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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
8章 元自衛官、戦争被災者になる
134/182

134話

 プリドゥエンを率いてから、俺は堂々と傭兵課業に勤しむ事にした。

 事情などは色々ぼかしはしたが、体調不良や睡眠不足になりがちな自分を補佐してくれる機械生命体だと適当に説明した。

 暫くは受け入れられるのに苦労したが、意思疎通が出来て俺が主人として設定されているという風に話をすると存外受け入れられた。


「新入り。一人で大丈夫か?」

「もうちょい面倒見てもいいんだぞ? 冬場だからな、退屈で仕方が無え」

「少しは実践してみたいと思いまして。教わるのも良いですが、それを実際に自分で見聞きして判断して見ない事には身につかないですから」

「そうか……」


 少しだけ惜しまれながらも、俺はプリドゥエンと一緒に初の単独任務を受けた。

 とは言え、内容は単純な物だ。

 巡回しつつそのついでで薬草採取をして来いと言う話だ。

 当然だが、薬草採取は一杯の酒代にもならない。

 巡回にしたって、一杯の酒を飲んで二食ありつけるかどうかだ。

 アーニャに貰った分を消費しているが、採算が合っていない状態である。

 トウカも居るのだから、これに関しては絶望視しないでもさっさと帳尻併せはしたほうが良い。

 ミラノの下に居た時には考えずに済んだ点である。

 なにせ、雇用されている訳じゃないので賃金は入らない。

 宿代は毎日掛かるし、飲食だけじゃなく雑費も日常でかかる。

 飯代、風呂代、薪代となんでも金だ。


「プリドゥエンは周囲を警戒してくれ、俺は薬草採取を進める。それと、通過地点とその時間を記録しておいてくれ」

『畏まりました』


 プリドゥエンが居る事で、手間と正確性に関しては心配しないで済んだ。

 巡回任務など、通過地点と時間などが重要視される。

 迷子になってたどり着いた時には大分時間が経過していた、等となると警戒に穴が開く。

 逃げられるか、或いは帰ってこられてしまっては意味が無い。

 確実に、素早く、正確に……。

 結句の所、自衛隊での知識や経験から離れられずに居た。


「あぁ、寒い……。ポンチョ着てきて良かったぁ……」

『そう言えば、以前素材を変えるお話をしましたね』

「そういやそうだ。強靭かつ肌触りに変化が無くて、その上環境に合わせて保温・保湿・除湿・通風性を適宜変えてくれるんだっけ?」

『あれ一着、下着一枚だけでも大分違うかと思われますよ。お渡しする機会が無かったので、戻り次第お渡しします』

「助かる。日本の気候も大分酷いとは思ったけど、ヨーロッパって寒いな……」

『いえ、私の存じ上げる時代よりは”遥かに”暖かくなっておりますとも。人工太陽のおかげかも知れませんね』

「なんだ? 人工太陽って」

『人類が滅亡する理由に、資源の枯渇だけではなく太陽の寿命と言う問題もあったのです。ご主人様の居た時代にFrostPunkというゲームは有りましたかね。あれと同じように、極寒の時代も御座いました。人工太陽の安定に成功したものの、今度は激変した環境と人口に対して得られる収穫物が少なすぎました。極寒の時代は浪費の時代でしたから、終末を招くには十分な時代だったと。海は凍て付き、魚介類は手に入らない。では動物や果物はと言うと、自然の物を入手するには狩りは厳しすぎました』

「……そっか」

『私の時代は、年間平均気温がマイナス二十度で”暖かい”とされた時代でした。あぁ、生身だった頃のお話です。それに比べたら、まだマイナス十度に入るかどうか。しかも十二月です、恵まれていますよ』


 プリドゥエンの言う人類の最後は、どうやら人類の愚かさのみで片付けられる問題ではなかったらしい。

 あるいは、複合的なものとなって、その結果なのかも知れないが……。


「ナノテクノロジー、資源再生ってのはそんなに上手くいかなかったのか」

『その技術を持ったのが大国の数カ国のみで、バクテリアや細胞のように分裂するといっても世代交代のような遅々たる速度の物である以上、争いは避けられなかったでしょう。物資を奪うイナゴの大群、テクノロジーを独占する資本主義者。小国は幼子のように絶えて行きました。今ご主人様が当たり前のように見ている自然ですら、長年の賜物でしょう』

「そういや、天使を創造したって話を聞いたんだけど、そこら変は何か知ってる?」

『私は、その。崩壊前までの知識しか御座いません。天使と言うのは、聖書にあるような方々ですか?』

「さあ、どうだろう。俺が聞いたのだと、その終末の中で何らかの目的が会って生み出された有翼人種で、天界……というか、空の上に住んでるらしい。んで、どうやら……一つ俺の憶測なんだけど、今居る新人類とかって旧人類の俺に対して勝手に有る程度の好意的になるような、或いは逆らえなくなるようなプログラミングをされてるかもしれない」

『……命令か何かをすると、逆らえないと言うことでしょうか』

「天界から来た天使は、俺がお座りって言ったら本人の意思に反して座り込んでた。それを考えると……んま、学園で俺は功績を積み上げて居場所を作ってきたつもりで、ただただ裸の王様を演じてた訳なんだけどさ」


 新人類と旧人類の時点で、幾らか存在していた懸念だった。

 英霊含めて、俺が好き勝手してるのに好意的な人が余りにも多すぎた。

 そもそもだ、ミラノが俺を怒らなかったというのがまずおかしいし、そうなるとマーガレットの事だって今となっては疑いたくなる。

 旧人類の為に荒廃した土地を探索できるように作られた新人類。

 脆弱な創造主が反抗されないようにする為には、そう言った”保険”をセットするのが当たり前だろう。

 

『ご主人様、一つ宜しいでしょうか』

「敵?」

『いえ、個人的なお話で御座います。私は、当初は機械としてではなく、個人として貴方が好きでは有りませんでした。ハッキングで得た権限で好き勝手している、それを人格を有する私はお嫌いでした』

「そりゃあ、そうだろうな」

『ですが、ご主人様。貴方は私たちを機械ではなく、かつてそうであったように人のように扱ってくれました。先日の夜までそうだったように、私を助けようとしてくれました。それだけでは御座いません、縁も所縁も浅い相手の為にジャンヌダルクのように己を投げ打って善を行おうとする姿を見て、かつて眺める事しか出来なかった人が人たる所以の崩壊に失望したのを忘れられる気がするのです』

「人が人たる所以?」

『人道、道徳、人間性です。Humanityヒュマニティの存在を再び見る事が出来て、感情発露シーケンスが搭載されていて、私のレンズに涙腺システムと冷却オイルがあれば幾らか涙したでしょう。EU等が崩壊し、ナショナリズムが再び発展するくらいに他国とは信用のなら無い物でした。それどころか、自国内ですら他人種や多国籍、ハーフ等は弾圧され、人権を軽視され、排斥されていくのを見てきました。私も……かつてのご主人様に拾われなければ、同じ末路を辿ったでしょう』

「そうならなかったんだ」

『私をお拾いになられた方は、第一次世界大戦期にスイス人に命を救われた祖先を持つ方でした。そして私も、スイスとのハーフなのです。執事等と言ったものをやった事が無く、不出来で不細工な仕事でも、苦笑いをして許してくれました。ああいうのを経験しているからこそ、ご主人様の行った行為に”人間性”、つまりは善性を幾らか思い出させてくれたのです。権限故に従わざるを得なかったのが、今では従っても宜しいと……かつての私に戻れるようで、それを肯定させて貰えたのです。信用も信頼も無い相手に不正で従えられるのは我慢なりませんが、ご主人様は自らの行いを持って機械とは言え私を従えるに値する事を証明したのです。あぁ、長々と失礼しました。ですが、ご主人様が失意にある今、私だけでも味方であると……そうありたいと思っている事をお伝えしたかったのです』

「……勇気が要っただろう、嬉しいよプリドゥエン」

『失望も絶望も長続きはしません、ご主人様。人生とは波の連続で、今は高い波に翻弄されている場面かも知れません。しかし、ご主人様の行いが、何時しかめぐり巡って高波を越えた後にお救いになると信じています』


 プリドゥエンの言葉を聞いて、少しだけ嬉しくなった。

 旧人類や新人類と言う境界も、英霊と一般人という境界も無い。

 ただ時代は違えども、同じように生きて同じように寿命を全うする同じ世界の住民なのだ。


『さあ、老人の戯言はこれくらいにして、任務に戻りましょう』

「そうだな」


 その日の傭兵課業は何ら問題なく、それどころかおつりが出るくらいの結果を出せた。

 プリドゥエンの索敵と察知能力、システムによる薬草の選別で要点を押さえ最大効率で行えたのだ。

 それと、学園で学んだ錬金術とマーガレットの教えてくれた薬草学を踏まえた治療薬の生成が上手くいった。

 当然ながら学園関係者かと疑われはしたが、放蕩者だと自虐する事で大事にはならずに済んだ。

 ただ、疑われ出していると思った。

 傭兵の中には駐屯型も居るとは言ったが、放浪型も居るのだ。

 学園から流れてきた奴に、俺の顔を見知った奴が居たようなのだ。


 帯びている剣、少しアレンジして馴染もうとはしているものの外せない衣類や装飾、そして髪の色や目の色がヒントになってしまったらしい。

 両目が赤い事で回避できるかと楽観視しかけたが、噂とは曖昧だからこそ細かい成否は気にしてはくれない。

 何割か正答していれば合格となってしまうように、ヤクモだという事で周知の事実にされかけた。


 二週間ほどの滞在となったが、俺たちは名残を惜しむように出て行くことにした。

 理由は湯治……、体調不良を治す為の旅の途中だという事にして。

 色々な設定を盛り込んで、偽りで整えたキャラクターで。

 偽らないで生きようと決めた、偽りのヤクモ。

 偽りでもいいやと諦めた、本当のダイチ


「へへ、次の町で等級があげられる。滞在中に一つ上がって、直ぐにもう一つあげられるなんて、ラッキーラッキー」

「ダイちゃん早いね~、私は……」

「言うな、言わんで良い。採取と巡回とか地道な事をしてた俺と、討伐や退治を受けまくってた相手に敵う訳ないだろ!」


 トウカは既に9等級にまで上がっており、半人前程度の等級にまで上がっていた。

 対する俺はまだ尻に卵の殻がついたヒヨッコである。

 以前活動していたトウカと知識も常識も無い俺とではスタートダッシュが違いすぎる。


「てか、トウカの武器は何よ? 何か持ってるの見たこと無いけど」

「や~。中途半端なのだとダメだからさ~、素手で行ってそこらへんの石とか使ってるんだ~」

「……そういやおやっさんの拳骨食らっても大丈夫なくらい頑丈だったよな。というか、なんでそんな強いんだ?」

「あはは……。まあ、ダイちゃんだって強いじゃん。強い男の人が居るんだから、たまたま強い女の人が居たって良いじゃん」

「まあ、それもそっか」


 そもそも、だ。

 アーニャにチートマシマシで「やっべ、俺強くなりすぎたかも!」って思ってたけど、勘違い乙である。

 新人類である彼ら彼女らは旧人類である俺たちよりも強い。

 それをチートで幾らか勝ったと思い込めても、アルバート等が身体能力を強化するとあっさり追いつかれるし、英霊連中には素で負けてる部分が多い。

 だからトウカがたまたま強い人物だったとしても気にならない。


「で、どうするの?」

「ヘルマン国にでも向かうかな~。獣人が沢山居るって聞いたし、個人的に興味が尽きないし」

『獣耳万歳って奴ですね。ご主人様の想像する方々だと宜しいのですが』

「いやぁ、大丈夫じゃないか? 天界の連中が背中に羽があるだけだったし、ファムも頭に獣の耳と臀部から尻尾がフッサリしてるだけだったし、十二分に期待できると思う。ヴァイスも良い具合に龍だったし、あんな感じの女の子……じゃねぇ、人々が居るのかと思うと期待が止まらないね!」

「ん~、あんまり行かない方がいいと思うけどな~……」

「なんで?」

「ヘルマン国って、奴隷とか普通の国だから。ダイちゃんが宿を取って寝てたら、目が覚めたときには奴隷にされて首輪を付けられてた~とかってのもありうる国だよ? それに、部族せ~って言うのがあるから、強い人の言う事を弱い人が聞くのが当たり前って国だから。普通の人たちはそこまでじゃないけど、差別とか逆差別とか当たり前だから居心地も良くないよ」

「奴隷か……」

「それとも、奴隷とか興味があるほう?」

「無くは無いけど、下らない理由からだよ」

「あ~、あれか~。愛玩ど~ぶつにしたいって奴か~」

「ぶふっ……」

「男だもんね~、仕方ないよね~」


 そう言ってトウカが遠い目をする。

 弁明しようと思ったが、むしろ開き直った。


「あぁ、そ~ですよ。可愛い女の子とか買って、自分に逆らえないから好き勝手出来るし、ヒエラルキー的に上位に立てるからちっぽけな自尊心も満たせるとか考えましたよ! しかも合法的にR-18指定の挿絵とか挟んで、全年齢向けからR-15とかR-18になるような事だってしたいですよ! 男ですよ、性の発散も生の発散もしたいですよ! 悪いか!!!」

「や~、開き直られると困るかにゃ~……」

「偽っても誤魔化しても本心である以上ただの上塗りだからな!」

「奴隷買いに行くの? あ、もしかして私を売るつもりじゃ……」

「流石に知り合いを売るのはちょっと──」

「知り合いだからこそ売りやすいってのもあると思うけどね」

「……ヘルマン国、そんなに嫌か」

「まあ、嫌かどうかって言われたら嫌だけど……」

「じゃあ、間に挟んでる町とか村で仕事をしながら適当に行こう。近いからそうしようかなってだけだし、途中で何か有ればどうせ目的も変わるからな」


 トウカの事は良く分からないけれども、どうやらヘルマン国は嫌らしい。

 おやっさんと一緒に各国を旅していたらしいけど、その途中で何かあったのだろう。

 

「聞かないんだ? 何で嫌なんだ~とか」

「話したいなら話すし、そうじゃないなら話さないだろ。義務も義理も無いんだし、聞き出す事に意味はない。ってか、面倒くさい」

「面倒くさいって、言い方が雑だねぇ」

「自分のことで精一杯なのに、他人の荷物まで背負ってはやれないよ。それと同じで、トウカも相手に荷物を預けるってことに危険性は感じてるんだろ? なら、それは互いの信用・信頼の問題だ」

「そういう言い方されると納得できるね~」

「ミラノたちとは違うんだ、仕事上必要があって理解しなきゃいけないって訳じゃないし、適当にダラダラしてればその内好悪もハッキリしてくるだろ」


 義務は無い、仕事でもない。

 自衛官と言う肩書きを失った男にあるのは、怠惰と停滞だけだった。

 俺は、トウカとの関係に関して停滞を選んだ。

 女性である事が七割、面倒くささが二割、残りの一割は雑多な感情。

 それらを全てひっくるめて”臆病”故にそうすることを選んだ。


「ダイちゃん、幾らか調子よくなった?」

「まあ、そこそこ? 少なくとも腕は満足に動かせるし、感覚も……戻ってきたし」

「目は戻らないねぇ」

「まあ、これは諦める。別に不便じゃないしな」


 魔眼! と言う訳も無く、ただただ夜目が利くと言うだけの代物でしかない。

 本当なら魔物の襲撃の際に潰された目が再生したらこうなったというだけで、前までは片目を通して”失敗した未来”が見えていた事もあった。

 けれども、今はうんともすんとも言わない。

 しかし、もう良い。

 大失敗したとしても、それこそ根無し草のままに生きていくとしても。

 学生時代を懐かしんで、自衛隊時代のように生きて行く事はもう出来ない。


「今日は野営だなぁ……。何食べようか?」

「ダイちゃんの作るのなら何でも美味しいよ?」

「何でも良いってのが一番困るんだよな……」

『では、献立を見返してその日の行動から舌が何を求めてるか、頭はどんな味を求めているか計算してみますか? 運動をしたらミネラルと電解質と塩分といったように、何らかの助けになるかも知れません』

「よし、それでいこう」


 そろそろ味噌や醤油が欲しくなっては来たが、流石に食材は自衛隊の物品として貰えなかった。

 炊事車や灯油、ガソリン等があっても肝心の具材が無けりゃ話にならない。


「味噌と醤油が恋しい……」

『おや、ご主人様は南米出身では? 味噌と醤油と言うよりも、肉と肉と肉が恋しいのだとばかり』

「肉がたっけぇんだよな……。しかも勝手な狩猟は罰せられるし、狩猟許可とか……いや、また勉強とかになりそう」

「ダイちゃんは熱心だねぇ」

「目立たない為には馴染むしかない、馴染むには努力するしかないんだ。あるいはバカでもいいんだけど、それはなんか……」

「ヤダ?」

「バカを演じるのと、真性のバカは別物。バカを演じるのは楽しいけど、その為には何がバカなのかを学ばなきゃいけない。理解して行うのと、無理解で行うのは別」

「難しい事言うねぇ。その日の食べ物と明日をどうするかだけ考えられれば良かったから」


 放り出された男女が二人、生きていくのはそう簡単ではない。

 ただ違う点があるとすれば、俺はチート所有者でトウカは傭兵経験者である事。

 そしてプリドゥエンの支援が得られる中、失敗するのはそう簡単ではない。

 自滅への道を己の意志で歩きでもしなければ、俺たちは大丈夫……。

 その、筈だった。



 ── ☆ ──


 移動してからの傭兵課業に、俺は見過ごせない物を見つけてしまった。

 賊が十数名ほど現れたということで、その対処を願うという張り紙が有った。

 トウカは「怖いね~」と言っていたが、その話を受付で聞いた俺は眠れないのを良い事に夜出する。

 途中までバイクで、そして途中からは徒歩で現場へと向かった。


 ユニオン国の北部、放棄された廃村。

 魔物の被害で逃げる間も無く破棄されたという事で、遊牧民族だった頃の名残を見せる建物が幾らか残されていた。


「おい、今日はどうだった?」

「いや、神聖フランツの輸送部隊を襲えたくらいだ。中身は医療品と食べ物が幾らか。これじゃ数日で終わりだな」


 その賊は、俺が叩きのめしたユニオン国の兵士連中だった。

 どうやら脱走兵が生じたらしく、それが俺の成した最後の恐喝ですら台無しにしていたらしい。

 後始末が残っていた。


 口笛を大きく吹き鳴らして、深夜の彼らへと接近する。

 本来なら大馬鹿者だが、それが無意味なほどに大人しくしていた訳じゃない。


「よう、お疲れさん脱走兵諸君。深夜まで少数精鋭、警戒不寝番とはご苦労なこった」

「おまっ──」

「リーダー……、お前らを統括してるのは誰だ? 話をしに来た」


 俺の呼びかけに対して、彼らは二人のうち一人は近接攻撃を、もう一人が射撃をしてきた。

 射撃に対しては銃口を向けた時の大まかな銃口の向きから憶測回避、そして近接攻撃には学んだ対処術で攻撃をいなし、崩し、そのまま人質のように拘束する。

 肉盾、人質作戦とは酷い話だ。


「くそ、なんなんだ……なんなんだよ! 滅茶苦茶にしたと思ったら、今度は破滅させに来たのか!」

「だから、それを含めて話したいつってんだろ。わっかんねぇかなぁ~?」

「信じられるか!」

「おいおい……おいおい! 本当ならお前ら全員ぶっ殺した方があの時も今も早かったんだぜ? 何で回りくどい事して、痛い思いも眠い思いもして痛めつけるだけ痛めつけて、ひもじい思いをさせたか考えてくんねぇかなぁ?」

「なんだ、騒がしいぞ!」


 発砲音と騒ぎが広まったのか、徐々に脱走兵が集まってくる。

 篝火の乏しい中、俺が誰なのかを認識すると表情を驚愕へと変えていくのは変わらない。


「化物め……」

「はぁ~い、化物ですよ~。これで全員か? ……どうなんだ、何とか言えよ」

「全員! 全員だ!!!」

「はい、よく出来ました。さて、と」


 拘束していた肉盾兵士のわき腹をぶん殴って無理やり白状させる。

 それが本当か嘘かは分からないが、聞いた情報と大まかに合致する程度の人数は出てきた。

 拘束していた兵士を解放すると、俺はチェアバッグを出してその場に座り込む。


「まあ、今回の来訪の目的を先に言う。まず、組合にオタクらのことが既に掲載されてて、このままじゃ討伐されるか、当て所無い逃げるだけの日々を繰り返すだけになる」

「我々には武器が有る!」

「なあ、魔石があっての武器だろうが。それに、その銃は訓練の期間と程度を安く抑えるための”道具”でしかない。弾が無くなれば後は槍や剣を手にするしかないが、それで本場の傭兵連中や兵士に勝てると思うか? さっきだって、一人はケチって殴りかかってきたくらいだ。余裕は無いんだろ?」

「くっ……」

「まあ、おちつけよ。別に俺は討伐しに来た訳じゃない。むしろ、選択肢を与えに来たのさ。──話を聞いてもいいと思うのなら、室内で話をしよう。なんなら、暖かい飯やお茶を別けてやっても良い。じゃ無きゃ、あんた等を生かすように戦った意味が無いからな」


 どうする?

 そう問いかけるように俺は座ったままに全員を見る。

 銃を出して銃口付近を握り、逆さに地面へと突いてやる。

 強者を演出出来ればなと言うのもあるが、直ぐに取り扱えないと言うことから害意が無い事を示すことにも繋げる。

 当然だが、圧力を示すことでもあるのだが。


「要件は何だ?」

「言っただろ、選択肢を提示しに来たって。傭兵に殺されるか、それとも俺が先んじて始末しても良い。だが……それじゃ後味が悪い。あんたらは国の……上の命令に従って、付き合いきれなくなったから出て行っただけだ。上の命令が理不尽でも見返りがあるから、或いは付き従うに値する理由があるから堪えられる。だが、それらが無いのにただただ餓えに苦しみ、痛みに悶え、眠れずに叱咤される。そんなの誰だって嫌さ、俺だってゴメン被る。だから、殺さず、殺されず。やり直せる機会を持ってきた。勿論、これには交渉の余地は有れども猶予は無い。即断即決、自分の命をどう転がすかの博打をしてもらう」


 暫くは銃口が向けられたままだった。

 しかし、雪が地味に痛いこの地域で寒さを黙って受け入れる奴は居ない。

 俺も幾らか防護しているとは言え肌が焼けていく。

 そしてこういう時に主導者が居ないのは可哀想だ。

 強い意志、目的を持った指揮者が居ないと個の群れでしかない。


 餓えを満たしたいという欲求に揺れる奴が居る。

 俺と事を構える事を避けたいと思っている奴が居る。

 焼ける雪を恐れる奴が居る。

 疲労や先の見えない状況を嫌がる奴が居る。


 一人、また一人と銃口を下ろしていくと状況に流されて俺も俺もと従っていく。

 最後の三名が周囲を見て自分たちしか居ないと理解すると、泣きそうな顔と深いため息を吐いた。


「……怪我や負傷がある奴は見るぞ。それくらいはしてやる。腹が減った奴は先に言え、時間がかかるからな。酒は? 安眠できる場所は? 寒さを凌ぎたい奴は? 何でも言え、それらを打破する手段も物も俺にはある」


 そう言って俺はストレージから食べ物も、酒も、石油ストーブも、天幕も出す。

 彼らは暫くは戸惑っていたが、それもやはり心折れたものとして受け入れざるを得なかった。


 指揮所天幕を設営して話し合いの場を作った。

 安眠と温もりが欲しい奴には六人用天幕と石油ストーブ、簡易ベッドと寝袋を与えた。

 飯が欲しい奴には携行食をヒートパックで暖めさせた。

 酒が欲しい奴には酒を与えた。

 治療が必要だった奴には魔法や持ちうる知識と手段で手当てをした。

 そうやって一時間半ばほど経過して、彼らの欲するものをとりあえず与えた時には深夜に成り果てた。

 石油ストーブで暖められた指揮所天幕内は暖かく、空腹や餓えも相まって震えていた連中も落ち着きを見せた。


「選択肢ってのは、なんだ? こんな扱いをして、まるで死刑執行前で落ち着かない」

「今回の件は俺のやった事の後始末だからな。あんたらが賊として存在しなくなる事、それが交渉の上でお互いに納得してというのなら生存権を勝ち得た上での社会復帰。破談だというのなら申し訳ないが、賊としてそのまま排除されてもらう。……了解か?」

「そもそも、俺たちに選択権はないだろ? 死んでも生き返るような奴とどう戦えって言うんだ……。なのに、そんな化物のようなお前が施しをしている事がまず信じられない」

「人間的な化物も居れば、化物的な人間も居るってだけの話だ。……まあ、単刀直入に言うと。お前ら、兵士として復帰するつもりは無いか? 勿論口から出任せじゃない上に、ちゃんと説明も出来る。それがイヤだって言うのなら、幾らか支度金をやるから傭兵なり他国にいくなりして真っ当に生きてくれ。もし略奪して生きる方が良いと言うのなら、それは見過ごせないから消えてもらうけど」

「……ちょっと待て、待ってくれ。兵士に戻る? それと……支度金?」

「金なら有るぞ? ほら」

「うわ……」


 金もストレージから出す。

 それらが最大の価値を持つプラチナ貨幣がぎっしりと詰まったものだと理解すると、彼らはつばを飲んだ。

 これ一枚だけで一年以上は生きていける、多少贅沢しても大丈夫な価値があるのだ。

 しかも、今出したのだけでも一部でしかないから俺自身でもびっくりだ。


「わ、分かった……。兵士ってのは、どういう奴だ?」

「ユリアが持ってきた話だけど、ヴァイスの武器と俺の知識を絡めた新規部隊を発足したいというのが有る。もし兵士として復帰したいというのなら、俺が個人的にユリアに話をして新設部隊の当初の人員として使う。俺もまだ詳細を詰めた訳じゃないけど、待遇や給金と言ったものも含めて俺は全部詰め直す。少なくとも、俺のやった事や知っている事をお前らに普及するし、うんざりするような上官たちとは縁の無い生活になる」

「ユリア……?」

「ほら、証拠だ。勤勉な奴だな? オットーと一緒に出来る限り色々考えたらしい、その書類が……ここにある」


 ユリアに渡された書類を出して彼らの前に出す。

 彼らが呆然としているのを見て、俺は眉を顰めてしまった。


「……字が読めない、とか」

「すまない。ここに居る奴はみんな兵士だ、教育なんざ受けてない」

「じゃあ、読み上げるか?」

「いや、いい。ユリアの名前とオットー様の名前がどんな形で書かれるかは流石に分かる。二人の名前があるのは理解できた」

「助かる。……でだ。たぶん明日以降、仕事として皆を討伐しに傭兵連中がうろつき始めると思う。今決断してくれたのなら、ユリアに引き渡すまで俺が面倒を見るために町にまで連れて行く」

「……信じ、られない。と、言いたいが……。死刑執行にしても、犯罪者として差し出すにしても見合わないことをしているよな。信じるしかない、といえるかも知れないが……」


 その場に居る兵士連中は顔を見合わせた。

 そもそも、話がうますぎるのだ。

 脱走した自分らの所にその原因となった人物がやってきて、蹂躙するわけでもなく手を差し伸べてくる。

 殴ってきた相手がその手当てをするという矛盾を中々受け入れられないのだ。

 俺だって自分のしている事が馬鹿げた事だと理解している。


「最初にも言ったけど、自分のした事の後始末をしにきただけだ。それがお前らの死でも、あるいは賊じゃなくなって真っ当に生きるという自然消滅でも問題が無くなればそれで良い訳だから」

「……全員に話を聞いてくる、少しだけ待ってもらえるか」

「勿論。ただ、余り時間は取るなよ」

「あぁ」


 リーダー役をしていた男が天幕を出て行く。

 矢面に立ってくれていた人物が居なくなった事で残された兵士連中は緊張を見せるが、俺が酒を飲み始めると呆けてしまう。

 仮にも敵地なのに酒を飲むとは余程の馬鹿なのか、それとも本当に害意が無いのかの二択だと……伝わって欲しい。

 あるいは、傲慢なのかも知れないが。


「十七人居る中、五人はアンタの話に乗る。十二人は支度金が貰えるのなら他国に渡ってやり直すとさ」

「……そっか、有難う」

「なんでそちらが感謝するんだ? 普通……こういうときに感謝するのはこちらの方だろう?」

「いや、決断を強いたのは俺だけど、返事をしてくれた事に感謝してるんだよ。銃弾でも、罵声でもなく返事が来る、それが容易じゃない事を理解している。勿論、化物を相手にする事の方がよっぽど嫌だというのもあるだろうが。重ねて言う、有難う」


 そう言って俺は深く頭を下げた。

 それは格好をつけているというよりも、兵士である彼らへの自分なりの敬意だった。

 彼らの人生を滅茶苦茶にしたのもあれであり、それに敵意ではなく辛うじて中立の立場で返事をしてくれた。

 それが嬉しいのだ。


「じゃあ一時間後、全員を輸送するからそれまでに身支度はしておいてくれ」

「馬車か何かあるのか?」

「まあ、似た様なものだよ。見たいなら出しておくから見せるけど」

「そうだな。何で移動するのかは気になる」


 そう言って、俺は三t半を彼らに見せる。

 乗車要領や、注意事項。

 座り心地が悪いだろうから雑毛布を敷いて、座るのが辛い人には寝転がってもらう。

 

「今日は流石に町に入れないだろうから近くで野営してもらって、明日以降ユリアについて行く人と新しい人生を始める連中でそれぞれ自由に行動してくれ。ユリアに紹介するまでは飲食と宿に関しては面倒見る、それで大丈夫か?」

「あぁ」

「それじゃあ、安全バ……安全綱をそこに引っ掛けてくれ。落ちないように、或いは座席から後ろに物を置いたり落としたりしないように」

「分かった」


 そして俺は賊と化した脱走兵達を収容し、町の近くまで連れて行くと天幕の設営まで手伝う。

 金を、数食をも手渡し、翌日にまた来ると言って町に戻る。

 深夜は閉ざされてしまい出入りできないので、不法侵入というやり方で宿にまで戻っていった。

 部屋に戻った時には既に夜明けになりかけていて、トウカのイビキとまではいかないにしても心地良さそうな寝息が聞こえていた。


 そのまま数時間ほど遅い睡眠をとって朝食を逃し、ギルドにいくとトウカが俺を認識した。


「あ、おそようさん」

「おそよう……。てか、もう仕事請けるの?」

「うん。賊が居たら危ないし、良いお金になるからちょっと行って来るよ」

「あぁ、うん。行ってらっしゃい。雪の対策はしてある? 肌が焼けるし、風が痛いよ?」

「大丈夫、してある!」

「そっか。じゃあ、行ってらっしゃい」


 もう居ないから行っても意味が無いよとは言えなかった。

 ただ気をつけてとだけ行って、今回彼女が行くのは斥候・偵察である事を知った。

 それから俺は町を出ると引き連れた彼らと挨拶をしておく。


 ……何かをするのなら最後まで。

 これはミラノたちとは関係が無い、むしろユニオン国の為に供出された支援を妨害された理由の排除でも有る。

 新しい人生を歩む事を決めた連中は、それぞれに挨拶をして去って行った。

 天幕を片付けた彼らと町に入る時、トウカとすれ違った。

 討伐されるはずだった落伍者と、討伐するはずだった執行者。

 欺瞞だ、偽善だと言われても良い。

 殺せば終わる、殺されれば終わる。

 そうじゃない結末が有ったって良いだろう?

 俺は失敗したんだ、だからと言って他人の失敗を願うまで堕ち無くても良いんだ。




 ……そう、少しだけ良い気分でいられたのはユリアと会うまでだった。

 俺が移動したのを聞いて、ユリアは直ぐに俺の居場所を突き止めて追いかけてきた。

 どうやらこの前の話の返事を聞く相手が逃げるのではないかと、居なくなったのを知って追いかけてきたらしい。


「受けるの? 受けてくれるんだ兄貴!」

「兄貴じゃねえ! というか、管轄を切り離してこいつらに追及や編成上まったくの繋がりの無い階級が上の連中が変に絡むのを防いでくれ。ほら、新しくこっちからの部隊編成や在り方に関して全部書いたから、持ち帰ってオットーと話し合ってくれ。この話がダメだと決まるまで俺の管轄として、ユリアやオットー、ヴィクトル以外の連中からの兵への関与を階級関係なしに謝絶とする」

「けどさ、兄さんてか兄貴。それまで遊ばせておくとただ飯ぐらいだよね? どうすんの?」

「え? ユリアに全部預けるから、その時が来るまで訓練、運用、面倒は全部任せるに決まってんだろ。それと、ヴィクトルが最高司令官としても、ユリアやオットーを経由しない話は聞かないから……こう」

「父さんが最高指揮官、オットーが……えっと、防衛大臣、私が副防衛大臣みたいな?」

「まあ、そんな感じ。で、えっと……。オットーと話をして、ヴィクトルに認可貰って、また来るまでには色々考えておくから、今回はそれで帰って……」

「あ~、顔色悪いもんね。というか、ちゃんと寝てる? メシ食ってる?」

「ちゃんと寝たいし、メシ食いたいの。一休み入れようとしたらお前が来たの、分かります?」

「まあまあ、可愛い妹が来たと思って許してよ。ってか、血の繋がりは無いから義妹?」

「妹でも義妹でも他人は他人じゃい。俺が”あ~、お腹痛いな~。けどゲームがいいとこだから代わりにトイレ行ってくんね?”って言って肩代わりできるかッ!」

「や~、それはちょっと……」


 ユリアに兵士も引渡し、彼女はホクホクツヤツヤ顔をしてこの前よりもあっさりし過ぎなくらい素早く帰っていった。

 仕事しようか、どうしようかと考えながら俺は兵士に提供した食べ物のゴミや天幕の整備に一日を使うことにした。

 冷たい水をお湯にしながらペグを洗い、油を塗っていると町の地理情報や周辺情報を仕入れてきたプリドゥエンが言う。


『おや、ご主人様はまた善行を積まれたようですね』


 その一言を聞いて、俺は目標の半分にも満たない作業量で一日を酒で終えることにした。

 悪く言われるのはなれてるが、善人扱いされると痒くなりダメージで死ぬとは何なのだろうか?





 ── ☆ ──


 悪夢の中、立て篭もる建物に化物どもがやってくる。

 それは知り合いの顔を、友人の顔をしてやってくる。

 

 ──ねえ、なんで……──


 俺は、ミラノの顔をしたその化物の額に銃弾を叩き込んだ。

 現実のように倒れるミラノは、恨み言を吐いて動かなくなる。


 ──嘘吐き──


「っ……」


 悪夢の中で、俺は二十四時間を生き延びた。

 現実世界で言うと、四時間の眠りにつけた。


 慣れる事は無い、慣れた事は無い。

 相手が家族だったり、高校時代の仲間だったり、自衛隊時代の同期だったり、中隊の皆だったりと様々だ。

 どれも、殺さなければ精神死か衰弱死すると言われている。

 ゲームのゾンビモードのように俺は耐えるしかない悪夢に、二度と見たくないと思いながら連日悪夢に囚われていた。


 眠る事が安らぎだと人は言う。

 しかし、俺にとっては寝た分だけ地獄を見る。

 殺したくない相手を延々と殺す夢、殺したくない相手に延々と殺される夢。

 違いがあるとすれば、俺が死ねば現実でも死にかねない。

 だのに、生きようと相手を殺せば俺の心が死んでいく。


 起き上がり、ベッドに座り窓の外を見る。

 夜明け前だ。

 トウカは傭兵課業で今日は居ない。


『お目覚めですか、ご主人様。どうやら、えらく酷い夢見だったようですね。汗を大変かいている様子で。水はいかがですか?』

「あぁ、悪い……」


 プリドゥエンが俺が起きたのを察知してスリープモードから復帰する。

 良い従者だなと思いながら、従者関連でグリムを思い出してしまった。

 頭を振って学園への名残を断ち切ろうとするが、そう中々うまくいかない。


『四時間三分二十二秒はお休みになれましたね。体調が21.3%改善されてます。ただ、それでも万全の状態での76.4%の性能しか発揮できませんが。お茶をお淹れしますか? それか、寝付けの為にお酒でも?』

「いや、今は……すこし風に当たりたい」

『では窓を開けましょうか?』

「散歩をしてくる。窓を開けたら雪が入りかねないし、そうなると宿の主人が嫌な顔をしそうだ」

『畏まりました。お体を冷やさないようにだけお気を付け下さい』

「ん、有難う」


 そう言って、俺は宿を出る。

 ウトウトと看板娘をしている宿の夫妻の娘さんが椅子に座っていて、それを起こさないように宿を出る。

 かつて消音効果をエンチャントしたが、その靴が優しさで貢献するとは思わなかった。

 雪は止んではいるが、積もった雪までは無くならない。

 溶けては凍り、或いは無くなっては積もる。

 その繰り返しで、無くなるまでにはだいぶ時間がかかることだろう。


 深夜の徘徊は嫌われる。

 巡回している衛兵等に呼び止められる事も少なくなく、そこに個人的事情は考慮されない。

 俺が安全無実かは関係ない、怪しいから呼び止めるのだというスタイル。

 ギルドに所属しているとそこらへんが面倒だったり簡単だったりするが、どちらにせよ信用・信頼の問題だった。


「はあ、さっぶ……」


 深夜になると大分寒い。

 東京在住や冬の富士以上の寒さを叩き込まれていると、赤道出身故の暖かさに守られた環境に適応した肉体じゃ厳しい。

 ロシア人がウォッカを飲みまくる理由も分かるというものだ、酒を飲まなきゃやってられない。


 酒を飲むのが習慣づいたのは、何時からだっただろうか?

 思い出そうとはしてみたが、思い出せるほどの事をしていなかった。

 

「みつ、けた……」

「探したぜ、坊」

「──……、」


 過去は何時だって苦しいものでも何時しか綺麗になってしまう。

 ミラノとの決別、公爵に踏みにじられた事実。

 その二点を取り払えば、学園での日常は俺にとっては綺麗な思い出だった。

 そして両親や学生生活、自衛隊生活がそうであるように、何時しか過去に追いかけられるようになる。

 今が、そうであるように。


「なんだ……なんでこんな生き方をしてやがんだ?」

「おさけ、くしゃい」

「……人違いじゃないっすか? てか、オタクら誰?」

「惚けんなよ。その眠そうな顔、諦めたような表情、一声目で問いかけじゃなくて誤魔化し、血に塗れたその匂い……ロビンが気付かないと思ったのかよ」

「血、血か……」


 誤魔化せないかと自嘲しながらも、ゆっくりと二人を見る。

 アイアスとロビンがそこに居て、身なりも幾らか流浪人っぽくなってる。


「……授業はどうした? お前らが居なきゃ生徒たちが不安になるだろ」

「話は聞いた、その上で連れ戻しに来たんだよ」

「ヤクモ。がくえんに、ひつよ~」

「やり取りは全部あの天界の姉ちゃんから聞いた。公爵のやった事は相容れねえからな。坊のやった事は、間違っちゃいねえからな。だから戻るぞ、俺たちがお前の味方をしてやる」

「味方……味方か」

「……何がおかしい」

「いや、別に。確かにアンタら英霊は味方だ。学生連中や幼い主人に比べたら、これ以上となく味方だった。あんた等の思想は好きだった、できればその助けになりたかった」

「かった……?」

「分不相応、タダの人間が抱くにはでか過ぎる理想だったんだよ。俺は……あんた等とは違う」


 そう言って俺は酒を飲む。

 水筒ではなく酒容れ容器に変更された代物が、今の俺の境遇を証明しているようであった。

 寒さだけじゃなく、現実と相容れるためには少しばかり”フィルター”が必要だった。

 それが、俺にとっての酒だ。


「俺は認められた人じゃないし、発言力なんて無い。人類の為に命も未来も背負って戦って、その結果歴史に認められる程の勲功も無けりゃ、尊重してくれる人も居ない。身分に、地位に、数に負けてしまうような下らない個でしかないんだよ」

「だが、オレたちは……」

「お前らはお前ら、そもそも……人と言う点では一緒でも、何かを成した者と何も成していない者として一緒じゃない。仲良くなることは出来ても、仲間にはなれない」


 俺のその言葉を聞いたロビンが、仲間という言葉を繰り返しながら俯いてしまう。

 少なくとも、これでロビンは沈黙した事になる。


「……てかさ、いい加減疲れたんだよ。戦闘や魔法に秀でてるから擦り寄られるのも、利用されるのも」

「そんなつもりは無ぇ!」

「じゃあ聞くがな。俺が脂肪だらけで醜い中年で、戦うにしても片足を引きずるような足手まといだったとして……あんた等は同じように俺と接してくれたか? 親しいフリをしてくれたか?」

「それ、は──」

「切っ掛けは些細なものだったかも知れない。けど、あんた等も結局の所俺個人じゃなく、俺の持っている物にしか興味を示さなかった訳だ。下らない雑談も、酔いつぶれるくらいに飲んでダルそうに帰るのを見送ったり、まあ良いかとそのままぶっ倒れて二日酔いで頭を抱えて『じゃあ、またな』って帰っていく事も無かった。あんた等は、非日常における俺を求めただけで、日常を俺には求めてくれなかったんだよ」


 味方で居ようとする事と、仲間で居る事はかなり違う。

 利害の一致によって味方にはなれるが、それは一致しなくなった瞬間に終了する。

 仲間で居る事は利害が一致してもしなくても継続される。

 破綻や破談が招かれない限りは、日常でも非日常でも共にあるということだ。

 

 ミラノ達は日常を齎してはくれたが、非日常から帰ってきた俺の家にはなってくれなかった。

 アイアス達は非日常における味方ではあったが、日常までは一緒に過ごしてはくれなかった。

 平時であれば千人の友が居ても邪魔にはならないが、有事になれば不要な友が現れる。

 

「……俺の居た世界で、兵士にとって一番辛い事って何か知ってるか? 戦争に行って帰ってきた兵士の話だ」

「いや、分からないが……」

「”日常に溺れる”って事なんだよ。戦いに身を置きすぎると、誰を信じて誰を疑えば良いのかが分からなくなる。眠りにつけば悪夢を見て、目を覚ますと自分がまだ戦場に居るのではないかと錯覚する。戦争から、日常に帰ってこられない兵士が居る事実と、それが社会問題となってる。金属音が剣戟の交差音に聞こえる、扉の開く音が自分を狙って潜伏していた敵が現れたのではないかと錯覚する、夜に眠りにつくと目が覚める前に敵が寝込みを襲うのではないかと眠れなくなる、そうやって疲弊してくると今度は無邪気に無垢に日常を送っている連中を……憎む。平和を無料だと信じて享受している連中の対価を支払った奴が日常と言う平和に戻れずに、苦しむ。俺は……見捨てられ、裏切られ、そして今は忘れられようとしている。いや、そもそも名前だけが一人歩きして、誰も本質《俺》を見ようとはしなかった。知ってるか? この前の食堂でのやり取り。俺が英霊連中を顎で使ってて不敬だとか言ってるんだぜ? 自分の好悪で問題が何だったのかを見ようともしない。そんな連中に囲まれて、良い子を演じるってのがどれだけ疲れるか理解できるか? ミラノに怒られて、カティアに蹴り飛ばされて”誰かの従属者である”と見せ付けなけりゃ、いつかは俺は魔女裁判にかけられてたはずだ。そして俺が処刑か処分されたのを見て連中は言うのさ、『俺たちは正しい』って。宗教的であんた等に接するのを好まない神聖フランツの生徒、歴史的であんた等の教えを受け入れないヴィスコンティの生徒、国としての歴史が浅いからと居直って孤立しているユニオン国の連中、自分たちさえ良ければそれで良いツアル皇国の生徒。……疲れたんだよ、いい加減」


 そう言ってから、空になったボトルを確認するとしまいこむ。

 そして、笑いを噛み殺してから一つ息を吐いた。


「Shhh...《しーっ……》何もオタクらが悪いとは言ってない、人は時代や世代や世界によって考え方が違うのだから、人との接し方にも正解は無いさ。けど、俺が居ると生徒連中はその内何かしらの不満や恐怖で肌を、何時しか骨まで焼かれてしまう。けど、そうなる理由は俺にとっては紛う事なき俺という存在を肯定する手段だ。That's joy of the Hygiene.《それは素晴らしい事なんだ》」

「──……、」

「日の昇る場所へ、或いは沈み行く夕日に向かって走ってみるのも良いかもしれない。俺よりも良い奴を見つけられる可能性だってある。愛想が良くて、生徒受けも良くて、才能があって、惹き付ける能力もあって、人類の未来とやらに貢献しそうな……。そうだな、クラインとかも優秀だからな、完成品《俺》じゃなくて、育ててみろよ。その教育を希釈して薄めて生徒に施しゃ、幾らか効率的になるだろ」

「逃げるのか?」

「逃げる? そもそも俺は一度も立ち向かっちゃいない。仕方が無いからそうした、仕方が無いから助けた。自分から首を突っ込んだ事は一度もない、問題の方が俺に向かってやってくるんだ。俺らしいだろ? 自衛的で、専守防衛に努めてる。まあ、何か問題がありゃ傭兵の”ダイチ”に持ってきてくれ。報酬次第では受けないでもないからな。溝の清掃、下水路の魔物排除、斥候や偵察、魔物退治から縁も所縁もない戦争屋まで何でも御座れだ。Viva la revolution《革命万歳》」


 背中を向けて、その場を去ろうとする。

 しかし、雪を踏みしめる音にゆっくりと振り返る。

 すると、俺に飛び掛ってくるアイアスの姿が見えた。

 腕を掴み、勢いをそのままに背負い投げで地面に引き倒した。

 ここでの雪はまだ痺れるくらいでダメージは少ない、そんな中にアイアスを叩きつける。


「……こんなもんじゃないだろ、こんなんじゃダメだろ? あんた等は英霊なんだ、俺ごときに簡単に対処されちゃ、まずいだろ」

「どうしても、もどらねぇか」

「剣折れ矢尽き、忠義も忠節も士気も目的も無い兵士は役に立たないさ。なんにせよ……やってられねぇよ」

「ッ……」


 少し離れた所で、誰かの声が漏れるのを聞いた。

 余り長居すると拙いだろうと、俺はアイアスを手放す。

 アイアスは起き上がる事無く、ロビンも俯いたまま動かない。


 過去は、いつもこうやって俺の後ろ髪や足を引っ張る。

 高校時代は子供の頃は良かったと嘯く、自衛隊時代は高校時代の仲間と会いたいと思う。

 無職になってからは自衛隊時代は良かったと考え、両親を失ってから家族と会いたいと嘆く。

 And now...《そして今は》、学園での日常も悪いものじゃなかったと思っていた。


 なんにせよ、俺はもう戻れなかった。

 





 ~ ☆ ~


 ──やってられねぇよ──


 その一言を聞いて、かつて自分が似たような事を吐き出されたことを影に居たマリーは思い出していた。

 自分は間違って居ないと思い込めたその頃。

 何故彼が出て行ったのか理解できなかった暫く後。

 居なくなった事で自分が何をしてしまったのかを理解し始めた家族の惨殺。

 後悔に塗れながらも何も変われずに居た過去から今。


 彼女は、自分が同じことを繰り返したかのように涙を溢し、口を抑えながらズルズルと崩れ落ちた。

 諦め切れなかった、だから無理を言って同行した。

 しかし、過去に絡めたその発言は彼女の心を容赦なくへし折った。

 

「わあああぁぁぁ……」


 そして、耐えられなくなった。

 声をあげて泣き、その涙は地面を叩く。

 否定され、拒絶され、去られた。

 その事実が彼女の中で渦巻いて悲しみを深くしていく。


「マリー……」


 アイアスは泣き声を聞いて立ち上がると、彼女の傍に行く。

 しかし、その悲しみを理解しているからこそ伸ばした手を下げるしかない。

 そして今度はロビンの所に向かうが、そのロビンにアイアスは胸元へと飛び込まれた。


「わたしたち、なかまじゃなかった? かんちがいだった?」

「落ち着けロビン……落ち着け」


 ロビンは、かつて単身で乗り込んで消えていった仲間の事を思い出していた。

 仲間だと思い、最初から最後まで一緒だと……そう彼女は信じていた。

 しかしロビンは払拭できずに居た。

 共に戦っていた筈なのに、黙って一人で先行して相打ちした現実を。

 自分たちが信じてもらえてなかったのかと、仲間だと思って貰えてなかったのかと。


 アイアスは二人が精神的に弱ったのを見て、オレも嘆きてぇよと思った。

 だが、かつては惚れた女と仲間を前にしてだせぇ真似はできねぇと、ため息一つで諦めた。


 裏切られたのではない、そもそも裏切るにすら値しなかった。

 あるいは、求められていた物が途絶えたが故に見限られたと彼は考えた。

 

 皮肉なものだと、強くて色々なことが出来るのに本人が求めているのが”日常”なのだと。

 栄誉も、功績も、金も、何も要らなかった理由がそこにあった。

 そしてそれと同時に、不器用さも彼は感じた。

 何かを手に入れるには対価を支払わなければならないと言う彼の言葉を用いるのであれば、こうなる。


 自分が何が出来るかを証明するために、居場所を作るために様々な功績を積み上げた。

 しかし、積み上げた功績で自分の居場所を作る前に”消化不良”を周囲に起こさせてしまったのだ。

 功績が何かで帳消しになる前に名前だけが一人歩きし、その度に飛び込む厄介のレベルが大きくなっていく。

 日常ではなく非日常の中に居る時間が長くなり、ようやく帰れると思った日常に拒絶される。

 

「……そりゃねぇよ」


 結局、英霊たちもまた日常を忘れて久しい存在だった。

 日常を提供できる連中はその未熟さから仲間足り得なかった。

 非日常を共有できた”味方”は、日常を共有できないが故に仲間になり得なかった。

 日常を、居場所を求めていた男はそれらが否定された事で去った、それだけの話であった。

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