126話
── とある兵士 ──
ヴァイス様の令によって始まった今回の作戦。
ユリア様の事前偵察情報を含めて徴発もスンナリと進んでいた。
ユニオン国に居ると言う理由で食料や金銭すら巻き上げる。
今年もまた冒険者の足は遠のくだろうと思いながらも、合掌するしかない。
「アラン。お前も家に物を送らないのか?」
「もう金を握らせて頼んだ所だ」
同期のヤコブが今回の徴発で少しばかりくすねた物を、金で国の恋人に贈った所だった。
かく言う自分も家に幾らか送ったばかりで、罰せられると分かっていてもやらざるを得ない。
こうでもしないと、貧しいままなのだから。
作物は味気ない馬鈴薯しか取れず、家畜や動物の生肉などそうそう口にする事は無い。
喩え乾し肉であろうとも無いよりはマシで、輸送を頼むたびに口封じの為に金はかかるし、途中で中抜きされるだろう事も理解している。
「それにしても、ヴァイス様もようやくと言った所か。平和路線だ、これからは争いではなく統治の時代だなどと言って、飢え死にするのを待つだけかと思ったが」
「仕方が無いさ、ヤコブ。争いがないと言うことは我々の命の危機は当面無いと言えるが、その分限られた食料を内々で奪い合う事になる。今回活躍して褒章でも得ないと、摘発や処分を免れない」
「分かってるさ、アラン。だが、金を得てもそれを部隊で消費するって言うのは納得いかないもんだ。輸送部隊の長は平気で兵士を私兵扱いして中抜き所か私服肥やしまでしてる始末だ。その金を褒章と言って再びばら撒いたところでなんになる?」
「だとしても、男は皆兵士にならざるを得ないんだ。ここ最近学園に言って学とやらを修めている連中でもないと、この仕組みがおかしいと気付いても、どうおかしいかまでは分からないさ」
自分もまだ二十になったばかりで、ヤコブは二十一だ。
それでもお互い一等兵で、年齢よりも先輩か後輩かが重視されやすい。
魔法が使えるとされる連中は低くても曹長以上の連中で、そこまで階級が離れると先輩後輩ではなくなってしまう。
「学生か……。兵隊のゴッコ遊びをしてる連中が、国に帰ってきてなんの役に立つんだ?」
「さあ、分からないけど。分からない事が分かるようになって帰ってくるんだろ」
「不確かだなぁ……」
「そもそも、俺たちに何が分かるってんだ? 銃と呼ばれるこの武器を持って、狙って、引き金を引く。それで戦う位しか分からないだろ、ヤコブ」
「けっ、面白くねぇ」
事あるごとに不満を漏らし、面白くないともらすヤコブ。
残念ながら、それは自分も同意見だ。
生き延びる為には少しでも金か身分が必要になる。
金も身分も無ければ身内や自分すら見殺しにしなければならない。
兵役についている限り兵士は多少の保障はされるが、身内はその限りじゃない。
同期のスパルタスなんか、訓練を終えて初めての里帰りで風土病で家族が全員亡くなってたと聞く。
身分が一つでも高くなると、口封じの為の金が安くなっていく。
それこそ軍曹くらいになればもはやしめたものだが、普通に頑張ったっていいとこ伍長だ。
つまり、俺達は永遠に生きるために搾取され続ける構造になっている。
「だがヤコブ。今回の任務、学園の生徒たちを内外から制圧して、その生徒と引き換えに色々な物を要求するというのは悪い考えじゃないと思う」
「へえ、どんな風に?」
「物が無いからどうしたって高くつくのが現実だろ?なら、物が溢れれば物が安くなるのは俺にでも分かる。つまりだ、そうなれば恋人や家族に物を送るにしても安く尽くし、それこそ仕送りをせずとも済むようになるかも知れないんだ」
「お前、頭が良いんだな」
「昔会った冒険者がそんな事を言ってたんだ。物が溢れた時は安くなるし、無くなると高くなるんだと」
「へぇ~。そいつはなんていうんだ?」
「ア……なんだったかな。アベルだか、アインだったか。なんにせよ耳に馴染みの無い名前だから覚えづらくて困るね」
「そんな事いったら、ユリア様が今回連れ出そうとした奴だって馴染みが無いだろヤ……ジェ?」
「ジェフティだったか?」
「ヤコフじゃないか? まあ、どうでもいいさ。自国に何の関係が有る? どんな奴でも、弓や弩よりも素早く真っ直ぐに射抜くこの武器があれば終わりさ」
そう言ってヤコブが携帯している銃を構える。
慌ててそれを下ろさせるが、既に遅かった。
「貴様!」
「やべっ……」
自分らよりも身分の高い奴が、何処から見て居たんだと思いたくなるくらいの場所から怒声を上げる。
そして近づいてくると、愚痴愚痴と長らく色々な事を口にする。
内容は尤もらしい事を言っているのだろうが、早い話が金を要求しているのだ。
「すみません、伍長殿。諌めなかった自分も悪いのです」
「悪い悪くないで済む話か? 銃を向けた時点でそれは武器を使用したと同じだと言われなかったか? 国民のみならず、味方ならまだしも上官に当たったらどうする気だ!」
「はっ、失念しておりました。申し訳御座いません」
ヤコブを制して、さっさと謝罪してしまう。
こういった手合いは謝罪して非を認めてしまうことで話を手短にする事が出来る。
そして、相手が「分かればいいのだ」と満足したところですかさず持ちかける。
「ところで伍長殿。徴発の際に善良な市民が『どうぞ、お役に立てるのであればお酒のためにでも』と、こちらを頂きました。その報告に行こうとしていたのですが、伍長殿にお願いしてもよろしいでしょうか?」
「そ、そうか? して、他の者には──」
「はて。私も同僚も、これから報告に上がる所だったのでまだ誰にも」
「ゴホンゴホン! ……以後気をつけるように」
分かりやすいものだと思いながら、偽りの申告で財布がさらに軽くなってしまった。
伍長はホクホクしながら立ち去ったが、ヤコブは申し訳無さそうにしている。
「わ、悪いアラン」
「良いって。どうせ俺は下戸だし、本土に比べれば寒さは幾分マシだ。いつか返してくれりゃいいさ」
「本当に悪い!」
僅かな自由時間も、奔走して伍長に捕まったせいで直ぐに費えてしまう。
徴発した物資を集積して、”善意から”借り受けた家屋に詰め込んで数名の見張りが立つ。
その役目に、自分とヤコブは宛がわれていた。
深夜、偉い連中が明日まで眠りこけている中、自分ら下っ端は交代交代で警戒しなければならない。
中には身分や立場を用いて中に立ち入り、中抜きを行う上官もいるが既に形態化したものだった。
「お疲れ、アラン」
「ようやく交代か。寒いから酒があるのなら少し飲んどいたほうがいいぞ」
「忠告に感謝だ」
交代人員に引継ぎを任せた自分らは、村の外に作られた天幕に向かう。
地面に申し訳程度に敷かれた布地、簡易的な寝具にはもう慣れたものだが不満が無いとは言えない。
以前少尉の天幕に入った事があるが、自分らとは比べ物にならない厚遇だ。
宿を取ったり、そうでなくとも簡易的なものではない寝床で眠っている。
羨み、恨み、そして慣れた。
「次の交代は何時だ?」
「四時間後だ。もし起きられなかったら起こしてくれ」
「一人でおきてくれよアラン。お前、訓練兵時代から目覚めが最悪なのは今でも変わらないのか」
「勘弁してくれ。寝つきが悪いから皆より眠れないんだって」
「歩哨中に居眠りしないでくれよ?」
「努力はする」
そんな事を言いながら、互いに眠りにつく。
装備も全ては外せず、何かあっても即座に戦いに迎えるようにと靴すら脱げない。
それでも眠れるだけありがたいのだと、幸せの度合いが低さに笑うしかないが。
しかし、そんな幸せは暫くすると霧散する事になる。
寝付いて幾らかした頃に、偉い人がわめき散らしながら全兵士を招集したのだ。
当然ヤコブは不満を隠さないし、自分も睡眠と言う数少ない幸福を邪魔されて苛立つ。
だが、わめき散らすのも当然だった。
兵が全員かき集められて向かった先では、物資を集積していた家屋が焼けていたのだから。
「村の内部と外部で部隊を分けて、捜索にこれより当たる」
「失礼、少尉殿。目的はなんでありましょうか」
「……放火だ。後発部隊の為に残置する予定だった物資が、全て灰になったのだ。犯人探しと痕跡探しをすると言う意味で、諸君らはこれより睡眠時間を短縮して活動してもらう」
先ほど自分らから金を受け取った伍長が尋ね、少尉がそのように答える。
自分らが睡眠に入る前までそこにあった建物は今も幾らか燃え盛っている。
鎮火したとしても、アレでは無事では済まないだろう。
医薬品、資金、布などと言った細かい品々、そして飲食物。
それら全てが無くなったと理解すると、それをアテにして家へと送ったが為に手持ちが心許なくなったのが不安に繋がる。
ヤコブも同じなのだろう。
不味い乾燥飯以外全てを送ってしまったのだ、これから毎日が地獄になる事だろう。
それから数時間かけて捜索をしたが、当然ながら出火と同時に可能な限り動かせる兵士で出入りを見張った。
その上で起き抜けてきた自分らを含めても、たいした証拠は出てこない。
ただ分かる事があるとすれば、家屋の外部ではなく内部から出火したという事実だけだ。
木材の焼け方からそう判断し、内部犯ないし侵入を許したという事でどちらにせよ自分らが叱責される事が決まっただけだ。
「最悪だ」
「そうだな……」
出荷の位置からして、内部にもぐりこんだ人物なのは間違いない。
それが可能なのは味方か、あるいはどうしようもなく監視が杜撰だったか。
その二択で、上部は後者を安易に選択した。
「出入り口に二人、内部にも三人居て互いに窓と出入り口を警戒してた。居眠りでもしてなきゃ侵入者にはまず気付くだろ」
「仕方ないさ。自分が酒を入れれば寒くないと言ってしまったのも原因の一つだ」
自分らが交代した兵士の中に、酒を飲んでいてウトウトしていた者が居たという。
当然そんな事を素直に口にする訳も無いが、酒の匂いとやらは鼻を誤魔化せない。
結果、自分が変な助言をした事に繋がって罰として後発部隊が来るまで鎮火した灰の中、眠らずに見張ることになった。
「徴発を受けた人物の逆恨みだと思うか?」
「いんや、そりゃねぇぜアラン。一人がウトウトしたとしても、二人は起きてる筈だ。それに、火がついたとして、出た人物は何処に消えた?」
「じゃあ、内部犯だって言うのか?」
「それこそありえないだろ。上官命令で黙らせて酒や食い物、金をガメた連中が損をするような真似をすると思うか?」
「ヤコブ。それだと内部犯でもないし、外部からの侵入もありえないと言う事になるだろ」
「じゃなきゃ、魔法を使える人物だったかって話になるが……」
「……そうなると俺たちじゃどうしようも無いぞ。魔法使いかどうかなんて、お前は区別がつくか?」
「魔法を使うかどうか、しかないからな」
「そもそも魔法使いって、何だ? 他国じゃ色々出来るって噂だが、うちの国じゃ偉いとしか聞いてないな」
「仕方が無いだろ。統一戦争で魔法だとかそういったのに気にかけてる余裕なんて無かったんだ。他国に比べると、魔法についての知識なんて、上も下も無いさ」
歴史がどうとか、英雄や英霊がどうとか……色々言われている。
しかし、歴史を重んじるには明日すら不透明な我が国には難しい話だった。
「なんか、呪文を唱えると火を熾したり水を出せたりとか色々出来るみたいらしいが、実際はどうなんだか」
「今まで見てきた曹長だとか幹部連中がそう言った魔法を使った所、見た事あるか?」
「無いな。だが、そういったことは今学園に行っている次世代の生徒には出来るらしい」
「だとして、それが俺たちの生活を楽にしてくれると思うか?」
「どうだろうな……」
魔法が使える筈の連中は多いが、魔法の教育も教養も無い。
そこに目をつけたヴァイス様は、魔法の教育ではなく魔力を魔石に封じて自分らのような持たざるものでも魔法に連なる武器を持てるようになった。
原理は分からないが、魔力を弾として飛ばすという原理なのだという。
数年かけてようやく試作品から実用品にまで落とし込み、その結果魔力被害に関しては格段に軽くする事ができた。
「だが、ヴァイス様の齎したこの武器の成長に繋がれば、今回は人質と言う姑息な手段しかとれずとも、いつかは全ての国が無視できなくなる存在になれる。そうなれば、全ての国は平等に技術も、知識も、食料も供与できるような条約すら取り付けることが出来るだろう。当然、自分らはあのような干からびた大地に住まずに済む」
「……想像は難しいな。考えてみろよ、アラン。それはつまり他国に俺達が纏まって、或いはそれぞれに散って暮らすという事だ。それを認めるか?」
「学園と言う中立地帯を所有出来れば……或いは」
あの周辺国の何処にも属さない地帯に自分たちがそっくり入り込んで、追い出す形で国を移動する。
それが難しいとは思わないが──。
「そんな事を自分らが話した所で無意味だ。少しは働いているフリくらいはしよう。後発部隊と合流したら休ませてくれるとは言ってるんだ、その休息すら失うのはバカらしい」
「だな」
そう言って事件現場を探ってみるが、特に証拠らしい物は見当たらない。
だが、明け方に近づいた時に改めて発覚した事がある。
とある部隊の軍曹が縛り上げられ、物陰の中で倒れていたのだという。
軍服も武器も失っており、本人は何者かに気絶させられたと主張していた。
「二つの事件に何か繋がりはあるのだろうか?」
「やめようぜ、アラン。ようやく眠れるんだ。六時間しかない睡眠時間、無駄に過ごす気か」
そう言ってヤコブはさっさと眠ってしまう。
……不満を持った奴が行ったとして、それぞれ別の事件なのだろうか?
一人きりになった兵士を裸にして意趣返し。
奪われるくらいなら餓えろと物資を焼く。
それならそれで理解も納得も出来る話だが、その二つが繋がっていたとしたらだ。
軍曹のフリをして、上官には恨みと羨みしかない兵士の目を誤魔化して潜入して、焼き払って逃げたという考え方も出来る。
「……はは、馬鹿げてる」
疲労が達しているのだろう、まともな思考だとは自分でも考えられない。
そのまま床へと深く潜り込むと、起床まで深く眠りにつく。
もう何事も起きるなと言う願いは通じたのだろう、そのまま起こされる事なく眠りにつくことが出来た。
── ☆ ──
「物資が無いだと?」
「はっ。どうやら集積していた家屋ごと焼け落ちたようです。原因は探らせては居ますが、それが徴発に反発した者の反抗なのか、それとも内部のものが行ったのかは分かっておりません」
その日の夕方、ユニオン国から兵を引き連れた一団が学園側へと移動してきた。
ユリアの父親であり、ユニオン国の首領をしている人物が学園側へと徐々に進行しつつあった。
先発部隊と後発部隊とで役割と行動を変え、兵たちの不満を幾らか発散させる目論見も含んだ徴発だった。
懐を幾らか潤わせるのは黙殺していた。
武器の開発は容易に兵と武力を揃える事に長けてはいたが、それによって他国で見られる特別階級とそうでないものの差を埋めてしまった事を彼は理解していた。
不満を持った下級兵が多数集えば部隊の幾らかはひっくり返す事が出来てしまう。
それの連鎖を見逃せば、いつかは国ごとひっくり返る事も考えての事だった。
「……それで、対処は?」
「騎兵隊を抽出して先発後発隊の関係無しに新たな先発隊として前進させる。あるいは、迂回や時間を頂けるのであれば手を広げて、幾らか苦しくはなりますが後追いで物資を追いつかせようかと」
「後退はするな。騎兵隊は今己が口にしたようにしろ。ただし、部隊の長は酒に溺れて身包みはがされるような間抜けをつけるな。徴発とは言え、無理を強いて後払いで返済するとはしているのだ。自国の同胞を苦しめる間抜けな奴も要らん」
「はっ」
どう有りたいかを聞いた男は、それをどのように『指令』とするのかを考えながら去っていく。
それから間も無く命令と指示が下達され、馬に乗った少数の兵が村を中心に幾つかの方向へと去っていく。
それがまだ手付かずだった市村の方角であり、言われたように別の場所から少しでも物をかき集めるために動き出した。
暫くして男が戻ってくる。
「輜重隊は後追いで再編して出立させます。その上で許可さえ頂けるのであれば、馬や農具等の買い入れをしたいのですが」
「負けるなよ。馬を奪ったとなれば恨みを買う。現金か、何かしらに引き換えて取引せよ」
「心得ております」
「……それで、客観的な貴様の考えはあるか?」
そう言って、ユリアの父親であるヴィクトルは訊ねた。
その言葉の意味を古くからの友人でありつつも、参謀を務める男は片眉を動かした。
自分が昔から側に居る男が、部隊の長として先発部隊に起きた事件を訊ねていると理解する。
「出来ればそれぞれ別の事柄、と思いたいですな」
「ふむ。可能性は排除できないか」
「残念ながら、上下の関係こそは絶対的なものとして叩き込めましたが、理念などは難しい話で。上下で意識や認識の乖離がある現状、またどこかの偉い奴が来たのだなと言う認識しか兵には無かったでしょう」
「……移動前に部隊の兵と兵長、長を顔を見知った相手で再編しなおすか。あるいは、そう言った重要な場所には単一の部隊ではなくそれぞれの部隊から兵を抽出してどんな人物が来ても誰かが誰何出来る様にしておけ」
「ですな。いやしかし、戦力を増し指揮の分譲をして戦いにおける行動力と機動力を得たのは良いですが、悪癖もあったとは。困りものですなあ」
「急ごしらえで数年。それでも今まで噴出しなかったと考えればまだ良い方だ。これでも未完成で、理解が少ないとヴァイスは言っていたがな」
そう言ってヴィクトルは顎鬚を撫でた。
参謀は自分の友であり主君たる男を見る。
「しかし、ヴァイス様も豪胆ですな。今まで前線に顔を出さなかった事が無かったと言うのに、ヴィクトル様に一任して姿をお見せにならないとは」
「俺のやろうとした事に最後まで反対していたからな。やむなしと考えてはいるが、その高潔な考えを曲げられずに手を貸す気にはなれなかったのだろう。国許で考える事があるとか」
「そうですか」
そう言って、参謀はそれ以上何かを問いかける事をしなかった。
ただ、今度は少しばかり間を置いてから別の問いかけを発する。
「して、ユリア様については何も仰せあられないのですかな?」
「……好きにさせると、そう言ったはずだが」
「そうですか。ヴァイス様の命令もあって、彼の地で似たような武器を取り扱う人物だからと、引抜から強制的な遠ざけまで色々と言いつけられていたと聞いてますが。そして、途中で逃げられたとも」
「だからなんだ? 必要な手を打ち、少なくとも今回の作戦の為に失態は犯したかも知れないが、邪魔だけはしないでいる。ヴァイスがどれだけ気に入り、噂が流れようとも個人は個人だ。あまり深追いするなと兵に伝えて帰してやれ」
「よろしいのですかな? 罰則の一つは言い渡しておいても宜しいのでは」
「そんな暇があると思うか? アテにしていた物資が焼けてしまったのだ。ハイエナ……冒険者どもはどうでも良いが、民への返済にも苦労するぞ」
「……そういうことにしておきましょう」
参謀である男には、この不器用な男が何を考えているのだろうかが理解できた。
数名の妻を持ち、ユリアはその内の一人の女性から産まれた娘だった。
国を持たず、定められた土地も無い。
流浪の民の如く渡り歩いてきた彼らにとって、病や病気で多くを失う事もあって一夫多妻制を是としていた。
実力主義社会である中、大勢の身内と言う敵を持ちながらもユリアはヴァイスに見出され、埋もれる事無く軍部で出世していった。
嫉妬だけでなく、嫌がらせなどが彼女を襲った。
母親を失った事に踏まえ、己の地位向上ではなく他者を辱め、貶す事に精を出している子らにヴィクトルは既に見切りをつけていた。
見所が無い訳ではなく、そう言った思考や行動をする物を跡取りとして見るのは難しいという話だ。
「……しかし、話を聞くに十名前後に見張られて拘束されて荷馬車に放り込まれていたのに、人質と共に気がつけば逃げていたという。失態は失態として受け止めなければならないが、そんな事をやってのけた男……英雄と言う奴に少しばかり興味がある」
「気になりますか」
「魔法使いと言う奴は理解し難いが、それを抜きにしても気付かせずに去るという事をやってのけた頭の中身に興味がある」
「ふむ」
「豪胆なのか馬鹿なのか。抜け目無いのか、機知に富んでいるのか。考え無しなのか、計画的な行動なのか。そこを見誤ると痛い目を見る」
「で、ありますか」
「……オットー。念の為に巡回と今回の一件に関して出立前に調べられるだけ調べておいてくれ。出るにしても後顧の憂いは残しておきたくは無い」
「というと、何を集中して調べますかな」
「痕跡や経路、事件が意図的なものか偶然かを探れ。犯人が居ない今、内部犯か外部犯かで兵の上下で意志が割れている。それを叩く為にも何らかの主張が必要になる」
オットーと呼ばれた参謀は、自分の名が呼ばれた事で好々爺とも言える様な微笑を変える。
敵意を抱かせないものから不敵なものへと、役割を果たす者から任務を与えられた者へと。
「……仰せのままに」
彼は深くお辞儀をするとその場を退出する。
接収した家屋の中、首たるヴィクトルは幾つもの報告書や情報を前にため息を吐く。
そして今回は引き連れなかった他の子らの喧しさと共に把握させてくれるありがたみを理解する。
──父様、この報告書とこの報告書で二重記載になってます──
──その報告書と実際に現場で聞いた話が食い違ってるので、部隊長を問いただす必要があるかと──
つい最近まで側にいた子の一人を思い返すヴィクトル。
戦いに関しては歴戦の猛者と自負している彼でも、数字や陳情、決算などと言ったものに関しては疎かった。
オットーも居なくなり、眺める以上に何も出来ない事にそっとため息を吐いた。
~ ☆ ~
ヴィクトルの場所から出たオットーは可能な限り色々と調べてみた。
放火の一件と下着のみにされていた軍曹の事である。
「お疲れ様です!」
「お疲れ」
村の中を散策するように歩きながら、頭の中に地形図を描く。
死角や宿、酒場に家屋の配置図を描きながら巡回や接収していた軍の者が居た建物から抜け道を割り出す。
『いえ、その。実は……。怪しい男を見つけて、冒険者だと仮発行書も確認しました。ただ、出発する前だから勘弁して欲しいと、酒を貰って。それを飲んだら意識が遠のいたんです』
裸にされていた軍曹の証言は、心に秘めるものとして引き出していた。
『顔……いえ、そこまで気を回してませんでした。何処にでも居そうな男で、歳若くは見えました』
『冒険者と言うには体格はそこまで立派では有りませんでしたが、”首”がしっかりしていたのは覚えています』
『眼が、特徴的でした。若いのに意志のはっきりとした……。ユリア様のような、ハッキリとした目つきをしていました』
そう言った証言を得ながら、彼はまだ熱気が幾らか残る現場を探る。
崩れた木箱や、幾らか煤けながら灰の中に紛れる麦や砕けた酒瓶などが幾らか散乱している。
『いえ、あの時一人の軍曹殿が来て物資の数を改めて把握すると言って来たんです。それで一人が上層部に出された報告書を取りに、もう一人が作業に従事してました』
『それで、その軍曹殿は我々を労ってくれました。それで、寒いだろうと一口だけ酒を飲むように勧めてきて、酒瓶を木箱にしまうと退散しました』
『顔は……。いえ、帽子を深々と被っておられたので特段気にはなりませんでした』
繋がりがあるのではないかと言ってはいたが、あるのだろうとオットーは考えた。
酒の置かれていたとされる位置を見て、家屋の焼け方から何処から出火したかを割り出した。
その軍曹が酒をしまったとされる木箱の位置を中心として火が広がった形跡がある。
『いえ、その……。自分らは兵ですから』
『またどこかの物が物資を抜き取りに来たのだろうという認識しかなかったので、誰何はしませんでした』
そう言った証言を全て繋げると、その人物は大分上手くやったらしいというのがオットーの評価だった。
ただの憂さ晴らしにしては有効な手段を使っている。
行き当たりばったりでは無く、部隊の上下の繋がりの弱さを用いて上手く潜り込んだ。
高すぎれば上級曹長に、低すぎれば兵に見咎められる。
伍長でもなく、曹長でもない。
高すぎず低すぎず、兵にとっても幹部にとっても幾分曖昧になる階級に扮した。
それが狙い通りだとしたのなら気の抜けない相手であり、なんとしても突き止めねばならないとオットーは考えた。
「お疲れ様です、オットー様!」
「ん、お疲れ」
道行く兵たちがオットーへと敬礼をする。
彼の身分は佐官相当で、数えた方が早いくらいしか存在しない。
兵、曹、尉に至るまでがそれぞれに顔を見れば敬礼をし、隊伍が組まれていれば指揮官のみが敬礼をする。
それが当たり前だと、ヴァイスが来てからの変革で刷り込まれた。
他国のように貴族や将が一々全てに号令や命令を出すのではなく、大綱に沿って分譲された指揮権の中で行動する。
その為に自分らが誰に率いられているのか、自分らが誰を率いているのかを理解する為に、自覚する為にも有効だとオットーは考えている。
だからこそ──
「そこの者、待ちなさい」
辛うじて。
認識するか、しないかのスレスレを行くかのように立ち去ろうとした人物を呼び止めた。
その人物は左右を見て、呼び止められたのが自分だと認識すると即座に敬礼をする。
「お疲れ様です!」
「ん、お疲れさま。そんなに急いで何か有ったのかな」
「はっ。先日の火災に関しての聞き込み及び、その中で伝達すべき情報があったので部隊に共有しようとしていた所であります!」
敬礼の姿勢のままに立ち止まる人物に、チラリとオットーは階級章や顔を見る。
深く被られた毛皮帽、後部の髪は短く整えられている。
歳若い男では有るが、叩き上げらしい風貌を残している。
「名は?」
「でっ、デグレチャフ……軍曹であります!」
「ではデグレチャフ軍曹。隊の長はその事を承知なのかな?」
「仰りたい事を理解しかねますが、ミハイル中尉の指揮下で動いております。状況に変化があったため、その報告を含めて今行動しておりました」
「それは私への欠礼をしてまでかね?」
「……申し訳ありません。欠礼は意図した事ではありません。ただただ現状の為に、ひいてはヴィクトル様の為にと必死になっていただけです」
「そうか」
一連のやり取りにオットーは微笑を浮かべたままだった。
それは身分ゆえに相手が萎縮してしまう事を避ける意味も有るが、主に敵を作らず相手が軽んじてくれるようにと行われているものでもあった。
その笑みで、デグレチャフ軍曹の肩を叩く。
「……なるほど。君の貢献は素晴らしい」
「有難う御座います!」
「そう、その考え方は素晴らしいよ。……階級に見合わないくらいに」
そう言ってオットーは毛皮帽に素早く手をかけ、微笑を嗜虐的なものへと変えて目の前の男を見る。
デグレチャフ軍曹はそれでも余りうろたえずに居た。
「オットー二佐、何を──」
「君の出自は何処かな? その素晴らしい忠誠心が何処から来るのかを訊ねたくてね」
「──……、」
「ふむ。答えられないか。では何処で教育を受けたのかな? ……これも無理か。昇任日、基礎教育で指導を受けた相手、下等教育と任命日……。だんまりか」
「……──」
「さて、一緒に来てもらおうか。君には少なくとも暴行と窃盗、それと放火の嫌疑がかかっている。少なくとも軍人相手の窃盗だから、軽くても十年は労働系だろうか」
オットーはそう言いながら、片手を高く掲げ手信号で周囲に居た兵士に指示を出す。
その糸は分からずとも、意味を理解している兵士達が集っていく。
デグレチャフ軍曹を名乗った男は、沈黙を貫いた。
「この男を拘束。暴れるのであれば死なない限りはその行動を制限するように好きにしなさい」
「……参ったな。さっさと退散すべきだったか」
「私が出てくる前までならそれも可能だっただろう。けどね、少なくとも私は今回来ている兵については全員の名前と階級、顔を頭に叩き込んできている。運が無かったね」
「なるほど。ちょっと見通しが甘かったなぁ……」
そう言って軍曹を偽っていた男は手を挙げる。
それを降参の意味だと──誰もが思った。
しかし、ポロリとその手から零れ落ちたものがあった。
男は観念したかのように両目を閉じていたが、その口は笑っている。
「くっ!?」
オットーは男が落とした物が何かは分からず、即座に蹴り上げた。
それが何かは分からずとも、危険なモノであろうと言う軍人としての判断だった。
しかし、その行動はオットーにとっては失敗となる。
蹴ってしまったが為にその物体を見つめる事になってしまい、それが閃光手榴弾と言う音と光を放つものだと知らずに直撃を受ける事になったのだから。
一瞬で流し込まれた大光に網膜を焼かれ、視力を一時的に失ったオットー。
それでも何とか兵士に命令を出すことは忘れない。
「逃がすな!」
兵士たちはその命令に忠実だった。
負い紐で背中に回していた銃をそれぞれに持ち、構える。
半装填状態にしていた魔石を拳で叩いて銃身へと装填状態にすると、切り替え軸を回して安全装置を解除する。
引き金が引かれ、ライフル銃が独特な音を立てて魔力を弾として脱走した男へとめがけて飛んでいった。
十名にも満たない兵の弾が疎らに飛び、その内の二発が男を捉える。
左肩甲骨と右わき腹を穿った魔力が男の肉体を食い千切るように破壊し、血潮が吹き出る。
しかし、それで立ち止まる事無く男は建物の影まで行くと、けたたましい音を立てて彼らの見知らぬものに跨り村を飛び出していった。
追い討ちをするが、馬よりも早く飛び出していった相手には弾は無力になる。
金属音を幾らか響かせはしたが、逃走を阻害するには至らずに見逃してしまう。
「オットー様! ご無事ですか?」
「私はいい。男は、どうなった?」
「は。それが、機械の馬に乗って素早く逃げてしまいました」
「機械の馬……?」
視力を奪われ、男を逃してしまったオットー。
その失態を悔やみながらも、兵士たちは守れた事に少しばかりの安心をしていた。
兵の上に立つのは自分だが、その自分よりも多くの人数が銃を持ち引き金を引けるという事を理解していたから。
視力を失ったのが自分ひとりと、兵士十数名とでは採算が合わないとしたが──。
ヴィクトルは、静かに怒りを滾らせその日は酒に溺れた。
── ☆ ──
「く、そぉ……」
ヤクモは自身が潜伏していた場所にまでバイクを走らせると、横ばいにバイクを倒してそのままテントへと倒れるようにして入った。
相手の軍服をゆっくりと脱ぎ捨てると、銃で撃たれた箇所を手鏡なども利用して確認する。
「物理六、熱量四。距離減衰と、弾道安定評価はマスケット銃……ッ」
そう嘯きながら、彼は自分がかつて支給された病院での痛み止めをラムネ菓子のように口の中でボリボリと貪る。
自衛隊装備の中には痛み止め、鎮痛剤に該当するものは支給されない。
それゆえに止血帯だのガーゼなどはあっても、肝心の戦線復帰用の品物が普通科としては欠けていたのだ。
痛み止めを齧り、アルコールで無理やり胃袋へと流し込む。
飲み込んで直ぐに幾らかを吐き出してしまい、そのむせ方で傷口に障る。
それでも傷病の手当ては早くなければならないと、ヤクモは自身へと鞭打った。
「calm down, calm down. Easy, easy...《落ち着け、落ち着けって。安静に、平常に……》」
そう言いながら、傷が致命的ではないのを確認すると携帯電話で傷口の写真なども取る。
被虐趣味から来るものではなく、単純に”敵戦力の分析”の為に行っているものだ。
結果論では有るが相手の使う武器をその身に受け、性能を理解する為の情報を得られた。
それを理解しておく事で、”分からないから怖い”という恐怖を打ち払う事ができる。
自分がどのような脅威と対峙をしているのか、それを明確に把握する必要があってのことだった。
「治れ治れ治れ治れ……」
そして受けた傷の評価を終えると、直ぐに手当てを行う。
魔力の弾丸で受けた傷は射出速度による肉体的な破壊以外は目立ったものではないと言う評価を彼は下す。
音は独特であり、火薬の炸裂音に比べると恐怖は小さい。
弾丸の破壊力は距離減衰が酷く、射程距離も二百になれば命中精度に問題が生じる。
連射は比べる間も無く早いが、それもマスケット銃という前装式に対してのものだと治癒を進めながらメモに書きなぐる。
それが兵としての行いではないと言う自覚は本人には無い。
ノンビリしたいといいながらも状況が放っておかない、それゆえに行われる”生存競争”でしかない。
「ふ、ぅ……」
魔法による治療を済ませると、彼は一息を吐いた。
きっかり一分ほど呼吸と意識を整えるのに費やし、改めて鎮痛剤を酒で流し込む。
既に感覚の三割ほどが消失し、鈍磨した中で人の数倍にしてある身体能力が鎮痛剤の入ったボトルを握り潰させてしまう。
それでも、彼は痛みを無視した。
ストレージからノートを出すと、一人AAR《After Action Report》を開始する。
「兵は兵で、幹部以上は幹部以上での纏まりはあるが、兵と幹部相互の認識は希薄……。幹部は横流しを平気で行い、兵は横暴な上官に嫌気がさしている。反応速度はそれなりの練度があって、射撃能力も弾着位置や距離を踏まえると低くは無い……」
武装から軍服自体の所感、部隊自体の練度等も全て列挙する。
部隊における人の行動や、考え方、根底にある思想なども憶測交えてタグ付けていく。
鎮痛剤が効いてくると、ヤクモは眠気を覚えてきた。
それも当たり前で、前日の夜から今日の昼に至るまでずっと潜伏と行動を繰り返していたのだ。
情報を少しでも多く握り、傾向を把握し、何処を抑える事が勝利に繋がるのかを明確に理解しておきたかったから。
「いてぇ……。けど、これなら、まだ……」
胃袋に叩き込んだ鎮痛剤とアルコールが、吸収された分から治癒魔法の副作用で巡っていく。
その結果痛みを幾らか忘れ、その上ハイになっているが本人は気付いていない。
だからこそ、天幕に近寄る足音に気付くのが遅れる。
「ど~、ど~」
「なんだ、ロビンか……」
「ただいま?」
「おかえり、でいいのか分かんないけど……」
「うん、ただいま」
幾らかちぐはぐとしたやり取りだが、ロビンはそれを気にしなかった。
背の低い二人用テントに入るが、その瞬間に鼻をひくつかせる。
「ヤクモ、けがした?」
「ちょっとな。けど、そんな事はどうでもいい。既に治療も済ませてあるし、致命的じゃない。それより、偵察は? どれくらい進んだ?」
「ま~、ボチボチかな」
「何だそのケツだけ星人的な返事は……。ほら、早く」
「ま~ま~。ケガ、みせて?」
「そんな暇──」
「じゃ~。じょうほ~、すてる」
「おい、ざけんな! や、なんでもないですロビン様。紙がピリリって破ける音がした! パズルゲームと復元作業に割く時間が無いから! 分かったよ、分かりました! チクショウ……」
ロビンが紙面を本当に破ろうとした為にヤクモは諦めて負傷した場所を見せる。
脱ぎ捨てた軍服には出血が乾いて張り付いており、濃密ではないが血の香りが漂っていたのだ。
ヤクモは着替えずにそのまま着込んでしまった軍服を脱ぎ、上半身を露にする。
そこに傷があったと言われる場所を見ると、ブヨブヨした皮膚とその下にある血管や肉の赤らみが顕著に見えていた。
ロビンは少し迷いながらも親指で押すと、それなりの痛みに苦しむ。
「また、むちゃした」
「……傷口どうなってんのさ」
「あかくて、ぶよぶよ」
「やっぱり見えない場所だと回復魔法でも曖昧になるか……。ちょっと鏡持っててくれないか? 見ながらやるから」
「ん。わかった」
手鏡を渡したヤクモは、ロビンに手伝ってもらって傷口を改めて治療する。
その傷口が再生していく様を見て、ロビンは首をかしげた。
彼女の知っている回復魔法とはまた違う効果を発揮しており、火傷などで深く爛れている肌までもが完治するのを知らなかったからだ。
「ヤクモ、へん」
「お、おう。俺が変人だってのは周知だと思ってたけど──」
「そ~じゃない。まほ~、こうかがちがう」
「効果が違う? 回復魔法なんだからこういうものなんじゃないか?」
「かいふくでも、きずをかるくするくらいしかできない。ヤクモ、かんぜんになおしてる。それ、ヘラもできない」
「ふ~ん……。まあ、俺の魔法は全部見たり聞いたりしたのを自分なりに解釈して使ってる奴だから、そこらへん学園の皆ともヘラたちのとも違うのかもな……」
「けど。だから、むりをしてい~りゆ~には、ならない」
「だろうな」
「けど、ヤクモのやろ~としてることわかってるから、とめられない。それ、むつかし~」
そう言いながらロビンは幾らか悔しそうにしつつも、情報の書き込まれた紙面を渡す。
その紙面を受け取り、思ったよりも詳しく描かれた地形図にヤクモは驚く。
「これ、地形図……。うぉ、マジか。こんな詳細なものが返って来るとは思ってなかった」
「やくにたつ?」
「たつたつ、思いっきり役立つ。しかもこれ、監視や狙撃に使えそうな箇所まで押さえてあるし……。うわぁ、ありがてぇ!!!」
まるで宝物を貰ったかのように食い入るヤクモ。
自衛隊で使用していたものに近いほどに書き込まれた図に、懐かしさも込めて驚いていたのだ。
事情をまったく理解できないロビンは、戦闘狂なのではと考えてしまう。
着替える事すら惜しみ、再びユニオン国の軍服を着込んだヤクモは地図を眺める。
「ロビンは、罠とか工作の経験は?」
「それなり」
「じゃあ聞きたいけど、ロビンが遅滞戦術を取るとして敵が進行するだろう場所を兵科ごとに教えてくれるか?」
「ん、りょ~かい」
地形に対して適応能力の高い歩兵。
障害の少ない平地においてはその高い能力で戦闘に決を与えるが、地形効果を受けやすい騎兵。
戦闘の根底であり、必要とされるものを運搬する輜重隊。
それぞれに好まれる進軍ルートなどを聞き出し、その上で何処にどのような罠を仕掛けるべきかを相談する。
そこには『だらけたい』と言う男の顔は無い。
「それと~。ぶたい、わかれてた」
「部隊が別れた?」
「なんぼくの~、それぞれのむらとかのほ~がくに、むかってた」
「……と言う事は、俺が物資を焼いたから追加でかき集めようとしてるのかもな。編成は?」
「うま? たぶん、あとからゆそ~たいがおいかける」
「行動を優先したんだろうな。輸送部隊はどうしたって遅れるし、徴発するにしても時間がかかるからそれを埋めて即座に移動するつもりか……。有難う、両方とも対処する」
「このあと、ど~する?」
「ど~……。あぁ、ロビンか。休憩は?」
「ちょっと、ねむい?」
「なら休んでくれ。俺はちょっともう一働きしてくる」
「ヤクモ、ねてないのおなじ」
「その代わり夜に寝るから、交代してくれるだけでも助かる。戦闘の基本は持久力と忍耐力で、それを支えるのは交代要員ってのは大事大事」
「んぅ……」
「移動して、偵察して、物資の集積所とかを確認して……。まあ、二箇所をそれで叩いた上で拠点も後退させなきゃだから……」
「じかん、ある?」
「……ショージキ、足りない。けど、そろそろ援軍が来ると思うんだよな」
「えんぐん?」
「部屋に居ただろ? プリドゥエン。部屋の片づけが終わったからそろそろ来ると思うんだけど」
そう言いながら腕時計を見るヤクモ。
ほぼ同時に、電子的な独特な音がテントの外から僅かに聞こえる。
『失礼します、ご主人様。プリドゥエン、ただいま到着しました』
「うし、来たなプリドゥエン。ロビンは初対面だったか?」
「ん。はなしにき~たことはある、だけ」
『お初にお目にかかります。私めはご主人様にお仕えする機械のプリドゥエンと申します』
「ロビン。よろしゅ~」
「交友を深めるのは後で。今はプリドゥエンが来た事で手数が増えたから、新しく行動を通達する。プリドゥエン、行けるか?」
『ええ。ご主人様が携帯からお伝えした内容、無事に果たして見せますとも』
プリドゥエンがそう言いながらテントに入り、ロビンとヤクモはそれぞれに場所を開ける。
そしてロビンとヤクモが展開している地図を前に、話を進めた。
「ロビンは一度ヴィスコンティの公爵のところに行って欲しい」
「……やくたたず?」
「いや、そうじゃなくて。相手に腰を据えられた行動をされたくない。一度学園に戻って、それからマリーとかヘラとか……とにかく、英霊連中に接触してからヴィスコンティに行ってくれるだけで良い。そのときには抜け出さないで正式に門を通ったりして、とにかく他人に見られてくれると助かる」
「ん。けど、ないよ~は?」
「そうだな。公爵家での繋がりを含めて、アリアの件で俺を捜索すると言う事でマリーとかと話をしてくれるといい。んで、学園を出て暫くしたらヴィスコンティに。そうだな……学園を出て、夜くらいにヴィスコンティの関を通過してくれると助かる。その後は公爵に現状を報告してもいいし、遠回りして森林とか山岳地帯を突破して合流してくれても良い」
「……ようど~?」
「統率を乱すという考え方も出来るけど。学園側か進行側か、どっちが引っかかってくれても、両方引っかかってくれても良い。なにせ動くのは英霊だからな、止める事も出来なければ接触したと思わせる事が出来れば動かざるを得ない」
そう踏まえて、ヤクモは話を進める。
それは人間心理的なものと、情報伝達速度と任務への危険度などを踏まえた騙し事である。
話を聞いているロビンと、アクセスランプを明滅させながら聞いているプリドゥエン。
全てを聞いてからロビンはため息を吐いた。
「ヤクモ。いじがわるい」
「タルる~トくんかな? なんにせよ、戦いに関して意地が悪いのは褒め言葉だし、なんなら対人関係でもゲームでもお遊戯でもそれは最大の褒め言葉だ。素直に相手と真っ向切って戦ってやる義理は無いからな」
『それで、私はどういたしますか?』
「合流できなかったらと思ってたけど、プリドゥエンは俺のやろうとしてる事を同時に行ってもらう。ネットワークはオープンにしてL&C《感明良好》を保ってくれればそれで良い。今回俺は見つかったけど、これを逆手に取る」
そう言ってプリドゥエンにも改めて話をするヤクモ。
その話を聞いたプリドゥエンは少しだけ間を置いてから、出立前に言った。
『楽しそうで御座いますね、ご主人様』
「そうか? どうだろうな」
そう答えながらも、傍から見るロビンですら「たのしそう」と言ってしまう位に、行動や作戦を伝えるヤクモは楽しげであった。




