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ヒモノ女子は優雅に腐る  作者: せりもも
Short Stories
84/88

キスの魔法

8章「深く結ばれてるんです、……心が。」の直後のシーンです。





始めまして、芹香ももな先生。

今河義元、本名です。「カワ」は、サンボンガワではありません。サンズイの「カワ」です。


……。


ってかさあ。

こんな話、面白いわけ? よくある話だよ? フツーのコイバナ。

小説のネタになんかならないよ。


……わかってる、取材は大事だよね。僕の親父も作家だからさ。

親父? 時代小説家の大河内要(おおこうちかなめ)だ。かなり人気があるから、名前くらい知ってるだろ?


……わかったよ。

出会いは、「ロジエ・ルージュ」。まあ、そういうサロンだ。


ナオから声をかけてきたんだよ。いや、声じゃなかった。もっと雄弁な。

隣に座って、黙ったまま、じっと僕を見つめてるんだ。

桜色の目元。潤んだ瞳。

まつ毛がふるふる震えてて、かわいかったなあ。

仕掛けてきたのはナオだけど、僕も、ひと目で恋に落ちたんだ。



その時僕は、絶対、「上」がいい、って直感した。

いつもは「下」だけど。

それは、ナオだって同じさ!

つか、あのナオが「上」って、ありえないだろ……。



ひと目で恋に落ちた2人は、そのままホテルに向かおうとした。大人同士だもん、当たり前だろ? 恋愛の、最初の手順だ。

それなのに、あの女の子……典子ちゃんがやって来てさ。

おまけに長い間会ってなかった僕の親父まで連れてて。



親父は、恋愛に関しては、超保守派なんだ。そんなわけで、僕は、絶賛家出中だったわけ。それが久しぶりで再会、しかも、ゲイバーで。

間にナオを挟んで。


親父は大声で怒鳴るし、そうなったら、僕も黙っちゃいない。惚れたナオがそばにいるんだしね!



酒場は、大混乱になり、怖いバーテンはいるし、危うく、「ロジエ・ルージュ」へは、出入り禁止になるところだったよ。



ホテル? それどころじゃないよ。

親父が激昂してるそばから、ナオは酔いつぶれちゃって。

おまけにナオには野獣系で頭のいい恋人がいるって、典子ちゃんが教えてくれて、さ。

僕は紳士だからね。ひとまず、ひきさがったんだ。



その後、ナオに会ったけど、もう、とりつくシマもないって感じ? 

僕が、仕事相手の作家の息子だって知って、遠慮しちゃったんだ。

それか、恋人から何か言われたか。



……あきらめたわけじゃないよ。たとえ恋人がどんなにセクシーな男でも、絶対、奪ってやる。

僕は、ナオが欲しい! これは理屈じゃない。欲しいものは欲しい。

それに、ずっと好きだって言い続けてたら、いつかはナオだって……。


ナオには、そういう優しさみたいなもんがある。こっちのわがままを何でも聞き入れてくれそうな。

気持ちが真剣だってわかったら、きっと、最後には応じてくれる……そういう人なんだ。

……まあ、付け込み易いともいうけど。



とにかく、きれいで優しい男なんだ、ナオは。ありとあらゆる人種の男が惚れるわけさ。

盗られないように、気をつけないと!



……古海さん?

なぜここにあの人が?


僕は、あの人、嫌いだ。

いやなやつだよ。

ナオを手に入れた、なんて言ってさ。

ナオの方から、キスした、なんて言うんだぜ?


そんなこと、あるわけないじゃん!


どうしてそう、すぐわかる嘘をつくかなあ。

あの人は、全然、ナオのタイプじゃない。

そもそもナオには、野獣系の彼氏がいるじゃないか。

つまり、古海さんは、ナオの好みの、真逆のタイプなのさ!


その恋人が相手なら、僕も、少しは譲ってもいいよ? だって、すごくステキな人みたいだから。

なんなら、僕も混ぜてもらって、幸い僕は、どっちもいけるから、ナオと、3人で……

……いや、こっちの話。



古海さんは、しつこい。

蛇みたいに執念深く、ナオを狙ってる。

もうね。まるわかりだよ。

自分は、遊んでるくせにね!


典子ちゃんも、なんであんな危険な男を身近に置くかなあ。

あ? 典子ちゃん自身は、ちっとも脅威じゃないよ。

そりゃ、そうだ。彼女、腐ってるもん。

つか、腐女子に限らず、あのナオが、女になんか、興味を持つもんか!



え? キスの魔法? 芹香先生はそれを書きたいわけ? 

ふうん。ファンタジーを書きたいんだ。

でも、その本は、モーリス出版社からは出版()せないよね。モーリスで出版しているのは、BLだけだから。


? 何、典子ちゃん。急に慌てだして。

はあ? そんなこと、考えてなかったって?


だって、ジャンルって、大事なんだろ? 親父のところに来る大手出版社の編集さんも、よくそう言うぜ?

ジャンルの定まらない作品は売れない、って。


皆で同じネタ、つついててどうする、売れないものを売った時に、商機は訪れるんだって、おやじは言い返してるけど。


あ。

おやじがBLを書いたのは、芹香先生、知ってる?

時代小説とBLのミックスで、海外では大人気らしいぜ!



でもまあ、常識で考えて、モーリス出版社が潰れないのは、ジャンルを、BLだけに絞っているおかげだ。

一種の隙間商法だね。見事な生き残り戦略だと思うよ。

え? 違うの? 経営戦略じゃないって?


は?

……胸きゅん(ラブ)? 萌え至上主義? エロ礼賛?

な、なんだかよくわからないけど……、

……まあ、いいや。


とにかくさ、混ぜたら危険、って言うだろ!



ええと。

どこから話そうか。

まず、僕は、古海さんは嫌いだ。

それは、さっきから、言ってる。


眼鏡が嫌いだ。

それから、髪は、もっと長いのが好みだ。

顔だって、冷たすぎる。

整いすぎてんだよ、あの人は。

まるで、人間らしさがない。


背の高いのは好みじゃないし、なんで、あんな黒い服ばかり着てるのか、理解に苦しむ。

皮肉屋だし。

男好きを、隠そうともしないし。

僕を、こっ、子ども扱いするしっ!



嫌いだ嫌いだ嫌いだ!

あんな人、大っ嫌いだ!



……、……、……。

息が切れちゃった。

芹香先生、もういいでしょ?

確かにあの人は、僕にキスをしたよ?

……ひどい話だ。

好きでもないのに、平気でキスできるなんて。


僕?

もっ、もっ、もちろんっ、嫌い。

古海さんなんて、大っ嫌いだ。

何度も言わせんなよ!



でも、キスは、超絶、うまかったな……。

あの、キス……。

甘く蕩けて、泣けてくるほど優しくて。それから、うっとりするくらい濃厚な……、

もう、どうとでもして、って感じ? この人のためなら、なんでもしてあげちゃうって思わせる……、



いや。いやいや。

なし。

今の、ナシね! ナシだから!

あの人のキスは、下手っぴだよっ!

ドSのキスだ!

どういうのが、ドSのキスか、僕は知らないけどねっ!


だってさ。

あの人は、そもそも、僕の恋敵(ライバル)じゃないか!

僕から、ナオを取り上げようとしてるんだぜ!

最っ低!

最っ悪!

陰険険悪悪魔、魔、魔、魔……、

くっそーーー、作家の息子なのに、言葉が足りない!


……わかった。

興奮はしてない。大丈夫だ。



結論を言うよ。

僕が好きなのは、ナオだ。

ナオは、特別な人なんだ。

あの運命の出会い、一目で僕を虜にし、元々受けの僕を、攻めにした。

(あ、まだ、ヤってない。ナオが恥ずかしがるから。顔なんか、真っ赤になっちゃうんだぜ。な。カワイイだろ? ナオって)


古海さんとのことだって、間にナオがいるからこそなんだ。

あの人は、ナオを失いたくない(つか、元からナオは、あの人のなんかじゃないって!)一心で、僕にキスをし、

僕は、ええと、キスされて……。

ナオが相手なら、上。

でも、あの人が相手なら、

……。

……その時は、

……下……、

が、いい、

……かな。

古海さんが相手なら、下がいい……。



キスの魔法。

一瞬で覆る。(外部校正者アカ字注記:主語、ヌケてます。上か下かが?)

……キス。

甘くて熱い、危険な香りの……。



があああああーーーーっ!

とにかく!

僕はナオをあきらないからなっ!

絶対!




**




●芹香ももな ファンタジー作家への道

【タイトル:キスの魔法】



ある日突然、俺の目の前に、トラックが突っ込んできた。

俺は、気を失い、意識を取り戻した時、見たこともない場所にいた。


そこへ、みすぼらしいなりの老人が現れた。

「わしは神様だ。お前に、いい知らせと悪い知らせがある。どちらから聞きたい?」


「悪い知らせから」

俺は答えた。


すると神は答えた。

「お前は、死んだ。そしてそれは、わしの手違いだ」


「なんだと? 俺は死んだのか? 神様の手違いで? あんまりだ!」

「すまん」

「謝って済むことじゃあ……。で、よいお知らせとは?」

「お詫びに、お前の願いをひとつだけ叶えて上げよう」


すぐさま、俺は言った。

「今から俺がキスする人間を全て、俺好みの男に変えてほしい……」


それを聞いた神様は……、

……

……。




 プリントアウトされた原稿の、最初の数行を読み、編集者は、顔を上げた。

「芹香さん、」

編集者は言った。

「冒頭から、間違ってます」


「どこが?」

作家は尋ねた。


 編集者は、ため息をついた。

「どこが、って……、『俺』さんは、男なんでしょう? だったらこれ、お願いの中身ね。男じゃなくて、女でしょ? 『俺』さんは、自分がキスした人を、全て、自分好みの美女にしたいはずですよ?」


「違いますっ!」

作家は叫んだ。

「『俺』は男だからこそ、キスした人間を、全て男にしたいわけで、なぜならこれは、男×男の……」


「うちでの出版は、無理ですね」

最後まで言わせず、ぴしゃりと、編集者が言い放った。



 傍らで、ほっと、ため息が聞こえた。

 典子が漏らした、安堵のため息だ。


 一乗寺典子は、モーリス出版社社長、兼、芹香ももなの担当編集者だ。今日は、わざわざ、他社出版社編集部まで、出張ってきていた。作家の傍らに、ぴったりとくっついて。


「よかった。これでももな先生は、今まで通り、()の専属作家ね! そのお原稿も、モーリスで頂くわ!」

本当に嬉しそうに、彼女は笑った。




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