるのも、なんだか恒例になりつつあるな」

「ふん。貴様が毎度毎度負傷するからだ」

「仕方ないだろ、咄嗟に庇ったんだから。ソレよりも……アルバートは、良くやったな」

「よく、やった?」

「魔物の時と違って、幾らか戦争に近い状態だっただろ? 魔物の時はパニ……えっと、極度の緊張と興奮状態だったけど、今回は助けられた」

「助けられた、か……。負傷者を運搬しただけだぞ。それも、マルコと二人で」

「いや、ソレが重要なんだよ。ユニオン国との撃ち合いと、その後もそうだったけど負傷したら可能な限り早めの処置が重要なんだ。確かに亡くなった人も居るけど、救えた人も居る。……見極めは難しいだろうけど、そう言った気配りが出来る指揮官になれるって考えれば、今回の件だって糧になったんじゃないか?」

「で、あろうか」

「で、あるよ」

「だが、貴様は……。戦争とは言えない戦争を先んじて行ったというではないか。そうやって痛めつけられ、消耗し、疲弊した部隊と衝突した。あれが役に立つかどうか……」

「部隊を細分化して、前線治療部隊を作るとか……そう言った思考も出来るだろ? 前線の少し後ろに控えさせて、戦闘救護をさせるとかさ。って、そうか。戦争の体系がそもそも違うから役に立つかは分からないか……」


 銃撃戦であれば距離が開いている上に、そうそう簡単に戦線が動く事は無い。

 前線の兵士が後送して、後送された負傷者を受け持つ前線救護も有るには有るが……。


「……悪い、ちょっと軽率な発言だった。ユニオン国と戦ってたから、中距離から遠距離での戦闘を前提に話しちゃった」

「我は、分からぬのだ! 貴様は一人だけ戦争を語る。だが、我は! お遊戯から未だに抜け出せぬままに、事態だけが進んでいく……。アレでよいのか? あんな事で果たして兄等に追いつけるのか?」

「アルバート、俺にはお前の悩みは理解できない。その上であえて言うが、お前の言う兄等に追いつくってのは何を指すんだ? 同じ土台で追いつく事か? それとも具体性の無い曖昧な物事を指して、ただただ劣等感を埋めるために虚像を追いかける事を言うのか? 二人とは違う方向で、お前が所有するモノで二人に比肩すれば良いだろ」

「例えば、何だ」

「……新しい観念の下で新しい部隊と新しい理念を持った兵を育てる、とか」

「何を馬鹿なっ! ……馬鹿な」


 何度か繰り返していたが、暫くそうやって考え込んでいたアルバートは酒のお代わりを頼んだ。

 俺もお代わりを頼み、彼に付き合う。


「出来ると、思うのか?」

「俺に何処まで手伝えるか分からない。けどさ、お前は俺を利用するって決めたんだろ? 酒を代金で貰ってるんだし、俺は俺で再履修する感じでやってるんだからさ」

「だが、我は貴様ではない……」

「だが、俺はお前じゃない。そんなの、ただの言い訳だろ? ……お前は字が書けるだろ。お前は字が書ける連中全員にも『けど俺は~』って卑屈になるのか?」

「字と生命では異なるであろうが!」

「異ならねえよ。俺が教えるのは平時の事柄、有事にそう有れるかは教育次第でもあるが……人の個性に委ねられるからどうしようもないっての。俺には万人が同じように恐怖を忘れ、機械のように戦いへ身を投じることが出来る教育があるなら逆に聞きたい。学園の教育だって同じだよ」

「……そうか」

「剣の振り方一つにしても個性は出る、戦いに赴く時の心境にしても同じで……お前は俺にはなれないし、俺はお前になれない。そしてお前、忘れてるだろ? お前の良い所は悩む所だと思ってる。悩みながらも、文句を言いながらも結局は試さずには居られない所だ。それは他の生徒や、迷いを余り見せないミラノにはない所だ。それに、イケメンだしな」

「皮肉か?」

「面構えが良いってのは、人を率いたりヒトと接するに当たってどうしようもない面だぞ? それなりに良い顔をした奴がそれなりに良い言葉を吐き出せれば、それだけでヒトは幾らか納得するもんだしな。残念だけど、俺には無い物だからな~」

「──……、」

「魔法で、戦いで兄二人に敵わない。だから何? だったらヒトとの関係を良好に保てて、信じてもらえる上に相手が『仕方ねえな』って笑いながら力になってくれるような人になれば良いだろ。おまえ自身が最終的には弱かろうが、魔法で誰にも勝てなくても人として優れていればそれで良いんだよ。出来る奴が肩代わりしてくれる、お前はそういう連中が迷わないように理想と目的を常に見据えて考えられる奴になれば良い。理想は有るけど実現が出来るか分からなくても、ソレが実現できるかどうか判断できる頭の良い奴に考えてもらえば良い」

「無責任ではないか? 貴様は……自分の上に立つ奴が、口と人柄と顔だけだとしてもついていけるのか?」

「ついていける。そもそも、上に立つ奴が絶対に優れてなきゃいけないと言う理由は無い。そんな事を言ったら……ミラノに言うなよ?……戦闘でも魔法でもミラノは俺に勝てないじゃないか。しかも別に家の跡継ぎでもないから、従う意味はアルバートの言通りなら無い訳だ」

「む……」

「んで、一緒に居るかどうかなんて人次第なんだよ。だから、精々悩め。俺はお前の求めてるものかは分からんけど、道を幾つか提示する事が出来る。んで、お前はグリムと一緒に考えていけば良い。これからも一緒なんだろ? なら、悩んでる事はグリムと考えろ」


 俺の言葉が何処まで伝わるのか、そもそも俺の言葉が上手いかどうかは分からない。

 そもそも、自分の人生経験からくる楽観的でナゲヤリな言葉なのだ。

 けれども、相手の悩みに対して同じレベルで深刻に受け止めてやる必要は無い。

 真面目に対応する必要は有っても、苦しみまで共有する必要は無いのだ。

 必要なのは分かち合う事だと、俺は思う。


「……例えば、回復魔法に長けた人物を鍛えて、第一線救護班を作ってそれぞれに配属するとかな。その前に部隊編成を少し弄る必要があるかも抱けど、お前の長男の魔法使いによる強襲部隊、次男の魔法使いによる戦闘部隊、お前が負傷者を素早く引き下げて手当てを施す事で戦線復帰者を増やす部隊を率いれば良い。派手な立ち回りは出来ないし、地味かもしれない。けどさ、確実で重要な部隊だと俺は思う。それは、語らなくても分かると思うけど」

「そう……だな」


 アルバートとマルコが負傷者を引き下げ、ヘラによって回復や治癒を受けさせていた。

 十人が負傷者になったとしても、その十人が永遠に離脱するのと数分で戦線に復帰するのでは戦力の維持力が違うのだ。

 確かそこら変は……学んだはずだけど、アルコールと錆び付いた歯車の奥底に沈みつつ挟まっている。


「戦闘に関してはアイアスやタケル、ロビンの戦闘訓練を全部受ければ良い。魔法に関してはマリーやヘラが居る。それらを吸収するのであれば、また違う形で兄に追いつく道になるかも知れない。なんにせよ、学ぶ時は何でも学んで、自分流に作り直せばいい。何でもかんでも英霊だから、先達だから正しいって事は無い。正解の一つではあるかもしれないけど、絶対的なものでもないしな」

「……不思議だな。貴様がそう言うと、英霊とは唯一であり絶対的なものだと思えたものが、そうではないと思えてくる。英霊のようになれれば良いとは思うが、アレを全て模倣仕切らなくても良いのだなと、肩の力が抜ける」

「いやぁ、俺も英霊の技術や能力を全部模倣しろって言ったら無理だし。そもそも、アイアスの突撃も、タケルの斬撃も、マリーの魔法応用力も、ロビンの狙撃能力も、ヘラの回復及び支援能力も、ファムの力も俺には真似出来ないって」

「で、あるな」

「で、あるよ」


 アルバートは二杯目を一息で飲みきると、憂慮の表情を捨て去った。


「しかし、貴様は傷とは縁を切っても切れぬ関係のようだな。事あるごとに倒れおって。ミラノが心配しておったぞ?」

「や~、面目ないとは思うんだけどね。まだまだ上手くやれる余地が……あると思うんだよ」

「ハッ。これ以上上手くやって、生きた英霊にでもなるつもりか? まったく、ついぞ三つ月前にやって来たと思えば、想像をいくつも乗り越えるような真似ばかりしおって……。だが、爺がぼやくように、貴様はいつか魔物との戦争にも終止符を打ってくれるやも知れぬな」

「買い被り過ぎだって。それに、英霊の二人がいながらまだ続いてる戦いだろ? 無理無理」

「……だが、邪魔したな。貴様が……貴様のままであってよかった。我は、貴様が徐々に遠い者になってしまうのではないかと心配だったのでな」

「俺は俺のままだよ。裏切られたり、変にへこんだりしなけりゃね」



 ── 俺の理想を踏み台にして、利用すんじゃねぇよ! ──

 ── 約束なんて、してない! ──


 ……心が、酷くざわついた。

 しかし、被害妄想が発生したのだろうと即座に斬り捨てた。

 ただ、無視することは出来なかった。


「邪魔したな。それと、貴様の言った事が何処まで実に出来るかを話にまた来る」

「ああ、またな」


 短い時間の来訪だったが、これはこれで彼なりの気遣いなのだろう。

 余り邪魔をしないようにと、少しでも休めるようにとそうしてくれたのだろう。

 アルバートが去ろうとしたが、グリムはそんなアルバートに声をかける。


「──アル、ちょっと待つ」

「ん? どうした」

「──も~少し、いても良い?」

「構わぬが、何かあったのか?」

「──私も、お話したい」


 グリムが俺と話をしたいと、主人であるアルバートに言う。

 それにはアルバートも俺も驚きだったが、アルバートは「長居するなよ」と言って消えて行った。

 どうやら俺に休ませる為に手短にと言うのは読み通りだったようだ。


「……グリムが話って、二度目じゃないか?」

「──?」

「アルバートと決闘する事になって、横槍を入れて謝罪をした時……くらいしか、思い出せないけど」

「──ん」

「それで、何かな?」


 グリムは直ぐに何かを言わない。

 ただ俺の顔を見て、無表情に無感情に見つめてくるだけ。

 意味も意図も分からないと考えていると、グリムが不意に手を掴んできた。

 握手をするように見えたが、彼女は”目を”覗き込んでいた。


「──ヤクモ。アルと、仲がいい?」

「さあ、俺には一方的な判断しか出来ないから何とも。けど、最初はどうなるかと思ったけど、今は上手くやれてるんじゃないかな」

「──それは、ど~ゆう意味?」

「友情でも良いし、利害関係でも良い。それがお互いに満たされていれば上手くいっていると言えるんじゃないか? 俺には、アルバートが利害のみでの繋がりとして見ているのか、それとも友情を感じてるかは分からないからさ」


 暫く、そのまま沈黙が続いた。

 そして彼女は俺の手を離し、覗き込むのをやめた。


「──嘘、じゃないっぽい?」

「あぁ、やっぱ嘘かどうか見てたんだ……」

「──私は、アルを守る。その役目がある」

「別に、害されなければ俺からどうこうって話は無いかな。俺が変な事をするとミラノに怒られるし、今じゃ怒られても防御が出来ないし。それに、酒が貰えるのは俺にとっては十分な見返りだよ」

「──お酒で、見合う?」

「俺は酒が好きなんだ。ミラノは嫌うけど、酒を飲まないと一日を終える気分にならないしね。勿論、量は気分によるから今日みたいに二杯で終わりな時もあるし、何本も空ける時も有る。学生じゃないから外出手続きが手間だし、正式に学園に入った訳じゃないから許可証も無い。酒にありつける機会が少ないから、貰って溜め込むだけでも助かるんだよ。と言うか、助けられた」

「──助けられたの?」

「一人で雪の中頑張ってると、頭がおかしくなってくる。眠くて、疲れてくると心が折れそうになる。そういう時に酒を飲んで一時間……半刻ほど眠る時や気付けには助かったんだよ」


 完全無休で活動していた訳じゃない、後半になると待機や待ち伏せで何時間も潜伏する事すらあった。

 身体を寒さが支配していく、シートや何だかんだで保護していても冷たさや汗からの冷えは誤魔化せない。


「直接助けられなくても、間接的に救われる事もあるんだ。アルバートは……少なくとも、成長しようとしてる。可能性は幾らでも語れるけど、どうなるかなんてわかりゃしないんだ。だから……グリム、アルバートの事ちゃんと見てやってくれよ?」

「──ヤクモ、変。なんか、お別れを言うみたい」

「……確かに、なんでこんな……気分なんだ?」


 俺はまるでこれからここを去るかのような感じで語ってしまった。

 なぜ、こんなにも寂しさを感じるのだろうか?

 分からない。


「……気の迷いか、何かだろ。とにかく、アルバートとはどんな付き合いかは俺にはわからないけど、利害関係で言えば酒を貰ってるから不満はないし、友情かどうかは俺には分からないけど、アルバートはアルバートなりに俺に気遣ってくれてるだろ? 俺は嬉しいよ。ただ、怖くも有るけど」

「──なん、で?」

「利害関係ならそれだけの関係だけど、もし……もしもだぞ? 友人だとか、友情だとか。そういうものなんじゃないかって……誤解したくなる。そしてソレが違った時、期待した分だけ裏切られる。だから、だから……」


 俺がそう言うと、グリムは呆れた顔を見せた。

 そう少なくは無いが、アルバートがバカをやった時などに時折見せる表情であった。


「──ヤクモ、やっぱりバカ。アル、お酒をあげるのは友達にって、言った」

「方便かも知れないだろ」

「──友達だって、親にも家族にも言ってる。だから、悩むのは無意味」

「……そっか」

「──そんなんじゃ、姉様達を説得できない」

「姉を?」

「──友達に、相応しいかど~か」

「なるほど、見極められてるって訳か。まあ、それに関しては申し訳ない。俺は……たぶん、変わらないと思うよ」

「──ううん。変わらないほうが良い。ヤクモは、ヤクモのままが良い。その方が、落ち着くから」

「何だそりゃ」

「──よく、分からない」

「……そっか」

「──うん」


 隣の部屋が幾らか騒がしくなってきた。

 ミラノがたぶんセツという女性と話をしているのだろう。

 天上人を作った奴は特殊性癖だったのかも知れない。

 ありゃ、他の天上人も最大でも高校生くらいの外見しかして無さそうだ……。


「──ヤクモ。お願いがある」

「ん、なに?」

「──ヤクモの、野外行動の知識を知りたい。学びたい。知識と技術を、教えて欲しい」

「教えられるような事は知ってないぞ? それに……道具や武器、人数にや目的でそもそも違うんだから。武器は渡せない」

「──だいじょ~ぶ。奪った」

「あのな……」

「──これ、違う?」


 どうやらグリム、この前のユニオン国の兵士を学園に吸収して防衛線をやったドサクサで指揮官クラスの拳銃を盗んでいたようである。

 ユリアが腰から見せ付けるように下げているものと同じ物で、これは俺も何度か試し打ちしている。

 ……俺も持ってるのかって?

 物資を返却するにしても”紛失”は良く起こる事だろ? 誤差だよ、誤差。


「……俺のより精度は劣るし、射程も弓に比べたら劣るぞ? ただ、威力に関しては弓以上だから使い分けられるだろうけど」

「──ふんふん」

「ただ、俺も拳銃を使った正式な訓練は受けてないから勘弁してくれ。自己流でも良いというのなら教えられるけど、そうなると……戦闘教義そのものから教えていかないといけなくなるよな」

「──出来る?」

「俺でも良いのなら。というか、待て。姉達に俺を言ったのって、もしかして……」

「──ん。ヤクモ、自分がどうなるか判らないって言ってた。だから、使えるのなら引き込む。アル、三男だから、早い内に考えておくと良い」

「あぁ……」


 そういや、そういう話もあったな。

 俺が未来はどうなるか判らない、ミラノが卒業したらお役ゴメンだろうって話をして……そんな話をされた。

 アルバートの為でもあるが、グリムが”優秀な血”とやらを入れるために俺に……その、宛がわれるとか。

 そんな機械的なと以前の俺は突っぱねたのだが、グリムに「悪くないし、変だと思わない」と言われて沈んだのは俺だった。

 

「──それとも、私とじゃイヤ?」

「イヤじゃ! ない、けど……。身辺も気持ちも整理がついてないから、簡単にそんなの決断下せるか。クソ……俺には何の身分も地位も安定した仕事も住む場所も無いってのに、誹謗中傷や嫉妬されるって分かってます? 俺が狙われる分には良いけど、その内相手を巻き込みだすってのも理解できない話じゃないだろ」

「──確かに。いまのヴィスコンティだったら、ヤクモは間違いなく狙われる。歴史、血筋、身分、爵位を見られるから」

「召喚された、ここらの人物じゃないから歴史も血筋もなし。爵位は騎士に成り立てな上に、身分は公爵家の長女の護衛だから、どう考えたって厄介事待った無しだろ。それに、俺がどれだけ頑張ったとしても、学園周囲での話しだ。ヴィスコンティだけじゃなくて他国じゃ通用しない」


 父親が外交官だったおかげもあって、こういった面倒ごとは幾らでも考えられる。

 悲観的? いいえ、可能性の考慮と言う奴です。

 対人関係に関しては臆病が多分に含まれているだろうが、それでも可能性を沢山考えられる脳は大事だ。

 何かをするとき、誰かの価値観に土足で踏み入る事になる。

 その時靴を洗えるだけでも、履き替えるだけでも、靴を脱げるだけでも印象は変わってくる。

 学園周囲でいくらか味方は作れたかもしれないが、ソレは何処でも通用するフリーパスではない。


「……なんで、異世界に行く連中ってこういう事を悩まずに居られたんだろうな。自分さえ良ければ良くて、次世代だとか知り合い友人だとか……そう言った人が自分の居ない場所でどうにかなるってことを考えた事も無いんだろうな」


 そうぼやいて、ちょっとばかし大人を演出してみた。

 だが、異世界に行く彼らはそう言った悩みを解決できるような能力や知り合いが周囲に居たと言う側面もある。

 もしかすると、システム画面を有効活用すれば「相手との友好度」だとか「相手の好感度」だとかも表記されるのかも知れない。

 けど、ソレを……出来ない。

 したくないのだ。

 例えば、媚薬や恋心を発露させる薬などで相手に好かれたとしても、ソレは虚しいだけじゃないだろうか?

 出来れば好かれたい、けれども怖いから積極的に関われない、相手から歩み寄られても壁を作り防御線を築き上げる。

 ……普通に考えて、かなりのイタイヤツだよな、俺は。


「グリムは……なんで俺が”良い奴”だと思ったんだ?」

「──馬鹿なトコ」

「おい」

「──馬鹿なくらい正直で、馬鹿なくらい色々言ってくれて、馬鹿なくらい人の事を考えてる。自分の事でも大変なのに、他人を優先してくれる。それに、アルにも良くしてくれてる。それに、横から邪魔をした私にも邪険にしないでくれる」

「ただの奇人変人かも知れないぞ? 利益の為に危険を自ら呼び込む必要も無いだろ」

「──ま~、それは、否定できない……かも」

「おう……」

「──だから、これからはもっとヤクモの事を理解する。頑張る。だから、傍にいても良い?」

「まあ、居るくらいなら……別に」

「──ど~せ、片手と片足が不満足だから苦労する。ソレくらいのお返しはする。だから、色々教えてください」


 ペコリと、感情も感謝の気持ちも無さそうな丁寧の言葉と共に頭が下げられた。

 俺はよろしくお願いしますとしか言えなかった。

 しかし、まあ……悪い気はしない。

 グリムの件はお得意の先延ばしで考えないにしても、アルバートが俺のことを友人と言ってくれたとは思ってなかった。

 ……感謝、しかない。

 

 しかし、対女性関係はガチでまずい。

 俺が早急に対女性スキルを得るか、そうで無ければ排除する良い言い訳を思いつくかするしかない。

 そう考えると、マーガレットに対して真摯に対応したのすら実は失敗だったのではないかと思えてきた。

 マーガレットを許容してしまった以上は未熟だからとかそう言ったいいわけは通用しない。

 しかもグリムに関しては「理解したいから」と言う条件で近づいてきたので、これを拒むにはなにか……こう、強力なものを持ち出すしかない。

 残念な事に宗教上の理由と言うのが通用する世界じゃない。

 そして俺には嘘でも男が好きですと言えないし、アメリカンスクールでガチで狙われた記憶があるので利口な言い訳じゃない。

 

 また、ミラノに怒られるんだろうなとグリムが出て行ったのを見て考える。

 ユリアの新設部隊計画、アルバートの活躍出来そうな部隊構想、グリムに教える戦闘教義。

 カティアにも新しい事を教えなきゃいけないし、セツという子の天界の話も纏めなきゃいけない。

 んでユニオン国との自殺的な戦いをした上でのAARもやらなきゃいけないし、使った事が無いからと手を出したことの無い狙撃銃にも手を出していった方が良いだろうし……。


「あれ、なにかすればするほど忙しくなってね?」


 しかも片腕片足が動かない状況でこの忙しさって、事務作業員か何か?

 現実逃避をするべきか、それとも直ぐに取り掛かってとにかくどれだけの作業量が必要なのかを把握すべきか……。

 それを考えるよりも先に、俺の扉が蹴り開けられた。

 あぁ、彼女だ──。

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