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ヒモノ女子は優雅に腐る  作者: せりもも
第8章 腐女子と官僚

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第62話 バカップル?

 「緊急報告です!」


「なんだ、騒々しい」


「図書館! 図書館です! ピカリエの空きスペースに図書館!」


「ああ、とうとう、あそこが埋まるのか。シブタニ区長も困っていたんだろ? 図書館か。駅前の一等地なのに、長い事借り手がなかったから、よかったじゃないか」


「いえ、それが、例の、一乗寺典子……」


「なに? 彼女が絡むのか?」


「BL図書館を開設するそうです。シブタニ区の一等地、ピカリエに!」


「び、びーえる!? 青少年の集うシブタニに、その駅前商業ビルに、こともあろうに、BL図書館を!?」


「一乗寺典子は、要注意人物です。厳重に隔離すべきです! 例の潜入調査官からの報告によると、彼女の身の回りの男性は、次々と強い悪影響を受けているんです。画家と会社員、出版社の営業と編集、それに所有する印刷所のオペレーターと製版係……」


「男同士の恋愛では、赤ん坊は生まれない。少子化を促し、国を疲弊させる。少子化対策は国是だ。これ以上被害が広がらないように、さっさと手を打て」



**



 「本当は、サクラバラ地区に出したかったの」

憮然として典子が言った。

「でも、サクラバラ地区の再開発は5年後だし、大事な本にダニはどんどん湧くし。もう、待てなかったの。しかたがないから、駅前再開発の終わったピカリエにしてやったのよ」


 BL図書館の開設場所である。

 典子は最初、自宅、一乗寺邸に開設するつもりだった。


 しかし、やみくもに大量の本を集めた上に長雨が続き、本に大量のダニが湧いてしまった。

 燻蒸処理を施し、虫干しし、なんとか退治した。


 一切の手配をしたのは、古海である。

 代わりに彼は、条件を出した。

 一乗寺邸にBL図書館を作ることを、禁止したのだ。




 「BL図書館建設自体は、反対しないんですね」

 帰宅しようと玄関まで古海と歩きながら、直緒は言った。

「前は、あんなに反対してたのに」


「まあ、私は、お嬢様に悪いことを致しましたから。……つまり、」

妙に歯切れの悪い口調で、古海は続けた。

「私はお嬢様から、直緒さんを取り上げてしまったわけですから」


「それは違います。僕が、典子さんから古海さんを盗ってしまったんじゃないですか」

少し間があいた。

「婚約者であるあなたを」


「婚約者? だから、私にはそんなつもりは、はなから毛頭、全然全くありません」

きっぱりと古海は言い切った。

「そもそも、女性には興味がありませんので。ヒモノで腐女子なら、なおさらです。私が大切なのは、本当に好きなのは、好きで好きでたまらないのは、あなただけなんですよ、直緒さん」


「古海さん、……恥ずかしいです」

「恥ずかしい? どうして?」

「だって……」

「あなたはどうなんですか? 一向に私のことを、好きと言ってくれない気が、」

「そんな、面と向かって……」

「言ってくれたら嬉しい」

「言えません」

「なぜ?」

「そんな、女の子じゃないんだから、好きとか……口に出して……」

「あのね、直緒さん。私は、酔っぱらっている時とアノ時以外にも、好きという言葉を言ってもらいたいのです。直緒さんが、しらふでまともな時間にも」

「僕がいつ、そんなこと言いました!」

「本当に、覚えてないんですか? 一回も?」



 「あの、」

積み残された本の山の向こうから声がした。

「聞こえちゃってますけど」

 司書の山田だった。


 「あ? いいですよ、別に」

すかさず古海が応じた。

「別に隠すようなことはしてませんし。ね、直緒さん」

「え? ええ……まだ、そんなには」


「私は、誰の前に出ても大丈夫です」

古海が胸を張る。

「だって、他の男は絶ちましたし、遊びに出ることも止めましたから。これであとは直緒さんが受け容れてさえくれたら……」

「古海さんっ!」


 直緒は柱の向こうをさし示した。

 典子が駆けてきた。


 本の仕分け作業をしているので、正々堂々とジャージを着ている。

「ハナちゃん。これこれ!」

右手に持ったDVDケースを高く掲げた。



 「ハナちゃん?」

古海が不思議そうな顔をした。

 山田が自分を指さす。

「私です。下の名前が、ハナコなんです」



 典子は嬉しそうだった。

「これこれ、これに出てるの。ハナちゃんの質問の答え! 男同士の恋愛の手順! キスからワンステップずつ進んでいくの。巷では教科書とまで言われている、古典的な名作なのよ!」

「それでいくと、今の古海さんと本谷さんは、何トラック目にいるのでしょうかね?」

目を泳がせて、山田が尋ねた。


 「古海と直緒さん?」

典子は立ち止まった。

 初めて、ふたりがいることに気がついたようだ。

 彼女は言った。

「圏外よ、もちろん」

「だって、二人はこんなにバカップ……いえその、仲がいいじゃないですか」


 「山田さん、お嬢様は見たくないものはご覧にならないのです」

重々しい口調で古海が言った。


「それはつまり、典子さんが本谷さんを好きだからですか?」

ずばりと山田が聞いた。

 思わず直緒が首を竦める。


「そおよ。直緒さんはわたしの、大事な抱き枕なの。昼間も使える、便利な抱き枕よ。その上、ダニも湧かないの!」


「え?」

山田が、呆然とした顔をした。


「そして、これと思った男にけしかけるんですよね」

古海が嫌味全開で口にした。

「全く、けしからんことです」


「……」

山田が絶句した。


 典子が叫ぶ。

「萌えの為よ! モーリスの社員は、萌えの為なら、何でもするの!」

「するんじゃなくて、させるんでしょ。一乗寺家の令嬢ともあろう方が。女衒ぜげんのようなマネを。でも、これからはそうはさせません。私が一切、許しませんから」

「何を言うの、古海。そういうあなたは、萌えの対象外よっ。男としての存在価値が皆無なのっ!」

「男としての存在価値じゃなくて、腐女子の中での存在価値でしょ。むしろ望むところ、皆無で結構でございます」

「同じことよ! 古海を見てるとわたしのテンションがぐんぐん下がっていくの! 萌えの天敵よ!」

「褒め言葉として受け取っておきます」


 言い争う主従の向こうで、こそこそともの音がした。

 典子が、はっとしたように叫ぶ。

「ハナちゃん! なんで逃げるの、ねえったら!」


 足音を忍ばせ玄関へ向かっていた山田が、ぎくりとしたように足を止めた。

「……そのDVD、見たくありません」

消え入るような声で、彼女は言った。

「前にお借りした、『鬼畜攻め×女王様受け』も、まだ全部見れてませんし……というか、見たくな……」

「いいのよ。返すのはいつでも。そうだわ! これから一緒に見ましょう! わたしのお部屋へいらっしゃいな!」

「いえ、私、残業はしない約束で……」

「残業代なら出すから! 全然かまわないわ! まかないで、ポテチとコーラもあるのよ!」


 典子は山田に駆け寄った。

 その手を強引に掴み、脇に挟みむ。


 山田が縋るようなまなざしを直緒と古海に向けた。だが、これだけ密着されると、男の二人には、どうしようもない。


 典子は、いやがる山田をひきずるようにして、階段を上って行った。




 「ま、あの方なら、腐部屋に入っても、腐る心配はないでしょう。オバさんですし」

「古海さん、オバさんはいけません。……わかりませんよ……あの、古海さん……」



 「本谷さん! よかった。まだいた」

メイドの篠原もなみが小走りでやって来た。


 直緒は慌てて古海の手を振り放す。

 もなみは、見て見ぬふりをした。


「お電話です。モーリスの固定電話に。ご実家から」

「あ……すみません」

狼狽したまま、直緒は言った。

「まだ繋がってますから」

「ありがとう、もなみさん」




 「ちょっと、なぜ直緒さんは、あなたを名前で呼ぶんです?」


 走って引き返していく直緒を見送りながら、古海が不平を述べた。

 軽く不機嫌になっている。


「他のメイドは、メイドさん、なのに」


「私がそう、教えたからです。女性を名前で呼ぶことは大切です。ま、本谷さんの場合は、手遅れですが」


もなみは顔を顰めて見せた。


「それより古海さん。小林さん、かなり参ってますよ。古海さんがきつく叱ってばかりだから。小林さんは文学少女なんです。慣れてないと思うんです、そういうの」


「文学少女? あの子が?」


「自己申告です。本当のところは、知りません」


「……いずれ彼女には、フォローを」


「しときました。私が。辞められたら困りますからね。古海さんからだといって、かりんとうを差し入れときました」


「なぜ、かりんとう?」


「たまたま、アサフの本家へ行って来たんです。一乗寺本家の近くには、かりんとうの老舗がありますから」


「それにしたって、そんな、黒いだけが取り柄の、細くて短い、枯れ枝のような駄菓子……」


「言えた立場ですか。プライベートのいらいらで八つ当たりするの、止めてもらえませんかね。自分は性欲が弱いって言ってましたよ、本谷さん」


「それは、今まで経験がなかったからで。でも、適切な手順で慣れさせていけば……、ん? なんで彼はそんなことまで、あなたに話すんです? 篠原さん!」


「悩んでるんですよ、本谷さん。古海さん、いたずらし過ぎなんじゃないですか?」


「してません、いたずらなんて。真剣に交際してます」


「痛いのは、誰だっていやなものです。いくら最初だけだって」


「……よく知ってますね」


「だって、みんなそう言いますもん。そこはさすがに、私も経験ありませんけど。なにしろ本谷さんちは、専門病院ですからね。きっと幼いころから、怖い話をワンサカ聞かされて育っているに違いないです、育ての親のおじいちゃんに」


「その可能性は、私も考えてます……」


「そうはいっても、私的わたしてきには、古海さんに同情してるんですよ?」

「同情? あなたが? 私に? ……こなした男の数ですか?」


「違います! なんで私が古海さんと、狩った男の数を競わなくちゃならないんです? そりゃまあ、私の方が多いでしょうが……」


「そんなことはありません! でも、安心して下さい。私の方は、もう、増えませんから。私は、浮気はしないんです」


「古海さんって、そんなに保守的なヒトでしたっけ?」


「なっ、なんです、人聞きの悪い」


「だって今までは……」


「直緒さんが特別なのです!」


「今までとは違う恋愛、ってわけですか」


 古海は答えず、目を伏せた。

 その様子が非常に妖艶で、もなみはどきりとした。


 「でも、男同士っていいですね」

溜息と共に彼女は言った。

「今の本谷さんみたいにぐずぐず拒んでる女見たら、私、尻蹴り上げますもん。ヤれる体してんのに、もったいぶってんじゃねえ! って」


「……篠原さん。あなたがなぜ、男をとっかえひっかえしてるか、わかった気がしますよ……」




 「あれ、まだいたんですね」

直緒が戻ってきた。

なんだか怒っているようだ。


「あのジジイが……」

完璧な形をした桜色の唇から低いつぶやきが漏れ、もなみはぎょっとした。

「敬老の日に贈り物をすると、年寄り扱いするなって怒るくせに。帰らなきゃ帰らないで文句を言って……」


顔を上げた。

「あ。週末、ちょっと実家に行ってきます。仕事は大丈夫ですから。典子さんには、事務所のボードに書いておきました」


 さっさと歩き出す。



 「直緒さん!」

絶望的な叫びを、古海が上げた。

「週末は、私の部屋にお泊りだって、約束したじゃないですか! 二人でゆっくりお休みを過ごして、今度こそ……」


「ジイちゃんを怒らせると、やっかいなことになるんです」

振り返って直緒が叫んだ。







※古海の「これと思った男にけしかける」というセリフ、典子が直緒を、(奸計を用いて)誰にけしかけたかは……いやはや、ここまでの全編をお読みいただくしかないですね。


※直緒の実家の稼業は、5章の上から2番目のサブタイトルになってます。

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