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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
8章 元自衛官、戦争被災者になる
124/182

124話

 ── ☆ ──


「あ、アビーさん」

「な、なにかな?」

「なんだか、兵士の方の捜索範囲……段々私たちに狭まってきてないですかね?」

「き、気のせいじゃないかな!」


 翌日、学園都市が遠くにチラリと見えるようになった位から、兵士たちの捜索が偶然か意図的かは別にしても大分自分らの行動と被るようになってきた。


「昨日、同じ町にあの女性の方も着てたんですよね? もしかして、気付かれたんじゃ……」

「それだったら、こう何度も通り過ぎたりしないでいっそ一纏めにして捕縛にかかるよね? アリアをその都度隠してるとは言え、それでも怪しいと思うのなら接触してくるはずだし──」


 アリアに関しては変装させようにもカツラは今自分が被ってるのしかない。

 魔法で誤魔化すにしても、万能ではない上に解除させられればおしまいだ。

 自分はそもそも片目の色が違うのだが、女装+目の色&髪型などと複合させてるからこそ意味がある。

 ブービートラップにしろ、相手を騙すにしろ、単一の嘘では成功率なんてそう高くはならない。

 

「……すこし、大きく迂回するしかないかなぁ。アリア、体調は?」

「大丈夫です。元気一杯です!」

「ステンMK2みたいな返事をどうも。仕方ないな……」

「何か名案でも有るんですか?」

「馬よりも早く付けるかも知れない手段もあるには有るんだけどさ、それをするべきかどうか悩みどころ」

「早くつくのなら──いえ、待ってくださいね。それを今まで言わなかったって事は、出来ればやりたくないって事ですよね?」

「そんな所かな」

「ですが、このままでは追っ手に気取られるのも時間の問題ですし、何事も安全な道のりは無いんじゃないでしょうか……」

「そう、だよねぇ……」


 数秒だけ考え込むと、直ぐに肯定した。

 安全面での危険性は恐ろしいほど高いけれども、追っ手と言う恐怖や時間と比べれば『ゲームオーバー』の危険性は低い。

 仕方が無く、俺は最短ルートを外して遠回りをして人の気配がしない平原まで出る。

 街道も無く、人の往来も無い為に安全面と引き換えだが兵士も見かけない。


「それで、どうするんですか?」

「乗り物を出す」

「乗り物まであるんですか?」

「良い報せと悪い報せがあるけどね。良い報せは自分はその乗り物を乗りこなす為の資格を保有しているという事、悪い報せはそれを取ってから一度も乗った事が無いと言うこと」

「あぁ……」


 説明しながら、この世界に持ち込めた財布から免許証を出す。

 普通自動二輪、本部管理中隊に配属になった同期が「バイクは良いぞ!」と、戦車アニメのノリで勧めて来たので、大型車両のついでに解除してきた代物だ。

 ただし、大型車両も普通自動二輪も……それどころか、マニュアル四輪ですら解除はしたが乗った事がない。

 ペーパードライバーと呼ばれる物で、事情は何であれ『免許を持っているが、運転しない人』と呼ばれる種に属する。


「さらにもう一つ。指導教官からは『安全運転の極み』と褒められたのが良い報せで、悪い報せは『二人乗り』をした事が無い」

「……でも、それに乗ると良いって事ですよね?」

「相手は馬もどっからか調達してるし、こっちは徒歩や相乗りしてても直ぐに検査に引っかかる。それくらいなら独自の手段で道無きアンチャーテッドを高速でかっ飛ばした方が安全勝つ早い」


 えっと、高速道路だと……法定速度が百だったかな……。

 町とかだと六十? そもそも舗装されてない平原ではどれくらいで飛ばせば安全?

 考え出すと『お前は考えすぎるから、頭空っぽにして運転しろ』ってのを思い出してしまう。

 自衛隊カラーの自然に溶け込むような色をしたバイクをストレージから出すと、燃料だのバッテリーだのと必要な事前点検を済ませていく。

 その合間に装備変更で即座に女装を捨て去り、普段の格好に戻しながらヘルメット等と言った必要な装備も取り出す。


「それ、頭の保護に被って。最悪の場合、投げ出されても即死はしないで済むから」

「あの。それを今言うんですか?」

「偵察隊の経験も知識もないし、そもそも資格は取ったけど運転する機会が無かったんだよ……。あぁ、とりあえず運転は出来そうかな」


 流石にアーニャも燃料が入った状態では与えてくれなかったので、燃料缶とポンプで補充を済ませる。

 アリアを脇に退かして、必死に記憶を手探りで手繰り寄せると始動手順でエンジンをふかし始める。

 エンジンスタートでキーを回すのも久しぶりで、一発で始動しなくて困惑してしまった。


「きゃっ」

「はは、良かった……」

「す、凄い音ですね」

「まあ、細かい話はまた今度。俺がこうやって乗って操縦するけど、アリアは……こういう風に座って──」


 縄で俺と縛りつける?

 説明し出してから、必然的にアリアが俺に抱きつくような形になると思い至った。

 少しばかり躊躇はしたが、それでも時間と脅威を考えれば「何を馬鹿な」と切り捨てられる。

 女性の手術で「興奮しちゃいました」って言う主治医が何処に居るというのと同じだ。


「この輪はずっと回ってるから、巻き込まれないように服や足は気をつけて。それと揺れたりするだろうからしがみ付いたまま絶対手放さない事──」



 ~ ☆ ~


「それと、揺れたりするだろうからしがみ付いたまま絶対手放さない事」

「えぇ!?」

「何か問題でも?」

「問題と言うか、なんと言うか……」


 女装をやめたヤクモさんは事も無げに言いますが。

 しがみ付くという事は、たまに見かけたり本で描かれるような『胴に腕を回して抱きつけ』と言うことですよね?

 学園で女性の生徒たちが見ている”漫画”の中に、そう言ったものを描写しているものがありました。


「や、ちょ、ちょっと。それは、心の準備が──」


 しかし、普段は変な所で戸惑うヤクモさんはこういう時には疑問を挟んではくれません。

 もちろん、状況を考えれば私が躊躇する方がおかしいのでしょうが、それでも色々と待って欲しい。

 

「ん? そう? ちょっと、こっちも試運転してるから、その間に覚悟決めてくれ」


 そう言って、ヤクモさんは不思議な乗り物を乗り回し始めました。

 大きな音を立てながらも、馬と同じかそれ以上の速度で走る乗り物は見ていてすこし怖くなります。

 けれども、資格は持っているけれどもそれ以来乗って居ないと言うには結構こなれている様に見えます。

 

「ほぎゃ!?」


 ──いえ、今しがた放り投げられました。


「あの、それに……二人で、乗るんですよね?」

「いや、今のは自分の体型の違いを考慮してなかっただけだから! それと力加減間違えて吹かしすぎただけだし!」

「そうですか……」

「ま、まあ。もうちょっと見てなって」


 そう言ってヤクモさんは再び乗り物に跨ります。

 多少の起伏でも速度を落とさず、乗馬の如く腰を浮かせたり身体を密着させたりしながら慣らして行く。

 本や実際に見てきた物と大分光景が違くて、先ほどまでの戸惑いがバカらしくなる。

 けれども、先ほどよりも乗りこなせてきたのか幾らか速度を増して方向転換をしたり、脇下に提げていた武器を片手で抜いて構えて見せたり、速度を落として乗り物を遮蔽物のようにしながら武器を構えたりする。

 結局、戦いに関連したものなのだろうと思った。

 思えば、色も”めーさいふく”と言うのに似て緑系統だ。


「私、魔法でお手伝いとかした方が良いでしょうか?」

「いや、それは……」

「ヤクモさん、私たちにそう言ったのを任せるのは不安ですか?」

「──……、」


 卑怯な言い方だと分かっています。

 この言い方は、ヤクモさんの嫌う言われ方だから。

 けれども、これでは沈黙を貫けば大丈夫と居直られてしまうので、状況を含めて一歩踏み出す。


「私たちは、そんなに信じられませんか?」

「……逆で。俺は、自分がした事で……本当は、ミラノやアリアだけじゃなくて、多くの人を危険に晒してるんじゃないかって思ってる。それを考えたら今更だけど、魔法の理論も技術も黙っておいた方が良かったなって、今更思えてきてさ」

「どういう事ですか?」

「ミラノやアリアが、二人だけじゃなくて多くの人が死ぬところを……夢か、或いは──そう、だな──お告げ、見たいな形で見たんだ。魔法をもっと実用的なものにしたせいで、アルバートやグリムだけじゃなく、ミラノやアリアを戦争に巻き込む夢」

「それで、どうなったんですか?」

「……アルバートとクライン以外、死んでたよ。その夢を見て、自分のした事が他人を馬鹿にして、踏みつける事でちっぽけな自尊心を満たしたかっただけなんじゃないかと、今更思えてね」

「──なるほど。たしかに、魔法を便利に素早く行使できるようにしたら、戦いで便利ですからね。そうなると、学生も……既存の魔法使いたちに並び立てる程度の技術力は有しますから──」

「その通り、国に言われたりそれが勤めだと勇み立てばそうなる可能性は高い。俺は……自分のせいで誰かが死ぬのはゴメンだ」

「……なるほど」


 たぶん、それに近いことでもあったのかも知れません。

 自分のせいで、直接的か間接的かで死なせてしまったと言う事が。

 少しだけ考えて、それでも私は自分の頬を叩きました。


「けど、それって自惚れじゃないですか?」

「うぬぼ、れ?」

「だって、裏を返せば『何とかなるし、何とかできる』って自分を過信してるって事だと思います。あるいは、また前みたいに自分の命すら投げ出す勢いで何でもやれば目標”は”達成できると思ってるとか。けど、それってさっきヤクモさんが自分で言った”間接的か、直接的かは別としても人を死なせる”って事に私達を巻き込んでるわけですよね?」

「──……、」

「分かりますよ? 私なんか戦争も戦闘も分からないですし、そう言った事柄では足を引っ張りかねないと言うことくらい想像できます。けど、それならそれでカティアちゃんみたいに色々教えて、その上で身分や立場を関係無しに制御しようとして下さいよ。何も知らず、何も分からず、放って置かれた時の方がもっと大変だと思いますが」


 少しばかり考え込んだヤクモさんは、乗り物を降りて手押しで近寄ると一度だけ二人乗りをしてみようと言う。

 少しばかり勇気が要ったけれども、今自分がした事を思い返せばなんて事はなかった。


「そう、出来る限り身を寄せて抱きついておけば腕が疲れない限りはそうそう振り落とされたりはしない。それで、首と目の動きで横と……できれば後ろも確認して、追っ手とかがかかってないか見てくれれば良いから。それで、声が届かなかったり聞き逃す可能性があるから、異変に気付いたら右耳のあたり……そう、ここら辺をちょっと強めに二度コツコツと叩いてくれれば良い。それで追っ手が兵士なら三回、それ以外の襲撃は二回、異変を見かけたのなら一回間を置いてから叩けばそれで良い」

「──……、」

「それと、理由は問わないけれども休息を挟みたい時は左の方を二回。それが急ぎの場合は三回叩いて欲しい。地形情報や周辺情報が無い状態だから適切な場所を常に選んで走れるとは限らないし、モノがモノだから大っぴらにしておくと目立つし。それと、抱きしめてる時は……今回はこういう風に装備を変更してるから、脇の両下は避けてくれると助かるかな。銃が抜けないと困るし」


 普段と違い、こうやって必要な事となると饒舌になる。

 眠い、美味しいものが食べたい、お酒が飲みたい、休みたい。

 ヤクモさんの日常で多く聞く事になる言葉はこれらが印象的です。

 それ以外は聞かないのかと言うと、不必要にしゃべる事をしないからです。

 メモ帳と呼ばれる小さな書き物を睨み、日常の授業で聞いた事や教わった事を少しばかり薄い空白の書物に書き込んでそれもまた睨んでる。

 最近は姉さんから学園の図書館での本を借りる事を許可され、そう言った書物を読みふけっている事も多いです。

 なので、ヤクモさんと言えば勤勉そうでありながらも口を開けば怠惰な事ばかりを言う人です。


 けれども、それらは状況が変わると一変します。

 ただ、だからと言って普段のヤクモさんと今のヤクモさんのどちらかを選べと言うのは、また難しい話です。

 姉さんは『もうちょっとシッカリして』としょっちゅう言います。

 けれども、それは一面のみを……ヤクモさんの片方だけを上手く切り取ろうとしているだけに思えてしまう。

 それは上手くいくのか? 都合の良い場所のみを、切り取る?

 ……出来ない、と思う。


「アリア? アリア!」

「え? あ、はい! な、なんでしょう!?」

「何かやる事は無いかって聞いてきたのに、説明を無視するなって……。話をする、説明をしたことで認識の統一をしてるんだから、それを後から『聞いてませんでした』とか『分かりません』ってやられるとお互い死ぬから止めてほしい」

「いえ、聞いてました!」

「なら良いけど。それじゃあ、最初は速度を少し緩めて走らせるから、慣れてきたら徐々に速度を出していく。……そうだな、これを預かっといて」

「これは、いつも音楽を聴いてる奴じゃ……」

「怖いだろうし、緊張したら周囲が見えなくなるだろ? 首から提げて、音楽を流しておけば少なくとも風の音だけとか、何も聞こえないって事はないから」


 そう言いながらヤクモさんは、普段から首にかけている音の出るものを貸し与えてくれます。

 ”へっどほん”とか言うものですが、本来は両耳に宛がって音楽を聴くためのもののようです。

 伸びている紐の先に繋がっている小さな小箱を弄ると、音楽が流れてくる。

 歌ではなくただの音楽だけれども、静かで落ち着くようなものだ。


「それじゃあ、さっき言った事を守ってゆっくり行こう」

「はい。その、よろしくお願いします」

「ん、よろしく」


 そして、できるだけ身体を密着させて抱きつく。

 触れてみて、ヤクモさんの身体は温かくない……どちらかと言えば冷たいのだなと少し驚きます。

 それが寒さに慣れた身体なのか、それともそうする事を意識しているのか。

 乗り物を走らせる前に、ヤクモさんは何かを取り出すと「一つ二つ三つ」と小瓶から小さなモノを手の平に出します。

 そして口の中に放り込むと、そのままごくりと飲み込みました。


「んじゃ、行こうか」


 ヤクモさんが飲んだもの、それは何度か見た気がします。

 けれども、それがどういった時に出てくるのかがまったく思い出せません。

 音楽と振動、そして風の音に挟まれながら幾らかゆっくりと走り出します。

 当然、道なき道を行くので揺れは大分あります。

 けれども馬車と幾らか作りが違うのか、平坦な場所での振動自体は馬車よりも小さかったですかね。

 

 ただ、徐々に速度が出てくると恐ろしさが出てきます。

 馬に跨った事も無ければ、速い速度で守りの無い状態で走行するという事も体験した事がない。

 右と左、どちらに落ちても無事では済まないだろうと気が遠くなりかける。

 けれども、抱きしめているヤクモさんの体温が徐々に高まるにつれて、その恐れは遠のいていきます。

 

「ヤクモさんの世界では──」

「え!? なに!!!?」

「ヤクモさんの世界では、こういう乗り物ってありふれてるものなんですか!」

「まあ、そんな感じ! ただ、安くは無いけど!」

「じゃあ、多くの人がこんな速さで毎日生きてるんですか?」

「そうだね。生き急ぐようにみんな”速さ”の中で生きてる。仕事も、日常も、戦争も。だから相乗り馬車の変わりに、この乗り物の数倍の速さで定められた場所と定められた道を通る列車と言うのもあるんだ」

「皆さん、振り落とされないんですか?」

「ないない。そこらへん専門外だけど、自分もしょっちゅう使用してたよ」

「ヤクモさんの居た場所、少し見てみたいですね」

「たぶん、便利すぎて息が詰まると思うよ」

「便利で、息が詰まる? どういうことですか?」

「色々な事が出来るって事は、人間一人の出来ることや求められる事が広がるし、世界も広がる。そうなると、今自分たちが居た世界が反比例して狭くなっていくんだ。自分の国の事さえ考えていればいい時代が、いつの間にか世界中の目を気にしなきゃいけなくなる。軍備も、政策も、内政も、歴史も、文化も、何もかもが他国に言い合える」

「それって、それだけ素晴らしい時代に──」


 素晴らしい時代になったのでは?

 そう訊ねようとして、ヤクモさんを抱きしめている自分の腕に加わる異物感を意識させられる。

 何千万人も死なせ、時代と共に発展し、進歩してきたと言う武器。

 誰もがコレを装備し、屈強な兵士を作り上げずとも軍隊の一部に出来てしまう。

 ヤクモさんはこれを”ショウジュウ”と言った。

 小さい銃と言うことで、ならば”大きい銃”と言うものも有るのではないかと考えられる。

 そうなると、素晴らしい時代とは言えないのではないだろうか?


「……他にも乗り物ってあるんですか?」

「有るよ? 車輪が四つで、二輪じゃないから安定性とかは有るし運搬能力もあるもの。更に大きくて、更にたくさんの物資を運搬できるトラックとか。あとは……空を飛ぶ、とか」

「空を飛ぶ乗り物って、実在するんですか? 魔法で空を飛ぼうとする人は後を断ちませんが、その大半は挫折か死亡の二文字で終わりますが」

「あるよ。色々な種類が有るけど……。航空騎兵って聞いて、何を思い浮かべる?」


 こ、こうくう……騎兵?


「そもそも、”こーくー”って単語の意味が分からないのですが!」

「空飛ぶ騎兵部隊」

「馬が空を飛ぶんですか!?」

「喩えだよ。全部置き換わってるけど──」


 運転しながら、もしかしたら初めてここまでたくさんお話をしたかもしれない。

 機械で出来たモノは沢山あって、それは走るだけじゃなく飛んだりする事もできる。

 

「はい、水分!」

「有難う御座います!」


 白馬じゃなく、緑色の自動馬。

 穏やかにゆったりとはしてなくて、けたたましく忙しないくらいの速度で風景を置き去りにしていく。

 馬に乗ったらどんな感じなのだろうと兄さんをみて思ったりはしたけれども、それよりも早いものに乗れるとは思いもしなかった。

 

 学園都市まで一気に近づいていく。

 これなら、お昼前には帰れそうだけど……。

 姉さん、大丈夫かな──。





 ── ☆ ──



 国境なんてシラネ。

 後に言及されたならばクソ重い罪を言い渡されそうな勢いで関を通り抜ける。

 何てことは無い、人の手が及んでいない方向からシレッと越境しただけの話だ。

 国境にコツンとぶつかっただけなので、政治的に言えば俺は無罪放免確定である。

 ……そんな訳無いですけどね。


「アリア、大丈夫か?」

「なんだか、まだ痺れてるような、揺れてるような感じが……」

「けど、参ったな。学園側だけじゃなくて、都市の警護にまで人員割いてるのか。こりゃ、カティアの報告は確かだったみたいだなぁ」


 カティア経由での学園側かわから収集した情報を舐め直す。

 城壁崩壊と魔物との交戦で栄えある戦死した連中が居て、その上『ここは平和だから』と胡坐かいてた連中がこっそりと離脱。

 その結果スカスカになった防衛力にユニオン共和国の兵士がそっくり入ってきてる。

 つまり、都市に入るだけでも一苦労と言う奴だ。


「けけ、けど。ややや、ヤクモざん……」

「深呼吸して。最悪壁をよじ登れば良いし、そのために必要な発案も魔法も道具も揃ってる」

「……そこに関しては余り聞きたくないですが、どうするんです?」

「土系統の魔法で壁の石材を階段状に突出させれば歩いて上れる。余りやりすぎると今度は内部から音とかで気付かれるから、壁上りの道具でよじ登って……俺は侵入できるかなぁ、と」

「聞けば聞くほど馬鹿げてますよね」

「魔法なんて無くてもやる人がいるから、別に俺が馬鹿げてる訳じゃないんだけどね」


 ロッククライミング系統は経験も体験もあるけれども、それこそ”山の覇者”と呼ばれるような人には敵わない。

 レジャー感覚で行うものと、それこそ命を賭して行うモノでは差が有りすぎる。


「俺のしてる事は、ぜ~んぶ更に上が居る。俺はそう言った先人と賢人の知恵や足跡を齧って利用してるだけ。けど、明るいと目立つしなぁ……」

「ここでまた女装するというのは」

「アリアが入れないじゃん。俺だけ入ってもどうしようも無いしな……」


 そう言いながら、グリムが授業をいくつかすっぽかし、自分の時間を費やしてまで得てくれた情報を見直す。

 音声ログから文面ログに書き起こされ、それを情報として纏め直したので齟齬さえなければ見やすい資料だ。

 俺たちを連れ出してから、門番の中には必ず一人はユニオン国の兵士が混じるようになっている。

 あからさまなようでは有るが、逆に一人だけで良いと譲歩した上で都市中の巡回や城壁上での見張りに多く割り振られているあたり狡賢い。

 

「ま、安全牌取りますかね」

「”安全ぱい”とは?」

「人は地上から上には目を光らせるけど、地上から下ってあんまり意識しないよねぇ……」

「まさか──」


 そう、そのまさかである。

 俺達は下水路へと侵入し、そこから容易く侵入を果たす。

 アリアが臭気のせいで涙が止まらなくなってしまい、残念ながら前進が難しくなってしまった。


「うぅ、父さん、母さん……」

「そんな心に突き刺さるようななき方止めて!? 下水路通って来ただけだからね!?」

「女性にやらせる事ではないと思いますが、貴方様。と言うか、私の周囲をセーフハウスと勘違いされて居られませんか?」


 下水路を通ってきた俺は、出来る限りアーニャの居る教会に近い場所に出るように出口を選んだ。

 そして今は、アリアは井戸水をお湯にして、それに香油等を使い必死になって臭いを消している。

 俺はもう脱糞だのお漏らしだの、死臭だのと色々なものを経験しているので余り気にはならなかった。

 ……まあ、ハエが集るとうざいので後で清めるが。


「それで、今度は何事ですか?」

「話が早くて助かるね」

「茶化さないで下さい。貴方様と一緒して、何事もなかった時がありますか?」

「俺は精一杯普通に生きようとしてますよ? ええ。けど、周囲が俺を放っておいてくれないの」

「で、今度はなんなんでしょうか?」

「戦争かなぁ」


 ボンヤリとそう言うと、アーニャは用意していた茶器をガシャンと割ってしまう。

 慌てて周囲を確認して俺しか居ないのを認識すると、割れたカップ自体の時でも巻き戻したのか割った事をなかった事にしやがった。


「せせ、戦争ですか!?」

「だって、中立地帯に軍隊興して乗り込んで、人質にして糊口を凌ごうとしてるんだぞ? 何処が先に動くかは分からないけど、んなもん禍根になるに決まってる。都市と学園の守備隊がどう動くかは分からないけど、スンナリ都市まで到達して城門潜ったら将来の戦争の火種にはなるな」

「あわわ、どうしよ、どうしましょ!? 子供の受け入れ準備? それとも負傷者の手当ての準備!?」

「なんでアーニャがアタフタするんだ……」

「だって、こんどはここの人たち、神聖フランツの援助に行ってしまって……。今私しかいないんでずぅ……」

「Oh......」


 そりゃ、参った……。


「……じゃあ、全力で嫌がらせするしかないか」

「待ってください。またお一人で何とかするおつもりですか!?」

「だってさ、仕方ないじゃん。学園に戻ったら人質取られて俺が動けなくなるし、英霊はその名声とあり方故に犠牲を出す訳には行かない。英霊はむしろ学園内で生徒の保護の為に居てもらって、俺はこのまま裏切り者として戻らない方がいい」

「……あの、裏切り者って。何やったんですか」

「俺がしたんじゃないの、されたの。流言流されて、俺がアリアを攫って手土産にしたついでに亡命したって事にされてるみたいでさ……」

「あ、え──」

「学園内部で立場作りとかしてなかったし、余計に分が悪いんだよね。まあ、そもそも学園に俺一人が戻っても、英霊連中と連携したって今度はネズミ狩りをしなきゃいけないから、どちらにせよ戻れないんだけど……」


 そこまで言ったら、目の前に乱雑にお茶が叩きつけられるように置かれた。

 ハッとしてアーニャを見ると、彼女は両の頬を膨らませていた。

 怒ってる……、のか?


「貴方様のした事は、目を覆いたくなるような自己犠牲ですが、それでも立派な献身です!」

「はは、そう言って貰えると──」

「不義です! 不忠です! 他人に何かを強いず、自分にのみ強制して誰かを助ける。こんな物、破綻するほどの『愛』じゃないですか! 学園に言って、ちょっと教えを説いてきます!」

「ちょちょちょ、タンマ! ストォォオオオップ!!!? いや、良いから! 状況をぐちゃぐちゃにしないで!?」


 アーニャが袖まくりフンスフンスとやる気を出して出て行こうとしていた。

 申し訳ないけれども引き止めさせてもらい、貰ったお茶を逆に彼女へと進めて「Calm down」という状況になる。


「ほんっと、信じられませんね!」

「仕方ないよ。こんな事になると想定せずに人脈とかを作ってなかった時点で付け入る隙を作ってた自分が悪いんだし」

「自分が悪い、悪くないではありません! そう言った情報に安易に流されるのがプンプンする所です!」

「安易に流されるからプロパガンダや捏造とか流言ってモノがあるんですがね? そんなことより、ちょ~っとアーニャさんにですね、お願いしたい事があってですね?」

「……いや~な予感がするのですが」

「そりゃ予感と言うより確信だなって言えば良いかな? まあ、ちょっとばかり面倒なんだけど──」


 そう言って、俺は出来る限りの”作戦”を話す。

 その家庭でアーニャの協力が必要で、その為に話を進めるのだが……。


「Обалдеть! С ума сошёл!?《頭おかしいんじゃないですか!?》」

「ロシア語は分からないんだって……」

「そ、そんなの作戦とは言いません!」

「けど、一番状況に即している。英霊には学園側で生徒を守ってもらって、俺は学園に戻らない事で人質作戦自体を無効にして行方を眩ませる。その上で遅滞行動を取りながら、今回の行動自体を無意味にする位に状況をかき回す」

「それで何の意味があるんですか!」

「あのさ、部隊が到着して占領しちゃったらもう言い訳できないだろ。それよりも先に情報を聞きつけたどっかの国の部隊が到着すれば、相手は篭城してる所にまで強行はしてこない。糧秣を焼く、武器資材を破壊する、相手の交戦能力と作戦の企図を潰すのが俺のしようとしてる事」


 軍を興した事自体は非難されるだろうが、未遂や未然で防げればそれ以上は無いだろう。

 逆に学園制圧でもされてしまえば、後で追い出せたとしても「やった」と言う事実が残ってしまう。

 そうなるともう言い訳が出来ず、国際的な非難や外交面での圧倒的なマイナスは避けられない。

 

「貴方様は、何を目指しているのですか……?」

「馬鹿げてるだろ? 平穏の為に騒動を抱え込むっていう、楽をする為に滅茶苦茶苦労するってのと同じでさ」

「それに関して、私は……何も、言う事はありません」

「そもそも、魔王が居なくなって大分時間がたってるのにまだ魔物は居る。北ではツアル皇国と穏健派魔族が何とか堪えてるけど、その南じゃ平和ボケして人類同士で内輪揉めしようとしてる。んで、英霊はこの世界における人類の危機が迫ったら召喚されるってのに、今回はそれで歯止めが掛かってない。滅ぶかも知れないのに数年前からの支援要請を無視する周辺国と、それで追い詰められて中立国を侵すバカ……ほんっと、人類ってのはくだらね~」


 やってる事が一次大戦と、そこから繋がる二次大戦の時と何も変わってない。

 工場地帯を押さえられたドイツ、石油だのを押さえられて枯渇する日本。

 そんなもの、現代のように世界が狭くなったのならいざ知らず、こんなネットも世界地図も無い時代なら戦争になる事は想像に難くない。


「なら、何でその”くだらね~人類”って奴の為に、貴方様は頑張るので?」

「俺が悲しい事に人類に属した生物だからだよ。人類が滅んでも良いので自分だけ生かして下さいなんて理屈、滅ぼしに来る相手に通じると思うか? そして俺は、人類が自分の属する世界だと理解している以上、”自分の世界”を侵しに来る相手には絶対に従わない。スイスの理念のように」

「スイス……というと、相手には何も残さないって奴ですか」

「その通り。国民皆兵、たとえ侵略に成功したとしてもインフラの一つですら残さないと言う徹底っぷりを掲げてる。実際、ドイツが来るか否かって時には自国の重要な箇所を爆破できるような構えだったしな」


 そう言いながら、窓からアリアの背中を見る。

 白い素肌だ。少なくとも、黄色人種と白人のハーフである自分の肌とはまったく違う。

 

「俺は少なくとも昔、自衛隊に入る頃は大体こんなものじゃないかなって思ってた。そして今……実際に、その責務を全うしようとしてる。だからさ、良いんだよ。俺は元から何か有れば戦うのが役割で、それしかないんだ。そして兵士の役割は、国民を……守る相手と自分の間に”盾”を敷いて一切の関与をさせないように努力する事。間違っても、武器が有るからと握らせてこちら側にこさせちゃいけないんだ」

「……貴方様は、独善的過ぎていつか地獄に落ちますね」

「地獄に落ちるぞ落ちるぞと散々言われてきたよ。ただ、思ったよりも早い内に着いてしまっただけでね……。なんにせよ、頼む」


 そう言って、俺は頭を下げた。

 これから俺がしようとしている事はアニエスとしてではなく、女神のアーニャとしての援助が必要なのだ。

 ただし、それは世界を操作すると言うチートではない。

 俺自身が無限のトライ&エラーを繰り返す事で九十九の失敗を積み重ねながらその上でたった一つの成功をもぎ取る作戦。

 盛大な、聞かせられないくらいのため息が吐き出される。

 アーニャ以外が居なくて良かったと切に思う。


「選択肢の無い相談は、相談とは言いません。コレが終わったら暫くお説教ですからね!」

「お手柔らかに」

「まったく。向こうでも拠点代わりに教会を使ったと思えば、今度は潜伏先に使うだなんて……」

「教会は宗教的に考えれば一番無縁な場所だろ? そして俺とアーニャの繋がりとか背後関係を知らなければ、まず疑わないって」


 英霊信仰があまりにも進みすぎて、世界を創った神とやらはもはや形骸化した宗教と化してしまったらしい。

 アーニャの居る教会は世界を創った神を信仰している場所であり、あえて言うのなら”世界を管理している人物の名前”に自動的に置き換わる。

 アニエス教会のアニエスって、色々と問題は無かったのだろうかと今でも不思議に思う。


「貴方様は、どこかタガが外れております」

「正気の人間が兵士なんてずっとやるかな?」

「だとしても、良い事は良いと自分の身命を秤にかけられる人は居りません。その反対側に乗せられる代物が不明すぎます」

「とある作品では『理性の化け物』と評されるか、人間のフリをしたブリキの玩具と言われてる。或いは……」

「目的のみで自分の無い、機械人間ですね」


 そう言われて、陸教での言葉を思い出す。

 他中隊から来たバディかつ同期となった人物の言葉だった。


『何でお前、辛そうな顔を少しも見せねぇんだよ……』


 一月経過したあたりだったか。

 肉体的にも、作業的にも、時間的にも、精神的にも追い込まれつつあった。

 書類作業だのも行われるようになり、平然とやり直しと反省を食らわされる。

 そうでなくともハイポートだの腕立てだの空気椅子だのと色々やらされたが……。


「思想ってのは、一つの宗教と同じだよ。そして俺は個人的な教義があって、それを崇高だと思って誇りに思っていたから苦しくても『当たり前』だったんだよ。昔ある人は言いました、国の為に捨てる命が一つしかないことを悔やむと」

「それは……」

「俺は超人じゃないし、それこそ凡人にすら届かない。ブリキの兵隊所か、不安を払拭する為に沢山のかき集めた材料で継ぎ接ぎしてる。それと、この世界に来た時アーニャは俺が善人であるかのように言って、色々得点をくれたけど、それ違うから」

「違う、とは」

「俺を突き動かしてるのは唯一つ、不満、怒り、そして執着だ。だから、むしろ適当に見切りをつけて見捨ててくれた方が有り難いんだがね」


 そう言ってから、自分の吐き出した言葉の裏を考えてしまう。

 そして言った言葉が”半分本当だけれども半分嘘”と言う、今までどおりの嘘吐き野郎である事を再認識した。

 何に不満を抱くのか? 正しさや正義が成されない事。

 何に怒りを抱くのか? その状況に対して世界は我が身に降りかからなければ”潔癖”を保とうとする事。

 何に執着するのか? 自分がそれらをある程度成せるようにして貰えたが故の”希望”だ。

 諦められない、諦めきれない。

 日常が踏み荒らされようとしていて、それを静観して見ているのは嫌だ。

 

「……ご存知だと思いますが。死者を蘇生させると言うのは、負担の大きいものです。私は、それでも……貴方様が出来る限り満足した生を送れるようにサポートするだけです」


 悪態をついたのに、アーニャはそれに怒る事も呆れる事もしなかった。

 ただ黙って己の役割を、女神としての責務を果たす事を口にする。

 それを聞いた俺はため息を吐いてからストレージから様々な品々を出し、工作準備に取り掛かる。


「貴方様は、足止めの為に沢山殺めるのでしょうか」

「相手がどんな考えでやって来てるかによる。相手があからさまな事をしない限りは、精々嫌がらせに徹しようかなと」

「……それはそれで舐め腐ってると言われそうですね。それで、その判断基準は?」

「俺が気に入ら無けりゃ被害被ってもらうだけ。こっちは命かけるんだから、それくらいで良いだろ? なにも千人殺して無双したいって訳じゃない」

「──神様」

「女神が神に祈るのか……」

「そうしたい位、私は今自分の担当している貴方様のことを思っているんです! 修羅道にでも行きたいんですか!」

「必要な事を必要な分だけやる。最近アニメでもあったじゃん。『守るって案外と難しいね。諦めるわけじゃないけど』って。……で、お願いだから榴弾は落っことさないでね?」

「りゅう……? これ、ペットボトルロケットみたいじゃないですか」

「迫撃砲って知ってます? それすっ飛ばして、落下させて半径で打撃与える”弾薬”なんですが」


 女神だけど知識不足が著しいアーニャ。

 自衛隊装備一式と言うと、車両や燃料も”備品”として組み込んでしまうくらいに無知である。

 言いくるめて置きながら、大丈夫かなと心配になってしまう訳で。


「それより、楽しい話をしよう。コミケにいきたいとか言ってませんでしたっけね? 貴方」

「貴方様は懇意にしている場所とかは無いのですか?」

「ああ、それはいいの。昔から現実では名乗って誰かのところには行かないし、言ったとしてもアフターレポートだけするから」

「それって、親しいと言えるのですか?」

「こっちも数回、数年は出す側だったからあんまり屯しないようにしてるんだよ。それに、懇意ならスカイプやツイッター、Discordでそれとなく言えば良いし。あんまり個人の影響力出してその人歪めても仕方が無いしなあ」

「出す側だったんですか?」

「これでも昔、日本に憧れてた頃は絵や漫画に憧れてへったくそなりに色々やってたんだぞ。まあ、日本に来て諦めて、物書きならとやってたら声をかけてくれた人が居たってだけで」

「サークルはどうなったんですか?」

「金の持ち逃げされて疑心暗鬼から空中分解した。学生が多かったし、何しろ若い連中が少人数でやってた場所だったから本を出すってのも一杯一杯だったし」


 可能性や限界と言うものを知らず、学校では専用のノートに手書きで作品を書き、家ではパソコンを前にしてキーボードを叩く。

 その執筆速度は早ければ一日で一話分、遅くても二~三日で書き上げていたくらいのものだ。

 日本語の練習や勉強もかねたそれを、サイトを間借りする形で二次創作なんかしてたっけ。

 いつかはコミケとかに参加してみたいですね! と言う発言が拾われ、大変ながらも楽しい思いをした。


「同人活動をしていた人も、気がつけばプロとして仕事をしている。そういうのって楽しいし、嬉しくなるよ。しかもネットと言うフィルター越しではあっても、散々創作話をしたりした相手の絵柄が一般冊子に載る。しかもノウハウ本だったり、漫画だったり、挿絵だったりと色々ある。そういうのを見て、嬉しくなる」



  ~ ☆ ~



「自分の応援してる人が有名になって、活躍し出す。そうするとさ。嬉しいじゃん。いつかはプロに、いつかは連載を! って言ってる人が、その取っ掛かりを掴む。スゲーじゃん、ワクワクするよ。その人が将来枠を勝ち取った時どんな成長を経て、どんな作品を、どんな物語を、どんな人物を、どんな結末を見せてくれるかなんて想像もつかない。俺は、だから同人活動ってのが好きなんだ。自分以外の、他人の考えた面白い話は聞いてて飽き飽きしない」


 楽しそうに、無邪気な顔をして語るヤクモを名乗る方。

 先ほど見せた悪辣な表情は何処へやら、純粋に語るその表情のほうが”素顔”に見えます。

 ただ、喜色を上手く示せないのは中身がそれなりに歳を召されたからかもしれません。


「俺は……自分は、うん。創作するには悲観的になりすぎたし、回りくどくなりすぎた。自分が楽しいだけなら自慰でいい、他人を楽しませた上で自分が楽しめないのなら意味が無い。だから、それが出来る人をスゲーって思う」


 スゲーと言う言葉を繰り返し口にする、そこには『人類なんて、くだらね~』という言葉とは真逆の感情が込められている。

 或いは、相反しながらも矛盾していないのかも知れません。

 人類は下らないと言いながらも、人類スゲーを子供のように信じている。


「知り合いだけじゃないぞ? この前アーニャの仕入れたゲームとか沢山あるじゃん。すげぇよな、娯楽って。日本は更にアニメ、ラノベ、漫画と特化してる。それらを享受出来る幸福と、それらを生み出せるスゲー人が居る。楽しいし、別の世界を見せてもらえる。だからオタクはやめられない」


 いや、だからさっきの言葉かも知れない。

 不満と怒り、執着……。

 『お前らすげーのに、くだらねぇ事してんじゃねぇ』という思い。

 或いは「くらだねえ事して、スゲー奴らに迷惑かけんじゃねえ」という怒り。

 そしてそれは、”自分の世界”という言葉にも合致する。


「あ、そうだ。アーニャって漫画とかラノベの仕入れってやってる?」

「あ、いえ。そちらはやってない、ですかね」

「出来るの?」

「出来ない事は御座いませんよ? ただ、そうなるとお金が必要になりますが」

「じゃあ貰ったお金の……半分でもいいし、給料全部換金でも良いや。レートが酷いんだっけ?」

「左様ですね。貴方様のように元居た世界が懐かしく、恋しくなる方も居ますし。世界に定着し、慣れるまで時間がかかる場合もあります。そういうサポートもしては居ますが、なにぶん前任者が逃げ出した上に私がヒヨッコですから……」


 この方の居た世界の管理者とは顔見知りで知己の間柄ではありますが、個人的に気に入られはしても割引や好意での善意と言うのはありません。

 寒ければコタツに引き篭もりますし、面倒だからと下着姿のままお尻を搔くような女性ではありますが……。


「ヒエラルキーってのが有るんだなぁ」

「そもそも、通貨のレアリティってのもありますからね。銅銭なんて何処行っても安く買い叩かれますよ」

「プラチナコインは?」

「プラチナは金よりもレア度は低いですよ。ただ、技術力とか産出力で世界によって認識が違うだけなので」

「俺、どんだけローテクな世界に居るの……?」

「少なくとも、魔法の存在で科学や技術分野の発達が遅れるような世界ではありますね。ただ、かつての”遺産”を応用して、幾らかそれっぽく見えてるだけです」

「そういや、この世界って”魔法が有る世界”じゃなくて、”俺の居た世界のありえた未来”なんだよな。やられたぜ、ちくせう」

「私も把握が済んでいる訳ではありませんので……」

「文句は言ってないよ。ただ、人類が滅んだんだなぁ……と。しかも遺伝子操作と科学的に弄った新人類が席巻してるってのも、また皮肉だよなぁと」

「皮肉、ですか」

「人類が滅んでも、新たな生命体が次の知的生物として人類が居た座に来るものなんだなぁと。まあ、ファンタジーかSF的なものだけど」


 期待と失望、その二つを内包して矛盾させずに一つに帰結させる。

 それはどちら側なのかは外部から見ても分かりません。

 ただ、思ったよりも”理想家”だと言う事は分かります。

 人類の生み出したものに対する子供のような”無邪気さ”。

 それに対して人類の内部で起き得ている”愚かさ”。

 期待しながら、絶望している。

 それは──理想、なのでしょうか?


「貴方様は人類に失望したと言いながら、その滅亡を悲しんでいるように見受けられますが」

「そりゃ、自分の所属していた種族が絶滅したら寂しいだろ? 自分の知り合いや近所の人が亡くなったら、とりあえず死を悼むのと同じ」

「それは偽善ではないですか」

「知らない相手全員に対して荼毘にまで付き合えるような善人じゃない。けれども自分の共同体コミュニティが無くなったら悲しい」


 そこまで言って、彼の方はため息を吐きました。

 彼が警護し、ここまでお連れした方が身を清めるのを終えるのを音で悟ったのでしょう。


「俺の今居るコミュニティは、あの学園でありあの都市でありあの知り合いと主人だ。それを守る為に自分の命は掛け金に乗せられても、他人の命を掛け金に乗せられるほど腐っちゃ居ない。国に属してない俺に出来る事は、今の状況を維持するために自分の命を掛け金に乗せるって事だけだ。その途中で、知り合いが命を落としでもしたら死んでも死に切れない」

「──……、」

「安易に誰かを頼るって、そんなの状況レベルに応じてだろ。だから俺は、自分の命だけでも掛け金に乗せて……できる事をするって決めたんだ」

「だから自分が先んじて交戦しておけば、外交問題ではなく個人対国の問題に出来ると?」


 彼の方のしようとしている事は思い切り馬鹿げた絵空事です。

 一人で数百、数千といる部隊を相手に上手く立ち回れるわけがありません。

 確かに数倍の身体能力や魔法を授けはしましたが、それでも”二十四時間駆けずり回る羽目になる”と言うことは自明なのです。

 疲労は? 睡眠は? 手数は? そもそも理想の為に必要な時間は?

 分からない事だらけですが、そんな事はお構い無しに彼の方は対人地雷なども準備し始めます。

 

「──最期まで、私は貴方を見届けます。その上で生きるに相応しいのか、相応しくないのかを見極めさせて下さい」

「それでいいと思う。不要だと思ったら切り捨てるなり蘇生させないなり、好きにしてくれ。そもそも、狂人や悪人を転生させる理由なんて無いだろ?」


 自分が正しいとは言わない、自分が間違ってないとさえ言わない。

 それでも、誰かが力によって支配しようとしているのに対して、平和を乱されない為に何とかしようとする。

 それ自体は、正しいとは言えるのではないでしょうか。

 喩えやり方が”自分の命を何度も使い潰す”という個人軽視であっても。


「……神様」


 女神は、管理は任されていても積極的な介入は許されていません。

 喩え世界の一部として生きる事を体験できたとしても、誰かの為に世界を変革させるような事が認められてませんので。

 なので、祈るしかありません。

 誰かが、或いは状況が……彼の方に全て押し付けるのではなく、共に何かできるような人が表れてくれる事を。

 神はあくまで公平なのか、神は悪魔で公平なのか──神は飽くまで公平なのか。

 宗教と同じで、諭し、道を示す事しかできません。



 

 私が不相応だと判断された場合、去らなければなりませんから。

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