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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
8章 元自衛官、戦争被災者になる
131/182

131話

    ── ユリア ──


 彼女は、同胞を見捨てるようにして退却を選んだ父に憤りを隠せずに居た。

 ユリアは疲弊しきった兵や指揮官不在の中でオットーの代わりに、彼のように指示を出し続けた。

 しかし、学園に接触した兵士たちが学園内部の鎮圧を確認したが為に行動を前倒しにする羽目になった。

 ヴィクトルは負傷兵を例外なく全員たたき起こした。

 負傷の軽い者から即座に戦線復帰させ、多少重い者は可能な処置をした後にヴィクトル自身が率いる……。

 その、筈であった。


「助けてくれぇ!」


 しかし、学園を攻略するはずだった自分の部隊は闇に飲み込まれていた。

 不可解な液体から生じた化物によって分断されてしまい、早期に諦める事となってしまったのだ。

 ユリアは悲痛な叫び声を前に、背を向けた父をどうしても許すことが出来なかった。


 都市へと到達してその日の内に離脱、そのまま全員で可能な限り早く国へと帰還していた。

 数日に及ぶ強行軍は惨めで、敵無き敗走と何ら変わらない。

 疲弊や負傷が国へ近づくに連れて生じる溶解雪や風によって兵士を容赦なく痛めつけた。

 三割もの落伍を発生させ、ようやく彼らは一息つけるようになった。


 ただし、盛大な置き土産つきでだが。


「ヴィクトル様。何故逃げたんですか! 英霊たちは戦闘を止めて同胞を収容してくれました。彼らは守ってくれたのに! それだけじゃなく、帰路にしたって何故落伍者を見捨てるように強行したのですか!」


 だからユリアは、その怒りを父親でもあるヴィクトルへとぶつけなければ気がすまなかった。

 ヴィクトルは暫く、正面からぶつかってくるユリアを父親の目で見てしまう。

 息子たちは何故こうでは無いのかと思いながらも、すぐに党首としての顔に戻る。


「では問おう、ユリア。私があそこで倒れたり、よしんば化物を撃退できたとしてもその場合は逃れられない。そうなればどうなる? オットーが健在である確証は無く、あそこで捕まれば国許は空白になってしまう」

「それは……」

「長年国として安定しているのであれば、それも良いだろう。しかし、我らは力によって短期間で全てを平定した背景がある。私が倒れたり不在になること、それはすなわち強者であった獣が弱者に転じて食い物にされる事と同じだ」

「兄、たちが……」

「息子たちが代われると思うか? 己を満たす事に腐心し、その為に努力するのではなくいかに楽をするかを考えてばかりいた連中だ。金で、暴力で、脅しで色々なものを手に入れてきた。それに、仲良く協力し合ってくれると……本当に思えるのか?」


 ユリアは父の言葉に何も言えなくなる。

 自分の子らに対しての不信を父が口にする、それだけでも彼女にとっては辛いものがあった。

 言及されては居ないとしても、彼女は己もまた含まれているのだと考えた。


「それでも……兵士だけでも、救うべきだったと私は言いたいです。そうじゃなくとも、落伍者を出さずに戻るべきだったと」

「知っているか? ユリア。負傷したので後送した連中や、収容した兵が居る。その幾らかは姿を消しているのだ。間諜ではないと何故言える? 今この瞬間にも、故郷が蹂躙されないと何故言えるのだ」

「──……、」


 ヴィクトルは敗北を認めていた。

 ヤクモと言う男によって引っ掻き回された事、化物が現れたこと。

 どれに対しても、彼は文句を言わなかった。

 彼はそこまで愚かになったつもりも無ければ、兄弟や親戚を退けて一族の長になった事実を偶然にするつもりも無かった。

 

「……だが、タダで転ばぬようにどこかの誰かが助力してくれたようだ。あの男……ヤクモとか言ったか? あいつの仕える主人を手に入れることが出来たのだ。何かの交渉事には使えそうだ」

「それも、私は納得がいきません。負けなら負けで認めればいいのに、何故惨めさを重ねるんですか。公爵家の娘だから確かに価値はあるかもしれませんが、それで何が引き出せると?」


 ユリアは己の知らぬ内にミラノがなぜか攫われていた事実に驚きつつも、そんな事を手段として行使した父に幾分かの軽蔑を覚えていた。

 そんなユリアにヴィクトルはため息を吐く。


「……知らん。そんな命令、下した訳がないのだ。そもそも、学園に潜入して人を攫って先回りして置いておくとは、敗北することを予見していたみたいで気に入らん。そもそも誰がなんの目的であの娘をここに置いて引き渡してきたのかすら理解できないが……」

「なら、逃せば良いじゃないですか」

「万が一と言う事もある。オットーを攫ったのが事実で、まだ生きているのであれば交換条件にも出来る。奴は……奴はまだ有用だ」

「──ですか」


 ユリアは、これ以上問い詰めても自分の言葉に力が無い事を知った。

 自分自身がまだ幼く無知である事を踏まえ、子供に対する不信の言葉と父の言葉の説得力の前に屈したからだ。

 納得は出来ない、けれども理解は出来る。

 故に感情的に喚くでもなく、無意味な事を徒に続ける事もしなかった。


「……なら、私はせめて彼女の待遇を幾らか見直してきます。あとで問題にならないように、なったとしても被害が軽微になるように」

「あぁ、任せた」


 頼んだではなく任せたという言葉も、彼女には幾らか空虚に響いた。

 それでも彼女は己の階級と責務に向き合って「お任せください」と返す事しか出来なかった。


 地下の牢獄へと向かうと、幾らかの収容者が既に居た。

 彼女は現在滞在している建物の主が、己にとって都合の悪い人物を犯罪者に仕立て上げて腐るに任せている事を数年前に理解していたが、歳若さや相手の有用さを理由に口を閉ざしていた。


「離してッ……やめろぉ!!!」


 ユリアがミラノを探していると、彼女はちょうど同じ牢に押し込められていた男に脱がされかけている所であった。

 外に出る望みも無く、常に餓えてきた。

 もはや未来が無いのならばと、かつては普通の人であった男がミラノにバカ力で迫っている。

 シャツのボタンが幾つか弾けた所で、ユリアはつまらなさそうに銃を抜いて警告射撃を行った。


「直ぐに離れなさい。言った事が理解できない、或いは無視した場合は射殺するから」


 ユリアの警告を聞いて、男は直ぐにミラノから離れた。

 ミラノは乱暴された恐怖に幾らか怯えながらも、男から離れる。

 ユリアは兵士を呼びつけると、ミラノのみを牢から出すとそのまま地下の腐臭から彼女を解き放った。


「ごめんなさい。手違いとは言わないけど、どう貴女を取り扱うかを指示だけして確認してないとは思わなかった」

「ふ……ふん! 今更……今更謝ったって──」

「貴女が何故、誰に、どうして連れてこられたかは分からない。けど、私たちが何をしてどういう状況なのかを説明してる暇も無い。ただ、部屋はちゃんとした場所に変える。……ごめん」


 そう言ってユリアはとりあえず己の部屋に彼女を連れて行く。

 室外には警備を立たせ、そしてミラノが汗を突如一気に流し始めながら震えているのを見て溜息を吐く。

 現在の最年少の少女で、まだ十四歳程度だから仕方が無い。

 天才と幾ら言われたとしても、そんなものは学園内部のみでの評価でしかないのだ。


 仕方が無いと、彼女は己の権限を用いてミラノを落ち着かせるために嗜好品などを使うことにする。

 お茶やお菓子等はそう無いが、このまま問題として引きずるよりはマシだと判断した。


「一つ聞いてもいい? どうして……というか、何でここに居たの?」

「そんなの、私が知るわけない! 部屋の中に居たのに、気がついたら袋の中に居て……。そのまま、変な音を聞かされながら揺られて、気がついたらここに居ただけだし!」

「……書置きには『有効にお使いください』って書かれてたんだけど、心当たりも無い?」

「アンタたちがそうさせたんじゃないの?」

「負けを見越して、何処に逃げ込むか分かってて、そこに先回りして貴女を置いておくってかなり非現実的だと思わない?」


 ユリアにそう言われ、ミラノは混乱した思考を徐々に落ち着かせていく。

 そして自分が馬鹿なことを言いかけた上で、自分が攫われた事実と彼女たちと繋がりがないのではないかという懸念に行き着いた。


「……た、確かに……。勝てば私はずっと置き去りだった可能性がある訳だものね──」

「あ、よかった。そういうことは理解できる人で」

「馬鹿にしてる!?」

「学園の中の人は”いい子”ばかりだと思ってたから。学園の中での価値や思考が当たり前になってて、ボケたこというのかなぁと」

「ハッ……馬鹿にしないで。そういうことを言う程バカじゃないんだから」


 そう言いながら、ミラノは今までの事柄を思い出す。

 自分が危うかった事もあれば、間接的にそう言った所を見た事もあった。

 そして、どれも一つの姿が浮かぶ。

 最初は兄が、今では何処からか召喚された男が。

 そして──血も連想された。


「うっ……」

「あぁ、ゴメン。とにかく落ち着いて。少なくとも、悪く扱うつもりは無いから」

「どう、だか……」

「いやいや、ホントホント。というか……困ったな。父さんがどうかは分からないけど、私としても何で貴女がここに連れてこられたのか分からない以上扱いは慎重にしなきゃいけないもん。これが実は私達を貶める為の行為だったら、貴女を変に扱えば破滅じゃん? 少なくとも、さっきは私が行かなけりゃ貴女の優秀な部下……じゃないな、騎士? 何でもいいけど。あの人が来た時に黙って無いじゃん? 面倒なのはイヤだもん」


 そう言って、ヘラヘラとユリアは笑った。

 文字通り敵意もそのような意図も無いといった様子を見せる彼女に、その言い回しで引っかかるものを覚えた。


「アンタ、アイツの知り合いか何か?」

「へ? なんでさ?」

「ふ、普通……。こういう場合ってもうちょっと緊張だとか、真面目な場面なんじゃないの? けど、なんと言うか……。独特? というか、自分の価値観や雰囲気があるというか……」

「別に知り合いでも何でもないし。むしろ避けられてるけどなあ。次に顔をあわせた時にぶち殺されないかどうかだし」

「それ。その軽口もなんか似てる」

「……そういや、妹に似てるとかどうとか言ってたっけね。まあ、きょーみ無いけど」


 ユリアは”状況外”であるミラノに対して警戒心を大部薄めた対応をしていた。

 先ほど男に押し倒されて乱暴されたという事もあり、半ば意図しての軽口であったが正解であった。

 そしてそれが、意図せずヤクモが同じようにしている事が被っているのだった。


「そもそもさ、貴女が居たって最大の交渉相手って彼だけじゃん? 磔にされたり、人質らしい扱いをされないだけマシだろうけどね。ヴィスコンティの風習だとクラインって人が居れば貴女は家にとってもそこまで重視されないだろうし、国にとっても揺さぶりはかからないから──まてよ? って事は、誰に対する誘拐なのか」

「お~い、頼むから戻ってきて。自分の思考の海に潜らないで~」

「とと、ごめんごめん。けど、参ったな……また袋詰めにして送るには状況が良くないし……」

「袋詰めにすなっ!」

「ヘイ、お嬢さん。ここは既にユニオン国の中枢に近い場所ですよ? その格好で雪と風を防げる? 雪を被れば皮膚は解けるし、風を浴びれば保護してない目は潰れる。その格好で外に出れば、貴女はユニオン国の自然と言う環境に倒れる事になる。そうなった場合、一人だったらもう助からない。穴だらけの衣類、身体も半分残ってれば良い方。運が悪ければ数日中に骨だけにしてもらえるけど、意識があるままその苦しみを味わうことになる。それでも良いのなら、どうぞご勝手に?」

「──嘘、じゃ無いのよね」

「はっ、嘘で私たちがこんな厚着をして今ここに居ると思う? それに比べたら他国は羨ましい事で。雪を綺麗だといえるし、風を身体で浴びる事が出来るんだから。私達は毒の染み込んだ土地で生まれて、そして生きてきてるんだ。これは、冗談じゃすまない」


 ユリアは冗談抜きでそう言い切った。

 その言い方も、表情の変遷までもがヤクモと似ている。

 だからこそ無関係だとは言いながらも、似ているとされる妹もこんな感じなのだろうと思った。


「……分かった、我慢する」

「まあ、落ち着いたら何か考えるよ。流石にこんな国にまで来ない……と、思いたいし」

「思うんじゃなくて、思いたいなの?」

「貴女、彼が私たちに何をしたか知らないの?」

「何かをするとは聞いてたけど、何をしたかまでは」

「私たちがほんの少しの希望を胸に抱いて、未来を託す為の行進の前に現れて、クソ溜めの中に叩き落してくれたの。部隊の半数はどうなったか分からない、元気だった連中を失って元気の無い連中だけを従えて帰るとか、どんな嫌がらせ? 貴女の使い魔……いや、騎士だっけ? どっちでもいいけどさ、一人で私達を殆どボロボロにしたんだよ? 信じられる?」

「え……」

「中には『殺したのに生き返った』とか『死んだはずなのに生きてる』って言い出す連中まで出てきてる。それくらいありえない事してんの」


 ユリアは自分の知る範囲での”ありえない出来事”を出来る限り知らせた。

 物資の焼却、強行しての強奪と人知れず奪取。

 オットーとの交渉からの誘拐と、激情して打って出た部隊全てを待ち構えて叩き返す。

 宿営地を事前に工作で環境劣悪にし、その上で夜に襲撃を行って睡眠不足を誘発。

 都市への到達後は学園内部の兵士をマルッと拘束した所まで伝えた。

 

 ミラノはそれらを聞いて、余計に気が沈む。

 最初は悩ましかった、彼が何者なのか理解できなかったから。

 次に誇らしかった、彼は少なくとも正しくあろうとしてくれたから。

 更には感謝していた、兄や家族間の問題を解決しようと働きかけてくれたから。

 けれども心配していた、英霊の為だけじゃなく外交先でもそのように彼はしたから。

 そして苛立たしくなった、何故そう心配ばかりさせるのかと言ったが聞かなかった。

 最期に情けなくなった、その主人が自分でありながらも魔法だけでも劣っている事が理解できたから。


 ヤクモとの付き合いが短いなりに、彼女は沢山の変遷を通過した。

 その結果、情けなくなり、悲しくなってずっと部屋に引き篭もっていた。

 アリアを攫って他国に行ったとしても、それは自分が情けないからだ。

 それが偽りだと知っても、彼が今の状況を座して待つわけじゃないと聞いて自分はなんなのかと自問自答し続けた。

 そして……今は、彼女は彼が対面していた相手の場所に居る。


「──……、」

「あれ、誇らしそうにしないんだ。自分の下の子の事なのに」

「前までなら、そう思えたかも知れない」

「ふぅん? まあ、そこら変は──」


 深くは聞かないけど。

 そうユリアが言いかけて、炸裂音が響く。

 ユリアは不審な音だと警戒に入り、ミラノはその音を聞いて彼だと確信した。

 





 ── ☆ ──


「くそ、伍長。未だか?」

『申し訳ありません、ご主人様。今捜索をしている最中でして』

「こっちも余り長くはやってられないぞ。この雪、寝撃ちすると服を浸透して肌を……」


 ヤクモはヴィクトルたちが逃げ込んだ建物にまで到達していた。

 だが、彼女が居る以上無理に強行突撃をする事も出来ず、プリドゥエンと合流してからの狙撃による仕込を行っている最中であった。

 

『悲鳴が轟いておりますね』

「肩や足を撃っただけだ、直ぐに死にゃしねぇよ」


 そして、ミラノがどのような状況か分からない以上、悲観的な彼の思考は”最悪な状況を想定”していた。

 良くて虐待、悪くて慰み者。

 最善がまだ何も起きていない、最悪が既に死んでいるという想定であった。

 それらの中で、彼の脳裏では様々なものが衝突して理性を削り取っていく。

 

 その結果、彼の頭の中で理想が現実に敗北した。

 出来る限り穏便にユニオン国を撃退するという考えから、たとえどんな粗暴な事を行おうがミラノを発見し連れ帰るという考えへと移行していた。

 仮病や本当に重傷だった連中が辛うじて立ち上がっていたような状態であったが、自国に戻ったはずなのに”明確な攻撃”を受けている。

 7.62mmの対人狙撃銃が、スコープ越しに彼らを捉えていたのだ。


 壁は無く、ただの鉄柵しかない状態で警備をするというのは兵士たちにとって致命的であった。

 そもそもただの身分がいい人のお屋敷でしかない。

 防護力も防御力も無く、一人一人と兵士が倒れていく。

 後に残るのはうめき声と助けを呼ぶ声、そして怨嗟の声が満ちていくだけである。

 

「クソ。当たらない、当たらない、当たらない、当たらない、当たらない!」


 三発に一発を外すような状況下、彼は己を呪った。

 狙撃銃を持ちながらも一度も練習せずに、行き当たりばったりでの戦闘照準に頼らざるを得なくなった事。

 今まで時間は有ったはずなのに、何故試射すらしなかったのだと怠慢を責める声が脳裏に響く。

 それでも、一Kmにもなりそうな距離で上手くやっているほうであった。

 携帯電話を傍に置いてAIプリドゥエンから風速や風向きを適宜教えてもらっている。

 彼の脳裏では狙撃手を題材にしたゲームが幾つも浮かんだが、そのどれにも該当しないくらいに当たらないと己を罵倒した。


 だが、それでも兵士たちにとっては脅威であった。

 何せ、視認できない相手からの攻撃が続いているのだから。

 誰かが被弾するか銃弾がどこかを穿ってから音が届く、その繰り返しの中で兵士たちは既に士気など皆無であった。

 空腹で、疲れきっていて、睡眠不足で、その上身体は痛むのに更に風穴まで空けられる。

 本来は三竦みとして登場するはずの彼らは、呪いとしてユニオン国へと牙を向いた。


「何で誰も助けてくれないんだよ! ここで死ぬなんて嫌だぁ!!!」


 足を撃たれ、腹を撃たれた兵士の多くは雪の中に倒れた。

 服を湿らせ、傷口や肌を焼いていく。

 撃たれた痛みだけではなく、彼らの国の自然が容赦なく彼らを蝕み始めたのだ。

 

 逃げる者は優先して撃たれた。

 助けに向かうものは次に狙われた。

 そうして負傷者が増えるばかりだと悟った兵士は、恐怖に負けて仲間を助ける事無く屋敷に篭る。


 ヤクモは暫くスコープ越しに屋敷を見つめていたが、建物内部で部屋を飛び出した陰に反応して引き金を引いてしまった。

 その弾丸が、ユリアを狙っていたと気づいた時には近くの壷を破砕した辺りで頭を振ってスライドを引く。


「違う。ダメだダメだダメだダメだ」


 自分が妹を……家族を殺しかけたと思って彼は狙撃銃をしまった。

 そして代わりにメガホンを取り出すと、立ち上がって幾らか近づいていく。


『殴りこみに来たぞ、聞こえてんな! テメェらみんな終わりだよ、クソどもが! 今からそっちに行くから今から逃げたっておせぇんだよ! 少し血と一緒に体重も抜けて頭も軽くなるだろうが、こっちゃんなモン構いやしねぇんだよ! ヴィクトル様、敵が攻撃してくるんです、お助けくださいって泣き付いて見やがれ! そのヴィクトル様のケツ蹴り上げてやるから、これからも便所で辛い記憶を抱えたくない奴はすっこんでろ!』


 勧告とも通告とも言えるような叫び声をメガホン越しに叩きつける。

 そして普段は幾らか抑えていた身体能力を怒りのままに解放して鉄柵門を蹴ると、蝶番から壊れて倒れた。

 庭の中を見て、彼は更にメガホンを掲げる。


『いやぁ、兵士連中はかわいそうになぁ! 上の命令で遠くまで出征して、その途中でボコボコにされたのに、仲間も後輩も部下も上官も先輩も半数を見捨てて撤退! 今は俺に撃たれて寒い中雪に焼かれてる。そんな上官が居て溜まるか! そんな指揮官が居て溜まるか! テメェラの何処に正しさがあるんだ!』


 ヤクモは何も知らず、ヴィクトルやそれに連なる連中がミラノを攫ったのだと断じた。

 たとえそうでなかったとしても、彼の中の理性は焦燥感によって既に半ばほど焦げ付いていた。

 彼はそれでも屋敷から何ら反応が無いのを見ると、つまらなさそうに鼻を鳴らした。

 そして周囲を見てから足を一度だけ強く踏みしめると、錬金術のように土で作られたカマクラを作り上げる。

 魔法によって作られた簡易的な避難所に一人を引きずりこむと、無理やり治療をしながら脅しをかける。


「よし、お前は今俺に命を救われたんだから言う事を聞け。一つ、邪魔をするな。また風穴を空けられたくないだろ? 二つ、助けてもらえなかった連中をこの下に避難させろ。後で邪魔が入らなけりゃ全員手当てしてやる。三つ、屋敷の連中とは合流するな。するとしても俺が用を済ませてからだ。一人でここまでお前らを惨めに痛めつけたんだ、ここでそんな化物相手に英雄の真似事をしてつまらない結果になるのはイヤだろ?」


 彼の言葉は、本人が思うよりも効果を挙げた。

 そもそも何度も何度も、何人もが彼の死を目撃している。

 噂として「殺したはずなのに蘇る」と言うものが流れており、その相手が自分たちの作戦を滅茶苦茶にしたのだから逆らう気すら起きなかった。

 抵抗しても無意味なのだ、なぜなら相手は蘇るのだから。

 兵士は頷くと、近場に居る兵士から救助して非難させていく。

 ヤクモは「外柵沿いに偵察するから、一周したらその時に居る分だけ治療する」と言って偵察に入った。

 

 屋敷の窓から散発的な反抗が生じるが、そもそも距離が開けすぎている。

 マリーやヘラに伝えたように、ヤクモも個人的に防護を身に纏いながらぐるりと一周する。

 その際に伝えたとおりに集められた負傷兵のみを回復し、携帯電話が震えるのに気がついた。


『ご主人様。その……』

「どうした、伍長」

『ミラノ様ではありませんが、ご主人様のお知り合いが別で居りました。ただ……あぁ、私の口から伝えて良いものか──』

「……知り合い? 何故説明できない」

『ご主人様のメンタル状態が芳しくないと察知しているからです。場所はお伝えしますので、ご自分でお会いになられてください。私は引き続きミラノ様を探します』


 プリドゥエンからの連絡はそれで途絶え、ヤクモは暫く画面を睨んだ。

 だが、睨んだ所で自分の望む展開になる訳じゃないと理解して、ため息と共に治療した兵士を見る。


「屋敷に入るから、間違っても入ってくるなよ。せっかく治療したんだ、また穴を空けて転がって居たくは無いだろ?」


 それが言外に「邪魔したら蜂の巣だ」と言っているので、弾の熱さを理解した兵士たちは頷くしかない。

 ヤクモは「よし、いい子だ」と言って立ち上がる。

 外見的には十七歳くらいの男に年下扱いされる大人連中は、それを嫌味だとは思わなかった。

 冷静な狂人とも、狂気を孕んだ常識人とも言える彼の行いで怪我すら治してもらったのだ。

 これで下手な事を言って痛い目を見るだけアホらしくなっていた。


 ヤクモは屋敷に向かう途中で射程限界から射程内に収まるに連れて、銃弾が防護じゃ庇いきれないのを悟る。

 眠さ、ダルさ、疲労、焦燥感。

 様々なものを苛立ちに変換して、彼はかつてヘラとの仮想戦争の時にそうしたように駆け抜ける。

 人の出せる速度を越えた走りは魔弾を安易に回避させ、屋敷までの到達を早める。

 だが、出入り口へと到達した時に立ち止まろうとして心臓が悲鳴を上げる。

 それと同時に膝が痛み、また”以前の自分”を連想させるような事が起こっていた。

 

 転倒して背中からドアへとぶち当たり、広間に並べられた兵士が指揮官の号令でヤクモへと銃弾を浴びせる。

 その様子を見た指揮官は「やった」と言ってしまう。

 それくらいにヤクモは魔弾によって”破壊”されていた。

 だが、それも数秒の喜びだった。

 逆再生するかのごとく元通りになったヤクモは、気だるそうに兵士達を蹂躙する。

 そこに慈悲も無ければ思考が挟み込む余地は無い。

 

 接近してしまえば誤射を恐れて射撃が出来ず、それ以前に連射しすぎると銃本体が過熱しすぎて魔石が持たないという調べが出ていた。

 彼はそれに従って、文字通り命を投げ捨ててそこを叩き伏せる。

 指揮官を殴り倒し、兵士達を蹴り飛ばしての考え無しな行動。

 化物と呼ばれても仕方がない位に知能指数の低い戦い方で、本人はその事に気を回す余裕が無かった。


 血だらけで不健康そうに、寝不足と疲労で不機嫌さも加えられたその表情を見ての遭遇戦は皆無だった。

 それでも数名の離脱に参加できた指揮官は最期まで抵抗したが、彼らは例外なく気絶させられた。

 もはや戦いだとか、理想などが介在しないモノと化していた。

 

 地下に降りていくと、ヤクモは腐臭と牢獄を目の当たりにする。

 一瞬ミラノが酷い目にあっているのではないかと、男ばかりが収容されているのを見て考えはしたが、幸いな事にミラノの姿が無いのを確認できた。

 そしてプリドゥエンの通知した場所までGPSに設置されたマーカーを辿ってきたヤクモだが……。

 個室となっていたその収容部屋に入ると、焦燥も眠気も吹き飛んでしまう。


「ヴァ、イス……?」


 ヤクモは、プリドゥエンが口ごもった理由をなんとなく察せられた。

 理由も意味も彼には分からなかったが、ただただ目の前の状況を見て今回の戦争になりかけた出来事の発信者だとは到底思えなかったのだ。


 学園を去ってからの久々の再会ではあったが、それを喜ぶ事も怒る事も出来なかった。


 彼女の人間部分である片腕に、刃物が突き刺さったまま出血を強いている。

 大量に血を失ったのか、蒼白さを彼女は見せていた。


「何が……」

「く、はは……。あ奴め、こんな──びっくりを用意するとは──」

「奴?」

「ヴァ……なん、じゃったか。仲間であった、忘れられた男が吾をここまで連れてきてくれたのだ。今の今まで、吾の血で……大量の、魔石を作らされておった」

「魔石を……? いや、そんな事はどうでもいい。回復は?」

「ヴィクトルの奴め、吾を表舞台から、消そうと──」


 彼女は消耗していた、消耗しきっていた。

 英霊と呼ぶには程遠い様相に、ヤクモの頭の中に理性が蘇ってくる。

 少しばかり考えたが、ナイフを一本「失礼」と声掛けしてから抜く。

 その刃物はフランベルジュに似たもので、傷口を悪化させる事に特化させた形状をしていた。

 ヴァイスが苦痛で上手く傍から、ヤクモはかつてヘラにそうしたように魔力を与えて治癒へと宛がった。


「表は……外は、どうなっている?」

「俺は、ミラノを救いに来たんだ。ヴァイスが、戦争を……学園を制圧して、生徒を人質にして国の為に他国を強請ると」

「……だが、そうはならなかった、という事か。それとも、成就してしまったのか──」

「学園はヴァイスの仲間に任せてきた。ユニオン国の部隊は敗走して、ミラノがアイツに……英雄殺しに攫われたから俺は追ってきただけで……」

「──そうか。く、はは……。たった一人の男に負かされるとは。ユリアが、お主を引き抜けていたのなら……それはそれでよかったやも知れぬな」

「喋るな。てか、お前の差し金じゃ無かった筈だろ」

「吾の差し金ではない。ヴィクトルがユリアにそう言ったのであろう。吾が気にかけていた事実に、幾らか脚色してな……」


 ヤクモはヴァイスの腕に刺さっていた複数のナイフを引き抜いていく。

 その度に痛ましい苦痛の声が上がるが、そのままにしておくよりはマシだと彼は魔力の多くを明け渡した。


「吾はあ奴に救われた……。ミラノを攫ったのは……吾を、救わせる気だったのやも知れぬな。先ほど監禁先に奴がやって来て、吾をここまで逃がしてくれたのだからな」

「……だとしても、ミラノを攫った意味が分からない。そのままヴァイスを連れて何処へなりとも行けばよかっただけで」

「さて、な。あ奴にも、何か理由があるのじゃろう。……さて、ヴィクトルのバカは何処じゃ。あ奴を、止めねば……」

「その身体じゃ無理だろ。俺の魔法でも流石に血液までは増やせないぞ? エネルギーを対価に促進して埋め合わせてるだけなんだから」


 ヴァイスは自身の傷が癒えたのを見て立ち上がろうとするが、直ぐに崩れ落ちてしまう。

 先ほどまでずっと血が流れ続けていたのだ、傷口を塞いだ所で失ったものが回復する訳ではない。

 ヤクモの回復魔法はアリアやヘラの者とは違って表面だけではなく深層まで癒せるが、血液の再生までは出来なかった。


「何でヴァイスを?」

「吾の血が特別なのを、覚えて居るか? 魔力を含んだ血、それを浴びせる事で銃に使う魔石を短時間で簡単に……ふぅ……充填する事が出来るからじゃな。学園を占領したら、篭城戦になる。それまでに……備蓄を増やしておきたかったのじゃろ」

「だとしても、何で捕まったんだよ」

「吾とて、己の考えた武器で撃たれるとは……思ってなかったからじゃ。今は、塞がっておるが。ヴィクトルの持つ短銃は別調整で、至近距離での火力に特化しておるからな……。背後を、取られた。身体に穴が開くと、人の中身とは色々なものが詰まっておったのじゃな……。ドクリドクリと、脈打つものを、暫く眺めるしかなった──」


 そこから復活するのは流石に人間辞め過ぎだろとヤクモは思った。

 しかし、それでは先ほどまでに沢山の死を重ねてきた自分はなんなのかと自嘲した。


「……悪いけど、ミラノを探さないと」

「大分前に、銃の音が響いた。ユリアの声も聞こえた気がするが……その時に、女子の叫び声を聞いた気がする」

「何処に行った?」

「さて、な……。階段を登って、地下を抜け出したようではあるが──」


 そこまで聞いて、携帯電話が再度震えた。

 プリドゥエンからの連絡で、ヴァイスに一言断りを入れると着信に出る。


『ご主人様、見つけました』

「どこだ?」

『──階で御座います!』

「了解!」


 ヤクモは通話を切ると、ヴァイスに問う。


「少し行ってくる」

「あぁ、一つ……聞いても良いか?」

「何?」

「お主にとって……ミラノは、どういう相手じゃ?」

「主人だよ。それ以上でも、以下でもないさ」


 それが今事件におけるヤクモとヴァイスの最後のやり取りとなった。

 ヤクモが片足を引きずり、徐々に足取りを元に戻しながら囚人観衆の目線を受けながら去っていく。

 ヴァイスは寂しいような笑みを浮かべて、一人つぶやく。


「主人以上の意味が無いとは、哀れな──」


 その言葉が届く事は決してなかった。


 ── ☆ ──


 ヤクモはもはや半ば生きる屍のようであった。

 足取りの軽やかさは無く、肉体の外的損傷よりも内面的なダメージの蓄積が彼をそうさせていた。


「伍長、居ないぞ!」

『ご主人様。その……何故上の階に? ミラノ様は下の階で御座います』


 そのせいで、プリドゥエンの報告すら聞き間違えていた。

 しかし、ミラノが居るという報告を受けていた彼の脳内は既に余裕の無い状態になっている。

 後悔も反省も後ですれば良い、今はただ行動すべきだという理念しかない。

 

『バリケードを作られてしまいました。これでは、部屋に入るのは難しいでしょう……』

「なら、こうするまでさ」

『ヴィクトル様、ユリア様、ミラノ様。三者が同じ部屋に居られます。下手な事をすれば被害が及びますよ?』


 そんなプリドゥエンの言葉を無視して、彼は即座に彼に指示を出す。

 そうすることで少しでも勝率を上げようと、出来る事をすると言う思考だけは本能のように生き続けた。

 ヤクモが窓のカーテンを一枚引き剥がすと同時に、プリドゥエンが窓の前に現れる。

 そして室内に向かってヤクモのボイスサンプルを利用した煽りを入れる。


『ヘイヘイヘイヘイ。大将の癖して兵士が負傷しても指示も出さず、屋敷に乗り込まれても部屋に篭ったままとか、とんだ臆病者だな! なんだいなんだい、やっぱヴァイスが居なけりゃ負けるか滅ぶくらいのくんだらねぇ、何かの間違いで今の地位に居る奴のやる事ってのは見合いもしねぇな! 学園に置き去りにした兵士たちも泣いてるんじゃねぇの?』


 俺がそんな事言うかよとヤクモは失笑した。

 しかし、彼の頭の中には既に屋敷に突入する際に何を口走ったかは記憶されていなかった。

 カーテンを結びつけると軍手を見つめる。

 既に指の腹が見えているようなボロボロ具合だったが、そんな事を気にかけている場合でもなかった。


『卑怯なうえに臆病とか──』


 プリドゥエンの煽りが、一発の銃声で掻き消された。

 ヤクモはプリドゥエンがショートしながらその機体を地面に落下させるのを見ると、もはや準備などとはいってられなかった。

 

「あ~、チクショウ!!!!!」


 カーテンを掴みながら窓から思い切りジャンプする。

 結び付けられて延長されたカーテンが縄の代わりとなり、掴んでいる腕を支点に屋敷へと身体が引き寄せられる。

 身体の向きが反転し、一階の窓が目の前に見えるようになった。

 ヴィクトルが拳銃を抜いていて、その奥ではユリアとミラノが居るのを見つけた。

 それらを見た瞬間、ヤクモの思考は切れ切れになった。


「Peek-a-booooooo!!!!!《いないいないばぁぁああああああッ!!!!!》」


 窓をぶち抜き、その足の裏がヴィクトルを捕える。

 ターザンのように蹴り飛ばしたヴィクトルは吹き飛び、代わりに割れた窓の破片などを下敷きに背中から床へと着地するヤクモ。


「Uhhhhh……《あ~……》」


 悶えながら床を転がる。

 拳銃を抜いてヴィクトルに向けたが、ヴィクトルも起き上がっていないのを見てそのまま脱力する。

 ゴロリと転がってからゆっくりと立ち上がり、自分よりも先に立ち上がって銃を構えていたヴィクトルにため息を吐きながら膝に手をつきながら呼吸を繰り返した。


「呼吸を……。ダメだ、これ労災とか基準法とかで金になんねぇかな……。いや、金はいいや。休みが……今はただ、ひたすら休みたい──」

「貴様か。邪魔をしてくれた奴と言うのは」

「アンタ──」

「オタクら、やりすぎなんだよ。仮眠とっても一週間以上とか……。お前ら、精神ストレスと心因性ストレスとか、コンバットストレスとか知らないだろ? 世が世なら慰謝料ふんだくりたいくらいだ」


 そう言いながらヤクモは崩れ落ちそうなのを堪える、我慢する。

 気を抜くと膝から崩れ落ちて眠ってしまいそうなくらいな状態を、ただただ使命感のみによってねじ伏せている。

 だが、精神的化物でも何でも無い。

 疲れるし、眠くなる。

 それらを崇高な使命と”思い込ませる”には、天秤が既に辛うじて均衡を保っているような状態だ。

 あと一日、或いはもう一分張りでもしようなら気を失ってしまいそうなくらいに追い詰められていた。


「ここまで何しに来た? お前の”戦争”は勝ちだったろう」

「俺の……はぁ……主人が攫われてたんだよ。んで、差出人はここで引き渡すと言って来た。そりゃ取り戻しに来るに決まってるだろ」

「戦争を終わらせて、今度は闘争をしに来たという訳か」

「うるせぇ。俺の──はぁ……──勝利条件は、学園の防御じゃねぇんだよ。学園での生活と言う、更に大きな場所を守るには、当然だがそこのご主人様が欠けてたら終わりだ。学園が無事で、ミラノも居て……そこで、また日常が過ごしたい、それだけだ」

「それだけ……それだけの為に?」

「オタクらは安住の地と飯、環境に怯える必要の無い日常を求めて事を起こしたんだろうが。それと同じように俺は日常を求めた」

「個人の話と、我々と言う集団の話を一緒にするな」

「いいや、一緒だね。個人の想いが合致するからこそ至った集団心理だろう? 個が集まるから集団になるんだ。種か花か……そこにしか違いは無いね」


 ヴィクトルとのやり取りは平行線だった。

 一族を背負ったヴィクトルと、ただ己の願望を背負ったヤクモ。

 それだけの違いが有るのに、それしか違いがないと言い換える。

 皮肉気で、軽口のようにスラスラと吐き出されるものをミラノは見ていることしか出来なかった。


「交換といこうか。その主人は持って行け。我々とて貴様に構っている余裕はないのだ」

「はぁん? 都市に部下を見捨てて逃げた奴が何言ってんだ」

「貴様は……見なかったのか?」

「何を」


 ヴィクトルは部隊も部下も飲み込んだ化物を思い出す。

 しかし、ヤクモはその事を知らなかった。

 ただ元気な部隊を突撃させ、都合が悪くなったから置き去りにしたと──。

 そのような認識しかなかった。


「時間稼ぎならやめろ。さっさと条件を言え」

「オットーが生きていると言うのなら返してもらおうか。それと、貴様が奪った物資もだ。それで釣り合いが取れるか?」

「ダメだね。それじゃあ足りなさ過ぎる……」

「何を差し出せというんだ」

「決まってるさ。今回の件の”帳尻あわせ”をする為に同席しろつってんだよ。その内事件が知れて、ヴィスコンティだけじゃなく神聖フランツ帝国、ツアル皇国も動きを見せる。その時にオタクらが逃げおおせたままじゃ未来への負債になる。利子で国がぶっ潰れる前に、返済しろってのさ。たとえ一国が相手だとしても、弱い所から納得させればそれを判断材料や補強材料として使えるんだからな」

「人類の未来の為か……。貴様の作ったあの資料は読ませてもらったが、そんな”利用される存在”に成り下がるくらいなら、一族もろとも滅んでやった方がマシだ」


 ヴィクトルが銃をヤクモへと更に近づけ、脅しではないという意志を見せ付ける。

 それに対してヤクモも拳銃を力なく向けた。

 ヴィクトルの拳銃はヤクモの頭を。

 ヤクモの拳銃はヴィクトルの肩を狙っている。

 

「そもそも、オットーが生きている保障は何時見せる? 最初から貴様の乗せるべき掛札は足りてないのだ」

「あぁ、そっか。そうね……まあ、証拠だけ見せといてやるよ」

「証拠?」


 数秒、ヤクモは項垂れる。

 隙だらけの様相だが、それをユリアもミラノも気味が悪いと思うだけで、隙だらけだとは思えなかったのだ。

 そしてそのまま時間が経過し、突如として彼の傍に大きな光の門が生じた。

 魔法を詠唱したのかと警戒するヴィクトルだったが、そこに現れたのはカティアとオットーだった。


「ご主人様、言われたとおりに来たわよ」

「これは、いったい……?」

「オットー!」

「ヴィクトル様……?」


 カティアの召喚に付き合わされたオットーだったが、彼は自分の仕える相手が銃をヤクモに突きつけてるのを見て、慌ててそこが牢ではないと理解した。


「三食、お茶も酒も本も出してやったんだ。たとえ数日とは言え、それ相応の厚遇はした……つもりだ」

「ヴィクトル様……申し訳ありませぬ。私が傍に居れば──」

「いい。今はそれらを追及している場合ではない」


 オットーが生きていて、しかも無事だったと知るとヴィクトルは幾らか安堵した。

 少し年上の、以前からの友人であり部下でもある男が無事だったというだけで幾らか希望を見出せる気がしていたのだ。

 だからこそ、彼は更に一歩前に出る。


「おいおい、俺はオットーが無事だって証明しただろうが……」

「──だとしても、貴様は甘い奴だな。相手との交渉の場において、要求するものがちゃんとあると何故一々証明するんだ? 甘すぎる……」

「何度も言ってるだろ。オタクらも無事でなきゃ意味がないって。これが終わったら今度は他国を説き伏せなきゃいけないんだぞ?」

「我等には武器がある」

「優れた武器ってのは、人数も揃ってようやく効果があるって知ってるか? 俺がボロボロな理由とかも踏まえて考えてみりゃ判る事だろ? それに、今より状況がまずくなったら俺が口を挟めなくなる。英霊も主人が居てナンボだからな、最終的には召喚主の意向とかが優先される。それだけは、ダメだ」


 ミラノはヤクモの言い分がまったくわからなかった。

 彼女にとって、もはや自分が攫われたことも今回の出来事も自分のみで対応できる範疇ではなくなってしまったのだ。

 一国の行動に対して自分一人で何が出来るのか?

 何も出来ない、だからこそ動けなかった。

 しかし、自分の召喚したこの男は何だ?

 魔物を前に物怖じしないのは、以前兵士をやっていたからだと言われて理解できた。

 身分が違う相手でも付き合えるのは、父親が外交に携わっていたからだというので納得できた。


 しかし──しかしだ。

 見返りを求めないのも、そういう物語や吟遊詩人の語るような存在として受け入れることは出来る。

 けれども、英霊でもなんでもない男が「人類の為になるから」とユニオン国の行いを未然に潰す事を是とした。

 単独で、自分に差し出せる物を幾らでも差し出して。

 かつて自分の目の前で倒れた兄を被せたが、それでも──それでも、彼ほどじゃないと震える。

 あの時の兄は自分たちだけで精一杯だった、人類の為になるとか……そんなのは似合わないと。


「銃を下ろせ、銃を下ろせ!」

「そっちが下ろせよ。悪いようにしないって言ってんだろ!」


 ヴィクトルとヤクモは状況が膠着した。

 ヤクモは強行して取り押さえればよいが、理想を語ったが為にそれが出来ない。

 ヴィクトルはオットーやユリアが居る上にミラノと言う人質も居るが、ヤクモとの距離のせいで銃口を外せなかった。

 

 カキリと、ヤクモは本気だと言いたいが為に安全装置を外したが、それがまずかった。

 ヤクモ自身は銃を数多く知っている。

 インターネットの海に翻弄されながらも、かつての銃から現代の銃に至るまで。

 分解し、部品や仕組みを理解し、機能と目的を憶測でも語ることが出来る。

 しかし、ヴィクトルにとっては違った。

 ヴァイスによってもたらされた急激な変革は、理解が追いついていない状態であった。

 銃が音を立てたと言う事で、引き金に指をかけたと……そう思われたのだ。


 ヴァイスの銃が火を噴き、ミラノが見ている前で大きく相手に風穴を開けた。

 その結果にはヤクモだけではなく、引き金を引いたヴィクトルでさえ驚いている。

 オットーもカティアも、誰もが驚きながらも何も言えなかった。


「ユ……ア?」

「ス、グ……?」


 ヴィクトルは、自分の銃が穿った相手を信じられないと見つめていた。

 ヤクモは己の妹の愛称を口にして、倒れる身体を抱きかかえた。

 心臓部の近くに、至近距離から散弾銃を受けたかのような拳ほどの穴が開いていた。

 それはヤクモですら吐き気を催すような傷口で、誰もが声を上げられない。


 だが、その中で直ぐに行動を再開できたのもヤクモであった。

 傷口に手を添えると、人間の肉体のつくりを思い浮かべながら再生を施す。

 回復ではあっても、治癒ではなく再生。

 ヤクモの回復魔法が異常だとヘラに言われるのは、癒すのではなく作り直すと言う方向で行っているからである。


「兄、さ──」

「Si si si si, ya sabes. No te pureocupes. yo... yo boy ayudar《大丈夫、大丈夫。判ってる。心配するな。俺が……俺は、助けるから》」


 ユリアに向けて、実の妹とそうしたようにスペイン語で応答する。

 ユリアはそれを受けて、微笑みながら目蓋を閉ざす。

 弱り、消えそうな命であったが……ヤクモはそれを辛うじて救い出す。

 

「……ごめん」


 救ったはずなのにヤクモはユリアへと謝罪した。

 それはユリアではなく、かつて自分が救いたかった相手への謝罪だった。

 長男なのに弟も妹も救えなかった、その贖罪の言葉だった。

 ユリアは気を失いはしたが、皮膚がまだ無いものの傷口は醜くも塞がっている。

 ユリアをゆっくりと下ろしたヤクモだったが、直ぐにその脇で胃液を床に吐き出した。

 両親を失ったことから連なる、身内の喪失に対するストレスが酷く彼を追い詰めたのだ。

 だが──彼は状況を思い出すべきであった。


「ご苦労」


 冷たい声、感情を感じさせない言葉が彼に投げかけられる。

 二度目の銃声は間違いなく彼を捉え、ミラノの目の前でヤクモの頭を吹き飛ばした。

 ミラノにとって、癒えそうであったかつての兄を喪失した光景の焼き直しであり、彼女の心をヤクモと会う前にまで凍結させていた。

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