125話
「なに、アリアが?」
「──ん」
夕刻、学園の出入り口の門でアリアが単独で帰還したとの連絡がグリムにより齎された。
様々な疑問をさて置きながらも、門兵や教師によってアリアが寮にまで連れて来られるのが見えた。
ヤクモと言う部外者が行った事としてのこの一件は、学生たちの日常を縮小させた。
「なぜ一人なのだ? あ奴はどうした?」
「──まず、ほ~こくする」
「報告?」
「──ん。アリアが言ってた事」
「申せ」
「──ヤクモ、途中で逃げたって。アリア、途中から一人でここまでなんとか来たって。しょ~そく、ふめ~」
「は……?」
暫く、意味が理解できずに立ち尽くす。
しかし、悩んでも仕方があるまいと頭を振る。
「……アリアに会えるか?」
「──ん。むつかし~と、思う」
「何故だ?」
「──目、沢山ある。それに、医務室、検査してる」
「あぁ……」
「──前、魔物の事があったから、学園、しんちょ~になってる。生徒、帰省して帰って来ないのも多い」
魔物による城壁の突破と都市での混戦は住民だけじゃなく、学生にも大きな影響を与えたと聞く。
その一人である我はそれを前向きに捉えようとし、逆に目を背ける事柄とした者も居る。
学園を去った者、黙って帰らぬ者と様々だが……どちらも愚かしい。
家に篭れば安全なのか? 安全な場所に居なければ安心出来ぬのか?
我は逆に考える。
どこにも、それこそ家でさえ安全と言い切れぬのだと。
「グリム。事実を聞きに行きたいが、強行突破以外の……そう、理由とやらが要る。我とアリアは残念ながら家柄以外の接点は薄い。ミラノが部屋から出てこぬ以上無理も出来ぬ」
「──ん。だいじょ~ぶ。ミラノの状況、伝えに行く」
「それは問題が……って、そうか。あ奴がカティア経由で相互の状況を知っているのか」
「──ん」
「では、知らぬ顔をして会いに行けばよいという事だな」
「──ミラノの状況、家の繋がりをりゆーにする。それで拒否されそうになったら、国柄けーしで威圧する」
「……グリムよ。貴様、そこまで色々とあくどい事を考える輩だったか?」
「──ひつよーが無ければ使わない、晒さない。手札を隠すの、あたりまえ」
「そうか……」
グリムの事を理解しているつもりで、まだ知らぬ事があったのだなと恥ずかしくなる。
むしろ、今までの我が愚か過ぎただけか?
あるいは、グリムは家の方針によって色々と学んでいるにも拘らず、我がそれを使いこなせていなかったか──。
「では案内と梅雨払いを任せる。家柄が必要なら我を使え」
「──アル。それって、い~の?」
「家は傷つかん、傷つくとすれば我の風聞のみだ。こんな事で面目などを気にしているほど、無風の中では生きてない」
「──なら、”最善”を尽くす」
そう言って……今まで、見せた事のない表情をグリムが見せた。
そのような顔が、表情が出来たのだなと頼もしくなる。
ボンヤリと、何を考え、起きているのか眠いのかすら分からない表情。
それが、少しだけ……引き締められた表情になった。
目的が見えて、やる事が見えて、己の役割を見出したかのような……。
そう、例えるのなら召喚された当初の薄らボンヤリしたあ奴と同じだった。
それが、自分の出来る事がまったくの無用ではないと理解したかのような……感じである。
グリムに先導してもらい、余計な噂や野次馬と化した生徒を掻き分けて進んでいく。
医務室の前、ユニオン国の兵が部屋を固めている。
「貴方は?」
「アリア……。デルブグル家と同じ公爵家のものだ。ミラノが動けぬ故、家のよしみで代理で様子を見に来た」
「そうですか。しかし、噂が噂ゆえに人の出入りを禁じております。元騎士、そして行方を眩ませてるとは言え事実は分かりませぬので」
当然と言えば当然ではあるが、最大の警戒とは人の出入りを制限する事。
人の出入りが少なければ変化に気付きやすく、特定もしやすい。
だが──
「──家同士の繋がり、邪魔する?」
「いえ、そういうわけでは……」
「──アルバートとミラノ、昔から交友がある。だから何もおかしくない。それとも、おと~さんに来てもらって、見てもらう?」
「それは……」
グリム? どうやってミラノやアリアの父を呼び出すのだ?
それ以前に、今の状況で呼び出したとして、どう説明をつけるつもりなのだ。
だが、事情を知っているアリアと父親を引き合わせたがるだろうか?
「──それとも。ヴィスコンティのやり方、否定する?」
「……では、せめて持ち物検査と一人は同伴を」
「ふむ。グリム、それでも良いか?」
「──貴方の名前、控える。問題があれば、所属や国に言う。それでい~?」
「っ……」
医務室の出入り口を固めている兵士は、グリムの言い分に唾を飲む。
当たり前だ。
この者の地位が何であれ、少なくとも我に匹敵する身分や地位の持ち主でも、主張を通せるほどの説得力も無いであろう。
「済まぬな。我の者が威圧して。だがな、何も我はアリアをどうこうするつもりは無いのだ。それに、無茶を言っているのはこちらの方だ。故にグリム、それに見合う対価を払ってやれ」
「対価……?」
「そうだ。貴様には貴様の役割がある、だがそれは他国の家同士の繋がりを遮って良いものかは疑問が残る。しかし貴様を下げても任を蔑ろにしたと言われかねん。故に、その”事後保障”と言う奴だ。喩え貴様が後に叱責を受けようが、それに見合う対価……と言う奴だ」
言ってしまえば賄賂なのだが、これに関してはお国柄が関わるだろう。
ユニオン国は貧しい国であるが故に、金が物をいう。
学園都市に居る以上、自国に比べて物は有る。
酒も、食い物も、金が有れば満たせる。
「幾らだ? 何枚欲しい? 金銭一枚か?」
「い、いちま──」
「いや、二枚……。否、三枚が良いか。もし殴られ負傷したとしても、数ヶ月の給金が途絶えたとしてもおつりが来るようにせねばな。それに、そちらでは酒を好む輩が居るといったな? ではもう一枚追加だ」
金銭。
これ一枚だけでも庶民であれば長らく生活できる。
グリムは一枚、二枚と言われたとおり取り出してちらつかせる。
暴力も良い、なんなら脅迫しても良い。
だが、人を容易く禍根なく動かせるとしたら……買収だ。
「あぁ、しかし。酒が入っては口が滑るであろう? その口には重石が必要になるか……では、もう一枚だな」
「──五枚」
「ごご、五枚!?」
「貴様は我に脅され、仕方が無く屈した。だが出来る限りの努力をし、我らは何もしなかったし出来なかった……良いな?」
「……何も問題が無かった、ですか。ええ、そうですね。公爵家の者が信用できないという事は無いでしょう」
「話が分かる奴は好ましい。グリム、六枚呉れてやれ」
「──りょ~かい」
グリムが確かに六枚の金貨を握らせ、兵士はそれを素早く懐に入れる。
そして『関わらない』という選択をした。
早く入って欲しそうにしていたので、意を汲んでやる事にした。
グリムが扉を静かに閉ざし、いつもなら数名は仮病やら些細な負傷やら、訓練での怪我等で床を占拠しているが……。
今は、一人だけの為に医務室そのものが閉められている。
「アリア」
「あ、アルバートくん……」
部屋の中、新しくしたであろう制服を纏ったアリアが窓の外を眺めていた。
疲れなのか……どこか、心はここには無い。
「グリム、出入り口を見張れ。何か有れば姿を隠す」
「──ん」
グリムを配置につけると、側に置かれていた椅子へと腰をかけた。
「アリア。とりあえず、無事で良かった。ミラノは……まあ、聞いておるであろう。アレから部屋を出ておらぬ。英霊ヘラが様子を見ていて大丈夫そうではあるが、貴様が顔を見せれば安心するであろう」
「……うん」
「しかし──あ奴が出奔しただの、アリアを拐かしただのと……色々、噂になっている。それで……一つ、問いたい。あ奴は……何処だ?」
「──……、」
「途中まで連れて来たのは分かっている。だが、何故ここに居ない? 事実を──そう、事実を述べればそれで済んだのだ。なのに、逃げたと……」
アリアは何も答えぬ。
ただ静けさが恐ろしいほどに胸に突き刺さり、沈黙を破壊したくなる。
だが、それでも耐えた。
そしてアリアが吐き出した言葉は、どこか諦めたようなものであった。
「……私を、置いていったの。言った事は、同じだよ」
「ありえ、無いと……思うのは、我がおかしいのか?」
「ううん。私もね、一緒に来るものだと思ってたから──」
そう言ってから、アリアは困った顔をする。
「私が言った事は、”とりあえず”事実だから」
「とりあえず……」
「うん。だからね、これ以上は何も言えないんだぁ。ゴメンね?」
とりあえず……とりあえず?
曖昧な上にシックリ来ぬ物言いではあるが、その言葉の意味を察するのに時間はかからなかった。
「──アル」
「あぁ、分かっておる。では、表向きそのようになっているという認識で良いのだな?」
「うん、そだね」
「……では、もう用はない。行くぞグリム」
「──ん」
アリアは表向きそのようになっている、つまりはそれが”とりあえずは事実”という事に同意した。
と言うことは、見捨てて逃げたという点において偽りである事が想像できる。
実際に逃げたのであれば通告しても良い。
せめてもの情けだとしても、あそこまで悲しみではなく困惑を浮かべるという事もないだろう。
つまり、本人の意思でヤクモはアリアのみを学園に送り届けたという事になる。
医務室を出、周囲の目線を気にしなくても済む場所にまで移動する。
とは言え、己の部屋や知り合いの部屋くらいしかそのような場所は無いのだが。
「どういう事だ? 学園に戻ってくるのではなかったのか?」
「──たぶん、学園、味方よりも敵が多い。それ、嫌ったんだと思う」
「敵だと? ばかな。学生がそこまで敵対的だったとでも言うのか」
「──ん。少し、違う。味方じゃないのが多すぎる。それ、足枷になる」
「どういうことだ?」
「──味方なら、一緒に戦う。けど、敵は邪魔してくる。それ、当たり前。けど、中立でも人質になる。ヤクモ、身動き取れなくなる」
「……そうか。ヤクモを嫌おうが嫌うまいがそもそ人質なのであったな。味方であるのであれば抵抗を厭わぬが、中立や敵対者ですら”邪魔になる”と」
「──本気なら。それくらい考える」
ぐぬぬ……。グリムに諭されるとは。
しかし、言われてみればその通りだ。
素直に人質になる道理など無いので我はむしろヤクモ側として抵抗は厭わぬ。
だが、抵抗する気の無い連中や、むしろ英雄だの生意気だのと嫌っている連中からしてみればそれすら妨害したい所だろう。
「──貴族しじょー主義、それくらいする」
「……そうか」
「──けど、アルがそっち側じゃないの、驚き」
「貴族至上主義か?」
「──最初、ヤクモの事虐めてた。公爵家であることを利用してた。だから、ちょっと不思議」
「まあ、確かに……身分の不明な輩にいい様にされる事に不快感を覚えたのは確かだ。慮外者であったとしても、家を蔑ろにされるのは不快だ。相手が何処の何者かも分からぬ以上、当て嵌めるべきは我らの常である。しかし、あ奴はそこらへん理解してからの立ち回りはそれなりに上手くやっているがな」
上手くやっているという言葉に語弊は有るやも知れぬが。
よく言えば『爵位や身分を尊重している』とも言えるが、悪く言えば『それをある程度度外視出来る間柄としか関わってない』とも言える。
選ばれた交友、不必要とされた”それ以外の者との交友と理解”。
それが今回、状況に敵する要因を増やしたとも言える。
「しかし。これでは連携も何も出来ぬでは無いか。あ奴め、何を考えている……?」
「──テュロイの木馬」
「テュロイの? しかし、アレは敵中に味方を送り込んで油断した所をなで斬りにした話であろう?」
「──ん。だから、味方、私達。必要なのは、待つ事」
「……だと良いがな」
テュロイの木馬、破損した古代の書籍から読み取れた内容である。
敵を油断させ、巨大な木馬の中に兵を伏せて勝利を確信した敵が祝杯を挙げて潰れている所で城門を開いたとされる。
そう考えてから、ため息を吐く。
「……グリム。テュロイの木馬を例えるとして、我らに課せられた要件はなんだ?」
「──敵に気づかれない事、敵に油断してもらう事、その時が来たらヤクモと同調する事」
「では、何が出来る?」
「──たぶん、なにも」
「はぁ……」
深い、ふか~い溜息が吐き出される。
結局、状況に抗するにしてもあ奴に味方するにしても出来ることがまず無いのだ。
精々が気をつけて団体行動をする事、それ以外に特に無い。
グリムのように諜報に長けている訳でも身軽な訳でもない。
そして、着目する点を理解しておらず、何をしても荒が目立つだろう我が無力に過ぎた。
「……闘技場から幾らか武器を盗み出す事はできるか?」
「──出来るけど、なんで?」
「素手では我は弱い。模造品であれど槍で有ろうが剣であろうが手にしておいた方が無力にならずに済む」
「──ないより、い~。けど、反対したい」
「反対? 何故だ」
「──ん。下手に武器持つと、危なくなる。武器が無いほうが、しんちょ~になるから……従者として、ヤ」
「──……、」
従者として主に武器を持たせたくないと、はっきりとグリムはそう言い切った。
少しばかり考え込む、その上で個人的な思惑と集団としてであればどちらの方が良いかを考える。
つい先日……あ奴の、ヤクモの率いる連中と戦ったばかりだ。
喩えその結果が引き分けに近いもので有ったとしても、その元が劣っていると認識されていた生徒たちである事を忘れてはならない。
「……グリム、主として命じる。せめて自衛できる程度の何かを探して来い。当然、貴様の分もだ。そして、従者として……いや、ヴォルフェンシュタイン家としての責務の為に大きく裁量権を許す」
「──それ……」
「兄等は従者である貴様の姉等に”諌め、止める権利”を与えていた。つまり、必要があり最善であると貴様が思うのであれば我を昏倒させるも、眠っている間に縛り上げて隠しておくも自由だという事だ。残念ながら、我は貴様が言うほどに熟しているとは思わぬし、むしろ未熟さの自覚の方が最近ではすこぶる主張をする」
一息置き、そして今までは思っていたが口にはしなかった事を口にする。
「グリム。我は愚鈍だ。しかし、貴様は我に持ちえぬ技能や知識を有する。故に我は今は旗頭としてやりたい事は言うが、その舵取りは暫く貴様に委ねる」
「──……、」
「しかし、何時までも全てを委ねられると思う事だけは止めよ。己がどうやればヴォルフェンシュタインの者として我に仕えるべきか迷っていたように、我もどのようにして主人足りえる人物になれるかも思案しているのだからな」
そう言ってから、グリムは小さくうなずいた。
「──アル、どうなりたい……の?」
「それは分からん。だがな、三男として家に居られるのか出て行くのかすら分からぬまま腐敗した幾つか月前の自分よりは、幾らか目は開いて見える。我は長兄のような武勇には恵まれぬであろう、そして次兄のように領地を栄える術も知らぬ。であればこそ、あ奴は……ヤクモは、我の見出した一つの道だ」
「──道?」
「長兄か次兄が家を継ぐであろう、そうなれば我はその予備にしか過ぎぬ。もしかしたら兄等に何かあるやもしれぬし、ないやも知れぬ。それが何時なのかは分からぬが、早い時期ではないであろう事は分かる。であれば、その猶予の間に我はヤクモが、あ奴がしたかった……いや、して来た、仕様とした事を学ぶ。優れた武芸家にも優れた魔法使いにもなれぬのであれば優れた指揮者に……否、あ奴風に言うのであれば『上官』とやらになる」
そもそもが、贅沢なのだ。
ヤクモ、ついぞ最近まで身分も怪しい徒人の男だった人物。
それがあの大惨事の中民草を救い貴族たちを救った事で騎士になる。
それどころか今度は英霊とも交友を結び、人の境地から脱する勢いで英霊達と武芸や魔法を通わせている。
学園に居る連中は、我を含めて悔しいだろう、口惜しいだろう。
魔法が使える、それだけで使えぬ連中よりも抜きん出て居たのにその全てにおいて泥を塗られたのだ。
己の下らぬ意地と矜持が新しい戦い方や考え方に塗り替えられていく。
歴史や伝統と嘯きながら凝り固まり成長しなかった魔法ですら新たな理論で塗りつぶされる。
それが、一個の男によって齎された。
我とて面白くないと思う。
以前の我であればの話ではあるが。
「……クラインとの接触は難しいか?」
「──むり。たぶん、一番監視が多い」
「そうか……」
ヤクモに似た男、クラインとの接触を図りたい所ではあったが、それは難しいといわれた。
事実、噂の広まり以降行動が制限されつつあった。
理由は不明だが、外見が似通っているという事で警戒されているのも有るやも知れぬ。
さて、どうなる事やら……。
~ ☆ ~
「マジかよ……」
バイクを駆り、単独で俺は来るであろう部隊を一目見ようと偵察にまで出ていた。
アリアは単身で学園まで帰し、嘘の上に塗りたくるような新しい嘘を用意した。
──俺は卑怯者であり、勇気の無い臆病者である。
……たぶん、そう言った醜聞を好む連中が居るだろう。
ユリアは居ないし、宣戦布告を発したヴァイスも学園には居ない。
つまり、脅威だと認識して規律と風紀を引き締める人物が居ないのだ。
だから好き勝手出来る、そう思って……半日ほど、バイクを走らせた。
けれども、俺が目にした光景は悲惨なものだった。
自国だ、自国のはずなのだ。
なのに、何で……。
「此度の出征で不足している分、供出してもらう事になった。どれだけ供与するかは各々の忠義に基づくものとする。ただし、余りにも少量である場合は国や民に対する裏切りの疑いがあるものと知れ!」
ユリアたちを追い越してユニオン国側へと進んだ俺だが、そこで行われているのは徴発であった。
しかも供出……つまりは”善意”に任せた供出ではあるが、実質的には恐喝に近い。
多ければ己の負担が増え、少なければ命諸共自由すら失いかねない。
そして周囲の供出量を見て掛け金を吊り上げなければ最下位になりかねず、囚人のジレンマが発生している。
……まだ良い、それが自国だから。
自国で行う事に関して、どれだけ正義心を発揮しようが偽善に溺れようが”内政干渉”なのだ。
自国の民を餓死させながらもミサイルや核開発に文句しか付けられず、偽りと歪曲した歴史で他国を誹謗中傷しても文句しか言えないように。
私服から迷彩服へと衣類を変え、ドウランの塗りこみや偽装、装備も行動しやすいものへと変えている。
バイクを寝かせ、その近くで双眼鏡を覗き込んで自分がかつて通過した村を見ていたが……。
既に私刑まで行われている。
家に兵士が押し入り、拘束されたり暴力で引っ張り出されたりしている。
そして家捜しが成され、持ち出せるものは持ち出されていた。
「マウント、よし。クリック調整、よし。ミル計測……」
側に置いた偵察ドローンのモニターと裸眼による目測を踏まえて調整も行った。
左目を薄っすらと閉ざして半眼にして、右目でスコープ越しに村内部を確認する。
徴発の状況、兵士の動向、その中でも命令を下す人物を探してみる。
だが……それらしい人物が見当たらない。
事前命令によるものなのか、或いは前線指揮をしていないかのどちらかだ。
「……そういや、ユリアの親父の名前とか外見とか知らなかったな」
ため息を吐いて銃を脇に置いて、ドローンのモニターと双眼鏡の双方の情報を確認する。
流石に握り拳より一回り小さい偵察ドローンとは言え、接近しすぎたり室内へと潜り込ませるには音が際立つ。
カメラの精度や倍率もあるが、電波の有効範囲もある。
地面に寝転がっての偵察活動が一時間を越えたあたりでドローンを引き上げる。
装備や身なりで少しでも命令や指示を出す人物を割り出そうとしたが、ただただ村の状況を見せ付けられるだけだった。
……中には家を追い出された連中も居たが、そう言ったことも若干なれているのか家族ぐるみで馬でどこかに行くのを見た。
たぶん、今までそうやって来たのだろう。
そして、これからもそうしていくのだろう。
好悪を評する事はできても、それが良いのか悪いのかまでは語れない。
民主主義が最上だというまやかし、社会主義や独裁は悪だという誤解。
時代や国民教育度、国際情勢や意識や思想も有る。
宗教が最重視されて国王が選定されようが、血や歴史や家柄で国を率いるものとして貴族になろうがどうでも良い。
俺だって、民主主義の国に生まれ、大統領制から議会制民主主義、国民議会等々と色々見てきた。
国から国へ、日本に来るまでは国を異動する事の方が多かった。
そうなると、色々と考えてしまう。
ミサイルを飛ばされ、国民を殺され連行されても口でしか反対できない国。
……不満が無いとはいわないが、あるとしても”それでも平和や国防に反対する国民に対して”であるが。
「ミラノが居たら、目の前の状況を見逃さないだろうな……」
まったくの穏便な状況だったとは言わない。
血だらけになって生死不明の状態で道端に転がっている人も居る。
ここで義憤や偽善に任せて引き金を引いたとして、なんら状況や趨勢に影響を与えはしないのだ。
それでも、だ。
きっと彼女なら、ミラノなら……見逃したがらなかっただろう。
俺が説き伏せる事が出来たとしても、その事を忘れないと思う。
「無いものねだりをしてもしゃーない。意志無き兵隊は損得勘定で頑張るしか有りませんね、っと」
装備を片付け、とりあえず偵察を終わらせる。
部隊の傾向や指揮と士気、規律や風紀などを知れただけでも収穫になる。
少なくとも、彼らが学園入りしてしまった場合のダメージは今見たとおりだろう。
中立地帯だからと容赦はせず、必要なだけ必要なものを巻き上げるに違いない。
部隊のため、兵士のため、国のためと嘯きながら。
「しっかし、アーニャに嫌われたかな……」
バイクを走らせ、今日の拠点構築に向かう。
とは言え、天幕を堂々と設営する訳にも行かず、やる事は森林やちょっとした横穴探しだ。
無ければヘラとの旅路で教わった簡易的な魔物払いを行って、偽装をしながら二人用天幕を小さく張るしかない。
森林を見つけ、エンジンを切ったバイクを止めると適当な場所を見つけて小さく天幕を張る。
水捌けや盆地や低地による雨水が溜まる事を避ける。
排水路をエンピで作り出し、シッカリとペグを打ち込んでテントを緊張させる。
流石に燃料を入れて発電機を吹かす真似は出来ない。
偽装網を被せて視認性を下げると、小さな我が家のような空間を見る。
──○○、ちょっと粗挽きコショウとってくれ──
──○○さ、モンハン持って来てたら手伝って欲しいんだけど──
一瞬、富士野営の光景が思い出される。
そして懐かしんでいるとバイクに乗っていたが故に忘れていた寒さが身に染みて来た。
日が沈んで暗くなりつつある状況で、静かに降り積もる雪とユニオン国では空気が……風が痛い。
以前体験した人類存亡の英霊たちの時代、皮膚を焼き爛れさせ、皮膚を裂くような風。
あの時の空気や風に近いのだ。
たぶんではあるが、ユニオン国はあの時代の環境を受け継いでしまっているのだろう。
農作が出来ず、牧畜にも向かない。
そりゃ餓えるわな……。
袖をまくって雪に触れさせると、かなり微弱ではあるが肌に突き刺さる痛みを感じる。
そのまま暫く耐えていると、触れていた肌が少しばかりグズグズになっている。
やはり害は有るみたいだ。
バイクを移動させ、テント内部で環境の構築を図る。
エアマットに寝袋、そしてランタンと蝋燭。
二人用テントでは流石に石油ストーブは使えないが、魔法で火を出しながら攻性を全てカットアウトすれば炎自体で焼けるという事は無くなる。
「……物資の運搬と輸送部隊への工作、嫌がらせで負傷者を出して士気の低下もさせて。となると、縦深防御を用いた遅滞作戦をするとして。けど、あれか。正体不明の相手にいい様にやられたら強行軍と突破がされるか。時間も手数も足も足りないな、そうなると」
一人で何百人相手にするんだよと今更思う。
しかし、じゃあ公爵の尻叩けば直ぐに動いてくれるんですかね? っていう危惧は有る。
ヘラにマリー経由でヴィスコンティと連絡を取って貰ったが、ロビンとあわせて『貴族至上主義者がキナ臭い動きをしている』と言うことで期待出来なくなってしまった。
ふっかいため息を吐くと、微妙な嫌気がさす。
しかし、それは直ぐにコーヒーを飲もうという願望で上塗りされた。
簡易セットで湯を沸かし、購入したジョッキグラスにコーヒー粉末と砂糖を投じる。
出来たお湯を七割、牛乳三割のコーヒー牛乳。
甘さと苦さ、まろやかさを腹に流し込むと幾らか落ち着くが、まるで人生初受験の時のように落ち着かない。
「マリーのあの魔法を、召喚術を使えば瞬間的な手勢は増やせるけど、それは戦術的な運用しか出来ない……。戦略的に考えると、消耗が酷くて一人じゃ無意味に過ぎる……。連日の抗戦か、隔日の大抗戦か……」
記憶の中のみんな、同期や中隊の皆を引きずり出す。
それによって一時的に敵を押し留める位はできるだろう。
しかし、それによる負担で翌日は動けないと言う可能性を考えれば選ぶべき手段かどうかは悩む。
カティアをこっちに呼ぶか?
いや、それだったらヘラの方が良い。
けれどもヘラを本当に使い魔のように扱う事は出来れば避けたい。
一時的に、魔力が充填し終わるまでの主従関係に留めておきたい。
英霊に手を汚す事は、矢面に立たせる事は避けたい。
学園側の戦力は少しでも多く残しておいて、下手に制圧される事を避けたい。
こうなって欲しくない、ああなって欲しくないと言う思考と戦略大綱で脳が死にそうになる。
見落としは無いか、まだ考えられる事があるのではないか。
そうやってコーヒーをお代わりしていると、夕食を食べる前に満腹感と吐き気が催した。
カフェイン中毒がぶり返しているのか、胸も痛むし手も震える。
「──……、」
失敗を前提とした手段を講じるな。
損失を前提とした作戦を立案するな。
そう散々叩き込まれているのに、俺はこれから大失敗による僅かな成功を掴みに行こうとしている。
九十九回死んでも、百回目で勝利を掴むような真似。
国家対個人のような頭の悪い事をしようとしている。
──ヤクモさんが、一人でやる事無いじゃないですか……──
アリアを説得していた時の、あの時の言葉が蘇る。
あの時、俺はまた言ったんだっけ?
──本当に他に誰かいればすぐ変わるが誰もいない、だからやってる──
自分の言葉では説得できない、安心させられない、仕方が無いと納得させられない。
だから他人の、それこそゲームや小説、アニメや映画の強者たる人物たちの言葉を借りる。
それでも……それでもだ。
引用したという意味では己の言葉ではないが、伝えたい事としては己の意見なのだ。
半分偽りの俺が、半分本当の事を言っている。
出自のように、何時までも半端なままだ。
悩む、考え込む、最善策なんて浮かばない。
沢山のアイディアは浮かぶものの、どうすれば一番ダメージの少ない状態にまで持っていけるかにばかり拘ってしまう。
睡眠時間を削って手数と活動時間を増やし、打てる手段を一つでも多くするか。
それとも多少効果的だが短期決戦的に一点集中型の作戦を模索するか。
「足りない……。足りない足りない足りない」
「たりない? なにが?」
「いろい……ろ」
第三者の声が聞こえ、聞き覚えの有るどこか幼げな言葉遣いにゲンナリする。
俺は接触していない筈で、学園を出て以来一度も場所を明かしていないし、こんな作戦を練った筈も無いのだが……。
「あの、ロビンさん? な~んで貴方がここに居るんですかね?」
テントの出入り口の前、ポツネンと立っている小柄な人物。
英霊の一人、弓を得意とするロビンであった。
「てか、どうやってここまで? 追いつけるような事も見つかるような事もしてなかったのに……」
「がくえんのそとでみかけて、そののりもののにおい、おいかけてきた」
「乗り物……え、うそぉん……」
「すごいおとしてたし、かいだことのない、とくちょ~てきだから、かんたんだった」
まさかエンジンの音とか排気ガスのにおいで追いかけて来たってのか?
……いや、今更常人離れした能力に驚いてる暇は無い。
大タケルなんか居合いの連続交差なんかやって見せるし、マリーも土地の記憶や人の記憶から人を召喚してみせるしなんでもありだ。
二人用天幕……見た事しかなかった存在ではあるが、ロビンを入れることくらいはできる。
「なにしてぶぎゅるぅ!?」
「それは、こっちの、せりふ」
芋虫のように若干這い出た俺の頭をロビンが容赦なく足で踏みつける。
土と草の青臭さに塗れながら、頭に足が乗せられているのを理解する。
「じさつ、がんぼ~?」
「せめて気を使ったと言ってくれませんかね!? てか、お前。ヘラから学園の警戒してくれって聞いてません?!」
「わたしひとりぬけても、だいじょ~ぶ」
ヘラはブイサインをしてみせる。
学園の戦力は……マリーだろ? ヘラだろ? アイアスだろ? タケルだろ? あとファムか……。
魔法攻撃一名、魔法支援と防御が一名、指揮統率が一名、魔刀士が一名、狂戦士が一名。
ロビンは何だろう、観測手兼狙撃手だろうか?
「せつめ~」
「説明?」
「ひとりで、なにかするきだったでしょ?」
「あぁ、いや、まあ。そうだけど……。ただ、出来れば学園方面見てて欲しかったな。俺は所在不明にして、逆の噂をアリアに持ち帰ってもらったからこその空白の期間ができる。その間に出来るだけ暴れて、出来れば作戦自体を継続不可にしたいんだけど……」
「ひとりで?」
「しょうがないじゃん。だって、公爵が国の方がヤヴァイからって動けないんだもんよ」
辺境伯……マーガレットの父親は兵士を直ぐに動けるようにしているらしいが、その目的は睨みがメイン目標だそうな。
公爵は重鎮として威圧や圧力を加え続ける事で変な事にならないようにと、腰を上げる事がままならない。
「わたしたち、いるのに」
「お前ら自分らの重さ分かってないだろ?」
「……おもくない」
「体重じゃないから、存在の重みだから。お前らが全員総出で今回の件を片付けたらどうなる? 英霊という神に選ばれた連中、人類の守護者がユニオン国、ユニオン共和国を叩きのめしたという以後数千年先にまで語られる”大悪党”になっちまうわ。当代の人間が死んで、世代交代した先で『あそこの国は人類滅亡の危機の引き金になるところだった』って誰かが話を歪めたら? その時には当然俺は老衰死してるし、英霊の皆が居るかは分からない。歴史を歪められて、それを補正できない可能性を考えれば未然に防がなきゃいけないんだよ」
「……それ、ヤクモがしなきゃいけないこと?」
「ツアル皇国から誰か呼び寄せるか? ヘラは主人が俺だから神聖フランツを動かしても到着は何時だ? ヘルマン国は毛嫌いされてる、ヴィスコンティは内憂で動けない。学園の有る都市は中立地帯だから単独防衛しなきゃいけない上にこの前の魔物騒動含めて幾らか人は逃げ出してる。これ以上の被害を市長が受け入れるとは思わないから、勧告を食らったら交渉して譲歩しながら都市に入れちまうぞ。そして学園にはユニオン国の兵士が居る。兵士の割合はヴィスコンティが多くて、教会に神聖フランツ帝国の聖職者が幾らか居るくらいだ。ツアル皇国は魔物と戦ってるから免除、ヘルマン国は入れない」
「──……、」
「つまりさ、この一手は公爵が身動き取れないと言う幸運の上ではあるけれども”詰み”だったんだよ。んで、人質として生徒たちが制圧されたら今度は部隊が動いても睨みあいになるし、警戒が強くなるから救出作戦をやらなきゃいけなくなる。そういう意味もあって、英霊は学園に居て欲しかったんだよ」
ズラズラと、現在の状況を列挙する。
ロビンは良く分かっているのか、分かっていないのか要領を得ない。
ただ、対魔物相手に一致団結していた世代と、既に歴史と化して遠い昔話になった今とでは全く違う。
だからこその……期待の無さ、絶望視である。
「いみ、わかんない。ヤクモがそこまでするりゆ~、なに?」
「──さあ、何でだろうな。昔だったら大層な理由でも口に出来たんだろうけど、色々なものを見ているうちに目も心もくすんで来て、ただ惰性でやってるだけだろうな」
「だせ~?」
「昔こんな事をしてた、だからそれから離れた事が出来ない。人類の為だとか、主人に害が加えられるからとかそういう理由ではないのは確かだよな」
数秒の沈黙の後、俺はコーヒーを飲みながら眺めていたマップをロビンに見せようとした。
しかし、これは自分のシステム画面、彼女たちには存在しない物で目にする事が出来ないと思い出す。
仕方が無くメモ帳を出すが、これもいつかは解決すべきだと考える。
「……学園がここ、現在地は概ねここ。俺が今日偵察してきた村と敵の本隊か、或いは先遣隊が居たのもここ。距離と地図比率は咀嚼して欲しい」
「お~。わかりやすい」
「わかりや……。昔はどうしてたんだ」
「そ~いうの、つくるのはやってなかったから」
「けど、あったんだな?」
「うん。あの──ひとが、そ~ゆうのやってた」
また出てくる銀髪の女性の話題。
マリーもヘラも、アイアスも大タケルも名前を忘れた中心人物。
非貴族でありながら魔法が使えて、その戦い方は”英霊”の単語に相応しいほど凄まじかった。
あの映像、あの光景をヘラに見せられた。
鋭く敵陣に突っ込み、敵を踊るように切り伏せていく。
瓦解させた部隊から別部隊へと連鎖するように、影を残して遠い敵まで一瞬にして接近して戦線の崩壊を招く。
その他にも、ヘラに衛生や治療の手段を与え、後方支援の観念を教える。
戦略・戦術面でも睡眠不足を疑われるほど関与していて、大綱を定めては皆と話し合う。
糧食や料理などにも関わっていたのか、料理が得意とされたトウカも幾らか悔しがっていた。
オーバーウォークな英霊の一人。名前は、失われた。
「進行速度はまだ見えてこないけど、徴発で半日から一日使用してるから間に存在する町村で考えると徴発で3~4日使う。騎兵も幾らか居るみたいだけど歩兵に主を置いてるみたいだから設営や野営の準備を含めると同じくらい日数を食う。学園到達までだと純粋に八日くらいかかる概算になって、俺はそれを出来る限り遅らせようと思う」
「おくらせる、だけ?」
「そりゃ、まあ。遅らせるだけじゃなくて止めさせるのがメイン目的ですけどね? 集めた物資を輸送する輜重隊が居るのは確認してるし、物資の集積所も設置してるのを見つけた。流石に内容物まで見てないけど、武装的に物資が無くなる事が大打撃になる、はず」
「はず?」
「相手の武器の特性や性質を知らないから、物資を焼いた事で交戦能力と継戦能力を下げられるかどうかは不透明すぎるんだよ」
輸送能力やインフラ能力に頼った戦闘をしているかどうかはまだ分からない。
けれども、銃の登場による消費戦争に移行していると現実に当てはめるのであれば、魔力を消費しているとは言え弾が尽きる事は分かる。
であれば、弾に該当するものをごっそり無くしてしまえばライフルなんて棍棒か槍にしかならないのだ。
「せめて鹵獲出来ればな……。いや、誰か一人でも浚って吐かせる事が出来ればそれが早いんだけど。一般兵じゃなくて、そこそこ階級が高い奴」
「あいてのことをしるのが、はやい?」
「相手を知る事が出来れば弱点も見えてくるし、逆に弱みを覆うように警戒度合いを餌に色々な嫌がらせが出来るんだけど……」
「ふ~ん」
「と言うわけで、俺はこの最大八日を引き伸ばしつつ頑張ってみるんで、ロビンは学園で生徒たち見といてくれると助かるかなぁ、って」
「ん、やだ」
「うん、助か……って、うぉい!?」
「ヤクモ、このちず、ちけ~じょうほう、たりてない。わたし、めがいい。やくにたつ」
「あのさ。聞いてました? 英霊が関与すると拙いって、後でユニオン国とか共和国連中が迫害対象になりかねないから止めようねっていったじゃん」
「だから、おもてにでない。それなら、ふたりだけのひみつ」
「──……、」
「だめ?」
なんでこんな代理戦争的な真似事までしなきゃいけないんでしょうかね?
英霊連中の支援を得ても、証拠を残さず尻尾を掴まえさせなければ居なかったのと同じ。
関与していないのと同じ事にできるので、ロビンが活躍できる。
マリーの強大すぎる魔法だとか、前線勤務じゃないと活躍できないほかの連中とは違う。
数秒の思考後、手元の空白が多い地図を見て自虐する。
「……ロビンは夜目はどう?」
「ん、だいじょ~ぶ」
「睡眠は?」
「ひるね、たくさん……してきたから」
「地形把握や距離感覚、時間感覚や方角だとかは?」
「だいじょ~ぶい」
「行動力や行動速度はどれくらい?」
「たぶん、にばんめ?」
「じゃあ、ロビン。申し訳ないけどその力を借りて、俺が楽をしようと思う。俺が楽したいのが嫌なら、学園に戻ってくれると誓えるかな?」
「ちかうちかう」
「なんか軽いけど……まあいいや。交戦は不可、接触も不可、視認されず証拠も残さない場合は限らない。第一目標はこの場からあの方角、部隊が駐屯している村を起点として、学園方面へと進出できる地域の偵察を頼みたい。地面の起伏や雨天時にぬかるんで速度を下げやすい地域、森林や草の多い場所、道や他の人口集結地の場所などを探る事にあるとする」
「りょ~かい」
「第二に、これは地形や地理情報とかを把握し終えて時間があった場合や、俺と合流できなかった場合。逆に敵後方へと進出して輸送部隊や輜重隊、後続の部隊の有無や数を出来るだけ把握してもらいたい。これに関しては一箇所判明したら他の場所は探らなくていい」
「なんで?」
「現地徴発をしながら進んでる連中が手広く後方から徴発しながら集合するなんて真似をしたら、兵士が足りなくなる。それにデポ《物資集積所》の設置と兵站線の確立、輸送兵は居ても需品兵が居ないのを理拠としてる。兵を分散させるには悠長にならざるを得ないし、かといって国力や情勢を鑑みるに今回一国のみの進出理由が時間との勝負と言う事も考えられる。あるいは──」
「あるいは……なに?」
「自国から離れれば離れるほど、地域汚染が軽くなればなるほどに村などが富んでいる事を理由に、徴発で得られる物資の量を楽観的に考えてるかだと思う。……先遣隊に徴発をさせて、後発が合流したらそれを回収しつつ先遣隊を前進させてって、ピストン行動でもしてるのか? う~ん……」
考える事は多いし、できれば情報も多く握っていたい。
戦場の霧は少しでも晴らして置きたいし、それならいっそ斥候役として目になってもらうのもありか……。
「てか、ロビン。授業は? 体術の講師してたんじゃないの?」
「たいじゅつ、ふにんきだった。アイアスのにきゅ~しゅ~された……」
「あ、そ……そう──」
「ちょ~、ふまん」
「そうね。体術って、基本基礎だし……男子には剣術や槍術とかの武芸が人気だもんね……」
「ヤクモ、もっとたいじゅつのすごさ、みせつける」
「そもそも学園の生徒は兵士じゃなくて指揮官、幹部だから敵と遭遇戦する事をそう考慮してないでしょうよ……。俺は前線勤務だから何でも仕込まれるし、叩き込まれて当たり前なの」
「……むつかし~」
「連中が特別階級じゃなくて、卒業後に兵士やると言うのなら重要性は説けるけどなぁ……。あるいは、ツアル皇国やユニオン共和国の連中か」
「そうなの?」
「ヒュウガが言ってたけど、ツアル皇国では学生は若い内から支援や手伝いで前線に関わるらしいから、そこらへんは理解して貰えると思う。ユニオン共和国あたりは部隊形式や意識の関係で叩き込めると思うかな」
「ヴィスコンティ……」
「ヴィスコンティとフランツは考えが合わないから無理だな」
貴族と宗教。
貴族は神に選ばれた者の血族であり、特別であるという考え方。
魔法使いは神の僕であり、清廉潔白さを求められる信者であるという考え。
どちらも泥臭さや荒事には向かない。
俺の嫌いな共和……共産的な国が一番近いってのは皮肉な話だ。
「ヤクモ。こ~ど~かいしは、いつ?」
「ちょっと仮眠をとって、夜間偵察をして、また仮眠して……明け方前にはまた様子を見に行く。早けりゃ明日には緩衝地帯の選定と工作開始予定」
「ん。じゃあ、いってくる」
「ん、いってらっしゃい」
ロビンはそう言うと、音もなく姿をかき消す。
それが高い跳躍だと気がついたのは近くの木の枝に彼女が立っているのを見てからだった。
そしてそのまま木から木へ、僅かな音のみを痕跡として彼女は遠くへと消えていく。
後に残された俺は、寒い寒いと天幕を閉じて湯たんぽを抱きしめながら改めて寝袋へと戻った。




