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ヒモノ女子は優雅に腐る  作者: せりもも
第8章 腐女子と官僚

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第64話 ステキな娘さんたち

 「なんじゃ、ここは。女ばっかしじゃないか」


 女、それも若い女ばかりである。

 男性もいないことはないのだが、ごく少数である。

 甘い匂いが漂ってきそうで、老人はむせ返る思いだった。


 執事喫茶を出た後、大きなビルに連れ込まれた。

 そのビルでは、一階から八階まで、全てのフロアで本を商っているという。

 田舎暮らしの老人には、驚くべき建物だった。


 「しっ!」

典子が言った。



 柱の陰から覗いていると、直緒が出てきた。

 本を手に、熱く語り出す。

 老人には殆ど理解できなかったが、その本がどんなに素晴らしいかを、語っているようだ。

 一生懸命、口から唾を飛ばしそうな勢いで。


 その熱いまなざしを見ていると、老人はふと、彼が子どもだった時のことを思い出した。

 寝る間際、絵本を読んでやっていると、よく、あんな顔をしていた。

 途中で止めると、怒った。


 試みに老人が作った話を聞かせると、「それで? それで?」と、先をせがんだ。最後まで考えていなかったので、往生した。



 「この物語は、読む人の心を癒し、また明日一日、元気に過ごせるよう、読者に寄り添ってくれると思うのです」

彼の孫は、最後にそう言って、締めくくった。



**


 「これ、持ってる!」

がちゃがちゃとダイヤルを回した創が、不満そうに言った。

「あら。じゃあ、わたしに頂戴」

典子が言った。

 透明な丸いカプセルを開け、中身を手に取り出す。

「ね、おじい様。これ、この人、ちょっと、直緒さんに似てると思いません?」


 老人は、差し出された金属の円盤をしげしげと見た。

 小さな円盤に、若い男の絵が描いてある。


「ね? ね?」


 典子があまり熱心に言うものだから、ポケットから老眼鏡を取り出して眺めた。

 典子がすり寄ってきた。

 一緒に円盤を見ながら言う。


「口元とか。目元とか」

「……」

「優しそうなところが、そっくりですわ」

「……あいつは、優しいか?」


典子はびっくりしたように、老人を見た。

「もちろん! あんなに優しい人はいません」



 「ああっ! また同じっ!」

創が叫んだ。

「創君。それ、ワシにくれんかね」

「いいよっ! 僕は、短髪のが欲しかったんだ。黒い服で、銀縁眼鏡のキャラがね」

「悪趣味」

典子が言った。



**



 「剛造だ。本谷剛造」

打ち上げだと連れて行かれた店で、老人は名乗った。

「直緒さんのおじい様」

典子がそう言うと、その場の娘たちは、いっせいに感心したように頷いた。


 年齢はさまざまで……剛造から見れば、どれも娘や孫みたいな年齢だ……、みな、はつらつと美しい。

 化粧の薄い子が多く、健康的だ。あまりおしゃれでないところがいい。なにより、目が輝いている。


 「直緒はワシが育てた」

だから、一言、付け足した。


 孫は、不快そうな顔をして剛造を見たが、何も言わなかった。

 部屋の隅で、ぐいぐい酒を飲んでいる。

 最初の席決めの際、ああだこうだ、みんなでごちゃごちゃやっているうちに、いつの間にか、隅に追いやられてしまったのだ。


 直緒には、昔から、そういうところがある。

 女の子に、妙に敬遠されるのだ。

 実に不甲斐ない孫だった。


「直緒、こっちへ来い」

「やだね」

一言、直緒は言った。


「やだって!」

嬉しそうに創が叫んでよこす。

 創は、直緒の隣に座っていた。

 直緒のグラスが空になると見るや、たちどころに、縁まで酒を満たした。

 まるでゲームをしているようだ。こぼれるこぼれると脅しながら、きゃっきゃとはしゃいでいる。

 グラスを持ち上げずに顔を近づけ、直緒は、酒を啜り上げた。



 剛造の隣には、書店員の香坂が座った。

 「素敵でしたわ、本谷さんの発表」

にっこり笑って言ってくれた。

 剛造は、ちょっと、得意になった。


 「あら、絵美衣さんのには敵いませんことよ」

耳ざとく香坂の声を聞きつけた娘が口を尖らせた。

「足元にも及ばないと言うか」


かなり響く声で、あちこちから、賛同の声が沸き起こった。


「当り前ですわ。絵美衣さんのBLへの愛に敵う方なんか、おりませんわよ」

「本当に。わたしも相当、ハマってるつもりでしたけど」

「私なんか、ひと財産つぎ込んでますけど、」

「それでも、絵美衣さんにはかないません」


 「あら、そんな風におっしゃられては、」

一際美しい……ただし、若干年齢高めの……娘が、軽く恥じらって見せた。

「私だって、一乗寺典子さんには敵いません」


 「そうですわね。なんてったって、ご自分で出版社をお興しになったんですもの」

「社員が一人しかいなくても」

「自転車操業でも」

「弱小零細でも」

「ね!」


 「ふふん」

香坂とは反対隣で、典子が胸を張った。

「わたくしもっ! おねえ様方にはっ! 敵いませんことよっ!」



 ……いや、その言い方はダメだろう。


 女心に疎い剛造でさえも、さすがに、周囲を見回してしまった。

 だが、娘たちは一様に、穏やかな笑みを崩さない。


 ……なんとよくできた娘たちなんだ!


 淑やかな乾杯の音頭に続き、娘たちは、さざめくような心地の良い声で、会話をしていた。

 なんだか専門的過ぎて、、剛造にはいまひとつ、意味がつかめないことが多かった。


 「ツンギレ」とか「ザブエル」とか「イチハチキン」とか。

 「サンド」とか「ベーコンレタス」とか。


 頭のいい娘さんたちなのだと、剛造は思った。

 その上、料理も得意らしい。


 ……そんなことより。

 ……直緒の相手は、誰なんだ?



 先週の週末。

 勝手に見合いを断った直緒は、剛造に、自分には好きな人がいると告げた。

 誰だと尋ねると、会社にいる人だと答えた。

 それ以上は言えない、と言う。


 ワケアリの人なのだと、剛造は直感した。

 しかし。


 会社には、この典子という娘と、あと、メイドの女の子しかいなかった。

 メイドは、全力で否定していたし……彼の孫を。失礼な話だ……、直緒も違うと言い切った。


 すると、この……。

 しかし、ワケアリの筈のこの子の薬指に指輪はない。なにより、この年齢で不倫は、違う気がする。


 やっぱり、おかしいのか。

 頭が。

 だから直緒は、はっきり言わないのかもしれない。



 剛造は言った。

 「なあ。あんたが、直緒の恋人なのか? 確かに直緒は優しい子だが。いや、ワシも別にかまわんぞ、ちょっとくらい頭がめでたくたって」


 ……これは差別とやらか?


 差別はよくないと、剛造は思った。

 なぜならそれは、究極の弱い者いじめだから。

 でも、剛造にとっては大事なことだった。

 だから、ためらったけど、続けた。


「ちゃんと子どもが産めるなら」


 くるりと典子が振り向いた。

 隣に座った人と夢中で本の話をしていたのを邪魔され、露骨に不機嫌そうだ。

「違うわ」

とだけ、答えた。


 剛造はここで退けない。さらに問い詰めた。

「だって、直緒の恋人は、会社の人だぞ? あんたの会社には、直緒の他、社員はいないって、今……」

「直緒さんの恋人は、男性なのっ! それしかありえないの。どうしてもっ!」


 きっぱりと典子は断言した。

 そして、時間が惜しいとばかりに、また、話の続きに戻っていった。


「……」


 「あの、剛造さん?」


 呆然としていると、誰かが剛造の袖を引いた。

 書店員の香坂だ。


「それは、古海さんだと思いますよ」

「ふるみ?」

「本谷さんの恋人です。会社の人、じゃなくて、一乗寺家かいしゃにいる人」


「古海さんっ!?」

素っ頓狂な声を出したのは、同じく書店員の松本だ。こちらは香坂より若く、幼い感じだ。

「やっぱり? 本谷さんと古海さん……、素敵! ケナゲウケ カケル キチクゼメ、ですねっ!」


「なんですって!」

松本の隣の娘が、黄色い声で叫んだ。

「本谷さんの恋人って、掛け算のできる方なのね!」


 当り前じゃないか、と、剛造は思った。

 掛け算もできない女なんて、買い物に行ったときに困るではないか。


 娘たちがざわめいた。


「そうすると、本谷さんの属性は?」

「ジョウオウサマウケでは?」

「いいえ、むしろクーデレウケだと思います」

「意外とツンウルとか?」

「いいえ、それ、ちっとも意外ではございませんことよ……」



 「黙って!」

誰かが叫んだ。

 典子だ。

 ひどく怒っているような声で、典子は叫んだ。

「なぜ古海なのよっ! あいつには、萌え要素なんか、1ミクロンもないのよ!? 本当よ? なにしろあいつは、腐女子の敵なんだからっ! ね、創!」


 いきなりふられて、創は飛び上がった。

 直緒に酒を飲ませることに、熱中していたのだ。

 もちろん直緒は、その頃にはもう、しっかりと酔いつぶれてた。

 創は、その直緒に冷たいおしぼりや氷を当てて、目が覚めるかどうか試していた。


「えっ!」

「だから、古海は、腐女子の敵でしょ?」

「えーとぉ、僕、腐女子じゃないしぃ」

「イヤミなやつじゃない」

「でも、意外と優しいとこあるもん。僕、好きだよ、古海のこと」

「創は、古海×直緒さん、なんてカプ、許せるのっ?」


「うーん」

創はうなった。

「僕、ナマモノはちょっと……」


「修業が足りないわっ、創!」



 「典子さん、典子さんがそう思うのは」

落ち着いた声でそう声を掛けたのは、年上の書店員・香坂だった。

「古海さんが典子さんのお世話をする人だからじゃないですか? 典子さんの中で古海さんは、お母さんになってしまっているのでは? だから、古海さんには、萌えられないんですよ」



 「古海さんって、どんな方?」

娘たちの中の一人が尋ねた。


「とっても素敵な方よ。本谷さんに危ないことがあると、自分の身を顧みず、真っ先に駆けつけて来るの」

香坂が答えた。


 詳しい話ができないのがもどかしい。

 立てこもり事件の詳細は話さないようにと、警察から口止めされているのだ。


 ビブリオバトルで優勝した娘が尋ねた。

「そんなことより、ルックスはどうなの!?」

鼻息が荒い。


 うっとりと、若い方の書店員、松本が答えた。

「長身で細身の男性なの。短髪の前髪を、軽く逆立てていらっしゃるわ。いつも黒のスーツをお召しになっていて、お話は敬語を使われるわ。私達にはそんなことはないけど、ちょっと皮肉屋さんかも。なにより、銀縁眼鏡を掛けていらっしゃるのよ!」

「敬語攻めの鬼畜メガネね! よろしい。合格!」


「合格」

「合格」

「合格」


声はさざ波のように次々と、娘たちの間に広がって行った。



 って。

「長身で細身の……男性? 男か! 本当に男なのか? 直緒の相手が! 許さんっ! 直緒、おいこら、直緒っ! 起きろ! 起きんかいっ!」


酔いつぶれて突っ伏している孫に詰め寄り、引き起こした。その襟元をつかんで、ぐいぐい揺さぶる。


「ワシはお前をそのように育てた覚えはないっ! そのような……男とつきあうような男にっ!」


直緒が薄目を開けた。

「ジジイ」

 子どもの頃の笑顔で、にっこり笑った。

 また寝た。


「なおーーーっ!」



 「まあ、いいじゃないの、おじいさん」

一番年齢が高いと踏んでいた娘が、剛造に向かって、にっこりとほほ笑んだ。


 あやうく剛造は涙ぐむところだった。

 もちろん、そんなことはしない。

 なぜなら剛造は、男だから。

 男は人前で涙など見せるものではない。


 代わりに、心の奥底から、本音がだらだらと溢れ出してきた。

「病院を継がないのは、仕方ない。そもそもあいつの父親……ワシの息子も継がなかったんだし」


遠い目をした。


「直緒が進学の為に都会に出て行った時、一応は反対した。都会で就職した時もだ。だが今では、仕事のない田舎にいるより、あいつが独り立ちできたことを、誇りに思っている」


鼻を啜り上げた。


「年寄りに育てられたのに、よく育ってくれたと思うよ。本当に。あとは、優しい伴侶を見つけてくれたなら……、たとえ遠く離れた土地にいようとも……、ワシは、安心して死ぬことができる……」


ぐいと、酒を呷る。


「だが、なぜそれが、男なんだ! あの世に行ったら、ワシは息子に、なんと申し開きをすればいいんだ!」



「なら、長生きしなよ、おじいちゃん」

彼の孫の頬に氷を押し当てながら、創が言った。

 直緒はぴくりと動いたが、目は覚まさなかった。



 最高齢の娘が、剛造の隣に、どっかと座った。

「そうそう、創君の言う通り。あのさ。彼、幸せなんじゃないかな」

「どこがじゃ!」


 娘は、手酌で酒を注いだ。

 ついでに剛造のグラスにも酒を注ぎ足した。


「だって、無理して男でいなくてもいいんだよ?」

「はあ? 直緒は男だ!」

「でもさ。男だからって、ジイちゃん、泣けないじゃん、孫を盗られちゃったのにさ。それ、辛いでしょ。泣けば楽になるのに」

「泣けるか!」


「他にも、彼女の機嫌とったり荷物持ってやったり、嫁より多く稼がなくちゃって追い詰められたり。男って、いろいろ大変じゃん。そんなのいっさいがっさい、ポイしていいんだよ。男同士なら」

「男の美学を捨ててどうする!」

「いらないよ、そんなもの。家事も仕事もしないで亭主をナイガシロにする女を引き当てちゃったら、どうするの。わざわざイバラを選ぶんだよ? そこに、愛があるってことじゃない。愛があればこその男同士なんだよ」







【語釈です】


ツンギレ

 ツンデレキャラが、恥ずかしさのあまりキレてしまうこと。


ザブ(ビ)エル

 The BL。BL のこと。


イチハチキン

 そのまま読めば、18禁。


サンド

 3Pですね。内訳は「攻め × 受け × 攻め」


ベーコンレタス

 Bacon Lettuce、すなわち、BL。


女王様ウケ

 はよろしいですね?


クーデレ

 クールにデレデレ


ツンウル

 普段はツンツン、構ってもらえないと、お目々、ウルウル。


ナマモノ

 実在の人物をネタに、妄想すること。


イバラ

 これは普通に、とげとげした困難な道。

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