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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
7章 元自衛官、学園生活を満喫す
113/182

113話

 座学の授業が休憩時間と言うのはヤクモの言である。

 事実、身体を動かさず痛め付ける訳でもない時間帯は彼にとっての休憩時間だった。

 一つ違いがあるとすれば、週があけて灰色のマフラーをしている事くらいだろうが。

 本人は幾分長いマフラーで鼻まで隠し、苦手とする他人の目線からの自己防護へと充てた。


「はい、昨日の授業で教わった事は一旦忘れてね! また新しい魔法の行使方法が出てきたから」


 魔法に関する学術は日々更新がされていく。

 マリーの頭の中にはそれぞれの学年の教わる事や、現在の進捗状況。

 今まで彼らが教わった事、昨日自分が教えたこと、新しく見出した新しい事柄――。

 そう言った全ての知識や情報が一人の頭に詰まっている。

 故に先日までの授業がまるっきり一新されてしまう事も珍しくは無く、生徒たちは大忙しだった。


「まぁた新しくなるのか、精が出るねえ」

「きっと歴史や文化、しきたりと言うのに疎いのだろう」

「言葉選びと言う物がいかに素晴らしいか、理解が無いのだろうね」


 ヴィスコンティの生徒は、今日も今日とて反抗期であった。

 彼らは家柄や血筋、そして歴史を何よりも大事にしてきた。

 それらは魔物の襲撃を受けても変わる事無く、英霊の助力と言う”有難過ぎる現状”に対しても受け入れる事は無かった。

 

 ただ、全員がそうと言う訳では無い。

 何が役に立つか分からないので兎に角吸収を選ぶグリム。

 気に入らないけど有用だと理解しているミラノ。

 ミラノに感化されているアリア。

 そしてマリーが出す新しい魔法の理論に噛んでいるヤクモ。

 そのヤクモに倣っているマーガレット。


 それぞれがそれぞれの思惑で授業を受けているが、その中で余裕と学生の重責を感じていないヤクモは周囲を眺めている。

 一見すれば肘を突いて不真面目そうではあるが、彼にして見れば様々なゲームやアニメ、ライトノベルや現実での生活において既に確立された魔法の理論を、改めて必死こいて学ぶ必要が無かったのだ。


「ま、こんな物か」


 喉もと過ぎれば熱さ忘れる。

 その分かりやすい例だろうと、ヤクモは人間の下らなさを再確認していた。

 自分自身がその最たる例だと認識しているが故に、余計に似通った下らない連中を意識しているのだ。

 最近ではミナセやヒュウガ、マルコなどを率いてかつて自衛隊に所属していた頃の彼に意識が近づきつつある。

 そのせいで余計に『何もしないのに、目の前に立派な成長の為の教材が有るのに、下らない事に固執して偽りの立派な自分』とやらに固執する連中に苛立ちすら覚えていた。


 しかしそう言った変な苛立ちも、今では煮立つ前に落ち着く。

 それは首元に巻いたマフラーが、これを編んだ人物の部屋の香り――香草の匂いが鼻腔をくすぐるからだ。

 その匂いを鼻から吸う度に、沸騰しかけては落ち着いているのである。

 やらない奴は後で痛い目を見て、頑張った奴は成果を残すと。


 ヤクモという人物は、自分で思うよりも真面目であり、真面目の中でも”生真面目”や”不器用な真面目人”と評される人間であった。

 マフラーがズレ落ちるたびに鼻が隠れるように深く引き上げ、そのマフラーの中で落ち着きを見出している。

 それを見たマーガレットは嬉しいやら恥ずかしいやらで困り果て、それを見たミラノとアリアはそれぞれに不愉快になる。

 アリアは何故そう思ったのかを理解しており、何とか飲み込むことが出来る。

 しかしミラノは何故自分がそうなったのかを理解できず、それが余計に彼女のイライラを加速させていた。

 

「ねえ、それは授業中外せないの?」


 そして半ば八つ当たり気味な発言が授業後にヤクモを襲う。

 ヤクモはモゴモゴとマフラーの奥から言い訳を並べ立てるが、そのどれもがミラノを納得させる事はできなかった。


「寒いの苦手なんだよ……」

「別にそれじゃなくても良いでしょ」

「じゃあ、これでもいいのなら変えるけど――」


 そう言ってヤクモは自身の”装備品”をストレージから取り出した。

 フェイスマスク、目出し帽と呼ばれるそれは被ると首から頭の天辺まで大きく隠す事が出来る。

 編んでもらったマフラーのように自身の体温や呼気で温まる事も出来、優れた保温性能を持つが――。

 当然、目以外は全てが覆い隠されてしまう代物だ。

 髪の毛も隠れ、喋ると口があるだろう位置でもごもごと布が動く。

 完全なる不審者であり、そんなヤクモを連れまわす事にミラノは抵抗を覚える。

 

「――分かった、許可する」


 ヤクモは許可が出たので、それを受けて喜ぶ。

 首周りが寒いので、防寒具を付けても良いと言われただけで喜んでいるのに悲しめば良いのか安上がりで助かると喜べばいいのかミラノは分からなくなってしまった。

 今まで成した事や積み重ねてきた実績を考えれば手袋やマフラーぐらい好きにすれば良いのにと思いながらも、今まで何度『新しい服を』と考えてきただろうかと思い返す。

 色が違うだけで同じ下穿き、若干違うものの大よそ似通った上衣。

 召喚した時と違うのは長袖か半袖か位で、意識しなければ年がら年中同じ服なのではとミラノは考えた。


「何とかしなきゃ!」


 その日の授業が終わってから、ミラノはアリアにそう叩きつけるように言った。

 先ほどまで気が漫ろながらも魔法の勉強や授業の復習をしていたのだが、集中し切れなかったのだ。

 机を両手で叩いた勢いで幾つかの紙切れが宙を舞う。

 それをアリアとヘラが床に落ちる前に舞っているのを手にしていった。


「何とかって?」

「アイツ、このままじゃ貰うか許可を得ないとずっと寒々しい格好したままになっちゃうでしょ? 前も新しい服でも買おうかなって何度か考えたんだけど、その度に何か有ったでしょ? 今なら多分大丈夫かな~って思ったんだけど」

「――……、」


 アリアはミラノの顔を暫く見つめていた。

 ミラノ自身は自分の言葉に疑いを持っていないらしく、アリアの目線を正面から受け止めてしまう。

 それを見たアリアは苦笑するしかない。

 きっと彼女の中では「マフラーを巻いて幸せそうにしているのが発言に繋がった」と言う意識が無いのだろう。

 本来望むべく「幸せ」が萌芽しつつあるのを見ながらも、その相手を考えるとアリアは複雑な心境であった。


「――うん、私は良いよ。けど、何をあげると良いか、何か案は有るのかな?」

「襟巻きだと被るし、手袋はアイツ色々持ってる上に拘りが有るみたいだし……」

「裁縫、お勉強しておけばよかったね?」

「それを言われると弱いけど、今更下手の横好きでマーガレットの真似をしても意味は無いし……」

「比べられるのも、癪だもんね?」


 アリアの言葉にミラノは言葉に詰まる。

 もともと同一人物であるが故に、ミラノは反論できなかった。

 そもそも”天才”と言われているが故に下手な物を出す気にはなれず、そして天才であるが故に他人に見劣りするような物を出させるのを拒否させた。

 ミラノがそうなのだから、オリジナルであるアリアもまた同じである。

 二人とも、それなりに自尊心と言う奴が強いのであった。


「けどけど、父さんからのお小遣いってまだ有るのかな?」

「以前剣を購入した位で、全く手をつけてない」

「――そう言えば、出てないもんね」

「ええ」


 アリアは一瞬本気で「何でお小遣い使ってないのだろう?」では無く「お金を使わないくらいに外出してないの?」と言う心配をしてしまう。

 友達が居なさ過ぎて引きこもりになってしまったのだろうかと考えたが、自身を顧みて顔を覆った。

 魔法の勉強と研究と、どこかのバカ《ヤクモ》が部屋で勉強をしつつもうなされているからであった。

 自分も学園に引き篭もって外出を渋り出費していないのだ、休日を共にしているミラノは言うまでも無いと思い出したのだ。


「けど、襟巻き以外であげて喜ぶ物かぁ……。手袋はダメ何だよね?」

「それと、外套……で良いのか分からないけど、寒い時に着る服もアイツ一応持ってるのよね。ただ、何で着ないの? って聞いたら動きづらくなるからとか言ってたけど」

「そう言えば、普段から動きやすい格好だよね。寒くなってきたけど、厚着とかしないし」

「アイツなりに仕事熱心さを見せてるんじゃないかしら」


 それはそれで嫌だなあとアリアは思う。

 自分自身が凍える事よりも身動きが取りやすい事を優先する。

 それがどういう意味なのかを、ミラノは考えていない。

 雇用主である自分をそこまでして護ろうとする、その献身とも健気とも言えるような守護精神を向けられていると言うその意味を。

 アリアは別の意味でお腹が痛むのを感じたが、それを表に出す事は無かった。


「けど、それだと困ったね。身軽さ、動きやすさを重視しながら温かくなるような物ってなると……。襟巻き、結構大きいよね」

「そうなのよね……。取り外しもつけるのも簡単だし、首から顔の大半が温まるものね……」


 暫く二人は考え込んでいたが、ヘラが静々と手を上げて場を打ち破る。


「あれですよ。ここで考えても仕方が無いですし。外に出てお店を見て歩けば、何か思いつきますよ」

 

 学園で自身に宛がわれた部屋の中で唸った所で仕方が無いと、二人は外出する事に決めた。

 その際にミラノは考え無しに外出へとヤクモを連れ出そうとしてしまい、ヘラとアリアによって引きずられるようにして連れ出されていた。


     ──☆──


「ほむほむ、なるほど。妾の出番じゃな!」


 学園を出た二人が遭遇したのはヴィトリーであった。

 ヴィスコンティでまだお披露目の成されて居ない国王の一人娘であり、しょっちゅう城を抜け出している破天荒な姫である。

 彼女は先ほどまで嫌がるクラインを引きずるようにして連れまわしていたが、そのクラインもミラノとアリアが彼女と遭遇した際に、抜け目無く逃げ果せた。

 ヴィトリーはそれを残念がったが、さほど気にして入る様子ではなかった。


「兄さん、昔からそうだけど逃げ足早いね~」

「私達に姫さまを押し付けて逃げたと言う見方もできるけどね」

「お主等、何を隠れてコソコソしておるのじゃ? 妾がせ~っかく! お主等に付き合ってやるというのに」

「姫さま、逃げられた上に暇だから私達で暇潰しをしようとしてませんか?」

「む、うむむ? ききき、気のせいじゃろ? そら、行くぞ!」


 図星を疲れたヴィトリーであったが、それを誤魔化す。

 ミラノとアリアは目の前の姫がどのような人物かは既に理解しているので、逃げるように先導していった姫の後を追いかける。

 暫く姫に連れまわされた二人が入ったのは高価な衣類の揃った店であった。

 それこそ”金持ち専門”と言った品揃えであり、店に入った二人は暫くは目を奪われた。


「いらっしゃいませ、お嬢様方。本日はどのようなお品物をお求めでしょうか?」


 店の者が素早く客人らしい三人の方へと寄って行く。

 身なりを見てミラノとアリアが学園の生徒であり、もう一人もそう言った”金の匂い”を漂わせていると感じ取ったのだ。

 

「あぁ、そっちの二人が意中の相手に贈り物をしたいらしくてな。妾はただの付き添いじゃ」

「いいい、意中!?」

「あはは、それはちょっと行きすぎかなぁ」


 ヴィトリーの言葉で思い切りうろたえるミラノと、何とか受け流して誤魔化すアリア。

 それを見てヴィトリーはニマニマするが、知らん振りをして店内を見回している。

 赤面しながら色々と言葉を並べて否定するミラノを、アリアは裾を引っ張って現実に戻した。


「あの、どういう代物が有るんですか?」

「その前に、どのような物をお求めか伺っても宜しいでしょうか」

「えっと、騎士の方なんですけど、余り動くのに邪魔にならないような、温かくなるような……身に付ける物が欲しいんですけど」

「そ、そう! 襟巻きとか手袋以外で!」

「襟巻きと、手袋以外……襟巻きと――手袋」


 店員は暫く考え込んでしまう。

 手袋と襟巻きは嵩張らない上に行動の邪魔にならない物だ。

 肘や膝、胴体などを着膨れさせるわけには行かないのだろうと思案する。

 しかしそれらを乗り越えれば商機になると彼は見て、直ぐに色々考える。


「それでは、ツアル皇国で付呪されたと言われる此方の簡易暖房など如何でしょう。魔力を与えれば温まりますが」

「それ、値段の方はどうなってるの?」

「はぁ、そうですね。付呪ですし、再利用できる代物で一品しかないとなると――これくらいの値段になりますが」


 パチパチと算盤を弾いた店員の価格表示に対して、ミラノはアリアと顔を見合わせる。

 お小遣いが有るとは言え、流石に二人で金を供出した所で手も足も届かない値段であった。


「なんじゃ、それじゃダメなのか?」

「駄目と言うか、私達じゃ流石に手が届かないから」

「では、妾が出してやろうか。ホレ」


 ガシャガシャと、ヴィトリーが腰に下げている一つの布袋から貴金属や宝石などがこぼれ出る。

 それを見た店員は一瞬で泡を吹いて卒倒し、アリアが何とか抱きとめた。


「待った待った待った待った! そんな物で支払う人は居ないから!」

「大丈夫ですか? 店員さん……」

「私は……私は、一体」

「では、此方にするか……」


 宝石や貴金属をしまうと、もう一つの布袋を出す。

 嫌な予感をヒシヒシと感じながらもミラノは置かれた布袋を開き、息を呑んで目を逸らす。

 ミラノが紐解き目を逸らしたが為に自由になり、布袋はその中身を露出させる。

 起き上がり様に袋の中に詰め込まれたプラチナ硬貨かねのぼうりょくに、店員は口元を押さえて「失礼します」と立ち去る。

 路地裏で空えずきをする声を聞きながら、アリアは直ぐにそれらを片付ける。


「ダメか?」

「あはは……。ダメかどうかっていうより、外の人の価値基準に見合った物じゃないよね」

「仕方がないであろう。以前ヤクモが教えてくれるとは言ったが、途中でオルバに邪魔されたのじゃからな。この白金プラチナ貨幣が一番高いのは分かっても、市井では何がどれくらいの価格で出回っておるのか分からぬ」

「そもそも。今回私たちの買い物なんだから、姫さまがお金を出したら意味が無いと思うんだけど」

「むぅ、そういうものか……。妾も何度か世話になったし、その礼くらいはして置きたかったが。仕方が無い、個人で何か探しておくとするかのう」


 ヴィトリーは金目の物を引っ込めると、店員が幾らか青ざめながら戻ってくる。

 ミラノとアリアが「予算はこれくらい」と提示すると、明らかにホッとしたような表情を浮かべていた。


「それでは、此方の外套はいかがでしょう? 学生の皆様がお使いになられているものよりは短めで、邪魔になる事は少ないですが」

「見せてもらっても良い?」

「どうぞ。此方はヴィスコンティで作られました、神聖フランツ帝国じゃありません。宗教的に作られたものとは違い、実用的です。肌触りが宜しいでしょう? しかし、外部は革で仕立てられているので多少の暑さや寒さに対応しております。そして――お嬢様方のように両肩を覆ってしまう事もできますし、このように止め具を使えばその騎士様が剣を抜くにしても片腕が露出しているので脱ぎ捨てるにしても、そのまま剣を抜くにしても便利です。首周りや腕回りもたっぷりありますよ、どんな身長の方でも大丈夫」


 店員は試しに自分が着て、機能説明などをしながらミラノとアリアに売り込む。

 実際に店員が着方を見せてくれたので、二人は空間や自由度、取り付けや取り外しの容易さなどを触れて確かめる。

 二人が真面目に、時間をかけて丁寧に見ているのを確認すると、これはいけるのではないかと店員は頭を働かせた。


「騎士の方でヤクモ様と仰れば、吟遊詩人がつい最近唄い始めたかの方でしょう。騎士になられたと言う事は、外套は既にお持ちでしょうね。ですが、国に与えられた儀礼用の意味が強い外套よりも、このように実用性や利便性を追求した物を直接賜られる方が嬉しいでしょう」

「そういうもの?」

「ええ、私もそうですが男と言うのは複雑そうに見えて単純な所は必ずあります。可愛らしいお嬢様方からこのような物を頂き、身に付けるたびにお二人を思い出さずには居られないでしょう」


 その売り文句に、ミラノは揺さぶられた。

 最近自分が蔑ろにされているのでは無いかと言う不満。

 理解はしていても一緒の時間が少なくなった事への寂しさ。

 自分を置いて手の届かない所へ言ってしまっているような寂寥感。

 そう言った細かい感情全てを「私を軽んじている」と言う明後日の方向へと着地した感情でひっくるめたミラノ。

 だからこそ、彼女はその言葉に踊らされる。


「あ、アリア――」

「あ、うん。もう少しだけ待ってね? ――けど店員さん、革って事はダメになるよね? 皹だらけになるし、そうなると見栄えが悪くなるし。酷使したら年を一度越すかどうかで新しいの~ってなると思うけど」


 感情で直ぐに飛びついたミラノを静止しながら、アリアは疑問点をぶつけていった。

 アリアの言葉を聞いてから当たり前の事であり、一年後革で綺麗だった外面がボロボロになっているのを想像してミラノの購買意欲は一気に失せた。

 だが――


「心配無用です。それは従来の姿勢の方々が使うようなただの革だった場合です」

「と言う事は、何か違うのかな?」

「はい。と言うのも、神聖フランツ帝国では魔石が取れ、その魔石を利用した加工が最近流行なんです。英霊のヘラ様が発案した物を様々な物に応用したらしく、その一つとしてこの外套が有るわけです、はい」

「じゃあ、丈夫なんだ」

「ええ、勿論。ただ、お二方は運がお有りかと思われます。先ほど見せていただいたご予算なら、辛うじて買える代物ですから。これも何かの縁かと」


 店の人は既に勝ったつもりで居た。

 ここまで言って、その上相手の懸念材料を払拭したのだから。

 だいたいの相手はここまですればオチる、そうでなければおかしいと経験則で感じていたが――。


「あれ、けどヴィスコンティで作られた~とか、神聖フランツ帝国のじゃない~とか言ったよね?」

「はい、言いましたが――」

「その割には、外面だけヴィスコンティの商品らしくしただけで、中身は神聖フランツ帝国のだよね? それだと食い違わないかな」

「あ――」

「それと、私達がヴィスコンティの人だって分かってたらそれって侮辱にならないかな? だって、騙して物を売りつけて、それが後で違うってなったらその方が大問題だよね? しかも姉さんはもう買う気で居たのにその仕打ちって、あんまりじゃないかなあ」


 アリアは、今までの中で拾えた材料で店員を責めあげる。

 それは決して嫌がらせでも何でもなく、買う側として必要な指摘だとアリアは考えていた。

 店員は改めて、面識も無いが名前のみを知っている”ヤクモ”と言う人物の事を思い出す。

 それから、その主人である少女が公爵家の人間である事も思い出した。


「もしかして、デルブルグの――」

「ん? そうだよ?」

「すすす、すみません!」


 その場にひれ伏し、命乞いをするかの如く言葉を尽くす店員。

 学園とこの都市に関していえば別にどこかの国に属している訳ではないが、それでも逆を言えば『何処にも守ってもらえない』と言うことの裏返しでもあった。

 嘆願する店員にアリアは苦笑する。

 決して――決して、ミラノばかりが焦点を当てられて売り込まれたのが気になったから、当て擦りのように文句を言ったとはとてもじゃないが彼女は言えなかった。


 結局、アリアは場を収めるのに幾らかの値引きを交換条件として提示した。

 店側としては決して小さくない損害だったが、アリアもアリアで意地を張ったが為に変な騒ぎになってしまい恥ずかしい思いをした。


「いや、アリアもやるではないか。店員を締め上げて安く買うとは……これが交渉と言う奴か」

「交渉でも何でもないですよぅ……」

「アリア……」

「ね、姉さんもそんな顔しないでよぅ!?」


 ミラノにまでどこか恐れられるような顔を向けられてしまい、アリアとしては居心地が悪くなる。

 これでは目的は果たしたのに悪者のようではないかと考え、少しだけヤクモの気持ちが理解できたアリアであった。


 さて、物を手に入れたのだから後は渡すだけ。

 そう、渡すだけなのだが――二人はそれを渡す事が出来ずにいた。

 ヴィトリーと別れ、ミラノの部屋に再び二人は集まる。

 既に日は沈み、週末でも行っているヤクモの訓練も終わっている頃合だった。

 

 ミラノの隣室から二度ほど音が聞こえ、その内の一度はマーガレットの声だった事も二人は承知している。

 訓練が終わってから、マーガレットは足繁く通っては香草の話や雑談をしながらお茶を淹れていた。

 それを聞きながら、どういう理由でヤクモにマントを渡せば良いのかで二人は悩んだ。


「受け取りなさいって言って渡すのは――」

「それだとただの下賜になっちゃうよね」

「へ、部屋に置いておくのは?」

「それだと有難みが無いよね」

「か、カティ……」

「それだと何の為に私達が買ったか分からないよね」

「うぅ……」


 買ってきたまでは良かったが、今度はどう渡すかで論争となってしまった。

 以前であれば普通に「ハイこれ」と言って手渡せたのだが、二人ともそれが出来なくなっていたのだ。

 ミラノは何故だかそれを”恥ずかしい”と思って拒み、アリアも”普通に渡したくない”と考えてしまっていたのだ。

 その結果、”渡す”と言う行為が出来ずにいた。

 既に購入して数日が経過しており、ミラノの部屋の中で埃を僅かながらに被りかけている。

 そうやって二人が悩んでいる間にも、ヤクモはマフラーと手袋で最大の恩恵を得ているかのように生きていた。

 朝早くから午後の授業が終わって訓練を始めるまで、寒々しくも温かそうにしているのを見るとミラノは何とも言えなくなるし、アリアも笑顔を維持できなくなっていた。

 

「アイツ、『やっぱこれだけじゃ寒いよなぁ』とか言ってたし、早く渡さないと適当な何かを着だしちゃう」

「ドンドン寒くなってるもんねぇ……」


 十二月を迎え、既に気温は一ケタ台だ。

 降雪の影響もあって朝にはマイナスも珍しくなく、一月にはさらに寒くなるだろうと二人は経験から理解していた。

 そしてミラノは部屋の隅で壁にかけられている貰い物を見てしまう。

 屋敷にいる時にヤクモから貰った物で、マリーとは色違いでは有るが膝下まで覆ってくれる防寒着がかけられている。

 部屋の中で何度か羽織ったりしては見たが、その材質などは不明だとしてもかなりの保温性がありミラノのお気に入りと化していた。


「アイツ、あれみたいなの多分他にも持ってるだろうし……」

「そ、だね――」


 二人とも既にどうすべきか分かっており、相手の性格や人格を踏まえた上でそこまで考えていた。

 長引いてこれ以上寒くなると手持ちの中から着込みかねない。

 そうなってしまったらと考え、店員の言った”着る度に思い出すでしょう”との言葉が履行されなくなるのだ。


「な、悩むよりも先にさ。とりあえず、渡してみない?」

「え? えぇ~……」

「だって、このままじゃ『ま、いっか』ってなるの見えてるし」


 アリアの言葉にミラノは乗り気ではないが、そうする他無いと腹を括る。

 

「あ、明日で良い?」

「明日……」

「アリアは、あの部屋に入って渡す勇気ある?」


 そう言ってミラノは隣の部屋を指差した。

 ボソボソと話し声が聞こえ、それは決して悪い雰囲気では無い事は二人にも分かる。

 あそこに入っていって渡すのは嫌だとミラノは主張しているわけだ。

 アリアもミラノの言葉に賛成した。

 華やかな空間に押し入って渡した所で印象に残らないだろうし、特別感が薄れてしまうからと言う理由であった。


 ~ ミラノの場合 ~


 主人だからと言う理由で、ミラノはまずは自身が渡すことにした。

 二人からの贈り物なのだが、それぞれのやり方で様子を見ようという事になったのだ。

 それで上手くいったらもう一人の事を示唆しつつ後で声をかければいい。

 そのような目論見に落ち着き、ミラノは翌日何とか声をかけようと努力はした。

 だが――。


「お早う、ミラノ」

「あ、う……」


 朝一番の最大の機会に対し、ミラノは何も言い出せない。

 朝食前にミラノの部屋にまで来て合流してくれると言う最大の機会に対して、彼女は意識すると何も言えなくなった。

 事情を既に聞いているカティアはどちらかと言えば冷めた表情で自分の主人を見て居る。


「お早う、ご主人様。今朝も寒いわね」

「朝はもう零下だよ。窓の外において冷やしてた酒が軒並み凍ってやんの……。一つ過冷却状態になっててさ、よっしゃ無事だ! って手に取ったらパキパキ凍ったし」

「神様から『もう飲むな』ってお達しじゃない?」

「身体が冷えたまま眠るのは辛すぎる……」


 雑談と挨拶を交えながらカティアがミラノの分のついでのようにヤクモの分のお茶も出す。

 それぞれの好みを既に抑えているカティアは、牛乳や砂糖の投下配分も既に文句なしである。

 ただ、ミラノ達と違ってヤクモは猫舌なので、貰って一口目は啜るが直ぐに机に置いた。


「あちぃ……」

「目が覚めるでしょ?」

「否定はしないけどさ――」


 そこまで言って、ヤクモは部屋の主人を見る。

 カティアから受け取ったお茶を震える手で手にしており、ソーサーと共にカチャカチャと音を立てている。

 水面が大きく揺らぎ、零れそうなのを見てヤクモは困惑した。


「ミラノ?」

「ッ!?」


 ヤクモからの一声、それで辛うじて均衡を保っていたミラノを動揺させた。

 半ばパニック状態に陥っていたミラノは、対象からの声で自分が何に集中すべきかを見失った。


「あ」


 カティアの短い声、ソーサーが浮かびきっていなかったカップを叩いてミラノの手から大きく弾く。

 カップがヤクモの頭上に乗っかり、その中身を全て頭から被る。

 次の瞬間、下唇を噛んで俯くヤクモ。

 紅茶の熱さを無理矢理耐えているのがミラノには見て理解でき、自分が”やらかした”のを知る。


「――体調が悪いのか?」


 暫く熱さに堪えていたヤクモだが、指を鳴らしてお茶を全て蒸発させて自身の主を気遣う。

 先ほどまで早朝のトレーニングをしていたが為に意識が自衛官寄りで、そのおかげで熱さを無理矢理耐えることができたのだ。

 その場で腕組み、色々考えるヤクモ。

 カティアはそんな自分の主人を見て余計に呆れ返るしかない。

 事情を知らないとはいえ、真っ先に出てくるのが仕事寄りの発想だったからだ。


「顔は赤いし、手は震えてるし……。風邪か?」

「ね、熱は――」

「とりあえず、調べるか……失礼」


 両手を突き出して熱は無い、大丈夫だと言うミラノ。

 しかし、ヤクモはその片手をつかんで手首に指を宛がう。

 腕時計を見ながら脈拍数を確認しているヤクモを見ながら、ミラノは自分の手とは全く違う大きくて幾らか無骨な手を意識してしまう。

 そこを意識してしまうと、若干伏せ目がちながらも腕時計を真面目に見つめながら何かを呟いているその睫毛や、瞳が気になってしまった。


「脈拍は速めだな、それに――若干汗ばんでる?」

「あ、汗?」

「……女性隊員とかそういうのは学んでないけど、正常では無いよな……」


 そう言いながら今度はおでこに手が当てられる。

 ミラノは冷たい手で触られ、正面から見つめられ――そこで限界を迎えた。


 破裂音が響き、事が済んでからミラノは頭から血の気が引いていくのを感じる。

 潰れたカエルのような声を出しながら、ヤクモが地面に倒れていく。

 うつ伏せに倒れ付したヤクモを見て、ミラノは何も言えなくなってしまった。


 ~ ☆ ~


 朝は時間を逃し、昼食後ならばとミラノは気を新たにする。

 理不尽なビンタを受けたヤクモは「体調不良じゃなきゃ良いんだ、ごめん」と逆謝罪。

 そのせいで午前中は気が滅入ってしまい、溜息の多い時間を過ごしていた。


 今度こそはとミラノは意気込むが、今度はヤクモが萎縮してしまった。

 昼食後、授業三十分前からヤクモはミラノの部屋に居る。

 自分の部屋を持ったからと主人を蔑ろにしてはいけないし、意思疎通の機会は多ければ良いと召還されてからずっとそうしている。

 の、だが――。

 今朝ビンタされた事や熱と脈拍の事でヤクモが完全に「触らぬ神に祟り無し」と距離を置いてしまっている。

 

「ねえ」

「ん? んん!? な、なに?」


 と、声をかけても既にビビっているのが丸分かりである。

 その反応と動揺した声を聞くたびにミラノは「何でもない」と言ってしまう。

 それが更にヤクモに「不機嫌なんだろうな」と言う思い込みをさせる。

 今までの接し方に問題が有ったのかも知れないとミラノは考えるが、もしそうだとしてもそれはアリアにも責任の一端があると思った。

 なぜなら今まで何度か入れ替わってそれぞれの役割を交代しており、アリアを演じている最中はアリアがミラノを演じているからだ。

 その最中はどうしてもヤクモとの接点が薄くなり、共有された情報と居合わせなければ全てを知ることが出来ない。

 その間にアリアがミラノとしてヤクモに辛く当れば、後で元に戻った時に関係の変化に戸惑う羽目になるのだ。

 今の彼女のように。

 

 私だけが悪い訳じゃない、アリアも悪いと自分に言い聞かせはしたが、それで現在距離を置いているヤクモが安心して距離を詰め直すという事は無いのだ。


「ねえ、何でそんな声が裏返ってるの」

「え? あ、や。だってさ。なんかミラノ、怒ってる?」

「怒ってない」

「じゃあ、何か言いたい事が有るとか」

「ない」

「――具合が悪い?」

「アンタ、何が何でも私の調子が悪い事にしたいの? それとも、怒られるのが望み?」

「だってミラノが滅茶苦茶俺の事見てますやん! 文句の一つや二つでも言いたいのかなって身構えちゃいますし!?」

「やっぱアンタ私を怒らせたいんでしょ!!!」


 昼は昼で、こうして時間を潰してしまった。

 ビビッたヤクモの言い分にミラノは結局怒ってしまい、有効な事は何一つ出来なかった。

 ミラノは怒ったり恥ずかしがったり言い争いをしてしまったりとで疲弊しきり、昼食後にはアリアに役割を押し付けて不貞腐れた。

 その時の言葉が「ヤダ、ムリ」である。

 ミラノは結局の所対人関係の構築の仕方、どのようにすれば良いかを全く理解していなかったのだ。

 それはヤクモも同じであり、お互いに「どうしよう」と言う負と負でスパイラルを発生させただけに終わった。


 ~ アリアの場合 ~


「あは~、もしかしてアリアさんが渡すんですか?」


 ミラノから渡されたマントを受け取ったアリアは、ティータイムを利用して色々と考える。

 どのように渡せば良いかと言う、少しでも印象付けるような方法は無いかと模索しているのだ。


「なにか、こう……。少しでも特別な贈り物って感じに出来たら良いなあって思うんだけど。ヘラ様は何か良い考えは有りますか?」

「私は……」


 アリアからの問いかけに、ヘラは暫く考え込んでしまう。

 しかし、ヘラもヘラで大事な人を喪ってから好きだと気付いた口であった。

 当時の苦い記憶を思い出して、ニヘラと笑みが弱く浮かべられた。


「い~や~。私も誰かに何かを贈ると言う事とは無縁でしたから。お役に立てないんじゃないかな~、な~んて考えちゃうのですよ」

「そうなんですか?」

「や~、お恥ずかしい限りです。女の子らしい事を一切しなかったですし、こういう時は真っ直ぐに叩き付けるかのごとく小細工無用で渡した方が一番じゃないかな~、な~んて」


 ヘラの分からないという言葉にアリアは困惑する。

 しかし、時折語るかつてのヘラの生を思い返すと、自分達のような”余裕”が無かった事に思い至る。

 第二の生でそんな余裕が生じると言うのも皮肉な話だなと、アリアはヘラのアイディアを噛み締める。


「ですが、特別感が薄れませんか?」

「そもそもこれが初めての贈り物だから、これ以上の特別感は無いと思いますけどね~」

「う~ん……」


 それでもアリアは、少しでも大事にしてもらいたいと――それくらい凄い贈り物なのだと認識してもらいたがった。

 自分が主人ではなく、その妹だからどうしても普段の接点が中々つかめずにいるアリア。

 少しは自分を見てもらいたいと言う気持ちが、彼女の足を引っ張っていた。


「だったら~、食後に部屋にお誘いすればいいと思いますよ~?」

「部屋に、ですか?」

「それで~、お世話になった事や、助けられた事、救われた事を述べて感謝しながら渡せば、特別感も出るんじゃないかな~とか、浅知恵で思ったり?」

「それは、ダメ」

「なんでですか~?」

「それだと、私”だけ”からの贈り物になっちゃう。二人の何だから、二人からってちゃんと理解してもらわないと」

「あは~、難儀ですね~」


 自分だけからの贈り物であればそれも良いかもしれないとアリアは考える。

 しかし、今回はミラノと二人でお金を出し合って買った物なのだ。

 自分の欲の為にミラノを蔑ろにする事は、とてもじゃないけれども受け入れられないと突っぱねた。


「案ずるより産むが易し、何も考えずに渡してみれば成功すると思いますよ」


 ヘラの言葉に、改めて色々と考え込むアリア。

 そして決行するのはヘラの案を採択した。


 夕食後にヤクモを自室へと誘う事ができたアリア、訓練後の冷えた身体と自衛隊スタイルのヤクモが部屋に入ってくる。

 所々付着した雪が彼を真っ直ぐここまで来させた事を証明しており、アリアは苦笑しながらその雪を払った。


「あぁ、えっと。お邪魔……します?」

「なんで他人行儀なんですか?」

「や、その。アリアに声をかけられる事は初めてな気もするし、なんだか──落ち着かなくて」


 ヤクモはアリアの部屋に踏み込むのは初めてで、アリアから個人で話しかけられたのも呼び出されたのも初めてだった。

 そのせいで緊張してしまい、すでに胃の痛むような感じに悩まされていた。


「とりあえず座って下さい。お茶も直ぐに出しますね」

「あぁ、えっと──」

「招かれたのはヤクモさんですから、なぁんにもしなくて良いんですよ」


 それでも落ち着かないとヤクモは椅子に腰掛ける。

 服に幾らかついていた雪が暖炉で暖められた部屋で溶かされていく。

 冷たい雫が髪から滴って鼻の頭に垂れ、無視していた自分の身体の冷えを自覚していた。


「――えっとですね、今までヤクモさんに大分お世話になったと思います。私だけじゃなく、姉さんも含めて」


 お茶を出してお互いに一息を入れてから、アリアはそう切り出した。

 ヤクモはアリアの言葉を聞いてから硬直し、言葉を何とか搾り出す。


「や、俺は……別に」

「はい。目的や利益の為にした訳じゃないってのは分かってます。ただ、姉さんも言ってましたがそれを当然として何もしないのは居心地が悪いなという事で、今回呼んだんです」


 そう言ってからアリアは、少しばかり間を置いてから付け加えた。


「本当は、姉さんが声をかけるつもりだったんです」

「ミラノが?」

「はい。けど、朝も昼もどう声をかけて良いか分からなくて、私が声をかけることになりました」


 ただ、姉さんは大失敗したようですがと、一連の出来事を述べる。

 ヤクモは朝から微妙に様子がおかしかったミラノを理解し、首に手を当てて溜息を吐く。


「──普通に声をかけてくれれば良いのに」

「その”普通”を知らないからじゃないですかね。ヤクモさんはどう声をかけるんですか?」

「出来る限り早めに、救われたと感じたらそれに見合う分返礼する。お互い様って事は多いかもしれないけど『すまない』とか『助かった』とか『ありがとう』とか、言える内に言えば良いかなと」

「それが難しい人も居るんですよ」

「なんで?」


 ヤクモは素で首を傾げる。

 その時、その瞬間に言わなければ次は無いかもしれない。

 それどころか感謝の言葉や意を示さなかっただけで自分が死ぬかもしれず、相手が自分を信じてくれずに頼られずに死なせてしまうかもしれない。

 そう言った兵士的な考えがあるからこそ理解できずに首を傾げた。

 しかし、ミラノもアリアも公爵家の人間であり、そのうえマトモな人間関係を構築した事がなかった。

 ミラノは主人である事も災いして一歩が踏み出せなかったが、アリアは自分が主人ではない事を自身への言い訳にして何とか声をかけられた次第である。


「それで、ヤクモさんは最近寒そうにしてるじゃないですか。手袋と襟巻きで温かそうにしてますけど、なんで身体の方は着込まないんですか?」

「あ、えっと。変に着込むと動き辛いし、一応すでに寒さ対策で着てるから」

「え?」

「この肌に密着する一枚着が、ある程度温かさを保ってくれるんだよ。勿論、上に普段着とか着ないと寒いけど。これで動きやすさと温かさを辛うじて……って所かな」


 ヒートテック、PXでも売っている様な富士演習をする自衛官に御用達の一品である。

 冬の富士でも訓練だの演習だので容赦なく突っ込まれるため、夜の天幕の内部での睡眠は石油ストーブでも誤魔化せない寒さが在る。

 南米出身者であるハーフのヤクモに取っては冬の富士は夜中に目が覚めてしまうほどであり、それを避けるためにヒートテックは大事にしてきた。

 我慢できるのと慣れるのは別の話であり、我慢は出来るが冬には一向に慣れていなかったのだ。


「もっと着込まないんですか?」

「あんまり着込みすぎると身動き取れないし、みっともないだろ? ミラノやアリアは冬服になったとは言え其処まで着膨れしてないのに、元平民で騎士になりたての俺が寒いからって着込みまくってたら嘲笑の的になる。それは巡ってミラノとアリアへの嘲笑にもなりかねないからなあ」


 自衛官として、下っ端として当然のようにヤクモは答える。

 自分の行いが親父――中隊長や小隊長、班長の指導になると理解しているからの言葉だった。

 それを少し置き換えると、自分が笑われるという事はミラノ達が笑われるという事になる。

 そのような事になってはならないと、彼は断じたのだ。


 アリアは複雑な気持ちになる。

 言われる前からそのような心構えをしている事と、それによってヤクモが不利益を被っている事。

 本来は感謝すべきなのだろうが、なぜ其処まで自分を押し殺せるのかを理解できない。


「――有難う御座います」

「え?」

「そうやって、色々と考えてくれている事。けど、それでも言わせて下さい。忠勤や忠節のようなソレも、行き過ぎれば私達がヤクモさんを大事にしていない、或いは──寒そうなのに温かそうな格好をさせてやれてないという見方もされてしまいます」

「それは……そう、だな」


 学園の内部はある程度暖かくなるように出来ており、ヒートテックとマフラー、手袋で耐えられる。

 しかし、食堂や入浴、闘技場となるとどうしても外を歩かねばならず、その時にヤクモの格好は余りにも冷え冷えとしていた。

 

「けど、変に着込むと今度は役目が果たせなくなる。俺の……唯一と言える戦いが出来なくなる」

「なので、邪魔にならないようなものを先日買ってきたんです。姉さんと一緒に」

「――……、」

「ただ、姉さんは誰かに何かを渡したり贈るというのをした事が無いですし、ヤクモさんの主人でもありますからどうすれば良いか分からなかったみたいで」


 その言葉に、ヤクモは押し黙った。

 ミラノとアリアの背景を思い出して、申し訳無さを感じていた。

 

「そりゃ、悪い事をしたな……」

「大丈夫ですよ。姉さん、来ますから」


 その言葉を最後に、数秒の間が生じる。

 人によっては落ち着かなくなるくらいの長さであり、人によっては沈黙を痛く感じるくらいである。

 ヤクモにとっては状況の停滞に不安を感じ出した頃合に、ノックの音が響く。

 アリアが「どうぞ」と言うと、扉の向こうから少しばかりバツの悪そうなミラノが現れる。


「ミラ──」

「姉さん、来たね」

「そりゃ……まあ」


 アリアによって呼び出されたミラノだったが、あまり乗り気では無いように見られた。

 それは今朝と昼間の間に自身の失態から、恥ずかしさや居心地の悪さを感じているからだった。

 しかし、アリアに「来て」と言われたら断る事が出来ないのは、彼女の弱さでも在る。

 結局自分よりもアリアの言葉を優先したのだ。


「それじゃ、ヤクモさんに授与式を行います」

「授与──」

「え? え?」

「ほら、姉さんもこっち来て。あ、ヤクモさんは目を瞑っててください」

「え……」


 状況が理解できていないミラノと、眼を塞げといわれて呆けるヤクモ。

 しかし、アリアがニコニコと見つめている為に従うしか無く、真っ暗な目蓋の裏を見つめ続ける。

 そのまま目蓋の裏監視を続け、他の感覚が鋭敏になっていく。

 何かガサゴソとしている音と、ミラノが小声で文句らしい物を言っている。

 暫くして、何かがヤクモに被せられる。

 

「これ──」

「あぁ、まだ動かないでくださいね~」

「う、動いたら殴る」


 ミラノの脅しとアリアの穏やかな声に従い、彼はそのまま待ち続けた。

 被せられた何かの材質や、どのような物かを脳裏で考え続ける。

 そんなヤクモの脳裏の答えが正解にたどり着く事無く、二人から眼を開けても良いと告げられる。


「おぉ……」


 目を開いた彼の視界に、黒いマントのようなものが映りこむ。

 そして彼が着心地を確認し出す前に、ミラノがパチリと留め金で片腕を自由にする。


「はい、アンタの事だから動きやすさを優先するだろうと思って短いのを選んできたの」

「雨や雪に強くて、内側も絹で仕立てられているので引っかかる事も無いですよ。立ってみて下さい」

「あ、じゃあ……」


 両側を固めるように立っていた二人が離れ、ヤクモをソレを確認してから立ち上がる。

 部屋に設置されている等身大の鏡の前に行き、様々な格好を取る。

 留め金を外して両肩が隠れるようにしてみたり、再び留め金にマントを留めて片腕を露出してみる。

 構えてみたり、両腕の自由度も確認していく。

 その何処にもヤクモ側からの言葉は無く、ミラノとアリアは緊張して行く。

 ミラノは緊張が顕著であり、いつもは強気な表情なのだがこの時だけは追い詰められたかのように眉も弱気に歪められ、瞳もグルグルと落ち着かずに居た。

 そんな姉を見て、アリアは逆に内面のみに留められた。

 それでもヤクモは時間をかけて色々と確認していて、時間の経過と共に毒のように恐れが内面を毒していく。

 が――。


「はは、動きやすいし、利便性も高い。しかも保温性も高いうえに形態を変えれば通風性も高くなる。しかも伸縮性があるから脱げ易いし、良いね!」


 等と、貰って直ぐに総評しているあたり『モテない男っプリ』を発揮している。

 本人としては装備の評価をするのは当たり前だったが、対人関係──男女の仲においてソレをしてしまうあたり駄目さを発揮していた。


 しかし、二人にとって大枚を叩いた買い物であった。

 これで酷評されて無駄になってしまい、何の意味も成さずに社交辞令的に受け取られる方が辛い。

 だからこそ、当人が最近では”兵士の顔”をして笑みを浮かべない中、笑みを浮かべて喜んでいるのを見て安心したのであった。


「これを、俺に?」

「ええ、そう。これ高かモガモガ」

「はい、ヤクモさんが寒そうでしたし、何かしらお礼をしなきゃと言う事で私達からの贈り物です」

「──ちなみに、値段は?」

「やだなぁ、大丈夫ですよ。これくらい気にしないでください」


 ヤクモは”重い物じゃないか”というのを気にした。

 ミラノの口を咄嗟に封じ「高かった」という言葉を被い、アリアはそんな事無いと告げる。

 二人のお小遣いでも高い買い物だったのだ、騎士として遠回しに給金を得ている彼の収入からだととてもじゃないが高い所じゃないだろうというアリアなりの配慮だった。

 アリアの言葉を聞いてミラノは失言しかけた事を理解した。

 高い買い物だったと言ってしまう事で、余計に気負ったり背負ったりしてしまうのではないかと懸念。

 おとなしくなったミラノはアリアの手を退けた。


「そう、気にしなくて良いの。寒そうにしているのに我慢を強いている、そんな愚かな主人にはなりたくないもの。だから、遠慮なく受け取って、それを使いなさい」

「それは良いけど、偉そうにしてるとか言われないかな」

「そうしても良いくらいアンタは頑張った。言いたい奴には言わせておくこと。私は主人として、アンタが風邪を引いたりしないようにそれを着る事に文句は言わない」

「もちろん、私もそれを着ていただければ良いなと思います。襟巻きの色とも似合いますし」


 真っ黒なマントが、マーガレットの編んだ灰色のマフラーといい具合に見栄えが噛み合っている。

 ファッションに無頓着なヤクモでさえも「良いな」と思える組み合わせである。


「けど、その”メーサイフク”とは合わないかも」

「いつも着ている服との組み合わせの方が似合うかもしれませんね」


 二人は着ているヤクモ自身をそう評価する。

 マルコ達との訓練では常に自衛官スタイルのヤクモだが、自身を見下ろして確かにと考えた。

 自衛官としての服装《現代》と、マントやマフラー《私服》が噛み合わない事を理解したのだ。

 

「私服だと”ふーど”って奴があるでしょ。それを出して垂らして見るとかも良いし、私は──良いと思うんだけど」

「色合い的に私服の明るさと外套の暗さで良いと思います」

「と、とりあえず明日使ってみるよ。それでまた判断してくれると嬉しい……かな」


 二人によって着せ替え人形にさせられてしまうのではないかと危惧したヤクモは、そういって逃れようとする。

 しかし、ミラノとアリアは自分の買ったものでどう見えるかを考えるという事を楽しみ始めていた。

 ヤクモが開放されたのは私服に着替えて、改めて二人がジックリタップリと弄くり倒し、ヘラとカティアが入ってきてからだった。

 翌日からヤクモは実際に使い始め、マフラーとの組み合わせで思った以上に身体が温まり気に入っていた。

 ただ、あまりにも良い具合に温まる為に教室での授業中に若干ウトウトしたりし、それはそれで考え物だなとミラノは思った。

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