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ヒモノ女子は優雅に腐る  作者: せりもも
第8章 腐女子と官僚

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第66話 正真正銘の国賊




 「大漁大漁」

ほくほく顔の典子が帰ってきた。


「ブツはどこへ置きます?」

うんざりした顔のもなみが続く。

「宅急便を3箱も頼んだのだから、これもついでに送ればよかったのに」

キャスター付きのキャリーバックを重そうにひきずっている。


「わかってないのね、モナちゃん」

スカートをはためかせ、典子が言った。

「こういうのはね、手に入れたその日に読みたいものよ。あ、その本、お部屋にお願いね」



 「どうでした? 同人誌即売会。お目当ての作家さんとお話、できました?」

不平たらたら、キャリーバックとともにもなみの姿が消えると直緒は尋ねた。


「んー、お席が留守の作家さんが多かったわ。自分のが売り切れると、狩りに出ちゃうのよね、人気の作家さんって」

「そうですか。それは、残念でしたね」


「でも、席にいらっしゃる方もいてね。楽しくおしゃべりできたわよ」

「よかったですね、典子さん」

「ええ。頑張ってメアドやアカウント、交換したわ。でもいつもそうなっちゃうんだけど、なかなか、お返事がもらえないのよね。連絡しようとするとアドレスが変わってたり、ブロックされたりするの。この間のビブリオバトルの時もそうだったわ」

「それは、間が悪いことですね……」


 メアド交換などをした直後に、相手方に不測の事態が起きたのかもしれない。

 あるいは、よりお得なプランを発見して、通信会社を乗り換えたとか。


 腐友を作るのは、典子の悲願だ。だから直緒は、典子が気の毒でたまらない。



 同情が得られて、典子の気分は、いくらか晴れたようだ。

 明るい顔をして言った。

「大丈夫よ。いざとなったら、また、遠藤さんに頼むから!」


 遠藤というのは、私立探偵である。

 典子は気に入った作家や絵師がいると、遠藤探偵事務所に依頼して尾行させ、住所を突き止めるのだ。


 典子が顔を上げた。

「そういえば、直緒さん。珍しい人に会ったわ」

「珍しい? どなたです?」

「山田ハナコちゃん」

「山田……ああ、あの、」

おばさん、という言葉を直緒は危うく呑みこんだ。

「司書の女性ですか」


 BL図書館設立の為、典子が雇った司書は、ある日出勤してこなくなった。

 履歴書にあった住所を訪ねたところ、引っ越した後だった。

 山田司書は、忽然と、姿を消していた。


 「山田さん、お元気でした?」

急に消えてしまったものだから、直緒も心配していた。

 うふっと、典子は笑った。

「ええ。彼女、薄い本を売ってたわ」

「えっ!?」


 ……山田さんって、そういう人だったっけ?

 BLのことは何も知らない人で、典子から、いろいろ教えられていたような気がする。

 ……半分セクハラのように。



「お友達の本なんですって。凄いわね、ハナちゃん。あっという間に腐友を作るなんて」

「たいしたものですね」

直緒は感心した。


 孫がいるくらいの年齢の女性をも虜にするBL。

 仕事を投げ出すのは感心しない。だがその年齢で、新しい世界に友人を作る山田の行動力にも、直緒は深い感銘を受けた。



 「ハナちゃんね、この頃ね、凄く調子がいいんだって」

嬉しそうに典子が言う。

「夜もよく眠れるし、ご飯もおいしいんですって。そういえば、お肌はつるつる、白髪も減ってたわよ」

典子は胸を張った。

「それもこれも、最初に手を取って指導してあげたわたしのお陰よ! ハナちゃん、涙を流して感謝してたわ!」


最後のは嘘だな、と直緒は思った。




 ドアが開く風圧で、部屋の空気が歪んだ。

「古海!」

典子が悲鳴をあげた。

「もっとそっとドアを開けてよ! わたし、吹き飛ばされそうになったわ!」


「それは失礼致しました」

古海は慇懃に頭を下げた。

 つかつかと、だが足音も立てずにオフィスの中に入る。

「ですが、それどころではございません、お嬢さま。高楼出版集団が摘発されました。中花国の……鈴麗さんの出版社が」

「なんですって? 高楼出版集団が!」


 典子が立ち上がった。

 そのまま走り出そうとする。


「お嬢様、どちらへ?」

「決まってます。中花国です」

「今から? 手遅れです。それに、お嬢様は、かの国では、要注意人物になっています。入国したら、その場で拘束されます」

「え? わたしが? なんで?」


「お嬢様」

古海はため息をついた。

「とりあえず、お座りください」



 「中花国では、BLは弾圧されています。BLを出版すれば、当局に目をつけられます。悪くすれば、逮捕されます。ここまではよろしいですね?」


 オフィスで典子と直緒に向き合って座り、古海はひとさし指を立てた。

 典子と直緒は頷いた。


「かの国では、ボランティア密告員が横行し、子どもから老人まで、あらゆる年代の人が、当局のスパイとして暗躍しています。隠し通すことなど、到底不可能」


古海はため息をつき、頭を振った。


「その国の出版社へ、お嬢様は送金されました。鈴麗さんの高楼出版集団です。これは、BL本の地下出版への資金として使われました」

「わかった! お金の流れがバレたのね。日本から送金したって……」

「送金手続きをしたのは私です。私がそのようなヘマをしたとお思いですか?」

「だって、他に考えられないもの。あなたがドジったのよ、古海」

「違います、お嬢様」


憤然と古海は答えた。


「資金は、あちこちの架空口座を経由して、高楼出版集団の口座へと送られました。私が何年もかけて、いろいろな名簿を買いあさり、身分証を偽造して作った、架空口座です。そこから足がつくはずなど、ないのです!」


「古海さん、そんなこと、やってたんだ」

直緒がぼそっとつぶやく。

「え……? や、止めます! もし直緒さんの気に入らないのなら、いますぐに口座を閉めますから!」

古海が叫ぶ。


「もおっ! 直緒さんが絡むと、古海はすぐにぐたぐたになっちゃうんだからぁ!」


「本の為でしょ。別に気にしません」

直緒が口を出すと、古海は飼い主に撫でられた大型犬のような顔になった。



 こちらは不機嫌なまま、典子が続ける。

「……それで、あなたの送金が完璧だったら、なぜ、わたしが送金したってバレたのよ?」

「お嬢様。高楼出版集団が出版していたのは、どんな本だか、ご存知でしたか?」表情を引き締め、古海が問う。


「そりゃあもう」

満面の笑顔で典子はほほ笑んだ。

「それが、送金の条件だから!」


「お嬢様。あなたは、……いやもう、言っていいですか? あなたは、バカであられますか? マヌケ? トンマ? スットコドッコイ……」

「……なによ」

「高楼出版集団が地下出版していたのは、モーリスの本だけなんでございますよっ! 日本でも出てないモーリスの本、つまり、モーリスの電子書籍を、中花語に翻訳した紙の本だけなんです! いくら資金の流れを隠したって、どこから金が出ているかなんて、一目瞭然じゃございませんか!」


「ええと……」


「どんなに好意的に見たって、モーリスから金貰って翻訳出版してるとしか考えられないでしょうが! おおっぴらに出版できないBLを! 闇でこそこそと」


「だってその通りじゃない」

「お嬢様、ヒモノで腐女子の上に、あなたはアホ……」



 「それで、鈴麗さんは大丈夫なのですか?」

古海を遮って、直緒は尋ねた。

「弾圧されている本を出版して、鈴麗さんは無事だったのですか?」


「もちろん逮捕されて、牢の中です」

力無く古海が答えた。

 二重に力の抜けた声で付け足した。

「あいかわらず、真っ先に女性の心配をしますね、直緒さん」



 「鈴麗のことなら、心配ないわ」

典子が顔を上げた。

 ふふんと笑った。

「一乗寺建設にはコネがあるでしょ? 中花国政府上層部との」


「それを使うのですか! お嬢様、一乗寺家を、このごたごたに巻き込むおつもりですか!」

 古海が叫ぶ。


 当然、というふうに、典子は頷いた。



**



 藤堂参事官の秘書が部屋をノックすると、微かな衣擦れの音が聞こえた。

 ドアを開けると、上司の藤堂の他に、警察庁の羽鳥警視が来ていた。


 ……やっぱり。

 秘書は思ったが、顔には出さなかった。


 二人ともこちらに背を向け、窓から外を眺めていた。

 いかにも急ごしらえのポーズという感じだ。


「失礼致します」

 咳払いをして、秘書の女性は言った。


 短めのタイトスカートからのぞいた脚は、省内を歩いていると、熱い視線の的だ。マスクメロンを二つくっつけたような胸も、渇望のまなざしにさらされている。

 だが、部屋の中の二人の男性は、彼女の美脚にも巨乳にも、まるで興味がないようだった。



 「なんです、騒々しい」


 苦々しげに、藤堂参事官が言った。

 彼女の上司だ。

 浅黒い精悍な顔立ちに、髪をオールバックに固めている。


 ……二人の時間を邪魔しちゃったわけね。

 秘書の女性は密かに思った。


 彼女は言った。

「さきほど、中花国主席から首相にホットラインが入りました。主席におかれましては、大層ご立腹とのことです」

「どういうことだ?」

「例の焚書の件です。わが国の政策に口を出すな、と」

「もっとわかるように説明しなさい」

「日本の某所から、賄賂が送られたそうです。収監中の女囚を解放せよと」

「その女囚の罪状は?」

「禁書の発行です。日本から持ち込まれた禁書を翻訳・出版したそうです」

「ふむ」

「もちろん、主席はその賄賂を受け取り、女囚は解放しました。その上で、内政干渉は不愉快だとの苦言を呈されたわけです」


「賄賂を受け取っておいて、内政干渉するなとは」

藤堂参事官はため息をついた。

「で、賄賂を贈った団体の名は?」

「主席は秘されました」

「……暴力団だろうか。仕方がない。で、その本の出版元は? 日本から持ち込んだという」


秘書はメモを見た。

「モーリス出版社」


「モ、モーリス……」


 藤堂参事官と一緒にいた羽鳥警視の顔色が変わった。

 警視という身分を裏切るように、こちらは、色白で小柄だ。形の良い額に、髪を七三に分けている。


「参事官、モーリス出版社というのは、例の一乗寺典子がオーナー社長です」

「なんだと? 国内政策ばかりか、デリケートな外交問題にまで嘴を突っ込むとは。あろうことか、国に尻をもちこむなんて!」

「すると、賄賂を贈ったのは、暴力団ではなく、一乗寺建設ですね。一乗寺典子の実家です」

「暴力団も一乗寺何たらいう土建屋も、同類だ! 中花国の為政者に賄賂を贈るなど! ……正真正銘の国賊だな、その娘は」


 こめかみを揉みながら藤堂参事官は、秘書に、控室へ戻るよう合図した。



 ……はいはい。お邪魔虫は退散しますよ。

 だが、心の声は一切出さず、彼女は静かに部屋を出て行った。



 「例の件はどうなっている」

参事官は羽鳥警視に尋ねた。

「あまり露骨な真似はできません。わが国は、民主主義国家ですから」

「そうだ。中花国のように、焚書や、作家の逮捕などという手を使うわけにはいかない」


非常にいやなものを口にするように、参事官は付け足した。


「BL弾圧などと言われたら、中花国と同じになってしまう」

「日弁連が黙っていないでしょうね。言論の自由を奪われたと言って」

それはまずい。法律家あいつらが絡んでくると、とにかく時間がかかるからな。愚図愚図していたら、この国の人口は減るばかりだ」


 政府は、BLの普及及び腐女子の増加が、日本の人口減少の一因だと考えていた。

 苦虫をかみつぶしたような顔で、藤堂参事官は命じた。


「弾圧することなく、てっとり早く、この国からBLをなくすんだ」


 羽鳥警視は頷いた。


「権力ではなく、空気を利用します」

「空気?」

「雰囲気。あるいは、人の気持ち」

「……可能なのだな」

「はい。お任せ下さい」



**



 「鈴麗さんと、その同僚の方が、解放されました」


朝の光のこぼれるダイニングルームで、古海が報告している。


「高麗出版集団の活動は制限されますが、それは、仕方のない事でしょう。むしろ、鈴麗さん達が無事であったことを喜ぶべきです」

「そうね」


「しかしながら、お嬢様。次にかの国へ行かれます時には、念のため、お父上であられる一乗寺社長と御一緒がよろしいかと。その折は、もちろん、私もお供致します」

「わかったわ」


温めたクロワッサンに、メープルシロップをたっぷりかけながら、典子は言った。

「今回の行動は迅速だったわね、古海。褒めてあげます」


古海は、慇懃に頭を下げた。

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