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ヒモノ女子は優雅に腐る  作者: せりもも
第2章 攻め×攻め+当て馬 
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第6話 三角関係の頂点は



「桂城君。そこまで言ったらいけないよ」

 直緒が振り返ると、ピンクの春霞が、細身の男性の隣に立っていた。


「でも、先生……」


 控室で、典子は首尾よく、画家の吉田ヒロム先生と会えたのだろう。

 連れだってギャラリーへ現れたとみえる。

 静かに吉田先生は言った。


「僕の絵を挿絵に欲しいということは、モーリスさんも、僕の絵を認めてくれたってことだよ?」

「許しませんっ、BLなんかっ」

益々鼻息荒く、桂城は言い募った。

「先生の絵が荒れる。先生は、しあわせ書房の絵本にお描きになるのです。たくさんの子ども達が、先生の絵を待っているのです」

「しかし……」


「ギャラのことなら、心配しないで下さい。先生の為に営業部と掛け合って、たくさんの仕事をもぎとってきます。僕と一緒に、ミリオンセラーを目指しましょう!」


桂城は、鼻を鳴らして、直緒を指さした。

「吹けば飛ぶような零細企業に、先生への謝礼なぞ、払えるわけがない」


「ふふふ」

 不敵に典子は笑った。

 桂城は、はっとした顔になった。

「そうだった。こいつは、一乗寺建設の……」


「黙れ! 編集長は、自力で会社を興したんだぞ! 足りない分はデイトレードで賄ってるんだ」

思わず、直緒は叫んだ。


「デイトレードだあ?」

もはや馬鹿にしきった表情を隠そうともせず、桂城は嘲った。

「言うに事欠いて、デイトレードとは。本末転倒もいいところじゃないか。それじゃ、お嬢さんのお遊びだ」


「うるさい、編集長を悪く言うなっ!」


「まだいたか、草食系のヘナヘナ男がっ!」

「どこがへなへなだ、どこがっ」

「全部だよっ!」


桂城は腕まくりをした。

「やるか」


直緒も足を踏ん張り、ネクタイを緩める。


「ステキ! ネクタイを緩める男性って、クるわ! 頑張るのよ、直緒さん」

「一乗寺さん、煽ってどうするのです、煽って!」


「こらお前、腐った妄想のエサにされてるぞ! なんとか言え!」

「お前こそ、なこと、口走ってんじゃない!」


「ああ、もう、どうしましょう! ヒロム先生と桂城さんが一緒にいただけでもご馳走だったのに、直緒さんも巻き込んで決闘なんて。これはもう、先生を頂点にした三角関係以外、あり得ないわ!」


「モーリス!」

「一乗寺さん!」

桂城とヒロム先生が、同時に叫んだ。


 直緒は相手の隙を狙っていて、それどころではない。

 なにしろ、桂城は、大柄だ。小柄な直緒には、隙を突く必要がある。


 典子は、両手を胸の前で組んでいた。

 ひとり、ぶつぶつ、つぶやいている。


「でも、おかしいわ。桂城さんと先生では、どうしたって先生が受けで、桂城さんが攻め。受けの先生を、直緒さんと桂城さんが取り合っているのよ。え? え? 直緒さんは、攻め? いいえ、違うわ。どこをどう見たって、直緒さんは受け」


直緒にはわけのわからないことをつぶやきつつ、首を捻った。


「つまり、直緒さんと先生が受けで、桂城さんは攻め。とういことは……」

典子は桂城の顔を覗きこんだ。

「あなた、まさか……直緒さんを狙ってるの?」


 いや、そんなこと、聞かなくてもわかるだろうと、直緒は思った。

 桂城は間違いなく、直緒を叩きのめそうとしている。

 始めは言葉で。

 そして今や、腕力で。


 桂城の顔が、おもしろいように赤くなっていく。

 ついに、理性のタガが外れたようだ。

 腕を振り回し、わめいた。

「モーリス、殺す!」


「こらっ、お前の相手は俺だろうがっ!」

直緒が叫ぶ。


「違うわっ! 何ぬかすっ!」


 こんなにも激昂した男を、今まで直緒は見たことがない。

 こめかみに青筋が立ち、今にも切れそうだ。


 自分が何発か殴られるのは構わない。こっちだって、おとなしくしているつもりはない。

 だが、暴力が典子へ向けられることを、直緒は恐れた。


「まさか女性に手を出すほど卑怯じゃないよな」

「女に手を出す方が、どれだけまともか!」


「お前……許さん!」

怒りに火がついた直緒が、こぶしを固めた、


 その時……。

 「これは面白いものを見せてもらった。長生きはするもんだねえ」


 腰を直角に折ったばあさまだった。

 廊下の奥で絵を観ていた老婦人だ。

 とことこと歩いてくると、直緒と桂城の間に割って入った。


 「あんたは攻め確定」

桂城を指さす。


「でも、それでは、直緒さんと先生の属性が、同じになってしまう」

不服そうに典子が割って入った。

「受け属性が二人では、三角関係の頂点は、唯一の攻め、桂城さんになってしまいます。桂城さんを取り合って、直緒さんとヒロム先生がやりあうなんて。ありえません! この場合、三角関係の頂点は、ヒロム先生であるべきです! ヒロム先生を巡って、直緒さんと桂城さんが争っているのです!」


 ……そうだ。

 直緒は頷いた。

 絵本画家として求めるしあわせ書房と。

 BLの絵師として求めるモーリス出版と。

 会社を背負って、確かに、直緒と桂城は、争っている。


 老婆は典子に向き直った。

 「だれが、先生が受けだと言った。あんた、攻め×攻めの醍醐味を知らんのか?」


「あっ!」


 弾かれたように典子が叫んだ。

 その頬が、みるみる紅潮していく。


「その手があったか!」


 老婆は、ふふん、と鼻を鳴らした。


「お互いのことを想いながらも、男のメンツにかけて、攻めの属性は譲れない。どんなに相手への思いが深まろうと、葛藤があるんだ。それが今までの、絵師と編集者の関係」

「ああっ!」


「そこへ、突如現れた受け」

老婆はぐいと顎しゃくって、直緒を示した。

「当然、アテウマじゃ。不毛な恋に疲れ果て、思わずすり寄って行く、絵師。焦る編集者。二人は思い合っていたはずなのに。なぜ、アテウマごときに……千々に乱れる編集者は、アテウマに戦いを挑み……これが、腐女子として、正しい妄想であろう」


「おっ、おみそれしましたっ!」

典子は深々と頭を下げた。


 ヒロム先生と桂城は、呆然としている。

 高齢の女性が、いきなり攻める、だの、男のメンツだのと言い始めたので、直緒も驚いていた。


 老婦人は莞爾と笑った。

 「お嬢さん。フの大先輩として言っておくが……人前で妄想を垂れ流したら、いかんぞよ」


「……はい。肝に銘じました!」

 典子は再び頭を下げた。


 老婦人は頷いて、エレベーターの中へ消えた。



 「あれこそ、貴腐人……」

感に堪えぬという風に、典子がつぶやく。


 弾かれたように、吉田先生が笑い出した。


「……先生?」

不安そうな桂城の声。


「モーリスさん、お話はお受けしますよ」

「先生!」

「桂城君、君は黙って。あのおばあさんはね。もう長いこと、僕のファンなんだ。展覧会には、毎回、来てくれる。絵を数点、買い上げてもくれた。それなのに、彼女が貴腐人だったなんて、今まで知らなかった。僕は、新たな地平に立った思いだ……」


「ふふふ」

嬉しそうに典子が笑った。

「わたしも、先生の絵が大好きです! 絶対、先生はお描きになるべきです! BLの挿絵を!」



 「さ、行きましょ、直緒さん」


 典子が直緒を促す。

 ヒロム先生から後日の面談を取り付けることができ、ひどく得意げだ。

 直緒も、せいいっぱい威厳をもって、典子に続いた。


「帰れっ、モーリス! 二度と来るなっ!」

 罵声が聞こえた。

 桂城が、夢から覚めたような顔で罵っていた。


 恐らく、さきほど老婦人からかけられた魔法が解けたのだろうと、直緒は思った。


 「この展覧会の準備は、全部、しあわせ書房がしたんだ。BL出版社の入る余地なんか、これっぽっちもありゃしないんだ」


 思わず直緒は、振り返った。

「ということは、作品のタイトルも、あんたたちが書いたんだな?」


「あんたたちとはなんだ。そうだよ。先生は、ご自分の絵にタイトルをつけることはなさらないからな。あのタイトルは俺が考え、俺がタイプした。ほらみろ。しあわせ書房と先生の間には、深いつながりが……」


「ほうようりょく」

「は?」

「だから、『抱擁力』。ライオンが仔ネコを、後ろから抑え込んでる絵!」

「ま、ま、まさかあれを、腐った目で見たわけじゃないだろうなっ。あの、心洗われるファンタジックな絵をっ!」

「はあ? 腐った目? 俺の目のどこが腐ってる! そっちこそ、目薬でもさしとけ!」

「なんだと!」

「いや違う。お前の目は、フシアナだからな。フシアナに目薬をさしたら、無駄というものだ」

「俺の目がフシアナだと? 言うに事欠いて……」


「タイトル書いたの、あんたなんだろ? 『力』を入れるなら、『包()力』だよっ! 『抱()力』じゃなくっ!」


 一矢報いた、と直緒は思った。

 校正で得られた、数少ない勝利だ。


 一瞬遅れて、桂城の顎が、がくんと下がった。

 目を剥いて、自分が書いたタイトルを見ている。


 典子はすでにエレベーターに乗り込んでいた。

 「開く」のボタンを押したまま、直緒を待っている。


「やりましたよ」

直緒は親指を立てた。


「腐った目で見たというのは、……その通りだと思うわ」

典子が言った。

「腐ることに、誇りを持たなきゃ」


「編集長、そこですか……」


 直緒が脱力した時、頭の上から、なにかが降ってきた。

 顔についたものが口の中に入る。

 塩辛い。

 どこに隠し持っていたものか、直緒めがけて、桂城が塩を撒いたのだ。

 立ち直りが早い。

 早すぎる。


「帰れっ、戻れっ! 二度と来るなっ! くたばれBLっ!」

 激昂して、桂城が叫んだ。

 その横で、ヒロム先生が、拝むように両手を合わせている。


 ま、いっか。

 当初の目的通り、ヒロム先生は、モーリス出版の為に描いてくれることになったし。


 ……あの絵柄は、やっぱり、ちょっと違う気がするけど。

 そこだけは、桂城と同意見だ。


 しかし、典子が惚れ込んだ絵師さんだから……。

 軽く頭を下げて、直緒は、典子の待つエレベーターに乗り込んだ。








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