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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
7章 元自衛官、学園生活を満喫す
119/182

119話

 試合は第五回戦にまでもつれ込んだ。

 三回戦目はヤクモが牛歩戦術、巌流島での決闘を思い出して相手の不安を煽りつつ、そ知らぬ顔ですっ呆けてやって来る事で怒りを煽り冷静さを欠かせる。

 様々な感情をない交ぜにしていたアルバートは冷静さを纏った感情の渦であり、細かい所にまで気がつけないくらいに視野が狭くなった。

 その結果、音楽の指揮者の如くあれこれと指示を飛ばしている内に自分でも訳が分からなくなり、連携と言うものをズタズタにされて各個撃破されてしまった。

 

 四戦目では、理解の追いついてきたグリムやクライン、ミラノ達が逆にアルバートを補佐するように立ち回った。

 アルバートと言う”頼りない指揮官”が、逆に彼女たちを団結させる事となった。

 ヤクモも色々と立ち回り、ソレこそ己を囮として仲間が少しでも有利に立ち回れるようにと努めたが、敵と味方の隙間をねじ込んで飛ばされた矢に対応できず、グリムによって射止められてしまった。

 

 既に一戦目を開始してから二時間以上経過しているが、騒ぎによって観客だった生徒達は増える一方であった。

 ソレまで居なかったヴァイスやユリア等と言った面子も見学に加わっており、まさに一つの”娯楽”として成り立っている。

 当初は”勝つか負けるか”の二択でしかなかったモノが、どのように戦いどのように決着が付くのだろうかと言う”想像や妄想”にまで波及している。

 当然ながら、ヤクモチームは勝ちを拾っても芳しい評価は無いどころか、応援や支持は飲み込まれてしまうくらいにちっぽけだった。

 

 正々堂々としており、家柄に見合った戦い方をすると言うアルバート。

 姑息で卑怯な真似を好み、勝ちを盗み取るヤクモ。

 そんな分析の中、負ければ死であり勝つためには負担が大きくとも立ち回るべきだと言う生徒も居る。

 だが、ヤクモにとってはソレですらハズレである。

 自分自身の戦い方が”兵士の戦い方である”と言うことは十分承知している。

 その上で、今のアルバートやクライン、ミラノ達が行っている”不足しているが愛すべき指揮官の為に”と言う団結力もまた必要なものだと考えていた。

 だからこそ、現実的な戦い方をしながら、アルバートと言う理想を眺めていた。


 対するアルバートは、自分が何処までも未熟だと言う事を理解した。

 ヤクモは多くを口にはしないし、ソレこそ言葉として飛ばした指示そのものが実は打ち合わせされた”真逆のもの”と言う事も平気で行う。

 そしてアルバートとの違いは、自身が指揮官であり攻撃できないという縛りの中でも平然と危険へと曝け出す点だった。

 自分が敗北すれば他の四名が健在でもその時点で部隊としては敗北であると分かっているのに、その四人の為に自らを差し出していた。

 事実、三戦目と四戦目が長引いた理由はそこにある。

 グリムとクラインをひきつけて、観客席にまで逃げ込んでいく。

 そしてあらかじめ用意していたラペリングロープを柱に引っ掛けると、身を投げるようにして三階相当から飛び降りる。

 ミラノも魔法と言う遠距離攻撃が出来るからこそ、機会だと思えば攻撃してしまう。

 そして、盛大な”囮だった”と言うことに気がついたときには、全員が散り散りになってアルバートまで撃破された後だった。


 そして五戦目では、同じようにヤクモは己を囮にする事を厭わなかった。

 それこそ、アルバートの真後ろにまで回りこんで出現するくらいに。

 今回のルール上、ヤクモ自身に脅威は無かった。

 だが、”回り込まれた”と言う事実を嫌ったのはアルバートだけではなかった。


「あんにゃろ……ッ!」

「待てミラノ、一人で行くな!!!」


 ミラノがヤクモへと魔法を放ちながらも、その近さから走ってでも追いかけた。

 ヤクモはそれら魔法を上手くいなす。

 防御してはいけない、反らしてはいけない、回避してはいけないとは規定していないからだ。

 それでも、攻撃を上回る防御力を持たせる事は出来ない。

 剣と防具の歴史のように、少しでも相手の攻撃力を殺ごうとすれば上回る火力を叩きつけられるからだ。

 いたちごっこの様ではあるが、ヤクモもまた徒手空拳では壁を殴るような衝撃で手や足を痛めていく。

 チート能力を持ちながらも知識も勉強も経験も体験も不足しているヤクモ。

 能力では劣っていようが、知識も勉強も経験も体験も勝っているミラノ。

 贋作で出来た伝説の剣が、真作の鉄の剣と打ち合って折れるような物であった。


 成人男性が完全武装で体当たりしてくるのを魔力を纏わせたとは言え素手や足で対処するのは、当然ではあるが限界があった。

 最後の戦いにおいて、自分が討ち取られることで仲間の足を引っ張るわけには行かないとヤクモは逃げ出したのだ。


 ミラノは知っているようで闘技場の図面や配置を知らず、防御や回避をする度に追いつけそうでその背中に届かない。

 ヤクモは振り切れそうで、彼女に傷つけられる度に距離を詰められていく。

 そうやって……ヤクモは追い詰められていった。




 ~ ☆ ~


 試合の様子を見ていたアイアスは、笑みを途切れさせる事なく第三試合から見ていた。

 そして紛れるように、あるいは隠れるようにしてみていたユリアを発見して、彼女を招き寄せた。


「やはり、戦いとはこうじゃとな。不確定要素は、極小単位からでも作り出せる。あの坊はソレを実践してみせた」

「そうですか? 私には、秩序が見えないように見えますが」


 アイアスはヤクモの指揮を大いに喜んでいたが、ユリアはソレに対して懐疑的だった。

 理由としては、秩序、規律、模範のような物を見出せずに居たからだ。

 アルバート達のチームは少なくともアルバートを中心に部隊が動いている。

 ソレに対してヤクモのチームは指揮者たるヤクモはウロチョロしまくっており、指示や指揮も漫ろに見受けられたからだ。

 

 部隊において指揮官の不在や、命令の不必要な間、状況を把握しながらの適宜上書きや補微修正などは当たり前であり、それらのないヤクモは”まとまりの無いチーム”としてユリアには見えた。


「喩え四人でも、それでも四人です。伍長くらいの人でもあれこれとしなきゃいけないのに、それらを放棄してるように見えますが」

「ほ~ん。なるほど、お嬢にはそう見えるか」

「……アイアス様には違うと?」

「そもそも、お嬢の言う無秩序や指揮の不徹底、状況に応じて柔軟な対応などが全て欠けていたとして……。ならなんで、あいつらは”劣っている”と言われてるにも拘らず、”優れている”相手を前に負けを認めたり、交戦を諦めてしまわないんだろうな?」

「それは、今回の決まりとして勝敗が決する以外の道が無いからじゃないでしょうか」

「その指摘は、二戦目で覆ってるな。降参は認められている。それ以前に、だ。あの降参した丸坊もあれ以降立派に戦ってるが、一度も怖気づいたり裏切ったりしてないのはなんでだろうな?」

「……ドヤ顔されても困るので、結論を言ってもらえませんか?」

「なぁに、指揮官と言う存在の”在り方”がオレ等とは違うんだろうなというだけの話さ。必要最低限の命令を下したら、後は己の意志で味方と連携しながら、戦いを諦めねぇ兵が居たとしたら、戦場はどう変わるんだろうな?」


 その言葉に、ユリアは理解が出来ずに居た。

 兵の末端とは、おおよそ”下級の人物”である事が大半であった。

 喩え国によってそのあり方や役割が違えども、上に立つのは魔法が使える連中ばかりだ。

 つまり、何処まで統率力を高めた所で”徴発兵”である以上、目を離せないのだ。

 不利になれば逃げ出し、抜け出す。

 裏切り、引渡し、売り渡す事すらある。

 本隊に近い場所であればまだ目が届くが、末端の部隊が知らぬ内に上官を殺して逃げおおせていたと言う事すらある話なのだ。

 

 指揮官とはつまり上にとって信用や信頼の置ける人物であり、部隊の統制や監視役でもある。

 味方や仲間に不利益をしないように見張り、罰と言う名の見せしめで統制をはかり、地位や身分なども含めて暴走しないように、好き勝手しないようにと存在している側面もある。

 食事に不満を持つが為に物資を盗み罰を受ける兵士、個人的な感情で敵を見逃し仲間や部隊に打撃を与える兵士、命令に従えず抗命罪を言い渡される兵士……様々だ。

 ユニオン国がユニオン共和国の頭として台頭するまで、色々な事柄を幼い頃から見聞きしてきた。

 だからこそ、ユリアには”指揮者不在で上手くいく部隊”と言うのが理解できない。


「今回は人数が少ないから、たまたまこうなっただけでは?」

「んま、そうとも言えるな。だが、そうだな……。もしあの坊の指揮要領や指導教育方法、目的や精神要綱等等等等を全て一つの”教本”として纏め上げて、そこから発足した部隊が出来上がったら……どうなるんだろうな」

「──つまり、指揮者が不在でも仲間同士で独自に考えて行動し、勝利の為に死力を尽くすような兵士が当たり前で、そういう人たちで構成された部隊、と」

「想像できねぇか? しかし、そうなるとあそこに居るのはなんなんだろうな? 英霊を救う為に英霊と敵対し、洗脳されていると知りつつも一国の首都に閉じ込められながらも兵士や住民から逃れつつも、命を失うはずだった英霊をも救いながら……何も求めねぇバカは」

「そういう大ばか者なんじゃないでしょうか」

「んじゃ、そんな大ばか者の存在を許容し、許した国や周囲はもっと大ばか者じゃねぇか?」


 そこまで言って、ユリアはアイアスが遠まわしに「ありえ無いと言うことがありえない」と言うことに気付かされた。


「……土壌が無ければ、ああはならなかったと?」

「もしかしたら坊は本当に変人なのやも知れねぇがな。それでも、教育を受けて兵士として鍛え上げられた。それでもあの”理想家に見える坊”がそのままでいられたと言う事は、元居た場所でもある程度は同じような兵士が多かったんだろう。大きな命令を受けて、現場は自分らで対応するようなやり方が」

「だとしたら、相当部隊を広く展開できる事になりますかね~。敵に突破されないくらいには薄く、けれども互いに連携して戦えるくらいには密度を保って。けど、ソレが出来るんですかね?」

「ソレを可能とするために、ヴァイスは武器を与えたんじゃねぇの?」

「──ッ!? 相手に近づかなくても戦えて、なおかつ魔法使いに依存しすぎない戦い方……、けど、ヴァイス様は、今までそんなことは一度も──」

「現状、アレを求めるにはそもそも根底から軍や部隊、兵士としてのあり方を変えなきゃなんねぇからなあ……。無理だろ? 坊ですら……なんだっけ? グンソーという、下から数えたほうが早い階級の人物じゃ。しかも訓練兵からだって聞いたから、つまりは一番下っ端のうちから部隊としてもソレが教えられる存在で有ったと言う事だな」


 アイアスはどうしたいのか、どうありたかったのかを語った。

 それは既存の部隊ではダメだと、ヴァイスの”理想”を模倣しただけの出来損ないには用はないと言ってのけたのだ。


「んま、コレもかつて共に戦った……名も無き、仲間のやり方だがな」

「破滅するかも分からないほど追い詰められた時期と、今を比べないで下さい」

「お嬢は何を言ってるんだ? 喩え下っ端だろうが、指揮官であろうが命は一つ。死ねば崇高な目的があろうが、下らねぇ理由であろうが同じでしかない。お嬢は死ねと命ぜられ、引き換えに味方が数百名生きて逃げられると理解してなお、死力を尽くして一糸乱れず兵共々殿を引き受ける部隊を作れるのか?」


 そう言ってアイアスは、目の前での戦いで劣勢に陥りながらも撤退したり集合したり、分裂したり有利な条件を少しでも引き出すために仲間と戦うヤクモチームを見る。

 突出した能力がない分彼らは一つに拘らず、それゆえにマルコが体術を覚えミナセが弓術を覚えると言う事も出来た。

 それは魔法に特化しているから魔法しか使わないミラノやアリア、剣と魔法、弓やナイフのみだからそれだけを用いると言うアルバートのチームとは違う柔軟性を持っている。

 クラインに切りかかられたとき、マルコはクラインの手を片手で押さえ、腹部に腕と肘を宛がってその場に自ら背中から転がる。

 巴投げのようにしてクラインの勢いを利用した投げで攻撃を回避し、背中から叩きつけられたクラインがタケルによって仕留められていた。


 指揮者無き部隊が、下達された命令の為に出来る事をする。

 マルコが状況にさえ合致していれば下手糞なりにも近接戦闘を行う。

 タケルが武器を用いないと魔法を行使できないと言ってはいたが、逆に武器さえ用いれば魔法を遠くまで放てる事を利用して”遠近交代”をした。

 当然経験の差や訓練の度合いから短期的には効果があっても、長期的に見れば不利でしかない。

 それでもマルコは己がこの五度の戦闘によって疲労が達し、この状況の中で仲間に救われるよりはこの方がよっぽどマシだと判断する。

 クラインの援護に来たグリムに魔法を放ち、魔力酔いの頭のままに彼女の武器を振るう腕を掴んで阻害した。

 しかし、タイミングのずれた防御・拘束行動はグリムのナイフを防護魔法へと到達させ、マルコ脱落の合図を決壊でしらせた。

 だが、ずれたにしても拘束自体には成功しており「一緒に死ねよ」と言う一言を置いてミナセの格闘で巻き添えになりながらグリムをも脱落させた。

 

 もはや乱戦の様相を見せ出したが、ユリアにはその”不出来な生徒の行う決死行動”が不可解なままであった。


「……部隊として、理想かもしれません。けど、ソレを求めるには私たちの国は余りにも餓え過ぎています。隣人を疑え、盗人と思え。信じられるのは身内のみだ、一族のみだというやり方で代々続いてきた国ですから。そもそも、国と言っているのだって、ただ対抗したいが故にしている背伸びでしか有りません。数百人で一国、そんな馬鹿な話が有ってたまりますか」

「だからこそ、ヴァイスはツテを通じて融通してもらおうとしたんじゃねぇの? 食料、医療、治癒系統の魔法使い、農作の知識を持つ者、家畜とかな」

「ソレが上手くいって、疑心暗鬼な今を打開できたら……そうしたかったと」

「まあ、全部オレの妄想話だがな。けど、なるほどとは思うわけよ。オレとロビンは自分自身を軍に組み込んだ戦いを模索しようとした。マリーは最近漸くだが、これからの人材の教育を始めた。ヘラは土壌たる国を支えられるような基盤を作ろうとしている。ヴァイスは新しい武器と軍隊を作ろうとした……。そうやって、それぞれに”どうすればよいか”を追求してるってこったな」

「だとしても、ソレを今を生きる私たちでやらないで下さい。迷惑です」

「はは、なんだそれ……」


 アイアスは一瞬こめかみを疼かせた。

 だが、乾いた笑みを浮かべながら気だるそうにその場を去る。


「英霊も、英雄も本当はいらねぇんだよ。だから、用がすみゃ平穏平和な世界で暮らしてくれ」


 アイアスのその言葉は、現在も過去も全て否定した言葉だった。

 その真意も意味も理解できずにユリアはただ佇む。

 呆然としていると、闘技場の法から英霊タケルの『勝負あり!』と言う声が響いた。

 



 ~ ☆ ~


 英霊も、最初は人だったんだよと父さまは教えてくれた。

 同じように産まれ、両親の間で産声を上げる。

 大きな声で泣きながら、多くの人はソレを笑顔で出迎えただろうと。

 産まれた瞬間に両脚で地面に立ち、言葉を自在に操った訳ではないと言ってくれた。


 遠い昔……私がまだ存在しなかった頃、ソレが事実かどうかは分からなかった。

 けれども、学園に入る少し前くらいに父さまが英霊の一人が実は昔から居たんだと教えてくれた。

 英霊ロビン、それがうちに居る一人の人物。

 色々な事を聞いた。

 父さまの言ったように、英霊たちは決して産まれた瞬間から神に愛された存在ではないという事が知れただけでも、私にとっては救われた気持ちになれた。

 だからこそ、私が召喚した一人の男が兄に似ながらも英霊なんじゃないかって……少しだけ、期待したこともある。

 

 けれども、今は良く分からなくなった。

 色々な事があって、文字通り”私の世界はひっくり返った”。

 英霊は凄いんだ、だからそう言った人に少しでも近づきたい。

 それは今でも変わってないし、その為に自分の今を再構築する事も構わない。

 なのに、今目の前で私の魔法を受けて服に火がつきながらも笑いを隠さないこの男はなんなのだろうか?


 手加減を忘れ、防護魔法越しでも焼け出す衣服。

 沢山の魔法を殴り、弾き、いなし、受け流しに使った手足は既に肌の色を失っている。

 ”致命傷判定でなければ防護魔法は砕けない”と言う言葉の裏を突くように、身体の末端は重症で、胴体に向かうほど軽症になってはいるが……今日一番負傷したのはこの男だろう。

 英霊ヘラの防護魔法を逆手にとって、極限まで自分を犠牲にした引き付け行為。

 死ななければまだやり直せる、その言葉を体現するかのようであった。


「降参しなさい。もう、足の感覚も無いでしょ」

「はは、悪いけど……お断りだ。部下……じゃねぇ、味方が、仲間が、隷下の奴らがまだ戦ってるのに、指揮官が真っ先に降参するとか、ありえねぇ」


 そして、英霊じゃないのに……英霊のような英雄はそう強がった。

 いや、強がりじゃない。

 雷撃や炎などで足はもう履き物ごと大分ボロボロなのに、笑みを浮かべたままに立ち上がる。

 自分が同じ目にあったら同じように出来るだろうか? そうできる”芯”が私に有るかどうかはわからない。

 けれども、警告するように威嚇もこめて魔法を出す。

 無詠唱双発……、まだ多くの魔法は同時展開できないけれども”複合魔法”を分解した、新しい理論からくる魔法。

 隙を減らす、火力を増強する、範囲を増す、到達時間を短縮する。

 隠し玉ともいえるこれは、間違いなく”致命的な問題”なはずだった。

 けれども、”致命傷”を”重症手前”に押さえ込んだ男は、まだ……自力で立っている。

 

 英霊は人類を背負った、だから片目や片腕、人と言う種別すら失ったと聞いている。

 実際、英霊タケルは片目を失っていて、英霊アイアスは片腕を最後の最後で失ったとか。

 そうまでして、背負った物を守り通したかった、裏切りたくなかったという事なのかもしれない。

 けれども、目の前の男が背負っている物は……ソレに比べればとってもちっぽけなのだ。

 

「強がるのは止めなさい。アンタは英雄でも、英霊でもないんだから。反撃も攻撃も出来ないのに、部屋の出口は私の後ろでどうやって脱するの?」

「俺は、ご立派な英霊サマでもなければ、英雄だと……名乗った覚えも、ソレを受け入れた記憶も無い。俺はただ、自分の信じることの為に、そう有りたいと願う終着点を目指して歩いてきただけだ」

「──……、」

「だから、喩えミラノ達にとってはお遊びだったとしても、俺にとっては今日が終わるまではあいつ等は俺の部下なんだ。だから迷わないし、悩まない。俺が抵抗した一分一秒でもあいつ等の為になるのなら、喜んで足掻いてやるさ」


 そう言ったこの男は、真面目な顔をしながら目がトロリと胡乱になる。

 私はその目によって魔物の群れから救われてきて、そうして今はその目によって嫌いになっている。

 特定の一点のみを見るわけじゃなく、広く……この状況を脱する方法を模索している。

 変なときに諦めるくせに、私が嫌がるときだけ決して諦めない。

 それが、一番嫌だ。

 私が諦めてきた事に対してだけしつこく、私が大事にしてきている事には直ぐに諦める。

 無茶をするなと言うと、無茶をする。

 ちゃんとしなさいと言う時は、だらけている。

 

 別にソレが気に入らないという事は無い。

 結果論だけれども、この男のして来た事は正しい方向へと転がっている。

 けれども、力の配分を間違ってないだろうかと……恐ろしくなる。

 今回の件で、この男は更に戦い方面での成長を果たすだろう。

 そして、遠くに行ってしまうのだろう。

 どうしても、目の前で兄さまが刺された時を……学園に入ろうとして橋ごと吹き飛ばされて消えていったあのときを思い出し、重ねてしまう。

 

 背中を見送る事しかできない、それが嫌だ。

 だから諦めて戻ってきなさい、英雄や英霊なんかじゃなくてただの人になりなさい。

 諦めて、挫折して、出来ない事があると……普通の人だと、私を安心させて欲しい。

 じゃないと、何時の日か私の手元を離れて、同じように背中を見送って、そのまま帰ってこないかもしれないのだから。


 けれども、どこかで確信している自分が居る。

 だから目の前の男が笑みを一度も崩す事無く、そう言い放つのを待っていた。


「俺は諦めない。目の前にある事だけでも、全力を……死力を尽くすだけだ」

「そ」


 だから、私は悪くない。

 悪いとしたら、私とこの男を引き合わせた神様が悪いのだろう。

 戦う事でしか自己表現できないこの男と、戦わないで欲しいという身勝手な事を考える私。

 魔法を受けて、防御したりはしたけれども流石に”行動不能”と判定したのだろう。

 片膝をついた男から防護魔法が砕ける音がして、それで試合が終わったと……私は理解した。




 ~ ☆ ~


 試合の結果、ヘラの判定によると”同時決着”と言うこととなり、不完全燃焼を観客に与えはしたがそこそこ盛り上がったようであった。

 防護魔法を張っていたとは言え、魔法で焼けもすれば焦げもする。

 お互いのチームメンバーは、雪を何度も踏んだり汗を空いた事も含めて泥で幾らか汚れていた。

 まあ、色々有ったけど……俺は最後の仕事をしなきゃいけないことを覚えている。


「んじゃ、カティア。号令」

「え?」

「編成完結式はやったんだから、皆を──解放しなきゃダメだろ?」

「あ……」

「今回のお遊びに組み込む式をやったのなら、解散しないとダメさ」


 始まりがあれば、終わりがある。

 始まらせたのだ、終わらせなければならない。

 

「一列応対、集まれ!」

「「「応ッ!!!」」」


 みんな疲れているのに、今の話を聞いて直ぐに集まってくれる。

 闘技場と言うバカ騒ぎの場から少し離れただけなのに、もう終わりかと気も抜けて辛いだろうに。

 俺は全員が横隊を作り、番号を読み上げてカティアが敬礼するのを待った。


「総員四名、異常なし!」

「休ませ」

「休め!」


 全員がそれぞれに俺の事を見ている。

 勝ちは拾えなかった、それどころか大口を叩きながら引き分けと言う結末が恥ずかしい。

 けれども、誰も不満を表に出したりはしなかった。

 一人ずつの顔を見ながら、俺は簡単に言う。


「手短に。この一月、お疲れ様。不慣れな事も、理不尽な事もそれなりにして来た。その結果が引き分けで、申し訳ないと思ってる」


 卑怯だとは思っている、けれども直ぐに続けさせてもらった。


「けれども、今回の一件でみんなは理解できたはずだ。自分の今持ってる手札のみが全てじゃないと。手持ちの札を強くするだけじゃなくて、新しく増やす事で組み合わせる事で無謀な賭けも成立させることができると」


 俺の汚点は、俺だけの物だ。

 けれども、こいつらの成果は、こいつらの物だ。

 上に立つ物としての義務だ、責務だ。

 ソレを果たさなければ、上に立つ権利などない。


「んま、全員それぞれ学び、教訓とし、今日の数時間……じゃないや、数刻の為に費やした時間をバカみたいと思うか、費やした時間ですら今日と言う数刻には短すぎると思うかは自由。それぞれのこれからに活きる事を望む。以上、終わり」

「気をつけ!」

「本日……あ~、っと。本日付をもって、編成を解く。以上、お疲れさん!」

「敬礼!」


 そうして、俺の自衛隊満喫タイムはさっさと終わってしまったのであった。

 だから、煤だらけの服装で部屋に戻って……まるで除隊したときの事を思い返してしまう。

 壁に沢山貼ったみんなの情報、机の上に散らかした毎日の成果や書き取り。

 俺の為でも有り、皆の為でもあったあの時間が……余りにも早く終わってしまった。

 終わってしまえば呆気無い物で、重要な事以外は多くが記憶から抜け落ちている感じだ。


「なにがこれからに活きる事を望むだ、ば~か」


 俺自身が、活かす事無く腐敗させ続けてきたというのにだ。

 自分が手本も見本も示せないのにソレを求めるとか、とんだクズである。


「……さて、片付けるかな」


 ストレージは便利な物で、フォルダ分けしてタグ付けしながらしまいこめるので情報漏洩の心配もない。

 システム魔法で部屋自体に「許可した人物以外窓や扉の開閉不可」として封鎖しているので、基本的に開けっ放しにでもしなければ保管庫と同じだ。

 俺の所有物として認識されている物は、一定時間内なら盗まれようが無くそうが『全アイテム収容』でとりあえず回収は出来るし、多少は盗難対策も出来ている。


「……ま、やっぱ寂しいもんだよなぁ」


 自衛隊と言う組織に縋っていて、未練たらたらで楽しんでいた自分が恥ずかしくなる。

 けれども、これはこれでカティアへの教育へと使えるだろうし、自分が出来る事が当たり前ではない事も理解できたし得る物は多かった。

 結局の所実験台にした訳だから、自虐したくもなる。


「少しは”らしく”なれましたかねぇ……」


 マリーが召喚してくれた同期や後輩、先輩や上官たち。

 緑色の中隊旗に狼のマークが今でも思い出せる。

 ……違うか。

 自衛官は除隊しても、辞めても”自衛官”なのだ。

 本当は”辞めてからも問題起こせば元自衛官として公表されるからな”って意味なのだろうけど。

 けれども、俺にとっては”一度血を抜いて、自衛官としての血肉に入れ替える”という教育隊の前期班長の言葉の方がシックリ来る。

 ただ……堕落しただけだ。


 片づけが済むと、除隊日当日のように空虚になってしまう。

 元々自分の物を展開していないだけに、ヘラが置いていった物やカティアが置いている物などが目立つ。

 少しだけ寂しくなって、張り合うようにクリップボードだけは壁に下げたままにしておいた。

 そして手作りのカレンダーも張って、動隊番みたいなものも張っちゃったりなんかして。

 俺しか居ない、俺だけの部隊である。

 武器庫、俺。衛生、俺。人事、俺。給養、俺。訓練、俺。情報、俺。幹部、無し。班長、俺。

 全部俺だけの部隊とか、過労死しちゃうよな。

 けど、師団長も大隊長も首相も居ないから調整も都合も関係ないか。

 その代わり、国から給料も出ないし保障もないのだが……。


「……自衛隊に似た組織を作る、か」


 神聖フランツ帝国でも似たような話は有ったし、ミラノの父親やクラインもそこらへん興味を持っていたような気がする。

 じゃあ、俺に出来るのかと問われたら難しい話だ。

 俺は大学も出ていない無学の徒である。

 経営も運営も分からないし、ソレこそ会計隊のような数字への強さも無い。

 それに、ボンヤリと自衛隊での階級に応じた給料くらいは覚えていても、こちらでの金銭感覚に円からすり合わせて調整しなきゃいけない。

 

「──健康保険に死亡時の保険。そういや、食事も上負担か」


 気がつけば、俺は机を前にしてこの世界で自衛隊に似た組織を作るとしたら、等と言う事を考えている。

 妄想の世界では、神聖フランツで腰を据えてやった結果処刑された。

 けれども、なにも装備とかを俺の世界の物とすり合わせる必要は無い。

 あんまり愉快ではないけれども、需要と供給で金を回さなければいけない。

 金が有れば元手になる、元手があれば需要に供給させることが出来る。

 ユニオン共和国の武器を仕入れれば、擬似自衛隊にならないわけでもない。

 

 考え出すと、自分のツテを通じた”実現化”が進む。

 ただ、規模が規模だからどうしても最初は極小から始めなきゃいけないだろうが。

 それは公爵に頼めば大丈夫だろうか? 

 それともヘラ経由で人道的な活動をアピールして援助を求める?

 金はでかい、金が無くちゃ誰も兵士などやらない。

 それに、駐屯地……専用の場所も必要だ。

 

「駐屯地名はアウターへヴンにでもするか?」


 ヘックス型の海上ベースを思い出してしまい、けれども俺のしようとしている事は基本的に変わらない事を理解している。

 俺と言う存在が日本や自衛隊から離れ、それでも理想や自分の為に部隊を設立するのだから。

 しかし、俺はバンダナしてないし、鏡の相棒も居ない。

 部隊を指揮するのと部隊を運用するのでは差が有りすぎる。

 流石にカティアには無理だろうし、ミラノをはじめとした学生連中も無理だろうし、英霊連中も部隊指揮は出来ても運用は触れてないと言い切ってたしな……。


「ある程度パイプを持ってて、頭も良くて、そう言った部隊運用や指揮にも知識があって、固定観念の無い柔軟な思考を持った、良い奴か……」


 数秒、考え込んでしまう。

 しかし直ぐにとある人物が思い浮かび、妙案だと膝を叩いたが直ぐに否定する。

 弟に似た人物、オルバと言う名前でヴィスコンティ国の姫の教育係をしている、ほぼ今の俺の同年代近くの男だ。

 魔法に傾倒したこの世界で科学技術の研究もしており、火薬で弾丸を飛ばすという事もやってのけている。


「いやいや……、流石に突拍子も無いか」


 ぴりりとメモ帳から頁を剥がしかけたが、そのままはがさずにとっておく事にした。

 これから先何があるのか分からないのなら、考えるだけ無駄じゃない。

 そもそもあの時はヘラが洗脳されていた事を知らずに国に滞在した結果だから、そのせいで悲惨な結末になっただけかもしれない。

 

「悩みどころだなぁ……」


 色々と考え事をしていた俺だったが、気がつけば日が大分傾いているのを知った。

 ノックの音が響き、誰だろうかと深く考える事も無く扉を開けに行く。

 最近は人の出入りが多く、一々誰なのか等と気にしている余裕も無かった。

 


 ……そこからして、俺はダメだったのだろう。

 人間ってのは、本当にくだらねえって言葉を久々に思い出したのは開けた扉の横から頭を思い切り殴られ、目覚めた時に学園の外に連れ去られてからだった。


 冷たい目線を向けられながら、荒縄で縛られた両手は囚人のようだ。

 まだチラホラと明かりが見え、学園の内部に居ないと言うことは景色や建物を見て理解する。

 数名の見張りが居る中、俺は自分の状況を”不穏”として逃げ出す算段を図った。

 だが、ソレを直ぐに止めたのはユリアの声だった。


「逃げないほうが良いんじゃないかな、とだけ言っておく」


 妹に似た他人、そんな相手に好意的じゃない表情をされるのは少し悲しかった。


「──さて、一体全体どういうことか説明願えますかね? 残念ながらドMとか、そういう気はないんで」

「……邪魔だから、暫く大人しくしてくれれば良いから」

「なに?」

「ちなみに、暴れたら大事な方々に危害が加わるかもなんで、そこんとこヨロです。はい、連れてきて」


 ユリアがそう指示すると、兵士と学生がそれぞれに拘束した人物を連れてくる。

 それは……アリアとマーガレットだった。

 彼女たちも拘束されていて、ソレを見た瞬間に頭の中で何かがプチリと切れるのを感じる。


「むっ、む~っ!!!!!」

「すみません、ヤクモ様……」


 拘束具が何もないマーガレットと、手足だけじゃなくて口まで封じられているアリア。

 それが彼女たちの御しやすさを現しているのだろうが、逆にこちらは感情がグツグツと煮えてきたのを感じた。

 

「何の邪魔をするって?」

「それは……とにかく、学園に居られたら邪魔になるの」

「せめて言えよ、じゃ無きゃ俺は今ここで大暴れしても良いんだぞ」


 そう言って、食い込んでいる荒縄だけじゃなく腕全体に意識を持っていく。

 手の平や指からではなく、腕全体を焔で包んで縄を焼ききる。

 拘束は外れ、もう何も俺を縛る物は無くなった。


「なあ、舐め過ぎじゃね? そっちがどういうつもりかは知らないにしても、タダで拘束されるとでも?」

「……ま、最初から期待してなかったから別にいいけどね。けど、こっちの脅しはホンモノ。指や耳を削ぎ落とされたくなかったら──」

「もしソレをやったら、俺は拡大解釈してお前らの国そのものを絶対許さない。国だけじゃない。民族も、民も、文化も、存在も全て抹消する勢いで乗り込んでやる。お前らが生きてきた昨日も、お前らが生きるはずの明日も全て無かった事にしてやる」


 俺は引き篭もりで、オタクで、ニートだ。

 変化を好まず、安定と平穏を好むが故にそれらを害されるのを嫌う。

 使い魔と言う”束縛”を嫌ったが、与えられる平穏と釣り合った。

 使い魔じゃ無くなるという自由を得たが、英雄と言う束縛を与えられた。

 ミラノたちと言う知り合いが増えたが、守らなきゃいけない存在が増えた。

 守らなきゃいけない存在が害されるのなら、それは”俺の世界への侵略行為”とも言える。


「洞窟の中に潜ろうが、穴を掘って息を潜めようが、廃墟と瓦礫の隙間に隠れようが、睡眠中、食事中、排泄行為中だろうが”ソレを許容する国そのもの”を俺は認めない」

「……おっきくでるじゃん。けどね、無理でしょ。怒りで我を忘れたとしても、国に向かってる最中で父さんの軍勢とぶつかるから。一人で数千もの兵を相手に出来る?」

「──どういうことだ?」

「ユニオン共和国……いえ、ユニオン国はヴァイス様の言葉で”国の為に”と、軍を起こした。私はその為に邪魔になりそうな奴を片付けてるだけ。動けないように、ね」

「意味が分からん」

「学園ってさ、何処にも属さない中立地帯でしょ? そんなところに対魔物用の兵士が街のお金で、学園は一部の国が兵士を出し合って守ってるだけ。その中に、他国の特別階級の子息子女が集ってる……それってさ、美味しいと思わない? 籠と肥えた家畜が居るけど、見張りも何も居ないのと同じだよ」


 数秒、意味が理解できなかった。

 けれども肥えた家畜と言うのが生徒たちである以上、旨味があるということで……。


「まさか、人質に?」

「そ、正解。うちの国はさ、もうなりふり構ってる余裕は無いの。ヴァイス様は平和路線で色々やりたかったみたいだけど、踏ん切りがついたのかな?」

「で、生徒を身代金にして金も食料もなんもかも巻き上げるのか。それで他国は従うとでも?」

「別に、全員は解放しない。そうだな~、こっちのお嬢ちゃんって公爵家……つまりは国王の次に偉い家柄の子なんだよね? そういうさ、国のだっいじ~な場所に食い込んでる家の子は暫く預かるとか、そうすれば安全じゃないかな」

「で、三ヶ国を敵に回すわけだ。生き延びられるといいな?」

「生き延びるよ。ううん、生き延びる。その為の武器で、そのための新しい戦い方だしさ? 私たちの国は、人同士で争った上で、犠牲の上で今生きてる。ヴィスコンティと言う歴史、フランツという宗教、ツアルと言う”綺麗事”を大事にして、魔物だけを敵にしてきた国とは違うから」


 その言葉を聞いて、的確に周辺国の”ゆがみ”を理解してるのだなと皮肉にも笑いたくなった。

 しかし、今はそれ所じゃない。

 つまりだ、ユニオン共和国の一部か数箇所から軍が派遣されて、身代金や人質目的でやって来ていると?

 その為の兵士の学園への派遣だったのだろう。

 英霊連中が制圧されるとは限らないが、銃に似たあの装備の威力を知らない訳じゃない。

 生徒たちに危害を加えられないようにと振舞えば、逆に身動きが取れないのだ。

 斜線を被せずに、間合いを置き、兵を散らせて監視すれば誰か一人が鎮圧されても生き延びた兵士は”見せしめ”が可能になるのだから。


「それで、隔離された俺たちはどうなる?」

「学園付近に居られるだけでも厄介だし、このまま国まで来てもらう。勿論、暴れたりしなければ用が済めばお嬢さんたちは解放するけど」

「で、俺は?」

「さあ……。ヴァイス様が色々気にかけてたし、部隊の運用だとかそう言った事を聞いてみたいな~とか言ってたから、出来れば引き抜きたいんじゃないかな」

「まさか、俺はそんな大層な奴じゃない」

「けどね、銃がもっと進化して、国が安定してきたらあんたみたいなのが必要になるって。その時に、今日の闘技場で見せたような教育や指導が重要になるかもとか、色々いってた」

「それで、軍事的に手を出せなくして反撃も防ぐのか。厭らしいこって」

「理解しろとも、納得しろとも、ゴメンとも言わない。それでも、私たちは生きなきゃいけない。明日を生きるようにするよりも、今生きる人をどうにかしなきゃいけないから」


 しばらく、俺は黙った。

 二人を見ると、アリアとマーガレットも俺を静かに見ている。

 キーパーソンになるとは思いもしなかったけれども、今求められているのは俺なのだ。

 暫く考え込み、考えに考え……諦めた。


「……二人を解放したら、黙って従ってやる」

「とか言って、乗り込んで暴れられても困るし、だからと突っぱねても暴れられかねない。それなら一人……どちらかは解放するから、大人しくしてくれると助かるかな」

「どっちか、か──」


 数秒考え込んだ。

 マーガレットかアリア、どちらかしか解放してもらえない。

 しかも解放してもらったとしても学園行きでしかなく、結局は監視下なのだろうが。

 考えろ? アリアとマーガレット、どちらが居ると良い? どちらが居ないほうが好ましい?

 

「……マーガレットを解放してくれないか?」

「ん、それでいいんだ? 言っとくけど、後で不都合だからってのは無しね」

「いや、それで良い」


 マーガレットは、簡易的な拘束を外されると俺を悲しげに見た。

 何か言いたかったのかもしれない、けれども表情をクシャリと歪めるとそのままユリアの指示で建物から連れ出されていった。

 俺はそのまま床に座り込むと、顔を覆ってため息を吐く。

 少なくとも相手が約束を守った以上、事態も状況も把握できないままでは何も出来ないし、しちゃいけない。

 数秒間言葉もなしに床を見つめ、それから天井を見上げた。

 再び俺を拘束しようとした兵士が居たが、ユリアがソレを止める。


「ま、建物の中で好きにしてよ。ただ、逃走も抵抗も推奨はしないよ。言っちゃ悪いけど、お嬢ちゃんが死んでもまだ人質は沢山いるし、切れても事態は動き出してる。流されるしかないんだ。私も、あんたも」


 そしてユリアは見張りの兵すらもおかずに建物から出て行く。

 俺はただ一人「なんでうまくいかねぇんだろ」と悩み続ける。

 良い事があれば、悪い事が起きる。

 悪い事が起きれば、良い事がある。

 そういう人生だと、波のような生だと俺は思っていた。

 しかし、多くの人を救っても救っても”俺自身が何一つとして報われない”のは、もはや呪いのようなものだ。

 あるいは、他人から見れば羨まれるような事なのだろうが”価値観が違う”のだから、俺にとってはごみ同然だ。

 

 放置をかまされたアリアが芋虫のように転がっていて、それに気がつくのが幾らか遅れた。

 俺はアリアを拘束から解き放つが、彼女に思い切りビンタされてしまう。


「……手元に、私が居ないと不安でしたか?」

「別にそういうつもりじゃ……」

「姉さんを……あの子を想うのなら、私を帰すべきだったと思います。傍にいて分かんなかったんですか? 姉が、どれだけ私の事を気にかけてるのか」

「──……、」

「カティアちゃんが居るんだから、頼ってくれても良かったじゃないですか。私も、少しは役に立てます。こんな、足手まといのような扱いをしなくたっていいじゃないですか……」


 ……いや、むしろマーガレットの方が荒事に向いてないから返したんだけどな。

 マーガレットは魔法使いとしてはどうなのかは分からないけれども、目だった感じではない。

 アリアは病気がちだったのがネックだが、ソレも最近では解消されてミラノとは系統違いだが魔法使いとして成長してきた。

 それに、以前魔物の群れから逃げるときにハンドサインだとか、班行動を経験しているから話が手短で済むと、思って……。


「いや、マーガレットじゃ逆に足手まといになりかねない。魔法使いとしても、荒事を体験しているという意味でもアリアのほうが居てくれなきゃ困ってた」

「けど、それだとカティアちゃんの方からこっちに助けてきてもらう事が出来ないじゃないですか」

「え? いや。俺、別にこのまま大人しくしてるつもりが無いからアリアを選んだんだけど」

「……説明を」


 ズズと、鼻水とあふれ出した涙の珠を拭って直ぐに復帰する。

 俺は単純に、現状を把握できなきゃ何も出来ないけれども、強いられるのが大っ嫌いなので抜け出すと説明した。

 建物の中だとユリアの手勢も分からないし、学園との位置関係も分からないのであれば今抵抗しても学園で人質を新たに取られておしまいでしかない。

 となると、穏便で平穏なマーガレットよりも、少し気遣えば大丈夫なアリアのほうがまだマシなのだ。


 それらを聞いたアリアは、自分が信じてもらえていないと言う考えが違ったのだと理解してくれた。

 それでも鼻を啜り、涙を拭っていたが。


「もしかして、今までこうやって来たんですか?」

「俺は流される性質だけど、押し付けられるのは一番嫌いでね。無理だと何かを決め付けるのも、コレが一番だとそぐわない意見を押し付けられるのも、そういうので誰かを犠牲にするのも嫌いなだけだ」

「はは。じゃあ、もしかしてこれから無理をするってのは、確定事項なんですかね?」

「当たり前だ。公爵家つったら、今あそこにはミラノもアルバートもオルバも居るし、姫さんまで居る。ヴィスコンティは少なくとも致命的な打撃を受けるし、神聖フランツはこの前首都で大暴れした爪痕の復旧で忙しいから首都防衛で兵を割けないし、ツアル皇国だって英霊が二人も抜けて大変なはずだ」

「けど、私たちが逃げても意味は無いのでは?」

「いや? ロビンやアイアス、マリーはきっと既に主人に連絡くらい飛ばしてるだろ。まあ、確認はしてないが、それくらいしてなければ”クソ”なんだよ」

「英霊様を、クソって……」

「けど、いま足りないのは情報だ。相手が行動したと言う事は、ヴィスコンティの公爵家が動き出しても後手になる。一つ、学園が完全に軍による占領を出来ないようにする。二つ、学園の人質は移送させない。三つ、ユニオン国の軍が到着するまでにヴィスコンティの軍が入れば外交問題化して多少は相手も動き辛くなるし、そもそも今回の人質作戦は大失敗に終わる」


 現時点で判明してる事を考えて、可能性が高い事柄のみを羅列する。

 相手がここに到達しても負け、逆に学園の生徒たちを相手の方に移動されても負け。

 だからと時間稼ぎをしたくても俺たちが動き出せば人質作戦が俺たちにも使われるので、干上がる前にヴィスコンティの軍なりが到達しなくても負け。

 流石に俺も「ジョン?」って問いかけられて、人質を屋上からどタマぶち抜いて城壁天辺からフリーフォールで潰れたトマトにするなんて目覚めが悪すぎる。

 相手もバカじゃないだろうし、ミラノやアルバートなどを選ぶ可能性は高い。

 となると、一度はここから連れ出されるしかないのだ。


「まあ、任せて下さいよ。相手の嫌がることを進んでやろう委員会に所属してる俺にかかれば、こんな馬鹿げた騒動だってしっちゃかめっちゃかにして、首謀者のケツまくって穴に一輪の花を突っ込んでしまいよ」

「そ、それ。新しい問題になりませんか……?」

「それくらいの笑い話で済ませないと意味が無いんだよ。今回、ユニオン国は最初から劣勢が過ぎる。それをバカ勝ちしても今度は遺恨も禍根も残る……」


 今回しでかしたのはユニオン国かもしれないが、そもそもそうなる原因を作ったのは三ヶ国が原因でもある。

 少なくとも”信じているのであれば”だが、魔物や人類滅亡の危機とやらの為に団結し、協力し、立ち向かうのが筋だ。

 ならばユニオン国は武器や鉱石を売りに出せば良い、その分食料や医療支援を受ければ良い。

 勿論理想論だが、これで”悪人”をユニオン国に押し付けてもいけないのだ。


「まあ、考えておくから、諦めずに頑張ろう」

「あは~、なんだかそういわれると……少しだけ安心します」

「ヘラの口癖が移ってるぞ」

「やや、それはいけませんね。けど──安心したら、なんだか少し怖いのと同時に、ワクワクしてきました」

「マジか……」


 ヴィスコンティ家って、クラインを筆頭に危ない連中ばっかりなの?

 軍が動くって、下手すりゃ戦争ものですよ?

 そもそも今だって俺たちは虜囚の身で、明日もわからぬ状況だってのに……。


「あ、いえ。姉さんが見てきた背中を、私が見られるとは思ってなかったので」

「背中?」

「ヤクモさんの傍にはいつも姉さんがいて、私は……少し前まで、出来るだけヤクモさんに近寄らないようにしてたので」

「あ~、うん。まあ、ソウデスヨネ~。得体の知れない男でスモンネ~」

「兄さんと、一番混同しかねなかったからです。姉さんは目の前で失ったから一番分別がついてたけど、私は目の前で兄さんを失った訳じゃないので」


 あぁ、そっか。アリアがまだミラノを名乗り、ミラノがまだ存在しなかった頃の話か。

 クローン施設とか、かつてのヨーロッパだとか思い出せば色々と業腹だが、そのおかげで救われてる人も居るからなんとも言えなくなる。

 実験体α、のちにミラノを名乗り今は学園で人質にされているだろう彼女。


「まあ、兄さんが帰ってきたから、もう良いんですけどね」

「……ま、変に避けられてないなら良いんですけどね?」

「変に避けるとは」

「え? いや、まあ。変人だって自覚有るからさ、けどそんなの憶測でしかないから具体的な点ってのは分からないわけでしてね? それに……」

「それに?」

「自分だって、逆に自分の世界にミラノ達が逆にいきなり現れたとしても、警戒したり距離を置いたり……同じような事はするだろうから、それに関して気にはなってもどうしようもないしなあ」


 夕日が沈み、食事だといって飲食物が運ばれてくる。

 俺は金を握らせて酒を頼み、チップ込みで支出をする。

 そして持ち込まれた酒を、俺は一人で飲む。


 翌朝、俺とアリアはユニオン国へと向けて荷物として運び出された……。

 俺の人生って、なんなんだろうな? いったい。

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