135話
トウカが真っ先に8等級に到達し、俺は追いかけるように一月かけて昇級した。
ギルドでの級は、8等級までは成果と結果のみで判断されるので短期間でも優秀であれば直ぐになれる。
しかし、そこから先は人柄や信用なども判断材料に含まれるような仕事が任されるようになり、一つの仕事が一週間以上掛かる事も多くなるので昇級が難しくなる。
等級に見合わない仕事は受注させてもらえず、それはトウカのように以前傭兵だった人や魔法が使える俺でも関係が無かった。
「8等級おめっとさ~ん!」
「ありがとう!」
昇級し、トウカと二人で飲み合わせる。
プリドゥエンは下手すると酒を引っ掛けられかねず、また新たに移動したので無用な騒ぎを起こさないためにも部屋に居てもらっている。
トウカもそれなりに自立できるくらいに仕事が出来て、等級も高くなっている。
8等級にもなれば、仕事を一度こなせば一日や二日分の飲食代は稼げるようになる。
宿や炭代、装備の補強などを含めればやりくりしなければならないが、稼ぎが増えるだけでも良いことである。
「強いね~、仕事できるね~、流石だね~」
「俺よりも先に昇級してるのによく言うよ」
「私はほら、先輩だし? もうちょっと褒めてくれたっていいのだよ?」
「まだ一緒に仕事したこと無いからなぁ……」
トウカは基本的に仕事を選ぶ。
討伐だとか退治だとか、そう言ったものを好んで受けたがる傾向が有る。
危険度の高い物となると下級者が同行するのは難しくなっていく。
規則で「○名居る場合に限り、○等級までの人員を○名含めることが出来る」と言う風に定められている。
まったく排除されないのは、後進の教育の為に考慮したという事らしい。
彼女は少数で行動するので、結果として同行することは出来ないし、勉強優先の俺は急いで功績を重ねる理由も無かった。
「それじゃあ先輩、ここから早く昇級するにはどうしたら良いですか~?」
「んとね、一つ上位の仕事までは受注できるから、それを達成し続ければ早いよ? あんまり許可されないけど、単独で達成するとか、集団で行動して統率力を見せたりとか色々有るけど」
「複合的に見られるわけか。強い個でも我が強すぎたら意味が無くて、連携も幾らか見られるって事か……」
「まあ、連携って言っても問題を起こさないで一緒にお仕事が出来るよ~って事が分かるくらいで良いんだけどね~。それに、組合の方で割り振る仕事を考えるから、向いてる向いてないで受けさせないってこともあるし」
「なるほど」
「一人でお仕事するのが向いてる人も居るし、何人かで役割を決めてお仕事をするのが向いてる人も居るからねぇ~。ヤ……ダイちゃんはどっちかなぁ?」
「一人が気楽で良いかなぁ……。正確にはプリドゥエンと一緒だから一人じゃないんだけどさ」
「プリちゃんの事、ズルだ~って言う人が居るよね。ダイちゃんと仕事した人が居ないから仕方が無いけど」
「……まあ、少なくとも8等級だから最初の時みたいにヘコヘコする必要は無いしなあ。それでも一応お勉強はしてるけど……」
「けど?」
「反感と顰蹙、気に入らないってのはどうしたって出るよ」
一月経過しただけなのにヒヨッコから駆け出しにまでなるのをいぶかしむ連中が居る。
俺の外見は残念ながら若作りになってしまっていて、体験や経験を感じさせない。
たとえ魔物を狩ろうともプリドゥエンの存在が突っ込みどころになる。
そうじゃなくとも、トウカの存在がやっかみになっていた。
「しょうがないっさ~。あんまり気にしちゃダメだよ?」
「トウカは気にしてないのか?」
「もっと酷い事もあったし、直接何かされなきゃ別にって感じっかなぁ~?」
プリドゥエンでズルをしている、それを俺は否定しない。
GPSを内蔵していて、腕時計を見ずとも常に情報を更新して紐付けたままに更新していられる。
赤外線や動体センサー、暗視装置完備と視覚的にも感覚的にもかなり救われている。
だが、トウカに関しては卑屈な勘定に障る。
彼女だとか、或いは弱みを握って性的に良い思いをしているだとか色々言われていた。
本来ならそれを言われているトウカが気にするのだろうが、ここでは俺が気にして滅入っている。
「直接何かされたら言ってくれよ? 流石に気に入らない」
「や~、大丈夫じゃないかなぁ?」
「何でそう言える?」
「何人かぶっちゃったし、たぶん私じゃなくてダイちゃんの方を狙うと思うし」
……あれ、トウカの方が恐れられてるの?
それはそれでなんだか複雑だけど、プリドゥエンにアシストしてもらいながら怪我を癒す旅をしているという設定なのだ。
じゃあ、弱者って俺じゃん?
「ダイちゃんってさ、誠実だよね」
「は?」
「自分も嫌な思いしてるのに、私の心配してくれてるよね。ちょっとお話した事があるだけなのに、最初は面倒見てもらっちゃったし。色々気にかけてくれてるよね」
「そそそ、そんな事ねぇし? 下心満載で一緒なだけですし!?」
「その割には、部屋が一緒で二人きりでも何もしないよね。まあ、お酒飲んでばっかりなのは良くないと思うけど」
「あのな、誘ってます?」
「ん~、わかんにゃい。悪くないと思うよ? うん、それはホント」
「やめよう! 昇級おめでとう、うぇ~い!!!」
「うぇ~い?」
この前の天界の話を思い出して、トウカもそうなのだろうと思い直す。
無条件の好意、甘ったるすぎるほどの糖分に塗れた肯定。
そんなものに乗っかるほど、俺はまだ落ちぶれちゃ居ないと思いたい。
しかし、落ちぶれさせるのに十分な災厄はあちらから歩いてくる。
ヌッと俺たちの首に腕を絡めてくる輩が居たからだ。
「いや~、昼間っから楽しそうだねぇ? キミタチ」
「俺たちも混ぜてくれよ~」
……嫌な”人種”が来た。
さっき話にあげた懐疑的な連中だ。
トウカに回している腕はそれとなくで、俺の首の方は幾らか拘束されている。
……いや、被害妄想だ。
薬は飲んだはずだ、じゃあ被害妄想じゃなくて確信か?
分からない。
「ダイチきゅん、8等級昇級だってねぇ? え~っと、なになに……。登録してまだ一月でそこまで昇級とか、余程運が良いんだねぇ~?」
「それか、一緒に居る連中が優秀なんだろうねぇ? トウカちゃんは古参みたいだし? 機械の玩具も凄いみたいだし」
「どうも……」
「おいおい、等級は同じとは言え古参。先輩だぜ? 先輩にはそれらしい敬意ってもんを見せてくれるかな~? ダイチきゅん」
馬鹿にされてる、見下されてる。
笑いたいのだけれども、それが相手の馬鹿さ加減になのか自分の低俗さに対してなのかは判らない。
あるいは、どちらとも言えるのかもしれない。
トウカに褒められると痒くて仕方が無いが、こうやって無様を晒される方が心地よい。
「旅をしながら身体の具合を治すって、泣ける話だねぇ……。魔法が使えるとそういう事が出来るんだ?」
「俺たちがあくせく働いてる隣で、楽されると苛立つんだよね。分かる?」
「金か? それとも何かしたわけ?」
「あ~……」
酒を一口呷ってから、ゆっくりと振り返る。
その途中で、トウカの胸がさり気無く触られているのを見てしまった。
……あえて言おう、何し腐るんだ。
学園では貧乳に次ぐ貧乳のオンパレードで、ファムを除けばトウカは一番でかい。
次いでヴァイス? それから姫さんだったか。
別に巨乳主義ではないが、それはそれとして好みと本能は別である。
特別好みであるというのと、美味しいから好きと言うものは違う。
つまり、傍に居るだけで結構煩悩を刺激してくれるお胸ちゃんに触れてるんじゃねえ、羨ましいぞと。
「……いや、良い具合に響くね。サルに言語を持たせたらこんな感じで喚くのかな」
「こいつ。酔いが回ったらしいぞ」
「調子に乗っちゃったかな? 酒が入ると誰でもそうなるもんね、分かるよ」
「今日はお祝いの席なんだ、話しがあるのならまた今度で良いですかね?」
「じゃあ、俺たちも混ぜてよ」
「は?」
「どうせこの後、部屋でもお祝いするんだろ?」
そう言われてから羅列されるのは、聞いていて煩悩を刺激するような『仲睦まじい行為』であった。
しかし、情欲を煽られるよりも唖然とするしかなく、その傍らでトウカの胸が好きにされている。
誤魔化しているのか、それとももはや意識しない程度の行いでしかないのか。
「……先輩だって言うのならそれ相応の態度と振る舞いをして下さいよ。人生の、或いは仕事における先達ってのは無条件で敬われるものじゃないって知ってます? 賢者も老いて不変であればただの老害であり、先輩もただ威張り散らすだけなら先輩足り得ない。導き、教え、諭し、示す。その結果尊重が初めて尊敬に変化するんですけど」
「おい、コイツ難しい事言ってるぞ?」
「学があるからって調子こくなよ? 小僧」
「やだなぁ、調子になんて乗ってないですよぉ~」
そう言いながら俺は両手を大げさに広げながら立ち上がる。
仕草はまるでピエロだが、それで取るのはお笑いではなく笑い種である。
ゆっくりと近づいて一人に密接すると、直ぐにカシュッという音が聞こえた。
「あ、あ゛ぁ゛……」
「調子に乗ってるのは、そっちっすよね?」
そう言って突き放すと、相手は尻餅をつく。
抑えている腹部は血に染まり始めていた。
「オーケー、トウカから離れろ。それと、相棒を連れてさっさと帰れ。今、ひっじょぉ~うに機嫌が悪い」
「コイツ、同業者を──」
「同業者? 先に入ったからって後に入った連中を脅して、からかって、不愉快にするバカの集いでもあんのか? 寝言は大概にしろ。急所は外してあるが、出血多量で死ぬ前に処置してもらえ」
「チクショウ、おぼえてろ!」
相手は負け犬らしく、或いはチンピラやゴロツキらしいモブ的な台詞を吐いて去っていく。
サプレッサーを取り外しながら、よくもまあゴソゴソと取り付けてるのに気付かないもんだなと驚いた。
「ダイちゃん、何したの?」
「あぁ、別に刃物を使って腹部を刺したわけじゃない。密接射だから綺麗に貫通してるし、矢で射られたのと変わらない」
「あ~、武器を使ったんだ……。けど、やりすぎちゃダメだよ?」
「お前も、胸揉まれてるのに黙ってる必要ねぇだろ」
「けどさ、ダイちゃんのお祝いじゃん? 私が怒ったりしたら台無しになっちゃわないかな~って」
「自分の事情を優先しろっての。じゃあなんだ、俺がお祝いで何かスペシャルなものが欲しいとか言って、一晩相手してくれって言ったら相手すんのかよ」
言ってから、本格的に酔ってるのは俺だと気がついた。
「あ、いや。今のなし。とにかく、変に遠慮しなくて良いから。それとも、おやっさんみたいに魔法が使えるから俺に遠慮してる?」
「遠慮はしてないかな。してない、と思うけど……」
「けど、なに?」
「や~、やっぱダイちゃんは良い人だねぇ。私のために怒ってくれたんでしょ?」
「違いますぅ~! 俺は俺の為に怒っただけですぅ~! もしくは好感度稼いでるか、トウカの胸を揉まれてるのを見て羨ましくて苛苛しただけですぅ~!」
「どんな誤魔化し方かな……」
自分でもこれが適切な誤魔化し方か判らない。
この、こう……。
嘘をつくのとは違うし、だからと言って敵対的に振舞うほどでもない訳で。
「ぶぁぁああああッ!!!!! 悪かったな! 女性の扱い方なんて全然分かりませんよ! 男としての欲望と、個人的な『こうしたら良いかな』ってのがごっちゃ混ぜになってよくわからねぇんだよ!」
「ダイちゃんってさ、時々良く分からない切れ方するよね。それで良く公爵の娘さんの傍に居られたね」
「仕事や義務や責任で関わるのと、そうじゃない個で関わるのは別なの! 仕事上、業務上関わるのはぜんっぜん良いけど、個人的にだとどうして良いか分からないの!」
仕事、任務、業務。
よく考えてみれば、そういうもののみによって生きてきたとも言える。
そんな男が仕事も、任務も、責務も失えばどうなるか?
自由に溺れる、地上に居ながら溺死する、酸素に囲まれながら窒息する。
矛盾しているようで矛盾しない、そんな結末に陥るのは明白だった。
「……あれ、俺ってワーカーホリック? 仕事が無いと何して良いか分からない人間? やだ、そんな……社畜になってたなんて」
「まあ、召喚されてからよくもまあ仕事だからっていう理由だけで頑張れたよね。右も左も分からないって言ってたけどさ。偉い人の子供と一緒で、最悪殺されちゃうかも知れないのにさ」
「──やっぱ、殺されてた可能性もあったか」
「おやっさんの奥さんがそうだったからねぇ……」
「……そっか」
「美人さんだったんだって。けど、美人さんだから妾にするんだ~って人が居て、おやっさんから奪おうとしたの。けど、奥さんは最後までおやっさんと一緒に逃げてたけど、ね。だから魔法使い、貴族が嫌いなんだってさ」
……そう聞くと、やはり身分だの爵位だの地位を乱用するってのは気に入らない。
そしてそれが貴族……ヴィスコンティなのだと分かると余計に腹が立つ。
公爵の事がチラと頭をよぎったが、それを打ち消すように酒を飲んだ。
「だからさ、珍しいと思うよ? 騎士ってさ、なろうと思ってなれるものじゃないし。魔法も使えるのにダイちゃんはどっちかと言うと私達のような人だし。威張らないし、力とか持ってても振りかざさないもん。おやっさん言ってたよ? 喧嘩売られないようにするのに苦労した~って」
「あんな強面に喧嘩売るとか命知らずだろ!」
「まあね。今でもあの拳骨を思い出すと頭が痛くなりそうだよ……」
「……学園に、というかおやっさんの所に戻りたいとは?」
「戻りたいけどさ、迷惑になるからダメだよ。おやっさんは良くても、いつかおやっさんも追い出されちゃうし。私が居なくなって問題が無くなるのならそれが一番じゃん?」
「あぁ、だから荷物が無かったのか……」
どうやらトウカは率先して出て行ったらしい。
そりゃ金も無けりゃ私服のみで門の前でポツネンとするわけだ。
不法侵入じゃない証明が出来ない、おやっさんと紐付けられて登録されているだろうがおやっさんの同意が無い。
そうなると最悪『逃亡』という扱いになるので、犯罪者になりかねない。
俺に関しては召喚されたのでそもそも貴族に紐付けされているので、嘘を見抜かれさえしなければ出るのは楽である。
それに……名声が役立ったので、人助けしたことが遠回りして役に立った。
三国志だの日本史だのと見ていると、出奔されるとそれだけで大騒ぎだけれども俺には縁のない話だ。
「そだ、遺跡の探索とかは時間が必要だけど、持ち帰ったものを換金して生計立てられるから面白いかもよ? 価値があるかどうかは足もと見られるかもだけど」
「遺跡の探索なんて仕事であるんだ?」
「表に出るものじゃないからねぇ。けど、定期的に魔物とかが巣食ってないか調べるお仕事もあるから、縁がまったく無いわけじゃないよ。今まではずっとバラバラだったからさ、一緒に仕事しよ?」
「はは、良いね」
「それに、少し今の騒ぎから遠ざからないとね」
サイレンサーをつけたとは言え、流血沙汰を起こしている。
周囲の注目を幾らか惹いてしまっているし、こういうことは良くない結果を招くと理解している。
悪い予感はいつも確信だった、嫌な気配は常に実存していた。
良い事柄とは、常に無縁だった。
~ ☆ ~
トウカのアドバイスどおりに、俺たちは初めての三人での傭兵課業へと出て行く。
内容は遺跡に魔物が巣食っていないかと言うもので、遺跡自体は既に探索済みで図も作成されているような有様だった。
そして、未開の地だとか人の気配が無い場所に向かえば向かうほどに『かつての人類の痕跡』がたまに見当たる。
『ここは、ヴィエレチカ岩塩坑ですね。いえ、元と言うのが正しいでしょうが』
「歴史的な場所も、忘れられればただの洞穴か……」
『人も歴史も”教育”されなければ忘れる物です。忘れられたものは価値が御座いません』
「だよな……」
様々な芸術品……石工品が飾られていると聞いた事があるが、その名残は出入り口の階段と壁画の残骸だけだ。
最期の晩餐を彫ったりと、宗教的であった工夫達の無聊を託つ為の作品たちも穢され切っていた。
『嘆かわしい事です。神もお嘆きになるでしょう』
「神が居たら、そもそも滅亡して無いだろ……」
「ダイちゃ~ん、はやくはやく!」
俺とプリドゥエンが過去に想いを馳せているが、かつてを知らないトウカにとっては”なにか”でしかない。
彼女に急かされて俺は少しばかり歩を早めた。
「ん~、魔物さんいないね~? やっぱ夏じゃないと居ないんだ」
「何で夏?」
「ここら辺ね、夏になると何でか魔物とか生き物が良く寄り付くんだって。冬もたま~に居るらしいけど、今回は外れみたいだね」
「……岩塩で流した汗の分を補充でもしてんのかな」
「もうちょっとだけ奥があるから、行って見よ?」
「分かった」
トウカとの行動は結構気楽なもので、英霊と一緒に居る時ほどに丸投げ出切る訳でもないが、ミラノたちのように足手まといでもない。
英霊と比べて惨めさを感じる事も無く、ミラノたちのような「自分が何とかしないといけない」という思考・労力リソースの分割が必要と言うほどでもない。
タフで体力もあるし、度量も有る上に迂闊じゃない。
素手で防具も身に付けてないのは不安だが、彼女曰く「邪魔」だとか。
一度鍛冶屋に連れて行ったが、革の防具くらい邪魔にならない柔軟さと軽さが良いらしい。
武器に関しては……驚くべき話だが、彼女の力に武器の方がついていけないのだ。
防具は軽くないと嫌だと言ったくせに、細剣を振らせて見たらしなって折れた。
直剣等は握りがヤワだったのか握り潰すし、両手剣系は軽いからすっぽ抜けてどこかに消えてしまった。
仕方が無いので篭手……というか、素手の保護だけはしてもらっている。
残念ながらこれに関しては自衛隊の皮手や迷彩手袋は適さないので渡せなかった。
「なんにもないねぇ」
「在るのは埃と骨だけだな」
「埃?」
「いや、何にも。砂時計の喩えをしただけ」
「あ~、一度だけ見たことあるよ。さらさら~って砂がずっと落ち続ける奴だよね。終わったら引っくり返してさ、何度でも楽しめる奴。けど、何でそれで例えたの?」
「上から時間という砂が降り続けて、それに埋もれたらどんな歴史も偉人も人々も忘れられるんだなあって」
「ここってただの遺跡っていうか、洞窟じゃないの? 遠いむか~しになにかここで有ったんだと思うけどさ」
「──あぁ、そっか。そういうのを含めての”人類滅亡の危機”だったわけか」
英霊連中が活躍した時代、かつて繁栄していた人類も一度は滅亡しかけた。
国が消滅し、文明も文化も失い、歴史も消失した。
つまり、旧人類が滅亡したと同時に一度忘れられ、新人類が繁栄してまた発見するも魔王との戦争でまた喪失。
三度目の発見にもなれば、そりゃそういう認識にもなるか。
『ご主人様、これを。どうやら、私が囚われていた間にも、世界は変わっていたようです』
「ん? ……なんだ、これ」
『ドイツ語、元ファシストの子孫である方々の文字です』
「それは俺が半分日本人の血を継いでる事を知っての発言か? それがどうしたんだ」
『ここはポーランドです、ポーランド語が使われるべきです』
「しかし、板切れにドイツ語が書かれてたとして、それがどうした?」
『いえ、ただ……滅びる前にも戦争はあったのかと、少しばかり考えてしまって』
「民主主義ってのはそういうのを抑えるための物だが、自分たちが死ぬかどうかの時にそれを言えれば格の高い人だな。自分だけでも、家族だけでも、身内だけでも、町だけでも、地方だけでも、地域だけでも、国だけでもと自分たちの意志を、意見を大きくすれば力も発言力も強くなる。そうなりゃ、他国を侵してでも生き延びようとする国が出てもおかしくない」
『ご主人様は争いを肯定すると?』
「お前さんは人が人たる所以の生存権を否定して綺麗に死ねと? 俺は悪いけど家族や友人、知り合いを生かす為に他人を蹴落とす事を否定してやれない。内容によってはそれが”美談”になる事もあるし、場合によっては”彼は過ちを犯されたが髪はそれを御赦しになられた”と言われる場合もある。九十九人の他人よりも、俺は一人の家族を生かす為にそいつらを切り捨てる」
『──……、』
「軍曹。逆に俺は聞きたいが、身内や友人、家族や恋人が死ぬかもしれないのに何の手も打たず、たとえ罪だと理解していても救いたいと言う気持ちが無い方がHumanity《人間性》を俺は疑う。そして、俺は罪を否定してない。ただ、清濁合わせて飲み込めるような奴が、国が強いと思うがね。そして、歴史が証明してるだろ? 正しくても負ければ間違いで、間違っていても生き延びて勝者となれば正しくなる。P5《国際連合安全保障理事会常任理事国》が分かりやすいだろ?」
『……失礼しました。どうやら、人格コアに食い込んでいる制御で変な事を口走ったようで。ええ、その通りで御座いますとも。どうやら、機械の体になって人間らしさを忘れていたようです』
プリドゥエンはそう言って謝る。
それが口先だけの謝罪なのか真の謝罪なのかは俺には分からない。
『ただ、お気をつけ下さいという事を仰りたかったのです。近くで機械的な……あるいは、電気系統を察知しているのです。それも、まだ稼動している』
「そりゃあ……気をつけないとな」
『今まで何ともなかったのは、旧人類ではなかったからかも知れませんから。何が起こるかわかりません、ご用心を』
「ん、了解」
長い洞穴を歩いていくも、とりあえずは行き止まりに到達してしまう。
昔で言うのならトイレだとか、或いはスタッフオンリー的な場所も有ったのだろうが、そこら変は崩れたり埋まったりしていた。
「……行き止まりだねぇ」
「まあ、何事も無けりゃそれが一番だよ。何か有れば危険手当が貰えるだけだし、何も無くても仕事をこなしたって事で金は入るからボロいもんさ」
「ん~。こう、もうちょっと一緒にお仕事~って感じの事がしたかったなあ」
「野営とかしたし、それなりに道中も楽しかったと思うけど」
「一緒に何かして、一緒に頑張って、やったねいえ~い! ってのがやりたかったかなって」
気持ちは分からないでもない。
少しばかり自衛隊時代を思い出して、同じ事をするのであれば苦労を分かち合って喜びを共にしたいと思うのは自然だろう。
「別れるまでは一緒だし、それまでの間で……或いは暫くは、もしかしたらずっとそれを体験できる機会はあるさ。今日は確かに失敗したかも知れないけど、なにも二度と機会が無い訳じゃない。帰りがある、明日がある未来がある」
「ダイちゃん後ろ向きなのか前向きなのか分からない事言うね」
「まあ、クセだし」
「それじゃあ、細かい場所を見たら記録をとって帰ろ~!」
「おうさ」
そう言って、生き物が入れそうな場所を全て見て回る。
なんて事は無い、退屈な見回りだった。
……そう、思っていた。
「プリドゥエン、ちょっと来てくれ」
俺が気付きさえしなければ平穏な日々だっただろう。
『これは、新しく掘り進めた痕跡ですね。継ぎ目が粗いです』
気にならなければ良かったのだろう。
「ここで行き止まりだけど……」
そして、俺自身が”鍵”である事も忘れていた。
行き止まりだと、何の変哲も無いかつての観光名所だと思い込んでいたばしょが、そうではなかった。
プリドゥエンの探知、トウカの察知、俺の違和感への変質的な追及。
その三つが、壁だと思っていた場所に新しい空間への入り口を開いてしまった。
壁面に埋め込まれたタッチパネル、暗証番号のクラッキング、テクノロジーによる切れ目も割れ目も存在しなかった壁がドアとして開かれる。
その先に、エレベーターがまだ生きて存在していた。
「……どうしよう?」
「どうしようも何も、放置できないよなぁ……」
俺とトウカは迷っていた。
俺は自衛官として、応援や増援をつれてきての行動が適していると思った。
トウカは最低でも二分、そうでなくとも探索をしてから帰ったほうが良いといった。
理由は簡単で、未知の領域を放置する事になってしまうからだ。
それが利益なのか、それとも害意の放置なのかは分からないけど、最悪でも見張りは残した方が良いという事になった。
結局、折れたのは俺のほうだった。
自由であり、誰にも仕えていない。
奔放である事を理由に、俺は飲み込んでしまったのだ。
エレベーターに乗り込み、操作すると揺れ動く。
トウカが驚いていたが、俺たちは見知った技術である。
そうやって降りていくと、到達したのは核シェルターの入り口であった。
幾重にも及ぶドア、とあるゲームのような機械の補助が無ければ開かないようなVault.
トウカは操作盤に触れても認識されず、俺は権利がある。
全てが開かれた先に、幾らか錆びながらも文明的な空間があった。
『どうやら、地下シェルターのようですね。地上に居場所が無くなった人類の、文字通り保管庫のようで』
「ここが? 観光名所だぞ?」
『だとしても、長い洞穴である事は安心すべき屋根が長らく続いているという事でもありますから。新たに山を掘り進むよりも設置が容易だったのでしょう』
「なるほどねぇ……」
「ダイちゃん、そんなに色々弄繰り回して良いの……?」
「トウカは操作できないだろ? 情報が入手できるし、こういったものってのは跳ね橋と同じで操作する為の装置とかもあるからさ」
出入り口には検問所と検査所が併設されており、外部からの侵入者への防御や出入りする人の状態を調べて毒物を持ち込まないように出来ている。
そこを調べると生きているターミナルからは情報が引き出せる。
「プリドゥエンはターミナルごとに抜き出せる情報を抜き出してくれ。リスクは犯さなくて良い、危険だと思ったら別のターミナルに移動しよう」
『分かりました。ご主人様は如何なさいますか?』
「俺たち……いや、俺が幾らか調べてくる。トウカは悪いけどプリドゥエンのお守りを頼みたい」
「ダイちゃん危なくない?」
「まあ、大丈夫だろ。ただ、三十分……いや、十五分毎に携帯で通信同期して、最期の同期から三十分の空白があったら行動で」
そう言い置いて、俺は地下シェルター内部を探索する。
若干池袋駅やコンクリートジャングルを思い出すような迷路と近代感に慣れず、それでも親近感を覚えずにはいられなかった。
「なんだ、システム補助に翻訳機能あるじゃん」
そして、プリドゥエンが居なくてもドイツ語が翻訳、解読できるのを理解したので余計に恐ろしさは無かった。
住居区画、食堂、広場、農場区域、様々な区画が存在する。
人が地下に引き篭ったにしても、生き延びようとしたのだなと好意的に見る。
子供も居たのだろう、人形やら壁にラクガキした痕跡も遺されている。
倉庫に行くと、人口の増減や出産に応じて家具を新たに設置したりしまえたりするようにもなっていた。
食堂に行くと大よそ何人がここに居たのかも分かる。
初期三百名、最後は百名。
出て行ったのか、或いは何か事故でも有ったのか……。
以前魔物が襲撃してきた時にお泊りした公爵家忍びのお屋敷に有った冷蔵庫と同じものがあった。
冷蔵技術をここまで高めなければならなかったのかと、時から隔絶されてまだ新鮮な生肉や野菜が入ってるのを確認した。
コーンフレークはこんな時代でも健在だったのかと、開いてポテトチップス感覚で齧る。
牛乳と砂糖が欲しくなるくらいトウモロコシベースの味がした。
『ご主人様、大丈夫ですか?』
「こっちは問題ない。翻訳機能にアシストしてもらいながら散策中。どうやら急に人が居なくなったみたいだな」
『ポンペイ最後の日、で御座いますね。違いが有るとすれば、生活感だけを置き去りにご遺体が無い事でしょうが』
「……出て行った、と考えたいけど。時期的にはどうなってる?」
『難しいでしょうね。新人類が外に出始めた時期よりは後では有りますが、安住の地を探すにしても旧人類の方々には厳しい環境だというログもあります』
「……じゃあ、どっかに遺体があるのかもな。情報の抜き出しはまだ掛かりそうか?」
『ええ、ご心配なく。独立したネットワークですので、危険度は低いですが手に入る情報もある意味限定されております。ただ、歴史が積み重なっておりますので、それらも精査しながらとなると何百年ものデータを見なければなりません。ええ、塵が積もって山となっているのです』
「急がなくて良い。時間がかかるようならトウカに食事や休息の場所を指定しておいてくれ。内部は幾らか埃臭いけど使えなくはない」
『ナチのシンボルはありませんよね?』
「ん? あぁ、どうかな。そう言った急進派による場所だったのか?」
『KKKは形を変えて何処にでも現れます。……今のは平等主義プロトコルですね、失礼』
「もう面倒なのは切っとけよ……。アウト」
地下シェルターの凄い所は、全ての扉が防護力の高いものであるという事だ。
下手すると隣人ですら何をするか分からないという物かも知れないし、最悪換気システムの不調やガスが発生しても個室や区域を隔離してでも保護しようとしたのかも知れない。
上下に開く扉だが、当然ながら押しても蹴ってもびくともしない。
窓ガラスですら防弾仕様で、どれも機能を失っていない。
さて、地下何階と深くまで階層が存在する。
これを下っていくには階段を使って降りていくか、エレベーターを使うしかない。
エレベーターを使いたい所だったが、安全牌を切る意味も込めて階段を使用する。
閉じ込められる可能性、開いたら地獄で逃げられないと言う可能性がある。
行動も視界も限定されるので嫌なのだ。
「地下三階及び吹き抜け。娯楽区域と公園になりまぁす?」
地下空間に地上を作るとは、恐れ入ったという他無い。
空を映し出し、風を演出し、太陽を模倣し、自然を作り上げる。
見ればプリドゥエンが従えていたような小型のロボットたちが自然の管理をしているのが見える。
自然にシェルター内部が侵食されなかったのは彼らのおかげだろう。
ただ、人格を有していないのでリーダー格がどこかに居るはずだが。
「地下四階、研究区画……」
ここでは様々な研究を科学者が行っていたようだ。
とあるゲームのように陰惨な実験でも行われていたのだろうかと考えてしまったが、そういう事は無いらしい。
調べてみれば、地上への執着と一緒に生への執着が強く滲み出ていた。
二世代、三世代にも及ぶ地下生活は、何時しか地上信仰へと変化していった。
あるいは、願いだったのかも知れない。
──祖父の願いを叶えられそうにもない。地上に出る、その為に我々に出来ることはしてきた──
──採取口やデータから手に入る地上の環境は我々を容赦無く焼くだろう──
──チクショウ。まただめだ。探索班がアーマーをダメにした、回収したが汚染が酷い──
──エディが換気システムと通風システムに不具合があるからどうにかしてくれと泣きついてきた──
──自分たちは、何時までこうやって失敗と犠牲を繰り返せば良いんだ?──
誰もが問題を解決したがる、或いは”自分たちが”解決したがる。
溺れているのか、溺れていっているのかは別にして。
当時の人々の苦難、悩み、愚痴。
全てが記録されている。
どうやら以前プリドゥエンに転送してもらったアーマーは、ハザードスーツと防御力の両方を兼ね備えた代物だったらしい。
強化骨格に比べれば高い代物なのだろう、大事にしようと思った。
「空気の除染案、非効率により断念。ナノマシンによる根本的解決、時間がかかりすぎる事で副次案に降格。地上環境に適応できる材質の衣類や防護服の作成、そもそも放射能汚染が酷いので生きていけない……」
新人類は放射能に耐性はあるのだろうか?
それとも、使い潰されていたのだろうか?
「クローン技術とDNA改造、インプリントによる成熟化……採用。計画を進めつつ修正しながら様子を見る。第一次クローンによる地表探索。三十分で肌が焼け、溶けた。回収したがその後絶命、処理及び除染を行った……」
使い潰されてた。
まあ、そうだよな……。
試験管ベビー、クローンによるリスクマネジメント。
プリドゥエンがマリーやヘラを人として認識しなかったのを思い出し、そもそも彼らは非人道的な産物だったのかも知れない。
──そもそも、形に囚われすぎなのではないだろうか?──
──ナノマシンは高価だが、無尽蔵に生成・変更を行えるものだ──
──では、ナノマシンを人体に投与して、その方向性を変えれば良いのでは?──
おっと、狂気狂気。
ナノマシンを人体に投与って、ここら辺から来てるのか。
──ナノマシンを投与したクローンの生存率は高い。では、異能を使えるようにすれば装備はいらないんじゃないか? こう、魔法みたいな力だ──
──そもそも人と同じ身体能力である必要が無い。彼らを強くしよう。それと、逆らえないような命令も刷り込むようにしなくては──
──他のVaultの科学者とのやり取りで、この考えが支持された。もっと色々考えてみよう──
──監督に新しい区画の建設を頼んだ。これからはそこで作業する事になる──
新しい区画? 建設?
増設できるものなんだな、地下シェルターって。
どうやらこの人物は異動になったらしく、これ以降の書き込みは見られない。
……奥に行くべきだろうか? それとも戻る?
まあ、自分だけなら生き返ることが出来るし、死んでも頭が狂いそうなくらいの不快感とトラウマ、それとまた幾らか元に戻ってしまうのを除けばペナルティは無い。
「プリドゥエン、これから地下五階に進入する」
『お気を付けを』
「死なないんだ、大丈夫さ」
地下五階は制御区画で、様々な機械系等が立ち入り禁止で区切られていたりした。
その中心部に申し訳程度に”選出されたリーダー”がいて、現在の状況を把握したり、他のシェルターと交信したりもしていたらしい。
──エミルの新区画建造を許諾した。我々の行いが正しいとは言えないが、やらねばならない時もある──
──人道的に振舞って滅びるよりは、非人道的であろうともやらねばならない──
──権限を付与し、許可の無いものは出入りできないようにする──
──問題が起きれば封鎖すれば良いのだ──
「死体があったぞ、プリドゥエン」
『本当ですか?』
「このシェルターのトップだ、執務室? 監督官の部屋? なんにせよ、自殺だ。てか、火力至上主義だとしても.50で頭を撃つ必要は無いだろ……」
既に風化しきって乾いた骨がそこにあった。
口に銃を突っ込んで撃ったのだろう、頭の天辺や後頭部の骨が無い。
「道中危険は無かったから大丈夫そうだ。そっちはどうだ?」
『平穏無事で御座いますとも。こちらでの作業が終了しましたので、合流しますか?』
「こっちのターミナルを頼む。どうやらデータを削除したらしい、俺の手には負えない」
『分かりました。では、座標を確認して移動します。あと、経路を追って行動致します』
「ん、了解」
十字を切ってから遺体に触れる。
左腕に個人携行パーソナルコンピューターがゲームのように装備されていた。
服に関しては防護及び管理機能が有ったらしく、背中には他人から見て体調などを知る事が出来るようになっている。
小さな管が幾つか服には添っていて、鎮痛剤や安定剤等と言った投与系の医薬品の供給もあったりとかなりハイテクだ。
服自体が傷口を自動的に固定、圧迫、止血などを行ってくれるらしい。
「この服欲しいな……。あとで雑品倉庫を見てこよう。それと、高速回復剤ってのも良いな……」
トレジャーハンターと言うよりは遺跡荒らしだ。
彼らが切望した地上を堪能している過去からの冒険者と言うのも皮肉なものだ。
寒さを知らず、餓えも知らず、放射能汚染も知らず、地下での閉塞も知らない過去から彼らの遠い未来までやって来た。
一番苦難であった時代を通り越した俺を知ったら、彼らは「ずるい」と言う事だろう。
しかし、何故自殺を……?
「地下、六階……。作業区画……」
生産、管理、加工などを行っていた場所だと思われる。
生産した食料が安全かどうかを機械的に判断したり、缶詰や加工食品にしたりもしていたようだ。
それと、高速回復剤。
どうやら俺たちの使う「回復魔法」と発想は同じようで、必要なのは魔力や詠唱ではなく投与という違いくらいだ。
「使用後飢えと渇きを覚えます、飲酒や喫煙、ドラッグの使用後に使うのは止めましょう……ね」
どうやら過去の人々も、治療後に大量のエネルギーを消費するのに苦しんだらしい。
ラベルで用法を書くくらい重要なのだろう、使用法は打ち付け式だ。
コーンフレークの生成や箱のリサイクルと作成までしている。
これくらいならナノマシンの生成速度に見合うという事だろうか?
豪華な事だ。
「七階……、集積所」
上階に存在する倉庫は頻度が高いものを保管しておくものだった。
この階層にあるのは備蓄しておくものがメインのようだ。
消費期限が近いもの、賞味期限が近いものが手前に置かれていたりする。
酒、医療品、食料、衣類、雑品、装備……。
「八階。連絡路……予定地」
地下シェルター同士を接続していた場所なのだろうが、封鎖されている。
流石にこれを開こうという気にはなれず、触りだけ確認してさっさと降りる。
「九階……教会及び墓地……」
終末でも宗教は機能していたようだ。
自分はキリスト教徒だけれども、こういう時だけは祈ってやっても良いと思えた。
「十階。最重要機能設置場」
換気システムや浄水システム、発電などと言ったものがここに全て配置されている。
俺がやって来てもまだ機能していたのは、メンテナンスをしているロボット達がいるからだった。
彼らの邪魔になるだろうかと思ったが、俺を部外者として排除するような事は無かった。
さて、表向きはここまでである。
しかし、教会の奥に隠し戸がある事を俺は調べてあった。
その為に必要な権限を追ってプリドゥエンから送られており、先ほど好奇心から拾った腕に装備する個人携帯コンピューターも持って来てある。
腕に装着し、携帯電話と接続して権限データを移動させる。
そして十字架と女神像のあるミサ会場にの神の元へと向かうと、台座が静かに開かれた。
『ようこそ、ボリス監督。9999時間振りの来訪ですね』
女性の機械的な声が俺を歓迎してくれる。
当然、俺はボリスでもなければ監督でもない。
カンストした再来訪時間を聞き流しながら、奥にあった階段とエレベーターを見る。
どちらが正解か? 当然階段だ。
ゆっくりと階段を下りていくと、極秘研究練へと到達する。
『権限レベル、Ø。全エリアへの立ち入りが許可されます。有事の際はPACCから催涙ガスや区画の封鎖、鎮圧システム等を稼動して下さい。新しい監督は同じ過ちを犯さないでしょう』
「なんつー皮肉だ……」
『除染、完了。封鎖、解除。ようこそ、DARMA《至高の善》へ』
除染通路を通った先は、無機質な廊下が広がっていた。
その光景を見た瞬間に吐き気を催し、その理由が病院の廊下を想起させたからだと理解する。
ゆっくりと、拳銃を引き抜いて移動し始める。
そして、人類は追い詰めればここまで最悪になるのだと知らされる事になる。
── 一つの願いと九十九の屍 ──
── 永久の命 ──
── 憩いの鏡 ──
── 創られた天才 ──
── 命の果実 ──
── エデンの樹 ──
様々な”作品”が存在するが、そのどれもが”正気ではない”という事に言及するしかない。
腕に装備しているPACCなるものに、全ての解禁された情報が流れ込んでくる。
それを操作していると、科学者たちの”願い”と”それを裏切るデメリット”が描かれていた。
九十九人の命を捧げる事で、一つだけ願いを叶える事が出来る泉。
人格をコピーした手鏡を見ると、元が誰であれその人物の記憶や人格を植えつけられてしまう。
その人物にとっての想い人が映し出される鏡だが、見ていると衰弱して最終的に”幸せに癒されながら死ぬ”。
人々の脳を物理的に摂取する事で知識を蓄え、アカシックレコードへと到達するほどの知能と万能を得たクローン。
その果実を食べると苦痛や痛みを感じる事が無くなり、放射能の下でも生きていられるが、そのうち理性を失いゾンビと化す。
どんな土地、放射能の下でも生きていられる林檎の樹だが定期的に生物を引きずり込んで苗床にして果実と種を作る。
……その命の果実の種から出来た代物。
狂気に塗れた空間、所々血痕が通路や壁、天井に張り付いている。
そこに居るだけで俺の正気が削られ、狂気に飲まれていくのが分かる。
携帯電話が震える、腕につけたPACCが脈拍数の以上を検知して報告してくる。
そして恐ろしいのは、それらが『人が居なくなって尚存在し続けている』と言う事だった。
部屋の中に土や自然が盛り込まれた状態で不自然に泉がある。
部屋の中に林檎の樹が花を咲かせて居る。……数えたくないほどの頭骨が在った。
部屋の中で壁や天井、床に数式や化学式を書き続けている人が居る。
部屋の中に包まれた手鏡が置かれている。
部屋の中に布で覆われた鏡がある。
ゾンビがどういうものかは分からなかったが、食べたであろう人物の成れの果てが同じ部屋に入っていた。
正気だとは思いたくないものが、沢山存在していた。
なんでそんなものが産まれたのか、作れたのかすら分からない。
ただ、ひたすら恐ろしい。
「お帰り、大地君」
「お帰り。疲れてない?」
「お帰り、お帰り」
「お帰り」
善き隣人とは、どういう意味だ?
縁も所縁も血の繋がりも無い連中が『隣人ゴッコ』をしていた。
何故名前を知ってるのかは知らないが、彼らは俺を隣人であるかのように挨拶してきて気分が悪い。
水で満たされた部屋の中に潜水服を来た人が、ガラスを叩いて俺に何か喚いている。
中には骨と内臓と眼球が浮かんでいるだけで人は入っていない。
次第に吐き気が強くなり、奥の研究室にまで飛び込んだ。
そして、そこでは理解の出来ない光景が広がっている。
「助けてくれ、機械を止めてくれ!」
そう叫んでいた男性が目の前で医療器械らしいものに切り刻まれる。
絶命しただろうと思うと逆再生してその男性は蘇る。
「助けてくれ、機械を止めてくれ!」
そして同じように、同じ結果を、同じ結末を繰り返す。
台詞も同じで、切り刻まれ方も同じで、悲鳴も同じだ。
関わらないように奥へ行くと、机やロッカーで封鎖された扉があった。
窓から覗くと、奥には複数の白骨死体がある。
閉じ篭もって死んだのか、或いは何かから逃げたのか……。
不意に、肩を叩かれた。
俺は驚いて振り返り、拳銃を向ける。
そして俺が誰に、何に拳銃を向けているのか理解すると唖然とした。
「よお親友。遠いとこまで来たもんだな」
「高坂……?」
「そんなおもちゃ振り回してないで……。ほら、遊ぼうぜ? 今日一緒に秀雄の家で遊ぶ約束してただろ。それとも、寝ぼけてるのか? 昨日貸したギャルゲを寝ないで遊んでるからだぞ」
高校時代の仲間、二年の時に一緒になってから今でも交友のある相手だった。
ただ、見覚えのある姿は成人した今のものではない。
学生時代の、まだ若くて中年太りをしていない様相だったのだ。
銃を少しばかり下ろしてから、自分の手が綺麗になっているのに気がつく。
手を眺め、袖を見てから自分が学生服を着ている事に気がついた。
先ほどまで腕につけていた機械は無く、そして服に気がついてからは銃もいつの間にか持っていなかった。
指定鞄を持っていて、中には弁当箱や漫画、ゲームソフトが入っている。
「……ほら、行こうぜ。来週から中間テストだから遊び倒そうって言っただろ?」
「あ、あぁ……」
周囲を見ればなつかしの通学路、見知った仲間達、知っているクラスメイトの下校風景。
徒歩三十分の駅までの帰路、その途中にある家で遊ぶのはもはや良くある事で……。
「……なんか、すげぇ眠い」
「けど、面白かったろ?」
「面白ッ……かった」
「そりゃ良かった。お前さんあの声優さん好きだって聞いたからな、貸して正解だったよ。ツンデレ系ヒロインを良くやってるけど、日本に来てそれにドはまりするか?」
「なんだって──あぁ、なんだって良いだろ。俺は、好きなんだから」
「歩きながら寝るなよ? 兄弟。通学路で睡眠不足だった男子生徒、道路にはみ出て跳ねられる! なんて、そんな見出し見たくないからな」
「あぁ、分かってるよ」
懐かしい声、懐かしいやり取り、懐かしい光景。
胡蝶の夢、いや……学生時代の俺は異世界だとか非日常的な事を望んでいた。
酷い盛大な夢を見て、その途中……だったのかもしれない。
いや、何処までが夢だ?
何処からが現実だ?
そもそも……俺に現実なんてあるのか?
分からない……分からない、分からない。
「ほら、行こうぜ。秀雄の母さんがパイを焼いたんだと。お前の好きな林檎のアップルパイだ」
「林檎……」
なんだっけ、なんだったっけ。
なにも──なにも、おもいだせない。




