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ヒモノ女子は優雅に腐る  作者: せりもも
第5章 歴女もオジサマもひっさらってBLへ

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第33話 エロエロの絵をくれ



 「お嬢様が? 束見本を?」

「ええ。カバーは自分が作るから、早急に出してくれって」


 束見本とは、実際の本と同じ紙を使った、同じ大きさ・同じ厚さの冊子のことである。

 まだ、本ではないから、中のページは白紙である。

 実際の本の体裁を確かめるほか、カバーを作る時にも使用する。


 大河内の『文治の風/武士の覚悟』の印刷は、一乗寺グループ傘下の印刷所でされることになった。

 全部で千部ほどだが、きちんと版を造り、オフセットで印刷する。


 オフセット印刷は、印字が緻密で美しい。版があれば、大量印刷にも対応できる。

 本来なら、カバー・帯まで一式、同じ印刷所に頼むべきものだ。

 しかし。


 何かを悟ったのか、動物的勘が働いたのか、不意に典子は、カバーだけは、自分の知っている印刷所を使いたいと言ってきた。



 「そこの印刷は、とにかく美しいのです」

典子は言った。

「本当は、そこにまるごと頼むつもりだったのです。それなのに、お父様が、横槍を入れてきて……グループ傘下の印刷所を使えって。でも、せめてカバーは、ハイクオリティーの印刷でないとダメなんです」


 一乗寺社長に言って、グループ傘下の印刷所を使わせたのは、もちろん古海である。

 グループ傘下の印刷所なら、こっそり、BL版を、剣豪小説バージョンに差し替えることが可能だからだ。


 典子に内緒で。


 しかしここで典子は、束見本を寄越せと、要求してきた。


 典子には、『文治の風』のBL版、『/忍ぶ恋』の打出しデータを渡してある。

 彼女はデータを絵師に預け、カバー絵を依頼していたという。

 もちろん、BLのデータである。


 ……いつのまに。

 古海だけではなく、直緒にさえ、内緒の行動だった。


 BL版の方は、電子書籍で売る許可を、著者の大河内先生から得ている。

 BL版にも、カバーアートは必要だ。

 しかし、それはあくまでも電子書籍であって、紙版ではない。

 紙版は、剣豪小説の方なのだ。

 典子には内緒だが。



 古海が眉間に皺を寄せた。

 「束見本を寄越せとは。本気で紙のカバーを作るおつもりですね。無難に抽象画にするつもりでしたが、まずいですね。お嬢様に任せたら、絶対、男同士が抱き合った萌え絵にしますよ」


「刷り上がった本をなんとか手にとらせないようにしても……」

その件については、古海と打ち合わせ済みだ。

「本に、自分が担当したのと別のカバーがついていたら、典子さん、絶対、おかしいって思いますよね」

「一乗寺建設創業110周年記念の祝典には、お嬢様もご出席されます。というか、それは義務です。記念品は、そこで渡されますから、本のカバーが違えば、確実に、ひと悶着起きます」


直緒と古海は、顔を見合わせた。


 こうして仕事の話だと、古海と普通に話すことができた。

 典子のいないときに、まとめて進捗状況を報告し合わねばならない。

 余計な感情を介在させている場合ではない。


 古海が顔を曇らせた。

「とりあえず、祝典当日までバレなければいいと思っていましたが」

「でも、いつまでも隠してはおけません。いずれバレますよ?」

「あとはノとなれヤマとなれです。全ては、一乗寺社長に丸投げします」


「それは少し、気の毒ではありませんか?」

「いえ。全ての元凶は、親バカの社長なのですから。こともあろうに、腐女子に、創立110周年の記念品を作らせるとは! いくら娘の機嫌を取りたいとはいえ」

「違います。気の毒なのは、典子さんの方です」

「そんなことはありません」


 冷たく古海は言い放った。

 それから、にわかに眉を曇らせた。


「いくら中身が硬派な剣豪時代小説でも、カバーがアレじゃあ……」

「絵師の先生におすがりしてみますか? 幸い、僕も面識のある先生です」

「それは助かる。お願いできますか?」

「ええ。よりソフトな絵柄にしていただけるよう、お話してきます」


「ところで、」

古海は、こほんと咳払いをした。

「その先生は、お若い方?」

「僕よりは上ですけど。古海さんくらいかな」

「ちなみに、男性?」

「ええ」

「ふうん。私も一緒に行きましょうか?」

「けっこうです」


 子どものお使いじゃあるまいし。

 直緒はちょっと、不愉快になった。


「あ。古海さん、ご存知ですよ、きっと。吉田ヒロム先生。ほら、あの、しあわせ書房の桂城さんと一緒にいた。個展会場で!」


 ……懐かしい。

 直緒は思った。

 モーリスでの、実質的な初仕事だった。

 あの時、典子を監視する為に、古海は、こっそり直緒に、盗聴器をつけていて……。


 「一緒に行きます」

きっぱりと古海が言った。


「え、なんで……?」

「吉田先生も桂城さんも攻めだと、あの時、貴腐人の方が……。お嬢様の大先輩のおばあ様が」


「古海さん」

この上もなく冷たい目で、直緒は古海を見た。

「変な心配はしないで下さい。それからはっきり言っておきますが、僕は、受けではありません」

「えっ!? ……じゃあ、まさか……」

「攻めでもありませんっ! つか、僕は、同性を、攻めたり受けたりするつもりは、全くありません」

「いや、そこは、慣れの問題で……」

「それから、『攻め』の対義語は、やっぱり『守り』だと思います、『受け』ではなくて。『攻守』というでしょうが」


 「直緒さん」

古海は一歩前へ進んだ。

「キスしていいですか?」

「だめです」

あわてて直緒は、一歩退いた。



**



 「それは、おもしろいね」

吉田ヒロムは、くすりと笑った。

「BLっぽくないBL画だね」

「ええ。横槍を入れるようで、先生には本当に申し訳ないのですが」

「いいよ。僕も、困ってたんだ。一乗寺さんは、とにかく、過激な絵にしろって……」

「え? 編集長が? 萌える絵じゃなくて?」

「うん、僕も変だと思ったんだけどね。モーリスさんの電子書籍は、知ってるから」


 直緒の読んだ限りでも、モーリス出版社から出版されている本には、過激な性描写はなかった。

 文学を目指すだけあって、美しくはあっても、扇情的ではない。


 「それが、今回に限って、18禁でもいいから、見るからにエロエロの絵にしてくれって……、失礼、言葉は違うけど、とにかく、そういう意味のことを、編集長は言っていた」

「……」


 やっぱり、典子は、勘付いたのだ、と直緒は思った。

 考えたくないけど、義元が、バラした?

 直緒の「キス」では不満で?

 実際、典子のメイドには、それはキスではないと、ばっさり切り捨てられたし。


 ヒロムは続けた。

「でも、僕自身は、裸の人体を描くには、まだ、デッサン不足だと思うんだ。一度、どこかの医学部へでも潜って、筋肉の付き方を、きちんと学ばないと」


 そこまでするんだ、と、直緒は感心した。

 ……プロは、すごいな。


 「……なにか、あったの?」

ヒロムが、心配そうな眼差しを向けている。

「いえ、」


 古海と相談してきた通りに、直緒は否定した。

 ここで、絵師の先生まで巻き込むことはできない。


「著者の先生のご要望なんです。どうも、編集長が先走ってしまったようで」

「ああ、そうか。そうなの。あの、『忍ぶ恋』、おもしろいね」

「そう、思われます?」

直緒は嬉しかった。


「うん。若侍が、とても色っぽかった。時代考証もしっかりしてるし、失礼ながら、電子版のBLにしておくには、もったいない」

「いずれ、紙の本にします」

うっかり直緒は言ってしまった。

「電子版だけでなくて。そして全国の書店の文芸の棚に並べてみせます」


「いずれ?」

「あ……」


 ……そうだった。

 ……ヒロム先生には、「紙の本のカバー絵」をお願いしてるんだった。お渡ししてあるデータは、BL版「忍ぶ恋」。


 でも実際、今回、紙の本になるのは、「武士の覚悟」の方だ。

 だから、表紙絵も、無難なものを描いて頂きたい。

 「忍ぶ恋」の方は、まずは、電子書籍として、モーリスで売り出す。モーリスとして紙の本の印刷をするだけの設備は、まだ、調っていない。


 ヒロムが頷いた。

「いいよ。何か事情があるんだろ。ギャラは充分もらえるし、僕は構わない。そっちの方向で頑張ってみる」

「ありがとうございます」

「君が来たことは、もちろん、一乗寺さんには内緒なんだろ?」

「そう願えれば……」

「うまくやるさ」

ヒロムは右目をつぶった。



**



 「バレてますね、それは」

暗い目をして、古海は言った。

「お侍が二人、ひっついているイラストくらいは覚悟していたのですが、エロ路線とは……」

首を横に振った。

「絶対、バレてます」



 帰社すると、典子の姿はなかった。

 夏を前に、また、美容院へ送り込まれたのだ。


 古海は、モーリスのパソコンの前に座っていた。

 典子のいない隙に、印刷所へ渡す「武士の覚悟」データの最終点検をしていた。


「……すみません。僕のせいです」

「え?」


 本当はいやだった。

 しかし、黙っているわけにはいかないと、直緒は思った。

 黙っていたら、義元一人が、悪者になってしまうだろう。


 直緒は、義元とのことを話した。

 古海は、くすりと笑った。


「笑わないで下さい、古海さん」

直緒はむっとした。


 「いや、だって、」


 古海は、キーボードから手を離した。

 ほんとうにおかしそうに、立ったままでいる直緒の顔を見上げた。


「ほっぺにチュッ、ですか。あのお子ちゃまの? いや、これは愉快」

「ちっとも愉快じゃありませんって。僕、いいようにもてあそばれた気がします」

「まあ、ちょっとくらい、遊んでおあげなさい。ただ……」

そう言って、じっと直緒を見た。

「本気はダメです」


「はあ? 本気? 何言ってるんですか、古海さん。大事な作家の息子さんに」

「そうです。彼は、大事な作家の息子さんです。それだけの関係です」

「そうですよ?」

「ただの甘ったれの、体だけおとなだくせに、3歳児とさほど変わらない精神構造……それが、ヒトの大事なものに手を出そうなんて、百年早い……」


 わけのわからぬことを、暗い目で言い募る。

 直緒はあとじさった。


「どうしたんですか、古海さん? 変なスイッチが、入っちゃったとか?」

「いいえ」

古海は咳払いした。


 夢から覚めた人のように続ける。

「読者の目を最初に引くカバー絵を、好きな絵描きさんに描いて頂けたのです。お嬢様も、本望でしょう」

「ですが、カバー絵は、僕が口を出して変えてもらいました」

「お嬢様も了承したのでしょう?」

「ええ、それは、まあ、絵師の先生がうまく言ってくれたので」


「お嬢様は、ゲラで読んでるんだから……もちろんBL版のほうですが……、できあがった本なんて、お読みにならないでしょうし」

「いや、その計画はどうでしょう……」

「前にも言いましたが、お嬢様には、いずれはバレる、バレてもいい、くらいの気持ちでおりました。少なくとも、一乗寺社長は、『文治の風/武士の覚悟』に、大変満足なさっておられます。本ができてしまえば、こっちのもの。お嬢様がいくらお怒りになられても、手遅れというものです」


「しかし、やっぱり、典子さんがかわいそうで……僕、裏切ってるのかと思うと……」

「ですから、直緒さんが罪悪感を抱く必要は、毛頭、全く、全然、ありません。そもそも、大財閥の110周年記念にBLを配布しようなんて思う方が、邪悪なんです」

「……」

「いやがる作家を、恐喝してまで」

「……」

「ある意味、今の段階でお嬢様に知られてしまったのなら、ラッキーだったかもしれませんね。我々の気持ちも、軽くなるというものです」


 古海も、多少なりとも、典子に対して罪悪感を抱いていたのだろうか。

 直緒は少し、意外に思った。


「しかし、まだ、バレたと決まったわけではありません。ことを急がねば。隠密裏に、なおかつ、慎重に」

「……古海さん?」

「大丈夫、直緒さん。私にお任せください。なにしろ、あなたとの、初めての共同戦線です。必ずやこのミッションを成功させてみせますとも。ええ、ええ、お嬢様に勝利してみせます!」


吉田ヒロム先生は、絵本専門の挿絵画家でした。ほのぼのとした作風です。それを、典子が強引に口説いて、BLイラストを描かせているのです。次話で出てくる絵本編集者の桂城氏と併せて、この辺りの事情は、2章「攻め×攻め+当て馬」に出てきます

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