102話
もう幾つ寝ると、お正月……。
では無く、休みが終わる――。
本来は年末年始の冬休みだったのだろうが、それが学園襲撃の一件で前倒しされただけだ。
つまり、雪が降り出した中生徒達は通うのだろう。
「ヤクモさん! 雪、雪です!」
「ご主人様~!」
窓の外、ヘラとカティアが降り積もってきた雪を楽しんでいる。
俺は南米人らしく寒さを嫌って室内に篭り、元気そうな彼女達に引きつった笑みを見せながら手を振った。
……雪中行軍や拠点構築しての検問だのをしていた事を思い出すし、なんなら師団庁舎の前の雪を急遽掻き出さなきゃならなくなった夜間も思い出す。
雪に関しては純粋に綺麗だと思うよりは、雪に苦しめられた記憶の方が強いのだ。
ちょっとだけ寝かせて下さいと蛸壺で横になったら雪で窒息死しかけたとか一番笑えない話である。
それに……俺にとって雪は、最近だと肌に触れると焼いたり溶かしたり爛れさせたりしてくる物という認識がある。
ヘラはきっと普通の雪に触れられて楽しいのだろうが、俺は今でも体中があの焼かれる感覚や痺れる感覚で痛んでいる。
「子供は元気だねえ……」
見ていると、ロビンもいつの間にか加わり出しているし、クラインも寒さ対策をして屋敷から出て行く。
一度滑って転びかけ、何とか踏みとどまってホッとしている所を見るとその一連の流れまでもが俺と同じで嫌になる。
「あぁ、嫌だ嫌だ……」
「ちょっと、現実逃避してないでこっちを手伝ってよ」
「ヤクモさん、出来れば助言とか発案とかしていただけると助かるのですが」
「――……、」
部屋の中には、ミラノとアリアが既に居る。
おかしいな、クラインが配慮してくれたはずなんだけどな……。
一日は、休む事ができた。
しかしさらに一日が過ぎると、直ぐに元通りになってしまった。
カティアとヘラは気を使ってくれているようで、押しかけたりはしなかった。
だがミラノは以前と同じように部屋にまで来て、魔法の研究を始める。
ただ――そこまでは普段通りだったが、アリアも来て参加しだしたのは初めての経験である。
少しばかり戸惑いながらも部屋に迎え入れ、二人が俺の部屋で魔法に関してああでもない、こうでもないと試行錯誤している。
俺はその様子を見ながらも、こうやって――本来であればギアダウンしていくように、こういった日常で非日常から日常への意識の変化を慣らしておくのが正しかったのかも知れない。
長距離走や持続走でいきなり止まると心臓や体への負担が大きいので、スローテンポで失速させながらゆっくりと止まるような感じで。
まあ、俺は完全に立ち止まってしまったのでエンジンが――脳が不調なのだが。
「カティから聞いたものや、アンタの国で使っていた文字とかを使ったりしたし、今までの”頭の中で何をしたいかを考える”とか、そう言ったのを組み合わせたりしたんだけど。これ、絶対マリーって奴に負けないくらい上手くできてる」
そう言ってマリーが魔導書として使用している、空白が多い分厚い本を俺に見せる。
……漢文かなと思えるくらいに、漢字のみでガリガリと何かが書き込まれている。
以前マリーが酷評した「子供向けの本かなにか?」と言った長文は、むしろ「これでいいの?」と思えるくらいに圧縮されている。
「これ、大変だったんだから。途中でアンタはカティを呼び出しちゃうからここまでしか出来ないし、字の意味を聞きながらやるのって疲れるのに」
そう言って、ミラノが「これが火の魔法のセミで、こっちはセルブの」と、魔法の説明をしだす。
まるで「こう言う事をしたんだから」と父親や兄に見せて、褒めてもらいたがっている子供のようである。
……まだ十四だもんな、子供といえば子供か……。
アリアは幾らか落ち着いていて丁寧口調だから忘れがちだが、クローンという言葉の通りミラノと背格好は一緒なのだ。
ただ髪型や顔付きが違うだけで、二人が入れ替わっていたとしても分からないくらいに似ている。
つまり、アリアとて十四歳なのだ。
カティアや今のヘラよりも年上には見えるが、俺からして見ればどれも年下である。
「――じゃあ、とりあえず書きながら俺が魔法と言う物をどう認識しているかの話をするから。それでまた何か学んでくれれば良いや」
「質問は?」
「質問は適宜受け付けるよ。じゃ無いと時間が無意味になる」
「書き取りはいいでしょうか?」
「書きとってもいいけど、俺の思考や考え方が異端じゃ無いと証明できないから外部持ち出ししないように。……ついこの前まで異国に居たから、そう言った怖さが良く分かるわ」
二人が簡易的な授業を受けるように準備を整え、俺も自分の中での考えを纏める。
そして一時間半、前段後段のような区分けでの一つ分を授業に費やす。
自らのメモ帳に簡易的な図解を描きながら、一つずつ自己分解をしていく。
頭――脳で自分が何をしたいかを大まかに決めるという”イメージ”。
口や手――そのイメージを具現化するために必要な”トリガー”。
俺は極論ではあるが、これだけでも魔法が使えると説明した。
実際、指を鳴らして魔法を発動する際に属性関係無しに使えることを見せる。
ただ――イメージと言う物が曖昧な言い方であり、ここで失敗すると規模や効果を誤って発動してしまう。
逆に、イメージさえ出来ていれば右手に炎を、左手に氷を――と言ったように、単一魔法の同時発動も出来る。
もしかしたらもっと色々出来るかもしれないが、それはもうちょっと独学を進めてからにしよう。
「で、これを元に既存の詠唱とは何か、札などに記入する事は何か、魔方陣や魔力陣とは何かってのも考察してみた」
当然、素人意見である。
それでも、ミラノが自学研鑽の末に作ったとする魔導書の文面を眺めながら――。
『何も燃やさない、人位の火柱で灯りを一分』
そう記入したメモ帳を床に置き、魔力を流し込む。
やっている事は『こういう事がしたい』と言う願望を記入し、スマホゲーのように必要な時に「じゃあ課金してね?」となった際に魔力を流し込むだけで良いというものだ。
部屋の中で轟々と自分と同じくらいの火柱が上がり、二人が驚く。
しかし、その炎が天井や周囲の家具、さらには俺が手をかざしても何かを焼いたりしないのを見て驚きと納得を見せる。
……俺は、魔法と言う物を全て自分の理解できるものに代替して理解してみた。
そして有り難い事に、その発想の通りに上手くいく事が多く、それは俺のぶち上げた論を支持ないし後押しとなってくれる。
『ふむ、どうやら私の知っている新人類の能力から大分変容しているみたいですね。この情報はアップデートして共有しなくては』
伍長は伍長で、かつての情報と現在の状況とですり合わせて理解していく。
伍長のアシストを受けながら、現在進行形で俺自身も認識を更新した。
「アンタのそれって、喋る機能あったっけ?」
「あ、えっと……」
そう言えばヘラの事で隠れてしまったが、伍長も俺にとっては新しい仲間だった。
彼の事を何とか説明すると、やはりミラノは怒っているのか呆れているのか分からないくらいの表情を見せた。
しかし、ミラノやアリアに関係のあるクローニングの設備と繋がりがあると説明すると、話はスンナリと終わった。
「古代語ねえ……。アンタは普通に話てるみたいだけど」
「似てる言語を知ってるだけ。ただ、学習能力はあるから――言語を覚えてもらえば、多分話しが出来るようになると思うけど」
「ふぅん?」
そう言ってミラノは部屋にある本棚から、俺が以前使っていた学習本を取り出した。
字と発音、そして簡単な単語などが書かれている物だ。
『レンズを向けていただければ映像記憶で取り込みます』
そう言われ、俺はカメラを両手で保持しミラノがパラパラとページを捲っていく。
全てのページを捲ったミラノは「こんなので意味があるの?」と言わんばかりに、疑問を隠しもしない顔で俺を見てきた。
だが――。
『あっ、ア~……。んんっ――。あ~、ハローハロー? 聞こえますでしょうか?』
暫くして、伍長はそのように言った。
俺にはシステム面で勝手に変換され、日本語になって聞こえるのでその違いは分からない。
しかしミラノとアリアがそれを聞いて驚いていたので――多分言語を習得したのだろう。
「あれ、これ……通じる?」
『あぁ、ようやく……。初めまして、お嬢様方。私はプリドゥエン、ご主人様には伍長と呼ばれております。以後お見知りおきを』
伍長がそう挨拶し、ミラノ達は驚いていた。
……まあ、画面に映っている存在がそもそも人ではないのだ。
むしろ神聖フランツ帝国では魔物に区分されていたし、そんな相手が知性を保有しその上礼儀正しく挨拶をしてきたら驚くに決まっている。
ミラノとアリアも、それぞれ挨拶し――そしてその挨拶から伍長は直ぐに考える。
『……申し訳ありません。私には貴族と言う観念や概念の無い生活をしておりましたので。もし無作法や失礼をしたなら、お許しを』
「ねえ、ヤクモ」
「なに?」
「アンタって、何?」
「存在を疑問視!?」
「英霊とは対等に話す、その一人を使役しておきながらも慕われている。その上今度は魔物を掴まえて来て実は古代から存在していた生き物だって証明した上で、言葉を覚えさせて意思疎通させるって……」
ミラノはそう言って、俺の事を”馬鹿げてる”と評した。
俺も自分の事じゃなければ「なんなんだこいつ」となっていただろうが、伍長などに関してはスペイン語だの英語だの日本語だのと言った言語まで全て潰えているから仕方が無い。
人に似ている新人類たちが反映したこの時代でも、敵意が無いとロボットたちが主張したくとも言葉がまず通じない。
しかもロボットには様々な種類がいるのだから、かつてそう言う風に命令を組み込まれたものをそのまま遵守している。
その結果交戦する羽目になったりして、結果として魔物扱いされたとかそう言う話なのだろう。
……魔物とは絶対的な敵であり、その特徴を知る事はしても理解する必要は無い。
そう言った認識があると、魔物が人類と意思疎通できる言語を用いたら驚く。
あぁ、だからタケルやファムが獣人であることを秘密にしていたのか。
魔物と同じ扱いや認識をしている相手が人類と同じように思考し、考え、生活し、生きている。
そう考えると抵抗感が増すのだろう。
だから俺たちで言う”人を模した肉を撃つ訓練をする”と言う物が必要になるのかもしれない。
同族殺しはストレスフルらしいし、一緒だと認めたくないのだろう。
『まあまあ、落ち着いてくださいミラノ様。たまたまご主人様と私の方で一致する言語があり、意思疎通できたからこうしておりますが、それが無ければどちらかが今この場には居なかったでしょう。そして、偶然と言うものはどこに転がっているかは分かりませんゆえ』
「そう言う風に言われると納得するしかないけど、なんだかなあってなる」
『感情と言うものは制御の難しいものです。理解が出来ても納得をするのに時間が必要と言うのも、変ではありませんから』
……あれ、伍長がいればだいぶ緩衝が出来るんじゃないか?
少なくとも俺が大体の場合において口撃対象になるので、それを諌めようとしても有る程度痛い目にあったりして気晴らしをさせる事で落ち着かせなければならない。
だが、俺が説得するのでなければこんなにも話しが上手く進むのか……。
『さて、お勉強の続きといきましょうか。休みが終わるまで、そう時間が無いみたいですし』
「……嫌な事を思い出させないでくれ。限られた人としか会わないで済むのに、またあの学園に戻るとか――」
「何が嫌な事……って、アンタって人が多い場所が苦手だったわね」
「まあ、また色々ありましたもんねえ……」
「――もう、どうしようもないもんなあ」
俺は窓の外のヘラを見る。
カティアと一緒に今度は雪をぶつけ合っているらしく、風邪を引かないのかと気になってしまう。
「ヘラを置いていくとか、難しいだろうしなあ――」
「ヘラ様が一緒に居たいって言ってるんだから諦めなさい。私だってどうして良いか分からないんだから」
『そういう時は、笑えばいいと思いますよ』
それ、ネタだよな?
大変失礼をぶちかましてないか?
そう思ったが、すぐに伍長は言葉を付け足す。
『悪い事をしたと思うから背中が丸まり人の目線に堪えられないのです。しかしミラノ様、そう言う話ではないのですよね?』
「――ええ」
『であれば、胸を張って普段のように振舞ってみては如何でしょう。何ら後ろめたくないのであれば、堂々と振舞う事で多少の疑惑は自然と消え行くものです。どんな悪辣な噂話も、事実無根であれば何時しか絶えるでしょう』
「貴方、口が上手いのね」
『元来、誰かにお仕えするように育ちましたから。ご両親の教育が良かったのでしょうね。お褒めいただき有難う御座います』
「アンタも”ごちょう”を見習いなさいよ。話をしていてちっとも気分が悪くないもの」
……俺、別に不快にさせようと心がけてないんだけどなあ。
けれども、俺がどう考えていようとも出力された言動がミラノを不愉快にさせているという事なのだろう。
少しばかり気落ちしかけるが、アリアが「まあまあ」と割って入った。
「ヤクモさんも別に自分からそうしようとしてるわけじゃ無いと思うんだあ。ただね、状況が悪かったり、条件が悪かったり、時や場所が悪かっただけだと思うし」
アリアがそう言ったのに、今度は俺も驚いてしまう。
ミラノもその場でアリアが口を挟むとは思っていなかったらしく、少しばかり意外そうな表情をしている。
ただ――直ぐに理解と納得を示す。
「――それが一番厄介なのよね。自分から厄介事に首を突っ込んでるわけじゃなくて、厄介事が来たからそれに対処をして、その結果で苦い思いをしてるだけだし……」
「だからね? それを怒っても、多分お互いに良くないと思うよ? だって、今回の件だって私達がその場に居なかったし、ヘラ様だって操られてた訳だし。姉さんさ、もしヘラ様やアイアス様、ロビン様が敵対したら……同じように『戦おう』って思う?」
「……思わない」
「じゃあさ、怒るのはやっぱりおかしいよ。気に入る、気に入らないのは別としても……怒られるヤクモさんが可哀相だよ」
俺が、可哀相?
初めてそんな事を言われた気もするが、俺の記憶領域が結構適当なので初めてじゃないかもしれない。
自分にとって都合の良い事を覚え、同じように忘れる。
ただ――アリアが抗して俺を庇うのは初めて……だと、思う。
「姉さん、自分に誰かが従うってのが初めてなのは分かるけど、”ごちょうさん”の言ったようにさ、少し落ち着いて――度量、って言うのかな? 少し落ち着いた方が良いかも」
「落ち着く、落ち着く……。そう言うのはアリアが得意だものね」
「私が何も出来ないから姉さんが何でもしてくれたから役割が違っただけだよ」
アリアは病弱で多くの事ができなかった、ミラノはそんな妹に対する陰口を叩いた連中を速攻で叩きのめしたりしてたんだったか――。
そりゃ性急にもなるし、熟考ではなく即決にもなるか。
ただ――。
「や、その。有難う、で良いのかな。そう言ってもらえると俺も有り難いけど、ミラノの言ってる事も正しい訳だし、何が悪かったのかを知らないと……これからもっと大変だろうし」
俺は、念の為にそう言った。
自分の為にアリアがそう言ってくれた事は嬉しく思う。
しかし、ミラノの言葉も決して的外れな事を言っている訳ではなく、俺自身も浅慮である可能性はどうしたって排除できない。
なら可能な限りガシガシとブッ叩いた上で学び、学んだ上で何をしてはならないのかを理解するしかない。
俺がそう言うと、「「まった」」と二つの声が被る。
同じ声で、僅かな抑揚の違い。
それを認識した時、ミラノとアリアが俺に「異議あり!」といわんばかりに指差している。
「ヤクモさんがそうやって何でも受け入れてしまうと、姉さんの為にならないじゃないですか」
「アンタがそうやって何でも抱えるの、禁止って言わなかったっけ?」
「二人とも、実は示し合わせてない?」
「だってヤクモさん、誰かが言わなきゃ黙ってるじゃないですか」
「だってアンタ、そうでもしないと何でもしまい込むじゃない」
理解されるって言うのは、こういう事で良いのだろうか。
良い事なのか悪い事なのかの判別がつかないけれども、悪い方に転がらないでくれればとは思う。
……世の中、理解が進んだり親しくなる事で上手くいく事だけじゃない。
中には親しくなると判断を誤る人も居るし、それこそ失敗を招いて共倒れになってしまう事だって有るのだ。
そこらへんは……上手くやるしかないか。
俺がそれ以上に他人のことを理解して、その上で場合によっては従ってもらう。
一般である彼女達と、一般ではない俺と――色々違うのだから。
「と言うか、二人とも。休みが終わるから頭の切り替えしておいてくれよ? 俺は……また、ダメになるから」
「ダメになる宣言をされるとは思ってなかった」
「ビックリですね」
「だって、あの学園じゃ俺なんてどうせ最下層の人間だし? 休みが明けたらまた色々変わってるんだろうなって思うと、慣れるのが辛そう……」
「ま、変な事にはならないんじゃない? 噂とかされるかもしれないけど、アンタも堂々としてたら?」
「ちょっかいを出してくる人は居ないでしょうし」
「そりゃ、公爵家の人にちょっかいを出すって、遠まわしな自殺だし……」
俺がどんな奇人変人であったとしても、それを表立って口にしたりすればミラノやアリアが耳にするだろう。
つまり、デルブルグ家の人を誹謗中傷したとして判断されかねず、それで「あそこの奴、ウチに喧嘩売ってた」と言う事になったらどうなる事か――。
少なくとも、地位や爵位の差は決して小さくは無いだろう。
そう考えると、公爵家の人物に召喚された時点で俺は大分勝ち馬に乗っていたのだろう。
「それに、兄さんも来るし」
「あ、入学するんだ」
「入学は四月、今回は見学。どんな場所なのか、念の為に見ておきたいんだって。それに、制服の採寸もしないとだから」
あぁ、そうか。ミラノ達が着てる制服って特注なんだっけ……。
早めに一着でもいいから作ってもらわないと、間に合わなくなるか。
それに、こんな時期に編入とか学力や知識が酷い事になりそうだし、良くないだろう。
「妹たちが五年生になって、兄がようやく一年生か……。二人は卒業したら十六で、クラインは卒業した時には二十三……」
ミラノとアリアは早期入学だからまだ良いとしても、クラインは流石に遅すぎる……。
それが負担にならないだろうかと思ったが、ミラノは心配してない様子だった。
「ま、兄さまなら直ぐにヒョイヒョイって飛び級でもしてくるんじゃない? 流石に学力が分からないから中途入学は出来ないけど、私達が卒業する時には追いついてくれると思うし」
「それは流石に期待過剰じゃないか……?」
「そうでしょうか? 私達が主席に居ますし、兄さんもそれくらいの頭を持ってると思いますけど」
なにこれ、俺だったらそんな期待寄せられたら怖くて眠れないわ。
飛び級五年分をするって、どれだけの才能があれば出来るんだよ……。
よほどの頭が無いとそんなには続かないと思うぞ?
「あの、二人とも。自分達を基準に他人を判断しちゃいけないからね?」
「それを自分が言う?」
「それを自分が言いますか?」
またしてもダブル突っ込みで、俺は溜息を吐いた。
……やめた、こういった事で俺は勝てる気がしない。
さっさと白旗を揚げ、再び魔法の勉強へと戻る事にした。
~ ☆ ~
昼食後、二人はそろそろ学園に帰る準備をするのだといって俺の部屋から去っていった。
そう言えば、結局最後の最後まで食堂で一緒に食事をする事は無かったなと思いながら、まあいいかと考え直す。
カティアやヘラは食堂で食事をするので、完全にボッチ飯である。
寂しくなんてねーし!
「……さて、と」
静かになった部屋の中で食事を終えた俺は、メモ帳とは別に付箋が大量に挟まったノートを出す。
自分なりに色々と研究や反省、思考を纏めた一冊である。
システム画面と言う便利な代物があるが、システムはシステムでしかない。
それに、何かをしたらその反省もしなければならず、今回の一件はまさに沢山の経験や行動の山だった。
「三十日前の行動記録。……追加で二日」
履歴を遡り、自身の大まかな行動記録を眺めながら有る程度精密に思い出そうと心がける。
まず一つ目、クラーケンの存在だ。
その巨体は大型船に匹敵し、その足による締め付けは船をアッサリと握り潰してしまうほどの強さだった。
捕捉で自分の所有する剣についても触れておく。
ザカリアスが名刀だとか何とか言っていたし、鍛冶屋の……えっと……そう、ゲヴォルグさんも伝説の剣じゃないかとか何とか言っていた。
真偽は分からないけれども、クラーケンに突き刺したら其処から抵抗を感じさせない勢いでスルリと両断してしまったのだ。
それに、ゴーレムを相手に使ったがその切れ味は、物理耐性の高いと思われるゴーレム相手でも有効だった。
少なくとも刃毀れはせず、その上頑丈である外殻に対しては剣本体の強度を利用した打撃で砕き、その奥に対しては切断してくれた。
マリーとの訓練においても魔法を切り裂いたりしてくれたし、かなり良い代物だと思う……っと。
国と治安に関して。
現代社会とは違い、人気のある場所から離れてしまうと魔物や賊などの存在する世界が広がっている。
魔物が最大の脅威だと言いながらも、中にはそう言った魔物すら倒しながら人里離れて賊をしている連中も居る。
組合……ギルドとは別に非正規の仕事を請け負うような傭兵のような連中も居り、洗脳されていたヘラはそう言った人物と接触して自分達を襲わせた。
懸念すべきは、魔物がいても同族である人類に対して危害を加える事に否定的ではない連中が居ると言う事。
これを踏まえ、ヴィスコンティ国内の貴族至上主義に関しても幾らか警戒しなきゃいけないと思う。
英霊に関して。
英霊とはかつて世界を救った連中で、生き延びた奴が以後の歴史の中でも再び人類に滅亡の危機が訪れたら召喚される様になっている。
彼らの強さに関しては歴史……信奉するもの、信仰する者の想像に頼る所が多いらしく、実際の強さよりも幾らか強くなっているらしい。
その身体は魔力によって構成されており、主人からの供給によって体を維持している。
飲食などによっても魔力を補えるが、実際の所主人からの供給以上の回復は無い。
そしてダメージや魔法の行使などによって魔力を大きく失うと、魔力の枯渇によって消滅に瀕する。
追記事項。
チート能力を貰った俺が成長や訓練を重ねる事で、決して追いつく事が出来ないわけじゃ無いという事が理解できた。
ステータス、パラメーターがまだ低いし彼らの戦い方を知らないから後手に回る所も多いけれども、アイアスとの手合わせでは後半から何とか対処できたので、これから上手くいけば互角にはなれるかもしれない。
世界に関して。
この世界は俺のいた2017年よりも遠い未来であり、今居るのはヨーロッパだと判断できる。
言語や国などは無いが、かつての設備などの一部は存在しているらしく、これからも接触する機会は有ると思う。
追記。
俺は旧人類と言うことで、遺伝子改良やナノマシンといった物を有さない――滅んだ人種らしい。
逆に、今居る魔法を使える人は新人類と言うことで、魔法を使える人たちという認識で良いかもしれない。
平民だとか言われている人たちも、実は魔法が使えるのかもしれないので其処は検討する必要がある。
英雄殺しに関して。
歴史に公表されている十二人とは別に、歴史から消えた二人の内の片割れ。
汚れ仕事などをしていたと良い、本人の隠密や気配遮断能力は高い。
噂の流布や流言といった事にも長けており、誘導などもこなせる。
主人が居り、以前はマリーを消そうとしていたが今回は自分に加勢するようにといわれて手助けしてくれたが、結局の所何がしたいのかは不明。
船の上では闇討ちや暗殺などをせずに接触してきたので、警戒をしつつも真意を考える必要があり。
盟約/血の盟約に関して。
かつて英霊たちが結束を高める為に互いに結んだ契りであり、それが変容して『互いを束縛する契約』のような物へと変わる。
その応用で主従契約を交わせるが、そちらに関しては血の盟約と呼ぶ事にする。
どちらもお互いの同意が必要であり、それをどちらかが一方的に破棄する事は出来ず、逆らう事もできない。
例・傷つけないと誓った相手を傷つけようとした場合、本来相手が受けるはずだった傷が自分につく。
例二・妨害や阻害に関しては締結した二人に利益・不利益を被る物であれば第三者もその影響かにおかれるらしい。アイアスたちが助言出来なかった。
魔法戦闘技術に関して。
タケルに教わった物で、アイアスなどが武器や自身に纏わせる物とは別。
分かりやすい例としてテイルズの秘技や奥義のような物で、地面に剣を叩きつけてその正面側に土系統の魔法で発生した岩や石が敵を散弾のように襲う。
剣を突き刺し、自分や遠隔地で火柱を発生させるなどと言った事が可能。
追記。
攻撃の隙を減らし、攻撃を加速させる為にも行使可能で、タケルはこれによって瞬間的に加速する事で目に見えぬ居合いを発生させている……?
細かい魔法の運用やそう言った取り扱いに関して学ぶ必要アリ。
……ガリガリガリと、システム画面を操作しながら実際の出来事や記憶と照らし合わせながら様々な事を書き連ねていく。
全て日本語や英語の入り混じった文面で、カティアや伍長以外には決して読み解かれる事は無い。
そして自衛隊で言う”情報や知識の共有”が無い以上、やっている事は自己確認の為でしかない。
俺は結構忘れっぽいし、興味が薄れたりインパクトのでかい事があると様々な事が零れ落ちたりする。
他人の事なんて得に顕著で、念の為に名前やその人物に関して年齢だのと様々な事を記載している位だ。
色々書き連ねていると時間があっさりと経過してしまう。
集中している時は時間の経過が早すぎて、時間と言う物がなぜこういう時だけ相対性理論のように過ぎ去ってしまうのかを考えてしまう。
システム画面内に展開しまくった情報ウィンドウを最小化して視界をクリアにする。
眉間を押さえ、溜息とも疲れとも分からぬ息を漏らす。
気がつけば本棚から色々な本を持ってきて、参照や情報の照らし合わせ等をする為に使っており、机の上が圧迫されていた。
テスト勉強をしている時や、試験を受ける時の自分の机のようだなと苦笑した。
けれども、勉強もそうだがこういった事はやってもやってもやり過ぎると言う事は無い。
国防と同じで、備える事に終わりが無いのと同じだ。
テストなどは落第や失格、或いは不適や点数として不足していた事が結果に出る。
しかし、今の俺がしている事は生存しこれからも生きて行く為に必要な情報の整理や、忘れない為に記述して再確認しやすくしているだけだ。
これが不足していたらどうなるか?
俺が一人くたばるだけならまだ良い方だ、周囲の人を死なせてしまったり、見落としや見過ごしで助けられなかったり、間違った判断や指示で殺してしまうのだ。
それに、最悪死ぬにしても犬死だけは避けなければならない。
今や俺はヘラと言う英霊まで抱える事になった。
カティアだけならミラノ達に任せれば、預ければいいと思っていた。
しかし――俺は……。
――俺は、お前を許さない――
彼女に、そう言ってしまったのだ。
つまり、ヘラが死んだ方がマシだと思っていたのを……俺に対する贖罪へと切り替えさせた。
その対象である俺が安易に、この世を去る……?
クソ――くそくそくそ!
背負う物が増えてしまった、背負わなきゃいけない事が増えてしまった。
俺と言う存在が連鎖的にヘラからマリーにまで伝播し、結果として英霊達に関わるようになってしまった。
しかも今度は神聖フランツ帝国の民心や信用信頼にまで繋がるし、そうじゃなくても英霊の主人が死ぬだなんてヴィスコンティや公爵家にまで被害が及ぶ。
今回に限っては、無理矢理与えられた物だとかそう言った言い逃れすら出来ないのだ。
俺が――考え無しに、背負い込んだ物だ。
しかも、ヘラやマリーのためとは言え……盟約まで結んでしまった。
ただの主従契約なら主人からの一方的な契約破棄が出来る。
しかし、今回は盟約と言う相互の同意による契約だ。
ヘラが同意しなければ破棄できないし、それを告げればヘラの胸の内が潰えてしまう。
つまり、ヘラの罪悪感を晴らしてやらねばならないのだ。
もう一冊の、付箋が少ししか存在しないノートを取り出す。
そちらに新しく付箋を貼り付け、ヘラの名を記入して新たに色々書き出す。
ヘラについて、ヘラをどうすれば救ったといえるのか、その条件はどれくらい難しいだろうか?
彼女のした事、やらかしてしまった事、それに対する大体の罪の重さや認識の程度。
契約の破棄をどれくらいになったら宣言できるか、そう言ったことも――全て。
カティアの項目も有り、そちらも「自分が居なくなった場合でも、彼女が生きてゆくためには」等といろいろ考えてある。
そちらも、少しでも良いから彼女が良い条件で生きていけるようにと色々考えてきた。
ミラノやアリアと過ごさせる事で彼女達からの好意や友好度を高める事。
彼女たちのどちらかが第二の主人になるように多少であれ仕向ける事など、色々。
積極的な自殺願望は無い、けれども――消極的な自殺願望はまだ潰えていない。
それが潰えるまでは、俺には出来る限りの事をしなければならない、その責任がある。
……さらに時間が経過し、ノックで俺は怯える。
腕時計を見ると、おやつの時間だった。
隠せる物は隠し、逆に散らかす物は散らかしたままに返事をする。
部屋に来たのはマリーで、俺は直ぐに彼女を出迎えた。
「その、そろそろ休みも終わるし。私も――戻らなきゃだから」
「あぁ、そっか……」
元々、マリーがこの屋敷に滞在していたのは軍事演習時に近くで英雄殺しと交戦してしまったからだ。
彼女に敵意や害意が無い事を証明すると同時に、負傷したので治療する事と嫌疑を晴らすためと言う方便でここに居たのである。
しかし、もう長らく滞在してしまった。
本来はニコル……辺境伯の使い魔なのだ。
まだ負傷に対して全く治癒が済んでいないが、それにしては拘束が長すぎたのでこれ以上は問題になりかねない。
「――俺も休みが終わるから学園に戻らなきゃいけないし、どちらにせよお別れだったんだよ」
「お礼とか、言ってなかったし」
そう言って俺は先ほどまで全く真逆の事を考えていたが為に、何のことなのか気づくのが遅れてしまう。
だが、何とかヘラの事を言っているのだろうと理解が追いついた。
「私さ、ほら。あの時、一杯一杯だったから……」
「お礼なんて良いのに。俺が勝手にした事だし、それで恩を着せるような真似は――」
「じゃなくて。人として、家族として……姉さんを救って貰った事に何も言わないのは、恥ずかしいと思ったから」
「――……、」
「それに、何だかんだ旅の最中も世話になったし、楽しかったし、迷惑……かけたし」
迷惑、かけられただろうか?
瞬間瞬間でしかそういった事を体感しないので、時間が経つと結構忘れてしまう事が多い。
「俺も世話になったし色々やらかしたと思うしなあ……。むしろ、姉であるヘラを救う為とは言え使い魔にした事を謝らなきゃいけない気がする」
「ううん。あのまま死に別れるよりはずっと良いし、アンタも変な命令をするとは――とりあえずは――思ってないし」
「はは、は……」
「それに、私は何も出来なかった。なのに、アンタのしてくれた事に文句を言うのは変だとおもうから」
暫く沈黙してしまい、俺はなんて言おうか迷ってしまう。
むしろ――少しでも不満を言ってくれた方が受け止められた、姉を使い魔にした事や……それを利用して何か心無い事をしでかさないか等を口にしてくれたなら……受け入れられた。
しかし、そういった事をまるで口にせず――俺がまるで”立派な人”のように扱われる。
一瞬、軽口や悪態をつくかどうかで迷った。
だが――そうする事はできなかった。
「――裏切らないようにするよ」
「まあ、もしかしたら命令されて押し倒されたりするのを臨んでたりするかも。姉さん、昔から夢見がちだったから。いつか自分を救ってくれる王子様でも現れるんじゃないかって考えてた所があったし」
「押し倒さんわ!」
カティアよりも余計アウトじゃい!
俺が半ば叫ぶようにそう言うと、マリーは快活に笑ってくれた。
その表情を見て、先ほどまで感じていた重みが消えていく。
――マリーの為にやった事なんだ、そのマリーを裏切っちゃいけない。
「色々あったけど、良い旅だった。機会が有れば、またアンタと一緒にブラリと出歩きたい」
「その機会が有れば、また皆でな。アイアスやロビンも連れてさ」
「それ良いかも」
「じゃあ、それまでお互い元気に」
「何事も無く、ね。けど、アンタは直ぐに自分を犠牲にしちゃうから心配。あのチンチクリンなご主人様じゃ止められないだろうし、姉さんにお願いしなきゃ」
「って、お~い。襲わないかどうかは信じてくれるのに、ソッチは信じてくれないのかよ」
「自分の頭を吹き飛ばしたり、姉さんの為に魔力回路を焦がしてぶっ倒れた人を信じろといっても……ね?」
分かるでしょ? そういわんばかりに彼女は肩を竦め、俺にウィンクした。
そう言えばそうだった、マリーは俺が一度頭を吹っ飛ばしてる所を見られてるんだった。
やりにくいなと思っていたが、お互いにいい笑いが漏れた。
「さて、と。名残惜しいけど、もう行かないと。なんだかまた色々やってくれたみたいじゃない? あの辺境伯の奥さんが帰ってきたとか、そんな事も聞いちゃったし。どうせアンタがやったんでしょ?」
「まあ、そう……だな」
「――アンタは確かに英霊じゃない。けどね、誰かさんにとっての英雄……ヒーローって奴になってるの。だから、もう少し胸を張って――泣きそうな顔をしないの」
「泣きそうな顔、してるかな」
「自分のした事を、”出来た事”じゃなくて”しでかした事”って考えてそうだし。まあ、実際姉さんを使い魔にした事で色々五月蝿そうだけど、私は何かあってもアンタの味方をする――約束する」
「英霊の約束とは、心強い限りだ」
そう言って、少しだけ静かになる。
何を言えば良いのかではなく、別れの時を前にして――話したい事、言いたい事に対して時間が足りなくて迷っている感じだ。
俺だって、今回の旅で世話になった。
魔法について大きく教わったし、マリーがカティアのように怒ったりしてくれたから何とかやってこられた。
マリーが居なければヘラは死んでいて、俺は今でも勝手に罪悪感と後悔で押し潰されていただろう。
「そうだ。別れる前に、良い物をあげる」
「良い物?」
「とりあえず屈んで」
なんだろうか?
頭の中では洗礼を受けるようにこれからの幸福を祈ってくれるとか。
或いは何か買っていて首飾りとかをくれるとか。
そんなものを想像していた。
だが――俺の想像は裏切られた。
彼女は俺に一瞬ではあったが、唇を重ねてきた。
そしてチュという音が聞こえたくらいには、素早くその身を離して立ち去ろうとしていた。
「アンタは大丈夫。じゃ無かったら私が殺す――そう言う呪いを今かけたから」
「は……え?」
「だから、姉さんだけじゃなくてアンタ自身もちゃんと元気で居る事! じゃないと、承知しないんだからね!」
その言葉を置いて、マリーは廊下を走り去って行った。
彼女に色々と訊ねたい事があったが、その背中を追いかけると魔法ではなく使い魔としてその姿を消してしまい、赤い目でも彼女の存在を捉えられなくなってしまった。
「元気で、無事に……か」
そう言われたのは何時振りだろうか?
あるいは、そう有って欲しいと言われたのも懐かしいかも知れない。
本当にそう思ってくれているのだろうかと言う疑問ではなく、そう思ってくれるのだなと肯定できる自分に気がついた。
小さく溜息を吐き、部屋に戻ろうとする。
すると、振り向いた先でヘラが影でニヤニヤとしていた。
「や~、青春って奴ですよね? どうですか? 私の可愛いマリーちゃんは」
「おまっ、何時から――」
「『その、そろそろ休みも終わるし』って所から――と言ったら怒ります?」
「最初からじゃねぇか!」
会話の内容はこっ恥ずかしいやり取りではなかった……筈だ。
何処まで見ていた? 何処まで聞いていた?
それを聞きたくはなるが、口にしたら『なにかあった』と言う事を自白しているようなものだ。
言葉を選んでいると、ヘラが唇を窄めて”ちゅ~”と言う音を立てる。
「あ~、いいな~、マリーは。ヤクモさんとキスできて~」
「全部知ってるんじゃねぇか!」
「あぁ、この事を誰かに話したい気持ちになってきました。この軽い口を塞がないと大変な事になっちゃいます! あ、口を塞ぐ時は口で、じょ~ねつ的にお願いします!」
「ざけんな!」
ヘラをとっ掴まえようとするが、彼女はヒラリと身をかわして逃走を開始する。
俺は必死に彼女を追いかけるが、その体躯の小ささのせいでスルリスルリと逃れられてしまう。
「みなさ~ん、聞いてくださ~い! なんと~、ヤクモさんがですね~?」
「いやぁぁああああッ! やめてぇぇぇえええええ!!!!!?」
その後、暫くヘラとの鬼ごっこが続いた。
後でミラノによって場を収められ、その上集まってきたアリアやカティア、クラインにまで何があったのかを白状せざるを得なくなってしまった。
その結果、俺はミラノから「さいってー!」と言う罵声を有り難くも頂戴し、カティアからは汚物を見るような目で見られ、情けない気持ちになっている所にアリアが「不潔です……」と言ってきて心が砕けた。
クラインが三人の立ち去った後で床に正座している俺と言う死体を回収し、ヘラと一緒に部屋まで連れて行ってくれる。
怒られた事よりも、キスをしたと言う事実を知られたことによる羞恥心と、それで三人から否定的な反応をされてしまった事で心が砕けてしまった。
怒られる事は若干なれている、理不尽な事も概ね慣れていた。
だが、こう……誰かとナニかをしたとかそういった事での耐性はまるっきり皆無すぎて、死ぬしかなかったのだ。
数日間、ミラノは不機嫌さを隠そうとはしなかった。
数日間、カティアは話しかけても反応してくれなくなった。
数日間、アリアは俺を居ないものとして風のように扱った。
三人からけんもほろろな対応をされているのを、公爵でさえ何かを言おうとして、言い淀んだままに「頑張りなさい」と肩を叩いてくる始末。
俺が何をした? むしろ何かしたかな? 俺!
三人の機嫌を直すよりも先に、休暇終了と言うタイムアウトが来てしまう。
俺は最後の最後で小石に躓いて死んだかのように、どうでもいい事でメンタルブレイクしたままに学園にまで戻る事になってしまう。
馬車に乗ったままに死体だった俺だが、遠くに大きな壁が見えてきたあたりで幾らか持ち直してきた。
窓から身を乗り出し、随分昔に感じるような場所へと戻ってきたのだなと感じた。
御者が入門の手続きをして、街へと入っていく。
最後に見た光景からさらに復興し、影や闇を払拭し――日常を取り戻した街がそこにはあった。
さらに馬車が進み、街の中心部にもう一つ存在する壁へと向かっていく。
馬車は其処までで、壊れていた南門の跳ね橋を皆で歩いて渡る。
ミラノが先頭に立ち、衛兵と話をする。
今回は前回よりも人数が増えていて、それも含めて手続きが必要となった。
「久しぶりだな。元気にしてたか?」
かつて魔物の襲撃の際に一緒に戦った兵士で、今は学園の警備を任されるようになったおっちゃんが声をかけてくれて、なんだかそれだけでも嬉しくなった。
「それなりに元気にしてましたよ。あぁ、そうだ。これ、どうぞ。今回の休みで手に入れたものです」
そう言ってワインボトルや、旅の途中で作ったりした乾し肉や乾し魚を渡す。
衛兵のおっちゃんはそれを見て少しばかり笑みを浮かべると、直ぐに手すきの兵を呼んで運び込んだ。
「色々あったが、また宜しくな」
「はい、宜しくお願いします」
「何してんの? はやく!」
「直ぐ行く!」
学園に戻ってきて、ミラノは再び公爵家長女状態になったのだろう。
真面目で隙を見せたがらない様子でそう言うと、俺は急いでミラノの後を追った。
「や~、着きましたね!」
ヘラが若干楽しげにそんな事を言ってくるが、俺も鬱々としていた気分がなんだか晴れていた。
何故気持ちが晴れやかになったのかは分からないが、悪い事じゃないのだろうと受け入れる。
あいも変わらず俺は女子寮暮らしの異物なままだったが、自分に宛がわれた部屋に入ろうとすると扉が開いているのに気がつく。
なんだろうかと中を見ると、一人のメイドが部屋の点検をしている最中だった。
「あ~、ごめんね~。ちょろ~っと不備がありまして~、その……って、あれ?」
「久しぶり?」
「わあ~、久しぶりだねぇ!」
厨房勤務をしているはずのトウカがそこに居た。
彼女は部屋の中にあるベッドのメイキングをしていたようで、以前と違ってシングルベッドが新たに運び込まれていた。
彼女は此方にトトトと駆け寄ってくると、背中を思い切りバシバシと叩いてくる。
「元気そうで何より! 色々あったけど、また会えて良かったかな!」
「はは、そうそう挫けたりはしないって。また――世話になると思うけど、そのときは宜しく」
「うんうん、おやっさんもむっすり顔してるからさ、顔出してあげてよ! 喜ぶよ~……。って、ここヤっちんの部屋だったんだ」
「や~……」
「大丈夫? 兵士呼ばれて直ぐにお縄って事は無い?」
「無いから! 大丈夫かな!」
トウカにそう言ってみたが、彼女はヒョイと肩越しに俺の後ろに居る人物を見る。
そこにいるのは俺よりも、カティアよりも小さな女の子が一人だ。
聖職者の身なりをしてはいるが、彼女の事を暫く見つめてからトウカは再び肩を叩いてくる。
「それで、逮捕は何時?」
「なんでだよ!? ちげぇよ! 訳ありなんだよ!」
「やはは、冗談だよじょ~だん!」
「冗談に聞こえないんだよなぁ……」
そう言ってから、彼女はヘラの前にまで行く。
そして短いスカートを摘むと、お辞儀をした。
「――お部屋の準備をさせていただきました、ヘラ様。不肖ながら召使の長をさせて貰っている私トウカが任された事ですので、何か不備や不満があれば私にお願いします」
そう言ってトウカは、そんな言葉遣いや態度が出来るのかと驚いてしまうようなことをした。
しかし、俺が今までトウカを見てきたのは厨房の奥のみであり、其処には貴族連中が居る事は無かった。
だから目にした事も聞いた事も無かったのだろう。
トウカの態度にヘラはニヘラと笑みを浮かべた。
「いえ、有難う御座います。公爵様にも学園にも、勿論貴方にも無理をさせてしまいました。それに関してどうして文句を言えますでしょうか。それと、私は今はヤクモさんの慈悲を受けなければ生き長らえる事も叶わない身ですから、そこまで畏まらなくて良いですよ」
あ、ヘラがまともになった。
主従契約を結び、俺の使い魔になってからのヘラは躁状態かと言いたくなるくらいにアッパーになっていた。
マリーも初対面の時は酷かったし、ヘラも過去の事情から精神的に参っていた。
その反動で騒いでいるのだなと、はしゃいでるのだなと受け入れていたが……。
ヘラの言葉を聞いて、トウカは感謝の意を示した。
「ありがたいお言葉。それでは、また何かありましたら私の方までお願いします。最善を尽くします」
そう言ってトウカは退室していき、ヘラは閉ざされた扉を見てからシングルベッドに座り込んだ。
「や~、同室ですね~。背徳的な臭いと、夜な夜な繰り広げられる退廃的な情景が目に浮かびますね~」
「や、浮かばないから。浮かんだとしたら、俺も終わりだから」
二次元と三次元は別です。
たとえアダルトゲームや同人誌、イラストなどでイロイロな物を気に入っていたとしても、それを現実に持ち込んだらアウトである。
そもそもエロに特化した触手は有るのだろうか? まずは其処からである。
シングルベッドに座ったヘラを抱き上げてキングサイズベッドに座らせたが、直ぐに彼女はシングルサイズのベッドへと戻った。
どうやらそっちが自分の寝床だと認識しているらしい。
「さて、これからどうなりますかね~」
「なるようにしかならないさ。今までがそうだったように、これからもそうであるように」
俺は窓を開き、再び雪が降ってきそうな空を眺めた。
暫くするとカティアが俺を呼びに来て、ミラノの荷物をストレージから出して欲しいとの事だった。
俺はカティアに返事を返して、部屋を出て行こうとする。
だが、その前に部屋の中を再び見た。
――何も無かった部屋に、ヘラが居て、彼女が自分の物を少しずつ展開している。
俺だけの虚無で満たされた部屋に、何かが満たされているのを目の当たりにした。
そして――アーニャが言った言葉を思い出す。
――初めて会ったとき、死んだ目をしていた貴方様を思い出すと、なんだか嬉しくなってしまって――
――あの頃の貴方様は自棄で、余り多くを喋らなくて……。もし許されるのなら直ぐにでも消えてなくなりたいと願うような、そんな方でした――
アーニャがそう思えるくらいに、俺は充実してきているのだろうか?
何も無かった部屋に、自分のものでは無いが自分の成した事で……自分の助けた人のものが溢れていく。
その様子を見ていると、ヘラが「あ、置き過ぎですか?」等と言ってくる。
俺は笑い「むしろ置かなさすぎ」と言ってから、自分の部屋を後にした。
そう、何も無さ過ぎなのだ。
けれども、それもこれから変わって行くかも知れないし――変わらないかもしれない。
一つだけ変わった事があるとすれば、変わらないと断じる自分では無くなった事くらいだろう。
ミラノの部屋に入れば不機嫌なのか真面目くさっているのか分からない彼女にどやされながら荷物を出す。
その荷物を彼女に言われるがままに配置していき、ある程度終わればお茶が飲みたいと言われる。
お茶を入れだすとアリアやカティアがやって来て、淹れ終わるくらいになるとヘラもやってきた。
そうやって皆でお茶を飲んでいるとグリムが一度ばかりヒョイと顔を見せ、暫くするとアルバートがグリムを率いて訪れた。
急な来訪者にミラノは少しだけ文句を言いながらも決して追い返さず、アリアは少しばかり詰めて二人の入る場所を作ってくれる。
グリムやアルバートがお土産を持ってくると、それをカティアと一緒に仕分けて直ぐに皆が手に出来るようにした。
その傍らで、挨拶を交わしたアルバートが目の前の幼女が英霊ヘラだと信じず――ミラノ達が事実だと言って、椅子から滑り落ちていた。
そんな光景を見て、俺はようやく日常に――学園に戻ってきたなと、そう思えた。




