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ヒモノ女子は優雅に腐る  作者: せりもも
第6章 わたしのしもべ

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第43話 恋、してる?


 「本谷君」

人混みで声をかけられた。

「本谷君!」

「みなみちゃん!」

思わず大声が出てしまった。


 周りの人が、見て見ぬふりをして、通り過ぎていく。

 小島みなみは、微笑んで立っていた。

 暑いアスファルトに、涼しい風が吹き抜けて行ったように、直緒は感じた。




 「ええと、その、俺とこうしていていいの?」

近くのカフェに入り、直緒は尋ねた。

「なんで?」

 カップの中の、コーヒーゼリーを突き崩しながら、みなみが返す。

「だって俺は、君の、つまり、あの、元カレ? だから」

我ながら自信のない言い方だった。


 別れを告げられてすぐ、みなみが、男と一緒に歩いているのを、見かけたことがある。

 ふざけあっていて、とても楽しそうだった。

「平気よ。イマカレは、そういうこと、あんまり気にしない人だから」


 ……やっぱりあれは、カレシだったんだ。

 そう思った。

 自分の心が、全く痛まないことに、直緒は気がついた。

 ラインで別れを告げられた時、あんなに落ち込んだというのに。


「なに、難しい顔、してんの?」

「いや、人って、案外強いんだな、と思って」

「あいかわらず、ワケワカメ」


 みなみは、ほんのり笑った。

 直緒の好きだった笑顔だ。


「元カノとお茶するのをためらうとか。本谷君、すんごいまじめで古臭いとこも、全然、変わってないね」

「そ、そう?」


 「あれ? 紅茶にしたの?」

 直緒の手元を覗きこんで、みなみは、小首を傾げた。

 きゅっと上がった唇の端が強調されて、とてもかわいい。

「前はコーヒーばっかだったのに?」


 「あ」

直緒はうろたえた。

 紅茶を飲む習慣は、モーリスに入ってからのものだ。

 紅茶ばかり淹れるからだ。

 古海が。


 「本谷君、恋、してる?」

不意にみなみが尋ねた。

 はっとした。

「どうして?」

「だって、とっても、色っぽいもん」

「え?」

「恋、してるでしょ」


 みなみは真剣なまなざしで、直緒を見ている。

 逃げ切れなかった。

 直緒は頷いた。


「よかった」

花がほころぶように、みなみは笑った。

「ちょっとは、責任感じてたんだ」


 「なぜ……」

 どうしても聞いておきたかった。

 もしかしたら、自分を変える役に立つかもしれない。

 あの時できなかった質問を、直緒はした。

「なぜ、俺を振ったの?」


 みなみはじっと、直緒を見た。

 必要以上に、長い時間だった。


「だって、大事だったんだ。君が」

沈黙に耐えかねて、直緒は言った。

「君が大事だった」

「そういうもんじゃないのよ」

「ほんとうに、」

「いいのよ。本谷君はそういう人だから。でも、私は、そうじゃない」

「君は、」

「イマカレとは、会ったその日にやっちゃった。今、幸せよ。やっと恋人を見つけたって感じ?」

「……」


「でも、それは、本谷君と別れた本当の理由じゃない」

「まだあるの?」

「うん」

「……なに?」

聞くのが怖かった。


「本谷君、美形だから」

あっさりとみなみは答えた。

「カノジョより美形のカレシってどうよ、って、思ったわけ」

「はあ?」

間の抜けた声が、直緒の口から漏れた。

「そんなこと……」

「最初はよかったんだけどね。こんなにきれいな人が私の彼氏よ、って、自慢で。周りの人も見るし。でも、ずっと一緒にいると、」

じっと直緒を見た。

「息苦しい」

「……」

「想像したの。朝、目を開けたら、このきれいなカオが、私の顔の至近距離にあったとしたらって。それも、毎朝」

「……」

「きれいすぎて、いや」


 ……そんな理由で、

 ……そんな理由でふられたというのか。

 ……ラインで。


「でも、よかったじゃない。素敵な恋がみつかって」

 ゼリーのキューブをかき回しながら、みなみは言う。

 ふと、手を止めた。


「まさか、その人、」

 コーヒーゼリーは、生クリームにまみれてべちょべちょだ。

「男?」

「えっ!」


「本谷君ね、よく男の人からじっと見られてたじゃん? 大学のキャンパスでも、街を歩いてても。気づかなかった?」

「い、いや、全然。つか、君を見てたんじゃないの?」

「違う。視線が、まともにあたしを素通りしてたもん。どころか、ジャマって感じで、痛かったわ」

「……」

「もうね。腹立つわー、そういうの。女の敵って感じ? ううん、日本国民の敵よ! この少子化の時代に、よ。女子を通り越して、男子を見つめる男なんて」

生クリームの中で、ゼリーキューブを、ぎゅっと潰した。


 ひとり、頷いた。

「うん。それも、本谷君と別れた理由のひとつかも」

「……」


「で、どんな人?」

「え?」

「新しい恋人」

「恋人じゃないよ」

「じゃ、想い人」

「……」

「教えなさいよ」

「……」

「まさか、ほんとに、男?」


問い詰められ、直緒はとっさに答えた。

「ピ、ピンクのフリルの似合う、夏の草いきれのような匂いのする人!」

「ピンクのフリル?」

みなみは首を傾げた。

「一応、女子ね。草いきれの匂いって、妙なミストをつけているのね」

「……」


「性格は?」

「おっとりしていて、皮肉屋」

「真逆だよ、それ。複雑な性格だね。大丈夫? 境界線上の子? 心、病んでない?」

「そんなことない! かわいくて、すごくピュアな人なんだ。思慮深くて落ち着いていて、優しいひとだよ」

「二重人格?」

「いや……」


 「ま、でも」

みなみは頷いた。

「とりあえず、……女子でよかった。仕事がアレで、恋人がナニじゃ、イロイロ、終了しちゃってるもんね」

「……」


 深い自己嫌悪を、直緒は感じた。

 さりげなく、みなみにディスられたからではない。

 大切に思い、尊敬している人を、カムフラージュに使ってしまったからだ。

直緒がみなみちゃんにふられたいきさつについては、3章8話「腐部屋の妖怪」以下を参照下さい。

この失恋さえなければ……。

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