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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
7章 元自衛官、学園生活を満喫す
111/182

111話

 授業終わりに、俺はマリーに呼び出される事となった。

 教師であるメイフェン経由で「あのね?」と声をかけられたのである。

 

「うぃ~っす」

「――……、」


 マリーが普段引きこもっている部屋にそう言いながら入ったのだが、白眼視されてしまった。

 おかしい、何でこの程度で白眼視されねばならないのか。

 俺はマリーの呆れた顔を受け止めながら、部屋の戸を閉ざした。


「ねえ、なんだか私に対して扱いが雑になってない?」

「マリーに対してと言うより、英霊全員に対して?」

「私関係なくない?」

「無いと言い切れる?」


 俺はそう言いながら、頭に爪を突き立てながらぶら下がっている猫を指し示した。

 そして閉ざした扉を再度開き、廊下に居るミラノやアリア、ヘラ等をマリーに見せるようにした。

 扉を閉ざす前に猫状態のカティアを剥がして廊下に解き放つと、再び静かに扉を閉ざす。


「お前含めて、英霊連中俺を好き勝手にしすぎじゃね?」

「う゛……」

「まあ、仕方が無いですよ? ええ。英霊連中とそれ以外と言う派閥の中で、辛うじて近いのが俺と言う主張も理解できますけどね?」


 英霊連中は余りにも自分たちが神格化されすぎたせいで息が詰まってしまった。

 その結果、俺と言う「英霊? なにそれ?」みたいに特別視せず、その上足手まといになり過ぎない相手に若干偏りすぎているきらいがある。

 マリーもそうだが、英霊と一緒に旅をした事も有るし、一緒に一つの事柄に対処した事もある。

 その結果親しんでくれているとしたのなら、俺としても嬉しさは隠せないのだが。


「もうちょっと、俺に休みくれない? 二日に一度の頻度でまりーににも呼び出されてるし、その内、たぶん……そろそろ倒れそう」

「たっ、倒れそうなら断って良いんだからね!?」

「なにそのツンデレ……」


 普通なら「私に構ってくれても良いのよ?」的な反応を示すのだろうが……。

 まあ、それはそれでいい。


「なんにせよ、俺が呼ばれるって事はそれで前進や進歩が生じるって事だろ? なら、個人の感情は持ち出さないさ」


 そう言って、俺は先ほどのジョークを自ら打ち消した。

 マリーはそれをどう受け取ったかは分からないが、素直に聞き入れるつもりにはなれないようだ。


「――立派な事を言うときは、何時も無理してる」

「無理してませんけど?」

「へ~? この間部屋に行って、プリリンにいつ寝たか全部聞いたけど」

「……なんでそこら辺聞いてるんですかね」

「遅い時は一刻以上遅れての睡眠、けれども朝は絶対に早起きして自己鍛錬をしてる。となると、寝てる時間は多くて三刻とか、それぐらいじゃない。ちゃんと寝ないと駄目だって知ってる?」

「それをマリーが言う?」


 マリーは神聖フランツ帝国でもそうだったが、魔法に対する研究への打ち込みが酷い。

 今は若干解消されつつあるが、それでも普通に寝ずに研究し続けて翌日を過ごすとかも平気でするし、その結果ボンヤリしたマリーが出てくるという事もある。


「まず自分が寝てから人に物を言ってくれませんかね?」

「わっ、私のは人類の未来の為だし――!」

「俺も自分の為だから良いんだよ。つか、いい加減ミラノと仲直りしてくれよな。そうしたら来る前も来た後もグチグチ言われないで済むんだけど」

「私は──別に。アッチが突っかかってきてるだけだし」

「ミラノは未だ若いんだし、マリーほど長生きもしてないんだからさ。理じゃなく感情的になるのも踏まえて、幾らか態度くらい軟化させてくれりゃ助かるんだけど」

「私が? ハッ、ありえない」


 何だかなあと思いながら、俺は溜息を吐いた。


「で、魔法に関して色々進展が有ったんだって?」

「もう少ししたら魔法修技場が空くから、それまで待って。ここで魔法を使うわけにはいかないし」

「それもそうだな」

「それに、実際に人に向けて使いたいし」

「完全に俺が的だよな……。まあ、何処まで防御できるかの訓練になるから良いけどさ」


 結局、魔法や魔力に関しても実践や実戦じゃないと何処まで自分が通用するのか分からない点は多い。

 だから否定する事無く、むしろいい機会だと受け入れる事にした。


「あ、そう言えば。姉さんがくれてた果実、覚えてる?」

「……忘れる訳無いだろ」


 英霊たちにとっては魔力を回復する霊薬のような効果を持つ。

 しかし普通の人が食せば魔力の過剰供給で制的な興奮作用を。

 つまりは生存本能が刺激されるくらい、パンク寸前にまで魔力が回復してしまう。

 以前それで酷い目にあったのを思い出し、なんとも言えなくなった。

 だが、マリーは気にしていないのか、机の上にコトリと液体の入った瓶を置く。

 青い液体だ、ブルーハワイ色とでも言えば良いだろうか。

 

「あの果実って、単に魔力を回復させるだけだったけど、神聖フランツ帝国の極上酒に魔石を入れて冷やしてたの、覚えてる?」

「あぁ。あれは美味しかったなぁ……。ユニオン共和国では武器に、神聖フランツ帝国での魔力被害が少ない理由に教会の十字架に仕込んでるって知って、軍事的な利用しか思い浮かばなかったけど、ああいうのもあるんだな」

「あれと同じで、これは私が考えてみたの。魔力自体を補う果実と何の効果や魔法を使うかを設定できる魔石。これらで何が出来ると思う?」

「――……、」


 青色に揺れる液体を眺め、それから少しばかり考える。


「飲むだけで魔法的な作用を持つ薬、か?」

「良く分かったわね」

「話と目の前に置かれた品を繋げて考えりゃこれくらいは猿でも分かるさ。で、何をしたんだ?」

「これは短時間だけど魔法に対しての抵抗を上げてくれる飲み薬で、果実に含まれた魔力を消費して発動するから魔法が使えるかどうかは関係無しに誰でも使える。それと同じように物理的な防御とか、或いはアンタの問題になってる魔力回路を一時的にこじ開けて効果的・効率的な魔法の行使が出来るようになるものも考えてある」

「けど、魔石を……たぶん、砕いて混ぜてるんだよな? それって、身体に良くないんじゃ――」

「私が其処に気がつかないと思ってる? 連続して飲用すれば流石に消化できないけど、魔石って可視化した魔力……の、器……みたいなものなの。姉さんの杖の頭にもついてるのは覚えてる?」

「そりゃ、あれだけ目立つんだから見逃しもしないさ。で、それがどうした?」

「再利用しないで使い潰す方向で魔石を使うと、魔力の使用可能量が増える代わりに私たちと同じで無くなると消滅するの」


 なるほど。電池……みたいなものか。

 完全に使い潰すと電池自体に負荷がかかって再利用できなくなるが絞りつくせる。

 逆に何度も何度も使うとなると最低限残さなければならない魔力が発生するので、セーフティーがかかって使い切れないと。


「……あれ、魔石に命令や指示を書き込むのって無系統の魔法で、ある程度の優秀じゃないと出来ないんじゃ無いっけ?」

「お生憎様。私はその無系統の優秀な魔法使いって奴よ。アンタに渡したコレ、忘れた訳じゃないでしょ」


 そう言って、彼女は首から下げている鉄板のプレートを見せる。

 まるでドックタグのような代物だが、あれは魔法防御の付呪がされている。

 あれのおかげで俺は一度救われているし、あれが無かったせいでマリーは同年代くらいにまで若返らざるを得なかったのだが。


「ただ、作ったはいいけど量産できないのが難点かも。果実は神聖フランツ帝国、魔石も産出量で言えば安価に抑えるのならユニオン共和国が一番だし。そのどちらもここでは気安く仕入れる事も入手できるものでも無いから」

「そもそも、魔石や魔力結晶ってのはなんなんだ?」

「生命の循環の結果、土地に染み込んで出来上がった生命の塊や鉱石……と言うのが、私の考え。単なる鉱石だという人も居るし、今言った生命の循環で生じた神秘なものと言う考えの人も居る。コレに関しては研究や解析をしなきゃいけないだろうけど、それは私の仕事じゃない」


 気にはなるけど、自分の分野じゃないとマリーはバッサリ切り捨てた。

 俺もそれでいいと思うし、何年か何十年か、何百年か後に科学だのが発達したら頭のいい人が理解するだろう。

 必要なのは銃や弾丸であり、火薬の成分や弾丸の構成を知ることじゃない。

 

「さて、そろそろ行きましょうか。休憩は大丈夫?」

「座学の授業が多いんだから、むしろ十二分に体力はある」

「あ、そ。それじゃ、行きましょうか」


 そう言いながら、マリーはその存在は希薄にし遂には消滅してしまった。

 不可視の魔法ではなく、その存在そのものを使い魔であるが故に魔力のみにシフトさせたのだろう。

 ただ、一握りの軌跡が俺には”彼女が其処に居る”と認識させる。

 たとえ扉を開かずに通過しようとも、向かっている先は彼女の言う場所だ。

 その軌跡を追いかけ、魔法修技場にまで向かう。


 男子が闘技場で武技を重ねるのに対し、女性が魔法の扱いを修練する場所である。

 俺にとっては立ち入るのは初めてであり、なんだかワクワクするような居心地が悪いような感じさえした。


「あれ、ミラノたちが居る……」


 その建物の中に彼女たちは居た。

 アリアやヘラも居て、カティアもその場に居る。


「あぁ、そっか。次の授業がここなのか――」

「アイアス達にはもしかしたらアンタが行けないかもって言ってあるから、気にしなくて良い」

「そんなにきつい事するの?」

「最悪な場合、アンタが”起きる”のに時間がかかるでしょ」


 それは遠まわしな「死んだ場合」を指摘していた。

 俺は苦笑するしかなく、肩を竦めるだけに止めた。


「この建物はマリーが魔法を使っても大丈夫なのか?」

「それに関しては一つだけ言える事があって。無系統の魔法で建物にかかっている結界を壊さなければ、外部に破壊が及ぶ事はないし建物も崩れない」

「そんなに凄い建物なのか」

「この学園の創始者であるオリジンさまが莫大な費用と長い年月を掛けて作ったものだから大丈夫なの。それに、石材とかは闘技場の物と同じで魔法を拡散・分散して魔力を散らすような物だから。それこそ周囲一帯を更地にする勢いで無系統の大爆発を発生させなきゃ大丈夫」

「まるで見たように言うんだな」

「だって、魔法に強いゴーレムと同じ素材だもの」


 そういうものか。

 良く分からないが、壁などを触れるとシステム画面に様々な説明が出てくる。

 解析してみた結果闘技場と同じ材質で、高い魔力耐性を持っているのも確かであった。


「で、新しい魔法って」

「それに入る前に、コレどうぞ」

「これ……? お、ちょ――!?」


 マリーが赤い液体の入った瓶を俺に向けて放る。

 それを受け取ろうとするが、絶妙に届くか届かないかの距離で手をすり抜けて落下していく。

 硬い床に瓶が叩きつけられ、容易く割れた。

 それと同時に、液体が”凝縮”された。


「へ?」


 液体は粘度を持って一瞬縮み上がったが、次の瞬間に霧散する。

 すると爆炎が上がり、吹き上がる爆風と熱気や炎に俺は吹き飛ばされた。


「ごほっ、げほっ……。おぉい、なんだよコレ!」


 視界に様々なダメージ判定や異常が報告される。

 火傷、打ち身、殴打、五感の混乱。

 服の損壊率も表示され、見れば末端が幾らか炭化したりチロチロと燃えたりもしている。

 即座に服を叩いて鎮火し、付呪でのオートリペアに頼る事にしてそのまま俺はマリーへと近寄った。


「さっき部屋で色々話をしたでしょ? アンタの持つ”テリュウダン”だったか”シュリュウダン”って奴を真似してみたの。ユニオン共和国でも武器に魔石を用いてるって聞いたし、それを真似して何か出来ないかなと思って」

「口で言えや!」

「アンタに散々煮え湯を飲まされたんだから、コレくらいの逆襲はしても良いでしょ。さ、機嫌を損ねられても嫌だし、説明をしながら見せるから」


 そう言って、マリーは一度だけ俺の服に出来た煤を叩いた。

 それで謝罪のつもりなのだろうか? 何も無いよりは嬉しいと思う俺もどうかしているが。


「アンタの言っていた、頭で想像し、動作や言葉で発動をさせる。それの習得は出来た」

「早いね。もうチョイごねて不満たらたらにしてると思ったけど」

「お生憎様。コレでも皮肉交じりにも天才と言われたんだから。変化や新しい物事に対応出来ないだなんて、生き残れない愚物よ」


 まあ、そうだわな。

 戦いをすると言う事は色々考えながら、有るがままを受け入れつつ行動し、試行錯誤することでもある訳だし。

 何が起きても「ありえない」とか言って思考停止するのであれば、そんなものは兵士であれ指揮官であれ死ぬだけだ。


「で、どういう魔法を生み出したの?」

「魔法って、放出か放射系が主だと思ってたけど、アンタの言うやり方だと視界の届く場所なら直接出せる事に気がついたのよね。だから、こう──」


 マリーが両手をパンと叩く、すると異様な暑さを感じ、何事かと見上げると複数の太陽……。

 じゃない、火球が存在する。


「でさ、これを落としたら大爆発とか面白いと思わない?」

「ぐ、軍事的にも攻撃的にも良いと思いますよ?」

「それじゃ、がんばろっか」


 頑張るって、何を?

 その疑問を問う前に、マリーは良い笑顔で上を見上げている。

 俺も見上げると、火球達が落下してくるではありませんか。

 しかも徐々に熱くなってくるし、落下速度は速くなってくる。

 直撃する瞬間に、俺は両手をあげた。


「あはは、防いだ!」

「防いだ、じゃ──」

「なら、これはどう?」


 そう言ってマリーは人差し指と中指を立てた手ででバツを作ると、それを引き離す動作をした。

 すると火球の数が倍になり、受け皿のように広く展開した防壁にかかる圧力が酷い事になる。

 膝が笑い始め、魔力と魔力のぶつかり合いに対して俺が耐え切れない。

 

「ねえ、アンタの魔法。大分強くなったんじゃない? 凄い凄い!」

「凄いじゃ、ねぇ……だらぁっ!!!!!」


 火球を全て覆うイメージ、魔力でそれぞれを包み込む想像。

 それらを大皿ではなく個々に受け止めると、更に魔力を送り込み──圧縮する。

 抵抗は最初こそ激しかったが、それでも徐々に押さえ込めるようにはなり、最終的にはそれらを全てが掻き消えた。

 炸裂する事無く掻き消えた物に、俺は呼吸が止まりそうになった。


「あれ、消えた……」

「お前、自分を巻き添えに俺を試したな?」

「何の事かしら」

「とぼけやがって……」

「それで、どうやって防いだの?」

「それぞれの火球を魔力で包んで、以前教わった”魔法を投げ返す技術”みたいに受け止めながら掴んで、魔力を握りつぶそうとしたけど」

「けど?」

「なんか、勝手に消えたわ」


 想像では全部握りつぶすように消すつもりだったが、そうする前に火球の方から消えてしまったのだ。

 なんでだろうと思ったが、直ぐに可能性に思い至る。


「あ、そっか。包んだから燃え盛る勢いに魔力が足らなくなったのか」

「──燃料が無くなった、って事ね」

「落下速度を更に速めて、相手がなにかする前にー着弾爆破すれば良いかもな」

「今度からそうしよう……。それじゃ、次のに行ってみよう!」

「まだやるのか……」

「当然! だって、えっと……ひ~ふ~み~……。兎に角、沢山考えたんだし」


 マジかよ。

 俺は先ほどの自爆するかのような魔法にもはや嫌な予感しかしない。

 しかし今度は「それじゃ、離れて立ってね」と言われる始末。


「今度は何?」

「ふふ~ん、頑張って防いでね?」

「あの、キャラ違いません……?」

「いっけぇ!!!」


 ストレスでもたまってるのだろうか?

 それとも、月イチの”アレ”でもあってイライラしていたとか。

 彼女は腕を凪ぐように振るうと、多数の魔方陣を彼女の背後から出現させる。

 そしてその魔方陣からグググと、矢のような物が出てきて──。


「#王の財__ゲートオブバビ__#……」


 見覚えのある光景に嫌な予感がヒシヒシとしてきたので、即座に剣を鞘ごと手にした。

 そして矢のように飛んでくる……正面に向けて飛び交う魔法を前にその場に伏せる。

 剣と鞘を”傾斜装甲”のように匍匐状態で構え、低面積高装甲のように防御をめぐらせる。

 先ほどの”高火力単発”では無く”中火力連撃”の衝撃は腹這いの状態でもいなし切れない。

 何発か”打ち下ろし”で飛来してきたものに、魔法防御を越えて脇腹や脹脛に矢が突き刺さる。

 下唇を噛み締めて呼吸を努めて平静であるかのように保つが、痛いものは痛い。

 

 攻撃をやり過ごしてから矢を引き抜こうとすると電撃が走る。

 厭らしい……、矢のような硬度で相手を穿ちながらも、突き刺されば感電、麻痺を生じさせる電撃か。

 手がブルブルと震えたが、それでも――継戦能力は失われていない。

 出来る限りの手当てをすると、埃舞う中すぐさま立ち上がった。

 追撃は、無い。


「ねね、どうだった? 今のは」


 変わりに魔法で埃を吹き飛ばし換気してしまうと、自分の出来具合を褒めてもらいたい子供のように此方に来る。


「正面射撃は、相手が単列横隊なら圧力や見栄えを含めて――コホッ――効果的だと思う。けれども、相手が複数の列を組んでいた場合や単独の場合は斜めに打ち下ろした方が効果的だ」

「むぅ……注文が多いわね」

「良いか? 書いて説明するけど――」


 メモ帳を出して、俺はマリーに改善点などを伝える。

 理由、意味、意図。

 そして改善する前は何に優れ、今回の”相手が単独の場合”を含めた別の状況下での使用方法も考える。


 無数の属性魔矢を降り注ぐ魔法。

 罠にかかった相手を氷結させ、独力での脱出を付加とする魔法。

 潰れてしまうような水を生成して相手を飲み込み、その後渦潮大回転でねじ切ったり切り裂くような魔法――。

 様々あり、それら全てに俺は色々な感想を述べた。

 その結果、次の授業が始まってしまい、闘技場の方へは顔を出せなかったな等と考えてしまう。


「ふんふん。なるほど。場所によって規模や効果、使い方を変える、と」

「街中でも野戦でも同じ事は出来ないだろ。敵の陣地であっても、押し込まれた自軍の拠点や施設にしても無闇に破壊するのは良くない。それに、折角魔法と言う自由で使い勝手のいい武器があるんだ。それを”部隊損耗”では無く”戦意を挫く”といった方向にも使えた方がその戦力は頼りになる」

「誰でも殺せる魔法より、選んで殺せるように……か」

「戦争でも、勝利する条件は『敵を皆殺しにする』と言うものじゃないからな。『戦えなくする』事で戦いは終わる。物資、国民感情、兵の指揮、思い込み……。敵は殺せば殺すほど食い扶持も軽くなるが、何度も何度も士気の挫けた兵士は使い物にならなくなる。その結果戦えないくせに無駄飯を食らってくれる兵士の完成だ。上手く行けば反感で上官だの指揮官も殺してくれるかもしれない、なら殺さない方が賢い場合だってあるだろ」


 そう俺は言いながら、本日の複数の魔法をメモし終えた。

 一枚は自分用で、マリーはマリーでカティアから横流しされたメモ帳やペンで色々書き取っている。

 其処には部屋であったときのような不機嫌そうな表情は無く、喜色が顔を占めている。


「やっぱ、アンタとこうしてる方が――アンタと一緒の方が楽しい」

「そいつはどうも。けど良いのか?」

「あにが?」

「俺達のせいで、授業を圧迫してるぞ」


 闘技場とは違い、此方は女性ばかりの場だ。

 マルコのように魔法の方が長けている男子生徒も居るが、割合的には女性の方が多い。

 広いとは言え、マリーはだいぶ遠慮なく魔法をぶちかましてくれた。

 俺は最早無事で無傷な箇所の方が少ないくらいで、熱気だけが体温を維持しており服は焼けたり破けたり、濡れてしまったりと凄惨な有様である。


 ただ、此方も此方でまた俺は目立ってしまった。

 マリーだのアイアスだのが行使する魔法に比べれば”オママゴト”のような物ですら、いまや途絶えてしまった。

 ”とりあえず”習得する連中とは違い、此方は”実戦や実践に用いる必要なもの”として行使している。

 霞んでしまうような遠い場所で、ミラノやアリア、ヘラやカティアがこちらを見ているのが見えてしまった。


「良いのよ。生徒たちにも、私が提示している魔法の改善点を履修するとこうなるって言う分かりやすい展示説明になったでしょ」

「なら普段からマリーも授業に出て展示説明すれば、もうちょいスムーズ……じゃない、円滑に話が進むんじゃないか?」

「そんな事をしたら私の研究の時間が減るじゃない。その研究や知識のおこぼれだけでもあのチンチクリンくらいにはなれるんだから、それをもっと感謝すべきなんだから」

「そういうもんかなぁ……」

「ええ、そういうものよ。それに、一発芸のような魔法じゃなくて私やアンタのやった事を見ていれば、どちらが正しいかは分かる筈」

「まあ、正しいかどうかは別としても……火がついた連中は、確実に居るな」


 見れば、先ほどまで俺を何処か儚げに見ていたミラノやアリア、カティアやヘラが魔法の訓練に戻っている。

 その勢いは、マリーほどではないが、オママゴトではない。


「怪我は?」

「治した」

「なら無いのと同じね」

「同じじゃないわ! 肩が外れたし、髪の毛は焼けて短くなったし、二箇所穴が開いてるし、皮膚が一部凍傷で剥がれたわ! 見ろ、この腕!」


 無理やり短時間で治した負傷箇所全てを見せ付ける。

 皸だの罅割れだので出血も幾らかしていて、お花畑に住まう女子生徒が貧血を起こしていたりもする。

 やっぱ、女ってのは理解が出来ないし、怖い生き物だ。


「あんま私の得意分野じゃないけど、ちょっと待って」


 そう言って彼女は魔導書を出し、魔導書が行使前の自動頁捲りを始める。

 光を放ちながらも捲れて行く魔導書とは別に、マリーは片手を俺に差し伸べた。


「『生命の源よ、彼の者があるべき姿へと治癒を――』」


 マリーにしては珍しい詠唱である。

 締めの言葉が口にされると、俺に魔力が流れてくるのを感じた。

 そして皮膚が剥がれ、黄色いモノやピンク色をしていたモノが露出していた箇所に何かが蓋をする。

 暫くそれらを見ていると、綺麗に皮膚が出来上がっていた。

 それだけではなく、全身の細かい痛みも抜ける。


「回復魔法、使えたんだな」

「姉さんに比べると効率が悪いから出来るだけやりたくないの。誰かを回復する為に私が死んだら意味が無いでしょ」

「確かに」

「それじゃ、一応次の授業まで休んでおきなさい。つき合わせて悪かったわね」

「いや、俺も勉強になったし……助かったよ」


 マリーの魔法を正面から受け、そしてマリーの考えた様々な魔法を見てマルコやミナセ、ヒュウガやカティアに試してもらいたい魔法が増える。

 その経験だけで、俺の成長になる。

 今回の件が終われば、結局カティアに施すべき知識や発想が増えればそれだけで糧になるのだから。


「ただ、ま……。闘技場に行って来るよ。ただ、今日はもう見学だけさせてもらう」

「ふぅ、よかった。訓練に行って来るとか言わなくて。もしそう言ったらぶん殴んなきゃ」

「流石にもう授業もだいぶ終わってるし、何にしても疲れたからな……」


 ダメージだけじゃない、魔力的な衝突も防御などを行えば物理的な衝撃を生じる。

 速度や質量を伴ってぶつかってくればそれだけでかなりの衝撃になるし、そんな”ミットやマット”をずっとやっていれば疲弊しきって仕方が無い。

 それでもゼリー状と言えるほどにグズグズになら無くてよかった。

 たぶん、本気のマリーなら魔法の質量だけで俺を圧殺も衝撃死もさせられる筈なのだから。


「また誘ってもいい?」

「ん~、程ほどに。ちと忙しいし、疲れが抜けなけりゃいつか本当に死んじゃうわ」

「分かった。けど、それはアンタが無理をし過ぎなだけだから。少しは自分を大事にしなさい、英雄さま?」


 そう言って、マリーは笑みを浮かべる。

 その笑みを見ると、かつて俺に口付けをしてきたとこの事を思い出してしまう。

 しかし、それをおくびにも出さずに挙手の敬礼をした。


「ま、死んだら殺すって言われたしな。地獄に行ってもマリーに追い回されたんじゃ溜まったもんじゃない。なら、養生するさ」

「生意気」

「意地の悪くない兵士が居て溜まるか」


 そう言って、俺はマリーに背を向けた。

 しかし、クルリと身を翻しておおよそ女子だらけの魔法修技場を改めて意識してしまい、壁沿いにそそくさと退出していった。

 注視される事や、無数のビー球のような目に見つめられる事が――どうにも、まだ苦手だった。



 ~ ☆ ~


 ミラノは、ヤクモがマリーに付き合って魔法の実施演習をしているのを見ていた。

 その光景を見て、ミラノは哀しくなる。

 休みの間に彼の発想を元に様々な魔法の改良をした。

 使い物になる魔法を一つでも多く習得しようと躍起になり、その結果他の生徒たちを突き放す結果となった。


「足りない――」


 しかし、それでも彼女は”現実”を知った。

 かつて兄のクラインに守られたときのように、かつて市街地にてヤクモに守られたときのように。

 新しい玩具を得て、新しい自由を得ただけで、玩具遊びをする子供のままだと思い知らされたのだ。

 

 マリーの展開した魔法がなんなのか分からないが、それでも”必殺”を意図したものだと理解できていた。

 その”必殺”に対して、ヤクモは地に伏せるという”恥ずべき行為”から活路を見出していた。

 それだけじゃなく、数多くの魔法に対してヤクモは英霊に何とか食らいついていたのだ。

 本来であれば殺め、或いは戦闘不能を強いるような数々の魔法を、負傷しようとも生き延びたのだ。

 そして、ミラノは見て、理解した。

 家柄や体裁、風聞などは――第一ではないのだと。

 地に伏せたヤクモを見て「まあ」と言う”お嬢様”が居た。

 服は地に付き、膝も汚れに塗れる。

 そう、ありえない事だった。


 しかし、その結果、誰もが「串刺しになった一人の無謀な人間」と言う結末を裏切られたのだ。

 それだけじゃない、幾つ物「そんなもの、防げない」と思えるような魔法を前にヤクモは”適切に当たった”。

 魔法を鞘で殴りつける荒業、腕を犠牲にしてでも両足を地面について戦える姿勢。

 魔法を手で弾き、殴る。蹴り飛ばし、抜いた剣で切り伏せる。

 攻撃魔法に”攻撃魔法”をぶつけ相殺する、その姿はまさしく”生きるために最善を尽くす者”だったのだ。


 ミラノはその姿を見て、心が苦しくなり、焦りが生じた。

 そしてガムシャラに魔法の訓練をしながら、言葉が胸中に渦巻く。


 ヤクモと共に居た時間は屋敷を離れていた期間を含めると二月ほどだ。

 その二月前、召還され倒れていた彼は――どうしようもないほどの”弱者”だった。

 常識を知らず、国を知らず、魔法を知らず、貴族も知らない。

 デルブルグ家の名を聞いても恐れ入る事も無く、けれども弁えた態度の下残飯や床での睡眠、着替えやお茶出し等と言った”下手人”を受け入れていた。

 彼女は理解していた、そうしなければ彼は死ぬ他無いと。

 自分が無理やり生かしており、生き永らえさせているのだという認識は有った。


 しかし、自分の下に居た筈の”使い魔”は、気がつけば騎士になっていた。

 欠伸や眠気を隠そうとしながらも叙任され、爵位まで手に入れていた。

 それだけじゃなく仲が悪かった筈のアルバートとも親しくなり、落ち零れとして名高いミナセやヒュウガとも仲良くなり――身分を意識させないほどに、知り合いを増やしていた。

 これしかないと言いながら武器を手に取り、魔法の扱いに長けていった。

 その時点で、ミラノは何処か侘しさを感じた。


 だが、今ではどうだ。

 英霊の一人だという相手を前に、一人の英霊を救った。

 アイアスやロビンと言う英霊とも旅をし、仲を深めていった。

 神聖フランツ帝国の事は多くを語らないが、英霊の一人の命を救い戻ってきた。

 そして――英霊と渡り合っている。

 

 自分の下から、守らなければ生きていけなさそうな男が遠い人になりつつある。

 何も出来ないと思っていた相手が、自分の手綱やクビキから解放されて遠くに行ってしまう。

 そう考えると、ミラノは複雑な感情と滾る想いに支配される。


 ――ミラノが揺らがずに居て、俺に指示してくれるから迷わずに居られるんだ――


(そう言ったのに、そう……言ったのに!)


 ミラノは、置いていかれた気がした。

 屋敷に戻ってきた時に自分の成果を見せたが、それですらマリー……いや、ヤクモに届いて居なかったのだ。

 顔が違う、表情が違う、ヤクモの言葉で言うのなら”スイッチが入ってない”のだ。

 自分が守られていたときに肩越しにしか見ることの出来なかった顔。

 それを自分にも向けて欲しいと――ミラノは思った。

 守られるだけが嫌だから、マリーがそうされたように自分も同じように肩を並べたいと思った。

 兄に守られ、妹を演じているアリアに守られ、ヤクモにも守られている。

 それが、とてつもなく歯がゆかった。


「ミラノ。おい、ミラノ?」


 授業が終わりお茶の時間となった。

 ミラノは声をかけられてから、自分がお茶を飲むために食堂に居る事に気がつく。

 周囲を見るとカティアのみが傍に居て、心配そうにミラノを見つめていた。

 そして誰が声をかけたかと思うと、アルバートであった。


「大丈夫か?」

「アルバート、どうして――」

「普段なら男女別の授業を終えたらヤクモを拾いに来るであろうが。だが、ミラノは来なかったのでな。気になって、だな」


 そう言われてから、ミラノは再び周囲を見る。

 そして肘を突きながら、顔を見せないようにはしているが誰とも被る事の無い珍しすぎる服を着ている人物が居る。

 だるそうな格好、凛々しさとも雄々しさとも立派とも無縁そうな姿勢。

 微妙に離れた位置でクラインやユリアと共に居るが、それが”許容できる距離”だったのだろうとミラノは察した。


「――大丈夫か?」


 アルバートにそういわれ、ミラノはいつものように……強がろうとした。

 しかし、強がろうとしてアルバートを見て――ミラノは強がれなかった。

 以前までは見られなかったような傷などを作り、それを受け入れているアルバート。

 頬に若干血の滲んだ布を貼り付け、肌も幾らか渇きを見せ始めていた。

 

 それらを見て、以前のアルバートとは違うのだとミラノは思い知らされる。

 誰よりも体裁や名誉に拘り、無様や醜さを嫌ったアルバートがそれらを受け入れている。

 英霊によって手ほどきを受けていると聞いており、その結果の様々な負傷なのだろうとミラノは理解していた。


「ちょっと、考え事してただけ」

「そうか。――そうか。なにを考えておるのか我には想像も付かぬが、アレにも言えぬ事なのだろうな」

「アレ?」

「ヤクモだ。悔しいが、我は聡い訳でもなければ、アレのように違う角度からの考えを提供する事も敵わぬ。さりとて……悔しいが、口が堅いかと言われたならそれも難しいがな」


 そう言ってアルバートは、机に肘を突いて背中を丸めている気だるそうなヤクモを見た。

 余程の事がなければ、自分の雇用主であるミラノに対しても口を閉ざす。


――デルブルグ家当主には知らせなきゃいけない事だけど、それ以外には黙秘する――


 はっきりとそう言い切って、神聖フランツ帝国での幾らかを黙秘することを選んだ。

 そしてそれはミラノだけじゃなく、アリアやクライン、アルバートなどにもそうしている。

 何故そうしているのかを聞いたときに帰ってきた返答が……。


――それが、名誉の為だからだ――


 と言うものであった。

 自分達に理解出来ない尺度で、或いは規範や在り方で生きている。

 不安に思わない事もないけれども、良い事をしてきたのだから。


「ま、考えすぎぬ事だな。色々考えてみた所で、実際に事に当ってみるまでは何も分からぬ。頭の中で思い描いた構図が容易く挫かれ、逆に思わぬ事が善戦を掴む事だってある。己が評価してこなかった事が実は有益で、逆に拘ってきた物がそれほど大事ではなかったと言う事を知る事もある」

「実際に――」

「昨日ダメだったからそれを意識してみながら今日もぶつかる。それでもダメな箇所は出てくるし、一両日で先日意識していた部分を覆い隠せるほどの技量もないのでボロも出る。しかし、それは未熟だから失敗したのではない、未熟である事を知らなかったから失敗した物だと我は思う」

「ヤクモみたいな事を言うわね、アンタも」

「#クソ爺__アイアス__#達が学園で教えるようになってからは、痛いほど理解できるようになったのでな。それに、こういったことに関してツアル皇国とユニオン共和国の生徒の飲み込みが良いのも気に入らぬ。嘘でも戦いで遅れを取る訳には行かぬのでな」

「――……、」


 ミラノはその言葉は暫く受け止めてから、一つ思い出す。


「そういえば、ヤクモとの対戦で人手は集まったの?」

「あ、む……。いや、それがな……」

「まさか、未だ見つかってないの?」

「あ、あと三人だ」

「つまり誰一人として見つかってないのね」


 ミラノは少し場考え込むと、アルバートに「ちょっと待ってて」と言って席を離れる。

 アリアの方へと向かっていくのを眺めていたアルバートだったが、二人が何を話しているのだろうと眺めている事しか出来なかった。

 しかし、ミラノはアリアを引き連れて戻ってくると幾らか元気を取り戻した様子を見せる。


「喜びなさい、アルバート」

「む?」

「これで、あと一人で良いから」

「一人……」


 数秒、その言葉の意味を理解できずに居たアルバート。

 しかしその言葉の意味と目の前にいる二人を見て驚愕する。


「まさか、二人がか!?」

「不服?」

「い、いや。だが――」

「大丈夫。ちゃんと話し合って決めたし、アルバートの言い分も最もだったし」

「私達も、何処まで通用するかを知っておきたいなって、思ったんだ。それに、こっちは英霊さん居ないし」

「――済まぬ、協力に感謝する。これであと一人だな」

「そのあと一人は、心当たりがあるから大丈夫だよ」

「そうね。たぶん事情を話したら喜んで手を貸してくれると思うけど」


 そう言って二人は”気だるそうにしている自分物に似ているもう一人”を見る。

 アルバートは少しだけ嫌な予感を覚えながらも、直ぐに受け入れた。


「はぁ、そうだな。贅沢を言っている余裕は無い。すでに週一つを費やした、これ以上は勝負にならん」

「ん、懸命な考え」

「だが、あえて問うが本当に良いのだな? 後で裏切り者と詰られようが、謗られようが庇えぬぞ」

「そこらへん大丈夫でしょ。もう何度難所を乗り越えたんだか知らないけど、少なくとも私達よりは受け入れるだろうし」

「それに、主張が相容れなかったりして、どうしても止めなきゃって時に無理にでも抑え付けなきゃいけないときも有ると思うんだ。だからさ、そう言うときに何処まで出来るのかってのも、知っておきたいし」

「それにね、アイツもアイツで舐めてるのよ。今まで、一度たりとも、防御も回避もしてこなかった。取るに足らないって言ってるのと同じなのよ」


 ミラノはそんな暴論をぶち上げる。

 本人が聞いていたら「いやいやいやいや」と否定しただろうが、実際に神聖フランツ帝国から帰ってきた初っ端で無防御無回避だったのだ。

 他にも色々と言い訳は出来ただろうが、本人はこの話を知らない。


「それじゃ、あのバカをどうやったら見返すことが出来るか――やってみない?」

「それは……いや、その方が面白そうだな。乗ろう」

「あはは。まるで意地悪大作戦みたいだね」

「相手の嫌がる事を沢山やった方が勝つ。倒れる事無く生き延び、脅威として残り続けるのが最大の嫌がらせだって言っておったな」


 それでも悪くないかと、アルバートは勝ちに拘るのをやめた。

 何処まで引き下がれるか、何処まで鼻をあかせるかに重点を絞ることにしたのだ。

 

「それに、こう言う事もアイツを知る事になるでしょ? どんな考え方をして、どんな戦い方をするのか知らないし、いい経験にもなると思うし」

「変な事にはならないとおもうしね~」

「頼りにさせてもらう。それに、二人が共に居るのであれば相手陣営に対する圧力にもなるからな。居てくれるだけでも、助かる」

「居てくれるだけ? なに言ってんの。ボコボコにしてヤクモが『ごめんなさい』って言うまでやるんだから」

「あれ、何処までやれるかじゃなかった? 姉さん」

「出来るのならトコトンまでやる。それで一発でもぶん殴れたら一番じゃない?」

「あ~、ミラノ。殴るのも謝罪させるのも別に主目的では無いぞ?」


 アルバートが窘めるが、ミラノはムカムカとイライラの全てを”アイツが悪い”に置き換えた。

 自分を置き去りにしたのも、勝手に遠くへ羽ばたこうとしているのも、遠い存在になりつつあるのも。

 それで悩んだのも、苦しさを覚えたのも、全部全部アイツが悪いのだと。


 プンスカと怒りに任せて今回の殴りこみに参加する事を決めたミラノを見て、アリアは苦笑する。

 そして何と無く、その怒りの理由も分かっていて、悩んだ理由も彼女は理解できていた。


「――もうちょっとだけ、このままがいいな」


 アリアは、目の前で手帳を出してアルバート相手に色々並べ立て、アルバートが目を回しているのを見て苦笑する。

 長女の役割を担っている#ミラノ__妹__#が、まだ無自覚なままで居てくれたらなと……打算的に考えていた。

 そしてアリアの中では、ミラノの知らないある日の光景が残っている。


――ねえ、もしかして……辛い?――

――何故そんな事を聞くのさ――


 アリアではなく、#ミラノに戻っていた__入れ替わっていた__#時。

 クラインを演じていたヤクモが、暗い部屋の中で膝を抱えていた。

 アリアは、ミラノとは別の意味でこの一件に乗っかった。

 やりたい事と義務を履き違えて、またあの時のように心が潰れてしまうのでは無いかと言う危惧。

 同室で主であるヤクモの身の回りの世話をしているプリドゥエンが、その生活を教えてくれた。

 体重の減少と、食欲の減衰が心配だとも零していた。


――母さんは死んだ、五年も前に。けど、俺の身内に似ている人が居て……辛いんだ――

――……そう――


 ミラノの知らない弱さを自分だけが知っている、だからこそアリアはやろうと思った。

 何が出来るかは分からないけれども、今のままじゃ何だか嫌だなあと言う理由で。


――俺が、クラインに似てるからだろ――

――違う! それが……アナタを呼んだ、私の責任だから――


 一時的とは言え、ミラノを演じてご主人様になった。

 度々そうして来たのだから、これも二人でどうにかしたいとそう思ったのだ。

 良い事も、悪い事も分かち合おうと言う……二人だけの約束事だった。

 ただ、アリアにとっては今の独立してしまったようなヤクモよりは、布団を被った中で僅かな明かりの下膝を抱えて蹲っていたくらいの方が良いなと――。

 其処まで考えて、これも”自分の傍から離れて欲しくない”と言う感情なんだろうなと、アリアは苦笑した。

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