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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
7章 元自衛官、学園生活を満喫す
115/182

115話

「ごめん、おっさん。食べ物……」


 授業中に居眠りをしてしまい、その罰として食事抜きを言い渡されたヤクモ。

 昼食抜きだけでなく、夕食も抜かれてしまい空腹ながらも厨房までやってきたのだ。

 以前までなら夕食が抜かれても我慢できたが、いまや英霊に呼び出されて授業中に虐められているぐらいだ。

 肉体的な酷使や負傷とその治癒での消費カロリーがすさまじく、中肉中背で筋肉をほんのりと覆い隠していた僅かな脂肪も消費され尽くされていた。


「わ~、ヤっくん雪が凄いねぇ~」

「今日は、一段と外が吹雪いてさ……。流石に、空腹じゃ、寒さは堪える──」

「さっさと入れ、火が消えちまうだろ」

「あ、すんません」


 厨房の隅にある休憩場にヤクモは向かい、マントをゆっくりと脱ぎだす。

 トウカが雪を叩いたおかげで厨房に落ちる雪は無く、それを確認したヤクモはゆっくりと席に腰掛ける。

 マフラーも外し、すっかり私服姿へと戻っていた。


「で、今度はなにやらかしたんだ」

「授業中に居眠り。しかも半端に起きようと頑張ったからヨダレも垂らした。それで『恥ずかしかった』って怒られた」

「はは、恥をかかせたのか。お前ぇも中々肝の据わった男だな」

「や、だって……。魔法の授業、俺が既に理解してる理屈なんだもん。ちょっと退屈でさ──」


 そう言ってヤクモは最近の魔法理論の授業が、ほぼ自分の知識や認識の範疇に収まっていて真新しさが無くなった事を愚痴った。

 マリーや学生などにとっては未知であり新しい物では有るが、その大元がヤクモから来ている事もある。

 以前までなら自分の知らない事柄、この世界の事を知る一端を担っていた為にどれ程疲弊していても好奇心や興味から耐えられたのだが、今では新鮮味がほとんど失われていた。


「それに、最近ちょっと寝不足で」

「なんだ、虐められてるのか?」

「いや、最近やってる訓練に対して本とか自分の知識とかをすり合わせたり、新しい武器を手に入れたからその取り扱いの学習とかで、寝る時間を忘れて……」

「あぁ、そういや夕食後不振な連中が壁沿いに歩いてるって聞いたが、それはお前ぇらだったのか。何してんだ?」

「部隊指揮をお遊びで競い合う事になって、有志を募って連中を鍛えたり教えたりしてるんだよ。けど、やらせればやらせるほどこっちの時間がなくなってさ……」


 プリドゥエンの転送してきた強化骨格だの、パワーアーマーだの、靴に衝撃吸収ジェルを仕込んでみてその具合を確かめる等と自分の時間を幾らか使っている。

 その結果”久々の自分の時間”で大いに時間を使ってしまい、睡眠不足を誘発していた。

 

「貴族連中を従えてるのか?」

「従えてると言うか、一時的に協力して貰ってるだけ。んで、自分が知ってる部隊教練や、指揮の概要。あとは相手が概ねどのような編成をしてきて、こちらはどういう事を出来るようにして対処するか~とか。なんにせよ、人員の管理と監視が大変でさ」

「お前ぇ、兵士でもやってたのか?」

「似たようなとこだよ。下っ端も下っ端で、組や班を任される立場になろうとしてる最中──までは、いった」

「なんだ、煮え切らねぇ返事だな」

「その昇進訓練の最中事故ったんだよ。だから、失敗した」


 そう言ったヤクモに、料理長は暫く彼を黙って見つめた。

 ヤクモの表情にはかつてミラノやカティア等に語って見せたときのように陰りはそこまで無い。

 マリーを辛うじて救えた事、洗脳状態だったとはいえヘラと対峙しその命を救えた事。

 そう言った自覚無き「出来た事」と認識できる事が、彼を幾らか前向きにさせていた。

 だが、料理長は普段よりも幾らか多めに料理を盛り、酒を一瓶持ってこさせる。


「なんか、いつもより多くないッスか」

「良いんだよ。気にしてねぇで、食え、飲め」

「や~、今日は太っ腹だね~オヤっさん」

「トウカ、て前ぇ仕事は──」

「終わってるよん?」

「……そうか。ならつっ立ってねぇで座れや」

「あいさ~」


 トウカも席につき、料理長は持ってきた酒瓶の蓋を開ける。

 口をつける事無く幾らか飲んだその瓶を、ヤクモへと手渡す。

 飲むべきなんだろうなと、自衛隊の”あいさつ回り”を思い出したヤクモは同じようにしてその酒を飲んだ。


「んで、貴族連中はどんな風に虐めてるんだ?」

「虐めては無いって。理由も理屈もちゃんとある、その上で言われりゃ説明するし、そもそもあと二週しかないから本格的な扱きとかはしてないから」

「ほぉん?」

「本当なら部隊教練の基礎も基礎、基本教練や声だし、挨拶だの敬礼だの叩き込んで、理不尽を叩き込むと言う名目で様々な事をやらせるのが有るべき姿だろうけど、今回流石にそこまで時間が無いしなぁ」

「けど、雪ん中歩かせてるのな」

「体力は基礎中の基礎、魔法使いだろうが前線で身体張る兵士だろうが前提であり必須な能力だし。背負わせてる荷物で付加を与えてるから運動の苦手な奴でも底上げが簡単。しかも雪が降って寒いからそれなりに理不尽を味わう事が出来るし、理不尽を叩き込まれれば多少の事じゃめげないし諦めない」

「ヤっくんは色々考えてるね~」

「考えてると言うか、教わったり気付いただけなんだけどなぁ」


 ヤクモにとって、それらは全て学んだり受け継いだものであり、自分で掴み取ったものではない。

 だから別に凄いものでもなく、逆にそれを理解しちゃんと部下や後輩を律する上官や先輩は立派なのだと言う考えであった。


「騎士の真似事でも始めたのかと思っちまった」

「騎士がどんな訓練してるのかは知らないですけどね~。そもそも、甲冑を着込んで馬に乗って敵陣に突っ込むわけでもないし、むしろ弓兵や別働隊歩兵のような散兵としての心構えと言うか」

「──……、」

「ま、今回の一件で自分に従ってくれてる奴が元がどうであれ、学園を出りゃそれなりの身分や地位の人物として、いつかは兵を率いる立場だろうし。その時に下っ端の事を気にかけて、色々考えられるような人物になってくれれば、無駄じゃね~かな~って」


 別に兵士のような規律や、訓練などを丸ごと覚えて欲しいとは思っていない。

 ただ、ミナセやヒュウガだけでなく、何だかんだ色々と考えて質問を投げかけるマルコの事もヤクモは気にかけていた。

 だからこそ、そう言った連中の助けになるのなら、今回の訓練は無駄じゃないんだろうなと考える。

 それは除隊が決まり、去る自分が何を残し何を教えられるかを考える兄貴や父親のようなものであった。


「ま、ワガママって奴ですよ。かつて自分が出来なかった事を、心残りがあることを今清算し様としてる……のかな」

「心残り、か。そういやお前ぇ、召喚されたんだったな」

「あぁ、いや。別に召喚された事とは別に、召喚される前の自分の無様さや不出来を知ってるから、何かをしようと今更ながら足掻いてるだけっすわ。──はい」


 ヤクモは酒瓶を料理長に渡す、それを受け取り料理長も再び飲むとヤクモに返す。


「まだ若ぇんだからあんまり悩みすぎんな。まだ十とそこいら程度だろ?」

「まあ、そうっすね」

「早ぇんだよ、悩みだすのが。三十や四十になってから人生振り返れ。ハゲんぞ」

「はっ、ハゲ!?」


 ヤクモは前髪の生え際を抑えた。

 アーニャによって全盛期に若返らせて貰ったとはいえ、最期の時を迎えた自分の生え際が後退しつつあった事を自覚していた。

 それが遺伝なのか、それとも鬱屈としてしまうまでに色々と考えすぎてしまう性分のせいなのか分からない。

 それでも、ステイサムやブルース・ウィリスのようなナイスガイでも無いのにハゲるのだけは避けたがっていた。


「考え無しは居ただけねぇが、もうちょっと気楽でも良いだろ。トウカは逆にもうチョイ考えて生きろ」

「あれ、私に矛先が向いた!?」

「や~、トウカの気楽さはあやかりたいもんだな~」

「これでも色々考えてるよ! 朝ごはんとか~、お昼ご飯とか~、夕ご飯とか!」

「お前ぇ、全部賄い食だろうが! 文句あるのか!」

「何が食べられるのかってのは気になるの! 気にならない? 気になるよね?」

「まあ、美味しい物が食べたいのは分かるし、肉料理が沢山食べられたらな~ってのは思う」

「あ、思っちゃう? 仲間だ!」


 南米出身者のヤクモは、幼少期から安い上に美味い肉を食べて育ってきた。

 日本に来てからは肉は高価なものとなり、異世界に来てからは余計に肉から縁遠くなってしまっている。

 アサードとまではいかずとも、焼肉屋で思い切り焼いた肉をタレに浸してご飯と食べたいと言う欲が地味に高まりつつあった。

 トウカはトウカで、種族的に肉への欲求がそもそも高いのである。

 二人の肉食を欲する相手に、料理長は呆れ返る。


「お前ぇらな……。肉は高ぇの知ってるのか?」

「あ~、やっぱ無理だよね~……」

「そもそもトウカ、お前ぇは今までのツケの支払いがあんだろうが」

「ツケ?」

「や~、女中さんやお手伝いさんの駆け出しだったときに色々壊しちゃってさ~。オヤっさんに借りて弁償したんだけどね~」

「それ、どれくらい?」

「あと五年働いたら弁償できるっけ?」

「七年だ。給金全額納入でも四年はかかる」

「ひえぇ……」


 どんな高価なものを壊したのか気になったヤクモだったが、他人様の失敗に踏み込むのは些かためらわれた。

 それに、現在ミラノから一月分の給料を始めて貰ったヤクモだったが、その手取りを思い出して「この世界の平民は普段何を食べてるんだ?」とか考えてしまった。


「給金全部入れたら生活出来ないんじゃ……」

「んぁ? あぁ、このバカとは同じ場所で生活してんだよ。だからなぁんにも困る事ぁ無ぇ」

「……同棲?」

「保護者だ」


 へんな言葉を吐き出し、その大きな手で頭を掴まれるヤクモ。

 そのまま握り潰す事が出来てしまうのではないだろうと考えてしまい、直ぐに「サーセンっしたぁ!」と言う悲鳴が上がる。


「りょ、両親は?」

「ん? あ~……」

「分かんないかな~。ちっちゃい頃にはもう一人だったし、オヤっさんに拾われるまでは一人だったから」

「ひと、り?」

「んとね」

「トウカ」


 トウカが昔語りをしようとしたが、料理長がそれを止める。

 彼女は料理長を見て、それから彼が厨房やその向こう側で働いている料理人やメイドを顎で示す。

 それで理解したのか、彼女は両手を叩いて謝る。


「ゴメンね? 言っちゃいけない事だった」

「少しぁ周囲を見て話す内容選べ」

「あ、いや。俺も尋ねちゃいけない事聞いたみたいで、ごめん」

「場ぁ選べってだけだ。トウカが話しても良いと思うんなら、別に構わねぇよ」


 そう言って料理長は残った酒を呷りきり、酒瓶を空にした。

 そして大きく息を吐くと、ゆっくりと熊のような巨体を椅子から浮かす。


「食い終わったら皿はそのままで構わねぇ。トウカ、分かってるな?」

「あいさ、食器を下げて片付ければ良いよね?」

「ん」


 そして料理長はゆっくりと厨房へと戻り、料理人たちが行っている明日への仕込を監督しに行った。

 残されたヤクモは食べかけの食事を口にしながら、色々と考える。

 どのような言葉をかけるべきか、何を言えば良いか。

 それは前向きな思考ではなく彼の得意とする”逃げの思考”であったが、そのままでは良くないと言う根幹が有った。


「ま、まあ。別に人生井戸井戸《Well Well》……じゃねぇや。色々有るし、別に言わなきゃ相手と関係構築できないってわけでもないしなぁ」

「ん? そう?」

「そうそう。そんな事言い出したら、俺なんて昔何してたか幾らか覚えてるけど、自分のことを殆ど覚えてないような奴だぞ? 一番信用も信頼もされないし」

「そっかな~、信じる事ができる匂いしてると思うけど」

「……それ、どんな匂い?」

「んと、私の安心する匂い?」


 どんなだと、ヤクモは内心突っ込んだ。

 改めて自分の服の匂いをかいで、地味に汗の匂いがこびりついているのを知る。

 汗の匂いで落ち着くとか、両親のどちらかがそう言った汗ばむのが当たり前な仕事をしていたのだろうかと考える。

 それ以外にも血だの硝煙だのと心当たりもあったが、最近使ってないしなと除外する。


「けど、おっさんと一緒に暮らしてるのか……」

「部屋が同じってだけだよ? 学園の隅~っこの方に学園で働いてる人の為の住み込みが有るし」

「あぁ、アレか」


 城壁沿いに行軍訓練をしているヤクモだが、離れた位置に何の施設なのか分からない建物がいくつかある。

 そのうちの一つがメイドや料理人の宿泊場所だと知って、新しく情報に加え入れた。


「快適だよ? オヤっさんと二人で一部屋だけど寒くないし、寝る所も柔らかくて暖かいし。ご飯はオヤっさんが作った奴を食べられるし、幸せだよ」

「──そっか」

「あ~、信じてないね? オヤっさんと色々な国を渡り歩いてる時なんか、野宿とかも当たり前だったもん。それに比べたら天国だよ~」

「そんなに?」

「だって、襲ってくる魔物も人も居ないもん。それに、食べ物を取りに行く必要も無いし、水が無くて死にそうな思いもしないしね~」


 トウカは遠い思い出のように語り、彼女は彼女なりに大変だったんだろうなとヤクモは考える。

 幸福な人はそれぞれに似通うが、不幸な人はそれぞれに不幸なものであると言う名言を思い出していた。

 

「ささ、あんまり長居するといつも一緒のご主人様に怒られちゃうんじゃない?」

「やっべ──」

「また時間が有るときにでもおいでよ。オヤっさん、何だかんだヤっくんとお話してるとき楽しそうだし、それはたぶん良い事なんだと思う」

「優しい、と言っていいのかな」

「どうかな。お父さんとお母さんの顔は知らないけど、やっぱオヤっさんが楽しそうなら私も嬉しいし」


 そう言いきって「ニシシ」と笑みを浮かべるトウカを見て、ヤクモは小さく笑みを浮かべた。

 自分の周囲に居るのは基本的に特別階級の人物が多く、向いている方向は違えどもそれぞれに何かを背負った人ばかりだ。

 だからお気楽そうなトウカを見ていると、どこか救われるような気持ちになるのだ。


「──おっさんに、ご馳走様って。ありがとうってのと、美味しかったってのを伝えてよ」

「あいさ、りょ~かい」

「それじゃ」


 ヤクモはマントやマフラーを再び身に纏うと、扉を開いて若干横殴りめいた雪の中出て行く。

 それを見送ってからトウカは「さてと」と腰を上げ、空になった器を運び片づけを始める。

 

「トウカぁ、お前ぇ仕事終わってるつったじゃねぇかぁ!!!」

「あっれぇ!!!?」


 それは、日常の一ページであった。



 ── ☆ ──


 ヤクモがマリーの居る研究室に自主的に足を運んだとき、彼女は幾らかの驚きを隠せなかった。

 彼と言う人物の根っこは主人であるミラノを基点としたものであり、学園の教師側とは縁遠い存在だからである。

 それ以前に、ヤクモは前衛として日々肉体的な訓練をしており、後衛で魔法を使うマリーは専ら研究や開発を積み重ねるのでどうしても行動が重なる事はなかった。

 僅かに空いている時間はあっちへフラフラ、こっちへフラフラと風になびく風船のようであり、マリーは些か不満を隠せずに居た。


「召喚術をして欲しい?」


 しかし、その不満もヤクモの言葉で雲散霧消してしまった。

 言葉の真意を理解できず、彼女は自分のしていた作業を中断する。


「以前、俺の記憶から召喚をしただろ? 本当はその土地で散った兵士とか、なんとか──そういうのを呼び出して、仲間として戦わせる奴」

「そりゃ、別にしてあげても良いけど。なんで?」

「いや、ちょっと……」


 普段色々な事をハキハキと言う彼が珍しく言いよどむ。

 それを見て、マリーは少しばかり考え込む。


「──理由は、聞かせてもらえないって事?」

「あ、いや。俺が、個人的に言いたくないんだ」

「なんで?」

「恥ずかしいから」


 理由が個人的に”恥ずかしい事”だと、臆面も無く言い切った。

 それを見て彼女は「恥ずかしがってるように見えないんだけど」と言ってしまう。

 視線を彷徨わせた彼は、諦めるように息を吐いた。


「仲間に、会いたくて」


 その言葉を聞いて、マリーは複雑な気持ちになった。

 仲間に会いたい、それは別に悪いモノではない。

 だが──


「言っておくけど、アンタの記憶から呼び出したのはホンモノじゃないの。どんなに郷愁を抱いても、どんなに会いたくても所詮は偽者。アンタの印象、アンタの想像、アンタの感想、アンタの知っている事でしか構成されない見た目だけの空洞なのよ」

「分かってるさ、分かってる。それでも、会っておきたいんだ」

「何の為に?」

「俺が、迷ってるから」


 そう言い切ったヤクモの瞳は真っ直ぐだった。

 しかし、一秒、二秒と時が経過するにつれてそれが表面を取り繕ったものだとマリーは悟る。

 細かく震えている目が、何度かマリーの瞳から逃れる。

 それでも「反らしたらだめだ」と言わんばかりに、彼女を見つめてくるのだ。

 

「何に迷ってるのかは、聞いちゃ駄目?」

「──……、」

「今更、それを言うのを躊躇う間柄じゃないと思ったんだけど、私の勘違いだった?」


 マリーは自他に対してそうしているような厳しい表情をしているが、それをフニャリと和らげた。

 下手な”優しげな表情”であったが、それを見ているヤクモは情けなさと共に泣きたくなる。


「今やっている訓練で、正しいのか分からなくなってくる。昔、自分がどうだったかを思い出して、それで四人がちゃんと迷わずに、不安がらずに歩けるようにしたいんだ」


 ヤクモの言葉を聴いて、マリーは「なんだ、恥ずかしくないじゃない」と言った。

 けれどもヤクモは首を横へと振る。


「いや、本来はこんな事で迷ったり悩む事自体が馬鹿げてるんだ。俺が未熟だから、不出来だからこんな不要な事をしなきゃいけないんだ」

「良いと思うけどな、私は」


 自分の思いを、悩みをスッパリと否定されたヤクモ。

 一瞬言い募りかけたが、彼女はそれでも優しそうな表情を何とか浮かべようとして、それを自身に向けているのに気付いて口を噤む。


「最初から何でも出来る人がいたら、寂しいもの。それに、アンタがどう思ってるかは別としても、私はアンタを仲間だと思ってるから、頼ってくれた事は──嬉しいと思ってるし」

「……そう言ってくれると助かる」


 ヤクモはマリーの言葉を、そのままの意味で受け止めた。

 仲間なんだから助け合って当然で、悩んでいてもそれを笑ったりしないと言う”自衛隊における仲間”の感覚で、それを受け入れたのだ。

 

「──嘘じゃない。本当に、嬉しいんだから」


 マリーは、信用関係や信頼関係ではない意味で重ねてそう言った。

 しかし、ヤクモは社交辞令であるかのように「ありがとう」と言うのが、マリーは不満を募らせる。

 だが、マリー自身も「では、どうしたらまだ名前の見つからないこの感情をうまく伝えられるか」と言うのを知らず、黙るしかなかった。


「それで、何人? 十人? それとも全員?」

「──同期の九人と、三個班の自分を除いた二十三人、あと──隊長を」

「合計三十三人ね。それじゃあ、外に出ましょう。その人数だと研究室じゃ狭いし」

「ん」


 ヤクモが素直に従ってくれた事に幾らか喜びを覚えるミラノ。

 多くの事で彼は彼女に従わず、逆に多くの事で彼女を彼は従えて来た。

 立場の逆転した状況を、幾らか好意的に楽しんでいた。

 

 そして魔技修練場へとやってきた二人は、誰も居らず日が沈み生徒の居ない寒々とした空間へとやってくる。

 最近では夕食後も幾らかの生徒が疎らに訓練しに来ているが、日が沈んでしまうと寒くなるので誰一人としてその場には居なかった。


「それじゃ、思い浮かべておいて」

「あれ、前に俺の記憶から引きずり出したのは?」

「そうすると、私はアンタの記憶に潜り込む事になる。アンタが私に記憶の一握りでも見られても良いのなら……それでも良いけど」


 数秒彼は考え込む。

 自分と言う嘘と劣等感で塗り固められた人間の記憶を、果たして晒して良いかどうか。

 ヤクモが熟考しているのを見て、マリーは「悩まなくていい」と声をかけようとした。

 たとえ自分の負担が増えようが、他人の記憶に触れる事を是としなかったからである。

 しかし彼は苦笑する。


「手伝って、くれないかな。俺一人じゃ、たぶん全員を思い出す事ができないだろうから」


 その一言を聞いて、マリーは少しだけ笑みを浮かべる。

 自分が信じてもらえたような、あるいはそうしても良いと思われるような関係を構築できたような気がしたからだ。

 それと同時に、彼の気持ちや信用・信頼を裏切ってはいけないと気持ちを新たにする。

 信用も信頼も築くのは難しいが、失う事はとても容易い事だとマリーはかつて去っていった騎士から学んでいる。


「──気休めになるかは分からないけど、私は喋らない事を誓う。もし口にしたら、私は何をされても構わない」


 その言葉に対して、彼は困ったような笑みを浮かべるだけだった。

 それはさびしいなと思いながらも彼女は召喚術を始める。


 召喚魔法は使い魔を呼び出す魔法であり、召喚術は周囲の土地や人物に記憶されているモノを召喚する魔法である。

 遠い昔の戦場だった地域で戦った屈強な兵士を呼び出す。

 あるいは、自分の知る故人となった仲間を呼び出すなどと様々な使い道がある。

 だが、そのどちらも「本人ではない」のだ。

 どれだけ戦闘技術や立ち振る舞い、勇猛さを当人であるかのように示したとしても意思の無い操り人形でしかないのだから。


 目蓋を閉ざし同じ小隊の仲間や同期を思い浮かべるヤクモ、そんな彼に手を伸ばして詠唱をしつつ記憶を手繰り寄せるマリー。

 ヤクモの思い浮かべる人物達に連なる記憶が、自衛隊と言う組織での思い出がマリーの中に流れ込んでくる。

 それでも、できる限りそれらを意識せずに彼女は詠唱しきった。


「──……ッ」


 詠唱を負え、召喚されたヤクモの求めた人物達。

 霊体のように幾らか透けた彼らだが、その人物達を見てヤクモが繭を曇らせた。

 呼気が荒くなり、その呼吸に合わせて表情が歪む。

 その理由を理解できていたマリーは、自分の中に流れ込んだ記憶を噛み締めながらかける言葉を失う。

 

 ──俺のバディは、良い奴だ。俺は熟考してしまい動けないが、そんな俺の背中を叩いてくれる──

 ──俺のベッドバディは少し癖が有るけど、良い奴だ。すっ呆けた態度に、何度も救われてきた──

 ──○○は、お調子者だけど、その言葉に笑いを何度も齎してもらった、良い奴だ──

 ──■■は優秀で、俺なんか比べるまでも無いほど凄い奴だ。アイツが居るおかげで俺は前を向いていられる、凄い奴だ──

 ──俺と同じ海外から来た△△は話の通じやすい上に、気の合う良い奴だ。時には酷い失敗もするが、それでも海外出身者の俺は何度救われてきたか分からない──


 同期だけで、感謝や畏敬の念が九人分も流れ込んでくる。

 彼が本当に候補生時代に一緒だった彼らを大切にしていて、深く想っていたことがマリーにも分かった。

 

 そうやって、全員分の”気持ち”を共有したマリーは、下唇を噛んで短い間泣きそうな顔をしていたヤクモの事を理解する。

 最近の訓練で彼がそうしていた様な荷を背負い、様々な装備を身につけながら山の見える土地で延々と歩きながらも助け合っている光景。

 天幕を設営しながら振り分けられた組み分けで、同じ天幕になった相手と夜に乾杯をして酒を飲む光景。

 軽装で思い切り走りながら、とある地点まで走りきって吐瀉したヤクモに水を与え「深呼吸をして」と助けられている記憶。

 腕立て伏せをさせられながらも「お前らを想ってやらせてるんだ!」と言う副班長に『なるほどな』と理解を示している思い出。


 マリーは、彼の言う”仲間”と言う言葉と、自分の言う”仲間”と言う言葉で、どれ程の違いが有るのかを知った。

 同じ苦労をして、同じ苦しみを分かち合い、三百六十五日ほぼ同じ相手と日常を過ごし、同じように鍛錬をしている光景を見る事ができた。

 

 ──中隊は家族だからね。何でも一人で抱え込まないように、皆で助け合ってやってこう。私は君の親父だからね──


 ヤクモが今にも涙を流してしまいそうな表情をしながら見ていた”中隊長”が、そんな事を彼に向けて言っていた記憶もあった。

 片足を負傷し、松葉杖をついている彼へと送られた言葉だった。

 実際に血の繋がりは無い相手だが、それでも断片ながら見えた光景や記憶は密接な間柄に見えた。


 ──俺には仲間を……いや、家族を。殺せといわれて殺すのが正しいとは思えないがな──


 そして、マリーは思い出す。

 自分が英雄殺しに追い詰められたときに、相手他の間に入ったヤクモが吐き出した言葉を。

 その記憶と今しがた得た情報を組み合わせて、理解する。

 ただ目的を同じとすると言うだけじゃない、本当に苦楽を共にし長い時間を共有した”家族”だと……彼は思っていたのだ。


 マリーが流れ込んできた記憶と、解釈に整合性をつけた頃には彼は既に落ち着きを見せていた。

 そして一人ずつの顔を見ながら、小さく頷いている。

 何をしているのか、何を想っているのかはマリーには分からない。

 しかし、ヤクモの中で何かの整理が付けられているだろう事は見て理解できる。

 一人一人の顔を見る度に、彼の表情は部屋にやってきた当初の確固たる兵士の様相を取り戻していたのだから。


「──ありがとう、マリー」

「もういいの?」

「俺のやるべき事は、少し見えたよ。それに、どうすべきかも」


 そう言った彼は弱さも悩みも迷いも無い物で、泣きそうだった顔を見てしまったマリーは衝動が生まれた。

 彼を抱き寄せ、強がらなくても良いと、泣いても良いし迷っても良いのだと叱ってやりたくなったのだ。

 自分の口にしていた仲間と言う言葉が、彼の言う仲間と言う言葉の意味には程遠くて、彼もまた孤独なままなのだと思うと慰めてやりたくもなったのだ。

 姉が居る自分とも、苦楽を共にした自分とも、長い年月を共にした自分とも違う彼は──”仲間”が居らず、孤独なのだと知ったから。

 勢いで頬を叩こうとした片腕、抱きしめようとして硬直しているもう片腕。

 どちらが正解なのか彼女には分からず、そのまま”強いのに弱い”彼になんていえば良いのかすら分からなくなってしまった。


「う~ん、やっぱり真似事は真似事だな。もう少し色々考えないとな」


 そう言って、彼は既に切り替えを終えていた。

 頭の中では自分の従えている四人への訓練や自分の示している態度、彼らの扱いや指導方法等を考え直している最中であった。

 厳しくも優しく、その根底には愛情を必ず敷き詰める事。

 その想いを新たにして、自分に落ち度が無いかを様々な記憶から見直していた。


「それで、迷いは晴れたの?」

「いやぁ、自分の未熟さを改めて思い知らされただけだよ。こうやって……皆を前にしないと思い出せないことも多く有るんだなぁってさ」

「──なら、私は役に立てたって事で良いのかしら」

「お世話になりました、なんてね」


 ヤクモは出来るだけ深刻にならないように、ふざけた態度を前面に押し出す。

 しかし、マリーは理解してしまった。

 ヤクモは状況をぶち壊す為に、多くの場合においてふざけたり偽悪的になるという事を。


「ねえ、一つ聞いてもいい? アンタ、ノンビリって奴がしたかったんじゃなかったの?」

「ん? まぁ、今回の一件は休みに入る前からの約束だったしなあ。それに、自分がどこまで出来るかどうせなら試してみたいし。楽しいんだよ」

「たの、しい……?」

「昔を思い出すし、何だかんだ色々試して試行錯誤するのがさ。んで、疲れたら『疲れた~』っていってぶっ倒れて思いっきり眠ればいい。今はやりたい事があるから、それが終わったらノンビリするよ。マリーだって、魔法の研究や開発が楽しくて、眠るのを忘れたりするだろ?」

「……する」

「なら、同じだ」


 そう言って、ヤクモは笑みを浮かべた。

 一緒だなと、そういう笑顔だった。

 だからマリーは更に自分が変な勘違いをしていたのだと悟る。

 彼は同じなのだ、悲しい事や辛い事を抱えているからこそ、それらを糧にして生きているのだと。

 家族や自分の世界全てを破滅させられ、魔法に傾倒した自分と同じように。

 彼もまた、悲しみや苦しみを背負っているからその分頑張っているのだと理解できた。

 変な同情や憐憫をする所だったと恥じ入り、咳払いをして誤魔化す。

 その咳払いの意味が理解できずにヤクモはパチクリと数度瞬きを繰り返した。


「で、居眠りしたと」

「うぐ……なんで教室に居なかったのに知ってるんだ」

「はっは~、扉一つ挟んでるだけだから覗こうと思えば教室の光景なんて幾らでもお見通しなの。自分の考えた、自分の知識から出た事柄は退屈だって?」

「いや、面目ない」


 彼はマリーがどれだけ魔法に尽力し、時間と労力を注いでいるか理解している。

 だからこそ下手な言い逃れはせず、素直に謝罪した。

 しかし──


「ん? てか、待て」

「あに?」

「なんで俺が居眠りしたの見てるんだ?」

「ッ!?」

「そもそも、お前自分が教えるのは嫌だから部屋に篭ってるのに、何で教室の反応窺ってるんだよ」


 その問いかけにマリーは言葉に詰まった。

 そして答えられるわけも無い。

 ヤクモがおおよそどの時間帯に授業を受けに来るか知っていて、どのように授業を受けているかを覗き見ているだなんて。

 実際、彼女は授業の合間合間にヤクモの事を覗き見していた。

 それは放置されている寂しさとも言えたし、彼女自身何と言えば良いのか分からない感情に突き動かされ気になっているから見てしまうとも言えるのだから。


 ただ、それを説明するのは”ありえない”とされた。

 まるで自分が悪い事をしているようで、それこそ”裸になるような恥ずかしさ”が彼女の意識を支配したからだ。


「べっ、別に何したって良いでしょ! 邪魔したわけじゃないし! きっ、気になったから覗いただけ!」

「ま、そうだよな。自分の発見や研究が生徒達に教育で広められている訳だし、反応ってのは気になるよな。分かる、すんごい分かる」


 そして見当違いな方向へと理解を示し、マリーは無性に殴り倒したくなった。

 そうじゃない、そうじゃないと叫び倒したかったが、そうすることで「じゃあ何なの」と指摘される事のほうが彼女にとって恐ろしい事だったのだ。


 マリーが悶々としている傍らで、ヤクモはヤクモでそんな彼女の葛藤を知らぬ存ぜぬとばかりにやって来た黒猫に気がつく。

 そして猫が大人しいのを良い事に抱き上げて「ま~たミナセの所から逃げてきたのか?」等と楽しげに喋っている。

 彼女にとってそれは余計に腹立たしい事であった。

 人が色々と悩んだり考えたり戸惑ったりしているのに、目の前の男は基本的に”平坦”なのだ。

 自分が”他人に対して煩わしい物を抱えているのに、お前は何だ”と、マリーは不愉快になる。

 そして目の前の男が”他人に対して取り乱したのは何時だっただろうか”と考え、いくつか思い出した。

 マリーを庇って立ちはだかり、仲間──家族じゃないのかと英雄殺しに言い放ったとき。

 彼女の姉であるヘラが死を受け入れ、生きる事を諦めるな……生きる事から逃げるなと叩きつけた時。

 そして──彼女が唇を重ねた時。

 

 其々の表情をマリーは克明に思い出せ、そして……気に入らない。

 彼女にとって初めての事だったし、それなりに勇気の居る事でもあった。

 しかし、ヤクモは無かった事のように接して来ている。

 彼女は会う度に、或いは二人きりの時に何度か鼓動が高鳴るのに、その素振りすら見せないのだから。

 それどころか、訪ねて来る事さえしないので、それが不満であった。


「ご飯は? 食べたか。寒くないか? 散歩の最中かな?」


 ただ、それでも不満だの何だのを押し退ける位には彼女は意外だと思っていた。

 猫と触れ合い、言葉を投げかけているヤクモが微笑を浮かべているのだ。

 それは周囲を安心させる兵士的な笑みではない。

 それどころか、感謝や安心を示す素の彼が浮かべる普通の笑みでもない。

 見た事の無い笑みと声色に、彼女は文句を言う気さえ起きなかった。


「動物が好きなの?」

「好き、なのかな」

「なんで曖昧なの」

「俺がどう思ってるかってのと、相手がどう思ってるかってのが一致しないとタダの独り善がりだろ」


 そう良いながらも、態度や表情から動物が好きなのだろうなと悟る。

 彼女が近寄って手を伸ばすと、スルリと黒猫は彼女から逃れるように反対側の肩へと移動する。

 地味に、マリーは傷つく。

 しかし直ぐに様々な薬品や匂いの強烈な物を扱っている事を思い出した。

 そのせいだろうと信じて、それ以上近寄るのはやめる。


「──なんかそれ、人との関わりでも言わなかった?」

「あ~、ん~。そうだっけな。けど、同じだろ。自分がどう想ってるかとは無関係に相手は相手で色々な事を思うんだよ。幾ら好きでも、幾ら憧れてても。自分がそう思って無くてもこの猫のように懐いてくれたり好意を示してくれる事だってあるし、逆にさっきのマリーみたいに好意を示しても相手がそう思ってないからスルリと逃げられるって事もあるんだからさ」


 だから多く期待しないし、自分の判断や評価を他人に求めたり押し付けたりしない。

 そう言って彼は猫を可愛がった。

 マリーは、目の前の男が「自分が見たり、聞いたり、感じたりしたもの以外は推測や憶測でしかなく、絶対ではない」という考え方をしていると知った。

 つまり、相手がどんなに想っていてもそれを伝えられるまでは確定させない。

 そして自分がどんなに相手を評価していても、その評価自体を相手に押し付け求めないと。

 だから彼は直面するまで揺らがず、自体が大きくなければうろたえない。


 マリーは召喚術で呼び出した自衛隊の仲間や同期を消すと、静かに言う。


「それって、言われなきゃ──断定できるほど確信がなきゃ、確定できないって事?」

「そりゃそうだろ。こうやって喋ってる俺が何を考えてるかなんて分からないだろうし、同じように俺はマリー所か他人の考えてる事なんて分からない。人の怖いところは、相手の目の前では笑顔で友好的に接する事ができるのに、当人の居ない場所では悪意を吐き散らかす事が出来る二面性を持っているって事」

「ふぅん、そう──なんか裏切られた事が有るみたいな言葉ね」

「有るよ、幾らでも、何度でも」


 その言葉が、どんな思いで吐き出されたのかはマリーは知らない。

 しかし、流れ込んできた記憶の一つに紛れ込んでいた物がそうなのだろうと彼女は理解した。


 ──この税金泥棒がよぉ!──


 その言葉でヤクモがどう思い、感じたのかまではマリーは理解できない。

 しかし、強烈な記憶として焼きついているその言葉と共に、微かに描写される”土から生えているように突き出された腕”。

 

 ──周辺諸国を威圧し、危険を招く自衛隊は要らない!──


 揺らぎ、二重にブレて映る視界の中でマリーには読めない文字で「平和な国に軍備はいらない!!」と書かれた横断幕を掲げ叫ぶ人々も見えた。


 ──ご両親も可哀想に。人を殺す訓練を息子が受けてるなんて──


 ──自衛隊が存在するから狙われる──


 ──防衛費は人を殺す予算です。自衛隊は違憲です!──


 ──仮に日本が侵略されても、『昔、日本という心の美しい民族がいました』と教科書に書かれればそれはそれでいいんじゃないですか──


 様々な声が、マリーの中に響く。

 そしてそれらが、目の前で穏やかな表情をして動物を可愛がる男の記憶から引き出されたものだった。

 しかし、最後の最後で声無き文字が見えてくる。


 君達は自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、歓迎される事無く自衛隊を終わるかもしれない。

 きっと非難とか誹謗ばかりの一生かもしれない。

 御苦労な事だと思う。

 しかし、自衛隊が国民から歓迎され、ちやほやされる事態とは外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか国民が困窮し国家が混乱に直面しているときだけなのだ。

 言葉をかえれば君たちが日陰者であるときの方が、国民や日本は幸せなのだ。

 

 ……そんな文字は、マリーの価値観とはまるっきり逆なものであった。

 たとえ家が滅び肩書きや爵位に意味がなくなろうとも”誇り”とは大事なものだと思っていた。

 しかし、その言葉は誇りとは無縁であり、活躍も功績も無い方が良いのだと説いているのだった。

 理解は出来ても、納得は出来ない。

 けれども──それが彼の背骨であり、その思想下で教育を受け、そして今……ここに居る。

 

「ま、人間ってのはそんなモノだって理解して、納得してるよ。人類ってのは、俺を含めてバカや屑の集まりだ。そんな連中を、他人をどうして信じられる? 英霊が来てその目的を知っても変化を受け入れない学生、崇高な目的の為だと言いながら今を生きる人々を蔑ろにする英霊。英霊を絶対視して、自らの成長や進歩を諦め揺り篭に生きる事をよしとした神聖フランツ帝国、血筋や歴史を絶対視して持たぬ者を軽視し歴史の浅いものを軽んじるヴィスコンティ……。そして、俺は保身の為に色々有りながらもミラノと言う自分よりも若い奴に従って、本来するはずだった苦労の多くを安価で供給できる学園に身を置いてる。どうだ? こんな中で立派だと思える奴が、一人でも居るか?」

「──……、」

「それでも、砂漠の中で試金石を見つけ出すような可能性って奴は……捨てられない。夢も、理想も、希望も──バカだと笑いたくなるくらいに、捨てられないんだよなぁ。ま、ただ俺が勝手に傷ついて、勝手に他人は糞だって言って、本当は良い奴が居るのに見聞きして確かめもせずに一纏めにして諦めてるだけなんだろうけど」


 後ろ向きな考えだが、前進する事を諦められなかった。

 前を向けないけれども、それでも”前進”し続ける事は選んだ。

 バカだと彼女は思い、そして”徹底的な不器用さ”と”変な生真面目さ”を同居させた人間の果てなのかと思った。

 

「よし、ミナセの所に帰りな。お前がどう思ってるかは分からないけど、良い奴なんだ。心配かけさせちゃ駄目だ」


 そう言って、ヤクモは名残惜しそうにしながらも肩から猫を下ろす。

 暫く黒猫は彼を見ていたが、小さく「にぃ」と泣くと歩いて去っていく。

 静けさと風の音、そして雪がどこかで落ちる音が聞こえる。

 寒さが痛いほど凍みていたが、直ぐに帰ろうと言う気持ちには二人はならなかった。


「アンタは、私をどう思ってるわけ?」

「それはどういう意味で」

「人として……かな」

「ん~、結局印象でしか語れないから大雑把になるぞ? 結局、積み重ねとも言うし、小さいものであれ大きいものであれ普段はそんなものを意識しながら他人と付き合わないだろ?」

「そう、ね」

「けど、そうだな。一緒に神聖フランツに行った時から帰るまで、決して長い時間じゃなかったけど一緒だった。話や軽口、言い合いをしながら歩いた道のりも、宿で飲み食いしながら過ごした時間も、襲われて肩を並べて戦った時も決して悪い時間じゃなかったし──それに、マリーは来てくれた」

「来て、くれた?」

「馬車に揺られて落っこちた時、マリーは自分が後衛だって理解しながらも来てくれただろ? 俺は……アレは嬉しかった」


 嬉しかったと言いながら、幾らかさびしげな表情を浮かべているヤクモ。

 それが”どう判断して良いか分からない出来事”なのだろうと、マリーは見る。

 なぜマリーがそうしたのかで判断がつかず、出来る限りマイナスの方向で帰結させようとしていた。

 好意や仲間意識では無いのだろう、英霊たちは『人類を救う為』に存在するから、自分じゃなくてもそうしたのだと言う”変な期待をしないで済む答え”。

 

「──アンタは私を助けてくれたし、他にも助けてくれたでしょ」

「そ、う。だっけ?」

「薬。私が眠れなくて酷い顔をしてた時と、そのあと体中が痛かった時。アンタは私に色々してくれたのを忘れてない。だから、アンタで言うなら恩って奴があったし……気に、かけてたから」

「──そっか」


 マリーの言葉を聴いて、寂しげな表情が幾らか明るくなった。

 彼の中のみで完結しようとしていた物が、マリーと繋がったのだ。

 自分のした事が彼女の行動に繋がったと、そう判断したのだ。


 そして、彼女は一歩踏み出す。

 ヤクモという人間に、繋がりを得るために。


「そう言えば、アンタの言う仲間って家族って意味だったわね」

「あれ、言ったっけ?」

「だいぶ前に。アンタが私を助けた時にそんな事いったでしょ。仲間を、家族を殺すのか~って。私は、アンタの”家族”になれてる?」

「──……、」


 沈黙が既に回答となっていた。

 そして自分のした事に気づいたヤクモが「あ、いや」と慌てて口に手をあてる。

 マリーはあえて笑みを浮かべて「大丈夫」と言った。

 それは優しさでもあり、彼が行う”安心させる為”のものでも有った。


「いや、その……相手との関係をどう評価するかってのが苦手でさ……。まったく知らない人、知り合い、友達、親友、仲間、家族……って感じで。あ、親友と仲間は同じだと思って貰えれば」


 それでも、彼は”傷つけたのではないか”という思いで慌てながら、そう弁明した。

 彼の慌てっぷりを見て「学園であった時も、こうだったな」と思い出す。

 

「その”家族”ってのは、どういうものなの?」

「一年の中多くの時間を共にすごして……旅の時のように、起きてから眠るまでの一日の大半も一緒に過ごす。んで、辛い時も苦しい時も、楽しい時も悩める時も一緒に分かち合って生きる」

「あんな日常を、多く過ごすのね」

「まあね。面白いだろ? 血の繋がってない他人と一緒に過ごしてんのに、本当に──家族、みたいに思えてくるんだ。嫌な事が有っても皆が一緒で、嫌な人が居てもそんなのも当たり前で」


 実家に居ながら家族全員が家を離れたヤクモにとって、第二の”家族”とは中隊の皆や同期の事だった。

 マリーはそれを、かつての自分の仲間に置き換えて考えた。

 戦争と言えるような日々を繰り広げながらも、仲間と共に作戦や戦略を語りながらもその内雑談をしていくあの時間。

 あれが、家族だろうかと考えると、確かにヤクモの言う”仲間”には未だなれてないなと納得した。


「家族にはなれて無くても、仲間である事は撤回しない。お互い様って奴でしょ? それに、これからも何かあって肩を並べたりしているうちに、アンタが気安く色々話せるような関係になれるかもしれないしね」

「いや~、出来ればもう何にも無いでくれると助かるんだけどなぁ。戦うのも襲われるのも勘弁……」

「アンタがそう思っていても、人類の危機って奴が来れば嫌でも戦う事になる。その時には頼るから、背中は任せなさい」

「わぁお、最前線……」

「アンタが居るから私は安心できる、私が居るからアンタも安心して前だけ向いていられる。あんたが倒れれば私も倒れる、私が倒れればアンタも倒れる。そういうもんでしょ」

「そうならないようにしなきゃいけないのが本当の意味での戦いなんだけどな……」

「バカ。アンタは私に危害が加わらないように頑張る、私はアンタが生き延びられるように頑張る。そして互いに見捨てず、最後の最後まで自分に出来る事をやるって意味よ。私には魔法がある、アンタには──よく分からないけど、私達の知らない知識や武器や知恵がある。そして、たとえどっちかが斃れても、必ず連れ帰るって事」

「連れ帰る、か……」


 もし自分が斃れたら、どこに埋まるのだろうかとヤクモは考えた。

 No one gets left behind《誰も見捨てはしない》と言う観念は立派であっても、帰るべき場所はここには無いのだ。

 

「あぁ、まあ。もしそんな事になった場合さ、無理なら──コイツを片方だけ外して持っていってくれ」

「これは?」

「俺がどこに所属し、どんな人物でだったかを表すものなんだ。これだけでも持ち帰って……ミラノにでも渡してくれれば良いや」


 二つのプレートがくくりつけられている認識票ドッグタグをヤクモは胸元から取り出した。

 そこには英語で名前、自衛隊における認識番号、所属部隊、血液型が記されている。

 彼女は読めないなりに見つめるが、そこに描かれている意味は理解できなかった。


「あのチンチクリンで、いいの?」

「今のところ俺の主人だからさ、その死亡を通知する相手としちゃピッタリだろ? 俺の今の所属は、ヴィスコンティ国のデルブルグ家、ミラノ・ダーク・フォン・デルブルグなんだ」


 そう言ってから体温で温まった認識票を再び服の中へと戻す。

 それをみたマリーは、かつてヤクモに貸し与えた似通ったものを服の上からそっとなぞった。


「──さ、そろそろ戻ろう。流石に室内とは言え冷え込んできた」

「そうね。なんだか随分長く居た気がする」

「相対性理論って知ってるか? 楽しい時間はあっという間で、辛い時間は長く感じるっての」

「初めて聞いたわね」

「えっと、俺も専門的に学んだわけではないけど──」


 二人は話をしながらその場を後にする。

 若干寄り添うような近さで歩く二人は、まるで親しい間柄のそれにしか見えない。

 マリーは自分に説明をするヤクモを見上げながら、僅かに触れたり離れたりを繰り返すその距離感で唇を綻ばせる。

 そして彼女は、今はもう読む事が無くなった趣味や娯楽としての書物の内容にあった事柄を思い出し、それが出来ればなと考える。

 

 男女の恋愛を描いた物語で、女性の間では流行っていたとされる本。

 生身の肉体を捨ててから、未だ自分がただの娘だったときに読んだ内容を思い出すなんてと、彼女は笑ってしまう。


 その内容は若い男女の物語で、最終的には恋が実るというハッピーエンドの物だ。

 互いの身分の違いから自由に逢瀬を重ねる事は出来ないが、それ故に互いに緊張感のある時間を持っていた。

 互いに手を繋ぎ、或いは女性が腕にくっついたり、男性が女性を抱きしめて庇ったり。

 唇を重ねて互いを確かめ合ったり等と、色々な事が書かれていた。


 彼女は手を伸ばせばヤクモの手を握れるだろうか、それとも腕に手を伸ばせば掴む事が出来るだろうかと考えてしまう。

 しかし、未だ多くの事柄が始まったばかりだと彼女は考えるだけに留めた。

 今は色々な事を話、それを楽しんで聞いているというこの時間を大事にしたいと思えたから。

 そして二つの言葉が彼女の中には浮かぶ、それはきっと今の関係をどちらかへと壊す言葉だった。


 ──好きです、愛しています──


 けれども、マリーの中では確信めいた想像ができる。

 その言葉を聴いたヤクモは戸惑い、困惑して瞳を彷徨わせるだろうと。

 ヤクモの反応を見て、自分が傷つく事も、ヤクモが居た堪れない表情で俯いてしまう事も。

 そして互いの関係を壊してしまわないように、きっと自分は「なんて、冗談よ」と言うだろうということも、彼女は分かっていた。

 

 一歩進めばこの時間が終わる事を考えてしまうと、寒くても良いから歩く事を止めても良いと思っていた。

 彼女にとって、今はミラノと言う少女に繋がれたこの風船を、自分の方へと手繰り寄せる術が分からずに居る。

 だから彼女は待つしかない、理解してもらうしかない。

 いつの日か、訪れるのが当たり前になり、憩いの場や時間として認識されるようになり、今のように色々語り合える時間が当然のものとなるように。












  ── error ──


『──士長』


 遠い日の記憶だった。

 陸曹教育隊に行く前の師団検閲。

 四十Kmの行軍、次に装備の組み換えを行ってからする突撃。

 天幕の設営から、防御陣地構築、反抗に向けての対戦車地雷敷設等々といった”想定下”での状況だった。


 懐かしい顔、可愛い──今だからこそ臆面もなく言える、可愛い初めての後輩が大汗でドウランを幾らか落としながらも不安そうに俺を見ている。

 俺はそれを見てから状況を確認すると、私物のポーチからドウランを取り出すと、指に周囲の地形に応じた色を付ける。


『ほら、汗でだいぶ落ちてるぞ。自然色と違う色をしていると発見されやすいって教わっただろ』

『……落ちてますか? というか、そうじゃなくて──』


 彼が本当は何を言いたいのか分かっている。

 俺の首から追い紐でぶら下げられているLAMの事だ。

 俺よりも小柄で、未だ未熟だった後輩は行軍後の突撃でLAMを持ったまま突撃するのは大分無茶があった。

 それを分隊長へと進言して、俺が自ら持ったのだ。

 後輩は半ば怯えながら、半ば申し訳なさそうな顔をしているが──俺はそれを笑み迎え入れた。


『出来なかった事を悔しいとか、恥ずかしいとか思うのは悪くない。けど、今のお前に出来ない事だ』

『はい……』

『けど、次は更に一行程でも多く持てるようになれ。んで、いつかはちゃんと自分に与えられた役割を完遂できるようにしろ。その為に直上ちょくうえの俺が居るんだ、気にするな』


 そう言いながら、鼻の頭や耳、首などと言った戦斗服から露出している首からおでこまでの全てを塗りなおす。

 そしてそれを終えるとすばやくドウランをしまい、再び号令がかかるまで警戒を続ける。


『鉄パチの偽装も落ちてるな。これじゃ、陸曹まで遠いぞ?』

『すみません、それとありがとう御座います』

『良いって。それじゃ、俺はこっち見てるから自分の警戒する方向をちゃんと見ろ。んで、何かあれば伝達』

『了解』


 そう言って戻っていく後輩。

 暫くすると号令がかかり、俺達は富士演習場の草むらや凹凸を駆けていく。

 上官や先輩、同期や後輩が視界に入る。

 俺はそれを当たり前だと思っていた──。


『○○士長……』


 次に思い出したのは、除隊日前日の事だった。

 新しく入ってきた後輩や、部屋から去っていった先輩などの都合で部屋の配置換えが行われている。

 一人の先輩が上に居て、営内二番目にまで古参となっていた。


『そんな顔をするなよ。なにも死ぬ訳じゃない』

『──……、』

『それに、陸教に行くんだからもうちょっとシャンとしろって。俺は……お前に多くを伝えられなかったと思うけど』

『いえ、先輩にはすんごい……すんごいお世話になりました! 勉強も見てもらって、号令とか、着眼の見出し方とか……色々、教えてもらいましたし』


 目の前の後輩の戦斗服の襟には桜を模した章がついている。

 俺が除隊してから、この後輩は陸教にいく事になっている。

 そして実際に彼は行き、今では立派な三曹となっていた。


『本当は、もっと色々教えなきゃいけない事があった気もするけど、悪いな。その代わり、今度はお前が俺や他の先輩にしてもらったように、後輩を大事にしてやれ。やるべきをやらせ、やっちゃいけない事をやらせるな。その全ての理由を理解し、説明できるようにするのが上の勤めだ。虐めんなよ?』

『大丈夫ッス! ○○士長にして貰ったように、一緒に食べに行ったりしてますし。二人とも良い奴なんで』

『そっか』


 仲間……中隊は、家族だ。

 そう親父が、中隊長が──小隊長が、小隊陸曹が、班長が、副班長が言って来た。

 三百六十五日の殆ど全てを一緒に過ごし、一緒に飯を食い、一緒に訓練し、一緒に反吐を吐き、一緒に大隊長や師団長の要望事項に辟易し、一緒に体力検定を受け、一緒に富士へ行き、一緒に災害派遣に行き、一緒に防衛出動までした。

 中隊に入った頃はビビっていた陸曹も、何年も一緒に過ごしていると無意味に恐ろしいと言う事は無くなった。

 事務室で作業をしている事が多い幹部や中隊長も、自分が思うよりは人であった。

 

 俺は恵まれている、本当に──恵まれていた。

 なのに、だのに……足を壊し、曹にもなれず、俺は全てを駄目にした。

 暖かい場所、優しい家族。

 

『お前は考えすぎる所があるから、もうちょっと頭柔らかくして頑張れ!』

『ま、不器用なだけで問題は無いと思うから、あとは慌てずにやるんだぞ?』


 副班長や班長が陸教に行く前に奢りで応援までしてくれた。


『○○ぁ! 限界なら限界って言え! 一人でなんでもやるんじゃねぇ!』


 未熟だったときに、何度も何度も助けてくれた先輩。


『お世話になりました!』


 俺に出来た初めての後輩……。


『頑張れよ!』

『何かあったら電話しろよ!』


 違う班に居ても、そうやって送り出してくれた中隊の皆……。

 家族、かぞく、カゾク──。


 恵まれていた、恵まれすぎていた。

 なのに、俺は失敗した、駄目にした。

 今でも、悔やんでも悔やみきれない。


『それじゃ、元気でな』


 除隊の日、送り出してくれた人事陸曹の事だって、あの飽きるほど見てきた営門の事だって今でも詳細に思い出せる。

 最初の一年は駐屯地でさえ牢獄に思えた。

 二年目でようやく俺は中隊に馴染めて、駐屯地に居場所を見つけられた。

 三年目で、皆が家族だと……そう思えるようになった。


 しかし、俺はそこには居ない。

 そして今は、その時の残り香や残滓をかき集めて、真似事をしている。


『カティアぁ! 一人で何でもやろうとすんな! 何の為の仲間だ、何の為の同期だ! 自分一人で打開するのに意味なんか無えんだよ! それよりも少しでも生きて、仲間に負担を与えない事を考えろ!』


 出来ているかな……。


『ミナセぇ! お前が迷って戸惑った時間の分だけ、仲間が傷ついたり死んだりするんだよ! お前は前衛だろ、一緒に戦ってるヒュウガや、後ろに控えてるカティア、支援や援護をするマルコを信じて動け!』


 出来ているだろうか……。


『ヒュウガ! ミナセが足を止めたらお前が声をかけたり、足並みを揃えろ! 自分だけ突出したら良い的だろうが! ミナセが動けないのならカティアやマルコが居んだろ! 声を掛け合ってやれ!』


 どうだろうか……。


『マルコ! 何でもかんでも威力の高い魔法をぶっ放せば良いってもんじゃないだろ! ミナセとヒュウガが巻き添えを食うんだぞ? お前が殺すんじゃねぇ! もし不安ならカティアが居るだろ、支援や援護の手伝いくらい頼めんだろ!』


 不安しかない。


『お前のやり方で、本当に僕らは勝てるのか!?』


 そんなの、俺が一番不安だよ。


『私一人の方が未だうまく動けるのに』


 仲間とか……そういうのは、理解してもらえないのかな。


『もっと支援や援護があれば、僕も……その、やりやすいんだけど』


 マルコだけに魔法の負担を押し付けるわけには行かないし、カティアが前後の警戒が出来なくなるから余り要求するのは酷なんだよ。


『ここまで……やる意味は有るのかな?』


 ここまで、やらないで良いのなら……俺はもっと楽に生きられたはずだ。


 ゴメン、皆、ゴメン。

 俺が自衛隊から離れられなくて。

 俺の個人的な執着や依存の為に色々する羽目になって。


 けど、さ──


『曹になるってのは、自分の掛け声で人を動かすって事だ。沢山悩んで、悩んで。けどそれを見せずに、短い時間で正しいと思う判断をしなきゃいけないんだ。お前が迷えば、ついて行く奴も不安になるし、災害派遣とかだと国民が信じていいか困るだろ? それに、俺達がやるのは日本と言う国の為に、爆弾が降っても、鉄砲玉が飛んできても前に進んで敵を倒す事だ。そんな時に、背中も命も預けてもらえないような奴になったら、誰でもない自分が一番惨めだろうが』


 ……はい、そっすね。

 沢山悩んで、迷って……けど、それを見せるな。

 俺は今、四人とは言え率いる立場なんだ。

 だから誰よりも一番苦労して、誰よりも辛い思いをして、連中が文句を言えないくらいの負荷の中頑張って、全員を引っ張らなきゃいけないんだ。

 なら……


『お早う御座います、ご主人様』


 寝てる、場合じゃないよな。

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