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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
7章 元自衛官、学園生活を満喫す
107/182

107話

 授業が終わってからの三時間を貰い、俺はとりあえず一週間目を終えることが出来た。

 授業を終えてから食事をし、食事をした連中がガチの兵士のように体を虐めて吐かないとは思わなかったのだ。

 だから荷物を背負わせ、一時間半は魔力を使いながら歩く事に徹しさせた。

 ここで、わかりやすいばらつきが生じた。


「ミナセは魔法の維持に不向きで、体力的な問題よりも辛さや苦痛に対して精神が参りやすい……」


 ミナセ・リョウ。

 オチコボレと呼ばれる生徒のうちの一人で、臆病だったり弱気だったりする。

 肉体的な強さは別に問題は無いのだが、精神的に弱いので辛さや苦痛に対して直ぐに息が続かなくなる傾向がある。

 

 これについて幾らか試してみたが、話し掛けたりして気を逸らしたり気を紛らわせると長続きするので、やはり精神的な弱さが大きな課題となっている。

 身体能力の強化をして歩かせてはいるが、疲労を感じたり息苦しくなったりすると極端に能力が落ちるのが特徴的だった。


「ヒュウガは問題なし。一番無難な相手だな」


 ヒュウガ・タケル。

 オチコボレと呼ばれる生徒のもう一人で、ミナセの親友。

 ミナセのような強さは無いが、最近魔法がうまく行使できるようになったと言う事も踏まえて訓練には問題なくついて来られている。

 ただ、一緒に訓練をしているはずのマルコに対して声をかけたりしないので、仲間意識が固定化されている懸念があり、連携に関して気がかりである。

 

 それ以外に関しては良好で、身体能力を持続させたままに一時間半を歩きっている。

 少し早いけれども荷重を増やし、少しでも余裕と言う物を奪って追い込んで行きたい所。

 余裕が無くなった場合にどうなるか確認する必要があり、マルコとの橋渡しの役を多分担うことになる。


「マルコは……」


 マルコ。マルコ・ヴィスカント・フォン・トリアーニ。

 以前魔物の襲撃があった際に俺を脅し、先んじて学園に戻ろうとした。

 前はガリガリのヒョロヒョロなお坊ちゃまだったが、今はポッチャリと太ってしまっている。

 此方に関しては魔法や魔力に関しては大きな問題は無いが、いかんせん体力が無い。

 別に体力が無いのは問題じゃない、むしろ負けん気によって何とか喰らいついてくれている方だ。

 

 ──どうすれば、僕はもっとついていける──


 一日目、マルコは一人だけ脱落した。

 マルコの背負っていた荷物を俺が背負い、マルコはカティアの荷物の上に乗っけた。

 そして一日目の訓練が終わり、それぞれに帰っていく中で、歯軋りをしながらマルコはそんな事を言ってきたのだ。

 俺は少しばかり悩み、考え──上手く言えたかどうかは分からない。

 それでも、俺はマルコに吐いた言葉に囚われていた。


 ──誰も見棄てない──


 そう、誰も見棄てない。

 やる気が有る奴に、どうしたら良いかを尋ねてきているやつに後ろ足で砂をかけられる訳が無い。

 だから俺は幾つかの提案をした。


 一つ、食事制限。

 何を食べているか、どれくらい食べているかを俺は見させてもらい、その上で分量を制限した。


 二つ、代替飲食。

 これは俺が負担し、腹が膨れ満足感も得られるが摂取カロリーが低い物をマルコ専用に俺が料理して出している。

 マルコの部屋に行き、旅で買い溜めた食材や調味料などを調理し、食べてもらっている。

 自衛隊で炊事競技会なんかに駆り出されるくらいだ、少なくとも不味くは無いだろうし文句を言いながらも完全喫食してくれている。


 三つ、身体能力の強化を緩めて体に与える負担を増やせ。

 これに関してはもはや消費エネルギーを増やせと言う事だ。

 食べる量を減らし、その上摂取カロリーを減らしたら今度は運動するしかない。

 ただ、そうすると魔力的な負担が減ってしまうので、俺は魔法を一つ教えた。


 ──歩きながら両手の間に光を生み出す想像をして、その魔法を出来る限り維持しろ──


 そう、今までやってきた魔法トレーニングをマルコに伝授したのだ。

 最初は上手くいかなかったが、それに関しても付きっ切りで出来る限りの教授をして何とか上手くいった。

 アーニャは自衛隊での装具等の一式の中に態々体重計を加えてくれていたので、それで毎日体重の減量具合も記入していく。

 一週間目にして2.7Kgもの減量に成功していて、このまま負荷を増やせば四週間で十Kgは減量できるかもしれないと思った。

 まあ、筋肉がつけばそう上手くは行かないのだが。


 四人目、カティア。俺の使い魔。

 十二歳くらいの外見をしているが、身体能力などに関しては俺と同じくチートを授かっている。

 四人の中で一番問題が無いように見えて、一番問題児なのが彼女だった。

 理由は単純で、ご主人様至上主義《俺が大好き》だからである。

 連携が大事だといっているが、彼女は俺のサイドに立って物を言う傾向がある。

 しかも下手に他の三人よりも優れているせいで、若干の上から目線すら感じさせる。


 このままでは最悪「あいつだったら良いか」と見棄てられかねないので、それを正さなきゃいけないのだが……。

 命令ではなく、彼女自身がそれを理解し悟って欲しいと思っている。

 命令すれば彼女は従うだろう。しかし、それは理解しての従いではなく、ただの従属でしかない。

 それではダメだ、彼女は俺だけじゃなくて周囲も見なきゃいけない。

 ミラノやアリアと一緒で、上手くやれていると思っていたから安心していた、油断していた──。

 これは、俺の見落としだった。


「ねえ、入るけど大丈夫?」


 ノックがなされ、消灯前であるにも拘らずミラノがやってきた。

 俺は直ぐに席を立って扉を自ら開けると、そこには学生服をまだ着ているミラノが居た。


「あれ、カティアは──」

「あの子はもう寝ちゃった。疲れてたんでしょうね、丸く縮こまって安らかに寝息を漏らしてる」

「──そっか」

「で、入ってもいいの? ダメなの?」

「あぁ、ごめん。どうぞ──」


 ミラノを部屋に入れると、彼女は部屋の中を見て唖然としていた。

 女子寮だの男子寮だのと別れてはいるが、内装的な違いがある訳では無い。

 しかし、暖炉前の丸机の上には本とメモ帳、資料が散乱しており、ベッドの上も本と寝転がった跡でシワシワになっている。

 暖炉の上には空き瓶と化した酒瓶が二つほど置かれており、暖炉に向けて放ったはずの丸められた紙が届かずに幾つか転がっているような有様だった。


「アルバートと何か勝負をするから、その為に色々研究してるとは聞いたけど……。何? これ」

「いや、まあ。色々、ちょっとお勉強とか?」

「勉強、ねえ……」


 本来服を引っ掛ける壁掛けには、大きなヒモ吊りボードがぶら下がっている。

 そしてボードには自衛隊の動隊板のように訓練内容と、その成果を貼り付けぶら下げている。


 ミナセがどれくらいの時間魔法を維持し集中できるか。

 ヒュウガがミナセ以外の人員を気にかけた回数と、疲労度によるその頻度。

 マルコの体重の推移と、訓練の遂行度。

 カティアが背負っている背嚢の重量と、俺達のペースにどれくらいの距離や時間ついてこられているかの変遷。

 

 座学での勉強内容と、状況付与をして四名がどれくらい状況に対応できるかの判断。

 状況によってのそれぞれの行動傾向と、連携度。

 負荷レベルに応じたストレス下での言動の変化の方向性や、それを上手く四名ですり合わせて適切と思われる方向性は何か。

 

 様々な情報が張り出され、俺が寝ても醒めても忘れないようにデカデカと部屋の中に鎮座している。

 それをミラノが見ながら、ため息を吐いた。


「ねえ、意味があるの?」

「あるさ。無けりゃやらない。これはお互いの為になるし、俺がこうして行った研究が後の自分や誰かの助けになる。アルバートに勝てば、この考えは広めれば良いし、負けたなら要研究課題としてこれからも大事にする──。魔法と同じだよ」

「それは、アンタが酒に酔って瞬きが酷いくらいに行われるに値するの?」

「値する」


 そう言って、俺は少しばかりよろけながら暖炉前の紙切れを暖炉に放り込み、ゴミをストレージにしまい、メモ帳を閉ざしてから新しい酒瓶を手にした。


「俺がやってきたこと、教わった事、考えている事、考えた事全てを──試せる機会なんだ。これが上手くいけば、見ていた連中が考えを変えると思う」

「なにそれ」

「前に、魔物の襲撃があっただろ? あの時に生徒の多くは無力を嘆いたか、或いは無力に震えたかだった。俺に出来る事は、才能ではなくちょっとの機転とちょっと考え方を変えれば生存率が上がると言う事を、今回の一件で幅広く認知してもらえれば良いなと思ってる」

「ちょっとの機転と、ちょっと考え方を変える……。その話、聞かせてくれる?」

「じゃあ、ちょっと失礼して──」


 ミラノが丸机を前に椅子に腰掛けたので、俺も座る。

 机の上を占拠している資料などを隅に寄せ、メモ帳と数枚の紙切れを展開させる。


「学園の生徒ははっきり言って二分化が進みすぎてる。魔法に傾倒するか、武芸に傾倒するか。そしてそれを家柄や歴史、伝統などを理由に変化を──変わる事を拒んでいる所が小さくない。マリーの授業の時、ヴィスコンティの生徒は詠唱の素晴らしさや伝統、或いはどちらか一つだけを綺麗に追いかけてる方が素晴らしいとか思ってる」

「けど、それが悪いとは私は思わない」

「そう、悪くは無い。本来なら、だ」

「──……、」

「けどさ、悪いけど──あの時、魔物に死ぬか生きるかの瀬戸際にまで追い込まれて、少なくない生徒が死んで、それでも”変わる事を拒絶”ってのは、ちと有り得ないんだわ。戦わないと言うのならそれでもいい、弱いのが嫌だと言うのもいい。けど、やらないのに文句を言う奴も、弱いのが嫌だと言いながら考え方を変えられないのもどっちもおかしいだろ?」


 俺はそう言って、あの日の事を──医務室で負傷した生徒達の反応も含めて全て語る。

 そう、言っていたはずなのだ。

 

「だから、今回の件はいい参考になると思う。全員が魔法と技芸の両方を一定量鍛える事で、出来ることがこれくらい変わると言う例になる。それが突破口になれば、英霊達がせっかく授業で見てやってるのに、活かせないという事が無くなる」

「──アンタの言いたい事は分かった。確かに、正しいとは思う」

「思う、ってことは……。納得はしてない、と」

「家とは歴史で、歴史とは重い物で、軽んじる事が出来ない物だし。私が生まれる前から、父さまが生まれる前から、何代も続いた遠い過去から続いてきた物を……そう簡単に変えられない」

「──……、」

「貴族は、舐められたらおしまいなの。私の家も家だから、尚更その爵位が重く圧し掛かる。どっしりと重々しく構えて、軽はずみに変化していく事が出来ない。……有益だからと変化を受け入れると、歴史や家柄を軽んじていると言われかねない、そう言う難しさがあるの」


 そう言って、ミラノは厳しい表情をしていた。

 屋敷では無いから、彼女は真面目に──弱さを見せないように、事実を述べるようにそう言った。

 仕方が無い、どうしようもない。

 そして──遠回しではあるが、俺に釘を刺している。

 理解はする、けれども納得は難しいと。

 俺は両手をあげ、降参と服従の意を示す。

 つまり、対外的にそれを言わないと言うことに同意したのだ。


「──まあ、勝手に連中が変わってくれるのならそれで良いし、変わらなくても良い。けれども、変化を受け入れた連中は間違いなく成長する。それを変化と呼べばそれまでだけどね」

「──……、」

「ただ、俺は可能性を提示するだけだ。どっちが良い? って。歴史や伝統といった物を枕に棺桶に入るか、そう言ったものは家や今を生きる物が持つ物だと理解するか」


 どんな立派な事を言おうとも、死ねば一緒なのだ。

 そう、死ねば……一緒だ。

 俺はそう言って酒を飲むと、彼女は迷惑そうに鼻を摘む。

 ……新学期の時飲んでたかどうかは知らないけれども、酒が好きじゃないのだろう。

 そんな事を考えていると、消灯の時間が来たようであった。

 部屋の明かりが自動的に切られ、暖炉の明かりのみが部屋を照らす。

 ミラノは……帰らなかった。


「それは、アンタの居た所の教え?」

「俺が教わった事を、置き換えてる。前にも言ったけど、貴族だとかそう言う物が無い場所なんだ。全員が庶民や平民みたいな物で、俺も……ここに来る前は魔法なんて使えなかった」

「嘘。それは嘘! 魔法は、血筋で──」


 まあ、そう言う反応になるよな。

 血筋……魔法を使える者の子孫のみが魔法を使える。

 少なくともそう言う風になっているし、教わっているだろう。

 だから俺が魔法を使えないといっても、”後天的に”魔法が使えるようになったという事は前代未聞なのだと思う。

 そうでなければ、貴族が、聖職者が──特別階級の前提条件が崩壊してしまうから。


「まあ、それは置いておこう。だから、俺と言う個人が喩えどこかで野垂れ死んでも、それこそ争いで無くなろうとも国は揺るがないし、歴史にも記される事は無い。だから──そもそも理解される事も、判りあう事も無いんだよ」

「──……、」

「そう言う意味では、英霊の皆の方が立場は近いかな。元々良い家柄だったかも知れないけど、負ければ全てが失われると言う事を理解してる」

「アンタは……英霊達の方が、一緒に居て楽しいの?」

「そうは言ってない。ただ──」

「ただ?」

「……俺のやった事が認められて、皆が英霊の教育を素直に受け入れられたなら、何かあったとしても個人から数名の規模から、生徒たちは冷静に判断して、行動して、生き延びる事が出来るようになる。誇りも、家も大事なのは分かるけど、そんなのは……生き延びてこそだろ」


 そう、死ねばおしまいなのだ。

 両親が死んだ、俺も死んだ。それどころか、さらに何度か、死に続けている。

 俺は蘇生して何とか生き延びてはいるが、死んでしまえばどんなに大事でも、どんなに立派でもおしまいだ。

 

「つまり、アンタは──。死んで欲しくないから、少しでも生きて欲しいから、そうしてると?」

「いんや。そこまで立派な事は言ってない。マルコがさ、俺を脅してきた事があっただろ? あの時、マルコが冷静であったら、あるいは──あの場に居た負傷した兵士や人に治癒を幾らか施せていたら、生き延びた人は多かったかも知れない。それは俺も同じで、あの時は魔法を信じられなかった、だからお互い様なんだけどさ」

「……──」


 ミラノは、暖炉の明かりに照らされる俺を静かに見つめていた。

 そして、ゆっくりと席から立ち上がる。


「さ、部屋に戻って寝る時間だ、ミラノ」

「アンタは?」

「俺は、まだ今日のやるべき事が残ってる。それを終わらせなきゃ眠れない」

「マメね。タダのお遊びなのに」

「お遊びでやってる事でも、俺のやっている事自体は──昔の、地続きだからな~。カティアが居る訳だし、何があっても俺は指導者である事に変わりは無い。これからどうなるか分からないのなら、勉強に終わりは無い」


 そう言って、週明けの訓練内容を思い描く。

 ミラノはそんな俺を見て、一つだけ問う。


「ねえ、一つ聞いていい? この強さと、群の強さって──どっちが上?」

「それぞれに優れている箇所があるだけで、どっちが上って事は無いよ。個の強さは群であっても蹴散らされる事はある、群の包囲で個を疲弊させて討ち取る事だって出来る」

「そ、なら安心した」

「安心……?」


 安心って、何に?

 それを聞こうとはしたが、彼女は部屋を出て行ってしまった。

 「おやすみ」と言う言葉を残して、ミラノは部屋から居なくなる。

 俺は暫く扉を見つめてはいたが、直ぐに自分のやる事を進めるべく資料とメモ帳を睨む。

 結局の所、二時間ぐらい睡眠時間を削る事になった。

 明日が土曜日でよかった等と思いながら、自分の体温で温かくなるベッドに多幸感を得る。

 冬はずっとベッドに篭っていたい……。

 まあ、そんな事は叶わないんだけどさ。


 ~ ☆ ~


 日曜日、セルフ訓練でフル装備行軍を行う。

 以前のような嘲笑は減りはした物の、行軍の真似事はやはり不理解なようであった。

 チート身体能力的に六十Kgでも背嚢は楽な部類になってしまい、仕方が無いので訓練道具のダンベルの重石を背嚢に突っ込んでさらに重くしてみた。

 成人男性、筋肉マシマシ自衛官程度の重さは流石に膝関節に響く。

 早くも嫌気が差してきたが、自分の取り柄でサボってしまってはもはや存在価値なんか無くなってしまうのだ。

 これしかないからこれで頑張る、そう言う生き方をするしかない。


「だぁ、疲れた……」


 雪中行軍なんて大分久しぶりだし、雪は徐々に積もったり一度溶けて再凍結したり等で歩き辛い事この上ない。

 両肩や首筋にかかった負担がでかすぎて、平日英霊達によって行われている武芸の授業で蓄積させた疲労や筋肉痛で身体が悲鳴を上げている。

 汗で上衣だけじゃなくパンツまで濡れそぼってしまうくらいにヘトヘトになり、これが訓練だよなぁと考えてしまう。


 迷彩服をグショグショにしながらも、気分はとても晴れやかである。

 少なくとも自衛隊時代を懐かしめるし、それに連なる事が出来ているので自己満足度も高められる。

 引きずるしかなかった片足を満足に動かせるだけじゃなく、ストレスと一緒にナニカもこうやって発散できる。

 身体は全ての資本だというが、身体を壊すと簡単に鬱屈しちゃうから良くないと思った。


「や~、お疲れ様ですよ~」

「お疲れ様です、ヤクモさん」


 女子寮の傍で荷物を降ろしたり、装具を外したりしているとヘラとアリアの二人が歩いてやってきた。

 どうやらどこかに行っていたらしく、偶然会ったようである。


「どこか行ってたの?」

「少しお散歩をしてたんです。ヘラ様がお祈りをしに行くといってたので、ご一緒してたんです」

「お外でちょっと色々買ってきたんですよ? えっと、えっと──」


 ヘラはワタワタと両手を動かす。

 まるで慌てているかのように見える動作だったが、暫く彼女の動作を見守っていると「ありました!」と言って指をさした。

 すると光の粒子が空中に生じ、紙袋がヘラの目の前に現れた。

 俺はそれを知っている。

 英霊達が武器の出し入れをしている時に自分の身体の様に、物を魔力として消したり出現させたりするのだ。

 アイアスの槍、ロビンの弓、マリーの魔導書、ヘラの杖……。

 

 しかし今ヘラは、俺がストレージから物を出し入れするように紙袋を出したのだ。

 紙袋が英霊の装備や武器の一部だとは思わない。

 俺が唖然としていると、ヘラは中から温かいパン菓子を俺に手渡しながら耳打ちしてくる。


「や~、先輩とヤクモさんの魔法は凄いですね~。理解は出来ていませんが、便利で役に立ちます」


 どうやらカティアから聞いたらしく、きっとストレージ等と言ったシステム系の魔法を聞いたに違いない。

 まあ、ストレージくらいなら大丈夫だろうと俺はタカをくくる。

 物資輸送だの、ボトルネックなどと言った輸送関連のズルになりかねないが、それは……いいだろう。

 もしヘラが信じられないとなったら主従関係の命令で禁止してしまえばいいし、今の所──禁止するには性急が過ぎる。

 

「これは……アボットさんの──ええっと」

「アボットさんのパン屋さんで買ってきたものです。皆さんは口にしないんdねすけど、私は好きです」


 パン屋、というワードは変換されるのか。

 ナイフだのフォークだのも変換されたし、中途半端が過ぎてそろそろ更新したいな。

 けど、伍長がそう言った方面で強いのは分かるのだが、俺の鼻やケツにプラグやケーブルを直通させてデータのやり取りが出来るとは思わない。

 どうにかならないかなと溜息を吐くが、不便なのは受け入れるしかないだろう。


「疲れると甘い物が欲しくなるけど、これは有り難い……凄い助かるよ」

「凄い汗を流してますもんね……。こんなに汗を流してる方は初めて見たかもしれません」

「──あぁ、そうなんだ」


 一瞬、屋敷の兵士や庭師等と言った人物達を思い出した。

 しかし、屋敷の兵士や庭師等と言った人は見苦しくならないように気遣いをしていた。

 汚れが見苦しくなりそうなら交代していたし、その負担を公爵は受け入れていた。

 兵士達も訓練を行う場所を限定したりしていたし、外部の人がやってきて滞在をした場合にも対処している。

 つまり、彼らが夏であろうと大汗かいている場面を見たいのであれば、狙って行かなければ見る事は出来ないだろう。

 再び、彼女達が「支配者階級」と言う事を思い知らされた。


 まあ、そうだよな。現場の人間がどうであっても、師団長視察だの大隊長点検などで毎度「生活感が無い」と言われるまでにピカピカですっきりさせなければならないのだ。

 正直、そのたびに申請を通してある電化製品や個人の趣味の物品までも隠さなきゃいけないのはとてもじゃないが面倒臭い。


「ミナセやヒュウガ、マルコに負担や負荷を加えているのに、俺だけ経験者だから楽をしたら反感を買うだろ? 経験者だけど皆よりもさらに負担を受け持つ事で言い訳させないようにするって意味もあるんだ。自分も自分に見合った訓練をしつつ訓練をさせている相手が限界を迎えたりしたら、それを肩代わりしたりさせたりする。そう言った面倒も見なきゃいけない」

「そう言うものなんですか?」

「兵士としての観点だけど、兵士じゃなくても──そう言うものなんじゃないかな? 言うだけ言って道を示さない、どんな状況にあっても命令だけ遵守させ失敗させない為に全力を尽くす事もない。全ては信用や信頼が無ければ、自分を守る兵士や共に戦う部下にすら見棄てられかねない。俺は、それが嫌だし、そうならないで有ってくれればいい」


 俺は理想を語った。

 自衛隊でのあの関係を、少しでも理解して持ちかえって貰いたいと思った。

 別に理解してもらえなくても良い、けれども──それがミラノやアルバート、オルバやマーガレットといった知り合いの足を引っ張り、危害を加えるような事につながらなければいいのだ。

 魔法を使える連中が、その優れた能力をただのお飾りとしてしまい、自侭に生きる為の道具にしてしまう事が──”持つ者”が”持たざる者”を救う事も助ける事も無いと言うのが気に入らなかった。


「別にミラノやアリアがそう有って欲しいとは言ってないし、それは強いない。俺はここでの当たり前を知らないから、むしろ俺が間違ってる可能性だってある。けどさ、間違ってるにしても正しいにしても、何もしなければ何も学べないしなぁ……」

「その結果、上手くいった例が私ですね~」

「上手く、いったのかな? 今でもまだ──もっと、上手くやれたんじゃないかって思ってるけど」

「あは~、高望みも後悔も事の済んだ後だからこそ出来ることですよね。それを反省して、後悔して、前を向いて歩くのなら……意味はあります。けれども、それを引きずり続ける事に意味は有りませんよ?」


 その言葉が、俺に突き刺さる。

 けれども──利いていないフリをした。

 俺は前進出来ているのだおるか? 進歩しているのだろうか?

 それが分からないままに、ただただ過去の出来事を引きずっているだけに思える。


「結果が正しいもので、それによって救われた人が居ても──その人が引きずり続ける限り、私は正しいとは思わないですね~。たった一人の大事な人を救っても、たった十人の大事なご友人を救っても、たった百人の自分達の住まう街の人を救っても、たった千人の街そのものの生活を作り上げている人を救ったとしても……救った人じゃなくて、救えなかった人を。出来た事じゃなくて出来なかった事を悔いて、酒に溺れ、頭を抱えているのを知ってしまったら……多分誰も喜ばないですよ」


 その言葉を聞いて、俺は逃げた。逃げてしまった。

 残った荷物を手にして「それじゃあ、汗で風邪引くといけないから」と去っていく。

 その時にヘラではなくアリアが見せた名残惜しそうな表情と、呼び止めようとして所在なさげに下ろされた手がさらに心を締め付ける。


 部屋に戻り、入ろうとすると──声が聞こえてくる。


『ええ、私はただのサポートロボに過ぎません。私よりも先にお仕えしている事を決して軽視いたしません』

「そ、そう?」

『勿論で御座います。もし宜しければ、カティア様のご存知なご主人様の事をお聞きしたいと思います。私はまだ日の浅い新参者ですので、粗相を致してご主人様にご迷惑をおかけしないようにしておきたいのです』


 ……伍長がカティアとなにやら話をしていた。

 大汗をかくだろうからと携帯電話などを置いてきたが、どうやら不在の間にカティアによって発見されたようだ。

 魔法と物理の両方で施錠が出来るのだが、俺は魔法での施錠のみに留めている。

 その結果交友のある連中はフリーパスで出入りできてしまうのだが。


 人が居ない間にカティアと伍長はそれぞれに交友を結び出しているようだ。

 俺としてはそれはそれで良いのだが、カティアが嫉妬や先輩面をしたくてやっているのなら困った物である。

 どうしようかと思ったが、カティアが訥々と語り出す。


「ご主人様はね、凄いのよ。私を助ける為に、自分の食べ物を差し出して──何時壊れてもおかしくない身体で、秋の冷え込む夜空の下長い間付き添ってくれたの」


 壊れかけ、と言うのは確かに正しい。

 苦笑しながらも、俺はそれを止める事は出来ない。


「ミラノ様にお仕えしてから直ぐに問題が起きたんだけど、ご主人様はそれに負けたりしなかった。相手が身分や地位を持ち出して、大勢でご主人様を取り囲んでも勝ちそうだった。沢山の槍や剣を向けられても、その一つとしてご主人様に当たりはしなかったの!」


 いや、横槍入れられましたけどね?

 それに、大勢ではなく総勢六名だ。


「それで魔物の群れが街に襲撃を仕掛けてきて、城壁が崩された。外出中だったご主人様は自信のショックで満足に動く事が出来ないミラノ様や疲労に極度に弱いアリア様──あと、最初は敵対していた今は親友のアルバート様やグリム様を引き連れて、攻め寄せる魔物を打ち倒し、切り伏せながら全員を救ったのよ!」


 そこまで立派な事は、していない。

 結局俺は死んだし、泣かせてしまった。

 本当のヒーローなら、死にもしなかったし何だかんだと生き延びて戻っていたはずだ。


「それと、かつての英雄が霊として召喚される中、その英雄達を仲間であった一人が殺そうとした事もあった。けれども、ご主人様は相手に剣を突き立てて、撤退させた。それだけじゃなくて、洗脳されていたヘラ様と対決して、死の淵に沈んでいったヘラ様を救った。ご主人様は沢山の正しい事をしてきた、ご主人様は沢山の”悪い事”に立ち向かってきた。これからもそうやって立派な在り方を魅せてくれるの。英雄と呼ばれる、立派なご主人様を──」


 ……俺は、そこまでしか聞いていられなかった。

 気がつけば再び装具を身に付けて、訓練を延長している自分がいた。

 成人男性ほどの背嚢も、弾を篭めた弾倉の入った弾嚢や水筒、携帯エンピのぶら下がった弾帯も。

 プレート入りの二型防弾チョッキも、三点スリングを通して体に密着している八九小銃も。

 負い紐でぶら下がっているLAMも、頭に負荷をかけている鉄パチも酷く重く感じた。


 耳に、カティアの賞賛の……絶賛する声が張り付いて離れない。

 そしてそれの声が残響のように頭に刻み込まれてから、俺の事を語る時の彼女が無邪気であり無垢な年相応の少女にしか見えなくて、その事を今は悔いた。


 雪を踏みしめ、ガチャガチャと喧しい──さっきと比べて、ちゃんと身に委託出来てない装具たちが五月蝿く騒ぐ。

 しかし、カティアの声は喧騒の中でも静かに響き渡る音のように心に染み入る。

 

 彼女の語る”英雄ヒーロー”とやらは、俺と言う存在からかなり乖離した存在だった。

 闇や負、マイナスといった物が削ぎ落とされ、正しいか正しくないかの二極のみで構成されている。


 正しさのみと、悪さのみで構成された二色の世界の中で俺は絶対的な正義だった。

 彼女の描く英雄ヒーロー像を聞いた俺は、彼女の思い描く英雄ヒーロー像を壊す事はできても守る事が出来そうにもない。


「はぁ、はぁ……」


 止めてくれ。だから英雄なんかじゃ……ヒーローなんかじゃ、主人公なんかじゃないって言ってきた。

 主人公は悩まない、主人公は苦しまない。

 主人公は常に多くの事柄をさも当然のように解決し、攻略し、多くの人の為になる事をする。

 しかし俺は、常に悩み、常に正しいかどうかで迷い、成した事でさえ最善があるのでは無いかと後悔し続ける。

 

 だから、俺はヒーローじゃない。立派な人間なんかじゃない。

 けれども、そう言った言葉が無いと容易く腐敗してしまうダメ人間でもある。


 ただ、そう言った期待が、願望が、”ヒーロー視”が……俺を苦しめる。

 そして……逆に、どう演じなきゃいけないかの指標にもなる。

 英雄では居たくない、けれども期待も裏切れない。

 板挟みのままにゴリゴリとすり潰されて、その結果何が残るかなんて分かりもしない。

 分かりもしない、が──京分の一であろうと立派になれるのなら、演じられるのならそれで良い。

 いつかカティアが完全な二色の世界だけではなく、どれくらい白と黒が入り混じってるかを理解し、俺を完全な白だと、思わなくなってくれたのなら──。

 その時、俺は裏切ったと侮蔑と落胆をされるのか、それとも期待と羨望の眼差しをまだ向けてもらえるのか。


 それだけが、唯一つの心残りであった。





 ~ ☆ ~


 ヤクモが来ていた事等知らず、カティアはマーガレットが部屋を訊ねてくるまで伍長に色々と──彼女の思うなりの”主人の素晴らしさ”と言う物を語り続けた。

 主人である彼がその場に居たら、悶死や愧死していた可能性すらある。

 そして伍長はそれを全て聞いているのだ。

 相槌を適度に打ち、会話を引き出し、促すように時折質問までしている。

 やっている事は「相手に気持ちよく話をさせる」という、処世術と同じであった。


「すみません、ヤクモ様はいらっしゃいますか?」


 その言葉に、カティアは言葉を打ち切り扉を開く。

 部屋の内から現れたのが別人で、マーガレットは少しばかり驚いていた。


「マーガレット様。どうされましたか?」

「いえ。お茶でもと思って来ました。その……お礼も、改めてしたいと思いまして」

「ご主人様は訓練に出てるけど……。その、上がられてお待ちになりますか?」

「良いんでしょうか?」

「多分そろそろ戻るだろうし、私もお茶の準備をしておきたかったから」


 そう言ってカティアはマーガレットを部屋へと招き、伍長に「時間見せて」と言って時間を確認する。

 1557と書かれた四文字の数字を見て、カティアは首をかしげた。


「ん~、いつもならもう帰ってるんだけど……。遅いわね」

『きっと興じてしまって、長引いてるのでしょう。訓練などが好きなようですし』

「それはありえない。ご主人様は時間だけは絶対に守るの。遅れても十五分以内に定期連絡をしてくれるし、行動なら十分前が当たり前」

「はわぁ……」


 カティアの言葉を聞いたマーガレットは、思わず驚きの声を漏らした。

 そう言った所を気にした事も無く、ただ善意と人柄にほれ込んだだけでしかなかったのだから。


「もし訓練を延長するにしても、それならそれで一報くれたりするの。ご主人様って、だらしが無い時はだらしが無いけど、徹底してる所は徹底してるから」

「カティア様はヤクモ様の事を良くご存知なのですね」

「ふふん、もっと褒めてくれてもいいのよ?」

「他にも色々な事をご存知なのですか?」

「勿論! 歩き出す時は絶対に左足から、普通に立ってる時に右肩が左肩よりも下がってて実は左肩がちょっと前に出てる斜めった姿勢だとか、真面目な時は左眉が下がって左目が細くなるとか、ご飯の時に最初の一口目は絶対に好きな物を食べてからで、最後に食べるのも好きな食べ物だとか~」


 カティアが指折り一つ、二つと自分の主人であるヤクモの個性とも特質とも言える事柄を並べ立てる。

 その多さにマーガレットですら目を白黒させ、伍長がカティアの羅列する言葉の多さに口を挟んだ。


『失礼、カティア様。カティア様のご主人様に対するご理解と愛の深さは、きっと一日を費やしても語りきれない事でしょう。しかし、マーガレット様も来られた事ですし、ここは一つ駆け引きを覚えましょう』

「駆け引きって?」

『人と御一緒の時は、多くを語りすぎてしまうよりは幾らか物足りないくらいが丁度良いのです。ご主人様の魅力を語るにしても、久しぶりにどなたかとお会いになられた時も、そうやって全てを語られてしまうと聞かされる方は疲れてしまうものなのですから』

「そう言うものなの?」

『少なくとも、親しかろうとも上下関係があろうとも人とはそう言うものです。私はAIですから、見たもの聞いたこと全てをデータとして保管できますので聞き漏らす事は御座いませんが』


 伍長の言葉にカティアは学習する。

 彼女は誰よりも先にヤクモと言う個人に仕えている事を大事にし、その点を一番重要視している。

 だからヘラと言う英霊であっても、伍長と言うAIが相手であっても「私が先!」と言う事を譲る事はなかった。

 それは子供らしい、幼いが故の主張だった。


 しかし、それとは別に”耳を貸さない”と言う事は無かった。

 カティアは自分が無知で、多くの事を知らざる者だと言う事を理解している。

 主人を幾ら想っていても英霊であるヘラには様々な事柄では劣っているし、AIである伍長にも知識などで劣っている事も自覚している。

 無知の知、自分が何も知らない輩である事を自覚している。

 だからこそ、”更に一番である為に”彼女は耳を傾けた。


「多くを語り過ぎない、って難しくないかしら?」

『そうでしょうか? 常に満腹になる位にお食事を召されるよりは、腹八部……食べすぎで苦しいと思う事も無く、また食べたいと思える位に少々物足りない程が丁度良いのと同じです』

「ふ~ん……」

『それに、一方的に何かを言われる事に人は決して好意的にはなれません。話が長くなればその大半が零れ落ちてしまいますから』

「分かった。今度からもうちょっと考えてみる。有難う──で良いのかしら? この場合」

『ええ、”どう致しまして”』


 携帯電話とのやり取りを見ていたマーガレットは、キョトリとしている。

 それから画面を覗き込むと、「きゃ」と驚く。

 携帯電話の画面の中には彼女の見慣れぬ存在が居て、彼女を見ていたのだ。


『おや、初めましてお嬢様。お顔を拝見させていただきましたが、貴女様がマーガレット様で宜しいでしょうか?』

「は、はい」

『私はプリドゥエンという名を戴きました、神聖フランツ帝国でお会いした者で御座います。以後お見知りおきをいただけると幸いで御座います』

「その……宜しく、お願いします──」

「マーガレット様、難しくお考えにならない方が宜しいですわ。たぶん、これからももっと沢山”普通じゃない事”をするでしょうから。これで驚いていたら、身が持たないかと」


 カティアの言葉を聞いて、丁寧に挨拶してきた”人ならざる存在”にパンクしかけていたマーガレットの混乱はや思考の絡まりは落ち着きを見せた。

 英霊であるヘラを──幼女化したとは言え──自身の使い魔に、複数の使い魔持ちという前例の無い事をしでかしている。

 当時は凡夫と嘲られた時でさえ、複数人の魔法使いと公爵家三男にほぼ勝利を収め、その後の魔物による襲撃の時でさえ学園の生徒だけじゃなく複数の市民を救ってきた。

 マリーの件も辺境伯が主人であるが故に黙する事が出来ず、かつての仲間に殺されかけた事を明かした。

 その時にもヤクモと言う人間が関わっている事がマリーの口から証言されていて、マーガレットは”あぁ、普通じゃないんですね”と受け止める事にした。

 

「あの、初めまして……。挨拶が遅れました。私は、辺境伯の娘でマーガレットと言います。その、先ほどは失礼しました──」

『いえいえ、どうかお気遣い無く。そうやって言って頂けるだけでも、私は嬉しく思います』


 伍長は恭しくそう言った。

 事実、彼は携帯電話のカメラ越しに、或いは遠い神聖フランツ帝国に居る本体のレンズ越しに”現在”を知りつつあった。

 かつての栄華を誇った世界は既に滅び去り、新たな文明と社会が築かれつつある事を。

 その中では準人類としての扱いを受けていた”AIロボット”ですら、ただの異物でしかない事を理解した。

 人間ではなく、意思疎通も出来ず、旧き時代のルールに従ってこの世界の人々と争ったロボットたちは魔物とそう変わらない扱いを受けている事も、伍長は理解していた。

 そう言う意味では、自分の所属していた時代よりも”大分”旧い人間であっても理解のあるヤクモや、その知識の片鱗を受け継いでいるカティアなどは伍長にとって話のしやすい相手であった。

 無理解であるよりも、理解さえあれば話が出来るのだと、今までやられてきた”仲間”のレポートを見てきたからこそ、伍長はそう判断した。


『ただ、私めの事はどうか御内密にお願いします。ヘラ様の事もありますが、これ以上ご主人様の立場が危ぶまれると、私としても困りますので』

「分かりました。そう、上手くやれるかどうかは分からないですが、頑張りますから」

『そこまで言っていただけると有り難いですが、マーガレット様の負担になるようであればお忘れ下さい』

「大丈夫ですから。プリ様のお邪魔にならないようにします」


 マーガレットの言葉に違和感を覚えた伍長は、そのレンズを”彷徨わせ”た。

 そして、”人間として”問うべき事を今更ながらに尋ねる事になる。


『マーガレット様。お差し支えなければ、お訊ねしても宜しいでしょうか?』

「はい? なんでしょうか?」

『ご主人様とは、どういった御関係なのでしょうか? 申し訳有りませんが交友関係等をまだ正確に把握して居りませんので』


 伍長の問いに対して、マーガレットは困惑しながら白い肌を紅潮させた。

 朱に染まった肌をカメラ越しに見ながらも、伍長は返答を待つ。


「その、お友達から、です」

『お友達から、ですか』

「はい、マーガレット様。──プリドゥエン。あのね、マーガレット様は、”一応”ご主人様とお見合いする予定の方よ。ご主人様は卒業まで返事を待って欲しいと──そうね、”臆病にも”そう返事をしたわね」

『はは、それはまた……』


 伍長は、話を聞いて自分の中に存在するデータベースを更新する。

 彼の中に存在する”二十歳前後くらいの若い肉体”と”肉体に対して老い衰えた精神”の情報を更新せざるを得ない話だったからだ。

 認識や情報を更新するのが何世紀も跨いで行われる事であり、伍長自身も幾らか不安ではあった。

 しかし生の脳を持っている訳でも劣化や耐用年数という束縛も無い彼らには無用な心配で、速やかに情報と言う名の認識を改める事ができた。


『それでは、若奥様と呼ばれた方が宜しいでしょうか? あぁ、カティア様。せっかくお淹れになられたお茶が零れておりますよ?』

「プリドゥ、それは”まだ”なのだけど?」


 カティアはまるで決定事項であるかのように、マーガレットを伍長が奥様扱いした事に静かに怒りをたぎらせた。

 彼女の中では主人であるヤクモが”恋愛をした事も無ければ、好意とはどのような物か分からない”と言っているので、どれが彼にとっての”好意”なのか分からずにいたのだ。

 頼もしさと時折見せる優しさではミラノに傾いてはいるが、守ってあげたくなるとか傍に居ると常に落ち着けると言う意味ではマーガレットが勝っていた。

 神聖フランツ帝国への旅路での事柄を総合すると英霊のマリーも、不器用ながら好意を示しているし、仲間意識として大事な相手だとヤクモも認識している。

 そしてその姉であるヘラも、若干おふざけっぽく聞こえるが好意を示しているし、それを時折重く思いながらも素直に嬉しそうにしているヤクモが居る。

 

 カティアとしては、どれが”成立条件”になるかは分からないが──そのどれらも大事にしている事くらいは嗅ぎ取っていた。


「はい、マーガレット様」

「有難う、カティア様」

「そのカティア”様”と言うのは、ちょっと馴れないわね──。私はただの猫で、マーガレット様とは違うのに」

「偉いのは父様で、私じゃありませんから。それに、カティア様は猫だとしても、私のように目も良く見えない、特筆すべき点の無い子と同じだとは思いませんし」


 そう言って、マーガレットは自虐では無く、当然のように語る。

 自身の色覚がおかしかった事や、別段優れた所が無いと言う”お荷物”である事を受け入れいていたから。


「ただ、ヤクモ様は私に余りにも多くをお与え下さいました。想像するしかなかった本当の世界の色が分かるようになりましたし、お屋敷の皆さんが語る以上の事を知る事が出来なかった母様の温もりを知る事が出来ました。だから、私はお返ししなければいけないんです」


 優しく、強くは物事を言わないマーガレットが断じるようにそう言う。

 それを前にして、カティアも戸惑ってしまう。

 ちょっかいをかけるような”お遊び”であれば、態度で追い返せる。

 しかし、”お遊びではない”物に対して、理屈や論理で構築された言い分に対してカティアは弱かった。

 主人は自分の分野においては相手が感情的であろうとも、論理的であろうとも強い。

 しかし、自分の苦手な分野では感情的に責められると滅法弱いのでカティアのやり方が通用していただけであった。


「──その気持ちは分かったけど。なら、ミラノ様やアリア様のようにもう少し親しみの持てるような、疎遠じゃない呼び方をお願いしたいのだけれど」

「親しみの持てる……。お二人はどのように呼ばれてるんですか?」

「ミラノ様は”カティ”、アリア様は”カティアちゃん”と呼んでますわ。それに、これからもこうやってお会いになるのに、他人のような──知らない人のようなお付き合いをするのは、寂しくない?」


 その言葉に、マーガレットはパチクリと数度瞬きをした。

 それから言葉の意味を理解して、花開くかのような笑みを浮かべる。


「それは、お友達になってくれる……と言う事ですか?」

「あ、えっと。お友達でも、良いけど……」


 そして、カティアはまた戸惑う。

 自分の主人は努めて表には出さないようにはしているが、その言動や思考、発想の全てが”不信”から来ている。

 あるいは”信じられないと言う事を信じている”という風に、様々な事を積み上げてきた。

 だからこそ、”友達”と言って来たマーガレットにどう対応して良いのか分からなかったのだ。

 これがヤクモであれば「下心のある連中は友人を装ってあちらからやってくる」と言っただろうが、彼女はそう言った経験も思考も浅かった。


「けど、困りました。私、お友達の始め方が分かりません……」

「私も良く分からないけど──。ねえ、プリドゥ。こういう時、どう言う事をすればいいと思う?」

『そうですね。私の知識や情報で宜しければ──。ご友人と言うのは、趣味や趣向等において何かのお互いの共通点を持つと作りやすいですが、異例として”自分と異なる価値観や思考をしていても、お互いに相手を尊重できるのであれば互いに研鑽し学ぶ”という繋がりも出来ます。ご主人様が教えると言う事を学ぶ、御学友の方々が教わると言う事で学ぶようにです』


 伍長の言葉に、二人は頷いた。

 それから、探り探りではあるが、言葉が弾み出す。


「そう言えば、お屋敷の方で香草を育てているのですが、そう言ったものってお茶にすると美味しいんですよ?」

「香草茶? それって、美味しいの?」

「父様やお屋敷の方が色々教えてくれたんです。香草の種類によっては疲れを取ったり寝つきを良くしたりする効果があったり、香草をお湯に浸してから傷口に貼ると治りが良くなったり痛みを和らげたりとか、色々あるんです」

「ねえね。寝つきが良くなって落ち着いて眠れるようなのってあるの?」

「ありますよ? 余りお茶に使いすぎると依存性があるから良くないと言われてますが、庭師の方々が薬師の方等に聞いてくれたらしくて、今では香草の扱いは自信があります。それで、えっと。カティア……さんが、使うんですか?」

「ううん、ご主人様に。ご主人様、寝る為にいつもお酒飲んでるんだけど、お酒以外で眠れるようになれないかなと思ったの」

「そうですね。それなら緊張状態を和らげるとか、そう言った物も良いかも知れませんね。実は、お部屋で幾つか育ててるんですが、今度持ってきますね」


 カティアがマーガレットと交友を結び始め、それを傍から見聞きしていた伍長はデータ収集をしながら様々な”状況”を整理する。

 相関図が構築され、蜘蛛の巣のように張り巡らされた糸に関係がとりあえず画かれた。

 そして目の前で少女と女子がそれぞれに楽しそうに会話をしている状況を見ながら、彼の頭の中では旧き善き時代が創造されている。

 たんぱく質で構成された物ではなく、機械と成り果てたメモリの中にかつて人間として生きた当人の記憶があり、そこにはフランスの光景が見えている。

 カフェで男女が語らい合い、フランスパンの入った紙袋を抱えた画家が懐の寂しさ具合を気にしながらも家に帰る。

 大勢の人が往来を行き来しながらも、生きている時代があった。

 ジャンヌ・ダルクの金の像、パレ・ロワイヤル、ロクセロワ教会──。

 そう言った場所全てに、人の面影があった。

 

 チカチカと明滅する電子機器となった伍長は、そう言った時代を思い出し、懐かしんだ。

 フランスパンも無く、車も無い所か魔法が広まった”時代錯誤な世界”を眺めながら。

 それでも、人は人なのだと。

 旧人類も新人類も関係なく、その根っこにある物が同じなのだと認識し直した。


 ──お前は、人……なのか?──


 長らく”機械”として扱われていた自分と、自分の元になった”人間”の部分。

 どちらを大事にすべきかで伍長は”シミュレート”を何度もし続けてみた。

 どちらがより良いのか。

 人としての自分を大事にすべきか、それともAIロボットとしての自分を大事にすべきか。


 ──リスクは犯せない。皆に何かあったら直す事もできない──


 ただ、少しばかり伍長は自身の主人の人と成りを考え、機械的なのは”属性である方が良い”と考えるようにした。

 自分の主人は使い潰す事を、性能に頼って損耗する事よりも喪う事を恐れて”くれた”。

 伍長はチカチカとフラッシュメモリを鼓動のように、目のレンズからその光を漏らしながら”目を閉ざした”。


 ──お帰りなさいませ、奥様──

 ──お帰りなさいませ、旦那様──


 肉体の無くなった体でも、伍長は白髭と皺の刻み込まれた自身の事を思い出した。

 機械的に命令を守り、機械的に存在し続け、機械的に一日をただのルーチンでこなすだけの日々。

 そこから脱却し、”会話”をしてくれる人々がいる。

 そうしていると、かつての本体である自分が今と変わらぬ事をしていて落ち着く事に気がついた。

 主人が”自衛官であること、かつてそうであった事をなぞるのは落ち着く”と言うのを、伍長は理解できる気がした。

 

 朝早く自分の主人を職場へと送り出し、昼ぐらいに主人の夫人を外へと連れ出す。

 それは彼が若い時から、そしてデータとして人格をコピーされて別人となるまで──実に三十年以上もの生活を思い返す。

 そして今の自分は、巡り巡って再び似たような日常へと収まったのだなと思うと、彼は腑に落ちたのだ。


 ──本日は良いお日柄ですね──


 ──奥様、お身体を冷やさぬようにしてから外に出ましょう──


 チカチカチカと、機械的な作業の為ではなく、追憶の為に彼は目の前の二人のやり取りを見ながら、昔を思い出していた。

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