117話
三週間目が終わろうとしていた。
英霊達がやって来て、二つの派閥が学園に出来つつある。
理解は出来ないが、やると言うのならやろうと英霊達の訓練に取り組む前向きな派閥。
理解できないし、自分達が今までしてきた事や歴史の方が大事だと取り組みもしない派閥。
戦闘に関してはアイアスやタケル、ロビンが見てくれている。
魔法に関してはマリーが全てを見直し、クマを蓄えながらも効果的で効率的な物へと差し替えていった。
「ふん。なるほどな……」
昼食の時間、マルコは冷静に食堂の中にいる生徒達を眺めた。
訓練を真面目に受けている生徒達は酷使した肉体の悲鳴に呻いてはいるが、精悍さや肉付きが変化して良い体格になりつつある。
しかし逆に伝統だの歴史だのに拘る余り変化を嫌った連中は、小柄で細いままだ。
中には太り、まだ若いのに脂肪で服を圧迫している有様ですらある。
マルコは自身の身体を見下ろし、休み明けにはキツく感じていた制服が以前のように苦も無く着こなせるようになったのを認識する。
そして様々な可能性や行動を増やす過程で身体を虐めたが為に、脂肪ではなく筋肉によって様々な所が増大している事も認識した。
”お坊ちゃま”と言う表現が相応しかったマルコは、自分がそこから抜け出しつつあると思った。
伝統や歴史を捨てて英霊マリーの魔法理論を受け入れ、ヤクモの発想も受け入れた。
多少では有るが近接戦闘における抵抗や、回避や防御も学んだ。
変化とは不安であり、未知の世界へと踏み出す行為で、辛さや苦しみの方が多い。
しかし、踏み出して暫く歩いてみると歴史や伝統に拘っている連中は平穏と安寧と言う停滞の中に居たのだと気付く。
口をあけて餌を待ち、その餌だけで満足していただけの人生。
何もせずとも自分達は”特別”だから、たとえ何を言っても、しても許される……。
それが……父親が、間違っていると認識できるようにはなっていた。
認めるのは癪では有るが、それを教えてくれたのは元平民で素性の知れないあの男だ。
「ねえ、体調悪いの?」
「え?」
「食べながら寝そうになってるんだけど」
「い、いやいや。寝て、無いし。ちょっと、美味しくて幸せになりすぎて眠くなっただけだし」
「なら良いけど、寝るのなら部屋で、調子が悪いのなら直ぐに報告する事」
「うい」
「返事は『はい!』」
「はい!」
などと、主人であるミラノに怒られている当人が居る。
それを見ながら、マルコは体調が悪いのではないと理解していた。
部屋に踏み込んで、沢山の書物やノート、情報を毎日夕食後に学んだり、修正したり、新たに書き加えたりしている。
その徹底した物を見て、主人と同行して同じように授業に出て居る。
自分達が変化を求められ、新たな事を学んでいるのと同じように、ヤクモもヤクモなりに変化し、学んでいるのだろうと考えたのだ。
学園に居る学生ですらない人物が、学生以上の努力をしている。
疲労が一番濃く、睡眠時間も大分短いのだろうとマルコは自分の成長や変化を彼と比べようとした。
だが、直ぐにかつて自分が叩きつけられた言葉を思い出す。
──お前ら偉い奴がオタオタして、下にみっともねえとこ晒して士気下げんじゃねえよ!──
上に立つもの……今のヤクモが疲労等を隠しているのは、自分に知りえない考えから来ているからだろう。
英霊達に呼び出されて無理やり手合わせさせられて、そういうのも含めると一番苦労しているのはヤクモだ。
しかし、それをおくびにも出さない、それが……偉い奴、上に立つ奴のする事だろうかと考える。
『兵など、減ればまた増やせば良い。戦う為に居るんだ、死んで当たり前だろ』
父親が、魔物の討伐を辛くも収めた時に聞いた言葉だった。
報告をしに来た指揮官ですら甲冑に傷や血が付着しており、今ほど成長していなかったマルコにはどれくらいの被害が出たのかは理解できなかった。
しかし、報告を上げた人物が歯軋りしたのを見て、聞いた。
表情は覚えていないが、その気持ちが幾らか今では理解できる。
──俺が教えるのは、戦って勝つ方法じゃない。生き残る為の知識と手段だ──
──戦って、無理だと思ったら退け。逃げるのは恥じゃない、その時得た情報や感情を持って生き延びるほうが価値がある──
──無駄死にさせる為に学ばせるんじゃない、生きて、生き延びて欲しいから学ばせるんだ──
──だから、厳しいかもしれないし、熱くなるかもしれないけどついてきてくれ──
勝つと言う事は、勝つまで生き延びて機会を狙う事だとヤクモは言った。
名誉や栄光の為に立派に戦って死ぬ事では無いと、彼は何度も何度も言った。
それは臆病から来る言葉ではなく、あそこまで皆を見ているが故の言葉なのだと考えるとマルコは何も言えなくなる時がある。
──体調は? どこか負傷した人、異状が有る者──
──鍛えてないから身体が痛むのは受け入れろ。けど、訓練中に痛めた足や腕は隠さず報告するように──
──お前らを成長させるんじゃなくて壊すのなら、それは俺が無能なだけだ──
──家族や父親のように、身内や我が子のように大事に育てる。だって、上に立つんだから当然だよな──
もしあの男の言っている事が当然だとしたら、自分の父親が言った事は「子供が死ねば、また産んで育てろ」と言う暴論なのではと、彼は気がつく。
そして、もしお遊びではなく実際に戦って誰かが死ねばあの部屋で様々な事をしてきたヤクモがどうなるかを考えた。
きっと、寂しいだろう、悲しいだろうと想像ができた。
自分の為にさえ魔法使いとは何か、魔法使いとしての役割や戦い方は何かを勉強し学んでいる。
そんな人物が、自分の大事にしてきた身内を……家族を失う。
自分のしてきた事が無駄になる訳じゃない、育ててきた相手が──あの分厚くなった冊子や壁にぶら下がった板から誰かが、或いは自分が居なくなるのだとマルコは思考を深める。
悔しいだろう、悲しいだろう、それ以上に……打ちのめされるだろう。
もう、居ないのだから。
それらを踏まえ、マルコは食堂を改めて見渡す。
成る程、”バカ”だらけだ。
英霊達は……そう、自分達を想ってくれているから訓練を施してくれているのだと置き換えた。
彼らに欠如しているのはこの前ヤクモが行ったような説明であり、理由や理屈の理解を求める事だった。
それを理解すると、歴史だ伝統だと停滞を選んだ連中は”大事にされているのに、それに気がつかないバカ息子”と言うことだと考えられる。
その方が成長できる、その方が”生き延びる事ができる”のにと、マルコは食事を口にしながら不満げに生徒達を睨み付けていた。
しかし、逆にストンと腑に落ちるものもあった。
食堂の中に、英霊達が来る前から、来てからもその”想い”に応え続ける連中が居たと言う事に。
ミラノやアリアと言う、口をあけた雛ではなく自ら餌を取りにいく生徒達が居た。
アルバートとグリムと言う、餌場を食い散らかしてしまったが学園と言う檻から飛び出せずに居た生徒達が居た。
そのどちらでもなく、餌が出てきただけで戸惑い、周囲に流される事の多かったマーガレットと言う生徒が居た。
餌を食べる事すら下手糞で、多くの無駄と失笑を作り出していたミナセやヒュウガと言う生徒が居た。
──相手の悪いところなんて、良い所を見つけるよりも簡単だぞ──
──臆病は慎重、考え無しは判断が早い、他人に流されやすいってのは和を優先するって言い換えられる──
──ほらな、みんな良い場所しかない。そういう風に認識できれば、短所と想っていた場所でさえ長所に出来るんだ──
貴族とは何だ? 平民とは何だ?
貴族で魔法が使えるから偉いのか? では魔法が使えない平民は偉くないのか?
それなら、名も無き頃に主人や複数の人々を救ってきたあの男は偉くないのか?
平民だからと兵士の被害を蔑ろにした父親は偉いのか?
もはや味がしないほどに噛み締めた歴史や伝統は果たして大事なのか?
味があり新鮮味溢れる歴史や伝統無きモノは、軽視して良いほどのものなのか?
マルコは、色々考えながらも言葉を思い出す。
──マルコ、後ろに居ると三人が良く見えるだろ。ここが、お前の戦場だ──
──前に居る三人が居るから、お前は安心して俯瞰する事ができるんだ──
──けど、お前が居るから前の三人も安心して戦える……誰が欠けても、同じだけ危険度が増すんだ──
──前衛が居るからカティアは自由に動ける、カティアが居るから後ろを気にせずに二人が戦える──
──そして、三人がそれぞれに安心してられるのは、お前が居るからだ──
──自分が勝ちを拾いに行くんじゃない、全員で勝ちを拾いに行くんだ──
命令をすれば勝手に兵士は戦う、そんな認識だった。
しかし、それは”特別”だと、勝手に思い込んでいるからだ。
魔法使いは絶対的な戦力で、どれ程前衛がやられようとも敵を蹂躙できる……そういうものだと、考えていた。
けれども、実際には違うのだ。
ヤクモの言ったように、”誰か”が主戦力なのではなく”全員で主戦力”なのだと理解できた。
──カティア! お前が二人の苦戦を支えないでどうするんだ! マルコ! お前は見てるだけか? 本当だったら二人とも死んでるかもしれないんだぞ!──
馬鹿げていると、本当に思っていた。
二人がかりで襲い掛かられているのに、ミナセやヒュウガの攻勢をヤクモは一人でいなしていた。
それどころか……訓練とは言え、四人がそれぞれに攻撃してきているのに、それを受け持っている。
多人数を前に、ヤクモは”稽古”であるように隙や弱みを見せればそこを容赦なく突いた。
殴りかかったミナセが隙を大きく見せると、近くに居るヒュウガの方へ投げ捨てて攻撃を潰す。
ヒュウガが周囲を見ずに攻撃に白熱すれば、カティアやマルコの魔法へと誘導してぶつけた。
自衛隊時代に教わった格闘訓練だけでなく、格闘徽章を持った陸曹やレンジャー上がりの人から好意で教わった立ち回りや踏み止まりが、遺憾なく発揮されていた。
一転を集中するでもなく、胡乱な瞳が場を全てを掌握しようと意識を広く薄く戦いの場へと向けていた。
まるで感情が抜け落ち、熱気や生気と言うものをどこかへ置き忘れた様子で──四人を処理しきった。
それを、毎日、誰よりも重荷を背負った行軍の後でやっている。
最大四つの攻撃が自分に集中するのに、それを上手くいなし、防ぎ、回避し、或いは相打ちへと持ち込む。
それを一番遠くから、三人の行動や自分の魔法がどうなったかを俯瞰して見ているマルコは余計に思い知るのだ。
──俺が強いんじゃなくて、お前らが弱いんだ──
その言葉を聞いた時、マルコは「上から目線か」と憤った。
しかし、その言葉の意味が徐々に他の言葉で別の意味へと変わっていく。
──今は出来ない事が多いだけで、俺の方が幾らかできる事や知ってる事が多いだけだ──
──なら、お前らも似たような事がそれぞれ出来るようになる──
──色々な事が出来るようになって、今は見えない成すべき事が見えるようになったら強くなる──
思い上がりや驕りではなく、単純な「未熟なだけ」と言う意味だと知る。
そうなると、普段の怒声や罵声ですら「教育」が有るのだと噛み締める事が出来た。
──来週、総仕上げに入る。一番キツイ段階に入るので、覚悟するように──
その言葉の意味が理解できないマルコでもなかった。
徐々に増える訓練の負担や負荷、戦闘訓練で求められる役割の責任や緻密さ。
教わった事、教えられた事を全て求められながらも積み重ねてきた。
変化したのは体重や筋肉量だけではないと、マルコは手を握り締める。
そして……終わるのだと、終わってしまうのだなという僅かな虚無感が胸を占めた。
訓練は辛いし、後衛であっても容赦なく魔法を叩きつけてくる戦闘訓練。
それらは当然辛いし、一番身体能力の低いマルコからしてみれば苦々しいものばかりだった。
だが……
──マルコが限界なので、荷物の再分配をしてもいいですか──
その言葉で、最後まで歩ききる事が出来るようになった。
──僕達が前衛を抑えていれば、マルコ君がその分魔法を使う余裕が出来て、その回数も増やせる……──
オチコボレと言われた男が、背中を任せると言った。
──俺達は前に張り付いて、多少動くだけでマルコがやり難いと思う。意見があったら、何でも言って欲しい。出来る限り、お互いがやりやすいようにしていこう──
その親友も、どうしたらやりやすくなるか忌憚無く意見を言って欲しいと”信じた”。
辛さの中にある良い事だった、だからこそ綺麗に見えるのかもしれない。
そう思いながらもマルコは、似たような事を兵士達はやっていたのだろうかと考えてしまう。
ヤクモと言う男は、自分の部隊ではそうだったし国において全ての部隊がそうだろうと答えた。
血の繋がらない相手と苦楽を共にし、悩みを分かち合い、前へと進んでいく。
そうしたら、いつかは前の見えない傾斜のキツい道でも乗り越えて先が見えるのだろう。
その時、共に歩んだ三人とそれを率いたあの男を今のような目や感情で見る事が出来るのだろうか?
そして、上りきった先で四人が居なくなった道を一人でまた歩いていくのだろうか?
そういう事を考えると、マルコは急に未来がくらくなる錯覚を覚えた。
誰かを助けるという事、誰かに助けられるという事。
皆で事に当たる事、皆でどうすればよいか話し合う事。
それら全てが無くなったら、どうなるのだ?
答えはない、けれども答えは出さなければならない。
食事を終えて、マルコはゆっくりと席を立ち上がる。
下らない”バカ”だらけの食堂の中に、そうじゃない人が見える。
ミラノが居る、アリアが居る、アルバートが居る、グリムが居る。
カティアも居て──そして、ヤクモも居た。
下らない、下らないと思っていた場所も目線を帰れば違うものが見えるようになり、見つかるようになる。
自分の役割に一番合っているもので、一番見えていなかったものだった。
「……少しでも休んでおこう。どうせまた今日も大変だ」
マルコは食堂を後にすると、少しでも休んでおく為に寮まで急いだ。
訓練の時間が来れば否応無しに重い荷物を背負って、踏みしめたが為に幾らか滑りやすくなった雪の中を凍えながら歩く。
そして戦闘訓練では怒声と罵声を浴びながら勝ち星を目指して敗北し、談話室でまた話し合うのだから。
── ☆ ──
「おし、お疲れ!」
週末、アイアスたちは英霊全員で街まで繰り出して皆で食事をする事にした。
前々から「どこかで食べないか?」と言う話は持ち上がってはいたが、それが実現したのは三週間目が終わってからである。
酒場にてアイアスが音頭を取り全員が杯を掲げる。
ロビンを除き、誰もが酒の入った器を互いに重ね合わせた。
「いや~、教えるってのは本当にムズい。改めて、あいつがどれだけの苦労をしていたか分かるな」
アイアスはこの三週間の授業の中で、タケルやロビンと並んで闘技場における武芸の技術を教える事に集中してきた。
だが、自分の目から見ても、共に授業を受け持っている二人の目から見ても生徒の反応は半々だった。
「そう言えば、統率や統制、訓練や教育に関しては全部あの人が受け持ってたものね」
「いつ寝てたんだか、今となっちゃ分からねぇが」
「兵を率いて戦うのと、兵を育てるのはまた違うからね。それに、今回は学生が相手だから余計に難しい……理解はしていても、中々ね」
「魔法に関しても、やりたがらない生徒が居て大変よ。何の為に私が時間削ってるんだか分からないくらい」
「あは~、マリーちゃんは生徒に教えてるのは”ついで”だよね~。自分の研究と開発のお零れを生徒達に出してるんだし」
「その研究と開発も、生徒の為に態々修正し直してますけど? 私と同じ魔法を使わせたら何が起きるか分からないし」
それぞれに自分の行ってきた授業と、その反応をこぼす。
満足できる部分もあるが、やはり生徒が全員やる気を見せないのは不満でもあった。
「というか、アイアスが生徒の事をつかまえて何か言うとか、昔じゃ考えられない」
「うるせぇなぁ、わぁってるよ。不真面目な学生でしたよ、自分でも分かってるっての……」
「マリーちゃんは友達が居ないかったい生徒だったけどね」
「姉さんは途中から学校をやめたでしょ」
などと、散々な言い合いが続く。
かつて彼らもまた若く、勉学に励んでいた時期があった。
しかしそれらを踏みにじられ、日常を破壊され、戦乱に身を投じなければならなくなったのだが。
「不思議だね。俺もお世辞にも優秀だったとは言えなかったのに、周囲を見れば全員尖った人ばっかりだ」
「それをお主が言うのか?」
「やはは、面目ない。けど、学校にすら来なかっただろ? ヴァイスは」
「吾は優秀な個人教師が居たからな。学校などと言う場所に行く必要が無かったからのう」
最優秀だったが友人が皆無だったマリー。
病弱だったが故に学校を辞めたヘラ。
学校の不良で、勉学もお世辞にも優秀とはいえなかったアイアス。
常に眠そうで、何を考えてるんだか分からないロビン。
平凡で取り柄が無いと言えるほどに平均的だったタケル。
学校にそもそも行かなかったヴァイス。
学校に通う余裕の無かったファム。
英霊と呼ばれながらも、平穏だった頃の彼らは全員が平和を享受仕切った人物であった。
勉学さえ出来れば、自分さえ良ければよい。
自分さえ良ければ、他人はどうでもいい。
やる事さえやっていれば協調性は必要ない。
教わった事さえやっていれば、それ以上は必要ない。
そう言った”若さ溢れる生徒達”であった。
しかし、争いが──人類が絶滅するか、魔王を倒し生き延びるかの二択しかない世界が皆を変えた。
「お主らの教育や指導は、それほどまでに難儀しておるのか?」
「さっきも言ったけど、率いて戦うくらいなら簡単なんだよ。けど、そこまでの基本・基礎を叩き込むってのはやった事が無ぇ」
「俺はツアル皇国で幾らかやってみては居るけど、それでも試行錯誤してて中々ね……」
「やっぱり、あの人が居ないとここまで難しいんだ」
「う~ん……」
あの人、魔王と相打ちになりその存在を抹消した一人の英雄。
英霊になれず、戦いの終わりに満足して後を託して去っていった銀髪の少女。
身分が高く、戦う事や兵士を率いる事に優れていても兵を育てたり、その糧食や衛生などと言った雑務に関しては疎く、無知であった彼女達を支えた中心人物。
志願者に統率を仕込み、何をすべきで何に気を払うべきか教え、烏合の衆ではなく”部隊”を作る為に尽力した。
そして他の英霊達に”連携”や”傾向”と言うものを学ばせ、戦勝へと繋がるものを供給し続けたのだ。
「──こまかいとこまで、みるのはわかってないと、むつかし~」
「もうちょっと色々聞いておければ良かったけど……」
「そういう余裕も無かったもんね~」
兵達を率いる立場となってからは、全員が忙しさと不慣れな環境に時間を奪われた。
それは最終決戦間近になっても、兵の慰撫や鼓舞、休息や警戒、監視に費やされたままだった。
多少の暇を見て交流をする事はあっても、その余裕は休息に使われる事が多かったのだ。
当然、そんな知識等の殆どは口伝だ。
戦時中に必要な情報を優先して纏めたが為に、同じ仲間でありながらも失われた知識となった。
「──けど、ヤクモがおもしろいこと、やってる」
「あん?」
「──授業、おわってから、くんれんやってる」
「坊が自主的に訓練してるのは前からだろ」
「──すこし、ちがう」
「違うって、なにがだよ」
「あ~、えっとね。自分が指揮者になって、四人の人を率いて今度アルバートくんと戦う事になってるんだよ。で、その四人の訓練を~、夕食後にやってるの」
ロビンとヘラの報告に、酒と楽しさ、疲れ等で緩んでいた表情を引き締めるアイアス。
同じように、話を聞いていたタケルは反応を示す事無くその内容に意識が向かう。
「なにを、やってんだ?」
「えっと、詳しくは知らないよ? けどね、体力を付けるために重い荷物を背負って歩かせたり、その後で四人を相手に部隊としての行動や戦い方を見て、最後に寮でお勉強してる~って事くらいかな。お部屋で全員の事をこまかく紙に纏めてて、一人ずつ管理できるようにしながら兵科のお勉強とかしてる」
「なんだ、そりゃ」
アイアスはヤクモが兵士として勤務していた事があり、昇進する為に訓練を受けていた事まで理解している。
そしてそれは自分の知らない分野であり、自分の知らない知識や考え方がそこにあるだろうと興味を引いたのだ。
だが、逆に葛藤も彼の中に生じる。
自分がノコノコと「見せてくれや」とその場に加わる事で、訓練や教育を受けている四名が自然体ではなくなってしまうのではないかと言う可能性。
近くで見なければ分からない事が多いのに、近づけば”英霊”と言う肩書きが邪魔になる。
「くっそ、気になる! その四人は誰だ!?」
「えっとね、使い魔のカティアちゃんと、ミナセくんとヒューガくん、それとマルコくんかな」
「まる……は? 他人を馬鹿にする事しか能が無いあいつか?」
「あはは、そう思った? けどね、意外と頑張ってるみたいだよ?」
「ほ~ん……」
「本当だよ~。最初は着替えとか飲み物とか入れてた鞄に、今は石とか詰め込んで重くした状態で訓練とかしてるみたいだし。ヤクモさんもついて来てくれてるって事で喜んでるし」
「だが、奴の親父は……貴族至上主義だぞ」
アイアスは声を潜めながら、全員に伝わるようにそう言った。
貴族至上主義、魔法が使えない平民や庶民を家畜のように扱い、自分達を英霊の末裔であり神の祝福を受けた選ばれたものであると”特別視”している。
尻尾を出さないよう、尻尾を捕まれないようにはしているが、そう言った連中の悪名は徐々に滲み出ている。
圧政、特別税の制定や特権の行使、税金の着服。
気に入った女性を結婚していようが連れ帰る、失礼や無礼があったらその場で処刑する。
領地の状況を鑑みずに行われる好き勝手等々と、枚挙に暇が無いほど細かく沢山存在する。
「ヤクモに教わった事が、そのまま何か有った時に立ちはだかる敵としての脅威に繋がる。それくらい分かるだろ」
「んとね、私は大丈夫だと思うな」
「何でそう思う?」
「確かにマルコくんは良い話を聞かないよ? アルバートくんも酷かったけど、今のマルコくんは授業中にアイアスくんと戦ってる時のような顔をしてるもん」
「……どんな顔だ」
「真っ直ぐな目をしてて~、良い顔してる。分かるんじゃないかな~?」
ヘラに言われて、アイアスは口を閉ざす。
ヤクモと言う男が来る前のアルバートと、来てからのアルバートの様子が違うのは彼自身が良く知っていた。
出来る訳がない、敵う訳が無い、届く訳が無い、意味なんて無い。
理想を持ちながらも、心が歪に歪んでしまい現実を直視できないままに敗北に身を委ねた諦めの表情。
それでも理想を諦めきれず、かといって自分を押しつぶす物の重圧にも対抗出来ずに──腐敗する。
性根が腐りかけていたアルバートの顔を見ていたアイアスとしては、それを知っているからこそヘラの言葉を無視できなかった。
「それにね、ヤクモさんはちゃんとした教育をしてるもん。それに、今のマルコくんには仲間が居る。だからね、分かると思うんだ。貴族至上主義の父親の言う事じゃなくて、自分の頭で考えた”どっちが良いか”っていうのが」
「……お前は周囲を見るのが得意だもんな」
「顔色を窺って生きてきただけだよ。けど、間違った事言ってるかな?」
「いんや、信じる。少なくとも、超優秀で友達の居ないマリーよりは説得力がある」
「悪かったわね、友達が居なくて……」
引き合いに出されたマリーが不貞腐れながら酒を呷る。
それを見て周囲が幾らか和やかになるが、徐々に落ち着きを見せ始めた。
「で、話があったんだろ? ヴァイス」
「大事な話なんでしょ? 場を盛り上げたんだから、その勢いで口を滑らせた方が気が楽よ」
「あは~。お酒があっても無くても口を滑らせてるマリーが言うと、なんか説得力があるね」
「うるさい!」
「う、む。そうじゃな」
「水臭いよ、ヴァイス。命を懸けて、共に戦った仲間じゃないか。あの人の言い方をするのなら、俺達は家族だ。一緒に喜びを分かち合い、一緒に苦しい事も悲しい事も共有してきた。今更、遠慮なんてしなくて良いよ」
「そうか、そうであったな──」
ヴァイスは説得され、店の中で一番度の強い酒を一息で全て飲み干す。
一瞬彼女の頭を殴るような酔いが回ったが、頭を振って仲間達を見つめる。
「……ユニオン共和国で、元ユニオン国の首長をしていた奴が軍を動かした」
「魔物か? それともヘルマン国への示威行動か?」
「名目としては、かつてこの都市が襲われた事から、魔物の残党が居ないか確認するという事じゃ」
「はっ。二月も経過して、何が魔物の残党だ」
「うむ、吾もそう思う。それに、信じたくは無いがある噂を耳にしたのでな、それを伝えておきたかった」
「噂ってなによ」
「梯子を持ち出しておる。それとは別に、この都市に近い村落等で工房が吾の指示しておらぬ作業を始めた。そして作り出している部品が、攻城塔らしい」
ヴァイスの話を聞き、全員が言葉を失う。
学園方面に軍が動かされ、しかも攻城戦の準備をしている。
それらを結びつけ、始まるのが何かを想像するのは難しい話ではなかった。
「吾は明日、国に一度戻る。この懸念が杞憂であってくれれば良いが、もしそうで無ければの場合、お主等には重荷となるが、学園と生徒を頼む」
「おいおい、何で学園? ここには生徒しか居ないだろうが」
「逆じゃ、生徒しか居ないからこそ奴はここを狙うじゃろう。人質として、生徒しか居らぬこの学園はやりやすい。吾のいる国の困窮具合は、語って見せたじゃろ?」
「……おかしいな。俺は、ヴァイスが部隊の派遣と引き換えに食料の支援を頼めないかって話をされて、それを書面にして国に送ったばかりなんだけど」
「吾の意志や希望としては、それに間違いは無い。じゃがな、あの首長は”なぜ恭順を示し、頭を垂れた連中と同様に我が一族も貧困に喘がなければならぬのだ”と不満を示していた。それに、大分昔ではあるが生徒を攫えば取引材料になる、ともな。そもそも、元が戦いによって他の土地の物資や食料を得る事で生き延びてきた国々じゃ、農業にしても畜産にしても今日明日で出来るものではないからな」
麦は枯れ、野菜も朽ちる。
果実のなるような木々は珍しいくらいで、草の少ない土地が多く家畜を飼う事にも向かない。
それでも何とか不毛の地で国と言うものが成り立っているのは、馬鈴薯が有るからで、後はヴィスコンティに近い土地での農業やヘルマン国に近い土地での果実や狩りによる肉に助けられているからである。
ただ、それで国民の食を賄えているかといえばそういう訳でもなかった。
病になりやすい環境から、一度病にかかってしまうとそのまま亡くなる人が多い。
薬草が無く、薬学の心得があるものが居ない。
そして乏しい食料から病に対して抗する事が出来る体力を維持できずに死んでいく。
物資を他国から奪う、それは”合理的な”口減らしの意味もあり、止める事が出来なかった。
だが、それらをヴァイスが止めた、止めてしまった。
処刑でも追放でもない”生き延びる為の殺人”によって限られた食料をやりくりしていたが、それらが破綻してしまったのだ。
薬草や薬学で病から回復し、病にかからずに済む人が増える。
しかしそれ以上に、生産に時間がかかる食料の消費に歯止めがかからない事をも意味していた。
「なんとかなんねぇのかよ」
「あえて言おう、吾の言葉が絶対であったのなら、そもそも軍を動かさん。神聖フランツの民のように、絶対視して望まぬ事をせず望む事を……まあ、過剰じゃろうがしておったじゃろうな」
「嫌味です?」
「なんの、嫌味ではない。むしろ自虐じゃ。結句、吾は吾を召喚した国の首長やその民たる兵士達をも従えることは出来なかったと言う訳じゃからな」
暫く沈黙が場を支配したが、その中で能天気な「おっかわりにゃ~」と言う声が響く。
その声に誰もがそちらを見て、最初から最後まで飲食に集中しきっていたファムだと言う事が分かる。
「ねえ、ファム。今けっこう重要な話をしてると思うんだけど」
「にゃ?」
「そうだぞ。戦争がおっ始まるかもしれないってのに、なんでのんきに飯食って酒飲んでるんだ」
「いや~、けど今回集まったのって食べて飲むためじゃなかったかにゃ~。それに、私たちが慌てたり動揺しても、どうにもならないものだと思うにゃ~」
ファムの言葉を聞いて、タケルは息を漏らして笑う。
そして彼女の頭を撫でながら、その言葉にうなずいた。
「そうだね。ヴァイスが従えられなかったのなら、俺達の誰が居ても……向かっても止まらないと思うよ。じゃあ、今出来る事は?」
「──備える事だな」
「そうだね。けど、俺達だけじゃ生徒全員を守るには人数が足りない。なら、人手を増やす確実な方法は?」
「──しゅじんに、ほーこく、する」
「正解。とは言え、ツアル皇国は俺達が抜けて余裕はないし、神聖フランツ帝国も兵士と言うよりは僧兵だから戦力的な当てになるかは、正直首を傾げざるを得ない。となると、最近軍事演習をしていて動きやすい所と言えば?」
「マジか? 冗談だろ? ヴィスコンティの……二家に声をかけろってか?」
アイアスの主人はヴァレリオ家の当主で、ロビンの主人はデルブルグ家の当主である。
そしてどちらも公爵家の人間であり、その自由度や権力、兵力において頼もしいものであった。
だが──
「けど、それが一番確実だと思わないかな? 今すぐ兵の動員して欲しいという訳じゃない、ただ何か起こるかもしれないという懸念を伝えておくだけでも良いんだ」
「そう、だな……。だが、腑に落ちない。たとえ戦わなきゃ餓えて死ぬかもしれないとしても、ここに手を出せば三ヶ国から敵視されるのは分かりきった事だろ? それで三ヶ国が報復をしに来たらどうなるよ?」
「悪いが、あえて言わせて貰う。たぶん、三ヶ国が同時に攻めて来てもユニオン国だけではなくユニオン共和国として連帯している全ての国が集えば、負けぬ」
「ほう、大した自身だな」
「言ったじゃろ、魔石を用いた新しい装備を作ったと。ウチの者が先走ったが、ヤクモの持つあの武器に似ておる。弓よりも遠くから、騎馬よりも素早く相手を穿つ。魔法使いでなくとも扱え、訓練にかかる期間は……短い」
「お前、まさか──戦いそのものに、手を加えたのか!?」
アイアスの驚きは、伝播する。
ファムだけが無関係だと言わんばかりに飲食を続けてはいるが、一度だけ静かに瞳が二人を捉えた。
ヴァイスのした事は、新しい兵器の発明による人類そのものの戦力強化であった。
だが、それは今まで存在していた戦場の概念を破壊するものであった。
槍、剣、騎馬、弓、魔法……。
概ねそのようなもので構成されていた戦場は、その殆どが対魔物で作り上げられたものだった。
戦争や内乱のように戦いを実際に積み重ねてきたユニオン国、ユニオン共和国とは違うのだ。
実際に人同士で戦い、知恵や頭脳の深い人間を相手にした戦い方における知恵でも他国は劣っている。
その中に、銃と言う物をヴァイスは放り込んだのだ。
よりにもよって、ユニオン共和国に。
「魔石そのものに魔力を蓄積し、それを装着した武器は狙いを定めて引き金を引くだけで……見劣りはするが、弓よりも優れた威力を発揮する。まだ弓に比べれば遠くにまで飛ばぬが、それでも騎士の甲冑すら打ち抜く威力を持つ。戦場での利用は百五十から百米と、今の所見積もっておる。錬度の高い弓兵のおよそ半分。グリムの最長で八百じゃったか?」
「──ん、それくらい」
「じゃが、弓兵は訓練が難しい。もし装備の改良や更新が進めば、いつかは弓の出番は無くなるじゃろうと思っておる。そしてそれは、人類にとって脅威であったマンティコアだのゴーレムだのと言った魔物を容易く屠る。そのための武器……の、筈だったのじゃが」
「残念だったな、ヴァイス。人ってのは……綺麗事や素直な奴ばかりじゃないからな。だがどうする?」
「何とかする、と言う他無い。今までに無かったから事じゃからな、上手くいくかどうか」
「……それをやってくれてた奴が、居たんだよ。けど、今は居ないから」
タケルは、とある人物の事を口にした。
マリーは苦々しい表情を浮かべるが、それが事実である事を否定できない。
仲間で有れ味方で有れ有害であれば排除し、統制を維持する為に尽力してきた汚れ役が居た。
戦場に出る事は無く、英霊として相応しくないと消された一人の男。
ヤクモによって英雄殺しと呼ばれる、名も無き暗躍者。
「今更それを言った所で始まらぬ。言うなら”手持ちの札で勝負するしかない”と言う奴じゃな。それに、あ奴の所属も居場所も分からぬからな」
そう言って、ヴァイスは新たに運ばれてきた度数の高い酒を呷る。
一息で半ばほど飲み干し、その美味といわんばかりに吐き出された息でロビンが酔う。
クラリクラリとしているのを見て、アイアスはこれ以上は長話をするのは良くないだろうと切り上げる。
「……ま、これからも頑張っていこうや。教師なんて何するのか分からねぇし、これが正しいのかわっかんねぇけど!」
その声で再び英霊達は乾杯の声を上げる。
それらを聞きながら、ファムは混じるのに出遅れたのを慌てて誤魔化した。
── ☆ ──
バカと天才は紙一重とは言うが、俺は自分がどちらなのかを考える事は無い。
前者である事を自覚しているし、天才と言う奴は俺にも分からないような細かい成功への積み重ねをしていて、多くの着眼や発想を持つ人間だと思っているからだ。
専門性だけではなく、幅広く多くの知を有し、その応用や理解度では到底追いつかないものだと考えている。
画家を目指していた政治家、発明者でありながら芸術家など分かりやすい喩えだろう。
俺の知っている人だと、イラストだけじゃなく、小説を書いて自ら挿絵を描き、コミカライズも担当するという人まで居る。
「魔法の為の魔法?」
ミラノとマリーの仲が険悪なのは周知の事実だが、せっかくの土曜日だというのに二人とも俺が眠りこけている午前中にやって来た。
しかも同じタイミングであり、二人の用件は同じで「昨日どこ行ってたの?」という質問だった。
ヘラと教会だよ、眠いよ、疲れたよ、休ませてよとベッドに再び潜り込んだら襟首をつかまれ引き摺り下ろされた。
そして俺がしどろもどろになっていると、二人が勝手に喧嘩し出したので言い逃れのように「そういえば」と考えたのであった。
「また何か変なこと考えて……」
「カティアがやってる魔力の物質化と変化と同じ要領で、魔力って放出できるわけじゃん? それを第一の魔法として永続や持続、継続のものとして固定化して、それとは別に以後放つ魔法へのアシスト……じゃないや、補助に使えないかなと思って」
「魔法で魔法の補助とか、正気?」
あぁ、ぶぉおおおッ!?
ミラノとマリーが居ると、それぞれが二人居るような口撃力を持つからめっちゃ痛い!
それでも矛先が俺に向いたので、胃の痛くなるような言い争いは避けられたわけだが……。
「複合魔法と魔法の同時多数展開はマリーがやってただろ?」
「まあね」
「む……」
「なら、複合魔法の前身として補助魔法を展開して、それを利用や応用をした魔法の行使とかもありだと思うんだよ」
そう言いながら、俺は少しばかり考える。
魔法とは想像力だと、そういう風に出来ていると伍長も言っていた。
つまり、役割さえ与えてやればそういうことも出来るんじゃないかと頑張る。
しかし──
「……なに、それ?」
「うわぁ……」
「うおぉ……」
二人の否定的な反応を聞いてテンションが下がるが、自分も自分でイメージして出てきた補助用の魔法と言うのを見て微妙になる。
歯車? 円盤?
良く分からないけれども、手首からそんなものが展開されていた。
「あ、あぁ……。なるほど、直接補助の想像したからこうなったのか」
「何したの?」
「あぁ。俺は詠唱とか要らないし、発動の為に引き金……指を鳴らす事で魔法を使う事が多いから、たぶんその引き金を引いた後の補佐になってるんじゃないかなと」
イメージしたものが魔法の補佐と言うものだったので、失敗ではないのだろうが。
両手首を中心に魔方陣のようなものが出現している。
これで魔法を使うとどうなるのだろうかと試してみたら、人差し指程度の火を出す為に指を鳴らしたら天井にまで火が届いてしまった。
なにこれ、威力五倍バグ?
「え、なにこれ!?」
ミラノは俺の出した火の大きさで驚いているが、マリーは余り驚いては居ない。
むしろ呆れてるのか、半眼で俺の事を冷めた表情をして見つめている。
「またアンタは……」
「わ、悪い事をした訳じゃないだろ? あ、でも単純に威力を上げるだけなら不呪で服飾にでもそうした方が効果的か」
「え、付呪出来るの?」
そして、呆れていたはずのマリーが今度は驚く。
あぁ、そっか。付呪に関してはミラノが黙ってろって言ってたし、俺もなんだか”冷める”から忘れてた。
「い、一応? ただ、代償の素材が多いし、数回しかやった事が無いかな」
「ちなみに、何にどんな事をしたの?」
「普段着てる服に自動再生と、耐久度上昇。靴に足音静穏化と、同じく耐久度と、自動再生」
「……なんか、どこから突っ込んで良いか分からない。そもそも耐久度上昇ってなに? 自動再生とかスライムか何か?」
マリーの「なにコイツ、きっも」と言った感じの言葉と顔にも動じない。
何をしても無茶苦茶だという意味で馬鹿にされるし、一々傷ついていたら話が進まない。
「アンタがとんでもないとは分かってたけど、もう呆れるのも疲れた」
「コイツ、何も分からないのに魔法の発想と知識だけ飛躍しててワケ分かんない」
「あ~、はいはい。俺が悪かったですよ。けど、これだとなんか違うんだよな。こうして、こ──」
一旦取りやめて、イメージを新たに補助魔法を作ってみる。
しかし、今度は装飾品のように頭の近くに浮かんでいる。
これ、イメージの強化とかそういう意味なんかな……。
ただ先ほど腕に生じた歯車の魔方陣と違い、幾何学的でありながら常に歯車が動いている。
歯車の中に歯車が沢山あって、まるで懐中時計の内部のようである。
先ほどのは固定だったが、回転している事に意味があるのだろうか?
「なんだか、複雑そうな……けど、綺麗ね」
「それに関しては同意してあげる。けど、何なの?」
「さ、さあ……」
歯車とか、魔法……術式とかイメージしたせいで二つのラノベが混じってしまった。
これはこれで何の意味があるんだと指を鳴らしてみるが、やはりチートバグのような感じで威力が増すくらいか……。
「……いや、待てよ」
回転してるって事は、何らかのエネルギーが発生していたり、或いは”稼動”しているという事だよな。
交差する歯車、そして今展開している奴と同位の歯車を出して……噛ませる。
その間に想像するのはディスクだ、今出ているものはただの部品だな。
こうすると出来上がるのは、HDDのようなもの。
読み込みと書き込みの二枚でディスクを歯車と言う処理機構で挟んで、更に意味の有る物とする。
俺と言うパソコン本体と、補助魔法と言う外付けHDDで魔法を記録し、最大限短縮しつつ、感情や疲労、イメージで左右される魔法そのものを機械的に固定して、マリーの魔導書みたいに扱う……。
「あ、これ……杖と魔導書のような魔法じゃん」
「「ハ?」」
「や、だから。詠唱も効果も全てこの中に溜め込んで、魔法名だけで発動できるし威力はさっき見たとおり増幅する感じ?」
本と違って場所はとらない上に、要領は今の所想像もつかない。
視界に『魔法情報のコピーを行います』と出ていて、はい・いいえの二択が態々出ている。
何も考えないで許可したら、頭の中を焼かれるような錯覚がした。
しかしそれも一瞬で、直ぐに完了する。
の、だが……
「「はぁ~っ!?」」
「仲良いね、キミたち……」
「ざけんな、ざっけんな! アンタ、私の全てを無駄にしたなぁ!」
マリーがメッチャキレた。
胸倉を掴まれ、ガックンガックンと揺さぶられる。
そういやマリー、身体に刻印……刺青のようなものを入れて詠唱全省略した魔法を幾つか使ってるんでした。
それどころか手作業で書き込んだりして、大分時間をかけて作ったであろう魔法達を俺は短縮も省略もせずに脳からコピペである。
暫く俺を揺さぶっていたマリーだったが、突き飛ばすように離すと荒い息を漏らしながら徐々に涙を目の端に溜めていく。
そして「ぶぁ~か!」と言う捨て台詞と共に、俺のベッドへと潜り込んでシクシクとすすり泣く。
英霊なのにと思ったが、必要だったとは言え刻印を入れることその物を本来はしたくなかったといっていた。
女を捨てる、迂闊に肌を晒せないので結婚も出来ないと嘆いていたのを思い出した。
「仕組みは?」
「俺の居た場所で言う、情報の読み書きが出来る機器を想像して作った。新しく魔法を突っ込むだけじゃ補助にならないし、じゃあ読み取りだけじゃ今度は新たに魔法の蓄積が出来ないから」
「……あの女で言う、本が自動的に捲れるようなものね」
「そう、だね……」
ミラノに言われて、マリーの魔導書が自動的に捲れるのって詠唱や読み込み・読み取りに該当するのだなと理解する。
あれ、ただ格好良いだけじゃなかったんだな……。
「それ、私にも出来るの?」
「あ~、どう……かな。ミラノたちの知らない物を俺が引用してるから、それをミラノたちが真似出来るかって言われたら微妙だけど……」
システム画面で現在発動している魔法を見ると『青図の作成』なんてものがある。
どう言う事だろうと選択してみたら、詠唱文が長々と表示される。
「……は、四百字詰め原稿五枚とかアホだろ」
どれだけ長い詠唱文だ。
こんなもの、唱えるのは良いにしても気軽に使えるものじゃないぞ……。
しかし、ミラノは俺の言葉に食いついた。
「四百字詰めで五枚ってことは、二千字って事ね」
「あの、ミラノさん? まさかですけど、俺に全文書き起こせって言わないですよね?」
「この部屋に居座られるのと、大人しく帰ってもらうのとどっちが良い?」
恐喝だぁ~っ!?
自分の立場が女子寮に居る男と言う事でかなり危ういって知ってるのに、自ら火種を持ち込んだぞこの主人!!!
俺は大人しく手書きで詠唱文全てを書き起こす事を約束しながら、補助魔法を終了させた。
──デバイスの安全な取り外しに成功しました──
そんな文字が視界の隅に映り、やはりパソコン関連をイメージしたから外付け的な扱いになるのかと理解する。
そのうち「不明なデバイスが接続されました」と言うのも発生したりするのだろうか?
怖いから全力でお断りしたい所である。
「別に良いけどさ……。ただ、俺が今使った所害が有りそうで怖いんだよなぁ」
「害?」
「頭……と言うか、脳に負荷がかかる。自分の知っている魔法、詠唱文、効果とかを全て読み取って、情報を全て複製して吸い取る。俺なんかは最初から詠唱に頼ってないから負荷も時間もかからなかったけど、ミラノとかマリーが使ったら酷い事になるんじゃないかな……」
「──死なない?」
「分からない……。だからもうチョイ制御関連を煮詰めて、安全装置を何重にもかけないと」
「それが本当は詠唱とかで補ってる、使用者への配慮なんだけどね?」
お分かりかしら? 等と、ミラノが少しばかり偉そうにする。
俺の使う魔法は想像だけが先走りして、詠唱等で本来配慮されている『安全性』に関してはまったくの無頓着であった。
よくよく考えてみたら、何度か射撃をすると暴発して使用者の手や命を吹き飛ばす銃なんて誰も使わないわな……。
「安全なものに出来そう?」
「……う~ん、今の所どう手を加えて良いか分からないからお蔵入りになりそう。けど、良い発想だったし、性能も良かったんだよなぁ」
「魔法で、魔法の補助ね……」
そう言って、ミラノは暫く一人で考え込む。
何かのアドバイスや発想に至ったのだろうか?
彼女はメモ帳を取り出して、先ほど見た歯車を適当に描く。
右回転と左回転、そして俺の話から「魔法情報の読み込みと書き込み、放出と発動」等と書いた。
……あの、やっぱりこのご主人様頭良かぁないですかね?
俺もHDDだとか、ディスクしか想像しなかったが、後からそれぞれの役割をひり出す事は出来る。
けれどもそれらは”理解しているが故の理由付け”である。
ミラノはパソコンだのは知らないだろう、だからこそ余計に怖い。
「兄さまやアンタの言う”想像”と、それらを情報として蓄積する媒体。魔法と自身を繋いで、読み取りと書き取りを相互に行う理論。それと、魔法の発動に本来かかっていた詠唱や、魔力の消費を最適化して最短の時間、最小の労力、最大の効果を求める……」
メモ帳に見ている俺が読めないほど崩れた文字で字を書いてゆき、瞬きすら惜しいとばかりに彼女は集中し出した。
その様子が部屋に響いてから、マリーがミラノを見ていることに気がついた。
どうやら不貞寝をする気にならなくなったらしい。
「それで上手くいくと?」
「英霊様は胡坐でもかいてなさい。私はアンタも、ヤクモですらも越えてみせるんだから」
「いや~、俺を越えるのは簡単と言うか、着眼や発想が違うだけだし」
「アンタの言葉で喩えるのなら”基礎基本だけ出来ていても応用が出来なければ三流、応用が出来ても発展が出来なければ二流、発展が出来てようやく一流”って事ね」
「……それ言ったとき、ミラノ居たっけ?」
「口に出せば人伝に聞く事は出来るのよ。アルバートに言ったでしょ?」
「まあ、確かに」
「アンタは基本・基礎はないけど発展のみが出来てる。私は基本と基礎が出来てて応用を齧ってるけど発展を知らない……そういう事でしょ」
なんかそう聞くと、同期を……鶴巻 翔を思い出す。
中隊配属時、二人で一人と言われたのを連想したから。
「そういや、魔法に関する書物には目を通してなかったな……」
「魔法は全部カティに任せてるものね」
「あ~、けど──」
「これ以上仕事増やすの禁止」
部屋の壁や本棚に目線をさまよわせた俺にミラノが釘をさした。
マリーもそれを聞いて、布団を被ったままに「うんうん」と頷いている。
息ピッタリか、お前ら。
「話は全部聞いてる。朝何時に起きて、何時に寝てるか全部列挙する?」
「うわぁ……。なにこれ、ドン引き」
「何が書いて……うわぁ」
自分でも「うわぁ」と言ってしまった。
マリーも引いているが、俺の大まかな行動が細かく三十分刻みぐらいで記されている。
しかも内容まで書かれているし、それこそ朝の訓練から最近楽しみで仕方が無いハイテク兵器を弄ってる時間まで書かれていた。
「ミラノ……人の事付回すのは、ちょっと」
「そんなことしてるの?」
「ばっ、ちがッ!? カティやプリドゥエンとかに教えてもらったの!」
ばさばさとメモ帳を振りながら必死に否定するミラノ。
それを見ている俺もマリーも呆れるやら、そこまで強く否定しなくてもと困惑するやら……。
間に挟んでいた栞が飛び、俺はそれを手にする。
本に挟むような、綺麗な物だ。
少しばかり眺めていたら、ミラノが奪うようにしてとって行った。
「メモ帳に栞なんて入れたら、栞の方がもったいないぞ。頁の端を折るとかした方が目星付けやすいけど」
「う、うるさい!」
「けど、栞……栞か。そういや、アリアと外出した時に買ったっけなぁ」
大分前の話《二十三話》で、アリアに「何かあれば口が重くなるかも知れません」と言われたのだ。
で、次の外出時に購入したのだが、あれもまた大分時間がかかって参ったのを覚えている。
しかも栞一つで大分高いのな……、俺も本が好きだから栞一つでも悩んだりして選びたくなるのは分かるけど。
「……同じ柄だよな」
「──ッ!? そうよ、それがどうかした!?」
「なんでそんなに焦ってるんだ……」
「アンタがっ! 変な事を! 言うからッ!!!」
そんなに変な事を言っただろうかと記憶を遡っていると、意地の悪そうな顔をしたマリーがこう言い放つ。
「髪の色、目の色、体型、身長、声……何もかも同じだから、案外入れ替わってたりして」
その一言は、場を沈黙させた。
しかし俺は苦笑してそれを否定する。
「いや、ないだろ」
「何でそう言い切れるの?」
「ミラノは俺に言ったんだ、そう言った裏切るようなことはしないって。ミラノとした約束を入れ替わってるアリアと果たしても仕方が無いし、アリアとした約束を入れ替わってるミラノとしても仕方がないって俺が言ったら『そんなことはしない』ってはっきり言った」
「口でなら何とでも言えるでしょ」
「信じてもらいたいが為に常に代償や対価を差し出して発言するの? 血でも流しながら毎回毎回盟約みたいに言わなきゃ信じられないのか?」
「それは……」
「俺は信じると言った、ミラノはそう言った裏切る真似をしないと口にした。口約束であっても、それを信じてるし、それを破ればどうなるかなんてミラノにだって分かってるはず」
俺はマリーにそう言ったが、ミラノが少しばかり戸惑いながらも俺に問う。
「破れば、どうなるの?」
「物事によるけど、信用や信頼が損なわれる事に間違いはないかな。自分にとっては小さな事かも知れない、けれども相手にとっては無視できない大きな事柄の可能性だってある。それに……」
「それに?」
「ミラノは前に……一度だけ俺を助けてくれたんだ。だから、それを元手に信じてる」
「……なにか、したっけ」
「したよ。俺が辛かったり、苦しかったりしたら……出来るだけ、何とかしてあげたいって。召喚した事で俺から多くを奪ってしまったから、ゴメンとも言った《三十六話》」
そう、クラインを演じていたときの話だ。
公爵夫人が母親に似ていて、漂う香りや雰囲気、声や仕草等で挫けてしまった。
家と言う記憶や想い出の入れ物から離れてしまった事を思い出し、膝を抱えて蹲っていた。
そんなところへ、わざわざ窓から侵入してまでミラノは俺にそう言った。
ミラノは、心無き主人じゃなかった。
そう思えるようになったから、救われたんだ。
だが、俺の言葉を覚えていないのか……ミラノは黙っている。
そして一瞬だけ……戸惑うような、そんな顔を見せた。
その表情の意味は分からないが、俺があんな出来事の一つを重要な記憶のように大事にしていたとは思わなかったのだろう。
ミラノは落ち着こうとして息を吐くと、メモ帳と栞を静かに仕舞いこんだ。
「……ごめん、ちょっと出てくる」
「え?」
そして、先ほどまでの賑やかだった場が一瞬で曇ったかのように思えた。
ミラノが真面目と言うには少し悲しげな表情で、足早に部屋を出て行く。
残された俺は色々な意味で置いてけぼりを食らった。
「あらら、いっちゃった」
「いっちゃったじゃなくてですね、マリーも人の寝床に潜り込んでないで、帰りなさい」
「や~ですよ~だ。それに、私も今さっきアンタの言ってた事を自分なりに書き留めるのに忙しいの」
「人のベッドの中で羽ペンとインク使わないで!?」
ミラノと違ってこちらは羽ペンとインクである。
もし溢しでもしたら大惨事間違い無しであり、服にインクが付くのを恐れなければならない。
「じゃあ、最初からさっきの魔法を最初から説明しなさい」
「なんだか主人みたいに偉そうだね、キミ……」
そういえば騎士が居たと言ってたしな、逃げられたけど。
そこらへんミラノと過去形か現在進行形かで差は有るが、似たようなものなのかもしれない。
ため息を吐きながら、俺はマリーが満足するまで先ほどの魔法の構想や目的、それぞれの意図や意味などを説明させられた。
その結果マリーの魔導書に理論を導入したところ進歩し、魔法の発動までが若干早くなったが、完成品である為に恩恵が薄すぎたのであった。
~ ☆ ~
「ねえ、何でそんな事するの?」
アリアの部屋、ヘラに席を外してもらった中ミラノは部屋の主にそう投げかけた。
ミラノの表情は決して晴れやかではなく、学園に居るときには常に見せているような隙の無い真面目そうな表情は消えていた。
変わりにあるのは戸惑いと悲しみだ。
ミラノは自分自身が何者であるかを理解している。
その上で、昔から行っていた”入れ替わり”に関しても否定どころか肯定的にそれを受け入れていた。
なぜなら、オリジナルのミラノとは目の前に居るアリアであり、自分は偽者でしかないのだから。
それでも、学園に居る時はそれぞれの言動に齟齬が生じぬようにしてきた。
自分の発言だけじゃなく、誰に何を言われたのかまで記憶し、それを互いに情報交換し共有していた。
そうする事で、日陰者で魔法の使えない少女ではなく、主席で優秀な少女を演じる事で気分転換になるのならと……そうしていた。
だが、それが崩れた。
だからミラノは、アリアを問い詰めている。
「私、聞いてない。そんな大事な話してたなんて、そんな風にアイツが思ってるだなんて……知らない」
ヤクモの言葉と想いを聞かされ、共有されていない情報を知ったので問い詰めたのだ。
そして、その出来事や言葉があったのは休暇中の事で、クラインを演じていた時の事だと知らされた。
ミラノは主人である自分がそれを知らなかった事、そのやり取りに自分の騎士であるヤクモは重要視している事、そして今の今までそれを語らなかった事……。
裏切られた、ように彼女は感じた。
問い詰められているアリアは目を伏せて決して顔をあわせようとはしなかった。
そしてそうしているアリア自身が、自分に嫌悪感を抱く。
ミラノが強気に出られない事を知っていて、それを利用してこの場を乗り切ろうとしている。
嫌な女だと、自分がなぜその情報を共有しなかったのかを理解したうえで思っていた。
「裏切る、ところだった。アイツがどんなに救われて、どれだけその言葉で信じるつもりになってて……それで、私がそれを知らずに振り回してたかなんて。だってアリア、体調を崩しただけだって言ったじゃない」
「──……、」
「けど、そうじゃなかった。アイツ、一度挫けてた。──私、そんな事も知らないで大丈夫なんだって思ってた。何を言っても、何をやらせても『大丈夫』って思ってた。そんなの……馬鹿みたい」
自分達を救った時も、ヤクモは指示を仰いで当然の事のようにミラノ達を救った。
母親の為だと、父親の無理を聞いて自分を殺しクラインを演じてくれた。
マリーと言う英霊を救う為に、英雄殺しの裏切り者の前に立ちはだかった。
外交的な問題だからと、言われるがままに他国へ行った上に英霊ヘラを救い国を解放した。
そして今は魔法に関して様々な発想や理論を提供し、ミラノ達を学園と言う閉塞と閉鎖から解放している。
ヤクモは決して多くはそれらの『過ぎた事』に関して語りはしなかった。
泣き言、恨み言、疲労や疲弊についても本気で言い放った事がない。
ただメンドウだとか、ノンビリしたいという”願望”を述べるだけで……ミラノは、そればかりを信じていた。
だが、そうではなかった。
精神的に強く、決して折れることが無いだろうと思っていた相手が、自分達の母親を見て実の母を思い出し、心折れていた事をミラノは知らなかったのだ。
そして、自分が”相手の善意”に乗っかって何をしてきたかを、言って来たかを思い出して嫌悪する。
これくらいなら大丈夫、これでも大丈夫と……信じて。
アリアにかける言葉を徐々に失うミラノ。
感情は沢山の言葉を頭の中で生み出しはするが、理性がそれらを押し留めた。
仕方が無いのだと、所詮自分は紛い物だからそうされても仕方が無いのだと。
無理やりに、自分を抑え込もうとした。
だが……
「だって、ズルかったんだもん──」
ポツリと、アリアはそう溢した。
言葉の意味が理解できず、ミラノは頭の中の言いたかった事が全て抜け落ちてしまう。
アリアは、自己嫌悪に背中を押され、開いた口をから感情が毀れ出た。
「私、姉……ミラノが、羨ましかった。ずっと、ずっと」
「うら──なに、いってるの?」
「一人だけ檻から抜け出して、楽しそうにしてるの……羨ましかった。ずっと昔、あの日から私は病気っていう檻の中に居て、ミラノは学園と言う道の敷かれた勉強に退屈してて……。なのに、一人だけヤクモさんと一緒に出て行っちゃった。見てて、楽しそうで、羨ましくて……。私だけ、魔法も碌に使えない駄目な子だったから」
アリアから聞かされた言葉に、ミラノは言葉を失う。
それは、初めて聞かされた不満だったからだ。
そして、羨ましいと言わせ、その上楽しそうだったと言われ……なんと言って良いか分からなくなる。
「私達を助けてくれた時、本当に騎士みたいだった。本の中みたいに、優しい言葉をかけてはくれなかったけど……私にとっては、それだけで騎士みたいだなって思えたの。けどね、ミラノばっかりヤクモさんと一緒で、私はそれでも罰なんだって思ってたけど──我慢、しきれなかったから」
ミラノは、同じ記憶を共有している。
だからこそ、兄と似ているヤクモを見てアリアがずっと辛い想いをし、羨み、苦しんでいたのかと考える。
しかし、それはミラノの見当違いな考えであった。
休暇であれ学園であれ、体調を一度崩すと数日以上寝込んだままが当たり前だったアリア。
そんな彼女にとって、本は友達ではなく親友であった。
アリアは、自分を連れ出してくれる王子を……騎士を求めた。
そして自分がそういう子なのだと言う自覚すらあった。
だから自分達を助ける為に全力を出し、そして愚かしいほどに真っ直ぐだなと『家族全員の絵画』を見た時に話をしてアリアは思った。
そして学園までたどり着いた時には、一粒の種が彼女の中に転がり落ちた。
屋敷に戻る少し前から入れ替わりを提案し、そしてヤクモとの時間を過ごす。
そうしている内に、彼女の中ではまだ自覚無いままに種から根が出て、侵食していく。
──やっぱさ、分からない事で不安になれば頼りたくなる時だってあるよ──
──そっか、なら信じるよ──
──いや、違うよ。俺と、ミラノ達とじゃ──
ただ強いだけならアリアの中にあった種は、根付く事はなかっただろう。
頼れる騎士であり、それ以上でも以下でもない関係になっていただろう。
しかし、違うのだ。
強いのに弱さを兼ね備えている、だからこそアリアはヤクモが気になった。
──さあ、どうだろうな。けど……言ってもらえただけでも嬉しいよ──
籠の中の鳥で、自分は駄目な子だと思っていたが……そんな自分が誰かの救いとなれた。
兄を演じていた男が、今にも泣きそうな顔をしながらも救われたのだ。
助けられるだけじゃなく、自分が助ける事ができた。
必要とされた、その瞬間に根ざしているものに彼女は気付いた。
それでも彼女は抵抗し、抗い、抑え込んだ。
だが、それも彼女自身が救われて……無駄となった。
──俺は恩を売り込めた訳だし、ミラノやクラインは大事な妹が回復して万々歳。俺の将来は安泰──
──嘘じゃねえよ。今度ミラノに聞いてみな?──
──夜遅くに部屋に来て、自分に出来る事なら何でもやるって言って頼み込んできたんだ──
──あの時の泣きそうな顔、今でも覚えてるね──
自分の身体を蝕んでいた病を治し、再び元気にしてくれた。
救われたアリアはその時、手を差し伸べられたような錯覚を覚えた。
だが、彼は手を差し伸べる事無く……その過程で苦しんだ事に責任を感じ、悪を演じた。
そしてアリアは、彼の居なくなった部屋で笑うしかなかった。
自分の兄がそうだったように不器用で、色々な事を気にかけてるのにそれを表に出さない。
恩を着せる事を拒み、気にならないようにとむしろ嫌われる事を選んだ。
だからこそアリアは、そんな生きる事が下手糞なヤクモを「仕方が無い人」と自分の中に根付いた物を受け入れた。
そして、その結果ミラノと対峙している。
「ミラノばっかり、ずるいよ。ヤクモさんと一緒で」
「だって、それは……」
「うん、分かってる。これは私のワガママだって。けど、もうちょっと……私にも、ヤクモさんとの時間が欲しいなあ」
「そんなの、言ってくれれば幾らでもそうする」
ミラノの言葉は真実で、本当にそうするだろうとアリアは理解していた。
それをアリアは困った顔をして受け入れるしかない。
徐々にミラノと言う己の分身の中でも芽生えつつあるものをアリアは認識していて、いつか断られる日が来るのだろうか? それまではそうしてくれるのだろうかと考えてしまう。
「けど、ミラノも隠し事あるよね?」
「それは……」
「栞、買って貰ったの初耳だもん」
言っていて「嫉妬深いのかな」と、自分で自分の言動に疑問を抱くアリア。
しかし、すでに口火を切って発してしまったものを取り消す事は出来なかった。
ミラノは指摘され、おずおずとメモ帳から栞を取り出す。
ヤクモの言う「アリアに買ってあげたもの」であった。
アリアはそれを見て、少しだけ安心しながらも嫉妬を隠せない。
だが……理性の方が感情を押さえ込んだ。
「……私達、いつか入れ替わる事も出来なくなるのかな」
「え……?」
「今までは一緒だったけど、これからも一緒とは限らないもん。それに、大人になったら体つきとかに違いが出たら隠せないし、全部の出来事をお互いに覚えておくなんて難しいと思うんだ」
「……そっか」
ミラノは、悲しい顔をする。
家のため、デルブルグ家の為に、クラインを失わせてしまった父やアリア、母の為にと生きてきた。
自分に出来る事が一つ減ってしまう、そのことをミラノは悲しんだ。
それを見て、嫉妬するのを幾らか抑えられたアリアは無理やりにも笑みを浮かべる。
「まだ、遠い未来の話だよ。だから、言わなかった事、言えなかった事……お話しよう?」
そして、ミラノにそう言って話を先へと進めることにした。
気付かれなければずっと隠していた事を、ミラノへと伝える。
言われなければ忘れていた事を、アリアへと伝える。
そうやって、まだ暫くは双子として……同一人物として生きていく事を二人は選んだ。
いつかは別々の道を歩むかもしれないけれども、それでも──まだ、先の事だとうなずいて。
そして盗み聞きをしていたヘラは、にこやかな笑みを浮かべるとその場を去った。
向かうのはヤクモの部屋であり、そこに居るであろうマリーの所へだ。
そういえば、最近姉妹間交流がご無沙汰でしたしねと思いながら。




