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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
6章 元自衛官、異国での戦いを開始する
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101話

「忘れられたかと思ったよ」


 ヴィスコンティに帰った俺は、さっさと公爵家にとんぼ返り――と言う事はしなかった。

 あまり気乗りはしないのだが、辺境伯との約束があったからだ。

 デルブルグ家に全員行くように仕向け、俺は一人別行動でここまで来たのだった。


「さて、君の力でどのようになるかは分からないが。少なくとも、無為では無いと思いたいものだ」


 辺境伯は、そう言いながらもいくらか声が踊っているように思える。

 嬉しいのか、あるいは待ちわびたのか……。

 どちらにせよ、俺としてはさっさと終わらせてこの関わり合いを終わらせたいとさえ思っている。

 領地運営能力に長けているとか、領民の信頼が厚いとかはどうでも良く、単純に表情や顔付きが見下す――よりも酷い”無”として此方を見てくるのが嫌なだけだ。


「さて、ついた。それでは、協力してくれるかね?」


 そう言われてたどり着いたのは、神聖フランツ帝国で見たような『かつての設備』であった。

 文字も見覚えがあり、システム画面が視界越しに全てを翻訳していく。


「クローニング、か……」

「ほう? 古代文字が読めると?」

「まあ、神聖フランツ帝国で古代文字に関わる事が有ったんで――」


 そう言いながら、俺は携帯電話を出して伍長を呼び出した。

 そして目の前に存在するクローニングの機械を見せる。


『これは……生きていますね。設定の幾らかが弄くられているみたいで、クローンが正常に行われる物では無いみたいですが』

「設定?」

『例えばクローンが短命になったり、あるいは病弱になったり、そもそも奇形として性格に複製されなかったりですね。ふむふむ……なるほど。近年に使われたログがあるようで、最終的には生きた人のクローンをしたみたいですが――』

「ですが?」

『――情報の抜き取り方の設定が酷いですね。これではオリジナルに酷い負担をかけてしまい、最悪死に至るでしょう。私の言うとおりに操作していただければ正常な設定に出来ます』


 そういわれ、俺は指示通りにタッチパネルを操作した。

 辺境伯は眉を少し跳ねさせたが、それ以外では注視しているくらいで――特には何も言っては来なかった。


『さあ、これで大丈夫な筈です。いきなり隕石が降って来たり、大津波で水没でもしない限りは本来の動作をするでしょう』

「つまり、絶対大丈夫って事だな。――辺境伯、異常は直しましたので直ぐにでも奥さんを……蘇らせる事はできます」

「ほう? しかし、魔法は?」

「魔法? とんでもない。これは歴史が失われる前の技術で、魔法とはかけ離れた代物です。それこそ、奇跡と言った方が分かりやすい物ですよ」

「分かりやすい喩えを……。神聖フランツ帝国に行って、幾らか宗教に傾倒したか?」

「いんえ? 分かりやすい喩えをしただけで、自分が信じるものは以前とは何ら変わりませんよ」

「そうか……そう、か」


 辺境伯は骨壷を持ってきており、その壷をインプット側へと設置した。

 俺は伍長に訊ねながら、慎重に機械を操作する。

 ……しかし、オルバの父親も中々に悪辣な事をしたものだ。

 そのおかげでミラノが誕生し、病弱では無いオルバが存在すると思えば反面良い事もあったと言えるのだろうが。


 機械が動作し始め、アウトプット側に液体が満ち始める。

 俺はどこか祈るような気持ちで、クローンがどのような結果をもたらすのか静かに見つめていた。

 時間にして、三十分くらいだろうか。

 培養液の中に人の姿が出来てきた。

 ただ……辺境伯はそれを見て笑みを浮かべているのだが、俺はその”サイズ”に疑問を抱く。

 ……ハテ、辺境伯の奥さんって背が小さいのかな? と。


 しかし、その疑問が確信に変わった時には液体が排出され、裸体の女性が横たわっていた。

 少なくとも、成人と言い切るには……こう、何か問題がありそうな気がする。

 いや待てと、直ぐに”何時亡くなったのか”と言うのを踏まえた上で考え直す。

 ……マーガレットを生んで直ぐに亡くなったんだったっけ?

 と言う事は、少なくとも十数年は辺境伯と年齢が離れるのだろうが……。


「あの、辺境伯。つかぬ事をお聞きしますが宜しいでしょうか?」

「ふむ、何でも聞きたまえ少年。私は今、口が軽い。多少の事柄であれば、ついうっかり漏らしてしまうかもしれないな」

「奥さんが亡くなられた時の年齢って、お幾つですか?」

「十九だ」


 おい、未成年略取ぁ!!!

 おまわりさ~ん! そう叫んでみた所で、まずお巡りさんと言う職業が無いのだが。

 つまり、アレか。辺境伯はロリコンだったという事でオーケー?

 ……いや、ミラノが二十になったら男は結婚して無いとおかしいとか言ってたし、俺の常識が通用していないだけなのかも知れない。


 女性は意識を”手に入れた”のか、噎せる。

 口から先ほどまでポッドの中を満たしていた液体を吐き出し、ゆっくりと身体を起した。

 辺境伯はそんな彼女に女性服を被せる。


「あら。私は……ここは?」

「気がついたかねエリザベート。私が誰だか分かるかな?」


 辺境伯は既に成功したかのような態度で居る。

 これがもしゲームや作品などであればクローニング失敗、女性に素手で心臓ぶち抜かれたり首を千切りとられたりするのだろうが――。


「ニコル……。忘れるわけが無いでしょう」

「おい、マジか?」


 ミラノは「記憶でさえも複製される」と言っていた。

 と言う事は、ミラノもアリアも複製される瞬間までの記憶は同一人物として有しているわけだ。

 しかし、俺としてはそんな物は懐疑的だった。

 アリアとミラノは、少なくとも生者だったからこそ記憶が引き継がれても理解が出来る。

 しかし、今回に限っては完全に灰になるまで骨が焼かれている。

 死者を蘇らせるような行いに近かったが、それでも記憶がうまく備わっているようであった。


『細胞記憶と言う奴でございますね。記憶転移や虚偽記憶などと様々な憶測が飛び交っておりましたが、そんな時代も今は昔と言う奴です。かつての人類が探り得なかった皿に奥深くまで科学とやらは踏み込んだのですよ。そうでもなければ、人格や思考などを情報として記録する事は難しいでしょう』


 などと伍長は言っているが、伍長からして見れば俺はさらに旧い時代の人間だ。

 どれだけ科学技術が発達していたのかを問いたくなるが、それを問うと高卒レベルの俺の脳じゃ理解できなくなるだろう。


『一部のアンダーグラウンドでは、時間を遅らせる事は不可能として時空エネルギーの遡行を完全否定し、逆の方へと舵を切ることで”体感速度を遅らせる”と言うことを可能にしました。実際には周囲に対して自分の有するエネルギーを爆発的に増やす事で、時間を置き去りにする――と言えば理解できるかと』

「ん、もうね。さっぱり?」

『自分が早くなると、二回行動できる戦略ゲームですよ』

「それなら分かるわ」


 素早さ至上主義とでもいえるのだろうか?

 そう言えば、今回の仮想現実での戦争は俺のステータス成長に関わったのだろうか?

 久しぶりに俺のステータスを見てみるが、やはり気になる幸運F-……。

 筋力だの知力だの魔力だの感覚だのは軒並み成長してくれているのに、何でこれだけ。


「さあ、家に帰ろう……マーガレットが、君を待っている」

「あぁ、そうだわ。乳をあげないと……あの子、泣きじゃくってるんじゃないかしら」

「大丈夫だよ、エリザベート。あの子は、君に似て優しい子だ。そう簡単に泣いたりはしない」


 ……マーボー神父のような奴が、自分のロリ……奥さんを相手に労わっているのがすごい違和感がある。

 しかし、これからが多分大変だろう。

 ミラノやオルバと違い、彼女は自分が死んで十年以上経過していると言う事実を認めなきゃいけないのだから。

 自分が死んだ事を受け入れたとしても、クローン……本人じゃない事を受け入れられるだろうか。

 あるいは、死んでいた事は隠さずに蘇生させたと言い繕うか、それこそ死んだことすらなかったことにするか――。

 しかし、この場合どう判断すればいいのだろうか?

 旧オルバと新オルバのように、既に居ないオリジナルを重視すれば良いのか、それとも生きて欲しいという願望で存在している今のオルバか……。

 ミラノとアリアに関しては、ミラノが矢面に立ちアリアは今まで存在しなかった双子の妹と言う役割に言った。

 アリアをオリジナルだからミラノと思えば良いのか、それとも今の二人が認めているそれぞれの役割を――コピーである姉のミラノとオリジナルで妹をしているアリア。

 ……面倒臭くなってきた、そんなものは俺にとってはどうでも良い事だ。

 そもそも携帯電話に居る伍長ですら人間だと思えているのだ。

 クローンしたからって人間じゃ無いとはとてもじゃないが言えない。

 辺境伯が何か言ってくれるかなと思ったが、そのまま彼は俺に貸してくれた馬だけをそのままに帰っていってしまった。

 完全に使い捨てだったなと、しかも無系統とかどうでも良かったじゃんと思いながら俺は馬に乗って公爵家までの道のりを確認しながら進んだ。

 途中、魔物を見かけたので騎射を試してみたら馬に振り落とされてしまった。

 ――とてもじゃないが、踏んだり蹴ったりだなと思うしかない。

 馬を落ち着かせ、俺は公爵家まで戻るのであった。



 ~ ☆ ~


 公爵家まで戻ると、ザカリアスが態々門の前で出迎えてくれた。

 概ね一月近く前と何ら変わらない光景、何にも無かったかのように存在する公爵家。

 その様子に安堵しながらザカリアスと話をする。


「久しぶり、ザカリアス」

「お久しぶりです、ヤクモ様。先にこちらに向かわれていた方々は、全員既に到着なさっています。アイアス様はそのままヴァレリオ家へとご帰還されました。ロビン様、ヘラ様マリー様は旦那様の所に行かれました。カティア様は部屋に居られます」

「ありがとう。俺の部屋って、直ぐにでも寝られる感じになってるかな?」

「部屋は常に清掃点検を抜かっておりませんとも。何かお腹に入れますか?」

「いや、いいや。今は……兎に角、寝たい――」


 辺境伯の所に寄ってきたので、もう夕方だ。

 他の皆は昼頃についたといっていたし、賞味五~六時間は遅れての帰参だ。

 本来であれば言語道断だろうが、これに関しては公爵に後で言えば大丈夫だろう。


『ご主人様、もしかして到着されましたか? GPSの移動が鈍くなっておられます』

「あぁ、一応ついたけど。公爵家だから、俺の家じゃないよ」

『いえ、念の為に情報として確認したいのでレンズを向けていただければ』


 伍長の要望なので、俺は携帯電話を公爵家に向ける。

 暫くそうしていると『お手間をかけました』と伍長が言う、もう良いらしい。


『もしお話が出来るのなら、許可さえ頂ければ総勢百十五名のロボットがそちらに向かいます。数日の猶予の後に、主要の設備のお引越しも可能にしておきました』

「どれだけ段取りが早いんだ」

『良く使えるものは斯くも早い物なのですよ』

「ヤクモ様、新しいご友人でいらっしゃいますか?」


 ザカリアスに声をかけられて、俺は少しばかり驚いてしまう。

 マリー達の前で堂々としていたせいで、その他の人物の前で通じない言語を使っているのを意識すると言う事を忘れていた。

 どう説明しようか戸惑ったが、本の中のモンスターのような、自分に仕えると言い出した媒体住まいの生命体だと説明した。

 ただ、言語は遠い昔のもので、神聖フランツに行っている間に俺も習得した――と言うことにしておいた。


「ははあ、なるほど。このような方を目にするのは初めてで御座います」

『ご主人様。何を仰っているのか分かりませんが、彼の方は敵意を抱いて居ない様にお見受けしました』

「ははは……」


 この後、ヘラの事も話さなきゃいけないんだよな……。

 そう思うとすでに頭が重かった。

 だが――。


「それでは、お気をつけて」


 ザカリアスが、歩んでいる途中でその足を止めた。

 お気をつけて? 何に?

 その疑問を理解する前に、俺は屋敷の方を再び見ると――巨大な、炎が俺に向かって飛んできていた。


「はぁぁあああああッ!?」


 突然の攻撃に驚き、直ぐにその魔法を抜いた剣で斜に防ぎながら空いた片手で軌道をそらして空へと高く打ち上げた。

 だが、炎の影に飛んできていた雷撃を視認すると、即座に剣を地面へと突き刺して避雷針にした。

 雷撃が剣に吸収され地面に流れ込んでいく、それを見ていると今度はふんわりと風の流れが変わるのを感じた。

 ――視認不可の風属性だろうか?

 そう考え、自分自身の周囲にマリーから教わったように魔法防御の為に魔力を張り巡らせ、威力が弱まったとは言え身を切り裂くような攻撃を受ける。

 風の中、突如として足元の地面が隆起し、大きな落とし穴が出来上がった。

 その中に俺は成す術もなく飲まれ、自分の背丈ほどの穴の中で立ち尽くすことになる。

 

「なんだってんだ、一体――」


 しかし、自分の背丈ほどの高さくらいなら障害物走やパルクールの技術で登る事が出来る。

 飛びついて手をかけると、そのまま土壁を蹴って反対側へと飛ぶ。

 腕の力ではなく体のバネを利用してさっさと抜け出すが……。


「ふんっ!」

「ぶべっ――」


 顔面に生じた蹴り、土と芝の青臭さを滲ませた靴が俺の顔面に突き刺さった。

 せっかく登ったというのに再び穴の中に叩き込まれ、俺は背中を強かに打った。

 穴の先には、見慣れた服を着た人物の影が見える。


「マリー、酷くないか!? 確かに途中で抜けたのは、訳ありだったけど。だからって、こんな……」

「『水よ』」


 しかし、その俺に対する返事は魔法だった。

 穴の中に降って来る大量の水が土と入り混じって泥水を作り出し、浮上するしかない俺は穴から抜け出そうとはするがその頭の上に足が置かれた。


「で、誰がマリーだって?」


 そう言って、明らかにお怒りな様子なのは――マリーではなかった。

 シルエットでしか判断していなかったが、近くで見ればミラノだと分かった。

 以前俺があげた冬用のジャケットを着ていて、色こそ違うがマリーと全く一緒になっているのだ。


「ねえ、もしかして誰が主人なのか忘れちゃったんじゃない?」

「わぶれふぇまふぇん、わふれふぇまへん!!!」


 俺、今新隊員教育隊にでも居るのだろうか?

 武山名物、武山温泉――。

 窪地に雨水などが泥水を作るのだが、水捌けが悪すぎて四歩躍進で地形に身を隠す時にどうしても漬かってしまう。

 背丈の小さい候補生は……俺の同期は匍匐で入って行き、銃だけじゃなく本人も頭まで水没してしまったのを覚えている。

 あの時の教官、鬼の形相を維持できなくて笑ってたっけな?

 今俺の目の前に居るのはただの鬼なのだが。


「魔物や賊と戦った、それはまあ理解できなくもないから良いとして。だ・れ・が! ヘラ様を使役して良いって言ったの!」

「しんひゃう! しんひゃう!」


 俺がそうしなければ、ヘラは死んでいたのだ。

 目の前で蛍の群れのように光を放ちながら、或いは塩のようにサラサラと崩れ落ちて。

 それを言いたかったが、頭を抑えられて上手く物を言えない。

 俺の言葉を聞いたミラノは、ただの命乞いだと思ったようだ。


「いっぺん死ね!」


 ブクブクブクと、俺は何をしても水没させられるので抵抗する事を諦めたモルモットのように沈んでいった。

 水中呼吸の付呪をすれば、ずっと沈んでいられるのだろうか?

 意識が遠のいたくらいで、沈む俺を水中から誰かが引き上げてくれた。

 誰だ? 俺?

 違う、俺に見えるけれども別人であるクラインだった。


 彼は俺を自ら引き上げて地面に寝かせると、一度横に傾ける。

 吐瀉物が喉を塞がないかと言う人命救護の知識だが、以前俺と繋がった時にその知識を持ち出したに違いない。

 背中を叩いて泥水を吐き出させると、そのままゆっくりと助け起した。


「お帰り。にしても、酷い有様だ」

「妹……止め――」

「はは、それは無理な相談だね。兄だからって抑止出来る話じゃないし、僕まで酷い目に会うよ」

「ひでぇ……」

「酷くないっ!」


 マリーはアレだけ色々やったにも拘らず、まだ怒りが収まらないらしい。

 俺はクラインの肩を借りながら、ザカリアスが横を通り抜けていくのを見てしまう。

 あぁ、なるほど。お気をつけてって、こういう……。


「湯浴みの準備をしてきます。クライン様、申し訳ありませんが、それまで――」

「ああ、いいよ。僕が相手してるから」

「か、身体をせめて……」

「それなら、ほら」


 クラインは俺を数秒見つめ、それから指をぱちりと鳴らす。

 すると濡れそぼっていた身体から水分が全て失われ、張り付いていた土などがポロポロと渇いて落ちる。

 渇いた俺をクラインが数度叩くと、埃となって細かい汚れも飛んでいく。


「今の――」

「以前君がやっていた魔法だよ。目に見えないほどに細かい水分を認識して、その水分だけを除外する――だったかな。理解するのも納得するのも難しかったけど、何とかなったよ」

「はは、マジか……」

「マジもマジマジ」


 どうやらクラインは俺の中にあった知識や情報を自分なりに解釈し、理解しようとし、俺が無意識かですっ飛ばしている過程を全て分解して組み上げ直し、使えるようにした……と言うことなのだろう。

 凄いなと感心していたが、クラインは声を抑えて俺に耳打ちしてくる。


「……ミラノの事もさ、分かってあげてよ」

「なにを?」

「君が居なくなってからも、必死に頑張ってたんだ。幾つかの魔法を詠唱破棄出来る位にしたのに、君は遠い地でミラノを置き去りにしたんだ」

「置き去りにした訳じゃない。言われたから行っただけで……」

「そう言う意味じゃなくて、存在としての遠さだよ。少しは追いつけたかもしれない、少しは何も出来ない守られるだけの存在から遠ざかれたかも知れない……。そう思っていたのにって話」


 ……けど、それだって俺が態々臨んで行った事でも望んだ事柄でもない。

 ヘラが洗脳されていただなんて知らなかったし、その結果国を巻き添えにした事件に発展するだなんて思っても居なかったんだ。

 結果としてヘラと戦う事になり、ゲーム越しではあるが彼女に勝利し――生き長らえる為に主従契約をしただけでしかないのだ。


「全部を君に押し付けるわけじゃないけど、少し褒めてあげてよ。マリーの凄さを見て、それに少しでも追いつけるように彼女なりに頑張ったんだからさ」

「――……、」

「ま、頼んだよ」


 そう言われながら、俺は久しぶりに自分の部屋にまで戻ってくる。

 当然だが――何も無い。

 まるで公爵家に来た当初と同じで、空っぽなまんまだった。

 違う事が有るとすればあれからまた時間がだいぶ経って、俺の周囲の状況が変わったという事くらいだろうか。


「休むかい?」

「ん、寝る……」


 クラインがベッドに下ろしてくれて、俺はベッドの上に横たわり――ようやく、休めたような気がする。

 外交的な仕事も無く、周囲を気にして言動に気をつけなければならない孤立した状況でもなく、敵だらけの中で息を潜めるでもなく、命を――狙われるでもなく。

 危害と言うものや、危機・危険からようやく開放されたのだなと……そう思えた。


 頭の中で、災害派遣から帰った日の事を思い出した。

 第一波として一日目から派遣された俺たちは、土砂災害で電気系統やインフラと言う物を全て破壊された地での活動をした。

 コンビニも、暗くなれば照らしてくれる灯りも、温かい食事も、安寧を感じられる眠る場所も無い。

 人の営みが無い中で一週間以上の連続勤務を果たし、本島へと二派と入れ替わりで戻った。

 帰りは本島についてからは、長い長い半トラでの数時間に及ぶ車両移動だった。

 だが……あの時、先輩や同じ中隊にいた同期、上官達の表情や会話を……忘れる事は無い。


『人が生きてるって、こういう光景を言うんだろうな』


 死と破壊に満ちた場所ではなく、平和と無駄や騒音に塗れた空間。

 ジャンクフードやレストラン、食事所から様々な匂いが漂う。

 日の沈んだ世界で、人々は携帯を弄ったりしながらもそれぞれに歩いている。

 灯りが満ちていて、道路は混んでいるし、五月蝿いが……。

 その無秩序さや喧しさが、人にとっての”当たり前”なんだなと思ったのだ。


 ヘラと言う敵が現れて、その為に英霊達と同じ目的の為に行動をした。

 しかし、それが無くなれば再びそれぞれの目的の為に散っていく。

 それで良いのだと思う。

 タケルとファムはツアル皇国で人類の為に魔物と戦う。

 アイアスとロビンはヴィスコンティで兵士を鍛え上げる。

 マリーは魔法の研究を続ける。

 そういうのが良いんじゃないだろうか?


 ベッドに横になると、俺は入れっぱなしだった自分の中のスイッチを切る。

 すると、今までは無視していた――あるいは、軽視していた様々な異常がジワリジワリと身体を支配していく。

 疲労、緊張感、肉体の酷使や炎症。

 表面だけ取り繕うように治療したが治りきっていない負傷や、細かい傷。

 仮想現実の中とは言え肉体強化をして全力で戦った結果足だって痛いし、トレーニングや訓練では使わない筋肉も悲鳴を上げている。

 

 そういや、身体が痛いとか疲れたとか……言わなかったな。

 いや、言ってる余裕も無かったし、自衛官――頼られる相手がそんな事を言うのが間違ってるのか。

 だから、これで良いのかも知れないな。


「大変だったかい」

「大変だった」

「疲れたかな」

「疲れた、すんごい眠い……」

「お腹は」

「美味しいご飯、沢山食べたい――」

「――……、」

「暖かい風呂に入って、温かい所で、一人で……邪魔されずに眠りたい」

「けど、君は一人じゃない」

「……――」

「まあ、僕の方からそれとなく皆には言っておくから。ゆっくりお休み」


 そう言われて、俺は目蓋を閉ざす。

 先ほどまで怒り心頭だった筈のミラノが、何故だか小さく見えてしまった。

 両手で自分の成果である、いつかは本物の魔導書になるであろう分厚い本を手にしながら……なんだか、悲しそうな顔をしている。

 きっと、俺もそんな顔をしていたのだろう。

 劣等感に塗れ、傍にいる連中が何かを掴んで成長し――上のステージに駆け上がっていく。

 対して自分は、自分に何が出来るのか分からず、周囲のみんなに置いて行かれる事を不安に思いながら、それでも――強がるしかなかった。


「ミラノ――」

「……なに?」

「ただいま」


 ただいま、ただいま――。

 その言葉は適切だっただろうか?

 そもそも、俺の帰る場所はここで良かったのだろうか?

 勝手に帰る場所にして、相手が受け入れない事を考えない自己満足的な言葉でしかない。

 だが彼女は表情を、悲しみではなく――困ったような、苦笑とも言えるような……。

 少なくとも、負を拭い去った表情をしてくれた。


「おかえり」


 その言葉だけでも、俺がここに来た意味は有った。

 孤独じゃない、一人じゃない、とりあえずは……帰る場所がある。

 なら、俺にとって神聖フランツ帝国に居残るという選択をしなかっただけでも、意味がある。

 そうだ、思いあがるな。俺は強くなどない。

 あの幻想の世界の俺は間違えた選択をして、その結果――暴走したのだ。

 あるいは、俺も洗脳されて大混乱を招いたのだろうが。

 

 今となっては、俺が正気の証拠も無いし、狂気の証拠もない以上はうまく付き合って行くしかない。

 かつての歴史を、或いは未来を見てしまう幻視と。

 失敗を繰り返してしまう俺にこそ、重要な物だと思ったから。



 ~ ☆ ~


 燃え尽き症候群とは様々な人に存在し、それがどのようなことを乗り越えると発生するのかもそれぞれである。

 例えば目の前の大仕事を終えるとやりきった感で何も手につかず鬱になる若い人もいる。

 逆に定年退職を迎えたら自分の人生の大半を――辛い時期を終えたと認識して抜け殻になってしまう人もいる。


 俺も残念ながらそうなっていると自覚できるくらいに、頭の中で歯車がイマイチ噛みあわない所か、回転自体が酷く衰えた気がしていた。

 あるいは、アドレナリンやスイッチが入った状態が長かったからそれが常だと錯覚して、今の状態を”怠けや甘え”と思っているのかもしれないが……。


 三十分ほど眠り、ザカリアスに声をかけられて入浴をする。

 そして温かく美味しい食事を食べて生きている事と平和である事、さらには”日常”とやらにようやく戻れたのだと実感してしまった。

 そうしたら……一気に腑抜けたと思える。

 ワインまで出され、ザカリアス経由で「今日はゆっくり休んで下さい」と言われてしまう。

 実際、いきなり宙ぶらりんになったが故にどうして良いかすら分からなかったのだ。

 休めといわれたからにはそうしようと、夕食と飲酒を終えるとそのまま直ぐにベッドに潜り込んだ。

 徐々に温まる身体、ベッドの中に広がるまどろみを受け入れながら音楽を流す。


 悲しげな曲調とアコーディオンギター、そして女性の物静かで透き通る声が歌を奏でる。


――激しい風が私の顔に吹きつけ、灰塵は舞い散る――

――枯れ果てた大地から生命は花開こうともがき、輝きを失った星々はそれでも光を見出そうとしている――

――惑星の全ての街は荒れ果て廃墟と化し、死ねと日々言い続けてくる――

――それでも、胸を打つ鼓動が告げる、”生きろ”と――


 英語で告げられる相反する題材。

 生と死を重ね合わせながらも、決して一緒にはさせない。


――死んで逃げようだなんて、そんなのは卑怯だ!――


 ……我ながら、自分を棚上げしたなと思う。

 俺はまた自己満足と自分の思想の為に行動し、マリーの為だと言いながらもこれからどのような目にあうのかを全く考慮せずに生き長らえさせてしまった。

 もしかするとあそこで死なせた方がヘラにとって楽な道だったかもしれない、死なせてあげた方が裏切り者だのやらかした事だのから離れる事が出来たのだから。

 生きて対峙しろ、逃げるなだなんて……何回死んだかも分からない俺が、言って良い言葉では無い。


 目蓋を閉ざし、深い深い眠りにつく。

 そして俺は死ぬ前からずっと見て居る悪夢を見る――。

 その一つが、サイレントヒルのようにただひたすらにさ迷い歩く夢だった。

 アランウェイクのように懐中電灯もない、ただ寒さに身を凍えさせながら霧で五里霧中で一寸先も闇なのに、留まる事ができない。

 いつもはただ徒労と疲労を感じるだけで、意識自体は地続きなのだが――今日は違った。

 

『――有難う御座いました』

『ありがとね』


 ヘラを救って、その後の二人の反応を、言葉を思い出す。

 すると、遠いどこかに明かりが見えた気がしたのだ。

 普段なら崖や崩落した道等で、結局の所何処に向かえば良いのかも分からない。

 だが、霧の向こう側に見える明かりを追うという事が出来たのだ。

 夢の中なのに、寒さと汗で張り付く服を感じながらそちらに向かうと一件の建物があった。

 人の気配が無い、住む者が居なくなって久しい建築物だ。

 

 だのに、二階の窓に灯りが燈っている。

 俺がその建物に入ると、まるで自動で出迎えるように建物の中が明るくなった。

 珈琲と酒が大量に置かれており、覚醒も感覚麻痺も自由に出来るようだ。

 今日は夢の中なのに家の中で眠れると、ベッドの埃を払う。


 そしてベッドの脇にある机の上に、一冊の本が置かれているのを見つけた。

 それを捲ると、文字と共に音声が聞こえてくる。


『自信など無かった、むしろ恐怖しかなかった。それでも俺はマリーが泣きじゃくり、家族を失う悲しみを思うと見過ごす事は出来なかった。何が起こるかなんて分からない、むしろまた俺が酷い目に会うだろうと予想はついていたが、彼女が教えてくれた主従契約をする事にした。それで誰も悲しまずに済む――そう考えると、不思議と怖いものはなかった』


 それは、きっと俺の本なのだろう。

 遡ってみると、色々な事が書いてある。


『弟の様子がおかしかったので、こっそりと後をつけてみた。すると、虐められている現場を見てしまう。俺はカッとなって弟を虐めていた相手の不意をうって殴り、大喧嘩になった。後で大問題になったが、弟は虐められなくなったので良かったと思った。兄とは後から生まれてくる弟達を救うのだと漫画で知ったが、聖書的にも身内を救う事は良い事だとされている。俺は弟を救ったのだ』


 なんだよこれと思ったが、どうやら俺が……少なくとも”こういう事をした”と思っている事柄が載っているようだ。

 しかし、何故こんな物がこんな所に有るのか理解できずに居たが、俺は眠気を感じてベッドで休む事にした。

 酒に頼って悪夢を回避するでも、悪夢を見てヘトヘトに疲れ果てて珈琲で覚醒を促す訳でもない。

 何かの解決に近づいたのだろうかと思いながら、俺はぐっすりと眠る事ができた。



 朝の六時に腕時計が鳴り、酷い疲労感と倦怠感を感じながらもベッドを抜け出した。

 トレーニングをしなければ、そうしなければと自ら自分を律するように努める。

 走りこみ、腕立てや腹筋で痛む体に鞭を打ちながらも前進できるようにと頑張る。

 

――鬱病なんて、考える余裕があるからなるんだ。走れ、疲れろ、そして酒を飲め!――


 中隊に配属されて二年目に定年退官した曹長の言葉だが、それもある意味正鵠を射ていると思う。

 身体が痛いし、疲れているし、眠いし、自衛隊に居ないのに何で義務のようにこんな事をしているのかと考えてしまう。

 だが、身体を動かしていると次第にそんな事も考えられなくなってくる。

 仮想現実ではもっと出来たのだから、これくらいは出来ないといけないと思いながらやっていく。

 八時になる少し前くらいに部屋に戻り、汗を拭いたり身体を乾かしたりしているとザカリアスがやってきた。


「お早う御座います、ヤクモ様。調子の方は如何でしょうか」

「特に目立った事は無いよ。ただの旅疲れだろうし、昨日はお酒まで貰ったんだ――少しでも、元気にならないと」

「ご無理はなさらないよう。お茶は如何なさいますか?」

「貰うよ、ありがとう」


 ザカリアスからお茶を貰い、それから先日は完全に空転していた思考を何とか噛み合わせて行く。


「えっと、今回の件の報告とか色々有るんだけど。公爵様は――」

「大丈夫です。朝食後であれば大丈夫かと思われますが、念の為に聞いておきましょう」

「ありがとう」


 ……クラインが本当に何とかしてくれたのだろう。

 良い意味で、静かだ。


「……日常、って感じだ」


 これ、変にPTSDだのシェルショックみたいになってないよな?

 そんなに酷い状況じゃなかったとは思うけど……。

 たで、冷静に考えてみれば自衛官やってたけど実際に戦闘を行ったわけじゃないし、ただの疲労と戦闘疲労は別だから戦闘疲労に対して耐性が出来てなかったのかもしれない。

 とは言え、とは言え――。


「俺、この休みで休めてねえ……」


 一月半ほどあったような休みが、綺麗に溶けて消えた。

 クラインを演じて一週間ほど、其処から一週間くらい普通に生活。

 往復で二週間、それに加えて二週間近くの神聖フランツ帝国での滞在。

 遊び呆けてたら宿題をやっていなかった学生とかじゃない、やることをやっていたら休みが無くなっていたのだ。

 長期休暇での残留・先遣隊でもまだ生易しい方だ。


「がっ、学園ならミラノにくっ付いて歩くだけだし!」


 自由さに溺れ不自由さを感じる的な理屈じゃあるまいに、休めるからこそ余計に疲弊するって人としてどうなのだろう?

 ザカリアスが目覚めの一杯を持ってきて、その後で朝食までまたベッドでゴロゴロし、朝食後に公爵のところへ行く事に。

 公爵の部屋についてから、そう言えば私服じゃなくてずっと戦斗服を着ていたなと思い出した。


「お帰り、待ちわびたよ」

「お久しぶりです、公爵」

「まあ、座りたまえ。君からは色々聞きたいからね」


 その言葉が、俺にとってはなんだか嫌味のように聞こえて胃が疼いた。

 自律神経失調に対する薬でも飲んで置けばよかっただろうか?

 後で胃炎や胃液に関わる薬も飲まなければ……。


「――何から、聞けば良いか迷うね」

「えっと、とりあえず小さな事から始めましょうか?」

「そうだね、その方が判断を違わずに済む」

「辺境伯との事ですが、方がつきました。辺境伯は自分の奥さんを蘇らせたいと思い、遠い昔の遺物を使ってそれを成そうとしたようです。立ち会いましたが、多分亡くなった当時の婦人そのものが蘇ったと思えるので、彼はもう何かをする事は無いでしょう」

「――そうか。それは、懸念する事が一つ消えた。しかし、実際にはどのような事をしたのかな?」

「それが、神聖フランツ帝国で見たような、古代言語や古代文字に纏わる物で、自分が知っている知識を代替して対応した物で……正直、自分にも分かっていません」


 辺境伯に関しての報告はそれだけだ。

 その後どうなったか、どうなるのかには気を払った方が良いが、何事も無ければ落ち着いてくれるだろうと言い加える。

 公爵は俺の報告に安心したようだ。

 実際、俺がいなければ無系統を使えるミラノに手が伸びていたかもしれないのだ。

 それを踏まえて、公爵は安堵したと見て居る。


「それで、今回の神聖フランツ帝国への訪問は……どうだったかな?」

「他国を訪れると言う意味では、有意義な物でした。ただ、ヘラが昔に洗脳されていた事で今回はただの来訪と言うわけにはならず、結果として洗脳されいていた彼女がさらに国を洗脳していたと言う状態にまでなっていました。これに関しては実際にタケルやファム、マリーが自分と同じように逃げ回る立場になったので分かっていると思います」


 言外に「彼女たちが嘘をつく訳無いですよね?」という、追及回避の言い回しをしておく。

 公爵は別段気にした様子ではないようで、置いてあった酒を二つのコップに注いで一つを手渡してきた。


「それについては先日、英霊の皆から話を聞いている。君の言葉も真実であると認めよう。ただ、私としても一つだけ困っていてね。ヘラ殿のことだ」

「はい」

「君が主従契約をしたと言うのは、本当かな?」

「はい、事実です。最もマリーに手伝ってもらいましたが」

「ほう?」

「マリーが召喚魔法、果てには主従の契約と言う物が本来どうあるべきかと言う事を研究しているようでした。本来であれば召喚とは拘束力の無い、言ってしまえば相手が此方を認め、此方も相手を認めることで成り立つ対等な物だと――その研究の話を聞いていたので、洗脳されていた彼女が敗北を受け入れられず自害し、洗脳から解放されたので主従契約で魔力を与えました」

「……なるほど。それも、彼女達の言葉と一致している。でね、私はどうすべきか迷っているんだ。本来であれば英霊を、しかも他国に所属していた人を使い魔にしてしまった君をどうすべきかでね。たとえ事情があったとしても、君のした事は他国の英霊を連れ去った行為をした事に他ならない。それを抱えておくのは、決して国の為にならないと私は考えている」

「――……、」


 当たり前だ。

 俺がしたのは半誘拐に近いともいえる。

 しかも洗脳状態にあったとはいえ、今まで英霊や英雄を寄越せと言っていた隣国に連れ去られたのだ。

 軍事的に置き換えるのなら、唯一の核兵器を持ち出されてしまったような物だ。

 糾弾されて当たり前だし、そんな事になりうる可能性を持っていたいと公爵が思うわけが無いだろう。


 公爵は酒を一杯呷り、それから深い溜息を吐いた。


「ヘラ殿は出来る限りの事をしたと、その上で自分の成した事にたいして罪滅ぼしの意味を含めて自らの意思で来たと言っている。それでも、人と言うのは難しい物だよ」

「それは理解しています。今まで崇めていた相手が、自国にいた英霊がいなくなる……。それを、理由があったとしても受け入れられる人の方が少ない事も、自分が厄介な人物と化してしまったことも自覚しています」

「では、君はヘラ殿を見棄てるべきだった……とは、私は思わない。確かに君のした事は決して容易に認めてはならない事だと思う。だが、亡くす事の方がさらに大事だと私は考える。たとえ自国からいなくなろうと、主従関係で自由が無くなったと判断されようとも生きてはいるんだ。それに……マリー殿がそれに関して君の事を感謝していたよ。ロビン殿も、勿論――アイアス殿もね」

「――……、」

「まあ、ここは彼らを頼るとしよう。ただし、それについては君の方から出来る事はしておいて欲しい。その上であれば、私は君を糾弾も差し出しもしない事を、名に賭けて誓おう」


 それは、俺にとって意外な言葉だった。

 てっきりややこしくなって、定期的に往復しろだとか一時的に神聖フランツに行けとか言われるのかと思ったのだが――。


「君は、どうやらもっと難しく考えていたみたいだね。だが、私とて難しい立場にもう何年と居る。こういった事をしてきたんだ、少しは頼って欲しかったね」

「あ、いや、その――」

「とは言え、簡単な話ではなかったのは確かだ。たまにヘラ殿をあちらに行かせなさい、そうやって無事である事や独占の意志が無いことを見せる……と言う事も、考えないとね。ふふ――」


 公爵が良い笑みを見せてくれている、信じて良い……のかもしれない。

 ただ、目の下の隈が色濃く、色々と考えたり悩んだだろう事は其処から推測は出来る。


「――そう言えば、あちらで買って来たお土産などがあるのですが。どうでしょうか」

「お土産、か。律儀だね。それで、何を買ってきたのかな?」

「公爵ともなれば、忙しい事や疲れと言う事も有るでしょうから取って置きのお酒を買ってきました」


 そう言って、俺はストレージから酒を出す。

 神聖フランツ帝国では物凄い贅沢な酒を作っており、魔結晶を用いて熟成させたり冷やすといった事で美味しいワインを造っているそうだ。

 サクランボと一緒にクリスタルのような魔結晶が沈んでおり、これによってワインセラーに入れているような冷たさを維持するのだとか。


「本来であれば今回の件でかけた迷惑を考えれば足りないでしょうが――」

「いや、酒を口にしての言葉で言うなら……よくやった。貸しを作った上に、君はまた名を売ったのだから。沈められた船の乗客を逃すために剣をつき立て海に没した青年という歌が吟遊詩人によって唄われていてね」

「え゛」

「君の使い魔を通じて報告を貰わなければ、最悪の事態も考えたが……なんにしても、デルブルグ家に属する者が恥じぬ行いをしたと言うだけでそれは利益になる。少し、そのあたりも考えてくれると嬉しいかな」


 そう言って、公爵は俺が渡したワインを早速開封する。

 果物の香りと僅かなアルコール成分が鼻を突き、唾を飲んでしまった。


「さて、なんであれ朝早いが景気付けだ。君も一杯どうかね?」

「ありがたくいただきます、公爵」


 俺は今回の一件で大きく境遇が変わるかと思ったが、そうでもないらしい。

 考えても見れば、あの一件で一緒に英霊達と立ち向かっているのだ。

 神聖フランツ帝国が何かを言ってきても、タケルやファムと言うツアル皇国、妹であるマリーやヴィスコンティ所属のアイアスとロビンも証言してくれるだろう。

 最初から彼らを頼ると言うことで、面倒な事は有る程度封殺できたと言うわけか……。


 酒を貰ってから、俺は「それでは、残り少ないですがお世話になります」と言って退出した。

 公爵は厄介ごとを抱えたと思っているようには見えず、むしろ微笑を讃えて紳士的な態度を一切崩さなかった。


 お土産で一つ思い出し、俺はアリアの部屋へと向かう。

 俺が家を出る時には体調を崩したままで、その経過を実際に目にする事は無かったのだ。

 部屋の前まで行ってから、そう言えば嫌われ役を演じた事を思い出す。

 ノックしようとした手を止め、数秒の間迷ってしまった。

 ……あ、そういや伍長の事公爵に話してなかったな。

 伍長が近くに居れば結構役立ちそうだし、そもそも俺の家を探してくれるって話は?

 

 そんな事を考えつつも”逃避である”と理解しながら、俺は二ステップで右を向く。

 基本教練そのもので、出来れば「駆け足、進め」と逃げ出してしまいたかった。

 だが――。


「あ、やっぱり!」


 逃走しようとしていた俺を他所に、アリアの部屋の扉が開かれた。

 其処から出てきたのはヘラで、俺の胸部よりも背丈は小さいが頭にある花飾りが今となっては大きくなって見えた。


「アリアさん、アリアさん。ヤクモさんですよ!」

「ヤクモさん?」

「あ~、え~……」

「ほらほら、中に入ってください!」


 ヘラに腕をつかまれ、俺はもう諦めた。

 彼女の力は衰えておらず、もし彼女が本気を出せば林檎の如く手首を握りつぶす事さえ出来るだろう。

 彼女に半ば引きずられるようにアリアの部屋に入ると、なんだかお茶会をしているようであった。


「もしかして、邪魔したかな」

「あ、いえ。その……」

「ヤクモさんのお話をしてたんですよ~。昨日帰られて、そのままバッタリだったので、アリアさんが少し心配してまして」


 ヘラがそう言うと、アリアは少し驚いた表情を見せる。

 直ぐに何か言うのだろうかと見ていたが、困ったような表情で「はい。そう、なんです」と答えてくれた。


「その。また色々有ったみたいで、帰られて直ぐに姉さんは無茶苦茶しましたし、兄さんが部屋に連れて行ったら直ぐに寝てしまったと聞いて」

「あ~、まあ……。ずっと緊張しっぱなしだったし、警戒ばっかりしてたから細かい疲労とかが溜まっちゃってさ。それより、アリアは大丈夫? その……」


 俺があげた薬で、随分酷い目にあったと――そういいかけた。

 だが彼女は俺の懸念を払拭するように笑みを浮かべてくれた。


「『火よ』」


 そう言いながら彼女はクラインと同じように指を鳴らした。

 すると指の先からライター程度の火が出て、今度はその火を手で掴むように握り締めて「『炎よ』」と言った。

 握った手を開くと、手の平に火が生まれる。

 それを見て俺は少しばかり驚いた。


「兄さんや姉さんがしている勉強を傍で一緒にやっていたんです。魔法を使っても疲れませんし、詠唱をしても咳き込んだりしないようになりました。それに、無系統も……また使えるようになりました」

「そっか。そりゃあ……おめでとう?」

「何で疑問系なんですか」


 俺の言葉にアリアはクスリと笑った、どうやら本当に回復したようであった。

 それを見てから俺は直ぐに「そう言えばお土産」と言って色々と出す。

 まだ寝ていたら退屈だろうと、向こうで買った本が何冊かある。

 それとは別に向こうで入手できた魔法の詠唱関連の本や……装飾品もある。


「その……迷惑かけたし、回復するとは言ってもその為に辛い思いさせたから、埋め合わせを――」

「いえ、そんな。私は……むしろ、感謝しないといけないのは私の方です!」


 アリアと俺で意見が平行線になってしまい、彼女はなんだか――本気で、感謝しているようであった。

 俺は先に目を逸らし、何か話題を変えるものを探す。

 都合よく存在したのは装飾品で、これもまたご機嫌取りとは言え必死に考えたものだった。


「あのですね~、ヤクモさんは何が似合うかな~って随分悩んだんですよ~?」


 ヘラがあっさりと、俺が悩みまくった事実をバラしてくれる。

 あの時一緒だったのは確かにヘラだから知っていて当然なのだが、なにもバラさなくても……!

 しかし、騒いでも仕方が無いので俺は半ばヤケクソになりながらもそれを手にする。

 

「……ミラノとお揃いで悪いんだけど、俺はこれが良いと思ったんだ」

「これは?」

「この中に、お互いの写真――絵を入れてるんだ。ミラノにはアリアのを。アリアにはミラノの写真を。色々あった、けどさ。やっぱり……姉妹、なんだし。二人とも――少し違うかもしれないけど、お互いに想ってるって事を、なんと言うか……」


 言っていて恥ずかしくなり、首から徐々に頭部が熱くなるのを感じた。

 ……携帯電話のデータを、伍長に頼んでロケットペンダントサイズに現像してもらったのだ。

 滞在中に此方へ戻るまでの猶予があったので、その間に伍長に会って急遽追加で買ったものなのだ。

 

 ロケットペンダントで、首から提げる余り大きくない首飾り。

 蓋を開くと見えるようになっていて、その対にクラインの写真も入っている。

 取り出さないといけないが、折りたたんで父親と母親である公爵夫妻の分も入っていて――家族を、常に感じていられるように、想っていられる様にと言う……俺なりの、クッサイ考えだった。


「アリア、ごめん。俺は……偶然とは言え二人の秘密を知ってしまった。その上で、お願いしたい。誰も悪くないし、今更誰かが欠けたり仲たがいして欲しく無いんだ。すんごい、今更なんだけど――」

「……これは、姉さんには?」

「まだ、これから」

「だったら、早く言った方が良いですよ。姉さんは結構心配していた分怒ってもいましたから。自分が後回しにされた~って知ったら、多分すんごい怒っちゃいますし」

「そ、そっか。いや、その。本当、ゴメンな? それと、有難う」


 アリアの進言どおりに、俺はミラノの部屋まで急ごうとする。

 だが、直ぐに「待ってください」と言われてしまった。

 なんだろうと思っていると、アリアが俺を真っ直ぐに見つめている。


「付けて、くれませんか? ヤクモさんの手で」

「――それくらいなら、幾らでも」


 アリアが差し出したロケットペンダントを受け取り、俺はフックを外して彼女の首を回すようにつけてやる。

 そして銀色のロケットペンダントが首から下がり、胸元で綺麗に光を反射している。


「どう、ですかね?」

「ん。やっぱ、この色で良かったなって思ってる」

「それじゃ、行ってきて下さい。ちゃんと謝らないとダメですよ?」

「有難う」


 今度こそはと、アリアの部屋から退出した。

 ヘラがヒラヒラと手を振って俺を見送っており、多分俺が「体調を崩していたから」と言う事を聞いて先んじてきてくれたのかも知れない。

 そのことにも感謝しながら、小走りで廊下を急いで行った。



 ――☆――


 ヤクモが部屋を去ったのを見送ってから、アリアは苦笑していた。

 机の上やベッドの上に置かれたお土産と言う”お詫びの気持ち”が篭められた品々に、本当に申し訳ないと思っていたのだろうと推測したからだ。


「ヤクモさんは、向こうにいる時でも皆さんの事を考えてましたよ。何がいいかな~とか、何だったら喜ぶかな~とか」

「何と無く、想像出来ちゃいますね。で、一番悩むんですよね?」

「はい、それはもう」


 ヘラが笑みを浮かべながら、アリアの言葉を肯定した。

 それを聞いたアリアは苦笑し、その笑みを徐々に消していった。


「やだなあ……。姉さんを見ていると、自分もそうなるんだろうなあって思ってたから、あんまり……そうならないようには、してたんだけどなあ……」


 アリアはそう言って、溜息を吐いた。

 ――かつて、ミラノは自分の目の前で自分を助けに来た兄が、目の前で負傷してしまった所を見てしまった。

 死んだと思っていたからこそ、自分が頑張らないといけないとずっと頑張り続けてきた。

 しかし、その裏側では終わりの見えない――停滞の兆しさえ見せていた学園での生活に焦燥感を抱いていた。

 閉塞し始め、息が詰まり出していた。

 そんな中現れたのは、異世界の住人であるヤクモだった。

 彼は学園では教わらない事を抱えていた、ヴィスコンティだけではなく周辺国にもない考え方を持って現れた。

 命を救われた、自分の存在意味が”ミラノとして、長女としてクラインと言う兄の代わりを果たす”と言う点にあったが、囚われた世界の中から引きずり出されたのだ。

 その結果、無自覚ながらも――ミラノは「現れた王子様」に惹かれている。

 アリアはそんなミラノを見て、自分もそうなるのでは無いかと……静かに、分析していたのだ。

 自分も同じように、閉じた世界から引っ張り出されてしまったら――。

 此方にまで歩み寄ってきて手を差し伸べられたら、簡単に”堕ちてしまう”のではないかと。

 無自覚なミラノとは違い、自覚した状態でそうなってしまうのではないかと考えたのだ。


 だから積極的に関わろうとはしなかった、言葉遣いも他人行儀なままにしてきた。

 けれども……そう言った誤魔化しが通用しなくなってきたのを感じていた。

 相手にではなく、自分に対して。


「ヘラ様、私は――怖いです。自分が変わるのが、変わってしまう事が」

「はて。怖いというのは、どのような?」

「今までのようには居られない事が、弱い自分に安心していられる事ができない事が」


 アリアは恐れた、病弱でいたからこそミラノが自罰的に頑張るのに対して、苦しむという事で相殺したつもりで居たから。

 しかし、もう病弱ではなくなってしまった。

 そうしたら、何を持って今まで苦しんできたミラノに報いれば良いのか分からなくなったのだ。

 ミラノはクラインが帰ってきた事で、肩肘を張って頑張らなくて良くなった。

 だが、それでも五年間と言う年月を無かった事には出来なかった。

 その上――今度は、ヤクモという彼女の騎士を奪いかねない自分も理解してる。

 アリアの中で、負い目を感じているミラノは何でも差し出すだろう事を理解していた。

 だからこそ自重しようとしていた。


 それでも、アリアは考えてしまうのだ。

 部屋を去ってからミラノがヤクモを罵倒するだろうと。

 そんなミラノに若干暴力を振るわれるかもしれないが、彼は許してもらおうと下手な言葉を並べるだろう。

 ミラノがその下からの態度を見て気を許しかけた位になって、心の隙間に入り込むようにお土産を出す。

 ミラノがそれらで気分をよくすることも、アリアがそうしてもらったようにロケットペンダントの説明を受けることも、その意味も、全てを聞かされるだろう。

 そしてミラノが謝罪を受け入れた時に彼がホッとした表情をする事も考えてしまい、アリアはそれを向けられているのが自分じゃない事に胸を痛めるのだ。


「そして……姉さんに対して、嫉妬している自分も分かっていて。それが、苦しくて――」

「ん~、良いんじゃないですか? 嫉妬しても」

「え?」

「嫉妬したくなるって事は、それだけ想っていたり考えたりしている――或いは、惹かれているという事じゃないですか。嫉妬自体は、別に悪い事じゃありませんよ。ただ、その為に他人や当人を傷つけたり変に束縛しようとするのがいけないんです。――うっ、心当たりで胸が」


 アリアに聖職者らしく語るヘラだったが、その言葉が洗脳状態だった自分に悉く跳ね返っているのを思い出して胸を押さえる。

 国に閉じ込めようとした、行動を全ての洗脳者を使って監視していた、城に拘束しようとした、自分だけの物にしようとした――。

 最終的には「死んでいても良い」と言うトチ狂った考えにまでなっていて、そんな自分が果たして説教しても良いのかと考えてしまったのである。

 

 胸に刺が刺さりまくっているヘラをよそに、アリアはその言葉をかみ締めていた。

 

「うぅっ、後で懺悔をしないと……。兎に角、自分の中にある想いは誰にも理解する事の出来ない、自分だけの感情なんです。それをどのような形にするか、どのような行動にするかは自分次第って言う奴なのですよ」

「ですが……」

「修道院や教会で一生を捧げる覚悟があるのであれば、私は自縄自爆のようなその悩みも否定しません。けど、そうする事ができない――其処に答えが、もうあるんじゃないですか?」


 そう言ってヘラはお茶を飲む。

 そしてヤクモが置いていった本を眺めながら、一冊を手にした。


「人生と言うものは、短いようで長いですし、長いようで短いものです。なら、多くの事を知って、多くの事をして、多くの世界に触れて、自分の中の世界を広げて――その上で、改めて判断したらいいと思います。私のご主人様でもありますから! そう易々とは渡しませんよ?」


 そう言って、ヘラは告げる。

 生半可な気持ちで来ても無意味だと。

 悩んで、迷って、どうしたら良いかも分からない状態で来られても相手にすらならないと。

 アリアはその言葉を聞いて、ようやく笑みを浮かべた。


「ヘラ様も、人みたいな事を言うんですね」

「あらまあ、私だってちゃんと人間してたんですよ? なら、同じように白馬の王子様がやってきて、馬に乗っけて連れ出してくれる事に憧れたり、そうしてくれた相手にちょっと入れ込んじゃったりするのが変だとは言わせません」

「人間、ですか」

「人間、ですよ」


 ヘラは終始ニコニコと、悩み迷える相手を決して不安にさせないようにしていた。

 その上で色々と話を聞いてもらい、僅かながらどうすれば良いかの道筋を示されたアリアは胸中が幾らか晴れるのを感じた。


「ちょ、待って! 付けてっていったのそっちじゃん! なのに近いって意味がわからポァァアアアっ!!!!!?」


 遠くから悲鳴のような叫び声が聞こえ、そして窓の外で弧を描きながら吹き飛んでいく影が一つ見える。

 それはアリアを悩ませている存在であり、少しずつその存在が大きくなっている相手でもあり、そして――ミラノが無自覚に大事にし始めている、特別にし始めている相手でもあった。


「や~、大変ですね~。けれども、女性を意識しない男性と言うのは、最終的に酷い目にあうと相場が決まってるんですよ」

「それは何処のお話なんですか?」

「えっとですね。むかしむかしあるところに――」


 アリアは、とりあえず決めない事にした。

 早い内に決断しなければいけないと考えていたから、思い込んでいたからこその苦しみが急に和らいでいくのを感じる。

 ヘラがしてくれるお話を聞きながら、窓の外で大の字になって伸びている相手も色々な話を知っているのだろうなと――アリアは思った。

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