114話
アルバートは頭を悩ませていた。
グリムや自身が目にしたヤクモの訓練光景や行っている内容を前に、集めた面子だけで勝てるのかどうかと言う事であった。
「どうであった、グリム」
「──ん。ヤクモ、指揮権のイジョー、してた」
「指揮権の移譲?」
「──責任の、分割? せんとー中の、各個の判断とか」
「何だそれは……!」
ヤクモの行っている訓練の内容がアルバートには自身で見聞きしようが、グリムから聞こうが理解が出来なかった。
そもそも戦列を組み、あるいは兵科に応じて部隊を別にするという観念の方が普遍的であり、ヤクモのしている”戦術単位の最小化”や”主導権の限定的な移譲”と言う物がそもそも異端なのであった。
「訓練内容はどうだ?」
「──ミナセも、ヒューガも、マルコもきょーい。ヤクモのしてる事と組み合わせると、読めない」
「読めないとはなんだ」
「──訓練ないよー、苦手なこともやらせてる。それとヤクモの教えを併せると、動きが分からなくなる」
「だが、それは逆に好き勝手に動くと言う事でもあるな。ただでさえ人数が少ないのだ、ならこちらは集中して各個撃破が出来る」
「──たぶん、それもむずかしー。その為に、苦手な事も新しい事もやらせてる。アル、自分でも見た」
「そう、であったな……」
ヤクモの行っている訓練内容とその意味を知らず、理解できないアルバート。
ただ理解できるのは、ミナセとヒュウガがこの二週間でオチコボレと言わせない位に成長したこと。
闘技場で英霊を相手に模擬戦をする時も、其々の弱みを理解しそれを抑え、その上で”負けない戦い方”が出来るようになっていたことだ。
”負ける度に強くなる”という言葉を地で行くような成長に、今まで軽んじていた生徒たちは口を噤んだ。
英霊になんか勝てるわけが無いという幻想をヤクモが打ち壊した。
才能があるから英霊に喰らい付けるんだと言うヤクモへの評価を、今度はその二人が破壊したのだ。
アルバートとて負けるつもりは無いが、それでもヤクモが来るまでは虐めていた相手の才を認めるほか無い。
「──限界まで、追い込んでる。やってる事、兵士と同じ」
「馬鹿な。それを奴らは受け入れたのか?」
「──けど、今回の目的に一番近いのはそーいうの」
「むぅ……」
学園に集う生徒たちは国は違えど家は其々に立派である。
身柄も、血統も、両親の身分や地位も平民ではなく、魔法が使える人物ばかりである。
そういった人物は気位が高く、ヤクモが今回率いているマルコなどは一番分かりやすい筆頭であった。
しかし、そのマルコでさえ受け入れているのだ。
兵士《平民》としての訓練を。
「──ヤクモのしてる事、ひょーかする」
「勝ち目はあると思うか?」
「──ん。そのため、私がいる。だいじょ~ぶ」
そうグリムは言った。
アルバートは自分の従者であり、幼少の頃から様々な教育や訓練を受けている”優秀な彼女”を信じる他無かった。
そして初めてアルバートはそれぞれに声をかけ、招集をかけている。
ミラノにアリア、そしてクラインである。
普段であれば声をかけるのも一苦労な相手ばかりだが、そうも言ってられないと一念発起したのである。
当初は談話室を使おうかと思っていたアルバートだが、連日寮の談話室で訓練後の座学やヤクモを除いた四名の話し合いや反省会が行われているのを知った。
そこに居合わせるのはアルバートとしては避けたい物で、出来れば間近で彼らと鉢合わせるのを嫌がった。
その結果アルバートの部屋に全員が集う事になっている。
誰もそれに異論を挟まず、しばらくすると三人とも揃って部屋までやってきた。
時間はヤクモによる実践訓練が終わり、談話室に全員が向かってくる頃合である。
クラインが集合をかけられたのに対して、ミラノとアリアにヤクモ達の訓練光景を見せておきたいと言ったのだ。
ミラノとアリアは窓から「何かしているな」と言う事しか認識していなかった。
重荷を背負った連中が長々と学園の壁沿いに歩いている、その程度だ。
しかし、その認識は一部始終を見る事で変わった。
やっている事は”簡単なこと”としか聞いていない上に、ミラノとアリアはヤクモの部屋に踏み入っていない。
だから本当に「簡単なこと」としか思っていなかったのだ。
だが、蓋を開けてみれば”本格的”でしかない。
歩かせる事で負担への慣れを仕込み、その上で短期集中でヤクモ自身が全員を個人や団体で相手をし、そこから感じた事などを座学でそれぞれに、あるいは全員にフィードバックしている。
今日ミラノたちが目にしたのは、弓を扱うミナセやヒューガ、マルコ達だった。
得意な武器ではないだけじゃなく、魔法に長けていて武器を扱うのに不向きなマルコにさえその訓練をさせている。
その意味を理解できずに居たが、その日の内に全員に一定の命中精度を敷く事が出来ていた。
クラインはさらに前日、マルコやカティアに剣の扱いを教えていた事や、ミナセとヒュウガの不得意とする魔法の行使も訓練していたと言う。
アリアは今更ながら事の重大さを認識して幾らか血の気が引く。
ミラノは逆に不敵そうに腕を組んで鼻を鳴らした。
「たぶんアイツは人を分散させて、こっちの動きが鈍っている所にチョッカイを出してくる」
そうミラノは話し合いの中で言った。
アルバートは「どのような戦い方をしてくるだろうか」という事で皆の考えを聞くことにした。
相手の訓練の内容とそこから齎されるだろう結果や成果が分からない以上、後手になるのだ。
「なぜそう思う?」
「兵を散らすことが出来るって事は、方々に兵を伏せることが出来るって事でしょ。そこに魔法が不得意だった二人の事も、弓の訓練をしていた事も気になる」
「──きしゅー、とか」
「アイツは言ってた。奇襲ってのは『相手の想像や意識の外から行うものでもある』って。魔法が使えない奴が魔法で攻撃してくる、武器を使わない奴が弓で射撃してきて剣で一撃や二撃でも防ぐだけでも意味があるもの」
「あ、相手に好きにさせない……だったよね」
「そう。相手が想像しなかった事をする、それだけで間が出来る。その間が千金叩いてでも欲しい時間だ~って」
ヤクモが日々ポツリポツリと漏らしている言葉を持ち出すミラノとアリア。
それらを聞きながら、アルバートはチクリと胸に刺さるものを感じた。
ミラノの口から男の話が出てきている、それだけで言葉に出来ないモヤモヤが生じた。
しかし、今はそれ所ではないとアルバートは意識を切り替えた。
「──いひょーを突く、悪くない」
「つまり、我らは相手が何をするのか分からないのに戦わねば成らぬのか」
アルバートは悲観的になった。
強兵を羊が率いた所で、狼の率いた弱兵の方が強いという喩えを知っているからだ。
そう考えた瞬間に、指揮者としての差をアルバートは自覚する。
相手は兵の役割を担っている四名に負担を与えてはいるが、その分何をしてくるか分からないという圧力を自分達にかけ続けている。
遊びのつもりでやる事になった今回の一件だが、かつて魔物の襲撃が発生したときに兵を兄から借り受け全滅させた。
その時の事を思い出してしまい、自分がどこまで未熟なのかを考えてしまう。
それと共に──気安く肩を叩き、口を利き、酒に誘っている相手が”関わって良い相手なのだろうか”と思わされてしまう。
しかし、負の感情に支配されかけたアルバートを引き戻したのはミラノであった。
こつりと軽く握り拳が額に当てられ、それによって我に返る。
「アルバート、今は出来る事をやるんだから自分の世界に入るのはやめなさい」
ミラノの気遣いの言葉に、アルバートは幾らか絆された。
そして腕を組みながら浮かせた腰を椅子に落ち着けたミラノは、少しばかり考え込む。
「──別に、アルバートがアイツと同じくらい出来る必要は無いでしょ」
「だが……」
「……知り合いが言われた言葉なんだけど、何でもかんでも自分一人で出来なくても良いんだって。国を富ませる知恵が無くても、数万の兵を自在に操る才能が無くても、後ろに居ながらにして洗浄を支配する智謀が無くても──それが出来る人に任せれば良いって。信念と魅力があれば、自然と誰かがついてくる。だからそういう人に上手いこと任せて、自分は前を見据えていれば良いんだって」
それはヤクモがかつてヴィトリーに向けていった言葉だった。
立派にならなければ、立派じゃなければいけないと言う彼女に対して、もうちょっと肩の力を抜けば良いという意味で述べた言葉である。
それを彼女伝に聞いたミラノが、アルバートを励ますための言葉として用いたのだ。
「アルバートは私みたいに魔法は使いこなせないし、グリムみたいに弓や近接戦闘に強いわけでもない。アリアみたいに誰かの為になるような魔法は使えないし、たぶん──兄さまみたいに強くも無い」
「うぐっ……」
「けど、それが何? だったらアルバートは、私達が何に長けていて何で頼れるかを考えて任せるのが手っ取り早い話でしょ。悔いても、嘆いても劣るものは劣るの。それを直ぐに取り戻そうだなんて出来っこないんだから」
ミラノの言葉を聞いて、アルバートは幾らか呆けた。
自分自身の不足を指摘しまくったのに、不思議と彼は不愉快な気持ちにはならなかった。
それどころか、先ほどの言葉が繋がりを持って逆に彼を落ち着かせる。
「それに、どうせ足掻いても暴れてもアルバートは戦闘に参加できないんだから。それなら、下がった位置でいっそ全体を見つめて、気づいたことがあればそれぞれに声をかけるくらいにして、後はそれぞれに任せるくらいで良いんじゃない?」
「それで、良いのか?」
「良いも悪いも、同じ舞台で戦おうとすれば負けるんだから、それなら同じ舞台に立たないで戦うほうがまだ幾らか勝算はあるんじゃない? 綿密や緻密さで勝てなくても、それならこっちは火力と能力で押し切れば良い。今回参加できないのはアルバートだけじゃない、アイツも戦いに参加できないの。じゃあ、他の四人を見て──何が出来そうか考えてみて」
アルバートは幾らか考えてみた。
侮っていたミナセとヒュウガ、そして家柄を自慢する以外に取り柄の無いマルコと、主人に似て未知数であるカティア。
訓練内容や弱点の克服、それとは別に様々な意識改革などをしている事を加味する。
「カティアが一番怖い。否、怖かった」
「──びみょ~なひょ~か」
「うむ、我がこのように言うのは変やも知れぬが。魔法や身体能力で恐ろしいだろうと思ってはいたが、人の……姑息さと言えば良いか? 裏表の無い、幼さが逆に恐ろしさを減らしている」
アルバートは、日々のカティアを思い返してそう言った。
ヤクモを容赦なく蹴り飛ばし、主人を除けば他の三名と比べて魔法に長けているだろう事は想像に難くない。
しかし、ヤクモが”常識知らず”なのに対して、カティアは”人として未熟”なのだ。
それがどれほどまでに今回の事で絡むのか分からずとも、他の三名よりは人物的な脅威度は低い。
「人として戦いでの脅威度はマルコ、ヒューガ、それからミナセだと我は考える」
「マルコさん、ですか?」
「何をするか分からない、と言う意味ではマルコが一番だ。ヒューガとやらも、あれでいて中々に強かで踏み込むことを厭わぬ。ミナセは純粋が過ぎる、ゆえに多くが直線的になるだろうと我は考える」
「貴族であることや爵位を持ち出して威張り、恐喝し、脅す。つまりは己が成功し、他者を蹴落とす為ならば様々なことを思いつくだろうという解釈だ。事実、かつてヤクモを脅しているしな」
「そういえば、杖を弁償したっけ……」
ミラノは既に忘れかけていたが、ヤクモとマルコの間にゴタゴタがあったのを思い出した。
杖を向けられ、アルバートと良い勝負をした後であり、学園まで自分だけでも連れて行き助けろと言ったのだ。
ヤクモは断り、杖を強奪して叩き折った。
後に賠償しろと騒ぎ立てられ、適当に同じくらいの値段の杖を買って返している。
「ヤクモにも言われたが、戦いにおいて油断できぬのは意地の悪い相手が勝利や負けぬ為に何でもすると言う事だ。あ奴は『生き延びることに全力を出して逃げればいい。逃げても、また帰ってきて戦える』との事だが──今回、それに苦しめられるやも知れぬ」
「そう、ね。それに対抗するとしたら、相手が疲れるのに期待する事になりそうだけど──」
「けど姉さん、それだと私達は一塊になって相手よりも動かないって事になるよね?」
「その分はアリアが魔法に対処できると思うし、魔法で一気に叩きのめされなければ直接攻撃するしかないでしょ? それに、私も色々考えてるんだから」
「あ、そっか」
アリアはヤクモが神聖フランツ帝国から帰ってきた日に、ミラノが行った一連の魔法による攻撃を思い出した。
攻撃、複合、阻害──それらは当たり前すぎる物だった。
しかし、本来は攻撃に使うだろう魔法を防御に使う、あるいは相手の妨害に使うというやり方をアリアは見ていた。
「それじゃあ、私は皆を守れば良いのかな?」
「回復魔法の出番が有るかどうかは……分からないし、魔法に対する防御は私よりも得意でしょ?」
「あはは、そうだね。アルバートくん、それで良いかな?」
「あ~、うむ……。ミラノが魔法による攻撃、アリアが防御や支援と言う事だな。とすると……」
「──私は、支援とこーげき?」
「だな。前線が二人ないし一人になるのは些か不安だが……クライン、殿はどう思う?」
終始聞きに徹していたクラインはアルバートに話を振られ、数秒の間を置く。
情報と思考を整理してから、彼は”場を紛らわせるように”息を吐いて笑みを浮かべた。
「畏まらなくて良いよ、僕はただのクラインだから。それに、これから指示を出すんだから、変な遠慮をしてる暇は無いと思うし」
「う、む──」
「呼び捨てで構わないし、それで二人が怒ったりはしない。だよね? ミラノ、アリア?」
「え? あ、うん。兄さまがそれで良いのなら、私は別にいいけど」
「私も同じだよ」
「そうか……」
「さて、話は全部聞かせてもらった上で、素人意見で色々言うけど、良いかな?」
「忌憚無く言ってくれると助かる」
「んと、確か開始する時は闘技場から離れた位置で、闘技場に入ってから戦闘開始……だったよね? それで、ヘラやマリーが監修して一定量の負傷などを負ったと判断されるような攻撃を受けたら離脱する……だったかな」
「あぁ、そうだ」
「って事はさ。そもそもあっちは全員で闘技場に向けて走っていって、僕らがやってくるまでの間に有利な位置に全員伏せたり、あるいは魔法で工作したり、位置を定めて弓で奇襲してきたりとか考えられるんじゃないかな?」
クラインの指摘に、皆がアルバートを見た。
アルバートは慌ててヤクモとの間に交わした、今回の取り決めをしたためた書類を取り出す。
そして指摘されたとおりである事に気がつく。
「お互いに入るまで何もしてはならないとは言ってない訳だから、あちらは全員が体力を鍛えてるから急いで闘技場に入って、陣地構築や事前に定めた作戦にそれぞれが分担して受け持つ可能性がある。僕らが悠長に、何も考えずに闘技場に近づいたら弓の斉射だとか、出入り口を通過する際に狙撃とかも有りうる訳だし。そもそも弓の訓練だって攻撃じゃなくて注意を引いたり、合図にも使えるわけだから──いやぁ、こうやって考えると意地が悪いなあ」
そう言ったクラインは笑って見せた。
その笑みの意味は周囲を勇気付け、そして暗中模索状態だった皆に多少の光が見えてくる。
ただ、本人は単純に”楽しんでいるだけ”であった。
五年と言う意識の曖昧な中で退屈と停滞を味わい、空白の五年間を取り戻す為に剣や乗馬を頑張ってきた。
その自分の頑張りが、どこまでヤクモに通用するのだろうか? と言うワクワクが彼を支配しているのだ。
「さて、妹達が魔法に主を置いての後方だとするのなら、グリムさんと連携して前線を抑えると言うのが僕の役割になるのかな?」
「──グリムで、い~」
「じゃあ、グリムで。流石に僕はあの二人を同時に抑えろって言われたら難しいからさ、何が出来るか聞いても良いかな?」
「──弓が得意。あと、剣と、短剣、ちょっとかくとー」
「弓、か……。けど、今回それを活かせるかな?」
「──アルに預けたりすれば、切り替えは楽」
「なぬ!?」
「──せんとーには、参加しない。けど本陣、物資のゆそー位は、たぶん許される」
「なるほど……」
グリムの強弁とも言えるような言葉に、アルバートは納得する。
それを聞いていたクラインも、指揮者の認識を少しばかり柔軟にした。
「そっか、それなら弓と剣を同時に扱える訳か」
「──使い切ったら、捨ててもい~。クラインが、二人を抑え込めるのなら、弓だけで援護してもい~」
「あはは、流石にそれをやるのはちょっと荷が重過ぎるかな……」
クラインはヤクモに貰った薬のおかげで、彼と同等の身体能力が得られた。
しかし、圧倒的な経験不足と訓練不足、知識不足を否めず、同時に色々な事を考えつつ対処するという方法が見当もつかず、かつ自信も無かった。
かつて英霊と闘技場で手合わせしているヤクモを見たが、武器と格闘と魔法……。
その三種を以って同時ないし順次対処をしている光景は彼の中に焼きついている。
剣で物理的な攻撃を受け止め、その傍らで片手で魔法を相殺し、それでも足りなければ魔力で手足を覆って反らしたり弾いたりする。
本でしか多くを知らず、本棚の中の英雄譚や冒険記で憧れを広げてきた。
その憧れである英霊達が教育をしていて、その英霊に喰らいついているヤクモに畏敬の念を禁じえずに居た。
クラインは思った、きっとああいう人が”英雄”と呼ばれる人になっていくのだろうと。
その背中や横顔を見た人が、彼を信じてついていくようになるのだろうと。
本来は自分が救い、守るべきだった二人を見る度に、クラインはそう思わずにはいられなかった。
「アリアは、防御以外はどれくらい出来る?」
「私は……姉さんほどじゃないけど、一応第三階位までなら新しい発動式で魔法が使えるよ? 攻撃は、ちょっと火力不足だけど……」
「火力不足?」
「えっと、たぶん想像が弱いんだと思う。だから姉さんほど魔法の攻撃力は出せない、かな」
「なるほど、そういう弱点もあったんだ……」
「兄さんはどれくらい魔法が使えるの?」
「僕は──」
アルバートの開いた初めての集会は、彼の思ったよりも良い出だしであった。
何も分からないが故の不安は、目の前で行われている話し合いによって解消されていく。
その話し合いは二時間にも及び、アリアが欠伸を漏らしたのを切欠として解散する流れとなった。
ただ、アルバートのみならず、ミラノやクラインの中にも得るものは多くあった。
それは”自分一人じゃ敵わない事も、皆でやれば手が届くかもしれない”と言う希望であった。
様々な知識や活動によって置き去りを味わったミラノ。
五年の空白で幾らかの焦りを感じているクライン。
その二人に引きずられるようにして、後ろ向きだったアリアは「進まなきゃ」と考える。
違うやり方で、彼らなりの戦い方で──。
その日を迎えようとしていた。
── ☆ ──
ヴァイスはユリアを呼び出していた。
それはヤクモから告げられた引抜の一件だけではなく、学園に配属された兵士や生徒の一部がどうにも不穏だからだ。
「ヴァイス様、お話って?」
呼び出されたユリアが部屋に入ってくる、それを見たヴァイスは出来るだけ平静を保っているように見せようとした。
だが、ヴァイスの思惑とは裏腹にユラリユラリとゆれる尾が、室内に入ったユリアに「あ、不機嫌だ」と思わせるのに十分な意思表示をしてしまっていた。
「吾はちと問質したい事が有ってな、故に声をかけた」
「私が呼ばれる理由があると?」
「ヤクモじゃ」
その名を出されても、ユリアは反応しなかった。
惚けているのだろうかとヴァイスがしばらく見つめるが、逆にユリアは怪訝そうな顔を向けてくる。
「私はヴァイス様が昨今噂になっているヤクモという人物を気にしていて、かの人物が使っていた武器の事も懸念していたと聞いて、やったんだけど」
「じゃが、お主が引抜をかけ、さらには武器に関して発想の窃盗をしたのではないかと疑惑をかけられたと言っておった」
「そうしろと私は聞かされたから、そうしたんだけど……」
「誰に?」
「え? 父さんから。『ヴァイス様が色々と気を揉んでいるから如何様にも対処せよ』と言われて。抱き込めるのならばそれで良し、そうじゃないならいつも通りって言われて」
「──……、」
数秒、ヴァイスは考え込んでしまう。
今回学園に来る前に彼女は彼女で「気になる事があるのなら、直接赴いて見てみては?」と言われているのだ。
忠臣……であるかのように思われるが、実際にはどうであるかを考えるとヴァイスは首を傾げざるを得なかった。
「……お主の父君は、それが吾の本懐じゃと?」
「私は──」
ユリアは言葉に詰まり、父親の言葉が英霊ヴァイスの”お気持ち”とやらを汲んだ物なのかを考えてしまう。
しかし、父親のしてきた事やなしてきた事、主義主張を思い返すとそれを信じられなくなるのだ。
「お主の父君は、吾が召喚されてからよく尽くしてくれた」
「それは──有難うって言えば良いのかしら」
「だが、それと同じくらい軽視できぬ事もしてきている。分かるな?」
「何が言いたいの?」
「吾が言わねば、分からぬか?」
ヴァイスの尾が床を強く叩き、止まる。
それを見て本気なのだと理解したユリアは、自分の父がしてきた事や後ろめたいであろう事柄を幾つか──幾つも思い出す。
降伏した兵の虐殺、ヴァイスが指揮をしているはずが勝手に兵を鼓舞する為に略奪を許可し敵国の女を犯させる。
反乱分子を一掃したと言いつつ、自分に反対する者を処刑した。
それだけではなくヴァイスを召喚した人物を暗殺したのではないかとまで言われており、その噂は消える事を知らない。
それ以前に、大小の国々を併合や服従、何かしらの負担を強いる事を主張しヴァイスに反対されている。
痩せ衰え農業をするにも畜産をするにも不向きな土地。
沢山の国の自治権をそのままに民を増やし国を大きくした所で、養えないと主張しているのだ。
その為に彼は国民の食事制限や口減らし等を提案しており、その多くが自国ではなく組み込まれた土地の人々である事もユリアは知っていた。
しかし、ヴァイスはそれら全てを却下。
奪い、殺し合う事で何とかやってきた全ての国を食わせて行き、降伏や敗北、外交によって従う事を認めた他国を決して圧政や搾取しないと決めている。
現在の勢力になるまで戦争や政争を繰り広げていた内は、ユリアの父とてまだ不満を抑えていた。
しかし、敵の居なくなった今不満は日に日に積もっている。
元より戦争屋である彼には、内政などは埒外の話だったのだから。
最近では酒を飲む度に愚痴を漏らし、ヴァイスを事有る毎に遠ざけ、その隙に色々しているという話をユリアは聞いている。
今回兵士を学園に配置するように進言してきたのも父で、その兵士達が自分の統制下に無い事も知っていた。
父親と英霊ヴァイスが反目し、反発し合っているのは理解できている。
だが、ユリアにとっては……それでも父だった。
だから多くの事を、伝えるべき情報を握り潰し、幾らかは隠匿する事に手を貸していた。
「ヴァイス様。いくらヴァイス様でも、人の親をどうこう言うのは良くないんじゃない?」
「ユリア。親としてのお主の父君をとやかく言うつもりは無い。じゃが、今の吾がしているのは国の政としてのお主の父君の事を話しておる。何をしていようが、それが国として邪魔にならぬのであればなんら問題は無い。じゃが、言わせて貰う。お主の父君はあからさまな背信・背任行為じゃ。隣国や吾に恭順を誓った国々へと吾が赴いている間に、様々な事をしておるのは既に知っておる。それでも、お主の父君の兵に対する統率力と、兵の絶対なる父君に対する忠誠を買っておるから吾は何もせぬのじゃ」
「──それで?」
「じゃが、学園で最近吾の関与せぬ兵や一部の生徒が勝手な事をしておる。そして吾の言う事を利かぬ。ここがどこの国にも属せず、方々の国からの子息等を預かっている場所と知って狼藉を働いておるのか?」
そう言って、ヴァイスはスカートのポケットから紙切れを出し、そこに書かれたものを読み上げた。
それは今回学園に配置された兵士の名であり、ヴァイスが『黒』と認めた兵士達であった。
「指定された持ち場を離れ、なにやら探っておる。全員ではないが、そ奴らはお主の父君の兵じゃ。自国内部での事柄であれば吾の責任じゃ、吾の不徳でしかない。しかし、ここがどのような場所かを理解した上での行いであれば、それはもはや外交問題になる」
「それで、父さんを排除すると?」
「父だけで済むと思っておるのか?」
「──……、」
「じゃが、お主がよう分からぬからこうして問質す為に呼んだのじゃ。もしお主も父君と同じで国を傾かせ徒に被害を拡大させるのであれば、共に逝ね」
「──じゃなかったら?」
「もしお主が父君とは別で、吾に思う事があろうとも正面から反対し、民や国を巻き込まないのであれば興味は無い。吾のしたい事は理解しておるな?」
「……人類が、いつか来る滅びを避けられるように」
「それは最終目標じゃ、戯けめ。まずはただの大小の国々で纏まってるだけの吾等が、ちゃんとした一国として自立できるように──民を安心させ、民が営みを育み、民が餓えずに明日を信じられ、それが長く続く国を作る事じゃ。幸い今回ヘラやタケルと言ったかつての仲間がここにおる。お主の父君の懸念していた食料に関して、何とかなるやも知れぬ。それに薬学に関してもな」
「薬──それ、本当?」
「吾等の国では病気が深刻じゃからな……。ヘラは、それに関して快く話を通すと言ってくれた」
母を亡くしているユリアは、その言葉に揺らぐ。
そして父親のしている事に疑問を抱いているのもあり、天秤は不安定に揺らぐ。
現在の国の困窮を憂いて犠牲を強いてでも助かる道か。
あるいは民に我慢を強いて、時間がかかってでも国そのものを安定させる道か。
現在化か未来か、それを考えるとユリアはどちらが正しいとも言えなくなった。
あえて言うのであれば、父親の考えに疑問を抱きながらもそれを是としてきたのは『人類の為』としか聞かされなかったが為に、足元が見えていないのではないかとユリアは考えていたのだ。
しかし、国政に携わる事も無く、孫娘のように接してくる以外は何も知らない相手から展望を聞けた。
そうなると、多数の死者を出し今ある物資を増やさずに生き延びる父のやり方が果たして正しいのか?
多くの屍を築いた上に──戦争でもないのに、民を死なせた上に座るのは正しいのかと迷いだす。
それでも、ユリアは父親を信じたがった。
それでも、ヴァイスの言葉を切り捨てられなかった。
「──私は、何もしません」
「そうか」
ヴァイスはただそう言って、用は済んだとばかりに何も言わなかった。
ユリアは退出すべきか迷ったが、退出せずに良い機会だとばかりに訊ねることにした。
「ヴァイス様は、何でそこまで気にかけるの?」
「む? どういう意味じゃ?」
「召喚者は死んで、もう国に拘る必要は無い。ヴァイス様をちゃんと扱ってくれる国に行って、そこで頑張ればいいんじゃないかな~とか思って」
「なんじゃ、そんな事か」
そう言ってヴァイスはカラカラと快活な笑みを浮かべた。
そこに凄みは無く、当初の威圧的な雰囲気は消えうせていた。
普段から国で見せるような、慈しみすら感じさせるような表情を見せる。
「なぁに、吾が召喚された時にお主らの一族……いや、お主らの国は吾の見た目で迫害する事も無く受け入れてくれた。それに、あの頃のお主の父君も、吾の召喚者も願いは同じであった。我が民を、この国の民を生かすのに力を貸してくれ──とな」
「それって……」
「なればこそ、吾はその時の気持ちを違う事無く叶えねばならぬ。例え袂を別つ事になろうと、綺麗なまま去らせてやるのもまた優しさだと思うがな」
ヴァイスの言葉にユリアは言葉を失う。
数年も昔、自身がまだ幼く自身の父親がまだ穏やかだった頃の話だ。
「約束は果たす、ユニオン国をユニオン共和国にした今は自立できるようにしてみせる。その後は……好きにするとよい。お主の言うとおり、どこかに行くのも良いかもな」
「なんかヴァイス様、本当の英霊みたい」
「なんじゃ、知らんかったのか? 吾は英霊、かつて英雄であった人物の一人じゃ。それに、それくらいの恩義はあるしな」
そう言ってヴァイスは息を吐いた。
彼女は汚名を着る事になろうとも、当初二人の人物が口にしたその願いを叶えると誓った。
その願いを吐いた一人はもう一人によって排除された、ならばもう一人も排除されても文句を言える立場に無いと彼女は考える。
たとえ目の前に居る少女の父親であろうと、あるいは少女と父親であろうとも。
追放か、失脚か、あるいは──その命を代償にするのかは別にしてもだ。
「──ヴァイス様は、次はどうするつもりなの?」
「そうじゃな。ヴィスコンティに隣接する土地はまだ土壌が豊かじゃからな、好意に甘えるか前借の形をとるか、あるいは何かを対価に農業や畜産の準備をするのも良いじゃろう。その傍らで食料の自国算出による供給が難しいと分かれば、魔石や鉱物、貴金属等を交換用に産業の一つとして発達させても良い。幸い、ここ数年軍事的な発展の為に加工技術は発展してきておるし、魔石の用い方は神聖フランツ帝国からも学べるのでな。それに、作った武装は他国に無く、弓や魔法とは違い魔法の使えぬ者でも扱えるので、ツアル皇国あたりに軍事力の提供や援軍と言う名目で対価を求めると言うやり方も出来る。当然、今のままではまだ刈らぬ竜の鱗計算《とらぬ狸の皮算用》でしかないからな。急ぎの案件と、腰をすえて長い目で見なければならぬ事柄を分けて考えねばならぬが」
ヴァイスがすらすらとこれからどうすべきかを語り、それは確かに”理想”でしかなかった。
しかし、未来があり、成長があり、光があった。
民に犠牲を強いて選ばれた民のみが生き残ると言う父親の思想と、分け隔て無く困窮に立ち向かいながらも全員で進んでいこうと言うヴァイスの考え。
ユリアは……一つだけ、聞いて心揺さぶられるものがあった。
「薬は、どうなるの?」
「あぁ、ヘラが面白い事を教えてくれた。土壌改良と言う吾の考えを持って行ったが、それだと時間も手間も大きく目先の犠牲者を救えぬと言っていた。ではどうすれば良いかを訊ねた所、室内栽培と言うやり方を教えてくれた」
「室内……栽培?」
「薬草を栽培する為に専用の建物を作り、花壇のような場所や入れ物を作ってそこでまず少数でも良いから時刻で生産する方法と言う奴じゃ。吾は土を転がして撒けばそこで農業でも何でも出来ると思ったが、それだけでは駄目らしいのでな。いやいや、無知で恥ずかしい」
「ううん、私は……すっごく良いと思う」
全てを他国に依存し、奪う事でしか生きて行けなかった。
そんな国々が、それぞれの役割を担って、あるいは自立できるようにそれぞれの分野で生産を行い始める。
魔法では病気は治せない、それ故に母親を失ったユリア。
だが、自分の国で薬草が育てられるようになる、魔法で治せなかった物を治せるようになる。
それだけでもユリアは、大きな欠落に対して埋め合わせが出来たような気がしたのだ。
彼女は暫く、昔ほどには会話をする事が無くなった身内のような相手と話し込む。
英霊である事しか知らない相手が、何を考えていて何を見ているのかを深く知るように。
ただ、それでも彼女は──父親の事が、脳裏をよぎり続けていた。
── ☆ ──
『ご主人様は、なぜそのような旧世代の服を身に着けているのでしょうか?』
ある日、プリドゥエンにヤクモはそう言われた。
寝起きの一杯を彼が淹れ、それを受け取りながら冬の寒さ対策をしているヤクモに疑問を抱いたのだ。
「旧世代の服……?」
『あぁ、失礼。ご主人様自身は2017年の人間でしたね、記録によると』
「まあ、そう……かな」
『武器もそうですが、その靴も、靴下も、下着も、衣類も……何もかもが古いです』
「悪かったな、ファッションに疎くて……」
ヤクモはプリドゥエンの言葉に「お前のファッションセンスどうなってんの?」という意味合いでとらえ、朝から情けない気持ちになっていた。
見た目こそ高校生程度の若さだが、中身はあと少しで三十代である。
非モテ、引きこもり、オタク等々といった自覚が有るが故に、そういう反応をしてしまう。
『あぁ、そうでは有りません。なぜローテクな服を着ているのか、と言うことに対しての疑問です』
「ローテク?」
『ええ、そうです。見た所ご主人様の衣類はポリエステルだの綿だので作られているようですが、それだけで御座いますね? 寒ければ着込み、暑ければ脱ぐ……そのような行いは既に旧世代のものです』
そう言って彼は、胴体から伸ばしたケーブルで、ヤクモの服に触れ、破けない程度に引っ張ったりする。
ヤクモは彼の言葉の意味を理解しきれずに脳処理が遅れるが、直ぐに思考そのものを打ち捨てて反応すべき点に焦点を合わせた。
「つまり、伍長の知っている服はもっと高性能だと?」
『服だけでは御座いません、ご主人様。たとえば靴はジェルを仕込み衝撃吸収させる事で、たとえ自由の女神から飛び降りようが、空中分解した飛行機から落とされようが足から着地すれば生き延びる事が出来ますし、マグネット仕込にする事で走りながら壁に飛びつく事でウォールランを数秒ほど行う事だって出来ます』
「なにその変態技術」
ヤクモの脳裏で様々な該当するであろうゲームが思い浮かぶが、それすらプリドゥエンはあざ笑うかのように更に言葉を重ねる。
『それだけでは有りませんとも。ご主人様はどうやら新人類の方々と同じような身体能力を持っているようですから、そもそも更に大口径の武器を使ってもその反動で身体が”シェイク”される事も無いでしょう』
「ちなみに、伍長の知っている物だと、拳銃と突撃銃で俺が扱えるのは?」
『そうですね……。拳銃でしたら.50AEか、威力重視なら12.7mmになります。突撃銃は9.5mmか、14.5mmですね』
「何でそんな殺意高いの?」
『なぜなら、強化骨格やらパワーアーマーやらが発達して、選抜された歩兵の一人一人が戦車以上の装甲を持つようになったからで御座います』
「それ、動けなくない?」
『ええ、ですから”選抜された歩兵”と言いました。そうでなくとも兵士になる者の大半が強化手術や改造手術などを施されるのが当然の時代ですから、パワーアーマーを着る素養が無くとも個人携行可能なレールガンで高性能炸薬弾を打ち込めばそもそもパワーアーマーなど着ていても撃破できます。しかし、パラシュートや降下ポッド無しでの高高度降下が出来て、多少のダメージを吸収・拡散できる電磁シールド、水中だろうが宇宙空間だろうが活動できる密閉度、零下や猛暑であっても着用者には一切影響を与えないと言う、遂行可能な作戦の幅を大きく広げたのがパワーアーマーです。当然衝撃吸収や磁気ブーツですから、壁から壁を蹴っての立体交戦や活動域、着地の衝撃などと心配すべき事は何もありません』
「そんな物無くてよかったぁ……」
ヤクモは、改めて今の時代が”新世界であること”に感謝した。
そんな超人だらけの中では自分がすがり付いている”元自衛官”と言う肩書きなど吹けば飛んでしまう。
そうでなくとも、銃と言う利点でさえも無くなるどころか、掠れば粉微塵になってしまうようなばかげた威力の火器を他人が使わないだけありがたいのだ。
「ちなみに、強化骨格ってのは?」
『パワーアーマーの旧世代の物でして、こちらはそれのみでは衝撃吸収以外には何の意味も無い、ただの木偶の坊で御座います。しかし、頭や両腕、両脚や胴体などとそれぞれに装甲をつけることで、パワーアーマーほどではありませんが、誰にでも着こなせる装甲を得られました。こちらは磁気シールドの総量がパワーアーマーに比べてだいぶありますので、パワーアーマーが人間戦車と言われたのなら、こちらは動く要塞とも言われましたかね』
「……まあ、なんにせよこの世界の人たちにそんな物使ったら何にも言えなくなるだろうし、魔物相手でも拳銃、突撃銃、対戦車砲や手榴弾で良いだろうしなあ」
ヤクモの脳裏で、掠めた瞬間弾け飛ぶ人や、命中させたらグチャグチャになる魔物等が思い描かれた。
相手が剣や槍、馬だのを使ってる中で機関銃だの連射可能な突撃銃だけでも十分に強いのに、態々火力を更に増す気にはなれなかったのだ。
『でしたら、せめてお召し物だけでも預けていただければ、そのままに私共の時代の物にまで仕立て直しますが』
「そうすると、どうなる?」
『簡単に言えば、服そのものが草臥れ難くなったり、あるいは多少引っ掛けたり擦ったりしても痛まなくなります。それだけじゃなく、再生技術を取り入れれば多少の破損を形状記憶したものにまで自己再生してくれますね。それと、素材を組み込む事で冬は暖かく、夏は風通しを良くして涼しくするような自己調整機能を与える事だって可能で御座います』
「あ、じゃあ……。くっ、靴下を頼んでも……良いかな。足がどうにも悴んで──」
ヤクモにとって切実な悩みだった。
ミラノとアリアから貰ったマント、マーガレットから貰ったマフラーで上半身は良い具合に温まるようになった。
しかし、ヒートテックを履いてはいるが下半身はどうしても冷え冷えとしているのだ。
下半身もまだ堪えられるが、彼にとって一番辛いのは足の指が痛いくらいに冷える事であった。
『なんと、靴下はヒートテックではなかったのですか』
「くっ、靴下にヒートテックって、あったの……?」
『ご主人様の見識の狭さが垣間見えた気がします。ええ、御座いましたとも』
「マジか……」
ヤクモは自分自身のしてきた寒さ対策に穴があったことを知り、項垂れた。
上半身や首周り、何なら下半身も対策出来ていたのに足の対策が抜けているとは知らなかったからだ。
『それに、手袋にも当然ですが御座います。預けていただければ、昼までには預かった分を仕立て直しますが』
「マジお願いします、たのんます。この寒さから少しでも逃れられるのなら、昼とは言わず明日でも明後日まででもかかって良いから!」
『そこまで鬼気迫られるとは……』
「南米は寒くねぇんだよぉ!」
自衛隊を除隊してから、家の中は常に冷暖房や除加湿機で快適に調整されていた。
堪える事はできても慣れる事は無い彼は、だからこそ酒で弱った心臓が秋の冷え込みで愛想を尽かしたとも言える。
日本に来るまで寒さを知らず、雪を知らずに育った彼にとって、冬も雪も大敵であった。
ヤクモは普段使っている分をクローゼットから全部出し、全てプリドゥエンに預ける。
それ位までに、寒さと言う奴が嫌いなのだ。
『では、昼までには下着から衣類に至るまでの一式を完成させます』
「やった……!」
『ちなみに、先ほど語った装備などは本当に不要でしょうか? せめて朽ちるに任せるよりは、手に入れるだけ手に入れてストレージと言う亜空間に仕舞われては如何でしょう?』
「……言っとくけど、遠出は出来ないぞ」
『いえいえ、遠出せずとも大丈夫で御座います。以前私が述べましたように、生きているネットワークを徐々に再構築、再接続、開拓している最中で御座います。その中で管理者もAIも居なくなった武器庫がありましたので、時間さえあれば私がそうしたように転送して室内にお運びします』
それなら良いかと、彼は許可を出す。
何だかんだ「誰かが見つけて使われるよりは、自分が手に入れてしまって置けば危険度は低くなるか」という安全志向が働いたのである。
それに、存在を知り入手できると分かったら手に入れたくもなるし使ってみたくもなるのがゲーマーである。
『何を優先しますか?』
「あ~、任せるよ。なんにしても防寒対策最優先、その後暇を見て装備でも何でも転送してくれればいいから」
『分かりました』
そう言ってヤクモは朝の一杯を飲み終えると、話しすぎたと急いでミラノの部屋にまで向かう。
そんな主人に対して『いってらっしゃいませ』と言ったプリドゥエンは、主人のいない部屋で作業を開始する。
ただし、余り部屋を散らかさないように、意識してだ。
授業が始まるくらいになると、メイドが寮の部屋を全て清掃し、ベッドメイキングや衣類の洗濯などをする為に回収しに来たりする。
女子寮にいる唯一の男子であるヤクモの部屋だが、そこはトウカが担当することになっていた。
ヘラの主人である事が、学園長に『丁重に扱うように』とメイド長であるトウカに達せられるようになっていたからだ。
暫くは「なんだお前ぇ!?」という騒ぎがトウカとプリドゥエンの間で行われていたが、それも既に無くなっていた。
「やほ~、プリち~。元気?」
『お早う御座います、トウカ様。今日も万全ですよ』
「そりゃ良かった。作業中かな~?」
『机の上に有るものは申し訳ありませんが、私が責任を持って後に片付けます。ベッドの上に有る物は邪魔でしたら衣装棚の所にでも動かして下さい』
「なにしてんの?」
『ご主人様の服を仕立て直してるのです。どうやら寒いのが苦手なようでして、私の持つ知識と技術を持って寒さ対策を講じている……と言った所でしょうか』
プリドゥエンはヤクモが出しっぱなしにしていった服を、一つずつ食べるように胴体に納めると一旦分解してからレンズと言う目を通して再構築し直している。
そもそも人類と同じ言語を喋り、魔物のようでありながら人のような喋りをするゴーレムのような生命体のようにしか見えないトウカは、彼のしている事やその原理を知ろうとは思わなかった。
以前プリドゥエンと幾らか打ち解けてきた時に「誰?」とか「どうして浮いてるの?」等と様々な質問を投げかけたが『磁気反発フィールド』だのと理解できない言葉を羅列されまくり、理解を放棄したのであった。
「何で出しっぱなしなんだろうね? それなら『衣装棚の中の物を頼む』って言えば良いのにね~」
『ご主人様にとって、引っ張り出して相手の目の前に山積みにしてしまいたい程に助けられる話だったのですよ。それはそれとして、トウカ様は大丈夫なのですか?』
「ん? にゃにが?」
『丈の短い履物をされてますし、襟巻きと先ほどされていた手袋のみでしたから』
「あ~、私は大丈夫だよ? 頑丈だし、つおいし。それに、毛皮もあるし」
『毛皮、ですか』
作業を一時中断し、レンズをトウカに向けてキュルキュルと動かす。
しかし、”毛皮”と称された物は見当たらず、彼はフレームを傾けて『はて?』と首を傾げる動作をした。
『申し訳ありません、トウカ様。私には、どうやら毛皮と言うものが見当たらないのですが』
「でしょ? うまく人に化けられてると思ってたけど、そこまでか~」
『と、言いますと?』
「これ内緒だけどね? 私は獣人族って奴だからさ、人でも有るし獣でもあるんだよ。だから見えないだろうけど毛皮が私を暖めてくれてるの、凄いっしょ?」
『左様で御座いますか──』
「私が獣人っての、誰にも言っちゃ駄目だよ? おやっさんとかは知ってるけど、学園の人は色んな人がいるからね。ここを追い出されたら何の仕事したら良いか分かんないし、おやっさんも悲しむからね」
そう言いながらトウカはテキパキと部屋の清掃と整頓、ベッドメイクを進めていく。
本来ならば他の生徒同様に衣類を回収し、洗濯した後にアイロンをかけて畳んだ物をまた置きに来る。
だが、この部屋の主人であるヤクモは夜の内に魔法と洗剤を駆使して洗い、いつの間にか部屋に仕掛けた渡し紐にハンガーを引っ掛けて部屋干しをしているのであった。
手間のかからない人で良いにゃ~、等と思いながらも細かくゴミ等が落ちていないかを確認する。
本人はただの騎士だが、その使い魔に英霊ヘラが居るので下手な事が出来ないのだ。
『獣人とは、どのようなモノなのでしょうか?』
「ん~、裏切り者とか、なりそこないとか、出来損ないって人間には言われてるかな。ヘルマン国を作っても認めてもらえないし、色んな人が居るから──”あいがん、どーぶつ”? って奴にする為に浚われちゃったり、大変だよ。ツアル皇国の人くらい? 人として、仲間として扱ってくれるのは」
『──……、』
「私もちっちゃい頃に浚われてさ、本当の闘技場でずっと生きてきたんだ。おやっさんがたまたま見つけてくれて、餓えて死に掛けてたからタダ同然で引き渡されて……あれから、どれくらいかな。言葉も喋れなかったもん、あっという間だったし、長かったよ」
プリドゥエンはその話を聞きながら、色々と考える。
新人類と旧人類、AIと言う名の非合法な人格スキャン。
それが”旧い人間”として、プリドゥエンの持つ世界の中での人だった。
しかし、ヤクモに起こされてから全てが変化していた。
魔法、剣や弓、槍に騎馬。
貴族が居て、宗教が国王の権限を上回っていて、侍が居て、共和国のような物まで形成されている。
新人類が長い年月をかけて新しい世界を構築し、別の生き物であるかのように派生している。
それを目の当たりにしながらも、それが歴史だろうかと彼は納得した。
『申し訳ありません、トウカ様。このような時に、なんと言って慰めれば良いか……』
「ん? ん~、別に良いんじゃないかな? 今は今で楽しいし、おやっさんにはしょっちゅう怒られるし、時々ヤっちんがお腹空かせながら厨房に来て『何か食べ物……』とか言ってくるけど、それら全部ひっくるめて”幸せ”だもん」
そう言い切った彼女に、もはや慰めも同情もただの”自己満足”と判断した彼は思考を切り替えた。
同情や憐憫も人として必要なものだが、それを行っている自分が人格者だと思い込むような”自己中心的な真似はしたくない”と考えたから。
それに、本人が気にしてないし幸せだといっているのだから、そこに水を差す真似をするのは良くないと思えていたのだ。
「さって、と~。お掃除も終わったし、後は皆の仕事を点検して厨房の手伝いかな~」
『お疲れ様です』
「けどね~、ヘラ様の件があって時間がた~っぷり有るんだ。だからプリち~、暫くしたら起こして?」
そう言うと、トウカはメイド《仕える者》でありながら、メイクしたばかりのヤクモのベッドに横たわる。
プリドゥエンはそれを見て起こす事も、邪魔をする事もしなかった。
なぜならこれは彼女がヤクモの部屋を担当するようになってからの恒例行事となっているからだ。
一時間ほど彼女はそうやってベッドの上で丸まって眠ると、欠伸をしながらベッドを直して仕事に戻っていく。
換気の為に開かれていた窓を、プリドゥエンはそっと閉ざす。
本来は部屋の住人の為に行われる空気の入れ替えであったが、その部屋の住人はきっと自分の部屋で彼女《知り合い》が寝ていても文句を言わないだろうという判断でもあった。
『お休みなさいませ、トウカ様』
肉体はもはや無く、疲労や眠気という煩雑なモノを彼は懐かしんだ。
スキャンされロボットにAIとして搭載される前の彼は、日が昇る前に起きて仕える旦那の為に新聞やお茶などの準備をしていた。
朝の眠気や老いてからは抜けきらなくなった疲労、仕える相手に「下がって良い」と言われてからゆっくりと疲れを癒し、ベッドに潜り込んだ時の心地よさ──。
もう二度と味わう事は出来ない”人間らしさ”、人間らしさを味わう”人間ではない少女”。
──じゃあ……お前は人、なのか?──
プリドゥエンは、外見ではなく中身を見てそう言った現在の主人の事を思い出す。
その彼が、新人類である人々を人と同じように扱えと言った。
成る程と、プリドゥエンは”獣人族の少女”を見つめた。
同じように色々な事があり、同じように疲れ、同じように眠くなり、同じようにベッドの温もりで安らぎを得る。
これが人じゃなければ何なのかと、半ば自嘲を混ぜて思う。
プリドゥエンは作業に戻り、スヤスヤと暖かい部屋の中で眠る少女をそのままにした。
求められたとおりに彼女を起こし、トウカは「起こしてくれてありがとう、プリち~」と言って笑みを浮かべる。
それでも彼女は欠伸を漏らしながらも自らの頬を叩いて「よし、それじゃあ仕事やりますか~!」と部屋を出て行くのだ。
チカチカと光学ドライブにアクセスしている事を示す明滅が繰り返される。
そして彼は一つだけ羨むのであった。
肉体を有していて、かつては辛さや気だるさを覚えた様々な事柄を。
それでも自分の為に時間を割いたのは束の間で、彼は自分が求められた事をこなす事に一生懸命に働いた。
昼に戻ってきた主人が全てを着替えてその変わりの無さに落ち着きを見せつつも、保温能力の高さに破願して見せた事。
午後には神聖フランツ帝国に居る隷下のロボット達に指示を飛ばして埋もれかけていた武器庫の装備を転送させ、訓練を終えて部屋に戻ってきたヤクモが「これアレじゃねぇか!」とパワーアーマーと強化骨格を見て驚き、それから新兵向けマニュアルの付属した武器を夜通し彼に解読して貰いながら扱い方や分解・結合、整備の仕方などを学ぶのであった。




