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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
8章 元自衛官、戦争被災者になる
123/182

123話

 ~ ☆ ~


 馬を買うことも借りる事もリスクが高すぎる。

 そんな俺たちが学園の道を行くには、相乗りの馬車にでも乗るか徒歩で道を行くしかない。

 しかし、アリアの足を遅めて居るのは足が痛いとか、先日の酒が抜けていないと言う理由ではない。


「入浴、したいですね……」

「──……、」

「べたべたして気持ちが悪いです……」

「……──」

「はぁ……」


 いや、その気持ちは良く分かる。

 俺達は多少の防寒着を着てはいるが、実際には地獄だった。

 雪の積もった道は舗装されていない道を泥濘と変えて疲弊を招く。

 そうやって汗をたっぷりかかせておきながら、吹きつく風と空気はこれ以上と無く寒さを叩きつける。

 酷く吹雪いているわけではない、むしろ何事も無ければ「良い積雪だなぁ」とのんきに言っていたくらいだ。

 

 しかし、当然ながら何一つとして不自由してこなかった貴族の子を連れた道中は何分進みが宜しくない。

 自分の歩行速度を六~七割にまで遅くしないと、数歩進むとアリアは一メートル後方に置いてかれてしまう。

 そして雪を踏んで歩くのに慣れてないので、アリアの疲弊が早すぎる。

 抜かるんだ道は足を上げることを困難にし、降り積もった雪は踏みしめて体重をかければ時折滑る。

 

 だが、ここで俺は自分が苛立っているのを自覚した。

 今までがうまく行き過ぎていたのだ、良くも……悪くも。

 魔物の襲撃の際は学園までの短距離だったので、休憩も挟めたので大丈夫だった。

 神聖フランツ帝国への道中などは既に戦争体験者だったので劣悪な環境になれた者しか居らず、今回のような事にはなっていなかった。

 だが、今回に関しては劣悪な環境所か自分の足で歩く事をしてこなかった人物との長い長い行脚である。

 

 俺だけなら半日以上の行軍経験があり、荷物が無いのならスナックや軽食、水分補給などを歩きながら挟む事で移動を効率的に行える。

 必要な休憩時間、必要な栄養と水分補給、必要な睡眠時間と自分の限界がどれくらいなのかも分かっている。

 必要と有らば行軍後に突撃をして、陣地奪取を果たした後に偵察まで行えるくらいの自分自身の制御と管理くらいは出来る。

 毎日ひたすら走って自分の限界速度を確かめ、自分の全力で走れる距離を確かめた。

 毎日腕立てや腹筋等をすることで、どれだけの負荷や回数に耐えられるかも確かめてきた。

 何時間歩いたら支障を来たすかも理解しているし、どれくらい休めば回復するのかも知っている。

 自分自身を、解剖するかのように分解し、確かめてきた。

 

 しかし、俺が今回しているのは三国志の劉備が行ったような民を連れての逃避行に近い。

 アリアと言う一般人を連れて、時間と稼いだ距離を腕時計を眺めながらため息すら吐きたくなる。

 結局あの時は曹操軍に追いつかれ散々に追い散らされたのだが、其れと同じ目に会っている。

 そして残念な事に自分には仁義は無く、それを一番とする思想も思考も無い。

 

 いや、違うか……。

 結局、自分と言う人間の器が小さすぎるのだ。

 今起きている事態に対して、他人のせいにしようとしている。

 一人ならもっとうまく出来る、一人ならもっと早くできる。

 そんな……兵士としてあるまじき思考を、俺がしている。


「ふぅ──。この先で一度休憩にしよう」

「え、ですが……」

「自分も少し疲れちゃったしさ、ちょっと考えも纏めたいし。カティアやヘラからも連絡来てて、それも対処しないと」

「そうですか。それなら良いのですが……」


 ……二人との連絡なんて、既に対処済みだ。

 カティアがアルバートの発案とマルコやグリムの支援の下、情報収集をしてくれることになった。

 ヘラについては英霊達に接触してもらって、気を払ってもらうなどと色々やってもらっている。

 つまり、この休憩は俺の精神的なものを回復させる為に行うものだ。


 昔から変な所で気が急く癖に、普通なら慌てても良いような場所で悠長だと親にも言われてきた。

 自衛隊ではそれが良い意味で噛み合ってくれたが、今はまるっきり逆に作用している。

 今の俺を見せたら、同期も失笑し、教官たちは思い切り扱いて来る事だろう。


「もしかして私、苛立たせてます?」

「いや、そうじゃないんだ。自分が……」



     ── ☆ ──


「いや、そうじゃないんだ。自分が……」


 自分が、何でしょうか?

 ヤクモさんはそこで言葉を切ると、頭を掻き毟ります。

 カツラがズレますが、直ぐに位置を元通りにしてため息を吐きました。


「何時まで経っても落ち着いた日常が、ノンビリが出来なくて……。自分にどうしようもない事態だったり、無関係ならそれはそれで諦めがつくけど、事が大きいのに自分が無関係ではいられなくて、重圧に……はぁ、重すぎる」

「……仕方が無いですよ。そもそも、英霊の方と肩を並べてるだけでもおかしいんですから。今のヤクモさんは──歴史と宗教にはさまれて、今度は外交と軍事に挟まれてる訳ですから。しかも国とかに所属しているわけでも無いですし、それなのに今までの出来事の方が……まず、おかしいんです」

「そうだと良いんだけど」


 ヤクモさんは目の前の問題、直面している出来事には安定しています。

 しかし、目に見えない遠い出来事……。直ぐに取り掛かれず、しかも結果が出るのが当面無いと言うのに弱いのかも知れません。

 今までの出来事は、倒すべき相手と解決すべき事が直結している事が多かったですし。

 逆に……今度は軍と言う、当主を倒した所で軍自体が瓦解してくれる訳でも、ユニオン国の問題が解決するわけでも無いです。


 私を連れて学園まで気取られずに戻る。

 学園の兵士たちに生徒を人質にされないようにする。

 ユニオン国の軍が到達する前に到着する。

 ユニオン国を撃退する。

 その上でユニオン国の問題も解決しなきゃいけない。


 国として、国の一部としてではない。

 ただ”今を壊したくない、壊されたくないから”と言う思いだけで。

 


 ──今の生活が壊されるわけだろ? それだけは嫌だね──


 その言葉の意味を、まだちゃんと理解できてないかも知れない。

 それでも、その言葉が聞けただけでも意味があると思う。

 なにも……そう、何も聞けず、何も知らないよりは、まだ。


 そのまま暫く進んで、学園に向かうまでの道中にある最後の町に到着した。

 ここから先は村ばかりで、その距離も今までのように近くは無い。

 つまり、ちょっと我慢してるけれども足の痛みと向き合わなきゃいけなくなる。


「それじゃあ──」

「それじゃあ、まだ昼前ですが今日はコレくらいにしましょう。宿を取って、ゆっくり休んで……。明日、朝早くに出ましょう」

「え?」

「それとも、雪の降る中休憩と称して何処で時間を潰すんですか? 馬車で見た感じだと、ここから先の休憩は野宿とかになりますよね? それって、今よりも悪くないですか?」

「──……、」

「ほら、私も不慣れな服装や履物で結構疲労が蓄積してますし。それに、このまま強行して速度を落とすよりは、今日はいっそ休む事に専念して、明日は心機一転した状態で出かけるのが良いんじゃないかなぁと」


 ヤクモさんは気が急いていて、ため息の回数は増えていて、表情も兵士のように険しくなっている事に気がついていません。

 女装して身元を隠してるのに、それでは意味が無いかなあと。


「私にも休息が必要ですが、ヤ……アビーさんにも必要ですよ」

「……そう、だね。今日はちょっと早いけど、もう休もうか」


 その言葉、きっと本心ではないでしょう。

 何かを言った時に表情が和らいだら、それが肯定的な返事だと言う事も分かりました。

 逆を言うと、表情が和らがなかったり、うなずいたりして肯定的な仕草が無い場合は”仕方が無い”という反応です。

 少しずつ……そう、少しずつではありますがヤクモさんの事が分かってきました。

 以前カティアちゃんが色々と語ってましたが、表には出さずともにじみ出てくる物は決して少なくないみたいですし。

 

「……どう、しよっか」


 そして、ヤクモさんは戸惑う。

 やらなきゃいけない事があるのに、それを放置しなきゃいけないと言うことに。 

 ヤクモさん自身の今日の流れ、目標、予定があったのだと思う。

 けれども、それが今崩れ去ってしまったので迷っているのだろう。


「宿を取る、昼食をとる、その後はそれぞれ自由にして良いんじゃないですか? お酒とか、或いは買い物とかもしておきたいでしょうし」

「アリアは?」

「私は、少しでも休んでおきます。明日以降はたぶん隠れるのも難しくなるでしょうし、満足な寝食も出来ないでしょうから」


 ヤクモさんは色々と旅の道具を持っているみたいですが、それを堂々と広げれば発見されてしまいます。

 そして一番逃げ隠れするのに適しているのは穴を掘ってそこを補強することや、森林で木の葉や枝で”隠蔽”してしまう事だと言ってました。

 そうなると快適な空間は無く、むしろ狭い空間で身を横たえる事になりそうです。

 少なくとも、宿で使っているような寝床よりも寝心地は悪いでしょう。


「それじゃあ、宿と昼食……。それと、何か買おうかな」

「姉さんみたいに色々言いませんから。多少であれば、お酒を飲んで頭を抱えてもいいですよ」

「『Hide my head, I want to drown my sorrow《頭を抱えて、この悲しみを紛らわせたい》』って?」

「”はい”……なんですか?」

「あ、や。歌でそういった部分があったから思い出しただけ。『No tommorrow, notomorrow~《明日は無い、未来も無いんだ》』ってね」


 色々な歌を知っていて、色々な音楽を小さな物に保管している。

 今は女性冒険者らしく、普段見慣れた”見慣れない服装”から、市井の民に寄った身なりになっている。

 そこに軽装の防具を幾つか身に付けて、それらしく見える。

 それらの防具は何処で手に入れたのかを聞いては見たけれども、神聖フランツ帝国への道中で遭遇した賊から奪ったのだとか。

 ただ、そのときどのように戦ったのかは話してはくれませんが。

 

「久しぶりに音楽が聞きたくなりましたね」

「それは落ち着いた時にでも」

「宿の中で聞いてもダメですか?」

「……一緒の時なら」

「やった!」


 ヤクモさんの居た場所での言語は多岐に渡るそうで、ヤクモさん自身だけでも三つの言語は話したり聞いたり出来るそうです。

 その関係か、声の抑揚や歌い方にそれぞれの特徴があったのを覚えています。

 ただ、中には「分からないけど好きだから入れてる」というのも有るそうで、どれ程多言語な場所なのだろうと少しばかり気になります。

 

「私も、少しだけお酒いいですか?」

「……度数が低めのあったかな」

「分けてくれれば良いですから」


 学園やお屋敷で飲むのとは違って、だいぶ苦いですし酔いが回りやすい。

 けれども、あれはあれでなんだか美味しいなと思えて、少しだけ”なぜヤクモさんがお酒を好むのか”が理解できた気がします。

 ただ、ユニオン国のお酒はヤクモさんが言うには度数の高い物が多いそうです。

 ヴィスコンティや神聖フランツ帝国などでは果実酒などが飲めたそうですが、こちらでは蒸留酒が多いみたいです。

 お酒にも色々種類があるとは知りませんでしたが、こちらの物は飲むと頭を叩かれたみたいになります。

 

 それでも、身体の痛みや多少の悩みはどこかに消えて、楽しいことばかりが浮かんでくる。

 何とかなるかも知れない、何とかなりそう、なんとかなる。

 前向きなのか、楽観的なのか分からないけれども、大丈夫な気がしてしまう。

 なのに、ヤクモさんが飲むお酒だけはなぜか後ろ向きにさせる。

 

 先に休むといって席を立った時、少しだけ隠れて様子を見ると俯いて何か考えているような……何も考えていないような虚ろな顔。

 そのまま度数の高いお酒のお代わりを頼んで、それも飲んで机を見つめてる。

 何を考えてるのかは分からないけれども、たぶん今の状況とやるべき事を全部精査し直してるんだと思う。

 自分に出来そうな事、できる事。

 たぶん、自分の持っている物全てを状況に照らし合わせて。


 魔法しか使えない、そんな”学生”はやっぱり邪魔にしかならないのかも知れない。

 そう考えると、英霊とヤクモさんの共通点は『実際に命のやり取りをして、その責任を理解しているか否か』なんだと思う。

 だから私は守られるだけで、ヤクモさんは常に騎士の役割を強いられる。

 今まではそれでも良かったかも知れないけど、今のヤクモさんは何十、何百、何千と言った相手を前に立ち回らなきゃいけない。

 単独で、多勢を。

 そう考えると、沢山考えても時間も手持ちの武器も行動も足りないんだろうなぁ……。

 一人だから、頼れる相手も英霊しか居ないから。





 ~ ☆ ~


「この町では聞き込みと捜索をして、置いてきた捜索隊の人員は戻り次第報告後休憩。ここを過ぎたら後は村しかないから、見つけられなかった場合私たちの任務も難しくなる。これ以上学園側に移動はしないから、父さんの部隊と合流するまでここを拠点にする。質問の有る人」


 捜索をしながらも学園側へと移動を繰り返す。

 ムカつくことに、若い男女の情報であの二人にたどり着くことは無かった。

 徒労だったり、そもそも別人だったりと兵士たちも苛立ちを幾らか滲ませている。

 少なくとも、あの学生服はどうしても目立つ。

 学園の制服と男女の組み合わせは誰もが見落とすわけが無い。

 なのに、足取りが逃げてから一度も掴めていない。

 

「食事は如何しますか?」

「宿は探してきて。食事は適当に済ませるから」


 兵士たちに必要な指示、質疑応答、全員が与えられた任務に取りかかったのを見送ると側付きを担当している兵士に宿の確保を頼む。

 そして私は近くに有る宿場へと向かった。

 残念な事に既に部屋が埋まっていて、飲食くらいしか出来ないけれども……。


「なんだか、凄い盛況ね──」


 ユニオン国から遠ざかれば遠ざかるほど、他国や学園に近づけば近づくほどに生活は豊かになっている。

 それはそれで苦い物が有るけど、それでも……自国の民だ。

 他国で言う首都と呼べる場所では見られない、隣人を盗人のように疑わずに居られる空間。

 

「お客さん、一人?」

「はい、一人……だけど」

「ゴメンね。ちょっと昼時で込んでて。今年もあと少しで終わりだろう? 方々で出稼ぎしてた連中が動いてるみたいでねえ」

「相席でも大丈夫だけど、どうですか?」

「それなら空いてるけど……」


 途端に言葉を濁す給仕の女性。

 その理由が何でか分からなかったけれども、見れば昼間なのに今日の仕事は終わったと言わんばかりに飲んでいる女性が一人居た。

 その周囲だけ席が微妙に空いていて、飲んだくれてるその人は俯いて居る。

 意識は有るらしいけれども、どうにも酔いは回っているらしい。


「なにか、あったんですか?」

「まあ、ちょっかい出した男どもが全員尻叩かれて近寄らないだけさ。ただ、あの後も大分飲んでるからねえ。面倒が嫌なら他を当たった方が良いよ」

「いえ、大丈夫です」


 他に行くにしても、いつ何時に何があるか分からない。

 出来る内に出来る事をしておかないと、今も頑張っている兵士たちに示しがつかない。

 だから一声かけて、後は出来るだけ関わらないようにしようと思った。


「隣、お邪魔します」

「うん……」


 応答は出来るみたいだけれども、確かに余り関わらない方が良さそう。

 ただ、細身で幾らか草臥れた革の胸当てや、身形に比べると立派に見える一振りの剣が目立つ。

 酔い潰れそうだというのにフラフラするような様子は見えず、むしろ意識のみが泥濘に沈んでいるだけに見えた。

 注文を済ませ、念の為に拳銃を手にする。

 魔力の充填がされている魔石が装填されているのを確認し、その安全装置だけが掛かっているかを見ておく。


「ねえ、大丈夫?」

「だいじょぶ、です……」

「大丈夫に見えないけど。水でも飲む?」

「いえ、だいじょぶ……。やっと、眠れそう……」


 そういった彼女を覗き込むと、やはり泥のような目をしていた。

 光は無く、けれども泥のような目で居ながら酔いに沈みきれない何かで生を感じさせた。

 

「まだ飲食の途中でしょうが。食べ物は無駄にしない、寝るのならご馳走様をしてからベッド……”べっど”? 寝床に入ってから」

「はは、そうだった……。うん、そうだ──。まだ、食べてる最中だっけ。何してたんだっけ……?」

「食事中。お酒、沢山飲んだんでしょ? 支払いは? 帰れるの?」

「部屋取ってるし、お金も……有る」


 そう言って彼女は懐から金銭の入った布袋を出した。

 念の為に確認すると、市民に稼げるかどうか微妙なくらい多い金額が入っている。

 これがもし本国の首都とされる場所に近ければ、窃盗の容疑だの、疑惑などで引っ立てられていただろう。


「傭兵?」

「まあ、そんなとこ。魔物を倒して、人を守って、物を運んで……それで、お金」

「一人なの?」

「……一人じゃない、一人きり」


 一人きり、その言葉を聞いて少しばかり同情してしまう。

 また変な光景が脳裏に浮かんだけれども、それは即座に打ち払った。

 

「……そっか。それは、辛いね」

「もう、何もしたくない」

「それは、死ぬって事?」

「──……、」

「何があったのかは知らないけど、生きるって事は何かをするって事だから。何もしたくないと言う事をする、それだったらまだ擁護できるけど、何もしたくないってのは死ぬのと同じだよ」


 何もしない、何もしたくない。

 そう言った諦めの言葉は何度も聞いてきた。

 むしろ、そう言った言葉を当たり前のように国民が吐く、それこそが国の病なのかも知れない。

 弱さを理由に、希望の無さを理由に、空腹を理由に、未来が無いのを理由にそう口にする。

 そして数年もすれば、そう言った人から──弱者から消えていく。

 休みたい、忙しない時間から解放されたい、自由な時間が欲しい……。

 それならまだ分かる、けれども──。


 ──生きる事は戦う事だ。喩え何があろうとも、耐えて生き抜け──


 くそ、また変な光景が思い浮かぶ……。


 ──長男だし、家族なんだから守りたいと思うのは当たり前だけど、ずっと一緒には居てやれないからな──


 けれども、コレだけは不思議と不愉快じゃない。


 ──だから、何もしたくないなんていうな。やりたい事を思いっきりやりたいって言え──


「何もしたくないだなんて、言わない。どうせなら、やりたい事を思いっきりやりたいって言えば良い」

「懐かしいなぁ……。出来れば、ノンビリしたい、なぁ……」

「出来ないの?」

「忙しくて。自分一人じゃ、大きすぎる問題なのに、自分しか出来なくて──」

「それって、傭兵としてのお仕事?」

「……みたいな、かな」

「内容は……って、教えられないか。部外者だし」

「まあ、そう……だね」


 今にも机に突っ伏しそうな彼女は、それでも俯いた姿勢のままに握り締めた杯を揺らすと中身を飲む。

 数多く飲むには適さない、度数の高いお酒だ。

 匂いを嗅いでそのキツさに目を回しそうになり、さっさと取り上げようとする。

 けれども、少し荒れた肌と荒事をして来ただろう手は中々に手放さなかった。


「そういう組合って、一緒に何かをする時に同業者に声掛けとかして、仲間と一緒にやるんじゃないの?」

「仕事、と言うよりは……個人的な案件、だから。事が、事だから。気軽に声をかけられないし、自分の私情で、だの……じゃない、私情だから」

「私情、ね」


 内容は分からない、けれども酔いつぶれそうになって前後不覚になりかけてるくらいには事が大きい。

 しかも気軽に助けや手伝いを求められず、余りにも酷いから何もかも投げ出したいと。


「今まで、どれくらいの事をしてきたの?」

「……戦って、ばかり、だったかな。いや、それも、違う。ただ、諦めてばかり、だった」

「諦めて?」

「仕方が無い、どうしようもない。それしか思い浮かばないから、敵を倒して……。けど、やってた事は、結局状況に流されながら、変化を嫌がっただけ。こんなの、直ぐにでも、誰かが代わりにやってくれれば……」

「──他に誰もやる奴がいないからやってる。本当に誰かいればすぐに代わる。 けど、誰もいない。だからやってる。それだけ……ってやつ?」

「そう、それ……」


 何処で聞いたんだっけ、この言葉……。

 テレビ……”てれび”って何?

 けど、この映画は良くて──”えいが”ってなんだっけ?

 あぁ、もう。頭がおかしくなりそう。

 

「本当にダメだと思ったら、逃げても良いんじゃない? と言うか、さっきの質問に答えてないし」

「えっと、組合で、でたのだと……。単独討伐ばっかりで、八十七体くらい──」

「それなりに場数は踏んでるんだ。魔物って言ったら、小さいのだと傭兵任せで、大規模じゃないと相手した事が無いから。けど、単独って事は連携だとか支援とかも無しって事か……。種類は?」

「え、っと……」


 彼女は懐から何か出すと、仮発行の組合証を出す。

 そして記されているのが『六等級くらいの実力は有るけど、十二等級です』と言う表記。

 討伐した魔物の種類もまちまちで、色々な国を渡り歩いてきたのかユニオン国では見聞きした事のない種類の魔物まで討伐している。

 中でも目を惹くのが『ゴーレムの討伐』である。

 ゴーレムとはその存在自体が物理的な攻撃を否定するような物だ。

 魔法使いを連れてくるか、大量の兵士で取り囲んで”破壊”するしかない。


「へぇ~、ゴーレムまで倒してるんだ。どうやって?」

「魔法と、剣……。剣が、凄くて。殴ったら崩れるし、斬れるから……」

「剣で斬れる……? って事は、相当の業物だったりするのかもね」

「うん。剣は、凄いから」

「それに、魔法が使えるって事は市民とは違う血が入ってるって事でしょ? なんで傭兵なんてしてるの?」

「さあ、なんでかな……。自由だし、気楽だから……?」

「けど、地に足のついてない仕事はいつか不幸になる。まだ若いんだし、行くとこ行ったら良いんじゃない? けど、そっか。女性だと侮られるか……」


 ユニオン国では人手が他国に比べて少なくなりがちだから、他国に比べると男女の垣根は低い。

 女性は家庭に入るべきだ、家を守り家を支え、旦那と家族を保てというような考えは弱い。

 ただ、必要とされることをこなせと言う考えが主だから、それらを内包しているといえば間違いじゃない。

 その上で狩りを行う女性も居るし、兵士になる女性も居る。

 私が現首領の娘でそれなりの地位でも、女だからと侮られる事は……自国なら、少なくない。

 勿論それなりに勉学は詰んでいるけれども、学園には行っていない。


「……それなりに強いのなら、兵士としての口利きくらいならするけど」

「──や、だいじょぶ。けど、うん……。この件が終わったら、すこし……何もしないってのを、やってみようかな──」

「是非そうして。それと、私の言った事覚えておいてくれると嬉しいかな。ユニオン国で、ユリアって名前を出せば、たぶん話は通じるから」

「ゆ……」


 そこで、彼女が顔を上げた。

 初めて見る顔を見て、少しばかり顔が引きつりそうになる。

 目の色も偽装できたとしたら、そりゃ見つからないわよね~……。

 なんで、どうして、こんな所で、このバカが女装をした上で酒に溺れているのかは理解が出来なかった。

 直ぐに兵を引き連れて捕えるべきだろうかと悩んだけれども、顔を……目を見てその考えは失せた。

 ひっどい顔……。

 英雄? 脅威?

 そんな言葉が失せてしまうほどの、むしろ人生の敗残者そのもののような顔をしていた。

 成功とは縁遠く、むしろ数多くの失敗を重ねてきたような……酷い顔。

 英霊と親しいとか、幾つかの功績を重ねたとは到底思えないような……落ちぶれた顔だった。 


 私はその顔を不愉快そうに眺めてしまい、女装したこのバカは胡乱な目の奥で空転しつつあった思考が噛み合ったのを目の色で見て取れる。

 やばい、警戒し出した?

 声で反応できないくらいには酔ってるけど、状況を見失わないくらいの理性は残ってるとか……。

 底なし沼に半分沈みかけてから、自力脱出するような無茶。

 そして徐々に酔いを纏わせながら理性が、責任を纏いだす。

 与えられた役割を果たせ、自分の役目はなんだ?

 自分への問いかけから来る”義務と責務”が、彼を敗残者から兵士へと引き戻しつつある。


 逃げるだろうか? 抵抗でもする?

 数秒考え込んでから、料理が都合よくやって来たのを見て流れを一度だけ切り捨てた。


「そういえば、貴方は英霊だとか英雄だとか。そこらへんの話って聞いたこと無い?」

「んと……。ごめん。そういうの、ちょっと……疎くて」

「ふ~ん? そうなんだ。……ユニオン国も、奥に行くと吟遊詩人だとか冒険者って少なくなっちゃうの。だからね、そう言った情報ってかな~り遅く入ってくる。例えば、学園が襲撃を受けた事や、その時に誰が活躍したか~、とかね。その人物が英霊と懇意だってのも、目で見るまでは眉唾だったけど。あ、これおいしい」

「そう、なんだ。きっと──うん、きっと。その英雄って呼ばれた人は、立派なんだろうね。非の打ち所が無くて、泰然自若としていて、忠義や仁義に篤くて……慕われる、ような」

「けどね、実際に会って見たら案外普通な人だった。これでも学園に入れるくらい偉いんだよ? 私」

「はは、そりゃ……。相席してるのが奇跡、みたいなものなんですかね。それか、席を立った方が良いですか?」

「あぁ、いいのいいの。込んでても構わないって言ったのは私だし。それで先客を立ち退かせるのって、人としてサイテーじゃん?」

「たしかに……」


 ……ばれてないという事で話を進めてるにしても、自画自賛のしすぎじゃない?

 いや、ここで酔い潰れてるのと他人事と言うのを繋げると『英雄は、そういうものなんだ』と言う事なのかも知れない。

 自分がそうで有ったら良かった、自分がそうだったらどれほど良かったか。

 しかし、そうじゃない……。だからこその、自虐的な他人事として言えるのかも。

 苛立った、けれども──なんでだろう。

 知らない間柄として、変に関わらないように話をしていると、落ち着けている事になぜか安心してしまう。

 学園では……敵意や疎遠、毛嫌いされるような感じすらあった。

 ニコリとも笑わず、笑う時は常に嗜虐的な感じか近寄らせない為の攻撃的な笑みですらあった。

 けれども、酒に酔って初対面を演じて、シガラミを忘れてる関係だと……普通に話せている。


「ま~、噂では色々言われてたけど会って見たら結構普通でさ~? 英霊と仲が良いとは聞いてたけど、本人も普通の人間だった。ただね、ちょ~っと私たちと考えや価値観? って奴がちがくてね~。そういう意味では、悪く言えば変な奴だし、良く言えば色々考えてるんだなあってだけ」

「そんなに、普通な人だった?」

「ふっつ~! 取り立てて騎士道精神掲げてる訳でもないし、忠義や仁義に篤そうなわけでも無さそうだし、礼節もちょ~っと欠けてるし、取り立てて何かが凄いって感じじゃなかったかな~」

「そ、そう……」


 自虐はするけど、他人に言われるとそれなりに傷つくってなんだ。

 お酒が入ってるから? それとも、他人の振りしてるから?

 ……けど、なんだか面白いけど面白くない。

 なんだろう、攻撃して楽しいとは思うのとは別に、うじうじしてるのがなんだか気に入らない。

 もうちょっと、シャンとして欲しい。


「けど、何だろうね。芯は有ったかなと思うよ」

「芯……。はは、そんな物は、英雄ならあって当然だよ」

「そう? けどね、私って英雄も英霊も好きじゃないから」

「……え?」

「あぁ、変な意味じゃなくてね? そういう存在には憧れるけど、だからって依存して、何でもかんでも解決してくれると思って、寄りかかるのは好きじゃないって意味。だってさ──」


 ──英雄が必要なときって──


「英雄が必要なときって、つまりは縋らなきゃいけないって認めちゃってるようなもんじゃん? そんなの、なんだかなあって思うわけ」


 ──それでも、英雄が居るとしたら──


「それでも、英雄が居るとしたらさ? 悔しいけど、求心力の象徴が必要って事だよね。けど、私は他国を見て、学園を見て……やっぱ、今の状態は変だと思ってるし」


 ──使い捨ての英雄──


「使い捨ての英雄……じゃないけど。常に英雄であってくれってのは、ただの我侭だし押し付けじゃん? それだったら、いざと言う時に『仕方ねえな』って出て来てくれる、普段は普通の人のように生活してくれるような状態なら良いかなとは思ってるけどね」


 ……これ、私の考えじゃない。

 けど、私のものでもある。

 今までボンヤリとした、ヴァイス様や他国、学園を見て思っていた……言語化できなかった、してこなかったものがスンナリと言葉として出て来る。

 その時も──あぁ、やっぱり目の前の男が、シャンとしている時に吐いた言葉のように思えて仕方が無い。

 聞いたことも無いのに、言った事も無いのに。


「……懐かしいな」

「え?」

「昔、家族と同じ話しをしたんだ。そのときは……色々有って、妹に、言ったんだったかな──」

「──なんて言ったの?」

「なんだっけ、昔の話だけど……はは、そうそう。うん」


 気付かないフリをして雑談に切り替えたら、普通に話せんじゃんと思ってしまう。

 それとも、最初の出会いが悪かったのかも知れないけど、それは今じゃもうどうしようもない。

 最低限の警戒のみを残して少しばかり顔を上げているこいつは、長い髪の被り物の隙間から過去を探るような遠い目をしながら微笑んでいる。

 自虐的じゃなく、嘲笑や侮蔑的なものでもなく、純粋な懐古的な──個人としての笑み。


「国際情勢が、危うくなって……。まあ、戦争になるんじゃないかって、心配してくれて。大丈夫だよって、自分は英雄じゃないからって」

「Don't be a hero《強がらない》……ん? ”どん──”?」

「そう、それ。ヒーロー、英雄ってのは、強がれる奴をいうんだ。けど、自分はそうじゃないから大丈夫~って、さ。けど──」

「けど?」

「なりたかったんだよ、ヒーローって奴に。自分が、家族にすら認めて貰えないのは、嫌だった……」


 大きな矛盾、大きな空白。

 英雄にはなれたんじゃないの? なったんじゃないの?

 けれども、それには見合わないほどに目の前のこいつはうちひしがれている。

 酒に溺れ、けれども潰れるには諦められなくて。

 自分で自分を圧迫し続けながら、与えられた英雄と言う肩書きではなく、自らの求める英雄像を追い求めている。

 ただ──その理由が、余りにも悲しすぎた。


「親に認めて貰いたいってのは、私と同じね。私のお母さんは、ちっちゃい時に死んじゃったから」

「──……、」

「私も、お父さんの子では有るけど沢山居たお母さんの中の一人から産まれただけだし、早いうちにお母さんが死んじゃって、可哀想だから置いてくれてるみたいな所もあったから。厳しかったし、十歳になるかどうかの頃には一族の為に何かをするのが当たり前だった。学園には行けなかったけど、それでも今の地位に見合うだけの事はしてきたと思ってる」

「……──」

「ただ、どんなに頑張っても一族が……国が無くなるかも知れないのなら、意味が無いけどね。と言うか、貴方の親は?」

「大分前に、二人とも死んだよ。事故、で……。いや、自分が……殺したんだ」

「……どういうこと?」

「もっと、シッカリした子だったら。心配を掛けないような子だったら、親は様子を見に来ないで済んだんだ。そうしたら、事故で死ぬ事も無かった。だから、自分が、殺したんだ……」


 シンと、周囲の喧騒が聞こえなくなった気がする。

 そして……見たことも無い葬儀の光景が見えた。

 その時も、先ほどと同じような……敗北者の顔をしていた。

 目に光は無い、ただ後悔だけが目の奥で渦巻いている。

 かつての……そう、英雄について、”ひーろー”について語ったような表情は……無い。

 

「なにそれ、悲劇のヒーロー……あぁ、”ひーろー”って何だし。悲劇の英雄ぶってるつもり?」

「けど、事実そうさ。弟が心配だと親は様子を見に行った事はないし、妹が心配だからと様子を見に行った事がない。けど、どうしてるか心配だからなんていわれて、大人になってまで毎年様子を見にこられるなんて……クッソ情けない」

「そう? 私は、すこし羨ましいけど」

「……なに、それ」

「放って置かれるよりは、時間や労力まで割いて会いに来てくれる……。それって、凄く有り難い事じゃん。貴方が昔どうだったかは知らないけどさ、あんまり変に捉えない方が良いと思う。だって、危険な仕事してればそりゃ心配するでしょ。命も身体も賭けて仕事してるんだからさ」

「──それをいったら、そっちこそ軍人じゃないか。親に心配かけてるんじゃ、ないかな?」

「どうせ気にしてなんか無いよ。親子で有った時間よりも、上司と部下の関係の時間のほうが長いし。それに、私が死んでもどうせ代わりは居るし」

「居るわけないだろ……」


 おかしいと思う、私は変になりだしている。

 こいつの言葉が無視できず、話をすればするほどにのめりこんでいる自分が居る。

 それが嫌悪や不愉快なものであれば即座に話を切り上げられるのに、そうじゃないからこそ話をやめられない。

 そして……代わりは居ないと言う言葉が、不思議と深く胸に突き刺さり浸透して行った。


「……一つ聞いてもいい?」

「ん、なに?」

「家族が居たとして、それってどういうもの?」

「んと、質問が──うぇ──」

「きったな!」

「失礼……。質問が、曖昧すぎる、かな」

「それじゃあ、家族ってどういうもの?」

「守って、守られて……。自分の最後の城であり、出発点……」

「守るんだ。それは、私が身内だった場合でも?」

「身内なら、そんな物当たり前じゃないか……。一番最初に生まれたんだから、後から産まれてくる弟や妹を守って、両親を早い内に支えられるようにするのが……長男、ちょう、女……じゃないかな」


 ──長男ってのは、プロトタイプなんだよ──

 ──だから、二人が俺より優れてても、何の問題は無い──

 ──自分が上手く行ったからって、それで気兼ねする必要は無し──

 ──その代わり、何か有ったら話をしてくれるだけでも嬉しいからさ──


「……先に死んだ癖に」

「え?」


 そして、口から零れ落ちた言葉には自分でも信じられなかった。

 けれども、一人の……人生の負け犬のような男が、棺に納まっている光景が浮かんだ。

 なぜかそこに収まっている人物が、老けてるはずなのにこいつだという確信めいたものが有る。

 

 そんな光景が浮かんできて、なんとなく……私が何でこの負け犬のようになっている奴に苛立つのか仮定は立てられた。

 生きてるけど、こいつは死んだ。

 家族を大事にすると言いながら、こいつは自身を大事にさせてはくれなかった。

 そして──悲劇の英雄を気取ってるのではなく、本気で……そう、本気で己の無能さ故に家族の死を招いたと思っている。

 死人が迷い出たと言ったら、直ぐに浄化してもらうのが常かも知れないけれども、こいつはそんな感じではなかった。


「ごめん、何言ってるんだろ、私。お酒の匂いに酔っちゃったかな」

「だとしたら、早く出たほうが良いよ。酒って、匂いだけでも酔う人が居るから」

「私、弱い方かな?」

「強くも無いけど、弱くも無いと思う。自分の側に居たら、たぶん……頭痛くなるか、気持ち悪くなるかも」

「てか、飲みすぎでしょ」

「あは~、頭痛が取れるからお酒は良いんだ。お酒を飲むと、色々考えられるし、色々忘れられる」

「で、後で二日酔いすると」

「二日酔いね~、たぶん大丈夫じゃないかな。まだ、意識が残ってるし。コレくらいなら、まだ中くらい」


 どんな酒耐性だ。

 どう見ても明日に響きそうなくらいに酔ってるくせに、何ら問題ないとか化け物か。

 逆を言えば、それくらい飲んできたって事なのかも知れない。


「それじゃ、程ほどにしとくこと。酔い潰れて目が覚めたらお金が無くなってました~とか、笑えない話だから」

「うん、そうだね。……うん、そうだね」


 頭の中で聞いた事も無い言語が二度繰り返される。

 食事を終えた私は少しばかり席を立つのを躊躇する。

 それは何故だろうかと思ったけれども、一つ……言いたい事があった。


「英雄って、なろうとしてもなれるものじゃないし、なりたいと思ってもなれるものじゃない。完璧な理想になろうとしても、それって良い所だけを継ぎ接ぎにした歪なものだと思う」

「……分かってるよ」

「歌でも有るじゃん。どんな飛び方だって良かったの、飛び立つ勇気が大事なんでしょってさ」


 ──『完璧な理想になりたかったの? 誰かを真似てただけでしょう』──


「それに、カッコつけてもそこまで気にしてる人ってそんなにいないし。迷惑をかけるのがイヤっていえる位……そんなに上等な存在なのかな、私たちって」


 どこかで聞いたような歌が頭の中に響いてくる。

 優しく、寂しい、それで居て諭すようで抱きしめるような歌。

 それも……聞かせてもらったものだ。

 誰に? こいつにだ。


「……それじゃ、”また”ね」


 そう言って、私は支払いを済ませると席を立つ。

 酔い潰れそうだったそいつは、半ばほど残っていた酒を一息で飲み干すとそのまま支払いを済ませて部屋へと戻っていく。

 盗み見ると、部屋の中から攫った筈のあの子も居て、女装したそいつを心配そうに抱きかかえながらも部屋へと運び込んだ。


「英雄らしくない英雄、か」


 私が、私じゃなくなっていくような。

 自覚できる範囲から、無自覚に私と言う存在が書き換えられるような……そんな気がした。

 けれどもそれは上書きではなく、むしろ”忘れていたものが浮上してきた”ような錯覚さえしていた。

 つまり、この馬鹿げたものを肯定的に受け止めるのならこういうことだ。

 私は、あいつの身内だった……みたいな過去か、或いは──遠い昔、先祖がそうだったのかもしれない。

 

 ツアル皇国では”先祖返り”と言うものがあると聞いている。

 同じ”タケル”の名を持つ学生が居るが、そいつが”英霊タケルの子孫”ではないかといわれている。

 魔法を放てないと言う特徴だけでなく、武器に刀剣を好み、技術や早さに重きを置き──その指導者無しに親友であるミナセを、酔い潰れているあのバカが合流するまで一振りの刀で凌いだという。

 その刀は生徒に入手させたけれども、何の変哲もない刀だった。

 けれども、無数の魔物を切り捨てて尚血脂で鈍る事無く、むしろ鋭さを増したとか。


 それと同じように、私の先祖が……あいつと、あるいは──あいつの先祖と繋がりがあるのかもしれない。

 私が似ているように、あいつも似ていると言う事がいえるのだから。


「まあ、身内だったらだったで苦労しそうだなぁ……」


 学園でも、主人であるミラノやその妹であるアリアは半ば放任しているという。

 それは”放置”と言う見捨てではなく、”大丈夫”という信頼から来るものだ。

 無知ゆえに失敗はする、けれども無教養で愚かであるという事ではない。

 先んじて何が必要で、どうしたら迷惑をかけず、どうしたら周囲の為になるかを考え、行動している。

 そのせいで主人らしい事もできず、かと言って”善意”からくる行動を叱責する事はできずにいる。

 そう、善意で主人を助け、その結果川に落下して押し流され、ミナセとヒュウガを善意で助けて死んだとされている。

 善意でマリーやヘラと親しくなる何かをしていて、英霊たちの信頼を勝ち得ている。

 ただし、その為に差し出しているのは常に己だというのが、気苦労する点だと思う。


「使い捨てるには我が強く、大事にしようと思えば自ら死にに行く英雄、ね」


 英雄になりたがるくせに、英雄の肩書きに到達できずにもがき苦しみ、打ち上げられた魚のように死んでいく。

 いや、逆かも知れない。

 地上に居ながら、息に詰まって窒息して死んでいく人間のようだ。

 頭を掻いて「ままならないなあ」と溢す。

 そして、ふらりと身体が揺れて匂いだけで酔ったかも知れないと笑った。

 そもそも、自分が正気だという証拠は何処にある?

 正気である保障を誰かがしてくれるわけでもなく、正気である保障をしてくれた人物が正気である保障もない。


「ユリア様」


 声をかけられて、その相手が自分のお側付きである事を認識するとそっと息を吐いた。

 そしてゆっくりと、自虐的な笑みからただの笑みへと戻していく。


「宿の確保が完了しました。それと、数名報告に上がってます」

「ん、そう。それじゃあ、宿まで案内してくれる? ちょっと美味しい食べ物とお酒の匂いで、休みたくなっちゃったし」

「報告は後にしますか?」

「ううん、先に聞かせて。それで、戻ってきた連中には休憩を取らせるから」


 今ここであの宿場に兵士を差し向けたら案外簡単に捕まるだろうか?

 そんな事を考えて、あの場に乗り込んで「変装しても無駄無駄無駄無駄ァ!」って叫んだら気分が良いかも知れないと思ってしまう。

 けれども、それをするのはなんだか良くない気がした。

 慌てふためく所や、それに触発されて”シッカリしたところ”を見られるのは……たぶん私にとって好きな事なんだろう。

 

 ──身内なら、そんな物当たり前じゃないか──

 ──一番最初に生まれたんだから、後から産まれてくる弟や妹を守って、両親を早い内に支えられるようにするのが──

 ──長男、ちょう、女……じゃないかな──


 きっと、その言葉の通りにしたのだろうという確信があった。

 ううん、確信と言うよりも事実だと思う。

 もし私個人の感情ではなく、かつての私に似た妹が、兄としてされた事を事実と認識するのなら……。


 ──お前を虐めた奴は、お前に嫉妬してるだけなんだ──

 ──だってお前、頭も良いし母さんに似て可愛いし、父さんみたいにハキハキしてる──

 ──男子ウケが良いから、くだらない事でお前を痛めつけてるんだよ──


 そうやって、大事にしてくれただろう光景が見えてくる。

 破れ、汚れた……”きょーかしょ”と、傷つけられた履物。

 それが陰湿なのかは分からないけれども、幻の光景だとしても気分が悪くなるような光景だった。

 

 ──今日ゲームの発売日でさ、買いに来たついでに来ちゃった──

 ──で、もしかしてお前の周りに居るこのきんもちわりーのが、そう?──

 ──学校サボった奴を笑えんの? オタクら──

 ──誰かの足引っ張ったってお前らがスゲー事にはならないし、むしろ下水のドブみてーなきったねぇツラになってるのわっかんねぇかなぁ~?──

 ──あとさ、最近ってすげぇよなぁ? 小型カメラ、録音機器、無線とか発達してて──

 ──お前ら、一人ずつお宅訪問されるのと、学校全部巻き添えにしてこの学校に居られなくなるのとどっちが良い?──


 そして、気分の悪い光景の後に見えてくるのは、少しばかり心救われるような思いがする光景だった。

 事実だという確信はないけれども、その時に見える人物像は目の色や肉体の訓練度は違えども同一人物に見えてくる。

 家族でも、或いはそうでなくともやっている事は変わってないのだなあと思えた。


「兄さん、か」


 ──兄さん──


 自分の声だけど、自分じゃない人物の声が聞こえる。

 取ってもらった宿で寝床に転がると、目蓋を閉じて自分のものではない記憶を見ながら休みに入る。

 そして最後の最後、更に若返り幼くなった男の子の姿が見えた。


 ──ママ~、名前は~?──


 そういって、幼い男の子が私に手を伸ばし、抱き上げる。

 見えはしないけれども、そちらに母親が居るのだろう。

 遠い昔、兄妹であった先祖たちの記憶。


 ──それ、日本の名前?──


 ”にほん”とは、国? 国だ。うん、国に違いない。

 男の子の隣で、もう一人の眼鏡をかけた男の子が見える。

 たしか……ヴィスコンティのオルバと言う人物に、似ている気がする。

 彼もまた、私の方を興味深く覗き込みながらも、何度か手を伸ばすけれども引っ込める。


 ──だいじょうぶ、わらってるよ──

 ──ユリア? 外国の名前がユリア?──


 そして、ユリアと呼ばれた。

 二人の兄、そして産まれたばかりの私の記憶。


 ──さ、さわっても、いい?──


 オルバに似た男の子が心配そうに、長男へと訊ねる。

 そして私を抱きかかえている長男はゆっくりと彼へと私を手渡した。


 ──女の子だから、だいじにしなきゃだめだよ──

 ──わかってるよ……──


 ほほえましい光景を見ながら、私はそのままゆっくりと意識を遠ざけていく。

 今が不幸せだとは言わない、今の両親が嫌いだとは言わない。

 けれども、そうやって大事にされながら育ったのなら幸せだったのだろうかと自問自答しながら眠りにつく。

 幸せかどうかは分からないけれども、楽しかっただろうなと……私は思った。

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