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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
8章 元自衛官、戦争被災者になる
120/182

120話

 異世界チートのお話って、沢山あると思うんだ。

 死んでから行く、死ぬ直前に行く、そもそも何かに巻き込まれていく。

 どれも共通しているのは”チート”をもって異世界にいくということだ。

 そして多くにおいてそのチートは優秀で、文字通り何でも出来るような異能である。


 さて、異世界では無職もニートも引き篭もりもすべて脱ぎ捨てなきゃいけなくなった。

 そのついでではあるが、若返らせてもらったうえで事故で壊した足も、自棄酒でズタボロだった内臓も回復した。

 さあ、チートで若返ったといったらもはや何でも出来るだろう。

 若気の至り、後悔、シガラミ……。


 結果として、色々な事を成し遂げた俺は不名誉極まりない”英雄”と言う呼称まで押し付けられた。

 そして英霊だのなんだのも絡んで、俺の異世界生活は平穏ではなくなっていく。

 平和で、ノンビリしたい。

 そんな願いや期待は遠くへ、俺はアリアと一緒に虜囚としてユニオン共和国へと連れて行かれている最中だった。

 

 理由は簡単で、英霊に近い存在でありながらユニオン国の持つ武器が銃に近い事や、それを踏まえて部隊運用などと言った知識を持っている事が邪魔になったらしい。

 当初俺を抑えるための人質は二人居たが、マーガレットとアリアのうちマーガレットだけ解放してもらい……今は、アリアと二人で静かに制圧された夜明け直前の門から馬車で連れ出される。


「うっぷ……」


 俺は虜囚では有ったが、出来る限り従順さを見せ付けるように金を握らせて酒を飲み続けた。

 酒に酔っていれば本領発揮など出来ない。

 古来から酒と誘惑はセットであり、俺は酒と無抵抗さをセットに自由を僅かながらも勝ち取っていた。

 拘束されては居ない、警戒や監視などの兵は居るが一緒に人質として連れて行かれるアリアも自由である。

 

「ヤクモさん、酒くさっ」

「ん~、久しぶりにここまで飲んでるんだ。少し、勘弁してくれ」

「けど、何本目ですか?」

「昨日捕まってから、だと……四本?」


 そもそもやる事もないし、情報を出来るだけ与えまいとしているのか多くを見聞きできない場所ばかりである。

 南米出身者なめんな、酔ったように見えてもろれつが回らないだなんて事は無い。

 意識があるか、無いか。

 その究極のスイッチでしか、酔うことは無い。

 だからこう、油断させつつ嗜好品を嗜むと言うあわせ技をやってるのだが、どうにもダメである。


 俺だけだったら都市から出た時点で当て所無く彷徨う感じで、見当違いな方向に逃げてから遠回りをして別口から戻ってこられる。

 けれども、アリアが居るとそれは難しい。

 理由は簡単で、まず学生服が目立つし、そもそもこの世界のタブーを俺は理解していない。

 ミラノやアルバートは誇りなどを重んじているので、何がアリアの逆鱗なのかを知らないからだ。

 汗をかく、泥にまみれる、逃げ恥を晒す、惨めな事をする……。

 俺にとって当たり前な事でも、彼女たちにとってはそうではない事だってある。

 

 以前はカティアを召喚できたけど、今回は連絡パイプが無いと駄目なパターンだ。

 なんだか、厄介事が降りかかるたびに求められる事が増えたり難易度増えてませんかね?

 人質は守る、俺たちも逃げる、その上好き勝手させない。

 そのどれも守らなきゃいけないってのが、辛い所だよな……。


「ユリア~、まだ~?」

「酒くっさ……。まだ父さんは軍を興しただけで動いてないっての。てか、絡んでくるな、ひっつくな!?」

「大事な人質と黙ってて欲しい相手だろ~? これ以上酒飲んでも暇なんだよ~……。てか、揺れると──」

「吐くなら外向いて吐いてよ!?」

「眠くなるぅ~……」

「こいつッ……!」


 馬車の後ろ、積荷のように乗せられた俺たちは乗り心地はよろしくない。

 積荷輸送のように護衛の兵がついている様に見せかけて、その実襲撃を警戒してるのではなく脱走を警戒してるとは誰も思わないだろう。

 空き瓶をしまうと、俺はごろりと寝転がる。

 アリアは今の所平静ではあるが、それでも焦燥だのはにじみ出ていて表情がこわばっていた。


「こういうとき、せめて最大限の配慮か、それが出来ないのならせめて詫びるべきじゃね? こんな朝早くにたたき起こして、二度寝の準備もないとか」

「ねえ、忘れてないか心配だから改めて聞くけど、自分が捕まってるって自覚有る?」

「え? 全然?」

「簀巻きにして馬車に繋いで良い? それで国まで行くの」

「引き回しの刑だろそれ。お前は国同士に禍根を残したいのか最低限穏便に済ませたいのか良く分からない奴だな」

「私も、こんなに態度のでかい上に自覚の無い囚われ人ってのも初めてで良く分からない……」

「抵抗してないし、酒まで飲んで無力感出してるのに?」

「世の中酒を飲むと強くなる人もいるから、念の為」


 俺は流石に酔って尚益々盛ん成って感じの人物ではないぞ。

 ただ、酒を飲むと普段の雑念や思考のし過ぎが良い具合に遅くなってくれるし、手の震えが止まるくらいだ。

 考えすぎると怖くなる、怖くなると自信が無くなる、自信が無いから手が震える……。

 それら全てを断ち切ってくれる、酒は俺の大親友である。


「酒は息抜きのために飲むの! ここ最近ご無沙汰だったし、制限かけられてたから。この機会、逃す手はないだろ」

「ねえ、本当に捕まってるって自覚無い?」

「だって、周囲が厳しすぎて俺の時間無いんだもん……」

「どんな生活送ってるんだ……」

「だらしないのも、健康的じゃないのも、仕事のしすぎも駄目って言われてる」

「だからどんな生活!?」


 おかしいよな。普通なら「もっと仕事しろ、働け」って言われるのが当たり前だ。

 けどミラノとカティアは「働くな」と言って来る。

 あれか、ここ最近は睡眠時間を極限まで削って訓練だとか所見だとか書いたりしてたからか。

 しかも先日は誘拐されて日が昇る直前に移送と来てる、睡眠不足も疲労も糞もない。

 

「仕事なんてしてないんだよなぁ……。当たり前な事をしてるだけで、仕事のしすぎとか言い出すんだから、ここいらの仕事の観念ってどうなってんですかねぇ……」

「少なくとも、自分から仕事を掴みに行く人ってのはそうそういないでしょ。居たとしても野望や目的があるんだろうけど、それが無さそうだし」

「俺の勉強と趣味の為だから良いんだよ」

「はぁ……」


 ため息を吐かれ、彼女は話は終わりだと言わんばかりに再び正面を向く。

 ショットガンでの座り心地は気になるが、夜だから警戒はしても楽しさはそうそう無いだろ。


「アリアも、今のうちに星空とか夜明けとか見といたら? 学園生活じゃ、星空は見る事が出来ても夜明けはそこまで見ないだろ?」

「そこまで目にしたことが無いって事は無いですが……」

「……アウトドアっていう、まあ趣味の一つにキャンプって言うのがあるんだけど。一人で人の手が届いてない場所、自然の奥深くに行って自然を楽しむって言うのがあるんだけど、楽しいぞ? 人の声じゃ無くて、動物や木々の音しか聞こえない。そんな中で空が移り行く光景をじっくり堪能できる、そんな贅沢がここでは出来るんだから」

「……よく、分からないです。けど、自然の中だと、魔物とか出てきませんか?」


 あぁ、そっか。ならず者とか治安面じゃなくて、平和面での心配が要るのか……。

 そういやヘラが過去を見せてくれたときに、植物系に擬態した魔物とかも見かけたな。

 となると、自然そのものが敵と言うことすらありえるのか。

 

「けど、以前ロビン様たちと一緒にフランツ帝国に行った時は、そういう景色も楽しめたんでしょうか」

「まあ、そうだねぇ。数回程度だけど、野営もしたし。ああいうのも楽しいとは思った」

「……機会があれば、そう言った外に触れるのも良いかも知れないですね。私は、部屋に居る事が多かったですから」

「まあ、入念に計画すればちゃんと大勢でいけるし、そうなると今度は場所を選んで、寝床を設営して、食事の準備をして~って、全部自分らでやるんだけど。あれもまた楽しいからなあ……。話を戻すけど、星空は知ってても、日が昇る所は知ってても”全部繋いで見た事はない”とおもうし。俺は、こういうのは見てて楽しいと思うけどなあ」


 頭だけ外に出すように寝転がると、遠い向こう側では白んできた空が見える。

 けれどもまだ日の明るさに対して星の輝きと宵の方が勝っており、その鬩ぎ合いが見ていて楽しいのだ。

 アリアもごろりと寝転がり、空を眺める。

 そうやってノンビリしていたら、盛大なため息が聞こえた。


「ねえ、旅行じゃないんだけど」

「暇なんだよ。それとも拘束されて、震えて明日に怯え、隙あらば抵抗した方が良い?」

「抵抗って可愛い二文字で済ます気無いでしょ、絶対」

「やだな~、ヤクモさんは文字通り言葉の通りで、逸脱はしないですよ~? ただ~、その抵抗という単語の範疇が、オタクらと自分の中とでどれだけ解釈に差が有るのかってのは気になりますけどね?」

「つまり、大暴れ前提と。なめてる?」

「あのですね。一応こちらは自由と日常を奪われてるわけですよね? その上で異国に行くんだから命の危機すら幾らかは覚えますよね? や~、怖いな~。もしかしたら牢屋とか、建物で軟禁とかでしょ? 運動も訓練も自由も無いわ~、ストレスたまるわ~。鬱屈するわ~」

「酒飲んで根っ転がって星空見上げて自然体見せ付けて、鬱屈するとか考えられないんですがっ!」

「バカだな~。酒が入ると人は陽気になると同時に解放的になると言うだろ? 何本飲んだと思ってる? 寝不足も相まって頭おかしくなってるわ」

「寝とけ!」


 いや~、ユリアは中々にいい弄りキャラしてるなぁ~。

 妹もこんな感じだったか? 家を出る前はこんな感じだった気もするけど、自衛隊に入る前の若い時の記憶だ。

 高校卒業後自衛隊に入り、家族は出て行ったので十年近く昔の話か。

 ただまあ、別人かなとは思ったけれどもオルバ同様かなり同じようだ。

 叱責の声に肩をすくめると、アリアが俺の服の裾を引っ張る。


「仲が良いのですか?」

「軽口叩いてジャレてるだけだよ。……それに、揺さぶったほうが色々聞けるだろ?」

「……なるほど」


 どうにも俺が歪みすぎてる気がしてならない。

 それとも、まだ若いから純粋すぎるのだろうか?

 なんでこんな対人スキルを持ってないのか首を傾げたくなるが、俺自身の中身が三十間際で彼女らの倍生きてるからだ。

 そもそも成人すらしていない彼女たちと、成人して社会の中で色々な目に会って来たし、ネットと言う世界を凝縮したツールまで有るのだから経験密度も違うのか。

 声を潜めてそんな事を言っているが、改めて言う。

 俺たちは、虜囚なのである。


「てか、ヴァイスが本当に今回の戦いを指示したのか?」

「そういう風に私は兵から聞かされてる」

「ほんと~にぃ~? 余りにも手の平返しが酷すぎるだろ。平和路線をいきなり戦争路線に切り替えるとか、中々無いぞ」

「うっさいなぁ! 黙って死んでるか、酔いつぶれて死ぬかできないの!?」

「死んだら国際問題じゃないですかね……」


 気が短いのも一緒かい。

 今怒らせても利益の方が少ないので黙っておくとしよう。

 ヴァイスが今回軍を動かすに至ったとは言ったけれども、人質作戦を行使するようなバカには見えなかったんだよなぁ……。

 まあ、俺の見る目が無かったのだろう。

 人生常に予想も期待も裏切られるものだし、今回も俺の人物評価が間違いと言う見込み違いだったという可能性がある。

 英霊の一人が裏切って敵になったり味方になったりしてるわけだし、一面性のみでは評価できないか……。





 ~ ☆ ~


 男の言うとおり、私は幾らかの疑問を抱いていた。

 ヴァイス様がいきなり路線を変更して、敵を作るやり方で自国のみを何とかする手段をとるとは思えなかった。

 けれども、英霊の名を使って発起がかけられている以上はそれを疑う方が難しい。

 何だかんだ、英霊である事や今日までしてきた事で存在は決して無視できる物ではない。

 その上、他国にもそうのように触れ回られるのだから、嘘でも偽りでも名前を用いる事はないだろう。


 ──伝令。ヴァイス様及びお父君が軍を興しました──

 ──目的は、以前お二人様が言い争っていた内容のもので相違無いようです──

 ──学園内部の英霊たちは何とかします、ユリア様は”彼”をどうにかして欲しいとヴァイス様から──


 何があったのだろうか?

 平和路線を取っていたヴァイス様が主義をいきなり変えるような状況……。

 父さんの訴えが届いた?

 いやいや、まさか……。

 何年一緒に居て、今まで言い争ってきたかを考えれば不自然だと思う。

 困窮している事実は変わらないけれども、それでも……ただのユニオン国を名乗っていた頃よりは恵まれている。

 確かに大きく改善されては居ないけれども、他の英霊に渡りをつけて何とかしようとしていた矢先にそれを無駄にする?

 すこし、理解が出来ない……。

 

 それに、人質を取ると言う手段自体がまずヴァイス様のやり方だとは思えない。

 少なくとも昔からバカと言えるくらいに真正直だった。

 敵であっても、味方であっても正面からぶつかっていくのがヴァイス様だ。

 むしろ、人質を好むのは……。


「眠いのか~? 助手席で眠りこけたら落ちるし、朝弱いんならそっちが寝るべきじゃね?」

「監視! 私がこの場の指揮官!!! 眠れるかって~の!」

「……補佐いねぇの?」

「居るかッ!!!」


 そしてこの男、ヤクモと言う人物は少し良く分からない。

 真面目なときは凄い真面目なのに、今の状況を理解してからはふざけた様な言動が目立つ。

 ただ一つ言えるのは、公爵家の娘がそれに感化されて大人しくしていると言う事。

 それが良い事なのかは分からないけれども、本来であれば警戒すべき事なのにこの男と共々大人しくしているのが理解できない。

 囚われの身なのに金を握らせて酒を沢山買い漁らせ、それを飲んで逃げられる機会を潰すかのようにごろりと横たわっている。

 虎視眈々と逃げ出す機会を窺う訳でもなく、諦めて絶望してるのかと思いきやふてぶてしい。

 一番隙を見せちゃいけないはずなのに、恐怖を誤魔化したり隙を作る為でもなく話しかけてくる。

 意味がわかんない……。


「補佐いねぇと大変だぞ~?」

「ご心配なく。私はちゃんと修めるべき事柄はちゃんと叩き込んできてる。若いからって馬鹿にしないで」

「個人が優秀でも、軍隊や部隊じゃ意味無いだろ」

「それはそっちの理屈でしょ」

「指揮官ってのは、最悪自分が斃れても部隊は新しい長を据えて任務や作戦を続行できるようにするもんだろ。何のための階級制度だよ……。やってる事が貴族連中とかわんねぇじゃねぇか」

「うっさいうっさい! 私が居ればここは回るの!」

「さいで……」


 ……英霊相手に手合わせしたり、英霊と一緒に居るとこうも変に吹っ切れる物なのだろうか。

 英霊のアイアス様やタケル様、ロビン様やマリー様から色々と教授されてるみたい。

 教授されていると言ううよりは、授業中に展示説明する際にしょっちゅう呼び出されてる感じだけど。

 それでも、英霊連中と良くも悪くも垣根を感じさせない関係を構築していると見ている。

 他国ではうるさいだろうけれども、ユニオン国では別に英霊と親しくしても文句は言われない。

 ただ、それによってこの男の脅威度が高くなるのであれば話は別なだけだ。


 英霊の教えを学園の生徒の中で一番柔軟な思考で受け止め、自分なりに租借して飲み込んでいる。

 詠唱なんてやってられ無いと言う大きな問題が、まさか解決した上で既にこの男は身にしているとは思わなかった。

 生徒の大半は四苦八苦しているけれども、今居るアリアの姉ミラノも詠唱破棄や詠唱短縮、詠唱簡略などを習得していて厄介ではある。

 けれども、魔法使いと言う役割から抜け出せてない子よりも、魔法使いとしても兵士としても色々な要素を兼ね備えているこの男の方が厄介だ。

 無詠唱で予備動作も無しに魔法を行使する、その上色々な経験をしているせいでか肝も変に据わってるし、本人もかつて兵士だったみたいな事を言っている。

 兵士でもあり、魔法使いでもあり~などと、行動や立ち回りを限定しない人物が一番厄介だ。

 魔法使いの弱点は魔力の枯渇や、攻撃に対する脆弱さにある。

 兵士の弱点は魔法への弱さや、所有している武器で役割や立ち回りが限定される点にある。

 そのどちらでもあり、どちらでもない……そんな奴、一番危ない。


「うぉえっ。吐きそう……」

「や~! ヤクモさん、こっち向かないでください! 吐くなら外に向けて吐いて下さい!」

「──……、」


 そんな分析全てが、このやり取りで全部無に帰りそうになる。

 むしろ「そんなに脅威に見えない」と破棄したくなる。

 ゲロゲロと馬車の外に向けて嘔吐する、そんなだらしの無い場所を見せ付けられると「コイツが?」と思いたくなる。

 

「うい~。っくしょぉい!」

「あの、もうお酒は止められた方が……」

「お酒は、吐いてからが、本番だかだ!」

「……だかだ?」

「だから! 噛んだ!」


 ……頭が痛くなる。

 何でこんなのをヴァイス様たちが気にかけてるのかが理解できない。

 英霊は一人居れば軍隊に相当すると噂されている。

 ゴーレムすら切り裂き、打ち砕く武器。

 何十、何百と敵を切り捨てても血脂で斬れなくなるという事のない武器。

 何百人もの魔法使いが何をしても一人の魔法で全てが打ち破られる状況。

 そう言った人々の繋がりに、この飲んだくれがいる。

 

 学園での訓練や、闘技場での立ち振る舞いを見ていると今のこの体たらくはなんなのだろうか?

 落差が、酷すぎるっ……。

 真面目なら真面目で英霊たちの買いかぶりも理解できる。

 ダメならダメで別の何かがあるのだろうと考える事ができるが……。

 これは、ヒドイ。


 迎え酒で一瞬寝落ちしたように見えたが、揺れで気分が悪くなったのかまた吐いている。

 そして胃袋を空にしたら「寝とけ~?」とか言って、死んだように眠りだした。

 ヨダレを垂らし、何事もなかったかのように眠っている。

 余程のバカか、もしくは余程の豪胆でもなければここまでは出来ないと思う。

 

 どうせ後送されるまでの自由だ。

 父さんやヴァイス様がどんな扱いをするかは分からないけど、少なくとも酒に困らず自由に軽口を叩けるような状況ではなくなるはず。

 それでもこの男は従順さを見せて、大人しくしているだろうか?

 ふてぶてしく居直り、好き勝手し、軽口で苛立たせるのだろうか?


「……追い詰められるところが見てみたくなる」


 余裕が無くなる時はどういうときだろうか。

 そうなった時、どのような行動や反応を見せるのだろうか。

 それでも軽口をたたき続けるのか、それとも消沈するのか。

 あるいは激昂するのか、感情がこそげ落ちるのか……。

 色々な人を見てきたし、同じように拘束や捕縛してきた人も見てきた。

 

 拷問される、身内を人質に取られ脅迫される、愛する人を目の前で甚振られる……。

 飲食を死なないギリギリまで制限する、水に満たされた小部屋に閉じ込める。

 餓えた狼や犬を周囲に配置した檻の中に閉じ込める、衛生環境の劣悪な中で寝起きさせる。

 涙を流し許しを請う、怒りに任せて激昂する、もはや何も考えない抜け殻になる、壊れて笑う事をひたすら繰り返す。

 様々な連中を見てきたからこそ、こんな男がどうなるかが気になった。


 



 そして、翌日の昼ごろ。

 中堅地点にする村についてから兵士が二人を下ろそうとして、警戒も監視も無視して酔っ払いと人質の二人が消えているのに気付き、私は無性に爪を剥がしてやりたくなった。

 あるいは、針を爪の間に差し込んでもいい。

 そうしても良いと思えるくらい、好き勝手されて頭の中でプツリと何かが切れるのを感じた。




 ~ ☆ ~


 大分昔に足音提言のエンチャントを靴に施しておいて良かった。

 アリアを担いだ俺は、警戒が緩み林を通る時にさっさと逃げ出すことにした。

 朝食を抜き、昼までずっと馬車に乗っていたが為学園から大分遠ざかった事だろう。

 システムでマップを呼び出したところで、自分の現在地を割り出せなければ学園の場所が分かっていても仕方が無いのだ。


「プリドゥエン。悪いけどこっちの現在地の割り出しは出来るか?」

『おや、ご主人様。学園に姿が見え無いと言うことで、ちょっとした騒ぎになっておりますが』

「いや~、ちょっとワケありでさ……。GPSを起動したら学園までの方角とかって分かりそうかね?」

『少々お待ちを。GPSを起動して、ネットワークに接続……。ふむふむ、ファドゥーツから東に向かっている最中に御見受けされますが』

「ファドゥ……?」

『……そうで御座いますね。HOIにも登場していない、小さな公国で御座います。十三世紀から存在する、歴史深い場所ですよ。もっとも、リヒテンシュタイン家が所領を購入し、存在を認められたのは十七世紀に入ってからですが。……さて、現在地を表示します』

「ん、助かる」


 そういわれて俺が地図を見ると、現在地と学園との位置関係が判明する。

 現在時刻、既に十二時になりかけている。

 一日経過しているのも含めて、大分ひどいロスをした。

 インスブルックを通過したあたりか、完全にユニオン国領土内だよなぁ……。


「学園じゃ今頃大騒ぎだろうなあ……」

「姉さん、冷静だと良いのですが」

「カティアに連絡を取りたいんだけど、何でかアッチからも連絡はないし、こっちから連絡送っても反応が無いんだよなぁ……」

『ご主人様。それが、変な”噂”が流れてます。その影響で、カティア様は現在不貞寝されてまして』

「噂?」

『ヤクモ様が、ユニオン国にアリア様を手土産として深夜に出奔したと』

「ぶふっ……」


 何がどうなって俺が出奔なんてするんですかね?

 俺は少なくともコミュニストに憧れはしても好んじゃいない。

 俺がもしコミュニストでも良いという時は、ビクター・レズノフかディミトリ・ペトレンコでも連れてこなけりゃ絶対に動かんわ!

 

「なんで……?」

『アリア様がご不在だと言うのも、ご主人様の部屋が綺麗に片付いているのも関係しているかと。ミラノ様も精神的ショックで現在寝込んでおられます』

「いや、と言うか。学園は今どうなってんの?」

『どうなってるも何も、ご主人様とアリア様が居られない以外は何も変わっておりませんよ?』

「どういうことでしょうか……」

「たぶん、俺を学園から切り離したくて戻りたくても戻れないようにしてるんじゃないか? マーガレットはどうしてる?」

『マーガレット様ですか? 体調が悪いからと”ご学友”が面倒を見ておられますが』

「そのご学友とやらがユニオン国の生徒じゃないかどうか調べてくれ。どうやらハメられた臭い」

『どうやら、そのようですね。ご主人様が部屋を空けてから今日まで、窓や扉から侵入を試みる輩が居ます』

「俺が片付けてない武器や装備は急いで隔離してくれ。必要と有れば破壊や破棄も視野に。俺以外に渡してたまるか」


 そもそも12.7mm拳銃だとか、14.5mm狙撃銃だとか9.5mmアサルトライフルだとか火力が高すぎてマトモに扱えないだろうけど。

 それでもマスケット銃くらいの連中に進歩や飛躍のネタを渡したくない。

 もし使われでもしたら、.50軽機関銃なんか掠っただけでも俺にとっては脅威なのだ。


『分かりました。それでは急ぎ転送処置に入ります。ご主人様はどうされますか?』

「どうするも何も、学園に戻らないとアリアを放置できないだろ。それに、ユニオン国が学園丸ごと手中にしようとしてる。詳しい説明は道中でする。プリドゥエンから誰かに接触できないか?」

『ご主人様。残念ながら……私は部屋を出て行動する事が出来ません。ミラノ様もカティア様も別室ですので、誰かが来てくれないと今回の事情を説明できないので御座います』

「マリーとかヘラは?」

『ヘラ様は街に出られております、マリー様は授業で忙しいので身動きが取れません。それに、ご主人様に何か起きたのではなく、ご主人様が何かをしたと言うことで皆様の行動は積極的じゃありません』

「Shiiiiiiiit!!!!《クソがぁぁあああああッ!!!》」


 プリドゥエンを動かせば部屋の中があらされるし、プリドゥエンの存在自体が秘匿した物なのだ。

 噂のせいでカティアやミラノを含めた大半が積極的な行動を起こせずにいる。

 カティアに連絡が取れても裏切り者として生徒自体が監視役になり積極的な行動を阻害する。

 全部後手後手である。

 

「プリドゥエンは部屋の中片付けたら身を隠しててくれ。最悪知らない奴が侵入しても決して迎撃せずに、知ってる人のみの場合のみ連絡役を頼む」

『分かりました。それで、ご主人様はどうなさるおつもりですか?』

「学園に向かうに決まってるだろ。俺が出奔だのなんだのは関係無しに、アリアは帰さないと余計に俺が危なくなる」

『では、戻られると言う事で』

「あぁ、頼む」


 ため息しか出ない。

 しかもコレの何が問題かといえば、俺達が居なくなってから学園が直ぐに制圧されたとかなら公爵などに連絡が行っていたことだろう。

 しかし、実際には学園制圧も何も行われておらず、この間にもユニオン国の兵士は学園に向けて行動開始しているという事だ。

 つまり、公爵たちの援軍もそれに応じて遅れて期待が出来なくなってしまった。


「それで、これからどうしますか?」

「急がなきゃいけないけど、真っ直ぐ戻ったら捕捉されて追撃・包囲されかねない。足取りを掴ませない様に少し迂回しながら、学園を目指す」

「けど、迂回して大丈夫でしょうか……。何も持たずに出てきてしまってますし」

「真っ直ぐ戻るよりは、どこかで馬でも手に入れないと結局足で帰る羽目になる。逃げたのに気がつけば幾つかに兵を分けるだろうし、場合によっては本隊に合流して捜索隊を出される場合もある」

「よく連日お酒を飲み続けたのにそこまで色々考えられますね」

「連日酒を飲んでいても考えられるくらいに馴染みのある、叩き込まれた事柄だからなあ……。出来る限り迂回する事で捕捉されないこと、その上で出来る限り学園に早く帰還する事。お金も、帰路での飲食程度も賄える」

「お金、持っているように見えませんが……」


 そういえば、ストレージ系をアリアは知らないんだっけ。

 ミラノは……以前パーカー系を上げた時に出し入れしてるの見せてるし、信用できる相手にだったら知られても良いかも知れない。


「魔法の一つで、別の空間に物を保管しておけるんだよ。だから手ぶらで今回みたいな事になっても、保管したり所有物として登録している物なら……この通り」

「わぁ……。って、これ──プラチナ硬貨ばかりじゃないですか!?」

「ん? あ、うん。まあ、色々してきたし。前に二人を助けたときとか、神聖フランツ帝国の事とかで色々貰ってるし」

「それでも、この枚数だと多すぎて……。盗んでませんよね?」

「少なくとも敵対したからって国庫に手をつけた記憶は無いかなぁ!!!」


 言われてから「あ、敵対したら相手から物資奪えばいいのか」と今更ながら気付く。

 けれども神聖フランツ帝国は洗脳されてたわけだし、その上結界に連なる十字架とか爆破して来たので金までパチられてたら泣き寝入りするしかないだろう。


「これくらいあれば軍資金にはなるだろ。馬だってコレ一枚でおつりが来るくらいだ」

「けど、コレを使って馬を買ったら後で印象に残りませんか?」

「学生服の貴族サマが一緒で、見慣れない身なりの男女が居る時点でガッツリ噂になる。まあ、そこら変は俺が何とかするよ」

「……着替えたほうが良いでしょうか」

「俺も着替えたほうが良いだろうなあ。けど、俺はこれ以外の服はないし、女物の服は──」


 ないぞ。

 そう言いたかったが、ストレージ内部を見て顔を覆った。

 有るわ、女物の衣類。

 ガッツリと『一発芸用、飲み会の席で使用する用』とか説明文まで書かれている。

 まさかアーニャ「自衛隊で必要な物」と言って俺の記憶を読み込んだときに、こんな物までストレージに突っ込んだのか?


「……不呪エンチャントで、着用者の体型に合わせるってのがあるから、道中で何か見繕う方向で」

「なんで言葉を濁したんですか」

「濁してない!」

「じゃあ、私の顔を見て『女物の衣類は無い』って言えますよね?」

「女物の衣類はありません」

「あは~、そんな即答で無感情だと今度は怪しくなりますよ?」

「……先輩が飲み会の席で使った、女装用の衣類ならあります」


 俺でも「何言ってるんだろう」と思う。

 けれども、仕方が無いじゃないか。必要だったんだから!

 暫くは俺を冷めた目で見ていたアリアだったが、直ぐに手をたたいて「あ!」と声を漏らす。


「ヤクモさん。迂回を出来るだけしないで、急ぎながらも捕まらない方法を思いつきましたよ」

「……もう、なんか。聞きたくないけど、どうぞ?」

「ヤクモさんが女装すれば、少なくとも混乱させる事は出来るんじゃないでしょうか」

「そうだね! 見つけた奴が皆『こいつ、あったまおかしいんでねえかな』って思うくらいには混乱するね!」

「けどヤクモさん、言っちゃ悪いですけど男らしいって感じの顔はしてないですよね?」

「地味に抉って来ますねアリアさん!?」

「兄さんも、昔はそうやってゲヴォルグさんに遊ばれたそうですよ」


 あの鍛冶屋のおっちゃん、なにしてんだ……。

 しかもその影響で俺まで女装とか、笑えないんですけどッ!!!


「ヤクモさんは、今まで色々な事をしてきましたよね? それこそ、命を落としてお墓に入れられる直前まで。なのに、女性のフリをするのは嫌がるんですか?」

「人の尊厳が失われそうで、と言うか男としての尊厳が失われそうで嫌なんですが」

「ヤクモさん? 女性寮で生活してて、今更尊厳も何も無いと思いますけど」

「……え?」

「女性だらけの寮の中、問題視されていた男性という存在。それにお見合いを切り捨てるときに『まだ未熟だから』と言う言い訳……。もしかしたら──」

「もしかしたら……?」

「女性に興味が無い、男性として欠落が有るんじゃないかって噂もありますよ?」

「がぁっ!!!!?」


 男に興味があるんですかと言われ、女性に興味がないのではないかと言われたときと同じくらいの精神ダメージ。

 俺は足を止め、胸を押さえてうずくまる。


「頭を抱えて、そんな大げさな……」

「大げさな物か! 政治的な事とかそういうのが嫌だし、変な事をすれば自分の首を絞めると分かってるから色々我慢して、慎ましく清廉なフリをしてたってのに、そんな酷い誤解が広まるとか……!」

「けど、マーガレットさんとも潔白と言うか、純粋なお付き合いをされていると言う事で。仲睦まじいのは確かだそうですが、何も起きないなあと」

「何か起こしたら大問題ですけどね!? というか、何かってなんだ!」

「口付け、接吻、一緒に外出や食事、手を繋いだり、音楽を共に楽しんだりでしょうか」

「待て、なんだその女性向けの雑誌のようなゴシップ! そんなの、まるで……」


 まるで、それこそ娯楽として興味を引く為に作られたネタのようじゃないか。

 そこまで考えてから、そういえばこのアリアはミラノと同じく読書好きだったのを思い出す。

 ミラノと読書傾向の根っこは同じだが、スタート地点は同じであっても向かう先まで同じとは限らない。

 アリアは確か……。


「……本で読む事が現実で起きてたまるかっ!」

「えぇ? 有名な著者、エルマノ・エシアールさんが現実に即してそう書いてたんですよ?」

「現実に即していても、登場人物たちや状況、環境まで即してる訳が無かろうが!」

「けど、本ですよ?」

「本に用いられるのは現実なだけであって、本全てが現実じゃないわぁ!」

「何でそんなに必死なんですか」

「……趣味で少し、ドージンとやらをしてたからだよ」


 なお、弱小サークルだった模様。

 それでも、あの時の行動があったからこそ絵師さんやイラストレイター、クリエイターの人と知り合いになれたともいえるのだが。

 自分の晩年だと、何人かはプロとして出版社での仕事や、スマホゲーのイラスト等も手がけていた。

 中にはSteamに配信されているゲームに携わって居る人まで居て、目が回る思いである。

 だからこそ、出来る限り応援の意味を含めて金を落とすようにはしていたが……。


「ともかく、ヤクモさんは女性との交友はあっても関係が無いので色々言われてるんですよ。さあ、雇用主である姉の身内が困ってるんですよ? その為に……プッ……早く、女装をしましょう!」

「やぁぁあああだぁぁぁぁああああッ!!!!!」


 暫くして、平民二人が近くの村を来訪する事になる。

 内容は生活苦で駆け落ちする事になった”女性二人”と言う事になっている。

 その片割れが俺でなければ、何も言う事は無かった……。

 そう、何も言う事は無かったんだ──。


「被り物まで持ってて、アビーさんは用意のいい人ですね~」


 なお、アイアス、ロビン、マリーの名前を一文字ずつ取ってアビーである。

 もう突っ込む気にもなれず、すこし目にかかるくらいのカツラの髪を弄る。

 服装自体は大きく弄ってないけれども、詰め物なども入れて女性らしく見せかけている。

 アリアは学園の制服では目立つと言う事で、庶民らしい格好に着替えてもらった。

 

「しかし、お馬さんは手に入りませんね……」

「接収しちゃったらしいし、暫くは徒歩だなぁ」

「となると、ヤ……アビーさんも暫くそのままですね」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」


 父さん、母さん。あの世でもお元気でしょうか。

 俺は良く分からない、越えてはいけないラインを越えました。

 自衛隊の先輩、上官方。お元気ですか。

 自分は、対に女装に手を出しました。

 お笑いの為ではなく任務の為で、自分としては「え? なにこれは?」と言う状態です。

 ここまでしたので、せめて結末だけでもハッピーエンドにして下さい、お願いします……。


「となると、泊まる時は同じ部屋じゃないとダメですね」

「は゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」


 俺の心労は酷く募る。

 このままストレスで禿げても良いのではないかと思えるくらいに胸が痛い。

 あ、俺の髪の毛が抜け落ちた……。





 ~ ☆ ~


 学園の内部では、生徒たちが噂しあっていた。

 ヤクモが待遇に不満を抱き、アリアを手土産にユニオン国へと下ったと。

 最初は信じられないミラノやカティアであったが、その二人の姿が翌日になっても一向に見つからない事で絶望と失望に沈んだ。

 

「──だめ、みつからない」

「そうか……」


 グリムの報告を受け、アルバートは少しだけ気を落とす。

 ミラノ達は朝食をとりに食堂に来る際、全員が集まって行動するのを彼は知っていた。

 その時にアリア及びヤクモが居ないのを知り、それからグリムを隙を見ては学園の方々へとやっている。

 残念ながらアルバートは己がそう言った情報収集や、目端の利く人間じゃないことを理解している。

 同じ学園、同じ廊下、同じ教室に同じように居たとしても、収集できる情報量に差が有ると認めての事である。


「──けど、面白いきょーつーてん、見つけた」

「ほう?」

「──ヤクモ、居なくなった。その噂の発信源、ユニオン国の生徒ばっかり。他の生徒、踊らされてるだけ」

「なぜ分かる?」

「──情報の発信者と、それを又聞きで広めてる人の違い」


 そう言って、グリムは一日経過して『ユニオン国の生徒が、ヤクモ出奔の噂の発信源である』と言う事を突き止めた。

 だが、そこまでであった。


「だが、そうする理由が我には分からぬ。実際に……考えたくは無いが、本当にアリアを手土産に去り、自国の事だから確固たる物として口にしているのやもしれぬ」

「──けど、ヤクモ、去るりゆーが無い」

「あぁ、我とて同じ事を考えておる。だがな、アリアがなぜ見つからぬ? ヤクモ一人が逃げるのであれば、まだ”理解は出来る”。だが、奴はその為に誰かを犠牲にする輩ではない。アリアが見つからぬ、それとヤクモが繋がらぬのだ」


 ミラノはヤクモが裏切り、アリアを攫ったという噂で先日から部屋に篭っている。

 使い魔であるカティアも、アルバートの助言から部屋から出ないようにしていた。


 ──カティア、貴様は人の醜さを知らぬ──

 ──真実かどうかなぞ、大半の学生にはどうでも良い事だ──

 ──自らの好む噂に流され、悪意無しに他人を傷つける。貴様はその立場におかれた──

 ──グリムを日に二度やる。己を出来る限り守るが良い──


 アルバートは、先日の戦いの中でカティアが人として未成熟なのをいっそう理解した。

 なぜ彼女だけ置いてけぼりを食らったのかは知らないが、それでも”何かがあった”と善意的に解釈し、保護者も主人も動け無い中、代理で示せる物を彼はカティアへと示した。


「……学園の外に行けるか?」

「──も~、何度か行ってる」

「それは早いな。だが、痕跡一つ無かったか?」

「──ん。学園も、都市も。ヤクモもアリアも見た兵士や衛兵が居ない」

「それは流石におかしくないか? 出入りには門と跳ね橋を通らねば外には出られぬ。都市から外に出る時も四つある門のどれかを通らねば出られぬ。ヤクモ一人であれば、壁を上り下りは出来るやも知れぬが、意識の有無を別にしてもアリアを連れてか?」

「──ん。無理」

「意識があれば脅すなりなんなりで多少は動けるだろうが、逆に”その行動についていける人質ではない”としか思えぬが」


 アルバートは一つずつ、今回の件に存在する”不可解”を羅列する。

 それを聞いているグリムは、ボンヤリとしながらも自分の仕える主に”何か”が備わりつつあるのではないかと思った。

 ヴァレリオ家とヴォルフェンシュタイン家、主人の特徴にあわせ仕える者の性質を変える事で補うという家柄。

 今まではアルバートは目を曇らせ、目的だけを見出しながらも道に迷い、迷子になっていた。

 その結果グリムも同じく”従者として”迷子になり、どのようにアルバートを支えるべきでどのように成長すべきかを迷っていた。

 だが、すこしだけ……今までとの違いを感じるグリム。

 間違いではないようにと、願うようにしながらも水面に石を投じるように質問を投げかける。


「──じゃあ、どーする?」

「……二人が居ないのは事実だ、それは間違いが無い。だが、門を通った記録がないとなると、誰かの手引きが必要になるな。入出管理を誤魔化したか、欺く輩が」

「──けど、それだと目立つ」

「グリムよ。わざとすっ呆けているのか? 夜になれば生徒も減り人の目も減る。警邏や休憩で兵士の数も密度も減る上に、ユニオン国の兵がここ最近では防備に加わっている。となれば、夜に、ユニオン国の兵士が門の守りに付いている時であればその問題は解決される」

「──おぉ~」

「都市を出るときは流石に都市の兵になるが、学園とは違い入出は多くなるが故にやりやすくはなる。そうだな……兄がやったように、荷台や荷物に隠れれば誰の目にもつかない。あとは文字通り、我らの想像にもつかぬ事をやってのけたか……あるいは、下水を通るしか方法は無いだろう」

「──下水は、たぶんない」

「そうか? あ奴の言葉を用いるのなら『水は易きに流れる』であったか。少なくとも水の流れを追えば何処かしら外部には出られる。魔物が幾らか巣食おうが、それこそ肝試しで定番の呪いやお化けなどの類に恐れる奴ではなかろう」

「──にゃる」


 アルバートが以外と色々な事を考えているのだなと、グリムは感心した。

 とは言え、彼女もそれらを考えたりはした。

 だが、主人にそれとなく指し示すか、或いは差し迫った状況でも無いのであれば黙るのが今までだった。

 

 しかし、アルバートが眉間に皺を寄せて色々と考えている。

 自分の主人が今までとは違うところを見せ付けられ、グリムは少しだけ考え込む。


「──時間、くれたら。門の出入り、全部調べる」

「どれくらい必要だ?」

「──今からだと、朝までかかる」


 既にその日の授業も終わり、これから夕食時である。

 今から無理やり都合をつけて出たとしてもその帰りが朝になると、不眠不休になるのではないかとアルバートは考えた。

 だが、直ぐに頷く。


「であれば、気兼ねなく調べて来い」

「──いいの?」

「朝までかかると述べたのは貴様だグリム。それに、我は己の従者が出来ぬ事を言うとは思っておらぬ。朝までかかるのは必要な出資だ、けれども言い出した以上貴様は見込みがあると思っていると言う事であろう? なら、我はそれを止めるつもりは無い」

「──けど、せんせーたち、色々聞くと思う。それに、無断外泊になる」

「なら、兵には金を握らせろ。必要なら盗み見て壁をよじ登ったりするが良い。追求も問題も、それを許可した我の負う責任だ」

「──お~」


 アルバートの立派な物言いに感心するグリム。

 今までであれば言い訳や言い逃れ、そして誰かを追い込むことしかやってこなかった主人。

 その主人が自分の知り合いの為とは言え、責任を負うと言い切ったのだから驚くしかない。

 だが、アルバートはそこで苦笑するように表情を和らげた。


「……と、あ奴なら言ったであろうな。だが、それは事実だろう。我は無能な主だ、グリム。しかし、だからと言って主である以上は出来る事がある。少なくとも公爵家の三男であり、貴様を庇い立てを出来るくらいの発言力くらいはある。だから、大いに励むが良い」


 そういって、アルバートはグリムの頭を撫でた。

 快活に、変に心配しなくていいという言葉で彼女の頭を撫でたその表情は、誰かさんと似ている。 その”誰かさん”が自分の主人を成長させ、そして今の彼をそうさせているのだと思うと少しだけ嬉しくなった。


「──ん。じゃあ、いってくる」

「うむ、遅れようが構わん。必要なら我の金も持っていけ。我の名も使えるのなら使って構わぬ」

「──努力する」


 そう言って、グリムはアルバートの傍から去っていった。

 静かに、埃を舞わせぬように出て行った彼女だったが、窓の外にその姿が映ったときには出来る限りの速さで走って去って行く。

 アルバートはその様子を見てから、自らも足を動かす。

 学園の内部では既に噂が蔓延している。

 その噂に支配された空間では、身近だった人物ほど毒に沈みやすい。

 だからこそアルバートはミラノが部屋で寝込んだのをよしとし、カティアに部屋から出ないようにと促した。

 

「まさか、他人を虐めてた事がここで役立つとはな」


 他人の足を引っ張り、蹴落とし、泥を塗る。

 そう言ったことを考えてきたからこそ、他人の悪意に幾らか頭が巡るアルバート。

 これで行動力と、更に思考が巡るのであればヤクモのように色々出来るだろうにと苦笑する。


「だが、奴には家柄も身分も地位も無い」


 そう言って、今までは家に押し潰されそうだった事を含めて笑いを浮かべた。

 そしてアルバートは同じように”意地の悪そうな相手”を求める。

 男子寮の部屋の前まで行き、ノックするが返事は無い。

 そのまま帰るべきかを迷っていると、汗だくで大きな荷物を背負った相手がそこに居た。


「マルコ、探したぞ」

「アルバート……様」


 様と付けはしたが、敬意の感じられない口だけの言葉。

 それを受け入れながら、アルバートは周囲を少しだけ眺める。


「頭を貸せ」


 そして、マルコの部屋を指し示しながらアルバートは仲間を自ら集め始める。

 少なくとも、自らの感じた『違和感』を解消する為に。

 周囲に流されない、自ら真偽を見極め、判断する。

 そう言ったものが、アルバートの中に根付きだしていた。 

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