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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
9章 元自衛官、夢を見る
138/182

138話

 ── ヤクモ ──


 不死の果実によるゾンビ化状況

 肉体汚染度…87%

 精神汚染度…83%

 精神状態…精神死一歩手前


 少女による果実の夢への介入

 理性を溶かすだけの甘い夢を破壊中

 肉体と精神の繋がりを維持、剥離減少への抵抗を実施中


 英霊に存在を託し、仲間化の未来を提示

 非日常から日常への回帰。

 ミラノ達による受容での精神の帰着。

 任務の達成、護衛対象の愛情による自己確信の補強。

 

 ……対象の情報から、ありえた世界を構築……



  ── Dream ──


 カティアを引きつれ、俺は出来る限り生徒と関わらないようなルートで散歩をする。

 組み立て式松葉杖で片足を引きずり、片腕はギプスをして吊り下げられた状態でだ。

 

「大丈夫? 辛くないかしら?」

「大丈夫、有難う」

「どういたしまして」


 授業に出るなという学園長側の言いつけを守り、有り難く散歩させてもらっている。

 カティアには申し訳ない事をしたが、オットーを監視させたりなどと申し訳ないことをしたのだ。

 それに……勝手をしすぎた気がしないでもない。

 彼女と俺は、システム的に繋がっている。

 ゲームで言うパーティーメンバーである彼女は、俺の体力が尽きるところ《死》を何度も見ているはずだ。

 プリドゥエン、マリー、カティア、アーニャ。

 この四名には、俺が生き返る事が知られてしまっている。


「最近はどうだい? 俺は一度だけお邪魔しちゃったけど、魔法の授業とか。為になってる?」

「ご主人様の知識と、授業を結びつけると時々眠くなっちゃうの。マリー様が色々と改善策を出してるのに、ヴィスコンティの生徒はまるで改善するつもりがないんだもの」

「それじゃあ、カティアは違うんだ」

「私は英霊の方々とも最近友誼を結びましたの。それってつまり、マリー様やヘラ様の知慧に触れられる事だと思わないかしら?」

「あ、あ~……」

「自分が他人と親しくなれって命じたんじゃない。そしてご主人様の考え方を真似るなら、そういう風に親しい相手を見極めて増やすのもありでしょう?」

「俺に似て厄介になったよ、まったく……」

「自分が厄介者なのは認めちゃうのね」

「……マリーにも言われたし、カティアには隠し事してもバレるから仕方が無いだろ。そもそも、主人に何も聞かないで戦争を仕掛けられる前に横から個人で戦争を吹っかける奴が厄介じゃなかったらなんなんだ」

「歩く災害?」

「俺って台風や地震扱い!?」

「この世界における未知で未来な技術と知識を振りかざして、大人が小学生に本気で殴りかかるような理不尽を相手側からしたらなんて言うと思う?」

「理不尽そのものですねえ!」

「ここ最近、プリドゥ経由で仕入れた武器とかも楽しそうに弄ってたみたいだし。余計理不尽に磨きが掛かるんじゃないかしらと、私は心配ですの」

「あのね? 火災を消す為に原子爆弾を使う奴も居なければ、生態系や自然を復活させる為に人類を間引き始める指導者も居ないの。俺は俺の定規で死を呉れてやるし、傲慢だけど生かしてるんだよ」

「傲慢そのものね」

「だろ? だから、こんな大人になるなよ」

「ご主人様、今は子供だけどね」

「二十一ですが!?」

「外見十七歳が何か仰ってますわね」

「外見十二歳未満に言われてもな!?」


 学園のそれぞれの建築物の中では授業が行われている。

 学年別に行われている授業で、俺はその一年にも常識や知識量で負ける。


「……ご主人様、学園を守りたいんだ~っていうのが変だと思ったけど、本当は懐かしかったんでしょう?」

「懐かしい? なにが?」

「自分の学生時代が。朝目覚めて、気だるくご飯を食べて、いそいそと準備して、登下校を誰かと一緒にして、授業を受けながら真面目な態度も見せれば時には眠さも感じる。休み時間や授業中に知り合いと関わりながら一日を終える、そんなサイクルの日々が懐かしくなったんでしょ?」

「──……、」

「相手は違うけど、それでも楽しい事に変わりはない。私は幼稚園にも小学校にも行った事がないけど、ご主人様からしてみれば何度目かの体験で……そこに否定的な考えを聞いた事がないもの」


 否定できるだろうかと考えたが、否定する意味が無いと俺は頷いた。

 そして降参するようにため息を吐いて、手を上げる。


「……言われるまで、なんでミラノ達じゃなくて学園という規模で守ろうとしてたのか分かってなかった。けど、カティアに言われて気づくなんてなあ。そっか、俺は……昔のように楽しんでるのか。だから、ミラノたちとの日常じゃなくて、学園での日常を守りたかったんだ」

「自覚無かったのね」

「打算的な思考では理解してた。けど、個人的な感情としてのものは……見つけられてなかった。打算だけでは感情はついてこないし、感情だけじゃ打算を見つけられない。だから……そっか、なるほど」

「ご主人様、ブツブツと気持ち悪いんだけど……。ビョーキ?」

「ひっど!?」

「そういえば、ご主人様が遊ぶゲームってシミュレーションとかRPGが多かったわね。こう、変化や成長が分かり易いの」

「……なんで知ってるんですかね」

「この前遊んでる途中で寝落ちして、声をかける数分くらい意識が無かった時にちょっと触ってみたの。ご主人様がプリドゥを見つけたときとか、ボタンじゃなくて画面に触れるだけで操作できるとか言ってたし、興味があったから」

「まあ、良いですけどね? 別段変なのは入ってないし」

「転生だ~、レベル1から育てなおしだ~って喚いてたの、誰だったかしら? 部屋の中、何枚メモ帳の頁を千切ってたかも聞いてるんだから」


 RPGで言うと、攻略本無しにキャラクターの成長率を割り出して、攻撃力と防御力と触れ幅による実ダメージとかも計算している。

 敵からのダメージが3桁から2桁に減る瞬間が楽しい。

 2桁から1桁に減る瞬間が嬉しい。

 1桁のダメージが1や0になると笑みが浮かぶ。


 同じように敵を何回攻撃したら倒せるか、その回数が一減るには攻撃力が幾ら必要で、それに到達するまでどれくらい頑張ればよいかを割り出すのも楽しい。

 ではこのエリアにはどの敵が出現して、そんなパターンやグループで登録されているかを研究するのも楽しい。

 

 つまり、俺も良い具合にオタクやってた。


「昨今は便利だったけど、ネットが使えないからねえ。攻略だのwikiだのも見られないからまた自力で研究するハメになってるよ」

「ねえ、そう言ったゲーム機ってもう無いの?」

「手に入れようと思えば出来るけど、アーニャの所に行かないとなぁ……」

「あぁ、あの──」

「なんかアーニャに対して辛らつじゃないです?」

「だって、あの側近さんを見張ってる毎日、見ていて苛苛するくらいダメダメだったんだもの。確かに床はごつごつしてるけどしょっちゅう転ぶし、ご飯とかも台無しにしちゃうし、一度は側近さんの戸にぶつかってご主人様のした牢を壊しちゃったのよ? ご主人様が直ぐに呼び出してくれたから良かったけど、あのままだったらどうなってた事か……」

「それに、あの人の食べ物は何とかしてたけど、ご主人様……私たちの分忘れてるし」

「あ」

「精進料理みたいな食べ物を食べてると、学園で食べるものがどれだけ贅沢か分かる。水に小麦を幾らかまぶして、小麦のスープ。それに乾した果物添えていただきますとかなに!? 私まで修道女になりそうだった……」

「いや、その。ホントごめん。あの時は……ちょっと、意識が本職に傾きすぎてて。カティアをこっち側として扱っちゃった」


 協力者ではなく、仲間として。

 使命を自覚、責任を遂行する同士として。

 何とかなるし、何とかするだろうという変な信用が彼女の境遇を忘れてしまった。


「まあ、役に立てたから私は良いけど。プリドゥの方がもっと色々やらせて貰ったみたいだから、釈然としてないけど」

「カティアは空からの偵察も出来ないし、風速や風向きや天気予報は出来ないしなぁ……。それに、プリドゥエンが中距離での任務に向いてるとしたら、俺はカティアに後方を任せたいんだ」

「後ろで待ってるのは嫌」

「いや、カティア。今は三人しか居ないんだ。今回のように後ろを受け持ってくれる人が居ないと俺は前に出られないし、言い方は悪いけど……”効果的”なんだよ」

「効果的って?」

「プリドゥエンは外見的に毎度毎度魔物かどうかを、意思疎通できるかを相手に認識させなきゃいけない。それに比べるとカティアは可愛いし、女の子してるから相手を油断させるのにも効果的なんだよ」


 俺が懇切丁寧に説明しているつもりでは有ったが、彼女は口を尖らせる。

 何かが不満なようだ。


「ご主人様、こういう時だけ可愛いとか言わないでくれるかしら……」

「俺は普段からカティアは可愛いと思ってるよ」

「一番可愛い?」

「さあ、どうかな。花の種類が違えば気になる点はそれぞれ違う。ナンバーワンは選んだつもりは無いけど、オンリーワンという意味では可愛いと言えるかな」

「そう……」

「んま! ウチの子がそんじょそこらのお嬢様相手に負ける美貌じゃねぇけどな! 自信を持て、カティア。間違いなくお前の可愛さは学園でも上位に入る。むしろ嫉まれてメンドウな事にならないように気をつけて欲しいくらいだ」

「大丈夫ですわ、ご主人様。出来る限りミラノ様やアリア様、アルバート様とかから離れないように気をつけてますの。どっかの誰かさんは部屋に一人で居た時に攫われたみたいだけど」

「わ、悪かったな……」


 アリアとマーガレットが人質になっていたのだし、仕方が無いといえば仕方が無いのだが。

 あの時もっと上手くやれたかもしれないとか、今でも考えてしまう。

 


 うまく、上手く……やれたら。

 やりたかった……。



 ==精神汚染度の上昇==



「……ご主人様、考えすぎよ。恐い顔してる」

「いや、ダメだ。俺は今自分だけじゃなくて、カティアやプリドゥエンの二人を率いているような状態で、ミラノの下についているという事を踏まえて全部考えなきゃいけないんだ。俺が、考えないといけないんだ」

「ゴメンなさい。もうちょっと頼りになれたのなら、その思考や作業も分担できたんだろうけど……」

「カティアは気に病まないでいれば良いさ。何が出来るか分からないけど、何が出来るか分かれば容赦なく色々忘れて押し付けるからな。候補生や新兵と同じで、最初はそう多くを委ねられたりはしない。けど、徐々に仕事や責任を任されていくことになる。……そうだ、また新しい事を教えないと。以前渡した教育系は学習してあるか?」

「ええ、ご主人様の扱う武器の性能と、どういった行動だた互いに危険か。どの武器がどんな目的や意図で使われやすいか~とか、そう言ったご主人様の行動は覚えてきた」

「MINIMI」

「分隊支援火器。突撃及び防衛時に相手を制圧する事に特化した火器で、その連射速度で相手の行動を抑止する。携行して使用することも出来て、下手に銃口の前に出ると蜂の巣になる」

「拳銃」

「個人携行火器の一つで、本当ならご主人様が持つ事は無いものよね。戦う事よりも指揮する事が多くなる人が持つもので、その小ささから取り回しやすくて建物の中とか狭い場所で有効、よね?」

「まあ、そんな所。……夜の暗い時にしてはいけない立ち回り」

「稜線を越えて空に自分の影が映らない様にすることよね。影で浮かび上がるからとか」

「うし、合格。夜の警戒時、どのように索敵をするか」

「同じ場所を集中してみるんじゃなくて、弧を描くように視線を動かし続けて見えなくなることを防ぐ」


 カティアがそこまで答えて、俺は幾らか嬉しくなった。

 自分は教育隊に差し出された事もなければ、曹になり損なったヒトだ。

 どのように指導し、どのように育てるかを理解している訳じゃない。

 それでも、上手くいけばうれしくもなるし、それ以前に彼女が前向きに努力してくれているのを喜ばしいと思ったのだ。


「こりゃ、カティアが完全後方職じゃなくて中距離兼任になるのもそう遠くは無いな」

「だから言ったでしょ? 私も頑張るって」

「……そうだな。それじゃあ、いつも俺がカティアに射撃訓練に付き合ってもらってる場所で一旦止まろう。今日は一つ新しいお勉強だ」

「新しいお勉強?」

「拳銃の実射をさせるんだ。俺がどういったものを扱ってるか、もしかしたらカティアが取り扱う時もあるかもしれない。その触り」

「やたっ!」


 はしゃぐカティアに引っ張られながら、俺は射撃場に一方的にしている区画にまでやっていく。

 生徒は少なく、壁に向かっている上に貫通したとしても兵士に被害は出ない。

 本来なら山盛りの土砂や砂で銃弾を受け止めるクッションを用意すべきだが、仕方が無い。


「拳銃では有効射程は50m程度で見積もって、それ以上の場合は使わない。本体が小さいから接近されても片腕で相手を制しながら多少のめくら撃ち程度は出来る。ただ、89とかに比べて近接格闘には使えないから防御には使えないし、打撃も諦めた方が良い。ただ、なれるとこういったことも出来る。銃を向けてみ?」

「え、でも……」

「弾は入ってない、弾倉も外してある。安全装置も掛かってるから大丈夫。ほら」


 カティアに銃を向けさせる。

 その銃口は震えていて、見ていて可哀想だ。

 その苦しみを長続きさせないように、俺は片手で銃を引きながら捻り、手首を叩きながら圧する。

 スルリと、拳銃が手から離れて奪取に成功した。


「とまあ、友人の父親が海兵隊だったから遊びで教わったパチもんだけど、ク……なんちゃら、マガっていう主導権を素早く奪う事と、相手を制圧する事、近くのものを利用する事とかそういうものを組み合わせたものが有るんだ。で、これを応用して、武器に拘らないでかつ最大限自分の持てる、或いは周囲に存在する利用できるものを利用して相手を支配下に置くっていうのもある。まあ、俺のは軍隊仕込じゃなくて趣味仕込だから間に合わせ以上の意味は無いけど、それでも銃がそもそもこの世界じゃ活きるからバカにできない。取り返そうとしてみ?」


 カティアは必至に、何とかして拳銃を奪おうとした。

 正面から、回りこんで、側面から、陽動して、最短距離を突き抜けて、なんとしてもそうしようとした。

 しかし、俺は彼女を迎撃して殆ど動く事はなかった。

 そして拳銃は、俺の手の中にある。


「この距離でも拳銃をこれだけ引き離す事ができて、しかも銃口をカティアに向けることが出来る。んで、不意打ちやパニック時にもとれる、出来うる動作を選択していく。ここまでは求めないけど、俺が銃を使ってて敵に近づかれた状態でも慌てて助けに来なくて良いよ。さて、緩和休題っと」


 ストレージから弾の入ったケースと弾倉を出す。

 そしてそれらをお手製の木箱の中に配置し、彼女に差し出した。


「自分で込めて、自分で装填するんだ。俺が……そして、もしかしたらカティアも使うかもしれないものだ。相手を傷つけ、時には殺めるものだ」

「違う……」

「違わないよ。これは道具だ、意志の無いツールだ。誰が手にしても同じような性能と同じような結果を齎す。心無いものだろうと、悪の権化だろうと、正義の味方だろうと、心折れた何者だろうと同じように動く。事実は事実、行いは行いで別に認識しなきゃいけない。自己正当化は、しちゃいけない」


 そう言って、カティアは何も言い返さなかった。

 一発ずつ、マガジンに弾が込められてバネが軋む音が聞こえる。

 そして弾込めが終わり、拳銃に差し込む。


「その状態が、半装填。スライドを引くとさっき込めた弾が見えるだろ? これを完全に引ききると……弾がせりあがる。んで放すと、装填される。これで安全装置を解除して、引き金を引くと弾が出るわけだけど。ハイ問題、安全管理上武器を携行する時にしちゃいけないことは?」

「あ、安全装置をかけること。引き金に指をかけたままにしないこと。それと……それと、銃口を、むやみにヒトに向けない事」

「ん、その通り。で、今これを何で確認したか……その理由は理解して欲しい。遊びでも、或いは不注意でも今日から先は知らなかった、忘れてましたは通用させない」

「だ、いじょうぶ」

「んじゃ、射撃をしてみよう。今日は俺が持ってきた的が見えるはず。頭と肩みたいになってて、黒い四角もあるはず。あの三つのワッカのど真ん中が五点、そっから四点と三点と零点」

「えと、狙う時は手前と先端の奴を利用して……。息を安定させて、力を抜く」


 そう言って彼女の一発目の射撃は、後ろにいた俺の顔面に拳銃が吹っ飛んでくるという事で終わった。


「くっ、空砲から始めるべきだったかな……? けど、見えるか?」

「見えない……」

「……見えるものとして、的の中には入ってる。つまり、引き金をガク引きした上に片腕に力が入りすぎてたって事で。一発目、どうだった?」

「き、緊張しすぎて……分からない」


 そう言った彼女は既に錆び付いた機械のようだ。

 俺のほうを向くのもぎこちなく、身体もガチガチになっている。

 それを俺は少し微笑ましいと思いながら、片手で簡単に狙って撃ってみる。

 彼女の何百倍も撃ってきたのだ、五点ではないが頭に命中するのを確認した。


「ある所に、新兵がいました。初めての射撃の時、余り水を飲むなよと班長に言われてましたが、緊張で汗をかきすぎてがぶ飲みしたのです。その結果、射撃を終えて立ち上がった時にモップをかけなきゃいけなくなりました。しかも、彼は射撃をするときに連射にしてしまっていたので、後で思いっきり班長に起こられましたとさ」

「……それ、ご主人様?」

「うん、そう。緊張なんて誰でもするし、初めてなんだから尚更緊張するさ。まだやりたいなら続けるけど、どうする?」

「や、やる!」

「……そっか」


 そして、俺はカティアに拳銃を取り扱わせてみた。

 最初は余り命中しなかった弾も、最後には纏まるようになった。

 ただ、余りにもパンパンパンパンと射撃をするものだから、ピリピリした学園長補佐にネチネチと言われてしまった。 

 兵士が飛んでこなかったのは既に俺が散々射撃していたので聞き覚えがあったからだろう。

 生徒からのクレームで飛んでくるとは肝の小さい奴だなと呆れながらも、俺はカティアを幾らかまた導けたのだろうかと少しだけ喜んだ。




 ==精神汚染度の低下==

 ==肉体汚染度の低下==



『お帰りなさいませ、ご主人様とカティア様。お散歩は如何でしたか?』

「途中でカティアに射撃訓練させてきた。これからはカティアも拳銃に関して大よその修得が済んだと認識しても良い。使うわけじゃないけど、使わせないって事は無い」

『おや、そうでしたか。カティア様、おめでとう御座います』

「おめでとうって言うほど、めでたいかは分からないけど……」

「久々の外は良いもんだな~。ただ、靴が幾らか濡れたから暖炉前で乾そうかな」

『畏まりました。水虫予防、足の匂いの撲滅に努力いたします』

「そこまでせんでいい。っと」


 部屋の中に入れば流石に足をズッてでも問題ないので杖を手放す。

 暖炉前で席に着くとお茶が出てくるあたり良いものだが、カティアが納得してないのは既に知っている。


『カティア様、ご主人様の様子は大丈夫でしたか?』

「外に連れ出すのは良いのかも。少なくとも同じ空間、同じ空気、同じ景色しか見えないと気が滅入りそうだし。ご主人様も楽しそうだったから」

「雪は良い記憶が無かったけど、楽しい散歩なら精神的にも良いしな。……で、今からだと流石にカティアを戻しても仕方が無いか」

『既に1648で御座いますから。あと12分で本日の授業は終了、急いだとしても4分では意味が無いでしょう』

「んじゃ、カティアはこのまま──本日の課業は終了。おつかれちゃんでした……」

「なんか、この前の訓練より適当……」

「訓練は訓練、事後は事後。仕事時間中は締めるべき部分で締めて、仕事が終わったら緩める分を緩めなさいって中隊長教育を受けてきたんで。良い人だったよ?」

「それを疑ってはいませんわ、ご主人様。けど……ミラノ様のところに行って来るわね。ご主人様がどうだったか予め言っておくと安心するだろうし。それに、マーガレット様とも香草の件でお話がしたいの」

「んじゃ、行ってらっしゃい。足を滑らせないでね?」

「大丈夫よ」


 カティアが去り、俺は幾らか寂しくなった部屋でプリドゥエンがお茶を出してくれるのを待った。

 目蓋を閉ざして天井を見上げる。

 目蓋の裏に、何故だか心臓マッサージをするトウカの姿が見えた。



 ==視覚情報のシャットダウン==



『ご主人様の疲れ、些かしつこいようですね。しつこいと言えば、単身で喧嘩を売った者も一週間近くかなり粘り強くしつこかったようですが』

「それ俺だよね? ……なんだろ、極度の欝状態にでも陥ってんのかな……」

『ご主人様、鬱病を患っておいででしたか?』

「波が酷いんだよ。何も無い時は平穏でいられるし睡眠も取れる。けど、酷い時は眠ると悪夢を見るし酷くやる気が出ない」

『ふむ……。私が医療従事系のロボットであれば情報も知識も有ってカウンセリング位は出来たでしょうが、元執事で元軍人で観光名所管理ロボットでしかない私にはとても……』

「出来ない事を求めはしないよ、プリドゥエン。それに、鬱になったのは俺の個人的な事情であって、その対処が出来ないのはお前の落ち度じゃない。それと……そういや、プリドゥエンは暇はしないのか? 今更だけど、部屋に居てばっかりで退屈だろ」

『今のところはご主人様から預かったお召し物の改造や改良に忙しい日々でございます。カティア様やトウカ様が居られますが、それでもご主人様の身の回りのお世話や部屋の整理などと仕事は尽きません。私が家庭従事型ロボットだったなら喜んでいた事でしょう』

「はは、悪い……」

『それで、ご主人様は何を私に賜るのですか?』

「いや、学園と交渉して図書館や学園内だけでも自由にしてやれないかなって。……五日後、お前にも出てもらう。ついでだ、認知して認識してもらう事でゴリ押す。そも、今回は相手が俺たちに無理を押し付けたんだ、その分の対価をなんとしても引き出す」

『……ご主人様、楽しそうで御座いますね』

「楽しい? あぁ、楽しいね。俺が善意の英雄だと、或いはミラノの飼い犬だと、もしくは元は何も所有しないただの平民モブだと思ってる。その思惑を逆利用して美味しい所は掻っ攫う、或いは良い所で全てを台無しにする。その何処が楽しくない?」

『ご主人様ほど、兵に向いた人は居ないでしょう。そして、敵対しなかった事を神に感謝するしかないですね』


 なんで俺がそんなタチの悪い人物みたいな扱いをされなきゃならんのか。

 とはいえ、学園長が本人に無断でミラノのみに話をしたのは到底気に入らない。

 ああ、気に食わんとも。

 学園長がどんな奴かは分からないが、利用するというのなら利用し返すまでだ。

 もし善意に見せかけたもので道を舗装して俺を渡らせるというのなら、糞尿を撒き散らし再塗装した上で相手をボードに見立てて滑ってやる。


「プリドゥエン。俺自身もそうだが、お前もカティアも……俺の近くに居る連中が利用され、虐げられ、不当に扱われるのは気に入らん。相手が笑顔で片手を差し出す中、もう片手にナイフを持っているとするのなら、俺はその相手を刺す。ただ、それは上手く、精巧に、狡猾にやらなければ意味が無い。俺がバカで無力で組し易いとやってきたのなら、俺はそれを正論を持って相手を失血死に導かなければならない。相手が誰であれ、認めた相手じゃない限りはその手は噛め。お前が、或いは俺が気に入らないからと危害が加えられそうなら、それを念頭に反撃し、やり込め、逃げろ。俺はそれが守られる限りは必ずお前を味方するし、助ける」

『それはそれは。反骨精神が素晴らしい事で。天下の自衛隊に属した人の言葉とは思えませんね』

「お前は災害で生きた人も死んだ人も土砂に埋もれて、そのどちらをも踏みつけながら捜索し続けた経験は? 埋もれた死者をシャベルで突き刺してしまう経験はどうだ? そもそも上陸ポイントが無い故に物資の運送が難航して八日経過するまで冷めた飯を食った事は? 自分らの拠点をマスコミが許可無くとも撮影しようと忍び込もうとしたり、闇夜に溶け込んで作業光景を無断盗撮しようとするのと戦った事は? そう言った活動に従事しながらも俺たちの存在は憲法違反だと、戦力は要らないとして否定され、交代で帰還する時になって作業に従事したことも無い連中が自衛隊は帰れと喚き散らしている光景に遭遇した事は? 人を救った筈なのに人殺しだと面罵された事は? 平和を無料だと思って俺たちを犯罪者のように憎悪で見て石を投げられた事は? メディアが顔を晒したせいで家が割れて蹂躙された事は? それら全てが”守る筈だった相手”に行われた事は? 俺は、全部ある」

『──……、』

「任務上俺は確かに相手の思想や主義主張も関係無しに救う、そう在らねばならない。だが、それとは別に相手を見定める事もしなきゃいけない。俺がどうなろうとも俺の事だ、どうでもいい。けど、お前やカティアに被害が行くのなら、公爵の家名を借りようがミラノに幾らか迷惑をかけようがそれらは叩きのめすか排除しなきゃならない。お前らは隷下に在るが、奴隷ではない。俺は上官では有るが、上に立つ以上は責務も権利も果たさねばならない。俺にはお前らに報いる方法なんて、これしか思いつかん」

『……あぁ、失礼。お話に集中してしまいました。お茶を』

「ん」


 プリドゥエンが幾らか黙り込む。

 いつもよりも出すのが少し遅れたお茶は、俺好みの温度になってくれていて飲みやすい。

 プリドゥエンが長考しているのか、明滅が大分激しかった。


『もし、宜しいでしょうか』

「宜しいとも、どうした?」

『私は……ご主人様、貴方の事が良く分からなくなりました。ご主人様は、大変利己的な方だと……あるいは、善悪混在した自分勝手な方だと……そう思っておりました』

「ひっで……」

『ですが、貴方様は学園での日常の為とは言えその為に縁も所縁もない戦争を始められました。その為にアリア様を救い、敵対していたユニオン国の方々とも戦われました。そしてその腕……。ご主人様は一握りの我侭の為に、何故その十にも百にも及ぶ”支出”を許容できるので御座いますか? 利己的とは、程遠くて……困惑しております』

「ふぅん……。まあ、そもそも無理やり管理者として収まったのが俺だしな。それに、知性も理性も思考能力も過去もある。嫌われたり疑われる可能性は大いにあったわけだし、それを俺は否定しない」

『利己的かと思えば配慮なされる。優しいかと思えば他人をまるで信用していない。水と油を、ここまで上手く混ぜ込んでいるようなのは……その、初めてなので御座います。悪人ではない、けれども無視できない悪性を抱いている。だから、善悪混在としかいえないので御座います』

「そもそもさ、善悪混在じゃなくて”中立”って考え方も出来るだろ? 善性と悪性を見て加点減点したってどうしようもないだろ。あるいは、善人と悪人で切り分けようとするから分からなくなるんだ。……そうだな、そんなに迷うってんなら管理人権限を破棄しよう。デリート、お前はフリーだ」

『何たる鬼畜! 私に行き場がないことを、ご主人様と接して絆された事を無視するおつもりですか!?』

「そもそも、俺はお前を成り行き上従えているけど、責任を感じて守らなければいけない義務から気楽になるだろうと従えてるだけだ。あの遺跡がお前の家だというのなら帰っても良いし、他に誰かを主人として崇めたいと言うのであればそれで良いんだ。カティアの事だって……俺はそうしても良いとおもってるんだからさ」


 数秒の間が出来たが、プリドゥエンの長考がどうやら終わったようでもあった。

 カップが空になって、それを置くとプリドゥエンは即座にお代わりを入れてくれる。


『……なるほど。一つ、私は理解できたことがあります』

「なに?」

『貴方は出来れば善人でありたい、正しさや正義を信奉していたい。けれども、その為に悪を振舞う事を否定しない方だという事です。味方には慈悲深さを示されるが、そうでない方にはそうではない。性善説を否定しながら、性善説を信じている……そのような感じです』

「近いかな。俺は……作品のパロになるけど、人間ってのを信じてない。何処までも愚かしく、バカで、たとえ正解が目の前に転がっていても自分を変えるのが恐いから正解を否定する。終末戦争がどうだとか、どんな世界情勢だったかは知らないけど……。滅んだんだ、尚更その愚かさは否定できないだろ」


 脳裏にへんなものがフラッシュバックする。

 部屋の中に土と自然と木と泉がある。

 部屋の中に心臓のような果実がある。

 部屋の中にゾンビが居る。

 部屋の中に式を延々と書き続ける学者がいる。



 ==思考の同期をカット==



 ……良く分からないが、人は容易く愚者になる。

 人が増えれば尚更愚かさに磨きをかける。

 

「だが、俺たちは人間の愚かさが沢山積み重なった上に存在する、人類の可能性を目の当たりにしてる。新人類とまだ理屈は分からないけど魔法と言う概念、ナノマシンによる地上の浄化と再生……。良いか、伍長。俺は自衛隊以外でヒトとの関わり方を強く学んだ事はない。転勤に次ぐ転勤、日本に来るまで長続きした友人なんかいなかった。そして自国民に石を投げられ、家を穢され、人間の屑さに戸を閉じた。だが、可能性とやらはこんなにも凄い……だろ? お前の居た遺跡だって、或いはまだ埋もれている、未発掘で未発見な歴史達だって可能性を結集したものだ。それに、俺の知らない過去とは言え英霊が居て、人類を救済するシステムの為に人身御供と化した。人間そのものにゃ希望も期待はないけど、だからって人類が滅びるのを是とは出来ない。そういう……めんどうな男なんだよ」

『よく、理解は出来ません。ただ、ご主人様が面倒な人だということは理解できました』

「どうだ? 諦めもつくだろ」

『ええ、十二分に。そして私は、ご主人様が悩める迷い人であると理解できただけでも収穫で御座います。信じてよいかは分かりませんが、それでも胸襟を開いていただけただけでも私は宜しいかと。……さあさ、お茶が冷めてしまう前にどうぞ』


 お茶のお代わりを貰うと、今度は思考を挟まなかったが故に熱々のお茶が出てきた。

 それを「あちち……」と舌を焼く。


「もう少し、お茶の温度は加減できないもんかな。流石に猫舌にはきっついぞ……」

『ご冗談を。ミラノ様のご好意や、マーガレット様の愛情に報いるのであれば、最大限美味しく淹れてやるのが礼儀だと思います。それに、私のプライドにかけて泥のような珈琲と温いお茶は出さないと誓っております。ええ、誓っておりますとも』

「何があったんだ、お前……」

『その件で大いに軍で喧嘩をしまして。そのせいで嗜好品の取り扱いが厳格になり、淹れ方の教育講座が開かれたくらいで御座います』

「まあ、美味しいお茶にして……くれることと、それで二人に報いるという事には反対しない、むしろ賛成だ。そんな事で……報いられるとは思えないが──」

『小さなことでも、相手が気付けばその瞬間に成立する物ですよ。ご主人様にそのつもりがあれば、そのお考えがあるのであれば、そうしたいと思うのであれば……いつかは届くものです』

「そういうものか……」


 ぽや~んと、遠くで生徒たちがワラワラと食堂方面へと移動していくのが見える。

 意識が飛び掛けた時に鐘を聞き逃したのかもしれない。

 遠くから見て、カティアやミラノがアルバートと一緒に消えていくのも見えた。


「……ヘラの分もそろそろ準備頼むよ。真っ直ぐ来るだろうし」

『はい、畏まりました』


 そう言って、ボンヤリと佇む。

 平和なのは良い事だ、何事もないのは素晴らしい。

 なのに、部屋から出られないからまだ享受出来ない俺って、何なのだろうか?


 ノックが控えめに聞こえ、入室を許可するとロリっ子が入ってくる。

 聖職者の姿をした彼女は、英霊ヘラだった。

 マリーの姉であり、本来ならタケル等と同じように二十代の大人と若者の境界線に立つ姿をしているはずである。

 しかし、ヘラは死にかけたことでの魔力不足を辛うじて補っているが為にロリになっている。

 カティアと同じか、彼女よりも幼いので犯罪臭すらするのだ。

 ちなみに、マリーも幾らか若返ってはいるが、それでも二十代になるかならないか位だ。

 こちらはダメージに対する主人への負担を低減する為の行為である。


「あは~、今日もちゃんと良い子にしてましたか~?」

「まあ、そこそこ。ヘラは学園ではどうだ~?」

「ええ、まあ。お勤めの方も良くて、医務室や礼拝堂等では良くさせていただいてます」

「そっか」

「ええ、そうです」


 ヘラが席に着き、プリドゥエンがお茶を出す。

 彼女が一息つき、少しばかり落ち着いたのを見て俺も落ち着く。


「ヤクモ様、それでは腕を見せてください。本日の分、出来る限り治癒を行ってみます」

「ん、有難う」

「いえいえ。私に出来る事といえば、これくらいですから」


 彼女は、以前洗脳を受けた事がある。

 その結果、賊や傭兵を死なせた……というか、遠まわしに俺らを追い詰め、俺に殺させた。

 船に魔物を誘引して沈めさせた、国丸ごとを支配下に置こうとした。

 一時期はアイアスやロビンも支配されたが、彼らは当時の記憶が無かった。

 ただ、ヘラだけは自分の意識が在るままに全ての罪を認識していて……罪と向き合えなかった。


 今でも、死に行くヘラとマリーの泣き顔が忘れられない。

 姉を死なせるマリーの悲しみが理解できて、俺は死なせることが出来なかった。

 自儘の為に生かした俺は、僅かな事でも彼女の罪の意識が低減すれば良いなと好きにさせている。

 たとえ魔法での治癒に余り意味が無いと理解していても、強がって見せるくらいは出来る。


「どうですか?」

「……幾らかマシになったよ。肩から肘までは動くようになった。あとは手が少しかな」

「すみません。聖女だとか言われてるのに、これくらいしか出来ず……」

「動かなかった腕をここまで回復できただけでも凄いと思いますよ? 明日はもっとよくなる、明後日はもっと良くなる……。今日の行いが報われるのは近日じゃないにしても、今日より明日、明日より明後日の方が良くなるって」


 明日はきっと良い日だ。

 そう、そう──。


「やったことの積み重ねは、昨日よりも今日よりも、明日の方がもっと良くなるに決まってる。ヘラのしてくれた行いとその優しさは、一片も無駄にはなってない。だから──ありがとう」

「……ありがとう、ございます。そういえば、また妹が助けられちゃいましたね」

「助けたつもりは無いから気にしなくて良いよ。どの道、英霊一人でも倒れてたらどうなってた事か……」

「だとしても、有難う御座います」


 マリーにしてもヘラにしても、英霊連中はこうやって感謝してくれるから若干戸惑う。

 身分や行動ではなく、個人としての感謝は不慣れだ。

 自衛隊さん有難うと言うのは応じられるが、個人で言われるとこそばゆい。


「そういえばあの子、お礼しにきました? 恥ずかしいとか、会わせる顔が無いとか何だかんだと来ない気がするので~」

「来たよ。ロビンと一緒にだけど。……有難うとは言ってくれたよ」

「おや、本当ですか? 隠さなくても良いんですよ? 実はモゴモゴしてて素直に言えてなかったとか、その事をつい口にしちゃって魔法ぶつけられたとか」

「お前は妹の事をなんだと思ってるんだ……」

「本当は弱虫で、色々な物が怖いのに強がって。色々な物を寄せ付けたくないから沢山勉強して、攻撃する事でしか解決できなかった可愛い妹です」

「毒づいてない?」

「あは~、毒づいてないですよ? 妹は妹で私の事を大体似たように言うでしょうけど……。大事な、最後の家族なんですよ?」

「……身内は大事だもんな」

「アイアスくんとか、皆は勿論大切ですよ? けど、仲間の皆よりも大事なのがあの子なんです」

「──……、」


 何かを言いかけてしまい、俺は口を少しばかり開けっ放しにしてから閉ざす。

 だが、それはヘラには通用しなかった。


「ヤクモ様、聞かないんですね? あの時私が洗脳された時に行った事や言った事が、何処まで私の本心だったのか~と」

「聞かれたくないだろうし、ヘラが……罪に潰されそうになってるのを見て、聞けるわけ無いだろ……」

「優しいんだか、臆病なんだか」

「──俺は厄介事と対面して、戦う方が気楽で良いし。逆を言えば個人的な事を背負ってやれる強さが無いんだよ。ヘラがなぜ逆らえなかったか、ヘラがなぜああいう手段を取ったかを……出来れば、聞かないで居たい」

「聞かないで、居たい?」

「聞いてしまったら、もっと考えなきゃいけない。臆病な俺は、腫れ物を触るようにその人が何を嫌って、何に嫌悪感を抱いているかを考えなきゃいけない。俺は、助ける事はできても救う事は出来ない」


 物理的な救助は出来るが、精神的な救済は俺には出来ない。

 自分自身ですら救えないのに、何故他人なら出来ると自惚れる事が出来る?

 

「話して貰っても、俺は期待に添えないかもしれない。話したと言うその好意に応えられないかも知れない。だから、出来れば聞きたくないし、背負ってやれない」

「なるほどなるほど、そういう選択をしちゃいますか~。けど、やっぱり良く分からないですね~? 腕を食い千切られかける方が良くて、友好的な相手の身の上話は聞きたくないだなんて」

「敵は敵であって、減れば清々するけど仲間や友好的な相手は減れば気落ちするし、敵対したら戦える気がしない」

「だから、敵対しないように聞かないし、敵対しても良いように聞かないと?」

「まあ、そんなトコ」

「じゃあ、私は独り言をいうので聞いてないと言うことにしましょう。というか、それだと結局私達は他人なままですし」

「……ダメ?」

「ダメです。というか、寂しくないですか? 自分を他人に委ねる、他人に自分の事を知ってもらうって言うのは、自分を覚えていてもらう行為と同じなんですよ? 私はですね? 英雄ではなく、記憶も名前も無いヤクモである貴方を知りたいんですよ」

「……俺を?」

「英霊である貴方を知ったとしても、それはヤクモと言う貴方を理解した事にはなりません。それに、言ってましたよね? ヒトはふとした瞬間に勇敢になる事もあるし、善人にもなれるって。勇敢な時の貴方を知っても、善人になれてる貴方を知っても……それは貴方を理解した事にならないじゃないですか」

「確かに……」

「それに、英霊になってからの私達しか知らない訳じゃないですか。ヤクモ様は、そこらへんを大層気にしてたみたいですし、ここは一発相互理解という奴をですね?」

「──とは言っても、多くは……語れないぞ? うろ覚えな部分が大半だし。それに……」

「それに?」

「……楽しくもないし、大した事もないし」

「楽しいお話だから、凄い身の上話だから口にするというものじゃ……無いと思いますよ。ささやかな日常のような事柄を一つ一つ積み重ねていくんです。ヒトの形になるまで外堀か、或いは内堀からそうやって物事を積み重ねていくと誰かになるんですから。私はヤクモ様がどのように戦い、どんな思想や思考をして戦うのかを少しばかり理解しています。しかし、日常的な事を余り多くは知りません。珈琲とお茶を飲み別ける時、なにが理由なのか。どれくらい眠り、どれくらい体を動かすと気分が良いのか。何故読書を好むのかとか、そういう事も知りたいんです」

「──……、」

「けど、ヤクモ様に全てを委ねていたらきっと終わってしまうでしょう。なので、独り言を呟いて、それに見合う分を聞かせてくれれば良いんです。責任も、重石もそこにはないですから」


 遠まわしに、俺が臆病で個人的に誰かと繋がらないから繋がるように仕向けますねと。

 俺が”そうせざるを得ないようにする”と言う事を、彼女は言っていた。

 それを否定できない。


「それに、私を知ってもらう事で幾らかマリーとの付き合いもやりやすくなると思いますし」

「ヘラを知って何でマリーが?」

「私と妹は、結構似たものなんですよ? ただ、同じように怖がりだとしても、それを攻撃的に対処するか防御でいなすかの違いしかないんです。あの子が好む物は私も好きですし、私が好きな事はあの子も好きです」

「そんなに?」

「双子と同じなんですよ、私達」


 双子と同じと言われても、ヘラとマリーでは髪の色が違いすぎる。

 

「どうしたんですか? 考え込んで」

「いや、双子にしては似てなかった筈って思って、マリーの髪の色を思い出そうとしてる」

「ほぼ毎日会ってたじゃないですか、羨ましいほどに」

「医者に言われてるんだよ。心因性の物で、他人を怖がる余り脳が記憶しないように動いちゃってるって。髪型とか、背丈とか、声とかは記憶できるんだけど。顔の造形、目や色、首から上の情報をあんまり……覚えられない」

「──……、」

「おかしいだろ? ミラノとアリアが入れ替わったら分からないって、メモ帳に……こうやって書き示さないと親しくても思い出せないんだからさ」


 人のことを記憶するのが苦手だが、その上に心因性の記憶障害すら発生している。

 声で相手を判断する、条件から相手を判断する、仕草から相手を判断する、身なりで相手を判断する。

 相手を目の前にすれば全てが認識できるのに、別れてから揮発性メモリーのように滲んでは消えていくのだから。

 以前から何度かミラノを含めた近しい人々の事をメモしているが、メインはその人物の顔を描く事だ。


「皆の事、覚えられないんですか?」

「状態によるけど、余裕があれば忘れるまでは長いし、それと……忘れないで覚えてる人もいる。学生時代の仲間と、兵士だった頃の皆の事は」

「それから後、なんですか」

「そう、だな……」


 プリドゥエンが沈黙したまま、俺を見てチカチカと思考状態を示すようにランプを明滅させる。

 ヘラは何か考えていたが、ニヘラと笑った。


「……さっきの話、続けても良いですか?」

「ど、どれ?」

「私とマリーのこと」

「あ……うん」

「私とマリーは困った事に、大半が似ています。ただ、二人で一緒じゃなかった頃の分だけちょっとだけ違いが出来てるだけで」

「一緒じゃないって……どういうこと?」

「私は学生をしていた時は病弱で、授業も時折休むような子だったんです。魔物が活発化して、一人の騎士が私達につきました。不器用だけど誠実で、立派な方でした」

「ふん、ふん……」

「……面白いですが、マリーはその時から誰かを好くという事に無自覚だったんですよ? 騎士が居なくなってから一番打撃を受けたのも、傭兵さんが死んだ時に一番泣いたのもあの子でした」

「うん……うん?」

「で、今は……ヤクモ様をたぶん好いてます」

「ちょちょちょ、なんでそういう話になるんだ!?」

「知っていて欲しいだけです。私は自覚的にヤクモ様が好きですよ? けど、あの子はたぶん無自覚です。たぶん、あの日から……ずっと。そして、私は……あの子がずっと羨ましかった」


 そう言ってヘラは目を伏せた。

 騒いで、バカを演じて誤魔化そうと幾らか身構えたが……それが出来なくなった。

 

「マリーは……まあ、切っ掛けは分かるとして。ヘラが俺を……その、好いてくれる理由が分からないんだけど」

「実は私、ずっと見てたんですよ? 妹の為とは言え、英霊を相手に戦ってる姿を見て……誰かの為に戦う姿を見て、良いなって思ったのは……たとえ操られていたとしても、嘘じゃないですから」

「俺は、かつて居た騎士にそんなに似てるかな」

「違いが有るとしたら、ヤクモ様は……あの人と違って親しみやすいです。仕事のみに専念して、あの人は……私たちとは一線を引いていましたから」

「そんなヒトを、二人は好きになった」

「ええ、はい……。ですが、その人に私達は報いる事が出来ませんでした。守る事も、与える事も出来なくて……その人は、自分の仕事に押し潰され、去って行きました」


 ── ついてけねぇよ ──


 たしか、そんな言葉だった気がする。

 それが最後の言葉で、幼かった頃のマリーは騎士の部屋に入って寂しそうに言ったのを覚えてる。

 

 ── アイツ、なにも持ってなかったのね ──

 

 そんな感じだったはず。

 生活感も住んでいた形跡も、暮らしていた物も一切無かった。

 ただ家具だけが必要だから置かれていて、なにも触らずに去ったように。


「……で、傭兵だっけ」

「私たちが未熟だった頃に出会った人で、魔物との戦いで……加わってくれたヒトです。元奴隷の方等を従えて、傭兵団を作っていた方で……。皮肉屋で、貴族や魔法使いを嫌っている方でした。けど、兵士の方々と肩を並べて常に戦ってくれて、色々と言ってくれたのもその人でした」

「騎士のヒトと大分人が違うみたいだけど、好きになれたの?」

「皮肉屋で軽口を叩く人でしたが、戦いに関してと犠牲や被害をトコトン嫌うヒトでした。……バカですよね。もう支払いをしてくれる人が居なくなっても、出世払いだ出世払いだって最期まで居てくれたんです。けど……途中で亡くなりましたが」

「その後で、皆の中心人物が現れる?」

「……ええ、そうです。ただ、彼女が現れるまでそれなりの時間がかかりました。それまで居た……一人の方が軍師として長らく私達を支えてくれました」

「その人は好きにならなかったんだ」

「あは~、ヤクモ様? 私とて……いえ、私たちとてそこまでの節操無しじゃないですよ? それに、節操が無いのはヤクモ様も同じでは?」

「俺は……」

「あ~……いえ、これは違いますね。節操が無いんじゃなくて、誰にも決められないと言えるのかもですが」

「悪かったな……」

「あ~あ、私も普通の少女だったら相手にしてもらえたんでしょうか? それとも、普通の少女だったとしても相手にして貰えなかったのでしょうかね~?」

「俺は……」


 怖い。


 ==怖くないよ==


 否定されるのが怖い。


 ==大丈夫==


 言う事に意味があるのか? 俺が言った所で、響かないんじゃないか?


 ==がんばろ?==


「……別に、英霊だとかそういうのは抜きにしてヘラとか……良い人だと思ってるよ。ただ──あんまり言いたくないけど、劣等感から上手く付き合えないだけで……クソ」

「あや~? 顔が赤くなってきましたね~?」

「は、恥ずかしいんだよ。個人的な事なんて他人に話した事がないから。それに、怖いから緊張でヤバい」

「あは~、私が怖くなかったり恥ずかしくないとでも言いたげですね~? 言っておきますけど、私だって口にして改めて言うのって怖いんですよ? 面と向かって否定されるのも、拒絶されるのも考えてしまいますし。それに──」

「……それに?」

「私は、ホラ。凄い事しちゃいましたから。嫌われてるんじゃないかってのも考えちゃいますし」

「馬鹿な事を言うなよ。意識があって、ヘラを基準として出来る事があそこまで大事になったとしても……。悪いのは、逆らえないようにそれを押し付けた過去の亡霊のせいだ。たとえ……うん、たとえマリーに嫉妬したくなるくらい色々あったとしても、マリーを未だに許せない何かが燻ってたとしても……聖人君子なんて居ないんだ。英霊であってもそういう事を抱えて、そういう事を考える……。だからこそ人間らしいって俺は思うよ」


 その言葉が、目の前の”笑顔と微笑みを己に強いた”少女の笑みを潰した。

 貼り付けた笑み、無理している笑顔が消える。

 真顔になり、少しばかり呆けた彼女の顔が俺を見ている。

 そして無理をしている訳でも貼り付けているわけでもない、義務でも偽りでもない笑みを彼女が浮かべた。

 

「ん~っ!」


 そして、言葉にならない歓声を上げながら彼女は飛びついてきた。

 幼い体躯とは言え体当たり気味に飛びつかれればよろけるもので、たたらを踏んで何とか踏み止まる。


「危ねぇ!?」

「んふふ~……。ヤクモ様はやっぱりヤクモ様ですね~」

「意味が分からない……」

「もっともっとヤクモ様の事が好きになっちゃいました。今日は一緒に寝ても良いですか?」

「……ミラノとアリアに聞いて来い」

「ちぇ~っ」


 ヘラを引き剥がし、床に下ろす。

 それから少しばかり彼女を見ながら、頬をかいた。


「というか、俺の魔力充填ってそんなに足りてないかな。あれから大分経過してるはずなんだけど」

「マリーと同じくらいには戻れますよ? 戻れますが、そうしたらまた何かあったときに魔法が使えないので様子見~って感じですけど」

「今思いっきり魔力の譲渡したら、どうなりそう?」

「あは~、昼間っからだ・い・た・ん、ですねえ」

「何を言ってるんだ……」

「え? まぐわいたいってことじゃないんですか?」

「相手に触れれば魔力の譲渡は出来るだろ! てか、ちょっと待て。”ソッチ”でもいけるのか……?」

「やだなぁ、魔力ってのは血や唾液に多く含まれるんですよ? だから心臓を食べれば魔力が増えると言う邪法も出た訳ですし、近親相姦でそうしようとする人も少なくないですし~」

「やな事聞いた……。てか、そんな事しません!」

「え~? たぶんあれですよ。手出しまくっても誰も困りませんって」

「俺が既に困ってる! てか、聖職者!?」

「聖職者ってのは周囲が勝手に言い始めたことですし? 私は別に聖職者になろうとしたわけでもないですし? 禁欲的で淑女を演じてるのは、周囲が勝手にそう期待しただけですから」

「アィエェ~!? そんな開き直りされても!!!」

「まあまあ、誰も困りませんから!」

「俺が困るわ!」


 ヘラが再び張り付いてきたので、それを何とか制する。

 この聖職者、後方職種のクセに力のみではタケルを上回るとかマジ理解できねえ!


「ちょっと座りなさい」

「は~い」

「良いですか? その……男女の交わりは、金のみでの繋がりか、或いは本能的な物のみの繋がりか、もしくは愛情や好意の果ての物です。そして俺は金での関係は嫌だし、欲のみでの繋がりは寂しすぎる」

「って事は、私にも機会があるって事ですかね?」

「……俺には英霊だとか、身体の構成物資だとか、魔力がどうこうとかは分からないけど。俺の劣等感を除けばヘラは女の子だし、別に……その──」


 言っていて首から上の熱さが異常だと理解して、マーガレットに貰ったマフラーを掴んで鼻下までを覆った。

 だから俺には、青春ラブコメは似合わない。

 臆病が過ぎて、信じる事が出来ないから顔も覚えられない。

 その癖して個人的な事情なんて抜きにして、本能や欲と言った物は俺の事を考えちゃくれない。

 ヘラに飛びつかれるだけでもドギマギするし、その柔らかさや香りで刺激される。

 そして……俺はこれが正常なことなのか、それとも非モテで女日照りしたが故の”飢餓”なのかすらも分からない。

 

「だから、絶対に、安売りしないでくれ。俺はまだ、もう少しだけ勘違いしていたい。自分の中で……整理がつかない」

「……まあ、急きすぎましたね。けど、覚えて置いて下さいね~? 全てはヤクモ様の都合だけで動かないですし、待ってはくれないですから。それとも、私たちが『やっぱり、あの人のほうが~』って去った方が効果的ですかね?」

「それはっ……」

「そんな顔をするくらいなら、早い内に私達を捕まえてください。いつまでも……いつまでもは待てませんよ?」


 そう言ってヘラは帽子のズレを直すと、ぺこりと頭を下げる。

 お茶を有難う御座いましたと言って彼女は去り、一息つけるだろうかと思っていたら出歯亀がいた。


『なるほど。これは……複雑なのですね』

「そもそも、身分や爵位だけじゃなくて歴史まで絡んでる。これを……簡単に答えを出そうとは思えない」

『先延ばしと言えば先延ばしですが……以前、屑扱いした事を謝罪します。これは先延ばしするしかないですね……』

「イギリスの次期女王と、米国大統領の娘と、天皇陛下の息女に猛烈アタックされるような胃の痛さだ。もちろん、そんな経験は無いけどな」

『その中に軍国主義の指導者の娘と、独裁国家の娘も追加してみては?』

「俺、たぶん一週間も持たなさそう……。なんで俺を起点に外交バランスや戦争の火種が展開されるんだよ、信じられねえ!!!」

『その勢いがあれば、元気になるのは直ぐですね』


 俺は久々に酒を飲む事にした。

 ただ、少量でクラリと来るくらいに留めておいて心地よく眠る事にする。

 最近、悪夢を見ない。

 嬉しい事だ。





 

 ── ??? ──


 英霊ヘラの背景を改めて理解した。

 英霊ヘラの好意を誤魔化さずに受け止め、その上で正直に困惑をもらした。

 英霊に対して劣等感を抱いている事実を吐き出した。

 プリドゥエンがヤクモを好意的ではなく困惑で見ている状況の吐露。

 カティアやマーガレット等とのふれあいによる日常の再構築。

 カティアにこれからの道を示した。

 



 こうありたかったという願望。

 こうなればよかったという理想。

 全てが失われたからこそ、見ることに意味がある。

 やった事、歩いてきた事に意味が無いという事を認識させる為。

 けれども、残酷だけど……いつかは夢から覚めなきゃいけない。

 夢を見るのは明日を生きるため。

 

 夢から覚めるのは、また立ち上がって生きて行くため。

 だから、もう少しだけ眠りを──。


 不死の果実によるゾンビ化状況

 肉体汚染度…81%

 精神汚染度…76%

 精神状態…極度の鬱

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