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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
9章 元自衛官、夢を見る
137/182

137話

 ── ??? ──


 少女は俺を見て、悲しそうにしている。

 その理由は分からない。

 ただ、俺はたゆたうままに夢を見る。


── 残酷な現実に引き戻す事を、私は謝らない ──

 ── それでも、必要な事なの ──

                     ── 私には、貴方が必要なの ──

        ── 貴方には、私が必要なの ──


 意味が分からないと、呆けていると声の主は指し示す。


 ── 貴方には、夢を見る資格がある ──

          ── 貴方には、夢を諦める義務がある ──


 そう言って、俺の視界に映し出されたのは別の世界だった。

 もし、俺が逃げ出す事にならなければ……そういう世界の、夢だった。




 ── Dream ──


 俺は上手くやれた。

 ヴィクトルを阻止し、学園に戻ってくる事ができた。

 当初は疑われていた俺のユニオン国への逃亡説も、アリアの言をもって否定された。

 そもそも、なぜか学園の食堂から連中を全員一掃したと思ったら変な魔物連中が地面から沸いてくるし、天界から兵士は出てくるしでそれ所ではなくなってしまったのだ。

 辺境伯がやってくるし、ユニオン国の兵士を解放して防衛線をしなきゃいけないなどとてんやわんやで、ユニオン国の侵攻も全て有耶無耶にできた。

 ……出来て、しまったのである。


「では、ユニオン国は今回の異変を察知して派兵した。一部の兵士が暴走してしまった事は、運の悪い出来事だったとして飲み込もう。彼らが未然に防いでくれたのだから、何も起きて居なかったわけだしね」

「うす」

「それと、貴国の逼迫した状態は聞いた。ヘラ殿からの強い要望もあって、神聖フランツ帝国も支援をすると言っている。ヴィスコンティは私が説得する、必要があれば他国への滞在や通過も容易になるように取り計らう」

「……感謝する。今の我等には、それだけでもありがたい」


 そして、公爵が後からやってきて英霊や俺たちの話、一部の嘘を含めて受け入れた。

 ユニオン国が動いたのはヴァイスが嫌な気配を察知した体とか、ヴィクトルもびっくりな咄嗟な嘘がよく出たものだ。

 ヴァイスは最近見かけないが、どうやら自国で腹痛を患ったらしい。

 寒いのと、食事が受け付けなかったのだとか。

 そんな事あるか?


「というわけで、めでたしめでたし……」

「目出度くないわよね? ご主人様、片腕動かないわよね?」

「これは、ほら。名誉の負傷だし? てか、あんな魔物予想できるか! マリーを庇えただけまだマシだわ!!!」


 英霊連中とアルバートを含めた生徒連中を含めた防衛線となった。

 英霊の頼もしさを目の当たりにする事が出来て収穫だったし、これでアルバートとかも蹂躙されるのではなく戦いとはどういうものかを幾らか学べたはず。

 ただ、誤算があったとすれば奴らは壁に張り付いて登れた事。

 それによって従来の防衛線の意図が崩壊し、大分乗り込まれてしまった事だ。

 マリーの傍に俺が居られてよかった。

 彼女は食われかけていたのだから。

 その代わりに俺は腕を思い切り齧られて現在不随状態、数日かけてようやく肘から先が動くようになったくらいだ。

 

 そして今回大暴れしたのも俺であり、学園側から「暫く出てくんな」とのお達しがあった。

 生徒たちも幾らか混乱しているし、その筆頭である俺が出歩くと宜しくないと言うことだろう。


「というかご主人様、まだ顔色がよくないから寝てないと。少し痩せたでしょ?」

「んぁ、まあ……。さっき食べたばっかりのはずだよな? なのに、まだ眠い……」

「大人しく寝てなさいな。だって、あれから何日目?」

「まだ、三日目?」

「はずれ、四日目。三日目は昨日で、公爵とユニオン国のこれからについてずっと語ってたでしょ」

「あれ、俺はちょっと休むってベッドに横になっただけじゃ……」

「あれから十二時間気絶してたの。ご主人様、自分をもうちょっと大事にして」


 分かった?

 そういう風に脅されて、俺は心が折れた。

 そもそも、やる事がなくなったとたんに拠り所を失ってしまうのが俺だ。

 誰かを守る、何かと戦う。

 そのどちらも無いとなれば、後は腐敗するしかない。


「んじゃ、ちょっと寝る……。プリドゥエン、来客があったらよろしく……。カティアは行ってらっしゃい」

「ええ、行ってきます」

『銃後はお任せください、カティア様』

「プリドゥもご主人様を宜しくね? 絶対に、無理させたら、ダメだから」

『存じ上げておりますとも』


 カティアはミラノ達にくっついて授業を受けている。

 俺は暫くはお留守番だ。

 カティアが去ってからフゥと息を吐いたと思ったら、扉がノックされる。

 休む暇もないなと思ったら、既に数時間寝ているのに驚いた。


「は~い、どなた?」

「部屋のお掃除に来たよ~。てか、元気?」

「疲れた……」

「やはは、大分お疲れな顔をしているねえ。食事は大丈夫? 病人食にする?」

「いや、食事は受け付けるし吐き気はないから大丈夫。有難う」

「召使として当然なのだよ!」


 トウカがやってきて、適度に面倒を見てくれる。

 さすがに「あ~ん」とまでは行かないが、そこら変はミラノに釘を刺されている。

 俺って信用無いね……。


「プ~リちゃん、ヤっくんの調子はどうかな~?」

『嘘と偽りは今の所ありません。過労と極度の緊張からの解放、睡眠不足でむしろ緩みきっているようで。先日は少しばかりお漏らしを──』

「そういう報告はせんでいい!!!」

「あ~、お漏らししちゃったんだ~。けど濡れてなかったよ?」

『ええ、ご主人様が必至になって魔法で対処したからです。三十分もかけて匂いまで誤魔化したのですから、大したものでしょう?』

「お漏らしの対処の技術を褒められても嬉しかないわい!」

「まあまあ、それだけ落ち着いてるって考えれば良い事だよ。けど、体調が悪かったらすぐに報告してね? 学園長からもそう言われてるから」

「厄介者だから変に扱うと暴れかねないって?」

「ううん、英霊と一緒に学園を守ってくれた英雄だって」

「嘘だろ、勘弁しろよ……」

「兵士の指揮をとってくれて、しかもマリーさんを守ったらしいからね~。そりゃ持ち上げるよ」


 嫌だ嫌だ、英雄が生まれるのはいつも何かで失敗した時だ。

 おめでとう、君は昇任した。

 何でも必要なものを言ってくれ、出来る限り融通する。

 自分の権限で与えられる物は何でもやると言われたら、死ぬ可能性が高い無茶苦茶を言われるようなものだ。


「やだやだ。またなんかやるんだろ? 学園長に何か言われたら過労と睡眠不足と腕が動かないから辞退しますって言っといて」

「や~、学園長はむしろ負傷してるからこそ味が出るとか言って呼び出すんじゃないかな?」

「面会謝絶の掛札かけて、一週間は寝倒す! 知ったこっちゃねぇよぶぁぁああああか!!!!!」


 トウカに苦笑され、彼女が去っていくと再び眠くなる。

 何もする事が無いなと脳が認識した瞬間に、穴だらけになった身体を充填するかのように睡眠を求めてくる。

 幸いな事に、薬も酒も必要がない位に快眠をしている。

 疲れ果てているという見方もあるが、それで精神的な負を見ずに済むのならそれが一番だ。


「ぐがっ……」


 ノンビリしてる気はするのに、ノンビリ出来ていないという矛盾。

 休養ではなく謹慎しているだけのような錯覚。

 休養してるのなら適度に携帯電話弄って、携帯ゲーム機ポチポチやってれば良いのに……。

 俺って、こんな真面目だったか?

 こう、不真面目を出せ。

 非日常から日常に戻れ。

 そうだ、ニートだったんだからそれくらい簡単だ。

 そう、何も……。


「起きろ」

「っ!?」


 ベッドに振動が伝わって、慌てて目覚める。

 ゴロリと転げ落ちて、片手を腰へと宛がうが銃なんかぶら下げていなかった。

 ベッドを蹴飛ばしたのが自分の主人であるミラノであるのを認識すると、変な汗がいきなり溢れる。


「な、なんだ。ミラノか……」

「ミラノか、じゃない。私が来たんだからせめて起きて出迎えるくらいはしなさい。もしかしてアンタ、英雄気取りで調子乗ったりしてない?」

「え!? やめてよ、何であんなに頑張ったのに休んだら怒られるの!? てか、ヤクモさん腕動かないから!」


 腕時計を見ると昼を過ぎていた。

 トウカが運んできただろう昼食が蓋をされて鎮座していて、それが俺の状態を見ての放置だと理解する。

 ミラノが床に尻餅をついて安堵した俺を見て、顔に蹴りを呉れようとして足を上げる。

 片足じゃ防御できるか不安だし、そもそもスカートの奥底に秘境があることを忘れているんじゃないだろうか?

 

 しかし、俺が慌てふためいたのを見て彼女は少し満足したのだろう。

 足をゆっくりと下ろすと「冗談よ」と言う。

 冗談かどうかわっかんねぇから!


「私ね、アンタを少し甘やかせ過ぎたと思うの」

「なして?」

「私は戦争が起きる前に独自の戦争をおっ始めろって指示を出した記憶がないんだけど、気のせい?」

「けど一番被害が少ないのってあの時期に独自の戦争を横から叩きつける事じゃん? てか、あれ放置してたらユニオン国は魔物のど真ん中で孤立して殲滅されかねなかったし、英霊がいても人手が足りなくて生徒に犠牲が──」

「ド正論を聞きたいんじゃないの。主人は誰?」

「ミラノです、Sir」

「じゃあ貴方は何?」

「雇われの騎士です、Ma'am」

「何かをする時はどうするんだっけ?」

「自分の上に指示を仰ぎます」

「今回アンタはどうだった?」

「誘拐されて攫われたうえに噂で帰る場所が無かったので、当初の目標どおりに行動しました。よって、悪くないです」

「ッ~!!!」

「痛い! 蹴らないで!? 足も皹が入ってるから! 折れちゃうから!?」


 ミラノがゲシゲシと蹴りを呉れて来て、損耗しボロボロになっていた俺の身体がちょっとのダメージで悲鳴を上げる。

 反撃も出来ず、回避も出来ない俺はそれを受け入れるしかない。


「アンタのその『当たり前です、お嬢様』って感じの余裕がムカつく。本当に英雄ぶっちゃってさ……」

「まあまあ、姉さん。そのおかげで大事にならなかったんだから、よかったと思うよ?」

「それで、コイツはまた褒められて”正しかった”って誤解するんだけど?」

「後から文句を言うのも、感情で理屈抜きで色々言うのは誰にでも出来るよ?」

「ぐっ……」


 今まで黙っていたアリアがミラノを制してくれる。

 ミラノがアリアの正論によって鎮圧されると、俺の前で少しばかり屈んで「大丈夫ですか?」と訊ねてきた。


「姉さんも、決して悪気がある訳じゃないんです。ただ気に入らないだけです」

「そのほうが悪くない!?」

「じゃあ、ヤクモさんは私が今回の事で気に入っていると思いますか?」

「──……、」

「心配したんですよ? 一人にそこまで背負わせて良いのか~って、悩んだりもしたんですよ? 結果良ければと世間様では言いますけど、姉さんがそうであるように私だって怒ってるんです」


 そう言って、アリアも怒りを隠さずに滲ませた。

 ただ暴力や不満として形にしないだけまだ有りがたいが、それはそれで心に来るので止めて欲しい。


「もう少し、何とかなりませんでしたか?」

「さあ、どうかな。俺は俺の行いが正しいと思った事は一度も無いよ。むしろ、誰かが否定してよりよい手段や方法を、道を、未来を提示してくれる事を望んでる。ただ、今回はそうじゃなかったし、そうならなかったってだけで……いつかは、俺自身が否定される事を待ってる」

「そっ……あぁ、うん。なるほど……」

「姉さん?」

「つまり、アンタはこう言いたいのね? 自分の行いが間違いだと否定されて、新しく提示されたほうがより良い結末になると思ったら従うって」

「うん」

「馬鹿にして……。お子様だからって馬鹿にしてる? それとも、大人気取り?」

「えぇ……。死ぬか生きるかで気取るもクソも無いじゃん」

「今は、そうね。アンタを止められない、それが私の未熟さだというのなら……受け入れる。けど、何時までも自己犠牲単騎駆けを許容すると思わないで。正しくても、勝手な事をしないで」


 ミラノがそう言っている傍らで、俺はアリアに支えられて立ち上がる。

 ベッドに腰をかけると、欠伸が自然と漏れてしまった。


「こうやってる時はアホ面なのにね」

「ひでぇ!?」

「何事も無ければそれが良いんですけどね。以前の姉さんだったら欠伸一つで文句言ってましたよ」

「やってる事が無茶苦茶すぎて、逆に欠伸を許容したくなるの。ちゃんと寝たの?」

「まあ、寝たような気はするんだけど……。寝たり無い感じ」

「アンタ、何日活動してたの」

「七日? 九日? 分からない。昼夜関係なく行動してたから、ずっと続くんじゃないかって数えんの止めちゃった」

「はぁ……」


 ミラノにため息を吐かれ、アリアに苦笑される。

 仕方が無いじゃん、時間は計測する必要があるけど日数は計測する必要が無かったんだから。

 ただ前倒し前倒しで作戦を一つでも多く重ねて、相手の足が鈍る為に行動したのが我武者羅過ぎてもうはや覚えてないだけなのだ。


「今日と明日は絶対休む事、明後日は嘘偽り無い自己申告をすること。五日以内で回復する事」

「なんか無茶苦茶言ってません?」

「仕方が無いですよ。学園長がヤクモさんを舞踏会の時に紹介したいって言ってましたから」

「Fuuuuuuuuck!!!!!!!!!!」

「アンタ、まさかあれだけの事をして何も無いとか思ってたの? 冗談でしょ?」

「食堂に乗り込みましたけどね? 確かに助けましたけどね!!! 要らないよ、負傷とか過労とか適当に言って断れない!?」

「断る? 何で? アンタ、自分のした事に責任を持ちなさいよ。生徒達は何が起きたのかを知らないと落ち着けない。英霊達とは別に一緒に行動していたアンタも何らかの表明はしなきゃいけないの。……どう思われようが、どう思ってようがね」

「また眠れない奴じゃぁぁああああん!!!!! スピーチ嫌なんだってぇ!」

「”すぴーち”って何かは分からないけど、アンタなら楽勝でしょ」

「なんで!?」

「ヤクモさん、言い訳というか饒舌な時がありますから。それをやればおしまいなんじゃないかな~と」

「簡単に言ってくれるね……。プリドゥエン、こうなりゃジョブズのスピーチをパクろう。全文コピーしてくれ、俺がそれを三分の一に圧縮しちゃる」

「自分で考えろ」


 ミラノの拳が顔面にめり込み、俺は「ふぁい」と返事をするしかない。

 そしてベッドから立ち上がると、ミラノは慌てて俺を抑え込んで座らせた。


「今じゃなくて良いから! というか、そんなに苦手なの?」

「自慢じゃないけど。書き殴るのは得意だけど整理整頓して手短に伝えるのが苦手だ」

「あぁ……いつも、想いと感情で伝えようとしてるものね」

「それと、宿題は前倒しで全部終わらせてから遊ぶ方なんだ」

「つまり、直ぐに取り掛かってさっさと休もうと?」

「うん」

「寝ろ」

「えぇ……」

「どうせ学園長が半々刻くらい喋るんだし、アンタの話はその四分にも満たないから平気。重要なのは、休む事。第二に、間に合うように回復させる事。最悪台に上がる前にでっち上げても良いから」

「……なんか、ミラノさん優しくありませんこと?」

「私も五日後の舞踏会に立たせろなんて言われなきゃ休ませてるわよ。──アンタは、色んな人たちを救ってくれた。頑張りすぎ」


 頑張りすぎ、頑張りすぎ?

 ……頑張る事に過度は存在しただろうか?


「アンタ、今も私たちに心配かけないようにしてるでしょ?」

「え? ん? なんで?」

「カティアやプリドゥエンと一緒の時と、声や態度が違うから。わざと騒いで、元気なフリしてるのがバレバレ」

「……疲れてるのなら、疲れてるって言って良いと思います。姉さんは鬼のような人ですけど、鬼ではないですから」

「アリア……?」

「あ~……はは」


 言われてから、張り付いていた笑みが凝固した。

 それからゆっくりと顔を覆い、ゆっくりと閉じた目が焼け付くものを感じた。


「よく眠れるけど、なんだかすんごい眠いんだよ。休んでるはずなのに、すんごい疲れてる」

「……そ。じゃあ、私達は午後の授業に出るけど、何か有ったら絶対に言う事。アンタは変に気を使いすぎなの。それとも、信じられない?」

「──そういうつもりは無かったんだ。けど、俺もどうして良いか分からないからさ」

「どうして良いか分からない?」

「仲間とかはよく分かる、兵士だったから。けど、仲間じゃない相手との付き合い方が良く分からないから」

「……そういえば、アンタの覚えてる事で過去に関して聞いた事が無かったわね。人付き合いが苦手なの?」

「個人的に他人と関わるって事をしてこなかったから」


 高校時代は気がついたらそうなっていた。

 候補生時代からは同期と上官、自衛隊時代になるとそこに先輩と後輩が加わる。

 そうやって長年駐屯地勤務を続け、その後は無職で家に引き篭もっていた。

 そんな奴に、どうして対人コミュニケーション能力が備わると思う?


「だから、国に仕えると言うことはした事があっても、誰かに仕えるってのは初めてだし……。そこらへん、容赦してくれると助かるかなって」

「……とりあえず目は瞑ってあげる。けど、行き過ぎると信じてないのか~って話になるから、そこは気をつけること。いい?」

「うい」

「それじゃあヤクモさん、おやすみなさい」

「有難う、アリア。二人とも……いってらっしゃい」


 ミラノは「ん」と言いながら手を振って去る。

 アリアは態々立ち止まって、こちらを向いて頭を下げてから去っていく。

 その二人の行動を見ていると、プリドゥエンが口を挟む。


『ご主人様、嬉しそうですね』

「そんな顔をしてたか?」

『表情には出ておりませんが、噛み締めている様子だったので。これが……ご主人様の戦った理由ですか?』

「……かもしれない」


 ミラノに怒られて、アリアに窘められる。

 俺は嫌だ嫌だと言いながらも結局受け入れてしまうし、ミラノは出来る限り引き剥がそうとする。

 こういった”下らない事の積み重ね”こそが、俺の欲したものだった。


 日常が、家があった。





 ── ??? ──


 ミラノが攫われなかった世界と同期。

 ヤクモが救出に行かなかった展開を読み込み。

 ヤクモがミラノの前で死ぬ事が無かった世界。

 学園にヤクモが居た場合を想定した状況で再構築。

 

 公爵とヴィクトルとの交渉の場にヤクモが居合わせることが出来た展開を演出。

 英霊がヤクモを経由して理想を主張できた状態を設定。

 ユニオン国の出兵理由を何とか誤魔化せたとして時間を進行。

 



 ……努力が裏切られなかった世界、理想が踏みにじられなかった世界。

 非日常から日常へ回帰できた未来、自分の世界を世界の住人に否定されなかった世界。


 肉体汚染度……96%

 精神衰弱度……100%

 精神状態  ……諦め。

 

 楽しい夢を、希望を……彼に。



 ── Dream ──


 翌日、まだかなり眠いままに目が覚めた。

 酒は飲んでない、薬も飲んでいない。

 プリドゥエンがリラックス効果があるとアロマセラピーをしてくれた。

 マーガレットが香草の中から落ち着ける癒し効果のあるお茶を届けてくれた。


『お目覚めですか、ご主人様。まだ夜明け前の四時二十八分。一時間半ほどまだ眠れますよ』

「……マーガレットのくれた茶葉を、牛乳で温くなるように淹れてくれるか?」

『喜んで』


 プリドゥエンがお茶を淹れ始める中、部屋の主である俺が起き上がって暖炉に近づくと自然に焔が湧き上がる。

 部屋も幾らか明るくなり、魔法でここまで自動管理されるのかと驚くものだ。


『夢見はどうでしたか? 幾らかお休みになれましたか?』

「絶好調とは行かないけど、昨日よりは大分良い。今日は散歩したいくらいだ」

『病は病み上がりが一番重要だといわれております。外は摂氏マイナス八度、今日から暫く曇り模様のようで、昼までマイナス十八度になると思われます』

「はは、天気予報の真似事か?」

『これくらいはここに居てもネットワークが生きている所から情報を引っ張ってこられますよ。どちらにせよ、外を出歩かれる場合はカティア様をせめてお連れ下さい』

「うい、了解」


 淹れてもらったお茶を飲んで少しばかり落ち着く。

 窓の外は深々と雪が降り続けている。

 寒いのは嫌いだ……、南米出身者には寒さなんて無縁なのだ。


『しかし、ご主人様の様子を見ていると、かつてあった医薬品などを使いたくなりますね』

「かつてあった医薬品……? 嫌な予感しかしないな」

『いえいえ、市販品や許諾の有る薬品ですとも。その腕の治りが弱いというのなら高速回復薬と言うものがあります。全治三ヶ月の怪我を一日で治す事が出来るような治療薬が有りました』

「で、副作用は?」

『喉が渇いたり空腹になったり、飲酒後だと酷く酔いが回る等でしょうかね。あとは、ご主人様は一種の虚脱状態……心因性ストレスやコンバットストレス、軽度のPTSDを患ってる可能性が御座います。ですので、余り宜しくはありませんが覚醒剤も御座います。私は国民としての義務で軍役についていました、適切な使い方を知っております』

「覚醒剤までは流石に合法でも手を出す勇気は無いな……」

『取り扱いには軍人か医療関係者、日本で言うと赤十字社の上級救命の資格を保有している方であれば取り扱える合法です。意識が余りにも弱っていたり、衰弱して医療関係者の到達までに命が危ぶまれる場合に使えます。とはいえ、無い物のお話をしても仕方がありませんが』

「聞いてるだけでも想像するだけ楽しいし、退屈しないから良いけど」


 そんな事を言っていると、眠気が襲ってくる。

 プリドゥエンは空になったカップを受け取ると『眠気が来ましたかな?』と言ってくれる。

 俺は甘えて再び眠りについた。

 そして……朝が来る。


「ご主人様~。今日はどう? 元気そう?」

「お早う、カティア。今日は……幾らか調子が良さそうだ」

「ご主人様が言うとなんだか信用が無いのよね……」

「いや、本当だって。でさ、頼みがあるんだけど良いかな?」

「……頼み?」

「午後に散歩をしたいんだけど、カティアに付き添いを頼みたいんだ。それで大丈夫なら明日もまた一緒に居てくれると有り難いんだけど……ダメ、かな?」


 散々放置しておいて何を言ってるんだと思わないでもない。

 彼女はこれを否定する権利があるが、それが出来ない上での問いかけである。

 卑怯者だ、俺は。


 ただ、嬉しい誤算はある。

 嫌な顔をせず、かつてそうしたように彼女に猫の耳や尾が出て張り詰める。

 ピンとしたそれらが、何かに驚いているように見えた。


「ダメじゃない! ううん、ダメじゃないわ。ミラノ様の所まで行って来る!」

「待って? 話はまだ途中! 今日は学園の内部を散歩、明日は町に出て少しふらりとしたいって予定で頼むよ」

「行って来る!」


 カティアが元気一杯に駆けて行って、出入り口付近で誰かにぶつかりかけて「ごめんなさい!」と謝るのが聞こえた。

 この、なんと言うか……こういうところを見ると、まだまだ子供なんだなあと思ってしまう。


「あの、ヤクモ様。お早う御座います。昨日は良く眠れましたか?」

「お早うマーガレット。香草には助けられたよ、有難う。昨日と今朝……よく眠れたんだ」

「ふふ、その割にはまだ眠そうですね」

「眠れるのは良いんだけど、プリドゥエンが言うには力が抜けてるんだってさ。強壮効果とか、あるいは……強心効果の有る、そう言った香草って有るかな?」

「んと、それだと調合しないといけなくなりますが……。お時間を頂いても大丈夫でしょうか?」

「手間が掛かったり、貴重なら無理しなくて良いからさ。香草をわけて貰ったのも……なんだか申し訳ないし、俺には価値が分からないから尚更悪くて」

「気になさらないで下さい。私の得意な事はこれですから。こういった事でお役に立てるのなら嬉しい限りです」


 ……マーガレットは本当に優しいなあ。

 あの辺境伯がマーボー神父みたいで嫌なんだけど、娘には罪は無い。

 ただ、それはそれとして今度は好意を利用している気がしてしまうのだが。


「ヤクモ様のように戦えませんし、ミラノ様のように勉学や魔法では勝てません。ですが、私にはこの知識が有りますから。それで役に立てるとしたら、それは嬉しいなって思うんです」

「──そっか、有難う」

「どういたしまして、です。それでは、失礼しますね」

「わざわざ来てくれて有難う」

「いえ、香草の件でミラノ様がお礼を言いたいと仰ってましたから。朝食をご一緒する予定だったのでついでです──なんて言ったら、がっかりしますか?」

「そこまで思い上がってないよ。けど、良かったら……ミラノとも仲良くしてよ」

「ミラノ様と、ですか?」

「まあ、事情は色々有るけど……。色々なものを背負って、優秀じゃなきゃいけないって一人で頑張ってたからさ。アルバートとかとは違う、友達……友人が必要だからさ」

「ふふ……」

「……変な事言ったかな」

「いえ、ミラノ様とヤクモ様はそういえば似てるんだな~って思ってしまって」

「俺と、ミラノが?」

「頑張らなきゃ、ちゃんとしなきゃ~って。自分の分野では厳しくて、変な所で優しい所とか」

「──……、」


 眉間を押さえ、少しばかり考える。

 だが、それは違うと俺は否定できた。


「ミラノと一緒にしちゃダメだよ」

「ミラノ様も似たような返事でした。ヤクモ様と比べちゃいけないって私に言いましたから」

「え?」

「ヤクモ様は色々と常識破りな方ではありますが、その根っこには彼なりの苦労や努力があっての事だから、似てるって言うのは──あ、これ秘密でした」

「聞かなかった! 俺は聞かなかったぞぉ!?」

「今日のお休み前に届けに来ますね」

「マーガレット? マーさん!? 俺を虐めてちょっと楽しんでません!!?」

「心配かけたんですから、これくらい良いですよね?」


 そう言って、彼女はクスクスと少しばかり小悪魔な表情を見せた。

 悪戯が好きそうな幼げな笑いは、何でも許してしまいそうになる。

 呼び止めようとして伸ばした手で、そのまま頭を搔く。


『愛されてますね、ご主人様』

「だと良いけど」

『では、機械的に客観的な事実を言いましょうか?』

「聞きたくない。聞いてしまったら曖昧だったものがプリドゥエン視点とは言え確定しちゃうだろ。確定したら、誤魔化せない」

『……屑ですね』

「分かってるよ。分かってる。戦いは気が楽で良い、敵対するか中立か、或いは味方しか居ないから。敵は倒せば良い、その倒し方を考えれば良いだけで、マイナスはマイナスのままなんだから」

『ご主人様は……怖いのですね』

「ああ、そうさ。怖いんだよ。俺は……自分の価値を与えられずに、見出せずにここまで育った。育っちまったんだ。何の価値も無い、優しい意外に何の取り柄も無い男が他人に向けられる愛情を信じられると思うか? その愛情に俺がどれだけ応えられるかも分からない。有難うと言いたい、たとえクソッタレであっても個人的な時間を持ちたい。だが──何も、無いんだよ」

『……前言を撤回いたします。私は──ご主人様の家庭事情を知りませんでした』

「良いんだ」


 ──なあ、兄貴。二人とも、離婚しちゃうのかな?──

 ──兄さん、どうにか……してよ──


 優しい事しか取り得が無いそんな俺に出来る事は、良い子でいる事だった。


 ──俺は、仕事で家を空けすぎた。だからさ、家族の事……頼むよ──

 ──大地。お母さん日本人じゃないから、家の事助けてね──




 ……夢に介入、思考を中断……



「……なんか、疲れた。もう一眠りするよ」

『気分を害したのなら謝ります』

「いや。良いんだ。それと……ゴメンな、プリドゥエン」


 そう言って、俺は眠りについた。

 しかし、その眠りもそう長くは続かなかった。

 暖められていた室内が突如として冷え始め、掛け物に埋もれている心地よさがただのシェルターになってしまった。

 室温の急激な変化が覚醒を促し、何かを見ていたようで見ていなかった俺は浅い睡眠から目覚めた。


「寒い……物凄く、寒い。プリドゥエン、窓……窓閉めてくれ」


 寒いのが嫌いだ。

 それは富士の検閲だとか、訓練で低体温症になったからとかは関係は無い。

 南米出身だからと言うのもあるが、寒さは……死を連想させるから。


 しかし、返ってきた返事は『それは出来ません、ご主人様』という無情な物だった。

 仕方が無い、面倒だとマリーに教わった魔法で横着する事にする。

 窓を魔法で掴み、閉ざす。

 魔法を防御する結界や、魔法を反らす盾の派生で、魔法を投げ返すという物を更に変えて見せた。

 

 ただ、俺も大分魔法に関しては引用や現代科学の着眼・理解・解剖を用いてチートしているが、縛りからは今の所抜けられない。

 引き金を引かなければ銃弾が発射されないように、何かを持って魔法を発動させる引き金を引かなければならないのだ。

 ミラノたちのように詠唱するか、マリーのように詠唱を全部簡略化するために魔導書の刻み込むか。

 どちらにせよ、俺も”動作”は必要だった。

 銃口を向けるように、窓に手を翳すしかなかった。

 しかし、その手が伸ばされると同じくらいに窓は閉ざされ、そして俺の手を誰かが掴んだ。


「も、おきるじかん」

「もう、ロビン。起こさないって言ったのに……」

「ねすぎると、そのせいでからだがわるくなる。つらくても、おきるじかんは、ひつよ~」

「……ロビンとマリーか。窓から……なんで、窓から?」

「せいとに、あいたくないから」

「色んな理由で休んでたり、サボったりする生徒もいるんだもの。私達が廊下であれ寮であれ自由に出歩いてると知ったら、負担に感じる子も居るでしょうし。姉さんと違って私達は口出しする人だから、憎まれもする。そういうもの」

「なるほど。んじゃ、今度から縄梯子でもかけとくか? 出入りが楽になるぞ」

「め~あん」

「んな訳あるか。下の階の子に迷惑が掛かるでしょ」

「てか、ロビンは登攀技術はありそうだけど、マリーはどうやって窓から……?」

「飛んだのよ、少しだけね。飛んだというよりも浮いただけなんだけど、消費が大きくてやりたくないんだけど」

『お茶を頂かれますか?』

「ん、のむ」

「一杯頂くわ」


 二人は寛ぎ始め、俺はベッドをゆっくりと抜け出した。

 プリドゥエンがお茶の準備をしてくれているので、俺はベッドを整える。


「俺も一杯頼んでも良いかな」

「も、だいじょ~ぶ?」

「さあ、どうかな。けど、腕が片方動かないってのは、大分不便だ」

「今まで散々無理してきたんだから、神様が『無理すんな~』ってそうさせたのよ」

「マリーさん? 俺は仮にも貴方を救っての負傷だと思うんですよね? 俺の行いや意志まで神の物にされても困るんだけど」

「行いや意志だけでどうにもならない事があるのよ。たとえ良い人であっても、良いことだと思ってやった行いだって間違いだったという可能性すらあるし、良い考えだから良い人だから良い結果になるという事も無いんだから」

「い~ことも、わるいことも、うんがからむ。わるいひとがうまくいくときもあるし、いいひとがだいしっぱいすることもある」

「……分かってるよ」


 良い人が良い結果を残せるわけじゃない。

 悪い人が失敗する訳じゃない。

 たとえ良い人でも、上手くいかない事だってあるんだ。




      == 精神汚染度低下 ==



「たっ……ただ、アンタが救ってくれた事は感謝してる。あっ、あり、がと──」

「──どういたしまして。けど、あんまり気負ったり買い被ったりして欲しくはないかな。学園長が俺は英雄だとか言い出したみたいだけど、そんな大した物じゃないし、たいした人物でもない」

「ど、どうして?」

「善意でやったことじゃないからさ。人は一瞬、或いはふとした瞬間にも善人や善意を与える事は出来るが、それを持続して行い続けることは難しい。俺自身がぶっ倒れても影響は少ないが、マリーがやられたら影響はでかいという損得も関係してるし」

「アンタが倒れたら影響が小さい? 冗談──」

「そう思ってくれるのは勝手だけどな? そっちは既に功績も歴史も残してる英霊で、俺は一地方やどこかの誰かしか知らないようなちぃっぽけな……与えられた英雄だ。俺が倒れても兵士連中や生徒はそんなに気にしないが、英雄の一人でも大打撃を受ければ士気に関わる。そこは個人的な感情や交友じゃどうにもならない、心理学って奴の範囲になる。『もうだめだぁ、おしまいだぁ』って兵士がなられちゃ戦線が持たない。最悪生徒をたきつけて戦線後退するにしても、非協力的に諦められても困るんだよ」

「……アンタって結構打算的なのね」

「打算ってのは欲に基づくからな。勝ちたい、負けたくないってのも欲だし、それを達成する為には考えなきゃいけない。今日だけよければ良いのならどうでも良い、明日もそうしたいのなら少し考える必要がある。それを長続きさせたいのなら、もっともっと考えなきゃいけない。戦術だけで良かった考え事が、方法に、手段に、行動に、時間に、消費に、戦略にまで波及していく。あの瞬間と価値感を踏まえたら、至極当然で最も価値のある行動だったよ」

「それじゃあアンタは、自分に価値が有ると思えば見捨てて逃げるんだ」

「状況によるだろ? それに、見捨てるといってもそれが非道で外道なのか、それとも意味があるのかでまた違う」

「……どゆこと?」

「その時を見捨てる事で後で打開できる場合もあるし、一人を救うのに部下と自身を危険に晒して賭けをする奴は……悪いが、人としては正解でも上に立って良いとは思わない。それに、個人的な事情じゃない理由で見捨てざるを得なかったとしても、それは”仕方の無い事”なんだよ」

「アンタは、自分がそうされても良いの?」

「そりゃお前……個人的にはそう思えないさ。人は感情の生き物で、それが時には道理も合理も否定した思考や行いを齎すことだってある。今冷静な自分は色々言えるけど、その時どうなるかなんて分からないしなぁ……けど──」

「けど、なに?」

「けど……誰も置き去りにしないと言う信条の元に、生死問わずに救いに来てくれる。日本……じゃないな。俺の生まれた場所では……死体であっても報告してくれて、必ず迎えに来てくれるんだ。それで見苦しくないように綺麗にしてもらって、国で帰りを待つ人の所へ……そうでなくとも、国が責任を持って自分の守りたかった、そうしたかった所まで連れて行ってくれる。そして同じ仲間が、上官同期先輩後輩関係無しに参列して……送り出される。帰れるんだ、帰してくれるんだ。なら、仕方が無かったんだよなって思える、思い込める。それだけでも意味がある……だろ?」


 自衛隊は何処まで海外と違うのか分からないし、自分の生まれた南米や、育った北米とスタイルが違うくらいは分かる。

 けれども、けども……。


「──俺は見捨てないとは言わない。けど、生死問わずに連れ帰ったり送り返すのは義務として教わってる。身分も地位も階級も関係ない」

「……自分が異常だって分かってる? 騎士じゃないのに、兵士がそんな事をする?」

「無理やり兵士にされる訳じゃないからな。自ら望んだ者のみが兵士を仕事として始める事が出来る。無理やりじゃない、脅されて嫌々でもない。俺が異常なんじゃない、それが当然だった」

「……けど、アンタは死なないじゃない」

「諦めなけりゃ、な。無敵でもなけりゃ、不死でもない。俺がもういいやって諦めた時、その時に終わる。諦めないから起き上がるし、立ち上がる。──まあ、こんな世界じゃ俺がくたばった所で、その遺骸を回収する思考も無けりゃ、帰る場所も無いんだけどな……」

「諦めるな」

「ひでぇ……」

「よくわかんない、けど。やくも、あきらめるとき、ある?」

「ロビン。コイツ、こう見えて……いつも、何かを諦めてるのよ」

「ッ──」


 自分で言おうとした言葉を、マリーに奪われてしまう。

 そして彼女は少しばかり俺を見てから、表情から何かを判断して……続けた。


「コイツ、自白したわ。状況や状態に合わせて、打算と言う名の重要性でいつも何かを取捨選択してる。自分を投げ出すのが容易なように、抵抗や生きる事に価値を見出せなければ……そういうことも有るって事でしょう」



 == 精神汚染度低下 ==



「……凄いな。英霊は何でも分かるんだな」

「舐めんな。アンタ、英霊っていって私たちを別枠扱いしてるけど、私たちだって普通に生きてきた人なの。絶望もあった、希望もあった。アンタみたいな強弱内包した奴には会った事は無いけど、アンタのように強い人もいたし、アンタのように弱い人も居た。アンタのように色々考えてる奴も居たし、アンタのように何も考えない奴も居た。そう言った人をごちゃ混ぜにした、矛盾しすぎてて逆に成立手段をコイツは作り上げてる。兵士のアンタと、兵士じゃないアンタとでね」

「──……、」

「お~……」


 マリーに、半ば自覚していたとは言え自覚の無い場所まで言われてしまった。

 だが……不思議と、以前の船の時のような嫌悪感は無い。

 逆に両手を挙げて降参してしまえるくらいの受容を示せた。

 

「あるいは、時代や世界も違えば、思考も文化も常識も違うから……そもそも、他人の考え方を私が決め付けてるのがおかしかったのね。だって、ヤクモから見れば私たちの考えが異常だって事もありえる訳だし」

「けど、そ~いうの、かんがえてたら、つかれる……」

「それに関して俺は答えを見つけてある。宗教も思想も思考も、他人と共有できればそりゃ嬉しいけど、押し付けたり排除をしなけりゃ何でも良いのさ。俺がマリーやロビンに『お前らなんで男じゃねぇの?』っていう、根源まで俺たちは異常扱いに出来るからな」

「まさか、そこを異常扱いする人なんて居るの?」

「宗教も思想も、正しく敬虔に取り扱う人も居れば表面だけ攫う過激派が居るって事だよ」


 ネットを見ればもはや酷い物だ。

 男女平等ではなく、男性除外主義に到達して尚『男女平等である』と言ってしまう人も居る。

 俺は男女平等ではなく、男女公平を新たに設けるべきだと思ったが、たぶんそれも埋もれただろう。

 男女平等を謳いながらなぜ男性に汚れ役を押し付けるばかりなのか。

 あるいは……俺が知らないだけなのかも知れないが。


「一つ……一つ、約束してあげる」

「ん?」

「アンタがどうなっても。生きてるか、生きてないかは別にしても。志半ばで心折れて立ち止まりたくなったとしても、理想の途中で諦めてしまったとしても……。私は、アンタを連れ戻す。今はまだあの準備室しか私の部屋は無いけれど、以前の私たちの安らげた空間のような……上手く言えないけど。広間でも良い、家でも良い。戦いでしかアンタを頼るんじゃなくて、何も無くてもアンタが帰って来られるような場所をあげられたらなって」

「ん。おなじく。におい、そんざい、おぼえた。どこにいても、かぜがヤクモのことおしえてくれるから、つれかえる」

「……そっか。じゃあ、これを持っててくれ。もし俺が諦めて死んだ時、これをカティアに読んで貰ってくれ。あるいは、解読しても良いけど」


 俺はメモ帳の最後のページを一枚、破り取ると机に置いた。

 日本語でツラツラと書き連ねられた物は、漢字のみを最近仕入れたマリーでも理解されない。


「これ、なんて書いてあるの?」

「……今まで、何処でどうくたばるか。何時どのように諦めるかは分からなかった。だから、書いてたんだ。いつかどこかで俺を見つけた誰かが、これを持ってる亡骸が誰なのかを分かるように。デルブルグ家の公爵か、それが無理ならこの学園付近に埋めてくれって頼んだ物だ。定期的に内容は書き換えてるけど、大体そんな感じ」

「準備が良いと言えば良いのか、それだけ悲観的な事を嘆けば良いのか難しいわね、アンタ」

「召喚されて十日足らずで魔物の襲撃とご主人様の護衛。休めるかなと思ったら英霊殺しと戦う羽目になる。死にかけたと思ったら神聖フランツ送りで死にかけるし、どうなるか分からないと考えるのはおかしくないだろ」

「……それに、それが当たり前なんだ?」

「そういうもんだろ」


 マリーは、俺の置いた一片の紙片を「預かる」と言って真っ先に受け取った。

 ロビンは伸ばしかけた手の行き先が無くなり、頬を膨らませてマリーを見る。


「……アンタが何者なのか、確かに預かった」

「預けた」

「う~……。わたしも、ほしい~」

「……ゴメン、文面見せて?」


 マリーに渡しながら、即座に返却を要求する情けなさ。

 それでもロビンの分も確かに認めて、俺は二人に”俺”を預けた。

 存在、意味、意義、思考、思想……。

 九割以上の物が零れ落ちたとしても、無ではなく名前は与えてもらえるのだ。

 産まれた時に与えられる名前もあれば、死んだ時に見つけ出してもらえる名前もある。

 

「俺の事、よろしく頼む」


 それは、今の自分ではない”俺”。

 心折れて豹変した俺、命失い骸と化した俺。

 どれも俺ではあるが、今の俺ではない。

 今の俺が未来の俺を託す。

 ミラノには託せなかった物。

 アリアにも、アルバートにも託せなかったもの。

 マリーに指摘された、矛盾した物を彼女に預けた。

 兵士として存在し、個人としてその存在の忘失を恐れる。

 個人として渇望しながら、兵士として託す相手を選ぶ。


 だが、俺には未だ出来なかった。

 兵士としての自分を売りにしながら、厄介ごとをミラノに預ける事を。

 今の所賊以外を殺めては居ない……筈だが、それでもいつかは疎まれ、敵を作り、狙われる事すらあるだろう。

 そうなった時に、今のミラノ達じゃ狙われた時に抗しきれないのだ。

 だからと言って英霊たちはどうかと言われたら……さっきまでは、個人を預ける気はなかった。

 マリーは俺が生きていても死んでいても連れ帰るといった、ロビンはその為に探すといってくれた。

 兵士としての俺ではなく、個人としての俺を受け入れると言ってくれた。


 


 ……自衛官だった俺が、その姿を家族に見てもらいたかった。

 相手は違えども、託す相手が居るだけ良いものだ。




 ==精神状態の向上==

 ==肉体汚染度の低下==

 ==生存確率・7%==

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