106話
土曜日、本来なら休日で休みであり、学生たちはその休みを外出なりで謳歌しているのだが……。
俺たちは、若干魂が抜けた表情をしながらも、男子寮の談話ホールに居た。
内容は簡単で、指揮合戦をすると決めたのだがそれに関してまだ話が一切進んでいなかったからだ。
外出していたら出来ない話だったが、全員筋肉痛や炎症で部屋の中でくたばっていたらしく、珍しく集合できた。
「え~、短時間で終わらせるから短期集中で参加して、終わったら──また、部屋で寝てくれ」
そんな俺の言葉に、返事は疎らで元気が無い。
当たり前だ、俺だって前進が辛い。
俺は身体を使ってナンボであり、そういった事を受け入れてきたので余り引きずらないが、俺以外はそうでは無い。
尊大なフリをしているアルバートですら意識があるのか無いのか微妙だし、ミナセやヒュウガも辛そうにしている。
グリムなんかもはや目を開けながら寝ているんじゃないかと思える状態でだ。
その中で一番辛そうなのはマルコ、なのだ、が……。
マルコの奴、休暇から帰ってきたら太って帰ってきやがった。
前はヒョロヒョロのガリガリだったのに、今じゃポッチャリ体型だ。
まあ、それに関しては今の所どうでもいい。
本人がやる気を一応見せているので、不参加にするのは可哀相である。
「まず、俺とアルバートが互いに交わした規則の説明。五名参加で、俺とアルバートは命令のみで直接戦闘行動には参加しない。つまり、俺のほうは今居るミナセとヒュウガ、マルコとカティアを率いてアルバートの部隊と戦う。これは問題ないな?」
俺がそう問うと「ヴぁ~……」と、ゾンビなのか生きる屍なのか分からない返事が来た。
まあ、返事があるだけ理解はあるのだろうとして話を進める。
「開催時期はまだ未定だけど、集めた面子と色々な事をして当日、相手の部隊を殲滅するか相手の首領を倒せば勝ち。近接戦闘、魔法戦闘のどちらも含む、実戦に限りなく近い訓練──と言う感じでやろうと思う」
「それについては、追々細かく話をしようではないか。今は……必要最小限のことを伝えて、解散しようではないか。きっと、難しい話も多い話も頭には入らぬ──」
「あ~、うん。そうしよう。俺の方はこの四人だけど、アルバートは大丈夫?」
「うむ。グリムの他にもあてが出来てな。五名は集まりそうだ」
休暇前は集まるかどうか不安だったが、どうやらメンバーは揃える事が出来そうみたいだ。
そのことに安心しながら、メモ帳を捲る。
「で、時期はどうする? 長すぎても多分皆が持たないだろうし、短いと訓練も出来ないだろうし」
「月が一つ巡るころで良いのでは無いか? 週を四つ跨ぐので縁起も良いし、神降祭にも間に合う」
「……神降祭?」
「年を十二に分け、十二度目の月の二十五日に神がこの世界に降り立ったことを祝う祭りだ。あ~、グリム。説明頼む」
「──頼まれた。二十五日に、神は嘆き悲しむ人々に力をお与えになられた。神がこの世に降り立った……人類再生の日として、祝う」
「ふ~ん……」
つまりは、クリスマスね。
違う点があるとすれば、神の子イエス・キリストの降誕祭ではなくなっていると言う所だろうか。
まあ、日付は同じでこの世界では人類再生の日と言うだけの話だ。
クリスマス、きっと誰も来ない~、一人きりの──
うっ、胸が苦しい……。
家族が居れば七面鳥仕込んで、灯りを消して蝋燭に火を灯して「一年有難う御座いました」ってやってたんだけどな。
前倒し休暇をしてしまったので、年末年始は二週間の休みしかないみたいだし、余り期待はできなさそうだ。
「あぁ、そうであったな。貴様はこういった事に疎いのであったな。その日にまたあの大きな建物で皆で祝宴をするのだ。その日には制服ではなく着飾ることが出来てな、夕刻から食べたり飲んだりして、日が沈むと音楽隊が来て踊る……。言い伝えでは、その日最初に踊った相手とは結ばれるとも言われているし、その日最後に踊った相手と結ばれるとも言われ──」
「──縁起が、い~」
はぁん、成る程なあ。
つまり、学校の大樹の下で告白すると上手くいく的なクッソ眉唾な伝承か伝説があるわけね。
……ん、十二月二十五? 四日後、冬コミじゃね?
やべぇ、アーニャと話しなきゃ……。
冬コミに連れてくとか言っちまったし、そこら変もまた面倒臭い事になりそうだなぁ……。
「また酒が飲めるのなら大歓迎だ。美味しい食べ物も出るんだろ?」
俺は想像しながら、北京ダックなどのようなチキンを想像する。
そう言えば、ここに来てケンタッキーのような物は久しく食べていない。
もし肉だけでも手に入るのなら、俺が自らこの間の冒険で入荷した香辛料などで味付けして、タップリじっくりと焼いてやると言うのに。
しかし、普段であれば酒万歳、美味しい飯万歳なアルバートでさえ俺の言葉に賛同してくれなかった。
直ぐに何か失態を、或いは失言をしたのだろうかと考え──カティアが直ぐに耳打ちする。
「ダンスですわ、ご主人様」
「あ~、あぁ……なるほど」
「ヤクモ。あまりこういいたくは無いが”大丈夫”か? 貴様、戦い気分が抜けてないのでは無いか?」
「──アル、それ、しつれ~」
「はいはい、悪かったですよ。けどな、そう言った催し物はお前らの物だろ? 俺には縁の無い話だ。幾らお前らと仲良くなろうとも、幾ら馴染もうとも学生じゃない俺がそんな話で浮かれたら”迷惑”だろ」
言ってから、俺は──失言をした事に気がついた。
気付くだろうか? 気付かれるだろうか?
そう思いながら様子を窺っていたが、言葉の意味を……真意を気づかれる事はなかったようだ。
「ふむ、そうだな。貴様が我が物顔をすると気に入らぬ輩も居るだろうしな。学生に向けて開かれている催し物で貴様が浮かれていては学園としても良い顔はするまい」
「そう言うこと」
……どうやら、良い意味で俺の発言の意味を受け取ってくれたようだ。
内心安堵しながら、少しだけ想像してみる。
ダンス? 誰と?
ミラノとアリアは有り得ないだろう、主人とその妹であり学生だ。
マーガレットは喜んでくれそうだが、俺は学生じゃない。
カティアなら踊ってくれそうだけれども、俺はタンゴ以外に関して踊りと言える踊りを知らない。
カティアがどのような踊りを披露してくれるのかは知らないが、俺は『あわせる』とか『迎合する』と言う手法に慣れてしまっているので多分難しいだろう。
「──ま、飲み食いをして、俺は皆が晴れ舞台で踊ってるのを、眺めてる事にするよ。主役はお前達だ、俺じゃない。精々悔しがらせてくれよ? 俺には手に入らない世界と、手に入らない舞台を見せ付けてさ」
……ダメだ、腐ってるのかな。
悪態をつきまくっていて、上手く自分が制御できていない。
いや──違うな、アイアスとかと関わったせいで軽口を言うようになってるだけか?
ただ、目の前の連中は別に仲間として一緒に戦ったわけじゃない。
俺が矛盾しているだけなのだろう、学生のような見た目をしながらも──やっている事は英霊や兵士に近いから。
学生でもない、かといって英霊に近い働きをしていても英霊でもない。
……中途半端だな、俺は。
「アルバート、勝負所じゃね?」
「あ、うむ。分かってはいるが──」
「ヤクモ。それで、い~の?」
「良いのも何も、アルバートと俺がしていた約束や話しってそう言うものだったろうが」
アルバートは、ミラノが好きである。
今となっては、かつてミラノを名乗っていたアリアのことなのか、それとも今のミラノのことなのかすら分からないが……。
俺には、それを止める権利など無い。
話を戻すとつげ、メモ帳を叩く。
すると二人は意識を切り替え、再び話に戻る。
「一応、俺としては装備や持ち物は固定したくないと思ってる」
「そうすると、どうなる?」
「臨機応変、作戦に幅を持たせて色々考えたり、負担を増やす事で幾らか出来ることが増やせるだろうなと思ってる。それもまた指揮するものとして取り入れたいなと思って」
「であれば、行動も取り入れねばなるまい? ただ持ち物を増やすだけなら、そんなものは増やした方が有利になると思えるでな」
「なら、闘技場から遠くはなれた場所で全員集合して、闘技場までの移動を含めるとか? そうすれば物を増やせば移動で負担が増える。ならその兼ね合いで何処まで負担を増やして良いかの見極めをするのも、指揮官の立派な努めじゃないか?」
「成る程な。では闘技場の位置から大よそ反対側から、壁沿いに歩いて闘技場に入る、と言うので良いな? 短くは無い距離だ、考え無しなら潰れる」
「ん、了解」
ガリガリと幾らか書き足し、とりあえずはこんな物かと話を纏めた。
まあ、これも想定の範囲内って奴だ。
むしろ、アルバートが言い出さなければ俺が言い出していた事だが。
「では、そのようにしよう。では、我は残りの一人をどうするか探ってみる。また、──くぅっ──後日だ」
「また、ね」
「うい、お疲れ」
アルバートとグリムは去って行き、後に残されるのは俺とカティア、ヒュウガとミナセ、そしてマルコである。
ここで、俺の部隊の相談になるのだが──。
「この中で、授業が終わってから一刻から一刻半ほど、五日間を前日まで差し出すのが嫌って人」
俺は、速攻で叩き付けた。
月曜日から金曜日までの五日間、授業後の三時間を寄越せと言ったのだ。
俺以外の全員が、その発言に驚いていた。
「い、一刻半……?」
「それくらい、何かをやると言う事かな?」
「やろうと思ってるのは全員の能力を俺が把握する事、そこから不足している点と優れている面を含めた全面の底上げと強化を図りつつ、連携──みんなの繋がりを強めたいと思う。個の強さじゃなくてね」
多分、そこは余り意識していなかった事なのだろう。
皆が黙っているのを見て、俺はそれこそ溜息を吐きそうになった。
「個の強さなんて物は、本当はそんな物に頼らない方が良いんだ。だから、アルバートは多分それなりに強い連中を集めて、それなりに固めながら──自分達の持ち味を殺しながら戦う事になると思う。こっちは逆に、連携をしながら個を活かす」
「なあ、僕には……そのどちらも、相容れないと思うんだけど、上手く行くのか?」
「上手く行くんじゃなくて、いかせる為に──俺もやるんだよ。参加する連中に怒鳴るんじゃなくて、俺も一緒に同じ事をしながら若干手探りになるけど、やる。そこは約束する」
「──ふん」
マルコは不承不承と言うか、認めたくは無いがそうするしかないと理解はしたようだ。
ただこのままでは宙ぶらりんになるだろうから、簡単な話はする。
「で、俺が知りたいのはそれぞれの魔法能力と、身体能力、それと魔法を使った場合の運動能力の三つなんだ。ヒュウガとミナセは近接戦闘になるだろうけど、ヒュウガは最近魔法が使えるようになってきたというのもあるし、そう言うのを込みで変化を知っておきたいのもある。んで、それらを知ったら、今度は──悪いけど、訓練をする。さっき言った『物を持ち込む』って事は、こう言う事をしたいってのもあってさ」
俺は、幾らかの考えを述べる。
それらを聞いて、反応は様々だったが──決して好意的ではなかった事を理解する。
当たり前だ、俺がやろうとしている事は「お前ら、こう言う事も出来るよな?」と言う、貴族らしさや特別階級らしさを全力で殺しにかかっている物だ。
長けたもののみによって勝敗を決するのではなく、出来る事や劣る事柄を幾らか伸ばしてそれが突き刺さるだろうと言う汎用性への特化だった。
「馬鹿げている!」
「なら良いや、お疲れさん。帰っていいよ」
「なっ!?」
「少なくとも、俺は何故そうするかの理由などを提示して、その上で──三人は納得してくれた。けど、納得できない、やりたく無いと言うのなら無理強いはしない。帰って、どうぞ」
そう言って、俺は不満と不理解を示すマルコに、部屋に戻って良いよと告げた。
そもそもマルコに関しては俺が声をかけた訳でもないし、俺としては──穴が生まれるけれどもマルコじゃなきゃいけない理由も拘りもない。
ミナセとヒュウガを説得できるかどうかが大きかっただけに、それが通ってしまったのでどうでも良かった。
「僕が居なくなれば、四人になるぞ!」
「で? 四人だから勝てませんでしたなんて言い訳はしない。四人でもやれる事をやる、それだけの話だ」
「僕を、除け者にするなんて──」
「そもそも、さ。そっちが自分から食いついて来たんだろうが。なのに自分が気に入らないからって俺のやろうとしている事を否定してるのは、筋が通らないだろ。食事をして、口に合わなかったから料金を払わないと言ってるようなもんだ」
「僕は──」
「家が何であっても、関係ない。ここに居る連中は、家は立派であってもただの学生に過ぎない。傷つけば痛いだろうし血が流れる、疲れもするし、弱音を吐いたり悩んだりもするし、死ねば物言わぬ肉塊になるだけだ。お前も、あの日見送っただろうがよ」
そう言って、俺は魔物のによる襲撃事件が終わった後の、学園の光景を思い出す。
被害を受けた、犠牲者となった生徒達がその命を失った、失ってないに関わらず学園には居た。
そして物言わぬ骸となった生徒の中に、俺も一度は混じっていたのだ。
聖職者が来て、亡くなった生徒達を見送り、出棺されていく……。
俺はその一人ですら、名前も知らず、どのような人物なのかすら分からない。
「実戦を想定した、と言ったよな? つまり、この延長線上にあの時の無力さが乗っかってるはずだ。なら、無意味だなんて事は一切無い。家に帰れば沢山の兵士が守ってくれるかもしれないが、学園に居る以上は最低限自分が何を出来て、何が出来なくて、他人と一緒になった時に何を提供し、何を求めれば生き残る事が出来るか──そういった事を学ぶ事は、俺は絶対に無駄だとは思わない」
「──……、」
「あの時の怖さが染み付いていて戦うのが嫌だとか、思い出しちゃうからやりたく無いと言うのならそれはそれで尊重する。だって、俺だって痛いのも怖いのは嫌だし、出来れば戦いそのものは出来るのなら避けたいし、避け続けたい。美味しい物食べて、美味しい酒を飲んで、ミラノにだらしが無いって怒られながら謝って、何事もない日常がずっと続けば──たぶん、それが一番だとは思ってる」
「なら……」
「けどさ、俺たちが平和を愛して怠惰で自堕落な日常を送りたいと願っていたとしても、それを破壊する奴らはそんな事は関係ないんだよ。俺たちが平和を手放さなくても、俺たちに武器を向け命すら奪っていく連中は平和を手放している。喩え家の部屋に篭って一切の抵抗の手段を手放そうとも、此方を蹂躙する心積もりの連中はその力と言う力を蓄えてやって来る。なら、備えよ常に──。せめて死ぬにしても、出来ることをやって、やれる事をやった上で『そっか』と、受け入れて死ねるようにしないと……死んでも死にきれないだろ」
もっと勉強をしていれば俺に出来る事があったかもしれない、もっと訓練をしていたら俺でも対処できたかも知れない。
もっと体力が有れば、息切れせずに戦い続けられたかも知れない。
もっと強さがあれば、誰かを守れたかもしれない。
そんな後悔が、沢山渦巻いただろう。
俺がもっと強ければ、あの時死なずに──悲しませる必要がなかったんだ。
俺がもっと魔法に長けていれば、ヘラを使い魔にせずに魔力を与えられたんだ。
そう言った後悔だらけで、死にたくなってしまう。
出来ることがわからず、出来なかった事だらけが気になってしまうから、余計に。
俺の言葉を聞いていたマルコは言葉を失ったが、最終的に不満気ながらも残る事を選んだ。
少しばかりふくよかな脂肪を揺らしながら椅子に座ると、鼻を鳴らす。
「大言壮語をはいたんだ。それに見合う事を……僕を見棄てたら承知しないぞ」
「やる気があって、ついていこうとする奴を見棄てはしない。それだけは誓う」
「何に誓うんだ? 平民が──」
「俺の居た部隊と、部隊に居た皆と、俺が救ってきた皆と、そんな人達が信じてくれている組織に誓う。No one get's behind……誰も、見棄てはしない」
俺がそう言うと、ようやく場は纏まったかのように思えた。
或いは、そう錯覚しているだけなのかも知れない。
とりあえず午前は休んで、午後にそれぞれの得意とする事を確認したいと告げてその場は解散する事にした。
日曜日に、不得意な事を含めて総合的な事を確認する──そして、その上で夕方までに訓練内容を告げて、それでやっていこうと決めたのだ。
午後に、闘技場にアイアスとロビン、タケルが同伴するという事で場を借りる事ができたので、三名を遠巻きに俺たちは舞台に上がる。
「ミナセは、格闘。ヒュウガは刀剣、マルコは魔法。最初は空動作で好きに全力でやってくれ。んで、二人は最後に俺に打ち込み。マルコは自分の扱える魔法系統全ての属性とその複合魔法、その行使可能な大まかな回数やどういった事ができるか申告して、最後に俺に向けて打ち込んでくれ」
「えっと……いいかな? ヤクモ」
「いいよ?」
「一対一で、だよね? 本気で、良いんだよね?」
「あ~、俺は身体能力を上げて出来るだけ受け流したりいなしたり回避したりするから、そこらへんは心配しなくていいよ。魔法に関しても、あの英霊様とやりあって訓練してきたんだ、遠慮なくやってくれて構わない」
「英霊と手合わせしてきたとかサラリと言ってるけど、凄い事をしてるって分かってるのかな? ヤクモは」
「それでも手加減されてるよ。本気で来られたら、一瞬で死んでると確信できるくらいに自分が不甲斐無いのも理解してる。さて、始めようか」
そう言って、俺はタケル、ミナセ、マルコと言う順番でそれぞれの相手をし、最後にカティアの相手をする事にした。
カティアに関してはアルバートですら水平に数メートル蹴り飛ばすような身体能力を持っているので、下手するとこの中で一番強いだろうと思ったからだ。
戦闘訓練用に作られた模擬の得物をそれぞれに手にし、ヒュウガと対面するが──。
「得物は……刀剣、両方か」
「まだ、選びきれてなくてね。その見極めも兼ねて、一応ね」
「やりたい事は全て試したらいいよ。そうやった先でしか分からない事だって、沢山有るだろうし」
「じゃ、お願いします」
「──お願いします」
例をして、ヒュウガは一度構えた。
しかし、それを意図的に崩すと何を思ったのか歩み寄ってくる。
俺はそれを警戒しながらも待ち構え、ヒュウガが居合いの間合いギリギリにまで寄って来たのを感じた。
何をするのだろうかと見ていると、不意に──俺はタケルが目の前に立っているかのような錯覚を覚えた。
英霊タケル、刀の使い手でありその太刀筋は見切れない。
彼が刀を抜いた時には、まるで因果関係が逆転したかのように既に相手を切り刻んだ後である。
最多で八度、十六もの破片に相手を切り分けてしまうのだが、早すぎる上にその切り口すら分からないようになっている。
アレを見せてもらった時と同じような恐怖が、俺を襲った。
ただ違う一点があるとすれば、タケルの澄み切った表情とは違い──無感情や無表情、無意識と言うほどまでに”何も感じさせない表情”になっている所だ。
ふと、首が気になってしまった。
何気なく、自然な動作でゆっくりと手を動かす。
すると渇いた音が響いて、みれば俺の手にしている木剣とヒュウガの刀がぶつかり合っていた。
「あ、クソ!」
「──……、」
なあ、こいつらがオチコボレって嘘だろ?
少なくとも、アルバートとほぼ変わらない戦闘能力あるんじゃね?
まあ、待ち構えるか相手を切り捨てる猶予を得られるかが問題だろうが、それでも機会さえあれば一人は確実にダウンさせられる。
嫌な静寂が”五月蝿くて”、俺は思考を切り捨てた。
直ぐに刀と腕を掴み、一本背負いの要領でヒュウガを転がす。
仰向けに倒れたヒュウガだったが、俺が何かを言うよりも先に受身と追撃回避用の反撃をしながら体勢を立て直す。
それをみて俺は余計に、魔法が絡まなければアルバートと良い勝負をするのでは無いかと思えた。
ヒュウガとの手合わせは三十分ほど続いたが、その中での俺の評価は概ね良好と言えるくらいには好評だった。
理由として、機微に聡く、虚を狙ったり、逆に虚を作り出すなどをして此方の動きや行動を誘導したりと、それなりに高度な事をしていたからだ。
それと、虚実入り混じった行動が多く、武器を『手段の一つ』としか見ていない事も好感が得られた。
武器に依存するわけでもなく、かといって軽視するわけでもない。
ただ、残念ながら俺の身体能力が彼らと同じ”並”であったら「ひぃひぃ、ちょっと休憩……」と言っていたかも知れない。
それくらいには、白熱した。
さて、対するミナセだが──。
「よっ、宜しくお願いします!」
「宜しくお願いします」
ガチガチに緊張していて、こりゃ上手くやれないのでは無いかなぁと──そんな危惧すらあった。
だが、それも良い意味で裏切られた。
「せぃやぁーっ!!!」
ボ! という、何その音? と思わず訊ねたくなるような音を立て、ミナセが拳を真っ直ぐに突き出してきた。
それを何気なく剣で防御してみようかなと思ったら、木剣が打撃点から破砕され木っ端を沢山散らかしていった。
砕け散る木っ端が飛んで来るのと、剣で止められるだろうと軽んじた俺に向けて止まる事の無い拳が突き抜けてくる。
それを見て、俺はガラクタを手放し即座にミナセの服を掴みその場に背中から転がる。
巴投げ、自衛隊でやるかは分からないが柔道で学んだ技だ。
相手が前のめりで崩れた姿勢であり、上半身を引き寄せてさらに崩す。
足で下半身を支えつつ放り投げるとミナセが「いたぁ!?」と悲鳴を上げる。
俺は直ぐに立ち上がり、先ほど手放した木剣だったガラクタを見るが……。
……うん、ヤバイだろ。
前にアルバートに対して「魔法を使わない素の身体能力鍛えな」とは言ったけど、多分鍛えてなかったらミナセを苛める事も出来なくなるんじゃないか?
とまあ、ミナセは今の所荒削りな護身術とは言え、帰省で十分虐められてきたようであった。
筋肉質には到底見えず、何処からそんな力を出したのかを問いたかった。
だが、訊ねた所プルプルと震え出したので、よっぽど思い出したくない事だったのだろう。
ヒュウガの時に比べると十分は短かったが、それでも力加減や使い方を覚えれば長くなるだろうと踏んだ。
そして、マルコだが──。
彼に関しては、特筆する事は無いと思う。
言ってしまえば、ミラノやアリアという身近な天才、マリーやヘラと言う英霊の凄さを見てきてしまっている。
その上、ヒュウガとミナセからそれぞれに驚かされてしまったので若干流す感じになってしまった。
「天より降り注ぐ雷よ、神の怒りを代弁せしその力を持って眼前の敵を穿て──」
長いし、だるい。
マリーがミラノを散々に罵倒し、侮蔑と嘲笑を向けた意味が今になって理解できる。
俺は飛んで来る雷撃にあわせて「バーリヤ」と子供の遊びのような気の抜けた事を言いながら、手でペシリと雷撃を叩いて地面に落とす。
雷と言えば水属性と風属性の複合で行使される魔法なので、別に無能と言うわけでは無いのだろうが……。
「はぁ、はぁ……」
詠唱を沢山し、早口で間を縮めようとし、俺が防御すればするほどにムキになる。
その結果、マルコは酸欠を発症させ、汗を流しながら息を整えていた。
「限界ならもういいぞ~」
「だっ、れがぁっ!!!」
マルコはそう言って、杖を振るい、詠唱をして幾つもの魔法を叩きつけてくるが──。
そのどれもが、詠唱の時点で大よその属性や系統が判断出来てしまい、さらには詠唱と言う最大のデメリットを抱えているが為に大味で単発にしかならない。
最終的に、マルコが吐き気を催したので強制的に止める事にした。
「マルコ、とりあえず落ち着け。やる気を見せてくれるのも、負けん気を見せるのも良いけど、それで今倒れても意味が無い。ほら、水を──」
「施し、なんか──っ!」
「施し? お前は、自分が哀れで見っとも無いから同情や憐憫でこんな事言ってると思ってるのか? それは流石に馬鹿にしすぎじゃね? 何なら”休め”ってのと”水を飲んで大人しくしてろ”って命令口調で言われた方が落ち着くか?」
マルコは大人しく、汗をべた付かせながらも俺を睨んでいた。
だが、俺から水筒を奪うように取ると、中の水を黙って飲む。
……マルコに関しては、多分悪くは無いのだろう。
ただ、まだ情報が足りないので、思い込みでアレをやれコレをやれと言うのは難しかった。
「さ、メインディッシュね」
「メインディッシュ、メインディッシュなぁ……」
マルコの面倒を見ていると、カティアは既にやる気満々だと言わんばかりに舞台に立っていた。
彼女は今か今かと待ちわびていたようで、既にクリスマスプレゼントを前に表情を眩しく輝かせている子供と同じような状態だ。
「さ、ご主人様。私の全力、受けていただけるかしら」
「何でそんなに楽しそうなんだ……」
「だって、ご主人様ったら私には余り多くを命じてくれないんだもの。自分なりに色々と考えてみたけれども、それが何処まで通用するのかを考えると、楽しくならないかしら?」
「──楽しいな」
「でしょう?」
さて、どうなる事やら。
そう思って俺は立会いの位置にまで到達し、足元のブロックを確認して顔を上げる。
準備は良いか? 始めようか?
そう言った言葉が出るよりも先に、カティアのフリルやスカート──そしてそこから生えるようにのびている足が俺の頭を刈り取りに来て、姿勢を幾らか崩しながらも回避した。
「やぁっ!」
彼女は着地すると、魔力で作った球体で俺の崩れた姿勢を決定的に崩そうと足元を狙ってくる。
それを俺はあえて体勢を維持せず、両足を地から離し空中で反転しながらうつ伏せに地面へと落ちる事を選んだ。
足があった位置に足払いのための魔力の球体が通過し、その後で俺の身体がうつ伏せに落下する。
だが、直ぐに彼女はムーンサルト・キックで俺の倒れている場所へと追撃をして来る。
横に転がって逃れるが、着地をした彼女はそのまま回転して軽やかな踊りのように蹴りを出してくるが、防ぐように出した手を無視して頭へとダメージを与えてきた。
……アルバートが恐れるのも分かるくらいに、その威力は強い。
まるで勢い良く地面へと放り出されたように地面を何度か転がり、それでも何とか四肢を張ってうつ伏せながらも回転を止める。
そして直ぐに僅かな余力で横へと飛び、横回り受身で何とか再び立ち上がる事ができたが──。
頬を何かが霞め、ドロリと温かい物が頬を滴り落ちる。
手の甲で拭ってみると、それが血だと分かり、彼女もまた何かを投げたような状態で自らの成した事だと示威行為をしていた。
「どうかしら? 少なくとも、以前よりは大分磨きをかけてきましたわ」
「──なるほど、三日会わざればって訳か」
「私だって、色々出来るように頑張ってるんだから──」
だからお願いと、彼女は口にする事はなかった。
けれどもその行動や努力の意味が分からないと言う、鈍感なフリは流石にできない。
なぜなら、彼女は自分の時間と労力を費やしてそうしてくれた。
俺が言わずとも、成長してくれた。
そこには純粋な想いや願いがあるだろうに、それを無視するのは憚られた。
かつて彼女は走って倒れた事がある、その結果悔しがっていたと聞かされた事もある。
俺はどう足掻いたって前線歩兵の思考が切り離せず、であれば彼女には体力の必要な前線戦闘的な事はさせず、ミラノ達のように魔法で長けてくれればそれで良かった。
そう、良かったのだが──。
「これじゃ、戦うなってのは難しい話だよな」
「っ!」
「まあ、けど……不意打ち、連続攻撃、崩し──。それだけじゃ敵わない物があるって事を、教えてやんよぉ!!!」
自分の使い魔相手に、何を白熱してるんだろうと俺は思った。
しかしだ──俺は多分、諦めたんだと思う。
使い魔が人である事で、しかも女の子である事で共に歩むと言うよりは、大事なお姫様のようになってしまった。
俺と同じように多少のチート能力を持ってるとは言え、数週で倒れてしまった彼女に”一緒に頑張る”という光景を見出さなくなってしまった。
けれども、彼女は諦めなかった。
そして今日、頑張っている。
魔力で打撃を行い、時にはナイフのようにして此方を攻撃してくる。
俺と同じように詠唱もキーワードも有せずに、ただの動作で炎のカーテンを降らし、氷刃の舞う暴風を生じさせ、視界を奪うように目の前で光を炸裂させる。
しかし、俺はそう言った小細工を水を纏わせて効果を低減し、氷刃に対して魔力防御で無理矢理堪え、視界を奪うような光に対して縮小し炸裂する予兆から未然に防ぐ。
近接戦闘を挑まれ、彼女の方が俺より素早くとも鈍重な戦車のように彼女の攻撃を重々しく受け止めていく。
回避は困難であるならば、最初から回避しなければ良いのだ。
そして彼女が大きな動作で攻撃してきたのを、半歩ずらしで受け止める。
楽しい時間だったと、俺は笑みを浮かべてただこう漏らす。
「Hey Rook. How do you like me now?《おい新兵、楽しかったな?》」
彼女の膝蹴りは鳩尾に当ろうが、顎下に当ろうが喰らえばそれで俺はのびていたと思う。
そう言う意味では、彼女の実力を認めざるを得なかった。
だがあえて言える、この中で一番『非力だ』と。
ヒュウガは一番この中で戦闘向きだろうが、まだ原石に近い。
ミナセは荒削りではあるが純粋な力と言うものであればカティアと並ぶだろう。
マルコは詠唱をしまくる事で時間を食うが、それでも負けん気だけで言えば優れている。
カティアは……一度挫折した、頑張らなきゃいけないと言う事を知った。
だが、今度は”人の欲”と言う奴を知らなさ過ぎる。
騙す、自分の得意な分野に相手を引きずりこむ、勝負せざるを得ない状況を作る。
わざと傷を受ける、不利を演じる、相手が勝負時と思って食いついたと思ったら餌は自分だったと言う状況に持っていく。
攻めの人間では無い俺は、そう言った守勢にどうしてもなってしまう。
けれども、守勢と言うのは常に受身であると言うことではない。
カウンターも、守勢でありながら攻撃の効果を持つ一手である。
カティアは飛び膝蹴りを放っており、そこからの回避行動も別行動も不可能である。
対する俺はそれを半歩ずれて、あえて受け止めた。
ただし──攻撃の最大効果を発揮する膝は、かわして。
一瞬、顔面を掴みかけた手で彼女の肩を掴み、彼女の攻撃の勢いを受けながらも彼女への負担へと変える。
防御であれば俺に”着地”して、蹴るようにして連続攻撃や回避ができた。
けれども、俺はそれをさせなかった。
俺の言葉を聞いたカティアが、数秒送れて”ダンスパーティーの終焉”を理解する。
次の瞬間、俺は彼女を──抱き抱えるようにしてしゃがみ込む。
「あぶね……」
本来であれば顔面を掴んでそのまま地面に叩きつける、それを取りやめて肩を掴み背中から叩きつけようとした。
だが、そのどちらでも痛み慣れしてないであろう彼女には大打撃になりかねなかった。
ミナセやヒュウガは受身を知っているので、変に手足を付いて大惨事だけは免れてくれる。
しかし、カティアにはそれを教えていない以上──背中から叩きつけても、反動で頭を地面にぶつけかねなかったのだ。
だから、自身の型が「コキ」と嫌な音を立てたが、それでも彼女を守る事を優先した。
彼女の為に? いや、自分の為にだ。
カティアはもがき、足掻き、暴れた。
しかし、状況を理解すると抵抗を止め、大人しくなる。
俺は彼女が落ち着いたのを確認すると、ゆっくりと解放した。
「よくもまあ、ここまで立派になって……」
「──ご主人様が悪いんだからね? 私を使い魔として、飼い主としてちゃんと振舞わないから」
「ただ……軽んじてたのは謝る。本当は、こう──もうちょっと、大人しいと思ってたから」
「元気な娘は嫌い?」
「いんや、嫌いでは……ないかな──っと」
俺は立ち上がり、それから頭をかいて周囲の状況を見やる。
舞台自体は特別な物で作られているらしく、ちょっとやそっとの魔法では傷つかないと言われていた。
じっさい、カティアが様々な魔法を行使したが焦げ目や傷跡は付いていない。
それらを確認しながら、舞台から降りて三人の元へと向かう。
カティアも一歩遅れて後をついてきて、一通りの状況が終わった事を伝える。
「とりあえず、それぞれの得意分野を──ふぅ──見せてもらった。その上で、俺は誰か一人に頼ったり、或いは誰かを蔑ろにしてお飾りにするつもりは無いから。ただ、逆を言えば不得手であっても頑張って貰う事はあるし、そこに関しては相談や対話をして可否を決めたりもする。押し付けるような真似だけはしないから、意思表示だけはハッキリして欲しい。大丈夫かな?」
「ふへぇ……カティアちゃん、凄いや。踊ってるみたいに見えたけど、ヤクモに似て凄いんだねぇ……」
「感心してないで少しは見習わないと。どこが自分に真似出来そうか、何をされたら嫌なのかを考えながら見てた?」
「う゛っ……分かってるよ、タケル。ただ、凄いなって言っただけで──」
「ちょっと変則的だっただろうけど、カティアはどっちかで優れてるって訳じゃなくて、補うように魔法と戦いを織り交ぜて使ってるってだけだから。それでも、魔法を使わずに戦った二人と、魔法のみで戦ったマルコは、自分が今回行使しなかった物を織り交ぜるとここまで強くなると分かったと思う」
マルコは、沈黙したままだった。
何かを言おうとはしている、だが何か言うと追求された時に勝てない事を悟っているのかも知れない。
ただしと、俺は付け加える。
「二人がカティアみたいに魔法を扱えるようになれとは言わないし、マルコにも二人やカティアみたいな身のこなしと戦いを出来るようになれとも言わない。出来ない事は出来ない、出来ない物も出来ない。それは認める必要がある。けど、例えばマルコが相手に接近された時に一瞬だけ自分の能力を強化して相手の攻撃を回避出来たのなら、それだけでも意味があるし、二人も魔法が下手だと思われてるからこその不意打ちのように一発でも魔法を行使できればそれだけでも得がたい一瞬──僅かな隙を得られる。こっちもあっちも五人で、実質行動できるのは四人だけど、人数が増えればそうやって個人で出来ることを増やして、相手を崩し、こっちが逃れる術を増やせばそれだけ生き延びられるし、助けてもらえる。まあ、そんな感じ」
長く語り、しまいには恥ずかしくなったので誤魔化す。
自分がうまく喋れているだろうか? 論理破綻して無いだろうか?
話の流れは一貫しているだろうか? 伝える事が出来ているだろうか?
四名とは言え他人は他人だ。
他人の前で自分の考えを、ひいては自分を曝け出す事をして気にならない訳が無い。
ボリボリと、落ち着かない事から身体の痒みを感じて搔き出すと、カティアが背中を撫でてくれた。
優しい。
「それで、僕らはどうすれば良い? お前の言う、お前の思うような存在になるには、何をすればいいんだ」
マルコは不機嫌さを隠そうともせずにそう訊ねてきた。
俺はそれに対して何かを言うつもりは無く、むしろ──笑った。
「やる気を見せてくれたようで何よりだ。そこで、俺は一つだけお前らに問いたい。コレってアルバートと俺の勝負だと思ってる奴、素直に手を上げろ──」
そう言うと、全員が手を上げた。
俺は下ろしていいと言って、話を続ける。
「まあ、そうだな。表向きは、そうだ。けど、覚えてる奴はいるか? 俺がアルバートと戦った時、俺は何を持っていなくて、何を得たか」
「アルバート……様、との、関係じゃないのか?」
「それは付随品で、あの戦いでの収穫じゃない。──ミナセとヒュウガは、オチコボレって言われてるんだろ? そんな奴が勝てば、どうなる?」
「そりゃあ、凄いだろう……な」
「じゃあ、その戦いぶりや戦闘結果が立派だったらどうなる?」
「──見直、される?」
「そう、その通り。負けても特に失う物は無い、勝てば二人は魔法の使えないオチコボレからの評価が覆されるし、マルコだって爵位が何であれ魔法一辺倒だと思った奴が土壇場で華麗に回避し、或いは敵を押さえつけたらどう思われる? 皆からの評価が高くなる。そう、俺はミラノに召喚された時は何も持たない、記憶の無い上に常識知らずな使い魔でしかなかった。しかし? アルバートが一方的に俺をボコる筈だったあの時、俺は連中を逆に打ち破った。横槍が入ったとは言えアルバートにもほぼ勝っていたと言って良い」
つまり、あの時俺は学園で強いとされたアルバートを単独でほぼ打ち破った。
その事で「庶民とか、ワロ」という最低な評価から「庶民の癖に魔法使い、貴族に勝ちそうだった?」という物へと変わっているのだ。
それだけでもゴミから人へと、一方的に虐げらる事が出来る相手から、下手に手出しをしてはいけ無いと言う認識を植えつけられた。
「そう、特別になれなくて良い。ただ他の連中より少しだけ多く動けて、少しだけ多く気付けて、少しだけ多く仲間同士で連携して助け合って、少しだけ多く相手の弱点をつけるようになれるだけで……魔法だけ、或いは武芸だけに頼っている連中に勝てるようになる。ミナセ、お前は魔法が不得手だから軽んじられただろうけど、何も皆みたいに放てなくていい。一瞬一瞬だけでもいいから、攻撃や防御と言った局面的な使い方に優れればアルバートにだって負けない。マルコも、何も皆のように運動が出来ろとは言わない。けれども思い出せ、魔物が街を蹂躙した時に──ミラノやグリムでさえ魔法を行使すれば魔物がこちらの存在に気付いて殺到しただろう事を。ド派手に敵を倒す必要なんか無い、あの時で言えば死にさえしなければ傍に居た奴が自分を救ってくれる可能性が作れる、それだけで勝ちなんだ」
それは、相手に向けた物か──或いは、自分に向けた物だろうか。
ただ、俺の言葉は上手く届いたようで、或いは説得か鼓舞くらいは出来たようだ。
ミナセとマルコと言うそれぞれの難しい相手を説得でき、俺は幾らか安堵した。
「勝てば、誰もお前らを馬鹿にはしなくなる。何なら、一目置くようになる。だって、お前ら忘れたか? あの時ミラノやアルバートを救い、魔物の群れの中突破してきたのが誰なのかってのを」
「そうか……そうだな!」
出来ればこんな卑怯で無責任で、思いあがりで、尊大な物言いはしたくなかった。
けれども、時には泥を被ってでも良い方向へ進まなければならないのだ。
なら、別に思いあがりや尊大な物言いをしたって構わないだろう。
それで皆が勇気付けられ、やる気を見せ、信じられると言うのなら。
「けどさ、ヤクモ。具体的には何をするんだい? 一刻半、ずっと決まった事をやるのかな?」
「いや、一刻半を二分割してそれぞれに肉体的な強化と、魔法の強化。それに勉強もやりたいと思ってる。んで、こう言う物を用意してるんだけど──」
「これ? ご主人様」
そう言って、カティアは俺が休暇中に作らせた背嚢を取り出した。
ピッタリ二十Kgの物で、重量としてはそこまで重くは無い。
それをみんなの目の前に置くと、俺は色々と説明する。
それを聞いて笑ったのはヒュウガだけであり、先ほどまで鼓舞され慰撫されたはずの二人は溜息をついたり難色を示したりした。
「因みに、お前らはそれだけど俺はコレだから」
カティアとは別に、俺が個人で作った背嚢をストレージから出して目の前に置いた。
六十Kgの背嚢、実に三倍の重さであり、下手な成人男性程度の重さはある。
ヒュウガが持ち上げようとして、口笛を吹いた。
「コレは……」
「楽をしてるとか思われたくないので、俺はコレと他に装備も身に付けてやる。最初はカティアの出してくれた荷物の半分を背負って、ただひたすらに行きで歩きにくい中歩く。ただし、全員身体能力の向上を維持してもらう。一週目は半分、二週目でその荷物、三週目は様子を見つつ、最後の週では俺の背負ってる半分の重量を全員が背負って、練り歩けるようにする。これで単純な身体能力と魔力の強化の下積みにはなる。で──」
俺は説得する為に熱弁を振るい、時には餌をぶら下げ、時には過去の悲惨な出来事を持ち出して話を進める。
最終的にはなんとか納得してもらい、その日は解散となった。
「うっす坊、お疲れさん」
そして闘技場から皆が去ったのを確認してから、俺はアイアスたちに近づいた。
ロビンやタケルも見ていて、気がつけばマリーとヘラも見学に加わっていた。
「なんだ、みんなして見てたのか」
「どうも、ご機嫌麗しゅう」
「ん、猫娘もお疲れ。傍から聞いていたが、本当に汚い奴だな」
「汚いって何が?」
「危機感をあおる、功績欲を呷る、承認欲を煽る──。人の心を揺さぶって、相手がやる気になるように仕向けるのが汚えって言ってんだよ。詐欺師か?」
「いや、別に汚くは無いし……」
俺も散々自衛隊でやられてきた手だし、それを使ってやる気を引っ張り出すと言うのは一種の手段でもある。
週末だから頑張れ、お前の前に居る奴を抜けば最下層じゃなくなる、後一点で特級……。
何でも言われたし、聞いて来た。
なら、それを俺がやれば良いだけの話だし、それでやる気を引き出した上で成果を相手が認めれば後は転がり落ちるしかない。
信用や信頼で相手にやらせる、その結果を担保に時間と労力を引き出す、そして出てきた結果で相手は言い逃れできなくし──或いは勝手に転げ落ちて嵌って行くのを待てば良い。
一歩踏み出せた? なら二歩目も踏み出せるはずだ。
十Kgの背嚢を背負って歩けた? なら二十Kgの背嚢でも歩けるはずだ。
昨日は出来なかったけど、今日は出来るようになった。
なら続けてやれば、もうちょっと高い所にいけるかもしれない。
そう思わせ、錯覚させ、或いは誤解させてやる。
最初は騙していてもいいのだ、ただ出てきた結果や成果が正当であれば騙していたと言う事は『嘘をついていた』と言う事にはならない。
後から、幾らでも言い訳できるのだから。
「俺が英雄? 無ぇわ。俺は嘘吐きで、詐欺師で、人を騙して生きてるんだぜ?結果として誰かが救われてる、その結果が俺の嘘を嘘じゃなくしてるだけなんだよ」
そう言って、俺は笑みを浮かべた。
自虐的とも、或いはこれからが楽しみとでもいえるような笑みを。
その場に居た誰もが何も言わず、俺はさっさとその場を去った。
そう、英雄なんかじゃない。
ただの偶然で、チートで、まぐれで英雄と呼ばれるようになった……ただの、嘘吐きだ。
大丈夫だと言いながらくたばって誰かを泣かせた。
許さないと言ってヘラに無理矢理生き長らえさせた。
これからも俺は嘘をつくし、これまでだってついている。
そして、いつかは破綻するのだろう。
──助けてくれるんじゃなかったのかよ!──
今はそんな事を考えている場合じゃない、すぐにでも部屋に戻って全員でやる訓練内容を考えていかなければならない。
俺が後で恨まれようが、刺されようがそれは未来での話だ。
アルバート達に勝って、俺の考えが間違いじゃないと──正しいと叩き込む。
それを生徒達が受け入れ、自分や自分の家の兵士達に普及させていけば良い。
英霊と言う雲の上ではなく、生徒同士のやり取りで「ここまで変われる」と思われたなら、それだけで大きく変わるはずだ。
特別じゃないから出来ない、才能が無いから出来ない。
英霊だから出来るんだろ、俺たちはそうじゃないという変な考えを取っ払う。
そうすれば傍から見ていて貯まりつつある不満を解消できるだろう。
英霊のようにならなくて良い、ただ自分に何が出来るのかを考えられるようになれば良い。
そうするだけでアイアスたちの負担は減るだろうし、マリーの教える魔法についても吸収出来る筈だ。
少なくとも……しきたりだ、歴史だ、風靡だと訳の分からない事を並べて魔法を新たに学ぶ事を拒否する奴は居なくなるはずだ。
ヴィスコンティの生徒の多くは、そう言ったものに囚われ過ぎていた。
貴族至上主義、それを思い出すのはそう難しくなかった。
魔法が唱えられるから特別であり、特別だから許される……。
歴史を重んじ、家柄を大事にし、自分達が特別である──。
そんな考えは、出来るだけ早い内に壊してやりたかった。
ミラノやアルバートが、どれだけこだわりを持ったり大事にしているかは分からない。
けれども、何かあった時にそう言ったものに足を引っ張られて……親しい奴が死ぬのだけは避けたかった。
それに、貴族至上主義が台頭したら必ず排除される貴族も居るだろう。
その時にミラノやアリアが槍玉に上がる可能性も排除しなければ成らない。
マリーの授業。
アレを受けて既に追いついていたのは──言葉遊びをすると言う”歴史”から抜け出したのは二人だけだった。
それは不味い、大いに不味い。
このまま生徒達がマリーの授業を受け付けずに居たら、ミラノとアリアは吸収し続けて誰よりも立派になるだろう。
しかし、異端だと……魔女だと、気のおかしな奴だと誰かが言い出したら?
終わりだ。俺一人じゃ、軍隊を相手にする事は出来ない。
仮に、俺がチート能力を行使して、それこそ虐殺したとした場合。
今度は、国が傾き、結局国が許さなくなる。
幾ら正しくても、幾ら相手が間違っていても。
だから、これは俺の闘いでもある。
やれば出来ると思い込ませ、素直にさせ、頭を柔らかくする。
その結果ミラノやアリアのようにマリーの授業に理解を生徒が示してくれれば、魔女狩りや魔女裁判のような事も避けられる筈だ。
少なくとも、教室に居るのに……アルバートやグリム、マーガレットしか話し相手が居ないだなんて、そんなの寂しいだろ? ミラノ……。
お前、十四なんだぞ?




