133話
あれから数日が経過した。
目的も意志も無いままの行動はゆっくりとしたもので、それでもトウカと二人で新しい日常に慣れようとしていた。
「た~のも~う」
昼間の酒場に、俺はトウカを引き連れて入っていく。
様々な身なりをした連中が、ゆっくりと俺の方を見る。
余所者、部外者、アウトサイダー。
決して好意的とは思えない目線を受けながら、俺は適当な相手に声をかける。
「この町で傭兵暦長い人って居るかな?」
「何だ? お前」
「この度新人として傭兵になりたての男でして、皆さんに挨拶ついでに色々教わりたいと思って来たんですよ。あぁ、そうだ……。この中でオススメのお酒とか、食べ物ってあります?」
新入りはゴマをすらない程度に、可愛げと言うものを出しておけ。
そう言った変な処世術染みたものも、自衛隊では教わった記憶がある。
今では……もう自衛官と言う肩書きすら口に出来ないくらい穢れたものだが。
暫くそうやって酒場の連中に酒を振舞い、宴のようなものへと切り替えさせる。
他人の金で飲む酒が美味いのは判りきったもので、そうやって金で口を軽くして情報を聞き出していく。
一時間もしないうちに、俺はその場での古参を探り当てる事ができた。
「なるほど。気をつけなきゃいけないことって沢山あるスねぇ」
「そうとも。だがな、駆け出しから少し飛びぬけたヒヨッコ連中は初歩の初歩を忘れがちだ。そうやって帰って来ない奴を今まで幾つも見てきた。お前はそうなるなよ」
「いや、すんません。他にも色々聞きたいことはありますけど、他の先輩たちにも挨拶とお話を聞いてきます。何か判らない事があったらまた話しかけてもいいですか?」
「おうよ。犬死すんなよ、小僧」
「有難う御座います!」
その場の将を射れば、後は下手さえ打たなければやりやすいものだ。
なにせ、命をかけている連中はそれなりにお喋りをしたがる。
それが自分の体験なのか、それとも知識の共有なのか、感情の吐露なのかはそれぞれだ。
だが、どちらにせよ「それで死ぬ奴が減るのなら」という想い自体は一緒なのだ。
「すみません、皆さんの時間を頂いちゃって。自分は右も左もわからないヒヨッコですが、先輩方に色々と訊ねたり、それこそご迷惑をおかけするかも知れません! けど、すぐにとは行きませんが、皆さんの邪魔にならない程度に、いつかは一緒に仕事が出来るくらいにはなりたいと思います。有難う御座いました!」
三時間後、俺はその酒場でのデビューはそれとなく成功したと踏んだ。
決して軽くない出費ではあるが、金で取っ掛かりを容易く出来るのであればそれは無駄ではない出費なのだ。
「なあ、”ダイチ”。あの子はお前の彼女か何かか?」
「行く当ても無い者同士で一緒に組んでるだけですよ。料理や掃除などが得意らしいですから、自分のように片づけが苦手だと大助かりで」
「夜の相手もしてもらうのか?」
「いやぁ、それは流石に……。けど、彼女は魔物を前にしても物怖じしないくらいには勇敢ですから、気をつけたほうがいいですよ」
「ま~じか」
「マジっす」
そして、胸襟を開いてもらえればそうやって色々聞かれたりもする。
トウカの存在は当初浮いてはいたが、それもすぐに馴染み出す。
給仕などをしていたという事で、彼女はそうする事で皆が喜ぶという事を理解して酒の相手をした。
命を懸ける事が多いからこそ、俺は最優先で人脈の構築を優先した。
酒をたらふく飲んでから、奢りだといって店主に先払いで金を払って部屋に入る。
数日振りに野宿じゃないので幾らか安らぐ事が出来そうだ。
「あぁ、あぁ……」
「あれに意味は有るの?」
「何をするにしても先人ってのは蔑ろにしちゃいけない。たとえ傭兵として優秀であっても、孤立したら上手くいかないし嫌われたら面倒な事になる。それに……」
「それに?」
「その土地特有のルー……決まりだとかがある可能性もあるから、自分たちが余所者である自覚を持って行動しないと後々大変な事になる」
傭兵と言っても数種居て、滞在型と放浪型が居る。
村や町、都市等に請われたり己の意志で滞在している連中だ。
今回俺が相手をしたのはそう言った連中で、放浪型と反目し合っているとか。
「……寝よう。トウカは明日出来ればお店とかを見て回っといてくれ」
「ヤっくん……じゃないや、ダイちゃんはどうするの?」
「まあ、色々」
そう言って、久しぶりに抗鬱剤を飲んだ。
また悪夢を見るだろう、見るに違いないと思いながら翌日を迎える。
「うぇ~い!!!!!」
「──……、」
昼間から俺は再び酒を飲む。
トウカが店巡りをし終えた時、俺は暇していた連中と一緒に再び酒を飲んでいた。
トウカの目線が突き刺さるが、これも必要な事だと自分を騙した。
「癒し草ってのがな? ここを出てむこうの方角にある森にあって……。現物が有るから見せっけど、生傷には少し煎じて貼り付けて、病気の時はその煮汁を飲むか粉にして呑むと利くんだぜ? 余りとりすぎっと無くなっちまうけど、見かけたら一つまみか二つまみくらい取っておくと便利だ」
「なるほど……」
「ここいらで癒し草を使うとしたら、魔物が群れを成すかゴーレムが迷い込んできた時くらいだな。ユニオン国の方はどうにも魔物が強くていけねえ。ゴーレムは何処でも活動できるからそう言った奴と相手をすると怪我をしやすいんだ。そういった時に自分自身か、どこかに何時いてる場合は組合や教会とかに備蓄してもらうといいぞ。保険になるからな」
酒から始めて情報収集へと流れていく。
それは俺には存在しない、彼らにとって必要な知識だった。
魔物の種類、危険な地域、魔物によって受け得る負傷や異常。
採取可能な物やそれらの使い道、もし同じ仕事で他の傭兵とかち合った場合の対処法など。
生きた知識が俺には必要だった。
「ふぅ……」
「昼から飲んでるとダメ人間の始まりだよ?」
「仕事の内だから良いんだよ。トウカも別にやりたい事があったらそっち優先してくれていいから。そもそも……ただ、目的が無いから一緒ってだけだし。何か有ったら好きにして良いんだからさ」
「ん~。私も昔みたいに傭兵のお仕事やろうかな~とか思っててさ。知らない人よりはまだダイちゃんと一緒の方がいいかな」
「傭兵やってたんだ」
「おやっさんと一緒だった時に、少しね。おやっさんが強かったから私の出番は殆ど無かったけど」
「ふぅん……」
「まあ、数年やってなかったから更新しないといけないんだよね。連絡が無くなったり、見かけなくなるって事もそこそこある訳じゃん? 証明書も無いし、死んだ扱いされててもおかしくないんだけどね」
まあ、そういうものか。
トウカが傭兵をやっていたというのも驚きだけれど、料理長のおやっさんと一緒に学園に流れ着くまで一緒だったらしいし、そのほうが便利だったのだろう。
「等級は?」
「や~、何年もお仕事してなかったから意味無いよ。等級って高くなってくると、一年でどれくらいのお仕事しなきゃ~って決まりごとがあるから。上から三番までに入らないと仕事しないままだと一番下にまで下がるもん」
「へぇ~……」
「ダイちゃん、証明書作るときに説明聞いてなかったの?」
「急いでたからな」
「けどさ、今は落ち着いても良いんじゃないかな? 急ぐ理由は無いはずだし」
「まあなあ」
「それか、痛むの?」
トウカにそう言われて、俺はフリーズした。
それから起き上がると、彼女を見る。
「どゆこと?」
「左腕、なんか震えてるし。ダイちゃん、凄い緊張してるから汗も凄い流してるみたい」
「……──」
「片足もちょっと歩き方も変だし、それに……なんだかオジさんみたいな香りがする」
トウカに言われて、それら全てが図星だと理解している。
死に過ぎたせいか、蘇っても若い肉体として生き返れなくなっていた。
俺の最期の時のように、三十代で肥え衰えた肉体に近づいていたのだ。
アーニャが言うには、死を余りにも短期間で繰り返したせいで彼女の蘇生に対する負担が大きかったからだとか。
つまり、アーニャに負荷をかけすぎると魔法もチートも若さも維持できなくなるということだ。
今は……徐々にではあるが、若返ってはいるが。
それだけじゃなく、最後の最後に切断された腕は自分で無理やり接続したものだ。
だから暇を見ては魔法をかけているが、神経の再接続となると俺には医療的な知識はない。
肉体的な再生は皮膚、筋肉、血管等と言った物を理解しているのでシステムの補助を得て何とかしている。
だが、知らない物は治せないのだ。
「それに、両目が赤くなってる」
「泣き疲れたんだよ」
「真面目に言ってるんだけどな~」
俺の両目は、どうやら両目が赤くなってしまっているらしい。
ただ、鏡を見たいとは思わなかった。
そう言うのならそうなのだろう、けれどもそれで俺の何かが変わるわけでもない。
「ちょっと見せてよ。簡単な手当てくらいなら出来るよ?」
「いや、いいよ。魔法があるし」
「常に魔法が使えるわけじゃないじゃん? それに、これからどうなるか判らないし、私も思い出しておきたくて」
「……なら、頼もうかな」
「ん、頼まれた」
トウカが俺の傍に来て左腕を見る。
しかし、鎮痛剤漬けにしたように左腕の感覚は鈍い。
外から見た感じでは綺麗な物だと思いはしたが、切断面が無理に縫合したかのような蚯蚓腫れを起こしている。
「ダイちゃん、ボロボロだね」
「そうか?」
「うん、そう。なんかさ、変な噂流れてたし、暫く見ないな~って思ったけど、何かしてたんだ」
「馬鹿なことをしてただけだよ」
「それに、名前も変えるって言うし」
ヤクモと言う名前も、止めた。
ダイチと言う本来の名前を使うことにした。
幸いな事にツアル皇国と言うジャパニーズライクな国もあるので目立ちはしない。
名前負けしているが、負け犬にはお似合いだ。
何が英霊の名前だ、それに見合う新しい人生を俺は始められなかった。
ダイチと言う名も、親に求められた期待を考えれば重い……。
「上脱いでもらっていい? よく見れないし」
「ん」
「……ねえ、何したの? 身体が傷だらけなんだけど」
背中は流石に見ることが出来ないが、どうやらそちらもボロボロなようだ。
「正しさを掲げる連中に馬鹿げた理由から無謀な戦争を仕掛けただけだよ。その結果、痛い目にあってね。ミラノも呆れて付き合いきれなくなったんだよ」
「そっか。難しいね……。んと、傷だらけだけど痛みとかは?」
「薬とお酒の関係か、全然……。いや、たぶん──学園を出る前から殆ど感じてない気がする」
「大丈夫?」
「中途半端に治癒したからいけないだけで、治って来れば大丈夫だと思う」
トウカが触れているというのを感じはするが、それは圧迫感でしかない。
肌に指が触れる感覚を感じない、ただ圧迫感だけが「触れている」と言う認識をもたらすだけだ。
ドキドキしたり興奮したりするには……少しばかり、絶望しすぎた。
「トウカも必要があれば組合に顔を出して仕事が出来るようにしておけば良いよ」
「けど、安くないよ? なるのは簡単だけど、何年も開けたから再発行で手間がかかるし」
「必要経費は俺が持つ」
「いいの……?」
「今はいいけど、たぶん……調子が悪くなったり、休んだりしなきゃいけなくなる。その時に迷惑かけるかもしれないし、トウカに掛かる迷惑が少しでも少なくなるならそのほうが良い」
「そっか、そうだね」
そうして、俺たちの間の契約は行われた。
もちつもたれつ、他人同士のままの関係。
利益に対して利益を。
不利益には別の利益を持って補填する。
別の日にトウカがギルドに行っている間に、俺は傭兵の連中と一緒に近場まで出向いていた。
「この前話をした癒し草ってこれっすか?」
「お? すげぇな、小僧。若い葉でも旬を過ぎた奴でもない、一番効果が得られる時期の奴だ。あとで休憩になったら使い方教えてやるよ」
「あざっす!」
「それと、休憩中は周囲を見といてくれよ? 冬場は狼の季節だ、魔物の活動は自然系や機械系は除けば落ち着いてくるからな」
傭兵として、或いは貴族ではなく市民としての知識を一つずつ増やしていく。
それ自体は楽しかった。
モンスター・ハンターだの、オープンワールドサバイバルサンドボックスゲームなどを思い出すくらいに、楽しさに満ち溢れていた。
しかし、その楽しみは戻った時に全て消えうせる。
「……お探ししました」
ヴィクトルとの戦いに横槍を入れた天界の者だった。
白い羽、質も良さそうで穢れも感じさせない服飾に装備。
腰に帯びた剣ですら、俺が借り物にしている物よりも良さそうに見えた。
「あ~、すんません。どうやら俺に用があるみたいで。後で酒場で飲みましょう」
そう言って、俺は彼女を引き連れて移動する。
何処に行っても目立つのは彼女のせいで、今は目立つ事すら気に入らない。
それどころか、斬り捨てた過去が今更追っかけてきた事が神経を逆なでするのだ。
仕方が無く金を握らせて短時間、宿の個室を借りる。
冷やかされると思ったが、宿の店主は別に冷やかしもしなかった。
「飲み物は?」
「いえ、突然の来訪故にそこまでは気にしないでいただければ。ただ……貴殿が学園を去られたと聞いて」
「……アンタ、ユニオン国のヴィクトルとヴィスコンティの公爵が話し合いの席に……あの場に居ただろ。あの流れで学園に居残ると思うか?」
「自分は貴殿の言を支持しました。あの後、公爵を宥めて場を収めるのには苦労しましたが、地上の未来を考えれば貴殿の理想こそ正しい」
「そもそも、何なんだ? アンタら天界人ってのは……。俺が居なくなったとして、何ら関係ないだろう」
「いえ、大いに有ります。英霊の方や、王族や貴族の方では駄目な理由が」
「はん……?」
「貴殿が、我らが父……大いなる祖父だからです」
「厨二かな? というか……なに? 俺はまだ結婚してないし、そもそも子孫すら居ないはずだがな」
「太古の時代にまで遡りますが、時間は宜しいでしょうか?」
「勝手に話せば適当に聞く」
俺がそう言うと、彼女は一つだけ咳払いをする。
「……かつて世界が闇に包まれていた頃に、我等を生み出してくれた方々がいるのです。今地上を支配する方々ではなく、そして天界や魔界に存在する者でもなく。今では遺跡として、或いは魔物の巣窟や忘れられた場所として存在する様々な建築物や場所を作った方々がいました」
「──……、」
「彼の方たちは、とある事情から地上での生活を捨てざるを得ませんでした。地中での生活の中、いつかは地上に再び戻ろうと頑張った方々がいます。彼らによって私達は産まれ、そして彼らを犠牲に産声を上げました」
……まあ、そこまで言われると理解が出来る。
つまりだ、今の新人類ではなく旧人類だから俺を気にかけたと。
「最期の父が、我々を解き放つ時に仰せ在られました。地上が見たかったと、平和な世界でまた生きたかったと。我々は、その言葉を守る為に長年を生きてきました」
「その割には、大層な言葉の癖して介入が遅かったな? 前にも、あの学園は魔物の襲撃を受けたってのに」
「私達は今の人類の保護者ではありません。彼らには彼らの力で生きてもらわねば困るのです。そして、私達は減る事はあっても増えることが出来ない一族ですので」
「は?」
「大いなる祖父は、我らの父は”かくあれかし”と仰りませんでした。それと、私たちの中に男性は居ないのです。増えようとするのであれば他種の男性と交わるしかありません、けれども交わる事も純正を乱して良いかも私たちは言われてませんから」
「なんだ、その面倒くせぇ一族……。てか、天界って女性しか居ないのか」
「魔界の方も……かつては同じ一族であった方たちもそうですよ」
「黒い羽のか……。なんで分かれたんだ?」
「私達は空から人々の未来を見る事を選びました。しかし、かつて『同じように地上に生きよう』とした者も居たのです。その者達は地上で困苦とされる場所に行き、直接的に人類を支えましたが……。今では魔族として、魔物と同じ括りにされています」
「なるほどねぇ……。まあ、オタクらの背景は幾らか判ったし、何で俺を気にかけて今こうしてここに居るのかも分かった。それで? 別に手紙でも良かったし、あんな出入り口前で待ち構えてる必要も無かっただろ? 目的は?」
「天界に来て頂けませんか。天界の者は今のままでは転生する事も叶わず、死して魂のみとなって未来永劫時の狭間で次の生を待ち続けるしか有りません。それと、かつての祖父や父がそうしたように、存在意義や指針が欲しいのです」
そういわれて、彼女は真摯にそれを説いてるんだろうなと思った。
彼女たち天界の一族が滅び行く中、俺という旧人類が現れた。
DNAレベルか何かで、勝手な事が出来ないように出来ているのだろう。
少しだけ俺は考え込んで、それから尋ねる。
「転生ってのは?」
「数を減らさず、交わる事無く私達を維持してくれていた装置、或いはシステム……とでも言えば宜しいでしょうか」
「……英語いけるのか」
「かつての知識の一部も保管されてますから。しかし、私達はそれらを利用し使用する事は出来ても、どのようなものかは分からないのです。そして大分前に”死者”が現れてから、私たちが転生できない事を知りました。死者はその肉体や魂を再利用して、幼子として再び生を受けます。私たちが数を増やさず、減らさずに今まで存続できたのはそのおかげなのです」
「ふぅん……。そっか、お疲れさん」
もう話は終わったなと、俺は席を立つ。
扉に手をかけた瞬間に「待ってください!」と言う声が上がった。
「貴殿は、主人の為に無謀な事をしたじゃありませんか! その慈悲を、何故私たちにはお与えくださらないのです!」
「お座り」
「ひゃんっ!?」
試しに言ってみたが、本当に彼女の意志に反して俺の言葉が受け入れられたようである。
ペタリと、かわいらしい女の子座りで天界の女性は床に座った。
「あ、え?」
「あぁ、なるほど。大いなる祖父、我らが父ってのは誇大表現でも何でも無かったんだな……。けど、悪いがお断りだ」
「何故です!? いまや……いまや貴殿は自由の身ではありませんか! なにも、何も貴殿を邪魔するものは無いはず──」
「酒を飲んで、善意を偽善と気付かずに行い続けてきた事に後悔し続ける仕事があるってのなら、喜んで誘われてやる。けど、現実にはそうじゃない。善意を偽善だと侮蔑されるのならまだ良い方だ。だが、信じてもいいかも知れないと思った相手に善意を利用されて甘い汁を啜られる。連中は俺が従順な犬で、正しい事の為に怒れる執行者として飼い馴らせればそれでよかったのさ。天界に行って、それで俺がまた上手くいけば箔がつく。だが、それは他人が馬尻に乗りやすいような馬具の形をしてるのさ。気がつけば手綱や障泥、面繁や雲珠として高価な馬に成り果てて、その上に乗れば誰でも同じ結果になるって寸法だ。NO. I ain't never done nothing《俺は、なにもしたくない》」
そう言い切って部屋を出ようとする。
しかし、彼女がお座りしたままだと思い出して振り返る。
「正しい事も、その為に何か出来るかも知れないと言う事に振り回されるのはもう疲れたんだよ。何百もの善が一つの罪で全て台無しになって、それでも立ってられるほど善人でもないんだよ」
部屋を出て、俺は下の階へと向かった。
今日の仕事を終えた連中が既に酒を飲み始めていて、俺もその場に即座に混ざった。
「よぉ~、ダイチ。さっきの姉ちゃんはなんだったんだ?」
「誰かと間違えてんスよ。俺じゃないって言ってるんですけど、訳のわからない事を言ってきて……」
「はは、そういや学園都市のほうでお前さんに似た若い英雄が居るとか聞いたことがあるな。大方、そいつと勘違いしてるんだろ」
「そっすね~。んま、いい迷惑ですよ」
「んじゃ、お疲れさん!」
「乾杯っ!!!」
そして今日も酒を飲む、明日もたぶん酒を飲むだろう。
二階から彼女が降りてきたが、俺は一瞥のみをくれてやって無関心を貫いた。
何か言いたそうにしていたが、取り付く島もないと諦めたのだろう。
空を自在に飛ぶのだなと、数歩目で浮遊していくのを見た。
かつては好きだった空も、それを見て嫌いになった。
── ☆ ──
一週間以上が経過した。
トウカもギルドの身分証明が済んで再加入が済み、俺もトウカも先達らの指導や教育を受けながらも受け入れてもらえていた。
単独で、或いはトウカや先輩と一緒に狩りや雑務をこなしながらも、殆ど毎日仕事終わりに酒を飲んでいた。
先日は狼が接近しているという噂を聞いて夜通し警戒についていた。
今は交代して休息に入り、今この瞬間にもトウカを含めた捜索及び討伐隊が活躍している頃だろう。
一晩寝なかっただけで蓄積した疲労は老いた肉体のように効果をもたらす。
酒を飲んで温まるはずが、俺は酒の影響もあって机で眠りこけていた。
「──……、」
「う……」
だから、誰かに揺さぶられても目が覚める事無く、意識が浮かぶことは無かった。
だが──。
「兄さん」
「っ!?」
「ま~た酒飲んで。身体壊しても知らないよ~?」
「や、待ってくれ。大丈夫だし? 元気一杯だし!?」
深酒をした現場を妹に見つかった。
あの時が即座にフラッシュバックして意識が覚醒する。
しかし、そこに居たのは妹ではなくユリアだった。
「ス……じゃない、ユリアか……」
「スグって呼んでくれないんだ?」
「そりゃあ……妹のあだ名だし」
「昼間っから酒飲んで良い身分だねえ。こっちはそっちに痛めつけられた分の再建が難しいってのにさ~」
そう言ってユリアは俺の口にしていた飲み掛けの酒を奪うと、一口飲む。
ため息しか出なかったが、そもそもそれは家族向けの態度だったと思い出す。
「あ、匂いはキツいけど美味しいかも」
「人様のを飲むな。育ちが知れるぞ」
「兄さん……じゃなかった、あんたに育ちとか言われたくないし」
「何の用だ? こっちは不寝番明けで疲れてるんだ」
「そっちこそ何のつもり? 目が覚めて学園に行ったら居なくなってるし、ヤクモって名前で探しても見つからないし、ダイチなんて名乗ってるし」
「色々事情があんだよ……てか、傷口はどうなってる」
「おかげさまで、あの後ずっと看てくれてたんだって? オットーが教えてくれた。見る?」
「見せんでいい。見せんでいい!!!」
ユリアは俺の目の前で服を肌蹴させた。
その下に着ていたスポーツブラを少しばかりずらして、風穴が空いていた筈の場所を見せつけてきた。
当然では有るが、あの時の応急処置に比べると誰に見せても恥ずかしくない位に滑らかな肌になっている。
「だのに、なんでこんな所で」
「ゴホンゴホン!!!」
「ここで、飲んだくれてるわけ? 言うなら、認めたくは無いけどすごい事をした。なのに、後悔で頭を垂れて涙で杯を満たして酔っ払ってる」
「その言い回し、誰に教わったんだ? だが、それは正解だ。あんな事をしでかしたんだ、英霊じゃない俺には居場所なんかなかったさ。それに……俺は思ってたんだ」
「英雄なんか、居ない方が良い?」
「そろそろ限界だったんだよ。一人救うと、次は十人を。十人救うと、次は百人を。百人救うと、次は千人を。際限なく膨らむ善行と言う負債に俺のちっぽけ過ぎる存在は、返済できない借金を前に一杯一杯だったんだよ」
ユリアから酒を奪い返し、俺は杯を空にする。
お代わりを頼むと、彼女も酒を注文して席に着く。
「saúde《乾杯》」
「saúde……って、それはポルトガル語だな」
「仕方ないでしょ。私の記憶じゃない、私の知識じゃない物が適切だ~って言うんだし」
「俺はポルトガル語は話せないし、スペイン語でもお前にゃ負けるよ……。あ~、訂正」
妹じゃない、妹じゃない。
そう小さく漏らしながら乾杯して、酒を呷る。
既に、大分眠い。
「あんまり飲みすぎるなよ。飲みすぎると、自分の健康だけじゃなくて子供が出来た時に悪影響が産まれる前に出来るからな」
「まだ結婚しないっての。結婚しないのに子供なんか出来ないっての。てか、兄……じゃない。あんたも飲みまくってるじゃん」
「俺はいいんだ」
「なんで」
「全部御破談にしてきたからな。唯一あった見合い話もサヨウナラ、公爵に喧嘩売ってきたからヴィスコンティじゃもう活動できないだろ。追っ手や暗殺者が来ない事を願うしかない。んま、情勢的にそんな余裕は無さそうだが」
「そんなあなたに美味しいお話があります。聞きたい? 聞きたいでしょ? てか、聞け」
「耳ならいつでも空いてるよ」
「オットーと相談して、あんたがフリー……あぁ、自由になったからイケるとおもって」
「内容は?」
「あんたの知識とヴァイス様の武器を組み合わせて、小規模ながら部隊を新しく作ってみないか~って奴。半分以上は、あんたのした事の埋め合わせの意味合いが強いけど」
「……なるほど。苦汁を舐めさせられたから、それを部隊に試験的に取り入れたいって事か」
「そゆこと。えっと、オットーに苦い顔をされたけど、こういうときは書面に認めた方が良いって思ったから、概要・目的・項目・項目別詳細……全部纏めてきたんだから」
そう言われて、ユリアは肩から提げていたショルダーポーチを開く。
女っ気も色気も無いその装備に、実の妹のようだと苦笑した。
そもそも、妹は俺と違って大学に行っている。
経理だか簿記だったか……、どちらにせよ俺より賢いのは確かだ。
「字が読めないとか言わないでよ?」
「下着越しに見えた乳首の形すら覚えてるよ」
ジョークのつもりだったが、顔面に握り拳が飛んでくる。
それを受けてダウンすると、彼女は怒りを見せない。
受けた損失に対して利益で補填した、俺の妹らしい女だ。
「……話だけは覚えておくよ。どうせ暫くは何もしたくない。運が悪けりゃ、今回はご縁が無かったという事で」
「就職失敗みたいに言わないでくれる? てか、雇用主はこっちでそっちが被雇用者だし」
「知ってるか? 面接時に気に入らなければ蹴る事も出来るんだぜ?」
「それで? 受けるの? 受けないの?」
「言っただろ。覚えておくって。ただ、期待しないで……未来に生きろよ。俺は、少しだけ夢に生きてみる」
「夢って、ギルドで傭兵をやる事が?」
「ヘルマン国とツアル皇国にも行ってみようと思ってるんだ。ヴィスコンティはもう行けないだろうけど、神聖フランツには行ってるし、いつかは──」
「日本?」
「まあ、日本があるかは判らないけど……。ってか、妹と話をしてるみたいに喋ってっけど、大丈夫か? 言われても判んないだろ?」
「なんとなく判る感じはするから大丈夫」
「……変な感じだ。妹じゃないのにほぼ妹のような奴と、かつての事を知ってるかのように話せるってのも……」
「私も変な感じがしてる。存在しない相手を兄と認識できて、自分の知らない言語と自分の知らない知識で知らない国のことが話せてる。しかも何が一番嫌かって? 学園に居た時のあんたとは違って、むしろ今の方が良好な関係が築けてるって事」
数秒してから、俺は思い出したように尋ねる。
「そういや、何であの時間に入ったんだ?」
「あ~、あれ? いや、なんでだろ~」
「俺を庇う理由なんて無かったし、庇ったとしても……もう聞いただろ? 俺のこと」
「あぁ、うん……。なんか、呪われてるみたいだね」
「呪い……」
俺と同じ事を言うのだなと、妹のように思った。
そういえば、オルバとか……公爵家の母親似の婦人とかを思い出した。
思い出したが、今となっては仕方の無い事だが。
「まあ、なんだか……嫌だったんだよね。変な言い方かもしれないけど、本当の家族が死んじゃうみたいな気がしてさ。それより、そっちも同じじゃん。私の事救って、父さんに頭バーンってやられたんだって? 見捨てても──って、無理か」
「妹を……似てる奴を見捨てるくらいなら、死ぬ方がマシだ。兄貴だ、長男だ。俺の役割は両親のを支えて、妹や弟を守る事……家族の為に頑張る事だ。まあ、理想でしかなかったけど」
「そう? 私の事助けてくれたじゃん、救ってくれたじゃん」
「……いや、救えなかったんだ」
俺の沈黙を彼女は追及しなかった。
それどころか、彼女は俺の頭を撫でてくる。
「救おうとしてくれた、それだけでも助けられる事だってあるんだよ。成功したから救えて、失敗したから救えなかったってのはさ、極端な話じゃん。成功したけど余計に窮地に陥る事もあれば、失敗したけどそのおかげで救われる人だって居る」
「……うん」
「兄さんはさ、頑張った。頑張って頑張って頑張って……けど、目的は達成できたけど理想にはたどり着けなかった。それだけだよ。百点以外は認められないってのはさ、息苦しいし生き苦しいもんだと思うよ」
妹の姿をした他人にそう慰められる。
戦闘には勝利したが、戦争に敗北したのだ。
学園は救えたが、相手に拒絶され理想を利用された。
国を救うために出撃したら、増援のフリをした仲間に城を奪われた上に功績を奪われたようなものだ。
目の前の勝利に拘りすぎて、そのあとの事をおろそかにした結果である。
「まあ、兄ちゃんはちょっと傷心なんだ。薬を飲んで、少し休んで……仕事ばっかりじゃなくて好きなことをすれば、いつかは治るさ」
「だからって薬を倍飲めば倍早く治るとか馬鹿な真似しないでよ? あれ何時の話だっけ?」
「小学生の……水疱瘡の時」
「バカ乙。とりあえず、書類だけは渡しとくから考えといて」
そう言って彼女は支払いをすると「hasta proximo《またね~》」と言って去って行った。
書類を見ると、やはり俺が作るような俄か知識の物とは比べ物にならない位に精密だった。
そして書類をストレージにしまおうとして、あれ以降砂嵐やノイズの入るシステム画面を見つめる。
まるでとあるゲームで「Don't Touch Me」をクリックした時のような画面エフェクトだ。
操作出来ない訳じゃないが、扱い辛い。
書類をしまうと俺は改めて酒を飲んだ。
そして酒瓶を丸ごと買い叩くと、部屋に上がって寝床に横になる。
「あぁ……」
Apart from the weightという表現を思い出す。
重力から逃れるとも、住まいから離れるというダブルミーニングだ。
守護する相手を失い、人を守るという自衛官らしさも失った。
元自衛官に成り果てたように、意志無き抜け殻でしかない。
もう、放っておいてくれ。
俺がまだ正直で居られたなら、ユリアにはっきりといえただろう。
振り回されるのも、問題がブリーチング・チャージしてくるのも、見返りが何も無いのも嫌だと。
そして、俺の見返りとは単純な物だった。
認められたかった、ただ……それだけなのだ。
しかし、認められるというのは中々に難しい話で。
英雄だとか、騎士だとか……そういうのでは、無いのだ。
「はぁ……」
結局、俺はトウカに嫌な顔をされる。
酒から逃れる事ができず、薬を酒で飲み込む毎日。
悪夢の一つが、久々に顔を見せる。
ホラーかサバイバルかは別にしても、認めてくれたら良いなと願った相手が敵として延々と殺しに来る夢。
守りたい相手を殺さなきゃいけない、そうしないといけない気がするから。
──受け入れる事と無抵抗になることは別です。戦って下さい──
あの医者の言葉は正しかったのか否か……。
ただ、まだ生きてることは確かだった。
── ☆ ──
酒を飲まないと眠れない、薬を飲まないと睡眠がとれない、悪夢を見るから起きてしまう。
この三コンボが、俺を深夜の睡眠を拒絶していた。
「……なあ、起きてくれよな。頼むよ……」
眠れない時間、俺は僅かな明かりを頼りにプリドゥエンの事を何とかしようとしていた。
ドライバーなどで分解できる部分を分解しながら、机の上に一つずつ順序だてて並べていく。
当然では有るが、機械整備士の資格なぞ無い。
素人が機械系を分解したら再度同じように組み立てられるとは思えなかった。
酒を適度に飲みながら、眠気や諦めで挫けそうな心を酩酊に沈めていく。
正気の沙汰ではないと思えたが、正気ならトウカを引き連れずに「元気でな」とすれ違っていた自信がある。
「これ……なんだ。すげぇネジだな」
余程分解されたくないのか、それとも強度を保つ為なのか。
ネジやボルトと言った部品ですら一種の機械作品となっている。
マンホールを持ち上げる為の差込口のような所に差し込んで引っ掛けて引っ張る、そうすると一体化していたボルト部分が解放されてフリーになるので回すといった具合のような物だ。
小銃の分解に一分程度掛かるのに、外殻を引っぺがすだけでも数時間経過していた。
「……しっかし、たいした強度だよ、ったく」
ヴィクトルのみの拳銃に見せかけたソードオフ。
あんな物を至近距離で受けて、よくもまあ凹んだだけで済んでいる物だ。
高高度から落下しても大丈夫なジェルだとかが有るのだから、技術力の高さに救われたのだろう。
しかし、もう一週間も沈黙している。
人間であれば脈拍や網膜、顔色などと言ったバイタルサインがある分気付きやすいが、ロボティックな鑑定能力など無い。
システムの補助が俺の知識をベースとした物で有る以上、どれだけ「トレースオン」と同調し、基本骨子や構成材質を知ろうとしても追いつけないのだ。
つまり、知識や情報さえあれば回復魔法のように筋肉だの皮膚だのを再生してやれるが、神経と言う見たことも無い上に理解も少ない物に対しては効果を及ぼさないような物だ。
それでも、今では痺れながらも動かせるが。
「これが目で、こっちがたぶん脳だろ? これが手で……えっと……」
トウカが寝ている中、酒を更に呷りながら部位ごとの考察も進める。
後で引っぺがした後で「AIチップと思考メモリの刺し口が逆ですご主人様」という事にならないようにしたかった。
だが、俺の心配を他所にどん底の中にも僅かに希望はあった。
俺が意を決して頭脳に当たるだろう部位にドライバーとピンセットを宛がった瞬間に、今まで開ききっていた瞳孔……レンズが稼動したのだ。
『あぁ、ご主人様……』
「プリドゥエン……?」
『すみません。少しばかり”脳震盪”を起こしておりました。十一日も意識が無かったこと、ご容赦ください』
そう言ってから、彼は少しずつ蘇生した。
只の機械の塊から、生きた個へと戻る。
『おや、まあ……。もしかして、私を修理しようと?』
「ああ、まあ……。けど、不要だったみたいだな」
『お心遣いに感謝します……。本来であれば修理ポッドに入れておけば済んだ話ですが、今度その扱い方を教えねばなりませんね』
「悪い」
『とりあえず、外した外部装甲を戻していただけませんか? それと、座標が学園から大分離れておいでのようですが、何があったのか聴いても?』
「そうだな……」
一連の流れを話し、今は学園に居たトウカと一緒に外へ出た事まで話しをする。
主観である事を踏まえ、ミラノに化物扱いされた上に行いを拒絶された事。
ミラノは俺を召喚した責任を感じていたから守ってくれると。
だから俺はミラノを守りたかった、けれども……その約束は彼女の中には無かった。
俺の理想は公爵によって踏みにじられた。
英霊たちと関わったせいかも知れないが、理想家な所がある俺は人類の未来の方を優先した。
戦後の日本のように、負けたからと子々孫々に至るまで犯罪者扱いされ謝罪と賠償を強いられ続け自立する事を拒まれるような存在を作りたくなかった。
だが、公爵は武装を自国に吸収しユニオン国を植民地のようにしようとした。
英霊と俺の考えは、実利によって踏みにじられたのだ。
都合が悪けりゃ英霊を頼り、都合が良けりゃ今を生きる人として英霊を排除する。
「んま、使い捨ての英雄になったって訳だ」
『それで、これからはどうすると?』
「根無し草だけど、一ついい事がある。主人の顔色を窺って、泥を塗るかもだなんて馬鹿げた事を気にしないでいい。高貴な騎士も、無償の善意もクソくらえだ。何かさせたけりゃ金を払うしかない、なにかしてもらったら対価を支払う。資本主義の下で俺は行動する。百人を救われた? じゃあ百人分の救助料を貰う。英雄のような働きをした? じゃあその困難と危険に見合った対価を差し出せ。今は最低級の傭兵だが、一人前と呼ばれるギリギリの八等級までさっさと駆け上ってやる」
『そうすると、どうなるのです?』
「個人宛に仕事を顧客が出せるようになるってのがでかい。利用しようとした奴を鼻で笑って、買い叩いてふんだくる。相手が誰であれ負からないし、脅しにも屈さない。二度と、踏み台になんかなってやらない」
『PMC《民間軍事企業》のようですね。狼からハイエナになると仰るのですか?』
「別に死体漁りをする訳じゃない。己の信念と倫理に従って仕事を選ぶってだけだ。気に入らない仕事はしない、仕事が選べるだけありがたいと思わないか? 主人を守る、その為に己の行動や言動に気を使う。国に仕えてる訳でも仲間が居る訳でもない、無償の高貴の勤めなんざ続けられるか」
『仰せのままに、ご主人様。しかし、となると私はどうしましょうか?』
「High end Gearだとか、どっかの遺跡で拾ってきたって事で同行してもらう。相手が誰であれ、脅威度に応じた抵抗や反撃をして捕縛や無力化されないようにしてくれ。もう、お前を隠さずに堂々とする」
前まではミラノの関係もあり、惰弱で噂好きで異物を排除したがる学生連中の前もあって隠さなきゃいけなかった。
だが、これからはそうしなくても良いのだ。
『ご主人様は、それで良いので?』
「お前は……いや、お前が居てくれた方が助かるけど、ダメか?」
『ダメでは御座いませんとも。しかし、これからは管理ではなくお背中を守るのがお仕事になりそうですね。いやはや、かつて自国防衛の為に兵役に就いていた記憶が蘇ってきて、楽しくなってまいりましたとも』
「お前、兵役についてたのか」
『時勢が、全国民に年間一定日数の訓練と部隊行動を求めたのです。消費社会に対して枯渇する物資、再生の間に合わないナノテクノロジーによる再生性。その結果欧州でも不和が生じたのです。軍が、そうでなくとも自分の身を、家を守れるのは最終的には己であると国はそれを是としました。デモクラシーが最終的にナショナリズムに回帰するとは、ご主人様の居た時代では否定されるべき事柄でしょうね』
「さあ、どうかな。俺も……消極的平和主義や差別的な反差別主義だとか、男性に犠牲を強いるだけの男女平等推進とか色々見てきたからな……よし、どうだ? 完全に締め切ってから一締めしておいた。ネジ穴もナメらないようにはしたけど」
『有難う御座います』
プリドゥエンが結合完成すると、静かに浮かび上がる。
そしてその目できょろきょろと周囲を見てから、俺の周囲に存在する幾つかの酒瓶を認識した。
『ご主人様、酒に頼られるのは宜しくないですよ? 同期がすみましたが、既に夜明けの三時じゃありませんか』
「これから寝るよ。傭兵課業の良いとこは、自分の好きなように仕事が出来るって所だ。それに、まだデビューしたてだから先輩から教わる事が多いし、基本的に拠点周囲での活動が多いからモーマンタイ」
『コミュニストの言語を使うのはやめてください。あぁ、すみません。今のは反共産主義プロトコルから生じた言葉です』
「気にしてないさ」
片づけを終わらせると、俺は最後の一口を飲んで寝床に横になる。
プリドゥエンをトウカとの寝床の間に収まるように言うと、少しだけ間を置いた。
「……お前が居てよかった」
『何事ですか?』
「俺の居た世界の、地続きの生き残りが居て。しかも男で、兵役経験もあって、幼くない」
『──……、』
「俺は救いたいんじゃない、救われたかったんだよ。導きたいんじゃない、導かれたかったんだ。保護したいんじゃない、保護されたかったんだ……」
そう言って、俺は目蓋を閉ざす。
久々にホッとしたのか、眠りに就くのはスムーズだった。
悪夢の脅威度は低く、目が覚めてしまうということは無かった。
それでも、起きながら寝ているということで疲労度は回復しないが、眠れないよりはマシだった。




