第77話 援軍
援軍は、思いもかけぬ方角からやってきた。
日本のBLが、海外でひっぱりだこだという。
火付け役は、カナダのハーレキング社だった。
日本BLの翻訳物が、英語圏で、大人気を博したのだ。
例の、胸毛BLである。
特に、受けの胸毛が、繊細なのに猛々しい魅力がある、よくぞ書いてくれたと、大評判になっている。
「さすが、芹香ももな先生ね! 目の付け所が違うわ!」
典子が満足げに笑った。
「経済産業省に、クールBL室設置、ですって」
ネットニュースをザッピングしていた古海がつぶやいた。
「内閣官房では、クールBL戦略担当大臣も設けるらしいです。少子化対策担当大臣に代わって」
「藤堂さん、怒ってないのね」
あれから、政府からは何も言ってこない。
典子の父親、一乗寺社長のところへ、何らかの話が言った様子もない。
モーリス出版社に家宅捜査が入ることもなかった。
チョコレートの包み紙を剥がしながら、典子が言った。
「よかったわね、古海。結果として、藤堂さんもBLに目覚めたようだから……」
「お誉め頂かなくて結構です、お嬢様」
きっぱりと古海は言った。
これら海外の動きにより、日本政府のBLへの圧力はなくなった。
むしろ今では、BLは、有望なコンテンツ産業として脚光を浴びている。
BL専門出版社は息を吹き返し、書店はまた、BLを店頭に並べだした。
以前よりもっと、おおっぴらに。
エンタメの棚、売れ筋本のフロアに。
モーリス出版社は存続し、それどころか、収益を上げていた。
BL冬の時代にも、しつこく直売で売り続けたのが、全国の読者及び書評子に評価されたのだ。
その一方で典子は、ピカリエへのBL図書館設営を撤回した。
代わりに、シブタニのサクラバラ地区にある邸宅を購入した。
回廊式庭園を有し、大正ロマン漂う邸宅である。
ケチのついたピカリエは見捨て、ここにBL図書館を設営しようというのだ。
サクラバラ地区は、5年後の再開発が予定されている。
それに先駆けて、閑静な隠れ家的腐女子の館を造るのだと、意気込んでいる。
図書館の司書には、山田ハナコに来てもらうことになっている。
意外なことだが、この元公安のスパイは、きちんと司書資格を取っていた。
「さあ、忙しくなるわよ!」
チョコレートで口の周りをべたべたにし、典子が張り切っている。
「作家さんたちは、フル稼働だわ。もちろん印刷所も。取次ぎからの注文が、ひっきりなしだから」
「え、典子さん、これ……」
メーラーの受信リストを見ていた直緒が、驚きの声をあげた。
「森絵梨先生に、たかたかき先生……原稿添付しますって! 本当に?」
どちらもBL界のカリスマ的トップスター作家だ。
本来なら、到底、モーリスなどに書いてくれる作家ではない。
にっこりと典子は笑った。
「ええ。私が原稿を依頼したの。他にも、有名どころの先生方に、どっさりと」
「すごい、典子さん! いつの間に」
「一番大変な時に、BLを手放さなかった作家さんたちよ。だからわたしも、その志に報いようと、」
「大手出版社から干された時期を狙って、モーリスに取り込んだわけですね。普通にお願いしても、受けてもらえないから」
ぼそりと古海がつぶやいた。
「おかげで私は、日本全国ドサ回りの旅でしたよ。……突然いなくなってしまうお嬢様、あなたを探して」
惚れ惚れと、直緒は典子を見た。
「やっぱり、典子さん! あなたは素晴らしい人だ。僕は一生、あなたについていきます!」
「直緒さん、またそういうことを。……仕方ない。それなら私も」
「萌える本を、たくさん出しましょうね!」
典子が両手をこすりあわせた。




