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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
7章 元自衛官、学園生活を満喫す
110/182

110話

 クライン成分を十分補充したらしい姫さんは、その場に居た俺とヴァイスと言う存在を認識してくれた。

 すんごい今更ではあるが、改めて名乗りを上げてくれるらしい。


「よく来たのじゃ。妾はヴィトリー……」

「エヘンエヘン!」

「そ、そう。ただのヴィトリーじゃ! 宜しく頼むぞ」


 自己紹介を受けた全員が静まり返り、オルバが顔を覆う。

 ただのヴィトリーと言う自己紹介が何処にある?

 それ以前に、既に姫だの姫さんだのと言われまくっているのだからその説明は苦しいにも程が有る。


「――すみません。お忍びで来られている身なので、察していただけると助かります」


 オルバが付け足した言葉で何とかちゃんとした紹介になり、俺もクラインも少しばかり胸をなでおろした。

 まだ市井にはお披露目も顔見世もしていないとは言え、流石にお城を抜け出しすぎである。

 これに関してはクラインも俺も同じ危機感を抱いている事だろう。


「では吾も名乗らねばな。ユニオン共和国に召還された英霊の一人、ヴァイスと言う。此度は視察をしに来たので、暫く滞在する事になっておる。国に住まうものへ説明の義務とやらを果たさねばならぬのでな。宜しく頼む」

「うむ、宜しく頼むぞ」


 そう言ってヴァイスと姫さんの挨拶が終わったが、姫さんはヴァイスの事をジーッと見ている。

 

「それは装飾品か何かか?」


 そう言って左手や羽、尾などを指し示した。

 オルバは大人な対応でスルーしていたというのに、無遠慮にも問いやがった。

 事の成り行きを見ていたが、ヴァイスはニカリと笑みを浮かべる。


「これは吾の身体に流れる血の影響でな、命を落としかけたときになって血が目覚め命を救う代わりに出てきたものじゃ。装飾品であれば可愛げが有ったじゃろうが、見ての通り身体の一部」

「ほうほう……触っても良いかの?」

「ひ、姫様!?」


 オルバが悲鳴を上げ、そして腹を押さえる。

 普通に考えれば非常識とも無礼とも取れる物言いだが、ヴァイスはそれすらも受け入れた。


「気が済むまで触ってみると良い。じゃが、鱗には気をつけると良い。鱗と逆に撫ぜると指を切るのでな」

「ほうほう、強靭なのじゃな……」

「それと、尾も羽根も身体の一部故に変に触ると痛むので、引っ張ったりせぬように」

「分かったのじゃ」


 姫さんは自分の好奇心や興味に任せてヴァイスの人ならざる箇所へと触れている。

 ヴァイスは遂次注意を促しながらもさせたいようにさせていた。

 ただ、それを見ているオルバが気の毒なくらいに悶えていたので、胃痛の薬をその場で処方してやる事にした。

 ついでに胃炎になりかけていたりすると良くないので、それも分け与える事に。


 本来は医者にちゃんと見てもらって処方して貰わないといけないので、真似はしないように。


「かつての戦はそれこそ人類が滅ぶか否かの大戦だったと聞く。そなたを含めた英霊だけでなく、共に戦った人々も今の方々の国の礎となった」

「そうじゃな」

「生徒を集め、理解と納得をさせるように色々言ったらしいが、それは要らぬ心配と言うものじゃ。戦った結果なった事に関して、誰が責められるのじゃ? その結果見た目が少し変わった所で、お主は誇り高い英霊である事に代わりは無い。もし妾の民がお主を辱めたり、何かを言ったら遠慮なく申すと良い。身を挺した働きに対して心無い行いを許す……そのような事は、認めぬ」

「姫様――」


 先ほどまで身じろぎを繰り返していたオルバが、その言葉を聞いてハッとした顔になる。

 クラインも驚いた顔をしていたが、俺は昔の話を思い出した。

 クラインが倒れる前、アリアが未だミラノで居られた頃。

 近くの湖近くで魔物に襲われ、それを木剣で辛うじて撃退したという話をしていた。

 その時にクラインは見返りを求めなかったというし、それが今になって生きているのかもしれない。

 

 ただの御転婆恋娘かなと思っていたが、全くの御転婆と言う訳でも無さそうだ。

 一応跡継ぎらしい考え方は出来るようになっているようで、俺は少しだけ――嬉しく思った。


「――そのように言って頂けるとは思わなんだ。その言葉に感謝するぞ」

「よいよい。これも民を……」

「ゴホンゴホン!」

「ひ、ひととしてー、とうぜんのー、ことをー、いったまでじゃ」


 そして速攻で剥がれる化けの皮。

 やはり立派な事を考えられたりはしても、まだ姫さんは姫さんと言う事か。

 こりゃ、オルバもクラインも暫くは苦労しそうだな……。


「しかし、何故ヤクモとクラインがここに? 視察と何の関係が有るのじゃ?」

「学園の内部と外部を、出来るだけ生徒のように染まっておらずに素人目からの考えを聞きたいと思ってな。そうしたら先の戦いで活躍した庶民目線の英雄と、学生になる予定の貴族目線の二つが有るではないか。この上なく最適な人材が居たのでな、是非助力をと──」

「なっ、ならぬ!」

「ひっ……ぐぅっ──」


 オルバが悲鳴なのか苦痛なのか分からない声を上げた。

 英霊相手に否定を叩きつけるとか、人類の未来を切り開いた相手に唾を吐きかけたと思われても仕方が無いことだろう。

 

「わっ、妾から二人を取り上げるつもりじゃな!?」

「ふむ、そのようなつもりは無いが……」

「いいや、ある! この二人は妾にとって最大の忠臣!」

「ふたり……」

「それを妾の許可無く連れ回すなど、周囲に”自分の物です”と喧伝しているようではないか! ならぬ、ならぬのじゃ!」


 姫さん、勢いに任せて色々言っているけど、オルバが黄昏たのに気付いてやってくれ。

 さり気なく教育係として一番長らく傍に居るだろう相手をシレッと無視したのは、流石にかわいそうだ。


「ひ──」

「姫、流石にそれは通らないよ」



 流石に口を挟もうと思ったが、クラインが先に口火を切った。

 オルバが幾らか縋るような顔をしているが、そう言えばオルバもクラインに救われたサイドの人間だったな……。


「僕らは個人個人の意志で手伝っても良いかなって思っただけで、別に裏切る訳でも何でもない。この学園には向こうの国の人だって通ってるんだから、視察の目的も理由も合理的だよ。それを個人的な感情で否定するのは、道理が通らないんじゃないかな」

「ぐ、ぬぬ……」

「それに。僕らをそう言ってくれるのは有り難いけど、もっと姫に尽くしてくれていた人を無視するのは良くないよ。ここに居るのに。四六時中傍に居たはずなのにさ」

「クラインさん……」


 俺の言いたい事全てを言われてしまい、俺は口を閉ざす。

 嘘みたいだろ? こいつ、五年間昏睡状態だったんだぜ?

 それにしては完成しすぎているような気もするが……。

 そういや、こいつら新人類ってナノマシン入りで改造人類なんだっけ?

 俺と一時期繋がっていた事もあるし、高速ラーニングでもしたのかもしれない。

 俺もナノマシンと強化手術して欲しい。切に。


「──そなたの大切な物である事は承知した。じゃが、吾も国を、民を背負っている身である。なので、どうにか頼めぬか? この通り」


 そして、ヴァイスが”頭を下げ”た。

 それを見た誰もが言葉を失う、俺もその中の一人だった。

 今までアイアスだのマリーだのと関わってきたが、彼等彼女等は頭を下げてまでお願いすると言う事をしなかった。

 だからこそ、そこまでするのかと呆気に取られたのだ。


 姫さんも言葉に詰まったようで、周囲を見て助けを求めているようだが──これは姫さん自身が引き起こした物だ。

 俺もクラインも助け舟を出さない、オルバも戸惑ってはいたが、俺たちを見るとそれに倣った。

 姫さんは誰も助けないのを知ると、悔しそうに唇を噛む。


「わ、分かったのじゃ……。しかし、個人的に視察に手伝うだけで、別にお主に譲り渡した訳では無いのじゃ! そのことをッ、努々忘れるでないぞ!」

「うむ、分かっておる」


 姫さんが許可を出すと、ヴァイスは頭を上げて笑みを浮かべている。

 大人だなぁ……。

 そう思わずには居られず、同じ姫でもこうも違うのかと比べてしまう。

 しかし、通ってきた道のりも世界の様相も違うのだ。

 それを無視して現在で語るのは些か無理があるので、考えないようにする。


「来年から通うんだしさ、出来ればそう言った安心はしておきたいってのもあるからね。だから手伝いたいんだ。妹達だって通ってるし、また同じ事が起きたら嫌だからね」

「そこは、あれじゃ。クラインとヤクモで数千、数万と押し寄せる魔物をすり潰してじゃな」

「「無理無理無理無理無理無理無理無理」」


 数百でも怪しいってのに、数千とか来たら流石に死んでしまう。

 あの時に比べて剣を手に入れたし、魔法の訓練もしてきたし、幾らか訓練はしてきた。

 ステータス補正を込みにしても強くなっただろうが、それでも数千や数万とかちょっと理解できないですね……。

 で、チートをマシマシに突っ込んでもらった俺でも単独でそれは無理だろと思ったので、クラインも同じように否定する。

 ないわ、ありえんわと。


「姫。流石に身命を賭して戦えと言われたのならそうするけど、数千数万の魔物の相手は一人じゃ……」

「姫さん。俺も何かを護る為に戦うのが自分の在り方だとは思ってるけど、そんな大勢の魔物が来たら、間違いなく逃げる」

「えぇ、逃げるの!?」

「それは薄情と言う物じゃぞ、ヤクモ!!!」

「死んだらおしまいじゃん。けど、生きていればまだ戦える。だろ?」

「そうであるな。死ねば終わりじゃが、生きている限り戦い続けられる」


 ヴァイスが俺に同意してくれたが、姫さんは同意してはくれない。

 ぐぬぬと唇を噛んで、俺を睨んでいる。


「妾が笑われる事は、国への……父が笑われるのと同義じゃ! そんなもの、受け入れるわけが無い!」

「その気持ちは大事である。負けん気すら失ってしまっては、そんな輩は相手にもならぬからな」

「そうであろ? そうであろ!?」

「じゃが、笑いたい奴にはそうさせてらけばよい。たとえ笑われようとも、最後に笑っているのが自分であれば良い……」

「そういう、ものなのか?」

「下手に意地を張ると、自分だけでなく周囲の者まで巻き込みかねぬ。国も、父君も大切に思うなとは誰も言っておらぬ」

「そう、じゃったのか」


 ……あぁ、そっか。失念していたけれども姫さんはヴィスコンティの人物だった。

 名誉、体裁、誇り、家柄を大事にする連中が多かった気がする。

 ミラノ然り、アルバート然り、マルコ然り――姫さんも例に漏れずといった所か。

 それが悪い事だとは言わないが、死んでしまえば全てが途絶えるんだけどな……。


「そうとは知らず、勢いに任せて薄情と言って済まなかったな。この通り謝る、すまなかった」

「いや、自分は、別に……」


 謝罪されるとは思っておらず、困ってしまう。

 俺が困惑しているとヴァイスが笑みを浮かべていた。


「にしし、これにて一件落着と言う奴じゃ。吾には右も左もうっかりする付き人もおらぬが、これはこれで気分が良いのじゃ」

「あの~、もしかして俺って出汁にされたんでしょうかね?」

「さてな。じゃが毒気が抜けてやりやすくなったのは確かじゃろ?」


 ……こいつ。もしかして、姫さん怒ったのを利用してやりやすくした?

 なんだか、妹そっくりの奴が居る事といい嫌な予感しかしない。

 俺でもすんなりやれるかどうか分からないぞ、そんな芸当……。


「健啖な姫がおれば、そちらの国も安泰じゃな。後は落ち着きを見せれば、きっと良い人物になれる」

「い、言われずとも妾は立派な女性なのじゃ!」

「そうか。そうであったな――」


 そう言って目を細め、懐かしむような顔をするヴァイス。

 彼女はきっと、自分が同じように姫であった頃を思い出しているのだろう。

 同じように付き人などがいて、それを邪魔だと思っていた安寧の日々が。

 

「――そうじゃな。もしヴィトリーとやらが良ければ、多少の剣の手解き位はしてやらんでも無いぞ」

「なに、それは真なのか!?」

「ヴァイス様!?」

「滞在するとは言え、四六時中視察をすると言う訳でもないのでな。息抜きがてら仕事をせぬ時間くらいは吾とて設ける。その時間で良ければ、相手をしよう」

「なにが目的じゃ……? まさか、事に乗じて亡き者にしようと――」

「せんせん。ただな、吾も同じように昔は姫と呼ばれた。であれば、お主の苦労や悩みも理解できると思ってな。無論、断ってくれても構わぬが――」


 どうする?

 そう、言外に言っているように思えた。

 しかし――


「オルバ」

「はっ」

「妾がこの学園に滞在するとしたら、許可は下りるじゃろうか?」

「出来れば、聞きたくは無かったお言葉ですが――可能性は、無いとは言えないでしょう」

「やったのじゃ!」

「クラインさんがここに居られる以上、姫様が会いに来ようとする可能性は限りなく、連日の頻度で高いでしょうし。それを止めるくらいなら、いっそここで勾留……いえ、新しい環境に身を置くのも良いんじゃないでしょうか」


 待て待て。オルバの奴、シレッと勾留とか言ったぞ。

 しかし、その悩みは理解できる。

 以前休暇中に単身でデルブルグ家の演習にまで顔を出しに来たし、無いと言い切れない。

 なら、拠点を移して見張る方が手間も人員も少なくて済むか……。


「ま、賢明だろうなあ……」

「うん、賢い考えだろうね」


 クラインも同じ見解に達したらしく、オルバの案を肯定した。

 それを聞いた姫さんは喜色で顔を染め上げる。


「よし、ならばっ、こうしてはおれぬのじゃ! すまぬなクライン、会ったばかりじゃと言うのに、少しばかり暇するぞ。なあに、直ぐに戻ってくる、心配せずとも良い!」

「心配する相手が違うかな~」

「すみません、そして有難う御座います……クラインさん」

「では、行って来るぞ!」


 姫さんは颯爽と部屋を飛び出して行き、オルバも後を追いかけようとする。

 しかし、去り際に何かを思い出して一度だけ立ち止まった。


「――薬はどうやら、効いて来たようです。あまり薬の世話にはなりたくありませんが、もし何かあればまたお願いします」


 そう言って俺に向けてオルバは謝意を述べると去っていった。

 嵐のように現れ、嵐のように去っていく。

 しかし、姫さんも学園滞在か……。

 これから忙しくはなりそうだが、俺の負担にはならなさそうだ。


「ねえヤクモ」

「うん?」

「僕も、お腹の薬貰ってもいいかな?」


 ギュルルと、嫌な音を立てるクラインの腹。

 どうやらクラインにとっての安寧は終わりを告げたようだ……。



 ~ ☆ ~


 数日後、姫さんがオルバと共に学園に滞在し始めたのを知った。

 それに関しては俺との関わりが無いのでとりあえずはスルーし、クラインがメインで負担しているので合掌くらいはしてやらないでもない。

 順調に訓練に対して負荷を徐々に強めた俺は、ただ強い語句で理不尽を叩き込むような真似だけはしなかった。

 ――こいつらは別に兵士志願者ではなく、今回のみなので理不尽慣れをさせた所で無意味なのだ。

 

「はっ、ハヒ……」


 マルコがやはり一番疲弊している。

 本来なら走らせて肺活量だのも鍛えてやりたいが、マルコはアルバートよりもプライド高いのでこれだけは飲ませる事ができなかった。

 ヒュウガは自主的に早朝や授業終了後の時間に鍛錬してくれているし、ミナセも休みが明けてからは一緒だと言う。

 となると、身体能力的には劣っているのが彼だった。


 マルコの状況を見て、一時停止。

 俺は背嚢を下ろさせると、ヒュウガを呼びつける。


「マルコ。お前が自分で『これくらい減らせば最後まで歩ける』って分をヒュウガの荷物に詰め込め」

「な、んだと……」

「すでに予定よりも遅れが出てる。遅れが出るという事は、それだけで良くない。幸い、お前よりも余裕の有る奴が居るみたいだし、それでお前が送れずに最後まで歩ける方が一番だ」

「──……、」

「カティア。お前も出来てますって面するくらいなら周囲を見て『誰かが遅れそう』とか、そう言う進言ぐらいしろ。ミナセも自分だけが辛いんじゃないんだ、みんな辛いんだ。ならお互いに声掛けくらいして乗り切れるようにって考えろ」


 言いながら、腹の中で胃が痛む。

 キリキリと、どんな面してそんな事をお前が言ってるのだと自分に跳ね返ってくる。

 しかし、やるからには物真似だろうと、偽者だろうとやらなきゃいけないのだ。

 

「ヒュウガも、この訓練の後自主的に個人的な訓練が出来るくらい余裕があるもんな? 文句言わないよな?」

「それは、まあ……」

「余裕があるのなら、余裕が無い奴の手伝いくらいしろ。――さっさとやれ」


 そう言って、有無を言わさず俺はマルコとヒュウガが荷物の移し換えをするように言う。

 二人とも即座に荷を降ろし、直ぐに積み替えていくが──。


「マルコ、楽をする為にヒュウガに荷物をやる訳じゃないからな。ヒュウガも甘やかすために荷物を多く引き取るな。本当なら、マルコが一人でも幾らか訓練をしていればしないで済んだ事だ」

「ぐっ……」

「虐めたくて言ってる訳じゃない。それを意識できるか出来ないかで敵よりも先に行動できるか、味方を救えるか、味方の負担にならないでいられるか、適切な行動を取れるかに関係するからだ。相手が先に見切りをつけて布陣をしたら、陣地を構築されてしまう。そうしたら此方は行軍の疲労を抱えたまま相手が防御を整えた場所に攻撃しなきゃいけないし、此方は防御の整わない中兵を割いて陣地構築しなきゃいけなくなる。上に立つんだろ? 兵を指揮する立場なんだろ? なら兵がどう言う事をするのか、自分たちは何をしないで済んでいるのか考えなきゃ、喩え万の兵士を与えられても数百の兵士に負けるぞ」


 そう言って、俺は二人の荷物が詰みこみ終わるのを見計らいながら、自分の背嚢も一度ばかり下ろし、プレートの入った防弾チョッキをくくりつけて加重した。

 そしてそれを背負うと今度はLAMも負い紐で肩から提げ、更なら負担を自分に与える。


「何でお前も──」

「──今は、俺がお前らの指揮をしてるからだ。指揮官は、長は──責任を担う。お前らが出来なかった事を、お前らだけの責任にはしない」

「──……、」

「偉ければ楽が出来るわけじゃない、偉ければ何をしてもいい訳じゃない……。ま、今回の事が終わって、気になったら幾らでも語るさ。――さ、荷物を背負ったら状況再会だ」


 そう言って、俺は全員よりもはるかに重い荷を纏いながら歩いていく。

 だが、当然ながら無理をしすぎた。

 LAMは十Kg以上あるし、防弾チョッキもⅡ型&プレートとなるとトータルで二十五Kg前後の加重になる。

 訓練終了後、足がガクガクしてしまったが、それをおくびにも出さずに終えるのもまた上に立つ者の役割だ。

 つらっ。



 ──☆──


 日々の訓練の結果の調整や進捗などを全て纏めるのも日課となった。

 部屋に戻ると伍長が部屋の隅で置物のように演じていたが、俺の帰宅に合わせて稼働する。

 

『お帰りなさいませ、ご主人様。珈琲を淹れますか?』

「あぁ、頼む」


 俺の知らない未来器具で伍長が珈琲を淹れてくれるが、”健康的”に”満足度”を得られるように俺の知っている物よりも改良がされているらしい。

 中でも『生成システム』を利用すれば、機械一つで茶や珈琲を買わずとも飲み物くらいなら幾らでも精製できるらしい。

 どれだけ凄いんだよ、未来って奴は。


『さて、本日は如何でしたか?』

「如何も何も、いつも通りだよ。ただ、全員少しずつ出来る事は増えてきてるから、それは良いことだと思うし、それと同時に俺の考えなきゃいけない事も増えてるから良い事ばかりとは言えないけど」

『然様ですか』


 そう言って、俺は壁にかけられたボードを眺めながら記入する情報などを書き込んでいく。

 カティア含む全員の身体能力と運動可能量、魔法の行使可能数。

 座学の割合を削りながら、徐々に実技や別の鍛錬を交えるようにした。

 例えばカティアは身体能力的には優れているので、あえて重りとなる物を身に付けさせて訓練させるとか。

 そう言った”普段よりも上手く動けない中での行動”等も経験させてみたり、それでマルコの魔法を凌がせたりと色々やらせてみる。

 結局のところ、多くの知識を叩き込みながら個人ではなく仲間と自分が一つの生き物のように考えられなければならない。

 身体能力がおっつけば、後はそう言ったメンタリティに掛かるといっても過言ではないと思っている。

 

「……さて、今日ので明日以降どうなるかだなぁ」


 指導事項、指摘事項なども全て把握しておかなければならず、その結果一冊の冊子はメモだの付箋だので膨らみ始めている。

 しかし、それでも自分が何を誰に言ったかと言うのは重要なものであり、矛盾させてはいけないので適宜確認しなければならない。

 ネットでよく見るような「分からなければ聞いてね」からの「それぐらい考えられないの?」と言うダブルバインド、そこからの「誰が勝手にやっていいと言った!」という止めを刺すような事をしてはいけないのだ。

 一から十まで教える、そして一から十まで出来るようにさせるのが指導者の役割だ。

 そして教わった一から十の事柄を出来るように維持・向上させるのは本人の仕事である。

 自衛隊での一番恐ろしい事は出来ない事ではなく、出来る事が出来なくなった時なのだ。


『珈琲をどうぞ』

「ん、有難う」


 俺は珈琲を受け取ると、ノートやメモ帳をベッドに展開しながらボードと見比べる。

 そうして作業を進めていると、部屋の戸がノックされた。


「はい、どちら様で?」


 誰だろうかと思ったが、中々に返事が返ってこない。

 一度だけ窓の外を見て、それからゆっくりと扉へとにじり寄ると――


「あ~、私ともう一人~」


 と、ユリアの声が聞こえてきた。

 俺は伍長に念の為部屋の隅で置物と化すように示し、それから念の為に警戒しつつ扉を抑える様にして開く。

 するとユリアは当然だが、一緒に居るのはマルコだった。

 俺は少しばかり警戒したが、マルコを見ては入れざるを得なかった。


「女子寮の前でな~んかウロウロしてたんだ。流石に時間も時間だし、暗いじゃん? 衛兵に差し出そうかと思ったけど、君に用があるって言うし」

「なっ!? 僕は断じて怪しく等無い! いいか? 僕はマルコ──」

「とりあえず座ろうか。マルコは今日も一日お疲れさん。今日も最後まで良くついて来てくれたな、有難う」

「あ、う……」

「伍長、”静かに”お茶を二人に出してくれ」

『かしこまりました』


 部屋の隅で物置にした伍長に指示をし、お茶を出すように言う。

 すると伍長は機械的に動き出し、設備を操作し始める。


「なっ、なん、だ──」

「あれは……」

「あぁ、俺の……なんて言えばいいのかな。神聖フランツ帝国で発見した、魔物と思われていた生命体の一人。名はプリドゥエンで、ある程度は人間的に応対できるんだ」

『紹介していただいたプリドゥエンと申します。神聖フランツ帝国にてご主人様に拾われました。私の事は好きに呼んでください』 


 そう言って伍長は自己紹介を終えるとお茶の準備をしだす、その異常に落ち着かないマルコはそのまま周囲を見ていたが──壁にぶら下げたボードに目がいった。


「これは──」

「それは毎日、四人がどれくらいの成長をしてどれくらいの変化をしたかを記録してる。マルコに関しては体重も記載してるから、それを見ると自分が痩せてきたのがわかると思う」

「あぁ、だからいつも僕だけ変な板に乗せられてたのか……」


 そう言ってマルコがボードを見て居る傍らで、今度はユリアがベッドに広げられていたノートに気がつく。

 すでに幾らか手垢やヨレが生じてきているノートで、メモ帳もそこに有る。


「なにこれ、読めなっ……」

「悪かったな、母国語だよ。いや、母国語でもないか、第二言語か──」

「何が書いてあるの?」

「訓練内容と皆の状況。自分の発言や指摘・指導事項と改善点などなど。何が出来たか、何が出来なかったか。何が出来るようになったか、何が出来ないままだったかとか、いろいろ」

「へぇ……」

「まだ今日の分は作成してないからソッチの小さな方に雑多に──それも第二言語だけど──まとめて有る。そこからまた訓練内容を見直して、個人的な所感や所見を追記して、また明日に臨む。その桃色の挟み込んでいるのが日付別で、水色が人物別。黄色が訓練別で、緑が機能別になってる」

「こまかっ……」

「それくらいやらないと意味ないだろ。やってる事は志願制で入った兵士への教育と同じで、俺のやった事を思い出しながら焼き直ししてるだけだし。志願制って事は、安い兵士じゃないんだ。自ら進んで門戸を叩いたんだから、色々詰め込んで、その上で戦う方法や知識を教えるのが普通だろ」


 というか、徴兵制の場合どのような教育を施しているのか、他国の場合はどうなのかを知らないだけなのだが。

 しかし、現代においては兵士とは様々な道具や兵器、作戦行動だの機械だの知識だのを詰め込むので”バカには勤まらない”ので高価な兵士となる。

 パイロットなども同じで「機体よりもパイロットの方が高価である」と言われるほどだ。


「──このマルとバツは?」

「健康状態だよ。訓練前と訓練後に一応聞いてて、体のどこが痛いのかってのと、訓練中に実は隠してないかどうかも含めて全部見てる。マルコは意地張って両足攣ったのを眩暈って誤魔化したし、ミナセは今日の訓練で魔法を防ぐ時に拳を痛めたっぽいのを確認してる」

「そこまで確認してるの?」

「そこまでやるんだよ、俺のいた場所ではな」

「やれと言えば兵士は従うものじゃないの?」

「最終的にそう命じるとしても、本来の能力を発揮できない兵士を連れて行く方がよっぽど迷惑だ。そんなんで”死ね”と言われるにしても、それを連れて行くにしても──どちらも報われないだろ」


 ここに関しては理想論に過ぎない。

 しかし、体調不良者を自衛隊では無理に任務や課業に就かせはしない。

 その代わり営内者は外出禁止を嫌うし、実任務を経験した事は無いので一概には言えないのだが。


「足が痛いのなら、足を使わない訓練をさせればいい。両手が動かないのなら、体を動かせば良い。体調が優れない時は完全に休ませればいい。使い潰すのが兵士じゃない、上手く扱ってやるのが兵士だと思ってる」

「ちがくない? 命令されたら何があろうと従うのが兵士でしょ」

「それは最終的な話だ。けど、今は平時だ。甘やかすのと大事にするのは別だ。そして、今回に関してはマルコは自らやりたいと言ったけれども、それでも別に兵士でもなんでもない。本当に兵士として、下っ端としての事柄を知りたいというのなら多少の理不尽は叩き込めるけど、今回の目的はそこまでじゃ無いしなあ」


 そう言ってから、ユリアが手にしていないメモ帳を見ながら、マルコが見て居るボードに記入を追加する。

 それから幾らか考え事をしていると、伍長が二人分のお茶を机においてくれた。


「任務最優先、その為には兵士を大事にする……俺はそれが矛盾するとは思わない」

「けど、命を大事にする余り周囲に笑われたら意味無いんじゃないの?」

「なんでよ。恥? 何に対する恥よ? 勇敢に戦って無残に兵士を散らす事が……名誉の為に兵を死なせる事は、何ら意味を持たない。それくらいなら、喩え恥や謗りを受け取ろうが最後の最後まで誇りと名誉と任務の為に従事し、鼠の様に行き獅子が如く戦うことの方が意味がある。イタズラに兵を死なせる事は、到底許容できる事柄じゃない」


 そう言って俺は今日の分のボードを記載し終える。

 そしてユリアの手にしていたノートを掻っ攫うと、机を前にしてそれらを符合させながらも確認し出す。

 二人が出されたお茶を再認識して席につくと、俺は展開したノートなどを寄せる。


「で、それら全てを確認してどれくらいかかるの?」

「長けりゃ明かりが消えて一刻は使う。そうでなくとも消灯までに終わる事は一日もない」

「うそだ──」

「嘘なもんか。そうした管理を、一時的とは言え自分の指揮下に入った相手の面倒を見れずして何が指揮官だ。喩え数名だとしても、その上に立てばそこから指揮官だ。段階的に指揮官が上に立つとしても、細かい部分を見れるのは最下層の指揮官からだ」


 そう言って、俺はノートを開くが、直ぐに本棚へと足を運ぶ。

 そして数冊の本を運び、足の上に置きながらそれらを眺めた。


「それは?」

「戦いに関する書籍を図書館で借りてきた。魔法使いの心得だの、用兵だのもあるし、国別の兵科による戦い方とかの書籍……」

「何でそんなの見てるの?」

「今は平均的な体力や戦闘能力を鍛えてるけど、最終的にはそれぞれの得意な戦い方をさせなきゃいけないだろ。ヒュウガは最近接戦闘、ミナセは近接も出来るけどどちらかと言えばヒュウガの一歩下がった位置での戦いが得意そうだし、マルコは魔法を使った戦いに長けてる事を踏まえて何を指示するか考えなきゃいけない。それぞれの特性を無視した用兵なんて馬鹿げてる」

「そこまで気にするのって、おかしくない?」

「おかしくない。最悪全滅するにしても、そもそも不適の人材に向いていない行動をさせるのは最終手段だ。そして、それを含めて全て把握するのが上に立つ者の義務であり、責任だ」


 そう言って、俺はタケルやヒュウガ、マルコにカティアに適しているだろう作戦だの指示だの、用兵を考えながら日々の成長を加味して調整していく。

 脳内でアルバートがどういう人材をぶつけてくるかを別にしても、複数の可能性を下敷きにして様々な指示を考慮する。


「上に立つってのは、面倒だぞ? ただ命令して、出来なければ叱咤するってのは馬鹿のする事だ。確かに与えられた人員でこなせなければ色々言わなきゃいけないだろうけど、持っている人材を活かせるかどうかは自分次第だろ」


 そう言いながら、本を見ながらガリガリとノートに書き込む。

 しかし、そうやっていると直ぐにページが埋まってしまい、溜息とともに捲るしかなかった。

 そこで、俺はオルバの事を思い出した。


「で、オルバはどうした? 何か訓練について、質問があったんじゃないのか?」

「そ、そうだ。僕は……訊ねたいことがあるんだ」

「なら、今のうちに――あるいは、訓練に入る前に聞いときな。訓練中は俺も加減が聞かないし、言い訳できないから。今の間なら、幾らでも質問していいぞ~」

「僕は、役に立てるんだろうな? 使い捨てにされたりはしないだろうな?」


 その問いかけに、俺はノートから顔を上げて彼を見る。

 それから直ぐに笑みを浮かべ、答える。


「使い捨て? そんな作戦を最初から練る指揮官がいて溜まるか」

「けど、僕は実際に最初の訓練で何度も脱落している! お前の……その、訓練についていけてないだろ。そんな奴、使い捨てにされても仕方が無いんじゃないか」

「そんなの、最初から使い捨てを極め打ちする指揮官が無能なんだよ。マルコは確かに訓練にはついて来れてないけど……だからなに?」

「だから何って、お前――」

「最初からマルコが体力や身体能力的に他の面子に比べて劣っているのは分かってる、それを理解していながら使い捨てるとか、まず無いだろ」


 そういいはしたが、マルコは納得していないようであった。

 その表情を見て、俺はノートを広げボードから数枚の紙切れを剥がして持ってくる事にした。


「そもそもマルコにも体力的な訓練をつませているのは、相手がマルコに対して近接戦闘を決め打ちしてきた場合に一撃離脱をマルコに出来るようにするためだ。同じように、ミナセやヒュウガには不得意な魔法での攻防が出来るようにはさせる。そうやって苦手な分野を補いつつ、それぞれの得意分野を拡張すればいざと言う時に支援が受けられるだろ」

「支援とか、そんなの――」

「ありえないと思うか? いや、むしろそれが出来ないのなら俺の不徳でしかないか……。今回に限ってはマルコを含め、カティアやミナセ、ヒュウガは仲間であり同期……同じ苦労を共にする仲間だ。けど、マルコが苦難に陥った時に手を貸せる奴が誰も手を貸さないとしたら、それは俺のやり方が悪かったと猛省するしかない。たぶん、もっと――上手くやれる方法が有ったかもしれないって、お前らに頭を下げるしかないな」

「――……、」

「それを含めて、俺の責任なんだよ。マルコを誰も助けなければ俺の責任だし、マルコが余裕あるときに誰も救わなかったのなら、それも俺の責任なんだ」


 多分、これが俺の答えの全てだろう。

 そう考えながら、俺はそれらが回答の全てだと述べた。

 俺がすることは全て俺の責任の下にあり、俺の指導の結果生じた悪い結果も全て俺の責任だと述べた。

 そうでなければ指揮官となりえないと、俺は思ったからだ。

 たとえ班長であれ、分隊長であれ、小隊長であれ、中隊長であれだ。

 中隊長も、様々な不祥事に対して常に矢面に立ってくれた。

 俺は、あの”親父”である中隊長を見て――そう有らねばと、思ったのだ。


「――俺は、確かに実績も積み重ねた功績も無い奴だけど。それでも、自分に付き従う奴を無碍にするつもりは無い。それじゃ、駄目かな?」


 その問いは暫くマルコに投げかけられたままに霧散しそうになる。

 しかし、言葉が霧散しきる前に――マルコの方が口を開く。


「なら安心させろよ、馬鹿め」

「悪いな、馬鹿でさ」

「それと、一つ……忘れるな。僕はアルバート様に対して何らかの実績が欲しい。勝てるのなら、活躍できるのならそれが一番だ。お前が曖昧な態度だと、僕は訓練だけしていれば良いのか、そうじゃないのかも分からない。やるのなら、もう少し徹底して言え」


 その言葉に、俺は少しだけ目を見開いてしまう。

 そして――かつて、自分が自衛官候補生として班長に投げかけた言葉を思い出してしまった。


 ――自分に至らぬ点があれば教えてください。改善しますから――


 自分が投げかけた言葉に若干近い言葉をマルコに投げかけられてしまい、俺は少しばかり肩の力が抜けた。

 そして目の前に存在する複数の資料を基に、マルコに言う事にした。


「……俺がマルコに求めてるのは、最初に言ったけど相手が近接戦闘を仕掛けてきたときに離脱できる程度の身体能力だよ。ただ、今の体力や体重だと疲弊や疲労が先に出てくる可能性があるから、体重を落とすのと体力をつけるのを同時に進行させたいんだ」

「体重、か……」

「あまりこういうことを言いたくは無かったけど、お前は少し”ふくよか過ぎる”から幾らか痩せてくれれば鍛えた力に振り回されないで済むんだよ」

「ふ、振り回されるってなんだ!」

「走ったり、激しく動いた時脂肪に振り回されるだろ? それが結果として行動を阻害してるんだよ。それを少しでも減らせればと思ってるんだ」

「ぐ、ぅ……」

「そりゃ、カティア程とは言わないけど、それでもミナセやヒュウガに幾らか近い体力を持っていればなとは思うけど――俺はあんまり其処は重視してないよ」

「なん、だと?」

「お前の持ち味は二人の持たない魔法にある。日向よりも多くの魔法を知っている、ミナセよりも素早く詠唱が出来る、カティアよりも沢山の魔法を知っている……それだけで十分だろ。何でも一人で出来る必要は無いだろ」


 そう言って、俺は手にしている本をマルコの前に出す。


「結局の所、人は単独で出来る事なんて限られてるんだよ。だから群れるし、軍事的に言えば兵科を多く揃えて相手を圧倒しようとするんだ。だから、訓練中のことはあまり気にすんな。いや、気にしなさ過ぎるのも駄目だけどさ」

「なら、僕はどうすれば良い……?」

「本当に何とかしたいと思うのなら、俺の貸し与えている背嚢を使って個人的に訓練すりゃ良いだろ? 俺だって休日に一人でやってるんだ、さっきも言ったとおり笑いたい奴には笑わせておけば良い」


 そう言いながら、俺はメモ帳の一枚を引きちぎると、その紙にサラサラとマルコに向けたアドバイスを書き連ねる。


「……全員そうだけど、お前も周囲を気にかけろ。それから、笑われても決戦当日に勝てばお前を笑う奴は居ない。そして、その為に何を優先すべきか自分の中で折り合いを付けろ。本当の戦いや戦争になったら、個人の名誉や栄誉なんて無い。それでも仲間や味方の為にできる事をして自分が死ななきゃいけない事だってあるんだ。それでも自分が大事だと思うのなら、この紙切れは無視しな。苛立たせる事はあっても、役立つとは思わないから」


 そう言いながらも、俺は紙切れを渡す。

 それをマルコは暫く眺めていたが、直ぐに席を立つ。


「――僕は、死んだ英雄には……お前のようにはならない」


 そう言って、彼はお茶を飲み干すと、そのまま部屋を出て行った。

 俺は「そっか」という一言のみを置いて、決して追いかけたりも声をかけたりもしなかった。

 その結果、ユリアのみが部屋に残される事になる。


「……よく見てるんだ」

「何度も言ってるけど、こんなの上に立てば当たり前だと思うけどな」

「そうかな~? 私は……君みたいな考え方をしてる人の方が知らないから」

「じゃあ、これはこの時代や世界に無い俺個人の――何処かで受けてきただろう教えだと思ってくれれば良い。たぶん、多くの国や軍隊では受け入れられない考えや指導方法だと思うから」

「ツアル皇国を除けば、 ね」


 そう言われると俺も言葉を飲み込むしかない。

 しかし、直ぐに首を振り、違うと言った。


「ツアル皇国の二人も、多分この教えに順じたお国柄じゃないだろ。だから、これは俺の我儘なんだよ」

「兵士を大事にする指揮官とか聞いた事無い」

「ま、志願制の兵士の取り扱いだからな。この国で言えば騎士か……。兵士も沢山死なせれば国が傾くけど、騎士だと兵士より少数でも国が傾きかねない。そういう”大事”な兵士の育て方を、俺は模索してるんだ」


 自衛隊を、自衛隊での全てを――俺は引き出せないかと自分を追い詰めていた。

 時代や世界に馴染むのではなく、時代や世界に自分をねじ込めないかと言う試み。

 当然、リスクは高いが――通用すれば良いなという、自分の僅かな心残り。

 何も成せなかった俺の、何か成せないかと言う執心だ。


「――多分君見たいな奴が兵を育てて、指揮して、実際に戦ったら一番厄介なんだろうなって思う」

「はっ。粘着するからか?」

「うん、そうだね。サッパリ死ぬ兵士より、しぶとく粘り強く生き残る兵士や部隊の方が厄介だし。そういう兵が一つでも多くの戦いを、戦場を経験して生き延びた方が――きっと、一番厄介な事になると思う」


 ……どうかなと、俺は疑問に思う。

 死力を尽くしてサパッと死ぬかの如く戦う兵士だって手ごわいと思うし、それが当たり前だと思っている部隊の方が強いのではないかと考えてしまう。

 しかし、思い上がった脳内の自分は「そういう部隊でも、やりようがあるのではないか」と考えているのだ。

 弱気な自分とは別に、思いあがった自分も居る。

 少しでも出し抜けるのではないかと、他人の隙を突けるのではないかと考えてしまう自分。

 考え込んでいると、窓の近くで足音が聞こえて俺は窓に近寄ってしまう。

 すると、俺が貸し与えた背嚢を背負ったマルコがいて、居た堪れない気持ちになってしまう。


「――誇りとか、名誉や栄誉だとか。本当は、そういうのが大事なのかもしれないけどな」

「けど、勝たなきゃ明日の糧がどうなるかすら分からない人だって居るんだよ?」

「それでも、場合によっては粘り強く戦うよりは潔く敵に大打撃を与えて死ねという指示を上から与えられる事だって有る」

「儘ならないんだ」

「儘ならんさ。俺は――軍曹だ。上には十以上も偉い人がいる、場合によっては死兵になれと言われる事だってあるさ」

「けどさ、偉くなれば……そう言う事は避けられるよね?」

「避けられないな」


 俺は、あえて断じた。

 それに対してユリアが「え?」と驚きのような声を零す。


「情勢ってのは常に一定じゃない。自国が不作で、隣国が豊作という事だって有る。自国で不穏な事柄があって民心が揺らぎ、隣国では何事も無く民心が安定していると言う事だってある。一年……いや、場合によっては半年ないし、三月、一月でも国と言うのは大きく揺らぐ事だって有るんだ。多くの犠牲を出しても掴まなきゃいけない勝利があるように、少ない犠牲で認めなきゃいけない敗北だってある。偉くなろうが偉くなかろうが、そんな紋は変わらないと思うけどねえ」


 そう言いながらも、誰かがいる環境と言うのはいい刺激となる。

 今日は消灯後一時間くらいで眠れそうだなと思いながらノートだのボードに貼り付ける資料だのを纏めていると、ユリアは震える声を出した。


「……私は、君が理解できない」

「だろうな。だって、俺の言い分は命ぜられれば死ぬ事を受け入れてるような言い方だもんな」

「死んだらおしまいなのに?」

「誇りや恥だのを考えて無駄死にするのと、それが最善だと理解した上で結果的な死を受け入れるのは別だ。そして――個人個人がどうであれ、兵になると言う事は最終的には国が守られる事が目的と言って良い。それが果たされるのであれば、当面は全員が否定しようが最終的に『後は任せた』とできる事をしてくたばるしかない」

「それが、志願制?」

「そうだ。志願制は、逃げちゃいけないんだ」


 そう言って、俺は何故だか今日は進みの良い纏め具合に終了見込みを前倒しにする。

 なんなら思考さえ纏まっていれば食後に部屋でのんびりしている時間で書面にしても良いのだと思えるくらいに進んでいた。

 空になった珈琲カップに気付き、伍長にお代わりを要求するとすんなりと受け入れてくれた。

 普段なら『眠れなくなりますよ』と言われているというのにだ。


「楽をしたいのなら偉くなるなってのが俺の考えだ。それと同じで、名誉だの栄光だの……そう言ったものに固執するのなら指揮官になんてならない方がいい。まあ、健全な組織であればの話だけど」

「不健全な組織もあるの?」

「そうだな……。上は責任を取らない、そのくせ成果ばかり求めるとか。或いは何か有った時に常に大事にしないために組織内で全て握りつぶしてしまうとか。その結果本来は当然である反応に対して組織への裏切りだとか言いがかりをつけて当人を処罰するとか……色々有るね。俺は、今回の一件ではそんな真似はしたくない」

「夢物語や、理想のような部隊ね」

「夢物語でも、理想でもなかったんだよ。少なくとも……俺がいた部隊ではさ」


 そう、俺のいた部隊は……緑色の狼中隊旗の下では、そんな事は無かったのだ。

 そりゃ、多少は色々な事があった。

 けれども、先輩や上官含めて――唾棄すべき人物は、居なかったと思っている。

 たとえ不祥事を起こしても、内部での出来事だった。

 俺に対して『優しすぎる』と言った上官も、コンビニの出入り口の硝子を割っただけなのだ。

 後輩だって処罰を受けたりもしたが――俺から見て、誰もが”人間”だったのだ。


「それで、ユリアが来たのはどういう用件?」

「ううん、私は――もう用事は済んだかな」

「?」

「お茶は有難う。伍長さんも、このお茶美味しかったよ」


 そう言って、ユリアも席を立ってしまった。

 俺が不思議に思っていると、彼女は一言――


「それじゃ、おやすみ」


 そう言って、部屋を立ち去ってしまった。

 誰も居なくなった部屋の中で、自分の発言を全てログとして見返してしまう。

 自信が無い奴の悲しい習性であり、自分に落ち度が無かったか全ての発言を遡った。


『ご主人様、消灯間際です』

「分かってる。分かってるからちょっと待って!」


 そうして、結局俺は消灯後直ぐに普段の編纂作業を終えたが、ベッドに入ってからログの確認作業で睡眠不足を抱える事になった。

 やはり、俺は指揮官としても長としても不適なのだろうと考えながら、翌日ミラノにしこたま起こられる朝を迎えるのであった。

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